• 神森

【神森】「I」にすべてを2

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/11/17 19:00
完成日
2016/11/23 15:49

みんなの思い出

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オープニング

 ――ああ、またか。そう思った。
 浄化の器の平均寿命は十歳前後。それは、過酷な浄化術の使用が原因とも、森の神との契約のためとも言われる。
 少なくともそれはれっきとした事実で、ジエルデは命を落とす子供たちをずっと見つめてきた。
 最初は苦しくて悲しくて、涙が止まらなかった。自分の運命を、神さえも呪った。
 やがて苦痛から逃れる為に心を止めるようになり、少しだけ楽になった。
 それでも情と罪悪感を消せなかったジエルデにとって、その少女は自らの罪を写す鏡だった。
 守りたいと、救いたいと願い、それは決して叶わない。
 死ぬまで終わらない罰。繰り返される罪。それを覆したいと願ったのは、あの子の笑顔を見たから。
 自分に向けられなくても良い。自分が赦されなくても良い。
 ただ、あの子が笑っている。それだけで、世界のすべてに赦された気がした。
 真っ暗闇の中に光が指して、時間が動き出す音を確かに聞いたのだ。

「――器が森都に戻ったというのなら、取り返すまでです」
 ハンターらしい格好に着替えたジエルデは、黒い外套を纏って断言する。
「今ならまだ間に合うわ。だから……迎えに行かなくちゃ」
 冒険都市リゼリオ、帝国ユニオンAPV。妹を頼って流れてきた姉に告げられたのは、器が森に帰ったという事実。
 苦しげな様子の妹の報告に、むしろ姉は笑顔を作り、その肩をそっと叩く。
「あなた達は良く頑張ってくれたわ。ありがとう、アイリス」
「姉さん……。いくらなんでも無茶です。少数のハンターと姉さんだけで森都に向かうなんて……私も一緒に行きます!」
「あなたはもう、森都の番人ではなくハンターの一員でしょう? 私にはハンターの皆さんがついているから。あなたはここに残って、あなたにしか出来ないことをするのよ、アイリス」
 今、帝国と森都のバランスは崩れつつある。
 帝国領各地で起こる争いの火種は、誰かが消していかねばすぐにでも燃え上がり、国を呑み込んでしまうだろう。
「もし私が失敗した時は、森都をお願いね。どんな形でも構わない。必ず……戦争を止めて」
 タングラムの頬に触れ、ジエルデは優しく微笑む。
「私は長老会の一員にして、森の番人。そして器の管理者よ。私は私に出来る方法で、森都に未来を作ってみせるわ」
 タングラムは視線を伏せる。
 長老会に楯突くという事は、森都全体を敵に回すという事だ。こればかりは恭順派も維新派も関係ない。
 エルフハイムが非人道的な戦争の準備を始めている。それは既にハンターズソサエティが介入し、調査解決するだけの案件だ。
 しかし、上手く解決できなければ長老会を刺激し、その矛先はソサエティにも向けられる可能性があった。
「でも……彼らを止めるにはこれしかないのですね」
 もしもの時は、タングラムが帝国軍と協力し、森を“殲滅”する。その準備は既に開始せねばならない。
「アイリス……あなたには愚かな姉のせいで、随分と苦労をかけたわね。そして、あなたは私にそれを悟られないように遠ざけてくれた」
 ジエルデはタングラムの身体を優しく、しっかりと抱きしめる。
「ありがとう、私の優しい妹。たった一人の、大切な家族……」
 笑顔を残し、ジエルデはAPVを後にする。
「いってきます」
 迷いなく真っ直ぐに死地へと向かう姉の後ろ姿は、やがて扉の向こうに見えなくなった。

 エルフハイムの四つに別れた区画の一つ。長老たちが収める恭順派の集落、オプストハイム。
 森都と帝国の関係性が急速に悪化し始めた今、警備を掻い潜り内部に侵入する事は容易ではない。
 森の外周部で既に一戦終えた後、ジエルデは森の木々に手を触れる。
「やはり、結界林が強化されているわね。オプストハイムの守りは特に頑強だから……でも、術に干渉すれば」
 侵入者の存在を術者に伝える“結界林”。だが、ジエルデはその術に精通していた。
 森の中に張り巡らされた警戒網のルートを切り替える事で、発見されない道を作り出すことが出来た。
「ぴったりと私の足跡を辿るようについてきてください」
 エルフハイムは広い。夜の暗い森の中を、ハンターらは明かりもつけずに走り続ける。
 結界林に探知されずとも、エルフの襲撃は避けられない。故に、何度も交戦しそれらを退けながらハンターらは奥へと進んでいった。
 マテリアルの濃度はどんどん濃くなり、正の力でありながら息苦しさすら感じるようになった頃。
「この先に長老会の議会があります。既に夜半ですが、彼らはそこにいるはずです」
 長老たちの殆どは100歳を超え、濃密なマテリアルに満ちた空間から動くことも出来ない枯れ木のような存在だ。
 故に彼らは文字通り会議場に閉じこもり、そこから一歩も出ずに森の全てを決定していた。
 長老会を説得し、闘いをやめさせる。それが出来なければ、彼らを害する必要もある。
 既に選ばれた者しか入り込めぬ聖域の道。そこを進むハンターらを取り囲んだのは、掟の森と呼ばれるエルフ達であった。
「来た……来た来た! 本当に来やがった! アハハッ! アハハハハハ!」
「驚きましたね……本当に森都そのものに反逆するとは。ジエルデ・エルフハイム……あなたは愚かです」
 マルタとクヴェレがそれぞれ杖と弓を構える。そんな二人の盾となるようにイーダとテオドールが立ちはだかった。
「またハンター……。中立者を騙る狩人。何様のつもりで聖域を犯すというの?」
「てか、ここに来るまでにもう結構襲われたでしょ? もうボロボロじゃん! 本気でどうにかできると思ってたわけ? ウケる!」
 立ちはだかり包囲するのは掟の森だけではない。
 外套を纏った幽鬼のような少女達。それらは量産型と呼ばれる人型術具達である。
「またこんなに人型術具を……!」
「森を裏切ったお前には関係ない話だろ? そんな事よりさっさと殺し合おうよ! ハンターって連中には借りがあるんだ。殺したくて殺したくてウズウズするんだよ!」
 歪んだ笑みと共に杖を振るい、火球を放つマルタ。その爆炎を合図に、聖域での闘いが始まろうとしていた。

