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【東幕】これまでの経緯


更新情報(3月26日更新)
過去の【東幕】ストーリーノベルを掲載しました。
【東幕】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
●プロローグ「東方の幕が上がる日」(10月6日更新)
●花月夜
白い月が冴え冴えと輝く夜だった。もうそろそろ、満月が近かろうという、太った月だ。
その月は今宵、咲き誇る桜を麗しく照らしだしていた。夜桜見物と洒落込みたくなる、よい夜だ。
だが。
そんな風流な夜にも無粋な輩は出るもので。
龍尾城の瓦の波を闇夜の烏のごとく渡っていく人影があった。一瞬のうちに、かき消えるその影を。
「ふうん?」
見逃さなかった者もまた、闇夜の烏のような黒づくめ。桜の幹に同化するように身を寄せて、城の上を睨み上げていた。
「なんだろうな、あれ。こんないい夜に盗みか? 風情のないやつめ」
呟くその姿はずいぶんと小柄だ。
「まあ、俺も人のこと言えない、かな。忍なんて生き物は、皆似たり寄ったりだ」
少し笑って、小柄な忍は桜の幹から体を離した。さっきの曲者が走り去っていった瓦の波を、じっくりと眺める。
「そんじゃまあ、俺も、お仕事しましょうかね。あんな二流に負けてられるか」
忍が闇にまぎれるなど当たり前。こういう明るい夜に上手く動けるかどうかが、まさしく明暗を分けるのだ。
「闇にまぎれ、光に溶ける、ってね」
彼は一言つぶやいて、白い月の光に、白い髪を堂々と晒した。
吹き渡った春の風が、花弁と髪を空に流した。
●龍尾城
エトファリカ武家四十八家門、第一位立花院家当主にして「八代目征夷大将軍」立花院 紫草(kz0126)は、謁見の間で、ある報告を聞いていた。
「……以上、宝物庫を探索しましたが、見つける事が出来ませんでした」
その言葉で集まっていた武家の多くの武士がざわめく。
これほど、騒がしくなるのは、いつ以来でしょうかなどと、紫草は思っていた。
事の発端は、龍尾城の宝物庫に収められている宝が見当たらないという事だった。
「だいたい、宝物庫は鍵が掛けられているだろう。見張りもいるし」
「これは見張っていた武家が怪しいな」
「しかし、いつから無いのかというのが分からないのであればな……」
武士達が好き勝手に話し出す。
龍尾城の宝物庫は基本的には上位武家が交代して行っている。
だが、鍵の交換時など、目録と現物の調査は行われていなかった。ざると言われればそうだが、国が滅亡するかもしれない状況で、そこはいつからか行われなくなっていた。
「……少なくとも、3年以内の事は確かなのですね」
紫草が傍に控えていた側近に確認を取った。
側近は畏まりながら答える。
「その間、見張りを担当したのは、御登箭家と鳴月家、そして、我らが立花院家であります」
「そうですか」
思わず苦笑を浮かべる紫草。
つまり、容疑の中に、立花院家も入るという訳だ。
「その……紛失したという宝物とは一体?」
眼鏡の位置を直しながら言ったのは大轟寺蒼人だった。
宝物も色々とあるだろう。素朴な疑問は誰もが気になる所のようだ。視線が紫草に集中する。
「『エトファリカ・ボード』と呼ばれる宝物です。聞き覚えのある者は……」
集まっている武士を見渡す紫草。しかし、誰も声を上げなかった。
価値があるものであれば、名前を聞いただけで分かる者も居るだろう。だが、そうでも無い様子だ。
「それは如何なる宝物なのでしょうか」
「……私も詳しい事は分かりませんね」
質問に対して、紫草は応える。
エトファリカ連邦国は憤怒歪虚との戦いに追われていた。知っていた者はすでに全員戦死していたとしてもおかしくない。
そもそも、亡国の危機に宝物庫の優先度は低いものだ。歪虚に滅ぼされたら、全てが無に帰すのだから。
「歪虚が奪っていくとも考えにくいし、これは、もしかして、幕府内の誰かじゃ……」
誰かがボソっと
いつもなら、そんな暴言許さないと声が上がる所だが、今日は違った。
お互いの目が疑心暗鬼に包まれている。
「この件に関しては幕府直轄で動きます。各自、協力するように」
紫草はそう宣言した。
武士達が疑心暗鬼に陥るのは、宝物庫の事だけではない。
最近、朝廷を支える公家の動きが活発化しているのだ。憤怒歪虚を退けた以上、武力に頼る事がなければ、武士は必要ない。
公家からの働き掛けに乗る武家もあれば、敵対する武家もある。
「憤怒残党歪虚の動きにも注意を忘れずに」
そう宣言して、何かスッキリしない様相で、緊急会議は解散となった。
憤怒歪虚王を倒したといっても、課題はいくつも残っている。宝物一つで立ち止まっている場合では無いのだ。
●兄妹
憤怒王『九蛇頭尾大黒狐 獄炎』が、人間達によって滅ぼされ、憤怒残党勢力は窮地に陥っていた。
その後、ヴォイドゲートや詩天での出来事により、勢力は更に減少。
統率を取ろうという者も中には居るかもしれないが、憤怒王『九蛇頭尾大黒狐 獄炎』のような強大な存在の再来は望めないだろう。
まして、獄炎の力を強く受け継いだ蓬生が、憤怒勢力を取り仕切る様子が全く無い状態である。
「お茶が美味しい。そう思いませんか?」
東方家屋を模した建物の縁側で、焼き付くような日差しの中、熱々のお茶を飲む、このひと時。
蓬生は長江のある場所に構えた住居で、長閑な隠居生活を送っていたのだが、本日は珍しく来客が来ていた。大事な約束がある青木 燕太郎(kz0166)――ではない。
「……私の話を聞いていましたか?」
そう言ったのは人間の女性に化けている憤怒歪虚だった。
狐耳のような髪が、ぴょんとなっているのが、冷淡さの中に可愛らしさを演出している。
人間体の姿で会うのは初めてかもしれない。だが、知らない仲ではない。むしろ、嫌になるほど、よく知っている相手だ。
「良いですよ。憤怒残党を自由に使って下さい」
「ありがとうございます、蓬生お兄さん」
丁寧に頭を下げる女性だが、心の底から感謝している様子には見えない。
憤怒残党歪虚の指揮権は三条仙秋に譲ったのだが、ハンター達に討伐された為、蓬生の手に戻っている……というのが、この“妹”の説明だった。
自分では放棄したつもりだったので寝耳に水なのだが。
「ただ、何度も憤怒王復活といっても芸が無いので、王と名乗らなくて、よろしいでしょうか」
「それも良いと思いますよ。好きにすればいいのです」
そんな事を応えながら、頭の中では先に旅立った友人である仙秋の事を思い出していた。
あの時は、青木さんと三人で楽しかったですね……と心の中で囁く。
ハッキリ言って、目の前に現れた“妹”には全くもって興味がわかなかった。
蓬生は生まれた時から、やる気が無かった。それは、人類に敗れてもなお、自己の存在を残したいという感情が働いて、蓬生が生まれたからだ。
ハンター達との出会い。そして、放浪の旅に出て分かった。この世界は美しいと。儚く、消え去りそうな美しさは、素晴らしく映った。
それなのに、憤怒残党の歪虚共は繰り返し、同じ事しか言わない。我らの怒りをぶつけ人間共を駆逐すべきだと。
おまけに目の前にいる“妹”の元は、もともと同じ存在。それだけに嫌気がするので、できれば、さっさと帰って貰いたい所だ。
「万が一の時は、蓬生お兄さんのお力も……」
「その時になってから考えますね。私も忙しいのです」
「……というと?」
チラリと蓬生の背後を覗き込む。
ちゃぶ台に紙と筆が置かれていた。その内容まではさすがに確認できないが。
「想いを筆で残すというのは難しいのです」
端的にいうと、句を残す詩人として忙しい……という事のようだった――。
白い月が冴え冴えと輝く夜だった。もうそろそろ、満月が近かろうという、太った月だ。
その月は今宵、咲き誇る桜を麗しく照らしだしていた。夜桜見物と洒落込みたくなる、よい夜だ。
だが。
そんな風流な夜にも無粋な輩は出るもので。
龍尾城の瓦の波を闇夜の烏のごとく渡っていく人影があった。一瞬のうちに、かき消えるその影を。
「ふうん?」
見逃さなかった者もまた、闇夜の烏のような黒づくめ。桜の幹に同化するように身を寄せて、城の上を睨み上げていた。
「なんだろうな、あれ。こんないい夜に盗みか? 風情のないやつめ」
呟くその姿はずいぶんと小柄だ。
「まあ、俺も人のこと言えない、かな。忍なんて生き物は、皆似たり寄ったりだ」
少し笑って、小柄な忍は桜の幹から体を離した。さっきの曲者が走り去っていった瓦の波を、じっくりと眺める。
「そんじゃまあ、俺も、お仕事しましょうかね。あんな二流に負けてられるか」
忍が闇にまぎれるなど当たり前。こういう明るい夜に上手く動けるかどうかが、まさしく明暗を分けるのだ。
「闇にまぎれ、光に溶ける、ってね」
彼は一言つぶやいて、白い月の光に、白い髪を堂々と晒した。
吹き渡った春の風が、花弁と髪を空に流した。
●龍尾城

立花院 紫草
「……以上、宝物庫を探索しましたが、見つける事が出来ませんでした」
その言葉で集まっていた武家の多くの武士がざわめく。
これほど、騒がしくなるのは、いつ以来でしょうかなどと、紫草は思っていた。
事の発端は、龍尾城の宝物庫に収められている宝が見当たらないという事だった。
「だいたい、宝物庫は鍵が掛けられているだろう。見張りもいるし」
「これは見張っていた武家が怪しいな」
「しかし、いつから無いのかというのが分からないのであればな……」
武士達が好き勝手に話し出す。
龍尾城の宝物庫は基本的には上位武家が交代して行っている。
だが、鍵の交換時など、目録と現物の調査は行われていなかった。ざると言われればそうだが、国が滅亡するかもしれない状況で、そこはいつからか行われなくなっていた。
「……少なくとも、3年以内の事は確かなのですね」
紫草が傍に控えていた側近に確認を取った。
側近は畏まりながら答える。
「その間、見張りを担当したのは、御登箭家と鳴月家、そして、我らが立花院家であります」
「そうですか」
思わず苦笑を浮かべる紫草。
つまり、容疑の中に、立花院家も入るという訳だ。
「その……紛失したという宝物とは一体?」
眼鏡の位置を直しながら言ったのは大轟寺蒼人だった。
宝物も色々とあるだろう。素朴な疑問は誰もが気になる所のようだ。視線が紫草に集中する。
「『エトファリカ・ボード』と呼ばれる宝物です。聞き覚えのある者は……」
集まっている武士を見渡す紫草。しかし、誰も声を上げなかった。
価値があるものであれば、名前を聞いただけで分かる者も居るだろう。だが、そうでも無い様子だ。
「それは如何なる宝物なのでしょうか」
「……私も詳しい事は分かりませんね」
質問に対して、紫草は応える。
エトファリカ連邦国は憤怒歪虚との戦いに追われていた。知っていた者はすでに全員戦死していたとしてもおかしくない。
そもそも、亡国の危機に宝物庫の優先度は低いものだ。歪虚に滅ぼされたら、全てが無に帰すのだから。
「歪虚が奪っていくとも考えにくいし、これは、もしかして、幕府内の誰かじゃ……」
誰かがボソっと
いつもなら、そんな暴言許さないと声が上がる所だが、今日は違った。
お互いの目が疑心暗鬼に包まれている。
「この件に関しては幕府直轄で動きます。各自、協力するように」
紫草はそう宣言した。
武士達が疑心暗鬼に陥るのは、宝物庫の事だけではない。
最近、朝廷を支える公家の動きが活発化しているのだ。憤怒歪虚を退けた以上、武力に頼る事がなければ、武士は必要ない。
公家からの働き掛けに乗る武家もあれば、敵対する武家もある。
「憤怒残党歪虚の動きにも注意を忘れずに」
そう宣言して、何かスッキリしない様相で、緊急会議は解散となった。
憤怒歪虚王を倒したといっても、課題はいくつも残っている。宝物一つで立ち止まっている場合では無いのだ。
●兄妹

九蛇頭尾大黒狐 獄炎

蓬生
その後、ヴォイドゲートや詩天での出来事により、勢力は更に減少。
統率を取ろうという者も中には居るかもしれないが、憤怒王『九蛇頭尾大黒狐 獄炎』のような強大な存在の再来は望めないだろう。
まして、獄炎の力を強く受け継いだ蓬生が、憤怒勢力を取り仕切る様子が全く無い状態である。
「お茶が美味しい。そう思いませんか?」
東方家屋を模した建物の縁側で、焼き付くような日差しの中、熱々のお茶を飲む、このひと時。
蓬生は長江のある場所に構えた住居で、長閑な隠居生活を送っていたのだが、本日は珍しく来客が来ていた。大事な約束がある青木 燕太郎(kz0166)――ではない。
「……私の話を聞いていましたか?」
そう言ったのは人間の女性に化けている憤怒歪虚だった。
狐耳のような髪が、ぴょんとなっているのが、冷淡さの中に可愛らしさを演出している。
人間体の姿で会うのは初めてかもしれない。だが、知らない仲ではない。むしろ、嫌になるほど、よく知っている相手だ。
「良いですよ。憤怒残党を自由に使って下さい」
「ありがとうございます、蓬生お兄さん」
丁寧に頭を下げる女性だが、心の底から感謝している様子には見えない。
憤怒残党歪虚の指揮権は三条仙秋に譲ったのだが、ハンター達に討伐された為、蓬生の手に戻っている……というのが、この“妹”の説明だった。
自分では放棄したつもりだったので寝耳に水なのだが。
「ただ、何度も憤怒王復活といっても芸が無いので、王と名乗らなくて、よろしいでしょうか」
「それも良いと思いますよ。好きにすればいいのです」
そんな事を応えながら、頭の中では先に旅立った友人である仙秋の事を思い出していた。
あの時は、青木さんと三人で楽しかったですね……と心の中で囁く。
ハッキリ言って、目の前に現れた“妹”には全くもって興味がわかなかった。
蓬生は生まれた時から、やる気が無かった。それは、人類に敗れてもなお、自己の存在を残したいという感情が働いて、蓬生が生まれたからだ。
ハンター達との出会い。そして、放浪の旅に出て分かった。この世界は美しいと。儚く、消え去りそうな美しさは、素晴らしく映った。
それなのに、憤怒残党の歪虚共は繰り返し、同じ事しか言わない。我らの怒りをぶつけ人間共を駆逐すべきだと。
おまけに目の前にいる“妹”の元は、もともと同じ存在。それだけに嫌気がするので、できれば、さっさと帰って貰いたい所だ。
「万が一の時は、蓬生お兄さんのお力も……」
「その時になってから考えますね。私も忙しいのです」
「……というと?」
チラリと蓬生の背後を覗き込む。
ちゃぶ台に紙と筆が置かれていた。その内容まではさすがに確認できないが。
「想いを筆で残すというのは難しいのです」
端的にいうと、句を残す詩人として忙しい……という事のようだった――。
●「幕間の一時」(12月20日更新)
●龍尾城
秘宝『エトファリカ・ボード』の発見。
廃城となっていた嘉義城の地下から見つけ出されたそれは、龍尾城の宝物庫へと慎重に運ばれた。
「負のマテリアルの汚染が確認されていますが、秘宝そのものに関しては問題ありません」
状況を伝えに来た者の報告をエトファリカ征夷大将軍である立花院 紫草(kz0126)は微動だにせず聞いていた。
いつもは微笑を浮かべているというのに、今日に限って言えば、いつもの将軍らしくない。
「……紫草様?」
その呼び掛けに彼は頷くと、報告者を下がらせる。
次の報告が呼び上げられる前に紫草は腕を上げて制した。
「本日は急用にてこれまで。残りは紙面にて報告するように」
「畏まりました」
「私は“私邸”に籠ります」
スッと立ち上がり、紫草は供を伴いもせずに歩き出した。
紫草の“私邸”は城内の一角に小さくある。そこは完全に彼のプライベートな空間だ。
(秘宝は確かに見つかったかもしれません……)
タチバナとして、紫草もその場に居合わせた。
嘉義城の地下に置かれていたそれは、一枚の東方の地図だった。
額縁には『エトファリカ・ボード』と刻まれていたが、その作りに紫草は見覚えが無かった。
(本当にアレが秘宝だったのでしょうか……)
自分の中の記憶と目の前にあったものが食い違っていた。
それが、記憶が違っただけなのか、あるいは、本当に違うのか、確認する方法は無い。
秘宝に描かれている東方地図には、ある事が記されてあった。
目立つのは上位6武家による武力での諸藩統一と共同統治。天ノ都を取り囲むような五芒星。
それが意味するものが何か、紫草も分からなかった。
【神霊樹】で過去に飛んだハンターが知り得た情報の中に、『国難が過ぎた後に必ず役に立つもの』というものがあった。
言い伝え通りであれば、秘宝は人の役に立つものという事になる。
(秘宝そのものに魔法的、あるいは、符術的な力は無かった……とすると……)
地図に描かれていた五芒星が怪しい。
こちらの方は、別に調べさせている。もっとも、朝廷の一組織である陰陽院には任せていない。
幕府直轄の符術師達にだ。なんらかの術式であれば、それを解明しなければならないだろう。
あれこれと考えながら、紫草は“私邸”に到着した。
そこには、幾人かのハンターを呼んでいたのだ。今回の秘宝に関する意見を求める為に。
「お帰りなさいです」
笑顔でそう出迎えたのは、天竜寺 詩(ka0396)達だった。
微笑を浮かべながら紫草は丁寧に一礼した。
「皆さん、お忙しい中、集まって頂き、ありがとうございます」
「秘宝に歪虚の影響はあったのですか?」
廃城の……それも地下深くに、秘宝が置いてあるなど、歪虚の陰謀の可能性が高い。
紫草は首を横に振って応える。
「負のマテリアルによる汚染はあったとの事ですが、それ以外の影響や陰謀の手掛かりというものは掴めませんでした」
「地下施設自体、全て確認出来なかったし……それに、秘宝が見つかった地下施設自体が汚染されていたので、その影響もある……でしょうか?」
考えるように唸りながら、テノール(ka5676)が言った。
思った以上に地下施設が広かった為、調べ切れなかった事も、事態の推測に影響を掛けていた。
“私邸”に入った紫草は客間で腰を下ろす。
すかさず、ユリアン(ka1664)が、熱いお茶が入った湯呑を大将軍に受け渡した。
「ですが、歪虚以外の者が、わざわざあの場所に秘宝を隠すのは考え難いと思うのです」
「もし、秘宝を餌に私達を誘き出したとすれば、一応の理屈にはなりますけどね」
熱いのか、すぐに飲まずに、息を吐いて冷ましていた。
そこへ一緒になって横からフーフーと手伝うアルマ・A・エインズワース(ka4901)が言う。
「メモを落とした蓬生さんは、秘宝の件を知らない様子だったと、お兄ちゃんから聞きいているのですー」
蓬生の反応は、明らかに、秘宝を知らない雰囲気だったという。
つまり、蓬生はハンター達を故意に罠に嵌めようとした訳ではないともいえるだろう。
「……もしかして、蓬生は仲間の憤怒歪虚に嵌められそうになったのでござるか?」
ミィリア(ka2689)がある一つの可能性を口にした。
もし、そうだったとすれば、廃城の地下で、蓬生との遭遇戦になっていた訳だ。
「その可能性はありますね……実は、朝廷……いや、陰陽寮の方での占い結果の中に、嘉義城が入っていたのです」
符術師達の総本山ともいえる陰陽寮は朝廷や公家の組織である。
優れた符術を扱える者を何名も排出しており、その占い結果が的中していたという事は、特段、驚く事ではない。
「つー事は蓬生のメモが無くとも俺達は何時かは嘉義城に辿り着いていたという事かよ」
きな臭い話だと言わんばかりに、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が顔をしかめる。
「その場合、秘宝が見つかるのが、だいぶと先の事になっていたと思いますね」
「秘宝自体について、何か判明してねーのか?」
「今はまだ、慎重に調査中ですが、描かれている五芒星が、何かの術式……という可能性があるという話です」
何の術か分からないというのが怖い所である。
もっとも、秘宝自体に魔法的な力が無い以上、秘宝が発動源となって何か成る……訳ではないだろうが。
「調査も進めば色々な事が分かってくるでしょう。再び、皆さんの力が必要になる場合もあるかもしれません」
そう紫草は締めくくったのであった。
●天ノ都に至るある街道
領地から都へと急ぎ戻る武士が一人。
御登箭泰樹(みとや たいき)という。武家第四位 御登箭家の当主でもある中年の男性だ。
秘宝が見つかったという報告を領地で聞き、慌てて支度をして出てきた。
「信じられん……秘宝が見つかるなど……これは上様にお伝えしなくては……いや、しかし……」
今、供は居ない。御登箭家と天ノ都を結ぶ街道は比較的安全なのだから。
だから、油断した。間近に迫るまで並走している存在に気が付かなかったのだ。
「こんにちわ。御登箭さん」
「な、なにやつ!」
御登箭に迫っていたのは、美しい女性の姿をした歪虚だった。
狐耳のような髪が風に乗って揺れている。
「ここで、貴方を殺すのは容易いけど」
「歪虚め!」
「そうね。私は歪虚。でも、今は“取り引き”に来たわ」
その言葉に御登箭の動きが止まる。
刀の柄を握りながら、歪虚を見つめる。
「歪虚と取り引きなど言語道断だ!」
「いいえ、貴方は応じずにはいられないわ。だって、そうでないと、私は、貴方の領地を滅ぼさなければならないもの」
ニヤリと笑って右手を掲げると、歪虚の遥か後方の地にいくつもの影が出現した。
それが全て歪虚なのだと、御登箭は分かった。
あれだけの数に奇襲されれば、自分の領地は壊滅的な状態になるだろう。
「……用件はなんだ」
「実はね……」
そう言って、歪虚は御登箭の耳元で告げるのであった。
“取り引き”の内容を――。

立花院 紫草
廃城となっていた嘉義城の地下から見つけ出されたそれは、龍尾城の宝物庫へと慎重に運ばれた。
「負のマテリアルの汚染が確認されていますが、秘宝そのものに関しては問題ありません」
状況を伝えに来た者の報告をエトファリカ征夷大将軍である立花院 紫草(kz0126)は微動だにせず聞いていた。
いつもは微笑を浮かべているというのに、今日に限って言えば、いつもの将軍らしくない。
「……紫草様?」
その呼び掛けに彼は頷くと、報告者を下がらせる。
次の報告が呼び上げられる前に紫草は腕を上げて制した。
「本日は急用にてこれまで。残りは紙面にて報告するように」
「畏まりました」
「私は“私邸”に籠ります」
スッと立ち上がり、紫草は供を伴いもせずに歩き出した。
紫草の“私邸”は城内の一角に小さくある。そこは完全に彼のプライベートな空間だ。
(秘宝は確かに見つかったかもしれません……)
タチバナとして、紫草もその場に居合わせた。
嘉義城の地下に置かれていたそれは、一枚の東方の地図だった。
額縁には『エトファリカ・ボード』と刻まれていたが、その作りに紫草は見覚えが無かった。
(本当にアレが秘宝だったのでしょうか……)
自分の中の記憶と目の前にあったものが食い違っていた。
それが、記憶が違っただけなのか、あるいは、本当に違うのか、確認する方法は無い。
秘宝に描かれている東方地図には、ある事が記されてあった。
目立つのは上位6武家による武力での諸藩統一と共同統治。天ノ都を取り囲むような五芒星。
それが意味するものが何か、紫草も分からなかった。

