• 転臨

【転臨】【空の研究】霧を纏いて

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/09/05 15:00
完成日
2017/09/10 20:23

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●レンダック家
「えっ、ま、待ってください!」
 ヒューゴ・レンダックにとっては実に珍しく、周囲を驚かせるに充分な声量であった。にもかかわらず。
「頼んだぞ」
 相手はそれを見事に黙殺して立ち去った。結局それを見送ってしまうところが、ヒューゴの甘さだが、今はそれについて言及している場合ではない。
「こ、困ったことになった……」
 ヒューゴは青い顔で自宅の応接室に立ち尽くした。ヒューゴは、王国貴族である。ただし、弱小と言ってよい。資金もなければ権力もない。そんなヒューゴ・レンダックに、重大な仕事が舞い込んだ……、否、押し付けられたのである。
 押し付けて行ったのは、先ほど足早に帰って行った貴族だ。ヒューゴとはさほど交流がなかったが、父が生きていた頃にはそこそこ行き来があったらしい。レンダック家よりも名が通り、財力も申し分ない家柄だ。そんな名家が、どうしてレンダック家に仕事を押し付けて行ったのか。それはその仕事の内容に理由があった。
「イスルダ島への、物資運搬ですって!?」
 ヒューゴから説明を受け、妹のアーニャ・レンダックは悲鳴めいた声をあげた。わざわざ言うまでもない。命の保証のない仕事だ。つまり。押し付けて帰った貴族は、己の命を惜しんだのである。
「お断りなさいませ、お兄さま!」
「うーん、でも、一方的にとはいえ、任されてしまったし……」
 しかし、考えるまでもなくレンダック家の力だけではとても不可能である。物資の輸送船を出すだけの資金など、逆立ちしたって用意できない。
「しかたがない、あの人に協力をお願いしよう」
 ヒューゴは心を決めた。



●空の研究所
 王都イルダーナの片隅にその施設を構える、空の研究所は、長らく研究旅行で留守にしていた研究員・キランのようやくの帰還を受け、久しぶりに賑やかな様子であった。
「遅くなって本当にすまん」
「まったくですねーえ」
 特徴的な黄色い髪を逆立てたキランが、深々とお辞儀をする。頭を下げられているのは所長であるアメリア・マティーナ(kz0179)。黒いローブのフードをすっぽりとかぶり、その下で苦笑めいた声を出した。
「ひとまず、研究内容を報告してくださいねーえ」
「ああ、わかった。そちらも、いろいろと大変だったらしいな」
「ええ、そうですねーえ」
 ふたりが、互いに報告体勢に入った、そのとき。職員である青年・スバルが、来客を告げた。
「トリイ・シールズ氏がおみえです」
「ん? 誰だっけ、それ」
 ぽかん、とするキランとは対照的に、アメリアは声音を固くした。あまり良い話が持ち込まれるのではなさそうだ、という予感があった。
「シールズ氏はカリム・ルッツバード氏の秘書です。……スバルさん、お通ししてください」
 お久しぶりですアメリア所長、とにこやかにやってきたトリイは、見知らぬ男性をひとり、伴っていた。どうやら彼も貴族であるらしい。ヒューゴ・レンダックと名乗った。
 そして。トリイより持ち込まれた話は予想通り、アメリアにとってあまり良い話題ではなかった。
「そちらのレンダック氏が、イスルダ島への物資運搬の船団への参加を引き受けることになり、ルッツバード氏が資金援助することになった、と。そこまでは良いとしましょう」
 アメリアは、つとめて冷静な声で言った。話がややこしくなると踏んで、キランは退席させている。
「レンダック氏の運搬船の護衛を、空の研究所がつとめるように、とはいかなることですかねーえ。ルッツバード氏には確かに、資金面でも対外交渉面でもお世話になっておりますが、私はルッツバード氏の部下になった覚えはありませんよーお」
「ええ、もちろんです。これはあくまでも要請であり、命令ではありません」
 トリイは穏やかな調子を崩さない。
「そしてまた、脅しでもありません。それをご承知おきの上で聞いていただきたいのですが。ルッツバード氏は顔が広くていらっしゃいます。ですが、心から信頼して仕事を頼むことができる人物というのは、実は少ないのです。仕方のないことではあります。貴族というものは、腹の探り合いが仕事のひとつのようなものですから。……ことに、王国の一大事にかかわるとなれば、なおのことです」
 トリイはそこで、ひとつ呼吸を整えた。
「カリム・ルッツバード氏は、システィーナ王女殿下のために心血を惜しみません。今回のことも、それが大前提です」
「……確かに、脅しではありませんがねーえ」
 アメリアは苦笑した。脅しでは、ない。しかし、確実にアメリアの急所を突いてきた。アメリアもまた、システィーナ王女殿下の助けになるべく、この空の研究所を設立したのだから。
「わかりました。護衛の件、このアメリア・マティーナが責任を持ってお引き受けいたしましょうねーえ」
 アメリアも心を決めた。



