ゲスト
(ka0000)
【反影】これまでの経緯




ウフフ……まだお休み気分が抜けてないわよねぇ? 気持ちはわかるわ……。
でもでも、もう次の作戦が始まりま?す! 今回は、私も協力させて貰うわ。
目指すは紀元前に崩壊した、クリムゾンウェストの反対側……。
闇に侵食され消滅した筈の大地……最前線に、レッツゴ????!
更新情報(4月25日更新)
【反影】ストーリーノベル
これにより元々各地のヴォイドゲートを破壊していたクリムゾンウェストと合わせ、人類は邪神の侵攻に対し幾ばくかの時間を得た。
リアルブルーの統一地球連合政府は、異世界派遣を目的とした特殊部隊「スワローテイル」を発足。
今後はクリムゾンウェスト……ハンターズ・ソサエティとの連携を強化し、共に歪虚の脅威と戦っていくと宣言する。
そして今、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた……。

ベアトリクス

ミリア・クロスフィールド

ナディア・ドラゴネッティ
リゼリオはハンターズ・ソサエティ本部。
白衣姿の女性――元狂気王動力源――のベアトリクスが腑抜けた敬礼をしながら笑う。
ミリア・クロスフィールド(kz0012)がお茶を出して着席を促すと、ソファにどっかりと尻から飛び込んでいった。
「ベアトリクス・アルキミア……ということは、トマーゾ教授の親族という扱いになりましたか」
「そうそう。崑崙から派遣された技師、という事になっているわぁ……表面上はね?」
持ち込んだノートパソコンを開き――電源は自分らしい――素早く操作するベアトリクスを、ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)は神妙な面持ちで見つめる。
「本当にクリムゾンウェストに来てよかったのか? 一般人ならさておき、おぬしは……」
「ええ。これで私もクリムゾンウェストに拘束される事になる。……エバーグリーンの所有権は、今やクリムゾンウェストにあるから。私はその一部ってジャッジになるみたいねぇ」
クリムゾンウェスト大精霊は、自分が所有権を主張する存在を異世界に逃がさない。
先の界冥作戦の中でエバーグリーンの大地はクリムゾンウェストに“捕食”されている真っ最中なのだ。
「だからこそ、クリムゾンウェストが“どこ”に一番深い傷を負っているのか……有体に言って“大精霊がどこにいるのか”もわかるってわけ」
ディスプレイに映し出されたのは、巨大な球体……その縮図。
「これは……クリムゾンウェストか?」
「そう。私たちのいるリゼリオがここ。で、目指すべき場所は……ぐるっと回ってぇ……この辺りねぇ」
それは、星という球体の裏側。
古代文明はこの星の全てに版図を広げていたらしい事が、神霊樹ライブラリによりわかっている。
だが、その文明を築き上げた古代人は、ファナティックブラッドとの闘いに敗れ、滅び去った。
「一部の人間は邪神から逃れるように“西方”……この大陸に辿り着いた。そして一部の人間は異世界に逃げ込み、リアルブルーに辿り着いた……」
「今更リアルブルー人とクリムゾンウェスト人が潜在的に同一種族である事を蒸し返すつもりはないが……そうか、ここか」
「邪神がこの星を粉砕しようとした爆心地――グラウンド・ゼロよ」
そこでこの星の崩壊は既に確定していた。
しかし大精霊は諦めず、砕け散って消えていくはずだった世界(じぶん)を何とか繋ぎとめようとした。
その結果、自分を置き去りにした人類を探し求め、異世界――リアルブルーへと手を伸ばし、その大地を召喚することで壊れる星を修繕しようとしたのだ。
これが、一連の異世界人召喚事件の本質である。
「もしクリムゾンウェストの大精霊様と対話ができれば、リアルブルー人の皆さんが故郷に帰れるようになるんですよね?」
ミリアの問いかけに、ベアトリクスは力強く頷く。
「大精霊の呪いから逃れれば、ハンターは自由になれる。それに、大精霊の力をちゃんと借りることができれば、新たな守護者を生み出す事も可能になるわぁ」
「守護者……というのは、普通の覚醒者とは違うんでしょうか?」
「とりあえず不老になるから、時の流れを縛られる事になるわね。殺されれば死ぬから、不死ではないけれど……。存在を丸ごと大精霊に売り渡す代わりに、超越者となるヤバい契約よ?」
「そんなものにハンターがなる必要はない! クリムゾンウェストに守護者は不要じゃ!」
どこか不貞腐れた様子で、吐き捨てるようにナディアが言うと、ミリアは複雑な表情を浮かべた。
「サブクラスシステムの開発で、ハンターさんの肉体にも変化が起きています。これ以上の負担は、本当に危険ですから……」
「そう? 大切な物を守れないよりはマシだと思うけど」
命の尺度が人間と異なるベアトリクスと水掛け論をすることに意味はない。
「……邪神の侵攻が停止している今の内に、大精霊との対話を成立させる。作戦に向けて現在急ピッチで準備が進められておる」
今回の目的地となるグラウンド・ゼロへは、リグ・サンガマを経由する北側のルートを選んだ。
目的地となるグラウンド・ゼロに最も近い龍園ヴリトラルカが一次拠点となり、龍園の支援を受けつつ更に北上。
サルヴァトーレ・ロッソで一気に星の反対側まで飛行し、まずは橋頭保を確保する予定だ。
「クリムゾンウェスト連合軍は、かつてない規模に成長しつつある。汚染領域もサルヴァトーレ・ロッソなら突っ切れるし、精霊たちや龍園の守護龍たちの支援もある。リザードマンやコボルドなど、汚染に強力な耐性がある亜人種の助力も期待できるじゃろう」
「リアルブルーからもスワローテイルが今回から直接支援に当たるわ。大地に転移用マーカーを打ち込めば、崑崙のゲートから強化人間の部隊が援軍に駆けつける手筈よ」
「す、すごい戦力ですね……! 二つの世界の力を合わせると、こんな作戦があっという間にできちゃうんですか……!?」
驚いた様子のミリアの言葉に、ナディアは頬を掻く。
「これもすべて、ハンターが沢山の想いを繋いでくれたおかげじゃ。ぶっちゃけ今の戦力なら、邪神腕が出てきても恐れる事はないのう」
「私も現地に赴いて調査に参加するわ。このボディなら高圧汚染もへっちゃらだしねぇ」
とは言え、不安要素がないわけではない。
この惑星の反対側の大地がどのようになっているのか、現時点で誰にもわからないのだ。
「恐らくは超高度な汚染地域になっていると思うんだけど……少なくとも非覚醒者とか、汚染に耐性のない種族は向かわせちゃだめよ」
「闇光作戦の時のように、浄化キャンプを作りつつ拠点を増やしていくしかないのう。……しかし、爆心地がどうなっておるのか、ベアトリクスにもわからぬのか?」
「う?ん? まず間違いなく、生物が存在しない荒野になっていると思うわぁ。それよりも汚染がひどく進むとね、“空間が歪む”のよ」
「空間が歪む……?」
「“この世界ではなくなってしまう”の。完全に闇に侵食された場所は、クリムゾンウェストではない。邪神側に所有権が存在している……言わば、邪神の支配領域ね。だから何が起こるのか、どんな歪虚が出てくるのか、行って見なくちゃわからないわ」
楽しい冒険になりそうね……そう言ってベアトリクスは笑った。
『――走れ、走れ! こっちだ……急げ!』
はあはあと、肩で息をしながら走っていた。
もうどれくらいの間、そうして走り続けただろう。
全身の筋肉が疲労で固まり、抗いがたい寒さが眠気となって襲ってくる。
(やばい……しこたま血ぃ流しすぎた……)
『駄目だ、これ以上は入れない! 転移できる人数には限りがあるんだ!』
『そんな……! やっとここまで辿り着いたのに……どうして!』
『せめて子供だけでも……お願いよ!』
『転移先で生き残れる者を優先し、転移させる! 残る者は歪虚に備えろ! ……この転移門を歪虚に知られるわけにはいかない。破壊の準備をしろ!』
『やめてくれ……頼む、壊さないで!』
悲鳴と怒号、人間が人間を殺す音の中で、はあはあと繰り返し肩を揺らす。
(どうしてさ……? 折角ここまで、皆で生き残ったんじゃん……)
なのに、結局はこれだ。ここに来るまでだって、随分同族で殺し合ったのに、まだ足りないのか。
腹が立って堪らないのは、彼らの弱さにではない。それを覆せない、自分の弱さに。
(あたし達の剣は、弱い人を助ける為にあるんじゃないの……?)
背後からの衝撃に吹き飛ばされ、顔面を地面に強打する。
振り返ると仲間が黒焦げになっていて、数えきれないほどの歪虚が津波のように迫っていた。
(何のための――だよ。誰のために闘ってるんだ……あたしは――!)
剣を抜き、ありったけの力を振り絞り、吼えた。

???
「ふがごっ……ヤバッ、またいびきかいてたなこりゃ……。おっぱいがなぁ……重いんだよコレ。絶対気道を圧迫してるって」
涎を拭いて立ち上がり、ゆっくりと周囲を見渡す。もうウンザリだった。
「まじでさぁ?」
限界まで息を吸い込み、地の果てまで響くように叫ぶ。
「ここ、どこなんですかねぇ????????????っ!?!?!?」
応える者は、もちろんいない。何故ならば、そこは――。
文字通りの最果て。すべてが闇に覆われた、虚無の大地なのだから。
(文責:フロンティアワークス)
サルヴァトーレ・ロッソはあらゆる兵力を搭載して余りある程の運搬能力を持ち、星の傷跡を超えて更に北へと進路を取った。
六大龍である青龍は今回の作戦にも参加し、サルヴァトーレ・ロッソのサブエンジン“憑龍機関”より守護結界“ドラゴンスケイル”を展開することで劣悪なマテリアル汚染を物ともせず、人類はついに未確認領域へと到達した――。

ナディア・ドラゴネッティ

ダニエル・ラーゲンベック

青龍

ベアトリクス
サルヴァトーレ・ロッソの艦橋で、ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)は映像に息を呑んだ。 空は分厚い雲に覆われ、暗澹とした世界には赤黒い陽光が降り注いでいる。
いや、それは本当に“クリムゾンウェストの太陽”なのだろうか?
大地はひび割れ、砂とも石とも取れない、硝子にも似た質感となり、その上に浅く積もった砂が風に舞う。
草も花も、虫も動物も見当たらない、まさに死の世界……。
「ありゃあ一体なんだ……? 空や……地上にところどころ、真っ黒いシミみてぇなもんがあるぜ」
『恐らくは“虚無”であろう』
ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)の疑問に答えたのは、サルヴァトーレ・ロッソのシステムと繋がった青龍の声だ。
『負のマテリアルに完全に覆われ、非常に長い期間、正のマテリアルが介在しなかった場所は、徐々に完全なる“無”と化す。無となった空間はクリムゾンウェストではなく、虚無……邪神の支配域となるのだ』
「って事ぁ、そこらに見えてる黒く歪んだ場所は、最早“あの世”って事か……ゾっとしねぇな」
『私も直接目にするのは初めてだ。先代の青龍から受け継いだ知識でしかないからな』
「あんたら六大龍ってのは、死んだらまた別個体として星に転生させられるんだったな。不思議な生きモンだぜ」
となると、期待が集まるのはベアトリクス・アルキミアだ。
「私を見たって無駄よぉ? だって、虚無の中がどうなってるのかなんて私も知らないしぃ」
「えぇ!? おぬし、一度は邪神の支配域に行った事があるのじゃろう!?」
ベアトリクスは火星クラスタと一体化していた。その火星クラスタがリアルブルーに来たのがいつ頃なのか正確にはわかっていないが、1990年代にはまとまった数のVOIDが確認されているの。
そして1990年代にリアルブルーに来たのだとすれば、それまでの間はエバーグリーンでもリアルブルーでもない、邪神のいる世界にいたと考えるのが妥当だが……。
「私は常時発狂してたからわかんないわぁ……ウフフッ!」
「アテにならんのぉぉぉぉ????……」
「……で、どうする? このまま飛んでて何か分かるのか?」
「いいえ。地上に降りて調査する必要があるわ。この辺りは負の力が強すぎて、大精霊の声が聞こえない。地脈を確保して、少し浄化を進める必要があるかも。大精霊に最も声が届きやすい場所を探すには、足を使うことになるわ」
この壊れた世界が一体どこまで広がっているのか、まるで見当もつかない。
見渡す限りの荒野から大精霊を見つけ出すというのは、途方もない事のように思えた。
サルヴァトーレ・ロッソは予定通り地表に調査隊を降下させながら飛行を続ける。
調査隊はこの未確認領域の地脈を調査しつつ、合流地点を目指して移動する事になっている。
そして、一体何がどうなっているのかまるでわからない“虚無”についての調査も、彼らの重大な任務であった。
一方、サルヴァトーレ・ロッソは予定されたランデブーポイントである、とある遺跡に着陸。
遺跡を調査拠点とするため、急ピッチで整備と浄化の作業が進められていた。
「ぐお……なんじゃここは……。龍園ほどではないが寒い上に、空気が薄い……!」
「この汚染領域でまともに活動できるのは、精霊の加護を受けた者や元々劣悪な環境でも生活できる種族くらいでしょうねぇ。非覚醒者は絶対ロッソから出しちゃだめよ」
遺跡に倒れた石柱に腰かけ、ベアトリクスはその全様を眺める。
「爆心地に近いのに、これだけ原型を残しているとはね。何かの結界で守護されていたのかしら」
「ハンターが血盟作戦で体験した話によると、ここから古代人がリアルブルーに逃げ込んだそうじゃ。最後の砦だったのなら、頑丈でも得心が行く」
邪神に追い詰められた人類の、最後の砦――。
この遺跡には異世界転移門があった。それを人類は自らの手で破壊したのだ。
「……調べれば何か出てくるかもしれんな」
「とりあえず、この遺跡だけでも浄化結界を作りましょう。私も手伝えば、ゆっくり休める拠点が作れると思うし?」
蒼乱作戦でそうしたように、まずはこの遺跡を浄化し、転移門作成に必要となる神霊樹の再起動を行う必要がある。
かつて異世界転移門を起動する為、ここには神霊樹があった。それは今も機能停止状態で残されているはずだ。
……そんな話をしながら二人が異世界転移門に目を向けたその時。
誰もいないはずの古代の遺跡をうろつく人影を一つ、見つけてしまった。
その人影もまた人の声に反応したのか、ナディアとベアトリクスをじっと見つめ、それから猛然と駆け寄る。
「うわおおお????っ!? 生きてる人間だ??????っ!!」
「ほああああああああああああっ!?!?!?」
「おーーーい! おーーーーい!! あたし人間だよー! 生き残りなんだよーーーー!!」
「いやいやいや、おぬし……どこからどう見ても歪虚ではないかっ!?」
駆け寄る人影をビシリとナディアが指さし叫ぶ。

