ゲスト
(ka0000)
【東幕】篝火狐鳴「憤怒王分体狐卯猾討伐」リプレイ


作戦1:憤怒王分体狐卯猾討伐 リプレイ
- 狐卯猾
- ヴァルナ=エリゴス(ka2651)
- レイオス・アクアウォーカー(ka1990)
- ニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)
- 八島 陽(ka1442)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)
- Schwarze(ワイバーン)(ka6617unit002)
- 夜桜 奏音(ka5754)
- メンカル(ka5338)
- キャリコ・ビューイ(ka5044)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
- 仙堂 紫苑(ka5953)
- ユウ(ka6891)
- 天竜寺 詩(ka0396)
- 保・はじめ(ka5800)
- リュー・グランフェスト(ka2419)
- レイア・アローネ(ka4082)
- 沙織(ka5977)
- エーデルワイス弐型(R7エクスシア)(ka5977unit003)
- ゾファル・G・初火(ka4407)
- ガルちゃん・改(ガルガリン)(ka4407unit004)
- 南護 炎(ka6651)
- ミリア・ラスティソード(ka1287)
- ともえさん(オートソルジャー)(ka1287unit006)
- Uisca Amhran(ka0754)
- 鳴月 牡丹 (kz0180)
- シレークス(ka0752)
- ルベーノ・バルバライン(ka6752)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- 夢路 まよい(ka1328)
- 東條 奏多(ka6425)
- イツキ・ウィオラス(ka6512)
- エイル(イェジド)(ka6512unit001)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- オリーヴェ(イェジド)(ka0239unit001)
- ヴァイス(ka0364)
- グレン(イェジド)(ka0364unit001)
- アニス・エリダヌス(ka2491)
- シリウス(イェジド)(ka2491unit002)
- ディーナ・フェルミ(ka5843)
- 北谷王子 朝騎(ka5818)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)
- 仁々木 正秋 (kz0241)
- 銀 真白(ka4128)
- 七葵(ka4740)
- 劉 厳靖(ka4574)
●序盤
人型の上半身と様々な動物が合わさった下半身の姿は異様そのもの。
狐卯猾はゆっくりとその場で浮上すると向かってくるハンター達に対し、負のマテリアルを帯びた風を放った。
動きを阻害される風に、ハンター達は抵抗しつつ、距離を一気に詰める。
「まさか邪神を呼び寄せようとするとは……大それた事をしてくれますね」
シエル(ワイバーン)(ka2651unit004)に騎乗して大空を飛翔するヴァルナ=エリゴス(ka2651)が言い、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)がテュア(ポロウ)(ka1990unit006)に掴まりながら頷いて応えた。
「“獄炎の影”の次は邪神の力か。他力本願だから歪虚王の器じゃないと気付けよ、女狐」
「しかし、今回の相手は、些か凶悪なお力をお持ちの様子です」
ニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)がわっしー(グリフォン)(ka1590unit001)に乗って二人の間をゆっくりと上昇した。
敵は巨大な姿となっただけではないだろう。溢れ出るような強いマテリアルを感じる。
「下半身はまるで最下級の憤怒だな。格は下がったか分からないが力は上がったか」
「私達は先日、邪神翼を一枚討ったのです。今、こんな所で詰ませはしません!」
レイオスの台詞にヴァルナは力強くワイバーンに合図を送る。
これも邪神翼の一部であれば、討伐する事で邪神にダメージを与える事もできるからだ。
それぞれ別方向に飛んだ二人を見送りつつ、ニャンゴは上昇を続けながら呟いた。
「塵虫に匹敵する存在価値を有する私にできるのは……」
今回の戦い。頼もしいハンター達が多い。
仲間の攻撃が当たるように立ち回るのが最も効率が良いだろうと考えていた。
誰かが連れてきたポロウが惑わすホーを行使して、幻影の結界が大空に広がる。
そんな中を、ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)がグリフォン(ka1613unit006)に命じて姿勢を整えた。
「乗り心地はどうだ?」
グリフォンに装備されたキャリアーに乗っている仲間にそう呼び掛けた。
特殊訓練を受けたグリフォンは3人ばかり乗れるキャリアーを装備できるのだ。
「なかなか良い感じだよ」
八島 陽(ka1442)が堕杖を狐卯猾に向けながら意識を集中させる。
「もう少し接近できれば」
「よしきた! お望みの場所へひとっ飛び!」
揺れるキャリアーの中で、八島が連れて来たマルティーリョ(ユキウサギ)(ka1442unit010)が真剣な表情で転ばないように踏ん張っている。
狐卯猾が残酷な笑みを浮かべて負のマテリアルの波動を放った。
強力な精神汚染の魔法だが、それらは不可思議な結界に触れると、無かったかのように消失する。
「……ん? これは、何?」
驚く、狐卯猾。これまでの戦いで、こうした経験は無かったからだ。
険しい表情で負け惜しみのように何かを呟いた。
一方、マスティマ(ka0551unit005)に搭乗しているロニ・カルディス(ka0551)はモニターに映し出される外の景色と様々な情報群を確認していた。
「イニシャライズオーバーは正常に作動しているか」
狐卯猾の下半身は鷲や鷹などの飛翔生物となっている。この“大空形態”時は敵の回避能力が上昇していると考えられるので、ハンター達は大技を使わずに温存していた。
ロニはパネルを叩き、フロートブレードを射出させた。弧を描きながらノコギリ状の刃が狐卯猾を直撃する。
続けて、Schwarze(ワイバーン)(ka6617unit002)に乗るフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)からの魔法攻撃が宙を貫いた。
「……これは憶測なのですが、形態変化、安定してないみたいですね」
五条の光の筋は絡み合いながら狐卯猾に向かうが、不可思議なブレと腕で払い除けられてしまう。
一人からの同時攻撃――ではなく、多人数による一斉攻撃でなければ直撃は難しいだろうか。“大空形態”時への攻撃が控えられているというのもある。
「まだ、本気ではない? いや、しかし……」
「もしかして、邪神の力が馴染みきっていないのではないでしょうか?」
だとすれば、一気に畳みかける所なのかもしれない。
夜桜 奏音(ka5754)はエウロス(ポロウ)(ka5754unit004)にしがみつきながら、次の符を慌てて用意していた。
予め先に配置した符を使った黒曜封印符が狐卯猾を一時封印したものの、騎乗しているポロウが狼炎で攻撃したので、集中が乱れ、封印が解除されたからだ。
「も、もう、一発お見舞いしましょう!」
「そう何度も封印できると?」
狐卯猾がマテリアルを操る――それは魔術師スキルのカウンターマジックに良く似た魔法だった。
「よし、狙い通りだな」
エーギル(ポロウ)(ka5338unit003)に乗るメンカル(ka5338)が腕先を敵に向けた。消失した結界を狐卯猾よりも早く展開していたのだ。
不可思議な音が響いただけで、狐卯猾のカウンターマジックは強制的に消失したからだ。
「敵の攻撃は防ぐ、存分に戦え」
盾を構えて仲間達を庇うように位置取りした。
マテリアルに紛れるように、キャリコ・ビューイ(ka5044)はポロウ(ka5044unit005)に乗ったまま、銃弾数を調整した魔導銃を構える。
「これこそ我が銃。銃は数あれど我がものは一つ……」
意識を集中させる為に、魔術の詠唱のような言葉を発する。
“大空形態”は回避能力が高いのは分かっている。しかし、キャリコがこれからやろうとしている事は、それを越えるものだ。
「……我らは敵には征服者 我が命には救世主……」
大空にキャリコが紡ぐ言葉が流れる中、奏音は封印に集中していた。
「少しでも長く封印し続けます」
奏音の封印強度はかなりのものだ。
集中が乱れるような事がなければ、解除になったりしないはずだが、万が一でも封印が解かれると厄介でもある。
幻影結界をポロウ(ka4901unit010)に再度張らせながら、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が訊ねた。
「狐卯猾さん。どうしてあなたは『憤怒』なのに『嫉妬』しているです?」
憤怒同士で仲良くしていれば、もっと簡単に事が進んでいたはずだ。
「何を言っているのかしら?」
「だって、そうじゃないと色々辻褄が合わないですよ?」
「……なら、教えてあげるわ。行き場の無い感情の捌け口が『怒り』だとね!」
全てを震わすような叫び声をあげつつ、狐卯猾は腕や下半身で直接攻撃を繰り出してくる。
それは、アルマや奏音を狙ったものであったが、悉く、仲間がフォローに入って受け止めた。
想定よりも“大空形態”が長かったが、ここで“大地形態”に変わり、狐卯猾は大地へと音を立てて落ちる。
「今が、チャンスです」
飛翔しつつ、仙堂 紫苑(ka5953)が仲間達に呼び掛けた。
“大地形態”になれば攻撃は当てやすい。厄介な負のマテリアルの風も発生しない。
怒涛の攻撃を繰り出す機会が訪れたのだ。
「喰いますよ!」
宣言と共に、空中班の面々は持てる最大限の手段で攻撃を開始した。
●激攻
「邪神の降臨を阻止するためにも、ゲートは絶対に開かせてはいけません」
ソラ(ポロウ)(ka6891unit004)を伴った超覚醒状態のユウ(ka6891)が自身の班の中で最前線へと進みでると、剣を高々と掲げた。
ゲートが開けば邪神が姿を現す事になる以上、ハンター達は絶対に敵を止めなければならない。
「彼女を何としても討たなくては……皆さん、今です!」
大精霊が司る『正義』のマテリアルを光に変えて、周囲に解き放つ守護者の力をユウは放った。
掲げた刀身が光のオーラに包まれ、巨大な剣を形創り、イメージ通りに振るう。
