ゲスト
(ka0000)
【東幕】憤怒再来「獄炎の影討伐」リプレイ


作戦1:獄炎の影討伐 リプレイ
- 狭霧 雷(ka5296)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- 清廉号(R7エクスシア)(ka0551unit003)
- 獄炎の影
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
- ミオレスカ(ka3496)
- スパチュラ(オファニム)(ka3496unit005)
- ウィーダ・セリューザ(ka6076)
- ヴァイス(ka0364)
- グレン(イェジド)(ka0364unit001)
- 龍崎・カズマ(ka0178)
- MARTIA(R7エクスシア)(ka0178unit003)
- 濡羽 香墨(ka6760)
- パトリシア=K=ポラリス(ka5996)
- シェルミア・クリスティア(ka5955)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- レイノ(イェジド)(ka0502unit001)
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- ノノトト(ka0553)
- みぞれ(ユキウサギ)(ka0553unit002)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- 鹿東 悠(ka0725)
- ミィリア(ka2689)
- 叢雲(イェジド)(ka2689unit001)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- 歩夢(ka5975)
- ユリアン(ka1664)
- ラファル(グリフォン)(ka1664unit003)
- 劉 厳靖(ka4574)
- 夜桜 奏音(ka5754)
- ニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)
- 蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)
- 天禄(ワイバーン)(ka4009unit003)
- Uisca Amhran(ka0754)
- ウイヴル(ワイバーン)(ka0754unit003)
- 銀 真白(ka4128)
●開始
整然と並んだCAMや魔導アーマー、刻令ゴーレム。
これらは獄炎を討伐した【東征】では戦場に投入されなかった。その時、ハンター達はまだ、その力を手にしていなかったからだ。
だが、今は違う。生身の人間では扱えない高性能な武器を装備できるのだから。
「さあ、ご退場願いましょうか!」
勇ましく言ったのは、狭霧 雷(ka5296)だった。
魔導アーマー『プラヴァー』を操り、どんよりと重い曇り空にミサイルを向ける。
試作型対VOIDミサイル『ブリスクラ』。それがこのミサイルの名前だ。リアルブルーで作成されたこの新型ミサイルは、生身では到底、攻撃できない長距離を飛ばす事ができる。
同様のミサイルを構えているCAMはロニ・カルディス(ka0551)が操縦する清廉号。
モニターに映し出され、望遠されている標的に照準を合わせた。獄炎の影というだけあって、その体躯は漆黒そのもので不気味に映る。
「カウントを始める!」
一斉攻撃の為、ロニは通信機を通じて仲間達に知らせた。
長距離攻撃は極めて有効な手段だろう。だが、その威力も絶大で、生身の人間が巻き込まれれば大惨事だ。
もっとも、ハンター達が絶対的に有利という事でもない。後衛を志願したハンター達の中で、武器の有効射程の調整が行われていなかった。その為、後衛でも超長距離射撃組と遠距離組と分かれた。それが、この戦いでどのような結末を迎えるかは……まだ、誰も分からない。
標的までの射撃計算の微調整を続けるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は真剣な眼差しで刻令ゴーレムのコントロールパネルを叩いていた。帝国出身の彼が、今回乗ってきたのはブラオラント魔導発動機製造社が王国より輸入した砲戦仕様のゴーレムの内の一体。
遠距離攻撃で、的確に、尚且つ、効率的にダメージを叩き出すには簡単な事ではない。
高性能な誘導機能を備えたミサイルではなく、実にアナログではあるが、だからといって、ミサイルに劣っているという訳ではない。
「有効であると、見せてみろ」
ゴーレムに声を掛ける。
そうでなければ、東方が滅亡するかしないかという大一番に、持ち込んだりはしなかっただろう。
ミオレスカ(ka3496)が駆るCAMはミサイルではなく、ライフルを構えていた。
体内のマテリアルを集中する。猟撃士としての力を最大限に発揮して臨むからだ。
大地からも周囲からも負のマテリアルをヒシヒシと感じながら、ミオレスカは瞬きせずに操縦席のモニターの先を見つめる。
「龍脈が無くなったわけではありません。なにより、龍の加護を受けて生きている私達がいます」
獄炎を討伐する際、人類は大きな力を失った。黒龍と龍脈の力を。
だけど、その力を引き継いで、今、ハンター達は生きている。だから、そういう意味では黒龍も龍脈も無くなった訳ではないという彼女の主張は全くその通りだろう。
カウントゼロ。ミオレスカは決意と共に銃弾を放った。
ミサイルや銃弾が頭上を飛んでいく。
圧倒的な火力なはずだが……獄炎の影は動じた事がないようにも見えた。
ウィーダ・セリューザ(ka6076)は構えた弓に矢を番える。
「しつこい男は嫌われるよ、覚えておくといい」
獄炎はハンターに一度敗れている。蘇ってくるほどの執念だとすれば、しつこい以外何者でもないだろう。
「……雌だったらごめん」
ふと、そんな事を呟きながらもマテリアルを込めた矢を放つ。
弓で狙うには驚くほどの距離だが、矢はマテリアルの放物線を描きながら空を駆けた。
それで、彼女の仕事は終了ではない。仲間のゴーレムの調子を横目でチラリと確認する。今の所は命令通り、動いているようだ。
再び、矢が飛翔する。それは、ヴァイス(ka0364)が放った矢だった。同行している深紅のイェジドが小さく唸る。
蒼き炎のようなオーラに包まれた矢が深く、影へと突き刺さる。
「……魔法攻撃は威力が漸減すると聞いたが」
遠めなので効き目具合は分からないが、魔法的な力を宿した攻撃は弱まっているように見えない。
ソウルエッジは魔法スキルではある。だが、その攻撃を魔法として扱うかどうかは術者に決定権がある。
「攻撃が通じるなら、それでいいんだが……」
もし、矢ではなく、近接武器にソウルエッジを使用したらどうなるのか。
獄炎の影に近接武器で攻撃すると武器が痛んで使えなくなるというが、魔法的な力で包んだとすれば何か変わるのだろうか。
近寄られたら、試してみる価値はあるはあるかもしれないと彼は思いながら、次の矢を取った。
二人のハンターにマテリアルの力が広がっていく。龍崎・カズマ(ka0178)が乗るCAMが放出したイニシャライズオーバーだ。
「奴らの目的は、新たな『王』を立てることかもしれねえぞ」
それほどまでに恐ろしい程の負のマテリアルを影から感じる。それも、精神汚染を含んだものだ。
通信、装備、情報を意識的に集め、カズマは全体の戦況把握と敵の分析に余念がない。
「幕府軍はそういう布陣か……」
両翼に展開しているようだ。踏み倒され、飲み込まれないようにとの事だろう。
上手く連携を取っていければいいが、そこは立花院 紫草(kz0126)の事。必要な情報さえ届けば、きっと、上手くやってくれるはずだ。
●憤怒再来
眼前の巨大な歪虚は、獄炎の形をしているが、獄炎とは別物だろう。かといって、獄炎と全く別物とも言い切れない。
忌々しい想いを胸に抱きながら、濡羽 香墨(ka6760)はユグディラの木蘭と共に最前列に居た。
「――あの狐。いらいらする。けど。やることはやる。“約束”だから」
ドスッと鈍い音を立てて、香墨は斧槍を地面に突き立てる。
その先端からマテリアルの光が周囲に広がっていく。味方に『正義執行』のステータスを付与するスキルだ。
戦う際に重要な攻守と心を高める、正義の光は、獄炎の影に苛立つ香墨の心情と共に広がっていく。
「木蘭。いっしょにがんばろう」
ユグディラが返事のつもりだろうか、短く鳴いた。
地獄で苦しむ死者が生者に吐いた呪いの言葉のような、そんな不気味な音を立てて、影が動く。
間近でそれを見つめながら、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)が可愛い大きな目を更に見開いていた。
「ふぉぉぉお! おっきなキツネさんなんダヨー!」 狐の形をしている影絵がそのまま出てきたようなものだ。パトリシアは興奮のあまり、連れてきたリーリーの首を引っ掴んだ。 影から強烈な負のマテリアルをヒシヒシと感じる。
「……陰と陽。影と光。きっと、消える事ハないだろし、その必要もないとパティは思うのダケド……」
迫る存在にギターの先を向けて、パトリシアは宣言した。
「デモ、ごめんダヨ。こっちハ、お友達の故郷。此処を譲る事ハ、できないんダヨ!」
そんなパトリシアの決意と共に、ハンター達を包み込む幾枚もの符。
シェルミア・クリスティア(ka0502)が行使している結界陣だ。
「危険は承知だけど、先ずは接近しないと何も対応出来ないし」
ハンター達や幕府軍の後ろには障害物は無い。そのまま、天ノ都だ。
それに、紫草の事だ。万が一、ハンター達が抜けられるような事があれば、幕府軍の損害を無視してでも割って入ってくるだろう。
「負けられない。ここまで繋いで来たのだから」
しなやかな手先の動きで、新しい符を準備した。
東方は今、様々な問題を抱えており、やらなければいけない事は他にも沢山ある。
「その怨念ごと、もう一度祓い飛ばして、滅してあげる」
だから、今、ここで獄炎の影は討ち取らなければならないだろう。
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の二人が並ぶ。
脇には深紫色の毛色をしたイェジドが大人しくしており、その頭をアルトは優しく撫でた。
「どうしたの?」
思わず尋ねるリューリ。
アルトは今回、自身のイェジドを連れてきていない。彼女のゴーレムは後方だ。
「……なんとなく、かな」
「分かるよ。そういう時、ある。みんなの前で歌うって、ちょっと恥ずかしいよね」
「いや、そうじゃなくて」
何度も頷きつつ人差し指を立てて言った親友の言葉にアルトは苦笑を浮かべた。
散々、刀を振り回し、敵を切り伏せ、数多の戦場を渡って来た。今更、恥ずかしいなどと……。
リューリはガシっとアルトの両手を握った。
「大丈夫! アルトちゃん美声だから!」
「何か、ハードル上げてない!?」
大丈夫ともう一度、リューリは笑顔で言うと、いよいよ、目の前に迫ってきた憤怒の影に向かって、巨大な斧を向けた。
「本物じゃないけど、また出てこないように、ぐーぱんちするよ!」
そんな宣言に合わせ、イェジドが大きく吠えた。
吹き荒れる負のマテリアルが一段と強くなってきた。
人の意識を怒りだけに染める、精神汚染を含んだ負のマテリアルだ。
「灰は灰に。塵は塵に。土は土に……獄炎の残りカス。貴様もすぐに還してやろう」
柄に鈴がついた刀を抜くと、舞いながら鈴を奏でる。
それはアルトのマテリアルと同調し、鈴の音色が戦場に響いた。
奏唱士としての力を行使する。その歌はマテリアルを活性化させ、精神汚染に対する抵抗力を高めるのだ。
唄を聞いて緩やかに揺れるユキウサギを温かい目でみつめながら、ノノトト(ka0553)は天ノ都の方に振り返る。
僅かに龍尾城の天守閣が見えた。
(朝廷と幕府とか……よくわかんないけど……二人とも良い人だった)
記憶に蘇るのは国の事に苦悩する東方の帝と、儚く涙を流した詩天の姫。二人とも高い位の人物でありながら、ハンター達を信じ、気持ちを伝えてきた。この二人が進む道が、この先どうなるか、それは誰にも分からない。だが、一つ、確かな事は言える。
(これから作る国が壊されるなんて見てられない。仙秋だって、止めてみせたんだ……相手がなんだって、止めてやるんだ)
丸々とした目で迫る憤怒の影を睨んだ。
戦端が開かれた。
後ろに配置したゴーレムや仲間の攻撃に合わせ、前衛の面々もそれぞれが攻撃する。
その中で、一際、強大なマテリアルを放っているアルマ・A・エインズワース(ka4901)。
「わふ!」
何か、意識が引っ掛かる。
そして、それが何か、アルマは直感的に理解した。
「紫草さん、見ててくれてるです。僕、お役に立つですー!」
本陣は遥か後方だ。それでも、ハンター達に期待し、主力として、紫草は見てくれている。
応えない訳にはいかない。なにより、目の前の獄炎の影に、一昔前の事を思い出す。
あの頃は隊長の後ろで撃ってるだけだった。だが、今は違う。絶大なる力へと至り、まだその途上なのだから。
八劒 颯(ka1804)が機導浄化デバイスを用いた浄化術を行使した。
憤怒の影は、負のマテリアルが集束して形成されている。浄化術の根っこが作用する可能性に賭けたのだが……。
「仮に効かなくとも、バステ対策と言う使い道もありますし」
効果の程を確認しながら、颯は呟くと、魔導アーマーを操縦し直す。
結論から言うと、浄化術は狙った効果を発しなかった。『機導浄化術・白虹』はあくまでも、環境に対するマテリアル汚染を浄化する結界を発生させるだけだからだ。
しかし、通じない事も予想していた。後はドリルで側面から削ぎ落していけばいいだけの事。
「はやてにおまかせですの!」
そう言って、颯は魔導アーマーと共に突貫した。
鹿東 悠(ka0725)が駆るR7エクスシアも攻撃に加わる。
