ゲスト
(ka0000)
【審判】ラストジャッジメント「イルダーナ防衛」リプレイ


作戦2:イルダーナ防衛 リプレイ
- 雨音に微睡む玻璃草
(ka4538) - マヘル・ハシバス
(ka0440) - ユーロス・フォルケ
(ka3862) - 星野 ハナ
(ka5852) - 紫月・海斗
(ka0788) - メトロノーム・ソングライト
(ka1267) - 十色 エニア
(ka0370) - ジルボ
(ka1732) - クルス
(ka3922) - J
(ka3142) - 柊 真司
(ka0705) - ヴァージル・チェンバレン
(ka1989) - 鵤
(ka3319) - イーディス・ノースハイド
(ka2106) - ボルディア・コンフラムス
(ka0796) - クリスティン・ガフ
(ka1090) - 無限 馨
(ka0544) - 春日 啓一
(ka1621) - 瀬織 怜皇
(ka0684) - ラン・ヴィンダールヴ
(ka0109) - 星輝 Amhran
(ka0724) - 八劒 颯
(ka1804) - 白金 綾瀬
(ka0774) - クローディオ・シャール
(ka0030) - ルシェン・グライシス
(ka5745) - 龍崎・カズマ
(ka0178) - ティリル
(ka5672)
●希望を繋いで
オーラン・クロスは研究員である。普段からの運動などしてない。ついでにもうそんなに若くもない。幾つもの門を抜けて最外縁の戦闘区画に来る頃にはもはや彼の息は切れ切れだった。地面に向かって大きく息を吐き、何度も深呼吸して荒い息を整える。
彼が限界以上に走れたのは、自分の行動が多くの人の生死に関わると自覚するからだ。
「待ってたわ、おじさん。さ、お祈りをはじめましょう」
涼やかな声にオーランは顔をあげる。お淑やかで場違いで、狂気と理性の狭間を行き来するこの声に彼は聞き覚えがあった。
「君は……」
声をかけたのは雨音に微睡む玻璃草(ka4538)。彼女に並ぶように3名のハンター、マヘル・ハシバス(ka0440)、ユーロス・フォルケ(ka3862)、星野 ハナ(ka5852)が彼を待ちわびていた。
「この状況、聖堂地下の浄化は完了したのですね」
「え? ああ、そうだよ。法術陣は正常に動作してる」
大聖堂のヴィオラは動けないが、術の維持に問題はない。装置としての法術陣が正確に解析された証拠だ。マヘルは全てを見届けてはいたが知識には欠けていた。オーランの言葉を聞いた彼女は、僅かだが嬉しそうに顔を綻ばせた。
そうと分かれば為すべき事は多い。ユーロスはかがみこんで、未だ荒い息のオーランに視線を合わせた。
「俺たちはあんたに協力するように言われてきた。俺達に出来ることはないか。あんたがしなくても良い事なら、俺がしてきてやる」
「いや……でも……」
ユーロスは言葉を濁そうとするオーランの肩を掴んだ。その仕事は1人に背負わせていいものではない。
「なんでも言ってくれ。あいつらに、――この国に手を出したこと、後悔させてやる」
「そうよ、おじさん。足りないものがあれば注げば良いんだわ。私は風見鶏を回す風になるの」
フィリアの言葉は暗喩だらけで難解だが、人柱も辞さないという意思は十分に伝わってくる。オーランの逡巡は長くはなかった。
「…………わかった。聞いてくれ」
意図と決意を汲み取ったオーランは慌ただしく頷くと、懐に納めていた地図を地面に広げてみせた。
●奮戦
城壁の上では各隊連携の取れぬままの応戦が続いている。ゲオルギウスと直接連絡を取っていた指揮官が死んだのだ。無理もない。復旧の為の準備も用意されてはいたが、想定外の敵と戦いながらではどうしても遅れが生じていた。合成獣型の歪虚を迎撃するのでさえ手間取っている。
「はいはい、こちら城壁放送局のダンディだ。騎士の皆様生きてるかい?」
無線から聞こえてきたのは紫月・海斗(ka0788)の声。騎士達が訝しんでいると、城門が開け放たれてハンター達が出撃した。巨人は迎撃に動き出し、脅威は一時的に離れていく。巨人が動き出した隙を狙い、城壁に到着したハンター達が空中への砲撃を開始した。
「ここは私が。十色さんは奥をお願いします」
「了解! 気をつけて」
メトロノーム・ソングライト(ka1267)に後を任せ、十色 エニア(ka0370)は城壁を走る。残ったメトロノームは両腕を広げて高らかに呪文――歌を詠う。歌に共鳴し青い火が中空に巻き起こり、それはやがて大きな火喰い鳥の形を取った。空を舞う火喰い鳥の羽が近寄るキメラを焼き払う。熾天歌【灼翼】、彼女独自の詠唱を歌に変じた魔術だ。
火喰い鳥は正面の敵を次々と薙ぎ払っていく。傷だらけのキメラはこの攻撃で大きく数を減らしたが、魔術師の範囲攻撃にも限界はある。1人で全てを撃ち落としきれるものではない。
取りこぼしたキメラは城壁に増えた新たな脅威に殺到する。一匹が魔術の範囲を抜け、メトロノームに迫った。
「おっと、ごくろうさん」
放たれた矢がキメラの顔を貫く。キメラは城壁に到達する前に空中で爆発した。矢を放ったのはジルボ(ka1732)だ。メトロノームの取りこぼしをフォローして端から撃ち落としていく。
「……ありがとうございます」
「良いってことよ。代わりに後で、お茶でも一緒にどう?」
ジルボ、渾身の明るい笑顔。しかしメトロノームは小首をかしげるだけだった。
「……それはちょっと……」
「あ、そう……」
がっくり肩を落としながらも矢をはずさないあたり、ジルボは間違いなくプロであった。
ハンター達の援護もあって城壁の戦況は急速に安定していく。負傷者と死体を運び出す余裕ができたことが、多くの将兵の心の余裕となった。集められた負傷者はクルス(ka3922)の元に集められ、ヒーリングスフィアによる治療が始まる。
「あんな攻め方があるかよ……無駄に何もかも殺していきやがって」
人数の問題もあり1人に何度も使えない程度だが、ちゃんとした治療を受けるまでの繋ぎと考えれば上等だ。
この時、負傷者が集まればそこ目掛けてキメラも殺到する。待機していたJ(ka3142)は治療班に迫ったキメラをアサルトライフルで撃ち落としていった。
「地上が頑張っている間に立て直しましょう」
Jは管制も請け負っているため、手数はどうしても減る。その分、周囲が円滑に動けば彼女の仕事は意味がある。とはいえ混乱はまだ収まらない。管制が有効に機能するにはもう少し時間が要る。
「柊さん、無理はしてませんね?」
「大丈夫だ。っ……うっかり死んだりしないさ」
柊 真司(ka0705)は痛みをこらえながらそう答えた。変化が緩慢であれば彼の警告も意味があるだろう。そうでなくても目の前の事に掛り切りの将兵達にとって、巨人の動向を知れるのはありがたい。
「紫月さんは戦況の把握に注力してください。何かあれば報告を」
「あいよ。任せてくれていいぜ」
柊と紫月。役割上隠してはいるものの、2人は時折痛みで声を詰まらせる。ガルドブルムにやられた傷がまだ癒えていない。下手すれば傷が開く可能性もある。それでも2人は出来うる限りのことと進んで役割を引き受けた。
彼ら2人の頑張りがあればJの仕事も大きく減る。混乱が収まり作業が減れば、Jが管制をせずともよくなるだろう。迎撃の手数が増えるならそのほうが良い。Jは城壁を移動しながらも、キメラを次々と銃撃で仕留めていった。
一方、遅れて城壁に登ったヴァージル・チェンバレン(ka1989)は、特に何もせず城壁の内側の町並みをみていた。彼には幾つかの懸念事があった。ここまでの敵の行動パターンであれば、この大規模な攻勢が本命でない場合もあり得る。町並みに違和感はないが油断はできない。ヴァージルは青の隊の騎士から余裕のありそうな者を選んで声をかけた。
「なんだ?」
「実はな、折り入って頼みがある」
ヴァージルの話は簡潔ではあったが、意図を理解した青の隊の騎士は苦い表情を隠さなかった。
「それは俺達に死ね、ということか?」
「その前に上手く逃げれば良い」
「簡単に言ってくれるぜ」
騎士は吐き捨てるように言うが、顎に手をあて思案に入っている。それが必要だと彼も判断したのだ。後方を担う青の隊の心に赤の隊のような熱狂は存在しない。隊長であるゲオルギウス同様、あるのは冷徹な論理のみ。武力に乏しい彼らは、その理性こそが戦場を左右させるものと弁えている。
「だがわかった。損得勘定ぐらいは出来る。そのかわり、あんた達も上手くやってくれよ」
「そいつは俺以外に言ってくれ」
騎士は振り向かない。慌ただしく指揮を済ませると、何名かの部下を連れて城壁を降りていった。
手の空いたヴァージルは激戦となりつつある地上を見る。そこは地獄の様相が広がっていた。
●群体の暴威
時は少し遡る。近隣の門から出撃したハンター達はそびえ立つようなラウムの巨躯を見上げていた。出撃したハンターは総勢10名以上。予備戦力として動かせるハンターのほぼ半数以上だ。