その一撃が確実に入った事を確認し、天照(イェジド)(ka0396unit001)と共に天竜寺 詩(ka0396)は狐卯猾を見つめる。
「これがきっと狐卯猾との最後の戦いだもん。私の持てる全力で皆を支えてみせる!」
三味線の音色を響かせながら、マテリアルを集中させた。
マーキス・ソングで少しでの仲間を援護しようとしての行動だ。
「進めハンター 己が誇る力と技で 我らの敵を討ち果たせ」
狐卯猾からの攻撃は今の所、空班に集中しているようだが、油断はできない。
キメラ状の下半身から強力な攻撃が突然、襲ってくるかもしれないからだ。
唄による援護をしつつ、詩はいつでも回復魔法が行使できるように戦況の行方を確りと観察する。
戦域全体にも及ぶ負のマテリアルの風や大地に広がった汚染。
保・はじめ(ka5800)は特別仕様「三毛丸といっしょ」(魔導アーマー「プラヴァー」)(ka5800unit002)のコックピットで操縦桿ではなく、符を構えていた。
「これほどの力……邪神翼を思わせますが、狐卯猾が手に入れたのは憤怒に対応する邪神翼の力でしょうか?」
真相は分からない。だが、少なくとも邪神の力を得ているのであれば、倒すだけでも意味があるはずだ。
「狐卯猾の撃破は一石二鳥になるかもしれません」
結界を張る為に持っていた符を離し、操縦桿を確りと握った。
チラリと、リュー・グランフェスト(ka2419)を横目で確認する。この班、最大の攻撃……その起点が、彼なのだから。
「兄である蓬生すらも野望の犠牲に、か……くそったれ! 何が憤怒だ。怒ってるのはこっちだぜ!!」
獄炎も狐卯猾も、その存在だけで、どれだけ多くの人が苦しみ、涙を流したか。
必ずここで狐卯猾を仕留める――そんな強い想いを、連れてきた紅狼刃(イェジド)(ka2419unit001)と共にリューは解き放った。
「王の剣。その権能を今ここに! 全てを、守るために!」
刀身に篝火を模した星神器から圧倒的なマテリアルが広がる。
王権の理が仲間達に伝わる中、リューは闘狩人としての技を全力で繰り出した。
それだけでも、かなりの手応えを感じられるが、仲間の機体の影から姿を見せた、レイア・アローネ(ka4082)も星神器の力を解放する。
援護するように彼女のアウローラ(ワイバーン)(ka4082unit001)が空中を飛翔した。
「八つの雲より出ずる力よ。神をも殺す斬々怒濤の太刀筋を表せ!」
水竜のようなオーラを纏った刀身が狐卯猾へと斬りつけられた。
圧倒的な威力が幾度も叩きつけられる。
「よし、このまま一気に!」
「攻撃を合わせますね!」
それまでデルタレイで攻撃していた沙織(ka5977)が乗るエーデルワイス弐型(R7エクスシア)(ka5977unit003)がリューの『ナイツ・オブ・ラウンド』を受け、ツインドリルランスを構えた。
赤青に発光するドリルの先端が、マテリアルの眩い光と轟音を響かせる。
「硬そうな皮膚を穿ちます!」
作業用ドリルを応用した機構が狐卯猾の表層を奇怪な穴を開けた。
これにより、相手の防御力を下げる効果があるのだ。
「ひゃっはー、いいねーいいねーこいつぁー、死ねるぜー。野郎ども、ぬかるんじゃねえじゃん」
沙織機に続き、ガルちゃん・改(ガルガリン)(ka4407unit004)に乗るゾファル・G・初火(ka4407)が、強敵の予感に武者震いが止まらない様子で叫ぶ。
そうでありながらも機体操作は的確だ。王権の理を受け、攻撃のチャンスを見逃すはずがない。
「突っ込むぜー!!」
重装甲の機体が存在感をより一層に増す。
巨大な姿である狐卯猾の下半身に衝突するような勢いでガツンと一撃が入った。
立て続けに続く攻勢は止まらない。もう1機、南護 炎(ka6651)が搭乗するSTAR DUST(ガルガリン)(ka6651unit004)が突っ込む。
「行くぞ、ミリア! みんな! 狐卯猾を殲滅する! 俺達は誰にも止められないぜ!」
操作パネルを素早く叩き、正面のモニターに『人機一体』を知らせる表示が広がった。
舞刀士としての技を機体に認識させる。
「狐卯猾! 貴様の首は俺が取る!! だから、トランキーロ、あっせんなよ!」
「焦ってんのは、お前だ、炎。全部一人でやろうとすんな。足並みあわせろ!」
機体の足元でともえさん(オートソルジャー)(ka1287unit006)と共に戦うミリア・ラスティソード(ka1287)が叫び返す。
長大な大身槍にマテリアルを流し込みつつ、大きく踏み込んだ。
「いっくぞ!」
お互いに相手をマジマジと見ながらではないが、二人は阿吽の呼吸で攻撃を合わせる。
深々と斬艦刀と大身槍が突き刺さった。サッとミリアが身体を柔らかい動きでズラした。
この一連の総仕上げとなる攻撃に続かせる為だ。
銀雫(ポロウ)(ka0754unit005)を伴ったUisca Amhran(ka0754)が守護者としての力を最大限に解放しつつ杖の先端を狐卯猾へと向ける。
「邪神召還に固執し、その先を見ていない貴女に、この戦いの後を見据えている東方の人達が負ける訳がありませんっ!」
救恤の力を全身に巡らせる、守護者としての究極の攻撃方法だ。
場合によっては自身の持つ力を失いかねない程である。
「未来を紡ぐために貴女をここで倒しますっ」
絶大なるマテリアルの流れが渦巻きながら立体的な魔法陣を形成していく。
刹那、白竜の牙を思わすような絶対命中の鋭い光の筋が幾本も放たれ、次々に、狐卯猾を直撃した。
狐卯猾の巨大な姿が一瞬、掻き消えるのではないかと思うほどの強烈な攻撃。しかも、ハンター達の攻撃はまだ続く。
●転危
鳴月 牡丹(kz0180)が率いる幕府軍は、ハンター達の邪魔にならぬように、蹄型の陣形を敷きつつ出方を見計らっていた。
その本陣でカリブンクルス(ポロウ)(ka0752unit004)と共に詰めていたシレークス(ka0752)は戦況を見つめていた。
「これは、世界を守護する戦いであると心しやがれっ!」
星神器を高々と掲げて、幕府軍の兵士達を鼓舞する。
兵士らの多くはエクラ教とは関係ないが……彼女の強い想いはちゃんと伝わっているようだ。
傍によった牡丹がそっと呟く。
「やっぱり、ハンターから言ってくれると助かるよ……彼らも覚悟がつくようだからね」
「流浪のエクラ教シスターとして当然の事です!」
自信満々に答えたシレークスの台詞に対し、牡丹は険しい表情で小さく頷いた。
オートソルジャー(ka6752unit006)を傍で控えさせたまま、ルベーノ・バルバライン(ka6752)が牡丹の態度に鋭い視線を向ける。
「おいおい、指揮官が不吉な顔付きだな」
「ハンター達の攻勢にムラがある気がするからね……嫌な予感がする」
ルベーノは主戦場へと視線を向けた。
ハンター達の猛烈な攻撃が続いているようにも見えた。
「そうなのか?」
「……もしもの時は、幕府軍で割って入る。二人にも援護をお願いするようかな」
「だとしたら、任せろ!」
頼もしく宣言するルベーノだった。
狐卯猾の『大空形態』が思ったよりも頻回だったが、訪れた攻撃のチャンスにボルディア・コンフラムス(ka0796)は魔導スマホで、刻令ゴーレム「Volcanius」(ka0796unit006)に後方からの射撃を繰り返させる指示を出すと、威勢よく星神器を掲げた。
「雨が降るぞ!」
守護者としての絶大なる力。
希望を光の雨として降らせるそれは、ハンター達のマテリアルを活性化するだけではない。
「タイミングを合わせるんだ!」
「狐卯猾の動きを鈍らせるからね」
真っ先に応えたのは夢路 まよい(ka1328)だった。まよいもまた守護者としての力を既に行使しているが、今は意識を錬金杖に集中させながら、マテリアルを練り上げた。
光の雨が降る中、高まるマテリアルの濃度に振り回されないように。
応援するかのように彼女が連れてきたソフォス(ポロウ)(ka1328unit003)が羽をバタバタと振る。
「……希望の雨と共に、怒涛なる水の流れ、揺ぎ無き大地の力、我らの敵を打ち砕け! アブソリュートゼロぉ!!」
絶対強度というべき威力で解き放たれたマテリアルの奔流が狐卯猾を貫く。
威力も申し分ないが、最大の狙いは行動阻害を与える事だ。
明らかに動きが鈍った――それを見て他のハンター達も続く。
「よし、あの憤怒の売れ残りを片付ければ良いんだろ? だったら、やる事は何時も通り、シンプルだ」
全身からマテリアルのオーラを発し、残像を残しながら東條 奏多(ka6425)が最前線で絶火刀を掲げる。刀先に集う眩い光が周囲に広がった。正義執行の力だ。
また、彼が連れてきたてばさき(ポロウ)(ka6425unit005)は幻影魔法による結界の展開を続けていた。
奏多のすぐ傍に、青みがかった銀毛を持つエイル(イェジド)(ka6512unit001)に騎乗したイツキ・ウィオラス(ka6512)が近寄る。
「……いえ、決して心細いとか、そう言う事では、ないのですよ」
自分からそう言ってしまうのは、つまり、そういう事なのかと感じたような奏多の視線。
「大丈夫か?」
「御挨拶を、と言うだけです、うん」
自分で言い聞かせて、イツキは蛇節槍をグルグルと回しながらマテリアルを高める。
目を見開き、ピタっと止めた槍に力を込め、気合の掛け声と共に突き出した。
咲いては砕ける、六花の様な煌きを残しつつ、気功の力が狐卯猾を直撃する。
蒼白い毛並みのオリーヴェ(イェジド)(ka0239unit001)の背に乗りながら、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)も蒼姫刀を振るっていた。
「それにしても、随分と悪趣味な姿しているわね、コレ」
巨大な人型の上半身に様々な動物の姿が目まぐるしく変わる狐卯猾の姿にユーリはそんな感想を口にした。
下半身の形態は一定ではない。今は『大地形態』であり、大小色々な地上生物が合わさっている。
その禍々しい姿は、世界そのものを否定しているようにも見えた。
「とはいえ、だからといって放っておくなんて選択肢は端からないわよ」
蒼白い雷光を纏った愛刀にマテリアルを込めて突き出す。
雷鳴のような轟音が響く。ハンター達の攻撃は確実に狐卯猾へとダメージを与えていく。
ヴァイス(ka0364)とアニス・エリダヌス(ka2491)の二人もそれぞれがグレン(イェジド)(ka0364unit001)とシリウス(イェジド)(ka2491unit002)に騎乗し、戦闘に参加していた。
美しい蒼き炎のオーラを纏った大鎌を存分に振るい、ヴァイスの攻撃が続く。
「敵の攻撃は【1班】に集中しているか……アニス、今がチャンスだ」
「はい、ヴァイスさん!」
支援魔法から、攻撃する為の魔法を詠唱し始めた彼女を守るように位置取りしながら、ヴァイスは戦士としての勘が何かを告げていた。
(これまで、狐卯猾からの地上班に対する攻撃が無い……意図があるのか?)