だが――その気配は歪虚そのものだ。覚醒者ならば誰でもわかる。“これは闇の存在だ”と。なによりも――。
「その腕、どうしちゃったのぉ?」
ベアトリクスがにこりと問いかける。少女は首を傾げ、それから自らの左腕を見た。
まるで内側から突き破られるかのように、衣服は破壊されている。
その腕は肉ではなく、まるで虫のような甲殻で出来ていた。
「「「…………」」」
三人が同時に黙り込む。そうして少女は目をまんまるく見開き。
「……うわあああああっ!? なっ……なんじゃこりゃあああああっ!?!?」
叫んだ。
「キモッ! 乙女の腕にあるまじき形状だよ!? てか足もじゃん! スカートの中までなんか黒いのが来てるしっ!」
「女しかいないとは言え、スカート堂々とめくるでない」
「あなた、もしかして――」
まさにその時。
ベアトリクスの言葉をかき消すように、地響きと共に轟音が鳴り響いた。
「右舷に被弾! 損傷軽微!」
「どこからだ!?」
サルヴァトーレ・ロッソの艦橋にダニエルの怒号が響き渡る。
「わかりません! 周囲に敵影なし!」
「攻撃の余波はマテリアル兵器によるものに似ています!」
「ドラゴンスケイルは正常に機能していますから、結界を貫通するほどの威力です!」
青龍の結界は生半可な歪虚の攻撃など物ともせず、完全に無効化出来る。
それを貫通した上でサルヴァトーレ級の装甲にダメージを与えられるとなると、“損傷軽微”でも決して侮れないのだ。
そうしている間に第二撃が着弾し、攻撃を計測していたオペレーターがついに情報を掴んだ。
「……第二波着弾! ……攻撃方向が確認できました! 上空ですッ!!」
「サルヴァトーレ・ロッソ緊急発進! 止まってたら的になる!」
それに、地上で作業をしている者たちが攻撃に巻き込まれる可能性もあった。
突然の爆発と動き出したロッソに地上部隊が混乱する中、オペレーターは更に計測を続ける。
「敵の高度、算出できません! ロッソのレンジ外……恐らく宇宙ですッ!」
「クリムゾンウェストで……宇宙からの攻撃、だとぉ……!?」
「続いて北方向から高出力のVOID反応! 飛行しています!」
「宇宙の奴とは別か!?」
「別です! こちらはもうレンジ内に入ります……ってぇ、早い!? 時速800kmを超えてます!」
「巡行ミサイルかぁ……!? 撃ち落とせ!」
爆発と同時に吹き飛ばされた大地が空高く巻き上げられる。
その余波で遺跡になだれ込む砂塵に両腕を翳し、ナディアは目を凝らす。
「何がどーーーーなっとるんじゃーーーーっ!?」
「ミサイル攻撃……? いや、あれは……歪虚を直接打ち込んできた……?」
「どこからの攻撃なんじゃ!? 何にもわからんぞ!?」
「大丈夫!」
声の主は謎の少女だった。
怪物の腕を一振りして砂塵を払うと、腰から下げたサーベルを抜く。
「なんだかよくわからないけど、君たちはあたしが守るから!」
「「え?」」
「か弱い女の子は早く安全な場所に逃げるんだよ!」
「「え?」」
色々と突っ込みどころがあったが、訂正している場合でもなく。
振り返った少女は爽やかにウィンクを残すと、砂塵の向こうへと走り去っていった。
(文責:フロンティアワークス)

藤堂研司

ダニエル・ラーゲンベック

青龍

紫龍?

ジェイミー・ドリスキル

森山恭子

天央 観智

ジャック・J・グリーヴ

ソフィア =リリィホルム

ナディア・ドラゴネッティ

ベアトリクス

カレンデュラ

Gacrux
「敵の増援も減ってきてるだろう! なら、奴さんも消耗している筈だ!」
宇宙から降下した巨大な未確認飛行物体との闘いは熾烈を極めた。
ワイバーン隊、グリフォン隊、そしてハンター隊の損耗率も上がっていく中で、数えきれないほどの未確認飛行物体が撃破された。
だが、肝心の敵母艦――大型の未確認飛行物体の撃破には至っていない。むしろソレにはまだ余力が感じられる。
サルヴァトーレ・ロッソもまた龍鱗結界(ドラゴンスケイル)により守られ、致命的なダメージは避けられている。つまり、双方が牽制し合う程度の戦況という事だ。
「ったく、次から次へと沸いてきやがる……キリがねぇ! これ以上戦闘が長引くのはちっとばかしマズいな……!」
藤堂研司(ka0569)は腕にセットした研司砲で小型の未確認飛行物体を撃墜する。だが、手応えは感じられていない。
敵味方の攻撃が入り乱れる空をワイバーンの竜葵に跨りながら仰ぎ見るのは、巨大な円盤のような歪虚だ。
「あいつはなんなんだ? まさか本当にUFOってわけじゃあるまいし……おぉっ!?」
しかし、ハンターの攻撃は母艦にも一定のダメージを与えていた。
そしてその体表が崩れさり――内側に空洞が存在する事がわずかでも明らかになると、それが“体表を覆うカバー”……いや、バリアのようなものであるとわかる。そして、
「艦長! データ分析の結果、敵母艦型の能力と酷似するVOIDがヒットしました! ――強欲王メイルストロムです!」
母艦の体表を覆う銀色の結界がばらばらと解けるようにしてはがれて行く。
『そうか……あれは私と同じ。ドラゴンスケイルか』
「六大龍クラスの戦闘力じゃねぇ……六大龍そのもの、か……!?」
青龍の言葉にダニエル・ラーゲンベック(kz0024)は顔を顰める。
龍の鱗は解け、きらきらと天より降り注ぐ。そこには紛れもない、巨大な竜の姿があった。
円盤としての外殻を形成していた輪のような部位が光を放ち、次の瞬間、雷撃が周囲へと放たれる。
それは剥がれた鱗に反射され、増幅され、周囲を取り巻く者全員を薙ぎ払わんと荒れ狂う。
『――いかん!』
危険を察知した青龍は周囲に結界を広げ、その中にハンターらを取り込む事でこの雷撃を防いだ。
だが、嵐のような猛攻を前に結界は減衰し、そして――。
「憑龍機関の出力が低下中! もう一度同じ攻撃を防ぐのは無理です!」
『いや……それは向こうも同じようだ』
翼を広げた異形の竜は、物言わぬままじっとハンターらを見つめ、そして大空へと舞い上がっていく。
「紫色の竜……? まさか……あれが“紫竜”だっていうのか?」
呆然と空を見上げる研司。動揺は龍騎士隊にも広がっていく。
「ロッソは出力が低下中、大気圏外に離脱する敵には追い付けません……」
「……というわけで今回はなんとか凌げたが、ひでぇ所だなここは。異世界ってのはどこもこんなしけてんのか?」
強化人間であるジェイミー・ドリスキル(kz0231)は、負のマテリアルにも耐性を持つらしい。
ラズモネ・シャングリラの艦長である森山恭子(kz0216)は強化人間ではないため、彼女に変わって遺跡に顔を出すことになった。
「僕たちにとっても、ここは異常ですから……。本来のクリムゾンウェストは……リアルブルー同様、豊かな大地ですよ」
天央 観智(ka0896)に続き、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)が顔を顰める。
「未知の世界の開拓と聞いて来てみりゃ、遥か彼方まで何にもねぇ荒野とはなぁ。何か商機になりそうなモンがあればいいが……食うモンも水もねぇだろコレ!」
「生物らしきものは……見当たりませんね。だからこそ……貴女の存在が疑問なのですが」
観智の視線の先には腕を組んで立つカレンデュラの姿があった。
カレンデュラは外見的にも能力的にもどう考えても歪虚である。存在維持にマテリアル以外を必要とせず寿命も持たない歪虚であれば、この死の世界で生き永らえているのも納得だが……。
「あたしは歪虚じゃないよ。少なくとも自分では人間だと思ってる」
「ほーん……?」
ジャックは顔を寄せ、まじまじとカレンデュラを見つめる。少女がにこりと笑うと何かを思い出したように背後に2スクエアほど跳び退いた。
「た、確かに嘘を言ってるようには見えねぇな。そもそもっ、ここらの敵が何モンなのか、はっきりしねぇ部分も多い。色々試した結果、歪虚であるってことは間違いないと思うが……ッ」
実際先の戦闘ではカレンデュラは終始ハンターと共闘し、相争うことはなかった。それは観智も確認している。
「自分を人間だと思っている歪虚、ですか……うーん? まあ、似たようなケースはこれまでもありましたよね?」
ソフィア =リリィホルム(ka2383)はこれまでに目撃してきた様々な戦いを思い返していた。
人間に味方するようなそぶりを見せた歪虚はこれまでにも存在していた。それらの結末が幸福なものであったかはさておき……。
「自分が何者なのかを決める権利があるのは、その本人だけじゃないでしょうか」
「ふーむ……まあ、負のマテリアルを感じさせるという意味では強化人間も同じじゃからのう?」
「俺をあんな宇宙人どもと一緒にするな。心配せずとも取って食ったりしねぇよ」
ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の視線にジェイミーが肩をすくめる。
今回の戦いでも強化人間たちはよく闘ってくれた。今となってはハンターにとって最も信頼できるリアルブルーの戦力と見てよいだろう。
「ベアトリクスさんはどうなんです? 彼女を見ても何も感じませんか?」
ソフィアが問うと、黙り込んでいたベアトリクスが首を傾げる。
「そうねぇ……? ただの歪虚って感じでもないけれど……結局あなた、何者なの?」
「それが困った事に自分でもわからないんだよね」
カレンデュラの話は実に支離滅裂であった。
いつからかこの荒野を彷徨っていたが、確かな記憶としてあるのは、何かから逃れる為に旅をしていた事……そして歪虚と戦っていたという事実だけ。
話を聞くに紀元前の戦いに酷似しているとハンターは指摘したが、それは“紀元前”のこと。何千年もの間彼女が何をしていたのかという疑問が残る。
記憶は途切れ途切れで、いつの間にやらこの遺跡に辿り着き、そこで自分と同じく歪虚と戦う者たちが見えたから加勢したとの話であった。
「ではおぬし、何もわからんままに闘っていたのか?」
「そうだよ? 困った時はお互い様でしょ。目の前で誰かが傷つくのを見ているだけなんて、そんなの嫌だからね。あんまり自分の事思い出せないけど、この気持ちは嘘じゃないと思う」
「ふぅむ……何分わからない事だらけじゃからな。今回の闘いで得られた情報をまとめるまでは、おぬしにいてもらっても良いかもしれん」
「本当!? よかった?、この身体お腹減らないし眠くもならないけど、すっごく退屈なんだよね。飲まず食わず眠らずでも働ける身体だから、ドンドン頼りにしてね!」
屈託なく笑いながら力強く胸を叩くカレンデュラ。それから「あ」と小さく呟き。
「そういえば、ちょっと訊きたい事があるんだけどさ」
「俺たちはここから、世界が壊れて行く様を見ていました」
少しだけ小高くなった丘に、血盟作戦の……紀元前のクリムゾンウェストの面影を見る事は難しい。
だが遺跡の位置などと加味して考えれば、Gacrux(ka2726)の推論は当たらずも遠からずだろう。
「そっか。やっぱりここは凄く遠い未来の世界なんだね」
「確証はありませんが……」
隣に立つカレンデュラの横顔を見つめ、Gacruxは息を吐く。
戦場で見かけた彼女の姿に、Gacruxは何故か大精霊の存在を感じていた。
「ですが……あなたは大精霊ではないのですね」
「うん。あたしはたぶん違うと思う」
でも……と、続け。
「その言葉をすごく懐かしく感じる。あたしにとって大精霊は、身近なものだったんじゃないかなあ」
その場に胡坐をかくように座り込み、少女は目を細める。
「どうして滅んじゃったのかな――世界」
「諦めるのが早すぎた……そう振り返る人もいました」
「そうだね……そうかもね。でもだからこそ、君たちを見た時すごくうれしかったんだ。この世界にはまだ、諦めてない人がいるんだ……ってね」
顔をあげ、少女は笑う。
「生きていてくれてありがとう――って。力いっぱい、お礼を言いたくなったんだ」
Gacruxは僅かに笑みを返し、荒野に響く風の音に耳を傾けていた。
(文責:フロンティアワークス)
サルヴァトーレ・ロッソはグラウンド・ゼロに滞在し、現地で応急処置などを行いつつ新たな戦いに備えている。
そしてロッソやリゼリオからの物資や人員で遺跡の再整備と浄化が進み、ベアトリクスの協力もあって活動拠点の確保には成功した……という報告は、リゼリオにも届いていた。

