ゲスト
(ka0000)
マロンパイに詰まった思い出。
マスター:蓮華・水無月
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~50人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2014/10/09 19:00
- 完成日
- 2014/10/29 23:35
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
ここしばらくのディアヌの気がかりは、秋になると元気のなくなる母のことである。
ディアヌの父はまだ彼女が10歳だった頃の秋に、仕事先で亡くなった。この辺りでは珍しい覚醒者で、ハンター稼業に勤しんでいた父だったから、亡くなったのもどこだかの雑魔退治の最中だったと聞く。
それ以来、母は秋が嫌いになり、この季節が来ると酷くふさぎ込むようになって。それでもディアヌと、それからディアヌの3歳年上の兄を育てるために、必死に畑仕事に打ち込むうちに、だんだん気が紛れてきたようではあったのだけれども。
「はぁ……」
「――母さん、ちょっとは外を歩いてみたら? 良いお天気だし、お隣の奥さん所でお喋りでもしてきなさいよ」
「そうだねぇ……」
何かとため息をついてばかりの母に、そう声をかけてみても返ってくるのは生返事ばかり。秋の気配が感じられるようになると母はここ数年、外が見えないようにカーテンを閉め切った部屋の中で、こうしてため息をついて過ごす。
ふぅ、とディアヌも小さな、小さなため息をついた。そうして、ご飯を用意してくるわと母に声をかけて、薄暗い部屋を後にした。
●
兄が大きくなってリゼリオで働き仕送りをしてくれるようになり、ディアヌも隣村の学校で勉強を教えるようになった。そうして、母1人に働かせなくても何とか生活が軌道に乗るようになったのは、もう10年も前の事。
もっとも、それがこの季節ばかりは災いして、母を家に引き籠らせてますます気分を憂鬱にさせているのは、事実。それに――もう1つ、母を気鬱にさせている要因を思い出して、ディアヌは恨みがましく呟いた。
「兄さんも、よりにもよってハンターにならなくったって良いのに」
手っ取り早くそれなりのお金を稼ぐため、素質があったのを幸いに兄は、リゼリオで覚醒者となり、ハンターになった――亡くなった父と同じように。ディアヌ自身はそれに思う所はなかったけれども、母はいつ、兄が父と同じように命を落とすか、この季節は特に気が気ではないのだ。
おまけに、リゼリオで結婚した兄の娘はちょうど今年で10歳、ディアヌが父を亡くしたのと同じ年齢。母にとっては17年前、父が亡くなったあの秋を繰り返しているような心地がするのだろう。
今年の秋が無事に終われば、母も父の死の呪縛から解放されるのだろうか。けれどもまだまだ、冬の訪れの声を聞く日は遠い。
「――そういえば母さん、マロンパイは好きだったっけ」
ふとそれを思い出して、ディアヌは村の裏山へと眼差しを向けた。あれは一昨年の事だったか、娘と里帰りをしてきた兄がリゼリオ土産だと買ってきた、マロンパイを母は珍しく、美味しいと喜んで食べていたのだっけ。
父が亡くなってから母は、努めて秋を思わせるものを家の中から排除して、心の平穏を保とうとしていたようだった。けれどもあのマロンパイは確かに、美味しいと喜んでいたはずだ。
思えば兄も、母さんが確か栗が好きだったと思って、とマロンパイを買って来たのではなかったか。だとしたら、裏山にそろそろなっているだろう栗を使って、パイや、それから料理やお菓子を食べさせれば、少しは元気になってくれるだろうか。
ディアヌはそう思い、綺麗な意匠が気に入って大切に取っておいた、兄の土産の紙袋を取り出した。まるで兄に相談するような気持ちで、紙袋に印刷されている、花の上で蝶を追いかけて遊んでいる猫をじっと見る。
きっと兄なら、やってみなきゃ解んないよ、と笑うのに違いない。
「――そうね。やってみなきゃ解んないわ」
うん、と心の中の兄に大きく頷いた。そうして、さすがにあの状態の母を1人で置いていくのも心配だから、誰か代わりに栗を取りに行ってくれる人が居ないかしらと、今度こそ兄本人に連絡を取ることにした。
ディアヌの父はまだ彼女が10歳だった頃の秋に、仕事先で亡くなった。この辺りでは珍しい覚醒者で、ハンター稼業に勤しんでいた父だったから、亡くなったのもどこだかの雑魔退治の最中だったと聞く。
それ以来、母は秋が嫌いになり、この季節が来ると酷くふさぎ込むようになって。それでもディアヌと、それからディアヌの3歳年上の兄を育てるために、必死に畑仕事に打ち込むうちに、だんだん気が紛れてきたようではあったのだけれども。
「はぁ……」
「――母さん、ちょっとは外を歩いてみたら? 良いお天気だし、お隣の奥さん所でお喋りでもしてきなさいよ」
「そうだねぇ……」
何かとため息をついてばかりの母に、そう声をかけてみても返ってくるのは生返事ばかり。秋の気配が感じられるようになると母はここ数年、外が見えないようにカーテンを閉め切った部屋の中で、こうしてため息をついて過ごす。
ふぅ、とディアヌも小さな、小さなため息をついた。そうして、ご飯を用意してくるわと母に声をかけて、薄暗い部屋を後にした。
●
兄が大きくなってリゼリオで働き仕送りをしてくれるようになり、ディアヌも隣村の学校で勉強を教えるようになった。そうして、母1人に働かせなくても何とか生活が軌道に乗るようになったのは、もう10年も前の事。
もっとも、それがこの季節ばかりは災いして、母を家に引き籠らせてますます気分を憂鬱にさせているのは、事実。それに――もう1つ、母を気鬱にさせている要因を思い出して、ディアヌは恨みがましく呟いた。
「兄さんも、よりにもよってハンターにならなくったって良いのに」
手っ取り早くそれなりのお金を稼ぐため、素質があったのを幸いに兄は、リゼリオで覚醒者となり、ハンターになった――亡くなった父と同じように。ディアヌ自身はそれに思う所はなかったけれども、母はいつ、兄が父と同じように命を落とすか、この季節は特に気が気ではないのだ。
おまけに、リゼリオで結婚した兄の娘はちょうど今年で10歳、ディアヌが父を亡くしたのと同じ年齢。母にとっては17年前、父が亡くなったあの秋を繰り返しているような心地がするのだろう。
今年の秋が無事に終われば、母も父の死の呪縛から解放されるのだろうか。けれどもまだまだ、冬の訪れの声を聞く日は遠い。
「――そういえば母さん、マロンパイは好きだったっけ」
ふとそれを思い出して、ディアヌは村の裏山へと眼差しを向けた。あれは一昨年の事だったか、娘と里帰りをしてきた兄がリゼリオ土産だと買ってきた、マロンパイを母は珍しく、美味しいと喜んで食べていたのだっけ。
父が亡くなってから母は、努めて秋を思わせるものを家の中から排除して、心の平穏を保とうとしていたようだった。けれどもあのマロンパイは確かに、美味しいと喜んでいたはずだ。
思えば兄も、母さんが確か栗が好きだったと思って、とマロンパイを買って来たのではなかったか。だとしたら、裏山にそろそろなっているだろう栗を使って、パイや、それから料理やお菓子を食べさせれば、少しは元気になってくれるだろうか。
ディアヌはそう思い、綺麗な意匠が気に入って大切に取っておいた、兄の土産の紙袋を取り出した。まるで兄に相談するような気持ちで、紙袋に印刷されている、花の上で蝶を追いかけて遊んでいる猫をじっと見る。
きっと兄なら、やってみなきゃ解んないよ、と笑うのに違いない。
「――そうね。やってみなきゃ解んないわ」
うん、と心の中の兄に大きく頷いた。そうして、さすがにあの状態の母を1人で置いていくのも心配だから、誰か代わりに栗を取りに行ってくれる人が居ないかしらと、今度こそ兄本人に連絡を取ることにした。
リプレイ本文
ハンターの仕事か、と須藤 要(ka0167)は呟いた。
死んだ夫を悼み、同じハンターになった息子を失う事に怯えるディアヌの母ジゼル。要もまた、自身の母を心配させているのだろうか。
考え、だが首を小さく振った。今、考えることではない。
「とりあえず、ディアヌの母さんのために栗拾い、だな。たくさん採れるといいな」
「そうですね……」
昔やった事あるから得意だぜ、と呟く要の言葉に、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)は頷きながらも気遣わしげに、カーテンの閉ざされた窓を見る。ごめんなさいと言うディアヌの困った笑顔に、いいえ、と微笑んだ。
●
おばさまが心配ですの、とチョココ(ka2449)は息を吐いた。パルムを頭の上に載せて部屋を覗いてみたけど、ジゼルは出て来なかった。
帰ったらまた覗いてみようと考える、チョココはふと驚きで目を輝かせる。マロンパイも食べたことがないけれど、いが栗を見るのも初めてで。
「これ、食べられるんですの?」
「もちろんなの! 美味しい栗を選ぶのは得意なのよ♪」
思わずじッ、と見つめながら木の枝でつんつんする、チョココにメーナ(ka1713)がそう言った。楽しげに足下を見下ろす。
経験上、美味しい栗はイガがしっかり開き、皮がつやつやでふっくらしている物が多い。そうして、持った時にズッシリしている物。
そう言ったメーナにルシオ・セレステ(ka0673)も、そうだね、と頷いた。
「美味しいものは自分から殻を抜けてくるんだよ。年頃の女性の様だね」
「わ……!」
ルシオの言葉に、少女達が嬉しそうに頬を染める。そんな知己を遠くから「何を話してるのかな?」と見たリィン・ファナル(ka0225)の傍らで、アリス・ナイトレイ(ka0202)は秋の空気を一杯に吸い込んだ。
所々色づいた景色に目を細める。
「もう少ししたら、もっと綺麗に色づくかな」
「うん。お洒落してるみたいだよね」
目に付いた落ち葉を拾いながらリィンは、アリスに楽しげに頷いた。栞にすればきっと綺麗だろう。
もちろん、栗拾いも忘れてない。背負い籠には栗だけではなく、目に付いた秋の味覚も入っている。
集めた果物を見て、リィンは近くでいが栗を拾うシア(ka3197)に声をかけた。彼女もまた、色んな秋の味覚を集めている。
「これ、どうかな?」
「ああ。この真っ赤なズミの実は、マロンスイーツの良いアクセントになりますよ」
「良かった。でもキノコは危ないから、ちょっと注意しなきゃね」
村で詳しい人に確認をお願いする、と言うリィンにそれが良いと頷いたシアは、ふとアケビの蔓が垂れているのを見つけて足を向けた。他にもサルナシなど、森に生きる動物への取り置きをしてなお、秋の味覚は豊富だ。
そこから少し離れた所では、上泉 澪(ka0518)とセレン・コウヅキ(ka0153)が、栗拾いを楽しんでいた。
「落ちて、中から実が見えている物がいいでしょう。より熟している証拠ですし」
「わかりました」
澪の助言に頷いて、セレンは慎重に確かめる。拾うのはあくまで必要な分だけだ、取り過ぎられては困る生き物も、この山にはいるだろう。
それにしても不思議だ、とセレンは思う。四季があるのにも驚いたけれど、栗まであるのにまた驚かされる。
そんな驚きの感情は、シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)にもあった。
世界が違っても季節は同じなのは、不思議な心地だ。そんなシルヴィアの横では岩井崎 旭(ka0234)が、テンションを上げていて。
「うおお、秋だ! 山だ! 栗の木だ! 秋の味覚が俺たちを呼んでいるぜッ!」
「本当に、色々とありますね」
旭に頷きながら、シルヴィアはせっせと栗を拾い集める。他にもキノコや、とにかく美味しそうなものは目に付いた端から次々に。
そんなシルヴィアに、あ、と旭が言った。
「翌年や他の人の為にも採りつくすのはNGな」
「はい、旭さん」
自然は大切にスピリットを発揮する旭に、頷きシルヴィアは拾う手を緩める。その近くではリズリエル・ュリウス(ka0233)が、まるごとうさぎで身を守りながら、ショットアンカーで枝を揺すり、実が覗くいが栗を落としていた。
理由は単純、そっちの方が新しそうだから。楽しげな彼女はふと、遙か高みにあるいが栗を見つけて舌打ちした。
どうしようかと見回すと、愛犬ポチと共に秋の風景を楽しみながら歩いていた東郷 猛(ka0493)と目が合って。
「背を貸せ、東郷」
「――はいはい」
リズリエルの唐突な言葉に猛はけれども、大人しく肩に掛けた籠を足元に下ろす。ポチが『任せて下さい』とばかりにその傍らにちょこんと座った。
中に入っているのは山菜やキノコ。自分も後で探そうと思いながら、リズリエルは身軽に猛の背に登る。
それにしても栗の木が多いと、エルウィング・ヴァリエ(ka0814)は感心した。探せば銀杏や松茸だってあるだろうか。
ずっしり重い籠に満足し、歩き出そうとしたエルウィングは、ふと足を止めて振り返った。
「皆さーん、顔に『ドカッ!』とイガが落ちないとも限りませんので、栗の木の下で顔を上げたりは……」
「確かこんな風に落とすんでしたよね栗って……ッたぁ!?」
そう言った瞬間、知らないなりに頑張ろうと栗の木を揺すったレオフォルド・バンディケッド(ka2431)の顔に、落ちてきたいが栗が命中する。痛みに悶えたレオフォルドは、だがすぐに「すいません!」と頭を下げた。
「こんなに落ちてくるとは知らなかったんです!」
「やれやれ……栗の木は揺すってはならん、熟れてない実まで落ちてしまう。まずは落ちている栗から……」
「あははッ、面白そう! 私もやるわよー!」
――ドガッ!
