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スケジュール
06月17日
【審判】連動シナリオ公開
「巡礼者襲撃事件」開始
01月22日
【審判】特設ページ公開
01月29日
「“天使”降臨?」開始
02月26日
「“迷宮”に隠されたもの」開始
03月23日
ストーリーノベル更新
03月25日
ストーリーノベル更新
「巡礼路防衛戦」開始
04月21日
ストーリーノベル更新
グランドシナリオ開始
05月13日
グランドシナリオ
リプレイ公開
05月18日
エピローグ公開
07月11日
MVPピンナップ公開

【審判】ラストジャッジメント「ベリト迎撃」リプレイ

▼グランドシナリオ「【審判】ラストジャッジメント」▼
 
 

作戦1:ベリト迎撃 リプレイ

エヴァンス・カルヴィ
エヴァンス・カルヴィ
ka0639
アルト・ヴァレンティーニ
アルト・ヴァレンティーニ
ka3109
セリス・アルマーズ
セリス・アルマーズ
ka1079
アニス・エリダヌス
アニス・エリダヌス
ka2491
ウィンス・デイランダール
ウィンス・デイランダール
ka0039
レイオス・アクアウォーカー
レイオス・アクアウォーカー
ka1990
アリオーシュ・アルセイデス
アリオーシュ・アルセイデス
ka3164
米本 剛
米本 剛
ka0320
マリィア・バルデス
マリィア・バルデス
ka5848
蜜鈴=カメーリア・ルージュ
蜜鈴=カメーリア・ルージュ
ka4009
対崎 紋次郎
対崎 紋次郎
ka1892
ロジャー=ウィステリアランド
ロジャー=ウィステリアランド
ka2900
央崎 遥華
央崎 遥華
ka5644
柏木 千春
柏木 千春
ka3061
松瀬 柚子
松瀬 柚子
ka4625
ジェーン・ノーワース
ジェーン・ノーワース
ka2004
フォークス
フォークス
ka0570
ザレム・アズール
ザレム・アズール
ka0878
ベリト
ベリト
ナタナエル
ナタナエル
ka3884
ジュード・エアハート
ジュード・エアハート
ka0410
ジャック・J・グリーヴ
ジャック・J・グリーヴ
ka1305
ブラウ
ブラウ
ka4809
●聖防

 息も絶え絶えの重体者エヴァンス・カルヴィ(ka0639)の姿に、周囲の騎士はある種の恐れを抱いていた。
「今までの、戦場でも……俺らは、やり遂げて、きたんだ……!」
 声を張ろうとする青年は時折血を吐き、むせかえる。その様子はまさしく歪虚に刃向った者の末路を暗示しているかのように見える。特に今、目の前にそうして死した仲間の顔があるのだから、尚の事だ。
 不幸中の幸いは、エヴァンスが声を張り上げる余力すらなく、彼の言葉がほんの周囲の騎士にしか伝わらなかったことだろう。
「いいからお前は下がれ!」
 小隊長の男がエヴァンスの腕を掴んで無理やり馬に乗せるが、青年は首を振る。
「せめて……新鮮な、情報を、送り、続けて……」  だがしかし、馬上から覗いた軍用双眼鏡に映る景色に、彼は眉を寄せた。
「霧で……その先が、見えない……?」
「だから団長は“霧が邪魔だ”と言っていただろう!」
 小隊長の指示により、エヴァンスの乗せられた馬は、それを駆る騎士によって戦線離脱してゆく。
 見送ったアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が、小隊長に頭を下げた。
「すまなかった。だけど、ボクらをこの迎撃の最前線に加わらせてもらえないか」
 小隊長の視線は、酷く鋭い。先のエヴァンスの様子から、彼女たちが正しく戦況を把握しているのか強い疑問を抱いたからだ。
「せめて、あの黒い霧が晴れるまで。……影の騎士たちは、闘い辛い相手でもあるのだろう? ボクらなら、やれる」
「……小隊長、彼女は恐らく茨の王討伐の……」
 配下の騎士が助言し、気付いた小隊長は苦々しい顔をする。
「“これは王国を救うため、沢山の戦と命の上にようやく築くことを許された戦線だ”。ここまでにどれほどの努力があり、どれほどの血が流れたか……どうか、それを無に帰さないでほしい」
「……勿論だ」
 アルトはしかと受け止め、仲間と共に前線へ駆け上がっていった。
 敵軍が王都を目指して進軍となれば、必然それを阻む為に戦線を敷くことになる。
 それを受けるのが騎士団と聖堂戦士団による連合戦線だ。
 しかし、そこには混乱が広がっていた。
 迎え撃つ歪虚が仲間や大切な人と同じ容姿をしていたのならば、それを切り裂くには如何程の想いが必要だろう。
 割り切れる者もいれば、割り切れない者もいる。
 個々の感情を、人間性を無視して"強制"することもできよう。だが、それではまるで歪虚と同じではなかろうか。
 だが、そんな時だった。
「死者が蘇ることはない。知った顔が此処に居るのなら、自らの手で眠らせてやれ。命を冒涜する歪虚を許すな!」
 力強い言葉と共に眩い光が飛び込んできた。幻想を打ち消し、滞る闇を払うように輝く聖光。
「……これがエクラを侮辱する歪虚か、私の前でいい度胸だ」
 一撃で周囲の歪虚を焼き払ったのは、セリス・アルマーズ(ka1079)。
 続いて、もう一撃──もう一人の少女が光に満ちたマテリアルを解き放った。
 まるで花が開くように広がる柔らかくも美しい光。それが瞬く間に周囲を呑みこむと、歪虚をまっさらな光で浄化してゆく。
 少女──アニス・エリダヌス(ka2491)は、光の残照が消えると同時、声の限りに叫んだ。
「皆さんが見ていた面影の本当の持ち主は、きっと大切なものの為に命を落としたはずです。その想いを守れるのは今、わたし達だけなのです!」
 あらゆる戦闘音が鳴り響く戦場では、セイレーンエコーの助け程度で多くの騎士に声を届けることは難しいだろう。だが少女は、先の光の一撃を以て、騎士の注目を僅かながら自身へ集めることが出来ていた。
「あの紛い物に踏みにじられたら悔しいのは誰ですか!? わたし達であり、あの人達です! 歩みを止めてはなりません。わたし達が、守るのです!」
 彼女の訴えを聞きながら「良いこと言うねえ、アニス君は」と目元を緩めるセリス。その言葉を補強するように、セリスもまた毅然とした態度で続く。
「いいか、死んだ知り合いが此処に居るのなら自らの手で眠らせてやれ。命を冒涜する歪虚を許すな!」
「……そうだ。これは冒涜だ。エクラに、そして我々に対する侮辱だ!」
「歪虚を許すな! 剣をとれ!!」
 そうして鼓舞されてゆく騎士を背に、アルトが前線で刀を掲げた。
「王国の騎士達よ、怯むな! 友の同胞の命とその想いと名誉のために、彼らが戦った理由を、そして私達の後ろに居る守るべき人達を思い出せ!」
「おおおおおおッ!!」
 そうして騎士たちに生まれた覚悟と思いが、戦線を強固なものへと変えてゆく。
 だがしかし、その先にこそ茨の道が待ち構えているのだった。

