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グランドシナリオ【東征】襲来、歪虚城塞ヨモツヘグリ

作戦2:龍尾城防衛 リプレイ

マッシュ・アクラシス
マッシュ・アクラシス
ka0771
栂牟礼 千秋
栂牟礼 千秋
ka0989
ルピナス
ルピナス
ka0179
蒲公英
蒲公英
ka3795
静花
静花
ka2085
衛 琳
衛 琳
ka4837
ラン・ヴィンダールヴ
ラン・ヴィンダールヴ
ka0109
ヴィルヘルミナ・ウランゲル
ヴィルヘルミナ・ウランゲル
kz0021
時音 ざくろ
時音 ざくろ
ka1250
アウレール・V・ブラオラント
アウレール・V・ブラオラント
ka2531
ショウコ=ヒナタ
ショウコ=ヒナタ
ka4653
天竜寺 詩
天竜寺 詩
ka0396
スメラギ
スメラギ
kz0158
ジャック・J・グリーヴ
ジャック・J・グリーヴ
ka1305
天央 観智
天央 観智
ka0896
アカシラ
アカシラ
kz0146
ハッド
ハッド
ka5000
オウカ・レンヴォルト
オウカ・レンヴォルト
ka0301
ティーア・ズィルバーン
ティーア・ズィルバーン
ka0122
カティーナ・テニアン
カティーナ・テニアン
ka4763
蘇芳 和馬
蘇芳 和馬
ka0462
高雅 聖
高雅 聖
ka2749
アーサー・ホーガン
アーサー・ホーガン
ka0471
米本 剛
米本 剛
ka0320
鶲

ka0273
●都燃ゆ見やる
 空が赤く染まっている。
 熱風が全身へ叩きつけ、肌が焦げそうだった。遠くで閃く稲妻は結界が削られる余波だろうか。マッシュ・アクラシス(ka0771)の魔導二輪の排気音が口惜しげにうなりをあげ、砂利を踏みにじる。言葉だけはしごく冷静に、乾いた砂に似て彼はひとりごちる。
「あちらでもこちらでも火の手が、見境のない連中だ。いやはや……燃える町並みなどと、嫌な事を思い出させるじゃないですか」  うなじに滲む汗がうっとおしくて、頭を振った。前髪の隙間から見える天ノ都がいつかの風景と重なって離れない。焔の中、朽ちていく日々の営みの臭い、無線がさわがしく耳へ刺さる。胸の内へ沈めた怒りの代わりにアクセルをふかした。町並みが矢のように過ぎ去っていく。そこへ染み付く泥濘に向けて彼はハンドルを切る。悪夢を冠するサーベルが、逆袈裟に憤怒の歪虚を凪ぎ払った。
「さて、仕事としましょう。どうにも我々は土地勘にうといですから……」
 避難する人々の気配を感じとり、マッシュは首をめぐらせた。先頭で彼らを率いている武僧姿の男へ目を留める。
「現場で指揮をしている彼らとの連携を考えましょうか。まあ、協力と情報提供くらいは」
 魔導二輪が炎を乗り越えた。

 曲がり角から人の列が現れた。怪我人を抱えた彼らの足取りは重く、緊張がはりつめている。
 彼らを追うように屋根の上へ幾つもの影が飛び乗った。マグマの塊から犬の四つ足と羊の頭が突き出した異形だ。軒先からぼたぼたとこぼれ落ち、人々を囲む。這いずるその痕へ炎が燃え広がる。鼓膜を揺るがす憤怒の合唱が起き、歪虚が火柱へ変わる。なす術もなく業火に包まれようとしたそこへ、一発の弾丸が打ち込まれた。
「弱きへ群がる、その隙が命取りだ」
 弾丸は羊の眉間を強かに貫き、後頭部を破壊する。馬の影から一発目の結果を確認したキャリコ・ビューイ(ka5044)は、続けて二発目を放った。
「お前達が何者だろうと……俺がやることは一つだ」
 不定形に揺らめく影を確実にしとめ、炎の包囲網が崩れた直後、戦馬の群れが強行突破した。
「……無茶をする」
「だって怪我人が!」
 一刻も争うと、戦馬から飛び降りた栂牟礼 千秋(ka0989)は担架へ駆け寄った。黒髪からマテリアルの銀糸がこぼれ、するりと絡み布状に変じる。癒しのガーゼを手に取った彼女は、それで怪我人の体を拭いた。みるみるうちに火傷がふさがり、虫の息だったその人は命を取りとめた。
「大丈夫、もう歩けますよ。そちらの方、背負っている人の具合を見せてください」
 怪我人の間を飛びまわる彼女の、温かな言葉と癒しの御技に人々が安堵を浮かべた。つとめてやさしい言葉をかけながら、千秋は後方や屋根の上に視線を走らせていた。
(……本当は敵をぶっ殺したいんですけど。まだその腕が無いから。だけどいざとなったら、私も)
 背に負ったライフルが千秋を支えていた。彼女の背を狙い、羊の頭が間の抜けた罵声をあげ、炎を吹き出そうと口を開く。
 ぞり。