天竜寺 詩

テノール

ユリアン

アルマ・A・エインズワース

ミィリア

ジャック・J・グリーヴ
言い伝え通りであれば、秘宝は人の役に立つものという事になる。
(秘宝そのものに魔法的、あるいは、符術的な力は無かった……とすると……)
地図に描かれていた五芒星が怪しい。
こちらの方は、別に調べさせている。もっとも、朝廷の一組織である陰陽院には任せていない。
幕府直轄の符術師達にだ。なんらかの術式であれば、それを解明しなければならないだろう。
あれこれと考えながら、紫草は“私邸”に到着した。
そこには、幾人かのハンターを呼んでいたのだ。今回の秘宝に関する意見を求める為に。
「お帰りなさいです」
笑顔でそう出迎えたのは、天竜寺 詩(ka0396)達だった。
微笑を浮かべながら紫草は丁寧に一礼した。
「皆さん、お忙しい中、集まって頂き、ありがとうございます」
「秘宝に歪虚の影響はあったのですか?」
廃城の……それも地下深くに、秘宝が置いてあるなど、歪虚の陰謀の可能性が高い。
紫草は首を横に振って応える。
「負のマテリアルによる汚染はあったとの事ですが、それ以外の影響や陰謀の手掛かりというものは掴めませんでした」
「地下施設自体、全て確認出来なかったし……それに、秘宝が見つかった地下施設自体が汚染されていたので、その影響もある……でしょうか?」
考えるように唸りながら、テノール(ka5676)が言った。
思った以上に地下施設が広かった為、調べ切れなかった事も、事態の推測に影響を掛けていた。
“私邸”に入った紫草は客間で腰を下ろす。
すかさず、ユリアン(ka1664)が、熱いお茶が入った湯呑を大将軍に受け渡した。
「ですが、歪虚以外の者が、わざわざあの場所に秘宝を隠すのは考え難いと思うのです」
「もし、秘宝を餌に私達を誘き出したとすれば、一応の理屈にはなりますけどね」
熱いのか、すぐに飲まずに、息を吐いて冷ましていた。
そこへ一緒になって横からフーフーと手伝うアルマ・A・エインズワース(ka4901)が言う。
「メモを落とした蓬生さんは、秘宝の件を知らない様子だったと、お兄ちゃんから聞きいているのですー」
蓬生の反応は、明らかに、秘宝を知らない雰囲気だったという。
つまり、蓬生はハンター達を故意に罠に嵌めようとした訳ではないともいえるだろう。
「……もしかして、蓬生は仲間の憤怒歪虚に嵌められそうになったのでござるか?」
ミィリア(ka2689)がある一つの可能性を口にした。
もし、そうだったとすれば、廃城の地下で、蓬生との遭遇戦になっていた訳だ。
「その可能性はありますね……実は、朝廷……いや、陰陽寮の方での占い結果の中に、嘉義城が入っていたのです」
符術師達の総本山ともいえる陰陽寮は朝廷や公家の組織である。
優れた符術を扱える者を何名も排出しており、その占い結果が的中していたという事は、特段、驚く事ではない。
「つー事は蓬生のメモが無くとも俺達は何時かは嘉義城に辿り着いていたという事かよ」
きな臭い話だと言わんばかりに、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が顔をしかめる。
「その場合、秘宝が見つかるのが、だいぶと先の事になっていたと思いますね」
「秘宝自体について、何か判明してねーのか?」
「今はまだ、慎重に調査中ですが、描かれている五芒星が、何かの術式……という可能性があるという話です」
何の術か分からないというのが怖い所である。
もっとも、秘宝自体に魔法的な力が無い以上、秘宝が発動源となって何か成る……訳ではないだろうが。
「調査も進めば色々な事が分かってくるでしょう。再び、皆さんの力が必要になる場合もあるかもしれません」
そう紫草は締めくくったのであった。
●天ノ都に至るある街道
領地から都へと急ぎ戻る武士が一人。
御登箭泰樹(みとや たいき)という。武家第四位 御登箭家の当主でもある中年の男性だ。
秘宝が見つかったという報告を領地で聞き、慌てて支度をして出てきた。
「信じられん……秘宝が見つかるなど……これは上様にお伝えしなくては……いや、しかし……」
今、供は居ない。御登箭家と天ノ都を結ぶ街道は比較的安全なのだから。
だから、油断した。間近に迫るまで並走している存在に気が付かなかったのだ。
「こんにちわ。御登箭さん」
「な、なにやつ!」
御登箭に迫っていたのは、美しい女性の姿をした歪虚だった。
狐耳のような髪が風に乗って揺れている。
「ここで、貴方を殺すのは容易いけど」
「歪虚め!」
「そうね。私は歪虚。でも、今は“取り引き”に来たわ」
その言葉に御登箭の動きが止まる。
刀の柄を握りながら、歪虚を見つめる。
「歪虚と取り引きなど言語道断だ!」
「いいえ、貴方は応じずにはいられないわ。だって、そうでないと、私は、貴方の領地を滅ぼさなければならないもの」
ニヤリと笑って右手を掲げると、歪虚の遥か後方の地にいくつもの影が出現した。
それが全て歪虚なのだと、御登箭は分かった。
あれだけの数に奇襲されれば、自分の領地は壊滅的な状態になるだろう。
「……用件はなんだ」
「実はね……」
そう言って、歪虚は御登箭の耳元で告げるのであった。
“取り引き”の内容を――。
(執筆:赤山優牙)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「書斎劇?または3つの戯曲?」(1月10日更新)
●紅き群闇
――時は半月ほど前に遡る。
「この愚図! 役立たず!!」
薄暗い室内で、美しい女の形をとった歪虚が、痩身の歪虚を足蹴にし罵っている。
「何のためにあの玉櫛笥(たまくしげ)を預けたと思ってるの!!」
土下座させた歪虚の前から後ろから蹴り付けているが、ついに爪先が胸部を蹴りあげ、肋骨の折れる音が周囲に響いた。
「お前、何で私がこんなに怒っているのかわかる!? わからないでしょう!?」
「…………」
「何か言ってみたらどうなの!? この愚鈍!!」
一方的に蹴られ罵られている歪虚は、一言も言葉を発しない。
ただただ俯いて土下座をした格好のまま、嵐が過ぎ去るのを待っている。
「……業腹だけれど、私は“優しい”から、挽回のチャンスを上げるわ」
蹴り疲れたのか、痩身の歪虚を見下しそう言うと、怒りに美しい相貌を歪めていた女の歪虚は馬鹿にするような薄い笑みを張り付かせた。 歪虚の伏せられたままの顔を上げるために頭頂の髪を思い切り掴んで引き上げる。
痛みと、物理的に引っ張られ顔を歪ませた歪虚の顔が露わになる。
それは、恵土城以南で暴虐を続けている“番傘の歪虚”、叡身(えいしん)だった。
「例の計画の一点をお前に任せるわ。いい? 最低でも『計画通り』に事を運んで頂戴よ?」
一切の表情を消した白塗りの顔は、頬の痩けた能面のようだ。
無理矢理喉を仰け反らせ、耐えきれず上がった呻き声を聞いた女歪虚は、ようやく満足そうに艶然とした微笑みを浮かべると高らかな足音を響かせながらその場を去った。
「……っ、はっ」
叡身は女歪虚がいなくなってからようやく床に転がった。
折れた肋骨が痛みを訴えるが、懐から黒い飴のような球体を取り出すとそれを2個、3個と立て続けに噛み砕いて大きなため息を吐く。
「……っくくく……馬鹿女狐が……!」
確かに叡身は預かった玉櫛笥の中身を、本来の目的とは別の場所で使った。
「だって、あんなところで死ぬわけにいかないじゃない……」
結果として、恵土城の龍脈は穢させなかったが、恵土城南部に大きな穢れの疵痕を付ける事が出来た。
東方の術師なら浄化しきるまでの約一ヶ月はかかる。その間は下級雑魔があそこから湧き続ける為、その対応に恵土城周囲は大騒ぎに違いない。
上手く行けば、幕府から救援という名目で軍を引き寄せる事も可能だろう。
それでいいのだ。あくまであそこは生かさず殺さずキメラ達の“餌場”として在り続けて貰わなければならないのだから。
「それに自分は須藤城の痕跡消してなかったとか馬鹿女狐の面目躍如この上ないわね」
叡身はゆるりと上体を起こした。
負のマテリアルを取り込んだことで、折られた骨はほぼ修復されている。
「……そうね、そろそろ新しい子を迎えに行ってみようかしら。いつもキメラと餓鬼じゃあの子達に飽きられちゃうかも知れないしね」
紅を差した薄い唇で弧を描くと、叡身はもう一つ、例の黒い飴玉のような球体を取り出す。
「……あら、もうなくなっちゃった……新しいの仕入れなきゃ」
叡身は蛇のような赤い舌で飴玉を迎えに行き、口に含むと、最後の1つを味わうようにガリリと噛み砕いた。
●犬兎の争い
1月2日。天ノ都、龍尾城及び朝堂院は緊張に満ちていた。
年に一度。
たった一度、幕府側上位六武家と朝廷側上位六公家が帝を頂点として新年祝賀の儀を設ける。
それが今日だった。
(はあ?????めんどくせぇ??????)
初っ端から深い溜息を必死に飲み込み、ピンと伸ばした背筋のまま澄まし顔を作り続けているスメラギ(kz0158)の目の前では、いい大人12人が対面で睨み合いを続けている。
通例の儀式を終え、わざわざ毒味係が一口ずつ確認した食事を13人で黙々と平らげ、武家・公家共に親交のある茶道家を招き、お茶をのむ。 これもまた細々とした作法に則って行うため、スメラギとしては同じ菓子を食べるのでも、お忍びで行く甘味屋で女将の愚痴を聞きながら食べるあんこ餅の方がよっぽど美味しいと心底感じていた。
茶室を出て、再び儀式会場へと戻る。
あとは本年度の抱負という名のありがたい"お言葉"をスメラギが公表すれば儀式は終わりだ。
ようやく終わる――そんなスメラギの希望は足柄天晴の予想外の一言で儚くも散った。
「帝のお言葉を頂戴する前に、一つ、帝の前で六武家の皆様に確認したいことがございます」
「……新年早々、随分と不躾ですね」
立花院 紫草(kz0126)が冷ややかとも取れる視線を天晴に向ける。
「帝、よろしいでしょうか」
「無礼でありましょう。左大臣ともあろう方が何をそんなに……」
「構わねえよ。続けろ」
正直どうでもいいと思いつつ、スメラギは天晴の発言を許した。
――一瞬、紫草の視線に射殺されそうになった気がしたが、きっと気のせいだろう。
「『エトファリカ・ボード』」
天晴が発した名前に武家側の気配がにわかに変化する。
「幕府が保存していたという、宝の一つだとか。これが、盗まれたそうで」
「……えぇ、お恥ずかしながら」
「そして無事、見つかったとか?」
「……足柄殿は耳が早くていらっしゃる。えぇ、幸いにして先日……」
「その宝、如何様な代物で?」
天晴は紫草が言い終える前に言葉を重ねる。
公家側の雰囲気も不穏ながら、武家側は殺気を帯び始めている。
「……その件に関しては、現在、鋭意、調査中です。幕府の所有物の件でありますので、事が済めば、スメラギ様には追って報告致します」
こめかみを細かく痙攣させつつも微笑を浮かべる紫草を、胡乱げに見つめつつ、天晴は追求を止めない。
「私はその中身が問題であるとも聞き及んでいる。是非ともその内容について現段階までに判明している事で結構ですので、この場でご説明を願いたい」
「どのように問題と分からなければ、説明のしようがありません。それに、調査中ですので、不確定な事はお伝えできません」
「征夷大将軍殿とも在らせられる方が、そのように問題を伏せるとは何と情けない。そもそも帝をお預けしているこの龍尾城に賊が入ったということ事態が大問題である事を御自覚で無いとお見受けする」
公家側から天晴を掩護するように「そうだそうだ」「口先だけの武家風情が」「獄炎亡き後、その刀も錆びたと見える」そんな野次が飛ぶ中、武家側からも「幕府の問題に公家が口出しするとは何事か」「貴殿らには関係ない」「揚げ足取りめ」などという野次が飛び、徐々にそれはヒートアップしていく。
そしてついに両者の腰が浮いた、その時。
「っだーーーーーー!! もう、全員黙れ!!! うざってー話しを正月早々するんじゃねーよ!」
スメラギが叫んだ。
「何だ? 盗みが入ったのか? 紫草、お前のことだからもう犯人とっ捕まえたんだろ?」
スメラギが眼光鋭く紫草を見れば、紫草はその目線を受け止め、一度浅礼してから応えた。
「……いえ、未だ目星も無い状態でございます」
「マジかよ。面倒なことになってやがんな……。ともかく、だ。左大臣始め、公家六家。この報告を俺様は今初めて聞いた。恐らく武家側としては事を大きくしたくないと内々で済ませるつもりだったんだろ。お前達が面白くないのも分かるが、調査が出るまで待ってくれるか」
帝であるスメラギの言葉は絶対だ。
公家五家は互いに顔を見合わせ、最後に天晴を見ると、天晴が頷きスメラギを見た。
「その調査報告はいつ頃? あまりに時間がかかるのであればやはり普通の賊では無いという事でございましょう。帝の御身に万が一にも危険が迫るような事があれば、我ら公家一同悔やんでも悔やみきれません」
「――最終的な調査報告は少なくとも2?3か月は掛かります」
天晴が片眉を撥ね上げ「ほう」と興味深げに声の主である紫草を見た。
「帝に誓っていただけますかな? それまでに調査を済ませ、結果の有無にかかわらず、その詳細のご報告が頂けると」
再び武家側に緊張が走るが、それを紫草は壮絶とも言える微笑み一つで抑える。
この一触即発の場、唯一の救いはこの場には誰も武器を持ち込んでいないということか。
もちろん、ほとんどの者が精霊と契約を果たした覚醒者であるため、その気になれば武器は無くとも人を殺せる。
だが、万が一"帝の御前"で事を為した場合。その先にあるのがこのエトファリカ全体を巻きこんだ血みどろの抗争になるだろう事は予想に難くない。
良くも悪くも『帝』の権威が未だに失墜していないからこそ、両者はギリギリの一線を保っていた。
「この、えーと、『エトファリカ・ボード』だったか? の件は一度俺様が預かる。立花院始め武家六家は下位達と共に事の究明に取りかかれ。期日は今月末。経過報告でもいいから。それで、いいな?」
スメラギの視線を受け、紫草は優雅に微笑みながら頭を垂れた。
「御意」
「足柄始め公家六家も異論ねーな?」
「帝の御心のままに」
「んじゃ、事が解決するまで、儀式は中止! 以上! 解散!!」
「「……は?」」
紫草と天晴の声が見事にハモったが、既にその時にはスメラギは勝手に席を立ち、襖を開けて奥へと入って行ってしまう。
「帝! な、なんとはしたない!!」
ぽいぽいと豪奢な髪飾りだの首飾りだの帯締だのを外してはそこら中に投げながらスメラギは私室へと戻っていく。
「帝!」
「スメラギ様!」
「事が解決するまで俺様は"表舞台"には出ないからな! 俺様を出したかったら精々頑張るんだな、紫草!」
スパン! という小気味良い音を立てて襖が閉まると、紫草と天晴は互いにその襖がまるで鉄の壁であるかのようにそれ以上奥にも入れず、ただ暫し立ち竦んだのだった。
●暗転幕――からの、溶明
1月4日のことである。
「こちら、陰陽寮からの今年最後の占術結果となります」
占術は立春を節目に1年を占う。
ゆえに今、天晴が出てこないスメラギの代わりに紫草の近侍へ手渡したものが“今年の最後”までを占った結果だった。
恭しく近侍が紫草に手渡し、中身を紫草が検める。
普段ならその間、天晴が口を開くことは無いのだが、今日は違った。
「このひと月、龍尾城を中心として凶事が続く、と出ました」
天晴の言葉に紫草は文から視線を上げ、目を細めて天晴を見る。
「……驚くほど凶事ばかりですね。獄炎の時とは違い、まるでエトファリカ連邦各国で災禍が起こるかのようです」
「ゆめゆめ油断なされませんよう」
あの12月の恵土城襲撃の後、浄化術と結界術へ赴いた陰陽寮の術師20名は未だ任務が果たせず恵土城に詰めたまま。
さらに幕府から周辺武家一門に協力を要請し、幕府軍として一軍を援軍として出す予定としていた。
つまり、凶事は龍尾城の警備が薄くなるタイミングと重なるのだ。
「ご忠告痛み入ります」
悠然とした笑みを浮かべる紫草を、天晴は何の感情のこもらない瞳で見返したのだった。
幕府と朝廷、両者のトップがにらみ合いをしている頃。
正月に浮かれる天ノ都では空前のおみくじ・占いブームが到来していた。
「良縁に恵まれますだって」
「習い事吉、ですって」
きゃぁきゃぁと他愛ない結果に町娘達が喜色の声を上げる。
その一方で商人達の間では暗い影が落ちていた。
「……争いの火種が芽吹くってよ……」
「俺んところは南の炎は鎮まり、今度は北が嵐に見舞われるとよ」
「なんでぃ、お前さんもかい。カーッ、やたらと景気の悪い結果ばかりじゃねぇか」
「馴染みのお侍さんが遠征だって言ってたからなぁ……こりゃもしかするともしかするぞ……!」
「あぁ、相変わらず難民は増える一方だ。備えておくに越したことはねぇ」
それぞれの結果を持ち寄り囁き合った商人達は、顔を見合わせると静かに行動を開始すべく散った。
――その僅か一週間後。
エトファリカ全土を巻きこむ凶報が龍尾城にもたらされたのだった。
――時は半月ほど前に遡る。
「この愚図! 役立たず!!」
薄暗い室内で、美しい女の形をとった歪虚が、痩身の歪虚を足蹴にし罵っている。
「何のためにあの玉櫛笥(たまくしげ)を預けたと思ってるの!!」
土下座させた歪虚の前から後ろから蹴り付けているが、ついに爪先が胸部を蹴りあげ、肋骨の折れる音が周囲に響いた。
「お前、何で私がこんなに怒っているのかわかる!? わからないでしょう!?」
「…………」
「何か言ってみたらどうなの!? この愚鈍!!」
一方的に蹴られ罵られている歪虚は、一言も言葉を発しない。
ただただ俯いて土下座をした格好のまま、嵐が過ぎ去るのを待っている。
「……業腹だけれど、私は“優しい”から、挽回のチャンスを上げるわ」
蹴り疲れたのか、痩身の歪虚を見下しそう言うと、怒りに美しい相貌を歪めていた女の歪虚は馬鹿にするような薄い笑みを張り付かせた。 歪虚の伏せられたままの顔を上げるために頭頂の髪を思い切り掴んで引き上げる。
痛みと、物理的に引っ張られ顔を歪ませた歪虚の顔が露わになる。
それは、恵土城以南で暴虐を続けている“番傘の歪虚”、叡身(えいしん)だった。
「例の計画の一点をお前に任せるわ。いい? 最低でも『計画通り』に事を運んで頂戴よ?」
一切の表情を消した白塗りの顔は、頬の痩けた能面のようだ。
無理矢理喉を仰け反らせ、耐えきれず上がった呻き声を聞いた女歪虚は、ようやく満足そうに艶然とした微笑みを浮かべると高らかな足音を響かせながらその場を去った。
「……っ、はっ」
叡身は女歪虚がいなくなってからようやく床に転がった。
折れた肋骨が痛みを訴えるが、懐から黒い飴のような球体を取り出すとそれを2個、3個と立て続けに噛み砕いて大きなため息を吐く。
「……っくくく……馬鹿女狐が……!」
確かに叡身は預かった玉櫛笥の中身を、本来の目的とは別の場所で使った。
「だって、あんなところで死ぬわけにいかないじゃない……」
結果として、恵土城の龍脈は穢させなかったが、恵土城南部に大きな穢れの疵痕を付ける事が出来た。
東方の術師なら浄化しきるまでの約一ヶ月はかかる。その間は下級雑魔があそこから湧き続ける為、その対応に恵土城周囲は大騒ぎに違いない。
上手く行けば、幕府から救援という名目で軍を引き寄せる事も可能だろう。
それでいいのだ。あくまであそこは生かさず殺さずキメラ達の“餌場”として在り続けて貰わなければならないのだから。
「それに自分は須藤城の痕跡消してなかったとか馬鹿女狐の面目躍如この上ないわね」
叡身はゆるりと上体を起こした。
負のマテリアルを取り込んだことで、折られた骨はほぼ修復されている。
「……そうね、そろそろ新しい子を迎えに行ってみようかしら。いつもキメラと餓鬼じゃあの子達に飽きられちゃうかも知れないしね」
紅を差した薄い唇で弧を描くと、叡身はもう一つ、例の黒い飴玉のような球体を取り出す。
「……あら、もうなくなっちゃった……新しいの仕入れなきゃ」
叡身は蛇のような赤い舌で飴玉を迎えに行き、口に含むと、最後の1つを味わうようにガリリと噛み砕いた。
●犬兎の争い
1月2日。天ノ都、龍尾城及び朝堂院は緊張に満ちていた。
年に一度。
たった一度、幕府側上位六武家と朝廷側上位六公家が帝を頂点として新年祝賀の儀を設ける。
それが今日だった。