「かくして全ては予定調和の中で終わりを迎える。その努力も祈りも全て無駄だというのに、彼女はそれでも抗うだろう」
 議会の席に座った男は天を仰ぎ、静かに微笑む。
 その傍らには返り血に染まった浄化の器の姿があった。
 少女は血染めの聖機剣を振るい、血を落として目を細める。
 無数の亡骸が、神聖な卓を赤黒く染め上げている。その場の誰もが既に息絶え、生を宿すものは二人だけ。
「待っているよ、ジエルデ。戦争の引き金を引くのは……君なのだから」
 低く、小さく笑う男を横目に器は小さく息を吐いた。
「どうして……」
 こんなところまで来てしまうのか。彼女らの愚かしさに目眩がした。
 浄化の器は踵を返し、森の中に姿を消す。残された男は一人きりの王座に腰を下ろし、反逆者の到着を待ち望んでいた。

リプレイ本文

「本気でどうにか出来る? ……そうね。どうにか出来るなんて考えてないわよ」
 テオドールの笑い声にユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は剣を抜き応える。
「何故なら私達は、初めから“どうにかする”覚悟で来てるんだから。来なさい、他者の命を弄ぶ同族の面汚し共。このくだらない悲劇に幕を下ろしてやる……っ!」
「ははは! 安心しなって。言われなくても殺ってやるからさぁ!」
「だいぶ歩かされたでちゅが……ようやく正念場でちゅ! 皆、一気に行くでちゅよ!」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が符を使い占う。これで敵の先手を取る寸法だ。
 双方の戦士たちが動き出すと、まずジェールトヴァ(ka3098)のヒーリングスフィアがハンターらを包み込んだ。
 この場に来るまでに繰り返された戦闘でハンターらは手傷を負っている。まずはそのリカバリーが目的だ。
「……ジエルデ、離れるな、よ。流石に離れては、援護がきつい」
 庇うように身構えるオウカ・レンヴォルト(ka0301)の言葉にジエルデは首を横に振る。
「ありがとうございます。でも、今大切なのは私ではなく長老会を止める事。我が身を可愛がっている場合ではありません」
「わかってるわ、ジエルデさん。一緒に行きましょう。力になるって、約束したものね」
 隣に立つエイル・メヌエット(ka2807)は杖を片手に微笑みかける。
「あの子の笑顔を望むのは……戦争などさせないという思いは、私も同じよ」
「ありがとう、エイルさん。止めましょう……必ず!」
「……気持ちは、わかった。ならば俺はその盾となるまで」
「行かせるわけねぇだろ? ナメんじゃねぇぞ、掟の森を!」
 杖を回し、大地に突き立てるマルタ。その足元に魔法陣が浮かび、マテリアルが高まっていく。
「チッ、やっぱりやべぇのはあいつか。後衛を何とか止めねぇと一網打尽だぜ」
 そう言って駆けだす春日 啓一(ka1621)の前に立ちはだかりるイーダ。二人は互いの得物を激突させる。
「やはり来たか……狩人よ」
「またあんたか……今はこんなことしてる場合じゃないんだがな」
「お前は危険だ。何としてもここで仕留めさせてもらう……“家族”のために!」
 ソフィア =リリィホルム(ka2383)が向かう先にはテオドール。封印されし魔腕に雷を纏わせ、飛び込んでいく。
「やってることは帝国と同類だろボケが! やられるのは嫌だけどやるのはいいと? ハン、お偉いエルフ様は言う事が違うねぇ!」
「そりゃそーだ。でもさ、俺達だけの問題じゃないんだよね、これ!」
 ソフィアの雷撃をあっさりとかわし、テオドールは刃を繰り出す。
「俺達の父祖が、そして子孫が尊厳を取り戻すためには必要なんだ。これでも俺、森都の為に戦ってんだよね!」
 短剣がソフィアの肩に突き刺さる。が、同時にソフィアから放たれた雷を帯びた衝撃がテオドールを吹き飛ばした。
「っつぅ、しびれるじゃん!」
「野郎……毒か」
 双方同時に舌打ちし顔を上げる。雷撃と毒、攻防の結果は双方の異常だった。
 そこへ四方から飛び掛かる量産型。それを制するようにエイルが光を放つ。
「――黎明の子よ。その御名に於いて。この手に光を!  黎明光翼(ルキフェル)!」
 光の翼が次々に量産型を打ち払う中、ユーリは走る。そこへクヴェレは狙いを定める。
「無駄ですよ。私の矢からは逃れられない」
 放たれた矢はオーラを纏い、うねるようにユーリを襲う。
 一度は弾いたユーリだが、それでも矢は止まらずその腕を食い破った。
「ぐっ」
「猛れ、猛れ――我が憎悪! 全員まとめて……ぶっ飛びやがれぇえええ!」