反撃を用意していたのが無駄になった事ではない。不安を押し込んだ時、アニスの詠唱が完成した。
「……影たる闇、光があるが故に創られし力よ。無数の刃となりて、我らの敵に重き罰を与えん!」
突き出した錬金杖から放たれたのは無数の闇の刃。
プルガトリオの副次能力は与えられなかったが、アイテムの力で範囲が広がっているため、それなりの威力が出ているはずだ。
ポロウ(ka5843unit006)の結界範囲を確認しながら、ディーナ・フェルミ(ka5843)は全員の攻撃を見つめていた。
「大きくなったってことは、的が大きくなったってことなの!」
サイズが大きければ大きくなるほど、基本的には複数HITする攻撃は多段攻撃となる。
それだけ、広範囲攻撃が有利になるという事だ。
「大きいだけじゃ勝てないって、みんなで狐卯猾に思い知らせるの!」
ピュリフィケーションで仲間への行動阻害は阻止していた。
攻撃に直接参加しなくとも、今回、回復役は重要な役目を果たしている。この攻勢も回復手段があるからこそのものだ。
ポロウ(ka5818unit017)に騎乗しながら北谷王子 朝騎(ka5818)は符を確りと握っていた。
「朝騎が封印している間……でちゅ」
黒曜封印符による封印を下半身に行っているからだ。
ポロウが動かなければ意識に集中できるが、何かの拍子があれば解除されてしまうかもしれない。
その辺り、ユニットに騎乗している状態の宿命といえるだろうか。
(敵に属性はあまり影響なかったみたいでちゅし、それに、1班が囮になったのは、無駄打ちしちゃったかもしれないでちゅね)
浄化結界を張っていたが、負のマテリアルの風が吹いただけで、地上に目立った攻撃はまだ無かったからだ。
一抹の不安を感じながらも、朝騎は封印を続ける。
ハンター達の攻撃を援護するように、ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)に乗り込み、遠距離の砲撃を繰り返すミグ・ロマイヤー(ka0665)。
前線の仲間と連絡を密にし、仲間の要請に応じて砲撃を叩き込む。
「ヤクト・バウの相手に不足なしじゃの」
大まかな班分けでは地上班に分かれているが、ミグは自身の戦法上、後方に位置しているのだ。
戦況を伝える連絡を受け、操作モニターの中から攻撃手段を選択。
二門の滑空砲「プラネットキャノン」が低い振動を響かせながら照準を定めた。
「貫通徹甲弾を撃つ。射線に気を付けるのじゃ!」
大地を揺るがせて放たれる砲撃。機体が反動で倒れるのではないかと思うほどの衝撃だった。
ハンター達の攻撃を側面から援護していた仁々木 正秋(kz0241)が率いる騎馬隊と共に行動している銀 真白(ka4128)は、ペガサス(ka4128unit003)の背に乗りながら、異変を理解した。
「封印されていたはずなのに、解除された?」
「俺もそんな風に見えるな」
陽炎(ワイバーン)(ka4740unit002)に騎乗して大空から援護活動を続けていた七葵(ka4740)が地表スレスレに飛びながら近づいてきて、真白の言葉に答えた。
ハンター達の攻勢が確実に当たるように正秋隊の面々は動いていたので、一歩離れた位置から狐卯猾を観察していた。
だから、こそ、その異変にいち早く気が付いたのだ。
「ったく、空にまた上がりやがったな」
真白と同様、ペガサス(ka4574unit004)に乗っている劉 厳靖(ka4574)が、空に浮かんだ狐卯猾を見つめる。
浮かんだといっても、物凄く空高くに上がるわけではない。今のところはその場で僅かに上昇する程度だ。
「次の攻勢のために、また援護に入るべきか」
真白は悩んだ。騎射で攻撃する事もできるが、次、地表に降りてくる時を狙うというのも一つの手だ。
「行動にパターンはねーか?」
「規則性はないようだが……狐卯猾も考えて動いているとみていいだろうな」
今度は厳靖の疑問に七葵が応える。
「敵の背後に回って奇襲を仕掛けるのも手だが……敵も馬鹿じゃねぇだろうしな」
「だからこそ、意味がある一撃かもしれない。正秋殿、如何するか?」
真白から話を振られた正秋は少し考えてから頷いた。
「やってみましょう。背後から回って、そのまま突き抜ければと」
こうして正秋隊は戦場を迂回すべく、走り出した。
●崩壊
「……もういいわ。十分、よくわかったから」
一方的に押されていた狐卯猾は一言告げると、下半身からの強烈な攻撃をポロウに乗る奏音へと向けた。
それをロニのマスティマが受け止める。威力は高いが生身より断然、安全なうえに、マスティマは飛翔している訳ではないので、安易に止められた。
だが、それは狐卯猾にとっては予想済みだった。
「なにっ!?」
ロニは驚いた。機体を掴まれたからだ。
庇いに入ったからこそ、避ける手段がなかった。掴まれたのも束の間、奏音に向かって機体ごと投げられる。
「危ない!」
咄嗟にカバーに入ったのはヴァルナだった。
ワイバーンで割って入ったおかげで直撃は防げた。だが……。
「集中が乱れた……封印が解除されました!」
急いで次の符の準備をする奏音。だが、浄化結界と二度の封印術で符を使いすぎていた。
すぐに浄化結界を構築して維持するのは難しそうだ。
「空中で封印を維持するのは難しかったです、か……」
幻獣に乗りながら、魔法を行使する事は可能だ。また、それが所謂、ロングアクションを用いるものとしてもだ。
ただし、それは幻獣が安定している事が条件となる。強い負のマテリアルの風が吹く中、CAMサイズの物体が飛んでこれば、訓練しているとはいえ、ポロウが驚き態勢を崩す。
封印術を扱えるマテリアルは消耗しきっているし、何より、符も足りない。
「下がってください、奏音さん!」
「申し訳ないですが、フォロー頼みます」
厳しいヴァルナの声にハッとした。封印術を使う以上、敵に接近しなければならなかったからだ。
サッとアルマが機導術を放つ。狐卯猾がカウンターマジックに似た魔法を使うが、ポロウのスキルによって効果が狐卯猾の魔法が消滅した。
「これは、どういう事だ……」
冷や汗を流しながら、メンカルは呟いた。狐卯猾の魔法が消滅した為、再度、ポロウに幻影結界を張らせようとしたのだ。
だが、ポロウが幻影結界を作り出せなかった。二度目の封印が実行されるまで狐卯猾の魔法を防ぐたびに、結界を張っていた事と、維持する為の時間を経過した事により、スキル回数に限度が生じたのだ。
「なぜだ? どうなっている?」
「結界がないと、狐卯猾の魔法の餌食です」
状況が分からず疑問の声をあげるメンカルにアルマが言う。
なぜ、早期に結界が使えなくなったのか、それを答えたのは、敵である狐卯猾だった。
「同じ効果の結界は重ね掛けできないのよ。まさか、術士の割に知らなかったの?」
同一の対象に対する同一の効果は基本的にひとつしか付与できない。
対象が「人」でも「空間」でも同じことだ。
ハンターに対して強化スキルを無限に重ね掛けできないように、空間に設置できる同一効果もひとつとなる。
「つまり……僕達は無駄に惑わすホーを使って……いたのですか?」
「最初は何かの意図があるかと思ったけど……愚かね」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる狐卯猾。
基本的に魔法は同じ効果が持つものを重ね掛けできない。
結界の例でいえば、後から使われたものが残るだけで、先に構築した結界は消滅するのだ。
「まずい。負のマテリアルの風の影響をポロウが受けている」
ポロウを励ますようにキャリコが仲間達にそう言った。トリガーエンドを撃ち終わった今、できるのはそれ位だ。
飛翔する事自体が、それなりにリスクを抱えている。更に行動阻害も加われば、さらに危険だ。
そこに精神を汚染させる負のマテリアルの炎が広がった。狐卯猾自身が元々、使っていた能力だ。
「く……これは、そうか、ポロウが」
怒り狂うポロウから振り落とされないようにキャリコが幻獣を制御しようとする。
空中に上がった幻獣のほとんどが行動阻害からの精神汚染を受けた。
こうなったら、戦闘どころではない。戦線は一気に崩壊した。
「俺達でやるしかねぇか」
ヴォーイが告げると仲間達の盾になるべく、また、精神汚染から解放すべく前線に出る。
彼のグリフォンも精神汚染を受けたが、キャリアーに乗っていた八島が機導浄化術を用いて回復させたのだ。
「戦線を再構築する為に煙幕を張る!」
「頼むぜ!」
八島が連れてきたユキウサギが頷くと、青白い魔法の煙を出現させた。
これは視線・射線を妨害する魔法だ。
煙の効果は僅かだったが、足しになったのは確かな事だった。
彼らの援護がなければ、精神汚染を続けるポロウに乗っていたハンターの幾人かは強烈な攻撃の直撃を受けて戦死していたかもしれない。
「範囲攻撃までは、防ぎ、きれない……か……」
ヴォーイ達には立て続けに放たれた炎渦からは身を守る方法が足らなかった。
再生の祈りでは回復力が届かなかったのだ。
次々に脱落していく仲間達を見ながら、騎乗しているポロウを守ろうとレイオスが身を乗り出し、炎渦を受ける。
「この!」
攻撃に紛れて直接切りかかろうと思ったが、この状況だと叶わないだろう。
四苦八苦している所に、狐卯猾の炎渦が吹き荒れている。幾度も直撃を受ければ防御力が低かった幻獣はダウンしてしまう。
レイオスは星神器の力のおかげで、それでもまだ、保てる事ができた方だ。
「流石に、これ以上は……厳しいか」
「一度、引きましょう。墜落した所に、追撃でトドメをさされたり、汚染された大地の上にいれば、最期です」
ワイバーンを駆ってニャンゴが飛ぶ。
墜落しかけたポロウをワイバーンは捕まえていた。だが、それも限度というものがあるだろう。
「なんて事だ……」
後方で空を飛びながら戦況を見守っていた紫苑は絶句していた。
狐卯猾の魔法を妨害できなかった直後から、この惨状だ。
「いや……違う。そもそもの空中戦、だったか……」
1班崩壊の原因は、幻獣に乗っての空中戦そのものにあったといえよう。
負のマテリアルの風により行動阻害を受ければ、その後の精神汚染も受けるというのは戦術の流れとしてはあり得る事だろう――そして、紫苑は知らないが、この戦術を狐卯猾は一度、獄炎の影が出現する直前、天ノ都南側での戦いで行っていた。
――こういった場では、『既に見ている』敵の能力に対する対応の差が結果を分けるのだ。
「だったら、こちらも鈍らせるだけ」
混乱する空中を突いて、フィーナがワイバーンと共に肉薄する。
マテリアルを集中させて、アブソリュートゼロを叩き込むのだ。
「そう何度も同じ手を受けないわ」
「カウンター、マジック……!?」
惑わすホーの効果はとっくに消えているのだ。
フィーナが唱えようとした魔法は発動する前に消滅してしまった。
直後の反撃。強烈な炎球の魔法がフィーナを中心として爆発する。
圧倒的な爆発はまだ無事だったハンター達も巻き込んでいく。
「手が足りません、ね……」
続々と戦闘不能となる仲間を助けるべく奔走するニャンゴ。
「俺が回復魔法を使います」
ロニが墜落する仲間を助けながら回復魔法を唱える。
しかし、回復したとしても戦線が再構築されるというわけではない。ポロウが元気になっても、また行動阻害と精神汚染を受けるだけだ。
だが、回復が無駄だったという事はない。ロニのマスティマの活躍がなければ、もっと多くのハンターが犠牲になっていたのだから。
●反撃
1班が崩壊しかけてきてから、地上班の動きも慌ただしくなった。
『大空形態』時に攻撃を控えていたのだが、そうも言っていられない状況だと判断したからだ。
「これが狐卯猾の……邪神と融合した力なのですね」
苦しそうな表情を浮かべ、ユウが空を見上げた。
もはや、1班の立て直しは不可能だろう。ハンター達が立てた作戦は崩壊したのだ。
狐卯猾が『大空形態』時には攻撃は当たりにくいという情報は出ていた。だからといって、攻撃を控えた作戦が今になって響いたのだ。
そもそも、短期決戦を挑んだのであれば『攻撃が当たりにくいから攻撃しない』という消極的な戦術ではなく『攻撃が当たるように工夫する』という積極的な戦術で挑むべきだった。
「ソラ、援護お願いしますね」
ポロウに呼びかけるユウ。
こうなった以上、狐卯猾が地表に降りてきた時を狙って、再度の攻勢を図るしかない。