ミリア・クロスフィールド

タルヴィーン

南條 真水
「パルムたちが持ち帰った情報があるので、映像は見る事ができるぞい」
「それは見たんですけど、結局何もわからないっていうか……」
不安そうなミリア・クロスフィールド(kz0012)に、タルヴィーン(kz0029)は「ふむ」と顎髭をいじり、背後の神霊樹を見上げる。
リゼリオのハンターズ・ソサエティ本部の中心となる巨大ライブラリでも、血盟作戦以上の過去情報は引き出せていない。
「それに関してはタルヴィーン君がどう考えているのか、南条さんも訊きたいところだね」
ファイリングした資料を片手に歩いてくるのは南條 真水(ka2377)だ。
「あら、南条さん。もう報告は宜しいんですか?」
「元々パルムが伝えているだろうし、個人的な見解をまとめた資料を置いてきただけだからね。これはその写しさ」
先の作戦に参加した真水は、虚無の発生源となるソード・オブジェクトについての調査報告書をリゼリオに提出していた。
曰く、ソードオブジェクトとそこから発生する異界は、神霊樹とそのライブラリに近い存在なのではないか――と。
「南条さんも確証を得られたわけじゃないからね。会話に割り込むのは本意じゃないけど、タルヴィーン君の意見を聞かせてもらえると嬉しいかな」
「わしも丁度同じ考えに突き当たっておったところじゃ。わしらパルムは大精霊のために星の記憶を観測し、蓄積するために存在しておる特殊な精霊じゃ。そして邪神ファナティックブラッドも、元々は大精霊であったはず。ならば、ファナティックブラッドが観測した記憶を蓄積する存在がいてもおかしくはなかろう?」
「え? それじゃあ、もしかしてクリムゾンウェストの裏側で見つかった“虚無”の正体って……?」
「邪神の記憶そのものかもしれんのう。それならば様々な異界の様相を再現しているのも納得できる」
タルヴィーンの話を聞き終え、真水は眼鏡のブリッジを持ち上げる。
「ライブラリの管理者でもあるタルヴィーン君がそう感じているのなら、南条さんの推論も真実味を帯びてきたね」
「でも、どうしてそんな事をする必要があるんでしょうか?」
「わからないのはそこなんだよねぇ……。歪虚って連中は、世界を“無”に帰すのが目的だって聞いてるけど、その目的と虚無という現象は矛盾しているだろう?」
「クリムゾンウェスト大精霊がそうであるように、欠けてしまった自分を補おうとしている……とか?」
「可能性はあるね。例えば、ソードオブジェクトがわざわざ大地に刺さってから虚無を展開していたのは、クリムゾンウェストの地脈――つまり大精霊の力に干渉しようとしていた為だと思われる。邪神が“星を喰らうもの”なら、その通りの挙動だけど……」
物理的に破壊されているクリムゾンウェストはわかる。だが、邪神に“欠けているもの”が何か、今の真水にはわからなかった。
何にせよ、グラウンド・ゼロの調査は大精霊の探索という目的だけを満たすものではない。
きっとこの戦いの先には邪神という存在の真実がある――そんな予感がしてならなかった。

ベアトリクス

カレンデュラ

ナディア・ドラゴネッティ
一方その頃、グラウンド・ゼロ。
遺跡の中に作った簡易な会議室には、魔導機械や現代機械が配備され、それをハンターの協力者たちが操作していた。
その中心に座ったベアトリクスは機械の動力源であり、身体のあちこちにコンセントを突き刺し発電しつつにっこりと笑う。
「あたしにしてみれば君の方が謎なんだけど……身体にそんなヒモみたいなの刺して痛くないの?」
「痛くないわよ?。ちょっとくすぐったい時はあるけど」
カレンデュラはぽりぽりと頬を掻き、「そうなんだ」とつぶやく。理解はしていないが、納得はしたらしい。
大精霊の反応を調査し始めてはや数週間。
遺跡の周囲では突発的に発生するシェオル型歪虚との戦闘が続いているし、あちこちに存在する“虚無”の調査も進められている。しかし肝心の大精霊については進展がなかった。
「大精霊の気配を虚無が消しちゃってるのよねぇ。まあ、クリムゾンウェストという世界を書き換えてしまおうってモノだから、当然邪魔よね」
「ハンターの調査によれば、虚無の中には全くの異界が広がっておるという事じゃったな?」
ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の言葉の通り、虚無の調査については進展がある。
虚無と呼ばれる空間の内側にはクリムゾンウェストとは全く異なる世界が広がっている。
その世界はここではないどこか、今ではないいつかであり、それぞれが独自の法則性を持って稼働しているのだという。
「遺跡での戦いでも虚無は出現した。しかし、発生源となるオブジェクトを破壊することで虚無を消し去ることもできた。……クラスタ型に近いのじゃろうか?」
「確か、オブジェクトは破壊すると塵になって消えたんだよね? だったらそれも歪虚だってことだし、ミカクニンヒコーブッタイっていうのも歪虚なんだよね?」
オブジェクトや未確認飛行物体の断片などを持ち帰ろうとしたハンターもいたが、それらは塵になって消えてしまった。
また異界の中からモノを持ち帰ろうとしても、異界の外に出ると消えてしまうのだという。
「写真は持ち帰れるようじゃから、中の様子はなんとなくわかるがのう」
「オブジェクトが飛んできた方向の調査はしたの? 君たち、空を飛ぶ船が使えるんでしょ?」
「青龍様にあまり無理はさせられんので今はお休みいただいておるが、近々調査が必要じゃろうな。そういえば、空からの敵は六大龍だったと聞いたが……あれから動きはないようじゃな」
六大龍の内何体かは、既に消滅したと考えられていた。

紫龍?
「強欲王メイルストロムがそうであったように、マテリアルに還るのではなく存在を作り替えられてしまった場合、転生できずに歪虚として残り続けてしまう。あの紫龍も恐らくその類じゃろう」
「問題はいつからなのか……確か血盟作戦の時には、紫龍は観測されていなかったのよねぇ?」
「最終決戦まで生き残れなかったのか、どうなのか……ううむ」
話を聞いていたカレンデュラはポンと手を叩き。
「歪虚に作り替えられた存在は消えず、転生せずに残り続ける……? じゃあ、あたしも“シェオル”ってこと!? うわ?っ、あたしもあんなキモいやつらの仲間なの?!? ヤーーーダーーーッ!」
「ヤダと言われてものう……」
「確かにあなたはシェオルなのかも? でも、だとすればどうしてあなただけが自我を残しているのかしら?」
カレンデュラもシェオル型歪虚だというのならば、多くのシェオル型がそうであるように、人間を憎んでいないのは何故なのか。
彼女だけが違うというのであれば、彼女だけが特別な理由を宿していると考えるのが自然だろう。
「わっかんないなあ。あたしとあいつらの違いかぁ……人間が好きかどうか、とか?」
「あなたは人間が好きなの?」
「好きだよ。人間も、精霊も、この世界もね」
間髪入れぬ答えに、ベアトリクスは前のめりに続ける。
「どうして?」
「どうしてって……そんなの考えたこともないわ。当たり前じゃない、あたしも人間でこの世界の一部なんだから、好きになるのに理由なんかいらないでしょ」
カレンデュラの答えをベアトリクスは興味深く観察していた。そして何かを逡巡するように口を閉じた。
「あのさ、もしよかったらあたしが調べてこよっか? そのー、オブジェクトってやつが飛んできた方」
「なに? 行ってくれるのか?」
「あたしは肉体的には歪虚だから負のマテリアルなんか関係ないし、食事も睡眠もいらない。カレンちゃんが死んでも君たちは何も困らないし、デメリットもなし。どうかな?」
「それは……そうじゃが……」
ナディアの胸中は複雑であった。
カレンデュラの全てを信用したわけではないから、拠点への駐留は許しているものの、警戒は怠らないようにとハンターらに伝えてある。
だが彼女はどこまでも純粋で、そして献身的だった。少なくともナディアの主観では、邪悪さは欠片も感じられない。
彼女は自分がどのように見られているのかを理解した上で、それでも“善意”だけで行動しているとしか思えなかった。
「ま、待て。流石におぬし一人で行かせるというのは問題がある」
「問題って?」
「……問題は……問題じゃ! 何人かハンターを付けるので、行動を共にする事! 何かあってからでは遅かろう!」
「何かって?」
「何かは……な、何かじゃ……」
ナディアの答えに目を丸くし、それから優しく笑ってカレンデュラは頷く。
「君、いい人だね。わかったよ! それじゃあ、オブジェクトの発生源については調べてくるから、異界と大精霊についての調査は引き続きお願いするね!」
当たり前にヒトとして接してくるカレンデュラに対し、ナディアは心を開きつつあった。
それは……本来あってはならない事だ。
歪虚とヒトは決して相容れぬ存在だと、ナディアは何百年も前に理解したはずなのだから。
(文責:フロンティアワークス)
歪虚の生態に関する研究はさほど進んでいない。故に、個体差により異なる……というのが一般論である。
歪虚は眠らない。正確には“眠る必要がない”。
長期の休息を必要とする時、彼らは自らの意思で意識を手放す。だが、カレンデュラにそんな器用な真似はできなかった。
故に、トラックの荷台に揺られながら見たのは、きっと夢ではなく――そう、過去の幻だった。
クリムゾンウェスト古代文明は、精霊の力と共存する形で栄えた。
精霊とヒトとの距離はとても近く、良き関係性を保っていた。
今よりももっと世界のレイヤーが近く、それぞれが当たり前に互いを意識できた。
大精霊すらその例外ではなく、人類は偉大なる星の力を行使できる立場にあったのだ。
(でも……神様の言葉を聞くのは、誰にでもできることじゃなかった……)
「――カレン! あなたのこと、カレンって呼んでもいい?」
少女はカレンデュラの手を取って笑った。だが鎧に隔たれ、その温もりを指先に感じる事はできなかった。
「あなたが新しい■■■なのね。怖い人じゃなくてよかった。優しい人だと、精霊が怯えないのよ」
いくつもの小さな光の粒に囲まれ、少女は花畑の中でくるくると踊っていた。
「いいか、カレンデュラ。貴様には騎士として巫女の警護を命じる。神の声を聴く者にはなれなかった貴様だが、精霊との親和性は高い。彼女の身の回りの世話は勿論、要望にはすべて応えるように」
「えーと、身の回りの世話はわかりますけど、要望に応えるっていうのはどういう……?」
「すべてだ。何かを欲すれば騎士団で手配し、必ず手に入れる。モノでも行動でもなんでもすべてだ。アレの機嫌を損ねると大変な事になるからな」
「大精霊はそんな事で怒ったりしませんよ。人間のやることなんて、チッポケなんですから」
「大精霊は、な。だが、大精霊の声を聴く巫女は所詮人間なのだ」
少女は手厚く保護されていた。いや――閉じ込められていたのだと思う。
広い、とても広い聖域の花畑の中で、話し相手は精霊だけ。
精霊の言葉を聴く者は、その能力を伸ばせば伸ばすほど、人間性が邪魔になる。故に人間との接点は、少なければ少ないほど良いとされた。
ある一定の基準を超えて精霊と同調すると、モノの考え方まで精霊に寄っていく傾向にあった。
世界のレイヤーが現代よりも重なりやすかった古代において、完全に精霊の側に行ってしまったものを引き戻す術はない。
故に――大精霊と同調し、不老となった彼女たちにも“価値の寿命”は存在したのだ。
――花畑の中に立ち止まってぼんやりと空を見ている姿に、心臓が凍るような思いをする。
もう、帰ってこないのではないか。そんな不安に駆られて強く肩を揺さぶると、少女は驚いたように目を丸くした。
「どうしたの、カレン? お花の冠……落としちゃったわ」
深く息を吐き、笑い返す。そうだ、笑わなければならない。
■■■に喜怒哀楽は要らない。
それが人類にとって最も正しいと思える選択を瞬時に行い、粛々と繰り返すだけのシステム。
もうこの巫女が使えないとなれば、その時は――。
「カレンはこの仕事、好き?」
「好きだよ。こうやって日がな一日のんびり寝転がってても誰にも怒られないしね。騎士団は訓練きついし、汗だくの男ばっかりでクサいし、給料は安いし、いい男との出会いもないし……」
「ここにいても出会いはないじゃない」
「まあね。でも、君に出会えた。あたしは多分、いつ使うのかもわからない剣術を学んでいるより、君の世話役の方が向いてるわ」
そう。剣なんて学んでも意味がない。魔法は生活の為のもので、誰かを傷つけるものじゃない。
悪人を御するだけの力は必要だが、それ以上は不要だ。この世界に、争う必要性なんかない。
誰もが等しく神の恩恵を授かり。誰もが等しく、穏やかな生活を送れる世界なのだから。
「あたしなんか、実際に人を斬った試しなんか一度もないよ。このまま一回も剣を振るうことなく人生が終わるんじゃないかな」
「それでいいじゃない。カレンには誰も傷つけて欲しくないわ。私がちゃんとお役目をはたしている限り、そんな日は訪れない。だから、心配しなくていいのよ」
それは――どっちの意味で?
訊き返す勇気は、なかった。