●突撃

 前線にほど近い場所──そこには、バイクに跨った5人のハンターを先頭にして、、残るハンターたちがずらりと並ぶように戦列を組んでいた。
 最前にはウィンス・デイランダール(ka0039)とレイオス・アクアウォーカー(ka1990)。最も移動力の高いこの二人を中心とし、両翼にアリオーシュ・アルセイデス(ka3164)、米本 剛(ka0320)、マリィア・バルデス(ka5848)が連なる。
 彼らが望むのは、ベリトを中心に広がる黒霧。そしてその中に無数に犇めく無数の歪虚だ。
 敵との距離も僅か。最前列中央で無遠慮にスロットルを吹かせるウィンスの目にはある“手掛かり”が映っていた。
「見えたか?」
 少年の示す意図を汲み、剛が応じた。
「はい。どうやら黒い騎士の一部がヘッドライトの光に透けているようですね。ということは、あれは……」
「敵軍の何割かは、幻……ってこと? 馬鹿ね、虚飾もいいところだわ」
 嘲るようにマリィアが笑い、アリオーシュが無線をとる。
「全軍に通達。ベリト周囲の騎士たちだが、恐らく何割か幻影が混ざっている。つまり敵は“目視している数よりもっと少なくて済む”ということだ。──気負う必要はない。冷静に、道を開くぞ」
 無線を通すまでもなく、アリオーシュの声に応じた戦線の騎士たちから唸り声が届いてきた。
 それが解れば勝機の掴み方も変わってくるはずだろう。
「ただの踏み台ごときが……くだらねえ見栄、張ってんじゃねえええええええッ───!」
 アクセルグリップを回し、スロットルを全開に吹かせる。瞬後、ウィンスの魔導バイクは低い唸りをあげて勢いよく飛び出して行った。
「あっ、おい、ウィンス! くそ、オレたちも行くぞ!!」
 レイオスはそう告げると同時、空に向かって一撃の銃声を鳴らす。
 それを合図に、ハンターたちは次々アクセルを吹かし、やがて黒い霧の中へ姿を消して行った。