そんなレオフォルドにレーヴェ・W・マルバス(ka0276)が説明する横から、見ていたセリス・アルマーズ(ka1079)が楽しげに、盾で頭上をガードしながら豪快に木にぶち当たる。いが栗が雨のように降り注ぎ、レオフォルドが「あたたッ!」と悲鳴を上げた。
イガはイガいと痛いからの、と呟いたレーヴェが、こちらは満足そうなセリスを振り返る。盾以外にも、かなりの重装備だが。
「その格好で来たのはこの為か?」
「普段着みたいなものでねー。レオフォルド君は治療してあげる。イガ、結構痛いものね」
「あ、ありがとうございます……」
楽しげにヒールをかけるセリスとレーヴェの会話を聞きながらレオフォルドは、栗の木は二度と揺すらないと心に誓う。だがエルティア・ホープナー(ka0727)は、その騒ぎには気付いていなかった。
視線はひたすら本の上。シルヴェイラ(ka0726)を待つ間、と開いた本から脇目も振らないエルティアに、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が声をかけた。
「こんにちはー。君も栗拾い? 良かったら一緒に行動しない?」
「……」
「秋の味覚っていいよねー。山にいろいろ生るのは無料だし、僕ちょっと詳しいよ」
「――ラーンー!!」
「わ……ッと、ベルちゃん?」
そうして始めたナンパはだが、横合いからぽふん、と元気に飛びついて来たベル(ka1896)に中断を余儀なくされる。慌てて受け止めた腕の中、にこぉ、と満面の笑顔がランを見上げ。
持ち上げたスカートの中、セレスティア(ka2691)と一緒に集めた栗を見せる。
「みてみてー、栗いっぱーい♪」
「すごいね~? 僕、これだけしか取れてないよー」
「えへへー、ランにも分けてあげるー♪」
そんなベルの頭を撫で、自分の栗は隠して少しだけ見せたら、ベルが笑顔でそう言った。途端、栗が零れそうになるのをセレスティアが、くすりと笑って「危ないですよ」と優しく窘める。
それにまた、ベルは嬉しく笑った。跳ねたりくるんと回ったりする度に、胸元でカウベルがカランコロン♪ と楽しげに響く。
「くーりー♪ いっぱい拾えるといいねー!」
「ええ、私も楽しいです。お料理は持ち帰ってしましょうか? 一緒にやる?」
「いっしょ!」
力強いベルの言葉に、セレスティアが微笑んだ。こんな可愛い妹居たらなぁ、と思う。
そうして、どんなお菓子を作ろうかと話しながらまた栗を集めに行く、2人を見送るランの視界に変わらず本を読むエルティアが入った。もう、ナンパする気はない。
それを確かめるようにチラリと見て、シルヴェイラは枯れ葉を踏みしめ、ゆっくり近付いた。
「――こんな所でも読書かい、エア?」
「あら。おかえりなさい、シーラ」
目を離したらすぐこれだと、微苦笑しながらの言葉にエルティアが、パタンと本を閉じて微笑む。本当に、何も気付いていないらしい。
相変わらずだと、またシルヴェイラは微笑んだ。
●
(これって……もしかしてデート、です?)
傍らの月野 現(ka2646)を意識して、櫻井 悠貴(ka0872)は考えた。辺りに居るのが2人だけだから尚更だ。
故にちら、と見ては目を逸らす悠貴に気付き、現は微笑んだ。この世界でこんな風に出かけるのは初めてだな、と思う。
世界を越えてからやっと作れた、2人で過ごせる大切な時間だから。
「休暇みたいなものだ。今日はゆっくりと過ごそう」
「はい、やっと出来た休暇ですね♪」
だからそう微笑んだ、現の言葉に悠貴が幸せに頷いた。『依頼主の為にもちゃんと栗、取らないといけませんね』と小さく拳を握る。
そんな2人から少し離れた場所で、鳴神 真吾(ka2626)は木から直接採ろうとする人が居ないか、見回した。
「下手にやると木を痛めるし、まだ落ちてないのは熟してねえのもあるからどっちにとってもよくねえからな――俺も昔やって親父に怒られたんだが」
「ほう、良い思い出じゃな」
真吾の言葉に、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は目を細める。その横ではエディオラ・ローシュタイン(ka0351)が懐かしく、大きないが栗を踏んでいた。
こうして身を取り出すのだと教えたのはもう昔の事。懐かしむエディオラの足下の栗を、ヴィルマが籠に入れる。
「楽しいものじゃのぅ! ……亡くなった者を偲ぶ気持ちも、よく解るのじゃ」
「そうじゃのぅ……」
少しでも気を紛らわせる手伝いが出来ればと、言ったヴィルマにエディオラは頷き、いが栗を踏んだ。その度に鳴る足元の落ち葉に耳を傾けて、たくさん拾えたら家にも持って帰ろうかと考える。
料理上手の弟は色々作ってくれるに違いないと、思えば涎が出そうだ。その際には弟妹に色づいた木々の美しさも語ってやらねばのぅ、と俄然やる気になるエディオラの耳に、ルシエド(ka1240)と天宮 紅狼(ka2785)の会話が届く。
「なぁなぁ紅狼、栗ってどんな味すんの? 木の実って事は知ってるけどさ、食べた事ないんだよね」
「……お前、栗食った事ねえのか?」
妙にそわそわしてると思ったら、と紅狼は嘆息する。ならば教えてやらねばと、樹上のいが栗を指した。
「あの茶色いトゲトゲした身に栗が入ってる」
「めっちゃ攻撃的じゃん!」
素直に見上げたルシエドが驚いて叫ぶと、ぽと、といが栗が落ちてきた。それに、恐る恐る近付いて。
「このトゲん中に実が入ってんの?」
「手が痛くなるから素手で触るなよ……ッて」
「い、痛いーッ、これ痛いーッ」
注意した側から触るルシエドに、また嘆息する紅狼だ。そんな2人のやり取りに、天竜寺 詩(ka0396)もいが栗を突ついてみた。
指先がチクリと痛くて、嬉しくなる。
「本当にトゲトゲ痛いよ~」
菓子作りの為に買った事はあるが、いが栗は見るのも拾うのも初めてだ。だから、体験するすべてが楽しく愛おしい。
そんな詩にアマービレ・ミステリオーソ(ka0264)が微笑み、手当しましょ、とハンカチを出した。
「小さな傷でも気をつけなくちゃね」
「ありがとう」
アマービレの言葉に詩はまた、嬉しく笑う。そうして『栗は可愛いツンデレさん♪』と歌いながらいが栗を集める、詩を見送りアマービレも『栗美味しいわよね栗ー』と鼻歌を歌い。
集めに集めた籠の中の栗を見て、鮫島 寝子(ka1658)は歓声を上げた。
「ウニがいっぱいだー! って、ウニじゃなくて親戚さんか何かだっけ?」
「本当にウニそっくりですよね……でも一部のウニと違って毒がないのは幸いでしょうか」
寝子の言葉にモーラ・M・ホンシャウオ(ka3053)も、しみじみ栗の山を突つく。拍子に、いが栗がコロンと転がった。
割れた中から覗く栗の、表面には小さな穴が開いている。その中から……
「む、虫さんいやあああッ!?」
出て来た栗虫に、モーラは瞬間、絶叫した。寝子が「モラりんは虫が怖いのか」と虚勢を張るものの。
「ぼ、僕は全然平気だよ、なんたって鮫だからね。でっかい虫が出てきても捕食してきゃあああッ!」
「オラを盾にしないでくんろおおお!」
「あら虫? えいッと」
「まぁ、落ち着きぃや」
すぐにモーラの背後に隠れようとする寝子と、抵抗するモーラの騒ぐ声に、気付いた辰川 桜子(ka1027)が虫を遠くに放り投げた。チカ・アルバラード(ka3203)も2人を宥める。
チカの背負い籠には、栗がたっぷり入っていた。落ち着いてきたモーラと寝子の、凄いなぁ、という視線にニッと笑う。
「凄いやろ? 折角やから秋の味覚をバンバン採取して、ド派手に稼ごと思てな! このウニ……ちゃうわ、栗を筆頭に山ぶどうやきのこやらをガンガン採取しまくって、山師と交換なんかしたりしてな!」
やるでぇ、と燃えるチカにアルフィ(ka3254)も、ぐ、と小さく拳を握った。ディアヌお姉さんの為にも頑張らなくちゃね、と頷く。
故郷の森で走り回っていたから、山にも慣れている。任せてよと元気良く手を挙げたアルフィにディアヌは、頼もしいわと嬉しそうだった。
だから。
「チカお姉さんに負けないぐらい拾うんだッ」
「負けないわよ~! 家で待ってる旦那と娘の分まで取るんだから~!」
「私も負けませんわ~♪」
アルフィやチカと競うように、桜子とヴィス=XV(ka2326)も次々栗を拾う。腕まくりする桜子の横で、今日はスフェールと名乗るヴィスは淑やかに落ち葉を鳴らした。
食べられるきのこや他の山の幸を、探すのも忘れない。時折「あれは食べれますよ~」と指さすヴィスに、チカが「ホンマかッ!?」と反応して。
そんな中でエテ(ka1888)は1人、栗を拾う。トゲに刺さらないよう、神経は今年1番くらいすり減っているけれど。
「も、モンブランの為に頑張るんですから!」
自分では作れないが、誰かは作ってくれるだろう。時々トゲが刺さっても、そう思えば頑張れる。
澄んだ山の空気を胸一杯に溜め込んで、時折は紅葉を楽しんで。楽しく栗を拾うエテと同じように、シルヴェイラとエルティアも秋を楽しんでいた。
日頃は行動力に反して引きこもりがちな、エルティアにシルヴェイラが笑う。
「それにしても珍しいな、エアが外になんて。雨でも降らないか心配だ」
「偶には外に出るのも悪くは無いと思って」
そう言いながらエルティアは紅葉を取り、素敵な栞ができそうねと呟いた。それから、足下に落ちていた立派な栗を手に取ってダガーで斬り裂いて。
取り出した実を一杯にハンカチに包み、ねぇ、と小首を傾げ差し出した。
「マロングラッセやモンブランはシーラの淹れてくれるコーヒーにとても合うと思うの」
「作るのはボクなんだろう?」
「楽しみにしてるわ。シーラの手料理が1番だもの」
嬉しそうに微笑む彼女にシルヴェイラは、肩を竦めてリクエストの菓子のレシピと、合う珈琲のブレンドを考え始める。
●