 とはいえ、アメリアは船旅にも不慣れなら、当然、船上での戦いにも不慣れだ。それ以前に、そもそもあまり戦闘には向いていない。研究者であるのだから致し方ないが。
「ということで、皆さんに護衛実務をお願い致します。その指揮を、私が執らせていただくことと致しますよーお」
 出航前、アメリアは、集められたハンターたちに向かってそう説明していた。
「イスルダ島までの航路は、先行部隊によって敵の討伐、マテリアルの浄化が進められていますがねーえ、まあ完全には不可能ですよねーえ。何事もなく、つまり、歪虚に襲われることなく、島に上陸できるとは思わない方がいいでしょうねーえ。しかし、我々が運航させるのは物資を積んだ輸送船です。機敏な動きができるわけではない……、そこで、ですねーえ」
 アメリアは大きな白布を広げて見せた。そこには魔法陣らしきものが描かれている。
「これを甲板に広げ、そこで私が呪文を唱えます。ええ、魔法ですねーえ。霧を、作り出す魔法です。敵の接近が予想される海域や、負のマテリアルが強いイスルダ島沿岸付近では、この魔法で船を包み、船の姿が発見されにくいようにします。ただ……、上手くいくとは限りませんのでねーえ。そこは皆さんに御協力いただきたいのですよーお」
 そうした対策のもと、アメリアとヒューゴの乗る輸送船、ハンターたちの乗る護衛船は、総勢十隻を超える輸送船団の最右翼に連なった。
 航海は、順調に進んで行った。が、しかし。航路の残りはあと三分の一、というところまで来たころ。
「三時の方向、上空に敵と見られる姿を発見!」
 護衛船の見張りが叫んだ。ハンターたちの乗る護衛船は、輸送船から離れて敵の確認と対処に乗り出した。船団本体は、速度を上げて振り切る選択をしたらしく、アメリアたちを置いてぐんぐん遠ざかってゆく。位置、方向ともに、ハンターたちの乗る護衛船が対処するしかなさそうだ。上空の敵がぐんぐん近づいてくるのにハンターたちが身構えた、そのとき。
「敵襲ー!!!」
 海の中から、何本もの足が護衛船に這い寄って来た。

リプレイ本文

 イスルダ島を目指す、船の上。敵の襲撃に遭う、その少し前にまで、時を遡ろう。
 アメリア・マティーナ(kz0179)は甲板に立ち、空を見上げていた。この航海の目的や、この先に待ち受けているであろう困難について、考えることは多いが、つかの間、純粋に空を愛でる。海の上から見上げる空もまたいいものだ。アメリアは、フードの下の目を細めた。心配していた船酔いも、たいしたことはなかった。
 ヒューゴ・レンダックの方はというと、極度の緊張も相まって、船酔いにはずいぶん苦しめられたようだ。しばらくは、つらそうにえずいていたが、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)と話しているうちに気がまぎれたようで、今はリラックスしている。もっとも、最初はジャックと話すことも緊張のうちに入っていたようだが。レンダック家が、他貴族との交流の少ない弱小貴族であることを思えば、仕方のないことかもしれない。
 アメリアは船を一周歩き回り、船の最後尾、甲板上でもっとも広くスペースの取れるところへ布を敷いた。魔法陣が描かれた布だ。この上で長い詠唱をすることによって、船を霧に包むことができる。この魔法について、雨を告げる鳥(ka6258)やマルカ・アニチキン(ka2542)、マチルダ・スカルラッティ(ka4172)らが興味深そうにしていたのを思い出し、また語る機会があれば、と思ったりもした。アメリアにとって、魔法の話をすることは何よりも嬉しいことだ。彼女たちは今、隣の護衛船に乗船している。
「てめぇとしちゃ無理難題を押し付けられた形になっちまったかもしんねぇ。けどよ、その無理難題から逃げずに立ち向かえるてめぇは漢だ。気張れよヒューゴ、良い漢ってのは更に良い舞台に立てる様になるぜ」
 魔法の準備を追え、皆が集まっている位置へ戻ってきたアメリアの耳に、ジャックが振るう熱弁が入ってきた。ヒューゴが熱心に耳を傾け、こくこくと頷いている。アメリアはふたりの方を向いて少し微笑んだ。それに気がついたジャックが急に、表情を強張らせる。悪いことをしてしまっただろうか、とアメリアが反省したとき。
「気にしなくていいよー。ジャックは三次元の女性に慣れてないんだ。あ、はじめましてだよね。よろしく」
 キヅカ・リク(ka0038)がアメリアの隣に立って笑った。
「はじめまして、ですねーえ、キヅカさん。こちらこそよろしくお願いしますよーお。ところで……」
 アメリアが笑い返しつつ、ところでその三次元というのは、と質問しようとした、そのとき。キヅカの持つトランシーバーが、護衛船からの通信を受けた。
『三時の方向に敵と見られる姿を発見!』
 和やかな雰囲気が、一気に霧散する。アメリアの両目が、フードの下でピリリと厳しくなった。
「やはり、何事もなく、というわけにはいきませんでしたねーえ。……さて。なんとか乗り切らねばなりませんねーえ」
 海風に、黒いローブの裾がはためく。