 突撃班の初速は苛烈なほどの勢いを見せた。
「ここは必ず斬り開いて見せます……歪虚の将への道となる事に!」
「日々を生きる者への賛美と激励を。死者には魂の安寧を……」
 剛とアリオーシュ。二人の聖導士が鎮魂歌を紡ぐ。正の力に満ちた美しい調べに惑わされ、一帯の歪虚が苦悶の声をあげた。動きを鈍らせたところへ、立て続けに落ちる炎の種子が一つ。
「舞うは炎舞、散るは徒花……」
 それはマテリアルを取り込み瞬時に大輪の華を咲かせると、紅蓮の炎を散らし当たりの幻影を焼き払った。
「さぁ、華麗に舞い散れ!」
 バイク突撃の後方から蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が落とした魔術だった。
 次いで容赦なくウィンスの薙ぎ払いが繰り出されると、今度はその一閃に被さるようにして、けたたましいまでの掃射音が響く。
「脆い……余りに脆いわね」
 マリィアがバイクを銃架かわりにマシンガンの弾をばらまいている。
 目の前で次々消失してゆく影の騎士たちを見ていると自然と溜息が零れた。
「狂気の方がはるかに強かった。彼らはいつここにやってくるのかしら……LH044の借りを返したくて、こんなに腕を磨いて待ってるのに」
 そこへ、駄目押しとばかりに輝くトライアングルの光。術者は、突撃班の対崎 紋次郎(ka1892)だった。
「相手が強かろうが弱かろうが、ここを通せば王国は危険に晒される」
 頂点より放たれる光が一つ、二つ、そして三つ。
 光の筋は迷うことなく、拓くべき道に残った障害を目がけて焼き尽くすように照射。
「……悪いが、奴には滅んでもらう」
 紋次郎たちが相対して解ったことではあるが、影の騎士は数こそ多いが個々の体力はさほどではないようだ。
 結果、約10秒で彼らの前には幅約8m、深さ約16m分の道が出来ることになる。
 だが、問題はここからだった。
 突撃徒歩班の蜜鈴、紋次郎、ロジャー=ウィステリアランド(ka2900)の3名は射程のある攻撃手段を用意していたため、開幕こそ道の抉じ開けに加わることが出来ていたのだが……
「おい、バイクの連中と、距離が空いてきたぞ……!」
 気づいたロジャーが声をあげる。
 同様に事態を認識し、歯噛みした紋次郎が、帽子ごと髪を掻いた。
「多少射程があると言っても、これじゃ攻撃が届かん。まずは追いつくことに徹すべきだな」
「解っておる。突撃班が二つに分断してしまう事こそ、最も危険で避けるべき事態じゃ」
 道を拓くたび、当然前線は押しあがる。開いた分だけ進まなければ、道は再び周囲に犇めく歪虚に埋められてしまうからだ。
 攻め上がるたび、バイク班と徒歩班とで少しずつ両者間に距離が開いてしまうのは必然のこと。
 蜜鈴の指摘の通り、放っておけば突撃班は二つに分裂し、前者が“敵軍の中で孤立する”恐れもある。
 こうして徒歩の3人は、バイク班を全力移動で頻繁に追いかけざるを得なくなった。
 特に、直径10mを焼き払える蜜鈴が、移動のために稼働率を下げてしまったことは痛手だったと言えよう。
 そういった手数の減少をカバーすべく、バイクの勢いままに、特殊装置が搭載された日本刀で突撃班のレイオスが大振りの一閃を繰り出す。
 眼前全ての敵を屠るように薙ぎ払われた刃は、接触の瞬間、ばち、と電流の迸る音を立てる。
 そんなノイズを耳にしながら、苦々しい思いでレイオスは声をあげた。
「ベリトは、まだ見えないのか!?」
 ウィンスとレイオスの推進力を起点にしてもなお、霧に犇めく歪虚に対し、単純に手数が足りなかった。
「直に、技が尽きるぞ……ッ!」
 突撃班全員が一丸となって同じだけの手数で攻撃を繰り出せていたのなら状況は違っただろう。
 だが、手数にばらつきが出たため、初速の様な推進力は保てていない。
 さらにスキルが尽きたならば、進軍速度は更に減少する。
 敵軍のなか、道を拓くための推進力が減衰するということはどう言うことなのか?
 答えは簡単だ。
 「ベリト到達までより多くの時間がかかる」=「切り拓いていない場所に犇めく歪虚から嬲られる時間が長くなる」ということだ。
 途中までは剛とアリオーシュのレクイエムもあり、牽制が効いていたのは確かだろう。
 だが、ベリトまでは直線距離で約100m。レクイエムが尽き、さらに突撃班がある地点を越えたあたりで事は起こった。
 突如、影の騎士隊がそれまで以上に苛烈な排除攻撃を開始したのだ。
 恐らくそれは"ベリトに近づいている"という証でもあるのだろう。
「こいつら……覚醒者のスキルを使ってくるのかッ!!」
 脇から飛び出してきた騎士の盾を叩きつけられ紋次郎が態勢を崩すも、咄嗟にそれをカバーすべくロジャーが騎士の首めがけてライフルを撃ち鳴らす。
「……くそ! ウィンスとレイオスも、制圧射撃で足止めを食らってる! 進軍待て!」
 だが、その隙にもロジャーが視線に捉えたのは、バイク班の仲間が足止めされたうえ、道の外、横合いから刺突一閃で串刺しにされている光景だった。
 さらにマリィアの腕に鞭が巻き付いたかと思えば、そのままそれは引き倒され、
「エンタングルか……!? 誰か、彼女をカバーしてくれ!」
 傍にいたアリオーシュが叫ぶも、青年自身は現在シールドバッシュで転倒させられている。
 剛が辛うじて回復を務めるも10秒に1人癒すのが精一杯で、その間も負傷者はどんどん増えていく。
「このままでは、突撃班が潰れてしまう……」
 強襲班のハンター、保・はじめ(ka5800)はこの混乱に眉を寄せていた。だが、戸惑う暇はない。
 少年の指先から空へ投げ上げられた白銀の符は、大気中で稲妻の形を成し、やがて激しい雷鳴と共に稲妻は大地へ注ぎ、突撃班周囲の歪虚を焼いた。だが、しかし。
「まるで手が足りません……皆さんも、突撃班の支援をお願いします!」
 はじめは、唯一初手から突撃班の横やり阻止を重視していたが、先頭を行くバイクに合わせて進軍せねば支援攻撃は届かない。都合、はじめの支援の手も全力移動を挟みながらになり、当然手数が減る事態になっていた。
 もちろん、突撃班の開いた道を進む間は力を温存するつもりでいた者が多かったことなど、はじめ以外に突撃班の支援に注目したハンターが少なかったことも大いに起因している。
 敵の犇めく戦場のなかにたった一筋の道を作ると言うことは、つまり道以外の周囲には敵が犇めいたままだということだ。
 だが、結果的にそれらの対処は十全に行われなかった。射線や射程を考えれば、奥に控える無数の歪虚はともかく、ハンターに接触が容易な手前の歪虚だけでも牽制できていれば結果は大きく違っただろう。
 本来、その横やりをフォローするつもりでいたのが、央崎 遥華(ka5644)だった。  彼女は強襲班周囲の敵に対し、ブリザードによる行動阻害を含めた牽制攻撃をしかけながら進軍するつもりであったのだが……一つ誤算があった。それは、彼女の移動力がほかのハンターたちより少なかった事だろう。進軍開始後ほどなくして、遥華が後れを取り始めたのだ。
「遥華さん!!」
 友人の柏木 千春(ka3061)がすぐ事態に気付き、振り返って手を差し伸べる。だが、遥華の進みに合わせれば千春まで遅れをとってしまうことは明白。
「私が皆をサポートするつもりだったけど……このままじゃ……」
 特にこの作戦では先頭がバイクであることも起因し、全力移動を以てしても遥華が部隊から遅れをとり始めるのは時間の問題だった。
 遥華は唇を噛み、けれど冷静に、冷徹に、深く息を吸った。
「千春ちゃん、私は大丈夫。数少ない魔術師だし、ここで皆の道を維持してみせる」
「でも……!」
 千春に大きな動揺が浮かぶ。遥華の覚悟が理解できたからだ。
 刹那、千春の死角から騎士が飛び出した。千春の反応が遅れたその一瞬の機、突如空間に冷気の嵐が吹き荒れる。
 気づけばその騎士のみならず、後方に控える歪虚すらも凍てつき、動きを鈍らせていた。
 白き魔女──その名に相応しい術を以て場を収めた遥華は、
「あの歪虚がした行いを……天使の真似事を終わらせてね」
 願いを託すように微笑んだ。
 こうして歪虚の総攻撃を受ければ、これに対策し応戦せねばならないことは誰もが理解するだろう。
 故に、強襲班のうち徹底した力の温存、奇襲の為の隠密、あるいは射程の都合で加われない者以外は、前方への支援攻撃を開始することになる。これにより突撃班の支援は多少厚くなるのだが、ハンターが立て直すまでの間に負わされたダメージは余りに大きかった。
 結果、先陣を切っていた突撃班の紋次郎、アリオーシュ、蜜鈴が、ここで意識を失った。
 道を拓く者がいれば、道を拓く者を支援し、時に守る者も必要だっただろう。
 それに今回の戦場で言えば、道は一度開けば何の対処もなしに保持されるものでもない。
 “戦う場の維持”──継戦要素を重視できなかったことが本作戦失敗の大きな原因だった。