カレンデュラ

ナディア・ドラゴネッティ
「おっ?」
気付けばトラックは停車していた。目の前には怪訝な様子のナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の顔がある。
「おぬし……目を開けたまま眠っておったのか……? 歪虚ってみんなそうなの……?」
「いや、わかんないけど……眠ってはいなかったと思うよ」
多分ね……と付け加え、身体を大きく伸ばす。歪虚でも凝るものなのか、首を曲げるとボキボキと音が鳴った。
「な?んか、ちょっとずつ昔の事思い出してきたかも」
「ん? そうなのか?」
「うん。あたしの記憶が曖昧なのって、多分“普通の人より長生きだったから”じゃないかな」
腕を組み、カレンデュラは空を見上げる。
まだピンと来ているわけではない。だが、記憶は何故か最新のものを避け、古い順番から……“その時”に向かって蘇っている気がした。
「わらわもだい?ぶ長生きじゃが、おぬしは数千年彷徨っておることになるからのう。わらわも昔の記憶は曖昧じゃ。元来、生物の記憶には限界があるのじゃろう」
「そうだね。生きている者の記憶には限界がある……なんか、それってヒントになる気がするんだ。あたしは歪虚だから、思い出せることがある……それにも“意味”があるんじゃないかな……」
曖昧に語りながら、カレンデュラは思案する。ゆっくりと、思考の糸を手繰るように。
「忘れたくなかった……忘れちゃいけない事があったような気がするんだよね」
「忘れておるやないか?い!」
「そうなのよね?! いやー、まいったまいった! ……さて、とりあえず偵察の結果を共有しましょうか。スゴかったのよ、あっち」
ナディアの言葉を訂正しなかったのは、確信が持てなかったからだ。
(ハンターは、あたしが“虚無”の住人なんじゃないかって言ってた)
このグラウンド・ゼロに作られた虚無の内に再現された異界。その住人達は皆、自分が“死んだ”事を知らないらしい。
(だとすれば、あたしは異界の外に出てしまったイレギュラー? そういう意味で“も”、長生きだったと言えるかも)
だが、それは歪虚になった後の話。
歪虚以外にも“不老”の存在はいる。歪虚でありながらソレでもあったのだとしたら、シェオルでありながら心を保つという異常性にも頷ける。 けれど、もしそうなら――どうして。
(あたしは……諦めてしまったんだろう……)
得体のしれない後悔がチクチクと胸を刺す。
痛みに呼応するように、シェオルの腕が静かに疼いていた。
(文責:フロンティアワークス)

ベアトリクス

カレンデュラ

ナディア・ドラゴネッティ

ダニエル・ラーゲンベック

紫龍?
グラウンド・ゼロに駐留中のサルヴァトーレ・ロッソの会議室を借り、集められたハンターらを前にスクリーンに映し出されたのは、巨大なソードオブジェクトの姿だった。
先日カレンデュラを同行させたハンターによる少数の調査隊が向かったのは、先の遺跡攻防戦で敵勢力が小型ソードオブジェクトを発射してきた方角。
恐らく敵の拠点かそれに類するものがあるだろうと見込んでいたが、予想通り巨大なソードオブジェクトを発見する事になった。
ベアトリクスがハンターに配った資料には、ソードオブジェクト“ダモクレス”と記載されている。
「全部ソードオブジェクトだとわかりづらいから、便宜上ダモクレスと命名したわ。調査の結果、これは地脈の収束点に深く突き刺さり、星のマテリアルを吸収しまくっていると判明したの?」
「星には本来、汚染を浄化していく自己再生能力がある。紀元前の戦いから長い時間を経ても星が再生する兆しがないのは、こいつが原因かもしれぬな」
ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の推測通り、恐らくこのダモクレスがグラウンド・ゼロにおけるひとまずの脅威であると見て間違いないだろう。
「ダモクレスが突き刺さっておる限り星は再生できず、再生できぬが故に異世界召喚を繰り返し、大精霊も阻まれておる。つまりこいつをへし折れば問題は一挙解決かの?」
「恐らくね。もう一つ朗報として、逆算的にこのダモクレスの地下にこそ大精霊の意志が集中していると考えられるから?、つまり、大精霊の居場所についても同時に判明したと思っていいわねぇ」
その予想が正しければ、グラウンド・ゼロの調査は大きく進展する。
大精霊との対話方法はまた別途考える必要があるが、少なくとも対話すべき相手の場所は判明したのだから。しかし――。
「問題はそのダモクレスだな。これだけデカいソードオブジェクトとなると、ロッソの主砲でもブチ込まんとどうにもならねぇだろ」
ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)が帽子の鍔を持ち上げながら獲物を睨む。
実際、この巨大建造物の破壊にはロッソのマテリアル主砲に青龍のエネルギーを直結させ、最大出力で叩きこむ必要がある。
「だがすぐにそういう話にならねぇってことは、問題があるってこったな」
「ええ。ロッソには今回、攻城兵器としての役割を担ってもらうのだけれど、当然敵も迎撃してくるでしょう」
「宇宙ドラゴンか?」
六大龍の一柱、“紫龍”と思しきドラゴンが歪虚に変容したモノ。
ダニエルが宇宙ドラゴンと呼称した通り、それは大気圏外への単独離脱性能すら有する強力な航空母艦として機能している。
先の遭遇戦以降その動向は掴めていないが、作戦中に介入されれば相応の被害を覚悟せねばならないだろう。
「そもそも、あれがソードオブジェクトの発生源だったのだから、ミサイルのようにバンバン飛ばしてくる可能性もある。もっと言うなら、今は展開していないけれど――」
「虚無だったな。歪虚による空間置換現象……アレを防御に使われる可能性もあるってコトか」
虚無の内側には異界を内包する事が可能であり、その異界内部の広さや法則は虚無の発生源により異なる。
つまり、ダモクレスが自分に有利な虚無――異界を展開した場合は苦戦を強いられることは勿論、距離を取ってマテリアル砲で攻撃を行うのに呼応して虚無を発生された場合、空間湾曲による座標ずれで目標に着弾しない可能性も高い。
全力のマテリアル主砲はリチャージに時間がかかる。そこを敵に狙われて主砲を破壊されでもしたら、作戦は失敗となるだろう。
「……チッ、面倒だな」
「そこまで虚無の高度な戦術利用ができるのかどうかも含めて、現状は分からない事が多いわ。だから、まずはハンターの精鋭を募って再度ダモクレスの偵察を行うつもりよ」
ダモクレスは今現在も沈黙を守り続けている。
その防御性能の一端でも確認できれば、本命となるロッソを用いた攻城作戦の確度もあがるはずだ。
「その偵察作戦、わらわも同行しよう。大精霊のいる地下へのルート確認において、巫女の力が役立つ筈じゃ」
「総長が? ……大丈夫なのか?」
「ナディアはクリムゾンウェストに現存する巫女の中では最高の能力を持っているわぁ。青龍と生命を共有することにより……あ。この話してよかったっけ??」
「もう殆ど言うておるではないか?!? まあ、別に隠すほどの事ではないし、前にも少し説明したが……」

リムネラ

スメラギ
生まれついての種族は“人間”だが、青龍との契約により肉体の性質すら変容した存在――現代でドラグーンと呼ばれる種族の祖となった者たちの一人だ。
これは白龍の巫女リムネラ(kz0018)や黒龍の御柱であるスメラギ(kz0158)よりも一歩進んだ契約となる。
エバーグリーンの守護者であるトマーゾ・アルキミアが不老であるのと同じくして、ナディアも不老の力を持っている。
それは青龍と生命を共有しているためであり、とどのつまりナディアは青龍が死なない限り、“寿命”を迎える事はない。
「逆に青龍様が身罷られた時には、わらわの心の臓も止まる仕組みじゃがな」
「ナディアは数百年の時を青龍と同じ心臓で生きている。つまり肉体を持った精霊みたいなもので、神格はかなり高い巫女なのよ」
「元々リグ・サンガマには星の傷跡という“大精霊と対話する為の聖域”が整備されておったように、大精霊と巫女が対話する魔術体系があった。その唯一の生き残りがわらわということじゃ。わらわであれば、大精霊の状態がどのようになっているのか、感じ取れるかもしれぬ」
「やっぱりなあ」
というぼやきは、壁際に立っていたカレンデュラのものだ。
「何だか懐かしい感じがしたんだ、君たちは」
ベアトリクスとナディアを見つめ、カレンデュラは目を瞑る。
それでも――そうであると一目みた時からわかっていたけれど、自分は彼女らを「人間だ」と思った。
どれだけ強い責任とおぞましい力を秘めていたとしても、それでも人間なのだ……と。
「調査隊にはあたしも参加するよ! せっかくここまで来たんだから、最後まで皆を連れて行きたいんだ」
「最後?」
ナディアが首を傾げると、カレンデュラは少し困ったように笑った。
「最後は最後……だよっ!」

マクスウェル

ラプラス

シュレディンガー

イグノラビムス
リアルブルーはイギリスの大地。人気のない森の中で、黙示騎士は対峙していた。
シュレディンガーが話を切り出すと、マクスウェルとラプラスは神妙な面持ちを浮かべる。
『翼か……ふむ。かつての私たちであれば、取るに足らぬ出来事と判断しただろう。だが、今は違う。この状況に明確な脅威を感じている』
「翼は簡単に破壊できるようなモンじゃないしね。でも、歪虚王を何体も撃破している彼らの事だから、ひょっとするとヤバイ可能性もある。まあ、壊されたら超絶困るのかというとそうでもないけど」
『馬鹿な! あれは邪神による世界支配の証だぞ! 破壊されるようなことがあれば、威厳に関わるわ!』
威厳なんて言葉、シュレディンガーにしてみればどうでもよい。
煮ても焼いても食えぬし、邪神は感情など持たない。単にマクスウェルの気分の問題だろう。
「じゃあマクスウェル、ちょっと行ってきてよ。翼には自衛機能があるけど、狩人相手だと万が一もあり得る。イグノラビムスもつけるからさ」
『イグノラビムスを……? そうか。あそこは生きる者がほぼいない大地、奴が暴走する可能性は限りなく低いか』
手当たり次第に“人間”を攻撃するイグノラビムスはコントロールが難しい。だが、そこに“攻撃目標しかいない”のなら、100%作戦通りに動く駒となる。
「イグノラビムスの能力は“対軍”向けだ。決闘ならマクスウェルに劣るけど、軍勢を相手にする場合のみ君を上回る」
『……フン。敵想定戦力の違いによる上下などオレは認めぬが、まあ良い。久方ぶりに奴らの様子を見てきてやろう。貴様は下らん政治遊びでもしているがよい』
「はいはーい、よーろしくねー」
シュレディンガーがパチンと指を鳴らすと、次の瞬間マクスウェルの姿はその場から消えていた。
『ついにイグノラビムスを使うのか』
「いよいよだねー。ラプラスは反対?」
『いや。対人類戦において奴以上の戦力はないからな。奴は今何をしている?』
「さあ? 一つ前に担当した世界を滅亡させた後も、しらみつぶしに人間を殺してるみたいだよ。それが終わったらまた呼ばれるまで眠るんじゃないかな。あいつは起きてる時間より、眠ってる時間の方が長いから」
歪虚は眠らない。故に、それは機能停止状態――機械的なスリープに近い。
その間もきっと獣は夢を見ないだろう。心無い哀れな怪物を慰めるのは、人類の悲鳴だけだ。
「あっちは汗臭い脳筋に任せて、僕らは優雅に仕事をしましょー」
シュレディンガーがイギリスにやってきたのには訳がある。
直接的に関与しているわけではないが、観測すべき事情があるのだ。
ハンターの大軍勢がクリムゾンウェスト側に集中しているのは、そういう意味で悪くない展開。
マクスウェルとイグノラビムスならば、時間稼ぎは十分な算段であった。
(文責:フロンティアワークス)