スメラギ

立花院 紫草
初っ端から深い溜息を必死に飲み込み、ピンと伸ばした背筋のまま澄まし顔を作り続けているスメラギ(kz0158)の目の前では、いい大人12人が対面で睨み合いを続けている。
通例の儀式を終え、わざわざ毒味係が一口ずつ確認した食事を13人で黙々と平らげ、武家・公家共に親交のある茶道家を招き、お茶をのむ。 これもまた細々とした作法に則って行うため、スメラギとしては同じ菓子を食べるのでも、お忍びで行く甘味屋で女将の愚痴を聞きながら食べるあんこ餅の方がよっぽど美味しいと心底感じていた。
茶室を出て、再び儀式会場へと戻る。
あとは本年度の抱負という名のありがたい"お言葉"をスメラギが公表すれば儀式は終わりだ。
ようやく終わる――そんなスメラギの希望は足柄天晴の予想外の一言で儚くも散った。
「帝のお言葉を頂戴する前に、一つ、帝の前で六武家の皆様に確認したいことがございます」
「……新年早々、随分と不躾ですね」
立花院 紫草(kz0126)が冷ややかとも取れる視線を天晴に向ける。
「帝、よろしいでしょうか」
「無礼でありましょう。左大臣ともあろう方が何をそんなに……」
「構わねえよ。続けろ」
正直どうでもいいと思いつつ、スメラギは天晴の発言を許した。
――一瞬、紫草の視線に射殺されそうになった気がしたが、きっと気のせいだろう。
「『エトファリカ・ボード』」
天晴が発した名前に武家側の気配がにわかに変化する。
「幕府が保存していたという、宝の一つだとか。これが、盗まれたそうで」
「……えぇ、お恥ずかしながら」
「そして無事、見つかったとか?」
「……足柄殿は耳が早くていらっしゃる。えぇ、幸いにして先日……」
「その宝、如何様な代物で?」
天晴は紫草が言い終える前に言葉を重ねる。
公家側の雰囲気も不穏ながら、武家側は殺気を帯び始めている。
「……その件に関しては、現在、鋭意、調査中です。幕府の所有物の件でありますので、事が済めば、スメラギ様には追って報告致します」
こめかみを細かく痙攣させつつも微笑を浮かべる紫草を、胡乱げに見つめつつ、天晴は追求を止めない。
「私はその中身が問題であるとも聞き及んでいる。是非ともその内容について現段階までに判明している事で結構ですので、この場でご説明を願いたい」
「どのように問題と分からなければ、説明のしようがありません。それに、調査中ですので、不確定な事はお伝えできません」
「征夷大将軍殿とも在らせられる方が、そのように問題を伏せるとは何と情けない。そもそも帝をお預けしているこの龍尾城に賊が入ったということ事態が大問題である事を御自覚で無いとお見受けする」
公家側から天晴を掩護するように「そうだそうだ」「口先だけの武家風情が」「獄炎亡き後、その刀も錆びたと見える」そんな野次が飛ぶ中、武家側からも「幕府の問題に公家が口出しするとは何事か」「貴殿らには関係ない」「揚げ足取りめ」などという野次が飛び、徐々にそれはヒートアップしていく。
そしてついに両者の腰が浮いた、その時。
「っだーーーーーー!! もう、全員黙れ!!! うざってー話しを正月早々するんじゃねーよ!」
スメラギが叫んだ。
「何だ? 盗みが入ったのか? 紫草、お前のことだからもう犯人とっ捕まえたんだろ?」
スメラギが眼光鋭く紫草を見れば、紫草はその目線を受け止め、一度浅礼してから応えた。
「……いえ、未だ目星も無い状態でございます」
「マジかよ。面倒なことになってやがんな……。ともかく、だ。左大臣始め、公家六家。この報告を俺様は今初めて聞いた。恐らく武家側としては事を大きくしたくないと内々で済ませるつもりだったんだろ。お前達が面白くないのも分かるが、調査が出るまで待ってくれるか」
帝であるスメラギの言葉は絶対だ。
公家五家は互いに顔を見合わせ、最後に天晴を見ると、天晴が頷きスメラギを見た。
「その調査報告はいつ頃? あまりに時間がかかるのであればやはり普通の賊では無いという事でございましょう。帝の御身に万が一にも危険が迫るような事があれば、我ら公家一同悔やんでも悔やみきれません」
「――最終的な調査報告は少なくとも2?3か月は掛かります」
天晴が片眉を撥ね上げ「ほう」と興味深げに声の主である紫草を見た。
「帝に誓っていただけますかな? それまでに調査を済ませ、結果の有無にかかわらず、その詳細のご報告が頂けると」
再び武家側に緊張が走るが、それを紫草は壮絶とも言える微笑み一つで抑える。
この一触即発の場、唯一の救いはこの場には誰も武器を持ち込んでいないということか。
もちろん、ほとんどの者が精霊と契約を果たした覚醒者であるため、その気になれば武器は無くとも人を殺せる。
だが、万が一"帝の御前"で事を為した場合。その先にあるのがこのエトファリカ全体を巻きこんだ血みどろの抗争になるだろう事は予想に難くない。
良くも悪くも『帝』の権威が未だに失墜していないからこそ、両者はギリギリの一線を保っていた。
「この、えーと、『エトファリカ・ボード』だったか? の件は一度俺様が預かる。立花院始め武家六家は下位達と共に事の究明に取りかかれ。期日は今月末。経過報告でもいいから。それで、いいな?」
スメラギの視線を受け、紫草は優雅に微笑みながら頭を垂れた。
「御意」
「足柄始め公家六家も異論ねーな?」
「帝の御心のままに」
「んじゃ、事が解決するまで、儀式は中止! 以上! 解散!!」
「「……は?」」
紫草と天晴の声が見事にハモったが、既にその時にはスメラギは勝手に席を立ち、襖を開けて奥へと入って行ってしまう。
「帝! な、なんとはしたない!!」
ぽいぽいと豪奢な髪飾りだの首飾りだの帯締だのを外してはそこら中に投げながらスメラギは私室へと戻っていく。
「帝!」
「スメラギ様!」
「事が解決するまで俺様は"表舞台"には出ないからな! 俺様を出したかったら精々頑張るんだな、紫草!」
スパン! という小気味良い音を立てて襖が閉まると、紫草と天晴は互いにその襖がまるで鉄の壁であるかのようにそれ以上奥にも入れず、ただ暫し立ち竦んだのだった。
●暗転幕――からの、溶明
1月4日のことである。
「こちら、陰陽寮からの今年最後の占術結果となります」
占術は立春を節目に1年を占う。
ゆえに今、天晴が出てこないスメラギの代わりに紫草の近侍へ手渡したものが“今年の最後”までを占った結果だった。
恭しく近侍が紫草に手渡し、中身を紫草が検める。
普段ならその間、天晴が口を開くことは無いのだが、今日は違った。
「このひと月、龍尾城を中心として凶事が続く、と出ました」
天晴の言葉に紫草は文から視線を上げ、目を細めて天晴を見る。
「……驚くほど凶事ばかりですね。獄炎の時とは違い、まるでエトファリカ連邦各国で災禍が起こるかのようです」
「ゆめゆめ油断なされませんよう」
あの12月の恵土城襲撃の後、浄化術と結界術へ赴いた陰陽寮の術師20名は未だ任務が果たせず恵土城に詰めたまま。
さらに幕府から周辺武家一門に協力を要請し、幕府軍として一軍を援軍として出す予定としていた。
つまり、凶事は龍尾城の警備が薄くなるタイミングと重なるのだ。
「ご忠告痛み入ります」
悠然とした笑みを浮かべる紫草を、天晴は何の感情のこもらない瞳で見返したのだった。
幕府と朝廷、両者のトップがにらみ合いをしている頃。
正月に浮かれる天ノ都では空前のおみくじ・占いブームが到来していた。
「良縁に恵まれますだって」
「習い事吉、ですって」
きゃぁきゃぁと他愛ない結果に町娘達が喜色の声を上げる。
その一方で商人達の間では暗い影が落ちていた。
「……争いの火種が芽吹くってよ……」
「俺んところは南の炎は鎮まり、今度は北が嵐に見舞われるとよ」
「なんでぃ、お前さんもかい。カーッ、やたらと景気の悪い結果ばかりじゃねぇか」
「馴染みのお侍さんが遠征だって言ってたからなぁ……こりゃもしかするともしかするぞ……!」
「あぁ、相変わらず難民は増える一方だ。備えておくに越したことはねぇ」
それぞれの結果を持ち寄り囁き合った商人達は、顔を見合わせると静かに行動を開始すべく散った。
――その僅か一週間後。
エトファリカ全土を巻きこむ凶報が龍尾城にもたらされたのだった。
(執筆:葉槻)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「憤怒再来」(1月30日更新)
●五芒星術式
憤怒祭壇を破壊し、急ぎ天ノ都へと戻るハンター達。東方には転移門は現状、天ノ都にしかないからだ。
ふと、負のマテリアルを感じ、空を見上げる歩夢(ka5975)。
霞のようなそれは不可思議な光を発してある方向へと飛び去って行く。
「やっぱり、これ自体が術式だね」
歩夢のその言葉にアリア・セリウス(ka6424)も空を見上げる。
既に憤怒祭壇は破壊している――それなのに、負のマテリアルに動きがあるという事は……。
「祭壇は術式を保つ為のものではなかったという事ですか」
憤怒歪虚や雑魔は全力でハンター達を迎撃してきたし、激闘の末、殲滅させている。
それらの負のマテリアルの一部も同様に霞となって天ノ都の方角へと向かっていた。
「恐らく、これは各頂点に居た歪虚も知らない術式。使い捨てにされたか」
「仲間や配下を使ってまで、一体何を……」
憤怒王を倒し、本陣を責められ、憤怒残党は人間が思っていた以上に追い詰められていたという事だろう。
窮鼠猫を噛むという訳ではないが、なりふり構っていられない状況へと、追い詰めし過ぎた事なのかもしれない。
「ったく、悪足掻きしやがって!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が、飛んでいく負のマテリアルに中指を立てる。
さっきから、全身の毛が逆立つような不気味な緊張感を感じていた。必ず、良くない事が起きるだろうと。
「だとしても企みごと粉砕してやるよ!」
頼もしいボルディアの台詞に、歩夢とアリアも頷いた。
一方、天ノ都より南の地で、強大な歪虚と戦ったハンター達も急いで龍尾城へと向かっていた。
龍尾城は目と鼻の先。そんな近い所に強い歪虚が姿を現しているのは脅威そのものだ。
だが、それ以上に龍崎・カズマ(ka0178)は形容しがたいプレッシャーを受けていた。
(この胸騒ぎは、なんだ……)
空を見上げると、負のマテリアルが雷雲のように渦を巻き、漆黒の電撃を放っている。
この感じは……そう、覚えがある。あの時、憤怒本陣を攻めた時と――。
「不味いですね。負のマテリアルが集まりつつあります」
鳳城 錬介(ka6053)が思案に耽るカズマの意識を呼び戻した。
上空に渦巻く負のマテリアルは相当のものだ。
「厄介な事になる前に龍尾城に戻る必要があるな」
「俺もそう思います」
二人が空を見上げて見守る中、突如として負のマテリアルの流れが変わった。
まるで意識を持っているような、うねりが広がる。
「「流れが!!」」
カズマと錬介の言葉が重なる。
禍々しい負のマテリアルが奔流となって、先程までハンター達が戦っていた地へと流れだしたからだ。
●獄炎の影
空高く。それは大型の猛禽類ですらも到達できない程、高い場所から見れば、東方の地に五芒星が描かれている事が見えただろう。
枯れた龍脈。各頂点に置かれた憤怒祭壇が負のマテリアルの光を放っているのだ。
「……失敗ですか?」
元憤怒王 蓬生の言葉に、狐卯猾(こうかつ)は悔しそうに端正な顔を歪める。
彼女の狙いはもっと別の“もの”だったからだ。
「忌々しい事!」
「さて、見届ける必要もないので、私は帰りますよ」
吸い込まれるような負のマテリアルの動きは、狐卯猾が想定していたものと違っていた。
“ある目的”を達する為に、凶術――五芒星術式――を用いた。狙い通り、負のマテリアルは五芒星の中心へと集まるはずだった。
「獄炎め! 人間に敗れるだけではなく、邪魔までするか!」
狐卯猾が憤怒らしく怒り叫ぶ。
五芒星術式により集結した負のマテリアルは五芒星内の他の負のマテリアルすらも寄せ集めた。
そして、それらは……突如として、『別の場所』へと流れを変えたのだ。
途切れる事なき憤りに。
底無しに届く怒りに。
かつて、ハンター達に敗れ去った『九蛇頭尾大黒狐 獄炎』。
その残留思念に、五芒星術式の負のマテリアルが交わった事で、あってはならない事態になったのだ。
もやの様に真っ黒な巨大な影が、大地に広がった後、そのまま立ち上がる。その影姿は紛れもなく、獄炎の影と形容できるものだった。
「でも、これで、天ノ都が陥落すれば、それはそれで変わらないわ」
それまで、散々、怒りをぶちまけ続けた狐卯猾は気を取り直す。
そう、最終的な結果が“変わらなければ”問題ないのだから。
「ふふふ。それじゃ、人間共が右往左往する姿、見させて貰いましょうか」
ニヤリと口元を緩めて、狐卯猾は獄炎の影を見つめた。
●龍尾城
天ノ都南に憤怒王 獄炎の影を持つ強大な歪虚が出現。
その一報が入る前から、龍尾城の天守閣からは、獄炎の影を遠くに目視できた。それだけ、巨大という事だ。
「これは……歪虚の狙いは、憤怒王の復活か」
左大臣 足柄天晴がぐっと力が入った視線を歪虚に向けたまま呟く。
遠く離れているはずなのに、発せられる負のマテリアルが、ここまで感じられる。
あれが、そのまま天ノ都へと向かってきたら、文字通り、都は灰塵の地となるはずだ。そして、今、都が崩壊してしまえば、復興途上の東方は再起不能となる。
「なんという事か! こうなったのも、秘宝を管理していた武家の責任だ!」
公家の一人が叫ぶと、追随するように武家の武士も声を挙げる。
「秘宝には上位6武家による共同統治も描かれていたそうじゃないか!」
「そうだ! 東方を分割して自分の物にしようなど、言語道断!」
序列の低い武家の武士達が今こそとばかりに、叫び、立ち上がった。
そして、その者達が一斉に立花院 紫草(kz0126)へと詰め寄る――前に、別の武士達がその前に立ち塞がった。
「言い掛かりも大概にしろ! そもそも、上位6武家の協力がなければ、とうの昔に東方は滅んでいたのだぞ!」
「この恩知らず共めが!」
大広間はまさに一触即発の状態。
あちらこちらで怒号が飛び交う。
「静まりなさい!」
その一喝は、紫草ではなく、左大臣 足柄天晴のものだった。
ブツブツと呟くように恨み声があちらこちらから聞こえてくるが、それでも、その一喝で大広間は静けさを取り戻した。
「今は国難の時。責任の所在は生き残ってから行うべき事」
周囲に向かって言った後、天晴は、紫草へと視線を向けた。
「征夷大将軍。あの獄炎の影に勝てるか?」
広間全員が紫草へと向けられる。
しばしの間が開いた。幾人かが生唾を飲み込む。
東方最強の武士であり、深謀深慮の策士でもある紫草が、ここまで長く、言葉を発しないのは、少なくとも、この場に居合わせた者は知らない事だった。
「……あれが、もし、獄炎と同等とすれば……勝てませんね」
漸くにして言った台詞に、大広間がどよめく。
「一度勝った相手に勝てないと?」
「獄炎を倒した時は、黒龍と龍脈の力があった為です。今……黒龍は滅び、龍脈は枯れた。私達だけで戦わなくてなりません。しかし、幕府の即応部隊は恵土城に。天ノ都の防衛部隊だけでは戦力が圧倒的に足りません」
天晴の言葉に紫草は淡々と答えた。
「被害覚悟で天ノ都を放棄する手は……」
武家の中から誰かが言った。
勝てない相手に無理して挑む事はない。限られた戦力で獄炎の影に挑めば、その間に、天ノ都に住む人々を避難させる事はできるかもしれない。
だが、紫草は首を横に振った。
「天ノ都を失う訳にはいきません。何故なら、転移門が使えなくなるからです。それは東西の分断を意味します」
現状、西方諸国と繋がっているのは転移門だ。
陸地ルートや海上ルートが使えない訳ではない。だが、それはとてもではないが、簡単に渡れる手段ではないのだ。
それゆえ、転移門を失い、西方諸国との関係が分断されてしまえば、戦力を立て直す方法は無い……。
「では、どうしようもないという事か」
「……一つだけ、勝利への僅かな道が残っています」
紫草はそう告げて、大広間を見回した。
この国難に打ち勝てる、たった一つの最後の手段。それは――。
「ハンター達です。転移門が健在なうちに多くのハンターを呼び、あの歪虚を迎え撃つのです!」

歩夢

アリア・セリウス

ボルディア・コンフラムス

龍崎・カズマ

鳳城 錬介
ふと、負のマテリアルを感じ、空を見上げる歩夢(ka5975)。
霞のようなそれは不可思議な光を発してある方向へと飛び去って行く。
「やっぱり、これ自体が術式だね」
歩夢のその言葉にアリア・セリウス(ka6424)も空を見上げる。
既に憤怒祭壇は破壊している――それなのに、負のマテリアルに動きがあるという事は……。
「祭壇は術式を保つ為のものではなかったという事ですか」
憤怒歪虚や雑魔は全力でハンター達を迎撃してきたし、激闘の末、殲滅させている。
それらの負のマテリアルの一部も同様に霞となって天ノ都の方角へと向かっていた。
「恐らく、これは各頂点に居た歪虚も知らない術式。使い捨てにされたか」
「仲間や配下を使ってまで、一体何を……」
憤怒王を倒し、本陣を責められ、憤怒残党は人間が思っていた以上に追い詰められていたという事だろう。
窮鼠猫を噛むという訳ではないが、なりふり構っていられない状況へと、追い詰めし過ぎた事なのかもしれない。
「ったく、悪足掻きしやがって!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が、飛んでいく負のマテリアルに中指を立てる。
さっきから、全身の毛が逆立つような不気味な緊張感を感じていた。必ず、良くない事が起きるだろうと。
「だとしても企みごと粉砕してやるよ!」
頼もしいボルディアの台詞に、歩夢とアリアも頷いた。
一方、天ノ都より南の地で、強大な歪虚と戦ったハンター達も急いで龍尾城へと向かっていた。
龍尾城は目と鼻の先。そんな近い所に強い歪虚が姿を現しているのは脅威そのものだ。
だが、それ以上に龍崎・カズマ(ka0178)は形容しがたいプレッシャーを受けていた。
(この胸騒ぎは、なんだ……)
空を見上げると、負のマテリアルが雷雲のように渦を巻き、漆黒の電撃を放っている。
この感じは……そう、覚えがある。あの時、憤怒本陣を攻めた時と――。
「不味いですね。負のマテリアルが集まりつつあります」
鳳城 錬介(ka6053)が思案に耽るカズマの意識を呼び戻した。
上空に渦巻く負のマテリアルは相当のものだ。
「厄介な事になる前に龍尾城に戻る必要があるな」
「俺もそう思います」
二人が空を見上げて見守る中、突如として負のマテリアルの流れが変わった。
まるで意識を持っているような、うねりが広がる。
「「流れが!!」」
カズマと錬介の言葉が重なる。
禍々しい負のマテリアルが奔流となって、先程までハンター達が戦っていた地へと流れだしたからだ。
●獄炎の影
空高く。それは大型の猛禽類ですらも到達できない程、高い場所から見れば、東方の地に五芒星が描かれている事が見えただろう。
枯れた龍脈。各頂点に置かれた憤怒祭壇が負のマテリアルの光を放っているのだ。
「……失敗ですか?」
元憤怒王 蓬生の言葉に、狐卯猾(こうかつ)は悔しそうに端正な顔を歪める。
彼女の狙いはもっと別の“もの”だったからだ。
「忌々しい事!」
「さて、見届ける必要もないので、私は帰りますよ」
吸い込まれるような負のマテリアルの動きは、狐卯猾が想定していたものと違っていた。
“ある目的”を達する為に、凶術――五芒星術式――を用いた。狙い通り、負のマテリアルは五芒星の中心へと集まるはずだった。
「獄炎め! 人間に敗れるだけではなく、邪魔までするか!」
狐卯猾が憤怒らしく怒り叫ぶ。
五芒星術式により集結した負のマテリアルは五芒星内の他の負のマテリアルすらも寄せ集めた。
そして、それらは……突如として、『別の場所』へと流れを変えたのだ。
途切れる事なき憤りに。
底無しに届く怒りに。

九蛇頭尾大黒狐 獄炎
その残留思念に、五芒星術式の負のマテリアルが交わった事で、あってはならない事態になったのだ。
もやの様に真っ黒な巨大な影が、大地に広がった後、そのまま立ち上がる。その影姿は紛れもなく、獄炎の影と形容できるものだった。
「でも、これで、天ノ都が陥落すれば、それはそれで変わらないわ」
それまで、散々、怒りをぶちまけ続けた狐卯猾は気を取り直す。
そう、最終的な結果が“変わらなければ”問題ないのだから。
「ふふふ。それじゃ、人間共が右往左往する姿、見させて貰いましょうか」
ニヤリと口元を緩めて、狐卯猾は獄炎の影を見つめた。
●龍尾城
天ノ都南に憤怒王 獄炎の影を持つ強大な歪虚が出現。
その一報が入る前から、龍尾城の天守閣からは、獄炎の影を遠くに目視できた。それだけ、巨大という事だ。
「これは……歪虚の狙いは、憤怒王の復活か」
左大臣 足柄天晴がぐっと力が入った視線を歪虚に向けたまま呟く。
遠く離れているはずなのに、発せられる負のマテリアルが、ここまで感じられる。
あれが、そのまま天ノ都へと向かってきたら、文字通り、都は灰塵の地となるはずだ。そして、今、都が崩壊してしまえば、復興途上の東方は再起不能となる。
「なんという事か! こうなったのも、秘宝を管理していた武家の責任だ!」
公家の一人が叫ぶと、追随するように武家の武士も声を挙げる。
「秘宝には上位6武家による共同統治も描かれていたそうじゃないか!」

