歪虚支配地域――エトファリカ連邦最西端。
ここにも西へ急ぐ者の姿があった。
巨大な人型の牛に似た姿の歪虚が、部下を引き連れて西へ直走る。
目的地は決まっていない。
ただ、西に行けば望む物がある。
それだけを信じて西へと突き進んでいく。
「……まだ先か」
憤怒の歪虚――『牛鬼』は、東方諸島にて遭遇した西方の者達に強い興味を抱いた。東方のほぼすべてを歪虚に沈めた憤怒であったが、牛鬼の心は満たされなかった。
より強者を。
さらに闘争を。
ハンターは、西からやってきた。
ならば、西へ行けば彼らのような強者に出会える。
渇きを癒すかのような本能的行動が、牛鬼を西へと走らせる。
「何処だ、西方の強者は……」
怠惰の巨人を彷彿させる巨大な体を揺り動かしながら、強者の匂いを追い求める。
そして、強者を乗り越えた時――牛鬼は強者との戦いを通して手に入れた力を持って東方へと戻る。主の力となる為に。
牛鬼は――ただまっすぐ西へと突き進んでいく。
――辺境、アルナス湖北岸。
ここにかつて人間が住んでいた古い城がある。
石造りで松明が燃えているにも関わらず、やけに薄暗い。空気も氷のように冷たく、人気をまったく感じさせない。
何故、ここまで冷たく暗い雰囲気が漂っているのか。
この古城が歪虚支配地域にあるからだろうか。
それとも、この古城の主が強力な歪虚であるからだろうか。
「あの塔の上にいる物は……こちらがもらい受ける」
巨大な人型の牛が、城の広間で静かに言い放つ。
憤怒の歪虚『牛鬼』は、東方から強者を追い求めてこの辺境へやって来た。
その結果、ナルガンド塔の頂上に大幻獣と呼ばれる莫大なマテリアルを保有する生物がいる事を知った。大幻獣の持つマテリアルが手に入れば、牛鬼は更なる力を得る事ができる。
「……知っていよう。
我が主が狙う東方は、ハンターなる複数の強者が戦いを挑んでいる……。大幻獣のマテリアルがあれば、東方は完全に歪虚に沈む事となる」
牛鬼がマテリアルを手に入れれば、東方の戦線に強大な敵が登場する事になる。
未だ不穏な動きの続く東方に更に力を得た牛鬼が現れればどうなるか――。
しかし、玉座に座る一人の老人は牛鬼に臆する様子は一切ない。
「……ロックじゃねぇ」
「……何……?」
牛鬼は――怠惰の歪虚『BADDAS』へ聞き返した。
「ロックじゃねぇって言ったんだ。
東方や主なんてのは、お前の都合だ。俺には一切関係ない。
何より、なんで俺がお前に遠慮しなきゃならねぇんだ? 欲しい物は自分で手に入れる。それがロックだ」
彼ら二人は同じ歪虚だ。
だが、BADDASは牛鬼へ大幻獣を譲るつもりはない。むしろBADDAS自身も熱い戦いを欲するが故に大幻獣のマテリアルを欲している。
――欲しいものは、力づくで手に入れる。
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BADDAS
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それは相手が同じ歪虚であろうと関係ない。自分の生き様を貫く事がロックンローラーとしての生き様だ。
「……敵に回るというのか?」
「そうじゃねぇ。言ってみりゃ競争だ。より早い奴が大幻獣を手に入れる。
だが、走っている最中にちょっと肩ぐらいはぶつかるかもしれんな」
BADDASと牛鬼。
先にナルガンド塔の頂上へ到達したものが、大幻獣のマテリアルを奪い取る権利を得る。
とてもシンプルで、かつエキサイティングなルールだ。
何せ、相手が進路を邪魔するのであれば容赦なく排除するつもりなのだから。
「良いのだな?」
「ああ。俺の前を走る時は、せいぜい気を付ける事だ……当たると痛ぇぞ」
「…………」
恫喝するBADDASを前に、牛鬼は沈黙を保ったまま踵を返す。
こうして、二人の歪虚がお互いの意地をかけて大幻獣を奪い合う事となった。
●
一方、大霊堂では。
「へぇ?! 君がチューダだね?」
ナルガンド塔から戻ったファリフ・スコール()は、中腰になった。
目の前にいる小さな幻獣に視線を合わせる為だ。
「こらっ! 呼び捨てにしてはダメなのです!
我輩は大幻獣の王『チューダ』なのです。頭が高ーいっ!」
本の上で胸を張るモルモットのような生物は、自称『幻獣王』のチューダ。
昔から大霊堂に棲み着いている幻獣だ。聖地周辺が歪虚に支配されてから姿を消していたが、最近になってひょっこり戻ってきたようだ。
王を自称するチューダを指差しながら、ファリフは大巫女の方へ振り返った。
「大巫女、チューダは王様なの?」
「こいつが勝手に言っているだけだよ」
「な、なんですってっ!?