ナディア・ドラゴネッティ

ボルディア・コンフラムス

キヅカ・リク

ベアトリクス

イグノラビムス

ヴァイス

紅薔薇

カレンデュラ
それがナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の率直な感想であった。
ダモクレス強行偵察作戦は目覚ましい成果と共に完了した――が、色々と新情報がありすぎた。
撤退から数日後。ハンターからの報告を元にハンターズ・ソサエティのライブラリも用いた情報の精査が行われた。
そして今、次なる作戦に向けてサルヴァトーレ・ロッソの作戦会議室にて一同は顔を突き合わせている。
「なんつーか、短時間に色々な事がありすぎて何が何やらって感じだなー。報告しろって言われたから一応書き出したけどよ、あんま期待すんなよ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)の報告書を眺め、キヅカ・リク (ka0038)は無言でトントンと書類の角を揃える。
「……うん。まあ、ほら。こういうのはね。向き不向きってあるからね」
「ウッフフ……でも、おかげさまでダモクレスの防衛性能はかなり判明したわ。イグノラビムスの戦闘力もねぇ」
「朝騎が分裂するかもって言ってたが、まさかあんなに増えるとは……ビックリだぜ」
ベアトリクスの言葉に、ボルディアは思い出すだけでウンザリと言った様子だ。
「あれは酷かったなあ……。そういえば近づいたら出てきたデカブツはなんだったの? 普通のシェオルとは違う感じだったけど」
「それなんだけど、統一地球連合軍&ソサエティの交戦記録と照らし合わせてみたらね、どうもあれ“邪神”っぽいのよねぇ」
「「え?」」
「そもそも、ダモクレスそのものが邪神の一部――具体的には“翼”じゃないかって話でね」
ソードオブジェクト「ダモクレス」は、超巨大なソードオブジェクトだ。
しかし便宜上ソードオブジェクトだとかダモクレスだとか呼称してはいるものの、それが何なのかハッキリしていなかった。
「邪神には七つの翼があった。その一つをちぎってひっくり返すと……ほら」
重ねられた二つの画像は、ぴたりと一つのシルエットを描く。
「……完全に一致してるじゃん! じゃあ僕ら邪神と戦ってたって事!? あっぶな!」
「恐らくダモクレスは邪神が星に打ち込んだアンカーみたいなものなんでしょう。そりゃ黙示騎士も守りにくるわよね」
ヴァイス (ka0364)は腕を組み、「ふむ」と息を吐く。
「それにしてはマクスウェルはダモクレスに固執していない様子だったが……まあ、黙示騎士にも色々事情があるんだろう」
「……そういうことにしておこうかの。して、ダモクレスの地下に広がる虚無――あれはダモクレスが発生源とみて間違いないのじゃろうか?」
紅薔薇(ka4766)の問いかけにベアトリクスは頷く。
ダモクレスの地下――大精霊の眠る聖地は虚無に覆われていた。その巨大な規模などを考慮すると、ダモクレスが発生源と考えるのが妥当であった。
「ソフィア殿や総長と突入した際に見たあの空間は、異界と呼ばれるものであろう?」
「うむ。わらわも確かにこの目で見たが、これまでに観測されている虚無と同じく、内部は異界と化しておった。どこまでも広がる美しい花畑が――」
「マグ・メルだよ」
話を聞いていたカレンデュラは、背後で手を組みながらため息交じりに呟く。
「神を封じるための聖地……封神領域マグ・メル」
「マグ・メル……そういえば血盟作戦の時も、ライブラリにそんな事が書いてあったのう。カレンデュラ殿は昔の記憶がないと聞いたのじゃが、思い出したのか?」
「うん、まあ……」
歯切れ悪く答え、頬をぽりぽりと掻き、それから苦笑を浮かべ。
「あたし、あそこを守る騎士だったんだ。大精霊を守る“仇花の騎士”――その中でも特別な契約を結んだもの。今だと、みんなが“守護者”って呼んでいる存在だよ」
その言葉に大きな動揺はなかった。
「……異界の調査は僕も参加してる。だから知ってるんだ。その……何て言ったらいいのかな……」
「気を使ってくれてありがとね、キヅカ。でもいいんだ。自分でもわかってる。あたしさ――異界に再現された過去の幻なんだ。それがなんでか異界から出ちゃっただけ。だから、異界が消えたら……あたしも消える」
そう。異界とその住人の関係性はもう決まっていた。
異界が消えれば、住人は全て消える。
異界は一定の時を繰り返すだけのループ世界だ。だが、中には“自分たちが幻である”と自覚するイレギュラーも存在する。
「カレンデュラ殿もその一人……という事じゃな」
「それは、ダモクレスを破壊するとカレンデュラも消えるということか? ……なんとかならないのか?」
眉を顰めるヴァイス。だが、少なくとも現段階で救済案を出すことは誰にも出来なかった。
「あー、そのー……悪い。ちょっと話を巻き戻すんだけどよ。カレンデュラは守護者だったって言ったよな?」
「うん。あたしは古代文明が滅ぼされる時も、守護者として戦っていた」
「なら、この世界の大精霊についても詳しいんだよな? ……どうなんだ、大精霊ってやつは」
ボルディアの問いかけに、カレンデュラは目を閉じる。
「良くも悪くも、人間とは全く価値観が違うかな。大精霊はヒトに都合のいい神様じゃない。大精霊に会いに行くなら、覚悟した方がいいと思う」
「覚悟……?」
「――場合によっては、殺される覚悟、だよ」
ボルディアは露骨にムっとした様子で唇を尖らせる。
「助けに来た奴らを殺す神様がどこにいるんだよ! ロクなもんじゃねーな!」
「……カレンデュラはそれでいいのか? ダモクレスを破壊しようとしている俺達は、あんたを殺そうとしている事になる」
「それはちょっと違うね、ヴァイス。あたしはもう死んでるんだよ。オバケがまだウロついてるってだけ。君たちが気に病む事じゃない」
「だが……」
「あたしはね、大精霊の守護者になったのに、最後の最期で“人間”を優先した。マグ・メルで戦い続ける大精霊や精霊たちを見殺しにして、生存者を異世界に逃がす事を選んだ」
――あの日。あの、世界が終わった日。
カレンデュラは守護者でありながら、人類の存続を優先した。
ヒトという存在が未来まで生き続ける事を選び、神に背いたのだ。
それは紛れもない裏切りだ。世界を守ると誓いを立てた騎士が、守るべきものを切り捨てるだなんて。
殿を引き受け、数多の歪虚と戦い、そして異世界転移門に辿り着いた少女が見たのは、殺し合う人間達の姿だった。
異世界に旅立てる人間は数少ない。だから、その「誰か」を選ぶための――生かすための殺人。
「頭がおかしくなりそうだった。自分は何をやってるんだろうって……。守護者ってなんなんだよ、何が守れる……いや、何を守ればいいんだよってね」
歪んだ左手をきつく握りしめ、少女は頭を振る。それでも、頬には笑顔があった。
「でもね。君たちに会って救われたんだ。君たちが生きている、ただそれだけであたしは自分の存在を肯定できた。過去は無価値じゃない、間違いじゃなかったってね」
重苦しい空気を払うようにカレンデュラは明るい声で語り続ける。
「大精霊と対峙する時、人間はその存在価値を試される。だから君たちには考えておいてほしいんだ。何を望み、何を願い、そして何を守るのか。君たちが出した答えを全力で応援するよ! あたしは失敗した。でも、君たちならきっと……そう考えるのは、自分勝手かもしれないけど……」
「……いや。俺達はこれまでの戦いで、色々なものを見てきた。人間も歪虚も精霊も。上手く伝えられるかはわからない。だが、精一杯やってみるよ」
ヴァイスの答えに嬉しそうにうなずき、カレンデュラはまた笑う。消滅の恐怖を感じさせないように。
「近日中にダモクレスの攻略作戦が実行に移されるわ。皆、心構えはしておいて。きっと、激しい戦いになるだろうから……ね」
ベアトリクスの言葉で会議はひとまずの幕引きとなる。
カレンデュラはハンターに背を向け、少しだけ寂しそうに眉を顰めた。
(文責:フロンティアワークス)
ついに大精霊の救出とダモクレスの破壊を目的とした、「反影作戦」が開始された。
クリムゾンウェスト連合軍はこの作戦を邪神討伐の第一歩とし、世界の命運を賭けた戦いに向け大規模な部隊を編制した。
グラウンド・ゼロと呼ばれる高度汚染地域であるがゆえに、非覚醒者の力を借りる事は困難であったが、それでも先に行われたダモクレス威力偵察作戦とは比べ物にならない大部隊にて作戦は決行される。
「ざっくばらんに言って、この作戦には世界の命運がかかっているわ。今の戦力で邪神翼に対抗できるのか、そして大精霊を救出できるのか……成功すれば人類は邪神から明確な勝利をもぎ取ることになるものね」
ベアトリクス・アルキミアの言う通り、この戦いに勝利すれば、邪神討伐に光が見えるというもの。
「……まあ別に異論はないのじゃが、ベアトリクスが作戦立ててるの微妙に違和感あるのう」
「ンフッ……そうよねぇ。でも、おじいちゃんにナディアを助けるように言われてるし、私って歩くスパコンみたいなものだから?」
「で、そのスパコンの計算によると、この作戦の成功率は?」
「最前線で頑張るハンターにもよるけど、黙示騎士とか諸々の妨害が入る事までコミコミで、70%くらいの成功率かしら?」
思わずあちこちから感嘆の声が上がる。
圧倒的な力を誇る邪神や黙示騎士に対してさえ、今のハンター達ならば勝利の見込みが高い。
「前回の威力偵察の結果、敵戦力も大まかには判断できた。不確定要素と言えば、三つ」

紫龍イルルヤンカシュ

ベルフェゴール

ナディア・ドラゴネッティ

ベアトリクス

カレンデュラ
先のダモクレス偵察戦でもその姿が見えなかった事から、「ダモクレスの防衛」を目的としていないことはわかっている。
「どちらかというと――紫龍の目的はサルヴァトーレ・ロッソかもしれないわ」
「言われてみると、最初の襲撃時も拠点ではなくロッソを集中攻撃しておったのう」
「青龍を搭載したロッソには惹かれるものがあるのかもね。……で、そうだとすると、今回ロッソを前に出したら紫龍も出てくる可能性が高いわね」
第2に、ダモクレスから出現した謎の大型シェオルについて。
「ダモクレスが実は邪神から分離した七つの翼の一つであるという話はもうしたわね? つまりあの歪虚は邪神の分体のようなものであると考えられるわ」
「高位の邪神眷属ということか。“王”とは違うのかの?」
「歪虚王ではないわね。邪神の一部だから、格の話をするのなら邪神級歪虚ってところ。負のマテリアル出力は王の超越体ほどではないけれど、それに迫る勢いよ」
第3に、ダモクレス地下に展開する虚無と異界。
「ダモクレスを発生源とした虚無だと思うけれど、単なる異界ってわけでもないのよね。恐らく大精霊――星の聖域と融合していて、かなり不安定になってるみたい」
「星の聖域というと、血盟作戦の時に見た……星の内部に広がる空間、か?」
「マグ・メルと呼ばれていたそうねぇ。単なる異界ではなく大精霊の聖域でもあるから、異界内で大精霊と接触する事も可能だと思うわ」
そもそも、不確定要素だらけの戦場で戦うのはいつものこと。ハンターにとっては慣れっこだろう。
「作戦用に紫龍を“イルルヤンカシュ”、大型シェオルを“ベルフェゴール”、地下空間を“マグ・メル”とそれぞれ呼称します。作戦は変わらず、サルヴァトーレ・ロッソの主砲によるダモクレスの破壊。それと……」
「マグ・メル内部への突入じゃな」
グラウンド・ゼロの調査に端を発する今回の作戦の最終的な目的は、大精霊の救出にある。
世界の神、最大の精霊である大精霊を解放し味方につけることができたなら、邪神への対抗策が生まれるだけではなく、現在発生している幾つかの問題を同時に解決できる。
極論、ダモクレスを破壊できなくても大精霊と味方に出来ればそれで目的達成なのだ。
「問題はその大精霊とどうやって対話するかだけど、君たちに考えはあるの?」
聞き役に徹していたカレンデュラが声をかけると、ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)は自らの胸を叩き。
「無論、わらわが対話を行う」
「それはそうだろうけど……ちゃんと分かってる? 大精霊と対話するってどういう事なのか」
大精霊は星の意志。人間とは存在の規模が異なるため、言葉による対話は不可能だ。
まっとうにコミュニケーションをとるためには、ベアトリクスがかつてそうしたように大精霊を人間と同じレベルにまで降ろす必要がある。
「元々神を封じる為に生まれたオートマトン技術に北方王国の魔術と合わせ、大精霊の降霊を行う。この身体に降ろす以上、わらわもただではすまぬじゃろう」
「っていうか普通に考えて死ぬよ。ナディアは確かに青龍の血の力を持ってるけど、大精霊を受け入れるには脆すぎる」
「とはいえ、ベアトリクスのようにクリムゾンウェスト用のボディを用意している時間もなければ条件を整える事も困難じゃ。普段ハンターにはもっと危険な事を頼んでおるからな。わらわもこういう時は総長らしく恰好つけねば」
にっこりと笑うナディアの姿にカレンデュラは小さく溜息を零し。
「……わかったよ。君の命は君のものだ。君の選択を尊重する」
「命知らずはあなたの方でしょ?」
そう言われてしまうと返す言葉もないが、これもいい機会だ。
「もう知ってる人もいると思うけど、あたしはこの戦いが終わったら――ダモクレスが破壊されたら一緒に消えると思う。短い間だったけど、皆と一緒に戦えて楽しかったよ! 色々とありがとう!」
あと腐れのない、寂しさを感じさせない別れ言葉。
それ以上付け加える事はないと言わんばかりにカレンデュラは身を引くのだった。

