ゲスト
(ka0000)
グランドシナリオ【東征】襲来、歪虚城塞ヨモツヘグリ


作戦4:生体兵器内部突入(危険) リプレイ
- ヴィルマ・ネーベル
(ka2549) - ウィンス・デイランダール
(ka0039) - クローディオ・シャール
(ka0030) - メトロノーム・ソングライト
(ka1267) - ヴィンフリーデ・オルデンブルク
(ka2207) - 白神 霧華
(ka0915) - 山本五郎左衛門
- メオ・C・ウィスタリア
(ka3988) - イブリス・アリア
(ka3359) - 久延毘 大二郎
(ka1771) - アルファス
(ka3312) - ユーリ・ヴァレンティヌス
(ka0239) - マーゴット
(ka5022) - 八雲 奏
(ka4074) - マリア・ベルンシュタイン
(ka0482) - ヤナギ・エリューナク
(ka0265) - メイ=ロザリンド
(ka3394) - 真田 天斗
(ka0014) - ジルボ
(ka1732) - エイル・メヌエット
(ka2807) - オルクス
(kz0097) - レイス
(ka1541) - 神代 誠一
(ka2086) - 紅薔薇
(ka4766) - キヅカ・リク
(ka0038) - ラスティ
(ka1400) - ユキヤ・S・ディールス
(ka0382) - リュー・グランフェスト
(ka2419)
●
――生体要塞“ヨモツヘグリ”。
支援部隊の力を得て、その内部へと侵入した覚醒者達を迎え入れたのは、見渡す限りの肉の壁であった。
否、その様式はもともとの城のものであろうか、荘厳で美しい佇まいの和風建築。
しかし、戦いの爪痕か壁にも天井にも空いた大小無数の穴。
そこを補填するかのように、みっちりと、ヨモツヘグリの形を成している肉片が穴を塞ぐように充ち渡っていた。
「なんとも、面妖な光景じゃのぅ」
肉片は「死」で出来ているのか、充満する鉄の臭いと腐臭に、思わず口元を覆って顔を顰めるヴィルマ・ネーベル(ka2549)。 その異質な光景と悪臭に、思わず喉元に胃液がこみ上げて来るというもの。
「東方の兵はどのくらい残っているんだ?」
「善戦空しく、我々三十余名を残すのみ……申し訳ございませぬ」
問いかけるウィンス・デイランダール(ka0039)に、東方の兵士が無念と口走りながらも答える。
突入のために随分と兵を失った。
生き残った兵士達も決して無傷とは言いがたい状況である。
「その人数じゃ、隊を分けるのは無理か……すまないが、あんたらはこの脱出口を是が非でも護ってくれないか」
「はっ! この命に変えても!」
ウィンスの言葉に、士気を奮い立たせるサムライ達。
そんな、状況把握も束の間、壁や天井に充ちた肉壁が一斉に、ぼこりと火にかけた餅のように膨れ上がった。
膨らんだ肉壁は、ブチリと嫌な音と、腐臭のする液を撒き散らしながら壁から千切れ、そのまま宙を浮遊する。
浮かぶ肉片は体表を波打たせるようにしてその身を変化させ、体中に無数の瞳をぎょろりと覗かせる。
肉の塊に数多の瞳が覗くその姿は奇怪の一言であり、周囲の腐臭と相まって異質な区間を演出していた。
ブチリブチリと肉壁から分離し、眼前を埋め尽くしてゆく雑魔達。
その鼻先の軍勢を、光の波動が纏めてなぎ払った。
「行くぞ、時間は有限だ」
そう口にして、マテリアルの残光宿る剣を振るったクローディオ・シャール(ka0030)に並び、数名のハンター達が雑魔達の蔓延る通路へと立ちふさがる。
「皆さんの命、わたし達が預かります。先陣は任せてください」
その杖に雷の紫電を走らせながら、煌く翼の幻影をはためかせるメトロノーム・ソングライト (ka1267)。
彼女の放つ雷撃を呼び笛に、ハンター達は一斉に雑魔の群れへと飛び込んでゆくのであった。
前線を集中火力で突破したハンター達は、すぐに隊を2方向へと分ける。
破城兵器を止めるべく天守閣を目指す集団と、城を動かす龍脈炉を破壊すべく地下の祭壇を目指す集団だ。
上下完全に分断される方向に、総勢二十余名のハンターの集団はすぐに十余名ずつの小規模部隊への再編成を余儀無くされていた。
「我とウィンスは上へ導く、そなたらは下を頼む!」
「分かったわ、無事に入り口で落ち合いましょう」
ヴィルマの言葉に、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)は眼前の雑魔の頭部に槍を突き立てながら、視線だけ振り返って言葉を返した。
倒した矢先に、肉壁から新たな雑魔が生まれてゆく。
「上等だ、やってやるさ」
階段の上から駆け下りて来る雑魔を、槍の柄で叩き返すウィンス。
飛んできた仲間に足元を取られ、団子になって転がった群れに、白神 霧華(ka0915)が突貫する。
「敵は無尽蔵……構いません。一気に天守閣まで行きますよ!」
握りしめる大斧が唸りを上げて、雑魔達の身体を引き裂いた。
「このまま、一息で制圧するのじゃ!」
ヴィルマの眼前に、赤く燃え上がる火球が膨れ上がる。
薄暗い城内を赤い光で包んだそれは、残る雑魔を包み込み、弾け飛んだ。
マテリアルの衝撃と共に、一掃される眼前の敵。
「制圧も一瞬じゃ、駆け登れ!」 ワンドで行く先を示す彼女の声に、階段を駆け上る数多の足音が響き渡った。
「下階は、一層血生臭い臭気が漂うな……」
こちらもまた、地下へと続く階段へと差し掛かる、龍脈炉対応のハンター達。
生体兵器内は相変わらず血生臭い腐臭で満ちていたが、下からせり上げる気配はそれとはまた別モノ。
龍脈の力を反転させ、沸き上がる濃厚な負のマテリアルに、クローディオは再度表情を歪めた。
「ここからでも感じる、禍々しい旋律……元はこの国を、護ろうと言う力だと言うのに」
どこか物憂げな表情で語るメトロノームだが、臭気と共に下階からせり上がる雑魔の群れを捕えると、すぐに臨戦態勢に移る。
「行くしかないわ。私達には、それしか残されていないんだから」
「はい……同じ戦場に立つ仲間と、別の場所で戦う友人のため。私は力を、奮います」
ヴィンフリーデの言葉に大きく頷くメトロノーム。
迷いなく放たれた紫電が、階段下に溜まる雑魔に駆け、その身を撃ち貫いていた。
●
「道を開けなさい……!」
振り抜いた大斧に、壁となった雑魔が切り捨てられる。
天守閣へと続く階段の前で、霧華は大きく息を吸い込み、吐き出した。
「俺達に出来るのはここまでだ、戻って東方兵と合流しなきゃならねぇ。後は頼んだぞ!」
言い残し、追撃の雑魔沸き立つ退路へと引き返すウィンスとヴィルマ。
残されたハンター達は、息を呑み込みながら、その先に続く天守閣へと歩みを進める。
肌でも感じる、膨大な負のマテリアルと、圧倒的な感情。
――憤怒。
思わず逆立つ鳥肌に、この先に待ち構える者の強い思念が伝わるかの心地であった。
「――待っておったぞ、西方の小童どもよ」
階段の上、開けたその先。
開けた空間の中央に、その翁――山本五郎左衛門が乾いた笑みと共に座り込んでいた。
「ワシの城でずいぶんと暴れてくれているようだが……まあ良い、ここまで来るのは想定の内よ」
言いながら、すくりと立ち上がる山本。
天守閣とは名ばかりに、そこは屋上と言うのが正しいような開けた空間。
ヨモツヘグリの胸板の上に位置するそこからは、頭上に怪物の頭部である虚空が開き、下方では巨大な腕を相手にする仲間達の喧騒が遠く響き渡っていた。
「やー、おじーちゃん久しぶりだねぇ?」
久しぶりに会った近所の老人にでも話しかけるかのように、メオ・C・ウィスタリア(ka3988)は手元のパペットをパタパタとさせながら声を投げかけていた。
「いつぞやの小童か。よくもまた、来たものだ」
答える山本の様子は、階段の下で感じた激情に対してどこか落ち着きを見せたもの。
薄く浮かべる笑みはまた、不気味なものではあったが、「憤怒」の将と呼ばれるには、やはりどこか冷静にも見える。
「お前さんの怒りはこの程度か、生温いね」
やや拍子抜けなのか、イブリス・アリア (ka3359)は鼻を鳴らしながらそう言い捨てた。
その言葉に山本もまたハンと大きく鼻息一つ立てると、ぎょろりとその両の眼で彼を捕える。
「生ぬるい……そうだろう。お前たちの意識する常日頃の「怒り」など、その程度のものだ。だが、ワシらのそれは違う」
不意に、目の前に広がるヨモツヘグリの体表がビクリと波打った。
これまで何度も目にして来たのと同じように、ぶちぶちと音を立てて分離する肉片。