立花院 紫草
序列の低い武家の武士達が今こそとばかりに、叫び、立ち上がった。
そして、その者達が一斉に立花院 紫草(kz0126)へと詰め寄る――前に、別の武士達がその前に立ち塞がった。
「言い掛かりも大概にしろ! そもそも、上位6武家の協力がなければ、とうの昔に東方は滅んでいたのだぞ!」
「この恩知らず共めが!」
大広間はまさに一触即発の状態。
あちらこちらで怒号が飛び交う。
「静まりなさい!」
その一喝は、紫草ではなく、左大臣 足柄天晴のものだった。
ブツブツと呟くように恨み声があちらこちらから聞こえてくるが、それでも、その一喝で大広間は静けさを取り戻した。
「今は国難の時。責任の所在は生き残ってから行うべき事」
周囲に向かって言った後、天晴は、紫草へと視線を向けた。
「征夷大将軍。あの獄炎の影に勝てるか?」
広間全員が紫草へと向けられる。
しばしの間が開いた。幾人かが生唾を飲み込む。
東方最強の武士であり、深謀深慮の策士でもある紫草が、ここまで長く、言葉を発しないのは、少なくとも、この場に居合わせた者は知らない事だった。
「……あれが、もし、獄炎と同等とすれば……勝てませんね」
漸くにして言った台詞に、大広間がどよめく。
「一度勝った相手に勝てないと?」
「獄炎を倒した時は、黒龍と龍脈の力があった為です。今……黒龍は滅び、龍脈は枯れた。私達だけで戦わなくてなりません。しかし、幕府の即応部隊は恵土城に。天ノ都の防衛部隊だけでは戦力が圧倒的に足りません」
天晴の言葉に紫草は淡々と答えた。
「被害覚悟で天ノ都を放棄する手は……」
武家の中から誰かが言った。
勝てない相手に無理して挑む事はない。限られた戦力で獄炎の影に挑めば、その間に、天ノ都に住む人々を避難させる事はできるかもしれない。
だが、紫草は首を横に振った。
「天ノ都を失う訳にはいきません。何故なら、転移門が使えなくなるからです。それは東西の分断を意味します」
現状、西方諸国と繋がっているのは転移門だ。
陸地ルートや海上ルートが使えない訳ではない。だが、それはとてもではないが、簡単に渡れる手段ではないのだ。
それゆえ、転移門を失い、西方諸国との関係が分断されてしまえば、戦力を立て直す方法は無い……。
「では、どうしようもないという事か」
「……一つだけ、勝利への僅かな道が残っています」
紫草はそう告げて、大広間を見回した。
この国難に打ち勝てる、たった一つの最後の手段。それは――。
「ハンター達です。転移門が健在なうちに多くのハンターを呼び、あの歪虚を迎え撃つのです!」
(執筆:赤山優牙)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「ひとまずの幕下り」(2月20日更新)
●一難去って……
凶術――五芒星術式――により、天ノ都の南に出現した憤怒王 獄炎の影。
獄炎の影討伐に向かったハンター達はその巨大なサイズに翻弄されながらも幕府軍と協力。戦線の再構築し、足止めと後衛からの火力により獄炎の影を討伐することが出来た。
天ノ都自体も、スメラギ達を守り抜いたことで結界陣が維持され、建物などには被害が及んでいない。
……が、幕府軍、公家の兵共に大きな損害を出し、無傷と言う訳にはいかなかった。
「……まあ、これだけの被害で済んで御の字だったとは思います。今回も皆さんに助けられましたね。ありがとうございました」
「ううん。傭兵として出来ることをしただけだから。獄炎の影、存外足が速かったけどなかなかやりがいあったよ」
立花院 紫草(kz0126)の言葉に余裕を見せるアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
彼女の言う『やりがい』は『殺り甲斐』って書くんじゃないのかな……なんて考えていた鞍馬 真(ka5819)は、反れた思考を戻すように頭を捻る。
「これにて一件落着、とはいかないだろう。これからの方が問題なんじゃないのか?」
「まあ、そうですね……」
言葉を濁す紫草。
そもそも、今回の獄炎の影の出現は何者かによる凶術によるもの。
そしてそれは、エトファリカ・ボードに示されていた場所に存在する祭壇を破壊することで起きた。
エトファリカ・ボードの調査結果を提示する約束をしていた矢先の事件だったこともあり、公家達の厳しい追及は免れないだろう――。
「その、調査ってもう済んでるの?」
「ええ。エトファリカ・ボードについては。問題は誰があの五芒星を描いたのか……という部分ですね」
「……? 五芒星って最初から描いてあったんじゃないの?」
紫草の物言いに違和感を覚えて首を傾げるアルト。真はハッとして背の高い征夷大将軍を見上げる。
「まさかとは思うが……紫草さん、エトファリカ・ボードの正体を知ってるのか?」
「……そのお話はまた改めてにしましょうか。他にも気になることが色々とありますしね」
否定も肯定もせず、にっこりと笑う紫草に引き攣った笑みを返す2人。
――エトファリカの征夷大将軍殿は、一筋縄ではいかないな……と改めて思ったのだった。
●人柱の思い
獄炎の影の消滅を確認してから結界陣を解き、残務を部下に任せて城に戻ったスメラギ(kz0158)は、執務室に着いた途端椅子に突っ伏した。
「……クソ。ちっと無理し過ぎたか……」
真っ白になる視界。上手く呼吸ができない。身体も椅子からズルズルと落ち続けて、床に倒れ込む。
術式に参加した大半の陰陽師達は体力が尽きてその場から動けなくなった。
儀式を手伝っていた九代目詩天 三条 真美(kz0198)もまた体力の消耗が激しく、他の術師達と共に医術寮に運び込まれている。
それだけ、結界陣を維持するというのは肉体に負担がかかることであり、スメラギがここまで歩いて戻って来られたのも、ただ単に周囲に心配かけまいとやせ我慢を続けた結果だった。
――こんなところを紫草に見られようものならあっと言う間に奥の間に放り込まれて面会謝絶の札を立てられかねない。
国の護りの要が倒れたなんてことになったら、民が不安に思う。
――動け。動け俺様の身体……!!
深呼吸するスメラギ。少しだけ戻る視界。重たい身体を引きずって、彼は椅子に座り込む。
――あと何回、結界陣が敷けるだろうか。
黒龍の力も、龍脈の力もほぼない状態で敷ける陣などたかが知れているけれど。
国の危機が迫れば迷わず陣を敷く選択をする。
そしてこれを繰り返す度に、自分の命は削り取られて行くのだろう。
別に自分の命は惜しいとも思わないけれど。
守ると決めた国や民を途中で放り出す結果になるのは悔しいと思う。
自分が身体を張れば、一層跡継ぎを求める声が強くなる。
黒龍の巫(かんなぎ)である帝の嫡子は国を守る礎となるから。
――だからこそ、世継ぎを残す気にはなれなかった。
自分達歴代の帝は、有体に言えば『人柱』だ。
国を守る為の生贄。
――帝の子として生まれる業。
そんな運命を自分の子に背負わせるなど。自分が大嫌いだった大人達と同じではないか。
――例え自分が世継ぎを残さないまま世を去ったとしても、この国の者達はまた新たな生贄を作り出すだろう。
そうしなければ、国を守ることが出来ないから――。
――変えなくては。根本から。
幕府とか朝廷とか、そんなつまらない権力争いも。
誰かを生贄にして国を守ることも。
全て、全て――。
「分かってる。分かってるんだけど……一体何から手つけりゃいいんだよ……!」
頭を抱えるスメラギ。
深い苦悩に満ちたため息。
その時、ふと……友人であるハンターと、史郎(kz0242)の顔が思い浮かんだ。
――そうだ。以前は独りだったが、今はそうじゃない。
彼らに話せば、手を貸してもらえるかもしれない……。
今度会って話を……でも、何をどう話したらいいだろう――。
そんなことをぐるぐると考えていたスメラギ。体力の限界が来たのか、椅子に座ったまま眠りに落ちた。
●消えた影
「やあ、獄炎の影は消えましたか。うん、流石はハンターといったところですねえ」
どこか喜びを滲ませた元憤怒王 蓬生の言葉に、狐卯猾(こうかつ)は酷く冷たい目線を向ける。
「蓬生お兄さん、それは嫌味なの……?」
「まさか! 一度ならず二度までも『私』を倒すなんて、ハンターは厄介だなあと思っていただけですよ」
口角を上げて笑う蓬生。
――勿論、彼が抱いた感想は嘘ではない。
ハンターは強くて厄介だ。
どんな苦境にもめげないし、どんな絶望にも歯向かってくる。
――そういう、ハンターの『生き汚い』とも言える様子がとても好きなのだ。
「最終的に、天ノ都は落ちなかった。……この結果をどう見ますか?」
「悔しいけれど、今回は私の負け、ということになりますね……。もう一度仕切り直さなくては」
兄の問いに狐耳を揺らして唇を噛む狐卯猾。
蓬生はうんうん、と頷いてお茶を啜る。
「貴女は思ったより物事を良く見ていますね。その調子なら独りでも大丈夫でしょう」
「お兄さん、協力して下さらないの?」
「以前から協力はお断りしているはずですよ。貴女がこの国をどうしようが私は構いませんので」
湯呑を置き、立ち去る蓬生。
その背を、苛立ちの籠った目で睨みつける。
「死してなお邪魔をした獄炎といい、兄さんといい忌々しい……! 王の座を譲ると言うのなら素直に私のいう事に従えばいいものを!」
苛立ちを込めて椅子を蹴る狐卯猾。次の瞬間、いい考えが浮かんだのか目を輝かせる。
「……協力はしない、と仰いましたけど。利用してはいけない、とは言いませんでしたわよね。蓬生お兄さん……?」
狐卯猾は赤い唇に冷酷な笑みを浮かべた。
「さて、これからどうしましょうか。そろそろ青木さんとの約束も果たさないといけませんかね……」
狐卯猾と別れた蓬生は団子を求めて歩きつつ、数少ないお友達である青木 燕太郎(kz0166)のことを思い浮かべていた。
彼が許してくれるのであれば、もう少しだけハンターのあがきを見ていたい気もするけれど。
あの『妹』が妙なことをするのは興が削がれる。
――ああ、そうだ。彼女を驚かせる為に、青木さんに食べられてみるのも一興かもしれない。
「ひとまず、青木さんにお手紙を送ってみましょうかねえ」
うんうん、と頷く蓬生。遠目に茶屋を見つけていそいそと早足で向かった。

立花院 紫草

アルト・ヴァレンティーニ

鞍馬 真
獄炎の影討伐に向かったハンター達はその巨大なサイズに翻弄されながらも幕府軍と協力。戦線の再構築し、足止めと後衛からの火力により獄炎の影を討伐することが出来た。
天ノ都自体も、スメラギ達を守り抜いたことで結界陣が維持され、建物などには被害が及んでいない。
……が、幕府軍、公家の兵共に大きな損害を出し、無傷と言う訳にはいかなかった。
「……まあ、これだけの被害で済んで御の字だったとは思います。今回も皆さんに助けられましたね。ありがとうございました」
「ううん。傭兵として出来ることをしただけだから。獄炎の影、存外足が速かったけどなかなかやりがいあったよ」
立花院 紫草(kz0126)の言葉に余裕を見せるアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)。
彼女の言う『やりがい』は『殺り甲斐』って書くんじゃないのかな……なんて考えていた鞍馬 真(ka5819)は、反れた思考を戻すように頭を捻る。
「これにて一件落着、とはいかないだろう。これからの方が問題なんじゃないのか?」
「まあ、そうですね……」
言葉を濁す紫草。
そもそも、今回の獄炎の影の出現は何者かによる凶術によるもの。
そしてそれは、エトファリカ・ボードに示されていた場所に存在する祭壇を破壊することで起きた。
エトファリカ・ボードの調査結果を提示する約束をしていた矢先の事件だったこともあり、公家達の厳しい追及は免れないだろう――。
「その、調査ってもう済んでるの?」
「ええ。エトファリカ・ボードについては。問題は誰があの五芒星を描いたのか……という部分ですね」
「……? 五芒星って最初から描いてあったんじゃないの?」
紫草の物言いに違和感を覚えて首を傾げるアルト。真はハッとして背の高い征夷大将軍を見上げる。
「まさかとは思うが……紫草さん、エトファリカ・ボードの正体を知ってるのか?」
「……そのお話はまた改めてにしましょうか。他にも気になることが色々とありますしね」
否定も肯定もせず、にっこりと笑う紫草に引き攣った笑みを返す2人。
――エトファリカの征夷大将軍殿は、一筋縄ではいかないな……と改めて思ったのだった。
●人柱の思い

スメラギ

三条 真美
「……クソ。ちっと無理し過ぎたか……」
真っ白になる視界。上手く呼吸ができない。身体も椅子からズルズルと落ち続けて、床に倒れ込む。
術式に参加した大半の陰陽師達は体力が尽きてその場から動けなくなった。
儀式を手伝っていた九代目詩天 三条 真美(kz0198)もまた体力の消耗が激しく、他の術師達と共に医術寮に運び込まれている。
それだけ、結界陣を維持するというのは肉体に負担がかかることであり、スメラギがここまで歩いて戻って来られたのも、ただ単に周囲に心配かけまいとやせ我慢を続けた結果だった。
――こんなところを紫草に見られようものならあっと言う間に奥の間に放り込まれて面会謝絶の札を立てられかねない。
国の護りの要が倒れたなんてことになったら、民が不安に思う。
――動け。動け俺様の身体……!!
深呼吸するスメラギ。少しだけ戻る視界。重たい身体を引きずって、彼は椅子に座り込む。
――あと何回、結界陣が敷けるだろうか。
黒龍の力も、龍脈の力もほぼない状態で敷ける陣などたかが知れているけれど。
国の危機が迫れば迷わず陣を敷く選択をする。
そしてこれを繰り返す度に、自分の命は削り取られて行くのだろう。
別に自分の命は惜しいとも思わないけれど。
守ると決めた国や民を途中で放り出す結果になるのは悔しいと思う。
自分が身体を張れば、一層跡継ぎを求める声が強くなる。
黒龍の巫(かんなぎ)である帝の嫡子は国を守る礎となるから。
――だからこそ、世継ぎを残す気にはなれなかった。
自分達歴代の帝は、有体に言えば『人柱』だ。
国を守る為の生贄。
――帝の子として生まれる業。
そんな運命を自分の子に背負わせるなど。自分が大嫌いだった大人達と同じではないか。
――例え自分が世継ぎを残さないまま世を去ったとしても、この国の者達はまた新たな生贄を作り出すだろう。
そうしなければ、国を守ることが出来ないから――。
――変えなくては。根本から。
幕府とか朝廷とか、そんなつまらない権力争いも。
誰かを生贄にして国を守ることも。
全て、全て――。

史郎
頭を抱えるスメラギ。
深い苦悩に満ちたため息。
その時、ふと……友人であるハンターと、史郎(kz0242)の顔が思い浮かんだ。
――そうだ。以前は独りだったが、今はそうじゃない。
彼らに話せば、手を貸してもらえるかもしれない……。
今度会って話を……でも、何をどう話したらいいだろう――。
そんなことをぐるぐると考えていたスメラギ。体力の限界が来たのか、椅子に座ったまま眠りに落ちた。
●消えた影

蓬生
どこか喜びを滲ませた元憤怒王 蓬生の言葉に、狐卯猾(こうかつ)は酷く冷たい目線を向ける。
「蓬生お兄さん、それは嫌味なの……?」
「まさか! 一度ならず二度までも『私』を倒すなんて、ハンターは厄介だなあと思っていただけですよ」
口角を上げて笑う蓬生。
――勿論、彼が抱いた感想は嘘ではない。
ハンターは強くて厄介だ。
どんな苦境にもめげないし、どんな絶望にも歯向かってくる。
――そういう、ハンターの『生き汚い』とも言える様子がとても好きなのだ。
「最終的に、天ノ都は落ちなかった。……この結果をどう見ますか?」
「悔しいけれど、今回は私の負け、ということになりますね……。もう一度仕切り直さなくては」
兄の問いに狐耳を揺らして唇を噛む狐卯猾。
蓬生はうんうん、と頷いてお茶を啜る。
「貴女は思ったより物事を良く見ていますね。その調子なら独りでも大丈夫でしょう」
「お兄さん、協力して下さらないの?」
「以前から協力はお断りしているはずですよ。貴女がこの国をどうしようが私は構いませんので」
湯呑を置き、立ち去る蓬生。
その背を、苛立ちの籠った目で睨みつける。
「死してなお邪魔をした獄炎といい、兄さんといい忌々しい……! 王の座を譲ると言うのなら素直に私のいう事に従えばいいものを!」
苛立ちを込めて椅子を蹴る狐卯猾。次の瞬間、いい考えが浮かんだのか目を輝かせる。
「……協力はしない、と仰いましたけど。利用してはいけない、とは言いませんでしたわよね。蓬生お兄さん……?」
狐卯猾は赤い唇に冷酷な笑みを浮かべた。
「さて、これからどうしましょうか。そろそろ青木さんとの約束も果たさないといけませんかね……」
狐卯猾と別れた蓬生は団子を求めて歩きつつ、数少ないお友達である青木 燕太郎(kz0166)のことを思い浮かべていた。
彼が許してくれるのであれば、もう少しだけハンターのあがきを見ていたい気もするけれど。
あの『妹』が妙なことをするのは興が削がれる。
――ああ、そうだ。彼女を驚かせる為に、青木さんに食べられてみるのも一興かもしれない。
「ひとまず、青木さんにお手紙を送ってみましょうかねえ」
うんうん、と頷く蓬生。遠目に茶屋を見つけていそいそと早足で向かった。
(執筆:猫又ものと)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「再びの幕開け」(10月10日更新)
●続く諍い
龍尾城の大広間に上位武家の代表や代理、朝廷を支えている公家の中でも有力な者達が集まっていた。
定期的な儀式によるものではなく、緊急に開かれた御前会議だ。
会議の内容は主に大噴火を起こした憤怒火口に関するものだったが、ある公家の者が“秘宝”に絡む上位武家への疑惑を口にして、話が脱線した。
「今一度、訊ねますが、秘宝に描かれていた『上位6武家の共同統治』。全く心覚えはないと?」
公家の一人が強い口調で言い放つ。
秘宝『エトファリカ・ボード』は、東方の地図を描いたような絵の宝物であった。
上位武家による共同統治を密約した証拠――そう、公家は主張していた。
「やめなさい。何度も同じ答えを言わせるつもりですか」
止めに入ったのは上位武家ではなく、太陽のように眩しい禿げ頭を持つ朝廷の左大臣 足柄天晴だ。
無意味な事を口走った同胞に対して止めた……というよりかは、武家の変わらない返事に対して時間が勿体ないと思っただけの事。
この御前会議は秘宝の真偽を確かめる為ではない。そんなものは、確かめようがないのだ。
大事なのは、上位武家の求心力の低下。そして、公家が代わって力を付け、国難を乗り越える事だ。
「俺様は上位武家がそんな事をするとは思ってねぇ。けどよ、納得できねぇ奴がいるのも確かだろ」
退屈そうにしていたスメラギ(kz0158)が全員を見渡しながら言う。
幕府としては体面を保持したい。公家は幕府の力を削ぎたい。
そんな空気はこれまで政治や政争に疎かったスメラギですらも感じられた。
だからこそ、この状況自体が東方の帝にとって許せなかったのだ。今、こうしている間にも、憤怒火口から敵が溢れ出しているのだから。
そして、多くの民が苦しんでいるのだ。
「上位武家を代表して、私が改めてスメラギ様にお誓い致します。我ら東方全ての武家は、東方帝であるスメラギ様と東方の民の為に在ると」
「それは俺様が決めた事にもか?」
「いかにも」
躊躇う事無く、深々と頭を下げる立花院 紫草(kz0126)。
まるで茶番だ。天晴は心の中でそう感じながら、良い形で終わろうとしている所に釘を刺す言葉を練る。
そして、一息置いてから、それを口にしようとしたその時だった。
「ハンターを雇う。朝廷でも幕府でもなく、俺様自身で」
先に言葉を発したのはスメラギだった。
「一体何をなさるおつもりですか?」
「俺様もいつまでも子供じゃねーってとこを見せてやろうかと思ってよ」
屈託なく笑うスメラギに紫草が微笑を浮かべた。
「幕府としては特に問題ありません。ハンター達は救国の士でもあり、スメラギ様と親しいハンターも居ると聞いている故……公家の皆様はいかがなさいますか?」
「帝としての公務に支障が無ければ、異論はありません」
いつもと変わらない表情で天晴は答える。
スメラギが何かしたいという気持ちを抱いているのは昔からだ。
帝らしからぬ所もあるので、見ていないと不安にもなるが、自発的な行動を否定している訳でもない。
紫草がわざとらしく咳払いした。
話が大分と逸れてしまったから、仕切り直しという事だろう。
「さて、公家の中にも、武家の中にも、上位武家に対し不信感を抱かれているというのであれば、行動で示すのみです」
「それは、どのような形ですかな?」
「憤怒火口の出現により、恵土城が分断されています。そこで、転移門を設置したいと考えます」
街道は憤怒歪虚が出没しており危険な状態だ。
転移門で繋がれば、少なくとも、覚醒者の行き来は可能。必要であれば、ハンターを呼ぶ事だってできる。
「門の設置には莫大な資源が必要となるが、それを上位武家が負担するという事ですかな?」
「ご不満でしょうか?」
紫草の挑戦的な台詞に対し、一呼吸置いてから天晴は答える。
「よろしいかと思います。幸い、符術を得意とする者らも恵土城には滞在しているので、公家としても協力しましょう」
「それは頼もしい限りです」
両者の視線が宙でぶつかる。
疑惑のある上位武家のいわば、“反省”を公家が寛大な心で許したような形だろうか。
これを多くの武家がどう判断するか……。
「また、幕府軍だけでは戦力が足りていません。憤怒の急襲を受けて危険な街もあるでしょうし、敵の情報も不足しています」
「不足する分は公家からも協力するように連絡しておきますが……ハンターズソサエティには?」
天晴の質問に紫草は頷いて答える。
「ハンターの方々にも協力をお願いしたいと思っています。もっとも、依頼を受けて下さるかどうかは別ですが……」
貧しい武家からは満足な依頼も出せないかもしれない。
かといって、依頼に必要な費用を全額、幕府が拠出するのも不可能だ。
この辺りは課題として残るが、とりあえずは御前会議が一段落しただろう。紫草は、姿勢を正してスメラギに視線を向けた。
「それでは、スメラギ様。御前会議の内容を確認頂きたいと思います。まず、憤怒火口から出現した憤怒勢力には各地の武家が対応する事、孤立した恵土城には転移門を設置。維持を含めた負担は上位武家が拠出する事。以上でよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ないぜ。それと、俺様がハンターを雇う事も付け加えてくれ」
スメラギは天晴の視線を感じつつ返事をした。
あの禿げ頭の事だ。ハンターへの依頼内容も監視しているかもしれない。
(さてどうするか……。そういや、天ノ都に頼もしい草の者がいるって聞いたことあるな。そいつに接触してみるか……)
何が起きるか分からない以上、手札は多い方がいい。
頼もしいっていうくらいだから老齢なのかね――。
スメラギは、黒い頭巾の老獪な忍びを思い浮かべていた。
●天ノ都の一角で
憤怒火口の大噴火による東方の地、あちらこちらに憤怒の歪虚や雑魔が出没するようになった。
経済活動が止まってしまう程で無かっただけマシだったかもしれない。
むしろ、戦の準備で武具や兵糧の取引が多くなり、危険な街道を通るのに護衛や討伐隊が編制され、天ノ都は活気に満ちていた。
「これはいよいよ、忙しくなってくるかな」
転移門を通り、東方の地に戻って来た一人の美少年が周囲を見渡して、そう呟いた。
次に売れる品物はなんだろうか。避難グッズなんていいかもしれない。
そういえば、ハンター向けのサバイバルキットなんかあったような――そんな事を思いながら歩き、ふと、視界に入った“目印”に気が付いた。
「……呼び出しかな? 何の用だろう」
人の行き交いが多くなった為に増設された伝言板に、自身の稼業への依頼を示す“目印”がされていたからだ。
美少年は首を傾げながら、返事を残すのであった。
龍尾城の大広間に上位武家の代表や代理、朝廷を支えている公家の中でも有力な者達が集まっていた。
定期的な儀式によるものではなく、緊急に開かれた御前会議だ。
会議の内容は主に大噴火を起こした憤怒火口に関するものだったが、ある公家の者が“秘宝”に絡む上位武家への疑惑を口にして、話が脱線した。
「今一度、訊ねますが、秘宝に描かれていた『上位6武家の共同統治』。全く心覚えはないと?」
公家の一人が強い口調で言い放つ。
秘宝『エトファリカ・ボード』は、東方の地図を描いたような絵の宝物であった。
上位武家による共同統治を密約した証拠――そう、公家は主張していた。
「やめなさい。何度も同じ答えを言わせるつもりですか」
止めに入ったのは上位武家ではなく、太陽のように眩しい禿げ頭を持つ朝廷の左大臣 足柄天晴だ。
無意味な事を口走った同胞に対して止めた……というよりかは、武家の変わらない返事に対して時間が勿体ないと思っただけの事。
この御前会議は秘宝の真偽を確かめる為ではない。そんなものは、確かめようがないのだ。
大事なのは、上位武家の求心力の低下。そして、公家が代わって力を付け、国難を乗り越える事だ。
「俺様は上位武家がそんな事をするとは思ってねぇ。けどよ、納得できねぇ奴がいるのも確かだろ」
退屈そうにしていたスメラギ(kz0158)が全員を見渡しながら言う。