 頚動脈から気管にかけてめりこむひんやりした感触が、なんであるかを知らないまま歪虚は負の粒子に還った。
「随分と派手にやってくれたね。火遊びはそこまでだ。楽しく死闘といこうじゃないか」
 手元へ戻ってきたチャクラムを指先ではさみ、ルピナス(ka0179)が低く呟く。肩に乗せた人形が笑うようにカタカタ揺れた。
「行けリオ!」 「はい、ルピナスさん!」  馬上の蒲公英(ka3795)が吼えた。浮きでた血管が草の根のように肌を這い回り、相棒の戦馬がオーラに包まれる。
「民の生活を脅かすものを討つのが騎士の役目! 歪虚どもめ東國の花と散れ!」
 蹄鉄が歪虚の頭を蹴破った。半分になった羊頭が情け無い悲鳴と共にぐずぐず崩れていく。戦場を横切る戦馬が歪虚を蹴散らすそのたび、マグマの飛沫に混じり山吹色の花びらが舞った。

 一方その頃、都を通る水路を前にして静花(ka2085)は羊頭どもと刃を交わしていた。吐血のように吐き出されるマグマが、彼女が身をひるがえすたび着弾し火の粉を撒き散らす。苦い気分で静花は短剣を振るう。
(故郷とされる土地を汚されるのは良い気分ではありませんね)
 早く鎮火しなくては、あと一歩で水路へたどりつけるのに。焦れる彼女を、あざ笑うように歪虚は首を伸ばし炎を飛ばした。このままでは家を打ち壊さなくては。意識が逸れた瞬間、わき腹へ衝撃が走った。
「……ッ!」
 肉のこげる臭いが立つ。彼女は歯を食いしばり、そのまま踏み込んだ。エストックの剣先が羊頭の咥内を貫通する。その時、背を押される感覚が走った。痛みが軽くなる。彼女は軸足を変えると振り向いた。黒髪の青年が立っている。利き手に青白い輝きが灯り、光弾が静花めがけ放たれた。快い感触を受け止めた彼女から鈍痛が取り除かれる。張りのある声が響いた。
「良い筋だ! なんならうちに来てほしいところだが、どうだ?」
「……スカウトですか?」
「名前は!」
 次の歪虚へ切りかかりながら、無表情で返事をする。
「ジンファです。静かな花」
「衛 琳(ka4837)だ。よろしく頼む」
「待遇等詳細なお話はこちらを切り抜けてからでお願いします」
「加勢する。左と右奥のを潰したら消火に掛かってくれ、あとは俺が抑える」
「人の話し聞いてください」
「放っちゃおけないだろう?」
「はあ」
 よだれを垂らしながら羊頭の歪虚が走る。琳の後ろへまわりこみ、背へ飛び掛った。琳が振り向きざまに回し蹴りを放つ。歪虚のわき腹へめりこんだ足から、じゅうと異臭が立った。 「づっ!」
 焼けた足を自身で癒し、琳は太刀で追撃する。
(放っておいても死にそうには無いですね。ならしばらく後ろを任せてもいいか)
 目的はどうせ同じなのだし。
「ひとまず水路まで、よろしくお願いします」
 静花が軽やかに地を蹴った。銀線が疾り、断たれた犬足が宙を舞った。

「新手だ」
 いち早く異変に気づいたキャリコがリボルバーの引き金を引いた。燃える瓦ごと歪虚が吹き飛ばされる。その辻から二列縦隊が顔を出す。先頭に立っているのはラン・ヴィンダールヴ(ka0109)だ。
「やあどうもどうも。世話になるね。ついでに避難地点まで護衛してくれないかな」
 手を軽く振ると、彼は後ろの人々へ合流を促す。
「バラバラに散られるよりはこっちのほうが守りやすいからねー……」
 ルピナスがシンカイと名乗る武僧からトランシーバーを受け取った。ひとまず紙へ格子を書き、マッシュの報告を頼りに目印と被害を書き込んでいく。徹底した区画整備のもと設計された都なのだ、とっかかりには十分だった。ランが指先で地図へ線を引く。
「この方角は避けてくれ、火の海だ」
「……消火も間に合いそうに無いのか?」
 不満げにもらしたルピナスの傍らでランは首を振った。
「まだ諦めるには早い、かなー……。水路の脇で戦っている仲間を見かけたんだ。そのまま火消しにあたってくれるようだったから望みはあるよ」
 蒲公英が地図を掲げた。 「住民は城の北を迂回し避難地点へ。一同、行軍再開! 安心していい、歪虚との戦いは私たちが率先して行う!」
 動き出す人の流れに反して、ランは自分の魔導二輪へまたがった。
(報告にあった鬼の姿が見当たらない。まさか、もう……)
 クラッチを握り、龍尾城を肩越しに振り返る。
(ヴィルヘルミナ様の元へ駆けつけたいんだけど、どうなってるのかなーぁ。かと言って煙に巻かれている人をほったらかしちゃ、顎にハイキックくらいそうだし、ねー……)
「じゃあ僕は捜索に戻るね」
 四辻へ進入した時、マッシュとすれ違った。ふたりは視線を交わすと、互いに別の方角へと走り去っていった。

●祀る場奉り
 ガンッ。
 ――キィン!