「ニンゲンには到底知覚し得ない我らが怒りを、その身に焼き付けるがよい!」
瞬く間に天守閣を埋め尽くす雑魔と共に、山本が火球を放つ。
その一撃を皮切りに、ハンター達は一斉に散開。
天守閣の決戦が、今始まろうとしていた。
「黄泉の食物に、逆に喰われるんじゃないぞ?」
雑魔の群れと山本に向かい、最大級の火球を撃ち放ちながら、久延毘 大二郎(ka1771)は仲間達へ言葉を掛ける。
「私達の目的は破城兵器の破壊です。露払いはお任せしします」
久延毘、アルファス(ka3312)らと共に真っ先に天守閣のさらに上、ヨモツヘグリの頭部を目指すユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。
「させるかァッ!」
ハンター達の目的も理解したのか、その行く手を阻むように火球を撃ち放つ山本。
その炎と、仲間達との間に立ち塞がり、マーゴット(ka5022)が火球を刀の刀身で受け止めた。
「全員で生きて帰る……仲間はやらせないぞ!」
仕留めそこない、僅かに眉を動かした山本の手元を一発の銃声が霞める。
その銃弾に手にした符を撃ち抜かれ、ギロリと音の主へと視線を投げた。
「武神が戦巫女、八雲の名に懸けてお相手いたします!」
そう堂々名乗りを上げ、八雲 奏(ka4074)が槍を構えて突撃。
その間、山本の炎を受け止めたマーゴットの身体をマリア・ベルンシュタイン(ka0482)の治癒魔法が癒して行く。
「ありがとう、マリア。これでもう数発、耐える事ができる」
「いえ、癒しを齎す巫女として……みんなの命をお守りするのが、役目ですから」
そう、強い意志を持って口にしたマリアにマーゴットはただ頷き返すと、刀を構え直し、奏の後を追って行った。
一方、雑魔の群れを突き抜ける三條 時澄(ka4759)はその身一つで、山本の眼前へ肉薄。
鞘を走らせた刃が、彼の身体をザクリと切り込む。
「化物相手に、躊躇う剣は持ち合わせてないんでな」
兵器破壊の仲間に下手な手を加えさせないためには、兎に角攻めるしかない。
徹底的に攻めに回り、山本の気を散らす。
「果敢なものよの……だが、敵を知らずとその懐に飛び込むはあまりに無策では無いか?」
「……?」
山本の言葉に妙な違和感を感じた時澄は、地面を蹴って僅かに距離を取る。
が、次の瞬間、体中が熱を持ったかのように熱くなる同時に、その衣服から、肌から、炎が立ち上った。
「がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
灼熱の炎に身を焼かれながらも、衣服を破り去り、床を転がり、辛うじて難を逃れる時澄。
のたうち回るその姿を見て大きく高笑いする山本は、その切り裂かれた腕を振るうと、傷口から放たれた数多の炎が時澄を襲う。
時澄はそのまま床を転がり炎を躱すと、よろりと立ち上がり、刃を構え直した。
「燃えているのは……血か?」
階段の柱に隠れ、眼前の戦場を見渡すヤナギ・エリューナク (ka0265)はそう口走っていた。
山本の傷口から吹き出す炎、そして返り血を受けた時澄の体から立ち上った炎。
その観察眼に間違いが無ければ、ヤツの血液が炎と成していると見える。
時澄が離れ、僅かに自由の利いた山本は、ヨモツヘグリの頭部を目指すハンター達の背後へと、符を抜き放つ。
その符が投げ込まれるや否や、彼の眼前を強烈な光が遮った。
「ぬぅ……っ!?」
唐突の光に、思わず目元を狩衣の袖で覆う山本。
「血が炎を成すとしても、攻撃の手を緩める事はできません。傷は私が癒します……だから皆さん、お願いします!」
「お前の策に乗ってやると言ったんだ。危険もすべて、織り込み済みだ……!」
山本の背後から飛びかかるイブリスは、光の球を放ったメイ=ロザリンド(ka3394)の悲痛にも似た言葉に言葉を返しながら、紫電駆ける刃をがら空きの背中に振り抜いた。
「小癪な真似を……!」
気配に気づいた山本は、その刃をあろうことが掲げた手のひらで受け止める。
一瞬のスパークと共に、飛び散る血液がイブリスの頬に降りかかった。
「その程度の策で、ワシに抗おうとはな……」
ニヤリと不敵な笑みを返す山本に、頬に付着した血液を燃え上がらせながらも、負けないくらいのニヒルな笑みを返すイブリス。
「この程度で終わったと思ったなら……お互い様だ」
そう口にするや否や、刃を抑える山本の眼前を閃く何かがが通過する。
否、それが振り下ろされた斧であると知覚した時には、伸ばした肘から先はずるりと重力に引かれて叩き落ちていた。
「意識がお留守だよ、おじーちゃん。今度こそ負けないからねー?」
「き、きさまぁぁぁぁぁぁ!?」
吹き出す血液に、イブリスも今度は身を翻して躱しながら、山本の視線が腕を叩き斬ったメオの方へと向いたのを確認すると、もう一度その刃をヤツの頭上へと振り上げる。
これで獲ったと――閃く刃が振り下ろされるのと同時に、彼の眼前を遮ったのは立ち上る巨大な炎の渦であった。
●
同じころ、龍脈炉対応班も祭壇の眼前へと到達。
道を作ったクローディオとメトロノーム、そしてヴィンフリーデの3人は脱出口の確保に後退。
残る10名ほどのハンター達が、鳥居の連なる道を駆け抜け、地下祭壇へと到達する。
祭壇は過去にハンター達が奪還した龍脈の城と同じように地下の部屋の中に鎮座していたものの、これもまた四方八方をヨモツヘグリの肉壁に覆われている。
祭壇も肉片と思われる物体に絡め取られており、そこから吹き上がるマテリアルの泉は、人類の扱う澄み渡ったそれでは無く、どす黒いタールのような気色の悪い姿となって生体兵器にエネルギーを与えていた。
「あれさえ壊せば、全てが終わるのですね」
「少なくとも、これ以上の力の供給は防げるはずです」
祭壇の存在を瞳で捕え、静かに口にした真田 天斗(ka0014)に、ジルボ(ka1732)は肯定するように頷いた。
このまま一直線に駆ければすぐにでも目と鼻の先に届く祭壇を前に、ヨモツヘグリも体内の異物を排除するべくその肉壁を震わせる。
「友軍兵が居ない分は仕方ないわ……私たちだけで、道を切り開くわよ」
壁から天井から生み出され浮遊する雑魔を前に、エイル・メヌエット(ka2807)は僅かに眉をひそめ、部屋に充満た冷気に身を震わせた。
薄らぐらいこの地下室、光の届かぬこの場では涼しいのも頷ける。
が、この背筋を伝うような冷たさは何だ。
まるで血が凍りつくような、そんな感覚。
「はぁい、こんな所まできちゃったのね。ご機嫌いかがかしら?」
不意に、地下洞に女の声が響き渡った。
同時に、再びハンター達の背筋を伝うゾクリとした悪寒。
なるほど、この悪寒はヤツのせいか……ハンター達の内の数人には声だけでその存在が察知できた。
憤怒の雑魔の間を割るように、暗がりから姿を現したその存在。
蒼白の躰を闇に溶け込むフードで覆ったその姿。
「やはり、お前か……オルクス」
姿を現した不変の剣妃に、レイス(ka1541)は静かな闘気が己の内に立ち昇るのを感じていた。
オルクスは祭壇を背に、妖美な笑みを浮かべる。 「このまま何もしないで帰ってくれたら、私も手を煩わせなくていいんだけどぉ」
「こちらこそ、そこをどいていただくというのは難しいですかね」
眼前の彼女に対しクスリと微笑みを浮かべながら語り掛け神代 誠一(ka2086)であったが、オルクスもまたクスリと笑みを返して、自らの唇を人差し指で撫で上げる。
「そういう事は、せめて武器から手を放して言わないと誠意が伝わらないわよぉ?」
剣斧の柄に手を置いていた誠一は、「これは失礼」と変わらぬ笑顔を返したものの、そのまま柄を握りしめる。
「剣妃。お主が居るのは龍脈術式を知るためで爺への義理はなかろう。妾達がお主を斬れたらそれを言い訳に撤退してくれんかのう?」
そう口にしたのは紅薔薇(ka4766)である。
彼女の言葉を聞いて、剣妃はうーんと小さく唸るも、やがて何かに思い当ったようにパチリと指を鳴らす。
「そうそう、眷属は違えど同じ歪虚の仲間だもの。手を取り合って戦っているのよぉ」
そう口にして、紅薔薇と西方のハンター達とを交互に見比べる剣妃。
あなたたちと同じだと、そう言いたげな眼差しで。
「でも……まあ、考えてあげてもいいわぁ。斬れたなら……ね。もう約束しちゃったわよ」
剣妃はそう言って妖艶に笑みを浮かべると、ブワリと負のマテリアルを解き放った。
その空間を覆い尽くすかにも見える気に、ビリビリと地下の空気が鳴り響く。
(……剣妃の存在はイレギュラーだけど、作戦は変らずだ。良いかな?)