「いやはや、また厄介なモノが起きてきましたね」
年が明けて早々の事だ。東方各地で憤怒残党歪虚が出現した。
まさか、それがこの様な状態になるとは誰一人として思わなかっただろう。憤怒王獄炎の復活ともいえる事態だ。
「さっさと地獄にお引き取り願いましょうか」
積極的にスラスターを多用し、立体的、多角的な機動で、敵の足元を巡る。
核のような存在は確認できないようだ……足と足の間から胴体を見上げるが、漆黒の身体はどこも変わった様子が見られない。その時、突如として、強力な炎が敵の全身から放たれた。マテリアルカーテンで仲間も包みながら耐える悠。
美しいゴールデンイエローの毛並みを持つイェジドと共にミィリア(ka2689)は、猛烈な炎を吹き払った。
「辛気臭い負の波動ばっしばしな死にぞこないには、反対のポジティブ頑張るぞパワーで対抗でござる!」
気合の言葉を口にしながら、斬魔刀を突き出した。
ぐさりと憤怒の影の身体に突き刺さるが、不快な手応えを感じる。
しかし、ミィリアは気にしない。今回の為に、弁慶の如く、幾本もの武器を持ち込んできたからだ。
「ここから先には通さないでござるよ! って、ずるいぃ!」
敵を足止めするつもりだったのだが、ミィリアとイェジドに気にした様子なく、憤怒の影が足を前に進めたのだ。
頭上を巨大な足が進んだ。
「どういう事だァ」
その様子をワイバーンに乗っているガレット=ウナギパイ(ka2884)が呟く。
ハンター達やその相棒の合間を抜けるように、獄炎の影が前に進んだからだ。
憤怒の影は4つ足の獣姿だが、手足などの関節を無視した動きの1つや2つはするだろうと思っていた。
しかし、余程、可笑しいという動きをした訳ではない。まるで、普通に歩いているように見えたのだ。
「おっとォ」
ぶおんと憤怒の影の前脚が唸る。それだけで途方もない範囲攻撃だ。直接当たれば致命傷だし、通過しただけで衝撃波が発生する。
旋回してなんとか避ける。その開いた空間にズイッと頭を捻じ込ませてくる憤怒の影。
前衛のハンター達の戦いを、歩夢(ka5975)がワイバーンに騎乗して、より高い所で観察していた。
攻撃に集中するより、情報を収集し、仲間に伝えようと思ったからだ。そして、それは別の意味で役に立った。
「死して、尚、この地を欲するかよ、このバケモン」
あっさりと前衛が抜かれ、獄炎の影は天ノ都の方角へと進む。
足止めが無効だった訳ではない。占有する空間があれば、それ以上、先に進めないはずなのだから。
だが、それは、原則に過ぎない。今回の場合、敵のサイズが大きすぎるのだ。その為、獄炎の影の足は、ハンターやユニットの上を越えていった。
「不味いな……」
すぐにトランシーバーで仲間達に連絡を入れる。
歩幅が大きいという事は……もう一つ、大きな脅威があるからだ。
●死闘の予感
「前衛に行って、徒歩の連中を拾ってくるか! フォロー頼むぜ、ユリアン!」
魔導バイクで馬車を牽く劉 厳靖(ka4574)が通信機でユリアン(ka1664)に叫ぶ。
事態は一刻を争う。歩夢からの連絡に厳靖は躊躇なく行動を起こした。
歩幅が大きく、地上の壁だけでは止められない。それだけではなく、歩幅が大きいというのは、進む距離も稼げる事を意味する。
例えば、蟻は足の動きが早いだろう。だが、人間が進む一歩と比べれば、その距離は歴然だ。
(拾ってきた所で、どう止めるか)
厳靖は心の中で思った。とりあえずは、置いてけぼりを受ける可能性がある仲間を拾って、改めて、足止めを試みなくてはいけない。
「ユグディラや足に自信の無い人は、厳靖さんが迎えに行きます」
グリフォンに乗りつつ、双眼鏡を覗き込みながら、ユリアンは通信機で前衛に呼び掛けた。
本来であれば、敵の動きを観察しているのだが、今は仲間の動きを見て、それを厳靖に伝えなくてはならない。
その間にも獄炎の影は、前衛のフォローに入った幕府軍を一掃しながら進む足を止めない。
圧倒的な破壊力。そして、その存在感にユリアンは秘宝の事を思い出す。
(エファトリカ・ボードは一度歪虚の手に渡って、手を加えられたのか……五芒星の頂点にハンターが向かう様に)
何らかの術式を解除できれば状況は変わるかもしれないが、その方法は分からない。
今は憤怒の影を倒すしかないだろう。
前衛に比較的近い位置にに居た夜桜 奏音(ka5754)はワイバーンと共に空中からの攻撃を仕掛けて続けていた。
「影になってまで出るとは嫌に執念深いですね」
ワイバーンの移動力でなんとかついていけるかいけないかという速度で憤怒の影は進んでいる。
地上では遅れ出した者、魔導バイクや幻獣に乗って追い縋る者と見える。
「敵に弱点らしいものは今の所確認できませんね」
見えるのは、追い掛けるハンター達の行く手を阻むように邪魔する蛇の形をした尻尾の影。
地上を進むハンター達が簡単に追いつけないのは、獄炎の影だけではなく、そうした移動の障害があるからだ。
なんとかしなければと思う。遊撃の役割を持ったハンター達が今こそ時間を稼ぐ時だろう。
仲間の攻撃に合わせ、グリフォンに騎乗するニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)が憤怒の影に接近する。
そして、強烈な鞭の一撃を入れる。時には、グリフォンの鉤爪で抉る。
「しょせんは、羽虫程度という事ですか……いえ、羽虫に失礼ですね」
憤怒の影は全くと言って良い程、その攻撃を気にしていないようだった。
いつものネガティブな呟くを残しつつ、ニャンゴはそれでも攻撃の手を緩めない。
無敵という存在ではあるまい。必ず、どこかでチャンスがあるはずだ。
「やっと認識してくれましたか」
顔の前を飛んで、ようやく狙われた。
脚を振っただけで発生した衝撃波に揉まれながら、なんとか上昇するニャンゴと入れ替わるように蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)がワイバーンで接近を試みる。
「友の護りし地を汚すなれば、おんし等以上の憤怒を以てねじ伏せてやろうてのう?」
前衛を抜けた以上、そのまま進めば、後衛はひとたまりもない。
それに、文字通り肉壁と化し、損害が増える一方の幕府軍をこのままにしておく事はできない。
「……広がる枝葉、囲むは小さき世界、大地に跪き、己が手にした罪を識れ!」
突き出した銀霊剣より、マテリアルが放たれた。
移動力を阻害する強力な魔法だが……集中を加えたはずだが、強度は足りているようには見えなかった。
Uisca Amhran(ka0754)が蜜鈴の魔法攻撃の合間を縫って、ワイバーンを急降下させる。
一撃離脱か、あるいは、距離を取っての銃撃か、使い分けながら、憤怒の影の動きを注視していた。
「怒りには必ず理由があって、別の感情を元に生まれる感情……」
上空に向かって放たれた敵の炎を回転するような機動で回避。
「影だけの存在に、本体と同じだけの強い怒りを生み出せるとは思えません」
獄炎の残留思念に負のマテリアルが合わさって形成されているに過ぎない。
ならば、高位の歪虚のように、ハンターを倒す手段を考え、狡猾に戦うという事はできないはずだ。
単純に怒りだけで迫ってくるのであれば、いつか、その怒りは必ず尽きる――Uiscaはそのように感じながら攻撃を続けるのであった。
前衛が突破され、後衛は下がりながらも攻撃を続ける。
だが、獄炎の影の方が動きが早い。砲撃を中止して一気に距離を稼ぐ事もできるが、そうすると前衛との距離が開き、連携がより難しくなる。
「ここで食い止める。ウィーダはゴーレムを頼む」
弓から七支槍に持ち替えたヴァイスが告げると、イェジドを供に憤怒の影を迎えようとしていた。
空には先程からワイバーンやグリフォンに乗ったハンター達が戦いを続けているが、残念ながら、それだけでは憤怒の影の足は止まらない。
「逃げるようで嫌だけど、そうするよ」
弓での射撃を繰り返しつつ、ウィーダは他のゴーレムらと共に下がる事にした。
接近戦になれば遠距離攻撃の意味が無いからだ。
「色々と属性を試したけど、今の所、有効な属性は見つけられなかった事は伝えておくね」
「それだけでも助かる」
正面を見据えながらウィーダの言葉にヴァイスは答えた。
ウィーダは弱点となる属性や部位があるか探っていたのだ。
そして、それらを見つけられなかった。あるいは、そもそも、存在していなかったかもしれない。
「意味は充分にある。弱点が無ければ小細工無用で攻撃を繰り出すだけの事だからな」
カズマはそう言いながら、CAMを操作し、盾を構えた。
彼の機体は遠距離仕様に調整しての出発だったが、今は足止めに回った方が良いと判断した。
「恥を知れよ獄炎。憤怒であるお前が暴食の真似事なんぞ、笑い話にもなりゃしねえ」
モニターに映る獄炎の影に向かって告げると、飛来する衝撃波をマテリアルカーテンで仲間ごと防ぐ。
五感を研ぎ澄ませて敵を見ていたが、核というものは存在しなそうだった。だが、代わりに分かった事もある。
「奴の足を止めるには、地上と空、両方で壁を作るしかない」
それなら、きっと、止められるはずだ。だから、カズマは残る事を選択した。
前衛が合流するまでの間、何かの足しにはなるだろうし。
(それに、足を止めたら、その次があるからな……)
前衛よりも一足早く、銀 真白(ka4128)が仁々木 正秋(kz0241)らと共に合流した。
「そう幾度もこの国に影を落とせると思わぬ事だ」
既に幕府軍は前衛が抜けた際のフォローでその大部分を蹴散らされていた。
正秋らと共に、遊撃隊として連携を重視していた真白は状況を把握し、真っ先にヴァイス達に合流できたのだ。
「改めて戦線を構築するまで、退くに退けませんね」
「無茶は禁物だ。正秋殿」
「それは真白殿も同じはずですよね」
互いに相手の顔ではなく、並んだまま、正面を見据えて言った。
ただ勝つだけではダメだ。戦って生き残らなければ意味がない事を、二人は知っているのだから。
●再構築
攻撃と移動を両立するのは困難である。
それを補う能力として移動しながら攻撃する技があるが、それとも万能ではない。限られた時間の中で繰り出せる技には限りがあるからだ。
しかし、その壁を越えられるクラスが一つ、存在する。
「戦線を再構築しているのか」
戦場の様子を確認しながら、紅き花弁の残像を残し、アルトが攻撃の手を緩める事無く、移動を続けていた。
疾影士にはマテリアルのオーラに包まれる事で、肉体を加速させる技があるのだ。それに、高速で移動する技、全速で駆け抜けながら攻撃する技を組み合わせ、アルトは前衛でただ一人、攻撃と移動を両立していた。
「まだアイデアルは使える!」
本来であれば使い切るつもりだったが、あっさりと抜かれたせいで、抵抗力を増す歌を唄うマテリアルは残っていた。
その援護が無ければ、獄炎の影が発する精神汚染に対抗するのが難しいのも居るはずだからだ。
アルトを筆頭に、再構築された戦線に次々と合流を果たす仲間達や幕府軍の生き残りらを空から確認し、蜜鈴は一発でも多くの魔法を撃ち込もうと機会を伺う。
強烈な負のマテリアルに意識が飲み込まれそうになるが、息を止め、拳を握って対抗する。
「天禄……あ奴は我等の敵……なればこそ、平静で在れ。怒りは隙を生むぞ」
ワイバーンに語り掛けながら、蜜鈴は冷気の嵐を起こす魔法を唱えた。
範囲攻撃である為、味方を巻き込む恐れもあるが、敵がこれだけ巨大なら、その心配もない。
なるべく、前衛と攻撃箇所は合わせておきたい所ではあるが、まだ戦線は再構築中だ。
「嫌な予感がするのぅ……何か来るのじゃ!」
獄炎の影は首を挙げて、周囲の空気を吸い込んでいるようにも見える。
刹那、構築しかけた戦線を薙ぎ払うように、猛烈な炎を前方に向かって吐き出した。
幾人もそれに焼かれる。非覚醒者である幕府軍の兵士はまともな姿さえ残らない。
「いけない!」
Uiscaがワイバーンに命じて、獄炎の影に突貫する。
今まで見せなかった攻撃を出してきたのは、それが障害だと感じたからだろう。
これ以上、立て続けに同じ攻撃を繰り出させる訳にはいかないのだ。
「これならどうですか!」
マテリアルが特別な錬金杖を包み込み、細身の聖剣のように収束した。
彼女の絶大なる魔法威力を打撃力に転化して放たれるその一撃は強烈だった。
獄炎の影がうざったそうに、前脚を振って、前方を飛び交うハンター達を叩き落とそうとする。
蜜鈴の魔法攻撃、Uiscaの魔法を転化した攻撃を見て、ニャンゴは思った。
いずれも、頭部を狙った攻撃ではあった。それに対し、獄炎の影の反応は弱点を庇うようには見えなかったからだ。
「頭部への攻撃は弱点にはなり得ないという事ですね」
獄炎としての特性が残っていればと思っていたが、特にそんな様子は無かった。
あるのは、怒りという残留思念だけなのだろう。ある意味、それは哀れではあるが、いや、きっと、自分の方が醜く哀れな存在なのだろうと思い直す。
「しかし、魔法による攻撃ではない魔法は有効のようですね」
仲間達の攻撃を観察している意味はあったようだ。
フォースクラッシュは魔法により威力を高めた「近接攻撃」。
魔法による攻撃は威力が漸減していくようだが、魔法の力を帯びた物理的な攻撃は、威力が減っているようには見えないし、武器へのダメージも入っていないようにも感じられる。
また、遠距離攻撃は問題なく通じている。それはマテリアルによる衝撃波も同様だった。
奏音はマテリアルの力を含んだ歌を唄っていた。
幾度か試したが、獄炎の影を威圧する事はできなかったので、今は、抵抗力を増す歌に切り替えている。
「良かった。アルトさんがカバーに入ってくれている」
ホッと一安心する。アイデアル・ソングは強力なスキルである半面。その効果範囲は限られているからだ。
一早く合流したアルトが奏音ではカバーしきれない所を補っていたのだ。
「憤怒の怒りに飲まれて突撃してしまっては陣形が乱れますからね」
獄炎の影が発する精神汚染に冒されると怒りで我を忘れてしまう。