 敵影が見えた三時の方向へ、護衛船は船首を向けた。船の位置から考えても敵の接近速度から考えても、この護衛船が矢面に立つしかない。マチルダが、敵の出現とは逆方向、輸送船の向きを注視した。単純に敵へ向かって行ってから、実はこちらからも、という不意を突かれるわけにはいかない。念のための警戒だった。幸いというべきか、そちらに不穏な影はない。
 三時の方向、上空に、黒い影。上下に揺らぎながら接近してくるのは、鳥の群れであるように見えた。当然、単なる海鳥であるわけはない。
「あぁ、何だ来ちまったのか。このままのどかな船旅が続かと思ったけど、まぁそんなに甘くは無いよな」
 グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)が不敵に笑いつつ言う。何だ来ちまったのか、という言葉の割に、残念そうな響きはその声にはなかった。
『輸送船は、このまま最大船速で目的地へ向かう!』
 トランシーバーから聞こえてきた、キヅカの声に応、と了解の返事を返す。輸送船に乗っているハンターはキヅカとジャックのふたりのみ。水夫はすべて非戦闘員。敵はできるだけ、この護衛船で処理しなければならない。
 最大船速で、という宣言通り、輸送船がぐん、と速度を上げた。それからしばらくののちに、輸送船が真っ白な煙……あれが霧だ……に包まれたのを見て、ハンターたちは一様に息を飲み、両目を興奮に輝かせた。
「あれが、霧の魔法……」
 レインが憧憬を滲ませて呟くと、憧憬よりも執着を強くしたまなざしでマルカが食い入るように霧を見つめた。だが、すぐ振り払うように頭を動かしてキッと敵の方向を睨んだ。
「余計な事は考えず、依頼を受けたからにはやり遂げます……っ」
「あぁ畜生が! なんでこんな時に俺の体は動かねぇかなあ!」
 同じく敵を睨みつけ、悔しそうに吐き捨てるのは、ボルディア・コンフラムス(ka0796)だ。彼女は先の依頼により重体の身となっていた。
「……いや、愚痴ったって敵は消えちゃくれねぇか。俺は俺にできることをやるだけだ」
 ボルディアが気を取り直して姿勢を正す。
「そうそう! 適材適所、だよ! ボルディアさんには司令塔でいてもらおう。輸送船への連絡事項も彼女に。負傷者のケアも!」
 マチルダはそう言いながら数々のアイテムをボルディアに託した。マルカも手持ちのヒーリングポーションを可能な限りボルディアに渡す。グリムバルドは加護符と魔術師組をボルディアに貼り付けて、に、と笑った。
「お守り代わりくらいにはなるだろ」
「気遣いに感謝するぜ」
 ボルディアが、に、と笑い返して、全員が素早く持ち場についた。
「来ます!!」
 サングラスをかけ、空を睨み上げていたマルカが、上からの敵の接近を告げたのと、ほぼ同時に。
「敵襲ー!!」
 水夫の叫び声がした。鳥の群れはまだ船を襲うには遠くにありすぎる。どういうことかと、鞍馬 真(ka5819)が素早く反応して、水夫が指差す海面を覗く。そこには、たくさんの足を持つ生き物……、イカやタコの姿をした雑魔が、船の腹をよじ登ろうとしていた。
「空も海もお客さんだらけだな……」
 真はそう呟くと、ひとまず衝撃波をひとつ打って、今にも船に貼りつこうとしていた一団を吹き飛ばしてから叫んだ。
「水中からも敵だ! 空は任せた、こちらを請け負う!」
「了解! 空は後衛にてマチルダ、レイン、マルカで戦闘! 海面を前衛で真とグリムバルド! 水夫は無理せず自分の身を守れ!」
 ボルディアが即座に指示を出す。船を揺らさんばかりの鬨の声が、ハンターからも水夫からも上がった。