 廊下の奥から剣の交差する音が聞こえる。
(戦ってるの、ひとりで?)
 胸騒ぎがする。ユノ(ka0806)は 足を速めた。御影石の床が靴音を叩きかえす。ユノは見た。祭壇の入り口で、乱戦をくりひろげる蘇芳のマントを。刃とも棍ともつかない鈍器をふりかざす大柄な種族の背を。振り下ろされた鈍器の隙間から緋色の長髪が垣間見える。
「ミナお姉さん、下がって!」
「私が下がればこやつらが祭壇へ侵入する。スメラギの祈祷が途切れる!」
 ユノはスリープクラウドの陣を握りつぶした。
(だからってこのままじゃ。誰か、だれか帝を、皇女を皇帝を……!)
 逡巡する彼の隣を甲高いジェット音が駆け抜け、巻き起こった風がユノの金髪を揺らした。
「ひとーつ、人世の平和を乱し」
 大剣が鬼の背へ叩き込まれる。
「ふたーつ、憤怒の悪行三昧」
 細身のシルエットが戦場へ飛び込む。頬を切り裂かれた鬼が、ぎゃっと叫んでたたらを踏んだ。
「みっつ皆で攻め入る鬼を、退治てくれよう桃太郎ハンター!」
 掲げた篭手へ光が宿る。手首をひるがえし、時音 ざくろ(ka1250)は三角の陣を描いた。
 ざくろを追い抜き、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)が戦槍を上下逆に持ち替える。踏み込みから溜めを作り、柄先を振り上げる。床を蹴り、飛び込んだ先で一閃、鬼の棍を叩き落とし無手になった相手をめがけ、柄を突き出した。
「おおおおおおおおッ!」
 みぞおちを狙った強烈な一撃が命中する。直撃をくらった鬼は、仲間を巻き込んで壁まで吹き飛んでいく。背後でざくろの魔法が完成した。
「必殺、デルタエーンド!」
 角陣が回転し頂点へ光子が収束する。デルタレイの光線が、ヴィルヘルミナへまとわりつく鬼どもへ突き刺さる。アウレールが槍をくるりとまわし、ジェットブーツで間隙を走り抜けたざくろが拳を握る。
「「成敗!」」
 ドン……。
 後ろで爆発が起きた。鬼の攻勢がゆるんだそこをかいくぐり、ハンターが祭壇まで到達した。
「馳せ参じました我が主上、火急につき無礼をお許しください!」
「一番槍に免じて許す」
「恐悦至極!」
 ざくろが鋭く反転した。ジェットブーツが火を噴く。
「歪虚に組しても待っているのは破滅だけなのに、どうしてお前達は!」
 皇帝と鬼の合間に割り込んだショウコ=ヒナタ(ka4653)は、かったるそうに辺りを見回した。目的地へたどりついたはいいものの、神殿内は清潔にかたづいており、祭壇にも周囲の部屋にも資材になりそうなものが無い。
「バリケード作れないじゃん」
「あったぞ! 倉庫だ!」
「……でかした」
 部屋の奥から出てきたアウレールへ返事をすると、ショウコは難しい顔のまま魔導銃をかまえる。
(しまった、暇だからって来るんじゃなかった。損耗を避ける程度の知恵はあるよな、うん。厄介だな鬼ってのは、亜人のなかでも……メンドクサ)
 彼らもまた、武器を飛び道具へ持ち替えていた。廊下を挟む部屋へ身を隠し、牽制を放ってくる。隙を見て突撃してくるつもりなのだろう。砂塵に殺気が満ち、威圧感にのどがひりひりした。のんびりしていたら蜂の巣にされそうだ。
 ショウコは扉の影に隠れ、魔導銃の狙いを定めた。弾丸が跳ね、敵影の見える部屋へ吸い込まれる。悲鳴が上がった。牽制の弾幕が薄れる。
「今のうちにバリ作りな」
 また一発、銃弾が跳ねる。弾痕を増やしながら、ショウコは攻撃を続けた。
(……いちいち倒す必要なんて無いんだよ、まずは止める。奴らどこから弾が来るのかわからなくて焦ってるな。ま、すぐ見抜かれるだろうけど、今はそれで十分)
 跳弾に鬼が警戒をさらに強め、進軍の勢いが弱まる。狙い通りの結果にショウコはにっと口の端を吊り上げた。