 集束した魔力を巨大な火球へと変え、マルタが放つ。
「なんて大きさ、だ……まずい」
「おい……敵味方関係なしか!?」
 ジエルデを庇うように身構えるオウカ。想定範囲内にはソフィアとテオドールも含まれている。
「俺は避けられるからさ~。ま、がんばってよ!」
 火球はユーリを狙い、大爆発を巻き起こす。火炎と衝撃は周囲にまで広がり、夜の闇を火柱が照らし出した。
「ユーリさん!」
 思わず叫ぶエイル。同時、その火炎を真っすぐに突き抜けた影があった。
 残像を帯びて走るヒース・R・ウォーカー(ka0145)は火炎の渦を無傷で突っ切ると、猛烈なスピードでマルタを追い抜く。
「速い……まさか、抜かれるだと……ぐっ!?」
 すれ違い様に残した斬撃がマルタの体を血で染めるあげる。
 それにやや遅れ、クヴェレに飛び掛かる影があった。シュネー・シュヴァルツ(ka0352)だ。
 樹上を飛び移り、他のハンターらを囮にここまで移動したのだ。
「行こうかシュネー。何が待っていようと、やるべき事があるんだろ」
「私のやるべき事……いえ、結局私にやるべき事などないのかもしれません」
 剣を構えながら、ヒースの言葉にシュネーは目を伏せる。
 そうだ。ここに来たのはきっと義務ではない。この森都にそこまでしてやる義理などないはずだ。
 世界は常に戦火を湛えている。それは、幼い頃から理解していた。
 森都と帝国との戦争……それも、きっと世界にはありふれた出来事の一つにすぎないだろう。
「私は結局会いたいだけ、かもしれない……です。でも……今は……」
「それでいいさぁ。この世界は残酷だ。だけど目を開いて向き合えば、護りたい輝きも見つかるのさぁ」
 ヒースはニヤリと笑い、刃についた血を払う。
「見つけたその輝き……見失うなよぉ」
「……はい!」
 マルタとクヴェレは遠距離攻撃能力に特化している。その攻撃性能は腕利きのハンターすら圧倒できる力がある。
 だがそれは適正距離での話だ。張りつかれてしまえば、二人は最大の性能を発揮できない。
「マルタ、クヴェレ! ……っとぉ!?」
「余所見してる余裕があんのか?」
 ソフィアの銃撃がかすめ、飛びのくテオドール。
 巻き込まれたソフィアだが防御障壁で何とか持ちこたえていたのだ。
 そして……ユーリもまた肉を焦がしながら前に進んでいた。
 オウカとジエルデの防御魔法、そしてマテリアルリンクの力でマルタの大魔法を超え、クヴェレへと距離を詰める。
「よくもやってくれたわね。これは……お返しよ!」
 剣に雷を纏わせながら迫るユーリから距離を取ろうとするクヴェレだが、シュネーのワイヤーが弓に絡んでそれを妨害する。
 もはや弓は使えぬと手放し、懐から投げナイフを取り出してユーリに投げつける。
 しかしユーリはこれを剣で払いながら接近。体を回転させるように下段から振り上げる一撃がクヴェレを切り裂いた。
「唸れ雷轟! 白銀雷刃……はあああっ!!」
 その刃は瞬く間に光を集め、力強さを増していく。
 遠方にいる友の祈りを幾重にも重ねた剣劇は一撃でクヴェレの背後まで貫通し、迸る雷光は昼夜を逆転せし勢いだ。
「馬鹿、な……。ここまで……です、か……」
 クヴェレの体が両断され、ずれるようにして倒れる。必殺の一撃は加減なし、命を奪う気概で放ったもの。当然の結果だった。
「戦線が崩れた……今よ! 突破しましょう!」
「クヴェレ……お前ええええ! よくもクヴェレを! 殺してやる……殺してやるぅうう!!」
 目尻に涙を浮かべ、怒りの形相で魔法を放とうとするマルタだが、その体をヒースが斬りつける。
「ぐ、が……!?」
「悪いがお前の相手はこのボクさぁ。……ここは抑える! 先に行きなぁ!」
「ひやっとしたでちゅが、敵は崩れたようでちゅね。走るでちゅよ! 行ける奴は全員突破でちゅ!」
 符を放ち、雷撃で三体の量産型を攻撃する朝騎。仲間と共に走ろうとするが、まだ敵が多すぎる。
「ねーさん、先に行け!」
「啓一くん……でも!」
 啓一は一対一でイーダを圧倒している。だが、イーダには強力な再生能力があり、倒しきれない。
 二人は互いに得物を体に食い込ませ、血を流しながら戦い続ける。
「こいつらは俺がなんとかしてやる。ねーさんの道は、俺が作ってやる」
 ニっと笑みを浮かべ、啓一は顔を過去に思いをはせる。
「これまで色々あったけどよ……俺は感謝してんだ。これまで力を貸してくれたのはホリィだが、その大本が“あいつ”の力だってんなら、俺達はずっとあいつに助けられてたんだ」
 浄化の器の中に眠っていたもう一つの人格。それは啓一にとって、ずっとそばにいたもう一人の友。