栗を集め終えて村に戻ったレイオス・アクアウォーカー(ka1990)は、早速焚き火の準備を始めた。
栗の料理でまず思いつくのはマロングラッセだが、ちょっと時間がかかりそうだ。なら簡単に出来て素材の味も活かせる焼き栗を作ろう、という算段。
借りた、村で一番大きな背負い籠はいが栗で一杯だ。それはロジー・ビィ(ka0296)とセレナ・デュヴァル(ka0206)の籠も同じ。
セレナがしみじみ呟いた。
「栗だらけですね……ウニに見えるほどに」
「思った以上に沢山取れましたわね! ここは腕の魅せ所ですわッ!」
その横ではロジーがうきうきと、どんなお菓子を作るか思考を考える。味はさておき料理好きの彼女は、この栗をどう調理するかで頭が一杯だ。
セレナとの旅の中、栗料理も幾らか見聞きした。その中に確か、栗羊羹というものもあったはず。
「あれをさらにアグレッシヴに、アヴァンギャルドにしてみてはどうでしょう?」
「……栗羊羹、確かに耳にしたことは……食べた事は無いのでロジーさん、是非にその腕を見せつけてやって下さい」
こくり、頷くセレナの後押しに、輝く笑顔でロジーが頷く。その横をいそいそと、フューリ(ka0660)はジュード・エアハート(ka0410)の元へ走った。
張り切って拾ったからきっと、誉めてくれるだろう。そう考えながらフューリは見つけたジュードに、どうだと言わんばかりの笑顔で籠を差し出した。
「じゃーん! たっくさん採ってきたっすよ!」
「わー、フューリ君凄いすごーい♪」
栗を受け取って、ジュードは笑顔でフューリの頭を撫でる。へへー、と嬉しそうなフューリの頑張りに報いるためにも美味しいお菓子を作ろうと、用意しておいたパイ生地を見た。
マロンクリームと栗の渋皮煮を作って、包んでマロンパイを作るつもりだ。ちょうど良い気分転換にもなりそうだと考える、ジュードにフューリは「楽しみっす!」と期待を膨らませ。
少し離れた所でアミグダ・ロサ(ka0144)とレオン・イスルギ(ka3168)は、かまどでお湯を沸かしている。種火にはリトルファイアを使おうと思っていたアミグダだが、すでにディアヌが用意していたのでそこは利用して。
その横でレオンは大勢に対応出来るよう、調理器具や調味料を整える。持ってきたワインはさて、どこに使おうか。
「こうしていると、一族皆で過ごしていた、故郷の事を思い出します」
腕を振るってご馳走を作ろうと、懐かしくレオンが呟いた。それを聞きながらアミグダは、若お嬢様はどのくらい栗を採って来るかと考える。
その近くに居る岩波レイナ(ka3178)は、けれども料理をする気はなかった。それは予想以上の豊作に満足したからでも、実は料理が駄目だからでもなくて。
今、レイナの目に映るのはケイ・R・シュトルツェ(ka0242)、敬愛する歌姫だけ。
「ケイ様もいらっしゃってたのですね……!」
「……あら、レイナ? ほら、こっちへいらっしゃい」
そんなレイナの歓喜の声に、ケイは微笑んで優しく手招きした。そうして、こんな所でも会えるなんてと大喜びのレイナが持つ大量の栗に「まぁ!」と目を見張る。
こんなに沢山あるなら、お菓子の1つも作ろうか。マロンクリームのシュークリームも良いかも知れない。
「ラム酒なんかを少しクリームに加えて、大人の味にしてみるのも良いかしら」
ね、と微笑むケイにレイナはうっとり頷いた。ケイの言葉を聞くだけで、彼女は幸せなのだ。
とまれ、栗は剥かねば始まらない。藤堂研司(ka0569)は栗をどんどんお湯に放り込んでは、包丁で皮を剥いていく。
「後は熱く熱したフライパンで渋皮を焦がして、濡れ布巾で擦り取れば完璧よ!」
「こんな感じ、か」
どんどん持ってきて、と威勢も良い研司の手つきを見ながらロラン・ラコート(ka0363)も、彼を手伝って栗を剥く。もし、料理は苦手だけれど作りたいものがある、という人が居れば後でそれも手伝おう。
後は、栗のポタージュでも作ろうか。肌寒い日も増えてきたから、スープで芯から温まるのも良いだろう。
「……体が温まれば、心も温まるしね」
「良いね! やはり今日は栗尽くしでいこう!」
ロランの言葉に研司が上機嫌で頷いた。秋の景色を見ながら調理できるなんて縁起が良い、と動かす手は楽しげだ。
●
エテの脳裏にはくっきりと、散策中の光景が焼き付いていた。丘から開けた空の向こう、秋に彩られ始めた山が柔らかな日差しに輝く様。
(本当に、素敵でした)
確かに季節は移ろっているのだと、しみじみ感じられた。つい栗を拾う手も止めて見入ってしまったのは、仕方のない事だろう。
来て良かったとほっこりする、エテの横でアルフィが「ディアヌお姉さん!」と声を上げた。
「これで良い? おばあさまに教わった通り、色が濃い・穴が開いてない・ずっしり重い栗を選んできたよ!」
「ワシも色々集めたのじゃ。季節は巡り、同じ時は戻らぬからの。おぬしも、実りの秋を楽しめると良いのぅ」
アルフィの籠には栗の他にも山ブドウやアケビ、キノコなど。エディオラはそれに加えて、紅葉や松ぼっくり、団栗も秋の彩に添えておいた。
ディアヌがまぁ、と微笑んだ。彼女自身もまた、秋を嫌がる母のために極力、秋を遠ざける暮らしをしていたのだ。
だから嬉しそうに、お礼を言って受け取った。それからあちこち走り回り、木を登ったり地を這いまわったりですっかり泥だらけのアルフィを見下ろして、拭いましょ、と微笑む。
アルフィは気にしていないのだけれど、ディアヌは気になるらしい。湯を使わせて貰うと良いじゃろう、とエディオラが笑う。
そんなディアヌ達に同じく栗を渡したヴィルマは、さて次は手伝いじゃな、と腕捲りをした。菓子を作っている者の元へ近付いて、何かあるかと声をかける。
「無論、味見目的ではないのじゃぞ?」
「あら! じゃ、これお願いして良いかしら!」
茶目っ気たっぷりにそう言った、ヴィルマに笑って桜子は遠慮なく、栗の皮むきをお願いした。作るのはマロングラッセに栗のワイン煮。もちろん、後で味見だってお願いする。
「そっちは手伝うことある?」
「では、肉巻きマロンを手伝って下さいな♪」
桜子にそう尋ねられ、ヴィスは手元の栗と肉を差し出した。肉巻きマロン? と不思議そうな2人に「ええ♪」と朗らかに頷く。
他には勿論マロンパイに栗のタルト、渋皮煮、モンブランやクッキーも。マロンパンも良さそうだ。
そんなヴィスの言葉に桜子とヴィルマが、1口欲しいと頼んだのに快く頷く。どうせ1人では食べ切れないし――
「……みんなに食わせたいぜ」
「私も家族に持って帰りたいわー」
ぼそりと裏の顔に戻って呟いたヴィスに気付かないふりで、桜子もワインを開けながら言う。ヴィルマは本当に気付かぬまま、なら頑張らねばのぅ、と手伝いに精を出し始め。
猛も同じように知人のアミグダを、せっせと手伝っていた。皮剥きや下拵え、何でも言ってくれという猛にありがたく皮剥きを頼んで、アミグダはあく抜きに取り掛かる。
まずは、竈の灰を入れたお湯で栗を煮て。さらにそのまま、ピュアウォーターで純水に戻したお湯で煮て。
その間にもどんどん猛が栗の皮を剥くのを、ポチが面白そうに眺めている。散歩がてらの栗拾いに、こちらも満足したようだ。
こういう事も子供の頃以来だな、と懐かしく手伝いをしていたら、ふらりとリズリエルが戻ってきた。
「おう、甘いのあるかっ」
「――こちらを召し上がってお待ち下さい」
開口一番そう言った、主にアミグダがすかさず出したのは茹で上がったばかりの栗。目を輝かせるリズリエルの為に、アミグダが作るのは茹で栗を砕いてマッシュし小麦粉や水と練ったガレットだ。
甘いものばかりでは偏って、若お嬢様の身体にも良くない。だから主食としての栗をと、ガレットの上に載せる具材も作り始めたアミグダに、これは美味そうだと猛も目を細める。
出来上がったらディアヌにお裾分けをして、土産にも幾らか貰って、後は宴会でも楽しもう。他にもそのつもりの者は居るだろう。
その1人である真吾は後のビールを楽しみに、今は栗ごはん作成に精を出していた。その隣にはエルウィングが居て、覚束ない手つきで栗と格闘している。
「地球に居た頃に食べた日本料理がとても美味しかったもので……」
「俺も他人に食わせるほど上手くはないが……あぁ、皮はもう少ししっかりと、だな」
「こうですの?」
「その調子です、エルウィング様。こちらの茸は、一緒に栗ごはんに入れると美味しいですよ」
記憶の味を再現しようと、四苦八苦するエルウィングの両側で、真吾とレオンが手本を見せながら栗を剥く。ご飯はもう洗って水に浸してあるし、エルウィングが見つけた茸も下拵えは終わっていた。
だから後は栗の下拵え。それさえちゃんとしておけば、大概の料理は美味しくなるというのが真吾の持論だ。
そんな3人の傍らには、ちょうど良い料理係を見つけたとばかりにセリスが居座って、早くご飯が出来ないかしら、と待っている。
「あんたも手伝えよ」
「私も栗拾い、頑張ったのよ!」
ちらりと見た真吾の言葉に、セリスはえへんと胸を張る。そうですかと頷いたレオンがそっと栗の煮物を置くと、嬉しそうに笑った。
ふいに『出来ましたわ!』という声が響く。
「特製栗羊羹ですわ!」
輝く笑顔と共に出されたロジーの菓子に、セレナは目を見張る。それはホールケーキ型で、モンブランの山で飾られていた。
花火があれば完璧でしたのに、と残念そうなロジーに問題ないと首を振って口に運び。
「……最高です……」
「どれどれ……うッ!?」
噛み締めるように呟いたセレナに興味を惹かれたセリスが、食べた瞬間口元を抑えて走って行った。セレナの味覚はかなり、ずれている。
それを見ていたロジーがふと、呟いた。秋は物悲しく切ないけれど。
「あたしには良い友人が暖かく傍に居てくれて……良かった」
「私が暖かい、ですか……」
その言葉に、セレナは戸惑う。ロジーの方がずっと暖かいのに?