 もう一つ、ある存在がベリト接敵までの間の大きな障害となった。
 それは騎士の間で待ち受ける、合成獣だった。
 キメラは犇めく騎士たちより随分体格が大きいこともあり、それを見つけて警戒するのは比較的容易なことだった。
「お前らは邪魔だ! 俺はベリトの性なる二つの山々を眺めていたいんだ!!」
 ロジャーは憚らずそう言い放つ。
 自爆能力を備えるキメラを優先的に狙うというロジャーの着眼点は非常に良かった。だが、たった1人での対処であったこと、さらに火力不足から討滅に時間がかかりすぎたことが、問題解決に至れなかった理由となった。
 キメラにとって自分達をしつこく狙うロジャーは優先的に倒さねばならない敵だ。そうして、ロジャーはキメラの自爆特攻を集中的に受け、全身に重篤な傷を負い大地に崩れ落ちることとなった。
 一方その頃、突撃班が切り拓いた道を、身を低くしながら走る1人の少女が居た。
 松瀬 柚子(ka4625)──彼女の頭の中には、過日の事件の光景が過っていた。
 継ぎ接ぎ顔の天使。そして、ハンターたちを跪かせた趣味の悪い強制の言霊。
 自然、桜色の唇をきつく噛み締めた。  隠の徒で自らの気配は概ね絶たれている。味方の影にさえ隠れていれば、自分を狙う攻撃を受けることはない──はずだった。
 しかし、道の外に犇めく歪虚や、空を飛ぶキメラには『その姿が目視で確認されてしまう』こと。
 『例え自分が狙われていなくとも範囲攻撃の射程に居れば巻き込まれてしまう』こと。
 これらは、ひょっとしたら誤算だったのかもしれない。
「……ッ、まだ……私は、倒れられない、のに……」
 柚子もまた横やりへ注意を払えなかったこともあり、自爆に巻き込まれ、意識を手放した。
 あの天使の親玉を……必ず、殺すと。その誓いを果たせぬまま。