 白一色の広い部屋には、井戸を抱いてとぐろを巻く黒龍の像があった。術者の輪がそれを囲み、単調に句を唱えている。スメラギは井戸のふちへ両手をかけ、鼻血を垂らしながら肩で息をしていた。足元から生まれる光の波が井戸へ吸いこまれていく。
 雪加(ka4924)は胸を痛めた。 「……スメラギ様。もし敵襲が至ろうとも、この雪加が必ずお守りします。御心安らかに都をお守りあそばされませ」
 決意を胸に刻み、一礼すると入り口へ戻ろうとする。その背へ天竜寺 詩(ka0396)が九字を刻み守りの呪を送る。投げかけられた金色のリボンが、雪加の髪を飾った。雪加は会釈を返すと、まっすぐに防衛線まで飛んでいく。
 詩がスメラギの両肩へ手を置いた。金色の粒子が立ち昇り、触れた部分からさやさやとしみこんでいく。治癒を施しても施しても、ぱたりぱたりと紅い雫が落ち、井戸のふちを濡らす。スメラギの唇が震え、詩は耳を寄せた。 「……ナ」
「なに?」
「……スティー、ナ。守っ……やって、くれ……」
 視線の先に王女が立っている。詩は心配をねじふせ、手を離した。
「うん、わかった。辛いだろうけど頑張って! 終わったら美味しいお料理いっぱい作るからね!」
 その様子を見ていたジャック・J・グリーヴ(ka1305)が組んでいた腕を解いた。
「思ったよりは根性があるな。気に入ったぜ」
 彼の脳裏を、ちらと記憶がかすめる。
(シシャにご留意、ね。とりあえず伝令だろうとなんだろうと、俺たち以外誰もこいつに近づかせないようにしておくか)
 彼は入り口に向けて顎をやった。
「俺たちも戻るぞ」
 入り口まで駆け足で行くと、彼らは手前の部屋奥の倉庫から積み上げられた箱や長持を担ぎ出した。机や箪笥はとうにひっぱりだされ、それを盾にしたユノが魔法をばらまき鬼の進軍を止めている。バリケードの構築は遅々として進まない。資材の移動に人手を割かれたうえ、鬼側からの妨害が根強いからだった。流れ弾がユノの肩をかすめた。はぎとられた布が散りライトニングボルトの詠唱が途切れた。
「く゛っ!」
 肩に走った痛みにユノの喉から異音がもれる。
 天央 観智(ka0896)が声を上げた。
「矩形2×0.2を前方へ設置、底面へ代入し高さ2の長石と石英を主とする物体を構築。アースウォール!」
 ユノの前面に石壁が突き上がった。観智が詠唱を続ける。みるみるうちに石壁の障壁が展開される。妨害の手が遮断されたことを受け、ハンターたちは資材の運び出しに集中する。魔法の壁が時の流れに押されて消え去ったとき、廊下には丈夫なバリケードが築き上げられていた。
(背水の陣になる危険はなさそうですね)
 銃眼から観智は相手の様子を確認した。戦線はこう着状態へ陥り、鬼側への援軍はいまだない。
 金の鞠が飛び跳ね、ユノの傷を塞ぐ。弓に持ち替え、詩も前線についた。
「あれが鬼、まつろわぬもの?」
 観智が顎をつまんだ。考えながら言葉をつむぐ。
「『鬼』というのが、負のマテリアルに耐性のついた亜人なら……捕まえられれば、対抗策を模索する手段として何か、得られるかも知れません……」
「鬼もヒト? だから何だよ、敵と味方、今はそんだけわかりゃ十分だ」
 殺気を隠さないジャックの言葉に、観智は思索を深くしたようだった。
「おっしゃるとおりですね、どう転ぶかはわからない。あちらさんの事情を把握しませんと……」
 さて、と声を切る。
「解らない事が多いのは、不幸なのか、幸いなのか。彼らが突撃してくるとすれば本体と合流するか、後が無いと判断したときでしょう。鬼の群れにはアカシラというリーダーがいたはずです。こちらへ来ていないということは足止めが成功したとお見受けしますから、防衛側の私たちは戦闘が長引くほど有利です」
 雪加はショウコの隣へ陣取った。
 石壁相手にも攻撃の手を休めない鬼たちへ声をかける。轟音入り乱れる戦場で、片隅に咲いた花のように彼女の声はよく通った。
「此処に何の御用ですか?」