ラウムを止めなければ全てが崩壊する。その危機感をハンター達は正しく認識し共有していた。同時に、殺しきれないだろうという理解もある。戦闘が始まったばかりの初見の敵。何の機能を持つかも判然としない。巨体だけでも脅威である。見上げる鵤(ka3319)はうんざりした顔で倒すべき敵を見つめていた。
「目的は時間稼ぎだっけねえ。あと40分以上あるし、長丁場だからゆるーく行こうねぇ」
彼の言葉にやる気は欠片もないが怠慢を促すわけではない。倒しきれないと思しき相手だからこそ目的の成就こそが何より優先される。だが強い焦燥を覚える者達にはその言葉は後ろ向きにも聞こえた。
「足止めだからと言って、手加減して抜かれては元も子もない。最初から全力で行く」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は馬に槍を構え直すと、拍車をかける。兵は拙速を尊ぶ、それもまた真理。ハンター達はその動きに賛同するように一段となって進んでいく。
「野郎ども! 俺に続けえ!!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の呼びかけに答え、多くのハンターが突貫する。クリスティン・ガフ(ka1090)、無限 馨(ka0544)、春日 啓一(ka1621)、瀬織 怜皇(ka0684)、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)、星輝 Amhran(ka0724)、八劒 颯(ka1804)。
各自散開はしつつも速度を落とす様子はない。
「おっさんついていけないわぁ。年かしら?」
「バカなこと言ってないで、私達も散開するわよ」
白金 綾瀬(ka0774)は距離をはかりながら回りこむように移動していく。多くの者が鵤を抜き去って行く中、クローディオ・シャール(ka0030)は彼の横に馬を並べた。その後ろをバイクに乗ったルシェン・グライシス(ka5745)が続く。
「どのみち、支援を切らせば戦線維持は難しい。前衛が突っ込んだらすぐにでも魔法の支援を開始する。貴女もそれで良いか?」
「ええ。構いませんよ」
きつめの色香を振りまきながら、ルシェンは艶然と微笑む。常であれば惑わされる者も要るだろうが、幸い2人にその気配は無い。
先を急いだメンバーは徐々に巨人との距離を詰めていた。城壁の破壊を続けていた巨人は地上を振り返る。地上を動くハンターに気づき、城壁を離れてハンター迎撃に動き出したのだ。足を狙い動く予定のボルディア達は隊列を開き、間合いを図る。足元は安全と思われたがその為には剣の一撃を切り抜ける必要がある。
敵の間合いまであと少し。張り詰めるような緊張が空気に伝播していく。
「来るぞ! 散か……」
ボルディアは絶句した。剣先が地表を薙ぐように襲い掛かってくる。見誤った。これは骨のある動物の動きではない。腰は異様なまでに前のめりに湾曲し、あろうことか腕は伸びた。結果として薙ぎ払った剣の間合いは絶大で、動きを注視してたはずの前衛メンバーがほとんど飲み込まれた。
ハンター達は咄嗟に防御魔法を使った。盾や武器を構えた。だがそれは蟷螂の斧に等しい。あの剣は既に城壁を抉ることで威力を証明している。大質量の生み出す破壊力には為す術はなく、誰もが乗騎や乗機から投げ出され、吹き飛ばされた。
「……こいつは参ったなぁ。クローディオ君、後は頑張って立てなおしておいてねぇ」
反対に回っていた鵤の声が飛んだ。鵤はデルタレイでその背中を焼き、少しでも気を逸らす。僅かな間隙をぬってクローディオは前線に飛び込んでいった。重装甲に守られた聖導士である彼だからこそ出来る無茶である。クローディオを援護するように、鵤と同じく回りこんでいた白金も銃撃を開始した。
「味方も城壁もやらせるもんですか」
銃弾が腕を貫く。確かに腕に命中した。だというのに痛みでのけぞることも、衝撃で動きが止まることもない。狙われないうちに白金はその場を移動する。鵤がそれをフォローするようにデルタレイを放とうとして……、動きを止めた。
「何故躊躇うの!?」
魔術の発動を躊躇った鵤を叱咤しようとして、白金もまた気づいた。防御の為に巨人が掲げる盾に人がはりついている。龍崎・カズマ(ka0178)だ。動きが止まった何れかのタイミングで城壁から飛び乗ったのだろう。疾影士の脚力と壁歩きの技能あっての離れ業だ。
巨人は龍崎を盾にしているわけではない。盾を本来通りの使用方法で使っているに過ぎない。龍崎が移動すれば良いのだが、戦闘中に振り回される盾の上から動くのは、壁歩きの技をもってしても至難だった。
彼の意図は前衛の者からはすぐにわかった。この巨体相手に注意を逸らすなら立体的な攻撃が効果的だ。彼が居るのであれば作戦は合わせたほうが良い。すぐさま同じことを考えていた者達が前面に出た。
「はやて達も行きますわよ! 味方が退くまで、持たせてみせますわ!」
最初の一撃から逃れていた八劒、ラン、星輝はそれぞれに巨人の間合いに飛び込んでいく。巨人は再び剣を振りかぶった。
「させないよ!」
ティリル(ka5672)が放つ五色光符陣で巨人の動きが鈍る。支援を受けて前衛は剣の間合いを突破。八劒はジェットブーツを起動して飛翔、ランはワイヤードクローで後ろ脚にとりつく。星輝は動きの止まった瞬間に腕に飛び乗り、そのまま走って上半身を目指す。
ティリルの稼いだ貴重な時間でハンター達は無事に巨人の肉体に取り付いた。彼らの援護の下、巨人の動きを妨害するため無限も巨人の足元へ走り寄る。
「こいつでも食らうっすよ!」
至近距離から放たれた無限のカードが狙い違わず巨人の顔を直撃する。切り裂かれた目から血が飛沫をあげるが、無限は容赦なく次々とカードを放っていく。巨人の体を登ったメンバーは思い思いにその巨体に一撃を加えていった。
「はやてにおまかせですの! びりびり電撃どりる!」
八劒がその背中に電撃どりるを打ち付ける。焦げた臭いが周囲に広がっていく。想定通り電気は敵の体内を貫通してダメージを与えていく。その後方でランも負けじと何度も槍を背中に振り下ろしていた。見た目ほどに肉は硬くなく、何度も血飛沫があがる。
一方、上半身まで上りつめた龍崎と星輝は両側面から巨人に迫った。
「腕の一本はもらうぞ!」
龍崎の斬龍刀が巨人の左腕を半ばほどまで大きく切り裂く。腕周りだけでも4mはあろうかという太さを一息に切り裂くことは出来なかったが、常人であれば片腕を使用できなくなっておかしくないほどの傷だ。星輝はその反対側から巨人の右頬を貫通させ、口元の肉をえぐりとる。
「顔をここまで抉られたら、少しは堪えよう?」
星輝は刀を引き、肩に刃を突き立て態勢を維持する。この一連の攻撃で動きを止めたかに見えた巨人だったが、緩慢な動作で潰れた顔を星輝に向けた。
「……効いてない?」
4人が与えた傷は気づけば盛り上がる肉で塞がってしまっていた。この歪虚は群体である。攻撃を加えた場所の個体は死ぬ場合もある。だが、それは全体のダメージとしては等価だ。中央の本体を狙う以外、急所らしい急所はないのだ。人間なら神経の通るであろう重要な部位も、骨や内蔵を収めた場所も、全て見かけ上の事でしかない。
剣を地上から引き抜いた巨人の次の一手は、腕による迎撃ではなかった。巨人は後ろ足で立ち上がり、前足を大きく振り上げた。振り落とされまいとハンター達は手近な場所に武器を突き立てる。 「こいつは……まさか」
星輝はそこで予想が嫌な時に当たったと知る。巨人の肉が変形して触腕となりハンター達を襲った。一つ一つは標準的な人の腕ほどしかなく、5本ぐらいまでなら対応も可能だったろうそれだが、1人に対して数十本となればどうしようもない。 錐状の先端を持つ触手がハンター達の体を何度も貫く。武器を使えない八劒やランは一方的に攻撃を受け、痛みに意識を失い地上へ落ちていった。武器以外で体を固定できた星輝や壁歩きの技能で凌いだ龍崎はある程度の防御も可能だったが、それでも上半身の急所を護るので精一杯。不安定な足場、動き続ける体表の上では揺れる地面に立つ事と同じようなもの。いかに機敏な覚醒者でも、その状況での回避は不可能であった。
「キララ! 今助けるから!」
瀬織は弓で射撃を続けながらも落ちた星輝の回収に馬を走らせる。幸い落ちて動けなくなった者に巨人は興味を示していないが、いつ踏み潰されるとも限らない。巨人への攻撃は被害は大きかったが、前線のメンバーが復帰する時間はなんとか稼ぐことが出来た。瀬織が引き揚げるのと入れ違いで、復帰したボルディア、クリスティン、イーディスが攻撃に移る。
「くそが! ふざけんじゃねえ!!」
ボルディアが叫びながら足元に走り寄る。ヒールによる止血は受けたが流れた血で服は赤く汚れている。彼女は斧を振り回して足めがけて2連撃。腕以上に太い足を大きくえぐりとった。その一撃にあわせるようにクリスティンの一撃が入る。斬魔剛剣術刀技「邪払」、赤い軌跡は巨人の足を容易に切り裂く。