 おおおおおおおおお!!!!!!

 雨雲のような塊が、船の上空にやってきた。すべて、鳥の群れだ。
 レインが虚空の魔眼を用いると、船の真上にいた鳥たちがバラバラと甲板に墜落してきた。マチルダがタイミングよくウィンドスラッシュでそれらを無に帰す。その連携は素晴らしかったものの。
「ううっ……!」
 甲板に倒れ込み、うめく水夫の姿があった。落下してきた鳥が背中をかすめ、負傷したらしい。
「すまない、大丈夫か」
 レインが気遣うと、水夫はよろよろと身を起こして頷いた。ひとりで歩くことはできそうだ。
「ボルディアさんのところまで下がって! 傷の手当てはそこで! 他の水夫さんたちも無理せずボルディアさんの指揮に従って!」
 マチルダが攻撃の手を休めることなく叫ぶ。同時に、ボルディアも声を上げて水夫たちを呼び寄せた。
「無理をするな! 船内へ避難して身を守れ!」
 背中に怪我をした水夫は、這うようにボルディアの方へ移動する。水夫の背後で再び、海鳥が落下する音がして、ウィンドスラッシュの気配もする。
「よし、ひとまず頭上を一掃できたか」
 レインが呟き、マチルダが頷く。しかし、当然、まだ終わったわけではない。海鳥の群れはまだいくつも、船をめがけて空を進んでいた。
「この距離ならば」
 マルカがエクステンドレンジを使ったのち、ファイアーボールを放つ。上空に紅くゆらめく火炎は船へ最接近する前の鳥の群れをひとかたまり燃やした。

ギャァアアアアアア!!!