(もちろん……皆だってわかってるハズだ)
こそりと声を漏らすキヅカ・リク(ka0038)に、隣のラスティ(ka1400)は当然だと頷いて見せる。
周囲のハンター達も小さく頷きを返すと、剣妃と雑魔を相手に一斉に刃を抜き放つ。
「3……2……1………GO!」
高らかに叫んだリクの合図と共に、ハンター達は一斉に歪虚の軍団の中へとなだれ込んでいった。
「今回は共闘してくれないって事ね……」
剣妃の真意を推し量るエイルは、敵の眼前にて鎮魂の歌を奏で上げる。
響くマテリアルの旋律に、浮遊する雑魔はその身を震わせ停滞。
そこへ飛び込んだユキヤ・S・ディールス(ka0382)が光の波動で群がる歪虚を吹き飛ばした。
「今です、突貫してください!」
「行きます、イクシード!」
高らかに宣言後、覚醒。天斗はマテリアルの輝きでその身を加速させ、一目、龍脈炉を目指し駆け抜ける。
「ラスティ!」
「おう、雑魚には付き合っていられるかッ!」
その隙を突いて、リクとラスティ、2人の足元から吹き出したマテリアルによって、その身体が宙を舞った。
「ヤツの気を引いてくれているなら、一直線に目指すだけだ。頼むぜ……誠一」
強敵剣妃へと相対する友人を横目に、リュー・グランフェスト(ka2419)は振動刀の切っ先で、己が進路をこじ開ける。
壁は厚い……が、これを越えなければ炉に届く事はできない。
先行する天斗や、空中を飛び越えるリクやラスティも、唐突に立ち塞がる浮遊雑魔に若干の侵攻の停滞を余儀なくされていた。
「あら、無視されるのは寂しいわぁ。泣いちゃうかも?」
雑魔には効いたエイルの歌も、流石の剣妃には効かなかったのか。
口にした言葉とは裏腹に笑顔で頭上に青い槍を作り出し、その切っ先に彼らの姿を捉える。
そうして打ち放たれた槍……が、その切っ先を閃く刃が遮った。
切り落とされ、地面を転がった槍が青い結晶となって砕け散る。
「結界術を知り、次は龍脈への干渉炉を手に入れる……死者の世界でも現出させるつもりか?」
切っ先を遮った槍をくるりと翻し、構え直しながらレイスはそう剣妃へと問いかけた。
「どうかしらね、ご想像にお任せするわぁ」
「何にせよ、これ以上はやらせん」
相変わらずの剣妃の返答に、レイスもこれ以上の会話は無意味と槍の切っ先を彼女の眉間へと突きつける。
その背を追い抜くようにして駆ける、赤い閃光。
小脇に水平に刃を構え、低い位置から駆ける紅薔薇は、剣妃の眼前に躍り出るなり、ガバリと身を起して最上段から煌めく光斬刀を振り下ろす。
彼女が奥義、名を光華ノ太刀。
斬れば勝ち……取り付けた約だからこそ、初めから全力。
一撃で決めてやると――確かな手ごたえを手のひらに感じた。
「あらあら、やるじゃない。1人でこの壁を破る事は、そうそう無いのよ?」
残心から振り向いたその視線の先には、オルクスの差し出した掌、そのその先で砕け散る青い盾。
「でもぉ、約束の一撃は、まだ入っていないわね♪」
そう言ってクスリと顔を綻ばせる剣妃に、紅薔薇は僅かにひきつったような笑みを浮かべていた。
●
「これは……」
脱出口へと帰って来たヴィンフリーデは、眼前に広がる光景に唖然としていた。
一番に目についたのは、群がる敵、敵、敵。
埋め尽くさんばかりの斑目の歪虚達が、入口に大挙として蔓延っていた。
「東方の兵士達は……!?」
眼前の惨状に、珍しく声を荒げるメトロノーム。
彼女の言葉は、状況から察する彼らの結末をある種予期したようで。
瞳を凝らした歪虚達の足元に転がる、鎧を纏った兵士達の焼け焦げ、押しつぶされ、飛散した死体の山。
立っている者は僅かに2名。
それも、閉じかける脱出口を背後に、奮える手で刀を握るその姿だけであった。
「――ハンター殿!」
彼らの瞳が、戻って来たハンター達の姿を捉えた。
「彼らから離れるのじゃ……ッ!」
弾かれたように、ヴィルマがその火球を雑魔の群れへと放つ。
燃え盛るマテリアルは雑魔の群れを包み込み、その一撃で数多の個体を霧散させた。
が……今や増えすぎた雑魔の壁が厚すぎる。
その一撃では、白い衣服に一滴のワインを染みこませた程度のもの。
彼らへの道を繋ぐには、ほど遠い。
「間に合った……我らが責務、確かに果たしましたぞぉぉぉ!」
「馬鹿野郎、何をやってんだ! 今助けるッ!」
やり遂げた表情で、刀を頭上に掲げてガッツポーズを上げる2人の兵士。
その姿を前に、彼らの覚悟を悟ったのか、それでもウィンスは槍を振るって、彼らへの道を作ろうと、もがく。
「我らの事は心配ご無用ッ! 最期にもう1匹、いや2匹ッ! ここで仕留めて見せましょうぞッ!」
もう一人の兵士が叫び、傍らの兵士も大きく頷く。
「もう良い、もう良いんだ……あとは私たちが!」
叫ぶクローディオの言葉も聞かず、大きな雄叫びを上げ、雑魔に切りかかる兵士達。
その姿はすぐに肉片の重圧に呑み込まれ、視界から消え去った。
それでも、肉片の隙間から響くかれらの声。
「戦場の……いや、エトファリカの行く末……何卒、お頼み申したぁぁぁぁッ!」
それを最後に、響いていた雄叫びもぴたりと止んでしまった。
ハンター達を気遣ったのか、断末魔すら上げる事無く、2人の命が、戦場に、散った。
「……やるわよ皆。この雑魔を蹴散らして、あの脱出口は決して閉じさせない!」
槍を小脇に抱え直すヴィンフリーデ。
その瞳の先に、徐々に肉壁が狭まり行く脱出口を見据えて。
彼らとて、僅かな人数で同じ道を引き返し、無傷と言うわけでは無い。
むしろ、残されたマテリアルの量から考えれば満身創痍。
眼前には、東方兵達が対処しきれず溜まりまくった雑魔。
背後からも、ハンター達を追って城の奥からやって来た肉片雑魔達が迫る。
「……上等だ。やってやるさッ!」
自らに言い聞かせるように言い放ったウィンスの言葉。
四面楚歌。もはや逃げ道など、どこにも無い。
●
「何だ……!?」
不意に、戦場に解き放たれた膨大なマテリアルに、久延毘は思わず天守閣の戦場を振り返った。
その眼前に広がるのは、ゴウゴウと音を立てて燃え盛る焼野原。
「あれは……山本五郎左衛門?」
顎下を薙ぎ払うように大剣を振るうユーリの視線の先に、火炎の中に佇むその姿を捉える。
焼け落ちた彼の狩衣から露出するその身体には、周囲を蔓延る雑魔と同じように、びっしりとぎょろりとした血走った数多の眼が忙しなく動き回る。
そんな山本の身体から吹き出す紅蓮の炎が、天守閣のフィールド一帯を呑み込んでいた。
「小童共め……身の程を知れぇぇぇッ!」
叩き斬られた腕の切り口から、音を立てて吹き出す火柱。
雑魔の存在も介さず放たれたその一撃に、ハンター達は思わず身を翻して距離を取る。
「これでは迂闊に近づけん……!」
炎の熱を腕と刃で遮りながら、マーゴットは反撃の切っ掛けを掴めずに口惜しそうに呟いた。
「一度態勢を立て直しましょう……今、治癒の魔法を掛けます!」
引き下がった仲間達へ、治癒のマテリアルをフル動員し、戦線を立て直そうと奮起するマリア。
「切っ掛けがつかめないのなら……!」
メイが、再び杖先から強烈な光を撃ち放つ。
先ほど山本の視界を遮った技、これなら――
「くくく……猫だましは二度は効かぬぞ?」
晴れた光の先には、壁のように山本を包み込んだ炎の渦。
風にかき消されるようにして四散した火炎の先に、にやりと笑う山本の姿が浮かび上がる。
「ヨモツヘグリよ……その力を今一度、ニンゲンどもへと見せつけるのだ!」
「……いけない!」
山本がそう高らかに宣言するや否や、奏が薙刀を片手に戦場に飛び出していた。
距離はある、がもう一度アレを撃たせるわけにはいかない。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
山本の意識が破城兵器に移った一瞬の隙を突いて、一気に接近する奏。
返り血を浴びて、身体が燃え盛る事等もはや忘れ、ただその一手を遮るために、彼女は刃を振り下ろした。
「――そんなっ!?」
が、自らが切り裂いたそれを見て、奏は自らの顔から血の気が引くのを感じていた。
眼前に現れたのは巨大な壁。
否、周囲に漂ってた肉片雑魔が寄り集まった、肉の壁。
多く野放しにされていたがゆえに生き残った、山本の第2の手足が、身を呈して彼の存在を護ったのだ。
「ユーリ、毘古さん、下がって!」
虚空に集まる負のマテリアルの光に、アルファスは喉の奥からそう叫びあげていた。
咄嗟に転進するユーリと久延毘。
が、その場に立ち止り動かないアルファスの姿に、久延毘は後ろ髪引かれるように振り返った。
「アル君、キミは……!?」
「僕はこのまま攻撃を続ける、このまま撃たせるわけにもいかないからね……ッ!」
言いながら、巨大化させた振動刀で何度も、何度も、頭部の虚空を叩き続けるアルファス。
「それなら私も……アル!」
「ダメだユーリ、今からは戻るにも間に合わない! 毘古さん、ユーリを!」
「……ッ!」
その言葉に、久延毘は苦悶の表情を残しながらも踵を返そうとするユーリを抱え込むようにして撤退。
自らの名前を叫ぶユーリの声を遠くに、アルファスは無心で光の集まる頭部を叩く。
「ヨモツヘグリ……てぇぇぇぇいッ!」