その結果、作戦行動というものを無視してしまうのだ。おまけに殴るしか攻撃手段が無い場合、接敵を試みようとするのでさらにタチが悪い。
負のマテリアルの塊である獄炎の影に飲み込まれれば消滅してしまうかもしれないからだ。
致命傷を負った幕府軍の兵や侍をユリアンは保護、後方へと連れて行っていた。
身動きできない状態のままだと影に飲まれてしまう可能性があるからであり、彼の行動は思わぬ人物を助けた。
「済まないな。ちょっとやっちまったぜ」
「危なかったよ。正秋さんが心配していたから」
グリフォンの脚にぷらーんと掴まれていたのは瞬だった。正秋の友であり、戦闘が始まって早々、はぐれていたらしい。
戦闘不能だが、命に別状はなさそうだ。
「何本か持ってきた刀ももう使えないしな……」
空になった鞘を見つめる瞬。
いずれも獄炎の影の能力により、壊れたのだ。瞬はユリアンが腰に差していた精霊刀を見て言った。
「持ち手と親和性が高い武器程、壊れる早さが遅れた気がする。それなら、ある程度、やれるかもしれないな」
「それは貴重な情報だよ」
早速、ユリアンからハンター達にその情報が伝わった。
「やっぱり、そうだったんだ」
アルトから遅れて合流したリューリは武器を持ち替えた。
ハンター達の武器はただの武器とは違う。錬成工房で武具を鍛える事ができるのだ。時折、くず鉄へと化す可能性もあるが……。
ただ、その欠点を補って、武器との親和性が高ければ高い程、強力な威力を持つようになる。
「クロウさんの所で鍛えに鍛えた武器がある程、有利って事だね!」
そういう意味で言うと、ギガーアックスはよく保った方だろし、アルトはそうした高レベルに錬成強化した武器を幾本も持ち込んでいた。
ノノトトがユキウサギを心配していた。
魔導バイクは基本的に一人乗りだ。戦闘状態では危険な為、前衛に置いてきたのだ。
「その分はちゃんと戦うよ」
シールドを構えて獄炎の影の攻撃に耐える。
ファントムハンドで動きを止める事は出来なかった。獄炎の影は大きいサイズなので動かす事は出来ないが、それでも、足止めをしようとしていたのだ。
だが、強度が圧倒的に不足していた。負のマテリアルの塊だけあって、ハンター達の魔法に対する抵抗力は相当、高いようだ。
だからと言って、戦える手段が無くなった訳ではない。攻撃できる仲間を庇う事で、結果的に獄炎の影にダメージを与える続ける事ができるからだ。
「簡単に倒れないのは予想済みだ。なら『削り』倒す!」
悠はそういうと、CAMのハンドガンを操作。銃身を変形させロングバレルとした。
リアルブルー製の特別な兵装だ。これで強力な攻撃ができる。
ソウルトーチによる誘引が通じなかった以上、後はひらすら負のマテリアルを“削る”しかない。
「回復している様子には見えませんし」
負のマテリアルが供給され続けている訳ではないのだろう。
既に絶対的な量があって形成されているのであれば、削っていけば、いつかは倒せるはず。
五芒星の各頂点での戦いで、思った以上に負のマテリアルが集められなかったという可能性もある。
ゴリゴリゴリ! っと音を立てて魔導ドリルが獄炎の影を抉った。
颯が今こそドリル使いの本懐といわんばかりに回しまくっている。
「まだ、ドリルの予備はあるのです! ドリルラーンス!」
魔導アーマーの装備を切り替えた。
一応、ドリル以外にも装備はある。量産化された撃ち切り型の小型マテリアルライフルを積んできていたのだ。
「魔法攻撃は威力が減っていくようなので、もうドリルで貫くのです!」
周囲に負のマテリアルを放ち、それを怒りで同調させる事で、魔法攻撃の威力を減らしてくるのだ。
だから、それよりかは、ドリルが使えなくなる手前まで使って攻撃した方が良いと判断した。
もっとも、魔法が全く効かないという訳ではない、どちらが威力が高いかという事だ。
その証拠に、アルマの魔法攻撃はある程度、通じていた。
「僕、この影絵っぽい狐、嫌いです」
憮然とした表情でアルマは言った。
魔法攻撃は確かに通じた。しかし、それは使う度に威力が漸減していったのだ。
恐らく、獄炎の影の能力なのだろう。魔法に同調させる事で、威力を弱めてくるのだ。そして、その精度は、魔法を使えば使うだけ高くなっていく。
「もっと色々なスキルをセットできれば」
一つの魔法に合わせて漸減させてくるので、少なくとも攻撃魔法を幾つかセットしていれば、この状況も変わっていたかもしれない。
覚醒者としてのレベルが上がれば、解決できる事かもしれないが……。
アルマはゴーレムへ指示することに専念するとした。今、この局面を乗り越えなくてはならないのだから。
続々と前衛が合流してきた。獄炎の影を足止めできるまでもう少しだ。
シガレットが乗るワイバーンが地上スレスレに飛んだ。
「怪我人も多いし、精神をやられている奴も多いなァ」
積極的に攻撃に出るというよりかは、回復や支援活動を主として彼は戦場を飛んでいた。
空中を飛べるというのは、素早い移動という意味で大きいといえよう。支援が必要な場所へすぐに駆けつける事ができるのだから。
「幕府軍の損害が大きいようだが……本陣が動かないっつー事は、まだ想定内かよォ」
両翼に展開していた幕府軍がカバーに入っただが、本陣はハンターの後衛よりも後ろに構えてある。
指揮する将軍が動かない所を見ると、まだ、彼の想定している状況……とも言えるだろう。
それはつまり、勝利への道筋が保たれている他ならない。
ならば、彼に出来る事は、戦士達を支える事だけだ。
回復支援を受けてミィリアが予備の刀を抜いた。自身でも回復手段が無い訳ではない。
むしろ、多く用意してきたと言えよう。
「女子力は防御も貫通するでござる!」
筋肉から湧き出す女子力――という名のマテリアルを憤怒の影に叩き込む。
イェジドの俊足のおかげで、早々に合流してからもミィリアはひたすら最前線に留まっていたのだ。
その分、敵の攻撃に巻き込まれる事も多い。それを彼女は耐え忍ぶ。
「どんな憤怒でも、どんとこい!」
猛烈な炎が降り注ぐが、そんな中でもミィリアは叫んだ。
同時にミィリアの全身が女子力(多分)に満ち溢れ、傷が癒えた。
「地脈、いくんダヨー♪」
元気なパトリシアの声が響いた。
大地のマテリアルの流れを通わせる事で戦闘力を上げる事ができる符術だ。
空に舞った符の数も相当数に及ぶ。
「ここで戦線が動かないなら、いけるかな!」
フォトンカードを再装填しながらパトリシアは声を上げる。
術者を中心に動くスキルも無くもないが基本的に結界というものは一度発生させたら移動はできない。
先程は戦線があっと言う間に抜かれた為、結界を作成している場合ではなかったが、敵を足止めする事に成功すれば戦線が固定化される。そうなれば、強力な結界も意味を成す。
獄炎の影の攻撃を受けて地に伏せた幕府軍の侍を守るように香墨が続く攻撃を受け止めた。
割り込んででも被害は減らす。視界の中の存在を誰一人として死なせはしない。そんな強い決意と共に。
「ここから先は。通せない」
あと少しで獄炎の影の動きが止まりそうだ。
なんとか立ち上がろうとする侍の腕を引っ張り上げる。
「まだ。たおれちゃだめ。死んじゃだめ。こまる」
「と、当然だ……」
侍は折れた刀を杖替わりになんとか立ち上がった。
その時、再び獄炎の影から精神に影響を及ぼす負のマテリアルが放たれた。怒りに囚われるマテリアルだ。
だが、同時に空から符が降り注いだ。
「邪なるものよ、無に、帰れぇ!」
ワイバーンに乗った歩夢が急降下してきたのだ。
彼を中心に浄化結界が張られた。強力な結界であり、これも一度作り出すと動かせない。
だが、逆に言えば、結界を作ってしまえば、術者が次の場所に移動しても、効果時間の間、消えない。
再び上空へと駆け上ると、素早い動きで符を準備し直すとマテリアルを込めながら組み直す。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
魔法の威力は漸減されるが、使い始めはダメージが通らないという訳ではない。
一方、シェルミアの方は符術による攻撃魔法を諦め、拳銃を取り出していた。封印符も効かなかった以上、残された手段はそれしかなかったのもあるが。
彼女の魔法は既に漸減され過ぎて、もはや、銃撃の方がダメージが稼げる状態になっている。
(……あの五芒星術式……天ノ都に負念を落として、皆の憤怒を煽って相争わせようとした?)
戦闘の合間というのに、シェルミアはふとそんな事を思った。
もし、憤怒歪虚が獄炎を復活させようとしていたら、腑に落ちない事があるのだ。
(憤怒王の復活だとしたら、なんで、残りの憤怒残党は傍に居ないのかな)
それこそ、王の復活であれば、すぐ傍に寄ってきそうなものだが。あるいは、憤怒王とは思ったより嫌われているのだろうか。
●攻勢へと
戦線の再構築が成った。CAMや幻獣、ハンター達による地上班と、ワイバーンやグリフォンといった飛行班が立体的な壁を形成したのだ。
これにより、獄炎の影はその足を止めた。後は猛烈な火力を撃ち込み続けるだけだ。
「良いタイミングで間に合ったぜ」
厳靖が魔導バイクで馬車を牽きながら言う。
荷台には徒歩の者やユグディラ、ユキウサギだけではなく、途中、大怪我を負った幕府軍の兵も乗っていた。
「よし、戦える奴はここで降りるんだ。あっと、降りたらついでに、動けねぇ奴を乗せてくれな」
そう指示を出して厳靖自身は獄炎の影に視線を向けた。
これからが戦いの本番だ。そうなると、彼がやるべき事がもっと増えるだろう。
「厳靖殿!」
「おう、真白か。それに正秋も一緒のようだな」
真白と正秋の二人は両腕を負傷した兵や侍の肩に回していた。
空を飛んで戦況を確認していたユリアンからの連絡で戦場の中、ここに集結したのだ。
「負傷者の移送、感謝致します」
正秋が丁寧に頭を下げる。
「気にするな。俺にはこれぐらいしかできねーからな。それより、二人共、戻るんだろ?」
「はい。ミィリア殿も最前線で支えていると聞きました」
真剣な表情で真白は応える。
若い連中ばかり無茶しやがってと心の中で厳靖は呟いた。
魔導バイクのエンジンを激しく吹かすと真白と正秋の二人に呼び掛けた。
「俺が見るに、こっからが死線だ。気を付けろよ」
「勝ったら、一杯、いきましょう」
正秋がくいっとお猪口を挙げるような動作をし、真白が同意するように頷いた。
それに応えるように厳靖は手を挙げたのだった。
負傷者を下がらせつつ、アウレールは拡声器で自分のゴーレムに命令を下す。
「敵の動きが止まった。ありったけの火力を叩き込め」
獄炎の影が迫ったおかげで距離が詰まったが、こちらもそれなりに撃ちながら移動していた。
砲撃支援に必要な間合いは充分に確保されているのだ。
「連続装填だ!」
音を立てて装填機構が動く。
これにより短時間の間に連続して砲撃を放つ事ができるのだ。その分、命中精度は落ちるが、この距離で相手はあの大きさだ。外しはしないだろう。
ロニのCAMがマテリアルによるビームを放った。
光線は一直線に飛び、獄炎の影に直撃すると、負のマテリアルで形成された身体に突き刺さる。
「やはり、魔法扱いになるか」
ビーム攻撃の弾数は、スキルと装備も合わせて多くはない。
その分、威力は充分にある攻撃のはずなのだが、先程から、撃つたびに威力が下がっている気がするのだ。
だが、無意味という訳ではない。確かにダメージは与えているはずなのだから。それに、機体はまだ無傷だ。
「撃ちきったら盾にでもなりますか」
その場合、CAMのような大きな存在は有用なはず。
ロニはそう思いながら、次のビームを撃った。
魔法攻撃は漸減されていく。近接武器は武器自体が傷つき、やがて使えなくなる。
だが、射撃攻撃に関しては、その能力を落とす事なく安定してダメージを積み重ねる事ができた。
ミオレスカはCAMを操作し、淡々と射撃を繰り返していた。
「妨害ができなくとも、コンスタントにダメージを与え続ければ意味はあるはずです」
猟撃士としての力を使って、獄炎の影の動きを妨害しようとしたが、効果は無かった。
それでも、絶え間なく撃ち続ける意味はある。
獄炎の影を討伐する事がハンター達に託された事。少しでも早く影を倒さなければ、天ノ都で奮戦を続ける仲間達に大きな負担を掛ける事になるのだから。
「嫌な予感がしますが……私に出来る事を、続けるだけです」
誰一人として、意味の無い動きなどない。
ミサイルを撃ち尽くした後、魔導アーマーから降りた狭霧は前線へと向かっていた。
「ファントムハンドが通じなくとも、銃が残っていますからね」
別のハンターがファントムハンドを試みた事は通信機を通じて知った。
負のマテリアル自体で形成されているのだ。抵抗力は相当高いだろう。
だからといって後ろでただ指をくわえている訳にはいかない。
「それに霊魔撃なら通じる」
これまでの戦いでハンター達が色々と試した意味はあった。
魔法攻撃でなければ、威力が漸減される事はない。霊魔撃はあくまでも魔法威力を上昇させた近接攻撃になる。
獄炎の影の攻略法は分かってきたのだ。後は、ひたすら、攻撃を加えるのみ。
ハンター達の猛攻が始まった。
●繋ぐ力を
(ここが勝負所ですかね)
歌いながら奏音が、心の中で呟いた。
戦場を飛び交う弾や矢、マテリアルの塊。ハンター達の攻勢は戦闘が開始されてから、今、頂点を迎えようとしていた。
奏音もワイバーンを巧みに操り、低空で唄による支援と獣機銃による攻撃を続けている。
「攻撃手段もそろそろ切れてきそうですし……」
既に前線では近接武器を使い切ったハンターや幕府軍の侍も居る。
射撃武器を持ち込んでいるかどうかという所だろう。ハンターの武器は精霊との親和している事もあり、きっと、非覚醒者の武器よりも保っているはずだ。
その時、後方からの騒ぎに奏音は振り返った。
「あれは……幕府軍ですか」
「そうみてぇだな」
救助活動を続けていた厳靖が奏音に言葉に応えた。
「本陣が動いたって事は、将軍様は勝負所だと判断したって事だろうな」