蓬生

ハヴァマール

紫電の刀鬼

アイゼンハンダー

ガルドブルム

カッツォ・ヴォイ
『ふむ……。どのような結果になろうとも、歪虚とヒトの戦いの大きな岐路となるのは間違いあるまい』
その頃、果てしなく広がる荒野に二つの人影があった。
一つは元憤怒王こと蓬生。もう一つは現役の暴食王ハヴァマールだ。二体は遠巻きにダモクレスを眺めている。
『歪虚王にとっても邪神は無視できぬ存在だ。残る王も、これからは身の振り方を考える必要がある』
「ハヴァマールさんは黙示騎士さんと組んでおられるので?」
『組む、というわけではないが、余も元々は邪神から産み落とされた闇のひとつよ。世界を滅ぼし、そして救済するという目的においては合致しているのでな。尤も、余の配下が納得しているわけではないが』
ナイトハルト亡き後、紫電の刀鬼(kz0136)やアイゼンハンダー(kz0109)も大きな動きを出せずにいるが、彼らはこのクリムゾンウェストという世界に固執している。
『ジジイ共が雁首揃えて高見の見物か? 王と呼ばれる程の存在でありながら、邪神に尻尾を振るつもりじゃねェだろうな?』
荒々しい羽ばたきで砂を巻き上げながら降り立ったのはガルドブルム(kz0202)だ。二体を交互に眺め、ぐっと腕を組む。
『あの邪神翼ってなァ、文字通り邪神の力の一部だろうが。あれを喰らっちまえば、俺達はもっと強くなれる』
「生憎、私の目的は強くなる事ではないものでして」
『ガルドブルム、貴様は黙示騎士や邪神とは組まぬつもりか?』
『わかり切った事を訊いてんじゃねェぞジジイ。ハンターは俺のエモノだ。外から来た連中に横取りされてたまるかよ!』
「それは些か浅慮ではないかね、ガルドブルム」
突如として空間に亀裂が走り、そこからカッツォ・ヴォイ(kz0224)が飛び出してくる。
脚本家は三人の前で一礼し、すっと杖を地に突いた。
「私とて彼奴らに気を許したわけではない。すべては我が王の為。利用できるものは利用する……おまえは手段を選ばない男だと思っていたのだがね」
『俺にだって選びたい手段はあらァな。言っておくが、邪神に従わない歪虚は俺だけじゃないだろうぜ。ジジイ共が何もしないというのならそれでも構わん。但し、俺は俺の好きにやらせてもらう!』
翼を広げ、再びガルドブルムは大空に舞い上がった。
「彼、私達と違ってシュレディンガーさんに転移させてもらってないのだとすると、ひょっとしてここまで自力で飛んできたんでしょうか?」 『はっはっは。最近の若いモンは根性あるのう』
蓬生とハヴァマールが感心した様子で空を見上げていると、カッツォは咳ばらいを一つ。
「それで、お二方は参戦されないので?」
「私はただの観光ですので……それと、青木さんとの待ち合わせがありますから」
『余は……そうだな。ひとまずは成り行きを見守るとしよう』
この人類と歪虚の戦争は、双方大きな転換期にある。
人類が異世界を跨ぎ、種族を超えて手を取り合って一つの勢力を作ろうとしているように、黙示騎士も様々な歪虚にアプローチをかけてきた。
カッツォのように積極的に黙示騎士と連携する者もいれば、ガルドブルムのようにそれを拒む者もいる。
邪神につくか、否か。これから歪虚としてどのように戦っていくのか、決断を迫られているのだ。
「同じ歪虚と言えども多様な物ですね」
『これも人間と歪虚が交わって来たことによる影響であろうな』
「シュレディンガーは参戦を強制してはいないのでね。私も私の目的の為に動かせていただく」
踵を返したカッツォが歩き去っていくと、蓬生はポンと両手を合わせ。
「では、私もそろそろ……」
『ん? 青木を待つのではなかったのか?』
「青木さんに会う前にちょっと散歩でもしようかと……では」
残されたハヴァマールは戦場を見渡す丘の上、一人どっかりと胡坐をかいた。
『戦いが始まるか。世界と神の運命を決める戦いが』
(文責:フロンティアワークス)

ダニエル・ラーゲンベック

ベアトリクス

ベルフェゴール

アルヴィン = オールドリッチ

ロベリア・李

ナディア・ドラゴネッティ

夢路 まよい

ロニ・カルディス

Uisca Amhran

大精霊クリムゾンウェスト
地上すれすれを高速で飛行するサルヴァトーレ・ロッソは、ダニエル・ラーゲンベック(kz0024)の合図と共に主砲を発射する。
青龍のマテリアルにより強化された主砲は膨大なマテリアルの濁流を吐き出す。一直線に突き抜けた光は、見事ダモクレスのシールドを貫通し、大爆発を巻き起こした。
「目標への着弾を確認! ダモクレス、崩壊していきますッ!!」
オペレーターの報告に沸くサルヴァトーレ・ロッソ。
だが、喜びはいつまでも続かなかった。
「……ダモクレスが消滅しない!? そんな、真っ二つにへし折ったのに!」
「既に再生が開始されています! このままでは……!」
「核が別にある……にしては、再生が遅いわね。となると、恐らくあっち……ベルフェゴールの方と生命力を共有しているのかしら」
ベアトリクス・アルキミアの言葉にダニエルは舌打ちする。
「なら、奴も倒さなきゃ意味がねぇってか」
「ダモクレスからのマテリアル供給も絶たれている筈だから、今ならベルフェゴールを倒せるかも。艦長、戦力をベルフェゴールに集中させて。私はちょっとやることがあるから降りるわねぇ」
「降りるってお前……」
ダニエルの制止も聞かず、ベアトリクスは駆けだした。そうしてしばらくするとロッソの甲板に出て、パラシュートもなしで降下してしまう。
「俺はもうトマーゾの関係者が何やっても驚かんことにしている」
『ダイナミックだネェ……! サテ、艦長。僕達はこれからどうしようカナ?』
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)の通信にダニエルは顎髭を撫で。
「紫龍は撤退しスケイルビットはほぼ駆逐完了した。ご苦労だったな。お前たちは一度ロッソに帰還し、補給を受けてくれ。恐らくまたすぐに作戦になる。会議室に集まるよう各隊に伝えてくれ」
『オーケー、忙しくなるネェ……。ハーイ、神託のミンナ、帰還するヨ! 点呼しまーす。ハーティ、ルール、藤堂氏……』
『……いや、そういうのは通信を切ってからだな……』
「地上部隊も回収して補給だ! 急げ、すぐに次の戦いになるぞ!」
「……って事らしいから、とりあえずロッソに向かうわよ!」
地上に降り立つサルヴァトーレ・ロッソに向かい、ロベリア・李(ka4206)が魔導トラックを走らせる。
シェオル型歪虚や小型ソードオブジェクトの出現は、ダモクレスが真っ二つにへし折れてから停止している。だが、全ての敵を殲滅できたわけではない。
地上では未だシェオル型歪虚と陽動を行うハンターたちの戦いが続いていた。
「簡単に言ってくれるけど、これ全員撤退できるのかしらねぇ……! みんな、逸れないようにね!」
「だいじょ?ぶだいじょ?ぶ♪」
先の激戦を乗り越えた仲間たちだが、心配である事には変わりない。
ダモクレスもベルフェゴールも未だ健在。この戦いは、まだ終わっていないのだから。
大精霊への祈りは通じ、ナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の身体は眩い光に包まれた。
それは眩い光の柱となって、歪んだマグ・メルの空に突き刺さる。
「よくわかんないけど、すごいマテリアルの流れ……! こんなに強い力、初めてかも……!?」
あまりにも眩しい光に目を逸らす夢路 まよい(ka1328)。ナディアの近くにいたハンターも、徐々に距離を離していく。
やがて光が収まると、そこには炎のようなマテリアル光に包まれたナディアの姿があった。だが――。
「ナディア……なのか? 大精霊との対話は成功して……うっ!?」
ロニ・カルディス(ka0551)が歩み寄ろうとした瞬間、ナディアがすっと片腕を向けた。
同時にロニの身体は背後に大きく吹き飛ばされ、花畑を転がっていく。
「違う……ナディアじゃないね。ナディアがそんな目をしたことは一度もなかった。あなた、誰?」
「53616c7465645f5f857a3d5b8aabc86bd80a83584a371fd1db9b346a1af6d666」
突然の衝撃に思わず頭を抱える。まよいが苦しむ様子に目を細め、ナディアは再び唇を動かす。
「……あ。あー、あ。これが人間の言葉。成程、そういうことですか」
「あなたは……大精霊様なのですか?」
Uisca Amhran(ka0754)の問いに大精霊は冷淡な眼差しを向ける。そこには感情と呼ぶべき一切の熱が存在していない。
「いかにも。あなた達が私を大精霊と呼んでいる……それもこの憑代が理解させてくれました」
「そんな事よりナディアは!? 大精霊が目覚めたなら、ナディアはどうなったの!?」
「この憑代は私を覚醒させる為にその身を差し出しました。現時点で肉体の所有権は私に移っています。そして――」
大精霊が両腕を広げると、再び強烈なマテリアル波動が放たれる。
それはハンターひとりひとりに纏わりつくと、全身を金縛りのように硬直させていった。
「私は理解しました。あなた達人類が何をしてきたのか。どのような存在であるのか。そして結論づけます。私は失敗したのだと」
「失敗……?」
「――この星の生態系を、です」
ナディアの仕掛けた対話とは、文字通り肉体に大精霊を憑依させるという方法をとっている。
神の意識は人間とはあまりにも違いすぎる。故に人間を理解させるためには、人間と同じレベルに“堕とす”必要があった。
これによりナディアは自分の持つ知識と経験、感情や願いをすべて大精霊に伝えた。だが――。
「この星は死に瀕しています。大部分を闇に呑まれ、今や消滅を待つばかり。この痛み、この苦しみ……長くは持たないでしょう。故に、私はこの世界を再生させる」
めきめきと、ナディアの肉体が変質していく。
世界の守護者――青龍の血をより強く顕在させたナディアの肉体は、膨大な大精霊の力と合わせて崩壊を始めていた。
「やめて! そんなことしたらナディアが死んじゃうよ!」
「死……ああ、そういう概念もあるのですね。問題ありません。あなたも、ここにいるすべての人類も――外にいる者も、例外なくすべて死を迎えるのですから」
「そんな……どういう事なのですか!?」
「この地表に形成された生態系の全てをマテリアルに戻し、その力で星を再生します。不足分は――そうですね。エバーグリーンやリアルブルー……と、あなた達が呼んでいる星から頂くとしましょう」
まずは、クリムゾンウェストの生物をすべてエネルギーに還元する。
そしてこの星を再生し力を取り戻したら、次は異世界を飲み込んでいく。
「それ以外に、この星を再生する方法は――ない」
「どうして……何故なのですか? 私達はこれまで、この星を救う為に……!」
絞り出すように呟き、Uiscaは強引に拘束から逃れようと覚醒する。だが――。
「覚醒……できない……っ!?」
「魔法が使えない……なんでっ!?」
「精霊との契約は私との契約も同然。私が許さぬのに、力を使えるはずもないでしょう?」
マグ・メルの空に大きな亀裂が走る。
まるでガラスのように崩れていく世界の先、“現実”の空へと大精霊は浮上を開始する。
大精霊の君臨。それは、この世界の滅亡を意味している――。
ハンターはそれを見ている事しかできない。覚醒者である以上、彼らは大精霊には逆らえない。
誰もこの状況に待ったをかけられる者など……。
「………………ちょっと待ったああああああああああっ!!!!」

カレンデュラ
大精霊の顔面目掛け拳を叩きつけたのは、カレンデュラだった。
「私を前にして動ける……あなたは……」
「歪虚だよ! 見りゃわかるでしょ!」
「そうですね」
言葉と同時に大精霊の掌から放たれた光がカレンデュラの胸を貫く。
大量の血を吐き、少女の瞳から光が消え、そして花畑に身体は頽れた。
それで興味を失ったように目を閉じた大精霊だったが、シェオルの腕はまた動き出す。
「悪いんだけどさ……心臓とか飾りみたいなもんなんだよね、あたしは」
何のために自分がここにいるのか、やっとわかった気がした。
ずっと昔に終わったはずの自分が、歪虚でしかない自分が、イレギュラーとしてハンターと出会い、そしてもう一度大精霊を目指した意味が。
「お前は……行かせない! この世界は……皆が遺した、命は……っ! 彼らが築いてきた歴史は……想いはっ! 神様にだって否定させない!」
本当は、こんな事を言いたかったわけじゃない。謝りたくて……もう一度仲良くしたくて……。
でも、出会えてよかったと言ってくれた人がいたんだ。
別れを惜しんでくれた人がいた。先に行けと言ってくれた人がいたんだ。
そりゃあ、寂しくないと言えばウソになる。でも、その何倍も何十倍も嬉しくて、感謝でいっぱいだから。
辛くても――哀しくても――。
このカラダは最初から――余すことなく彼らの為に使うと決めていた!
「……うああああああっ!!」
雄たけびと共に襲い掛かるが、大精霊には敵わない。
あっという間に身体をズタズタに引き裂かれた。それでも再生し、食らいつく。
「愚かな……」
百も承知だ。どうせ、頭はよくない。どちらかと言えばバカの類だ。
でもそれでいい。“時間の問題”なのだ。
自分が繰り返し殺されまくっている間に――きっと、彼らなら――。
「信じてるんだよ……あたしは」
「何を……?」
「仲間……だよ」
その時だ。流星のように駆ける一陣の風が、大精霊の身体を鋭く斬りつけたのは。
ダメージはない。だが、衝撃により大精霊も態勢を崩した。