 矢と弾丸が答えだった。彼女は続ける。
「此処に、あなた達の誇りはありますか?」
 強い光を瑠璃紺の瞳に浮かべ、彼女は意識を集中した。黒髪から色が抜け落ち、銀へ変じていく。毛先に残った黒がしずくのように揺れた。額の中心へ祖霊の印が浮かび角を形作る。
「この角は我が祖、修羅の誇り……そして、この魂には武人の誇りがあります。わたしも修羅の血を引く者っ! 見せる背中はありませんっ!」
 竹の和弓が満月のようにそりかえる。雪加の狙い済ました一矢が、狙撃手の腕を貫いた。ユノと観智が利き手を突き出す。
「その性は熱、その質は乾、その色は赤。不可視の漂白らは南よりサラマンダーのよばわるを聞け」
「直径12cmの球を仮に設置、円周内にデルタを配し炎心を1200度に設定。必要マテリアル充填」
「「ファイアーボール!」」
 打ち出されたふたつの光球が炸裂し、炎熱の嵐が廊下を一掃する。足音が聞こえた。鎧をまとった、あれは味方の姿だ。王立騎士団が姿を見せる。アカシラの合流はないと判じ、ショウコはリロードを済ませて額の汗を拭った。
「さあ、掃討するか。相手は人型、急所も私らとおなじ。捕縛は簡単だよね」
 ハンター達は次々とバリケードを乗り越え、戦場へ身を躍らせた。

●茜時明けて
 見渡す限り芝生に覆われた庭が広がっていた。規則正しく並ぶ柱がなければ遠近感が狂ってしまいそうだ。城壁の向こうでは空が熱風にあぶられている。怒声と悲鳴、歪虚の哄笑が遠く響く。
「待ち伏せか。……やっぱりアンタら人間ってのは小癪だねェ」
 龍尾城外郭、門を突破したアカシラたちは、待ち受けていたハンターたちの姿にまなじりをつりあげた。突破したのではない、させられたと気づいたのだ。苛立ちまぎれに魔刀を振り下ろした。衝撃が地を走り亀裂が生まれる。
 先遣隊を祭壇へ向け、制圧前進を進めていたアカシラたちだったが、都を高機動で走りまわるハンターたちに幾度も不意打ちされた。結果、当初のルートを逸れ、まんまとこの門へおびき寄せられたのだった。王冠をかぶった子どもが、地図を片手に戦馬からぴょんと飛び降りた。
「見たか、王の鬼謀」
 射殺さんばかりの視線を、ハッド(ka5000)は涼しい顔で受け流した。
「そうカリカリするでない。少しばかり話を願いたいのじゃな。知った顔もあるじゃろ?」
 手をひらひらさせた先へ視線を投げかけ、アカシラはとまどうように目を見開いた。
「謳華……」
「よう、また会った、な……」
 オウカ・レンヴォルト(ka0301)が物憂げに返す。彼女の巨大な魔刀はエトファリカ兵の血を吸い、妖しく塗れていた。城外でアカシラとぶつかったエトファリカ民は、兵も民も関係なく、全滅。一片の慈悲もないその猛威を、彼は目撃してしまった。
「アカシラ……共に道は歩めないのか。歪虚と轡を並べ続けるつもり、か?」
 問いかける彼へ、それは、とアカシラが言い返す。声がうわずっていた。だが続かない。彼女はむなしく歯を噛み鳴らす。
「なんのつもりだ」
「好きだからだ。共に酒を飲みたい肩を組んで笑い合いたい。乗り越える壁は高くともきっとできると、俺は」
 アカシラの後ろに控える鬼達へも顔を向け、語りかけるオウカ。
 ティーア・ズィルバーン(ka0122)が別方向からアカシラへ話しかける。
「なぁ、歪虚が本当に鬼人種をずっと仲間とすると思うか?」
 アカシラは黙して語らない。
「世界を侵食してく奴らが、世界に生きる人種を保護すると思ってるのか?」
「……」
「最後にもう一つ質問だ。悪路王と一緒にいるためなら、歪虚になっちまってもいいって思ってるのか?」
 アカシラのこめかみに、はっきりと青筋が立った。
「ドやかましゃア! ゴチャゴチャうるさい奴らだねェ、お望みどおりこいつを尻に叩き込んでやらぁ!」
 アカシラは魔刀を振り回した、迷いを断ち切るように。周囲の鬼も色めき立ち、一斉に得物を抜き放つ。とたんに血臭が辺りを塗りこめた。踵を斬られた鬼が膝をつく。