「ホリィが前に言ったんだ。“人には“縁”がある。覚醒者はその人間性の繋がりで生きている。自分が存在する証。他者の観測による個の証明。あなた達は独立しているようで、実は連続的な生き物だから”……ってよ。なら、あいつだってそうなんじゃねぇか、って思うんだよ」
 啓一は拳に炎のようなマテリアルのオーラを纏わせ、イーダの斧に叩きつける。
「――俺達が紡いできた縁、ねーさんに託した! 結んでやってくれ……あいつにも!」
「啓一くん……。うん……わかったわ。だから……絶対に死なないで!」
 背後のエイル達に親指を立てて応じる啓一。そこへ量産型が襲いかかる。
「まずは道を作らなければね。エイルさん、いけるかな?」
 力強く頷くエイルに微笑み、ジェールトヴァは杖を構える。
 二人は同時に聖なる光を放ち、量産型を捻じ伏せる。回避性能が高く近接攻撃を好む量産型に、セイクリッドフラッシュは非常に有効だ。
「しかし、まいったね。あの子達も一人一人がかなり強い。追撃されても事だし、足止めは必要だろう」
 ジェールトヴァはにこりと笑い。
「私は少し遅れていくから大丈夫。あなた達は先を急ぎなさい」
「私も行きたいのは山々ですが、こいつが離れてくれないんですよね。仕方ないんで、あとはなんとかしておきますよ!」
 テオドールと闘うソフィアが汗だくになりながらウィンクする。
「俺が壁になる……ここを抜ける、ぞ」
「とはいえ、これは逃げながらの戦いになるでちゅね!」
 オウカが正面の器を攻撃する間に走る朝輝。量産型の数は6体、当然だがその全ての追撃を阻む事は困難だ。
 魂すら持たない、幽鬼のような少女達。無表情に攻撃する姿にエイルは胸を痛める。
 結局、この子達を救うことはできないのだ。こうなってしまってはもう、誰にも止められない。
 ハンターらの進行方向から走ってきたシュネーが量産型の攻撃を引受け、刃を交える。これで更に二人の追撃が収まる。
「行って下さい……ここは私が」
 素早い量産型の剣戟をするすると躱し、シュネーは反撃を加えていく。
 シュネーの攻撃能力で二体の量産型を素早く仕留めるのは困難だ。だがその回避能力があれば、時間稼ぎなどいくらでもできそうだ。
「申し訳ないでちゅがおまかせするでちゅ! これにてドロン!」
 ここぞとばかりに朝騎は発煙手榴弾を使い視界を遮る。更にエイルも発煙手榴弾を残して煙幕を広げるとその中をオウカ、ジエルデ、エイル、朝騎は離脱した。
「お前を放置するわけにはいかないんでねぇ。手加減はなしだ」
 ヒースは残像を纏い、次から次へと縦横無尽に刃を繰り出す。その様は踊っているかのようだ。
 当然、近接戦に向かないマルタには捌きようがない。なんとか耐えようとしても体中から血が吹き出るだけだ。
「ちくしょう……どうしてだ。どうしてお前たちに勝てない!? 何度やっても……勝てないんだ!!」
 自滅覚悟で繰り出した火球も、ヒースは回避してしまう。
 炎の渦の中にあっても問題なく回避力を発揮し、すれ違い様にマルタを切り払った。
「嫌だ……負けて死ぬのは……いや……だよ……」
「恨むなら恨むといい。その覚悟はとうにできている」
 切り裂かれた首から夥しく血を吹き出し、少女の身体は草に倒れた。
「マルタ! おのれ……クヴェレに続き、マルタまで……!」
「あんたにも一応、情ってもんがあるんだな」
 涙を流しながら闘うイーダに啓一がぽつりと声をかける。
「私達には“私達しか”いなかった。この血は全て連なるもの……大切な家族だ」
 左右の手にトマホークを構え、イーダは吼える。
「家族を孤独に逝かせはしない……!」
「もうやめろ……死ぬぞ」
 襲いかかるイーダの一撃を盾で受け、啓一は瞳を見開く。
 繰り出された拳はオーラを爆発させ、イーダの腹に食い込んだ直後、衝撃を背面にまで貫通させる。
 その一撃は、折り重なった祈りの結晶。イーダが許容できるダメージを軽く超えていた。
 肉や骨と共に吹き飛んだ内蔵が木々を紅く染め上げる。
「……見事」
 イーダはずるりと啓一の胸にすがり、そして倒れ込む。
「マルタ……私も……一緒に……」
 残された掟の森はテオドール一人だけ。彼はソフィアと互角の戦いを繰り広げていたが、マルタとイーダが倒れると剣を引いた。
「残ったの俺だけかぁ。あ~あ、皆殺してくれちゃって……マジでムカつくよね」
「仇討ちに残ってもいいんですよ? ヒースさんと春日さんが加われば絶対に負けませんけど♪」
「は~マジでムカつく。言っとくけどこれで終わりじゃないから!」
 テオドールはそう言い残し森の中に姿を消す。それを見届け、毒の痛みに咽ながらソフィアも銃を降ろした。