 海鳥は、可愛げのない鳴き声とともに姿をかき消すものと、運よく炎を逃れて舞い上がるものとに分かれた。炎を逃れた鳥は、そこから単身で船へ突っ込んでくる。その行く先は。
「ちぃっ!」
 舳先でイカやタコたちを相手に、水面への攻撃をしていた、真の肩や背中であった。ソウルトーチを使用していた為に、その一身に攻撃を受けたのである。真の鮮血が、甲板に散る。
「おらっ!」
 駆け寄ってきたグリムバルドがガントレットで鳥を殴り屠り、傾いた真の体を支えた。
「助かった、ありがとう」
「おう。結構痛手だな。一度、ボルディアの方へ行くか?」
「いや、そんな暇はないだろう。まだ動ける、大丈夫だ」
 真は少し痺れたように動きにくくなった腕に顔をしかめつつ、海に向き直った。そう、傷を癒しに下がっている暇はない。海中からの敵も、少しでも隙を与えれば船を這い上がって来かねないのである。グリムバルドは頷き、それでも真をそのままにはしておけない、と自分の為に使うつもりでいたエナジーショットを使用した。真が目礼を返して、攻撃を再開する。
「くそ、俺が舳先まで薬を持って走れればいいんだが」
 ボルディアが悔しそうに舳先を睨みつつ、駆け込んでくる水夫の手当てをした。
「砲撃は続けているな!?」
 水夫のひとりに確認すると、即座にはい、と返事がくる、イカタコ型の雑魔を輸送船に近付けぬため、輸送船側を向いた大砲にて砲撃を続けさせているのである。それが功を奏しているのか、今のところまだ、輸送船から敵の襲撃を報告する連絡は入ってきていない。
「上がって来るぞ! 迎え討て!!」
 真が叫び、水晶剣を振るう。次から次へと、かなりのスピードで迫ってくるイカタコを、水面だけで完全に食い止めることはできなかったのである。海鳥の羽ばたきや爪での攻撃も防ぎながらの戦闘は、誰にとっても楽ではなかった。みるみるうちに、ハンターたちに傷が増える。
「おらっ!!」
 グリムバルドがデルタレイで三羽同時に海鳥を倒し、その足元のタコを真が剣で斬り捨てる。彼は傷を増やしてもなお、ソウルトーチを使い続けて敵を引きつけ、片っ端から斬り伏せていた。マチルダはボルディアの方へ敵が行かないようにと方向を計算してウィンドスラッシュを用い、敵にこれ以上の乗船をさせぬようグラビティーフォールを喫水線すれすれに放った。
「混戦になってきたな……、皆! 落水に気をつけよ!」
 這い上るイカタコを端から順にアースバレットで始末しながら、レインが叫んだ。特に水夫の動きには気を付けていなければならない。彼らが海へ引きずり込まれるのは避けたいところだ。
「おい!! …………だ!!!」
 舳先で、グリムバルドが何事かを叫んでいるのが聞こえ、ボルディアが顔を上げると。グリムバルドは、舳先から前方を、それも、輸送船が去って行った方向を指差していた。
「くそっ! 輸送船へ向かってやがる!」
 グリムバルドの指差す先に、海鳥の群れ、それも、少なくとも三十羽ほどがいた。ふたつの群れに分かれたその海鳥たちは、こちらへ向かうことなく遠ざかってゆく。グリムバルドは敵を倒しつつも周囲の様子を敏感に警戒していたようだ。早く気がついたおかげで、鳥の群れはまだどちらかというと護衛船に近い位置にいる。
「お前らの敵はこっちだよ!!」
 遠ざかる群れを引きつけるため、曳光弾「彗星」を使おうとしたボルディアだったが。
 目の前で戦う仲間たちの姿を見て、その手を止めた。
 グラビティーフォールを使って船への敵の接近を必死に防ぐマチルダも、
 海鳥の群れを片っ端から焼き払うべく魔法を使い続けるマルカも、
 イカタコ雑魔をアースバレットで攻撃するレインも、
 ギリギリのところへ敵を引きつけファイアースローワーで攻撃し、順調に数を減らしているかに見えるグリムバルドも、
 傷を増やしながらも痺れる腕を懸命に振り上げ、水晶剣を振るう真も。
 全員が、少なからず負傷していた。この状況へなおも、敵を引き寄せようというのか。
 彗星は使わない、とボルディアは決めた。己の身の重体が原因とはいえ、ここの指揮を預かったからには、状況判断の責任は彼女にある。判断してすぐ、トランシーバーに向かって叫んだ。
「海鳥型歪虚、そちらへ向かった! 数、およそ三十! 頼む!」
 敵襲から、およそ十分。もう、魔法の霧は消えてしまう頃だ。



 ボルディアからの通信を受けた、まさにそのとき。輸送船を覆っていた白い霧は、霧散しようとしていた。
(霧が霧散、というのは正しい使い方なんでしょうかねーえ)
 有事でありながら、いや、だからこそかもしれない、アメリアはそんな余計なことを考える。甲板に広げた、魔法陣の上で。
「アメリア、敵がおいでなさるってさ」
 キヅカが通常通りの口調で告げつつも、船の周囲へ鋭い視線を走らせる。
「はい。そのようですねーえ。どうぞよろしくお願いしますよーお。霧が晴れるタイミングを、私がカウントしましょう。それを目安にしたら少しは、おふたりが攻撃にかかりやすいでしょうからねーえ」
「うん、じゃあそれ、よろしく頼むね」
 キヅカがそう頷いたとき、船内への入り口付近でバシッと何かを叩く音がした。ジャックが、怖気づく水夫の背中を叩いたのであった。
「兎にも角にもこのイケメン貴族である俺様がいんだ! 何も心配する必要はねぇ!」
 その言葉に、ヒューゴも元気づけられたようで、びくびくと震えさせていた体を少し和らげた。水夫たちに支えられながら、船内へと身を隠す。
「ジャック、来るぞ」
「ああ」
 霧が、ずいぶんと薄くなっていた。アメリアの声でカウントが入る。
「霧が完全に晴れるまで、あと十秒! 九、八、七、」
 薄まった霧の向こうに、ゆらゆらと羽ばたく鳥たちの群れが見えた。
「六、五、四、三、二、一!」
 カウントが下がりきり、船を覆っていた霧が完全に晴れた。それと同時に。

 ごおおおおおおお!!!!!!!