「…………こ、これは!?」
「大変! みんな、下がって!」
空を飛ぶ狐卯猾の動きに絶句するユウと警戒を呼び掛ける詩。
二人が思った事は地上に居た誰しもが同じ思いだった。
『大空形態』時、その場で浮かんでいただけの狐卯猾が、空班がいない事で大空に進んだのだ。
それほどの高さや距離を進んだ訳ではない。だが、相手が巨大だからこそ、異様な圧迫感を放っている。
「まさか、落下するなんて」
退避しながら詩はそんな言葉を口にした。
形態が変わって、狐卯猾は“落下”――いや“墜落”した。予想もしない敵の行動にハンター達はバラバラに退避する。
「こんなものぉぉぉぉ!」
一斉に鳴り響くアラートがコックピット内に響く。
極めて頑丈な装甲を誇るゾファルの機体が辛うじて受け流した。
僅かに浮かんでいても、相手が相手だ。生身で受けようものなら木端微塵だろう。
「慄きなさい。憤怒の怒りにね」
冷徹な台詞が狐卯猾の口から発せられた。
これまでの戦闘から、魔法を封じている原因が、ポロウの放つ幻影結界だと理解した狐卯猾は、結界に守られていないハンターを狙う。
突如として大地が割れて噴石のような物が襲い掛かってきた。メテオストライクに似た魔法なのだろう。
噴石を受け流しながらリューは言った。
「このまま押されていてはジリ貧だ!」
「行ってこい! リュー!」
次々に降ってくる噴石からリューを庇うように立ったレイアが叫ぶ。
先ほどの攻勢でダメージは与えているはずなのだ。勝てない敵はないと判断した。
「リューが、次の一撃を入れられるだけぐらいなら!」
「うぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に突貫するリュー。
それは彼だけではない。CAMやプラヴァーに乗る仲間達も一緒だ。
対して狐卯猾は全周に対する薙ぎ払いを振るう。
「ごめんね、エーデルワイス! 後でちゃんと整備してあげるから、頑張って!」
モニターから鳴り響く警告音に対し、沙織はそう告げた。
イニシャライズオーバーとマテリアルカーテンで仲間を支援しているが、いつまでも保つという訳にはいかない。
機体のスキル回数を回復させつつ、操縦桿を握る手に力を込める。
「まだ、まだ、終われないから!」
「この機械人形共!」
狐卯猾が怒りの声を上げた。
地上班に揃っているCAMやプラヴァーは優秀であった。装甲が硬い上に耐久力も高く、完全に殴り合いの様相になった。
「うごあああああ」
突如として、ゾファルの機体が転がった。
精神汚染に掛かった振りをしているのだ。
「……無様な上に、不用心ね。私の使う精神汚染は“怒り”よ。よく覚えておきなさい」
「ぐぬぁ!」
強烈な叩き込みを転がりながら受け止めるゾファル。
腕部装甲の防御力は高いので、無事だったが、今度は機体ごと、狐卯猾の巨大な両手で掴まれた。
「先ほどから、チクチクと砲撃してくるようだけど、これでも撃てるのかしら?」
遠距離砲撃を続けていたミグの方へと向けた。
機体が硬すぎる故に砲撃の盾として使われれば、攻撃が届かない。
「人質とは卑怯な!」
「俺様に構わず、撃てじゃん!」
一瞬、躊躇するミグにゾファルが叫び返した。
その覚悟は狐卯猾まで伝わったか分からない。それとも手にCAMを持ったままだと不便だと思ったのか、沙織の機体に向かって叩きつけた。
マテリアルカーテンを展開したおかげで辛うじて大破は免れるが……。
「これは……相当、押されていますね」
プラヴァーのコックピットで、はじめが戦況を確認しながら呟く。
幻獣達は範囲攻撃に巻き込まれ、ダメージを蓄積されているのだ。このままだと、幻獣達を死なせてしまう。
「浄化結界を張ろうにも、バラバラになったこの状態だと……」
集結する必要があるが、狐卯猾の占有スクエアが広いので、簡単には合流できない。
おまけに、敵だって合流は許さないだろう。
「仕方ないです。もう一班に託し、私達は可能な限り戦線を維持しましょう」
Uiscaがポロウに幻影結界の中から攻撃魔法を行使しながら言った。
魔法に反応し、狐卯猾からカウンターマジックに似た魔法が飛び、幻影結界が消える――。
「……手数を減らさず、こちらの結界を消耗させていたのですね……」
結果的にはUiscaの攻撃魔法は届き、ダメージは確実に与えている。
だが、こちらの幻影結界の残り回数も確実に減っているのだ。
「惑わすホーの能力では、カウンターマジックのように意図的に魔法を選べない……逆手に取られたようだな」
ミリアが呼吸を整えつつ、回復魔法を唱える。
ハンター達の惑わすホーを基軸に置いた作戦を突いているのだ。
狐卯猾はポロウの能力を知っている訳ではない。だが、観察に必要な時間を与えてしまったのは確かな事だ。
「敵の動きや性質をもっと知る必要があったという事か……今更だが」
南護が唇を噛みながらそんな言葉を口にした。
敵を知り己を知れば――という。狐卯猾はこれまで幾度かハンター達と対峙する事があった。
それは、狐卯猾から見ても同じ事だった。だから、優先して倒すべくハンターが誰なのか見当つけていたのだろう。
訪れた敗戦の予感に南護は覚悟を決める。
「ミリア、この戦いが終わったら結婚してくれ!」
唐突なプロポーズにミリアは驚いた。
「それ今か! 今、言わないとダメか!? 後で良いだろ! いや、いいけどさ! するけどさ! 全部終わった後だ!!」
慌てて答えるミリアに満足気に頷くと、南護は敵に向かって突貫する。
直後の事だった。頑丈なガルガリンではなく、狐卯猾は生身のハンター達を狙って攻撃してきた。
「なっ!?」
「気にするな、ホムラ!」
回復手段があるので、そうそう簡単に倒れない――という自負もあった。
ここで運が悪い事に狐卯猾が『海原形態』に変更した。回復能力を激減させる力が戦闘区域に広がったのだ。
生身のハンターや幻獣が範囲攻撃に巻き込まれて次々に脱落していく。ポロウがいなくなれば、魔法を防ぐ事ができず、被害が広がる。
そうなると戦闘不能になった仲間を庇う必要が生じた。優秀な耐久力を誇るCAMもそうなってしまえば、時間稼ぎにしか過ぎない。
●全滅
ポロウに主軸を置いた作戦にはもう一つ、大きな穴があった。
それは、惑わすホーの能力を最優先でセットしてしまった事やポロウの数が無駄に多かった事で、強力な攻撃力を持つユニットが相対的に少なくなった事だ。
参加者全員のクラス・ユニットを把握する事は困難だろう。ハンター達は軍隊ではないのだから。
これまでの戦いでもこうした場面があったかもしれない。しかし、それらはハンター達自身の力量でカバーできていたのだろう。
だが、今回、それでは敵を倒すのに届かなかった。どんな形態の時にも積極的な攻勢の維持や攻撃型ユニットの数が多ければ、今と違った形となっていたはずだ。
「私をここまで追い詰めたのは許さないわ!」
怒り頂点の狐卯猾の攻撃力は下がらない。
時折、大地形態に戻った時には、与えた行動阻害が効いているものの、それだけで反撃の糸口にはならない。
「文字通り、憤怒……というより、ただやり場の無い怒りを撒き散らしているって所かしら?」
傷ついたイェジドを退避させつつ、ユーリはフラフラになりながら、愛刀を構えた。
まだ、倒れるには早すぎる。東方は多くの犠牲の上に、今があるのだ。それを彼女自身は良く分かっていた。
「絶えず定まらない姿からして、さしずめ八つ当たりって所ね」
「そんな事言っていいのかしら!」
狐卯猾がユーリの細い体を掴もうと腕を伸ばした。
スッと避けたが、それはフェイントだった。魚の頭みたいなのが、ニュっと伸びてくる。
「あぶねぇ!」
ドンっとユーリの身体を突き放したのはボルディアだった。
鋭い牙で噛み千切られるそうになる所を、斧をつっかえ棒にして防ぐ。
「テメェみてぇなデカブツに掴まれんのは、慣れっこなんだよ!」
「分かってないわね。人質に決まっているじゃない」
「このぉ、離せぇ!」
伸びた魚の胴体を奏多が叩き切った。
ごとりと音を立てて地面に落下すると塵となって消えた。ボルディアはひとまず、無事だった。
折角、おもちゃを手に入れたと思った狐卯猾が不機嫌そうに言葉を発する。
「これからいいところだったのに、邪魔しないでくれる」
「怒れ、怒れよ、憤怒王。その怒りを全部受けきってやるから」
奏多に向かって放たれる炎渦。
構えた盾を中心に発生した光の障壁が広範囲に広がる炎渦を捻じ曲げた。
「ここでお前の怒りを全部出しきれよ!」
「この隙に行きます。衝動、願望、絶望……或いは、不可解な、夢其の物……」
マテリアルを高めながらイツキが肉薄する。
蛇節槍を繰り出し、自身が持てる力で出せる必殺の一撃。
「なればこそ、悉く、断ち切るまで!」
衝撃と共に巨大な音が響く。だが、その打撃強度では狐卯猾の意識を刈り取るのは困難だった。
「コアらしきものが無い以上は攻撃を続けるしかないでちゅよ!」
朝騎が符を宙に投げて5本の電撃を呼び出す。
封印を使っても形態変更されてしまうのであれば、意味がない。ならば、ひたすら攻撃するしかない。
「あれだけダメージを負わせているんでちゅ。無敵という事はないはずでちゅ!」
「良く分かっているじゃない。ここからは、どっちが先に倒れるかという競争よ!」
魔法扱いにならない、炎渦を放ち続ける上半身。物理的な範囲攻撃を振り続ける下半身。
双方とも強力無比であり、ディーナは休む間もなく回復を続けていた。
「これ以上は追い付かないですの……」
「回復が尽きる前に倒すしかないのかな」
応えたのはまよいだった。今一度のアブソリュートゼロを上半身に向かって撃つつもりなのだ。
幸いにも、連れてきているポロウの幻影結界は続いている。カウンターマジックを受ける事がなければ、アブソリュートゼロは発動できるはず。
「下半身は形態が変更しても、上半身は変わらないみたいだしね」
放たれた水と地の力は真っ直ぐに向かった。
だが、狐卯猾は冷静だった。これまで幾度も同じ魔法を使われてきている事もあり、警戒していたのだろう。
「言っておくけど、庇うって行為は、人間共の専売特許じゃないわよ」
「そんな! 下半身を犠牲に!?」
攻撃するときに伸縮が可能な下半身であるので、ハンターの攻撃に対して伸縮して庇う事も可能なのは可笑しくはない。
反撃の糸口が完全に途切れた――もう少しダメージを稼げれば……そう思った時だった。
「突撃ぃ!!」
真白の声と共に狐卯猾の背後から、七葵と厳靖らも含めた正秋隊が切り刻みながら抜け駆けてくる。
一撃離脱で無理はしない。突然の事に狐卯猾が誰にヘイトを向けるべきか隙が生じた。
「これが最後のチャンスだろうな。ここで決めるぞ!」
ヴァイスが大鎌を振り回しながら正秋隊の突撃に合わせる。
残ったハンター達もそれに続く。
「行って下さい。回復は私とディーナさんで持たせますので」
「ですの~」
挟み撃ちのような攻勢に、ダメージが積み重なっていた狐卯猾はその巨体を大きく揺らす。
幾度もなく武器を振るうヴァイス達。狐卯猾からの反撃は気にせず、ひたすらに攻撃に出る。幾人かが狐卯猾の猛攻の前に倒れていく。
「……これでも、まだ倒せないというのか!」
「まだ諦めてはいけません!」
叫ぶようなヴァイスの言葉に、回復魔法を使いながらアニスが励ます。
誰しも諦めてはいない。最後まで戦いは続ける。それがまだ立ち続けるハンター達の意思だっただろう。
「――――ぁ!!」
声にならない叫びを上げて、ミグが操縦桿から手を離した。
戦意を喪失した訳ではない。幕府軍の本隊が割って入った事で、誤射を防ぐために砲撃を止めたのだ。
後方からの砲撃支援はとても意味があった。ミグの機体と同様のユニットが後数機いれば、それだけでこの戦況ではなかったはずだ。
「戦闘はここまでだよ……みんな、よく頑張ったけど、この損傷率はもう全滅さ」
ハンター達に淡々と告げたのは牡丹だった。
戦闘不能になっている者も多い。このままだと間違いなく戦死してしまうだろう。
撤退中の被害も考えれば、もはや、ここが限界というべきラインだ。
「まだ戦える。それに引き上げたらゲートが開くだろう」
ハンターの誰かが武器を杖代わりにして体を支えながら言った。
だが、牡丹は静かに首を横に振る。
「どの道、このままだと文字通り全滅するからね。それだったら、態勢を整えるべきだよ」
この間にも幕府軍の兵達が時間を稼ぐため、狐卯猾へと向かう。