我輩は王の中の王。どっかのドワーフの王みたいな扱いは心外なのです!」
大巫女に憤慨するチューダ。
大巫女によれば幻獣王と名乗っているのはチューダだけで、誰もチューダを王と崇めたりはしていない。ただ、幻獣に関する知識は本物で、幻獣の事を質問すれば答えてくれる。その答えを忘れていたりしていなければ、だが。
「ねぇ、チューダ。
ボクを呼んでいたのはトリシュヴァーナって大幻獣なの?」
「その通り! ナルガンド塔の頂上でトリシュヴァーナがファリフを待っているのです」
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ファリフ・スコール
チューダ
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大幻獣トリシュヴァーナ。
巨大な三首の犬のような幻獣で性格は攻撃的である一方、群れの一員と認めた者は命をかけて守るなど、プライドや社会性が強い。かつて歪虚との戦いで致命傷を負った事から歪虚へ激しい復讐心を持つと言われている。
そのトリシュヴァーナが、ファリフを呼んでいるというのだ。
「ファリフのお腹にある刺青は、大精霊の祝福を受けた戦士の証。きっと大幻獣と心を通わせて一緒に歪虚と戦う事もできるはずなのです。
でも、大幻獣と心を通わせるには、大幻獣が与える試練をクリアしなければならないのです」
チューダによれば、トリシュヴァーナは白龍の消滅を感じ取り、人類と幻獣の窮地を察して姿を現したという。ファリフを呼び続けているのも、伝説の刺青を持つ者に力を貸して歪虚へ復讐を果たすつもりなのだろう。
だが、ここで気を付けなければならない事がある。
大幻獣は認めた相手に力を貸してくれる。
だが、それは大幻獣が相手を認める必要がある。それが『試練』と呼ばれるもので、大幻獣によってその試練は大きく異なるらしい。
「トリシュヴァーナは、強い力を持つ者が大好きなのです。だから、試練も自分の強さを見せないとダメなのです」
「強い力ねぇ。なら、ちょうどいいじゃないか」
チューダの話を聞いていた大巫女が口を開く。
「ちょうどいい?」
「ナルガンド塔で歪虚にあったんだろう? だったら、あいつを力でねじ伏せて大幻獣に会えばいいじゃないか。倒すまではいかなくても力を示すなら十分だと思うよ」
ファリフは、思い出した。
BADDASを名乗る歪虚。
歪虚退治に乱入をしたという牛鬼という歪虚。
きっと他にも大幻獣の存在を察知した歪虚が集まってくるに違いない。
ならば、それら歪虚をはね除けて最初にナルガンド塔の頂上で大幻獣と会う事が何よりの試練ではないのか。
「そっか。大幻獣と会うのなら、あいつらを何とかしなくちゃいけないんだよね?
ボク、やってみるよ。トリシュヴァーナに会いに行ってみる。そして、トリシュヴァーナと共に東方で救援を待つみんなのところへ行くんだ」
力強く頷くファリフ。
その横でどや顔のチューダが余計な口を挟む。
「塔に行くのであれば、我輩のしもべ達を連れて行くといいのです。我輩が特別に許可をしてやるのです。えっへん」
チューダのしもべ――つまり、ハンター達を同行させるように言っているようだ。
いつからハンターがチューダのしもべになったのかは不明だが、ファリフ一人では到底すべての歪虚を相手にはできない。
ファリフは、『星の友』を呼び集めるべくハンターズソサエティへ向かった。
●
ナルガンド塔から更に北へ行った洞窟。
ここにある歪虚が眠っている――否、先程まで眠っていたのだが、今し方眠い目を擦りながら上体を起こしている。
「……あふっ。
なんだか、騒がしいな。誰じゃ、儂の眠りを邪魔する奴は」
面倒臭そうに立ち上がるのは、災厄の十三魔に数えられる『ハイルタイ』と呼ばれる歪虚だ。マギア砦籠城戦や聖地奪還などで姿を現し、人類側に多大なる被害を及ぼしてきた強力な歪虚だ。
先日ナルガンド塔で起きた戦いの騒ぎが、この洞窟にまで響いてきたようだ。
「ええぃ、何を騒いでおるのか。この儂が直々に様子を見てやるか」
漆黒の馬型歪虚を連れてゆっくりと外へ向かおうとするハイルタイ。
太陽の光がハイルタイの顔を照らし、眩しさに右手を顔の前へ掲げる。
その次の瞬間。
――ヴォォォォ!
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 ハイルタイ
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地響きと共に鳴り響く獣の声。
これが歪虚ではなく別の存在による鳴き声である事はハイルタイにも分かった。
大幻獣。これが何かを呼び寄せる為に遠吠えをしているのだ。
ハイルタイにとって大幻獣に何の興味もない。
むしろ、安眠妨害した罪を断罪したい気分だ。
「貴様か……儂の眠りを邪魔したのは!
よかろう。儂がその口を黙らせてやる。永遠にな」