 キメラが蠢くこの黒い霧は、まさしく『地雷原』だった。
 当然、自爆には影の騎士も巻き込まれて数を減らしているが、連中にとってそれは些事にすぎない。
 あちこちに配された“目に見える近場の地雷”は、多少道から外れた位置にあっても自爆の影響を恐れるのであれば優先解除していくべきだっただろう。
 こうしてハンターたちは突撃までの間に多くの重体者を出すこととなった。

●奇襲

「……見つけた」
 ジェーン・ノーワース(ka2004)は、ある情報を聞きつけ、1人、影の中を彷徨っていた。  背景にあるのは、2年前、目の前で見殺しにした男の影の目撃情報。
 男が闇の中にいたと王国騎士団長から聞き、少女は矢も盾もたまらず前線へ飛び出していたのだ。
『許さん……私の命を囮に消費した、国を、ハンターを……』
 目当ての男は、記憶のままの姿でそこに居た。そして彼の吐く呪いめいた言葉について、少女は心当たりがあった。
 ……それでも。少女に躊躇など微塵もない。
 斬り払うは一瞬──
「私の目の前にこの幻影を出した事、後悔させてあげるわ」
 だが、手ごたえがまるでない。影は影のまま霧散し、後には塵一つ残らなかったのだ。
「……成程。“見知った顔は、幻影”のようね」
 霧の中の幻影は、“見る者の心の禍根”というテクスチャを張り付けただけの偶像なのだろう。恐らく王国の騎士や私兵に対し何の禍根もないものには、適当な騎士の顔に見えているに違いない。
 死者の尊厳だとかそういう話をする気はなかったが、これは余りに“質の悪い贋作”だ。
 やるならもっとマシな物を用意してくれれば嘆きようもあったのに──少女は、そう思う。
 斯様に出来の悪い贋作を掴まされたのだ。抱く感情は、最早怒りでしかない。
「……知ってる顔が幻影だと言うのなら、やりようはいくらもあるのよ」

 他方、強襲班の中には奇襲を狙うハンターが居た。
 その1人、フォークス(ka0570)は今まさにバイクのアクセルを吹かせ、霧の周囲を走り込んでいた。
「人を裁くのは人の法さ。神や、況してや天使でもないネ」
 苛立ちなどではない。フォークスのそれは、彼女のこれまでの人生の中で得た経験であり、結論でもあった。
 ああした教えに溺れる者の事も、それを利用する歪虚の事も、フォークスにとっては理解の埒外に置かれている。
 故に冷静に敵を屠るため、彼女は仲間達とは違う地点へと大回りで移動していたのだ。
 双眼鏡で観測しつつ、霧が晴れるまで待機。そうしてバイクに跨ったまま彼女は黒い霧を見つめていた。
 だが……霧は未だ、晴れることがない。