秋は確かに寂しい季節だけれども、ロジーと過ごした季節でもある。だから秋が好きだと言うセレナに、ロジーは嬉しく目を細め。
セレスさんは大丈夫かな? と思いながらリィンはせっせと、茹でた栗をすり鉢で潰した。乾燥して硬くなったら美味しくないから、丁寧に、けれども手早く。
お湯で器を温めて、潰した栗と砂糖を混ぜて作るのは栗きんとん。同じく栗きんとんも作ろうと思っている研司は、けれども今は甘露煮を作っている所。
「そっちも美味しそうだね」
「材料にして良し、そのまま食べて良しだからな!」
リィンの言葉に、研司は鍋を見ながらそう言った。彼は出来上がった甘露煮を裏ごしした芋と混ぜて栗きんとんにするつもりだ――裏ごしした栗と混ぜれば栗茶巾にもなる。
それも美味しそうだね、と栗きんとんの形を整え頷くリィンから、少し離れたところでは悠貴と現がマロンパフェを食べていた。
「ああ、これは美味しいな」
「んー本当、美味しいですね。上手く出来て良かったです」
現の言葉にほっとして、悠貴もパフェをじっくり味わう。アイスが手に入らない分、クリームが濃厚だ。
ふいに、口元についていたクリームを現がす、と拭ってくれた。そのまま口元に運ぶのに、恥ずかしくて「あぅ……」と真っ赤になる。
そんな悠貴が可愛らしくて、現は彼女の手を優しく握るのだった。
●
茹で栗もルシエドには未知だった。
「熱いから気をつけろよ」
「なんかほくほくして美味ぇー♪」
「皮は食えないからな」
「……わ、分かってたよ! わざとだよ!」
渡された栗に一喜一憂する、ルシエドに紅狼は目を細める。栗を取り出すのも、面白そうに見ていた。
彼の境遇は酷いと思うが、可哀想だと思うのは失礼だ。だが彼が子供らしい事をする手伝いは、これからもしてやりたい。
そんな賑やかな、穏やかな光景に寝子は目を細めた。今日もまた、彼女の素敵な思い出になるだろう。
拾った栗やキノコの味が楽しみだった。取りあえず全部籠に入れたから、後はモーラが何とかしてくれるだろう。
楽しみだねぇ、とワクワクする寝子の眼差しの先のモーラはと言えば、そのキノコを見て首を傾げている。
「……私、このキノコいれましたっけ?」
少し悩んだが、まぁ良いかと一緒にシチュー鍋に放り込む。作るのはマロンシチューだ。
そんな中でレイオスは、栗が焼けるのを待っていた。たき火にそのまま放り込んだ栗は、香ばしい匂いを漂わせている。
だが、何か気を付けるべきことがあったような……?
「ああ、思い出した。たしか爆発して――」
――パァァァンッ!
瞬間、破裂音が辺りに響き渡った。傍に居たレイオスは――まぁ大丈夫そうだ。
セレンはちらりと彼の無事を確認し、同じく焼き栗を作る澪を振り返った。とはいえ彼女は下処理をしていたから、破裂する危険はなさそうだ。
ほっとしてセレンは栗きんとん作りに戻る。そんなセレンをちらりと見て、澪がたき火をつつきながら言った。
「……その身の丈越える刀はいつもお持ちなのですね……」
「得物を持ってくる必要は特にないと思ったんですが、どうにも手放せませんね」
澪の言葉にくすりと笑い、傍らの刀をそっと撫でる。幸い、このまま役に立たずに終わりだ。
もっともレイナはそんな周りの様子は、一切気にする余裕はなかった。
「ケイ様の手作り……!」
「どうかしら」
心配そうに微笑むケイの差し出すシュークリームを、感動に目を潤ませながら頂く。こんなに優しくて、何でも出来て、何て凄い人なんだろう。
感動しながら一口頂けば、その美味しさが染み渡った。憧れの人の手作りだから、ではない。
「凄く美味しいです!」
「ありがとう、レイナ。……ディアヌのお母様、心配ね」
レイナの言葉に頬を綻ばせたケイは、ふと色づく木々を見つめながらそう呟いた。秋の優しさを、実りや秋晴れの清々しさを歌ってジゼルの気持ちを、少しでも和らげられれば良いのだけれど。
そう息を吐く、ケイの優しさこそにレイナは感動する。彼女を知るたびに、想いは深まり留まる所を知らない。
そこから少し離れた所で、フューリは念願のお菓子に舌鼓を打っていた。
「んん~、美味い! ほっぺたが落ちそうっす……!」
「『レディ・ブルー』には負けてられないからね」
フューリの反応に、嬉しそうにジュードは微笑む。花の上で蝶と遊ぶ猫の看板のお菓子屋さんには、同業者故の微かな対抗心もあった。
だから。作りたてのお菓子を幸せそうに食べるフューリに満足して、ふと、お土産に持って帰る予定のマロンパイの行方を想う。
願わくばどうか『彼女』がマロンパイを嫌いではありませんようにと祈り。やっぱり良い気晴らしになったみたいだと、フューリの頭を嬉しく撫でる。
「フューリ君、今日はありがと♪」
「へへ」
そんなジュードに目を細めた、フューリを微笑ましく見つめながらもルシオは、自身も知る店名が出て来た事に驚いていた。聞けばディアヌの兄と姪も贔屓にしているらしい。
あそこは本当に美味しいからね、と呟いたルシオに要は、せっせとイガを踏んで栗を出しながら頷いた。料理はよく解らないので、その分も手伝いに回って居るのだ。
同じく栗を取り出す詩が、楽しそうに言った。
「下駄で挟んで割る、って聞いた事があるけど下駄じゃなくても良いんだね。ツンデレ栗さん、出ておいで~♪」
「底の厚いのじゃないと痛いけどな」
「栗の皮を剥くのもね。指を切らないように気をつけて?」
「ゴム槌を使えば簡単じゃ」
ふいにレーヴェがそう言って、リゼリオのハンターショップで購入したゴム槌を差し出した。栗の皮に包丁の刃を立てて、背をこれで叩けば良いという。
生まれて初めて見る道具に、ディアヌが手を止めて目を丸くした。目の前で実践されるとさらに、不思議そうな顔でレーヴェの手元をじっと見る。
レオフォルドも同じくレーヴェの手元を見ながら、ゴム槌を借りて同じように栗の皮を剥いてみた。栗拾いもそうだが、子供の頃はやんちゃのくせに勉強ばかりで、こういうのも初めてだ。
「見習い騎士の内に色々とチャレンジしたいですからね」
「良いですね。私もディアヌさんの味を知れて興味深いです」
レオフォルドの言葉に、自分は祖母に習った事があるから今日はお手伝いのみというアリスも、ディアヌの作るのを見ながら頷いた。単純に茹でるだけでもほくほくして美味しいけれど、こうして手間をかけて調理してもまた美味しい。
ディアヌの味はどんなのだろうと、だから興味をそそられるアリスとは別の理由で、アマービレも興味津々だった。というのも彼女は料理となると、つい色んな味付けをしようとして残念な結果になる事が多くって。
あの調味料は何だろうとか、これだけでちゃんと味がつくのだろうかとか、興味は尽きない。いつか1人で美味しい料理を作れるようになりたいと、願いながら皆の手元を見つめたり、解らない所を質問したり。
取り出した栗を持ってきた要が、ディアヌに渡しながら甘い匂いの漂う辺りを見回して、言った。
「お菓子余ったら、お土産にちょっともらえないかな……。えと、その。俺の母さんにも、食べさせてあげたいなって」
「もちろんよ」
「そうそう、他にも山葡萄のジャムを作ろうか。プチパイにしても、マロンパイに添えても良いと思うよ」
「あ、私も柘榴を採ってきたから、それもジャムにしましょ? 風邪引かなくなるの」
ルシオの言葉にはいはいと手を挙げながら、メーナもそんな薬草知識と共に言い添える。それは良いですねと、聞いていたシアがにっこりした。
剥いた栗をディアヌに渡しながら、言う。
「美味しくなると良いですね。ディアヌさんの優しさに、きっとお母さまも喜ばれますよ♪」
「お母上の目が覚めるような美味しい菓子を作れると良いね」
「ありがとう」
シアとルシオの言葉に、微笑んだディアヌにメーナはふと、家の方を振り返った。彼女もまた十数年程前の秋に母を亡くして今は、父と同じハンターとして暮らしている。
だから、ほんの少しの親近感。そんなメーナの視線の先を、レーヴェもちらりと見て目を細め。
栗の下拵えは済んだから、残りの栗は焼き栗にしようと焚火の傍へ向かいながら、カーテンに閉ざされた窓に「郷愁に浸るのは結構。だが、いつまで時を止めるのかね」と呟く。
その言葉に、大きく揺れたカーテンの向こうにユキヤはそっと声をかけた。
「あの。僕もハンターの1人です。両親は……ですけれど……」