「どこを切っても同じ……か」
刀を構え直しながら、クリスティンは忌々しげに呟いた。効果の程は変わらない。同じ足に攻撃を集中させたものの、肉は膨れ上がり足は復元される。
「大丈夫だ、効いてる。そいつは無敵じゃない」
トランシーバーから届いた声は巨人を監視していた柊のものだ。彼は巨人を俯瞰することによって、性能を逐一把握することが可能であった。彼の見たところ、足への攻撃は有効だ。攻撃しても機能は復元するが、それまでは動きは一時的に停止する。この復元はダメージが大きいほど長くかかる。且つ理由は不明だが、どのタイミングでも足から触腕を出すことはない。設定した作戦目標は正しい。十分に火力を集中できるなら足止めという目標も達成できる。
だが火力の集中は不十分に終わった。巨人は前衛の攻撃に対して、位置を変えながら足踏みをすることで対抗する。振り回される足を避けながらでは攻撃はどうしても散漫になった。武器を使うに適正な間合いも乱れてしまう。メンバーの戦闘離脱で前衛の火力が目減りした現状では、その不足分が致命的になった。ここで無限はエンタングルで足止めすることも考えたが、この太さとこの質量では一方的に振り回されて終わるだろう。
この時巨人は足元に対処しながらも、足元を見てはいない。巨人の視線は何度となく妨害の魔術を使うティリルに向けられていた。
「ティリルさん、下がって!」
白金の警告は間に合わない。間に合っても彼女は引くわけには行かなかっただろう。彼女の妨害あってこそ、前衛の仲間が近接攻撃を敢行できるのだ。結果、為す術なくティリルは鉄塊の如き剣に薙ぎ払われた。
仲間を護る為に前線で戦っていたクローディオだが、ティリルを守り切ることは出来なかった。吹き飛ばされた彼女を拾い上げるのが限界だ。彼には護るべき対象が多すぎる。敵の攻撃でここまで数を減らさなければ、火力の集中で凌ぐ手もあった。それが失敗した今、じりじりと戦力が減る一方だ。
クローディオは抱えていたティリルを後方で治療にあたっていたルシェンに引き渡した。この時間もまだ前衛の仲間が必死に戦っている。
「頼む。私は皆を助けに戻らないと」
「任せて。死なせはしないわ」
ルシェンが後方に下がるのを見届け、クローディオは再び戦場に戻る。最初の攻撃で薙ぎ払われた前衛は動ける程度まで回復させた。振り落とされた仲間も大方回収した。仲間の支援を受けつつ八面六臂の活躍ではあったが、同時に予感もあった。クローディオは巨人を見上げる。巨人の視線は動けなくなったティリルから、クローディオへと移っていた。
「こいつは焦りすぎたかぁ…」
鵤は最前線より戦況を俯瞰して苦々しく呟いた。
事此処に至っては認めざるを得まい。弱点や性能は予測可能だった。されど、高位の歪虚はそれを覆すだけの能力を備えている。細心の注意を払っているつもりでなお、ハンター達は敵を侮っていた。
巨人の動きは機敏だ。その巨躯は良い的だが鈍重さは欠片もない。攻撃を受けた部位は消滅している場合もあるが、時間が経てば周囲の肉が補ってしまい、機能の欠損も修復してしまう。修復はそれなりに時間が掛かるため万能ではないが、その時間差に付け入るだけの戦力や準備が残っていない。
その上で更に恐ろしいことに行動が理性的だ。戦術上で重要な敵を見極め、優先して攻撃を仕掛けてくる。動けなくなったハンターや近接攻撃を敢行するハンターを無視してティリルを薙ぎ払い、今は前線で回復の魔術を使って仲間を救出するクローディオを狙っている。
自身の間合いや能力は必殺となる瞬間まで隠し、城壁からの援護射撃を減らすために一定の距離を取っている。そして一方的な蹂躙で倒せると踏んだ今、慎重さをかなぐり捨てて猛攻を始めた。
オーランのもたらした情報により巨人の持つ機能は予測出来てた。だが前線のハンター達は焦りから対応を誤った。その結果がこれだ。
「……時間まで、持ちそうにないなこりゃ」
しかし撤退することなどできない。ハンター達はまだ目的の半分も消化していないのだから。
オーランより要請のあった作業終了時刻まで残り30分。鵤は懐中時計を胸ポケットにしまい、再びデルタレイを放った。
●死闘
城壁の戦いは再び混沌の渦中にあった。地上部隊の火力が乏しくなったことで巨人が再び城壁への攻撃を再開したのだ。この優先順位の変化は監視の柊には明らかであった。事前に警告はなされバリスタや大砲で抵抗する王国軍だが、一度崩れた部隊では抵抗は叶わない。巨人の狙いは的確で、自分にとって脅威である存在をまず最初に狙った。ハンターの魔術師2人である。最初に狙われたメトロノームはそれでも懸命に魔術で応戦していたが、振り下ろされる剣から逃げ続けるのは難しかった。未だ残るキメラへの対応もあり、メトロノームの離脱は戦線の崩壊にも繋がるだろう。
「ジルボさん、ここは私1人で構いません。二手に分かれましょう」
「……くそっ。わかったよ」
これが3度目の提案だ。弱々しく笑う彼女を捨て置けないとジルボは何度も拒絶したが、そうしなければ共倒れになるということも痛いほど理解していた。ジルボは城壁の上をメトロノームとは逆の方向へ逃げつつ、弓矢で巨人を撃ち続けた。しかし意に介さない巨人はそのままメトロノームを狙い剣を振り下ろす。メトロノームは逃げきれず衝撃に巻き込まれて、城壁に備え付けられた階段を転がり落ちていった。
ジルボの攻撃は続くが火力が半減しては既に焼け石に水といったところだ。Jはジルボの支援に移動する前に、十色の肩を叩いた。
「十色さん、適当なところで逃げてください」
「出来ません。まだキメラが残っています!」
「知っています。それでもです」
十色の言葉は正しい。キメラを放置してもやはり城壁は抜かれてしまう。信じたわけでなくとも、Jは彼を残してジルボを助ける為に移動する必要があった。態勢の整わない騎士団・私兵団とジルボだけでは、もう戦線を支えきれない。
続く展開は想定通り。自己犠牲は必要だった。
「おいエニア、さっさと引け。もう限界だぞ」
無線に紫月の声が虚しく響く。十色は他の騎士を逃がすために最後まで残って奮戦していた。彼の気迫に付き従う者達も居てキメラはなんとか掃討できている。だが、巨人には為す術が無い。果敢な火線の集中も虚しく、剣は城壁へと振り下ろされた。標的となった十色は剣の直撃をかわして即死こそ回避したが、衝撃に吹き飛ばされてて城壁の下に落ちていった。安否を確認する余裕もない。
「………くそったれ。こんな時だってのに俺は……!」
紫月は悪化する戦場に歯噛みする。彼の管制で生き残った者も多いが、こうなってしまえば彼は無力だ。巨人の脅威を伝えるだけで、彼らが城壁ごと吹き飛ばされるのをただ見守る事しかできない。こんな時に動かない体が心底恨めしかった。銃を撃つ事もなく、歩きまわるだけでも傷が開いていく。
地上部隊は必死に巨人の気を引こうと動いているが、既に火力不足だ。まともに戦えるのは瀬織、鵤、白金、イーディス、無限のみ。戦力の3割と言ったところだ。主力となる火力を欠いており、術に必要なマテリアルは使いきっている。刻限にはまだ遠い。手詰まりだ。残る処置は戦場の延命のみ。クルスは必死に治療に務めているが法術に必要な体内のマテリアルはほとんど底をついている。術は延命ではなく戦線復帰に、比較的軽傷の者に使用していた。その光景は末期的だ。
前線のJが冷徹に計算を始めた頃、予想しない声が無線から届いた。
「法術陣の準備が整った。皆引いてくれ!」
オーランの護衛についていたユーロスの声だった。予定の刻限にはまだ早いが、彼の言葉を信じるしかない。
「クルスさん、撤退です。ここからが本番ですよ」
「了解」
クルスは騎士を背負いながら、城壁を降りる階段に走った。
かくして撤退の命令はくだされた。それから数分たった頃、城壁が巨人によって蹴り破られる瞬間を、ユーロスは貧相な住宅街の物陰から見上げていた。 この危機的な状況を回避するためにオーランは途上、ユーロスとフィリアに護衛を離れての作業を指示していた。2人に依頼したのは破損している可能性のある陣の発見と再構築。街の中には大聖堂と同じく法術陣の起動に使う魔法陣が設置されている。小さな破損であれば陣を描き直し修復を。修復がかなわずマテリアルを引き上げられない状態であれば、陣を補う為の人柱となる。2人に与えられた任務は必須のものであった。ユーロスがこの作業を終えたのはつい先程。ギリギリのところで準備は間に合った。最後の一つは長い年月で破損していたため、フィリアが中継ぎを担うこととなった。
「お兄さん、もうすぐ雨が降るわ。傘を忘れちゃだめよ」
小さな教会の中央で腰を下ろすフィリアは、場違いに優しい微笑みを浮かべていた。ぞくりと、ユーロスの背に悪寒が走った。
自分達の判断は間違っていない。最善を尽くした。それでも「雨」が降る?