「これは……どういうことなの?」
 長老会の会議場。その円卓に最も速く辿り着いたのはユーリだった。
 しかしそこに広がっていたのは幾つもの死体。そこへパチパチと、まばらな拍手が響いた。
「驚いたな。僕の想定よりもお早い到着だ」
「あなたは……」
 姿を見せたのはまだ年若いエルフの青年だ。少なくともこの場に転がる枯れ木のような長老たちの死体とは異なる。
「予定の時間より早いね。どうしたものかな」
「これは……あなたがやった事なの? ここに倒れているのが、エルフハイムの長老達……?」
「彼らは長く生きすぎた。見てご覧よ、この骨と皮ばかりの身体を。これじゃ歪虚と変わりないね」
 そう言いながら男はずっと時計を気にしている様子だ。そこへ遅れ、更にハンターが駆けつける。
 朝騎はその様子を眺め、思わず舌打ちする。
「先をこされまちたね。狙いは最初からこれでちたか」
「あなたは……ヨハネ!? これは一体……!?」
 驚きを隠せないジエルデに青年――ヨハネ・エルフハイムは笑みを返す。
「やあジエルデ。見ての通り、長老たちさ。筋書きはこうだ。ジエルデ、君はハンターを率いて長老会を強襲。彼らを皆殺しにした。そして僕はその唯一の生き残り」
「何を……言っているの?」
「指導者を失った森都は外の世界を憎むだろう。そして民は唯一の長老である僕を大長老と讃え、その言葉に従うしかない。咎人ジエルデ……君は全ての役割を終えた。もう用はない」
「やはりジエルデしゃんに全ての罪を着せるつもりでしゅか」
「今は人同士で争っていられる状況じゃないだろうに……何故わからん……?」
 朝騎の言葉に首を傾げるオウカ。すると、ヨハネは僅かに眉を潜める。
「僕らを愚弄するか、人間。僕らは“ヒト”ではない……“エルフ”だ。お前たちはそれを一括りにし、僕らの尊厳を奪い取った。僕らはエルフ。人間ではない」
「ヨハネさん……掟の森も貴方の部下なのね。貴方は何を憎んでいるの?」
「僕が憎むのは人間……そしてエルフ、その両方さ。僕はね、人間とエルフの混血なんだよ」
 エイルの問いにヨハネは時計から視線を上げ、語り出す。
「僕の母は美しい人間の娘だった。僕の父は長老でありながら、あろうことかその娘を囲って孕ませてしまった。それが僕という過ちの始まりさ」
 長老の息子でありながら憎むべきヒトの子でもあったヨハネは、森都の中で忌み子として疎まれた。
 人間にもエルフにもなれなかった青年は、やがて権力に取り憑かれ、双方への復讐を願うようになった。
「ハジャさんは……それを知っていたの?」
「ハジャは親父が僕の監視、そして影武者としてつけた者だ。最初から信用していない。まあ、親父はとっくにハジャに始末させ、僕はその後釜に座った。そのあたりの事情はジエルデと似ているかな?」
 小さく笑い、ヨハネはすっと目を細める。
「さて弱ったな。予定ではそろそろ衛兵が駆けつけて君達を取り囲むはずだったんだが。時間稼ぎで無駄話をしてあげたんだけど……」
「――そいつらなら、今頃そのへんでおねんねしてるぜ」
 頭上からの声。やや遅れハンターらの中に降り立ったのは、フローラ・ソーウェル(ka3590)を抱きかかえたハジャであった。
「おお。フローラしゃん、ご無事でちたか!」
「お陰様でなんとか……。いえ、ハジャが駆けつけてくれなければ命はなかったでしょうが」
 フローラは掟の森と遭遇する前に深手を負っていた。故に他の仲間とは別行動を取っていたのだ。
 あえて警戒網である結界林の中を突き進み、エルフの警備兵を集めながら時間を稼いでいた。
 そしてだからこそ、ハジャに気づいてもらう事もできた。この森にハンターより先に潜んでいた彼に……。
「森の中を走ってたらめっちゃ兵が集まってたからビビったぜ。命知らずもほどほどにな、お嬢ちゃん」
「ここに来るはずの兵は、あなたの手駒以外である方が望ましいのでしょう? 彼らは今頃まだ私を探している筈ですよ」
 傷を負った今の自分にできること、それは闘うことではない。そう思った。
 少しでも仲間達の力になれる方法を探し、森の中を走り回ったのだ。それが無茶な行いである事は承知の上で……。
「私は今の私に出来る事をするだけ……この機会を生かす手段を考えただけのことです」
「……そういう事か。まさかそんな伏兵がいたとはね。とはいえ、問題があれば長老会に指示を仰ぎに来る。どちらにせよ些細な問題さ」
 そんなヨハネを前に、フローラを降ろしながらハジャは一歩前に出る。
「……俺は所詮お前の道具だ。だから別に、信用してほしかったわけじゃねぇ。それでも俺は、お前の為に……ただ、お前の幸せの為に……」
「僕達は契約したはずだ。これはハジャ、僕と君とで行う二人の革命だった。先に裏切ったのは君じゃないか、ハジャ?」
 言い返せずに拳を握りしめるハジャ。ヨハネは眉を潜め、諦めるように肩を落とした。
 ヨハネが指を鳴らすと、闇の中から小さな影が飛び出してくる。その問答無用の一撃をユーリは剣で受け止める。
「……ホリィ!?」
「その名で私を呼ぶな……不愉快よ」
 軽々とはねのけられたユーリが地を滑る。そしてヨハネが取り出したのは、聖機剣にも似た、機械仕掛けの浄化の楔。
 それがマテリアルの光を灯すと、どこからか無数の機械の剣が飛来し、ハンターらを取り囲んだ。
「お前たち帝国に取り入ったのは、こういう技術を得る為でもあってね。ユレイテルやハイデマリーの知恵、お借りするとしよう」
「どうなってやがる……ありゃあ、浄化の楔……いや、帝国のサウンドアンカーか!?」
 遅れて駆けつけたソフィアは浮遊する剣に表情を険しくする。
 かつて帝国が戦場になった大きな戦いがあった。のちに闇光作戦と呼ばれた戦いである。