叫ぶ山本の声と共に、その射角が天ノ都を捉えた。
「させるかぁぁぁぁぁッ!!」
その瞬間、アルファスの刃が喉元を捉えた。
支柱を穿たれ、僅かに砲の射角がずれる。
直前まで居残ったアルファスの瞳に最後に映ったのは、視界いっぱいに広がる負のマテリアルの輝きであった。
轟音の先、呆然とするハンター達の眼前で山本が小さく舌打ちをする。
「ちぃ……今わの際に、逸らされたか」
その山本の言葉に、天ノ都への直撃は避けられたのであろう事を察したハンター達。
一瞬の安堵。
「まぁ良い。同じことは2度起こるまいて……次で仕留めればよい」
失敗を受けてもなお火炎をまき散らしながら乾いた笑みを浮かべる山本に、ハンター達は苦汁を飲まされたかのように、ギリリと奥歯を噛みしめていた。
●
破城兵器の轟音は、遥か地下へも響いていた。
揺れる地下洞に、天井の肉片がぼとりぼとりと落ちて来る。
「今の振動は……ふふふ、この子が吠えたのねぇ♪」
そう言って、楽しそうに足元に伝うヨモツヘグリの肉壁を撫でるオルクス。
「剣妃、お主の相手は妾じゃ……!」
光斬刀を片手に、その眼前へと肉薄する紅薔薇。
オルクスはその斬撃をひらりひらりと躱して見せると、手のひらの先に作り出した槍を、彼女の鼻っ先に突き返す。
その切っ先を盾で受け流し、なおも責め立てる紅薔薇。
「雑魔の動きは私が止めるから……何とか時間を稼いで!」
剣妃に効かない事に開き直り、雑魔の動きを止めるためにその歌を奏で続けるエイル。
それは同時に、龍脈炉の破壊を目指す仲間達の手助けにもなるから、と。
「急いでくれよ……頭を抑えるのにも、限度がある」
ふよふよと炉の周囲に集まろうとする浮遊生物を、遠巻きに魔導銃で牽制するジルボ。
エイルの歌にその身を震わせ、静止する雑魔を尻目に高速で大地を駆け、天斗は炉へと急接近。
「これで、終わりだ……ッ!」
飛び込んだ勢いで抜き放つ振動ナイフ。
その一撃に炉を取り囲む肉片が切り裂かれるか……そう思ったのも束の間、ナイフの刃は突如現れた青黒い壁によって切っ先を阻まれていた。
「悪いわねぇ。直接傍に居なくたって、それ、護れるのよぉ♪」
くすくすと笑みを浮かべるオルクスの指先が、遠巻きに龍脈炉の周囲の空間をなぞる。
天斗がナイフを閃かせるのに合わせ、その切っ先に出現させる青い盾。
「それなら三方向から……!」
ジェットブーツで上空から到達したリクとラスティが、それぞれ天斗の左右を囲むようにして炉に接近。
剣と拳の一撃が、ナイフの後に続いて叩き込まれる。
「あら、それは流石に……ね?」
剣妃は指さしていた指の手の平をばっと広げ上げると、炉を護っていた盾もばっと広がりを見せた。
広がった盾は炉をドーム状に囲うように包み込み、3人の攻撃を一度に止める。
「ちぃ……だが、破れない盾じゃない! 一斉に叩き込むぞ!」
炉を覆った盾に悪戦苦闘するハンター達を横目に、くすくすと笑みを浮かべるオルクス。
「よそ見をしている暇はあるのか、オルクス」
「おっと、これは失礼したわぁ」
レイスの双槍が剣妃に肉薄する。
彼女は作り上げた槍と盾でその猛攻を凌ぎながらも、しきりに指先を動かし、炉の防衛に余念が無い。
真正面から責めるレイスに応じ、要所要所で側面を取り仕掛ける誠一。
が、剣妃の抜群のセンスを前に思うように切っ掛けが掴めない。
「これが不変の剣妃……ですか」
難攻不落の敵を前にして、流石に誠一の頬にも冷汗が伝う。
「出遅れた! その分は、全力で取り戻すぜ!」
一歩遅れて炉に到達したリューは、突貫する勢いそのままに刀を大きく薙ぎ払う。 盾の表面を大きく薙ぐようなその一撃に、ミシリと、僅かにドームが揺れ動いた。
「これなら……ラスティ、もう一度だ!」
「オウ!」
至近距離でデルタ状のマテリアルを練り上げるリクを前に、ラスティは巨大化させたその機械拳を、ありったけの力で目の前の盾に叩き込む。
リューの一撃の衝撃が冷めないまま、叩き込まれたその拳に盾の表面に亀裂が入り――砕け散った。
「あら……♪」
その様子に、剣妃は慌てるでもなく、むしろ嬉しそうに口元を歪ませる。
「叩き込め、リクッ!」
散った結晶はすぐに炉を覆い直そうと宙を舞い、集まり始める。
決めるにはこの一瞬。
「吹き飛べ……ッ!!」
三角陣に溜め込まれたマテリアルのエネルギーが一気に放出された。
伸びる3本の光が、祭壇に群がる肉片を塵へと帰して行く。
が、露出した祭壇に届くには一歩及ばず、その一撃は周囲の肉片を吹き飛ばすに留まる。
「あと一歩……足りない!?」
目を見張るリクの前で、青い盾が再び再生を始める。
万策ここまで――そう脳裏に過った瞬間、再生しかけた盾を1発の銃声が貫いた。
その一撃で、まだ薄く張られていた盾に僅かな切り込みが生まれる。
「一か八か、後は頼んだ……!」
「その隙間……もらったぁぁぁぁ!!」
銃のサイトをのぞき込むジルボの視線の先で、銃痕に突き込まれた天斗のナイフ。
そのまま盾を突き破るようにして、ナイフはむき出しの祭壇に深く深くねじ込まれて行った。
次の瞬間、揺れる大地と共に龍脈炉から吹き出していたどす黒いマテリアルのうねりは、井戸が枯渇するようにグジュグジュと大地へと還っていくのであった。
「あぁら、やられちゃった」
その一部始終を瞳に捕え、残念そうに肩をすくめるオルクス。
新たな槍を生み出そうと振りかざした掌、その腕を、細いワイヤーが絡め獲った。
「一瞬の光明……掴み取りましたよ!」
背後でその糸を引く誠一の瞳に、オルクスの視線が重なる。
そうしてニヤリと口元を歪めたその身体を、幾方向からもの刃が、一斉に貫いた。
ハンター達が一斉に、手に持つ刃のその切っ先を彼女に突き立てたのだ。
「ふふふ……どうやら、今日はここまでみたいね」
傷口から溢れる青い血液を滴らせ、オルクスは天を仰いだ。
「それじゃぁ、また西方で遭いましょうね。待ってるわぁ♪」
そう言って再び妖艶に笑みを浮かべたその身体を、一発の光球が撃ち貫いた。
その一撃に、剣姫の身体は真っ青なガラス人形のような姿へと変わり、音を立てて砕け散っていた。
「これで終わり、ですね」
砕け散ったその姿を前に、杖の先を向けて微笑を浮かべるユキヤ。
龍脈炉の破壊にオルクスの撃破を持って、地下祭壇での戦いは一足先に幕を下ろしたのであった。
●
その瞬間、山本の瞳がカッと見開かれ明らかに空気が変わったのを、ハンター達は肌で感じていた。
「ばかな……炉からのマテリアル供給が止まっただと……!?」
腕を大きく振って、見るからに取り乱す山本。
その瞳に映るのは、今まで眼前で戦っていた憤怒の将と同一の人物とは思えぬ、明白な戸惑いであった。
「祭壇の対応班が……やってくれたのか?」
満身創痍で気を失ったアルファスをユーリと共に抱えながら、久延毘はぽつりと呟いた。
見上げる頭上の破城兵器には、今まで満ちていた負のマテリアルの流れが何時しか消え去り、溜まりつつあったエネルギーもそれに導かれるようにして霧散して行く。
兵器は、完全に沈黙していた。
「馬鹿な……そんな事が……剣妃は何をしておる!?」
地下の決着などつゆ知らず、ただただ喚きたてるようにあちらこちらを振り向き、叫ぶ山本。
「何が起きたか知らないが……このチャンスを逃しはしないぜ」
潜んでいた階段影から踊り出し、地を翔けるヤナギ。
その脚力で大地を蹴り上げ、遥か高く、頭上から山本に襲い掛かる。
閃かせた小太刀が、その背を縦一文字に切り裂き、一寸遅れて夥しい量の血液が溢れだした。
「ぐぬぅぅぅぅぅ!?!?」
「おっと……喰らってやるかよ」
返り血をひらりと躱すヤナギに、山本の火炎が迫り来る。
その一撃を宙返りで躱して見せると、そのままの態勢から鞭を撓らせ、山本の身体を絡め獲った。
「――獲った!」
僅かな隙を見逃さず、駆けるマーゴットの刃が空を閃き、山本の半身を大きく切り裂く。
「ニンゲンどもめ……よくもワシに盾突いてくれたなぁぁぁぁ!!」
身を絡める鞭を炎で焼き切り、怒りを宿した全身の瞳で、火炎の餌食を定める山本。
しかし、その選ぶ間が命取り――追の刃は、既に閃いていた。
横薙ぎ一文字に、山本の腹を切り裂いた一閃。
時澄は、返り血で燃え盛る刃の炎を血ぶりで吹き消しながら、静かに鞘へと刃を収める。
「……全方位を見れるというのなら、見られても関係ない速度で斬ればいいだけのこと」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
その叫びは、山本の最後の力であったのだろうか。
天を貫く怒声と共に、彼の周囲に巨大な火柱が立ち上がる。
その熱波は周囲を囲い込んでいたハンター達を吹き飛ばし、なおも強烈な熱として、周辺の戦場までも伝わっていたかもしれない。
「な……ッ!」
思わず目を見開くハンター達。
その表情に、山本の表情も歓喜に歪む。
「そうだ……その表情だ! ワシらを恐れ、慄け! それがニンゲンどもにふさわしい姿であろう!」
高笑いをする山本であったが、その時の彼には、ハンター達の驚きの意味など知る事も無かった。
次の瞬間、自らの炎が一迅の風に吹き飛ばされ、何事かと目を見張った山本の意識はそこで途絶えてしまったのだから。