「時間稼ぎご苦労さン」
 死角を走り抜け、カティーナ・テニアン(ka4763)がアカシラの背後に迫っていた。姉御! そう叫んだ鬼が、横合いから捨て身で割り込む。虎徹のなめらかな輝きは思い描いた軌道をはずれ、茜色の髪を掠める。切り離された一筋の毛束が、はらりと舞った。
「邪魔なんだよ、俺の前に立つんじゃねぇ!」
 金棒を紙一重でかわし、カティーナが足を踏みかえた。両翼からアカシラへ奇襲が仕掛けられる。
「……推して参る」
 蘇芳 和馬(ka0462)の両刀が立ちふさがる鬼の首筋へ。すんでのところで受け流したその鬼は、次の瞬間、腹を割かれていた。
 地を駆け抜けた高雅 聖(ka2749)、鬼たちを挟む。まばたきしたその瞳に野生が燃え上がる。
「エトファリカの人らを、ぎょうさん殺しやって。さすがに堪忍袋の尾が切れましたえ」
 アカシラの勢いは、並みの飛び道具では止められなかった。圧倒的な力の差に、なすすべもなく木っ端のように倒れていく兵の無念を、彼女は利き手に篭めた。
「俺とも遊んでくれや」
 アーサー・ホーガン(ka0471)が踏み出す。豪剣の勢いを金棒が正面から受け止める。びりりと空気が揺れ、アーサーは苦笑した。
「勿体ねぇ。数合わせの下っ端かと思いきや、いい腕してやがるじゃねぇか。余計なもんなんて抜きに、ただ戦ってみてえな」
 なしくずしに戦いが始まった。激昂したアカシラの腕が盛り上がる。
「何が話し合いだ。ハナからその気だったんだろう、そうなんだな!」
「……俺は絶対、諦めん。お前達も、悪路王もだ。だから今は全力でおまえ達と、ぶつかる!」
 アカシラを狙うオウカを鬼が囲む。彼女の脇侍だけあって、一騎当千の兵ばかりだ。鬼の棍がオウカを滅多打ちにする。左腿の衝撃が骨まで染みた。激痛が走り、オウカは姿勢を崩す。肉をそいだ金棒が、転倒したオウカのこめかみを襲う。
「わりぃが……仲間の危機を黙って見過ごす性分じゃねぇんだよ」
 ティーアのアックスブレードが棍を跳ねあげた。猛獣の牙が鬼へくらいつき、骨の感触を手袋越しに伝えてくる。我知らず唇を笑みの形に歪めながら、ティーアはブレードを引き抜くと相手の腹を蹴り、ギミックのスイッチを切り替える。強靭な斧が急襲を迎え撃った。
(思い切った手を使ってきやがったな。しかし、鬼も人種の一種なのかこの世界は、ならなおのこと知りたいな。悪路王があそこまで人を恨んじまったのか)
 魔刀の豪胆な残像がオウカへ襲いかかった。
 刃のぶつかる、高い音が立つ。妙に澄んだそれに続き、金属のこすれあう異音が鼓膜にこだました。米本 剛(ka0320)がアカシラと打ち合っていた。絡繰刀の魔導機具がマテリアルを吸い上げ、回転を続ける歯車の合間でぎらぎらと輝いている。弾かれた勢いを膂力で押さえ込み、アカシラは骨も砕かん攻勢を強引にしかける。
「鬼は仲間を信じる! アタシはアクロを信じる!」
「ハッハ、惚れてしまいそうですよ……その気風の良さに!」
 弓手に持った小太刀で勢いを削ぎ取るも、衝撃が体へ蓄積していく。鈍痛をヒールで飛ばす。新たな気配に気づいたアカシラが体勢を整え、剣先を変えた。
 脇から切りかかった鶲(ka0273)が魔刀を槍の柄で受け、鍔迫り合いへ持ちこむ。背骨がへし折れそうだ。アカシラの怪力を相手に鶲は全力で逆らった。
 伝えると決めた思いのため、鶲は口を開いた。
「最近、鬼の亡骸が歪虚化してる。墓から無理矢理出されたんだろうな。葬った奴等の襤褸に『シシャにご留意』なんて刻まれてやがった」
 肩の筋肉がきしむ、柄のなかばまで魔刀の刃が食い込んでいる。ずるりと足元がすべる。
「……仲間の死を蹂躙されても未だ歪虚に与すんのかぃ?」
 瑠璃紺の瞳がアカシラを見据える。
「大事なモンだけは忘れんなよ」
 ――ガキンッ!