「あんた、それって……」
彼女は不完全な陣は補うためにこの場に留まる事になっている。風見鶏を回す風となったのだ。「雨」が降ると彼女は言うが、それは一体何の暗喩なのだろう。見上げる巨人は街の中へと悠々と侵入してくる。動く兵士は予定よりもずっと少ない。
「……法術陣にくわれて死ぬなよ」
言い捨ててユーロスはフィリアに背を向け走りだす。オーランの護衛は間に合わない。残った2人の護衛が上手くやることを祈りつつ、彼は街路の陰に消えていった。 この時、巨人の侵入に先駆け、春日は1人戦線を離脱して城壁の内側に戻っていた。周囲に仲間は居ない。支援してくれる予定の仲間は全て倒れてしまった。あるいは援護射撃に手一杯で離れることができなかった。それも巨人が城壁を超えてしまうまでだろう。彼自身も長い戦いで満身創痍だった。弓での援護に徹したため直撃こそ回避したが、スキルの多くは使いきっている。
「けど、俺がいかなきゃ終わらねえよな!」 春日は馬上で大きく息を吐く。イメージするのは体内の火。マテリアルを炉にくべ、心臓に炎を燃やす。
マテリアルの炎を燃やせば、巨人も彼を無視できない。
「おうおうデカブツ野郎! てめえの相手はこの俺だ!」
城壁を破壊して乗り越えた巨人の目が春日を捉える。春日はゴースロンに鞭をくれ、無人の街路を全力で走らせた。巨人は街を踏み潰しながら進んでくる。速度で言えばぎりぎり追いつかれないが、そう簡単には行かない。巨人は足元の瓦礫を拾い上げると、春日めがけて放り投げた。
「くそったれ!」
回避しきれない。落ちてきた瓦礫の衝撃で馬上より投げ出された春日は受け身を取るのが精一杯だった。春日が痛みに耐えて立ち上がろうとする間にも、巨人は距離を詰めてくる。そこで春日は信じられないものを見た。
「オ……オーラン!? なにやってんだ、あんた! さっさと逃げろ!!」
街路に司祭の服を来た男が1人、馬に乗り巨人を待ち構えている。フードをかぶっているが、その背格好や服装は間違いなくオーラン・クロス――に、見えた。 馬を駆ってオーラン(?)は逃げる。しかし結末は変わらない。逃げきれない。春日がやられたように、オーランもまた投擲される瓦礫の餌食となる。オーランは押しつぶされて死んだ。誰にも守られることなく。
春日は後に、この時死んだオーランがヴァージルの提案に依って青の隊が用意した囮だと聞かされた。
ヴァージルは城壁からこの様子を見ていた。誘導は果たされたものの、彼の反応は薄い。
「囮をこんなことに使う羽目になるとはな」
囮がラウムの近くに居たのは、地上ではオーランが退避できていないという証拠だ。最後の一瞬を稼ぐために、かの騎士は命を投げうったのだろう。青の隊に熱情はない。あるのは怜悧な思考のみ。ヴァージルは形ばかりの祈りを唱えた。
「……何はともあれこれで良い。オーランの安否はともかく、少なくともこれであのデカブツは詰みだ」
巨人は敷設された法術陣の中央に誘導されている。そして、再び王都に光があふれた。
●終幕
多くの苦難を乗り越えて法術陣は再度起動した。
巨人は瞬く間に光へ飲まれ、崩壊する。分厚い肉は水が蒸発するような音を立てて、次々と消え去っていく。そして最後、核たる高位歪虚のみが中央に残った。核となった歪虚は光に焼かれて満身創痍なれど、まだ戦う力を残している。
カラスの姿に戻ったラウムは地上に落ちる前にホバリングして態勢を立て直し、この番狂わせを引き起こした人間を見出した。 「……また貴方か」
その視線は街路の隅で震えているオーランを射抜く。
「やはりこちらに来ましたか」
マヘルは無線機を受信に切り替える。この状況を予想し、「護衛対象は離脱できず、敵歪虚と距離がない。至急増援を」と本来の護衛者3人や周辺の騎士団に連絡を取ってはみた。結果、帰って来たのは揃って「距離がある。向かっているが時間がかかる」という答えだった。無線の雑音の向こうから荒い息遣いも聞こえた。予期して既に行動を始めている仲間もいるようだが、巨人に踏み荒らされた街を乗り越えてくるのは骨が折れるだろう。空を飛ぶ敵と速度を争えるわけもなく、助けは恐らく間に合わない。マヘルは知らず拳を握りしめていた。
悪い状況が重なっていた。本来なら高位歪虚との戦闘も想定されるため、オーランは避難する予定だったのだが、陣の敷設を間に合わせるために逃げる時間が無かったのだ。元々直衛についていたユーロスとフィリアは前線の破綻を埋め合わせる為に必要な喫緊の作業で合流できず、ヴァージルは囮作戦の支援の他、敵の動向を見張っており城壁の上。城壁内外のハンターもここまでの戦力不足を想定していなかった。オーランに残った護衛は2人きり。2人の損耗は最小限だが、暴威を振るった存在の核となっていた高位歪虚を前に戦力不足は否めない。マヘルの呼びかけに答えたのはほんの数名。彼らの到着まで時間を稼ぐ必要がある。
「勝てると思いますか?」
「流石に無理ですねぇ」
星野の声は柔らかく苦い。敵は弱っていても高位歪虚、地力の差は歴然としている。数がそろえば十分勝機はあるが、手持ちの火力では例え相手が棒立ちでも殺し切れるかすら怪しい。まして人を守りながらでは……。
ラウムは急降下してオーランを狙う。2人はオーランとラウムの間に立つ。絶望的な戦いであっても、挑む必要があった。
「来ます! 逃げて!」
「あ、ああ……!」
急かすマヘルに押し出されるようにオーランは走り出す。逃げきれる距離ではないが、増援が来るまで持たせないといけない。ラウムは急降下した勢いのまま、2人をかわしてオーランに迫った。
「いけない!」
星野の加護符がオーランを守るが、攻撃を逸らすのが精一杯。加護符の防御は一瞬で貫かれ、錐はオーランのふとももを抉った。
「ぐ、う……っ!」
オーランは激痛でその場で転倒する。目も開けられないほどの痛みに頭が追いつかない。痛み・恐怖・疲労を御すことが出来ず、オーランは迫るラウムから逃げ出すことができなかった。倒れ伏すオーランにラウムは止めを刺すべく狙いを付ける。
「行かせない!」
マヘルは体当たりの要領で槍で突き掛かり、ラウムをオーランから引き離した。ラウムは組み合いながらも狙いの逸れた右の錐で、マヘルの左肩を貫く。咄嗟にマヘルは防御障壁を展開していたが苦も無く粉砕された。マヘルの肩から血が吹き出す。錐は内部で棘が開き、傷口を強引に開いていった。
「うう……! オーランさん、急いで!!」
マヘルは錐が抜ける前に掴みかかり、揉み合いながら地面を転がる。ラウムが体を離そうとする動きに便乗し、ブレスレットを掲げて至近距離からデルタレイを放つ。光線が命中するたびにラウムの体が衝撃で跳ね上がった。オーランは激痛の走る足に歯を食いしばりながら必死に建物の中へ逃げていく。
「離せ、人間」
「お断りします。あの人は希望なのです。この国の未来の!」
二度と悲劇は繰り返さない。彼の知識こそが王国を救うのだ。それは多くの死者達の願いでもあるのだ。託された自分は断じて引き下がるわけにはいかない。勝てない道理を曲げる必要がある。ならば手は一つだ。
「だからこそだ」
ラウムの声が平坦ではあったが、禍々しい怒りに塗れていた。ラウムは左の錐でマヘルの右胸を貫く。肺を貫かれて喀血する。しかしマヘルはその手を離そうとしなかった。槍を捨て、決して逃すまいと右胸の錐にも掴みかかる。本来なら力で叶う相手ではない。だが2人は一時的にも拮抗していた。ラウムが法術陣で弱っていたこともあるが、それ以上にマヘルの決死の覚悟あってこそだ。
「……星野さん!!」
「はい!」
星野は動きの止まったラウムを五色光符陣で何度も打ち据えた。ラウムが無言でのけぞる。表情や挙動にこそ出さないものの、ラウムの動きは確実に鈍っていた。オーランを追おうとするラウム、引きずられながらも逃すまいと両腕に力を入れるマヘル。ラウムは動きを遮られる度に錐に変形させた足でマヘルを貫いた。マヘルは急速に血を失い、引きずられたあとには血糊で道が出来た。それでもマヘルは手の力を緩める事はなかった。何度破られても防御障壁を作り出し続ける。しかし限界を越えた力が長く続くはずもなく、先に力尽きたのはマヘルであった。マヘルを振りほどいたラウムは翼を大きく広げ、空へと逃げた。態勢を立て直して怯えるオーランを再び捉えるが、それが全てであった。
矢が風を切って飛び、ラウムの背を貫く。続いて地上より放たれた光線が何度となくラウムを撃ち貫いた。追いついてきたJ、鵤、ジルボが位置を変えながら連携して攻撃を続けていく。幾度も火線を体に浴び、やがてラウムは無言のまま塵となった。
戦場の喧騒は通りすぎる。風の音が終わりを告げていた。
「おい………君」
オーランの声が、街路に響く。戦闘が終わったことを知り様子を見に来たのだろう。星野もその声でマヘルが動かないことに気づいた。流れでた血が地面に黒く滲んでいる。