あるいは……と厳靖は考えを巡らす。
天ノ都で結界を維持しているスメラギの限界が近付いているという可能性もある。
あちらも、かなりの激戦になっているはずだ。
獄炎の影との戦闘が長引けば、それだけ、スメラギに負担が掛かる。 「それじゃ、俺はもう一仕事するか」
厳靖には分かっていた。敵に核らしきものが無い以上、自分の役割は敵に突貫する事ではないと。
これからの東方を支える若者達を一人でも多く救う事なのだと。
ユリアンがグリフォンの脚を蹴って高く跳躍すると、身体を捻じりながら、精霊刀を振るった。
「何処か必ず綻びがある筈…っ」
漆黒の身体の中に核のようなものは見られない。
だが、攻撃を続けるうちに、負のマテリアルの肉質に感じた事があった。
それは生物のような肉ではない事。
「まるで岩のような……だったら、楔となる一撃が入れば」
しかし、それを実行する頃まで精霊刀はもたないだろう。
一回転して見事な直地と同時にユリアンは刀を突きあげた。
「ラファル!」
その言葉に反応し、彼のグリフォンが急降下してその勢いで攻撃。合わすようにユリアンは刀を突き出した。
何かが削れた感触。同時に踏み下ろされる獄炎の影の脚。直撃は免れたが、その衝撃でユリアンは吹き飛ばされる。
「無茶しますね」
彼の身体を受け止めたのは正秋だった。
「若緑、ユリアン殿を回復です」
全身甲冑に身を包み、弓を構えながら真白が告げる。
回復はリーリーに任せ、自身が盾になるように立った。
「あの箇所を起点にできれば……」
真白の目にも獄炎の影にできた傷は見えていた。
改めて、確認すれば、敵の身体には、ハンター達が傷つけた深い溝が幾つもみえる。
弓矢で狙うが、敵が微動するだけでも狙って直撃させるのは困難だ。
それに、敵もこちらの狙いは分かっているだろう。誰かが敵の意識を逸らさないと……。
アウレールの背筋を何かが駆け巡る。
それが、何か判断するよりも早く、彼は砲撃を中止させ、ゴーレムを急旋回させた。
直後、その場に負のマテリアルの塊が落下する。
「遠距離攻撃も可能なのか」
避けられたのは偶然だ。
あるいは、数多の戦場を生き残ってきた戦士の勘なのだろうか。
「ふん……悪くは無い。各自、敵の遠距離攻撃に気を付けろ」
これまで敵は遠距離攻撃を放ってこなかった。
だが、足止めされてから撃ってきたという事は、こちらの攻撃が効いているからだろう。
「こちらは、まずいかな」
ウィーダが弓を構えながら呟いた。
自分一人であれば、問題無かっただろう。だが、前衛で戦っているハンターのゴーレムを見ながらだとそうはいかない。
細かい命令には、やはり、所有者が居ないと難しいという事だろう。
かといって、ここで見捨てる訳にもいかないし、攻撃を継続させたい所でもある。
その一瞬の迷いを突いてか、負のマテリアルが飛翔した。
「させませんよ!」
庇いに入ったのは、ロニのCAMだった。
フライトシールドを展開し、空中から一気に距離を詰めて割って入ったのだ。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「こちらの武装は使い切りました。ならば盾ぐらいにはなりますよ」
降り注ぐ負のマテリアルの塊。
どうやら、獄炎の影は足を止められた事で、より一層の怒りを放出しているようだ。
「……せめて、死なないでよね。目覚めが悪くなるから」
アーマーが弾け、膝を付くCAMを視界に入れながら、それでも矢を番えるウィーダ。
ゴーレムの砲撃も続けている。まだ、攻撃は止められない。
「無茶し過ぎです!」
ミオレスカがスラスターを全開にする。
少しでも機体を軽くする為、ライフルを外し、全速力でロニの機体に並ぶ。
銃での攻撃を継続する事もできだろう。しかし、ミオレスカは仲間を守る方を選択した。
「アルトさんのゴーレムの方が、私よりも攻撃力が高いはずです」 ならば、自分が盾になり、少しでも時間が稼げればいいのだ。
「集結だ。その方が各個に撃破される可能性が少なくなるはずだ」
後衛の面々にアウレールは呼び掛けた。最後まで攻撃を止める訳にはいかない。前衛で戦っている者達の為にも。
「わふ! そのままガンガン撃つです! お友達も守るですー!」
通信機を通じてアルマはゴーレムに命令すると、自身は機導浄化を試みる。
ゴーレムまで戻ろうと思ったが、幕府軍の兵達もいるので、その方が有効と判断した。
操り人形のようなマテリアルの幻光が辺りを包み込む。
「助かります、アルマさん」
雷が拳銃を放ちつつ、獄炎との距離を詰めた。
仲間達の狙いは分かっている。獄炎の影の表面に深く傷ついた箇所を更に抉るのだ。
その為には、こちらの本命を敵に悟られないように、複数個所、攻撃し、意識を逸らせないといけない。
「行きます!」
拳銃を投げ捨てると雷は脚に力を込めた。
格闘用のレガースにマテリアルが集束。魔法威力を近接攻撃に転化する霊闘士の力だ。
しかし、獄炎の影の脚が関節を無視した動きをして雷へと襲い掛かる。
「雷さん!」
咄嗟に盾になったのはアルマだった。
相当な衝撃。だが、アルマの防御力はCAMにも匹敵する。彼が衝撃で爆散しなかったのは、その為だ。
アルマは義手で拳を作り、掲げる。叩き込んでくださいー! って事だろう。
「タアァァァ!」
雷は文字通り、強烈な蹴りを獄炎の影の表層へと蹴り込んだ。
獄炎の影が大きく咆哮する。
怒りが頂点に達したのだろう。足止めされ、攻撃を続けられれば怒らない方が可笑しい。
「最後は総力戦だなァ」
「全員で、生きて帰るヨ!」
シガレットとパトリシアの二人は回復支援に徹していた。
ここまでの戦闘で攻撃を継続できる前衛は限られてきた。戦闘を継続できるように回復させ、負傷者は待避させる。
魔杖の先端をシガレットは獄炎の影に向けた。
「テメェの執念と俺たちのどちらが強いかハッキリさせてやる!」
人間一人ひとりは強大な歪虚と比べれば、その差は歴然だ。
けれども、人間は、その力を合わせる事ができる。
攻撃に専念する者。それを援護する者、助ける者。
それができるからこそ、人はここまで歪虚との戦いに勝ってきたのだ。
「みんなを守るんダヨ!」
パトリシアが護法籠手を突き出す。
そこから発せられる幾枚もの符が結界を構築した。
戦場は正しく死闘の状況となってきた。
獄炎の影の強力な攻撃により、ハンターや幕府軍の損害も大きくなるが、敵も苦しいはず。
悠は決意した。必殺の一撃を入れる為、絶好の機会を繋いでいく起点となる事を。
「甘い!」
唸るように過ぎて言った前脚を避けながらCAMを潜らせる。
そして、試作錬機剣を構えた。特殊兵装から形成されるマテリアルの刃は魔法攻撃扱いにならない。
十分な攻撃力を突き刺す事ができるはずだ。
悠の機体を塞ぐかのように別の脚が踏み下ろされる――のを、颯の魔導アーマーが割って入った。
「最後のドリルです!」
これ以上は武器が持たない。それでも颯は魔導アーマーを操作してドリルを突き上げた。
そこに踏み下ろされる脚。思わぬ反撃に踏み下ろす勢いが弱まり、その隙間を抜ける颯と悠。
「いっけぇぇぇぇです!!」
「くたばりやがれ……このクソ狐」
マテリアルの刃が、別のハンターが抉った箇所を更に深く貫いた。
確かな手応えを感じた直後、怒り狂った獄炎の影が巨大な体躯でぶつかり、二人を吹き飛ばした。
「あの場所を狙うでござるな!」
最後の武器に持ち替えてミィリアが叫ぶ。
足を一歩踏み込むだけで、警戒しているのか、獄炎の影が猛烈な炎のブレスを吹きかけてきた。
外套に隠れるようにし耐えるミィリア。既に全身がボロボロだ。
「後、もう一押しだと思うのだけど」
ミィリアの背後に控えていたシェルミアが飛び出すと、銃撃を放つ。
冷気を纏った弾丸は、僅かに傷口を避けた。
「簡単にはやらせてくれないでござる!」
「そうね。でも、やれない事はないはず。同時に……矢嗚文さんのように二つ以上、同時に動ければ」
如何に強力な歪虚でも一度に可能な行動は限られる。
一人の人間で二つ以上の行動を起こす事は困難だ。しかし、複数の人間で複数以上の行動を起こす事は出来る。
そして、それこそが、人が得た力の一つでもあるはずだ。
「連携を確りもてば……地と空で同時に!」
「分かったでござるよ!」
シェルミアの言葉にミィリアが通信機を壊れるのじゃないかという勢いで握った。
連絡を受けた歩夢のワイバーンが急降下、地面スレスレで飛ぶと獄炎の影に突貫する。
「核は無い……いわば、全体が核そのものだろう」
ならば、楔を入れ込めば、崩壊できる可能性もある。
その一撃を入れる為には敵の意識を逸らせられればいい。
無理はしないつもりだった。だが、思った以上に獄炎の影は強い反応を示した。
(裏を返せば、極めて有効という事だろう)
尻尾を模した影の一つがワイバーンに迫る。9つあるそれは、これから、邪魔になるだろう。
幾度か旋回した所で、歩夢は叩き落された。地上スレスレを飛んでいたので、即死するような落下ダメージにはなっていなかったし、ワイバーンは急上昇して尾から逃れられる。
「ッチ!」
尾の影の一つが歩夢に振り下ろされる。
それを香墨が食い止めた。
「しぬのはこわい。けど。やらなきゃ」
自在に動く尾の影は脅威そのものだ。敵は足を止めた以上、尾の影だって前まで振り回せる。
ならば、ここで食い止めなければいけない。
「まだ、たおれない!」
幾度か尾の攻撃を受け止め、香墨は力尽きた。
大地につく膝。十分な時間は稼げただろうか。
「……ごめん、澪。木蘭。ここまでみたい」
静かに告げた次の瞬間、尾が弾け飛んだ。
「待避するぞ! なんでもいいから掴まれ!」
カズマの機体だった。尾の影が危険と判断し、フライトシールドを展開して回ってきたのだ。
絶妙なタイミングだったといえよう。
歩夢と香墨の二人を慎重にCAMの手で掴むと、カズマは機体を全速で後退させる。
注意深く獄炎の影をモニターを通じて観察する。追撃は無いようだ。
(こんな廃品回収じみた真似をするメリットは何だ?)
勿論、助け出した二人のハンターの事ではない。獄炎の影の事だ。
術式で負のマテリアルを集めて憤怒王を復活させるのが目的であれば、やり方が回りくどいし、何より、蓬生と狐卯猾の姿が見えないのが解せない。
(この事象は……偶然の産物なのか……なら、敵の本当の狙いは……?)
締め付けられるような妙な緊張感をカズマは感じていた。
尾の動きが止まった。好機は今しかないだろう。
ニャンゴは魔剣に持ち替え、グリフォンを急降下させると、一気に加速させた。
最高速度からのチャージング。それを獄炎の影の頭部へ叩き込む為に。
「そのタイミングを計っていました」
十分な速さが出ているが、一直線に降下する機動は敵から見れば分かりやすかった。
身体を僅かに持ち上げ、前脚で叩き落そうとする。
この高さから地面に叩き落されれば無事では済まないだろう。
(私のような塵虫風情が気負ったところでどうなる相手でもないのは百も承知……ですが、ですが。それでも、ここは退いてはいけない戦なのです!)
その強い想いを感じたのか、あるいは、“そうした方が良い”と判断したのか、蜜鈴がワイバーンと共に、影の前脚に体当たりする。
「ここを凌げれば勝機も見えようて!」
それで僅かに前脚の機動がズレた。
ほんのちょっとだったかもしれない。しかし、それが、紙一重となって、獄炎の影の前脚がニャンゴをて掠め過ぎる。
「後は任せたのじゃ」
ぐるんぐるんと視界が回りながら、獄炎の影の身体を滑り落ちる蜜鈴。
それを体勢を整えたワイバーンがギリギリの所で掴まえた。
一方、強烈な一撃を頭部に叩き込んだニャンゴも無事では無かった。振り払うような頭部の動きについていけず、ニャンゴは投げ出される。
「私はこれで塵虫以下になるのですね」
「そんな無価値な人ではありませんよ、貴女は」
そう言って墜落するニャンゴを空中で救ったのはUiscaのワイバーンだった。
返す形で追撃を仕掛けてきた前脚をワイバーンは急旋回して避けると、反撃とばかりに、Uiscaはマテリアルを込めた練金杖で叩き込む。
「見届けて下さい。貴女が、私達が繋いだ、勝利へのバトンを!」
眼下に頼もしい仲間達の姿が映った。
ここまでこれば、小細工は要らない。
「グレン、また無茶させちまうが頼りにさせてもらうぜ!」
幻獣に跨り、先頭を走るのはヴァイスだ。
蒼き炎を纏った槍を突き出しながら駆ける。それを仲間が作った傷穴へと叩き込む――という訳では無かった。
まだ、もう一本、前脚が残っている。それが、ヴァイスの狙いだった。
彼を狙った前脚にヴァイスは槍を突き出しながら突進する。
「勝てるぞ!」
衝突の勢いは歴戦のハンターを吹き飛ばすが、前脚にも十分なダメージを与えた。
動きが鈍る前脚。それに合わせ、アルトとリューリが迫る。
9つの尾の影と両脚と頭を、仲間のハンター達が命懸けで止めた。
後は仲間が抉って作った傷穴に楔となる一撃を撃ち込めばいい。
駆ける二人をこれ以上近づけさせないかのように、炎の舌のような影が頭上から襲い掛かってきた。
「そりゃ、舌だってあったかな。アルトちゃん、先に行って!」
拳で叩き返そうとしたが、威力負けした。
体が飛んだがイェジドが受け止めてくれた。優しい毛並みに包まれる。
「レイノ!」
相棒の瞳が真っ直ぐにリューリを見つめる。
彼女は直感的に理解した。アルトが攻撃を繰り出す隙を狙って攻撃してくる所を庇うのだと。
「手伝いますよ」
そう言って現れたのはノノトトだった。
誰が盾になるかとか事を考えている時間は無い。リューリとノノトトの二人は頷くと走り出す。
無事では済まないかもしれない。だけど、ここで体を張らないでどうするというのか。
そして、ノノトトは思う――大事な人の存在を。
(ここで影を止められないと、めいちゃんがケガどころじゃすまなくなる……)
強力な結界陣を展開しているスメラギを支援する為に、大切な人が天ノ都で戦っている。
万が一にも獄炎の影が天ノ都へと到着すれば、どうなるか、容易に想像できた。
(だから、ここで!)