●強襲

 ベリトは天使という異形ではあるが、ヒトの形をした歪虚で我々人間とサイズ的には同じである。
 そしてこの戦場は自分達と同サイズの歪虚に加え、それよりも巨大なキメラたちが平地に並んでいる状況だ。手前の歪虚を切り拓かねば、或いは切り拓いたとしても自分より前に仲間が密集していれば、ベリトがどこに位置しているのかすら離れた場所にいるハンターには見極めにくい。
 ここで仲間や敵、あるいはバイクを踏み台にするなど“多少高い所から戦場を見下ろせたのならば、話は違った”のだろうが、今この場では同じ平地に並んで正面衝突する以外の戦略は持ち込まれていない。
 この状態では対象の位置が解らない以上、ザレム・アズール(ka0878)が狙っていた『遠距離からベリトを狙ったピンポイント攻撃』は実現不能だ。
 だが、苦戦を強いられながらもハンターらには実感出来ていることがあった。
 騎士の攻撃が苛烈になってきたこと。黒い霧が一層濃く重くなってきたこと。
 そして──ウィンスの視界の中、微かに、真っ白な翼が目撃できたこと。
「手間かけさせやがって……やっと見つけた踏み台、逃すもんかよクソがあああ!」
 確信していた。ベリトは目の前だ。
 最後の障害を前に、ここまでの負傷をものともしない強引な突きと、そこからの薙ぎ払いを以て、
「うおおおおおおおどけえええええッ──!!」
 見事、切り拓いた。その先の景色は黒い霧の中にあって茫洋とはせず。
「あれがベリト……」
 思わずザレムが呟いた。少年の瞳には強く輝く真紅が揺らめいている。
 ハンターたちの前に、天使と称される歪虚──ベリトの威容が、遂に晒された。
「奴の偽りを剥ぎ取ってやる。行くぞ!!」
 突撃班は約束通り道を開いた。ならば、後は強襲班が仕事をするだけだ。ザレムの声を合図に後続が一斉に駆け出した。
 バルバムーシュのアクセル全開で踏み込むザレムは、バイクの勢いを乗せたままベリトへ特攻をしかける。
「人の怒りを……喰らえっ!」
 光の加護を持つ太刀を固く握り、そして──穿つように繰り出す一撃。
 だが、それに気付いたベリトが易々それを待ちうけるべくもない。女は突撃してくる集団を見渡し、唇を薄く開く。
「ここまで辿りついたこと、褒めて差し上げましょう。ですが、ここまでです」
 手を翳し、女が何らか詠唱を開始した……その時。
「……随分面倒かけてくれたわね」
 他の強襲班が攻撃に加わるより早く、天使のすぐ脇に突如一つの影が躍り出たのだ。
「一体、どこから……!?」
「目障りよ。この霧も、出来の悪い贋作も、何もかも全て」
 放たれたのは、大鎌の一閃。その一撃は、完全にベリトの死角を突き、女の身体から切り裂かれた組織が飛び散り、霧散した。
 その瞬間、戦場を覆っていた黒い霧が急激にフェードアウトを開始。重く濁った黒い淀みが、王国のまっさらなマテリアルに浄化されるかのように、解けて消えてゆくのだ。
 幻術を打ち破ったのは、ジェーンだった。
 少女はあの影の騎士たちの中から気配もなく突然飛び出した。だからこそベリトはそれに気付けなかったのだが、“そんな荒業が人間にできるはずもない”という女の油断もあった。だがしかし、ジェーンはたった1人、隠の徒と自らの回避能力を頼りに強引に突き進み、結果ほぼ無傷で通り抜けてきたということだ。想像を絶する命知らずである。
 こうして、奇襲は確かに成された。黒い霧は徐々に濃度を下げ、辺りに陽の光が届き始めてゆく。
 その隙を、ザレムがバイクで通り抜けざまに貫き、そして最大射程から放たれるナタナエル(ka3884)のリヤンワイヤーがベリトの腕に絡みつく。
「今だ! 一気に叩きこめ!!」
 ナタナエルの求めに応じ、放たれるは大弓「吼天」。
「人の死を笑って食い物にしてる。それだけで狩る理由は十分だ」
 ジュード・エアハート(ka0410)の金色の瞳が一際輝きを放つ。常ならば多少好戦的に狩りの相手を弄ぶこともあろうが、今の少年にとって“そんな遊びを介在させる慈悲などない”。
 光の加護を持つ弓の弦を引き絞ると、番えた矢から青白い円環状の光が浮かび上がる。それを無意識に確認すると、ジュードはあくまで無機質にそれを射出。
 まるで天に吼えるが如く、空を裂く音を立てながら放たれた矢はベリトの翼に突き立った。
「……これは……?」
「解らない? ……奪われた沢山の命、その重みだよ」
 突き立つ矢を起点に、ふわりと白い煙が上がる。それは凍てつくような光の気配。
 冷気が翼から徐々に這い上がるように、ベリトの全身を支配してゆく。
 僅かに動きが鈍った。そこを追い立てるようにジャック・J・グリーヴ(ka1305)の銃が食らいつき、その後方、ワンドを握りしめた千春が祈るように瞳を閉じる。
 ──強い思いがあった。どうしても負けられなかった。
 それは自分のため? そうかもしれない。けれど、それだけじゃない何かも“絶対にあった”と今なら言える。
「エリカさん、最期を見送れなくてごめんなさい。フォーリさん、貴方を救えなくてごめんなさい。そして、オーランさん……今、傍にいることが出来なくて、ごめんなさい」
 そこに涙はなかった。彼女の言葉は謝罪ではなく、これから成すべきことへの覚悟であり、宣言であったからだ。
「偽物の光なんていらない。私達は、彼女が、彼が、願っても迎えるられなかった未来を生きる。そのために……」
 まるで吸い込まれるように少女に集約する輝きが、やがて強烈な光の波となって周囲を白一色に染め上げる。
 未来を導くような、希望に満ちた温かな光。それは、魔の者を焼き払う強い力を秘めた光でもあった。
 眩い光に背を押されるように、はじめも手元のデリンジャーを構え、引金を引いた。苦悶の声をあげるベリトに間断なく続く攻撃。少年は女の様子に口元を緩める。
「その様子じゃ、攻撃を防ぐことも出来ないでしょうね」
 はじめの指摘通り、その時女の視界は幻影の桜吹雪に塞がれていた。ジュードの青霜、そしてなにより法術陣の効力と相まって、もはや敵に回避の術はないように思われる。
 そしてこの強襲の最終走者として、接近するのはブラウ(ka4809)。
「……天使にはいい思い出がないのよ。だから、早く片付けてしまいたいの」
 少女の手元、刀の収まった鞘からは既に冷気のような靄が漏れ出ている。
 刀で目当てのものを狙うには、女の後ろをとらざるを得ない──故に、半身の姿勢で刀を水平に構えたブラウは、疾風剣で一気に間合いを詰めにかかる。
 そうして、少女は天使の背後をとった。目の前に無防備に晒される純白の片翼を前に、口角は自然と上がる。
「さぁ、嗅がせて頂戴? 貴方の香りを」
 そして──貫き、斬る。
 迷いのない渾身の一閃は、ベリトの翼、その根元に食い込んだはずだが……思いのほか、固い。
 少女の力でそれを削ぎ落とすことは出来なかったが、しかし確実に翼は負傷しているはずだ。
 傷口から吹き出す体液を前に、少女はぽつりと呟いた。
「まだ足りない。……あのお説教を活かさなきゃ、わたしは前に進めないのよ」