 その最中で、錬金術師組合とエルフハイムが協力して作られた機械術具。それを小型化したものにも見えた。
「おい……それは、その機導術は誰かを救う為に作られたものだ。誰かを傷つける為に使うんじゃねぇ!」
「そうだったね。君達のおかげだよ。どうもありがとう!」
 マテリアルの刃を纏って飛来する機械剣は五本。踊るようにハンターらへ襲いかかる。
 続け、膨大なマテリアルを纏ったホリィが飛び込んでくると、剣撃は爆発音と共に地をえぐり、ハンターを散り散りに吹き飛ばした。
 器が手にするのは白い聖機剣。そしてヨハネのものと似通った黒い機械の剣を左右に装備している。
「機導術とは素晴らしいわね。これがあれば誰にも負けない……全てを支配できる!」
 器の纏うマテリアルの密度は膨大で、それがこの地――つまりエルフハイム全域から力を集めていることは明らかだった。
 だがそのあまりにも強すぎる力で器の皮膚は焦げ、ただ歩いているだけで血煙が陰る。
「やめてホリィ! そんな力、あなたが耐えられない! ホリィ……いいえ、アイ!」
 叫ぶエイルへの攻撃を庇うように受け止めるオウカ。更にジエルデのホーリーヴェールを重ねても、三人纏めて薙ぎ払われてしまう。
 悲鳴を上げ、弾かれるように大地を転がるエイル。ジエルデは血を流しながら杖を構えるが、突然苦しげに頭を抱える。
「ジエルデ、君が強いのは知ってるよ。でも、君の力は器と同じく森の神と契約したもの。上位者である器には逆らえないようにさせてもらった」
「ぐ……そんな、覚醒が……維持できない……ああっ」
「ジエル、デ……!」
 気を失って倒れたジエルデを抱えるオウカ。その体を器の一撃が切り裂いた。
「……ホリィイイイ――ッ!!」
 雄たけびと共に駆け寄り刀を叩きこむユーリ。
「抱える絶望も憎悪も全部受け止めてあげる。だからもう、“逃げないで”! 貴女はもう独りじゃない、貴女には、待っている人達がいるから!」
「あなたが待っているのは私じゃなくて“ホリィ”でしょう?」
 冷え切った言葉と共にユーリの剣が弾かれる。
 ここまで度重なる連戦、そして掟の森との戦いで消耗している。今のユーリに器は止められない。
「来るなと言ったのに来たのはあなた達の方。そんなに死にたいならその命、食べつくしてあげる」
「あんのボケ……本当に世界と心中するのがお前の願いか!?」
「……ん? いたの? ママ」
「ちょっと遅れていたわ! 言いたい事があるなら剣なんて使ってないで素手で……ぅぉおっ!?」
 眼前を通過した剣閃に思わずのけぞるソフィア。器は問答無用で襲い掛かってくる。
「てめえ……その聖機剣はホリィの剣だろ! それを使うのか!」
 それで一瞬攻撃の手が休まったが、器は闇雲に剣を振るい、暴れる。
「何よ……何よ! 私が使ったっていいじゃない! 私だってほしかったんだもん! 今は私のだもん!」
(あ、実は羨ましかったのか……)
 次の瞬間まばゆい光がソフィアの体を薙ぎ払う。何メートルも吹き飛ぶと、木の幹に強かに体を打ち付けた。
「こ、これはまずいでちゅね……あっという間に場を制されてしまったでちゅ」
 だが、器はまだ誰の命も奪っていない。それが朝騎には引っかかっていた。
 ここは敵のホームグラウンドだ。機導浄化術などの力を得てパワーアップしているのなら、なおの事器は強くて当然。
 だが、まだ誰も死者は出ていない。それは器が手加減している証拠のように思えた。
(器しゃん、やっぱりヨハネしゃんについたフリをしているのでちゅか……?)
「その聖機剣はナサニエルさんが作った物でちゅ。もしかすると何らかの罠が仕込まれている危険性がありまちゅから今後使わないほうがいいでちゅよ」
「罠如き、私が恐れると思う? それにこれはベルフラウがくれたもの、手放すわけないでしょう」
「ベルフラウ……?」
 首を傾げる朝騎。と、そこへぞろぞろとエルフの兵たちが集まってくる。
「ヨハネ様、これは……ちょ、長老様たちが!?」
「ああ……すまない。僕がついていながらこの様だ。お前達、反逆者を拘束しろ! 奴らを率いているのはジエルデだ!」
 ヨハネの指示に従い多数のエルフ兵が武器を構える。
(これは長話している余裕はないでちゅね。それに……今の器しゃんがオルクスに乗っ取られることはないでちょう)
 あれは存在そのものが浄化術のようなものだ。膨大な正のマテリアルは、今のオルクスにはどうにもできないだろう。
 エルフの包囲網、それを切り崩す影が二つ。それは後から駆け付けたヒースとシュネーのコンビだ。
「ふむ。来るのが遅くなったみたいだねぇ。これじゃあ器には近づけないか」
「そう……ですね」
 エルフらの向こうに佇む器は以前とは別人のようだ。
 名残惜しそうに視線をそらし、シュネーは倒れている仲間たちに目を向ける。今は彼らを救い出さなければ、ここで全滅だ。
 次の瞬間、ハンターとエルフ兵を切り離すように足元から無数の結晶の刃がせり出した。
 それは血で作られた槍。すなわち、不変の剣妃オルクスの能力である。
「こっちよぉ! さっさと来なさい!」
「さっきご一緒してね。どれ、今回復するからね……」
 何故かオルクスと共にいるジェールトヴァが魔法で回復を図る。そして啓一は倒れているエイルを抱きかかえた。
「啓一くん……」
「気持ちはわかるが、今は引くぜ」
 ここで捕らえられでもしたらヨハネに利用されるだけだ。それは全滅するよりも最悪の未来を作る。
 今は逃げねばならなかった。伝えたい言葉を、すべて伝えられなかったとしても……。
 ここぞとばかりにフローラは発煙手榴弾を投げまくる。発生した煙に紛れるように、ハンターらはその場を後にした。