無謀なのは明らかだ。決断は急がなければならないだろう。
「正秋隊が援護して、負傷者の保護で退避を」
牡丹の命令に頷いた正秋は部下に命じると馬から降りる。
戦闘不能になったハンターやポロウを代わりに乗せる為だ。
撤退準備を始めたのを見て狐卯猾が勝ち誇ったように叫ぶ。
「このまま逃がさないわよ!」
大気を震わす声にピクピクっと眉を動かしながら、シレークスが前線へと立った。
「何時までも、てめぇの思い通りにいくと思うんじゃねぇです!」
機甲拳鎚と星神器を敵に向けて叫ぶ。
ルベーノのまた、幕府軍兵士らと共に前線へ移動していた。
「ハハハハッ、腕が鳴るぞっ!」
「私はね、邪魔されるのが一番、ムカつくのよ!」
全身を震わせて文字通り暴れまわる狐卯猾。
しかし、シレークスとルベーノも引き下がらない。
「光よ、導きたまえ。光よ、憐みたまえ。エクラの名の下に、今、邪悪に鉄槌を!」
「おら、ここは俺らに任せて態勢整えてこいや」
二人の意気込みに僅かでも時間が稼げると判断したのだろう。牡丹は腕を高く突き上げ、撤退を宣言した。
「撤退はハンター、幕府軍の順だよ!」
狐卯猾討伐の失敗が確定した瞬間でもあった。
●別れ
幕府軍と正秋隊の面々が撤退を支える。
抵抗を続けていたハンターも次々と倒れていた。辛うじて戦列が保てているのは正秋隊の活躍が大きい。
ハンター達に戦死者が出なかったのは、彼らのおかげだろう。
「皆さんも先に撤退を!」
「危ない!」
指揮を執り続ける正秋を狙った鋭い一撃を真白が庇った。
腕に深い裂傷。これでは、刀を振るい続けるのは難しいだろう。
「この程度……」
「真白殿、かたじけない」
「正秋殿も……一緒に……」
腕に巻いていた鉢巻を正秋は素早く解くと、真白の傷口の上で結び、出血を抑えた。
そして、戦場を見渡し、二人のハンターを呼ぶ。
「七葵殿、厳靖殿、お願いできるか」
「承知した。頼むぞ、陽炎」
真白の身体をワイバーンに引き上げる七葵。
何かを叫ぶ真白の声は、戦闘の音で掻き消える。
同時に、ハンター達と正秋を隔てるように炎渦が走った。
出血と疲労の為に、真白は薄れいく意識の中、正秋と厳靖の二人の姿がぼんやりと視界に映る。
「……厳靖殿。お二人の事、正秋隊の皆さんの事、よろしくお願いします」
覚悟を決めた表情の正秋に厳靖は察した。
殿になるつもりなのだろう。それが意味する事は――だから、厳靖は気休めな言葉は掛けなかった。
「……武運を祈る……」
「ご達者で」
短い別れの言葉と共に、正秋は走り去る。
その雄姿を二人と正秋隊の面々に告げる為に、厳靖は確りと目に焼き付けるのであった。
狐卯猾の狂気にも満ちた声が辺り一面に広がった。
ハンター達は撤退を開始した。態勢を整えて、また戻ってくるかもしれないが、その前にゲートは開く。
「私の悲願! もうすぐ、もうすぐ叶えられるわ! あはははははは!」
不気味な高笑いが世界の破滅を告げていた――。
人型の上半身と様々な動物が合わさった下半身の姿は異様そのもの。
狐卯猾はゆっくりとその場で浮上すると向かってくるハンター達に対し、負のマテリアルを帯びた風を放った。
動きを阻害される風に、ハンター達は抵抗しつつ、距離を一気に詰める。
「まさか邪神を呼び寄せようとするとは……大それた事をしてくれますね」
シエル(ワイバーン)(ka2651unit004)に騎乗して大空を飛翔するヴァルナ=エリゴス(ka2651)が言い、レイオス・アクアウォーカー(ka1990)がテュア(ポロウ)(ka1990unit006)に掴まりながら頷いて応えた。
「“獄炎の影”の次は邪神の力か。他力本願だから歪虚王の器じゃないと気付けよ、女狐」
「しかし、今回の相手は、些か凶悪なお力をお持ちの様子です」
ニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)がわっしー(グリフォン)(ka1590unit001)に乗って二人の間をゆっくりと上昇した。
敵は巨大な姿となっただけではないだろう。溢れ出るような強いマテリアルを感じる。
「下半身はまるで最下級の憤怒だな。格は下がったか分からないが力は上がったか」
「私達は先日、邪神翼を一枚討ったのです。今、こんな所で詰ませはしません!」
レイオスの台詞にヴァルナは力強くワイバーンに合図を送る。
これも邪神翼の一部であれば、討伐する事で邪神にダメージを与える事もできるからだ。
それぞれ別方向に飛んだ二人を見送りつつ、ニャンゴは上昇を続けながら呟いた。
「塵虫に匹敵する存在価値を有する私にできるのは……」
今回の戦い。頼もしいハンター達が多い。
仲間の攻撃が当たるように立ち回るのが最も効率が良いだろうと考えていた。
誰かが連れてきたポロウが惑わすホーを行使して、幻影の結界が大空に広がる。
そんな中を、ヴォーイ・スマシェストヴィエ(ka1613)がグリフォン(ka1613unit006)に命じて姿勢を整えた。
「乗り心地はどうだ?」
グリフォンに装備されたキャリアーに乗っている仲間にそう呼び掛けた。
特殊訓練を受けたグリフォンは3人ばかり乗れるキャリアーを装備できるのだ。
「なかなか良い感じだよ」
八島 陽(ka1442)が堕杖を狐卯猾に向けながら意識を集中させる。
「もう少し接近できれば」
「よしきた! お望みの場所へひとっ飛び!」
揺れるキャリアーの中で、八島が連れて来たマルティーリョ(ユキウサギ)(ka1442unit010)が真剣な表情で転ばないように踏ん張っている。
狐卯猾が残酷な笑みを浮かべて負のマテリアルの波動を放った。
強力な精神汚染の魔法だが、それらは不可思議な結界に触れると、無かったかのように消失する。
「……ん? これは、何?」
驚く、狐卯猾。これまでの戦いで、こうした経験は無かったからだ。
険しい表情で負け惜しみのように何かを呟いた。
一方、マスティマ(ka0551unit005)に搭乗しているロニ・カルディス(ka0551)はモニターに映し出される外の景色と様々な情報群を確認していた。
「イニシャライズオーバーは正常に作動しているか」
狐卯猾の下半身は鷲や鷹などの飛翔生物となっている。この“大空形態”時は敵の回避能力が上昇していると考えられるので、ハンター達は大技を使わずに温存していた。
ロニはパネルを叩き、フロートブレードを射出させた。弧を描きながらノコギリ状の刃が狐卯猾を直撃する。
続けて、Schwarze(ワイバーン)(ka6617unit002)に乗るフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)からの魔法攻撃が宙を貫いた。
「……これは憶測なのですが、形態変化、安定してないみたいですね」
五条の光の筋は絡み合いながら狐卯猾に向かうが、不可思議なブレと腕で払い除けられてしまう。
一人からの同時攻撃――ではなく、多人数による一斉攻撃でなければ直撃は難しいだろうか。“大空形態”時への攻撃が控えられているというのもある。
「まだ、本気ではない? いや、しかし……」
「もしかして、邪神の力が馴染みきっていないのではないでしょうか?」
だとすれば、一気に畳みかける所なのかもしれない。
夜桜 奏音(ka5754)はエウロス(ポロウ)(ka5754unit004)にしがみつきながら、次の符を慌てて用意していた。
予め先に配置した符を使った黒曜封印符が狐卯猾を一時封印したものの、騎乗しているポロウが狼炎で攻撃したので、集中が乱れ、封印が解除されたからだ。
「も、もう、一発お見舞いしましょう!」
「そう何度も封印できると?」
狐卯猾がマテリアルを操る――それは魔術師スキルのカウンターマジックに良く似た魔法だった。
「よし、狙い通りだな」
エーギル(ポロウ)(ka5338unit003)に乗るメンカル(ka5338)が腕先を敵に向けた。消失した結界を狐卯猾よりも早く展開していたのだ。
不可思議な音が響いただけで、狐卯猾のカウンターマジックは強制的に消失したからだ。
「敵の攻撃は防ぐ、存分に戦え」
盾を構えて仲間達を庇うように位置取りした。
マテリアルに紛れるように、キャリコ・ビューイ(ka5044)はポロウ(ka5044unit005)に乗ったまま、銃弾数を調整した魔導銃を構える。
「これこそ我が銃。銃は数あれど我がものは一つ……」
意識を集中させる為に、魔術の詠唱のような言葉を発する。
“大空形態”は回避能力が高いのは分かっている。しかし、キャリコがこれからやろうとしている事は、それを越えるものだ。
「……我らは敵には征服者 我が命には救世主……」
大空にキャリコが紡ぐ言葉が流れる中、奏音は封印に集中していた。
「少しでも長く封印し続けます」
奏音の封印強度はかなりのものだ。
集中が乱れるような事がなければ、解除になったりしないはずだが、万が一でも封印が解かれると厄介でもある。
幻影結界をポロウ(ka4901unit010)に再度張らせながら、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が訊ねた。
「狐卯猾さん。どうしてあなたは『憤怒』なのに『嫉妬』しているです?」
憤怒同士で仲良くしていれば、もっと簡単に事が進んでいたはずだ。
「何を言っているのかしら?」
「だって、そうじゃないと色々辻褄が合わないですよ?」
「……なら、教えてあげるわ。行き場の無い感情の捌け口が『怒り』だとね!」
全てを震わすような叫び声をあげつつ、狐卯猾は腕や下半身で直接攻撃を繰り出してくる。
それは、アルマや奏音を狙ったものであったが、悉く、仲間がフォローに入って受け止めた。
想定よりも“大空形態”が長かったが、ここで“大地形態”に変わり、狐卯猾は大地へと音を立てて落ちる。
「今が、チャンスです」
飛翔しつつ、仙堂 紫苑(ka5953)が仲間達に呼び掛けた。
“大地形態”になれば攻撃は当てやすい。厄介な負のマテリアルの風も発生しない。
怒涛の攻撃を繰り出す機会が訪れたのだ。
「喰いますよ!」
宣言と共に、空中班の面々は持てる最大限の手段で攻撃を開始した。
●激攻
「邪神の降臨を阻止するためにも、ゲートは絶対に開かせてはいけません」
ソラ(ポロウ)(ka6891unit004)を伴った超覚醒状態のユウ(ka6891)が自身の班の中で最前線へと進みでると、剣を高々と掲げた。
ゲートが開けば邪神が姿を現す事になる以上、ハンター達は絶対に敵を止めなければならない。
「彼女を何としても討たなくては……皆さん、今です!」
大精霊が司る『正義』のマテリアルを光に変えて、周囲に解き放つ守護者の力をユウは放った。
掲げた刀身が光のオーラに包まれ、巨大な剣を形創り、イメージ通りに振るう。
その一撃が確実に入った事を確認し、天照(イェジド)(ka0396unit001)と共に天竜寺 詩(ka0396)は狐卯猾を見つめる。
「これがきっと狐卯猾との最後の戦いだもん。私の持てる全力で皆を支えてみせる!」
三味線の音色を響かせながら、マテリアルを集中させた。
マーキス・ソングで少しでの仲間を援護しようとしての行動だ。
「進めハンター 己が誇る力と技で 我らの敵を討ち果たせ」
狐卯猾からの攻撃は今の所、空班に集中しているようだが、油断はできない。
キメラ状の下半身から強力な攻撃が突然、襲ってくるかもしれないからだ。
唄による援護をしつつ、詩はいつでも回復魔法が行使できるように戦況の行方を確りと観察する。
戦域全体にも及ぶ負のマテリアルの風や大地に広がった汚染。
保・はじめ(ka5800)は特別仕様「三毛丸といっしょ」(魔導アーマー「プラヴァー」)(ka5800unit002)のコックピットで操縦桿ではなく、符を構えていた。
「これほどの力……邪神翼を思わせますが、狐卯猾が手に入れたのは憤怒に対応する邪神翼の力でしょうか?」
真相は分からない。だが、少なくとも邪神の力を得ているのであれば、倒すだけでも意味があるはずだ。
「狐卯猾の撃破は一石二鳥になるかもしれません」
結界を張る為に持っていた符を離し、操縦桿を確りと握った。
チラリと、リュー・グランフェスト(ka2419)を横目で確認する。この班、最大の攻撃……その起点が、彼なのだから。
「兄である蓬生すらも野望の犠牲に、か……くそったれ! 何が憤怒だ。怒ってるのはこっちだぜ!!」