法術で治療したばかりで動かない足を懸命に引きずって、オーランはマヘルに歩み寄る。彼はマヘルの体の傷を塞ぐために法術を紡ぐ。何度も何度も。焦りが手に伝わらないよう、神への祈りを魔力に変えて。
「目を、頼む、息を……息をしてくれ! 頼む……!」
今にも泣き出しそうな声。祈りよ、力となれ。救い給え救い給え救い給え。
何度も何度も詠唱し、その度に漏れ出そうな絶望を、歯を食いしばり耐えていた。
だが、マヘルの呼吸が吹き返すことはなかった。
「……………………」
マヘルは何かをつぶやくが、聞き取れる声とはならなかった。「幸せに」と、誰かの名前と共に唱えたようにも見えた。
マヘルはほどなく静かに息を吐き、眠るように目を閉じる。それが彼女の最期であった。
「………そんな。また……」
声は震えていた。全力で、足掻いたはずだ。前線の奮闘と破綻、多くの人の協力、予定より早い準備の完成。決死のハンター達。自らのために死んだ騎士――そして、今、一人の少女が、命を落とした。また、助けられてしまった。その途上の誰が欠けてもこの難敵を討ち果たすことは出来なかっただろう。もっと多くの人が死んでもおかしくなかった。これは必要な犠牲だった。ただそれを受け入れるには、オーランは多くのものを失いすぎていた。深い沼のような後悔が、彼の心を沈めていった。
オーラン・クロスは研究員である。普段からの運動などしてない。ついでにもうそんなに若くもない。幾つもの門を抜けて最外縁の戦闘区画に来る頃にはもはや彼の息は切れ切れだった。地面に向かって大きく息を吐き、何度も深呼吸して荒い息を整える。
彼が限界以上に走れたのは、自分の行動が多くの人の生死に関わると自覚するからだ。
「待ってたわ、おじさん。さ、お祈りをはじめましょう」
涼やかな声にオーランは顔をあげる。お淑やかで場違いで、狂気と理性の狭間を行き来するこの声に彼は聞き覚えがあった。
「君は……」
声をかけたのは雨音に微睡む玻璃草(ka4538)。彼女に並ぶように3名のハンター、マヘル・ハシバス(ka0440)、ユーロス・フォルケ(ka3862)、星野 ハナ(ka5852)が彼を待ちわびていた。
「この状況、聖堂地下の浄化は完了したのですね」
「え? ああ、そうだよ。法術陣は正常に動作してる」
大聖堂のヴィオラは動けないが、術の維持に問題はない。装置としての法術陣が正確に解析された証拠だ。マヘルは全てを見届けてはいたが知識には欠けていた。オーランの言葉を聞いた彼女は、僅かだが嬉しそうに顔を綻ばせた。
そうと分かれば為すべき事は多い。ユーロスはかがみこんで、未だ荒い息のオーランに視線を合わせた。
「俺たちはあんたに協力するように言われてきた。俺達に出来ることはないか。あんたがしなくても良い事なら、俺がしてきてやる」
「いや……でも……」
ユーロスは言葉を濁そうとするオーランの肩を掴んだ。その仕事は1人に背負わせていいものではない。
「なんでも言ってくれ。あいつらに、――この国に手を出したこと、後悔させてやる」
「そうよ、おじさん。足りないものがあれば注げば良いんだわ。私は風見鶏を回す風になるの」
フィリアの言葉は暗喩だらけで難解だが、人柱も辞さないという意思は十分に伝わってくる。オーランの逡巡は長くはなかった。
「…………わかった。聞いてくれ」
意図と決意を汲み取ったオーランは慌ただしく頷くと、懐に納めていた地図を地面に広げてみせた。
●奮戦
城壁の上では各隊連携の取れぬままの応戦が続いている。ゲオルギウスと直接連絡を取っていた指揮官が死んだのだ。無理もない。復旧の為の準備も用意されてはいたが、想定外の敵と戦いながらではどうしても遅れが生じていた。合成獣型の歪虚を迎撃するのでさえ手間取っている。
「はいはい、こちら城壁放送局のダンディだ。騎士の皆様生きてるかい?」
無線から聞こえてきたのは紫月・海斗(ka0788)の声。騎士達が訝しんでいると、城門が開け放たれてハンター達が出撃した。巨人は迎撃に動き出し、脅威は一時的に離れていく。巨人が動き出した隙を狙い、城壁に到着したハンター達が空中への砲撃を開始した。
「ここは私が。十色さんは奥をお願いします」
「了解! 気をつけて」
メトロノーム・ソングライト(ka1267)に後を任せ、十色 エニア(ka0370)は城壁を走る。残ったメトロノームは両腕を広げて高らかに呪文――歌を詠う。歌に共鳴し青い火が中空に巻き起こり、それはやがて大きな火喰い鳥の形を取った。空を舞う火喰い鳥の羽が近寄るキメラを焼き払う。熾天歌【灼翼】、彼女独自の詠唱を歌に変じた魔術だ。
火喰い鳥は正面の敵を次々と薙ぎ払っていく。傷だらけのキメラはこの攻撃で大きく数を減らしたが、魔術師の範囲攻撃にも限界はある。1人で全てを撃ち落としきれるものではない。
取りこぼしたキメラは城壁に増えた新たな脅威に殺到する。一匹が魔術の範囲を抜け、メトロノームに迫った。
「おっと、ごくろうさん」
放たれた矢がキメラの顔を貫く。キメラは城壁に到達する前に空中で爆発した。矢を放ったのはジルボ(ka1732)だ。メトロノームの取りこぼしをフォローして端から撃ち落としていく。
「……ありがとうございます」
「良いってことよ。代わりに後で、お茶でも一緒にどう?」
ジルボ、渾身の明るい笑顔。しかしメトロノームは小首をかしげるだけだった。
「……それはちょっと……」
「あ、そう……」
がっくり肩を落としながらも矢をはずさないあたり、ジルボは間違いなくプロであった。
ハンター達の援護もあって城壁の戦況は急速に安定していく。負傷者と死体を運び出す余裕ができたことが、多くの将兵の心の余裕となった。集められた負傷者はクルス(ka3922)の元に集められ、ヒーリングスフィアによる治療が始まる。
「あんな攻め方があるかよ……無駄に何もかも殺していきやがって」
人数の問題もあり1人に何度も使えない程度だが、ちゃんとした治療を受けるまでの繋ぎと考えれば上等だ。
この時、負傷者が集まればそこ目掛けてキメラも殺到する。待機していたJ(ka3142)は治療班に迫ったキメラをアサルトライフルで撃ち落としていった。
「地上が頑張っている間に立て直しましょう」
Jは管制も請け負っているため、手数はどうしても減る。その分、周囲が円滑に動けば彼女の仕事は意味がある。とはいえ混乱はまだ収まらない。管制が有効に機能するにはもう少し時間が要る。
「柊さん、無理はしてませんね?」
「大丈夫だ。っ……うっかり死んだりしないさ」
柊 真司(ka0705)は痛みをこらえながらそう答えた。変化が緩慢であれば彼の警告も意味があるだろう。そうでなくても目の前の事に掛り切りの将兵達にとって、巨人の動向を知れるのはありがたい。
「紫月さんは戦況の把握に注力してください。何かあれば報告を」
「あいよ。任せてくれていいぜ」
柊と紫月。役割上隠してはいるものの、2人は時折痛みで声を詰まらせる。ガルドブルムにやられた傷がまだ癒えていない。下手すれば傷が開く可能性もある。それでも2人は出来うる限りのことと進んで役割を引き受けた。
彼ら2人の頑張りがあればJの仕事も大きく減る。混乱が収まり作業が減れば、Jが管制をせずともよくなるだろう。迎撃の手数が増えるならそのほうが良い。Jは城壁を移動しながらも、キメラを次々と銃撃で仕留めていった。
一方、遅れて城壁に登ったヴァージル・チェンバレン(ka1989)は、特に何もせず城壁の内側の町並みをみていた。彼には幾つかの懸念事があった。ここまでの敵の行動パターンであれば、この大規模な攻勢が本命でない場合もあり得る。町並みに違和感はないが油断はできない。ヴァージルは青の隊の騎士から余裕のありそうな者を選んで声をかけた。
「なんだ?」
「実はな、折り入って頼みがある」
ヴァージルの話は簡潔ではあったが、意図を理解した青の隊の騎士は苦い表情を隠さなかった。
「それは俺達に死ね、ということか?」
「その前に上手く逃げれば良い」
「簡単に言ってくれるぜ」
騎士は吐き捨てるように言うが、顎に手をあて思案に入っている。それが必要だと彼も判断したのだ。後方を担う青の隊の心に赤の隊のような熱狂は存在しない。隊長であるゲオルギウス同様、あるのは冷徹な論理のみ。武力に乏しい彼らは、その理性こそが戦場を左右させるものと弁えている。
「だがわかった。損得勘定ぐらいは出来る。そのかわり、あんた達も上手くやってくれよ」
「そいつは俺以外に言ってくれ」
騎士は振り向かない。慌ただしく指揮を済ませると、何名かの部下を連れて城壁を降りていった。
手の空いたヴァージルは激戦となりつつある地上を見る。そこは地獄の様相が広がっていた。
●群体の暴威
時は少し遡る。近隣の門から出撃したハンター達はそびえ立つようなラウムの巨躯を見上げていた。出撃したハンターは総勢10名以上。予備戦力として動かせるハンターのほぼ半数以上だ。