スメラギ

立花院 紫草
そんな空気はこれまで政治や政争に疎かったスメラギですらも感じられた。
だからこそ、この状況自体が東方の帝にとって許せなかったのだ。今、こうしている間にも、憤怒火口から敵が溢れ出しているのだから。
そして、多くの民が苦しんでいるのだ。
「上位武家を代表して、私が改めてスメラギ様にお誓い致します。我ら東方全ての武家は、東方帝であるスメラギ様と東方の民の為に在ると」
「それは俺様が決めた事にもか?」
「いかにも」
躊躇う事無く、深々と頭を下げる立花院 紫草(kz0126)。
まるで茶番だ。天晴は心の中でそう感じながら、良い形で終わろうとしている所に釘を刺す言葉を練る。
そして、一息置いてから、それを口にしようとしたその時だった。
「ハンターを雇う。朝廷でも幕府でもなく、俺様自身で」
先に言葉を発したのはスメラギだった。
「一体何をなさるおつもりですか?」
「俺様もいつまでも子供じゃねーってとこを見せてやろうかと思ってよ」
屈託なく笑うスメラギに紫草が微笑を浮かべた。
「幕府としては特に問題ありません。ハンター達は救国の士でもあり、スメラギ様と親しいハンターも居ると聞いている故……公家の皆様はいかがなさいますか?」
「帝としての公務に支障が無ければ、異論はありません」
いつもと変わらない表情で天晴は答える。
スメラギが何かしたいという気持ちを抱いているのは昔からだ。
帝らしからぬ所もあるので、見ていないと不安にもなるが、自発的な行動を否定している訳でもない。
紫草がわざとらしく咳払いした。
話が大分と逸れてしまったから、仕切り直しという事だろう。
「さて、公家の中にも、武家の中にも、上位武家に対し不信感を抱かれているというのであれば、行動で示すのみです」
「それは、どのような形ですかな?」
「憤怒火口の出現により、恵土城が分断されています。そこで、転移門を設置したいと考えます」
街道は憤怒歪虚が出没しており危険な状態だ。
転移門で繋がれば、少なくとも、覚醒者の行き来は可能。必要であれば、ハンターを呼ぶ事だってできる。
「門の設置には莫大な資源が必要となるが、それを上位武家が負担するという事ですかな?」
「ご不満でしょうか?」
紫草の挑戦的な台詞に対し、一呼吸置いてから天晴は答える。
「よろしいかと思います。幸い、符術を得意とする者らも恵土城には滞在しているので、公家としても協力しましょう」
「それは頼もしい限りです」
両者の視線が宙でぶつかる。
疑惑のある上位武家のいわば、“反省”を公家が寛大な心で許したような形だろうか。
これを多くの武家がどう判断するか……。
「また、幕府軍だけでは戦力が足りていません。憤怒の急襲を受けて危険な街もあるでしょうし、敵の情報も不足しています」
「不足する分は公家からも協力するように連絡しておきますが……ハンターズソサエティには?」
天晴の質問に紫草は頷いて答える。
「ハンターの方々にも協力をお願いしたいと思っています。もっとも、依頼を受けて下さるかどうかは別ですが……」
貧しい武家からは満足な依頼も出せないかもしれない。
かといって、依頼に必要な費用を全額、幕府が拠出するのも不可能だ。
この辺りは課題として残るが、とりあえずは御前会議が一段落しただろう。紫草は、姿勢を正してスメラギに視線を向けた。
「それでは、スメラギ様。御前会議の内容を確認頂きたいと思います。まず、憤怒火口から出現した憤怒勢力には各地の武家が対応する事、孤立した恵土城には転移門を設置。維持を含めた負担は上位武家が拠出する事。以上でよろしいでしょうか?」
「あぁ、問題ないぜ。それと、俺様がハンターを雇う事も付け加えてくれ」
スメラギは天晴の視線を感じつつ返事をした。
あの禿げ頭の事だ。ハンターへの依頼内容も監視しているかもしれない。
(さてどうするか……。そういや、天ノ都に頼もしい草の者がいるって聞いたことあるな。そいつに接触してみるか……)
何が起きるか分からない以上、手札は多い方がいい。
頼もしいっていうくらいだから老齢なのかね――。
スメラギは、黒い頭巾の老獪な忍びを思い浮かべていた。
●天ノ都の一角で
憤怒火口の大噴火による東方の地、あちらこちらに憤怒の歪虚や雑魔が出没するようになった。
経済活動が止まってしまう程で無かっただけマシだったかもしれない。
むしろ、戦の準備で武具や兵糧の取引が多くなり、危険な街道を通るのに護衛や討伐隊が編制され、天ノ都は活気に満ちていた。
「これはいよいよ、忙しくなってくるかな」
転移門を通り、東方の地に戻って来た一人の美少年が周囲を見渡して、そう呟いた。
次に売れる品物はなんだろうか。避難グッズなんていいかもしれない。
そういえば、ハンター向けのサバイバルキットなんかあったような――そんな事を思いながら歩き、ふと、視界に入った“目印”に気が付いた。
「……呼び出しかな? 何の用だろう」
人の行き交いが多くなった為に増設された伝言板に、自身の稼業への依頼を示す“目印”がされていたからだ。
美少年は首を傾げながら、返事を残すのであった。
(執筆:赤山優牙)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「杯中の蛇影」(11月20日更新)
●憤怒の逆襲
龍尾城の大広間で立花院 紫草(kz0126)が側近からの報告を聞いていた。
いずれも、諸武家からの報告である。
「『早急に援軍を願います』との事です」
「幕府軍には余力はないのが現状、ハンター達に協力をお願いするしかないでしょう」
憤怒火口から溢れ出た憤怒歪虚や雑魔が東方各地で暴れているのだ。
噴火自体は落ち着いてきているが、膨大な数の憤怒が出現しているのは間違いない。
復興途上であった所を突かれ、幕府軍および中小武家は、各地で次々に敗北を続けている。
「費用の方は如何しますか?」
ハンター達を雇うにしても費用が掛かる。
中小武家の中には支払う事も難しい所もあるはずだ。かといって、上位武家にも援助している余裕はない。
「……宝物庫から価値のあるものをリゼリオ経由で流すしかありませんね」
「よろしいのですか?」
「万が一にも滅んでしまったら、宝物庫の意味もないですから」
紫草は微笑を浮かべた。
宝物庫の中に保管されている物の中には、世の中の役に立つ物もあるだろう。
有意義に使っていただけるなら、それもそれで良いはずだ。
「費用の方は……まぁ、何かしらの補填は必要かもしれませんが、それよりも公家の方ですね。今日も幾人か見えたようですが」
確認するように言った紫草の台詞に側近は静かに頷く。
憤怒火口から出現した憤怒との戦いに幕府軍は各地で負けている。
武家の本来の役割である“防衛”が出来ていないのだ。その事で、公家から毎日のように不満が出ている。
それも、日に日に酷くなっているのだ。
「……中には、指揮権を公家に渡せという過激な発言をする者も」
「まぁ、そうでしょうね」
「幕府の対応が後手後手になっている事で、公家側に回る武家も出てくるかと」
心配そうに側近は告げる。その通りだと紫草は心の中で同意した。
戦況はそれほどまでに酷い……少なくとも中小武家にとっては。
かといって上位武家だけで対応可能かと言われると、首を横に振るのが現状だ。
先の御登箭領での防衛戦も、ハンター達の参戦があったからこそ、防衛に成功したのだ。
「敵は戦上手です。上手く戦力を分散させて、こちらの戦力を集中させないつもりでしょう」
幕府の痛い所を突いてきているのだ。中小武家が総じて敗北してしまえば、幕府体制は成り立たない。
上位武家が援軍を出せたとしても、配下や影響する武家にどうしても優先せざる得ない。そうすると、援軍が届かない武家は公家を頼る事になるのは明白だ。
「このままだと武家の結束が崩れ、大変な事態になる恐れもあります」
「やはり、一刻も早く秘宝について確認が必要ですね」
諸武家の結束が崩れ出したもっともな切欠は、秘宝『エトファリカ・ボード』にあったとも言える。
上位武家による共同統治……その疑惑が晴れない限り、再び結束するのは難しいのかもしれない。
「しかし、秘宝は……」
「分かっています。だからこそ、確認の必要があるのです」
紫草には一つ、気になる事があった。宝物庫から“いつ”秘宝が紛失したのか、それを配下に調べさせていたのだ。
そして、得られた手掛かりに、紫草は直に接触するつもりであった。
秘宝の真実に辿り着く為に――。
●新しい国の為に
「……新しい政治の形、ですか?」
「おう。説明した通りだ。この国をな、共和制ってのにしたいと思ってるんだ」
「そうですか……」
エトファリカの新しい政治について懇々と語ったスメラギ(kz0158)をじっと見つめる紫草。
たっぷり5秒黙ってから、再び口を開く。
「……スメラギ様、何か悪いものでも食べたんですか?」
「あぁ!? 俺様正気だっつの!!」
「いや、これは失礼しました。……あまりにも非現実的な話でしたもので」
「……やっぱりお前もそう言うんだな」
「そう仰るということは、既にどなたかに相談されたんですね?」
「ああ、ハンターにな。皆口揃えてすぐに変えるのは無理だ、変えるのには最低でも10年くらいかかるってさ」
「仰る通りですね。まず国民に国を作る知識がない上、公家にも武家にも今の体制を大きく変更する理由がありません。……まあ、現状のわが国の情勢であれば、公家には案外スメラギ様の誘いに乗る方もいらっしゃるかもしれませんが」
「それって、結局幕府から権力を奪ってどうこうしたいだけだろうが。俺様がやりたいのはそういうことじゃねーんだ。つまらない権力争いも、誰かを生贄にして国を守ることも、全部ひっくるめて辞めて新しくしたいんだよ」
「……それはまた大きく出ましたね」
「大きい話だからお前に話したんだろうが!!」
「それもハンターさんからの入れ知恵ですか?」
にこやかに言う紫草にうぐ、と言葉に詰まるスメラギ。
図星だったのだろう。本当に分かりやすい人だ――。
先日ハンターを雇うと言っていたのは、きっとこの件だったのだろう。
『いつまでも子供じゃない』と本人も言っていたが。そうか……。
紫草は殊更深く微笑むと、スメラギを見る。
「……スメラギ様のなさりたいことは概ね分かりました。実現の為には色々と準備も必要になるでしょうが……エトファリカ武家四十八家門、第一位立花院家当主としてスメラギ様の力になるとお約束しましょう」
「ちょ、おま。そんな簡単に言っちまっていいのかよ!?」
「ええ。あなたが何を成そうとしているのか見届けたいですしね。その体制が実現すれば私も早々に引退して楽が出来そうですし」
「引退ってお前……」
「その体制が出来上がる頃には私も結構な歳になっている筈ですから。お早くして戴きたいものです」
「……うへえ。あんま圧力かけんなよな」
「とんでもない。スメラギ様の成長を喜んでいるだけですよ。……さて、軍議に呼ばれておりますので失礼しますね」
音もなく立ち上がる紫草。
……何だよ。俺様の考えは全てお見通しだったってことか。ああ、やっぱり勝てる気がしねえなー。
ずっと親代わりだった男の大きな背を見送りながら、そう思った。
●ひそやかな声
「あら。天晴様。そんな怖い顔をされてどうなさったの?」
「おお、おぬしか……。もっと近う寄れ」
艶やかな雰囲気を持つ美女に目を細める老翁。天晴と呼ばれた人物は、美女を手招きする。
「ちっと、面白くない話を聞いての。だが、おぬしの顔を見て気分が良うなったわ」
「あら……。お世辞でも嬉しいですわ」
「世辞などではないぞ。おぬしの腕は確かだしのう」
天晴の言葉に、ありがとうございます……と淑やかに頭を下げる美女。
この国の左大臣であるこの翁は、長年の付き合いのあるこの楽師をとても気に入っていた。
己の話を理解する賢さ、知識の幅広さを備え、三味線の腕も確かだ。
どこぞの高貴な血筋かと思ったが、そうではない。
これだけの器量がありながら平民の出自だというのなら、まことにもったいない話だ。
そんな天晴の考えを知ってか知らずか、美しい楽師は赤い唇に笑みを乗せる。
「天晴様にそんなお顔をさせるなんて、一体何がございましたの?」
「それがな……我が君がまた世迷言を言い出しおって……。まあ、世迷言を言うのはいつものことではあるのだが、今回は特に酷い」
「あらあら。天晴様もご心労が絶えませんわね。わたくしで良ければお話お伺いしましてよ。そうだわ、天晴様。わたくし、この間また視てもらいましたの。ほら、良く当たると評判の……」
「おお、おぬしが贔屓にしておる占い師だったか? 一体を占ってもらったのだ?」
「それはね……ちょっとお耳をお貸しくださいな」
妖艶な笑みを浮かべて耳に口を寄せる楽師。天晴はどこかぼんやりとした笑みを返した。
龍尾城の大広間で立花院 紫草(kz0126)が側近からの報告を聞いていた。
いずれも、諸武家からの報告である。
「『早急に援軍を願います』との事です」
「幕府軍には余力はないのが現状、ハンター達に協力をお願いするしかないでしょう」
憤怒火口から溢れ出た憤怒歪虚や雑魔が東方各地で暴れているのだ。
噴火自体は落ち着いてきているが、膨大な数の憤怒が出現しているのは間違いない。
復興途上であった所を突かれ、幕府軍および中小武家は、各地で次々に敗北を続けている。
「費用の方は如何しますか?」
ハンター達を雇うにしても費用が掛かる。
中小武家の中には支払う事も難しい所もあるはずだ。かといって、上位武家にも援助している余裕はない。
「……宝物庫から価値のあるものをリゼリオ経由で流すしかありませんね」
「よろしいのですか?」
「万が一にも滅んでしまったら、宝物庫の意味もないですから」
紫草は微笑を浮かべた。
宝物庫の中に保管されている物の中には、世の中の役に立つ物もあるだろう。
有意義に使っていただけるなら、それもそれで良いはずだ。
「費用の方は……まぁ、何かしらの補填は必要かもしれませんが、それよりも公家の方ですね。今日も幾人か見えたようですが」
確認するように言った紫草の台詞に側近は静かに頷く。
憤怒火口から出現した憤怒との戦いに幕府軍は各地で負けている。
武家の本来の役割である“防衛”が出来ていないのだ。その事で、公家から毎日のように不満が出ている。
それも、日に日に酷くなっているのだ。
「……中には、指揮権を公家に渡せという過激な発言をする者も」
「まぁ、そうでしょうね」
「幕府の対応が後手後手になっている事で、公家側に回る武家も出てくるかと」
心配そうに側近は告げる。その通りだと紫草は心の中で同意した。
戦況はそれほどまでに酷い……少なくとも中小武家にとっては。
かといって上位武家だけで対応可能かと言われると、首を横に振るのが現状だ。
先の御登箭領での防衛戦も、ハンター達の参戦があったからこそ、防衛に成功したのだ。
「敵は戦上手です。上手く戦力を分散させて、こちらの戦力を集中させないつもりでしょう」
幕府の痛い所を突いてきているのだ。中小武家が総じて敗北してしまえば、幕府体制は成り立たない。
上位武家が援軍を出せたとしても、配下や影響する武家にどうしても優先せざる得ない。そうすると、援軍が届かない武家は公家を頼る事になるのは明白だ。
「このままだと武家の結束が崩れ、大変な事態になる恐れもあります」
「やはり、一刻も早く秘宝について確認が必要ですね」
諸武家の結束が崩れ出したもっともな切欠は、秘宝『エトファリカ・ボード』にあったとも言える。
上位武家による共同統治……その疑惑が晴れない限り、再び結束するのは難しいのかもしれない。
「しかし、秘宝は……」
「分かっています。だからこそ、確認の必要があるのです」
紫草には一つ、気になる事があった。宝物庫から“いつ”秘宝が紛失したのか、それを配下に調べさせていたのだ。
そして、得られた手掛かりに、紫草は直に接触するつもりであった。
秘宝の真実に辿り着く為に――。
●新しい国の為に

スメラギ

立花院 紫草
「おう。説明した通りだ。この国をな、共和制ってのにしたいと思ってるんだ」
「そうですか……」
エトファリカの新しい政治について懇々と語ったスメラギ(kz0158)をじっと見つめる紫草。
たっぷり5秒黙ってから、再び口を開く。
「……スメラギ様、何か悪いものでも食べたんですか?」
「あぁ!? 俺様正気だっつの!!」
「いや、これは失礼しました。……あまりにも非現実的な話でしたもので」
「……やっぱりお前もそう言うんだな」
「そう仰るということは、既にどなたかに相談されたんですね?」
「ああ、ハンターにな。皆口揃えてすぐに変えるのは無理だ、変えるのには最低でも10年くらいかかるってさ」
「仰る通りですね。まず国民に国を作る知識がない上、公家にも武家にも今の体制を大きく変更する理由がありません。……まあ、現状のわが国の情勢であれば、公家には案外スメラギ様の誘いに乗る方もいらっしゃるかもしれませんが」
「それって、結局幕府から権力を奪ってどうこうしたいだけだろうが。俺様がやりたいのはそういうことじゃねーんだ。つまらない権力争いも、誰かを生贄にして国を守ることも、全部ひっくるめて辞めて新しくしたいんだよ」
「……それはまた大きく出ましたね」
「大きい話だからお前に話したんだろうが!!」
「それもハンターさんからの入れ知恵ですか?」
にこやかに言う紫草にうぐ、と言葉に詰まるスメラギ。
図星だったのだろう。本当に分かりやすい人だ――。
先日ハンターを雇うと言っていたのは、きっとこの件だったのだろう。
『いつまでも子供じゃない』と本人も言っていたが。そうか……。
紫草は殊更深く微笑むと、スメラギを見る。
「……スメラギ様のなさりたいことは概ね分かりました。実現の為には色々と準備も必要になるでしょうが……エトファリカ武家四十八家門、第一位立花院家当主としてスメラギ様の力になるとお約束しましょう」
「ちょ、おま。そんな簡単に言っちまっていいのかよ!?」
「ええ。あなたが何を成そうとしているのか見届けたいですしね。その体制が実現すれば私も早々に引退して楽が出来そうですし」
「引退ってお前……」
「その体制が出来上がる頃には私も結構な歳になっている筈ですから。お早くして戴きたいものです」
「……うへえ。あんま圧力かけんなよな」
「とんでもない。スメラギ様の成長を喜んでいるだけですよ。……さて、軍議に呼ばれておりますので失礼しますね」
音もなく立ち上がる紫草。
……何だよ。俺様の考えは全てお見通しだったってことか。ああ、やっぱり勝てる気がしねえなー。
ずっと親代わりだった男の大きな背を見送りながら、そう思った。
●ひそやかな声
「あら。天晴様。そんな怖い顔をされてどうなさったの?」
「おお、おぬしか……。もっと近う寄れ」
艶やかな雰囲気を持つ美女に目を細める老翁。天晴と呼ばれた人物は、美女を手招きする。
「ちっと、面白くない話を聞いての。だが、おぬしの顔を見て気分が良うなったわ」
「あら……。お世辞でも嬉しいですわ」
「世辞などではないぞ。おぬしの腕は確かだしのう」
天晴の言葉に、ありがとうございます……と淑やかに頭を下げる美女。
この国の左大臣であるこの翁は、長年の付き合いのあるこの楽師をとても気に入っていた。
己の話を理解する賢さ、知識の幅広さを備え、三味線の腕も確かだ。
どこぞの高貴な血筋かと思ったが、そうではない。
これだけの器量がありながら平民の出自だというのなら、まことにもったいない話だ。
そんな天晴の考えを知ってか知らずか、美しい楽師は赤い唇に笑みを乗せる。
「天晴様にそんなお顔をさせるなんて、一体何がございましたの?」
「それがな……我が君がまた世迷言を言い出しおって……。まあ、世迷言を言うのはいつものことではあるのだが、今回は特に酷い」
「あらあら。天晴様もご心労が絶えませんわね。わたくしで良ければお話お伺いしましてよ。そうだわ、天晴様。わたくし、この間また視てもらいましたの。ほら、良く当たると評判の……」
「おお、おぬしが贔屓にしておる占い師だったか? 一体を占ってもらったのだ?」
「それはね……ちょっとお耳をお貸しくださいな」
妖艶な笑みを浮かべて耳に口を寄せる楽師。天晴はどこかぼんやりとした笑みを返した。
●「口に蜜あり腹に剣あり」(1月9日更新)
●張られた罠
「……という訳でスメラギ様。暫くの間留守にしますので。何かありましたら朱夏をお使いください」
「おう、分かったけどよ。……お前がわざわざ出向く必要があるのかよ?」
「ええ。今ここで無理をするといよいよ幕府を糾弾する声が高まりますからね。……最近、憤怒王蓬生を東方で見かけた、なんていう話も聞きましたしね。あまりゆっくりもしていられない状況です」
「げ。それって大丈夫なのかよ?」
「さて、報告を聞いた限り、向こうとしてはこちらを傷つける意図はないようでしたが……腐っても歪虚王です。油断はできませんね」
「それってお前が出張ったら余計マズいやつなんじゃねえの……?」
「んー。そうですね。あまり使いたい手段ではなかったのですが……下手に草の者を使ってバレた時、足元を掬われますから。そうも言っていられないのですよ」
淡々と言う立花院 紫草(kz0126)に、渋い顔をするスメラギ(kz0158)。
――ハンター達や幕府軍の日々の対応により、憤怒火口からの勢いは徐々に弱まりつつある。
しかし、東方各地に飛散した歪虚や雑魔は残ったまま。
苦戦を続ける幕府軍に対し、日に日に公家の圧力が高まっていた。
すなわち、防衛という役目を、公家に渡せ――という訳だ。
今まで水面下でチクチクと嫌味を言うだけだったのが、最近は面と向かって会議で言うようにまでなって来ている。
公家に賛同する中小武家も徐々にだが増えてきていると言う話もある。
ここで下手を打つと、武家最上位第一家門の長『征夷大将軍』と上位六家門に対する不満が一気に爆発、そのまま公家に政権を奪われかねない。
「あー。そういう……。それでお前が直接……その、秘宝があるっていう安武城に乗り込むって訳か」
「理解が早くて助かります。その話が事実なら、どちらにせよハンターと一緒に行かなくてはなりませんしね」
「まあ、ハンターが一緒なら大丈夫か。くれぐれも無理すんなよ」
「おや。私を誰だとお思いですか? 歪虚に後れを取るようなことはありませんよ」
「あー。そりゃまあ、そうなんだけどよ」
涼やかに言う紫草に、頭をボリボリと掻くスメラギ。
確かにこの男には、武家の軍勢が束になってかかっても勝てないだろう。
スメラギでも足止め出来て数秒と言ったところではないだろうか。
――それでも、何だろう。この胸に宿る漠然とした不安は。
それを口に出さず、信を置く側近を見つめるスメラギ。紫草はその目線を受けて微笑む。
「……ところでスメラギ様は、公家や武家に例の計画についてお話されたんですか?」
「おう。話してみたぜ。好きにすればー? ってやつと、何馬鹿なこといってんだーってやつと、まあ反応はそれぞれだったけどな」
「それはそうでしょうね。スメラギ様の仰ることは公家や武家にとっては突拍子もないことでしょうし」
「まあなぁ。……ただ。ちょっと気になったことがあってな」
「何です?」
「こーいう話すりゃあ、馬鹿なこと言うなっていう奴らが出るのは予想してたんだけどよ。他人事なやつがいたのはどうにも解せねえ。国を治める立場の奴が何で口出して来ねえんだよ。おかしいじゃねえか」
「……スメラギ様は若いですねえ」
「アァ!? どういう意味だ!?」
呆れたように言う紫草に喰ってかかるスメラギ。
それに動じた様子もなく、銀髪の男は肩を竦めて見せる。
「国に関わる理由というのは人それぞれということですよ。……その辺りのことは、学ぶ……というよりは歳を重ねて経験して戴くしかありませんかね」
紫草を無言で睨み付けるスメラギ。
知識も、経験も足りない自覚はある。
紫草に分かることが自分には分からない。
……その、どうしようもない差を埋められる日は来るのだろうか。
スメラギはムスっとしたまま口を開く。
「とにかく! 復興のついでに学校も作りてぇんだ。予算の話とかもあるだろうから、帰って来たら相談に乗ってくれ」
「畏まりました。……ああ、そうそう。スメラギ様。詩天についても、気を払って差し上げてください。……三条家は今武家にとっても、公家にとっても要注意人物となっているはずです」
「あ? 気を付けてはいるけどよ。何でお前まで念押ししてくんだよ」
「真美姫は三条家当主。要するに武家の人間です。貴方と婚姻するということになれば、征夷大将軍の座を真美姫に譲渡することも出来るんですよ。その意味が分かりますね?」
「……あ」
「そういうことです。では、お願いしますね」
軽く頭を下げて立ち去る紫草。
この内々の会議の数日後、彼は安武城に旅立って行った。
――そこに、罠があるとも知らずに。
●古狸の企み
「天晴様。お待たせ致しました」
「おお、おぬしか……。待っておったぞ」
現れた艶やかな雰囲気を持つ美女を迎え入れる老翁。
足柄 天晴は美女を部屋の奥まで呼び寄せると付き人に人払いを頼む。
「……して、どうじゃ。首尾は?」
「はい。先生にお会い出来ましたわ。天晴様に宜しく伝えるよう言付かっております」
赤い唇に笑みを乗せる美女。天晴はふむ、と考え込む。
この楽師が言っている『先生』とは、最近天ノ都で良く当たると評判の占い師のことだ。
天晴自身、この楽師のいう占い師の話を最初は話半分に聞いていたのだが、天晴しか知らぬようなことまでピタリと言い当て、その後も楽師を通じて幾度となく助言があった為、すっかり信じるようになっていた。
「そうか。儂もその占い師とやらに直接目通りが叶うと良いのだが……」
「わたくしもその旨お話してみたのですが、何でもお告げを下さる精霊様が男性で、男性に会われるとヤキモチを焼かれるとか……」
「ふむ。そういった事情なら仕方あるまいのう。……して、その占い師は何と?」
「……はい。お耳をお貸しくださりませ」
妖艶な笑みを浮かべる楽師。するりと天晴に身を寄せて、ひそひそと小声で話す。
その話の内容に、天晴は眉を上げた。
「……それはまことか?」
「はい。天晴様の怨敵は近いうちに危機に陥ると……先生は間違いなくそう仰っておられましたわ。場所は古びた城とのこと。わたくしには何のことだか分かりませぬが、天晴様はお分かりになられますかしら」
「うむ……」
言葉を濁す天晴。
……草の者に探らせた結果、征夷大将軍が古城に向かうという情報を得ている。
この占いが事実であるとすれば、ずっと目の上の瘤だったあの男が危機に陥るということか。
――これを機に、征夷大将軍殿には亡きものになって戴くのもいいやもしれぬな。
「そうか。これは良いことを聞いた。楽師よ、感謝するぞ」
「いえ、天晴様のお役に立てて嬉しいですわ」
「おぬしは愛い奴よの。後で褒美を取らせよう。……その占い師にも儂からの礼を届けて貰えるか?」
「はい。承りました」
上品に頭を下げる美女。
――ようやく、我が世に春が訪れるか。
天晴はくつりと笑うと、盃をぐいとあおった。
●???
「……これを蓬生さんと青木さんに渡せばいいですか?」
「ええ。お願いしますね。……ところで、貴方。私の計画に協力して下さらないかしら」
狐耳を揺らしながら赤毛の青年に手紙を渡す冷酷な美女。
上目遣いをする彼女に、青年はうーんと考え込む。
「ハンターに復讐したい気持ちはあるんですけど。俺、まだ新米なんで。下手なことすると妹や先輩に叱られちゃうんですよ。なので、一先ず静観させて貰いますね」
「……あら、残念。でもお二人にお手紙を届けて貰えるだけよしとしましょうか。気が変わったら、いつでも言ってくださいね?」 「ええ、分かりました」
冷酷な美女に素直に頷き返す赤毛の青年。
……あの人は世界を見ろと言っていた。
こうして色々な歪虚と交流することも、あの人の遺言に従うことになるのだろう。
「それじゃ、俺はこれで」
「ええ。またお会いしましょう」
口角を上げる美女。青年は懐に手紙をしまうと、瞬く間に消え去った。