 地鳴りのような音がした。海上であるのだから地鳴りであるはずはない。それは、雄叫びであった。ジャックの全身から、炎のようにオーラが立ち上り、輝く。海鳥たちは一斉に、ジャックめがけて急降下した。
 海鳥の、ばらばらばらっという翼の音とともに、嘴と爪がジャックを襲う。が。
 盾と、鎧受けにより、海鳥たちは、べちべちどがどが、と弾かれた。弾かれ、吹っ飛んで行こうとする海鳥を、すかさず、矜持により移動不能にしたジャックは、好戦的な笑みで海鳥を見据えた。
「この俺様が遊んでやるってんだ、よそ見なんかさせっかよ」
 そして、動けなくなった鳥を順番に、両手銃で撃って行くのだった。
「なんともまあ鮮やかなことで」
 キヅカはジャックの戦いぶりを見るともなく感じつつ、後衛で広く視野を取って戦闘に当たっていた。アメリアは、非戦闘的でありつつも風を巻き上げる魔法を使い、最低限、鳥が寄りつかないようにしているようだ。しかし、その風は紙を舞い上げる程度の力しかないものらしく、当然、攻撃力にはなり得ない。充分に注意しておく必要があった。
 ジャックの獅子吼と矜持を逃れてきた海鳥たちを、ΔLで確実に三羽ずつ屠ってゆく。仲間たちがジャックに突っ込んだことで痛い目に遭っているのを見たためなのかどうかわからないが、キヅカに向かって無闇に突っ込んでくるようなことはなかった。
「イスルダ島到着の十五分前になったら教えてくれ! 二度目の、霧の魔法をアメリアにかけてもらう!」
 隙を見て、キヅカは船内に隠れる水夫たちに声をかけた。詠唱の時間を考えると、到着十分前に霧が出ているようにするためにはこの程度を見ておく必要がある。はい、と上ずった声で返事がある。緊張はしてるようだが、仕事への責任感は失っていないらしい。立派なものだ。
「この襲撃でジャックに突っ込んできたのはせいぜい十羽を少し超えるところ、だな。ボルちゃんは三十羽、と言っていたから、つまり……、もうひと波あるってことか。って、言ってたら来たな! ジャック!」
 上空に、もうひとつ、海鳥の群れを見つけ、キヅカはまだ先ほど襲撃してきた海鳥を片付けているジャックの方へと駆けだした。さしものジャックも、あの数をもう一度ひとりで処理することは難しいだろう。
 キヅカがジャックと共闘できる範囲に辿り着いたのを見計らったように、海鳥が突っ込んできた。先ほどと同じ方法で倒そうとするジャックだが、どこでどう情報を得たものか、海鳥は妙なカーブを描いて旋回し、船の端から端にまで飛び広がった。矜持によって行動不能にさせられたものの数は、先ほどよりもはるかに少ない。
「ちぃっ!」
 敵の小賢しさに舌打ちしつつ、それでもふたりは冷静に、順番に、対処していった。だが。船の端から端まで飛び回る、ということは。
「! アメリア!」
 キヅカが振り返った時、船の後方にて、魔法陣の上に立つアメリアは、船内から出てきた水夫と話をしているところだった。
「だ、大丈夫なんでしょうか。もう少し速度を出すならば、積荷を捨てて」
「それは」
 アメリアが息を飲んで返答しようとするよりも早く、船内の方から声が飛んできた。
「それはダメです!」
 ヒューゴであった。緊張で顔を真っ赤にしつつ、拳を握りしめて必死に訴える。
「ぼ、僕たちの仕事はこの物資を運ぶことです。それを放棄してはいけません!」
「ヒューゴさんの言うとおりですねーえ。積荷を捨てるのは、本末転倒です」
 アメリアも大きく頷く。と、船内からまた、別の水夫の声がした。
「イスルダ島まで、あと十五分です!」
「わかりました」
 二度目の魔法を、とアメリアは呼吸を整える。と、その目の前で、先ほどまで話していた水夫が。
「わあああああ!!」
 鳥の爪に背中をやられ、倒れ込んだ。
「! ヒューゴさん、その方を連れて船内へ戻ってください!」
「は、はい!」
 ふたりを下げさせ、アメリアは上を睨んだ。水夫の背中を傷つけた海鳥は、もう二羽、仲間と合流して三羽となり、アメリアを狙っていた。アメリアは、無駄であるかもしれぬと思いつつも風を巻き起こす。
「来るなら来なさい。私は何があっても、請け負った仕事をやり遂げます」
 そして三羽が、アメリアに向かって突っ込んできた。