獄炎も狐卯猾も、その存在だけで、どれだけ多くの人が苦しみ、涙を流したか。
必ずここで狐卯猾を仕留める――そんな強い想いを、連れてきた紅狼刃(イェジド)(ka2419unit001)と共にリューは解き放った。
「王の剣。その権能を今ここに! 全てを、守るために!」
刀身に篝火を模した星神器から圧倒的なマテリアルが広がる。
王権の理が仲間達に伝わる中、リューは闘狩人としての技を全力で繰り出した。
それだけでも、かなりの手応えを感じられるが、仲間の機体の影から姿を見せた、レイア・アローネ(ka4082)も星神器の力を解放する。
援護するように彼女のアウローラ(ワイバーン)(ka4082unit001)が空中を飛翔した。
「八つの雲より出ずる力よ。神をも殺す斬々怒濤の太刀筋を表せ!」
水竜のようなオーラを纏った刀身が狐卯猾へと斬りつけられた。
圧倒的な威力が幾度も叩きつけられる。
「よし、このまま一気に!」
「攻撃を合わせますね!」
それまでデルタレイで攻撃していた沙織(ka5977)が乗るエーデルワイス弐型(R7エクスシア)(ka5977unit003)がリューの『ナイツ・オブ・ラウンド』を受け、ツインドリルランスを構えた。
赤青に発光するドリルの先端が、マテリアルの眩い光と轟音を響かせる。
「硬そうな皮膚を穿ちます!」
作業用ドリルを応用した機構が狐卯猾の表層を奇怪な穴を開けた。
これにより、相手の防御力を下げる効果があるのだ。
「ひゃっはー、いいねーいいねーこいつぁー、死ねるぜー。野郎ども、ぬかるんじゃねえじゃん」
沙織機に続き、ガルちゃん・改(ガルガリン)(ka4407unit004)に乗るゾファル・G・初火(ka4407)が、強敵の予感に武者震いが止まらない様子で叫ぶ。
そうでありながらも機体操作は的確だ。王権の理を受け、攻撃のチャンスを見逃すはずがない。
「突っ込むぜー!!」
重装甲の機体が存在感をより一層に増す。
巨大な姿である狐卯猾の下半身に衝突するような勢いでガツンと一撃が入った。
立て続けに続く攻勢は止まらない。もう1機、南護 炎(ka6651)が搭乗するSTAR DUST(ガルガリン)(ka6651unit004)が突っ込む。
「行くぞ、ミリア! みんな! 狐卯猾を殲滅する! 俺達は誰にも止められないぜ!」
操作パネルを素早く叩き、正面のモニターに『人機一体』を知らせる表示が広がった。
舞刀士としての技を機体に認識させる。
「狐卯猾! 貴様の首は俺が取る!! だから、トランキーロ、あっせんなよ!」
「焦ってんのは、お前だ、炎。全部一人でやろうとすんな。足並みあわせろ!」
機体の足元でともえさん(オートソルジャー)(ka1287unit006)と共に戦うミリア・ラスティソード(ka1287)が叫び返す。
長大な大身槍にマテリアルを流し込みつつ、大きく踏み込んだ。
「いっくぞ!」
お互いに相手をマジマジと見ながらではないが、二人は阿吽の呼吸で攻撃を合わせる。
深々と斬艦刀と大身槍が突き刺さった。サッとミリアが身体を柔らかい動きでズラした。
この一連の総仕上げとなる攻撃に続かせる為だ。
銀雫(ポロウ)(ka0754unit005)を伴ったUisca Amhran(ka0754)が守護者としての力を最大限に解放しつつ杖の先端を狐卯猾へと向ける。
「邪神召還に固執し、その先を見ていない貴女に、この戦いの後を見据えている東方の人達が負ける訳がありませんっ!」
救恤の力を全身に巡らせる、守護者としての究極の攻撃方法だ。
場合によっては自身の持つ力を失いかねない程である。
「未来を紡ぐために貴女をここで倒しますっ」
絶大なるマテリアルの流れが渦巻きながら立体的な魔法陣を形成していく。
刹那、白竜の牙を思わすような絶対命中の鋭い光の筋が幾本も放たれ、次々に、狐卯猾を直撃した。
狐卯猾の巨大な姿が一瞬、掻き消えるのではないかと思うほどの強烈な攻撃。しかも、ハンター達の攻撃はまだ続く。
●転危
鳴月 牡丹(kz0180)が率いる幕府軍は、ハンター達の邪魔にならぬように、蹄型の陣形を敷きつつ出方を見計らっていた。
その本陣でカリブンクルス(ポロウ)(ka0752unit004)と共に詰めていたシレークス(ka0752)は戦況を見つめていた。
「これは、世界を守護する戦いであると心しやがれっ!」
星神器を高々と掲げて、幕府軍の兵士達を鼓舞する。
兵士らの多くはエクラ教とは関係ないが……彼女の強い想いはちゃんと伝わっているようだ。
傍によった牡丹がそっと呟く。
「やっぱり、ハンターから言ってくれると助かるよ……彼らも覚悟がつくようだからね」
「流浪のエクラ教シスターとして当然の事です!」
自信満々に答えたシレークスの台詞に対し、牡丹は険しい表情で小さく頷いた。
オートソルジャー(ka6752unit006)を傍で控えさせたまま、ルベーノ・バルバライン(ka6752)が牡丹の態度に鋭い視線を向ける。
「おいおい、指揮官が不吉な顔付きだな」
「ハンター達の攻勢にムラがある気がするからね……嫌な予感がする」
ルベーノは主戦場へと視線を向けた。
ハンター達の猛烈な攻撃が続いているようにも見えた。
「そうなのか?」
「……もしもの時は、幕府軍で割って入る。二人にも援護をお願いするようかな」
「だとしたら、任せろ!」
頼もしく宣言するルベーノだった。
狐卯猾の『大空形態』が思ったよりも頻回だったが、訪れた攻撃のチャンスにボルディア・コンフラムス(ka0796)は魔導スマホで、刻令ゴーレム「Volcanius」(ka0796unit006)に後方からの射撃を繰り返させる指示を出すと、威勢よく星神器を掲げた。
「雨が降るぞ!」
守護者としての絶大なる力。
希望を光の雨として降らせるそれは、ハンター達のマテリアルを活性化するだけではない。
「タイミングを合わせるんだ!」
「狐卯猾の動きを鈍らせるからね」
真っ先に応えたのは夢路 まよい(ka1328)だった。まよいもまた守護者としての力を既に行使しているが、今は意識を錬金杖に集中させながら、マテリアルを練り上げた。
光の雨が降る中、高まるマテリアルの濃度に振り回されないように。
応援するかのように彼女が連れてきたソフォス(ポロウ)(ka1328unit003)が羽をバタバタと振る。
「……希望の雨と共に、怒涛なる水の流れ、揺ぎ無き大地の力、我らの敵を打ち砕け! アブソリュートゼロぉ!!」
絶対強度というべき威力で解き放たれたマテリアルの奔流が狐卯猾を貫く。
威力も申し分ないが、最大の狙いは行動阻害を与える事だ。
明らかに動きが鈍った――それを見て他のハンター達も続く。
「よし、あの憤怒の売れ残りを片付ければ良いんだろ? だったら、やる事は何時も通り、シンプルだ」
全身からマテリアルのオーラを発し、残像を残しながら東條 奏多(ka6425)が最前線で絶火刀を掲げる。刀先に集う眩い光が周囲に広がった。正義執行の力だ。
また、彼が連れてきたてばさき(ポロウ)(ka6425unit005)は幻影魔法による結界の展開を続けていた。
奏多のすぐ傍に、青みがかった銀毛を持つエイル(イェジド)(ka6512unit001)に騎乗したイツキ・ウィオラス(ka6512)が近寄る。
「……いえ、決して心細いとか、そう言う事では、ないのですよ」
自分からそう言ってしまうのは、つまり、そういう事なのかと感じたような奏多の視線。
「大丈夫か?」
「御挨拶を、と言うだけです、うん」
自分で言い聞かせて、イツキは蛇節槍をグルグルと回しながらマテリアルを高める。
目を見開き、ピタっと止めた槍に力を込め、気合の掛け声と共に突き出した。
咲いては砕ける、六花の様な煌きを残しつつ、気功の力が狐卯猾を直撃する。
蒼白い毛並みのオリーヴェ(イェジド)(ka0239unit001)の背に乗りながら、ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)も蒼姫刀を振るっていた。
「それにしても、随分と悪趣味な姿しているわね、コレ」
巨大な人型の上半身に様々な動物の姿が目まぐるしく変わる狐卯猾の姿にユーリはそんな感想を口にした。
下半身の形態は一定ではない。今は『大地形態』であり、大小色々な地上生物が合わさっている。
その禍々しい姿は、世界そのものを否定しているようにも見えた。
「とはいえ、だからといって放っておくなんて選択肢は端からないわよ」
蒼白い雷光を纏った愛刀にマテリアルを込めて突き出す。
雷鳴のような轟音が響く。ハンター達の攻撃は確実に狐卯猾へとダメージを与えていく。
ヴァイス(ka0364)とアニス・エリダヌス(ka2491)の二人もそれぞれがグレン(イェジド)(ka0364unit001)とシリウス(イェジド)(ka2491unit002)に騎乗し、戦闘に参加していた。
美しい蒼き炎のオーラを纏った大鎌を存分に振るい、ヴァイスの攻撃が続く。
「敵の攻撃は【1班】に集中しているか……アニス、今がチャンスだ」
「はい、ヴァイスさん!」
支援魔法から、攻撃する為の魔法を詠唱し始めた彼女を守るように位置取りしながら、ヴァイスは戦士としての勘が何かを告げていた。
(これまで、狐卯猾からの地上班に対する攻撃が無い……意図があるのか?)
反撃を用意していたのが無駄になった事ではない。不安を押し込んだ時、アニスの詠唱が完成した。
「……影たる闇、光があるが故に創られし力よ。無数の刃となりて、我らの敵に重き罰を与えん!」
突き出した錬金杖から放たれたのは無数の闇の刃。
プルガトリオの副次能力は与えられなかったが、アイテムの力で範囲が広がっているため、それなりの威力が出ているはずだ。
ポロウ(ka5843unit006)の結界範囲を確認しながら、ディーナ・フェルミ(ka5843)は全員の攻撃を見つめていた。
「大きくなったってことは、的が大きくなったってことなの!」
サイズが大きければ大きくなるほど、基本的には複数HITする攻撃は多段攻撃となる。
それだけ、広範囲攻撃が有利になるという事だ。
「大きいだけじゃ勝てないって、みんなで狐卯猾に思い知らせるの!」
ピュリフィケーションで仲間への行動阻害は阻止していた。
攻撃に直接参加しなくとも、今回、回復役は重要な役目を果たしている。この攻勢も回復手段があるからこそのものだ。
ポロウ(ka5818unit017)に騎乗しながら北谷王子 朝騎(ka5818)は符を確りと握っていた。
「朝騎が封印している間……でちゅ」
黒曜封印符による封印を下半身に行っているからだ。
ポロウが動かなければ意識に集中できるが、何かの拍子があれば解除されてしまうかもしれない。
その辺り、ユニットに騎乗している状態の宿命といえるだろうか。
(敵に属性はあまり影響なかったみたいでちゅし、それに、1班が囮になったのは、無駄打ちしちゃったかもしれないでちゅね)
浄化結界を張っていたが、負のマテリアルの風が吹いただけで、地上に目立った攻撃はまだ無かったからだ。
一抹の不安を感じながらも、朝騎は封印を続ける。
ハンター達の攻撃を援護するように、ヤクト・バウ・PC(ダインスレイブ)(ka0665unit008)に乗り込み、遠距離の砲撃を繰り返すミグ・ロマイヤー(ka0665)。
前線の仲間と連絡を密にし、仲間の要請に応じて砲撃を叩き込む。
「ヤクト・バウの相手に不足なしじゃの」
大まかな班分けでは地上班に分かれているが、ミグは自身の戦法上、後方に位置しているのだ。
戦況を伝える連絡を受け、操作モニターの中から攻撃手段を選択。
二門の滑空砲「プラネットキャノン」が低い振動を響かせながら照準を定めた。
「貫通徹甲弾を撃つ。射線に気を付けるのじゃ!」
大地を揺るがせて放たれる砲撃。機体が反動で倒れるのではないかと思うほどの衝撃だった。
ハンター達の攻撃を側面から援護していた仁々木 正秋(kz0241)が率いる騎馬隊と共に行動している銀 真白(ka4128)は、ペガサス(ka4128unit003)の背に乗りながら、異変を理解した。
「封印されていたはずなのに、解除された?」
「俺もそんな風に見えるな」
陽炎(ワイバーン)(ka4740unit002)に騎乗して大空から援護活動を続けていた七葵(ka4740)が地表スレスレに飛びながら近づいてきて、真白の言葉に答えた。