 力の差で押し切られ、槍が鶲ごと弾かれる。無防備になった彼の胸めがけアカシラの魔刀が振り下ろされた。
 かばった剛の顔へ血流が飛ぶ。アカシラ渾身の一刀を、小太刀は受け切れなかった。魔刀が、彼の弓手を肘まで削いでいる。激痛を抑え、にっと笑う剛。影が彼のプレートアーマーへ絡みつき、一気に燃え上がる。聖なる閃光が走り、さすがのアカシラも目を細め、一歩下がった。
「つれないですね。不謹慎ですが鬼の方々と相対出来るとは幸運と感じているのに」
 その隙に癒しを己に施す。ひとまず血潮は止まったが痛みまではひかない。脂汗をにじませたままにっと笑う。
「まずは御互いを知る為に、武人として斬り結びましょう! さぁ、自分を沈められる御仁はいらっしゃいますか!」
 正面からアカシラとやりあいながら、なお剛は周りを挑発した。
 剛へ注意を向けた鬼たちの隙間を、音もなく和馬が走り抜ける。血走った目の敵勢を嘲笑い、和馬は複雑なステップを踏み次々と標的を変えた。鬼たちの殺意は変幻自在な動きにまどわされ、虚しく空をかく。
「……貴殿とは混み入った縁があるようだ」
 アカシラへそう伝えると、和馬は彼女への道を阻む鬼の影へ入った。上下に小太刀をすべらせれば、腿と肩甲骨が切り刻まれる。血煙が舞い、足跡の上から血痕が描かれる。
 コートの裏からとりだしたワイヤーウィップが宙で踊る。
「チッ、こいつ等は覚悟決めてアッチについてるンだろうがッ」
 カティーナの鞭が鬼の腕へ巻きつく。手元の魔導機具がカチリと鳴る。蟲の羽音が立ち、鞭が激しく振動した。筋肉が飛び散り骨が丸裸になる。腕を抱えて苦悶の声を上げる鬼へ、カティーナが嗜虐的な笑みを浮かべた。
 別の鬼がカティーナへ近づこうとしていた。チャクラムが目の前を通りぬけ。反射的に鬼は身を引く。
「近づけさせへんえ!」
 聖は定規で線を引くように乱戦の中チャクラムを飛ばし、鬼の機動を妨害する。ずるずると、波が押し寄せる砂の城に似て、鬼側は戦力を失っていた。
(アカシラはおつむに血が昇ってはる。手勢から切り離せば捕まえられへんこともない)
 柳眉を寄せたまま、聖は斧で薙ぐ。大振りな一撃を鬼は難なくかわし、死角へ戻ってきたチャクラムで手傷を負う。その膝へ重い斬撃が食いこみ、鬼は崩れ落ちる。
 グレートソードを引き抜いたアーサーは、鬼側の士気の高さに内心舌を巻いた。
(アカシラの嬢ちゃんの子守が一等大事ってか。よくもまあそれだけ体が張れるな。……鬼は仲間を信じる、か)
 膝を割った鬼が、地へ伏せたまま手を伸ばしアーサーの足首をつかんでいた。
「邪魔だ」
 ぞぶっ。
 熊の豪腕に勝るとも劣らない剣の一薙ぎが、鬼の腕を根元から切り落とした。血がほとばしる、赤い、自分達と同じ色の。

●逆光刺す
 血がほとばしる。赤い、赤い鮮血が。
「スメラギ様!」
「スメラギ君!」
 血泡を吹いて転がる帝へ、雪加と詩が駆け寄る。頬を叩き、意識を確認するも反応はない。ひきつけを起こす体を、ジャックが押さえつけた。スメラギが跳ね、喀血する。返り血にまみれる三人。
 詩が清潔なハンカチでスメラギの血を拭き、癒しを灯した手を帝の腹へ添える。
「頭を横向きに寝かせて気道確保。濁りのないさらさらした血だ。内臓から出血してるのかな」
 言われた通りにする雪加。じんわりと広がっていく血の池に、目を伏せる。しびれを切らしたジャックが顔を近づけた。
「おい気張れよ、気楽に昼寝こいてんじゃねぇぞ。てめぇも男なら誇りを守って死ね!」
 茫洋としていたスメラギのまなこへ意思が戻る。何か言いたげに唇が動いた。声にもならず震える。
「……その調子で気張れやクソガキ」