「らああ!!!!!」
「っとぉ!!!!!」

 それを。
 アメリアを挟み込む立ち位置で滑りこみ、身を挺して彼女を守ったのは。
 当然、ジャックと、キヅカであった。
「いい度胸だ」
「うん、その度胸は買うけどさ、もうちょっと身を守ることを考えようよアメリア」
 肩に、腕に、背中に、と傷を受けつつ、ふたりは闘志を消さずにいる。口調さえも軽い。傷から感じる痺れは、ジャックが即座に知的黄金律で吹き飛ばす。
「そうですねーえ、すみません」
「うん、いいけどさ。じゃ、魔法頼んだよ! ジャック、ここ任せるね」
 キヅカはまたすぐ船全体に視線を走らせ、鳥が群れている箇所へと走って行った。
「申し訳ありませんねーえ、私の所為で、怪我を」
「気にするな。平民を守るのは貴族の責務、ノブレス・オブリージュだからよ」
 アメリアは微笑んだ。彼はその責務を負い、そしてしっかりと果たしているが故に、こうまでも自信たっぷりでいられるのだろうと。だが、それを話している時間はない。アメリアは深呼吸をひとつすると、すっと集中状態に入り、呪文の詠唱を始めた。
 長い、呪文だ。
 これを途切れさせれば、また最初から。霧の出現はその分遅れる。
「うらっ! てめえらの相手は俺様だ!」
 背後で、ジャックが戦う気配がした。
 そのさらに向こうで、キヅカが戦っているのもわかっている。
 守られている。だからこそ、この霧の魔法にてアメリアは、この航海そのものを守らなければならなかった。
(責務を負い、それを果たす!)
「天衣霧包、白き慈愛よ! 今、我、それを纏わん!!!」
 黒いローブをはためかせ、アメリアが両手を空へと向けた。その瞬間、ぶわりと霧が立ち上り、船をすっぽりと、白く包んだ。



 その頃、護衛船は。
 海鳥、イカタコともに、敵を概ね始末していた。今は、戦闘終了間際に、海へと落下した水夫を、他の水夫と協力してマルカが救助に当たっていた。マルカは、水夫が落下したとみるや、普段の大人しさからは考えられないほどの思い切りの良さで海に飛び込んで行ったのである。
「良かったですっ……、怪我はないようですね……!」
 水夫と共に、ずぶ濡れになって船へ引き上げられたマルカは、甲板で待ち受けていた水夫たちの毛布に包まれて安堵の息を漏らした。
「こっちはもう大丈夫みたいだな」
「うん、念のため警戒はしてるけど」
 グリムバルドが呟き、マチルダが頷いた。残党が現れたときのため、グラビティーフォールをいつでも使えるようにと油断なく構えているのである。
「輸送船に向かった敵がどうなったか気になる。速度を上げて、輸送船に追いつこう」
 マストに傷だらけの体をもたせ掛けて真が言う。護衛船で戦っていた者の中で、もっとも多くの攻撃を受け、それを撃退させたのは、間違いなく彼だった。水夫を最優先に、手当てを続けていたボルディアが真の言葉に頷き、無傷の水夫にその旨を伝えた。
 護衛船は進行方向を修正して輸送船を追った。そう時間はかからないはずだったが、船の姿はいっこうに見えない。全員が不安を抱き始めた、そのとき。
「……ねえ、あれってもしかして船なんじゃないかな?」
 マチルダが、海上を指差した。どこかぼんやり、白くかすんでいるように見える一帯だ。
「そのようだ。もう一度、霧の魔法を使ったのだな」
 レインも、目を凝らして同意した。
「見事な魔法ですっ……!」
 マルカが感嘆の声を出す。
 全員で、注意深く周囲を確認したが、護衛船の周りに敵の姿はなかった。襲い掛かったものについては、ふたりが首尾よく対処したのだろう。
「それならそうと知らせろよな」
 安堵の笑いを滲ませつつ、ボルディアがトランシーバーに話しかける。
「こちらボルディア。輸送船のすぐ近くまで来ているぞ。無事か?」
『はいはい、キヅカです。あ、そうなんだ。霧で全然見えないや。無事だよ。こっちに来た敵、全部やっつけました』
「こちらも戦闘は終了した。霧で進路が見えないのか。航海は大丈夫か」
『うん、熟練の水夫が乗ってるからね。それに、霧もそろそろ晴れる頃だよ。つまり、イスルダ島に到着ってわけだ』
 キヅカの言葉に、全員でハッとして、船の進行方向を向いた。そこにはもう、イスルダ島が、海岸線もくっきりと、見えていた。
 島を眺めながら、レインは出航前にアメリアと話した内容を思い出していた。