アルトが踏み込んだ直後、舌の影が遠心力を付け、ゴォーと不気味な音と共に振るわれる。
それをノノトトとリューリ、そして、イェジドが受け止めた。
数えきれない程の戦場を戦い抜いた。
多くの友を得た。大きな力も手にした。それでも、足らない事もあった。
まだ辿り着けないと、ただ見上げる事も……。
「……」
アルトが発した言葉は、戦場に響く怒号や爆発音で誰にも聞こえなかった。
必中必殺の一撃を繰り出す為、彼女は意識を高める。
仲間達がここまでバトンを渡してきた。最後の最後、それを託された以上、ミスは許されない。
戦線も維持できる限界を越えようとしていた。それでも、アルトに気負いは無かった。しくじれば国一つが滅びるかもしれないというのに。
「行くぞ!」
気合の掛け声と共に残像を伴い、アルトは獄炎の影の身体を抉るように作られた傷穴に刀を深々と突き刺した――。
何かが割れるような音が響き崩れ出す獄炎の影。好機とみた後衛の面々が最後の力を振り絞って砲撃を放つ。
次々と直撃する砲撃により、獄炎の影は衝撃に耐えきれず、崩壊が始まった。負のマテリアルの巨大な影の塊は、ボロボロと砕けるように消えていく。
それは、人が人の持つ力で、勝利を得た瞬間でもあった。
整然と並んだCAMや魔導アーマー、刻令ゴーレム。
これらは獄炎を討伐した【東征】では戦場に投入されなかった。その時、ハンター達はまだ、その力を手にしていなかったからだ。
だが、今は違う。生身の人間では扱えない高性能な武器を装備できるのだから。
「さあ、ご退場願いましょうか!」
勇ましく言ったのは、狭霧 雷(ka5296)だった。
魔導アーマー『プラヴァー』を操り、どんよりと重い曇り空にミサイルを向ける。
試作型対VOIDミサイル『ブリスクラ』。それがこのミサイルの名前だ。リアルブルーで作成されたこの新型ミサイルは、生身では到底、攻撃できない長距離を飛ばす事ができる。
同様のミサイルを構えているCAMはロニ・カルディス(ka0551)が操縦する清廉号。
モニターに映し出され、望遠されている標的に照準を合わせた。獄炎の影というだけあって、その体躯は漆黒そのもので不気味に映る。
「カウントを始める!」
一斉攻撃の為、ロニは通信機を通じて仲間達に知らせた。
長距離攻撃は極めて有効な手段だろう。だが、その威力も絶大で、生身の人間が巻き込まれれば大惨事だ。
もっとも、ハンター達が絶対的に有利という事でもない。後衛を志願したハンター達の中で、武器の有効射程の調整が行われていなかった。その為、後衛でも超長距離射撃組と遠距離組と分かれた。それが、この戦いでどのような結末を迎えるかは……まだ、誰も分からない。
標的までの射撃計算の微調整を続けるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)は真剣な眼差しで刻令ゴーレムのコントロールパネルを叩いていた。帝国出身の彼が、今回乗ってきたのはブラオラント魔導発動機製造社が王国より輸入した砲戦仕様のゴーレムの内の一体。
遠距離攻撃で、的確に、尚且つ、効率的にダメージを叩き出すには簡単な事ではない。
高性能な誘導機能を備えたミサイルではなく、実にアナログではあるが、だからといって、ミサイルに劣っているという訳ではない。
「有効であると、見せてみろ」
ゴーレムに声を掛ける。
そうでなければ、東方が滅亡するかしないかという大一番に、持ち込んだりはしなかっただろう。
ミオレスカ(ka3496)が駆るCAMはミサイルではなく、ライフルを構えていた。
体内のマテリアルを集中する。猟撃士としての力を最大限に発揮して臨むからだ。
大地からも周囲からも負のマテリアルをヒシヒシと感じながら、ミオレスカは瞬きせずに操縦席のモニターの先を見つめる。
「龍脈が無くなったわけではありません。なにより、龍の加護を受けて生きている私達がいます」
獄炎を討伐する際、人類は大きな力を失った。黒龍と龍脈の力を。
だけど、その力を引き継いで、今、ハンター達は生きている。だから、そういう意味では黒龍も龍脈も無くなった訳ではないという彼女の主張は全くその通りだろう。
カウントゼロ。ミオレスカは決意と共に銃弾を放った。
ミサイルや銃弾が頭上を飛んでいく。
圧倒的な火力なはずだが……獄炎の影は動じた事がないようにも見えた。
ウィーダ・セリューザ(ka6076)は構えた弓に矢を番える。
「しつこい男は嫌われるよ、覚えておくといい」
獄炎はハンターに一度敗れている。蘇ってくるほどの執念だとすれば、しつこい以外何者でもないだろう。
「……雌だったらごめん」
ふと、そんな事を呟きながらもマテリアルを込めた矢を放つ。
弓で狙うには驚くほどの距離だが、矢はマテリアルの放物線を描きながら空を駆けた。
それで、彼女の仕事は終了ではない。仲間のゴーレムの調子を横目でチラリと確認する。今の所は命令通り、動いているようだ。
再び、矢が飛翔する。それは、ヴァイス(ka0364)が放った矢だった。同行している深紅のイェジドが小さく唸る。
蒼き炎のようなオーラに包まれた矢が深く、影へと突き刺さる。
「……魔法攻撃は威力が漸減すると聞いたが」
遠めなので効き目具合は分からないが、魔法的な力を宿した攻撃は弱まっているように見えない。
ソウルエッジは魔法スキルではある。だが、その攻撃を魔法として扱うかどうかは術者に決定権がある。
「攻撃が通じるなら、それでいいんだが……」
もし、矢ではなく、近接武器にソウルエッジを使用したらどうなるのか。
獄炎の影に近接武器で攻撃すると武器が痛んで使えなくなるというが、魔法的な力で包んだとすれば何か変わるのだろうか。
近寄られたら、試してみる価値はあるはあるかもしれないと彼は思いながら、次の矢を取った。
二人のハンターにマテリアルの力が広がっていく。龍崎・カズマ(ka0178)が乗るCAMが放出したイニシャライズオーバーだ。
「奴らの目的は、新たな『王』を立てることかもしれねえぞ」
それほどまでに恐ろしい程の負のマテリアルを影から感じる。それも、精神汚染を含んだものだ。
通信、装備、情報を意識的に集め、カズマは全体の戦況把握と敵の分析に余念がない。
「幕府軍はそういう布陣か……」
両翼に展開しているようだ。踏み倒され、飲み込まれないようにとの事だろう。
上手く連携を取っていければいいが、そこは立花院 紫草(kz0126)の事。必要な情報さえ届けば、きっと、上手くやってくれるはずだ。
●憤怒再来
眼前の巨大な歪虚は、獄炎の形をしているが、獄炎とは別物だろう。かといって、獄炎と全く別物とも言い切れない。
忌々しい想いを胸に抱きながら、濡羽 香墨(ka6760)はユグディラの木蘭と共に最前列に居た。
「――あの狐。いらいらする。けど。やることはやる。“約束”だから」
ドスッと鈍い音を立てて、香墨は斧槍を地面に突き立てる。
その先端からマテリアルの光が周囲に広がっていく。味方に『正義執行』のステータスを付与するスキルだ。
戦う際に重要な攻守と心を高める、正義の光は、獄炎の影に苛立つ香墨の心情と共に広がっていく。
「木蘭。いっしょにがんばろう」
ユグディラが返事のつもりだろうか、短く鳴いた。
地獄で苦しむ死者が生者に吐いた呪いの言葉のような、そんな不気味な音を立てて、影が動く。
間近でそれを見つめながら、パトリシア=K=ポラリス(ka5996)が可愛い大きな目を更に見開いていた。
「ふぉぉぉお! おっきなキツネさんなんダヨー!」 狐の形をしている影絵がそのまま出てきたようなものだ。パトリシアは興奮のあまり、連れてきたリーリーの首を引っ掴んだ。 影から強烈な負のマテリアルをヒシヒシと感じる。
「……陰と陽。影と光。きっと、消える事ハないだろし、その必要もないとパティは思うのダケド……」
迫る存在にギターの先を向けて、パトリシアは宣言した。
「デモ、ごめんダヨ。こっちハ、お友達の故郷。此処を譲る事ハ、できないんダヨ!」
そんなパトリシアの決意と共に、ハンター達を包み込む幾枚もの符。
シェルミア・クリスティア(ka0502)が行使している結界陣だ。
「危険は承知だけど、先ずは接近しないと何も対応出来ないし」
ハンター達や幕府軍の後ろには障害物は無い。そのまま、天ノ都だ。
それに、紫草の事だ。万が一、ハンター達が抜けられるような事があれば、幕府軍の損害を無視してでも割って入ってくるだろう。
「負けられない。ここまで繋いで来たのだから」
しなやかな手先の動きで、新しい符を準備した。
東方は今、様々な問題を抱えており、やらなければいけない事は他にも沢山ある。
「その怨念ごと、もう一度祓い飛ばして、滅してあげる」
だから、今、ここで獄炎の影は討ち取らなければならないだろう。
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の二人が並ぶ。
脇には深紫色の毛色をしたイェジドが大人しくしており、その頭をアルトは優しく撫でた。
「どうしたの?」
思わず尋ねるリューリ。
アルトは今回、自身のイェジドを連れてきていない。彼女のゴーレムは後方だ。
「……なんとなく、かな」
「分かるよ。そういう時、ある。みんなの前で歌うって、ちょっと恥ずかしいよね」
「いや、そうじゃなくて」
何度も頷きつつ人差し指を立てて言った親友の言葉にアルトは苦笑を浮かべた。
散々、刀を振り回し、敵を切り伏せ、数多の戦場を渡って来た。今更、恥ずかしいなどと……。
リューリはガシっとアルトの両手を握った。
「大丈夫! アルトちゃん美声だから!」
「何か、ハードル上げてない!?」
大丈夫ともう一度、リューリは笑顔で言うと、いよいよ、目の前に迫ってきた憤怒の影に向かって、巨大な斧を向けた。
「本物じゃないけど、また出てこないように、ぐーぱんちするよ!」
そんな宣言に合わせ、イェジドが大きく吠えた。
吹き荒れる負のマテリアルが一段と強くなってきた。
人の意識を怒りだけに染める、精神汚染を含んだ負のマテリアルだ。
「灰は灰に。塵は塵に。土は土に……獄炎の残りカス。貴様もすぐに還してやろう」
柄に鈴がついた刀を抜くと、舞いながら鈴を奏でる。
それはアルトのマテリアルと同調し、鈴の音色が戦場に響いた。
奏唱士としての力を行使する。その歌はマテリアルを活性化させ、精神汚染に対する抵抗力を高めるのだ。
唄を聞いて緩やかに揺れるユキウサギを温かい目でみつめながら、ノノトト(ka0553)は天ノ都の方に振り返る。
僅かに龍尾城の天守閣が見えた。
(朝廷と幕府とか……よくわかんないけど……二人とも良い人だった)
記憶に蘇るのは国の事に苦悩する東方の帝と、儚く涙を流した詩天の姫。二人とも高い位の人物でありながら、ハンター達を信じ、気持ちを伝えてきた。この二人が進む道が、この先どうなるか、それは誰にも分からない。だが、一つ、確かな事は言える。
(これから作る国が壊されるなんて見てられない。仙秋だって、止めてみせたんだ……相手がなんだって、止めてやるんだ)
丸々とした目で迫る憤怒の影を睨んだ。
戦端が開かれた。
後ろに配置したゴーレムや仲間の攻撃に合わせ、前衛の面々もそれぞれが攻撃する。
その中で、一際、強大なマテリアルを放っているアルマ・A・エインズワース(ka4901)。
「わふ!」
何か、意識が引っ掛かる。
そして、それが何か、アルマは直感的に理解した。
「紫草さん、見ててくれてるです。僕、お役に立つですー!」
本陣は遥か後方だ。それでも、ハンター達に期待し、主力として、紫草は見てくれている。
応えない訳にはいかない。なにより、目の前の獄炎の影に、一昔前の事を思い出す。
あの頃は隊長の後ろで撃ってるだけだった。だが、今は違う。絶大なる力へと至り、まだその途上なのだから。
八劒 颯(ka1804)が機導浄化デバイスを用いた浄化術を行使した。
憤怒の影は、負のマテリアルが集束して形成されている。浄化術の根っこが作用する可能性に賭けたのだが……。
「仮に効かなくとも、バステ対策と言う使い道もありますし」
効果の程を確認しながら、颯は呟くと、魔導アーマーを操縦し直す。
結論から言うと、浄化術は狙った効果を発しなかった。『機導浄化術・白虹』はあくまでも、環境に対するマテリアル汚染を浄化する結界を発生させるだけだからだ。
しかし、通じない事も予想していた。後はドリルで側面から削ぎ落していけばいいだけの事。
「はやてにおまかせですの!」
そう言って、颯は魔導アーマーと共に突貫した。
鹿東 悠(ka0725)が駆るR7エクスシアも攻撃に加わる。
「いやはや、また厄介なモノが起きてきましたね」
年が明けて早々の事だ。東方各地で憤怒残党歪虚が出現した。
まさか、それがこの様な状態になるとは誰一人として思わなかっただろう。憤怒王獄炎の復活ともいえる事態だ。
「さっさと地獄にお引き取り願いましょうか」
積極的にスラスターを多用し、立体的、多角的な機動で、敵の足元を巡る。
核のような存在は確認できないようだ……足と足の間から胴体を見上げるが、漆黒の身体はどこも変わった様子が見られない。その時、突如として、強力な炎が敵の全身から放たれた。マテリアルカーテンで仲間も包みながら耐える悠。
美しいゴールデンイエローの毛並みを持つイェジドと共にミィリア(ka2689)は、猛烈な炎を吹き払った。
「辛気臭い負の波動ばっしばしな死にぞこないには、反対のポジティブ頑張るぞパワーで対抗でござる!」
気合の言葉を口にしながら、斬魔刀を突き出した。
ぐさりと憤怒の影の身体に突き刺さるが、不快な手応えを感じる。
しかし、ミィリアは気にしない。今回の為に、弁慶の如く、幾本もの武器を持ち込んできたからだ。
「ここから先には通さないでござるよ! って、ずるいぃ!」
敵を足止めするつもりだったのだが、ミィリアとイェジドに気にした様子なく、憤怒の影が足を前に進めたのだ。
頭上を巨大な足が進んだ。
「どういう事だァ」