 怒涛の強襲を受けたベリトだが、しかしまだ随分余裕があるようだった。その理由は、彼女の周囲にあった。
「この環境下では多少堪える一手でしたが、しかしそれが何だと言うのです?」
 ハンターたちにもう一つ誤算があったとしたのなら──。
「私の配下は“まだ随分残って居ります”。勝負はまだ、始まったばかり」
 黒い幻影は消えた。奇襲も強襲も成功した。
 だが──消えた幻影は、影の騎士全体の3割程度。“7割がまだ残っている”うえに、勿論キメラには何の影響もない。そしてなにより、ハンターたちは『ベリト接触後の影の騎士隊への対処をほぼなしていない』のだ。
「さぁ、反撃なさい。この国に恨みを持つ、無念の騎士たちよ」
 ジェーンにとって犇めく歪虚の集団を潜り抜けるならともかく、一対多の状況を作らせる開けた平地は苦手なフィールドだ。側面から現れた騎士のシールドバッシュを回避した隙に鞭で足をとられ、態勢を崩したところに連撃を重ねられれば如何に彼女といえど限界がある。
 同様にナタナエルもその動きから『ベリトに大きな害を及ぼす者』としてマークされたのだろう。
 青年も、強襲直後の怒涛の総攻撃に呑まれていった。
 そして、ブラウだ。弓で放物線を描くように翼を狙えるジュードと異なり、刀で翼を何とかするにはどうしても側面よりもやや背面に回り込む必要があった。ベリトの後方180度は拓けていない道……つまりブラウは敵の中に潜り込んでいる状態だ。必然少女は集中砲火で崩れ落ちてしまう。
「It sucks、どうなってるンだ……?」
 霧の外で待機していたフォークスは、無線もなく状況の一切が解らなかった。
 霧は晴れた。にも関わらず、影の騎士は未だかなりの数が残っている。
 それを1人で切り抜けられるとも思えず、同時に退路の確保を十全に行えなかったこともあり、ハンターが開いた道は既に歪虚で埋められてしまっていた。
「……仕方ないネ、戻って戦線に加わろう」
 そうして、フォークスは再び前線へと向かう。しかし、彼女はその道中で歪虚に単騎のところを捕捉され、襲撃を受けることとなる。

●決定的な敗北

 周囲の騎士を抑えねば継戦は不可と断じた霧中央のハンターらはその場で立て直しを図り、残る9人全員でぎりぎりの戦いを維持していた。
 はじめの禹歩で危難を避けながら、ウィンスとレイオス、ジャックの3人で切り拓けていない方角の敵の注意を引きつけ直し、剛が順に彼ら盾役を回復する傍で、ジュードがベリトに矢を放ち行動を阻害。
 その隙にマリィアとザレム、そして千春が攻撃に打って出る。回避行動には再びはじめの桜幕符が舞い、本当にぎりぎりではあるが戦いの体裁を保つことは出来ていた。
「ベリト、貴方は私たちがここで必ず食い止めてみせます……!」
 この間、千春はベリトの注意を引こうと懸命に努めていた。
 だが、ベリトにとって千春の火力は無視しても害が少ないことや、彼女の支援魔法による抵抗強化も、ベリトが強制を放つまでは『どう言う効力か理解できない』こともあり、彼女は千春を相手にする必要性を感じていないままだ。
「そんな……これでも、ダメだなんて……」
 やがて戦いが膠着の様相を見せ始めた頃、ベリトは飽いたように呟いた。
「……これ以上は、時間の無駄でしょう」
 言葉に呼応し、突如禍禍しい魔法陣がハンターたちの頭上に姿を現した。
 魔法陣からは斧の刃ほどもある巨大で鋭い黒塊が無数に装填され、地上を向いて射出の時を待っている。
 先の作戦でもウィンスたちが味わわされたあの魔法攻撃だろう。
 正直、その術一回程度、本調子のハンターたちならば耐えることは容易だったはずだ。だが、ここまでに負ったダメージが響いた。放たれたが最後、力尽きる者が幾人か確実に出るうえに、ぎりぎりで維持している戦陣が崩されてしまう。
 ここまでに随分数を減らしたといえど、約100m半径に未だ多数犇めく歪虚に囲まれた状況で、数人のハンターがベリトを倒し、生還するルートは最早見えなかった。
 だが、どうしようもないと頭で理解していても、それを納得出来るか否かは別の問題だ。
 なにせ少年、ウィンス・デイランダールには、引く刃など持ち合わせがないからだ。
「──上等だ」
 少年の心中には余りに明白な線引きがあった。
 ──“此処で死ぬなら、自分はそこまで”。
 危険だとか、逃げ場がないだとか、脱出不可能だとか、そんなクソみたいな御託は十分だった。
 刹那、少年の纏う銀の霞みを爆発的に侵食していく真紅。
 ウィンスが声を張り上げ、地を駆けようとした、その時──……

「おい、クソ天使……お前、利用されてるぜ」

 たった一言だった。一瞬で、ベリトの目の色が変わった。
「陣が発動した時の反応を見るに……お前“法術陣の真の効果”を知らなかったんだろ?」
 ──ジャックは法術陣が発動した時、女の反応を間近で見ていた事実がある。
 だからこそ、青年は“ただのハッタリ”に真実味を持たせることが出来たのだ。