僅かに目を伏せるユキヤの気持ちは穏やかで。彼女の息子は幸せなのだと、それは伝えたかった。
彼には家族が居て、案じてくれるジゼルが居る。いつだってジゼルの所に、彼は帰ってくることが出来る。
それが、どんなに幸いであることか。そう、噛み締めるように紡ぐユキヤの言葉に、ロランやチョココも心から頷く。
「おばさま? わたくしもお父様お母様が亡くなって、とても悲しかったけど。一歩を踏み出しましたの。外の世界へ出た今、ハンターとしての力は何より支えですわ」
「親父さんは幸せだ、と思うよ」
ロランにはすでに、要らぬ心配をする相手も、してくれる相手も居ない。きっと今自分が死んだって、これほどに悼んでくれる人は居ない。
だが、いつまでも籠っているばかりでは何も、始まりはしないから。
「秋は良い季節だ。外へ出るのは、気持ち良いと思うよ。……そして、親父さんを、良い意味で思い出せば良い」
「良かったら、空を眺めながら、一緒に過ごしませんか? 秋の空……綺麗ですから」
祈るように紡がれた言葉がカーテンを揺らして、消える。祈るような眼差しの中、やがてカーテンが僅かに開かれて。
覗いたジゼルの何とも言えない顔に、チョココが嬉しそうにパルムと手を振った。その光景をちらりと見ながら、セレスティアは焼き上がったばかりのマロンパイを切り分ける。
うわぁ、と目を輝かせるベルに微笑んで、はい、と一切れ渡してやると彼女は、一際大きな歓声を上げた。それからランの元へと走る。
「ラーンッ! はい、パイをおすそわけ!」
「うわぁ、美味しいよ。ベルちゃんはきっといいお嫁さんになれるねー?」
「セレスティアも、とってもお料理上手なのよ!」
ランが頭を撫でてやると、ベルはまるで自分の事のようにそう自慢した。帰りは手を繋ごうねと、笑う彼女にもちろんと頷いたのはランもセレスティアも、同時。
そんな喧騒をよそに、チカは背負い籠一杯に集めた秋の味覚を宣伝して回って居た。
「物々交換と参りませんかねぇ? こちらの栗とそちらの山菜、いかがざんしょ?」
「ふむ」
チカの言葉に村人が興味を惹かれた様子で足を止める。これが将来の利益に繋がるかは、まだ誰にも解らない。
●
存分に収穫して、さて、とシルヴィアは足を止めた。辺りは暗くなってきて、見渡す限り人気はない。
「沢山集まりましたけど……ここはどこでしょうか?」
「うーん、また迷ったみいだな」
そんなシルヴィアに応える旭の声に焦燥はない。彼らは揃って迷子体質なのだ。
だから旭は慌てず、愛馬のサラダから荷物を下ろす。
「じゃ、まずは栗からかな!」
「そうですね。とりあえずお腹がすきましたし、何か作りましょう」
そのまま火を熾し始める旭に、シルヴィアも頷き調味料を取り出し始めたのだった。
死んだ夫を悼み、同じハンターになった息子を失う事に怯えるディアヌの母ジゼル。要もまた、自身の母を心配させているのだろうか。
考え、だが首を小さく振った。今、考えることではない。
「とりあえず、ディアヌの母さんのために栗拾い、だな。たくさん採れるといいな」
「そうですね……」
昔やった事あるから得意だぜ、と呟く要の言葉に、ユキヤ・S・ディールス(ka0382)は頷きながらも気遣わしげに、カーテンの閉ざされた窓を見る。ごめんなさいと言うディアヌの困った笑顔に、いいえ、と微笑んだ。
●
おばさまが心配ですの、とチョココ(ka2449)は息を吐いた。パルムを頭の上に載せて部屋を覗いてみたけど、ジゼルは出て来なかった。
帰ったらまた覗いてみようと考える、チョココはふと驚きで目を輝かせる。マロンパイも食べたことがないけれど、いが栗を見るのも初めてで。
「これ、食べられるんですの?」
「もちろんなの! 美味しい栗を選ぶのは得意なのよ♪」
思わずじッ、と見つめながら木の枝でつんつんする、チョココにメーナ(ka1713)がそう言った。楽しげに足下を見下ろす。
経験上、美味しい栗はイガがしっかり開き、皮がつやつやでふっくらしている物が多い。そうして、持った時にズッシリしている物。
そう言ったメーナにルシオ・セレステ(ka0673)も、そうだね、と頷いた。
「美味しいものは自分から殻を抜けてくるんだよ。年頃の女性の様だね」
「わ……!」
ルシオの言葉に、少女達が嬉しそうに頬を染める。そんな知己を遠くから「何を話してるのかな?」と見たリィン・ファナル(ka0225)の傍らで、アリス・ナイトレイ(ka0202)は秋の空気を一杯に吸い込んだ。
所々色づいた景色に目を細める。
「もう少ししたら、もっと綺麗に色づくかな」
「うん。お洒落してるみたいだよね」
目に付いた落ち葉を拾いながらリィンは、アリスに楽しげに頷いた。栞にすればきっと綺麗だろう。
もちろん、栗拾いも忘れてない。背負い籠には栗だけではなく、目に付いた秋の味覚も入っている。
集めた果物を見て、リィンは近くでいが栗を拾うシア(ka3197)に声をかけた。彼女もまた、色んな秋の味覚を集めている。
「これ、どうかな?」
「ああ。この真っ赤なズミの実は、マロンスイーツの良いアクセントになりますよ」
「良かった。でもキノコは危ないから、ちょっと注意しなきゃね」
村で詳しい人に確認をお願いする、と言うリィンにそれが良いと頷いたシアは、ふとアケビの蔓が垂れているのを見つけて足を向けた。他にもサルナシなど、森に生きる動物への取り置きをしてなお、秋の味覚は豊富だ。
そこから少し離れた所では、上泉 澪(ka0518)とセレン・コウヅキ(ka0153)が、栗拾いを楽しんでいた。
「落ちて、中から実が見えている物がいいでしょう。より熟している証拠ですし」
「わかりました」
澪の助言に頷いて、セレンは慎重に確かめる。拾うのはあくまで必要な分だけだ、取り過ぎられては困る生き物も、この山にはいるだろう。
それにしても不思議だ、とセレンは思う。四季があるのにも驚いたけれど、栗まであるのにまた驚かされる。
そんな驚きの感情は、シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)にもあった。
世界が違っても季節は同じなのは、不思議な心地だ。そんなシルヴィアの横では岩井崎 旭(ka0234)が、テンションを上げていて。
「うおお、秋だ! 山だ! 栗の木だ! 秋の味覚が俺たちを呼んでいるぜッ!」
「本当に、色々とありますね」
旭に頷きながら、シルヴィアはせっせと栗を拾い集める。他にもキノコや、とにかく美味しそうなものは目に付いた端から次々に。
そんなシルヴィアに、あ、と旭が言った。
「翌年や他の人の為にも採りつくすのはNGな」
「はい、旭さん」
自然は大切にスピリットを発揮する旭に、頷きシルヴィアは拾う手を緩める。その近くではリズリエル・ュリウス(ka0233)が、まるごとうさぎで身を守りながら、ショットアンカーで枝を揺すり、実が覗くいが栗を落としていた。
理由は単純、そっちの方が新しそうだから。楽しげな彼女はふと、遙か高みにあるいが栗を見つけて舌打ちした。
どうしようかと見回すと、愛犬ポチと共に秋の風景を楽しみながら歩いていた東郷 猛(ka0493)と目が合って。
「背を貸せ、東郷」
「――はいはい」
リズリエルの唐突な言葉に猛はけれども、大人しく肩に掛けた籠を足元に下ろす。ポチが『任せて下さい』とばかりにその傍らにちょこんと座った。
中に入っているのは山菜やキノコ。自分も後で探そうと思いながら、リズリエルは身軽に猛の背に登る。
それにしても栗の木が多いと、エルウィング・ヴァリエ(ka0814)は感心した。探せば銀杏や松茸だってあるだろうか。
ずっしり重い籠に満足し、歩き出そうとしたエルウィングは、ふと足を止めて振り返った。
「皆さーん、顔に『ドカッ!』とイガが落ちないとも限りませんので、栗の木の下で顔を上げたりは……」
「確かこんな風に落とすんでしたよね栗って……ッたぁ!?」
そう言った瞬間、知らないなりに頑張ろうと栗の木を揺すったレオフォルド・バンディケッド(ka2431)の顔に、落ちてきたいが栗が命中する。痛みに悶えたレオフォルドは、だがすぐに「すいません!」と頭を下げた。
「こんなに落ちてくるとは知らなかったんです!」
「やれやれ……栗の木は揺すってはならん、熟れてない実まで落ちてしまう。まずは落ちている栗から……」
「あははッ、面白そう! 私もやるわよー!」
――ドガッ!