アルト・ヴァレンティーニ
「世界を守ろうとした……お前を守ろうとした守護者に対する答えがこれか」
「何故……動けるのです?」
「この世界の全てが神の思いのままだとでも? ……自惚れるな」
ハンターの中には、徐々に拘束から逃れる者が現れ始めていた。
「カレンデュラ、大丈夫か?」
ロニも既に自由を取り戻し、カレンデュラに回復を施す。
「自分が契約した精霊を信じるんだ!」
Uiscaとまよいも再び拘束に抗い、そしてついに覚醒と共に解放された。
「やった! なんか頑張ったら動けた!」
「……致命的なエラーです。私“達”の中で、意見が分かれるなど」
大精霊が目を凝らすと、確かに見えていた。
ハンターの中でも特に高位の個体には、膨大な力が蓄積されている。
それはこれまでの戦いの歴史で研鑽されてきた想い。精霊たちが彼らを肯定しているのだ。
過ちではない。彼らはこの世界を救う可能性を有していると――。
「奴の封印をレジストできるのは高位のハンターだけだ! 身動きが取れないハンターは撤退させろ! でなければ……食われるぞ!」
ロニの直感通り。大精霊は禍々しいオーラを纏い、ハンターを品定めする。
「“私”に逆らう“私”がいるとは想定外ですが……それもこれも不安定が原因。ああ、ならば丁度いい。あなた達の力……命と共に還していただきましょうか?」
「だーーーーーーかーーーーーーーらーーーーーーーーっ!!」
全力で、肺にため込んだ空気を全部言葉に変えて。
「何でもいいからナディアをーーーーーーーーっ! 返してったらぁーーーーーーーーーっ!!!!」
まよいが杖を構える。
そのすべてを受け入れるように、大精霊は僅かに笑みを浮かべた。
(文責:フロンティアワークス)

蓬生

シュレディンガー

青木 燕太郎

カッツォ・ヴォイ

ガルドブルム

ベアトリクス

イグノラビムス
旅行中に手に入れた人間の双眼鏡を覗き込み、蓬生は感嘆の声を漏らす。
ダモクレスの地下、大精霊の封じられたマグ・メルへ続く虚無が崩壊を初め、眩い光の柱が天へと立ち上っている。
「おっ? 蓬生くん、おひさ?! ちゃんと来てたんだね?」
「これはこれは、シュレディンガーさん。おひさ?、です」
空間の歪みから現れた黙示騎士シュレディンガーに手を振り返す蓬生。だが、やってきたのはシュレディンガーだけではない。
「蓬生、貴様……」
「おや。お元気そうで何よりです、青木さん。おひさ?」
「……殺すぞ貴様」
にっこりと笑う蓬生の額に青木 燕太郎(kz0166)の槍先が結構しっかり刺さっている。
「イタタ……そんなに怒らないでください。黙示騎士さんにも遭わせてあげたじゃないですか」
「のらりくらりと逃げ回り……貴様には言いたいことが山程あるが、言葉にする前にその心臓を貫いた方が早かろう」
「えぇ?!? ちょっと青木君、せっかく集めた戦力を減らされたら困るよ?! 君ら友達じゃなかったの?」
「そうですね」「そんなわけあるか」
正反対の答えが同時に返って来た。
「そんなことより……見たまえ、シュレディンガー。あの光はリアルブルーの月で見たものと同じ。大精霊の輝きだ」
カッツォ・ヴォイ(kz0224)が恍惚とした声色で光を指さす。
「実に美しい……。我が王もお喜びになるだろう」
「マグ・メルね。ハンターは無事大精霊を器に収めたってところか。横取りするなら今だ、急ぐよノーフェース!」
「おい。俺たちは何をすればいい?」
駆けだそうとするシュレディンガーを青木が呼び止めるが、少年は脚を止めず。
「詳しい事はそっちの子に聞いといてー。あ。青木くん、蓬生くんまだ殺しちゃ駄目だからね。あと蓬生くんは逃げない事!」
げんなりした様子で青木がため息を零すと、その背後から声を掛けられる。
「それじゃあ、俺達も行きましょうか。青木さん」
「…………貴様は……」
『ダモクレスがブチ折れたおかげで、内部に突入できるようになったか……だが、俺もダメージを受けすぎた』
事の成り行きを見守っていたガルドブルム(kz0202)は、遠巻きにダモクレスを一瞥する。
『チッ……ハンターがもう少し気張ってくれりゃァこんな事には……いや……』
そういう戦い方を選んだのは自分だ。アレは共闘ではない。お互いに敵と戦っていただけの事。
結局、“個”としての力では邪神翼には届かなかった――それだけだ。
「ガルドブルム、撤退していきます」
「素直に引いたか。ダモクレス攻略にもたついたのが奴の負担に繋がったのなら、作戦としちゃ悪くない……よし。邪神の秘密を探るチャンスだ! 内部への突入部隊を編制する!」
サルヴァトーレ・ロッソは臨時の補給基地としてフル回転している。
ハンターの治療やユニットの修理、補給が見る見るうちに完了していく。もう間もなく再度の全力戦闘が可能となるだろう。
「で、ベアトリクスはどこいった?」
『私を呼んだかしら? ダニエル艦長』
飛行中のサルヴァトーレ・ロッソから飛び降りたベアトリクスはなぜか無事だった。
邪魔なシェオルを無視して走り続け、もうじきダモクレス付近に到着する。
「主砲のエネルギー充填はどうなってる?」
『冷却も含めて30%ってところだ。ハンターの出撃には遅れるが……どうする? ベルフェゴールにぶちかますか?』
「そうしたいけど、あいつその気になると素早いから……距離とって外したら意味ないし、近づけば怠惰の感染がある。動きを止めるか怠惰の感染を阻止しないと……あら?」
走るベアトリクスの前方に、空間の歪みから飛び出す影があった。
それは先のダモクレス威力偵察でも姿を見せた黙示騎士、イグノラビムスである。
慌てて足を止めたベアトリクスだったが、獣人はベアトリクスをじっと見つめ、そして一瞥する。
「あら? 手を出してこない?」
『どうした?』
「新しい黙示騎士と会っちゃった。でも何もしてこないみたい。まあ、それならそれでいいとして……」
見つめる先には光の柱。大精霊の力の波動は、ここにいても感じられる。
「……ここが正念場ね。ガンバって、みんな」

大精霊クリムゾンウェスト

プラトニス

イクタサ

アメンスィ

サンデルマン

カレンデュラ
既に身体は自由に動かない。そして巨大な大精霊という力を受け止めきれず、崩壊を始めている。
(これは……年貢の納め時かもしれぬな。じゃが、この肉体が崩壊すれば大精霊とて顕現を続けられぬはず……)
「自害は無駄ですよ、ナディア。あなたのおかげで私は人類を学習しました。この身体が朽ちたのなら、ハンターの身体を使うだけです」
(んなぁ……っ!? おぬし、どうしてそこまで……!)
「“生きたい”……そう願い続けることが、私の義務ですから」
(これまでのハンターの戦いもすべて、わらわの記憶を通じて理解したはずじゃ! その上ですべてを否定するのか!? 過去がなければ“今”もなかった! 彼らを否定する事は、これまでの全てを失う事に等しいのだぞ!?)
大精霊は応えない。身体の中のやかましい声は、その気になればオフにできた。
ナディアにはまだ言いたいことが山ほどあったが、その声はもう届かない。
「ハンター……でしたか。あなた達を少し甘く見ていたようです」
大精霊の周囲を揺蕩う四色の光。それは四大精霊の象徴でもある。
「我が力を思い知りなさい。顕現せよ――四大精霊!」
まばゆい光が四色の光の柱を紡ぐ。そして、そこから四体の精霊が……。
『……ンッンン?。失礼! よく聞こえませんなァ??』
現れなかった。
代わりに四つの光は意思を持つかのように動き出し、大精霊を取り囲む。
「何のつもりですか、プラトニス」
『いやぁ?、我輩少々腹の調子が芳しくなく……ぬはは、申し訳ない。我らが主の呼びかけにはお応えできぬようです』
「命の健常さを司るあなたが腹痛になるわけがないでしょう。ふざけているのですか?」
『いやいやっ! まさか、我らが大いなる主を前にふざけるなど滅相もない! 我輩は本気ですよ』
「……イクタサ、アメンスィ?」
『大いなる星の御心よ。この大地に息づく生態系の全てが誤りと判断するのは、些か早計ではないでしょうか』
『わたくしも同意見ですわ。少なくとも彼らは四大精霊の試練を乗り越えし者たち』
『古き血盟の名の下に……共に歩むと誓った』
ここにきて初めて、大精霊の表情が驚愕に染まった。
唖然……ほかに形容する言葉はない。全くの想定外である。
「まさか、正義の徒であるサンデルマンにすら逆らわれるとは……まるで私が“悪”のようですね」
ふっと自重めいた笑みを浮かべ。そして、
「――勘違いするな。お前達は私の一部に過ぎないのだから」
四大精霊の意思とは無関係に力は渦巻き、彼らの影を象るようにして実体化していく。
『ヌオオオオッ!? 強引ですなァ、主殿!』
「黙りなさい。お前たちに意思など不要です」
そして、四大精霊の言葉はなくなった。ここに顕現したのは彼らではなく、彼らの力だけという事だろう。
「哀れだね、神様。君は結局その力ですべてを壊すだけだ。再生なんてできない――愛を知らない君には!」
カレンデュラのまっすぐな眼差しを見つめ返し、不快さに眉を顰める。
「星に巣くう寄生虫――歪虚と語る言葉などない」
大精霊の目的はこのマグ・メルの外に顕現し、そしてこの星に住まうすべての生物をマテリアルに還すこと。
虫も、草木も、動物も……人類も、そのすべてをゼロにし、生まれた余剰リソースを再生につぎ込む。
今の大精霊を地上に逃がすことは、世界の滅亡と同義であった。しかし――。
「……? なんですか、これは……?」

トマーゾ・アルキミア
「――この世界に私の一部を召喚したのはあなた。そして私はあなたに帰属する存在となった」
リアルブルーから転移したベアトリクスは、エバーグリーンの大精霊でありながらクリムゾンウェスト大精霊と存在を共有していたのだ。
トマーゾ・アルキミア(kz0214)がエバーグリーンをクリムゾンウェストに喰わせたのは、最初から“この”ため。
「同じ世界に大精霊が二体存在するというイレギュラー。あなたが眠っていては私も力を使えない。でも、あなたが目覚めれば私の力も目覚める」
ニンマリと笑い、ベアトリクスは首を傾げる。
「ウッフフ……トロイの木馬って、知ってるかしらぁ?」
「……!? …………っ!!」
これもまた想定外であった。
後はもう、マグ・メルから外に出るだけ。それだけでこの世界をリセットできるというのに――“外に出たくない”と拒む意思がある。
大精霊という存在の中に異物が入り込み、その毒(ウイルス)が意識を拡散させ、思い通りに力が使えなくなっていく。
目覚めた大精霊(クリムゾンウェスト)が暴走した時のカウンターとして、大精霊(エバーグリーン)を仕込んでおくとは――。
「トマーゾ・アルキミア……あの守護者、まさかここまで……ッ」
ハンターと契約した精霊は、何故か自分に逆らって彼らに力を与えた。
大精霊を拒絶して生きられる精霊などいない。彼らは文字通り自分の命を犠牲にしてハンターに力を貸している。
四大精霊もそうだ。自分に最も近い存在であるはずの彼らがヒトの味方をし、逆らっている。おかげで使える力は半減した。
更にはクリムゾンウェストに取り込んだ異邦神が――大地が、転移者が、そして大精霊が、世界の浄化を阻止している。
ああ、もうわかっている。
この世界はいつの間にか――わたしをキライになったみたいだ。
「はぁ」
気が抜けるような溜息。
「……ふ。くふ、うふふふ……」
――これがヒトの憑代。
「アハハハ! アハハハハハハッ! ハハハハハハハハハ!!」
これが――ヒトの感情。
なんたる怠惰。おぞましき暴食。許しがたい狂気。呆れるほどの憤怒。
言葉にならぬ傲慢。胸に迫る強欲。笑ってしまうような――深い嫉妬。
「殺す」
この世のアリトアラユルモノが憎い。
「殺す……」
自分の生み出したすべてのものが、自分に“死ね”と言っている。
「殺す。殺す、殺す殺す殺す……コロスコロスコロスコロスコロス……ッ」
こんな結論は間違いだ。論理が破綻している。仮定が矛盾している。
「修正……しなければ」
冷え切った眼差しでハンターを見つめ、大精霊はその力を解き放つ。
重ね重ね封印されて尚、ソレは星の命の奔流。
森羅万象が生まれ、死んでいくという圧倒的な循環を力と成す、正真正銘の神であった。
「“それでも”、さ」
カレンデュラは目を逸らさず、前を見つめる。
「“それでも”なんだよ」
泣き出しそうな顔で、枯れてしまいそうな声で、繰り返し唱えた。
何が正しく、何が間違いであったのかなんて、今でもわからない。
もっと自分に出来る事があったはずと、後悔ばかりが胸を締め付けるけれど。
「“それでも”……命は続いてきたんだ!」
ハンターたちは走って来た。闇と戦い、世界を渡り、何度も何度も絶望に立ち向かってきた。
乗り越えてきた。克服してきた。そして救ってきた。証明してきたのだ――命を。
「そのすべてを間違いだなんて決めつける権利は――誰にもないんだよッ!」
「……カレン、デュラ」
その名前を、唇が覚えていた。
ナディアではなく。ずっと昔に泣いていた、誰かの想いが。
「私はこの世界を……」「あたしはこの未来を……!」
「否定する!」「信じる!」
たった一つの正解などなかった。
そこにあるのはただ、星の命運を賭した想い。
互いの答えをぶつけるだけの、戦場であった。
(文責:フロンティアワークス)