●真実の名を告げよ

 直後、ベリトから黒く禍禍しい何かが発せられた。
 ベリトがなぜこの戦いを始めたのか? その切欠、つまり逆鱗に青年が触れたのだ。
「この“私”が、利用されている、だと……? 否、否否否否! 真実を知らぬ、愚かな人間風情が……」
 黒い波動の中央に居たのは確実にベリトだった。しかし突如、めき、とあまりに気味の悪い異音が響いた。
 気づけば女の顔の中央を縦半分に割り裂くような亀裂が走っている。
 亀裂は徐々にずれ、そしてまるで口を開けるようにぱかりと割れると、"中"からどろりと肉片が滴り落ちてきた。それに汚されるように、天使の容姿はあっという間にぐずぐず溶けて崩れていく。
 その“変容”はほんの一瞬のことだった。
「貴方……誰?」
 泡立つ肉片が再構築を終えるより早く、神罰銃を構えたままのマリィアが問うた。
 既に『ベリト』などというまやかしは存在をなくし、代わりにそこ居たのは……。
「誰、か。成程、実に人間らしい問いではないですか」
 それは、およそ言葉にできぬ“異形”だった。
「解りよく言えば“真実”──お前如き人間に触れることなど許されぬ、我が身の真の有様」
 人型である、ということはすぐ理解出来た。だが、その顔はおよそ蜘蛛のそれと等しい。
 目と思しき器官が複数あるだけではなく、頭部より幾つもの角……いや、触覚だろうか。それがうぞうぞと蠢いている。
 だが、奇怪な形をしているにもかかわらず、その出で立ちは高貴さを装っているのだ。
 貴族の様な美しい装飾の施されたジャケットを纏い、脚部には複数の蜘蛛が絡みつき、そして不気味な臀部の尾がゆっくりと動いて存在を主張する。
 その時、ジュードの無線に音声が飛び込んできた。
『敵の数が減ったおかげで戦線は安定してる。急いでそっちに向かうけど、皆まだ無事?』
「アルトさん!? みんな、聞いて! いま増援が向かってる! だから、もう少しだけ……ッ」
 さらに別方向からは、騎士団長エリオット率いる王国騎士の精鋭が、同様に恐ろしい速度で道を開き始めたようだ。
「何が来ようと結果は変わるはずもない。じき、終幕です」
 蜘蛛が手をあげると、呼応して上空の魔法陣が再び地上のハンターたちに向けて照準を合わせた。
 その一撃で、どれくらいのハンターが戦線離脱するだろう。いや、既に戦場で倒れたハンターにもそれが降り注いだならば重体では済まず、いよいよ死が迎えに来るはずだ。──そんな緊張を感じ取ったのか、口元を歪めた歪虚は、こう切り出した。
「……ですが、お前たちは幸運です。いま私は“あるもの”に強い興味を抱いているのです」
 蜘蛛の目が、ある一点を見つめている。その先に在った者は──
「王国が望む理想の光、それに最も近しい騎士よ──私と取引をしようではありませんか」
 ──未だ輝かしいマテリアルを燃やす、ジャック・J・グリーヴだった。
「はっ、商人の俺様と取引たぁ、デカく出やがったな……てめえの要求はなんだよ、クソ歪虚」
 絶体絶命にあって未だ悪態をつくジャックを前に、蜘蛛は口元にはっきりと笑いを浮かべてこう言った。

「お前が、跪いて乞いなさい。この私の慈悲を。……国を、周囲の者たちの命を救いたければ」

 途端、我慢の限界を振り切ったウィンスがミラージュグレイブを携えて瞬を駆けた。
「上等だ、こんのクソ蜘蛛があああああ──ッ!!」
 しかし、少年が動くより早く、天空を覆う魔法陣より、複数の黒塊が余すことなくウィンスに注がれる。
 既に余力のないウィンスは全てをよけきれず体中に黒槍を突き立てられ、朦朧とした意識の中で膝を折った。
 剛が慌てて回復に向かうが、それは脅迫に等しい行為。
 今ここにいるハンターにもっと体力があれば、周囲にもっと仲間がいれば、崩れても態勢を立て直す余力があれば……こうは、いかなかったはずだ。
「もとより私は王都攻略に価値を見出してはいないのです。肝心の法術陣も、事ここに至って私の目的と合致しないことに気付けましたし。つまり“私の気分さえ変われば、これ以上王都に向かう必要などない”のです。お前は“それを解って私を挑発した”──違いますか?」
 確かにそうだ。ジャックは、当初よりこの歪虚を相手に“ある取引を持ちかけるつもりでいた”のだ。
「“強制”はしません。破滅も一つの選択。光の終焉を見届けるのもまた一興でしょう」

 ──全てを守るには、全てを解決するには、今“俺が生きてきたこの在り方”以外ないと思っていた。
 けれど、それで“俺の世界”を守ることは出来なかった。それが目の前の現実だ。
「……認めたくねえ。死ぬほどムカつくし、クソみえてな事実だが……」
 俺様の頭は、俺様のプライドは、俺様の命は……“俺”は、一体誰のため、何のために在る──?

 青年は逡巡する。だが、奇妙な沈黙の中、やがてジャックが取った行動は。

「“俺たちの、負けだ”」

 ──生まれ育った自分の国を、そこにいる仲間を、そして彼の大切な家族を、守ることだった。
「……頼む。撤退してくれ」
 歪虚の高笑いが響くなか、青年は跪き、頭を垂れ、歪虚の慈悲を乞うたのだった。

担当:藤山なないろ
監修:京乃ゆらさ、高石英務
文責:フロンティアワークス

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