最期に全身の瞳で知覚したその光景は、自らの頭上で大きく顎を開いた、黒き竜の姿であった――
――目の前で起きた光景に、天守閣のハンター達は目を疑った。
唐突に天守閣の足場を「目」に、包み込むように吹き荒れた砂塵が彼らの視界を奪う。
何も見えぬまま、その「目」の中では、暴風で吹き消された山本の炎を前に、上空から猛スピードで飛来した黒き竜――ガルドブルムが、山本の頭部を、ブチリと噛み千切っていたのだ。
声を上げる間もなく息絶えた山本の身体は、そのまま力なく床に崩れ落ちる。
吹き出した血液が炎と化し、ガルドブルムの口元もまたそれに包まれるも、翼で起こした風ひと吹きでそれらをかき消し、何事も無かったかのように天守閣に舞い降りた。
『もう大勢は決してんだよ、時代遅れのジジイが……潔く散れ』
言いながら山本の死体をむんずと掴み、巨大な翼を広げるガルドブルム。
『ありがとよ、ニンゲンども。コイツはこの俺がいただいていく。じゃ、またどこかで遭おうぜ――』
だれに向けるでもなくそれだけを言い残し、かの竜は一息で天高く舞い上がっていた。
同時に晴れた砂塵の先には、消え失せた山本と夥しい量の血痕のみ。
呆然とそれを見つめるハンター達の足元が、大きくぐらりと揺れた。
同時に、ぶちぶちと音を立てながら落下して行く生体兵器の体表。
それは雑魔になるでもなく、ただただ剥がれ落ちるかのように、次々と城から剥がれてゆくのだ。
生態を維持するエネルギーが途絶えた事により、ヨモツヘグリが崩壊する。
その事に気づくのに、そう時間は必要無かった。
ハンター達はすぐに我に返って武器を手に取ると、一斉に階段を下階へと駆け下りてゆくのであった。
●
どれだけの肉片を切り裂いただろう。
もはや数えるのも、意識するのも面倒なほど、その刃は斑目の化け物を切り伏せていた。
数で圧倒されるその戦場に、ヴィルマが倒れ、メトロノームが倒れ、クローディオまでもが倒れた。
そしてたった今、彼の腕の中で、最後まで背中を護ってくれたヴィンフリーデも意識を失った。
眼前に広がるは、数多の肉片の山。
しかし、それと同じくらい、周囲の肉壁からは新たな雑魔が生まれる。
ここまでか……そう思った彼の視線の先に微かに見えた最後の希望。
長く続く廊下を、こちらへと駆けて来る仲間達の姿。
それは朦朧とした意識の中で見た幻想であったかもしれない。
しかし、それでも自らの役目を全うすべく、彼は残る力を振り絞ってその槍を振るう。
閃いた切っ先に、背後の脱出口が再びぱかりと大きな口を開けた。
直後崩れゆくウィンスの意識の中で、誰かに抱き留められる感触だけが、強く記憶に焼き付いていた――
――生体要塞“ヨモツヘグリ”。
支援部隊の力を得て、その内部へと侵入した覚醒者達を迎え入れたのは、見渡す限りの肉の壁であった。
否、その様式はもともとの城のものであろうか、荘厳で美しい佇まいの和風建築。
しかし、戦いの爪痕か壁にも天井にも空いた大小無数の穴。
そこを補填するかのように、みっちりと、ヨモツヘグリの形を成している肉片が穴を塞ぐように充ち渡っていた。
「なんとも、面妖な光景じゃのぅ」
肉片は「死」で出来ているのか、充満する鉄の臭いと腐臭に、思わず口元を覆って顔を顰めるヴィルマ・ネーベル(ka2549)。 その異質な光景と悪臭に、思わず喉元に胃液がこみ上げて来るというもの。
「東方の兵はどのくらい残っているんだ?」
「善戦空しく、我々三十余名を残すのみ……申し訳ございませぬ」
問いかけるウィンス・デイランダール(ka0039)に、東方の兵士が無念と口走りながらも答える。
突入のために随分と兵を失った。
生き残った兵士達も決して無傷とは言いがたい状況である。
「その人数じゃ、隊を分けるのは無理か……すまないが、あんたらはこの脱出口を是が非でも護ってくれないか」
「はっ! この命に変えても!」
ウィンスの言葉に、士気を奮い立たせるサムライ達。
そんな、状況把握も束の間、壁や天井に充ちた肉壁が一斉に、ぼこりと火にかけた餅のように膨れ上がった。
膨らんだ肉壁は、ブチリと嫌な音と、腐臭のする液を撒き散らしながら壁から千切れ、そのまま宙を浮遊する。
浮かぶ肉片は体表を波打たせるようにしてその身を変化させ、体中に無数の瞳をぎょろりと覗かせる。
肉の塊に数多の瞳が覗くその姿は奇怪の一言であり、周囲の腐臭と相まって異質な区間を演出していた。
ブチリブチリと肉壁から分離し、眼前を埋め尽くしてゆく雑魔達。
その鼻先の軍勢を、光の波動が纏めてなぎ払った。
「行くぞ、時間は有限だ」
そう口にして、マテリアルの残光宿る剣を振るったクローディオ・シャール(ka0030)に並び、数名のハンター達が雑魔達の蔓延る通路へと立ちふさがる。
「皆さんの命、わたし達が預かります。先陣は任せてください」
その杖に雷の紫電を走らせながら、煌く翼の幻影をはためかせるメトロノーム・ソングライト (ka1267)。
彼女の放つ雷撃を呼び笛に、ハンター達は一斉に雑魔の群れへと飛び込んでゆくのであった。
前線を集中火力で突破したハンター達は、すぐに隊を2方向へと分ける。
破城兵器を止めるべく天守閣を目指す集団と、城を動かす龍脈炉を破壊すべく地下の祭壇を目指す集団だ。
上下完全に分断される方向に、総勢二十余名のハンターの集団はすぐに十余名ずつの小規模部隊への再編成を余儀無くされていた。
「我とウィンスは上へ導く、そなたらは下を頼む!」
「分かったわ、無事に入り口で落ち合いましょう」
ヴィルマの言葉に、ヴィンフリーデ・オルデンブルク(ka2207)は眼前の雑魔の頭部に槍を突き立てながら、視線だけ振り返って言葉を返した。
倒した矢先に、肉壁から新たな雑魔が生まれてゆく。
「上等だ、やってやるさ」
階段の上から駆け下りて来る雑魔を、槍の柄で叩き返すウィンス。
飛んできた仲間に足元を取られ、団子になって転がった群れに、白神 霧華(ka0915)が突貫する。
「敵は無尽蔵……構いません。一気に天守閣まで行きますよ!」
握りしめる大斧が唸りを上げて、雑魔達の身体を引き裂いた。
「このまま、一息で制圧するのじゃ!」
ヴィルマの眼前に、赤く燃え上がる火球が膨れ上がる。
薄暗い城内を赤い光で包んだそれは、残る雑魔を包み込み、弾け飛んだ。
マテリアルの衝撃と共に、一掃される眼前の敵。
「制圧も一瞬じゃ、駆け登れ!」 ワンドで行く先を示す彼女の声に、階段を駆け上る数多の足音が響き渡った。
「下階は、一層血生臭い臭気が漂うな……」
こちらもまた、地下へと続く階段へと差し掛かる、龍脈炉対応のハンター達。
生体兵器内は相変わらず血生臭い腐臭で満ちていたが、下からせり上げる気配はそれとはまた別モノ。
龍脈の力を反転させ、沸き上がる濃厚な負のマテリアルに、クローディオは再度表情を歪めた。
「ここからでも感じる、禍々しい旋律……元はこの国を、護ろうと言う力だと言うのに」
どこか物憂げな表情で語るメトロノームだが、臭気と共に下階からせり上がる雑魔の群れを捕えると、すぐに臨戦態勢に移る。
「行くしかないわ。私達には、それしか残されていないんだから」
「はい……同じ戦場に立つ仲間と、別の場所で戦う友人のため。私は力を、奮います」
ヴィンフリーデの言葉に大きく頷くメトロノーム。
迷いなく放たれた紫電が、階段下に溜まる雑魔に駆け、その身を撃ち貫いていた。
●
「道を開けなさい……!」
振り抜いた大斧に、壁となった雑魔が切り捨てられる。
天守閣へと続く階段の前で、霧華は大きく息を吸い込み、吐き出した。
「俺達に出来るのはここまでだ、戻って東方兵と合流しなきゃならねぇ。後は頼んだぞ!」
言い残し、追撃の雑魔沸き立つ退路へと引き返すウィンスとヴィルマ。
残されたハンター達は、息を呑み込みながら、その先に続く天守閣へと歩みを進める。
肌でも感じる、膨大な負のマテリアルと、圧倒的な感情。
――憤怒。
思わず逆立つ鳥肌に、この先に待ち構える者の強い思念が伝わるかの心地であった。
「――待っておったぞ、西方の小童どもよ」
階段の上、開けたその先。
開けた空間の中央に、その翁――山本五郎左衛門が乾いた笑みと共に座り込んでいた。
「ワシの城でずいぶんと暴れてくれているようだが……まあ良い、ここまで来るのは想定の内よ」
言いながら、すくりと立ち上がる山本。
天守閣とは名ばかりに、そこは屋上と言うのが正しいような開けた空間。
ヨモツヘグリの胸板の上に位置するそこからは、頭上に怪物の頭部である虚空が開き、下方では巨大な腕を相手にする仲間達の喧騒が遠く響き渡っていた。
「やー、おじーちゃん久しぶりだねぇ?」
久しぶりに会った近所の老人にでも話しかけるかのように、メオ・C・ウィスタリア(ka3988)は手元のパペットをパタパタとさせながら声を投げかけていた。
「いつぞやの小童か。よくもまた、来たものだ」
答える山本の様子は、階段の下で感じた激情に対してどこか落ち着きを見せたもの。
薄く浮かべる笑みはまた、不気味なものではあったが、「憤怒」の将と呼ばれるには、やはりどこか冷静にも見える。