ハンター達の攻勢が確実に当たるように正秋隊の面々は動いていたので、一歩離れた位置から狐卯猾を観察していた。
だから、こそ、その異変にいち早く気が付いたのだ。
「ったく、空にまた上がりやがったな」
真白と同様、ペガサス(ka4574unit004)に乗っている劉 厳靖(ka4574)が、空に浮かんだ狐卯猾を見つめる。
浮かんだといっても、物凄く空高くに上がるわけではない。今のところはその場で僅かに上昇する程度だ。
「次の攻勢のために、また援護に入るべきか」
真白は悩んだ。騎射で攻撃する事もできるが、次、地表に降りてくる時を狙うというのも一つの手だ。
「行動にパターンはねーか?」
「規則性はないようだが……狐卯猾も考えて動いているとみていいだろうな」
今度は厳靖の疑問に七葵が応える。
「敵の背後に回って奇襲を仕掛けるのも手だが……敵も馬鹿じゃねぇだろうしな」
「だからこそ、意味がある一撃かもしれない。正秋殿、如何するか?」
真白から話を振られた正秋は少し考えてから頷いた。
「やってみましょう。背後から回って、そのまま突き抜ければと」
こうして正秋隊は戦場を迂回すべく、走り出した。
●崩壊
「……もういいわ。十分、よくわかったから」
一方的に押されていた狐卯猾は一言告げると、下半身からの強烈な攻撃をポロウに乗る奏音へと向けた。
それをロニのマスティマが受け止める。威力は高いが生身より断然、安全なうえに、マスティマは飛翔している訳ではないので、安易に止められた。
だが、それは狐卯猾にとっては予想済みだった。
「なにっ!?」
ロニは驚いた。機体を掴まれたからだ。
庇いに入ったからこそ、避ける手段がなかった。掴まれたのも束の間、奏音に向かって機体ごと投げられる。
「危ない!」
咄嗟にカバーに入ったのはヴァルナだった。
ワイバーンで割って入ったおかげで直撃は防げた。だが……。
「集中が乱れた……封印が解除されました!」
急いで次の符の準備をする奏音。だが、浄化結界と二度の封印術で符を使いすぎていた。
すぐに浄化結界を構築して維持するのは難しそうだ。
「空中で封印を維持するのは難しかったです、か……」
幻獣に乗りながら、魔法を行使する事は可能だ。また、それが所謂、ロングアクションを用いるものとしてもだ。
ただし、それは幻獣が安定している事が条件となる。強い負のマテリアルの風が吹く中、CAMサイズの物体が飛んでこれば、訓練しているとはいえ、ポロウが驚き態勢を崩す。
封印術を扱えるマテリアルは消耗しきっているし、何より、符も足りない。
「下がってください、奏音さん!」
「申し訳ないですが、フォロー頼みます」
厳しいヴァルナの声にハッとした。封印術を使う以上、敵に接近しなければならなかったからだ。
サッとアルマが機導術を放つ。狐卯猾がカウンターマジックに似た魔法を使うが、ポロウのスキルによって効果が狐卯猾の魔法が消滅した。
「これは、どういう事だ……」
冷や汗を流しながら、メンカルは呟いた。狐卯猾の魔法が消滅した為、再度、ポロウに幻影結界を張らせようとしたのだ。
だが、ポロウが幻影結界を作り出せなかった。二度目の封印が実行されるまで狐卯猾の魔法を防ぐたびに、結界を張っていた事と、維持する為の時間を経過した事により、スキル回数に限度が生じたのだ。
「なぜだ? どうなっている?」
「結界がないと、狐卯猾の魔法の餌食です」
状況が分からず疑問の声をあげるメンカルにアルマが言う。
なぜ、早期に結界が使えなくなったのか、それを答えたのは、敵である狐卯猾だった。
「同じ効果の結界は重ね掛けできないのよ。まさか、術士の割に知らなかったの?」
同一の対象に対する同一の効果は基本的にひとつしか付与できない。
対象が「人」でも「空間」でも同じことだ。
ハンターに対して強化スキルを無限に重ね掛けできないように、空間に設置できる同一効果もひとつとなる。
「つまり……僕達は無駄に惑わすホーを使って……いたのですか?」
「最初は何かの意図があるかと思ったけど……愚かね」
ニヤリと不気味な笑みを浮かべる狐卯猾。
基本的に魔法は同じ効果が持つものを重ね掛けできない。
結界の例でいえば、後から使われたものが残るだけで、先に構築した結界は消滅するのだ。
「まずい。負のマテリアルの風の影響をポロウが受けている」
ポロウを励ますようにキャリコが仲間達にそう言った。トリガーエンドを撃ち終わった今、できるのはそれ位だ。
飛翔する事自体が、それなりにリスクを抱えている。更に行動阻害も加われば、さらに危険だ。
そこに精神を汚染させる負のマテリアルの炎が広がった。狐卯猾自身が元々、使っていた能力だ。
「く……これは、そうか、ポロウが」
怒り狂うポロウから振り落とされないようにキャリコが幻獣を制御しようとする。
空中に上がった幻獣のほとんどが行動阻害からの精神汚染を受けた。
こうなったら、戦闘どころではない。戦線は一気に崩壊した。
「俺達でやるしかねぇか」
ヴォーイが告げると仲間達の盾になるべく、また、精神汚染から解放すべく前線に出る。
彼のグリフォンも精神汚染を受けたが、キャリアーに乗っていた八島が機導浄化術を用いて回復させたのだ。
「戦線を再構築する為に煙幕を張る!」
「頼むぜ!」
八島が連れてきたユキウサギが頷くと、青白い魔法の煙を出現させた。
これは視線・射線を妨害する魔法だ。
煙の効果は僅かだったが、足しになったのは確かな事だった。
彼らの援護がなければ、精神汚染を続けるポロウに乗っていたハンターの幾人かは強烈な攻撃の直撃を受けて戦死していたかもしれない。
「範囲攻撃までは、防ぎ、きれない……か……」
ヴォーイ達には立て続けに放たれた炎渦からは身を守る方法が足らなかった。
再生の祈りでは回復力が届かなかったのだ。
次々に脱落していく仲間達を見ながら、騎乗しているポロウを守ろうとレイオスが身を乗り出し、炎渦を受ける。
「この!」
攻撃に紛れて直接切りかかろうと思ったが、この状況だと叶わないだろう。
四苦八苦している所に、狐卯猾の炎渦が吹き荒れている。幾度も直撃を受ければ防御力が低かった幻獣はダウンしてしまう。
レイオスは星神器の力のおかげで、それでもまだ、保てる事ができた方だ。
「流石に、これ以上は……厳しいか」
「一度、引きましょう。墜落した所に、追撃でトドメをさされたり、汚染された大地の上にいれば、最期です」
ワイバーンを駆ってニャンゴが飛ぶ。
墜落しかけたポロウをワイバーンは捕まえていた。だが、それも限度というものがあるだろう。
「なんて事だ……」
後方で空を飛びながら戦況を見守っていた紫苑は絶句していた。
狐卯猾の魔法を妨害できなかった直後から、この惨状だ。
「いや……違う。そもそもの空中戦、だったか……」
1班崩壊の原因は、幻獣に乗っての空中戦そのものにあったといえよう。
負のマテリアルの風により行動阻害を受ければ、その後の精神汚染も受けるというのは戦術の流れとしてはあり得る事だろう――そして、紫苑は知らないが、この戦術を狐卯猾は一度、獄炎の影が出現する直前、天ノ都南側での戦いで行っていた。
――こういった場では、『既に見ている』敵の能力に対する対応の差が結果を分けるのだ。
「だったら、こちらも鈍らせるだけ」
混乱する空中を突いて、フィーナがワイバーンと共に肉薄する。
マテリアルを集中させて、アブソリュートゼロを叩き込むのだ。
「そう何度も同じ手を受けないわ」
「カウンター、マジック……!?」
惑わすホーの効果はとっくに消えているのだ。
フィーナが唱えようとした魔法は発動する前に消滅してしまった。
直後の反撃。強烈な炎球の魔法がフィーナを中心として爆発する。
圧倒的な爆発はまだ無事だったハンター達も巻き込んでいく。
「手が足りません、ね……」
続々と戦闘不能となる仲間を助けるべく奔走するニャンゴ。
「俺が回復魔法を使います」
ロニが墜落する仲間を助けながら回復魔法を唱える。
しかし、回復したとしても戦線が再構築されるというわけではない。ポロウが元気になっても、また行動阻害と精神汚染を受けるだけだ。
だが、回復が無駄だったという事はない。ロニのマスティマの活躍がなければ、もっと多くのハンターが犠牲になっていたのだから。
●反撃
1班が崩壊しかけてきてから、地上班の動きも慌ただしくなった。
『大空形態』時に攻撃を控えていたのだが、そうも言っていられない状況だと判断したからだ。
「これが狐卯猾の……邪神と融合した力なのですね」
苦しそうな表情を浮かべ、ユウが空を見上げた。
もはや、1班の立て直しは不可能だろう。ハンター達が立てた作戦は崩壊したのだ。
狐卯猾が『大空形態』時には攻撃は当たりにくいという情報は出ていた。だからといって、攻撃を控えた作戦が今になって響いたのだ。
そもそも、短期決戦を挑んだのであれば『攻撃が当たりにくいから攻撃しない』という消極的な戦術ではなく『攻撃が当たるように工夫する』という積極的な戦術で挑むべきだった。
「ソラ、援護お願いしますね」
ポロウに呼びかけるユウ。
こうなった以上、狐卯猾が地表に降りてきた時を狙って、再度の攻勢を図るしかない。
「…………こ、これは!?」
「大変! みんな、下がって!」
空を飛ぶ狐卯猾の動きに絶句するユウと警戒を呼び掛ける詩。
二人が思った事は地上に居た誰しもが同じ思いだった。
『大空形態』時、その場で浮かんでいただけの狐卯猾が、空班がいない事で大空に進んだのだ。
それほどの高さや距離を進んだ訳ではない。だが、相手が巨大だからこそ、異様な圧迫感を放っている。
「まさか、落下するなんて」
退避しながら詩はそんな言葉を口にした。
形態が変わって、狐卯猾は“落下”――いや“墜落”した。予想もしない敵の行動にハンター達はバラバラに退避する。
「こんなものぉぉぉぉ!」
一斉に鳴り響くアラートがコックピット内に響く。
極めて頑丈な装甲を誇るゾファルの機体が辛うじて受け流した。
僅かに浮かんでいても、相手が相手だ。生身で受けようものなら木端微塵だろう。
「慄きなさい。憤怒の怒りにね」
冷徹な台詞が狐卯猾の口から発せられた。
これまでの戦闘から、魔法を封じている原因が、ポロウの放つ幻影結界だと理解した狐卯猾は、結界に守られていないハンターを狙う。
突如として大地が割れて噴石のような物が襲い掛かってきた。メテオストライクに似た魔法なのだろう。
噴石を受け流しながらリューは言った。
「このまま押されていてはジリ貧だ!」
「行ってこい! リュー!」
次々に降ってくる噴石からリューを庇うように立ったレイアが叫ぶ。
先ほどの攻勢でダメージは与えているはずなのだ。勝てない敵はないと判断した。
「リューが、次の一撃を入れられるだけぐらいなら!」
「うぉぉぉぉ!」
雄叫びと共に突貫するリュー。
それは彼だけではない。CAMやプラヴァーに乗る仲間達も一緒だ。
対して狐卯猾は全周に対する薙ぎ払いを振るう。
「ごめんね、エーデルワイス! 後でちゃんと整備してあげるから、頑張って!」
モニターから鳴り響く警告音に対し、沙織はそう告げた。
イニシャライズオーバーとマテリアルカーテンで仲間を支援しているが、いつまでも保つという訳にはいかない。
機体のスキル回数を回復させつつ、操縦桿を握る手に力を込める。
「まだ、まだ、終われないから!」
「この機械人形共!」
狐卯猾が怒りの声を上げた。
地上班に揃っているCAMやプラヴァーは優秀であった。装甲が硬い上に耐久力も高く、完全に殴り合いの様相になった。
「うごあああああ」
突如として、ゾファルの機体が転がった。
精神汚染に掛かった振りをしているのだ。
「……無様な上に、不用心ね。私の使う精神汚染は“怒り”よ。よく覚えておきなさい」
「ぐぬぁ!」
強烈な叩き込みを転がりながら受け止めるゾファル。
腕部装甲の防御力は高いので、無事だったが、今度は機体ごと、狐卯猾の巨大な両手で掴まれた。
「先ほどから、チクチクと砲撃してくるようだけど、これでも撃てるのかしら?」
遠距離砲撃を続けていたミグの方へと向けた。
機体が硬すぎる故に砲撃の盾として使われれば、攻撃が届かない。
「人質とは卑怯な!」
「俺様に構わず、撃てじゃん!」
一瞬、躊躇するミグにゾファルが叫び返した。