ラウムを止めなければ全てが崩壊する。その危機感をハンター達は正しく認識し共有していた。同時に、殺しきれないだろうという理解もある。戦闘が始まったばかりの初見の敵。何の機能を持つかも判然としない。巨体だけでも脅威である。見上げる鵤(ka3319)はうんざりした顔で倒すべき敵を見つめていた。
「目的は時間稼ぎだっけねえ。あと40分以上あるし、長丁場だからゆるーく行こうねぇ」
彼の言葉にやる気は欠片もないが怠慢を促すわけではない。倒しきれないと思しき相手だからこそ目的の成就こそが何より優先される。だが強い焦燥を覚える者達にはその言葉は後ろ向きにも聞こえた。
「足止めだからと言って、手加減して抜かれては元も子もない。最初から全力で行く」
イーディス・ノースハイド(ka2106)は馬に槍を構え直すと、拍車をかける。兵は拙速を尊ぶ、それもまた真理。ハンター達はその動きに賛同するように一段となって進んでいく。
「野郎ども! 俺に続けえ!!」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の呼びかけに答え、多くのハンターが突貫する。クリスティン・ガフ(ka1090)、無限 馨(ka0544)、春日 啓一(ka1621)、瀬織 怜皇(ka0684)、ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)、星輝 Amhran(ka0724)、八劒 颯(ka1804)。
各自散開はしつつも速度を落とす様子はない。
「おっさんついていけないわぁ。年かしら?」
「バカなこと言ってないで、私達も散開するわよ」
白金 綾瀬(ka0774)は距離をはかりながら回りこむように移動していく。多くの者が鵤を抜き去って行く中、クローディオ・シャール(ka0030)は彼の横に馬を並べた。その後ろをバイクに乗ったルシェン・グライシス(ka5745)が続く。
「どのみち、支援を切らせば戦線維持は難しい。前衛が突っ込んだらすぐにでも魔法の支援を開始する。貴女もそれで良いか?」
「ええ。構いませんよ」
きつめの色香を振りまきながら、ルシェンは艶然と微笑む。常であれば惑わされる者も要るだろうが、幸い2人にその気配は無い。
先を急いだメンバーは徐々に巨人との距離を詰めていた。城壁の破壊を続けていた巨人は地上を振り返る。地上を動くハンターに気づき、城壁を離れてハンター迎撃に動き出したのだ。足を狙い動く予定のボルディア達は隊列を開き、間合いを図る。足元は安全と思われたがその為には剣の一撃を切り抜ける必要がある。
敵の間合いまであと少し。張り詰めるような緊張が空気に伝播していく。
「来るぞ! 散か……」
ボルディアは絶句した。剣先が地表を薙ぐように襲い掛かってくる。見誤った。これは骨のある動物の動きではない。腰は異様なまでに前のめりに湾曲し、あろうことか腕は伸びた。結果として薙ぎ払った剣の間合いは絶大で、動きを注視してたはずの前衛メンバーがほとんど飲み込まれた。
ハンター達は咄嗟に防御魔法を使った。盾や武器を構えた。だがそれは蟷螂の斧に等しい。あの剣は既に城壁を抉ることで威力を証明している。大質量の生み出す破壊力には為す術はなく、誰もが乗騎や乗機から投げ出され、吹き飛ばされた。
「……こいつは参ったなぁ。クローディオ君、後は頑張って立てなおしておいてねぇ」
反対に回っていた鵤の声が飛んだ。鵤はデルタレイでその背中を焼き、少しでも気を逸らす。僅かな間隙をぬってクローディオは前線に飛び込んでいった。重装甲に守られた聖導士である彼だからこそ出来る無茶である。クローディオを援護するように、鵤と同じく回りこんでいた白金も銃撃を開始した。
「味方も城壁もやらせるもんですか」
銃弾が腕を貫く。確かに腕に命中した。だというのに痛みでのけぞることも、衝撃で動きが止まることもない。狙われないうちに白金はその場を移動する。鵤がそれをフォローするようにデルタレイを放とうとして……、動きを止めた。
「何故躊躇うの!?」
魔術の発動を躊躇った鵤を叱咤しようとして、白金もまた気づいた。防御の為に巨人が掲げる盾に人がはりついている。龍崎・カズマ(ka0178)だ。動きが止まった何れかのタイミングで城壁から飛び乗ったのだろう。疾影士の脚力と壁歩きの技能あっての離れ業だ。
巨人は龍崎を盾にしているわけではない。盾を本来通りの使用方法で使っているに過ぎない。龍崎が移動すれば良いのだが、戦闘中に振り回される盾の上から動くのは、壁歩きの技をもってしても至難だった。
彼の意図は前衛の者からはすぐにわかった。この巨体相手に注意を逸らすなら立体的な攻撃が効果的だ。彼が居るのであれば作戦は合わせたほうが良い。すぐさま同じことを考えていた者達が前面に出た。
「はやて達も行きますわよ! 味方が退くまで、持たせてみせますわ!」
最初の一撃から逃れていた八劒、ラン、星輝はそれぞれに巨人の間合いに飛び込んでいく。巨人は再び剣を振りかぶった。
「させないよ!」
ティリル(ka5672)が放つ五色光符陣で巨人の動きが鈍る。支援を受けて前衛は剣の間合いを突破。八劒はジェットブーツを起動して飛翔、ランはワイヤードクローで後ろ脚にとりつく。星輝は動きの止まった瞬間に腕に飛び乗り、そのまま走って上半身を目指す。
ティリルの稼いだ貴重な時間でハンター達は無事に巨人の肉体に取り付いた。彼らの援護の下、巨人の動きを妨害するため無限も巨人の足元へ走り寄る。
「こいつでも食らうっすよ!」
至近距離から放たれた無限のカードが狙い違わず巨人の顔を直撃する。切り裂かれた目から血が飛沫をあげるが、無限は容赦なく次々とカードを放っていく。巨人の体を登ったメンバーは思い思いにその巨体に一撃を加えていった。
「はやてにおまかせですの! びりびり電撃どりる!」
八劒がその背中に電撃どりるを打ち付ける。焦げた臭いが周囲に広がっていく。想定通り電気は敵の体内を貫通してダメージを与えていく。その後方でランも負けじと何度も槍を背中に振り下ろしていた。見た目ほどに肉は硬くなく、何度も血飛沫があがる。
一方、上半身まで上りつめた龍崎と星輝は両側面から巨人に迫った。
「腕の一本はもらうぞ!」
龍崎の斬龍刀が巨人の左腕を半ばほどまで大きく切り裂く。腕周りだけでも4mはあろうかという太さを一息に切り裂くことは出来なかったが、常人であれば片腕を使用できなくなっておかしくないほどの傷だ。星輝はその反対側から巨人の右頬を貫通させ、口元の肉をえぐりとる。
「顔をここまで抉られたら、少しは堪えよう?」
星輝は刀を引き、肩に刃を突き立て態勢を維持する。この一連の攻撃で動きを止めたかに見えた巨人だったが、緩慢な動作で潰れた顔を星輝に向けた。
「……効いてない?」
4人が与えた傷は気づけば盛り上がる肉で塞がってしまっていた。この歪虚は群体である。攻撃を加えた場所の個体は死ぬ場合もある。だが、それは全体のダメージとしては等価だ。中央の本体を狙う以外、急所らしい急所はないのだ。人間なら神経の通るであろう重要な部位も、骨や内蔵を収めた場所も、全て見かけ上の事でしかない。
剣を地上から引き抜いた巨人の次の一手は、腕による迎撃ではなかった。巨人は後ろ足で立ち上がり、前足を大きく振り上げた。振り落とされまいとハンター達は手近な場所に武器を突き立てる。 「こいつは……まさか」
星輝はそこで予想が嫌な時に当たったと知る。巨人の肉が変形して触腕となりハンター達を襲った。一つ一つは標準的な人の腕ほどしかなく、5本ぐらいまでなら対応も可能だったろうそれだが、1人に対して数十本となればどうしようもない。 錐状の先端を持つ触手がハンター達の体を何度も貫く。武器を使えない八劒やランは一方的に攻撃を受け、痛みに意識を失い地上へ落ちていった。武器以外で体を固定できた星輝や壁歩きの技能で凌いだ龍崎はある程度の防御も可能だったが、それでも上半身の急所を護るので精一杯。不安定な足場、動き続ける体表の上では揺れる地面に立つ事と同じようなもの。いかに機敏な覚醒者でも、その状況での回避は不可能であった。
「キララ! 今助けるから!」
瀬織は弓で射撃を続けながらも落ちた星輝の回収に馬を走らせる。幸い落ちて動けなくなった者に巨人は興味を示していないが、いつ踏み潰されるとも限らない。巨人への攻撃は被害は大きかったが、前線のメンバーが復帰する時間はなんとか稼ぐことが出来た。瀬織が引き揚げるのと入れ違いで、復帰したボルディア、クリスティン、イーディスが攻撃に移る。
「くそが! ふざけんじゃねえ!!」
ボルディアが叫びながら足元に走り寄る。ヒールによる止血は受けたが流れた血で服は赤く汚れている。彼女は斧を振り回して足めがけて2連撃。腕以上に太い足を大きくえぐりとった。その一撃にあわせるようにクリスティンの一撃が入る。斬魔剛剣術刀技「邪払」、赤い軌跡は巨人の足を容易に切り裂く。