立花院 紫草

スメラギ
「おう、分かったけどよ。……お前がわざわざ出向く必要があるのかよ?」
「ええ。今ここで無理をするといよいよ幕府を糾弾する声が高まりますからね。……最近、憤怒王蓬生を東方で見かけた、なんていう話も聞きましたしね。あまりゆっくりもしていられない状況です」
「げ。それって大丈夫なのかよ?」
「さて、報告を聞いた限り、向こうとしてはこちらを傷つける意図はないようでしたが……腐っても歪虚王です。油断はできませんね」
「それってお前が出張ったら余計マズいやつなんじゃねえの……?」
「んー。そうですね。あまり使いたい手段ではなかったのですが……下手に草の者を使ってバレた時、足元を掬われますから。そうも言っていられないのですよ」
淡々と言う立花院 紫草(kz0126)に、渋い顔をするスメラギ(kz0158)。
――ハンター達や幕府軍の日々の対応により、憤怒火口からの勢いは徐々に弱まりつつある。
しかし、東方各地に飛散した歪虚や雑魔は残ったまま。
苦戦を続ける幕府軍に対し、日に日に公家の圧力が高まっていた。
すなわち、防衛という役目を、公家に渡せ――という訳だ。
今まで水面下でチクチクと嫌味を言うだけだったのが、最近は面と向かって会議で言うようにまでなって来ている。
公家に賛同する中小武家も徐々にだが増えてきていると言う話もある。
ここで下手を打つと、武家最上位第一家門の長『征夷大将軍』と上位六家門に対する不満が一気に爆発、そのまま公家に政権を奪われかねない。
「あー。そういう……。それでお前が直接……その、秘宝があるっていう安武城に乗り込むって訳か」
「理解が早くて助かります。その話が事実なら、どちらにせよハンターと一緒に行かなくてはなりませんしね」
「まあ、ハンターが一緒なら大丈夫か。くれぐれも無理すんなよ」
「おや。私を誰だとお思いですか? 歪虚に後れを取るようなことはありませんよ」
「あー。そりゃまあ、そうなんだけどよ」
涼やかに言う紫草に、頭をボリボリと掻くスメラギ。
確かにこの男には、武家の軍勢が束になってかかっても勝てないだろう。
スメラギでも足止め出来て数秒と言ったところではないだろうか。
――それでも、何だろう。この胸に宿る漠然とした不安は。
それを口に出さず、信を置く側近を見つめるスメラギ。紫草はその目線を受けて微笑む。
「……ところでスメラギ様は、公家や武家に例の計画についてお話されたんですか?」
「おう。話してみたぜ。好きにすればー? ってやつと、何馬鹿なこといってんだーってやつと、まあ反応はそれぞれだったけどな」
「それはそうでしょうね。スメラギ様の仰ることは公家や武家にとっては突拍子もないことでしょうし」
「まあなぁ。……ただ。ちょっと気になったことがあってな」
「何です?」
「こーいう話すりゃあ、馬鹿なこと言うなっていう奴らが出るのは予想してたんだけどよ。他人事なやつがいたのはどうにも解せねえ。国を治める立場の奴が何で口出して来ねえんだよ。おかしいじゃねえか」
「……スメラギ様は若いですねえ」
「アァ!? どういう意味だ!?」
呆れたように言う紫草に喰ってかかるスメラギ。
それに動じた様子もなく、銀髪の男は肩を竦めて見せる。
「国に関わる理由というのは人それぞれということですよ。……その辺りのことは、学ぶ……というよりは歳を重ねて経験して戴くしかありませんかね」
紫草を無言で睨み付けるスメラギ。
知識も、経験も足りない自覚はある。
紫草に分かることが自分には分からない。
……その、どうしようもない差を埋められる日は来るのだろうか。
スメラギはムスっとしたまま口を開く。
「とにかく! 復興のついでに学校も作りてぇんだ。予算の話とかもあるだろうから、帰って来たら相談に乗ってくれ」
「畏まりました。……ああ、そうそう。スメラギ様。詩天についても、気を払って差し上げてください。……三条家は今武家にとっても、公家にとっても要注意人物となっているはずです」
「あ? 気を付けてはいるけどよ。何でお前まで念押ししてくんだよ」
「真美姫は三条家当主。要するに武家の人間です。貴方と婚姻するということになれば、征夷大将軍の座を真美姫に譲渡することも出来るんですよ。その意味が分かりますね?」
「……あ」
「そういうことです。では、お願いしますね」
軽く頭を下げて立ち去る紫草。
この内々の会議の数日後、彼は安武城に旅立って行った。
――そこに、罠があるとも知らずに。
●古狸の企み
「天晴様。お待たせ致しました」
「おお、おぬしか……。待っておったぞ」
現れた艶やかな雰囲気を持つ美女を迎え入れる老翁。
足柄 天晴は美女を部屋の奥まで呼び寄せると付き人に人払いを頼む。
「……して、どうじゃ。首尾は?」
「はい。先生にお会い出来ましたわ。天晴様に宜しく伝えるよう言付かっております」
赤い唇に笑みを乗せる美女。天晴はふむ、と考え込む。
この楽師が言っている『先生』とは、最近天ノ都で良く当たると評判の占い師のことだ。
天晴自身、この楽師のいう占い師の話を最初は話半分に聞いていたのだが、天晴しか知らぬようなことまでピタリと言い当て、その後も楽師を通じて幾度となく助言があった為、すっかり信じるようになっていた。
「そうか。儂もその占い師とやらに直接目通りが叶うと良いのだが……」
「わたくしもその旨お話してみたのですが、何でもお告げを下さる精霊様が男性で、男性に会われるとヤキモチを焼かれるとか……」
「ふむ。そういった事情なら仕方あるまいのう。……して、その占い師は何と?」
「……はい。お耳をお貸しくださりませ」
妖艶な笑みを浮かべる楽師。するりと天晴に身を寄せて、ひそひそと小声で話す。
その話の内容に、天晴は眉を上げた。
「……それはまことか?」
「はい。天晴様の怨敵は近いうちに危機に陥ると……先生は間違いなくそう仰っておられましたわ。場所は古びた城とのこと。わたくしには何のことだか分かりませぬが、天晴様はお分かりになられますかしら」
「うむ……」
言葉を濁す天晴。
……草の者に探らせた結果、征夷大将軍が古城に向かうという情報を得ている。
この占いが事実であるとすれば、ずっと目の上の瘤だったあの男が危機に陥るということか。
――これを機に、征夷大将軍殿には亡きものになって戴くのもいいやもしれぬな。
「そうか。これは良いことを聞いた。楽師よ、感謝するぞ」
「いえ、天晴様のお役に立てて嬉しいですわ」
「おぬしは愛い奴よの。後で褒美を取らせよう。……その占い師にも儂からの礼を届けて貰えるか?」
「はい。承りました」
上品に頭を下げる美女。
――ようやく、我が世に春が訪れるか。
天晴はくつりと笑うと、盃をぐいとあおった。
●???
「……これを蓬生さんと青木さんに渡せばいいですか?」
「ええ。お願いしますね。……ところで、貴方。私の計画に協力して下さらないかしら」
狐耳を揺らしながら赤毛の青年に手紙を渡す冷酷な美女。
上目遣いをする彼女に、青年はうーんと考え込む。
「ハンターに復讐したい気持ちはあるんですけど。俺、まだ新米なんで。下手なことすると妹や先輩に叱られちゃうんですよ。なので、一先ず静観させて貰いますね」
「……あら、残念。でもお二人にお手紙を届けて貰えるだけよしとしましょうか。気が変わったら、いつでも言ってくださいね?」 「ええ、分かりました」
冷酷な美女に素直に頷き返す赤毛の青年。
……あの人は世界を見ろと言っていた。
こうして色々な歪虚と交流することも、あの人の遺言に従うことになるのだろう。
「それじゃ、俺はこれで」
「ええ。またお会いしましょう」
口角を上げる美女。青年は懐に手紙をしまうと、瞬く間に消え去った。
(執筆:猫又ものと)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「暗雲低迷」(2月12日更新)
安武城から見つかった秘宝『エトファリカ・ボード』の話は瞬く間に、幕府と公家に広がった。
また、龍尾城の宝物から運び出したのは、当主御登箭泰樹の仕業だと御登箭家の者からの告発により、明らかになった。
御登箭家に対する処分、本物の秘宝の正体。それらを全ての武家と公家に伝える――間もなく、異変が天ノ都を包んだ。
「憤怒火口から東方各地に散らばったはずの憤怒勢力が一斉に都に向かっています。既に一部は城下町の外縁部に!」
「多くの武家は自領の防衛に専念していた為、集結が遅れています!」
「た、大変です! 転移門が正常に起動しません!」
大広間に集まった武家、公家はどよめいた。
報告の勢いは、天ノ都の陥落を予見させたからだ。
「ほ、報告! 都の西側に、極めて強力な、歪虚が出現しました! その姿形から狐卯猾かと!」
「……憤怒残党は勢力を弱めたはずでは無かったのか? 紫草殿」
朝廷の左大臣である足柄天晴が険しい表情を浮かべる。
憤怒王と倒し、新たな憤怒王と名乗る歪虚も倒し、憤怒本陣に攻め込み、憤怒との戦いは有利だったはずだ。
それが、この大惨事である。合わせて武家の結束は緩み、自領から出てこない様子だ。
「敵の方が一枚上手だったという事です」
「如何にしてこの難局を乗り越えるか?」
その問いに広間の全員の視線が立花院 紫草(kz0126)に集中した。
紫草も広間に集った武家や公家を見渡す。
畳が見えないほどビッシリと集った武家や公家の姿はない。武家の結束は緩み、帝を守護する事を忘れ、あるいは、守護する為に公家側に付いた者もいるだろう。
「転移門が正常に稼働しない以上、天ノ都に留まる理由はありません。避難しましょう」
「避難だと! どこに行くというのか!」
ドンと力強く畳を叩く天晴。
対して紫草は微笑を浮かべた。
「恵土城です。転移門が間もなく完成します」
「何を言っている。ついこの前、資材などの搬入を終えただけで、まだ設置に至ってないのだぞ」
「幕府の術士を集め、作業を進めておりましたが……天晴殿の耳には入っていませんでしたか?」
「なぜ、公家側に話を通さないのだ。この件については、公家も協力する手筈だぞ」
公家にも面子はある。
手伝うという話が既に終わっていたなど、笑い話もいいところだ。
「……事が大きい話になるので、今は申し上げられません。兎に角、転移門を稼働させる仕上げの為、スメラギ様はすぐにでも恵土城へ」
エトファリカ帝であるスメラギ(kz0158)に告げる紫草。
スメラギは優秀な術の使い手である。転移門設置の経験もあるので適任だ。だが……
「俺様に城と街を捨てて逃げろというのか!」
天ノ都は憤怒に攻められているのだ。そんな中、民を捨てて逃げられるはずがない。
その気持ちを紫草は知っている。それでも、スメラギに転移門を仕上げて貰わなければならないのだ。
「捨てるのではなく、未来に至る為に、必要なのです。敵も馬鹿ではありません。狐卯猾が自ら出て来た時は何か意図があっての事でしょう」
「だったら、俺様じゃなくて、天晴が行けばいいだろう! 俺様は絶対に残る!」
「…………いえ、スメラギ様が行くべきです」
話を急に振られた天晴は、少しの間の後に返した。
その表情は、何か吹っ切れたような、そんな雰囲気を発していた。
「公家の者達の大半は、天ノ都の転移門を再起動させる為に残ります。恐らく、再起動の見込みはありませんが……しかし、恵土城の転移門はスメラギ様が仕上げれば確実に起動します」
「だから、天晴がやれ――」
「なりません!」
怒鳴り声のような強い口調が広間に響いた。
そして、天晴は視線を紫草に向ける。
恵土城の転移門設置の件……紫草は“事が大きい話になる”という事で言及を避けたが、天晴はその意味を考えていた。
そして、一つの可能性に至った。それは、国の情報が憤怒に漏れている――という事だった。
武家や公家の争いや幕府軍の動き。それらの情報が憤怒に流れ、その情報に適した動きを敵が取っていたのだ。だからこそ、憤怒火口からの対処に幕府も武家も後手に回った。
決定的だったのは転移門の設置だ。
天ノ都の転移門を封じれば、西方諸国やハンターの援軍は無い。それを敵が知らない訳がない。
だからこそ、天ノ都に直接乗り込んできて、転移門を封じたのだ。これがもし、恵土城にも転移門が出来るのであれば、天ノ都の転移門だけを封じた所で意味がない。
(公家が得た情報が何らかの理由で憤怒に漏れている……)
紫草は怪しいと見ていたのだろう。
だからこそ、幕府だけで先に動いたのだ。そして、この事実を紫草はこの場では言及しなかった。
それは、国を護る為に、今、成さなければならない事を優先したのだろう。
「……西側に現れた強力な歪虚が何らかの術を行使しているのは確実。ここは、私が符術で抑えましょう」
「天晴殿……」
何か言い掛けた紫草に天晴は首を横に振った。
「幕府軍は天ノ都に住まう民の保護を」
「勿論です……よろしいですね、スメラギ様」
「よくねーよ!」
勝手に話を進める紫草と天晴に、スメラギは怒鳴り返した。
「スメラギ様、行きますよ」
「ちょ、何、引っ張てるんだよ! いてぇって!」
帝の腕を強引に掴んで引きずるように歩く将軍。
可笑しな光景だが、それを咎める者は誰もいなかった。口煩い天晴も穏やかな表情で見届ける。
「辛いお気持ちは重々承知していますが、国を変えたいというのなら、まず、スメラギ様自身がお変わりになりましょう」
「紫草、てめぇ!」
かなり長い間、廊下を引っ張ってから、掴んでいた腕を離す紫草。
そして、怒りの表情を向けるスメラギに対し、いつもの微笑を浮かべた。
「この先の裏口に護衛を兼ねた腕の立つ忍びが待っています。その者の案内で行って下さい」
「やっぱり、最初からそのつもりだったんだな!」
トン――とスメラギの頭に紫草は手を置いた。
小さい頃、何かやらかした時はいつも、こんな風にされていた時のように。
「スメラギ様がお戻りになるまで、天ノ都と民は必ず守り通りします。この国の未来の為に、よろしくお願いしますね」
「……分かったよ。分かったから、ぜってえ死ぬんじゃねーぞ!」
紫草の手を払いながら叫ぶと、スメラギは走り出す。
成長したその背中に頼もしさと、遠くなった思い出を感じながら、紫草は頭を深々を下げた。
「それはお約束できませんので、申し訳ありません、スメラギ様……」
また、龍尾城の宝物から運び出したのは、当主御登箭泰樹の仕業だと御登箭家の者からの告発により、明らかになった。
御登箭家に対する処分、本物の秘宝の正体。それらを全ての武家と公家に伝える――間もなく、異変が天ノ都を包んだ。
「憤怒火口から東方各地に散らばったはずの憤怒勢力が一斉に都に向かっています。既に一部は城下町の外縁部に!」
「多くの武家は自領の防衛に専念していた為、集結が遅れています!」
「た、大変です! 転移門が正常に起動しません!」
大広間に集まった武家、公家はどよめいた。
報告の勢いは、天ノ都の陥落を予見させたからだ。
「ほ、報告! 都の西側に、極めて強力な、歪虚が出現しました! その姿形から狐卯猾かと!」
「……憤怒残党は勢力を弱めたはずでは無かったのか? 紫草殿」
朝廷の左大臣である足柄天晴が険しい表情を浮かべる。
憤怒王と倒し、新たな憤怒王と名乗る歪虚も倒し、憤怒本陣に攻め込み、憤怒との戦いは有利だったはずだ。
それが、この大惨事である。合わせて武家の結束は緩み、自領から出てこない様子だ。
「敵の方が一枚上手だったという事です」
「如何にしてこの難局を乗り越えるか?」