そんなレオフォルドにレーヴェ・W・マルバス(ka0276)が説明する横から、見ていたセリス・アルマーズ(ka1079)が楽しげに、盾で頭上をガードしながら豪快に木にぶち当たる。いが栗が雨のように降り注ぎ、レオフォルドが「あたたッ!」と悲鳴を上げた。
イガはイガいと痛いからの、と呟いたレーヴェが、こちらは満足そうなセリスを振り返る。盾以外にも、かなりの重装備だが。
「その格好で来たのはこの為か?」
「普段着みたいなものでねー。レオフォルド君は治療してあげる。イガ、結構痛いものね」
「あ、ありがとうございます……」
楽しげにヒールをかけるセリスとレーヴェの会話を聞きながらレオフォルドは、栗の木は二度と揺すらないと心に誓う。だがエルティア・ホープナー(ka0727)は、その騒ぎには気付いていなかった。
視線はひたすら本の上。シルヴェイラ(ka0726)を待つ間、と開いた本から脇目も振らないエルティアに、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)が声をかけた。
「こんにちはー。君も栗拾い? 良かったら一緒に行動しない?」
「……」
「秋の味覚っていいよねー。山にいろいろ生るのは無料だし、僕ちょっと詳しいよ」
「――ラーンー!!」
「わ……ッと、ベルちゃん?」
そうして始めたナンパはだが、横合いからぽふん、と元気に飛びついて来たベル(ka1896)に中断を余儀なくされる。慌てて受け止めた腕の中、にこぉ、と満面の笑顔がランを見上げ。
持ち上げたスカートの中、セレスティア(ka2691)と一緒に集めた栗を見せる。
「みてみてー、栗いっぱーい♪」
「すごいね~? 僕、これだけしか取れてないよー」
「えへへー、ランにも分けてあげるー♪」
そんなベルの頭を撫で、自分の栗は隠して少しだけ見せたら、ベルが笑顔でそう言った。途端、栗が零れそうになるのをセレスティアが、くすりと笑って「危ないですよ」と優しく窘める。
それにまた、ベルは嬉しく笑った。跳ねたりくるんと回ったりする度に、胸元でカウベルがカランコロン♪ と楽しげに響く。
「くーりー♪ いっぱい拾えるといいねー!」
「ええ、私も楽しいです。お料理は持ち帰ってしましょうか? 一緒にやる?」
「いっしょ!」
力強いベルの言葉に、セレスティアが微笑んだ。こんな可愛い妹居たらなぁ、と思う。
そうして、どんなお菓子を作ろうかと話しながらまた栗を集めに行く、2人を見送るランの視界に変わらず本を読むエルティアが入った。もう、ナンパする気はない。
それを確かめるようにチラリと見て、シルヴェイラは枯れ葉を踏みしめ、ゆっくり近付いた。
「――こんな所でも読書かい、エア?」
「あら。おかえりなさい、シーラ」
目を離したらすぐこれだと、微苦笑しながらの言葉にエルティアが、パタンと本を閉じて微笑む。本当に、何も気付いていないらしい。
相変わらずだと、またシルヴェイラは微笑んだ。
●
(これって……もしかしてデート、です?)
傍らの月野 現(ka2646)を意識して、櫻井 悠貴(ka0872)は考えた。辺りに居るのが2人だけだから尚更だ。
故にちら、と見ては目を逸らす悠貴に気付き、現は微笑んだ。この世界でこんな風に出かけるのは初めてだな、と思う。
世界を越えてからやっと作れた、2人で過ごせる大切な時間だから。
「休暇みたいなものだ。今日はゆっくりと過ごそう」
「はい、やっと出来た休暇ですね♪」
だからそう微笑んだ、現の言葉に悠貴が幸せに頷いた。『依頼主の為にもちゃんと栗、取らないといけませんね』と小さく拳を握る。
そんな2人から少し離れた場所で、鳴神 真吾(ka2626)は木から直接採ろうとする人が居ないか、見回した。
「下手にやると木を痛めるし、まだ落ちてないのは熟してねえのもあるからどっちにとってもよくねえからな――俺も昔やって親父に怒られたんだが」
「ほう、良い思い出じゃな」
真吾の言葉に、ヴィルマ・ネーベル(ka2549)は目を細める。その横ではエディオラ・ローシュタイン(ka0351)が懐かしく、大きないが栗を踏んでいた。
こうして身を取り出すのだと教えたのはもう昔の事。懐かしむエディオラの足下の栗を、ヴィルマが籠に入れる。
「楽しいものじゃのぅ! ……亡くなった者を偲ぶ気持ちも、よく解るのじゃ」
「そうじゃのぅ……」
少しでも気を紛らわせる手伝いが出来ればと、言ったヴィルマにエディオラは頷き、いが栗を踏んだ。その度に鳴る足元の落ち葉に耳を傾けて、たくさん拾えたら家にも持って帰ろうかと考える。
料理上手の弟は色々作ってくれるに違いないと、思えば涎が出そうだ。その際には弟妹に色づいた木々の美しさも語ってやらねばのぅ、と俄然やる気になるエディオラの耳に、ルシエド(ka1240)と天宮 紅狼(ka2785)の会話が届く。
「なぁなぁ紅狼、栗ってどんな味すんの? 木の実って事は知ってるけどさ、食べた事ないんだよね」
「……お前、栗食った事ねえのか?」
妙にそわそわしてると思ったら、と紅狼は嘆息する。ならば教えてやらねばと、樹上のいが栗を指した。
「あの茶色いトゲトゲした身に栗が入ってる」
「めっちゃ攻撃的じゃん!」
素直に見上げたルシエドが驚いて叫ぶと、ぽと、といが栗が落ちてきた。それに、恐る恐る近付いて。
「このトゲん中に実が入ってんの?」
「手が痛くなるから素手で触るなよ……ッて」
「い、痛いーッ、これ痛いーッ」
注意した側から触るルシエドに、また嘆息する紅狼だ。そんな2人のやり取りに、天竜寺 詩(ka0396)もいが栗を突ついてみた。
指先がチクリと痛くて、嬉しくなる。
「本当にトゲトゲ痛いよ~」
菓子作りの為に買った事はあるが、いが栗は見るのも拾うのも初めてだ。だから、体験するすべてが楽しく愛おしい。
そんな詩にアマービレ・ミステリオーソ(ka0264)が微笑み、手当しましょ、とハンカチを出した。
「小さな傷でも気をつけなくちゃね」
「ありがとう」
アマービレの言葉に詩はまた、嬉しく笑う。そうして『栗は可愛いツンデレさん♪』と歌いながらいが栗を集める、詩を見送りアマービレも『栗美味しいわよね栗ー』と鼻歌を歌い。
集めに集めた籠の中の栗を見て、鮫島 寝子(ka1658)は歓声を上げた。
「ウニがいっぱいだー! って、ウニじゃなくて親戚さんか何かだっけ?」
「本当にウニそっくりですよね……でも一部のウニと違って毒がないのは幸いでしょうか」
寝子の言葉にモーラ・M・ホンシャウオ(ka3053)も、しみじみ栗の山を突つく。拍子に、いが栗がコロンと転がった。
割れた中から覗く栗の、表面には小さな穴が開いている。その中から……
「む、虫さんいやあああッ!?」
出て来た栗虫に、モーラは瞬間、絶叫した。寝子が「モラりんは虫が怖いのか」と虚勢を張るものの。
「ぼ、僕は全然平気だよ、なんたって鮫だからね。でっかい虫が出てきても捕食してきゃあああッ!」
「オラを盾にしないでくんろおおお!」
「あら虫? えいッと」
「まぁ、落ち着きぃや」
すぐにモーラの背後に隠れようとする寝子と、抵抗するモーラの騒ぐ声に、気付いた辰川 桜子(ka1027)が虫を遠くに放り投げた。チカ・アルバラード(ka3203)も2人を宥める。
チカの背負い籠には、栗がたっぷり入っていた。落ち着いてきたモーラと寝子の、凄いなぁ、という視線にニッと笑う。
「凄いやろ? 折角やから秋の味覚をバンバン採取して、ド派手に稼ごと思てな! このウニ……ちゃうわ、栗を筆頭に山ぶどうやきのこやらをガンガン採取しまくって、山師と交換なんかしたりしてな!」
やるでぇ、と燃えるチカにアルフィ(ka3254)も、ぐ、と小さく拳を握った。ディアヌお姉さんの為にも頑張らなくちゃね、と頷く。
故郷の森で走り回っていたから、山にも慣れている。任せてよと元気良く手を挙げたアルフィにディアヌは、頼もしいわと嬉しそうだった。
だから。
「チカお姉さんに負けないぐらい拾うんだッ」
「負けないわよ~! 家で待ってる旦那と娘の分まで取るんだから~!」
「私も負けませんわ~♪」
アルフィやチカと競うように、桜子とヴィス=XV(ka2326)も次々栗を拾う。腕まくりする桜子の横で、今日はスフェールと名乗るヴィスは淑やかに落ち葉を鳴らした。
食べられるきのこや他の山の幸を、探すのも忘れない。時折「あれは食べれますよ~」と指さすヴィスに、チカが「ホンマかッ!?」と反応して。
そんな中でエテ(ka1888)は1人、栗を拾う。トゲに刺さらないよう、神経は今年1番くらいすり減っているけれど。
「も、モンブランの為に頑張るんですから!」
自分では作れないが、誰かは作ってくれるだろう。時々トゲが刺さっても、そう思えば頑張れる。
澄んだ山の空気を胸一杯に溜め込んで、時折は紅葉を楽しんで。楽しく栗を拾うエテと同じように、シルヴェイラとエルティアも秋を楽しんでいた。
日頃は行動力に反して引きこもりがちな、エルティアにシルヴェイラが笑う。
「それにしても珍しいな、エアが外になんて。雨でも降らないか心配だ」
「偶には外に出るのも悪くは無いと思って」
そう言いながらエルティアは紅葉を取り、素敵な栞ができそうねと呟いた。それから、足下に落ちていた立派な栗を手に取ってダガーで斬り裂いて。
取り出した実を一杯にハンカチに包み、ねぇ、と小首を傾げ差し出した。
「マロングラッセやモンブランはシーラの淹れてくれるコーヒーにとても合うと思うの」
「作るのはボクなんだろう?」
「楽しみにしてるわ。シーラの手料理が1番だもの」
嬉しそうに微笑む彼女にシルヴェイラは、肩を竦めてリクエストの菓子のレシピと、合う珈琲のブレンドを考え始める。
●
栗を集め終えて村に戻ったレイオス・アクアウォーカー(ka1990)は、早速焚き火の準備を始めた。