「私は危惧する。アメリア・マティーナに対する『王女』というカードは切り札であると考えていた。それを、こうも簡単に切ってくるとは」
「そうですねーえ。確かに、王女殿下の存在は、私にとってのウィークポイントです」
「今後も、同様の依頼が持ち込まれるだろうな」
「ええ、でしょうねーえ。ですが、まあ、悪いことばかりでもないでしょうねーえ」
「……どういうことだ」
「空の研究所は、王女殿下の、つまり王国の役に立つということも、存在意義のひとつです。存在意義のすべて、ではないにしろねーえ。ですから、私もその存在意義を示す為、責務を負わなければなりませんし、また、果たさなければなりません。成り行きで仕事を引き受けることはありましたが……、今後は成り行き任せではいけないのでしょうねーえ。今回のことは、その覚悟を持つよい機会であったと思いますよーお」

 ひとまず、その、覚悟を持つ機会となった依頼が、終わろうとしている。レインは、隣で霧に包まれている船に入るであろう「空の研究者」に向かって、心中で問いかけた。
 覚悟はできたのか、と。



 敵の脅威が去り、アメリアは改めて、ジャックとキヅカに礼を言った。
「まあ、それが今回のお仕事だったしね」
 キヅカがこだわりなくにっこりする。彼は戦闘が終わっても休むことなく、船の修繕や水夫の手当てをしていた。緊張から解き放たれてぐったりしてしまっているヒューゴも、じっとしているのは嫌だから、と働いている。アメリアは、ヒューゴにも丁重に礼を述べた。積荷を、運ぶべき物資を守ることができたのは、不慣れであるとはいえこの任務の責任者である彼が、やるべきことを忘れず、貫き通したからだ。
「いやあ、ハンターの皆さんのおかげです。この船でもそうですが、きっと、向こうの護衛船でも、僕なんかとは比べ物にならないほど、頑張ってくださったんでしょうから」
「そうですねーえ。護衛船の皆様にも、あとで幾重にもお礼をしなければ」
 アメリアは、ヒューゴの言葉に深々と頷いた。まったく、カリム・ルッツバードの、人を見る目は確かだ。彼は実によい友人を持っている。
 ジャックは、そんなアメリアの正面からの謝礼の言葉を避けるように身を翻そうとした。アメリアは、その姿が遠くなってしまう前に、背中に声をかけた。
「ジャックさん。あなたのその生き方を、手本とさせていただこうと思います。私は、貴族ではありませんがねーえ。貴族ではない者にも、それぞれの責務があります。それを、しっかり負ってゆきます」
 そしてアメリアは、真っ白に煙る周囲を眺めた。そろそろ、霧は薄くなり、完全に晴れたときには、イスルダ島が見えるはずだ。
「アメリア、そろそろカウントなんじゃない?」
 キヅカから、声がかかり、アメリアは頷いた。
「霧が晴れるまで、あと十秒! 九、八、七、六、」
 この島を、取り返す。王国は、そのときを迎えているのだ。
「五、四、三、二、一!」
 船が、纏ってた霧を脱いだ。アメリアの目の前に、イスルダ島が、姿を現した。

依頼結果

依頼成功度成功
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  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴka1305

  • 鞍馬 真ka5819

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • ジルボ伝道師
    マルカ・アニチキン(ka2542
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 黎明の星明かり
    マチルダ・スカルラッティ(ka4172
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 雨呼の蒼花
    雨を告げる鳥(ka6258
    エルフ|14才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質疑応答の場
マルカ・アニチキン(ka2542
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/09/02 21:44:47
アイコン 相談卓
マルカ・アニチキン(ka2542
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/09/05 13:28:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/09/02 19:13:38