立花院 紫草

スメラギ
紫草も広間に集った武家や公家を見渡す。
畳が見えないほどビッシリと集った武家や公家の姿はない。武家の結束は緩み、帝を守護する事を忘れ、あるいは、守護する為に公家側に付いた者もいるだろう。
「転移門が正常に稼働しない以上、天ノ都に留まる理由はありません。避難しましょう」
「避難だと! どこに行くというのか!」
ドンと力強く畳を叩く天晴。
対して紫草は微笑を浮かべた。
「恵土城です。転移門が間もなく完成します」
「何を言っている。ついこの前、資材などの搬入を終えただけで、まだ設置に至ってないのだぞ」
「幕府の術士を集め、作業を進めておりましたが……天晴殿の耳には入っていませんでしたか?」
「なぜ、公家側に話を通さないのだ。この件については、公家も協力する手筈だぞ」
公家にも面子はある。
手伝うという話が既に終わっていたなど、笑い話もいいところだ。
「……事が大きい話になるので、今は申し上げられません。兎に角、転移門を稼働させる仕上げの為、スメラギ様はすぐにでも恵土城へ」
エトファリカ帝であるスメラギ(kz0158)に告げる紫草。
スメラギは優秀な術の使い手である。転移門設置の経験もあるので適任だ。だが……
「俺様に城と街を捨てて逃げろというのか!」
天ノ都は憤怒に攻められているのだ。そんな中、民を捨てて逃げられるはずがない。
その気持ちを紫草は知っている。それでも、スメラギに転移門を仕上げて貰わなければならないのだ。
「捨てるのではなく、未来に至る為に、必要なのです。敵も馬鹿ではありません。狐卯猾が自ら出て来た時は何か意図があっての事でしょう」
「だったら、俺様じゃなくて、天晴が行けばいいだろう! 俺様は絶対に残る!」
「…………いえ、スメラギ様が行くべきです」
話を急に振られた天晴は、少しの間の後に返した。
その表情は、何か吹っ切れたような、そんな雰囲気を発していた。
「公家の者達の大半は、天ノ都の転移門を再起動させる為に残ります。恐らく、再起動の見込みはありませんが……しかし、恵土城の転移門はスメラギ様が仕上げれば確実に起動します」
「だから、天晴がやれ――」
「なりません!」
怒鳴り声のような強い口調が広間に響いた。
そして、天晴は視線を紫草に向ける。
恵土城の転移門設置の件……紫草は“事が大きい話になる”という事で言及を避けたが、天晴はその意味を考えていた。
そして、一つの可能性に至った。それは、国の情報が憤怒に漏れている――という事だった。
武家や公家の争いや幕府軍の動き。それらの情報が憤怒に流れ、その情報に適した動きを敵が取っていたのだ。だからこそ、憤怒火口からの対処に幕府も武家も後手に回った。
決定的だったのは転移門の設置だ。
天ノ都の転移門を封じれば、西方諸国やハンターの援軍は無い。それを敵が知らない訳がない。
だからこそ、天ノ都に直接乗り込んできて、転移門を封じたのだ。これがもし、恵土城にも転移門が出来るのであれば、天ノ都の転移門だけを封じた所で意味がない。
(公家が得た情報が何らかの理由で憤怒に漏れている……)
紫草は怪しいと見ていたのだろう。
だからこそ、幕府だけで先に動いたのだ。そして、この事実を紫草はこの場では言及しなかった。
それは、国を護る為に、今、成さなければならない事を優先したのだろう。
「……西側に現れた強力な歪虚が何らかの術を行使しているのは確実。ここは、私が符術で抑えましょう」
「天晴殿……」
何か言い掛けた紫草に天晴は首を横に振った。
「幕府軍は天ノ都に住まう民の保護を」
「勿論です……よろしいですね、スメラギ様」
「よくねーよ!」
勝手に話を進める紫草と天晴に、スメラギは怒鳴り返した。
「スメラギ様、行きますよ」
「ちょ、何、引っ張てるんだよ! いてぇって!」
帝の腕を強引に掴んで引きずるように歩く将軍。
可笑しな光景だが、それを咎める者は誰もいなかった。口煩い天晴も穏やかな表情で見届ける。
「辛いお気持ちは重々承知していますが、国を変えたいというのなら、まず、スメラギ様自身がお変わりになりましょう」
「紫草、てめぇ!」
かなり長い間、廊下を引っ張ってから、掴んでいた腕を離す紫草。
そして、怒りの表情を向けるスメラギに対し、いつもの微笑を浮かべた。
「この先の裏口に護衛を兼ねた腕の立つ忍びが待っています。その者の案内で行って下さい」
「やっぱり、最初からそのつもりだったんだな!」
トン――とスメラギの頭に紫草は手を置いた。
小さい頃、何かやらかした時はいつも、こんな風にされていた時のように。
「スメラギ様がお戻りになるまで、天ノ都と民は必ず守り通りします。この国の未来の為に、よろしくお願いしますね」
「……分かったよ。分かったから、ぜってえ死ぬんじゃねーぞ!」
紫草の手を払いながら叫ぶと、スメラギは走り出す。
成長したその背中に頼もしさと、遠くなった思い出を感じながら、紫草は頭を深々を下げた。
「それはお約束できませんので、申し訳ありません、スメラギ様……」
(執筆:赤山優牙)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●「滅亡への幕引き」(2月13日更新)
●天ノ都外縁部
荒野と化した大地を踏みしめる左大臣 足柄天晴。
三日三晩、憤怒の術式に対抗する為、結界を張り続けていたが、それも限界のようだ。
既に護衛の僧兵も結界を維持する術士も、皆、息絶えている。
「まだ粘るのね。私は片手間で貴方達の相手をしているというのに」
「憤怒如きに倒れる訳にはいかんからの!」
狐耳のような髪が特徴的な憤怒の歪虚、狐卯猾の余裕の台詞に、天晴は応えた。
帝を支える公家の多くは優れた術士が多い。その公家の中でも実力者である天晴も当然、優れた術の使い手だ。
「ところで……話を変えるけど、あの楽師とはどこで逢ったの?」
「な……なに!?」
「私は人間は嫌いだけど、あの楽師にだけは感謝しているわ。だって、こうしてここまで策が進んだのだから」
天晴には気を許していた一人の楽師が居た。
ただの腕の良い楽師という訳ではない。聡明で、色々な事を相談できる、大切な人だった。
「まさか、貴様!」
「貴方が楽師に相談していた内容、全て、私の耳に届いていたわ。逆に私が“占った”結果は、楽師から貴方に全部流れていたはずよ。役に立ったでしょ」
つまり、幕府や公家の情報が筒抜けだったのは――。
「“よく当たる占い師”とはそういう事か、通りで“当たった”訳だ」
「そんな訳で、貴方はもう用無しよ。楽師と共にあの世というのに行ってらっしゃい」
「……おのれ、おのれぇ!」
天晴は残っていた符を全て宙へと投げた。
強力な術式を展開し、狐卯猾を封印する為だ。
「人間というのはいつだって、そうやって無駄な事をする。御登箭家の当主のようにね」
狐卯猾は残忍な笑みを浮かべると、猛烈な炎を腕に出現させた。
憤怒を象徴する怒りの体現。それは何もかも、怒りで燃やし尽くすのだ。
「これから、良い所だから、さっさといなくなりなさい」
「ぐああぁ! ――。許してくれ……――」
天晴の口から漏れる誰かの名と謝罪の言葉。
炎の渦が天晴の結界を打ち砕きながら包み込むと、容赦なくその身体を焼いた。
後に残ったのは骨ばかりだ。その骸を狐卯猾は踏みつぶすと、感じた気配に振り返った。
「いよいよですよ、蓬生兄さん」
「こんな所に呼び出して、何をするんですか、狐卯猾」
満面の笑みを浮かべて蓬生に絡むように抱き着く。
それを蓬生は全力で避けようとした。だが、何かの術が作動し、逃れる事が出来なかった。
次の瞬間、狐卯猾の腕が蓬生の胸を貫く。
「……今まで、妹だからといって甘やかし過ぎたようです、ね」
「それは違うわ。蓬生兄さんが油断していたからよ」
蓬生はカッと目を見開く。
身体を腕で貫かれた位は大した事はない。狐卯猾が何かをしようとしているが、実力の差を見せつけてやれば相手にならない。
だから、まずは狐卯猾の腕を引っこ抜こうとした。
「――なんですか、これは?」
身体は微動だにしなかった。
完全に身動きが封じられている。
「蓬生兄さんの事だから覚えてないでしょうけど、虚博という憤怒。新たな雑魔や歪虚を生み出せる能力に私の術式を合わせたの。それを貫いた時に、無数に体内に放ったのよ」
身体の内側から術を展開させているのだ。蓬生と狐卯猾は元々が同一の個体だったので、身体との同調は比較的簡単だった。
後は、それをどんなタイミングで行うか、だけだった。
「何をするつもりですか」
「今からお見せしますよ」
刹那、二人を中心に負のマテリアルの魔方陣が出現する。
幾重にも広がるそれは、漆黒の輝きを強く発する。それは時間の経過と共に爆発的に増えていく。
「……折角、集めた負のマテリアルを吸い取られ、ゲートを開く事は出来なかった。けれど、よく考えれば、最初から全部開く必要は無い。僅かでも開けば、後は“自分でやればいい”って事に気が付いたの」
「ゲートを僅かにでも開く為に、私からマテリアルを奪い取るつもりですか。でも、すぐにでも人間が来ますよ」
「ふふふ。蓬生兄さん、龍脈に負のマテリアルを流すのは単にゲートを開く補助結界となるだけじゃなくて、転移門を使わせないという事を兼ねさせたのよ。それに幕府軍を支える武家は政争で分散して敵に戦力は無いわ」
「……恐ろしい、妹ですね」
敵も味方も、狐卯猾にとっては目的を果たすだけの存在に過ぎなかったという事だ。
次々とマテリアルが抜けていく感覚に苦しむ蓬生の顔をペロリと舐める狐卯猾。
「いつもいつも、蓬生兄さんに絡んでいたのに、いつも邪険にして……でも違うと分かった。私は一番の尻尾になりたかった。ただ、それだけだって。なんで一番じゃないんだろうって!」
蓬生の首元に噛みつく狐卯猾。
そこからも負のマテリアルが噴き出る。
「獄炎は愚かにも人間如きに破れ、蓬生兄さんは憤怒を忘れた。……私はこんな世界を許さない!」
次の瞬間、二人の頭上、遥か高い空に“亀裂”が走った。
それは大空から見れば小さい“亀裂”だっただろう。人ひとりがなんとか通れるような――。
「蓬生兄さんはこのままマテリアルを出し尽くしてていいですからね」
負のマテリアルの光跡を残し、狐卯猾は高々と飛び上がった。
そして、“亀裂”へと体をねじ込ませるようにして消えていった。
●亀裂の中で
「……愚かな妹です。なんにせよ、遠くない先に世界は滅ぶというのに……」
身動きの取れない状態のまま天を見上げる蓬生。
意識が遠くなっていく。相当な量のマテリアルを奪われているからだろう。
対して、“亀裂”は徐々に開き、僅かに開いた隙間から猪とも狐ともいえないような歪虚がスーと糸を引きながら幾体も現れた。
マテリアルを求めるように飛び回り、何体かが蓬生に牙を剥いて襲い掛かってくる。
身体を動かないので、やれるがままだ。
ガブっと噛みつかれた箇所がごっそりと無くなり、肉片を咥えたまま、歪虚が“亀裂”へと戻る。
しかも何体も飛んでくるのだ。如何に蓬生とはいえ、このままだとあっという間に消滅してしまうだろう。
「これは……不味いですね」
「そう思うなら、少しは動く努力をしろ。貴様、約束を反故にするつもりか?」
猪狐の歪虚が数体、跡形もなく吹き飛んだ。
青木 燕太郎(kz0166)が槍を肩に掛けて、つまらぬ物を見ているかのような冷たい視線を、蓬生に向ける。
「おや、お久しぶりですね、青木さん。ちょうどいいところに。さあ、私を今すぐ食べて下さい」
「……そうしたいのはやまやまだが、どう見ても貴様を吸収できる状況ではないな」
“亀裂”から飛んでくる猪狐の歪虚は、蓬生だけではなく、青木にも襲い掛かってきている。
この一帯にある負のマテリアルであれば、選り好みしないという事か、あるいは……元々狐卯猾は青木も利用するつもりだったのか。
そう。狐卯猾はテセウスを使い、青木に書状を送っていた。ビックマーの力を吸収した青木は、ゲートを開く為に必要な負のマテリアルが足りない時の保険だったのかもしれない。
「ゲートが開いたら、私も青木さんもお終いです。……まぁ、青木さんがそれでもいいなら、構いませんが」
「当然ながらお断りだ。……仕方ない。貴様が動けるようになるまで時間を稼ぐ」
「青木さんがそう言うのなら、ちょっとは頑張ってみますが……あー。何か来ましたね。流石は人間です」
蓬生の視線は南側の荒野に向いていた。
砂埃の立ち上る中、多くの人間の姿が見えた。装備がバラバラの所を見ると、武家ではないようだ。
そうなると、考えられるのはハンター達だろうか。
「……この厄介な時に、面倒なのが来たな」
「そうとも限りませんよ。ここでゲートを開かれて、本当に困るのは人間ですからね」
乾いた笑い声をあげた蓬生に青木は眉をひそめた。
「なるほど……敵の力を利用するのか」
青木は力の限り槍を振り回した。
ハンターから見れば、青木も蓬生も討伐対象ではあるが、それよりも優先すべき事はあるはずだ。
邪神の出現を防ぐという、ハンターにとって絶対的な使命が。
●天ノ都
恵土城の転移門を始動させた後、残留した幕府軍を引き連れて大急ぎで天ノ都へと戻ってきたスメラギ(kz0158)。
目の前に広がる光景に言葉を失くす。
天ノ都の南側外縁部の様相は、彼が知っているものとは様変わりしていたからだ。
建物や草木は立っておらず、平坦な大地が広がっている。
そして何より……天ノ都の上空に奇妙な“亀裂”が見える。
感じる膨大な負のマテリアルの流れ。スメラギは“亀裂”を睨み付ける。
「天晴のおっさんをもってしても防ぎきれなかったか……」
「スメラギ様! ご無事でございましたか!」
帝の姿を見つけ、慌てて駆け寄って来る兵。スメラギは頷き返すと兵に目線を移す。
「状況を説明しろ。紫草はどこにいる」
「歪虚が怪しげな術を展開中です。……紫草様は、やることがあると仰って出ていかれたままです」
「……何だと? あの野郎……!」
舌打ちするスメラギ。
歪虚がどういった術式を行使しているのかはさっぱり分からないが、あの“亀裂”がヤバいものだというのはすぐに分かる。
あそこに集まってる負のマテリアルを何とかしないとマズいであろうということも。
恐らく紫草もスメラギ同様に――あれを何とかする……負のマテリアルを遮断する方法を思いついたのだろう。
だが、紫草は符術師ではない。そうなると身体を張るしかない訳で……。
いくら紫草が強靭だとはいえ、強すぎるマテリアルはただの暴力だ。
あんな力をまともに食らえばそれこそ、身体が蒸発して消えかねない。
――このままでは、この国も、そして紫草も喪ってしまう……!
「……くそっ。負のマテリアルを食い止める。浄化術陣を構築するぞ。準備に取りかかれ!」
「御意!」
軽く一礼し、走る去る兵。スメラギもまた、準備の為にバタバタと走り出す。
「紫草の野郎、覚えてろよ。後で一発ぶん殴ってやるからな!!」
●先を想う心
天ノ都の危機。
九代目詩天である三条 真美(kz0198)は、その報せを詩天は若峰にある黒狗城で受け取った。
「スメラギ様も立花院様もご無事でしょうか……」
真美は心配そうに眉根を寄せて、天ノ都の方角を見る。
――お前が下手に出ると命を狙われかねない。暫くは詩天で大人しくしていてくれ。
先日、スメラギからそんな書状を受け取り、用心の為に詩天にとどまっていたのだが、こんなことなら天ノ都に行けば良かっただろうか……。
唇を噛む真美。
――いや、諦めるのはまだ早い。
距離があっても……いや、距離があるからこそ出来ることがあるはずだ。
真美は立ち上がると、三条家の軍師の姿を探す。
「武徳。武徳はいますか?」
「こちらに控えております、真美様。如何されましたかな?」
のんびりと姿を現す水野 武徳(kz0196)。彼女は慌てた様子で言い募る。
「……急ぎ、頼みたいことがあります。糒の在庫を調べて……それから、動ける兵達をすぐに集めてください」
「……真美様、まさか……」
「はい。天ノ都を支援します。急いでください」
きっぱりと断じた真美。
主の予想通りの行動に、武徳は小さくため息をついた。

狐卯猾
三日三晩、憤怒の術式に対抗する為、結界を張り続けていたが、それも限界のようだ。
既に護衛の僧兵も結界を維持する術士も、皆、息絶えている。
「まだ粘るのね。私は片手間で貴方達の相手をしているというのに」
「憤怒如きに倒れる訳にはいかんからの!」
狐耳のような髪が特徴的な憤怒の歪虚、狐卯猾の余裕の台詞に、天晴は応えた。
帝を支える公家の多くは優れた術士が多い。その公家の中でも実力者である天晴も当然、優れた術の使い手だ。
「ところで……話を変えるけど、あの楽師とはどこで逢ったの?」
「な……なに!?」
「私は人間は嫌いだけど、あの楽師にだけは感謝しているわ。だって、こうしてここまで策が進んだのだから」
天晴には気を許していた一人の楽師が居た。
ただの腕の良い楽師という訳ではない。聡明で、色々な事を相談できる、大切な人だった。
「まさか、貴様!」
「貴方が楽師に相談していた内容、全て、私の耳に届いていたわ。逆に私が“占った”結果は、楽師から貴方に全部流れていたはずよ。役に立ったでしょ」
つまり、幕府や公家の情報が筒抜けだったのは――。
「“よく当たる占い師”とはそういう事か、通りで“当たった”訳だ」
「そんな訳で、貴方はもう用無しよ。楽師と共にあの世というのに行ってらっしゃい」
「……おのれ、おのれぇ!」
天晴は残っていた符を全て宙へと投げた。
強力な術式を展開し、狐卯猾を封印する為だ。
「人間というのはいつだって、そうやって無駄な事をする。御登箭家の当主のようにね」
狐卯猾は残忍な笑みを浮かべると、猛烈な炎を腕に出現させた。
憤怒を象徴する怒りの体現。それは何もかも、怒りで燃やし尽くすのだ。
「これから、良い所だから、さっさといなくなりなさい」
「ぐああぁ! ――。許してくれ……――」
天晴の口から漏れる誰かの名と謝罪の言葉。
炎の渦が天晴の結界を打ち砕きながら包み込むと、容赦なくその身体を焼いた。
後に残ったのは骨ばかりだ。その骸を狐卯猾は踏みつぶすと、感じた気配に振り返った。
「いよいよですよ、蓬生兄さん」
「こんな所に呼び出して、何をするんですか、狐卯猾」
満面の笑みを浮かべて蓬生に絡むように抱き着く。
それを蓬生は全力で避けようとした。だが、何かの術が作動し、逃れる事が出来なかった。
次の瞬間、狐卯猾の腕が蓬生の胸を貫く。
「……今まで、妹だからといって甘やかし過ぎたようです、ね」
「それは違うわ。蓬生兄さんが油断していたからよ」
蓬生はカッと目を見開く。
身体を腕で貫かれた位は大した事はない。狐卯猾が何かをしようとしているが、実力の差を見せつけてやれば相手にならない。
だから、まずは狐卯猾の腕を引っこ抜こうとした。
「――なんですか、これは?」
身体は微動だにしなかった。
完全に身動きが封じられている。
「蓬生兄さんの事だから覚えてないでしょうけど、虚博という憤怒。新たな雑魔や歪虚を生み出せる能力に私の術式を合わせたの。それを貫いた時に、無数に体内に放ったのよ」
身体の内側から術を展開させているのだ。蓬生と狐卯猾は元々が同一の個体だったので、身体との同調は比較的簡単だった。
後は、それをどんなタイミングで行うか、だけだった。
「何をするつもりですか」
「今からお見せしますよ」
刹那、二人を中心に負のマテリアルの魔方陣が出現する。
幾重にも広がるそれは、漆黒の輝きを強く発する。それは時間の経過と共に爆発的に増えていく。
「……折角、集めた負のマテリアルを吸い取られ、ゲートを開く事は出来なかった。けれど、よく考えれば、最初から全部開く必要は無い。僅かでも開けば、後は“自分でやればいい”って事に気が付いたの」
「ゲートを僅かにでも開く為に、私からマテリアルを奪い取るつもりですか。でも、すぐにでも人間が来ますよ」
「ふふふ。蓬生兄さん、龍脈に負のマテリアルを流すのは単にゲートを開く補助結界となるだけじゃなくて、転移門を使わせないという事を兼ねさせたのよ。それに幕府軍を支える武家は政争で分散して敵に戦力は無いわ」
「……恐ろしい、妹ですね」
敵も味方も、狐卯猾にとっては目的を果たすだけの存在に過ぎなかったという事だ。
次々とマテリアルが抜けていく感覚に苦しむ蓬生の顔をペロリと舐める狐卯猾。
「いつもいつも、蓬生兄さんに絡んでいたのに、いつも邪険にして……でも違うと分かった。私は一番の尻尾になりたかった。ただ、それだけだって。なんで一番じゃないんだろうって!」
蓬生の首元に噛みつく狐卯猾。
そこからも負のマテリアルが噴き出る。
「獄炎は愚かにも人間如きに破れ、蓬生兄さんは憤怒を忘れた。……私はこんな世界を許さない!」
次の瞬間、二人の頭上、遥か高い空に“亀裂”が走った。
それは大空から見れば小さい“亀裂”だっただろう。人ひとりがなんとか通れるような――。
「蓬生兄さんはこのままマテリアルを出し尽くしてていいですからね」
負のマテリアルの光跡を残し、狐卯猾は高々と飛び上がった。
そして、“亀裂”へと体をねじ込ませるようにして消えていった。
●亀裂の中で

蓬生

青木 燕太郎
身動きの取れない状態のまま天を見上げる蓬生。
意識が遠くなっていく。相当な量のマテリアルを奪われているからだろう。
対して、“亀裂”は徐々に開き、僅かに開いた隙間から猪とも狐ともいえないような歪虚がスーと糸を引きながら幾体も現れた。
マテリアルを求めるように飛び回り、何体かが蓬生に牙を剥いて襲い掛かってくる。
身体を動かないので、やれるがままだ。
ガブっと噛みつかれた箇所がごっそりと無くなり、肉片を咥えたまま、歪虚が“亀裂”へと戻る。
しかも何体も飛んでくるのだ。如何に蓬生とはいえ、このままだとあっという間に消滅してしまうだろう。
「これは……不味いですね」
「そう思うなら、少しは動く努力をしろ。貴様、約束を反故にするつもりか?」
猪狐の歪虚が数体、跡形もなく吹き飛んだ。
青木 燕太郎(kz0166)が槍を肩に掛けて、つまらぬ物を見ているかのような冷たい視線を、蓬生に向ける。
「おや、お久しぶりですね、青木さん。ちょうどいいところに。さあ、私を今すぐ食べて下さい」
「……そうしたいのはやまやまだが、どう見ても貴様を吸収できる状況ではないな」
“亀裂”から飛んでくる猪狐の歪虚は、蓬生だけではなく、青木にも襲い掛かってきている。
この一帯にある負のマテリアルであれば、選り好みしないという事か、あるいは……元々狐卯猾は青木も利用するつもりだったのか。
そう。狐卯猾はテセウスを使い、青木に書状を送っていた。ビックマーの力を吸収した青木は、ゲートを開く為に必要な負のマテリアルが足りない時の保険だったのかもしれない。
「ゲートが開いたら、私も青木さんもお終いです。……まぁ、青木さんがそれでもいいなら、構いませんが」
「当然ながらお断りだ。……仕方ない。貴様が動けるようになるまで時間を稼ぐ」
「青木さんがそう言うのなら、ちょっとは頑張ってみますが……あー。何か来ましたね。流石は人間です」
蓬生の視線は南側の荒野に向いていた。
砂埃の立ち上る中、多くの人間の姿が見えた。装備がバラバラの所を見ると、武家ではないようだ。
そうなると、考えられるのはハンター達だろうか。
「……この厄介な時に、面倒なのが来たな」
「そうとも限りませんよ。ここでゲートを開かれて、本当に困るのは人間ですからね」
乾いた笑い声をあげた蓬生に青木は眉をひそめた。
「なるほど……敵の力を利用するのか」
青木は力の限り槍を振り回した。
ハンターから見れば、青木も蓬生も討伐対象ではあるが、それよりも優先すべき事はあるはずだ。
邪神の出現を防ぐという、ハンターにとって絶対的な使命が。
●天ノ都

スメラギ
目の前に広がる光景に言葉を失くす。
天ノ都の南側外縁部の様相は、彼が知っているものとは様変わりしていたからだ。
建物や草木は立っておらず、平坦な大地が広がっている。
そして何より……天ノ都の上空に奇妙な“亀裂”が見える。
感じる膨大な負のマテリアルの流れ。スメラギは“亀裂”を睨み付ける。
「天晴のおっさんをもってしても防ぎきれなかったか……」
「スメラギ様! ご無事でございましたか!」
帝の姿を見つけ、慌てて駆け寄って来る兵。スメラギは頷き返すと兵に目線を移す。
「状況を説明しろ。紫草はどこにいる」
「歪虚が怪しげな術を展開中です。……紫草様は、やることがあると仰って出ていかれたままです」
「……何だと? あの野郎……!」
舌打ちするスメラギ。
歪虚がどういった術式を行使しているのかはさっぱり分からないが、あの“亀裂”がヤバいものだというのはすぐに分かる。
あそこに集まってる負のマテリアルを何とかしないとマズいであろうということも。
恐らく紫草もスメラギ同様に――あれを何とかする……負のマテリアルを遮断する方法を思いついたのだろう。
だが、紫草は符術師ではない。そうなると身体を張るしかない訳で……。
いくら紫草が強靭だとはいえ、強すぎるマテリアルはただの暴力だ。
あんな力をまともに食らえばそれこそ、身体が蒸発して消えかねない。
――このままでは、この国も、そして紫草も喪ってしまう……!
「……くそっ。負のマテリアルを食い止める。浄化術陣を構築するぞ。準備に取りかかれ!」
「御意!」
軽く一礼し、走る去る兵。スメラギもまた、準備の為にバタバタと走り出す。
「紫草の野郎、覚えてろよ。後で一発ぶん殴ってやるからな!!」
●先を想う心