「お前さんの怒りはこの程度か、生温いね」
やや拍子抜けなのか、イブリス・アリア (ka3359)は鼻を鳴らしながらそう言い捨てた。
その言葉に山本もまたハンと大きく鼻息一つ立てると、ぎょろりとその両の眼で彼を捕える。
「生ぬるい……そうだろう。お前たちの意識する常日頃の「怒り」など、その程度のものだ。だが、ワシらのそれは違う」
不意に、目の前に広がるヨモツヘグリの体表がビクリと波打った。
これまで何度も目にして来たのと同じように、ぶちぶちと音を立てて分離する肉片。
「ニンゲンには到底知覚し得ない我らが怒りを、その身に焼き付けるがよい!」
瞬く間に天守閣を埋め尽くす雑魔と共に、山本が火球を放つ。
その一撃を皮切りに、ハンター達は一斉に散開。
天守閣の決戦が、今始まろうとしていた。
「黄泉の食物に、逆に喰われるんじゃないぞ?」
雑魔の群れと山本に向かい、最大級の火球を撃ち放ちながら、久延毘 大二郎(ka1771)は仲間達へ言葉を掛ける。
「私達の目的は破城兵器の破壊です。露払いはお任せしします」
久延毘、アルファス(ka3312)らと共に真っ先に天守閣のさらに上、ヨモツヘグリの頭部を目指すユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)。
「させるかァッ!」
ハンター達の目的も理解したのか、その行く手を阻むように火球を撃ち放つ山本。
その炎と、仲間達との間に立ち塞がり、マーゴット(ka5022)が火球を刀の刀身で受け止めた。
「全員で生きて帰る……仲間はやらせないぞ!」
仕留めそこない、僅かに眉を動かした山本の手元を一発の銃声が霞める。
その銃弾に手にした符を撃ち抜かれ、ギロリと音の主へと視線を投げた。
「武神が戦巫女、八雲の名に懸けてお相手いたします!」
そう堂々名乗りを上げ、八雲 奏(ka4074)が槍を構えて突撃。
その間、山本の炎を受け止めたマーゴットの身体をマリア・ベルンシュタイン(ka0482)の治癒魔法が癒して行く。
「ありがとう、マリア。これでもう数発、耐える事ができる」
「いえ、癒しを齎す巫女として……みんなの命をお守りするのが、役目ですから」
そう、強い意志を持って口にしたマリアにマーゴットはただ頷き返すと、刀を構え直し、奏の後を追って行った。
一方、雑魔の群れを突き抜ける三條 時澄(ka4759)はその身一つで、山本の眼前へ肉薄。
鞘を走らせた刃が、彼の身体をザクリと切り込む。
「化物相手に、躊躇う剣は持ち合わせてないんでな」
兵器破壊の仲間に下手な手を加えさせないためには、兎に角攻めるしかない。
徹底的に攻めに回り、山本の気を散らす。
「果敢なものよの……だが、敵を知らずとその懐に飛び込むはあまりに無策では無いか?」
「……?」
山本の言葉に妙な違和感を感じた時澄は、地面を蹴って僅かに距離を取る。
が、次の瞬間、体中が熱を持ったかのように熱くなる同時に、その衣服から、肌から、炎が立ち上った。
「がぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
灼熱の炎に身を焼かれながらも、衣服を破り去り、床を転がり、辛うじて難を逃れる時澄。
のたうち回るその姿を見て大きく高笑いする山本は、その切り裂かれた腕を振るうと、傷口から放たれた数多の炎が時澄を襲う。
時澄はそのまま床を転がり炎を躱すと、よろりと立ち上がり、刃を構え直した。
「燃えているのは……血か?」
階段の柱に隠れ、眼前の戦場を見渡すヤナギ・エリューナク (ka0265)はそう口走っていた。
山本の傷口から吹き出す炎、そして返り血を受けた時澄の体から立ち上った炎。
その観察眼に間違いが無ければ、ヤツの血液が炎と成していると見える。
時澄が離れ、僅かに自由の利いた山本は、ヨモツヘグリの頭部を目指すハンター達の背後へと、符を抜き放つ。
その符が投げ込まれるや否や、彼の眼前を強烈な光が遮った。
「ぬぅ……っ!?」
唐突の光に、思わず目元を狩衣の袖で覆う山本。
「血が炎を成すとしても、攻撃の手を緩める事はできません。傷は私が癒します……だから皆さん、お願いします!」
「お前の策に乗ってやると言ったんだ。危険もすべて、織り込み済みだ……!」
山本の背後から飛びかかるイブリスは、光の球を放ったメイ=ロザリンド(ka3394)の悲痛にも似た言葉に言葉を返しながら、紫電駆ける刃をがら空きの背中に振り抜いた。
「小癪な真似を……!」
気配に気づいた山本は、その刃をあろうことが掲げた手のひらで受け止める。
一瞬のスパークと共に、飛び散る血液がイブリスの頬に降りかかった。
「その程度の策で、ワシに抗おうとはな……」
ニヤリと不敵な笑みを返す山本に、頬に付着した血液を燃え上がらせながらも、負けないくらいのニヒルな笑みを返すイブリス。
「この程度で終わったと思ったなら……お互い様だ」
そう口にするや否や、刃を抑える山本の眼前を閃く何かがが通過する。
否、それが振り下ろされた斧であると知覚した時には、伸ばした肘から先はずるりと重力に引かれて叩き落ちていた。
「意識がお留守だよ、おじーちゃん。今度こそ負けないからねー?」
「き、きさまぁぁぁぁぁぁ!?」
吹き出す血液に、イブリスも今度は身を翻して躱しながら、山本の視線が腕を叩き斬ったメオの方へと向いたのを確認すると、もう一度その刃をヤツの頭上へと振り上げる。
これで獲ったと――閃く刃が振り下ろされるのと同時に、彼の眼前を遮ったのは立ち上る巨大な炎の渦であった。
●
同じころ、龍脈炉対応班も祭壇の眼前へと到達。
道を作ったクローディオとメトロノーム、そしてヴィンフリーデの3人は脱出口の確保に後退。
残る10名ほどのハンター達が、鳥居の連なる道を駆け抜け、地下祭壇へと到達する。
祭壇は過去にハンター達が奪還した龍脈の城と同じように地下の部屋の中に鎮座していたものの、これもまた四方八方をヨモツヘグリの肉壁に覆われている。
祭壇も肉片と思われる物体に絡め取られており、そこから吹き上がるマテリアルの泉は、人類の扱う澄み渡ったそれでは無く、どす黒いタールのような気色の悪い姿となって生体兵器にエネルギーを与えていた。
「あれさえ壊せば、全てが終わるのですね」
「少なくとも、これ以上の力の供給は防げるはずです」
祭壇の存在を瞳で捕え、静かに口にした真田 天斗(ka0014)に、ジルボ(ka1732)は肯定するように頷いた。
このまま一直線に駆ければすぐにでも目と鼻の先に届く祭壇を前に、ヨモツヘグリも体内の異物を排除するべくその肉壁を震わせる。
「友軍兵が居ない分は仕方ないわ……私たちだけで、道を切り開くわよ」
壁から天井から生み出され浮遊する雑魔を前に、エイル・メヌエット(ka2807)は僅かに眉をひそめ、部屋に充満た冷気に身を震わせた。
薄らぐらいこの地下室、光の届かぬこの場では涼しいのも頷ける。
が、この背筋を伝うような冷たさは何だ。
まるで血が凍りつくような、そんな感覚。
「はぁい、こんな所まできちゃったのね。ご機嫌いかがかしら?」
不意に、地下洞に女の声が響き渡った。
同時に、再びハンター達の背筋を伝うゾクリとした悪寒。
なるほど、この悪寒はヤツのせいか……ハンター達の内の数人には声だけでその存在が察知できた。
憤怒の雑魔の間を割るように、暗がりから姿を現したその存在。
蒼白の躰を闇に溶け込むフードで覆ったその姿。
「やはり、お前か……オルクス」
姿を現した不変の剣妃に、レイス(ka1541)は静かな闘気が己の内に立ち昇るのを感じていた。
オルクスは祭壇を背に、妖美な笑みを浮かべる。 「このまま何もしないで帰ってくれたら、私も手を煩わせなくていいんだけどぉ」
「こちらこそ、そこをどいていただくというのは難しいですかね」
眼前の彼女に対しクスリと微笑みを浮かべながら語り掛け神代 誠一(ka2086)であったが、オルクスもまたクスリと笑みを返して、自らの唇を人差し指で撫で上げる。
「そういう事は、せめて武器から手を放して言わないと誠意が伝わらないわよぉ?」
剣斧の柄に手を置いていた誠一は、「これは失礼」と変わらぬ笑顔を返したものの、そのまま柄を握りしめる。
「剣妃。お主が居るのは龍脈術式を知るためで爺への義理はなかろう。妾達がお主を斬れたらそれを言い訳に撤退してくれんかのう?」
そう口にしたのは紅薔薇(ka4766)である。
彼女の言葉を聞いて、剣妃はうーんと小さく唸るも、やがて何かに思い当ったようにパチリと指を鳴らす。
「そうそう、眷属は違えど同じ歪虚の仲間だもの。手を取り合って戦っているのよぉ」
そう口にして、紅薔薇と西方のハンター達とを交互に見比べる剣妃。
あなたたちと同じだと、そう言いたげな眼差しで。
「でも……まあ、考えてあげてもいいわぁ。斬れたなら……ね。もう約束しちゃったわよ」
剣妃はそう言って妖艶に笑みを浮かべると、ブワリと負のマテリアルを解き放った。
その空間を覆い尽くすかにも見える気に、ビリビリと地下の空気が鳴り響く。
(……剣妃の存在はイレギュラーだけど、作戦は変らずだ。良いかな?)