「きっといると思っていたよ。ハジャさん、それにオルクスさんも」
 森の脱出は本当に命からがらという様子だった。
 当然ながら追撃の手がかかり、しかも何人かは戦闘不能の状態。脱出劇は困難を極めた。
 その局面からの脱出を大きく支えたのがヒースと啓一の二人。多数のエルフ兵を翻弄し、仲間が離脱するまでの時間を稼いだ。
 何とか逃れたは良いが、全員が極限まで疲労困憊していた。
 気づけば夜明け。一晩中走り回ったハンターたちは泥まみれの汗まみれで、街道に座り込んでいた。
「そしてやはり……首謀者はヨハネさんだったということだね」
 ジェールトヴァは事の全貌に早い段階で気づいていた。
 だからこそわかる。ここまですべてヨハネの計算通り。それも、その計画は恐らく何年も前から進んでいた。
「まさか機導浄化術の発展まで利用する気だったとは……そこまでは読み切れなかったね。大した奸計だよ」
「それに、あの力……器はもう森の覚醒者を操ることすらできるようです。私もハジャも、何もできなかったなんて……」
「あれはマジでやばいぜ。器一人で森の巫女全部を操作できるのだとすれば……そこまであいつを強くすることがヨハネの目的だったのだとしたら、俺達はまんまとその手伝いをしちまったことになる」
 深々と溜息を零すハジャ。ジエルデはそれでも首を横に振り。
「まだ……方法はきっとあるはずです。ヨハネは森の覚醒者を操る力と器を使い、長老会の死を大義名分として動き出すでしょう。それを見過ごすわけには……」
 前向きな言葉で自らを鼓舞しようとしても、状況が絶望的であることは変わらない。
 傷だらけで膝を抱えるエイルは、刃を向ける器の姿を思い返し唇をきつく結んだ。
「ごめんなさい、啓一くん……私……あなたの想いをあの子に渡せなかった……」
「ねーさん……いや、俺達はやれるだけの事をやった。あいつには、また会えるさ」
「……そうね。落ち込んでなんていられないわよね。この事を維新派に伝えなきゃ」
「わかったことも幾つもあるでちゅ。帝国軍に報告して一緒に知恵をひねれば、状況を良くする手立てが見つかるかもしれまちぇん」
 朝騎の言う通り、持ち帰った情報は大きい。なにせ敵の首謀者がはっきりとわかったのだ。
 長老会の死も知ることができたのだから、これからの動き方もはっきりするだろう。
 森の外に出ている維新派――ユレイテルらとも連携すれば、まだ状況は打開できるはず。何よりも貴重な情報を、ハンターは持ち帰ったのだ。
「こうなったらジエルデしゃんが長老会を乗っ取る……つまりクーデターにしてしまうというのはどうでちょうか?」
「確かに……どちらにせよここから先は帝国の力を借りる必要があるでしょうね」
 長老会なき今、どちらにせよ今後の森都をどうするのか、それも込みで考えていく必要があった。
「それに、器しゃんは本当の意味で敵になったわけではないかもしれまちぇん」
「ああ……。あいつがその気になればヘバってたこっちは瞬殺されてたはずだ。だが、見ての通り全員生きてる」
 座り込んだままソフィアが呟く。その指先には小さな指輪があった。
(あいつは……あいつだけのものが、ほしかったんだろうか……)
「共存……できないのでしょうか? ホリィさんと、その、もう一人の方は……」
「さてな。あいつはホリィへの劣等感の塊だ。そいつを取り除かない事にはどうにもな。ただ、ホリィはまだあいつの中にいるんだと思うぜ」
 ソフィアの言葉にシュネーの顔色が少し明るくなる。フローラも小さく息を吐き。
「だとしたらよいのですが……今は所詮、慰めにしかなりませんね。もう一度、彼女に会いに行く必要があるでしょう」
 器は確かにあの時“ベルフラウ”と言った。それがどちらの言葉なのかはわからない。
 だがどちらだとしても、彼女の中にこれまでの物語が記録されていることは間違いないだろう。
「それで……オルクスはどうして助けてくれたの?」
 エイルの問いにオルクスは疲れた様子で肩を落とす。
「どうしてって……あなた達が下手打つからじゃなぁい。私はもともとあの近くにいたのよ。なのに姿を見せたから帰れなくなっちゃったし……」
「どういう事?」
「説明すると長くなるけど……そうねぇ。帝都まで一緒に行ったら流石に始末されちゃうから、ここで話しておきましょうかあ。あの森の中に、“何”がいるのか――」