栗の料理でまず思いつくのはマロングラッセだが、ちょっと時間がかかりそうだ。なら簡単に出来て素材の味も活かせる焼き栗を作ろう、という算段。
借りた、村で一番大きな背負い籠はいが栗で一杯だ。それはロジー・ビィ(ka0296)とセレナ・デュヴァル(ka0206)の籠も同じ。
セレナがしみじみ呟いた。
「栗だらけですね……ウニに見えるほどに」
「思った以上に沢山取れましたわね! ここは腕の魅せ所ですわッ!」
その横ではロジーがうきうきと、どんなお菓子を作るか思考を考える。味はさておき料理好きの彼女は、この栗をどう調理するかで頭が一杯だ。
セレナとの旅の中、栗料理も幾らか見聞きした。その中に確か、栗羊羹というものもあったはず。
「あれをさらにアグレッシヴに、アヴァンギャルドにしてみてはどうでしょう?」
「……栗羊羹、確かに耳にしたことは……食べた事は無いのでロジーさん、是非にその腕を見せつけてやって下さい」
こくり、頷くセレナの後押しに、輝く笑顔でロジーが頷く。その横をいそいそと、フューリ(ka0660)はジュード・エアハート(ka0410)の元へ走った。
張り切って拾ったからきっと、誉めてくれるだろう。そう考えながらフューリは見つけたジュードに、どうだと言わんばかりの笑顔で籠を差し出した。
「じゃーん! たっくさん採ってきたっすよ!」
「わー、フューリ君凄いすごーい♪」
栗を受け取って、ジュードは笑顔でフューリの頭を撫でる。へへー、と嬉しそうなフューリの頑張りに報いるためにも美味しいお菓子を作ろうと、用意しておいたパイ生地を見た。
マロンクリームと栗の渋皮煮を作って、包んでマロンパイを作るつもりだ。ちょうど良い気分転換にもなりそうだと考える、ジュードにフューリは「楽しみっす!」と期待を膨らませ。
少し離れた所でアミグダ・ロサ(ka0144)とレオン・イスルギ(ka3168)は、かまどでお湯を沸かしている。種火にはリトルファイアを使おうと思っていたアミグダだが、すでにディアヌが用意していたのでそこは利用して。
その横でレオンは大勢に対応出来るよう、調理器具や調味料を整える。持ってきたワインはさて、どこに使おうか。
「こうしていると、一族皆で過ごしていた、故郷の事を思い出します」
腕を振るってご馳走を作ろうと、懐かしくレオンが呟いた。それを聞きながらアミグダは、若お嬢様はどのくらい栗を採って来るかと考える。
その近くに居る岩波レイナ(ka3178)は、けれども料理をする気はなかった。それは予想以上の豊作に満足したからでも、実は料理が駄目だからでもなくて。
今、レイナの目に映るのはケイ・R・シュトルツェ(ka0242)、敬愛する歌姫だけ。
「ケイ様もいらっしゃってたのですね……!」
「……あら、レイナ? ほら、こっちへいらっしゃい」
そんなレイナの歓喜の声に、ケイは微笑んで優しく手招きした。そうして、こんな所でも会えるなんてと大喜びのレイナが持つ大量の栗に「まぁ!」と目を見張る。
こんなに沢山あるなら、お菓子の1つも作ろうか。マロンクリームのシュークリームも良いかも知れない。
「ラム酒なんかを少しクリームに加えて、大人の味にしてみるのも良いかしら」
ね、と微笑むケイにレイナはうっとり頷いた。ケイの言葉を聞くだけで、彼女は幸せなのだ。
とまれ、栗は剥かねば始まらない。藤堂研司(ka0569)は栗をどんどんお湯に放り込んでは、包丁で皮を剥いていく。
「後は熱く熱したフライパンで渋皮を焦がして、濡れ布巾で擦り取れば完璧よ!」
「こんな感じ、か」
どんどん持ってきて、と威勢も良い研司の手つきを見ながらロラン・ラコート(ka0363)も、彼を手伝って栗を剥く。もし、料理は苦手だけれど作りたいものがある、という人が居れば後でそれも手伝おう。
後は、栗のポタージュでも作ろうか。肌寒い日も増えてきたから、スープで芯から温まるのも良いだろう。
「……体が温まれば、心も温まるしね」
「良いね! やはり今日は栗尽くしでいこう!」
ロランの言葉に研司が上機嫌で頷いた。秋の景色を見ながら調理できるなんて縁起が良い、と動かす手は楽しげだ。
●
エテの脳裏にはくっきりと、散策中の光景が焼き付いていた。丘から開けた空の向こう、秋に彩られ始めた山が柔らかな日差しに輝く様。
(本当に、素敵でした)
確かに季節は移ろっているのだと、しみじみ感じられた。つい栗を拾う手も止めて見入ってしまったのは、仕方のない事だろう。
来て良かったとほっこりする、エテの横でアルフィが「ディアヌお姉さん!」と声を上げた。
「これで良い? おばあさまに教わった通り、色が濃い・穴が開いてない・ずっしり重い栗を選んできたよ!」
「ワシも色々集めたのじゃ。季節は巡り、同じ時は戻らぬからの。おぬしも、実りの秋を楽しめると良いのぅ」
アルフィの籠には栗の他にも山ブドウやアケビ、キノコなど。エディオラはそれに加えて、紅葉や松ぼっくり、団栗も秋の彩に添えておいた。
ディアヌがまぁ、と微笑んだ。彼女自身もまた、秋を嫌がる母のために極力、秋を遠ざける暮らしをしていたのだ。
だから嬉しそうに、お礼を言って受け取った。それからあちこち走り回り、木を登ったり地を這いまわったりですっかり泥だらけのアルフィを見下ろして、拭いましょ、と微笑む。
アルフィは気にしていないのだけれど、ディアヌは気になるらしい。湯を使わせて貰うと良いじゃろう、とエディオラが笑う。
そんなディアヌ達に同じく栗を渡したヴィルマは、さて次は手伝いじゃな、と腕捲りをした。菓子を作っている者の元へ近付いて、何かあるかと声をかける。
「無論、味見目的ではないのじゃぞ?」
「あら! じゃ、これお願いして良いかしら!」
茶目っ気たっぷりにそう言った、ヴィルマに笑って桜子は遠慮なく、栗の皮むきをお願いした。作るのはマロングラッセに栗のワイン煮。もちろん、後で味見だってお願いする。
「そっちは手伝うことある?」
「では、肉巻きマロンを手伝って下さいな♪」
桜子にそう尋ねられ、ヴィスは手元の栗と肉を差し出した。肉巻きマロン? と不思議そうな2人に「ええ♪」と朗らかに頷く。
他には勿論マロンパイに栗のタルト、渋皮煮、モンブランやクッキーも。マロンパンも良さそうだ。
そんなヴィスの言葉に桜子とヴィルマが、1口欲しいと頼んだのに快く頷く。どうせ1人では食べ切れないし――
「……みんなに食わせたいぜ」
「私も家族に持って帰りたいわー」
ぼそりと裏の顔に戻って呟いたヴィスに気付かないふりで、桜子もワインを開けながら言う。ヴィルマは本当に気付かぬまま、なら頑張らねばのぅ、と手伝いに精を出し始め。
猛も同じように知人のアミグダを、せっせと手伝っていた。皮剥きや下拵え、何でも言ってくれという猛にありがたく皮剥きを頼んで、アミグダはあく抜きに取り掛かる。
まずは、竈の灰を入れたお湯で栗を煮て。さらにそのまま、ピュアウォーターで純水に戻したお湯で煮て。
その間にもどんどん猛が栗の皮を剥くのを、ポチが面白そうに眺めている。散歩がてらの栗拾いに、こちらも満足したようだ。
こういう事も子供の頃以来だな、と懐かしく手伝いをしていたら、ふらりとリズリエルが戻ってきた。
「おう、甘いのあるかっ」
「――こちらを召し上がってお待ち下さい」
開口一番そう言った、主にアミグダがすかさず出したのは茹で上がったばかりの栗。目を輝かせるリズリエルの為に、アミグダが作るのは茹で栗を砕いてマッシュし小麦粉や水と練ったガレットだ。
甘いものばかりでは偏って、若お嬢様の身体にも良くない。だから主食としての栗をと、ガレットの上に載せる具材も作り始めたアミグダに、これは美味そうだと猛も目を細める。
出来上がったらディアヌにお裾分けをして、土産にも幾らか貰って、後は宴会でも楽しもう。他にもそのつもりの者は居るだろう。
その1人である真吾は後のビールを楽しみに、今は栗ごはん作成に精を出していた。その隣にはエルウィングが居て、覚束ない手つきで栗と格闘している。
「地球に居た頃に食べた日本料理がとても美味しかったもので……」
「俺も他人に食わせるほど上手くはないが……あぁ、皮はもう少ししっかりと、だな」
「こうですの?」
「その調子です、エルウィング様。こちらの茸は、一緒に栗ごはんに入れると美味しいですよ」
記憶の味を再現しようと、四苦八苦するエルウィングの両側で、真吾とレオンが手本を見せながら栗を剥く。ご飯はもう洗って水に浸してあるし、エルウィングが見つけた茸も下拵えは終わっていた。
だから後は栗の下拵え。それさえちゃんとしておけば、大概の料理は美味しくなるというのが真吾の持論だ。
そんな3人の傍らには、ちょうど良い料理係を見つけたとばかりにセリスが居座って、早くご飯が出来ないかしら、と待っている。
「あんたも手伝えよ」
「私も栗拾い、頑張ったのよ!」
ちらりと見た真吾の言葉に、セリスはえへんと胸を張る。そうですかと頷いたレオンがそっと栗の煮物を置くと、嬉しそうに笑った。
ふいに『出来ましたわ!』という声が響く。
「特製栗羊羹ですわ!」
輝く笑顔と共に出されたロジーの菓子に、セレナは目を見張る。それはホールケーキ型で、モンブランの山で飾られていた。
花火があれば完璧でしたのに、と残念そうなロジーに問題ないと首を振って口に運び。
「……最高です……」
「どれどれ……うッ!?」
噛み締めるように呟いたセレナに興味を惹かれたセリスが、食べた瞬間口元を抑えて走って行った。セレナの味覚はかなり、ずれている。
それを見ていたロジーがふと、呟いた。秋は物悲しく切ないけれど。
「あたしには良い友人が暖かく傍に居てくれて……良かった」
「私が暖かい、ですか……」
その言葉に、セレナは戸惑う。ロジーの方がずっと暖かいのに?