「どこを切っても同じ……か」
刀を構え直しながら、クリスティンは忌々しげに呟いた。効果の程は変わらない。同じ足に攻撃を集中させたものの、肉は膨れ上がり足は復元される。
「大丈夫だ、効いてる。そいつは無敵じゃない」
トランシーバーから届いた声は巨人を監視していた柊のものだ。彼は巨人を俯瞰することによって、性能を逐一把握することが可能であった。彼の見たところ、足への攻撃は有効だ。攻撃しても機能は復元するが、それまでは動きは一時的に停止する。この復元はダメージが大きいほど長くかかる。且つ理由は不明だが、どのタイミングでも足から触腕を出すことはない。設定した作戦目標は正しい。十分に火力を集中できるなら足止めという目標も達成できる。
だが火力の集中は不十分に終わった。巨人は前衛の攻撃に対して、位置を変えながら足踏みをすることで対抗する。振り回される足を避けながらでは攻撃はどうしても散漫になった。武器を使うに適正な間合いも乱れてしまう。メンバーの戦闘離脱で前衛の火力が目減りした現状では、その不足分が致命的になった。ここで無限はエンタングルで足止めすることも考えたが、この太さとこの質量では一方的に振り回されて終わるだろう。
この時巨人は足元に対処しながらも、足元を見てはいない。巨人の視線は何度となく妨害の魔術を使うティリルに向けられていた。
「ティリルさん、下がって!」
白金の警告は間に合わない。間に合っても彼女は引くわけには行かなかっただろう。彼女の妨害あってこそ、前衛の仲間が近接攻撃を敢行できるのだ。結果、為す術なくティリルは鉄塊の如き剣に薙ぎ払われた。
仲間を護る為に前線で戦っていたクローディオだが、ティリルを守り切ることは出来なかった。吹き飛ばされた彼女を拾い上げるのが限界だ。彼には護るべき対象が多すぎる。敵の攻撃でここまで数を減らさなければ、火力の集中で凌ぐ手もあった。それが失敗した今、じりじりと戦力が減る一方だ。
クローディオは抱えていたティリルを後方で治療にあたっていたルシェンに引き渡した。この時間もまだ前衛の仲間が必死に戦っている。
「頼む。私は皆を助けに戻らないと」
「任せて。死なせはしないわ」
ルシェンが後方に下がるのを見届け、クローディオは再び戦場に戻る。最初の攻撃で薙ぎ払われた前衛は動ける程度まで回復させた。振り落とされた仲間も大方回収した。仲間の支援を受けつつ八面六臂の活躍ではあったが、同時に予感もあった。クローディオは巨人を見上げる。巨人の視線は動けなくなったティリルから、クローディオへと移っていた。
「こいつは焦りすぎたかぁ…」
鵤は最前線より戦況を俯瞰して苦々しく呟いた。
事此処に至っては認めざるを得まい。弱点や性能は予測可能だった。されど、高位の歪虚はそれを覆すだけの能力を備えている。細心の注意を払っているつもりでなお、ハンター達は敵を侮っていた。
巨人の動きは機敏だ。その巨躯は良い的だが鈍重さは欠片もない。攻撃を受けた部位は消滅している場合もあるが、時間が経てば周囲の肉が補ってしまい、機能の欠損も修復してしまう。修復はそれなりに時間が掛かるため万能ではないが、その時間差に付け入るだけの戦力や準備が残っていない。
その上で更に恐ろしいことに行動が理性的だ。戦術上で重要な敵を見極め、優先して攻撃を仕掛けてくる。動けなくなったハンターや近接攻撃を敢行するハンターを無視してティリルを薙ぎ払い、今は前線で回復の魔術を使って仲間を救出するクローディオを狙っている。
自身の間合いや能力は必殺となる瞬間まで隠し、城壁からの援護射撃を減らすために一定の距離を取っている。そして一方的な蹂躙で倒せると踏んだ今、慎重さをかなぐり捨てて猛攻を始めた。
オーランのもたらした情報により巨人の持つ機能は予測出来てた。だが前線のハンター達は焦りから対応を誤った。その結果がこれだ。
「……時間まで、持ちそうにないなこりゃ」
しかし撤退することなどできない。ハンター達はまだ目的の半分も消化していないのだから。
オーランより要請のあった作業終了時刻まで残り30分。鵤は懐中時計を胸ポケットにしまい、再びデルタレイを放った。
●死闘
城壁の戦いは再び混沌の渦中にあった。地上部隊の火力が乏しくなったことで巨人が再び城壁への攻撃を再開したのだ。この優先順位の変化は監視の柊には明らかであった。事前に警告はなされバリスタや大砲で抵抗する王国軍だが、一度崩れた部隊では抵抗は叶わない。巨人の狙いは的確で、自分にとって脅威である存在をまず最初に狙った。ハンターの魔術師2人である。最初に狙われたメトロノームはそれでも懸命に魔術で応戦していたが、振り下ろされる剣から逃げ続けるのは難しかった。未だ残るキメラへの対応もあり、メトロノームの離脱は戦線の崩壊にも繋がるだろう。
「ジルボさん、ここは私1人で構いません。二手に分かれましょう」
「……くそっ。わかったよ」
これが3度目の提案だ。弱々しく笑う彼女を捨て置けないとジルボは何度も拒絶したが、そうしなければ共倒れになるということも痛いほど理解していた。ジルボは城壁の上をメトロノームとは逆の方向へ逃げつつ、弓矢で巨人を撃ち続けた。しかし意に介さない巨人はそのままメトロノームを狙い剣を振り下ろす。メトロノームは逃げきれず衝撃に巻き込まれて、城壁に備え付けられた階段を転がり落ちていった。
ジルボの攻撃は続くが火力が半減しては既に焼け石に水といったところだ。Jはジルボの支援に移動する前に、十色の肩を叩いた。
「十色さん、適当なところで逃げてください」
「出来ません。まだキメラが残っています!」
「知っています。それでもです」
十色の言葉は正しい。キメラを放置してもやはり城壁は抜かれてしまう。信じたわけでなくとも、Jは彼を残してジルボを助ける為に移動する必要があった。態勢の整わない騎士団・私兵団とジルボだけでは、もう戦線を支えきれない。
続く展開は想定通り。自己犠牲は必要だった。
「おいエニア、さっさと引け。もう限界だぞ」
無線に紫月の声が虚しく響く。十色は他の騎士を逃がすために最後まで残って奮戦していた。彼の気迫に付き従う者達も居てキメラはなんとか掃討できている。だが、巨人には為す術が無い。果敢な火線の集中も虚しく、剣は城壁へと振り下ろされた。標的となった十色は剣の直撃をかわして即死こそ回避したが、衝撃に吹き飛ばされてて城壁の下に落ちていった。安否を確認する余裕もない。
「………くそったれ。こんな時だってのに俺は……!」
紫月は悪化する戦場に歯噛みする。彼の管制で生き残った者も多いが、こうなってしまえば彼は無力だ。巨人の脅威を伝えるだけで、彼らが城壁ごと吹き飛ばされるのをただ見守る事しかできない。こんな時に動かない体が心底恨めしかった。銃を撃つ事もなく、歩きまわるだけでも傷が開いていく。
地上部隊は必死に巨人の気を引こうと動いているが、既に火力不足だ。まともに戦えるのは瀬織、鵤、白金、イーディス、無限のみ。戦力の3割と言ったところだ。主力となる火力を欠いており、術に必要なマテリアルは使いきっている。刻限にはまだ遠い。手詰まりだ。残る処置は戦場の延命のみ。クルスは必死に治療に務めているが法術に必要な体内のマテリアルはほとんど底をついている。術は延命ではなく戦線復帰に、比較的軽傷の者に使用していた。その光景は末期的だ。
前線のJが冷徹に計算を始めた頃、予想しない声が無線から届いた。
「法術陣の準備が整った。皆引いてくれ!」
オーランの護衛についていたユーロスの声だった。予定の刻限にはまだ早いが、彼の言葉を信じるしかない。
「クルスさん、撤退です。ここからが本番ですよ」
「了解」
クルスは騎士を背負いながら、城壁を降りる階段に走った。
かくして撤退の命令はくだされた。それから数分たった頃、城壁が巨人によって蹴り破られる瞬間を、ユーロスは貧相な住宅街の物陰から見上げていた。 この危機的な状況を回避するためにオーランは途上、ユーロスとフィリアに護衛を離れての作業を指示していた。2人に依頼したのは破損している可能性のある陣の発見と再構築。街の中には大聖堂と同じく法術陣の起動に使う魔法陣が設置されている。小さな破損であれば陣を描き直し修復を。修復がかなわずマテリアルを引き上げられない状態であれば、陣を補う為の人柱となる。2人に与えられた任務は必須のものであった。ユーロスがこの作業を終えたのはつい先程。ギリギリのところで準備は間に合った。最後の一つは長い年月で破損していたため、フィリアが中継ぎを担うこととなった。
「お兄さん、もうすぐ雨が降るわ。傘を忘れちゃだめよ」
小さな教会の中央で腰を下ろすフィリアは、場違いに優しい微笑みを浮かべていた。ぞくりと、ユーロスの背に悪寒が走った。
自分達の判断は間違っていない。最善を尽くした。それでも「雨」が降る?