三条 真美

水野 武徳
九代目詩天である三条 真美(kz0198)は、その報せを詩天は若峰にある黒狗城で受け取った。
「スメラギ様も立花院様もご無事でしょうか……」
真美は心配そうに眉根を寄せて、天ノ都の方角を見る。
――お前が下手に出ると命を狙われかねない。暫くは詩天で大人しくしていてくれ。
先日、スメラギからそんな書状を受け取り、用心の為に詩天にとどまっていたのだが、こんなことなら天ノ都に行けば良かっただろうか……。
唇を噛む真美。
――いや、諦めるのはまだ早い。
距離があっても……いや、距離があるからこそ出来ることがあるはずだ。
真美は立ち上がると、三条家の軍師の姿を探す。
「武徳。武徳はいますか?」
「こちらに控えております、真美様。如何されましたかな?」
のんびりと姿を現す水野 武徳(kz0196)。彼女は慌てた様子で言い募る。
「……急ぎ、頼みたいことがあります。糒の在庫を調べて……それから、動ける兵達をすぐに集めてください」
「……真美様、まさか……」
「はい。天ノ都を支援します。急いでください」
きっぱりと断じた真美。
主の予想通りの行動に、武徳は小さくため息をついた。
●「危急存亡」(3月6日更新)
●ゲート
一面、荒地と化した天ノ都外縁部を見渡し、狐卯猾は舌打ちする。
ハンター達との戦闘に入る前まで存在を確認できていた蓬生の姿が見えなくなったからだ。
「……獄炎と一緒で、本当に役立たずね」
万が一、蓬生のマテリアルが足らなかった場合に備えて誘き出した青木 燕太郎(kz0166)という歪虚の姿も無い。
こうなると、ゲートを開く術式を行使するのに必要な負のマテリアルは自身のものを使うしかないのだ。
「戦闘ももう少しダメージを受けていたら、危なかったわ」
荒野の中央で狐卯猾は両腕を天へと向ける。
全身から放出される負のマテリアルが、大きな弧を描きながら大地へと降り注いだ。
一瞬、気を失いかけるが、辛うじて意識を保つ。この術式が完成した時、ゲートが開き、邪神が姿を現すのだ。
それで、狐卯猾の目的は達成される。邪神と共に世界を滅ぼすのか、あるいは、邪神に吸収されてしまうのかはわからない事だが、結果は同じ事だ。
「あはははははは!!! 滅べぇぇぇぇ!!!」
狂気に満ちた瞳が輝いた。
暖かい太陽の日差しは急に出現した暗雲に隠れ、風も、水の流れも止まり、大地の温もりも消える。
この世界のあらゆるもの全てが滅びるのだ。
「勝った! 私は勝った。“始祖たる七”ですら出来なかった事がぁ!!」
負のマテリアルが地下深くに続く枯れた龍脈に乗り、その力を増幅していく。
巨大な魔法陣が大地に描かれていく。これが完成した時、ゲートが開くのだ。
ハンター達の姿は遠くだ。もはや、誰も止める者など――。
――その時、狐卯猾の脳裏に、一人の侍の姿が映った。
龍脈を流れる負のマテリアルを介して伝わってきたイメージだろうか――
刹那、大地が激しく揺れた。眩い光を放つ負のマテリアルが地面の隙間や窪みから放出されていく。
不測の事態に狐卯猾は茫然とするしかなかった。
「……な、なに、なによ、これはぁぁぁぁぁあああああ!!」
枯れた龍脈に流れていた負のマテリアルの奔流が突如として止まったのだ。
その為、術式は後一歩の所で完成しなかった。ボロボロと崩れ散っていくように、マテリアルが消えていく。
「きゃぁあぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
天に生じていた邪神の世界へと繋ぐゲートが急速に閉じていく。
狐卯猾も失敗したのだ。最後の最後で、果たすべき目的を達成する事ができなかった。
しかも、その原因が何か、全くもって分からない。
分かるのは……もはや、枯れた龍脈を術式の補助として運用する事が出来ないという事だ。
「おのれぇ! おのれぇぇぇぇ!」
人間が何かやらかしたのだろうと狐卯猾は決めつける。
その怒りの声は遠くまで、東方全土に聞こえるのではないかというものであった。
●犠牲
「あれは……マズイね。怒り狂ったら、八つ当たりされて文字通り、全滅だよ」
狐卯猾の怒りは大気を震わせ、撤退するハンターや幕府軍まで届いていた。
戦闘不能者を安全な所に運んで、改めて、反撃に出るつもりだったが、敵の怒りは想定以上だ。
「……仕方ないね。殿で時間を稼ぐしかない。どういう訳かゲートが開かないみたいだし、ハンターが生きていれば、この後、なんとかなるだろうし!」
『女将軍』こと、鳴月 牡丹(kz0180)はそう言うと、足を止めた。
正秋隊の仁々木 正秋(kz0241)と菱川瞬も従う。二人共……いや、騎馬隊であった彼らは既に下馬していた。
傷つき、動けなくなったハンターや兵士を乗せて、先行させたからだ。
「あの敵に殿……か……そうか……」
瞬はそう呟きながら、怒り狂う狐卯猾を見つめる。
あんな化け物を足止めするのだ。その結果が、どういう事態になるか、口にする必要も無いだろう。
「……すまない、瞬。拙者と一緒だったから、お前の命まで……」
「何言ってるんだよ。俺達は“最初から”そのつもりだったじゃないか」
申し訳なさそうな正秋に瞬は笑って答えた。
“征西部隊”として戦いに赴く時から、決まっていた事だ。
「“あの時”と違うのは、俺達の死が無駄死にじゃなく、未来に続く死って事だ。それだけで、意味があるだろ」
「……瞬」
キュっと鉢巻きを巻き直した親友に、正秋は涙を浮かべながら頷いた。
そう――無駄死にではない。ハンター達さえ生き残っていれば、必ず、勝利が訪れる。
「ふーん。あんた達って、できてたんだ」
死地に向かう侍二人に向かって牡丹が感心したように言った。
「鳴月殿、違います!」
「感動的な場面で、それ言うのかよ」
二人が即答して返した。
まぁ、仲は良いのは間違いない。
「だいたい、ハンターとできてるのは、女将軍の方だろうに」
「そうなのか……なら、鳴月殿、ここは拙者達に任せ……」
「はぁ? 僕は今、幕府軍の実質的な指揮官だよ! 僕が逃げるから死んでって言える訳ないじゃん。つか、僕の力なければ、殿にもならないでしょうに」
覚醒者としても場数でも、この中で牡丹に並ぶ者はいないだろう。
「分かりました。せめて、矢除け位にはなります」
「ったく、正秋は最期までクソ真面目だな。まぁ、今に始まった事じゃないか……さぁ、行くか。どうせだったら、アレを倒すつもりでいいんだろ?」
瞬はニヤっと笑った。
ハンター達の犠牲になった――なんて、広まったら、ハンター達の中には立ち直れない者もいるかもしれない。
だから、これは違うのだ。手負いとなった敵に幕府軍が総攻撃を仕掛けたという話だ。
「……勿論、そのつもりだ」
本気でそう思っている口ぶりで正秋が応えると、刀を抜き放った。
夕日を反射して刀先にキラリと閃光が走る。
「救国志士であるハンター達が切り開いた道だ。東方は、我ら東方の民自らが、取り戻すべきもの! 総員、突撃!」
「「「おぉぉぉぉ!!!」」」
正秋の呼び掛けに兵士達は一斉に声を挙げると、我先に狐卯猾へと走り出した。
「ちょ、僕の台詞ぅ!」
その流れの中、置き残された牡丹の声が響く。
ぷくっと頬を膨らませたのも束の間、牡丹はお腹に手を当てながら、恵土城の方に振り返った。
「……これから頑張ってくるからさ……いっぱい、褒めてよね」
瞳を閉じ、愛する人の姿を思い浮かべ、無事を祈った。
沢山の大事な想い出が走馬灯のように過ぎていく中、一人で満足そうに頷くと、牡丹はカッと目を開く。
そして、力強く握った拳で掌を打つと、気合の掛け声と共に駆け出した――。
無謀にも逆襲を仕掛けてきた幕府軍を、すべて燃やし尽くし、灰へと変えた時点で、狐卯猾からハンター達の姿は見えなかった。
「おのれ、おのれぇぇぇぇぇ!」
消えることのない怒りを抱えたまま狐卯猾が叫ぶ。
ゲートも開かず、負のマテリアルを大量に消費した。
しかも、なぜ、枯れた龍脈を使った結界が正常に起動しなかったのかも不明のままだ。
これでは、今後もゲートを開く事ができない。もう一度、策を練る必要があるだろう。
「一度、本陣に戻って、力を取り戻してから、ね……」
狐卯猾は呟くと、憤怒本陣のある方向に猛烈な炎をまき散らしながら移動し始めた。
途中にある町や村など、ことごとくを燃やし尽くしながら――。
●遺されたもの
仮設の陣に戻って来たスメラギ(kz0158)は、予想以上の惨状に言葉を失った。
天ノ都は狐卯猾によって蹂躙され――幕府軍も、朝廷の兵も驚く程に疲弊して、数が減っている。
被害は甚大であることは既に言うまでもなかったが……それでも、報告を聞かなくてはならない。
スメラギはため息をつくと、膝をついている兵に目を向けた。
「……一体どうなってやがる! 状況を報告しろ」
「狐卯猾の討伐に失敗。撤退の際、幕府軍が殿を勤めましたが、全滅……鳴月 牡丹殿と仁々木 正秋殿が討ち死になさいました」
「そうか……。紫草はどうした? どこにいる」
「それが、お姿が見当たらず、お探ししたのですが……」
口ごもる幕府軍の兵。スメラギは拳が白くなるまで握り締める。
「どうした? 報告を続けろ」
「はっ。城の地下で、立花院殿の鎧が発見されましたが、ご本人は見当たらず、行方が分からなくなっております」
「……行方が、分からない?」
言葉の意味が分からず、同じ言葉を繰り返すスメラギ。
――あんな、誰も敵わないような腕っぷし持ってて、殺しても死なないような男が?
行方が分からない……?
――大体何なんだよ死んだって。牡丹も正秋もまだまだこれからだろうが……!
……落ち着け。落ち着け俺様。
今は悲しんでる場合じゃない。
出来ることを、やれることを考えろ……!
「……残っている兵達を終結させろ。狐卯猾討伐隊を編成する」
「スメラギ様……?」
「あいつは生かしておいていいことはない。長江に行ったってことは憤怒本陣にいるんだろう。ハンターが負わせた怪我が全快する前に打って出る。準備ができ次第出発する。手配を急げ!」
「はっ!」
「それから九代目詩天に連絡を取れ。大至急!」
「御意!」
●決意
「真美様、スメラギ様より使いの者が来ております。狐卯猾討伐に力を貸して欲しいとのことに御座いますが……」
詩天は若峰、黒狗城。九代目詩天、三条 真美(kz0198)は、執務室で軍師である水野 武徳(kz0196)と話し合っていた。
「お話は伺っています。鳴月様と仁々木様が討ち死に、立花院様は行方不明とか……。スメラギ様、大丈夫でしょうか。部下や家族も同然の立花院様がこんなことになって、きっとお辛いでしょうね……」
――自分も父や従兄を喪った時、とても辛かった。
お友達がいたから乗り越えられたけれど――スメラギは、悲しみを、痛みを吐露出来る人はいるのだろうか。
涙ぐむ真美。武徳は別な側面から今回のことを捉えているのか、眉間に皺を寄せたまま続ける。
「……まずいことになりましたな」
「そうですね。でもここで、諦める訳にはいきません。私達も東方の一員ですから、出来うる限りのことをしなくては」
「つまり、狐卯猾の討伐隊に参加される、ということですな?」
「はい。断る理由などありませんよね? 武徳?」
小首を傾げる真美に唸る武徳。
残滓とはいえ憤怒王を継ぐもの。激しい戦いが予想される。
ここで大事な御身を敵前に晒すのは――いや、待てよ?
幕府や朝廷の主力を欠いた今、今後東方の統治に確実に影響が出る。
この戦に協力し、勝利すれば国内外に詩天に九代目ありと示せる上、この先の議会での発言力も変わるのでは……。
「ふむ。仕方ありませぬな。許可いたします。ただし、此度の作戦は危険を伴います。必ずハンターを供につけて戴きますよう」
「分かっています。それでは、協力する旨使いの者に報せて戴けますか」
「御意」
主に深々と頭を下げる武徳。その脳内では、目まぐるしく未来を見据えた算盤が弾き出されていた。

狐卯猾

蓬生

青木 燕太郎
ハンター達との戦闘に入る前まで存在を確認できていた蓬生の姿が見えなくなったからだ。
「……獄炎と一緒で、本当に役立たずね」
万が一、蓬生のマテリアルが足らなかった場合に備えて誘き出した青木 燕太郎(kz0166)という歪虚の姿も無い。
こうなると、ゲートを開く術式を行使するのに必要な負のマテリアルは自身のものを使うしかないのだ。
「戦闘ももう少しダメージを受けていたら、危なかったわ」
荒野の中央で狐卯猾は両腕を天へと向ける。
全身から放出される負のマテリアルが、大きな弧を描きながら大地へと降り注いだ。
一瞬、気を失いかけるが、辛うじて意識を保つ。この術式が完成した時、ゲートが開き、邪神が姿を現すのだ。
それで、狐卯猾の目的は達成される。邪神と共に世界を滅ぼすのか、あるいは、邪神に吸収されてしまうのかはわからない事だが、結果は同じ事だ。
「あはははははは!!! 滅べぇぇぇぇ!!!」
狂気に満ちた瞳が輝いた。
暖かい太陽の日差しは急に出現した暗雲に隠れ、風も、水の流れも止まり、大地の温もりも消える。
この世界のあらゆるもの全てが滅びるのだ。
「勝った! 私は勝った。“始祖たる七”ですら出来なかった事がぁ!!」
負のマテリアルが地下深くに続く枯れた龍脈に乗り、その力を増幅していく。
巨大な魔法陣が大地に描かれていく。これが完成した時、ゲートが開くのだ。
ハンター達の姿は遠くだ。もはや、誰も止める者など――。
――その時、狐卯猾の脳裏に、一人の侍の姿が映った。
龍脈を流れる負のマテリアルを介して伝わってきたイメージだろうか――
刹那、大地が激しく揺れた。眩い光を放つ負のマテリアルが地面の隙間や窪みから放出されていく。
不測の事態に狐卯猾は茫然とするしかなかった。
「……な、なに、なによ、これはぁぁぁぁぁあああああ!!」
枯れた龍脈に流れていた負のマテリアルの奔流が突如として止まったのだ。
その為、術式は後一歩の所で完成しなかった。ボロボロと崩れ散っていくように、マテリアルが消えていく。
「きゃぁあぁぁぁぁぁあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
天に生じていた邪神の世界へと繋ぐゲートが急速に閉じていく。
狐卯猾も失敗したのだ。最後の最後で、果たすべき目的を達成する事ができなかった。
しかも、その原因が何か、全くもって分からない。
分かるのは……もはや、枯れた龍脈を術式の補助として運用する事が出来ないという事だ。
「おのれぇ! おのれぇぇぇぇ!」
人間が何かやらかしたのだろうと狐卯猾は決めつける。
その怒りの声は遠くまで、東方全土に聞こえるのではないかというものであった。
●犠牲

鳴月 牡丹

仁々木 正秋
狐卯猾の怒りは大気を震わせ、撤退するハンターや幕府軍まで届いていた。
戦闘不能者を安全な所に運んで、改めて、反撃に出るつもりだったが、敵の怒りは想定以上だ。
「……仕方ないね。殿で時間を稼ぐしかない。どういう訳かゲートが開かないみたいだし、ハンターが生きていれば、この後、なんとかなるだろうし!」
『女将軍』こと、鳴月 牡丹(kz0180)はそう言うと、足を止めた。
正秋隊の仁々木 正秋(kz0241)と菱川瞬も従う。二人共……いや、騎馬隊であった彼らは既に下馬していた。
傷つき、動けなくなったハンターや兵士を乗せて、先行させたからだ。
「あの敵に殿……か……そうか……」
瞬はそう呟きながら、怒り狂う狐卯猾を見つめる。
あんな化け物を足止めするのだ。その結果が、どういう事態になるか、口にする必要も無いだろう。
「……すまない、瞬。拙者と一緒だったから、お前の命まで……」
「何言ってるんだよ。俺達は“最初から”そのつもりだったじゃないか」
申し訳なさそうな正秋に瞬は笑って答えた。
“征西部隊”として戦いに赴く時から、決まっていた事だ。
「“あの時”と違うのは、俺達の死が無駄死にじゃなく、未来に続く死って事だ。それだけで、意味があるだろ」
「……瞬」
キュっと鉢巻きを巻き直した親友に、正秋は涙を浮かべながら頷いた。
そう――無駄死にではない。ハンター達さえ生き残っていれば、必ず、勝利が訪れる。
「ふーん。あんた達って、できてたんだ」
死地に向かう侍二人に向かって牡丹が感心したように言った。
「鳴月殿、違います!」
「感動的な場面で、それ言うのかよ」
二人が即答して返した。
まぁ、仲は良いのは間違いない。
「だいたい、ハンターとできてるのは、女将軍の方だろうに」
「そうなのか……なら、鳴月殿、ここは拙者達に任せ……」
「はぁ? 僕は今、幕府軍の実質的な指揮官だよ! 僕が逃げるから死んでって言える訳ないじゃん。つか、僕の力なければ、殿にもならないでしょうに」
覚醒者としても場数でも、この中で牡丹に並ぶ者はいないだろう。
「分かりました。せめて、矢除け位にはなります」
「ったく、正秋は最期までクソ真面目だな。まぁ、今に始まった事じゃないか……さぁ、行くか。どうせだったら、アレを倒すつもりでいいんだろ?」
瞬はニヤっと笑った。
ハンター達の犠牲になった――なんて、広まったら、ハンター達の中には立ち直れない者もいるかもしれない。
だから、これは違うのだ。手負いとなった敵に幕府軍が総攻撃を仕掛けたという話だ。
「……勿論、そのつもりだ」
本気でそう思っている口ぶりで正秋が応えると、刀を抜き放った。
夕日を反射して刀先にキラリと閃光が走る。
「救国志士であるハンター達が切り開いた道だ。東方は、我ら東方の民自らが、取り戻すべきもの! 総員、突撃!」
「「「おぉぉぉぉ!!!」」」
正秋の呼び掛けに兵士達は一斉に声を挙げると、我先に狐卯猾へと走り出した。
「ちょ、僕の台詞ぅ!」
その流れの中、置き残された牡丹の声が響く。
ぷくっと頬を膨らませたのも束の間、牡丹はお腹に手を当てながら、恵土城の方に振り返った。
「……これから頑張ってくるからさ……いっぱい、褒めてよね」
瞳を閉じ、愛する人の姿を思い浮かべ、無事を祈った。
沢山の大事な想い出が走馬灯のように過ぎていく中、一人で満足そうに頷くと、牡丹はカッと目を開く。
そして、力強く握った拳で掌を打つと、気合の掛け声と共に駆け出した――。
無謀にも逆襲を仕掛けてきた幕府軍を、すべて燃やし尽くし、灰へと変えた時点で、狐卯猾からハンター達の姿は見えなかった。
「おのれ、おのれぇぇぇぇぇ!」
消えることのない怒りを抱えたまま狐卯猾が叫ぶ。
ゲートも開かず、負のマテリアルを大量に消費した。
しかも、なぜ、枯れた龍脈を使った結界が正常に起動しなかったのかも不明のままだ。
これでは、今後もゲートを開く事ができない。もう一度、策を練る必要があるだろう。
「一度、本陣に戻って、力を取り戻してから、ね……」
狐卯猾は呟くと、憤怒本陣のある方向に猛烈な炎をまき散らしながら移動し始めた。
途中にある町や村など、ことごとくを燃やし尽くしながら――。
●遺されたもの

スメラギ
天ノ都は狐卯猾によって蹂躙され――幕府軍も、朝廷の兵も驚く程に疲弊して、数が減っている。
被害は甚大であることは既に言うまでもなかったが……それでも、報告を聞かなくてはならない。
スメラギはため息をつくと、膝をついている兵に目を向けた。
「……一体どうなってやがる! 状況を報告しろ」
「狐卯猾の討伐に失敗。撤退の際、幕府軍が殿を勤めましたが、全滅……鳴月 牡丹殿と仁々木 正秋殿が討ち死になさいました」
「そうか……。紫草はどうした? どこにいる」
「それが、お姿が見当たらず、お探ししたのですが……」
口ごもる幕府軍の兵。スメラギは拳が白くなるまで握り締める。
「どうした? 報告を続けろ」
「はっ。城の地下で、立花院殿の鎧が発見されましたが、ご本人は見当たらず、行方が分からなくなっております」
「……行方が、分からない?」
言葉の意味が分からず、同じ言葉を繰り返すスメラギ。
――あんな、誰も敵わないような腕っぷし持ってて、殺しても死なないような男が?
行方が分からない……?
――大体何なんだよ死んだって。牡丹も正秋もまだまだこれからだろうが……!
……落ち着け。落ち着け俺様。
今は悲しんでる場合じゃない。
出来ることを、やれることを考えろ……!
「……残っている兵達を終結させろ。狐卯猾討伐隊を編成する」
「スメラギ様……?」
「あいつは生かしておいていいことはない。長江に行ったってことは憤怒本陣にいるんだろう。ハンターが負わせた怪我が全快する前に打って出る。準備ができ次第出発する。手配を急げ!」
「はっ!」
「それから九代目詩天に連絡を取れ。大至急!」
「御意!」
●決意

三条 真美

水野 武徳
詩天は若峰、黒狗城。九代目詩天、三条 真美(kz0198)は、執務室で軍師である水野 武徳(kz0196)と話し合っていた。
「お話は伺っています。鳴月様と仁々木様が討ち死に、立花院様は行方不明とか……。スメラギ様、大丈夫でしょうか。部下や家族も同然の立花院様がこんなことになって、きっとお辛いでしょうね……」
――自分も父や従兄を喪った時、とても辛かった。
お友達がいたから乗り越えられたけれど――スメラギは、悲しみを、痛みを吐露出来る人はいるのだろうか。
涙ぐむ真美。武徳は別な側面から今回のことを捉えているのか、眉間に皺を寄せたまま続ける。
「……まずいことになりましたな」
「そうですね。でもここで、諦める訳にはいきません。私達も東方の一員ですから、出来うる限りのことをしなくては」
「つまり、狐卯猾の討伐隊に参加される、ということですな?」
「はい。断る理由などありませんよね? 武徳?」
小首を傾げる真美に唸る武徳。
残滓とはいえ憤怒王を継ぐもの。激しい戦いが予想される。
ここで大事な御身を敵前に晒すのは――いや、待てよ?
幕府や朝廷の主力を欠いた今、今後東方の統治に確実に影響が出る。
この戦に協力し、勝利すれば国内外に詩天に九代目ありと示せる上、この先の議会での発言力も変わるのでは……。
「ふむ。仕方ありませぬな。許可いたします。ただし、此度の作戦は危険を伴います。必ずハンターを供につけて戴きますよう」
「分かっています。それでは、協力する旨使いの者に報せて戴けますか」
「御意」
主に深々と頭を下げる武徳。その脳内では、目まぐるしく未来を見据えた算盤が弾き出されていた。