 挑発を口の端に浮かべ、ジャックは言い募る。
「ついでによ、この戦いが終わったら俺様へ褒美をよこせよ。そだな、てめぇの本名を教えやがれ。スメラギなんて名前、クソ偉そうで気に入らねぇんだよ」
 返事は聞かず、彼は立ち上がった。

 沸き返る熱気にさらされ、かげろうのように揺らめく。炎を従えたそれは、神々しくすらあった。肉塊の泥濘、でたらめの集合体、山本の妄念、触れた手から侵食されてしまいそうな憤怒の結晶。それ、ヨモツヘグリはぐらぐらと頭を振った。光弾が出現した。龍脈路のみならず周囲からもマテリアルを吸い上げ、光弾が膨張していく。風が立ち、木の葉が刃物のように飛ぶ。視界すら歪んで見えた。
 兆候を察したマッシュは無線機を口元へ当てた。
「こちらマッシュ、ヨモツヘグリに攻撃の予兆あり、どう……」
 言い終える前に、破壊槌が発射された。光弾は結界を貫通し、龍尾城の城壁をもぎとり、都の空を一瞬、遠雷のように青白く染めた。
 結界が消える。
 しばらく経って耳を劈く轟音が鳴る。地面が波打ち、衝撃波が魔導二輪を押し流した。降り注ぐかわらから身を守ると、立ち上がり空を見上げる。
 結界が張りなおされていた。
 ひとまず安堵し、彼は自分の魔導二輪を起こす。土ぼこりにまみれたランがやってきた。
「やあ、お互い生き汚いみたいだねえ」
「抜かせ。さっきの攻撃はどうなった」
「直撃はそれたよ、現地の連中がうまくやってくれたみたいだね」
 山の合間から、煙の柱が立っていた。都を蝕む炎は弱まりつつある。ふたりは損害を確認するため再び二手に分かれた。

「姉御、下がってくだせぇ!」
「何言ってんだ、城の地下に仲間が!」
「ここで倒れちゃあ元も子もねぇです!」
 龍尾城の外郭、仲間へひきずられるようにアカシラは後退していく。憎悪に燃える瞳がハンターを一瞥し、くしゃりと歪んだ。きつく引き絞られた目元が、どこか潤んでいるようにも見えた。そして、祈るように、痛ましげに細められるのを、ハンター達は確かに目にした。
「……チクショウ、チクショウが、また同じことを、アタシは……!」
 はらわたのちぎれるような声が熱風に引きちぎれた。アカシラが背を向け炎の向こうへ走り去っていく。ハッドがその背に声をかけた。
「我らは汝らを見捨てはせぬ。よく考えるがよかろ?ぞ」
 遠ざかる足音を聞きながら、ティーアがうそぶく。
「狡兎死して走狗烹らる……か」
「……共に道は歩めないの、か?」
 オウカの台詞には自問自答に似た響きがあった。
(いいや、きっと)
「……俺は絶対、諦めん。お前達も、悪路王もだ」
 なまぬるい汗が全身を濡らしている。火にあぶられた風が吹き抜け、オウカの静かな決意をさらっていった。


 敗走し、撤退する鬼達の集団。その先頭を進むアカシラは険しい表情のまま小さく呟いた。
「……“目玉”は?」
 合流した、一人の鬼に向かっての言葉だった。短髪の鬼は短く首を振る。戦場を駆けまわったのだろう。煤に塗れ、軋むような動作に滲む苦さの意味する所に、アカシラは硬く目を瞑った。
「そうかい……斬り過ぎちまったね。本当に」
「仕方ねェよ、姉御」
 側近の言葉にアカシラは首を振って、見上げた。
 血のように赤い空。そこに死者達の深い怨嗟を感じ、アカシラは目を閉じる。
「……もう少しだ、アクロ。アタシは――」
 紡がれた言葉は、誰の耳にも届くことは無かった。ただ、都の地に落ちて、溶けるように消えた。
担当:鳥間あかよし
監修:ムジカ・トラス、高石英務
文責:フロンティアワークス

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