その様子をワイバーンに乗っているガレット=ウナギパイ(ka2884)が呟く。
ハンター達やその相棒の合間を抜けるように、獄炎の影が前に進んだからだ。
憤怒の影は4つ足の獣姿だが、手足などの関節を無視した動きの1つや2つはするだろうと思っていた。
しかし、余程、可笑しいという動きをした訳ではない。まるで、普通に歩いているように見えたのだ。
「おっとォ」
ぶおんと憤怒の影の前脚が唸る。それだけで途方もない範囲攻撃だ。直接当たれば致命傷だし、通過しただけで衝撃波が発生する。
旋回してなんとか避ける。その開いた空間にズイッと頭を捻じ込ませてくる憤怒の影。
前衛のハンター達の戦いを、歩夢(ka5975)がワイバーンに騎乗して、より高い所で観察していた。
攻撃に集中するより、情報を収集し、仲間に伝えようと思ったからだ。そして、それは別の意味で役に立った。
「死して、尚、この地を欲するかよ、このバケモン」
あっさりと前衛が抜かれ、獄炎の影は天ノ都の方角へと進む。
足止めが無効だった訳ではない。占有する空間があれば、それ以上、先に進めないはずなのだから。
だが、それは、原則に過ぎない。今回の場合、敵のサイズが大きすぎるのだ。その為、獄炎の影の足は、ハンターやユニットの上を越えていった。
「不味いな……」
すぐにトランシーバーで仲間達に連絡を入れる。
歩幅が大きいという事は……もう一つ、大きな脅威があるからだ。
●死闘の予感
「前衛に行って、徒歩の連中を拾ってくるか! フォロー頼むぜ、ユリアン!」
魔導バイクで馬車を牽く劉 厳靖(ka4574)が通信機でユリアン(ka1664)に叫ぶ。
事態は一刻を争う。歩夢からの連絡に厳靖は躊躇なく行動を起こした。
歩幅が大きく、地上の壁だけでは止められない。それだけではなく、歩幅が大きいというのは、進む距離も稼げる事を意味する。
例えば、蟻は足の動きが早いだろう。だが、人間が進む一歩と比べれば、その距離は歴然だ。
(拾ってきた所で、どう止めるか)
厳靖は心の中で思った。とりあえずは、置いてけぼりを受ける可能性がある仲間を拾って、改めて、足止めを試みなくてはいけない。
「ユグディラや足に自信の無い人は、厳靖さんが迎えに行きます」
グリフォンに乗りつつ、双眼鏡を覗き込みながら、ユリアンは通信機で前衛に呼び掛けた。
本来であれば、敵の動きを観察しているのだが、今は仲間の動きを見て、それを厳靖に伝えなくてはならない。
その間にも獄炎の影は、前衛のフォローに入った幕府軍を一掃しながら進む足を止めない。
圧倒的な破壊力。そして、その存在感にユリアンは秘宝の事を思い出す。
(エファトリカ・ボードは一度歪虚の手に渡って、手を加えられたのか……五芒星の頂点にハンターが向かう様に)
何らかの術式を解除できれば状況は変わるかもしれないが、その方法は分からない。
今は憤怒の影を倒すしかないだろう。
前衛に比較的近い位置にに居た夜桜 奏音(ka5754)はワイバーンと共に空中からの攻撃を仕掛けて続けていた。
「影になってまで出るとは嫌に執念深いですね」
ワイバーンの移動力でなんとかついていけるかいけないかという速度で憤怒の影は進んでいる。
地上では遅れ出した者、魔導バイクや幻獣に乗って追い縋る者と見える。
「敵に弱点らしいものは今の所確認できませんね」
見えるのは、追い掛けるハンター達の行く手を阻むように邪魔する蛇の形をした尻尾の影。
地上を進むハンター達が簡単に追いつけないのは、獄炎の影だけではなく、そうした移動の障害があるからだ。
なんとかしなければと思う。遊撃の役割を持ったハンター達が今こそ時間を稼ぐ時だろう。
仲間の攻撃に合わせ、グリフォンに騎乗するニャンゴ・ニャンゴ(ka1590)が憤怒の影に接近する。
そして、強烈な鞭の一撃を入れる。時には、グリフォンの鉤爪で抉る。
「しょせんは、羽虫程度という事ですか……いえ、羽虫に失礼ですね」
憤怒の影は全くと言って良い程、その攻撃を気にしていないようだった。
いつものネガティブな呟くを残しつつ、ニャンゴはそれでも攻撃の手を緩めない。
無敵という存在ではあるまい。必ず、どこかでチャンスがあるはずだ。
「やっと認識してくれましたか」
顔の前を飛んで、ようやく狙われた。
脚を振っただけで発生した衝撃波に揉まれながら、なんとか上昇するニャンゴと入れ替わるように蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)がワイバーンで接近を試みる。
「友の護りし地を汚すなれば、おんし等以上の憤怒を以てねじ伏せてやろうてのう?」
前衛を抜けた以上、そのまま進めば、後衛はひとたまりもない。
それに、文字通り肉壁と化し、損害が増える一方の幕府軍をこのままにしておく事はできない。
「……広がる枝葉、囲むは小さき世界、大地に跪き、己が手にした罪を識れ!」
突き出した銀霊剣より、マテリアルが放たれた。
移動力を阻害する強力な魔法だが……集中を加えたはずだが、強度は足りているようには見えなかった。
Uisca Amhran(ka0754)が蜜鈴の魔法攻撃の合間を縫って、ワイバーンを急降下させる。
一撃離脱か、あるいは、距離を取っての銃撃か、使い分けながら、憤怒の影の動きを注視していた。
「怒りには必ず理由があって、別の感情を元に生まれる感情……」
上空に向かって放たれた敵の炎を回転するような機動で回避。
「影だけの存在に、本体と同じだけの強い怒りを生み出せるとは思えません」
獄炎の残留思念に負のマテリアルが合わさって形成されているに過ぎない。
ならば、高位の歪虚のように、ハンターを倒す手段を考え、狡猾に戦うという事はできないはずだ。
単純に怒りだけで迫ってくるのであれば、いつか、その怒りは必ず尽きる――Uiscaはそのように感じながら攻撃を続けるのであった。
前衛が突破され、後衛は下がりながらも攻撃を続ける。
だが、獄炎の影の方が動きが早い。砲撃を中止して一気に距離を稼ぐ事もできるが、そうすると前衛との距離が開き、連携がより難しくなる。
「ここで食い止める。ウィーダはゴーレムを頼む」
弓から七支槍に持ち替えたヴァイスが告げると、イェジドを供に憤怒の影を迎えようとしていた。
空には先程からワイバーンやグリフォンに乗ったハンター達が戦いを続けているが、残念ながら、それだけでは憤怒の影の足は止まらない。
「逃げるようで嫌だけど、そうするよ」
弓での射撃を繰り返しつつ、ウィーダは他のゴーレムらと共に下がる事にした。
接近戦になれば遠距離攻撃の意味が無いからだ。
「色々と属性を試したけど、今の所、有効な属性は見つけられなかった事は伝えておくね」
「それだけでも助かる」
正面を見据えながらウィーダの言葉にヴァイスは答えた。
ウィーダは弱点となる属性や部位があるか探っていたのだ。
そして、それらを見つけられなかった。あるいは、そもそも、存在していなかったかもしれない。
「意味は充分にある。弱点が無ければ小細工無用で攻撃を繰り出すだけの事だからな」
カズマはそう言いながら、CAMを操作し、盾を構えた。
彼の機体は遠距離仕様に調整しての出発だったが、今は足止めに回った方が良いと判断した。
「恥を知れよ獄炎。憤怒であるお前が暴食の真似事なんぞ、笑い話にもなりゃしねえ」
モニターに映る獄炎の影に向かって告げると、飛来する衝撃波をマテリアルカーテンで仲間ごと防ぐ。
五感を研ぎ澄ませて敵を見ていたが、核というものは存在しなそうだった。だが、代わりに分かった事もある。
「奴の足を止めるには、地上と空、両方で壁を作るしかない」
それなら、きっと、止められるはずだ。だから、カズマは残る事を選択した。
前衛が合流するまでの間、何かの足しにはなるだろうし。
(それに、足を止めたら、その次があるからな……)
前衛よりも一足早く、銀 真白(ka4128)が仁々木 正秋(kz0241)らと共に合流した。
「そう幾度もこの国に影を落とせると思わぬ事だ」
既に幕府軍は前衛が抜けた際のフォローでその大部分を蹴散らされていた。
正秋らと共に、遊撃隊として連携を重視していた真白は状況を把握し、真っ先にヴァイス達に合流できたのだ。
「改めて戦線を構築するまで、退くに退けませんね」
「無茶は禁物だ。正秋殿」
「それは真白殿も同じはずですよね」
互いに相手の顔ではなく、並んだまま、正面を見据えて言った。
ただ勝つだけではダメだ。戦って生き残らなければ意味がない事を、二人は知っているのだから。
●再構築
攻撃と移動を両立するのは困難である。
それを補う能力として移動しながら攻撃する技があるが、それとも万能ではない。限られた時間の中で繰り出せる技には限りがあるからだ。
しかし、その壁を越えられるクラスが一つ、存在する。
「戦線を再構築しているのか」
戦場の様子を確認しながら、紅き花弁の残像を残し、アルトが攻撃の手を緩める事無く、移動を続けていた。
疾影士にはマテリアルのオーラに包まれる事で、肉体を加速させる技があるのだ。それに、高速で移動する技、全速で駆け抜けながら攻撃する技を組み合わせ、アルトは前衛でただ一人、攻撃と移動を両立していた。
「まだアイデアルは使える!」
本来であれば使い切るつもりだったが、あっさりと抜かれたせいで、抵抗力を増す歌を唄うマテリアルは残っていた。
その援護が無ければ、獄炎の影が発する精神汚染に対抗するのが難しいのも居るはずだからだ。
アルトを筆頭に、再構築された戦線に次々と合流を果たす仲間達や幕府軍の生き残りらを空から確認し、蜜鈴は一発でも多くの魔法を撃ち込もうと機会を伺う。
強烈な負のマテリアルに意識が飲み込まれそうになるが、息を止め、拳を握って対抗する。
「天禄……あ奴は我等の敵……なればこそ、平静で在れ。怒りは隙を生むぞ」
ワイバーンに語り掛けながら、蜜鈴は冷気の嵐を起こす魔法を唱えた。
範囲攻撃である為、味方を巻き込む恐れもあるが、敵がこれだけ巨大なら、その心配もない。
なるべく、前衛と攻撃箇所は合わせておきたい所ではあるが、まだ戦線は再構築中だ。
「嫌な予感がするのぅ……何か来るのじゃ!」
獄炎の影は首を挙げて、周囲の空気を吸い込んでいるようにも見える。
刹那、構築しかけた戦線を薙ぎ払うように、猛烈な炎を前方に向かって吐き出した。
幾人もそれに焼かれる。非覚醒者である幕府軍の兵士はまともな姿さえ残らない。
「いけない!」
Uiscaがワイバーンに命じて、獄炎の影に突貫する。
今まで見せなかった攻撃を出してきたのは、それが障害だと感じたからだろう。
これ以上、立て続けに同じ攻撃を繰り出させる訳にはいかないのだ。
「これならどうですか!」
マテリアルが特別な錬金杖を包み込み、細身の聖剣のように収束した。
彼女の絶大なる魔法威力を打撃力に転化して放たれるその一撃は強烈だった。
獄炎の影がうざったそうに、前脚を振って、前方を飛び交うハンター達を叩き落とそうとする。
蜜鈴の魔法攻撃、Uiscaの魔法を転化した攻撃を見て、ニャンゴは思った。
いずれも、頭部を狙った攻撃ではあった。それに対し、獄炎の影の反応は弱点を庇うようには見えなかったからだ。
「頭部への攻撃は弱点にはなり得ないという事ですね」
獄炎としての特性が残っていればと思っていたが、特にそんな様子は無かった。
あるのは、怒りという残留思念だけなのだろう。ある意味、それは哀れではあるが、いや、きっと、自分の方が醜く哀れな存在なのだろうと思い直す。
「しかし、魔法による攻撃ではない魔法は有効のようですね」
仲間達の攻撃を観察している意味はあったようだ。
フォースクラッシュは魔法により威力を高めた「近接攻撃」。
魔法による攻撃は威力が漸減していくようだが、魔法の力を帯びた物理的な攻撃は、威力が減っているようには見えないし、武器へのダメージも入っていないようにも感じられる。
また、遠距離攻撃は問題なく通じている。それはマテリアルによる衝撃波も同様だった。
奏音はマテリアルの力を含んだ歌を唄っていた。
幾度か試したが、獄炎の影を威圧する事はできなかったので、今は、抵抗力を増す歌に切り替えている。
「良かった。アルトさんがカバーに入ってくれている」
ホッと一安心する。アイデアル・ソングは強力なスキルである半面。その効果範囲は限られているからだ。
一早く合流したアルトが奏音ではカバーしきれない所を補っていたのだ。
「憤怒の怒りに飲まれて突撃してしまっては陣形が乱れますからね」
獄炎の影が発する精神汚染に冒されると怒りで我を忘れてしまう。
その結果、作戦行動というものを無視してしまうのだ。おまけに殴るしか攻撃手段が無い場合、接敵を試みようとするのでさらにタチが悪い。
負のマテリアルの塊である獄炎の影に飲み込まれれば消滅してしまうかもしれないからだ。
致命傷を負った幕府軍の兵や侍をユリアンは保護、後方へと連れて行っていた。
身動きできない状態のままだと影に飲まれてしまう可能性があるからであり、彼の行動は思わぬ人物を助けた。
「済まないな。ちょっとやっちまったぜ」
「危なかったよ。正秋さんが心配していたから」
グリフォンの脚にぷらーんと掴まれていたのは瞬だった。正秋の友であり、戦闘が始まって早々、はぐれていたらしい。
戦闘不能だが、命に別状はなさそうだ。
「何本か持ってきた刀ももう使えないしな……」
空になった鞘を見つめる瞬。
いずれも獄炎の影の能力により、壊れたのだ。瞬はユリアンが腰に差していた精霊刀を見て言った。
「持ち手と親和性が高い武器程、壊れる早さが遅れた気がする。それなら、ある程度、やれるかもしれないな」
「それは貴重な情報だよ」
早速、ユリアンからハンター達にその情報が伝わった。
「やっぱり、そうだったんだ」
アルトから遅れて合流したリューリは武器を持ち替えた。
ハンター達の武器はただの武器とは違う。錬成工房で武具を鍛える事ができるのだ。時折、くず鉄へと化す可能性もあるが……。