その覚悟は狐卯猾まで伝わったか分からない。それとも手にCAMを持ったままだと不便だと思ったのか、沙織の機体に向かって叩きつけた。
マテリアルカーテンを展開したおかげで辛うじて大破は免れるが……。
「これは……相当、押されていますね」
プラヴァーのコックピットで、はじめが戦況を確認しながら呟く。
幻獣達は範囲攻撃に巻き込まれ、ダメージを蓄積されているのだ。このままだと、幻獣達を死なせてしまう。
「浄化結界を張ろうにも、バラバラになったこの状態だと……」
集結する必要があるが、狐卯猾の占有スクエアが広いので、簡単には合流できない。
おまけに、敵だって合流は許さないだろう。
「仕方ないです。もう一班に託し、私達は可能な限り戦線を維持しましょう」
Uiscaがポロウに幻影結界の中から攻撃魔法を行使しながら言った。
魔法に反応し、狐卯猾からカウンターマジックに似た魔法が飛び、幻影結界が消える――。
「……手数を減らさず、こちらの結界を消耗させていたのですね……」
結果的にはUiscaの攻撃魔法は届き、ダメージは確実に与えている。
だが、こちらの幻影結界の残り回数も確実に減っているのだ。
「惑わすホーの能力では、カウンターマジックのように意図的に魔法を選べない……逆手に取られたようだな」
ミリアが呼吸を整えつつ、回復魔法を唱える。
ハンター達の惑わすホーを基軸に置いた作戦を突いているのだ。
狐卯猾はポロウの能力を知っている訳ではない。だが、観察に必要な時間を与えてしまったのは確かな事だ。
「敵の動きや性質をもっと知る必要があったという事か……今更だが」
南護が唇を噛みながらそんな言葉を口にした。
敵を知り己を知れば――という。狐卯猾はこれまで幾度かハンター達と対峙する事があった。
それは、狐卯猾から見ても同じ事だった。だから、優先して倒すべくハンターが誰なのか見当つけていたのだろう。
訪れた敗戦の予感に南護は覚悟を決める。
「ミリア、この戦いが終わったら結婚してくれ!」
唐突なプロポーズにミリアは驚いた。
「それ今か! 今、言わないとダメか!? 後で良いだろ! いや、いいけどさ! するけどさ! 全部終わった後だ!!」
慌てて答えるミリアに満足気に頷くと、南護は敵に向かって突貫する。
直後の事だった。頑丈なガルガリンではなく、狐卯猾は生身のハンター達を狙って攻撃してきた。
「なっ!?」
「気にするな、ホムラ!」
回復手段があるので、そうそう簡単に倒れない――という自負もあった。
ここで運が悪い事に狐卯猾が『海原形態』に変更した。回復能力を激減させる力が戦闘区域に広がったのだ。
生身のハンターや幻獣が範囲攻撃に巻き込まれて次々に脱落していく。ポロウがいなくなれば、魔法を防ぐ事ができず、被害が広がる。
そうなると戦闘不能になった仲間を庇う必要が生じた。優秀な耐久力を誇るCAMもそうなってしまえば、時間稼ぎにしか過ぎない。
●全滅
ポロウに主軸を置いた作戦にはもう一つ、大きな穴があった。
それは、惑わすホーの能力を最優先でセットしてしまった事やポロウの数が無駄に多かった事で、強力な攻撃力を持つユニットが相対的に少なくなった事だ。
参加者全員のクラス・ユニットを把握する事は困難だろう。ハンター達は軍隊ではないのだから。
これまでの戦いでもこうした場面があったかもしれない。しかし、それらはハンター達自身の力量でカバーできていたのだろう。
だが、今回、それでは敵を倒すのに届かなかった。どんな形態の時にも積極的な攻勢の維持や攻撃型ユニットの数が多ければ、今と違った形となっていたはずだ。
「私をここまで追い詰めたのは許さないわ!」
怒り頂点の狐卯猾の攻撃力は下がらない。
時折、大地形態に戻った時には、与えた行動阻害が効いているものの、それだけで反撃の糸口にはならない。
「文字通り、憤怒……というより、ただやり場の無い怒りを撒き散らしているって所かしら?」
傷ついたイェジドを退避させつつ、ユーリはフラフラになりながら、愛刀を構えた。
まだ、倒れるには早すぎる。東方は多くの犠牲の上に、今があるのだ。それを彼女自身は良く分かっていた。
「絶えず定まらない姿からして、さしずめ八つ当たりって所ね」
「そんな事言っていいのかしら!」
狐卯猾がユーリの細い体を掴もうと腕を伸ばした。
スッと避けたが、それはフェイントだった。魚の頭みたいなのが、ニュっと伸びてくる。
「あぶねぇ!」
ドンっとユーリの身体を突き放したのはボルディアだった。
鋭い牙で噛み千切られるそうになる所を、斧をつっかえ棒にして防ぐ。
「テメェみてぇなデカブツに掴まれんのは、慣れっこなんだよ!」
「分かってないわね。人質に決まっているじゃない」
「このぉ、離せぇ!」
伸びた魚の胴体を奏多が叩き切った。
ごとりと音を立てて地面に落下すると塵となって消えた。ボルディアはひとまず、無事だった。
折角、おもちゃを手に入れたと思った狐卯猾が不機嫌そうに言葉を発する。
「これからいいところだったのに、邪魔しないでくれる」
「怒れ、怒れよ、憤怒王。その怒りを全部受けきってやるから」
奏多に向かって放たれる炎渦。
構えた盾を中心に発生した光の障壁が広範囲に広がる炎渦を捻じ曲げた。
「ここでお前の怒りを全部出しきれよ!」
「この隙に行きます。衝動、願望、絶望……或いは、不可解な、夢其の物……」
マテリアルを高めながらイツキが肉薄する。
蛇節槍を繰り出し、自身が持てる力で出せる必殺の一撃。
「なればこそ、悉く、断ち切るまで!」
衝撃と共に巨大な音が響く。だが、その打撃強度では狐卯猾の意識を刈り取るのは困難だった。
「コアらしきものが無い以上は攻撃を続けるしかないでちゅよ!」
朝騎が符を宙に投げて5本の電撃を呼び出す。
封印を使っても形態変更されてしまうのであれば、意味がない。ならば、ひたすら攻撃するしかない。
「あれだけダメージを負わせているんでちゅ。無敵という事はないはずでちゅ!」
「良く分かっているじゃない。ここからは、どっちが先に倒れるかという競争よ!」
魔法扱いにならない、炎渦を放ち続ける上半身。物理的な範囲攻撃を振り続ける下半身。
双方とも強力無比であり、ディーナは休む間もなく回復を続けていた。
「これ以上は追い付かないですの……」
「回復が尽きる前に倒すしかないのかな」
応えたのはまよいだった。今一度のアブソリュートゼロを上半身に向かって撃つつもりなのだ。
幸いにも、連れてきているポロウの幻影結界は続いている。カウンターマジックを受ける事がなければ、アブソリュートゼロは発動できるはず。
「下半身は形態が変更しても、上半身は変わらないみたいだしね」
放たれた水と地の力は真っ直ぐに向かった。
だが、狐卯猾は冷静だった。これまで幾度も同じ魔法を使われてきている事もあり、警戒していたのだろう。
「言っておくけど、庇うって行為は、人間共の専売特許じゃないわよ」
「そんな! 下半身を犠牲に!?」
攻撃するときに伸縮が可能な下半身であるので、ハンターの攻撃に対して伸縮して庇う事も可能なのは可笑しくはない。
反撃の糸口が完全に途切れた――もう少しダメージを稼げれば……そう思った時だった。
「突撃ぃ!!」
真白の声と共に狐卯猾の背後から、七葵と厳靖らも含めた正秋隊が切り刻みながら抜け駆けてくる。
一撃離脱で無理はしない。突然の事に狐卯猾が誰にヘイトを向けるべきか隙が生じた。
「これが最後のチャンスだろうな。ここで決めるぞ!」
ヴァイスが大鎌を振り回しながら正秋隊の突撃に合わせる。
残ったハンター達もそれに続く。
「行って下さい。回復は私とディーナさんで持たせますので」
「ですの~」
挟み撃ちのような攻勢に、ダメージが積み重なっていた狐卯猾はその巨体を大きく揺らす。
幾度もなく武器を振るうヴァイス達。狐卯猾からの反撃は気にせず、ひたすらに攻撃に出る。幾人かが狐卯猾の猛攻の前に倒れていく。
「……これでも、まだ倒せないというのか!」
「まだ諦めてはいけません!」
叫ぶようなヴァイスの言葉に、回復魔法を使いながらアニスが励ます。
誰しも諦めてはいない。最後まで戦いは続ける。それがまだ立ち続けるハンター達の意思だっただろう。
「――――ぁ!!」
声にならない叫びを上げて、ミグが操縦桿から手を離した。
戦意を喪失した訳ではない。幕府軍の本隊が割って入った事で、誤射を防ぐために砲撃を止めたのだ。
後方からの砲撃支援はとても意味があった。ミグの機体と同様のユニットが後数機いれば、それだけでこの戦況ではなかったはずだ。
「戦闘はここまでだよ……みんな、よく頑張ったけど、この損傷率はもう全滅さ」
ハンター達に淡々と告げたのは牡丹だった。
戦闘不能になっている者も多い。このままだと間違いなく戦死してしまうだろう。
撤退中の被害も考えれば、もはや、ここが限界というべきラインだ。
「まだ戦える。それに引き上げたらゲートが開くだろう」
ハンターの誰かが武器を杖代わりにして体を支えながら言った。
だが、牡丹は静かに首を横に振る。
「どの道、このままだと文字通り全滅するからね。それだったら、態勢を整えるべきだよ」
この間にも幕府軍の兵達が時間を稼ぐため、狐卯猾へと向かう。
無謀なのは明らかだ。決断は急がなければならないだろう。
「正秋隊が援護して、負傷者の保護で退避を」
牡丹の命令に頷いた正秋は部下に命じると馬から降りる。
戦闘不能になったハンターやポロウを代わりに乗せる為だ。
撤退準備を始めたのを見て狐卯猾が勝ち誇ったように叫ぶ。
「このまま逃がさないわよ!」
大気を震わす声にピクピクっと眉を動かしながら、シレークスが前線へと立った。
「何時までも、てめぇの思い通りにいくと思うんじゃねぇです!」
機甲拳鎚と星神器を敵に向けて叫ぶ。
ルベーノのまた、幕府軍兵士らと共に前線へ移動していた。
「ハハハハッ、腕が鳴るぞっ!」
「私はね、邪魔されるのが一番、ムカつくのよ!」
全身を震わせて文字通り暴れまわる狐卯猾。
しかし、シレークスとルベーノも引き下がらない。
「光よ、導きたまえ。光よ、憐みたまえ。エクラの名の下に、今、邪悪に鉄槌を!」
「おら、ここは俺らに任せて態勢整えてこいや」
二人の意気込みに僅かでも時間が稼げると判断したのだろう。牡丹は腕を高く突き上げ、撤退を宣言した。
「撤退はハンター、幕府軍の順だよ!」
狐卯猾討伐の失敗が確定した瞬間でもあった。
●別れ
幕府軍と正秋隊の面々が撤退を支える。
抵抗を続けていたハンターも次々と倒れていた。辛うじて戦列が保てているのは正秋隊の活躍が大きい。
ハンター達に戦死者が出なかったのは、彼らのおかげだろう。
「皆さんも先に撤退を!」
「危ない!」
指揮を執り続ける正秋を狙った鋭い一撃を真白が庇った。
腕に深い裂傷。これでは、刀を振るい続けるのは難しいだろう。
「この程度……」
「真白殿、かたじけない」
「正秋殿も……一緒に……」
腕に巻いていた鉢巻を正秋は素早く解くと、真白の傷口の上で結び、出血を抑えた。
そして、戦場を見渡し、二人のハンターを呼ぶ。
「七葵殿、厳靖殿、お願いできるか」
「承知した。頼むぞ、陽炎」
真白の身体をワイバーンに引き上げる七葵。
何かを叫ぶ真白の声は、戦闘の音で掻き消える。
同時に、ハンター達と正秋を隔てるように炎渦が走った。
出血と疲労の為に、真白は薄れいく意識の中、正秋と厳靖の二人の姿がぼんやりと視界に映る。
「……厳靖殿。お二人の事、正秋隊の皆さんの事、よろしくお願いします」
覚悟を決めた表情の正秋に厳靖は察した。
殿になるつもりなのだろう。それが意味する事は――だから、厳靖は気休めな言葉は掛けなかった。
「……武運を祈る……」
「ご達者で」
短い別れの言葉と共に、正秋は走り去る。
その雄姿を二人と正秋隊の面々に告げる為に、厳靖は確りと目に焼き付けるのであった。
狐卯猾の狂気にも満ちた声が辺り一面に広がった。
ハンター達は撤退を開始した。態勢を整えて、また戻ってくるかもしれないが、その前にゲートは開く。
「私の悲願! もうすぐ、もうすぐ叶えられるわ! あはははははは!」
不気味な高笑いが世界の破滅を告げていた――。
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赤山優牙 | 67人 |
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