 ――多くの名前もない子供たちが、誰かの身勝手な思惑で命を失っていった。
 それは浄化の器だけではない。これまで長い長い森都の歴史の中で、浄化の力を使い、代償として闇に呑まれた者たち。
 少女達は神に祈り、その信仰の中で命を落とす。そしていずれ闇の者として起き上がらぬように、エルフ達はそれらを一処に埋葬する。
 神の樹と呼ばれる、精霊の宿る樹。その周りに咲き誇る花畑は、その一つ一つが命の残骸。夢の終わり……。
「みんなみんな、本当は居場所が欲しかったんだよね」
 その中を歩き、少女は神の樹を見上げる。
「名前を……呼んでほしかったんだよね。忘れないで……欲しかったんだよね」
 自分たちの過ちを認めたくなかった大人たちは、この“墓地”をそのままにしてきた。
 神に祈りながら、しかし闇に染まって倒れた者たちの亡骸は、この誰にも触れられぬ聖域を彷徨う“亡霊”へと変わった。
 この聖なる森の中で、この場所は。この場所だけは――歪虚が堂々と闊歩しても咎められぬ異界。
 花畑に紛れ、無数の小さな手が立ち上る。まるで自分の存在を主張するように、霊らは笑い、囁き、天に手を伸ばす。
「私は忘れないよ。受け入れてあげる。私が――みんなに“身体”を貸してあげる。私が、皆の“器”になってあげる」
 手を繋いだ亡霊が歌い出す。その環の中心で、稀代の器はそっと瞼を閉じた。
「一緒に行こう。だから……私にすべてを」

 この数日後、エルフハイムは長老会が暗殺されたことを発表。
 これに伴い、帝国の侵略行為への抵抗を口実に正式な開戦を布告。
 森都と帝国は、逃れられない戦火の渦へと飲み込まれていく……。

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  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカーka0145

重体一覧

参加者一覧

  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 破れず破り
    春日 啓一(ka1621
    人間(蒼)|18才|男性|闘狩人
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 大いなる導き
    ジェールトヴァ(ka3098
    エルフ|70才|男性|聖導士
  • 幸福な日々を願う
    フローラ・ソーウェル(ka3590
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/11/14 02:27:57
アイコン 質問所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/11/16 15:13:58
アイコン 作戦相談所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/11/17 18:36:25