ただ、その欠点を補って、武器との親和性が高ければ高い程、強力な威力を持つようになる。
「クロウさんの所で鍛えに鍛えた武器がある程、有利って事だね!」
そういう意味で言うと、ギガーアックスはよく保った方だろし、アルトはそうした高レベルに錬成強化した武器を幾本も持ち込んでいた。
ノノトトがユキウサギを心配していた。
魔導バイクは基本的に一人乗りだ。戦闘状態では危険な為、前衛に置いてきたのだ。
「その分はちゃんと戦うよ」
シールドを構えて獄炎の影の攻撃に耐える。
ファントムハンドで動きを止める事は出来なかった。獄炎の影は大きいサイズなので動かす事は出来ないが、それでも、足止めをしようとしていたのだ。
だが、強度が圧倒的に不足していた。負のマテリアルの塊だけあって、ハンター達の魔法に対する抵抗力は相当、高いようだ。
だからと言って、戦える手段が無くなった訳ではない。攻撃できる仲間を庇う事で、結果的に獄炎の影にダメージを与える続ける事ができるからだ。
「簡単に倒れないのは予想済みだ。なら『削り』倒す!」
悠はそういうと、CAMのハンドガンを操作。銃身を変形させロングバレルとした。
リアルブルー製の特別な兵装だ。これで強力な攻撃ができる。
ソウルトーチによる誘引が通じなかった以上、後はひらすら負のマテリアルを“削る”しかない。
「回復している様子には見えませんし」
負のマテリアルが供給され続けている訳ではないのだろう。
既に絶対的な量があって形成されているのであれば、削っていけば、いつかは倒せるはず。
五芒星の各頂点での戦いで、思った以上に負のマテリアルが集められなかったという可能性もある。
ゴリゴリゴリ! っと音を立てて魔導ドリルが獄炎の影を抉った。
颯が今こそドリル使いの本懐といわんばかりに回しまくっている。
「まだ、ドリルの予備はあるのです! ドリルラーンス!」
魔導アーマーの装備を切り替えた。
一応、ドリル以外にも装備はある。量産化された撃ち切り型の小型マテリアルライフルを積んできていたのだ。
「魔法攻撃は威力が減っていくようなので、もうドリルで貫くのです!」
周囲に負のマテリアルを放ち、それを怒りで同調させる事で、魔法攻撃の威力を減らしてくるのだ。
だから、それよりかは、ドリルが使えなくなる手前まで使って攻撃した方が良いと判断した。
もっとも、魔法が全く効かないという訳ではない、どちらが威力が高いかという事だ。
その証拠に、アルマの魔法攻撃はある程度、通じていた。
「僕、この影絵っぽい狐、嫌いです」
憮然とした表情でアルマは言った。
魔法攻撃は確かに通じた。しかし、それは使う度に威力が漸減していったのだ。
恐らく、獄炎の影の能力なのだろう。魔法に同調させる事で、威力を弱めてくるのだ。そして、その精度は、魔法を使えば使うだけ高くなっていく。
「もっと色々なスキルをセットできれば」
一つの魔法に合わせて漸減させてくるので、少なくとも攻撃魔法を幾つかセットしていれば、この状況も変わっていたかもしれない。
覚醒者としてのレベルが上がれば、解決できる事かもしれないが……。
アルマはゴーレムへ指示することに専念するとした。今、この局面を乗り越えなくてはならないのだから。
続々と前衛が合流してきた。獄炎の影を足止めできるまでもう少しだ。
シガレットが乗るワイバーンが地上スレスレに飛んだ。
「怪我人も多いし、精神をやられている奴も多いなァ」
積極的に攻撃に出るというよりかは、回復や支援活動を主として彼は戦場を飛んでいた。
空中を飛べるというのは、素早い移動という意味で大きいといえよう。支援が必要な場所へすぐに駆けつける事ができるのだから。
「幕府軍の損害が大きいようだが……本陣が動かないっつー事は、まだ想定内かよォ」
両翼に展開していた幕府軍がカバーに入っただが、本陣はハンターの後衛よりも後ろに構えてある。
指揮する将軍が動かない所を見ると、まだ、彼の想定している状況……とも言えるだろう。
それはつまり、勝利への道筋が保たれている他ならない。
ならば、彼に出来る事は、戦士達を支える事だけだ。
回復支援を受けてミィリアが予備の刀を抜いた。自身でも回復手段が無い訳ではない。
むしろ、多く用意してきたと言えよう。
「女子力は防御も貫通するでござる!」
筋肉から湧き出す女子力――という名のマテリアルを憤怒の影に叩き込む。
イェジドの俊足のおかげで、早々に合流してからもミィリアはひたすら最前線に留まっていたのだ。
その分、敵の攻撃に巻き込まれる事も多い。それを彼女は耐え忍ぶ。
「どんな憤怒でも、どんとこい!」
猛烈な炎が降り注ぐが、そんな中でもミィリアは叫んだ。
同時にミィリアの全身が女子力(多分)に満ち溢れ、傷が癒えた。
「地脈、いくんダヨー♪」
元気なパトリシアの声が響いた。
大地のマテリアルの流れを通わせる事で戦闘力を上げる事ができる符術だ。
空に舞った符の数も相当数に及ぶ。
「ここで戦線が動かないなら、いけるかな!」
フォトンカードを再装填しながらパトリシアは声を上げる。
術者を中心に動くスキルも無くもないが基本的に結界というものは一度発生させたら移動はできない。
先程は戦線があっと言う間に抜かれた為、結界を作成している場合ではなかったが、敵を足止めする事に成功すれば戦線が固定化される。そうなれば、強力な結界も意味を成す。
獄炎の影の攻撃を受けて地に伏せた幕府軍の侍を守るように香墨が続く攻撃を受け止めた。
割り込んででも被害は減らす。視界の中の存在を誰一人として死なせはしない。そんな強い決意と共に。
「ここから先は。通せない」
あと少しで獄炎の影の動きが止まりそうだ。
なんとか立ち上がろうとする侍の腕を引っ張り上げる。
「まだ。たおれちゃだめ。死んじゃだめ。こまる」
「と、当然だ……」
侍は折れた刀を杖替わりになんとか立ち上がった。
その時、再び獄炎の影から精神に影響を及ぼす負のマテリアルが放たれた。怒りに囚われるマテリアルだ。
だが、同時に空から符が降り注いだ。
「邪なるものよ、無に、帰れぇ!」
ワイバーンに乗った歩夢が急降下してきたのだ。
彼を中心に浄化結界が張られた。強力な結界であり、これも一度作り出すと動かせない。
だが、逆に言えば、結界を作ってしまえば、術者が次の場所に移動しても、効果時間の間、消えない。
再び上空へと駆け上ると、素早い動きで符を準備し直すとマテリアルを込めながら組み直す。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
魔法の威力は漸減されるが、使い始めはダメージが通らないという訳ではない。
一方、シェルミアの方は符術による攻撃魔法を諦め、拳銃を取り出していた。封印符も効かなかった以上、残された手段はそれしかなかったのもあるが。
彼女の魔法は既に漸減され過ぎて、もはや、銃撃の方がダメージが稼げる状態になっている。
(……あの五芒星術式……天ノ都に負念を落として、皆の憤怒を煽って相争わせようとした?)
戦闘の合間というのに、シェルミアはふとそんな事を思った。
もし、憤怒歪虚が獄炎を復活させようとしていたら、腑に落ちない事があるのだ。
(憤怒王の復活だとしたら、なんで、残りの憤怒残党は傍に居ないのかな)
それこそ、王の復活であれば、すぐ傍に寄ってきそうなものだが。あるいは、憤怒王とは思ったより嫌われているのだろうか。
●攻勢へと
戦線の再構築が成った。CAMや幻獣、ハンター達による地上班と、ワイバーンやグリフォンといった飛行班が立体的な壁を形成したのだ。
これにより、獄炎の影はその足を止めた。後は猛烈な火力を撃ち込み続けるだけだ。
「良いタイミングで間に合ったぜ」
厳靖が魔導バイクで馬車を牽きながら言う。
荷台には徒歩の者やユグディラ、ユキウサギだけではなく、途中、大怪我を負った幕府軍の兵も乗っていた。
「よし、戦える奴はここで降りるんだ。あっと、降りたらついでに、動けねぇ奴を乗せてくれな」
そう指示を出して厳靖自身は獄炎の影に視線を向けた。
これからが戦いの本番だ。そうなると、彼がやるべき事がもっと増えるだろう。
「厳靖殿!」
「おう、真白か。それに正秋も一緒のようだな」
真白と正秋の二人は両腕を負傷した兵や侍の肩に回していた。
空を飛んで戦況を確認していたユリアンからの連絡で戦場の中、ここに集結したのだ。
「負傷者の移送、感謝致します」
正秋が丁寧に頭を下げる。
「気にするな。俺にはこれぐらいしかできねーからな。それより、二人共、戻るんだろ?」
「はい。ミィリア殿も最前線で支えていると聞きました」
真剣な表情で真白は応える。
若い連中ばかり無茶しやがってと心の中で厳靖は呟いた。
魔導バイクのエンジンを激しく吹かすと真白と正秋の二人に呼び掛けた。
「俺が見るに、こっからが死線だ。気を付けろよ」
「勝ったら、一杯、いきましょう」
正秋がくいっとお猪口を挙げるような動作をし、真白が同意するように頷いた。
それに応えるように厳靖は手を挙げたのだった。
負傷者を下がらせつつ、アウレールは拡声器で自分のゴーレムに命令を下す。
「敵の動きが止まった。ありったけの火力を叩き込め」
獄炎の影が迫ったおかげで距離が詰まったが、こちらもそれなりに撃ちながら移動していた。
砲撃支援に必要な間合いは充分に確保されているのだ。
「連続装填だ!」
音を立てて装填機構が動く。
これにより短時間の間に連続して砲撃を放つ事ができるのだ。その分、命中精度は落ちるが、この距離で相手はあの大きさだ。外しはしないだろう。
ロニのCAMがマテリアルによるビームを放った。
光線は一直線に飛び、獄炎の影に直撃すると、負のマテリアルで形成された身体に突き刺さる。
「やはり、魔法扱いになるか」
ビーム攻撃の弾数は、スキルと装備も合わせて多くはない。
その分、威力は充分にある攻撃のはずなのだが、先程から、撃つたびに威力が下がっている気がするのだ。
だが、無意味という訳ではない。確かにダメージは与えているはずなのだから。それに、機体はまだ無傷だ。
「撃ちきったら盾にでもなりますか」
その場合、CAMのような大きな存在は有用なはず。
ロニはそう思いながら、次のビームを撃った。
魔法攻撃は漸減されていく。近接武器は武器自体が傷つき、やがて使えなくなる。
だが、射撃攻撃に関しては、その能力を落とす事なく安定してダメージを積み重ねる事ができた。
ミオレスカはCAMを操作し、淡々と射撃を繰り返していた。
「妨害ができなくとも、コンスタントにダメージを与え続ければ意味はあるはずです」
猟撃士としての力を使って、獄炎の影の動きを妨害しようとしたが、効果は無かった。
それでも、絶え間なく撃ち続ける意味はある。
獄炎の影を討伐する事がハンター達に託された事。少しでも早く影を倒さなければ、天ノ都で奮戦を続ける仲間達に大きな負担を掛ける事になるのだから。
「嫌な予感がしますが……私に出来る事を、続けるだけです」
誰一人として、意味の無い動きなどない。
ミサイルを撃ち尽くした後、魔導アーマーから降りた狭霧は前線へと向かっていた。
「ファントムハンドが通じなくとも、銃が残っていますからね」
別のハンターがファントムハンドを試みた事は通信機を通じて知った。
負のマテリアル自体で形成されているのだ。抵抗力は相当高いだろう。
だからといって後ろでただ指をくわえている訳にはいかない。
「それに霊魔撃なら通じる」
これまでの戦いでハンター達が色々と試した意味はあった。
魔法攻撃でなければ、威力が漸減される事はない。霊魔撃はあくまでも魔法威力を上昇させた近接攻撃になる。
獄炎の影の攻略法は分かってきたのだ。後は、ひたすら、攻撃を加えるのみ。
ハンター達の猛攻が始まった。
●繋ぐ力を
(ここが勝負所ですかね)
歌いながら奏音が、心の中で呟いた。
戦場を飛び交う弾や矢、マテリアルの塊。ハンター達の攻勢は戦闘が開始されてから、今、頂点を迎えようとしていた。
奏音もワイバーンを巧みに操り、低空で唄による支援と獣機銃による攻撃を続けている。
「攻撃手段もそろそろ切れてきそうですし……」
既に前線では近接武器を使い切ったハンターや幕府軍の侍も居る。
射撃武器を持ち込んでいるかどうかという所だろう。ハンターの武器は精霊との親和している事もあり、きっと、非覚醒者の武器よりも保っているはずだ。
その時、後方からの騒ぎに奏音は振り返った。
「あれは……幕府軍ですか」
「そうみてぇだな」
救助活動を続けていた厳靖が奏音に言葉に応えた。
「本陣が動いたって事は、将軍様は勝負所だと判断したって事だろうな」
あるいは……と厳靖は考えを巡らす。
天ノ都で結界を維持しているスメラギの限界が近付いているという可能性もある。
あちらも、かなりの激戦になっているはずだ。
獄炎の影との戦闘が長引けば、それだけ、スメラギに負担が掛かる。 「それじゃ、俺はもう一仕事するか」
厳靖には分かっていた。敵に核らしきものが無い以上、自分の役割は敵に突貫する事ではないと。
これからの東方を支える若者達を一人でも多く救う事なのだと。
ユリアンがグリフォンの脚を蹴って高く跳躍すると、身体を捻じりながら、精霊刀を振るった。
「何処か必ず綻びがある筈…っ」
漆黒の身体の中に核のようなものは見られない。
だが、攻撃を続けるうちに、負のマテリアルの肉質に感じた事があった。
それは生物のような肉ではない事。
「まるで岩のような……だったら、楔となる一撃が入れば」
しかし、それを実行する頃まで精霊刀はもたないだろう。
一回転して見事な直地と同時にユリアンは刀を突きあげた。
「ラファル!」
その言葉に反応し、彼のグリフォンが急降下してその勢いで攻撃。合わすようにユリアンは刀を突き出した。
何かが削れた感触。同時に踏み下ろされる獄炎の影の脚。直撃は免れたが、その衝撃でユリアンは吹き飛ばされる。
「無茶しますね」
彼の身体を受け止めたのは正秋だった。
「若緑、ユリアン殿を回復です」