秋は確かに寂しい季節だけれども、ロジーと過ごした季節でもある。だから秋が好きだと言うセレナに、ロジーは嬉しく目を細め。
セレスさんは大丈夫かな? と思いながらリィンはせっせと、茹でた栗をすり鉢で潰した。乾燥して硬くなったら美味しくないから、丁寧に、けれども手早く。
お湯で器を温めて、潰した栗と砂糖を混ぜて作るのは栗きんとん。同じく栗きんとんも作ろうと思っている研司は、けれども今は甘露煮を作っている所。
「そっちも美味しそうだね」
「材料にして良し、そのまま食べて良しだからな!」
リィンの言葉に、研司は鍋を見ながらそう言った。彼は出来上がった甘露煮を裏ごしした芋と混ぜて栗きんとんにするつもりだ――裏ごしした栗と混ぜれば栗茶巾にもなる。
それも美味しそうだね、と栗きんとんの形を整え頷くリィンから、少し離れたところでは悠貴と現がマロンパフェを食べていた。
「ああ、これは美味しいな」
「んー本当、美味しいですね。上手く出来て良かったです」
現の言葉にほっとして、悠貴もパフェをじっくり味わう。アイスが手に入らない分、クリームが濃厚だ。
ふいに、口元についていたクリームを現がす、と拭ってくれた。そのまま口元に運ぶのに、恥ずかしくて「あぅ……」と真っ赤になる。
そんな悠貴が可愛らしくて、現は彼女の手を優しく握るのだった。
●
茹で栗もルシエドには未知だった。
「熱いから気をつけろよ」
「なんかほくほくして美味ぇー♪」
「皮は食えないからな」
「……わ、分かってたよ! わざとだよ!」
渡された栗に一喜一憂する、ルシエドに紅狼は目を細める。栗を取り出すのも、面白そうに見ていた。
彼の境遇は酷いと思うが、可哀想だと思うのは失礼だ。だが彼が子供らしい事をする手伝いは、これからもしてやりたい。
そんな賑やかな、穏やかな光景に寝子は目を細めた。今日もまた、彼女の素敵な思い出になるだろう。
拾った栗やキノコの味が楽しみだった。取りあえず全部籠に入れたから、後はモーラが何とかしてくれるだろう。
楽しみだねぇ、とワクワクする寝子の眼差しの先のモーラはと言えば、そのキノコを見て首を傾げている。
「……私、このキノコいれましたっけ?」
少し悩んだが、まぁ良いかと一緒にシチュー鍋に放り込む。作るのはマロンシチューだ。
そんな中でレイオスは、栗が焼けるのを待っていた。たき火にそのまま放り込んだ栗は、香ばしい匂いを漂わせている。
だが、何か気を付けるべきことがあったような……?
「ああ、思い出した。たしか爆発して――」
――パァァァンッ!
瞬間、破裂音が辺りに響き渡った。傍に居たレイオスは――まぁ大丈夫そうだ。
セレンはちらりと彼の無事を確認し、同じく焼き栗を作る澪を振り返った。とはいえ彼女は下処理をしていたから、破裂する危険はなさそうだ。
ほっとしてセレンは栗きんとん作りに戻る。そんなセレンをちらりと見て、澪がたき火をつつきながら言った。
「……その身の丈越える刀はいつもお持ちなのですね……」
「得物を持ってくる必要は特にないと思ったんですが、どうにも手放せませんね」
澪の言葉にくすりと笑い、傍らの刀をそっと撫でる。幸い、このまま役に立たずに終わりだ。
もっともレイナはそんな周りの様子は、一切気にする余裕はなかった。
「ケイ様の手作り……!」
「どうかしら」
心配そうに微笑むケイの差し出すシュークリームを、感動に目を潤ませながら頂く。こんなに優しくて、何でも出来て、何て凄い人なんだろう。
感動しながら一口頂けば、その美味しさが染み渡った。憧れの人の手作りだから、ではない。
「凄く美味しいです!」
「ありがとう、レイナ。……ディアヌのお母様、心配ね」
レイナの言葉に頬を綻ばせたケイは、ふと色づく木々を見つめながらそう呟いた。秋の優しさを、実りや秋晴れの清々しさを歌ってジゼルの気持ちを、少しでも和らげられれば良いのだけれど。
そう息を吐く、ケイの優しさこそにレイナは感動する。彼女を知るたびに、想いは深まり留まる所を知らない。
そこから少し離れた所で、フューリは念願のお菓子に舌鼓を打っていた。
「んん~、美味い! ほっぺたが落ちそうっす……!」
「『レディ・ブルー』には負けてられないからね」
フューリの反応に、嬉しそうにジュードは微笑む。花の上で蝶と遊ぶ猫の看板のお菓子屋さんには、同業者故の微かな対抗心もあった。
だから。作りたてのお菓子を幸せそうに食べるフューリに満足して、ふと、お土産に持って帰る予定のマロンパイの行方を想う。
願わくばどうか『彼女』がマロンパイを嫌いではありませんようにと祈り。やっぱり良い気晴らしになったみたいだと、フューリの頭を嬉しく撫でる。
「フューリ君、今日はありがと♪」
「へへ」
そんなジュードに目を細めた、フューリを微笑ましく見つめながらもルシオは、自身も知る店名が出て来た事に驚いていた。聞けばディアヌの兄と姪も贔屓にしているらしい。
あそこは本当に美味しいからね、と呟いたルシオに要は、せっせとイガを踏んで栗を出しながら頷いた。料理はよく解らないので、その分も手伝いに回って居るのだ。
同じく栗を取り出す詩が、楽しそうに言った。
「下駄で挟んで割る、って聞いた事があるけど下駄じゃなくても良いんだね。ツンデレ栗さん、出ておいで~♪」
「底の厚いのじゃないと痛いけどな」
「栗の皮を剥くのもね。指を切らないように気をつけて?」
「ゴム槌を使えば簡単じゃ」
ふいにレーヴェがそう言って、リゼリオのハンターショップで購入したゴム槌を差し出した。栗の皮に包丁の刃を立てて、背をこれで叩けば良いという。
生まれて初めて見る道具に、ディアヌが手を止めて目を丸くした。目の前で実践されるとさらに、不思議そうな顔でレーヴェの手元をじっと見る。
レオフォルドも同じくレーヴェの手元を見ながら、ゴム槌を借りて同じように栗の皮を剥いてみた。栗拾いもそうだが、子供の頃はやんちゃのくせに勉強ばかりで、こういうのも初めてだ。
「見習い騎士の内に色々とチャレンジしたいですからね」
「良いですね。私もディアヌさんの味を知れて興味深いです」
レオフォルドの言葉に、自分は祖母に習った事があるから今日はお手伝いのみというアリスも、ディアヌの作るのを見ながら頷いた。単純に茹でるだけでもほくほくして美味しいけれど、こうして手間をかけて調理してもまた美味しい。
ディアヌの味はどんなのだろうと、だから興味をそそられるアリスとは別の理由で、アマービレも興味津々だった。というのも彼女は料理となると、つい色んな味付けをしようとして残念な結果になる事が多くって。
あの調味料は何だろうとか、これだけでちゃんと味がつくのだろうかとか、興味は尽きない。いつか1人で美味しい料理を作れるようになりたいと、願いながら皆の手元を見つめたり、解らない所を質問したり。
取り出した栗を持ってきた要が、ディアヌに渡しながら甘い匂いの漂う辺りを見回して、言った。
「お菓子余ったら、お土産にちょっともらえないかな……。えと、その。俺の母さんにも、食べさせてあげたいなって」
「もちろんよ」
「そうそう、他にも山葡萄のジャムを作ろうか。プチパイにしても、マロンパイに添えても良いと思うよ」
「あ、私も柘榴を採ってきたから、それもジャムにしましょ? 風邪引かなくなるの」
ルシオの言葉にはいはいと手を挙げながら、メーナもそんな薬草知識と共に言い添える。それは良いですねと、聞いていたシアがにっこりした。
剥いた栗をディアヌに渡しながら、言う。
「美味しくなると良いですね。ディアヌさんの優しさに、きっとお母さまも喜ばれますよ♪」
「お母上の目が覚めるような美味しい菓子を作れると良いね」
「ありがとう」
シアとルシオの言葉に、微笑んだディアヌにメーナはふと、家の方を振り返った。彼女もまた十数年程前の秋に母を亡くして今は、父と同じハンターとして暮らしている。
だから、ほんの少しの親近感。そんなメーナの視線の先を、レーヴェもちらりと見て目を細め。
栗の下拵えは済んだから、残りの栗は焼き栗にしようと焚火の傍へ向かいながら、カーテンに閉ざされた窓に「郷愁に浸るのは結構。だが、いつまで時を止めるのかね」と呟く。
その言葉に、大きく揺れたカーテンの向こうにユキヤはそっと声をかけた。
「あの。僕もハンターの1人です。両親は……ですけれど……」
僅かに目を伏せるユキヤの気持ちは穏やかで。彼女の息子は幸せなのだと、それは伝えたかった。
彼には家族が居て、案じてくれるジゼルが居る。いつだってジゼルの所に、彼は帰ってくることが出来る。
それが、どんなに幸いであることか。そう、噛み締めるように紡ぐユキヤの言葉に、ロランやチョココも心から頷く。
「おばさま? わたくしもお父様お母様が亡くなって、とても悲しかったけど。一歩を踏み出しましたの。外の世界へ出た今、ハンターとしての力は何より支えですわ」
「親父さんは幸せだ、と思うよ」
ロランにはすでに、要らぬ心配をする相手も、してくれる相手も居ない。きっと今自分が死んだって、これほどに悼んでくれる人は居ない。
だが、いつまでも籠っているばかりでは何も、始まりはしないから。
「秋は良い季節だ。外へ出るのは、気持ち良いと思うよ。……そして、親父さんを、良い意味で思い出せば良い」
「良かったら、空を眺めながら、一緒に過ごしませんか? 秋の空……綺麗ですから」
祈るように紡がれた言葉がカーテンを揺らして、消える。祈るような眼差しの中、やがてカーテンが僅かに開かれて。
覗いたジゼルの何とも言えない顔に、チョココが嬉しそうにパルムと手を振った。その光景をちらりと見ながら、セレスティアは焼き上がったばかりのマロンパイを切り分ける。
うわぁ、と目を輝かせるベルに微笑んで、はい、と一切れ渡してやると彼女は、一際大きな歓声を上げた。それからランの元へと走る。
「ラーンッ! はい、パイをおすそわけ!」
「うわぁ、美味しいよ。ベルちゃんはきっといいお嫁さんになれるねー?」
「セレスティアも、とってもお料理上手なのよ!」
ランが頭を撫でてやると、ベルはまるで自分の事のようにそう自慢した。帰りは手を繋ごうねと、笑う彼女にもちろんと頷いたのはランもセレスティアも、同時。
そんな喧騒をよそに、チカは背負い籠一杯に集めた秋の味覚を宣伝して回って居た。
「物々交換と参りませんかねぇ? こちらの栗とそちらの山菜、いかがざんしょ?」
「ふむ」
チカの言葉に村人が興味を惹かれた様子で足を止める。これが将来の利益に繋がるかは、まだ誰にも解らない。
●
存分に収穫して、さて、とシルヴィアは足を止めた。辺りは暗くなってきて、見渡す限り人気はない。
「沢山集まりましたけど……ここはどこでしょうか?」
「うーん、また迷ったみいだな」
そんなシルヴィアに応える旭の声に焦燥はない。彼らは揃って迷子体質なのだ。
だから旭は慌てず、愛馬のサラダから荷物を下ろす。
「じゃ、まずは栗からかな!」
「そうですね。とりあえずお腹がすきましたし、何か作りましょう」
そのまま火を熾し始める旭に、シルヴィアも頷き調味料を取り出し始めたのだった。
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最終発言 2016/11/06 16:21:13 |