(もちろん……皆だってわかってるハズだ)
こそりと声を漏らすキヅカ・リク(ka0038)に、隣のラスティ(ka1400)は当然だと頷いて見せる。
周囲のハンター達も小さく頷きを返すと、剣妃と雑魔を相手に一斉に刃を抜き放つ。
「3……2……1………GO!」
高らかに叫んだリクの合図と共に、ハンター達は一斉に歪虚の軍団の中へとなだれ込んでいった。
「今回は共闘してくれないって事ね……」
剣妃の真意を推し量るエイルは、敵の眼前にて鎮魂の歌を奏で上げる。
響くマテリアルの旋律に、浮遊する雑魔はその身を震わせ停滞。
そこへ飛び込んだユキヤ・S・ディールス(ka0382)が光の波動で群がる歪虚を吹き飛ばした。
「今です、突貫してください!」
「行きます、イクシード!」
高らかに宣言後、覚醒。天斗はマテリアルの輝きでその身を加速させ、一目、龍脈炉を目指し駆け抜ける。
「ラスティ!」
「おう、雑魚には付き合っていられるかッ!」
その隙を突いて、リクとラスティ、2人の足元から吹き出したマテリアルによって、その身体が宙を舞った。
「ヤツの気を引いてくれているなら、一直線に目指すだけだ。頼むぜ……誠一」
強敵剣妃へと相対する友人を横目に、リュー・グランフェスト(ka2419)は振動刀の切っ先で、己が進路をこじ開ける。
壁は厚い……が、これを越えなければ炉に届く事はできない。
先行する天斗や、空中を飛び越えるリクやラスティも、唐突に立ち塞がる浮遊雑魔に若干の侵攻の停滞を余儀なくされていた。
「あら、無視されるのは寂しいわぁ。泣いちゃうかも?」
雑魔には効いたエイルの歌も、流石の剣妃には効かなかったのか。
口にした言葉とは裏腹に笑顔で頭上に青い槍を作り出し、その切っ先に彼らの姿を捉える。
そうして打ち放たれた槍……が、その切っ先を閃く刃が遮った。
切り落とされ、地面を転がった槍が青い結晶となって砕け散る。
「結界術を知り、次は龍脈への干渉炉を手に入れる……死者の世界でも現出させるつもりか?」
切っ先を遮った槍をくるりと翻し、構え直しながらレイスはそう剣妃へと問いかけた。
「どうかしらね、ご想像にお任せするわぁ」
「何にせよ、これ以上はやらせん」
相変わらずの剣妃の返答に、レイスもこれ以上の会話は無意味と槍の切っ先を彼女の眉間へと突きつける。
その背を追い抜くようにして駆ける、赤い閃光。
小脇に水平に刃を構え、低い位置から駆ける紅薔薇は、剣妃の眼前に躍り出るなり、ガバリと身を起して最上段から煌めく光斬刀を振り下ろす。
彼女が奥義、名を光華ノ太刀。
斬れば勝ち……取り付けた約だからこそ、初めから全力。
一撃で決めてやると――確かな手ごたえを手のひらに感じた。
「あらあら、やるじゃない。1人でこの壁を破る事は、そうそう無いのよ?」
残心から振り向いたその視線の先には、オルクスの差し出した掌、そのその先で砕け散る青い盾。
「でもぉ、約束の一撃は、まだ入っていないわね♪」
そう言ってクスリと顔を綻ばせる剣妃に、紅薔薇は僅かにひきつったような笑みを浮かべていた。
●
「これは……」
脱出口へと帰って来たヴィンフリーデは、眼前に広がる光景に唖然としていた。
一番に目についたのは、群がる敵、敵、敵。
埋め尽くさんばかりの斑目の歪虚達が、入口に大挙として蔓延っていた。
「東方の兵士達は……!?」
眼前の惨状に、珍しく声を荒げるメトロノーム。
彼女の言葉は、状況から察する彼らの結末をある種予期したようで。
瞳を凝らした歪虚達の足元に転がる、鎧を纏った兵士達の焼け焦げ、押しつぶされ、飛散した死体の山。
立っている者は僅かに2名。
それも、閉じかける脱出口を背後に、奮える手で刀を握るその姿だけであった。
「――ハンター殿!」
彼らの瞳が、戻って来たハンター達の姿を捉えた。
「彼らから離れるのじゃ……ッ!」
弾かれたように、ヴィルマがその火球を雑魔の群れへと放つ。
燃え盛るマテリアルは雑魔の群れを包み込み、その一撃で数多の個体を霧散させた。
が……今や増えすぎた雑魔の壁が厚すぎる。
その一撃では、白い衣服に一滴のワインを染みこませた程度のもの。
彼らへの道を繋ぐには、ほど遠い。
「間に合った……我らが責務、確かに果たしましたぞぉぉぉ!」
「馬鹿野郎、何をやってんだ! 今助けるッ!」
やり遂げた表情で、刀を頭上に掲げてガッツポーズを上げる2人の兵士。
その姿を前に、彼らの覚悟を悟ったのか、それでもウィンスは槍を振るって、彼らへの道を作ろうと、もがく。
「我らの事は心配ご無用ッ! 最期にもう1匹、いや2匹ッ! ここで仕留めて見せましょうぞッ!」
もう一人の兵士が叫び、傍らの兵士も大きく頷く。
「もう良い、もう良いんだ……あとは私たちが!」
叫ぶクローディオの言葉も聞かず、大きな雄叫びを上げ、雑魔に切りかかる兵士達。
その姿はすぐに肉片の重圧に呑み込まれ、視界から消え去った。
それでも、肉片の隙間から響くかれらの声。
「戦場の……いや、エトファリカの行く末……何卒、お頼み申したぁぁぁぁッ!」
それを最後に、響いていた雄叫びもぴたりと止んでしまった。
ハンター達を気遣ったのか、断末魔すら上げる事無く、2人の命が、戦場に、散った。
「……やるわよ皆。この雑魔を蹴散らして、あの脱出口は決して閉じさせない!」
槍を小脇に抱え直すヴィンフリーデ。
その瞳の先に、徐々に肉壁が狭まり行く脱出口を見据えて。
彼らとて、僅かな人数で同じ道を引き返し、無傷と言うわけでは無い。
むしろ、残されたマテリアルの量から考えれば満身創痍。
眼前には、東方兵達が対処しきれず溜まりまくった雑魔。
背後からも、ハンター達を追って城の奥からやって来た肉片雑魔達が迫る。
「……上等だ。やってやるさッ!」
自らに言い聞かせるように言い放ったウィンスの言葉。
四面楚歌。もはや逃げ道など、どこにも無い。
●
「何だ……!?」
不意に、戦場に解き放たれた膨大なマテリアルに、久延毘は思わず天守閣の戦場を振り返った。
その眼前に広がるのは、ゴウゴウと音を立てて燃え盛る焼野原。
「あれは……山本五郎左衛門?」
顎下を薙ぎ払うように大剣を振るうユーリの視線の先に、火炎の中に佇むその姿を捉える。
焼け落ちた彼の狩衣から露出するその身体には、周囲を蔓延る雑魔と同じように、びっしりとぎょろりとした血走った数多の眼が忙しなく動き回る。
そんな山本の身体から吹き出す紅蓮の炎が、天守閣のフィールド一帯を呑み込んでいた。
「小童共め……身の程を知れぇぇぇッ!」
叩き斬られた腕の切り口から、音を立てて吹き出す火柱。
雑魔の存在も介さず放たれたその一撃に、ハンター達は思わず身を翻して距離を取る。
「これでは迂闊に近づけん……!」
炎の熱を腕と刃で遮りながら、マーゴットは反撃の切っ掛けを掴めずに口惜しそうに呟いた。
「一度態勢を立て直しましょう……今、治癒の魔法を掛けます!」
引き下がった仲間達へ、治癒のマテリアルをフル動員し、戦線を立て直そうと奮起するマリア。
「切っ掛けがつかめないのなら……!」
メイが、再び杖先から強烈な光を撃ち放つ。
先ほど山本の視界を遮った技、これなら――
「くくく……猫だましは二度は効かぬぞ?」
晴れた光の先には、壁のように山本を包み込んだ炎の渦。
風にかき消されるようにして四散した火炎の先に、にやりと笑う山本の姿が浮かび上がる。
「ヨモツヘグリよ……その力を今一度、ニンゲンどもへと見せつけるのだ!」
「……いけない!」
山本がそう高らかに宣言するや否や、奏が薙刀を片手に戦場に飛び出していた。
距離はある、がもう一度アレを撃たせるわけにはいかない。
「やぁぁぁぁぁぁっ!」
山本の意識が破城兵器に移った一瞬の隙を突いて、一気に接近する奏。
返り血を浴びて、身体が燃え盛る事等もはや忘れ、ただその一手を遮るために、彼女は刃を振り下ろした。
「――そんなっ!?」
が、自らが切り裂いたそれを見て、奏は自らの顔から血の気が引くのを感じていた。
眼前に現れたのは巨大な壁。
否、周囲に漂ってた肉片雑魔が寄り集まった、肉の壁。
多く野放しにされていたがゆえに生き残った、山本の第2の手足が、身を呈して彼の存在を護ったのだ。
「ユーリ、毘古さん、下がって!」
虚空に集まる負のマテリアルの光に、アルファスは喉の奥からそう叫びあげていた。
咄嗟に転進するユーリと久延毘。
が、その場に立ち止り動かないアルファスの姿に、久延毘は後ろ髪引かれるように振り返った。
「アル君、キミは……!?」
「僕はこのまま攻撃を続ける、このまま撃たせるわけにもいかないからね……ッ!」
言いながら、巨大化させた振動刀で何度も、何度も、頭部の虚空を叩き続けるアルファス。
「それなら私も……アル!」
「ダメだユーリ、今からは戻るにも間に合わない! 毘古さん、ユーリを!」
「……ッ!」
その言葉に、久延毘は苦悶の表情を残しながらも踵を返そうとするユーリを抱え込むようにして撤退。
自らの名前を叫ぶユーリの声を遠くに、アルファスは無心で光の集まる頭部を叩く。
「ヨモツヘグリ……てぇぇぇぇいッ!」
叫ぶ山本の声と共に、その射角が天ノ都を捉えた。
「させるかぁぁぁぁぁッ!!」
その瞬間、アルファスの刃が喉元を捉えた。
支柱を穿たれ、僅かに砲の射角がずれる。
直前まで居残ったアルファスの瞳に最後に映ったのは、視界いっぱいに広がる負のマテリアルの輝きであった。
轟音の先、呆然とするハンター達の眼前で山本が小さく舌打ちをする。
「ちぃ……今わの際に、逸らされたか」
その山本の言葉に、天ノ都への直撃は避けられたのであろう事を察したハンター達。
一瞬の安堵。
「まぁ良い。同じことは2度起こるまいて……次で仕留めればよい」
失敗を受けてもなお火炎をまき散らしながら乾いた笑みを浮かべる山本に、ハンター達は苦汁を飲まされたかのように、ギリリと奥歯を噛みしめていた。
●
破城兵器の轟音は、遥か地下へも響いていた。
揺れる地下洞に、天井の肉片がぼとりぼとりと落ちて来る。
「今の振動は……ふふふ、この子が吠えたのねぇ♪」
そう言って、楽しそうに足元に伝うヨモツヘグリの肉壁を撫でるオルクス。
「剣妃、お主の相手は妾じゃ……!」
光斬刀を片手に、その眼前へと肉薄する紅薔薇。
オルクスはその斬撃をひらりひらりと躱して見せると、手のひらの先に作り出した槍を、彼女の鼻っ先に突き返す。
その切っ先を盾で受け流し、なおも責め立てる紅薔薇。
「雑魔の動きは私が止めるから……何とか時間を稼いで!」
剣妃に効かない事に開き直り、雑魔の動きを止めるためにその歌を奏で続けるエイル。