全身甲冑に身を包み、弓を構えながら真白が告げる。
回復はリーリーに任せ、自身が盾になるように立った。
「あの箇所を起点にできれば……」
真白の目にも獄炎の影にできた傷は見えていた。
改めて、確認すれば、敵の身体には、ハンター達が傷つけた深い溝が幾つもみえる。
弓矢で狙うが、敵が微動するだけでも狙って直撃させるのは困難だ。
それに、敵もこちらの狙いは分かっているだろう。誰かが敵の意識を逸らさないと……。
アウレールの背筋を何かが駆け巡る。
それが、何か判断するよりも早く、彼は砲撃を中止させ、ゴーレムを急旋回させた。
直後、その場に負のマテリアルの塊が落下する。
「遠距離攻撃も可能なのか」
避けられたのは偶然だ。
あるいは、数多の戦場を生き残ってきた戦士の勘なのだろうか。
「ふん……悪くは無い。各自、敵の遠距離攻撃に気を付けろ」
これまで敵は遠距離攻撃を放ってこなかった。
だが、足止めされてから撃ってきたという事は、こちらの攻撃が効いているからだろう。
「こちらは、まずいかな」
ウィーダが弓を構えながら呟いた。
自分一人であれば、問題無かっただろう。だが、前衛で戦っているハンターのゴーレムを見ながらだとそうはいかない。
細かい命令には、やはり、所有者が居ないと難しいという事だろう。
かといって、ここで見捨てる訳にもいかないし、攻撃を継続させたい所でもある。
その一瞬の迷いを突いてか、負のマテリアルが飛翔した。
「させませんよ!」
庇いに入ったのは、ロニのCAMだった。
フライトシールドを展開し、空中から一気に距離を詰めて割って入ったのだ。
「ちょっと、大丈夫なの?」
「こちらの武装は使い切りました。ならば盾ぐらいにはなりますよ」
降り注ぐ負のマテリアルの塊。
どうやら、獄炎の影は足を止められた事で、より一層の怒りを放出しているようだ。
「……せめて、死なないでよね。目覚めが悪くなるから」
アーマーが弾け、膝を付くCAMを視界に入れながら、それでも矢を番えるウィーダ。
ゴーレムの砲撃も続けている。まだ、攻撃は止められない。
「無茶し過ぎです!」
ミオレスカがスラスターを全開にする。
少しでも機体を軽くする為、ライフルを外し、全速力でロニの機体に並ぶ。
銃での攻撃を継続する事もできだろう。しかし、ミオレスカは仲間を守る方を選択した。
「アルトさんのゴーレムの方が、私よりも攻撃力が高いはずです」 ならば、自分が盾になり、少しでも時間が稼げればいいのだ。
「集結だ。その方が各個に撃破される可能性が少なくなるはずだ」
後衛の面々にアウレールは呼び掛けた。最後まで攻撃を止める訳にはいかない。前衛で戦っている者達の為にも。
「わふ! そのままガンガン撃つです! お友達も守るですー!」
通信機を通じてアルマはゴーレムに命令すると、自身は機導浄化を試みる。
ゴーレムまで戻ろうと思ったが、幕府軍の兵達もいるので、その方が有効と判断した。
操り人形のようなマテリアルの幻光が辺りを包み込む。
「助かります、アルマさん」
雷が拳銃を放ちつつ、獄炎との距離を詰めた。
仲間達の狙いは分かっている。獄炎の影の表面に深く傷ついた箇所を更に抉るのだ。
その為には、こちらの本命を敵に悟られないように、複数個所、攻撃し、意識を逸らせないといけない。
「行きます!」
拳銃を投げ捨てると雷は脚に力を込めた。
格闘用のレガースにマテリアルが集束。魔法威力を近接攻撃に転化する霊闘士の力だ。
しかし、獄炎の影の脚が関節を無視した動きをして雷へと襲い掛かる。
「雷さん!」
咄嗟に盾になったのはアルマだった。
相当な衝撃。だが、アルマの防御力はCAMにも匹敵する。彼が衝撃で爆散しなかったのは、その為だ。
アルマは義手で拳を作り、掲げる。叩き込んでくださいー! って事だろう。
「タアァァァ!」
雷は文字通り、強烈な蹴りを獄炎の影の表層へと蹴り込んだ。
獄炎の影が大きく咆哮する。
怒りが頂点に達したのだろう。足止めされ、攻撃を続けられれば怒らない方が可笑しい。
「最後は総力戦だなァ」
「全員で、生きて帰るヨ!」
シガレットとパトリシアの二人は回復支援に徹していた。
ここまでの戦闘で攻撃を継続できる前衛は限られてきた。戦闘を継続できるように回復させ、負傷者は待避させる。
魔杖の先端をシガレットは獄炎の影に向けた。
「テメェの執念と俺たちのどちらが強いかハッキリさせてやる!」
人間一人ひとりは強大な歪虚と比べれば、その差は歴然だ。
けれども、人間は、その力を合わせる事ができる。
攻撃に専念する者。それを援護する者、助ける者。
それができるからこそ、人はここまで歪虚との戦いに勝ってきたのだ。
「みんなを守るんダヨ!」
パトリシアが護法籠手を突き出す。
そこから発せられる幾枚もの符が結界を構築した。
戦場は正しく死闘の状況となってきた。
獄炎の影の強力な攻撃により、ハンターや幕府軍の損害も大きくなるが、敵も苦しいはず。
悠は決意した。必殺の一撃を入れる為、絶好の機会を繋いでいく起点となる事を。
「甘い!」
唸るように過ぎて言った前脚を避けながらCAMを潜らせる。
そして、試作錬機剣を構えた。特殊兵装から形成されるマテリアルの刃は魔法攻撃扱いにならない。
十分な攻撃力を突き刺す事ができるはずだ。
悠の機体を塞ぐかのように別の脚が踏み下ろされる――のを、颯の魔導アーマーが割って入った。
「最後のドリルです!」
これ以上は武器が持たない。それでも颯は魔導アーマーを操作してドリルを突き上げた。
そこに踏み下ろされる脚。思わぬ反撃に踏み下ろす勢いが弱まり、その隙間を抜ける颯と悠。
「いっけぇぇぇぇです!!」
「くたばりやがれ……このクソ狐」
マテリアルの刃が、別のハンターが抉った箇所を更に深く貫いた。
確かな手応えを感じた直後、怒り狂った獄炎の影が巨大な体躯でぶつかり、二人を吹き飛ばした。
「あの場所を狙うでござるな!」
最後の武器に持ち替えてミィリアが叫ぶ。
足を一歩踏み込むだけで、警戒しているのか、獄炎の影が猛烈な炎のブレスを吹きかけてきた。
外套に隠れるようにし耐えるミィリア。既に全身がボロボロだ。
「後、もう一押しだと思うのだけど」
ミィリアの背後に控えていたシェルミアが飛び出すと、銃撃を放つ。
冷気を纏った弾丸は、僅かに傷口を避けた。
「簡単にはやらせてくれないでござる!」
「そうね。でも、やれない事はないはず。同時に……矢嗚文さんのように二つ以上、同時に動ければ」
如何に強力な歪虚でも一度に可能な行動は限られる。
一人の人間で二つ以上の行動を起こす事は困難だ。しかし、複数の人間で複数以上の行動を起こす事は出来る。
そして、それこそが、人が得た力の一つでもあるはずだ。
「連携を確りもてば……地と空で同時に!」
「分かったでござるよ!」
シェルミアの言葉にミィリアが通信機を壊れるのじゃないかという勢いで握った。
連絡を受けた歩夢のワイバーンが急降下、地面スレスレで飛ぶと獄炎の影に突貫する。
「核は無い……いわば、全体が核そのものだろう」
ならば、楔を入れ込めば、崩壊できる可能性もある。
その一撃を入れる為には敵の意識を逸らせられればいい。
無理はしないつもりだった。だが、思った以上に獄炎の影は強い反応を示した。
(裏を返せば、極めて有効という事だろう)
尻尾を模した影の一つがワイバーンに迫る。9つあるそれは、これから、邪魔になるだろう。
幾度か旋回した所で、歩夢は叩き落された。地上スレスレを飛んでいたので、即死するような落下ダメージにはなっていなかったし、ワイバーンは急上昇して尾から逃れられる。
「ッチ!」
尾の影の一つが歩夢に振り下ろされる。
それを香墨が食い止めた。
「しぬのはこわい。けど。やらなきゃ」
自在に動く尾の影は脅威そのものだ。敵は足を止めた以上、尾の影だって前まで振り回せる。
ならば、ここで食い止めなければいけない。
「まだ、たおれない!」
幾度か尾の攻撃を受け止め、香墨は力尽きた。
大地につく膝。十分な時間は稼げただろうか。
「……ごめん、澪。木蘭。ここまでみたい」
静かに告げた次の瞬間、尾が弾け飛んだ。
「待避するぞ! なんでもいいから掴まれ!」
カズマの機体だった。尾の影が危険と判断し、フライトシールドを展開して回ってきたのだ。
絶妙なタイミングだったといえよう。
歩夢と香墨の二人を慎重にCAMの手で掴むと、カズマは機体を全速で後退させる。
注意深く獄炎の影をモニターを通じて観察する。追撃は無いようだ。
(こんな廃品回収じみた真似をするメリットは何だ?)
勿論、助け出した二人のハンターの事ではない。獄炎の影の事だ。
術式で負のマテリアルを集めて憤怒王を復活させるのが目的であれば、やり方が回りくどいし、何より、蓬生と狐卯猾の姿が見えないのが解せない。
(この事象は……偶然の産物なのか……なら、敵の本当の狙いは……?)
締め付けられるような妙な緊張感をカズマは感じていた。
尾の動きが止まった。好機は今しかないだろう。
ニャンゴは魔剣に持ち替え、グリフォンを急降下させると、一気に加速させた。
最高速度からのチャージング。それを獄炎の影の頭部へ叩き込む為に。
「そのタイミングを計っていました」
十分な速さが出ているが、一直線に降下する機動は敵から見れば分かりやすかった。
身体を僅かに持ち上げ、前脚で叩き落そうとする。
この高さから地面に叩き落されれば無事では済まないだろう。
(私のような塵虫風情が気負ったところでどうなる相手でもないのは百も承知……ですが、ですが。それでも、ここは退いてはいけない戦なのです!)
その強い想いを感じたのか、あるいは、“そうした方が良い”と判断したのか、蜜鈴がワイバーンと共に、影の前脚に体当たりする。
「ここを凌げれば勝機も見えようて!」
それで僅かに前脚の機動がズレた。
ほんのちょっとだったかもしれない。しかし、それが、紙一重となって、獄炎の影の前脚がニャンゴをて掠め過ぎる。
「後は任せたのじゃ」
ぐるんぐるんと視界が回りながら、獄炎の影の身体を滑り落ちる蜜鈴。
それを体勢を整えたワイバーンがギリギリの所で掴まえた。
一方、強烈な一撃を頭部に叩き込んだニャンゴも無事では無かった。振り払うような頭部の動きについていけず、ニャンゴは投げ出される。
「私はこれで塵虫以下になるのですね」
「そんな無価値な人ではありませんよ、貴女は」
そう言って墜落するニャンゴを空中で救ったのはUiscaのワイバーンだった。
返す形で追撃を仕掛けてきた前脚をワイバーンは急旋回して避けると、反撃とばかりに、Uiscaはマテリアルを込めた練金杖で叩き込む。
「見届けて下さい。貴女が、私達が繋いだ、勝利へのバトンを!」
眼下に頼もしい仲間達の姿が映った。
ここまでこれば、小細工は要らない。
「グレン、また無茶させちまうが頼りにさせてもらうぜ!」
幻獣に跨り、先頭を走るのはヴァイスだ。
蒼き炎を纏った槍を突き出しながら駆ける。それを仲間が作った傷穴へと叩き込む――という訳では無かった。
まだ、もう一本、前脚が残っている。それが、ヴァイスの狙いだった。
彼を狙った前脚にヴァイスは槍を突き出しながら突進する。
「勝てるぞ!」
衝突の勢いは歴戦のハンターを吹き飛ばすが、前脚にも十分なダメージを与えた。
動きが鈍る前脚。それに合わせ、アルトとリューリが迫る。
9つの尾の影と両脚と頭を、仲間のハンター達が命懸けで止めた。
後は仲間が抉って作った傷穴に楔となる一撃を撃ち込めばいい。
駆ける二人をこれ以上近づけさせないかのように、炎の舌のような影が頭上から襲い掛かってきた。
「そりゃ、舌だってあったかな。アルトちゃん、先に行って!」
拳で叩き返そうとしたが、威力負けした。
体が飛んだがイェジドが受け止めてくれた。優しい毛並みに包まれる。
「レイノ!」
相棒の瞳が真っ直ぐにリューリを見つめる。
彼女は直感的に理解した。アルトが攻撃を繰り出す隙を狙って攻撃してくる所を庇うのだと。
「手伝いますよ」
そう言って現れたのはノノトトだった。
誰が盾になるかとか事を考えている時間は無い。リューリとノノトトの二人は頷くと走り出す。
無事では済まないかもしれない。だけど、ここで体を張らないでどうするというのか。
そして、ノノトトは思う――大事な人の存在を。
(ここで影を止められないと、めいちゃんがケガどころじゃすまなくなる……)
強力な結界陣を展開しているスメラギを支援する為に、大切な人が天ノ都で戦っている。
万が一にも獄炎の影が天ノ都へと到着すれば、どうなるか、容易に想像できた。
(だから、ここで!)
アルトが踏み込んだ直後、舌の影が遠心力を付け、ゴォーと不気味な音と共に振るわれる。
それをノノトトとリューリ、そして、イェジドが受け止めた。
数えきれない程の戦場を戦い抜いた。
多くの友を得た。大きな力も手にした。それでも、足らない事もあった。
まだ辿り着けないと、ただ見上げる事も……。
「……」
アルトが発した言葉は、戦場に響く怒号や爆発音で誰にも聞こえなかった。
必中必殺の一撃を繰り出す為、彼女は意識を高める。
仲間達がここまでバトンを渡してきた。最後の最後、それを託された以上、ミスは許されない。
戦線も維持できる限界を越えようとしていた。それでも、アルトに気負いは無かった。しくじれば国一つが滅びるかもしれないというのに。
「行くぞ!」
気合の掛け声と共に残像を伴い、アルトは獄炎の影の身体を抉るように作られた傷穴に刀を深々と突き刺した――。
何かが割れるような音が響き崩れ出す獄炎の影。好機とみた後衛の面々が最後の力を振り絞って砲撃を放つ。
次々と直撃する砲撃により、獄炎の影は衝撃に耐えきれず、崩壊が始まった。負のマテリアルの巨大な影の塊は、ボロボロと砕けるように消えていく。
それは、人が人の持つ力で、勝利を得た瞬間でもあった。
リプレイ拍手
赤山優牙 | 21人 |
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