「あんた、それって……」
彼女は不完全な陣は補うためにこの場に留まる事になっている。風見鶏を回す風となったのだ。「雨」が降ると彼女は言うが、それは一体何の暗喩なのだろう。見上げる巨人は街の中へと悠々と侵入してくる。動く兵士は予定よりもずっと少ない。
「……法術陣にくわれて死ぬなよ」
言い捨ててユーロスはフィリアに背を向け走りだす。オーランの護衛は間に合わない。残った2人の護衛が上手くやることを祈りつつ、彼は街路の陰に消えていった。 この時、巨人の侵入に先駆け、春日は1人戦線を離脱して城壁の内側に戻っていた。周囲に仲間は居ない。支援してくれる予定の仲間は全て倒れてしまった。あるいは援護射撃に手一杯で離れることができなかった。それも巨人が城壁を超えてしまうまでだろう。彼自身も長い戦いで満身創痍だった。弓での援護に徹したため直撃こそ回避したが、スキルの多くは使いきっている。
「けど、俺がいかなきゃ終わらねえよな!」 春日は馬上で大きく息を吐く。イメージするのは体内の火。マテリアルを炉にくべ、心臓に炎を燃やす。
マテリアルの炎を燃やせば、巨人も彼を無視できない。
「おうおうデカブツ野郎! てめえの相手はこの俺だ!」
城壁を破壊して乗り越えた巨人の目が春日を捉える。春日はゴースロンに鞭をくれ、無人の街路を全力で走らせた。巨人は街を踏み潰しながら進んでくる。速度で言えばぎりぎり追いつかれないが、そう簡単には行かない。巨人は足元の瓦礫を拾い上げると、春日めがけて放り投げた。
「くそったれ!」
回避しきれない。落ちてきた瓦礫の衝撃で馬上より投げ出された春日は受け身を取るのが精一杯だった。春日が痛みに耐えて立ち上がろうとする間にも、巨人は距離を詰めてくる。そこで春日は信じられないものを見た。
「オ……オーラン!? なにやってんだ、あんた! さっさと逃げろ!!」
街路に司祭の服を来た男が1人、馬に乗り巨人を待ち構えている。フードをかぶっているが、その背格好や服装は間違いなくオーラン・クロス――に、見えた。 馬を駆ってオーラン(?)は逃げる。しかし結末は変わらない。逃げきれない。春日がやられたように、オーランもまた投擲される瓦礫の餌食となる。オーランは押しつぶされて死んだ。誰にも守られることなく。
春日は後に、この時死んだオーランがヴァージルの提案に依って青の隊が用意した囮だと聞かされた。
ヴァージルは城壁からこの様子を見ていた。誘導は果たされたものの、彼の反応は薄い。
「囮をこんなことに使う羽目になるとはな」
囮がラウムの近くに居たのは、地上ではオーランが退避できていないという証拠だ。最後の一瞬を稼ぐために、かの騎士は命を投げうったのだろう。青の隊に熱情はない。あるのは怜悧な思考のみ。ヴァージルは形ばかりの祈りを唱えた。
「……何はともあれこれで良い。オーランの安否はともかく、少なくともこれであのデカブツは詰みだ」
巨人は敷設された法術陣の中央に誘導されている。そして、再び王都に光があふれた。
●終幕
多くの苦難を乗り越えて法術陣は再度起動した。
巨人は瞬く間に光へ飲まれ、崩壊する。分厚い肉は水が蒸発するような音を立てて、次々と消え去っていく。そして最後、核たる高位歪虚のみが中央に残った。核となった歪虚は光に焼かれて満身創痍なれど、まだ戦う力を残している。
カラスの姿に戻ったラウムは地上に落ちる前にホバリングして態勢を立て直し、この番狂わせを引き起こした人間を見出した。 「……また貴方か」
その視線は街路の隅で震えているオーランを射抜く。
「やはりこちらに来ましたか」
マヘルは無線機を受信に切り替える。この状況を予想し、「護衛対象は離脱できず、敵歪虚と距離がない。至急増援を」と本来の護衛者3人や周辺の騎士団に連絡を取ってはみた。結果、帰って来たのは揃って「距離がある。向かっているが時間がかかる」という答えだった。無線の雑音の向こうから荒い息遣いも聞こえた。予期して既に行動を始めている仲間もいるようだが、巨人に踏み荒らされた街を乗り越えてくるのは骨が折れるだろう。空を飛ぶ敵と速度を争えるわけもなく、助けは恐らく間に合わない。マヘルは知らず拳を握りしめていた。
悪い状況が重なっていた。本来なら高位歪虚との戦闘も想定されるため、オーランは避難する予定だったのだが、陣の敷設を間に合わせるために逃げる時間が無かったのだ。元々直衛についていたユーロスとフィリアは前線の破綻を埋め合わせる為に必要な喫緊の作業で合流できず、ヴァージルは囮作戦の支援の他、敵の動向を見張っており城壁の上。城壁内外のハンターもここまでの戦力不足を想定していなかった。オーランに残った護衛は2人きり。2人の損耗は最小限だが、暴威を振るった存在の核となっていた高位歪虚を前に戦力不足は否めない。マヘルの呼びかけに答えたのはほんの数名。彼らの到着まで時間を稼ぐ必要がある。
「勝てると思いますか?」
「流石に無理ですねぇ」
星野の声は柔らかく苦い。敵は弱っていても高位歪虚、地力の差は歴然としている。数がそろえば十分勝機はあるが、手持ちの火力では例え相手が棒立ちでも殺し切れるかすら怪しい。まして人を守りながらでは……。
ラウムは急降下してオーランを狙う。2人はオーランとラウムの間に立つ。絶望的な戦いであっても、挑む必要があった。
「来ます! 逃げて!」
「あ、ああ……!」
急かすマヘルに押し出されるようにオーランは走り出す。逃げきれる距離ではないが、増援が来るまで持たせないといけない。ラウムは急降下した勢いのまま、2人をかわしてオーランに迫った。
「いけない!」
星野の加護符がオーランを守るが、攻撃を逸らすのが精一杯。加護符の防御は一瞬で貫かれ、錐はオーランのふとももを抉った。
「ぐ、う……っ!」
オーランは激痛でその場で転倒する。目も開けられないほどの痛みに頭が追いつかない。痛み・恐怖・疲労を御すことが出来ず、オーランは迫るラウムから逃げ出すことができなかった。倒れ伏すオーランにラウムは止めを刺すべく狙いを付ける。
「行かせない!」
マヘルは体当たりの要領で槍で突き掛かり、ラウムをオーランから引き離した。ラウムは組み合いながらも狙いの逸れた右の錐で、マヘルの左肩を貫く。咄嗟にマヘルは防御障壁を展開していたが苦も無く粉砕された。マヘルの肩から血が吹き出す。錐は内部で棘が開き、傷口を強引に開いていった。
「うう……! オーランさん、急いで!!」
マヘルは錐が抜ける前に掴みかかり、揉み合いながら地面を転がる。ラウムが体を離そうとする動きに便乗し、ブレスレットを掲げて至近距離からデルタレイを放つ。光線が命中するたびにラウムの体が衝撃で跳ね上がった。オーランは激痛の走る足に歯を食いしばりながら必死に建物の中へ逃げていく。
「離せ、人間」
「お断りします。あの人は希望なのです。この国の未来の!」
二度と悲劇は繰り返さない。彼の知識こそが王国を救うのだ。それは多くの死者達の願いでもあるのだ。託された自分は断じて引き下がるわけにはいかない。勝てない道理を曲げる必要がある。ならば手は一つだ。
「だからこそだ」
ラウムの声が平坦ではあったが、禍々しい怒りに塗れていた。ラウムは左の錐でマヘルの右胸を貫く。肺を貫かれて喀血する。しかしマヘルはその手を離そうとしなかった。槍を捨て、決して逃すまいと右胸の錐にも掴みかかる。本来なら力で叶う相手ではない。だが2人は一時的にも拮抗していた。ラウムが法術陣で弱っていたこともあるが、それ以上にマヘルの決死の覚悟あってこそだ。
「……星野さん!!」
「はい!」
星野は動きの止まったラウムを五色光符陣で何度も打ち据えた。ラウムが無言でのけぞる。表情や挙動にこそ出さないものの、ラウムの動きは確実に鈍っていた。オーランを追おうとするラウム、引きずられながらも逃すまいと両腕に力を入れるマヘル。ラウムは動きを遮られる度に錐に変形させた足でマヘルを貫いた。マヘルは急速に血を失い、引きずられたあとには血糊で道が出来た。それでもマヘルは手の力を緩める事はなかった。何度破られても防御障壁を作り出し続ける。しかし限界を越えた力が長く続くはずもなく、先に力尽きたのはマヘルであった。マヘルを振りほどいたラウムは翼を大きく広げ、空へと逃げた。態勢を立て直して怯えるオーランを再び捉えるが、それが全てであった。
矢が風を切って飛び、ラウムの背を貫く。続いて地上より放たれた光線が何度となくラウムを撃ち貫いた。追いついてきたJ、鵤、ジルボが位置を変えながら連携して攻撃を続けていく。幾度も火線を体に浴び、やがてラウムは無言のまま塵となった。
戦場の喧騒は通りすぎる。風の音が終わりを告げていた。
「おい………君」
オーランの声が、街路に響く。戦闘が終わったことを知り様子を見に来たのだろう。星野もその声でマヘルが動かないことに気づいた。流れでた血が地面に黒く滲んでいる。
法術で治療したばかりで動かない足を懸命に引きずって、オーランはマヘルに歩み寄る。彼はマヘルの体の傷を塞ぐために法術を紡ぐ。何度も何度も。焦りが手に伝わらないよう、神への祈りを魔力に変えて。
「目を、頼む、息を……息をしてくれ! 頼む……!」
今にも泣き出しそうな声。祈りよ、力となれ。救い給え救い給え救い給え。
何度も何度も詠唱し、その度に漏れ出そうな絶望を、歯を食いしばり耐えていた。
だが、マヘルの呼吸が吹き返すことはなかった。
「……………………」
マヘルは何かをつぶやくが、聞き取れる声とはならなかった。「幸せに」と、誰かの名前と共に唱えたようにも見えた。
マヘルはほどなく静かに息を吐き、眠るように目を閉じる。それが彼女の最期であった。
「………そんな。また……」
声は震えていた。全力で、足掻いたはずだ。前線の奮闘と破綻、多くの人の協力、予定より早い準備の完成。決死のハンター達。自らのために死んだ騎士――そして、今、一人の少女が、命を落とした。また、助けられてしまった。その途上の誰が欠けてもこの難敵を討ち果たすことは出来なかっただろう。もっと多くの人が死んでもおかしくなかった。これは必要な犠牲だった。ただそれを受け入れるには、オーランは多くのものを失いすぎていた。深い沼のような後悔が、彼の心を沈めていった。
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