それは同時に、龍脈炉の破壊を目指す仲間達の手助けにもなるから、と。
「急いでくれよ……頭を抑えるのにも、限度がある」
ふよふよと炉の周囲に集まろうとする浮遊生物を、遠巻きに魔導銃で牽制するジルボ。
エイルの歌にその身を震わせ、静止する雑魔を尻目に高速で大地を駆け、天斗は炉へと急接近。
「これで、終わりだ……ッ!」
飛び込んだ勢いで抜き放つ振動ナイフ。
その一撃に炉を取り囲む肉片が切り裂かれるか……そう思ったのも束の間、ナイフの刃は突如現れた青黒い壁によって切っ先を阻まれていた。
「悪いわねぇ。直接傍に居なくたって、それ、護れるのよぉ♪」
くすくすと笑みを浮かべるオルクスの指先が、遠巻きに龍脈炉の周囲の空間をなぞる。
天斗がナイフを閃かせるのに合わせ、その切っ先に出現させる青い盾。
「それなら三方向から……!」
ジェットブーツで上空から到達したリクとラスティが、それぞれ天斗の左右を囲むようにして炉に接近。
剣と拳の一撃が、ナイフの後に続いて叩き込まれる。
「あら、それは流石に……ね?」
剣妃は指さしていた指の手の平をばっと広げ上げると、炉を護っていた盾もばっと広がりを見せた。
広がった盾は炉をドーム状に囲うように包み込み、3人の攻撃を一度に止める。
「ちぃ……だが、破れない盾じゃない! 一斉に叩き込むぞ!」
炉を覆った盾に悪戦苦闘するハンター達を横目に、くすくすと笑みを浮かべるオルクス。
「よそ見をしている暇はあるのか、オルクス」
「おっと、これは失礼したわぁ」
レイスの双槍が剣妃に肉薄する。
彼女は作り上げた槍と盾でその猛攻を凌ぎながらも、しきりに指先を動かし、炉の防衛に余念が無い。
真正面から責めるレイスに応じ、要所要所で側面を取り仕掛ける誠一。
が、剣妃の抜群のセンスを前に思うように切っ掛けが掴めない。
「これが不変の剣妃……ですか」
難攻不落の敵を前にして、流石に誠一の頬にも冷汗が伝う。
「出遅れた! その分は、全力で取り戻すぜ!」
一歩遅れて炉に到達したリューは、突貫する勢いそのままに刀を大きく薙ぎ払う。 盾の表面を大きく薙ぐようなその一撃に、ミシリと、僅かにドームが揺れ動いた。
「これなら……ラスティ、もう一度だ!」
「オウ!」
至近距離でデルタ状のマテリアルを練り上げるリクを前に、ラスティは巨大化させたその機械拳を、ありったけの力で目の前の盾に叩き込む。
リューの一撃の衝撃が冷めないまま、叩き込まれたその拳に盾の表面に亀裂が入り――砕け散った。
「あら……♪」
その様子に、剣妃は慌てるでもなく、むしろ嬉しそうに口元を歪ませる。
「叩き込め、リクッ!」
散った結晶はすぐに炉を覆い直そうと宙を舞い、集まり始める。
決めるにはこの一瞬。
「吹き飛べ……ッ!!」
三角陣に溜め込まれたマテリアルのエネルギーが一気に放出された。
伸びる3本の光が、祭壇に群がる肉片を塵へと帰して行く。
が、露出した祭壇に届くには一歩及ばず、その一撃は周囲の肉片を吹き飛ばすに留まる。
「あと一歩……足りない!?」
目を見張るリクの前で、青い盾が再び再生を始める。
万策ここまで――そう脳裏に過った瞬間、再生しかけた盾を1発の銃声が貫いた。
その一撃で、まだ薄く張られていた盾に僅かな切り込みが生まれる。
「一か八か、後は頼んだ……!」
「その隙間……もらったぁぁぁぁ!!」
銃のサイトをのぞき込むジルボの視線の先で、銃痕に突き込まれた天斗のナイフ。
そのまま盾を突き破るようにして、ナイフはむき出しの祭壇に深く深くねじ込まれて行った。
次の瞬間、揺れる大地と共に龍脈炉から吹き出していたどす黒いマテリアルのうねりは、井戸が枯渇するようにグジュグジュと大地へと還っていくのであった。
「あぁら、やられちゃった」
その一部始終を瞳に捕え、残念そうに肩をすくめるオルクス。
新たな槍を生み出そうと振りかざした掌、その腕を、細いワイヤーが絡め獲った。
「一瞬の光明……掴み取りましたよ!」
背後でその糸を引く誠一の瞳に、オルクスの視線が重なる。
そうしてニヤリと口元を歪めたその身体を、幾方向からもの刃が、一斉に貫いた。
ハンター達が一斉に、手に持つ刃のその切っ先を彼女に突き立てたのだ。
「ふふふ……どうやら、今日はここまでみたいね」
傷口から溢れる青い血液を滴らせ、オルクスは天を仰いだ。
「それじゃぁ、また西方で遭いましょうね。待ってるわぁ♪」
そう言って再び妖艶に笑みを浮かべたその身体を、一発の光球が撃ち貫いた。
その一撃に、剣姫の身体は真っ青なガラス人形のような姿へと変わり、音を立てて砕け散っていた。
「これで終わり、ですね」
砕け散ったその姿を前に、杖の先を向けて微笑を浮かべるユキヤ。
龍脈炉の破壊にオルクスの撃破を持って、地下祭壇での戦いは一足先に幕を下ろしたのであった。
●
その瞬間、山本の瞳がカッと見開かれ明らかに空気が変わったのを、ハンター達は肌で感じていた。
「ばかな……炉からのマテリアル供給が止まっただと……!?」
腕を大きく振って、見るからに取り乱す山本。
その瞳に映るのは、今まで眼前で戦っていた憤怒の将と同一の人物とは思えぬ、明白な戸惑いであった。
「祭壇の対応班が……やってくれたのか?」
満身創痍で気を失ったアルファスをユーリと共に抱えながら、久延毘はぽつりと呟いた。
見上げる頭上の破城兵器には、今まで満ちていた負のマテリアルの流れが何時しか消え去り、溜まりつつあったエネルギーもそれに導かれるようにして霧散して行く。
兵器は、完全に沈黙していた。
「馬鹿な……そんな事が……剣妃は何をしておる!?」
地下の決着などつゆ知らず、ただただ喚きたてるようにあちらこちらを振り向き、叫ぶ山本。
「何が起きたか知らないが……このチャンスを逃しはしないぜ」
潜んでいた階段影から踊り出し、地を翔けるヤナギ。
その脚力で大地を蹴り上げ、遥か高く、頭上から山本に襲い掛かる。
閃かせた小太刀が、その背を縦一文字に切り裂き、一寸遅れて夥しい量の血液が溢れだした。
「ぐぬぅぅぅぅぅ!?!?」
「おっと……喰らってやるかよ」
返り血をひらりと躱すヤナギに、山本の火炎が迫り来る。
その一撃を宙返りで躱して見せると、そのままの態勢から鞭を撓らせ、山本の身体を絡め獲った。
「――獲った!」
僅かな隙を見逃さず、駆けるマーゴットの刃が空を閃き、山本の半身を大きく切り裂く。
「ニンゲンどもめ……よくもワシに盾突いてくれたなぁぁぁぁ!!」
身を絡める鞭を炎で焼き切り、怒りを宿した全身の瞳で、火炎の餌食を定める山本。
しかし、その選ぶ間が命取り――追の刃は、既に閃いていた。
横薙ぎ一文字に、山本の腹を切り裂いた一閃。
時澄は、返り血で燃え盛る刃の炎を血ぶりで吹き消しながら、静かに鞘へと刃を収める。
「……全方位を見れるというのなら、見られても関係ない速度で斬ればいいだけのこと」
「がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」
その叫びは、山本の最後の力であったのだろうか。
天を貫く怒声と共に、彼の周囲に巨大な火柱が立ち上がる。
その熱波は周囲を囲い込んでいたハンター達を吹き飛ばし、なおも強烈な熱として、周辺の戦場までも伝わっていたかもしれない。
「な……ッ!」
思わず目を見開くハンター達。
その表情に、山本の表情も歓喜に歪む。
「そうだ……その表情だ! ワシらを恐れ、慄け! それがニンゲンどもにふさわしい姿であろう!」
高笑いをする山本であったが、その時の彼には、ハンター達の驚きの意味など知る事も無かった。
次の瞬間、自らの炎が一迅の風に吹き飛ばされ、何事かと目を見張った山本の意識はそこで途絶えてしまったのだから。
最期に全身の瞳で知覚したその光景は、自らの頭上で大きく顎を開いた、黒き竜の姿であった――
――目の前で起きた光景に、天守閣のハンター達は目を疑った。
唐突に天守閣の足場を「目」に、包み込むように吹き荒れた砂塵が彼らの視界を奪う。
何も見えぬまま、その「目」の中では、暴風で吹き消された山本の炎を前に、上空から猛スピードで飛来した黒き竜――ガルドブルムが、山本の頭部を、ブチリと噛み千切っていたのだ。
声を上げる間もなく息絶えた山本の身体は、そのまま力なく床に崩れ落ちる。
吹き出した血液が炎と化し、ガルドブルムの口元もまたそれに包まれるも、翼で起こした風ひと吹きでそれらをかき消し、何事も無かったかのように天守閣に舞い降りた。
『もう大勢は決してんだよ、時代遅れのジジイが……潔く散れ』
言いながら山本の死体をむんずと掴み、巨大な翼を広げるガルドブルム。
『ありがとよ、ニンゲンども。コイツはこの俺がいただいていく。じゃ、またどこかで遭おうぜ――』
だれに向けるでもなくそれだけを言い残し、かの竜は一息で天高く舞い上がっていた。
同時に晴れた砂塵の先には、消え失せた山本と夥しい量の血痕のみ。
呆然とそれを見つめるハンター達の足元が、大きくぐらりと揺れた。
同時に、ぶちぶちと音を立てながら落下して行く生体兵器の体表。
それは雑魔になるでもなく、ただただ剥がれ落ちるかのように、次々と城から剥がれてゆくのだ。
生態を維持するエネルギーが途絶えた事により、ヨモツヘグリが崩壊する。
その事に気づくのに、そう時間は必要無かった。
ハンター達はすぐに我に返って武器を手に取ると、一斉に階段を下階へと駆け下りてゆくのであった。
●
どれだけの肉片を切り裂いただろう。
もはや数えるのも、意識するのも面倒なほど、その刃は斑目の化け物を切り伏せていた。
数で圧倒されるその戦場に、ヴィルマが倒れ、メトロノームが倒れ、クローディオまでもが倒れた。
そしてたった今、彼の腕の中で、最後まで背中を護ってくれたヴィンフリーデも意識を失った。
眼前に広がるは、数多の肉片の山。
しかし、それと同じくらい、周囲の肉壁からは新たな雑魔が生まれる。
ここまでか……そう思った彼の視線の先に微かに見えた最後の希望。
長く続く廊下を、こちらへと駆けて来る仲間達の姿。
それは朦朧とした意識の中で見た幻想であったかもしれない。
しかし、それでも自らの役目を全うすべく、彼は残る力を振り絞ってその槍を振るう。
閃いた切っ先に、背後の脱出口が再びぱかりと大きな口を開けた。
直後崩れゆくウィンスの意識の中で、誰かに抱き留められる感触だけが、強く記憶に焼き付いていた――
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