シュレディンガー

マクスウェル

カッツォ・ヴォイ

ナディア・ドラゴネッティ

カレンデュラ
黙示騎士シュレディンガーは、マグ・メル内で繰り広げられた一部始終を観測するに至った。
マクスウェルやカッツォ・ヴォイ(kz0224)のおかげでハンターを釘付けにできたし、ダモクレス内部の事も蓬生達がうまい事見届けるだろう。
大精霊を封印する為のオート・パラディンは破壊されてしまったので、大精霊を捕まえる事はできないが……。
「……ま、観られただけでよしとしますか」
封神領域の空がひび割れていく。そしてやがれきらきらと輝く光のシャワーとなって降り注ぐ。
「ベルフェゴールがやられたか。これで邪神翼は取り除かれ、クリムゾンウェストは解放される」
それにしては、あまり少年の横顔に焦りはなかった。
彼にしてみれば、どちらかと言えば損失よりも成果の方が大きいのだ。
「守護者と大精霊に関するデータは十分に観れたし、ここは大人しく引き上げますかね」
シュレディンガーの視線の先には、空を見上げる大精霊の姿があった。
既に戦いは終わり、結論は覆された。いや、一時保留されたというべきか。
(一体化しておるのでおぬしが何を考えているのかはなんとなくわかる)
頭の中に響くナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の声に、大精霊は眉を顰める。
(あやつらは真っすぐじゃ。いや、今は真っすぐであるべきと考えたのじゃろう。他にも手はあったと思うが、あえてそこに賭けたのじゃ)
ハンターは結局、大精霊を“倒そう”とはしなかった。
彼らは大精霊を“解放”しようとしたのだ。
あれだけの力を持ちながら、それを使わずに収めた。場合によっては適切な判断とは言えない。
だが、彼らはきっと確信を得ていたのだ。
「――あの子たちは、ずっと旅をしてきたんだ。そして、広い世界をひとつひとつ自分の足で歩いて……自分の指で触れて……言葉で綴って来た。君の事も、とっくに知っていたんだ」
傷つきボロボロになった歪虚の腕を庇いながら、カレンデュラが歩み寄る。
随分と――とても、とても長い時間を経て。二人は互いの瞳に映る自分の姿を見つけた。
「彼らは神霊樹ネットワークを通じて過去の世界も知った。あたしたち古代人の間違いも、君の嘆きも知っていたんだ」
そう。戦士たちは北を目指し続けた。
荒野を渡り、雪原を超えて、何度も歪虚にその旅路を阻まれても諦めず、繰り返し挑み続けた。
気の遠くなるような戦いの歴史の中で、それでも彼らは何一つ忘れず、何一つ零さぬようにと願い続けた。
この世界にはたくさんの悲劇がある。そこからは歪みも生まれよう。
だが、彼らはそこから逃げなかった。嘆きに、恨みに、真正面から挑み――そして解放してきたのだ。
「それは……彼らと契約を結んだ君自身が、一番よく知っていることじゃないか」
大精霊がこの地に封じられていた時、それを感じる事はなかった。
けれど、ハンターシステムは大精霊の力を借り、神霊樹ネットワークを通じて精霊と契約を完了するシステムだ。
ハンターと契約している精霊も、小さな小さな大精霊の一部。
それを、この“小さな身体”だからこそ感じられる。
「君は……ずっと彼らと一緒に旅をしていたんだよ」
故に、そもそも知っていた。大精霊の願いも、その胸の内も。
それがハンターがあのような作戦に至った答えであろう。
「だからといって、許すわけにはいきません。あなた達は一度、責務を放棄している」
「……だね。でもそれはあたしなんだ。彼らじゃない。許さないというのなら、あたしを消せばいい。それでひとまず手打ちにしてくれないかな」
一部のハンターが声をかけようとするが、カレンデュラはそれを手で制する。
「それで過去の全てを償えると?」
「思わないよ。これはただのケジメだ」
カレンデュラという仇花の騎士は、とうに死んだ。
結局彼女は大精霊も、異世界に逃れようとする人々も、どちらも救えなかった半端ものだった。
どちらも見捨てられず、どちらも救おうとして、どうしてすべて守れないのかと嘆き、あっけなく死んだ。
帰ろうとした――帰ろうとしたのだ。
あの日、人々をみんな異世界に送り届けた後で。たった一人になっても、歪虚の波を掻き分けて、帰ろうとした。
ひとりぼっちの大精霊を守ろうと、駆けつけようとした。でも、そんなことは初めから無理だったのだ。
ダモクレスがこの星に打ち込まれ、マグ・メルが虚無と一体化し、観測されたデータから歪虚として再現されても、少女の胸にはただその願いだけがあった。
帰りたかった。帰りたかった。帰りたかった……。
シェオルの憎悪は確かに与えられた。だがそれは、すべて“自分”に向けていた。
深い後悔と絶望で何より許せず憎かったのは、何も守れぬ自分自身だったから。
「許されるなんて思ってない。許されたいなんて……言えるわけない。それでもあたしは君を……って、あ、あれ!?」
カレンデュラの瞳が見開かれたのは、大精霊が信じられない表情をしていたから。
確かにきっと憎しみはある。だがその何倍もの悲しみや、憐み……。なによりその瞳からは、とめどなく涙が溢れていた。
「私は……あなたを許さない」
「……うん」
「この世界も……人間たちも……絶対に許さない」
「そうだね」
「でも……あなたが連れてきてくれた」
傷つき倒れながらも、彼らは最後まで真っすぐだった。
この星の未来を託すに値すると、四大精霊が判定を下した戦士たち。
「それなのに私は、あなたを憎むことしかできない。あなたの言う通り、私は……何も愛せない」
「いやちょっと待って。愛せないなんて言ってないよ、あたし」
ひらひらと手を振り、少女は優しく笑う。
「“愛することを知らない”と言ったんだ。それは過去の話であって、未来の決めつけじゃないよ」
そしてすぐにカレンデュラは大精霊の手を取り、そして歪虚の腕で抱きしめた。
「簡単な事だよ。まずは抱きしめて、受け入れればいい。怒りも憎しみも――運命さえも。それが彼らを知る、一番の近道さ」
少女の姿をした神は、カレンデュラを真似するようにその身体を抱き返す。
ただそれだけで、もう言葉はいらなかった。あえて何か付け加えるとすれば――。
「……ただいま」
そんな、ありふれた挨拶くらいだろうか。
(……って、それわらわの身体なんじゃけど……とか言うのは野暮か。仕方ない、文字通り胸を貸してやるかのう)
いやいや、待って待って。冷静に考えてみると。
(あれ!? こうしている間にもわらわの肉体が崩壊してません!? もしもーし!! そろそろ出て行っていただけると助かるんですけどもーーーーー!?!?)
マグ・メルと呼ばれた空間が光に包まれて消えていく。
異界の消失と同時に、この世界から追い出されるまでのほんのわずかな間。
何千年も前に果たせなかった約束を、果たせたような気がした。

蓬生

青木 燕太郎

イェルズ・オイマト
「と、言うわけでして……じゃないよ蓬生くん……真面目に戦ってよ?! ぜっっったい手加減したでしょ?」
「いえいえ、そんなまさか。一生懸命です」
「いや、なんでそんな絶対にバレる嘘つくの!? 君腐っても王クラスなんだから、本気出したらハンターが通れるわけないじゃん!?」
グラウンド・ゼロのすみっこに避難した歪虚たちの中、シュレディンガーと蓬生の問答が続く。
「まあいいや、君ってそういうやつだもんね……」
蓬生は憤怒だが、“憤怒する”……つまり“感情的になって本気を出す”事を心の底から本気で嫌っている。
彼にとって真面目に戦闘するというのはアイデンティティに関わるのだ。注意したって直らない。
「更に歪虚を強化する方法とか、例の計画に必要な情報とかは観れたから、後は実行するだけだね」
「……やけにあっさり引き下がるな。仕事に文句をつけるつもりはないが、最初から重要度の低い作戦だったというわけか?」
青木 燕太郎(kz0166)の問いかけにシュレディンガーはあっさり頷く。
「うん。邪神の真実を知ったら“戦えなくなりそう”なのは彼らの方だ。何はともあれご苦労だったね。転移で辺境とかに帰してあげよっか?」
青木も邪神の真実とやらを知らされたわけではない。
だが、歪虚の強化が可能になったとなれば、このまま黙示騎士と付き合っていくことに価値はあるだろう。
何よりシュレディンガーの持つ、特定の歪虚を世界を跨いでまで転移させられる力は貴重だ。
「あのー、シュレディンガー様。俺ってこれからどうします? リアルブルーに戻るんですか?」
このSC-H01と呼ばれている歪虚も謎だ。
ハンターの指摘通り、外見はイェルズ・オイマト(kz0143)そのものと言っていい。
それが生み出された経緯もなんとなくは想像がついている。だが、何のために作ったのかがわからない。
「君はどうしようかなあ。君を生み出すのに成功した時点で結構役目は果たし終わってるんだよね」
「何が狙いだ? 姿形を真似るだけで騙し通せるような手緩い連中ではないぞ」
「まさか、そんな事しないよ。姿を変えるだけなら僕一人で間に合ってるしね」
「では何を……」
「それは、もうちょっと仲良くなってからの秘密♪」
「青木さん、私は知ってますよ。私の方がシュレディンガーさんと仲良しですからね……って、イタタ! 槍はやめてください?!」
急に絡んできた蓬生を追い払いつつ、青木は再びSC-H01に視線を向ける。
まだまだ黙示騎士には隠し玉がある。SC-H01を見れば、そう感じずにはいられなかった。
(文責:フロンティアワークス)

ナディア・ドラゴネッティ

ベアトリクス
なにせこの世界から生物が一掃されるかされないかという戦いだったのだ。
負傷者の数も多く、身体への負担からすぐに転移門を使用できない者のため、サルヴァトーレ・ロッソは臨時の野戦病院として機能していた。
無論、その設備は下手をするとリゼリオよりも整っていたりするので、皆安心して治療に専念できた。
「全身が負傷や筋肉痛でバッキバキなんじゃが……」
「大精霊を降霊させるってことは、そういうことだって最初からわかってたでしょう? 文句言わないで養生しなさいな」
病室のベッドに横たわるナディア・ドラゴネッティ(kz0207)の傍で、ベアトリクス・アルキミアが診察を続ける。
「やはり回復力はハンター以上ね。あなた以外に降霊してたら助からなかったんじゃない?」
「じゃからわらわが危険を承知でだな……。ああ、いや。そういえばベアトリクスには助けられたのう。今回は世話になりっぱなしじゃ」
ニコニコと笑みを返すベアトリクス。
彼女はそれと望まずとも一時は狂気王として君臨していたので、大精霊というのはそういうものなのかもしれないが……。
「同じ大精霊でどうしてこうも違うのやら……」
『……それはもしや、私と彼女を比較しての発言ですか?』
ナディアの頭の中には大精霊クリムゾンウェストの声が未だに聞こえていた。
先の降霊により大精霊と契約状態になったナディアは、“覚醒”することで神の力を行使できるようになった。
その代償として、常に大精霊クリムゾンウェストと思考がつながりっぱなしになってしまったのだ。
『ベアトリクス、でしたか。私にも自由に動ける機械仕掛けの身体を頂けると助かるのですが』
「彼女、何か言ってるの?」
「自由になりたいと言っておる。わらわもこいつと同居生活は嫌なので、早い所ボディを用意してほしいです」
「トマーゾおじいちゃんに相談はしておくわ。でもそれまでは、二人とも大精霊の力の使い方を覚える練習をしないとねぇ」
「『練習……』」
頭の中で声が重なる。
確かに今のままでは大精霊の力を使いこなせない。
大精霊が力を使おうとすればナディアの身体が破壊される。そして身体がなくなれば大精霊の意識は再び霧散してしまうだろう。
世界そのものの命とも言える、圧倒的な存在規模の大精霊が、そうであるのに歪虚を駆逐できない理由がここにある。
大精霊は巨大すぎて、正確に歪虚だけを取り除くようなコントロールはできない。何かを消そうとすると全部消してしまうので、それはなんというか、困る。
「不便じゃな……」
『確かに、今の私に出来るのは星の中核とパスを結び、新たな仇花の騎士を生み出すくらいでしょうか。今のあなたも、仇花の騎士のようなものですが』

カレンデュラ
『肉体的、精神的に著しく健全な者しか不可能です。例えば……そう、カレンデュラのような』
基本的に淡々と乾いた口調で語る大精霊が、その名前を呟く瞬間だけ躊躇いに沈んでいた。
「……のう、ベアトリクス? わらわはしばらく気絶しておったが、あれからカレンデュラはどうなったのじゃ?」
「さあ? 例の戦いの後、私は関知していないわ。ダモクレスという発生源を失った以上、彼女の消滅は確定しているけれど」
訊くまでもない事だった。
カレンデュラはもうこの世界にいないだろう。
まだ消えずに残っていたとしても、いずれは必ず消える運命だ。
「異界とその住人が消滅するペースには個体差があるみたいだから、まだどこかにいるかもね。探してみる?」
『いえ……私は……』
「……別れはもう済ませた、か?」
ナディアの問いかけに大精霊は応えなかった。
「先の戦い……カレンデュラには本当に世話になってしまった。正直、最初から信じてやれなかった事を悔やんでおる。あやつにはもっと何か、してやれたことがあったかもしれん」
「かもね。でも、彼女は彼女の役割を果たした。私もヒトの感傷に詳しいわけじゃないけれど、大事なのは彼女が満足しているかどうかではないかしら?」
ベアトリクスはナディアの頭をポンポンと二度軽く撫で、診察鞄を持って席を立つ。
「私はトマーゾおじいちゃんに状況の報告をしてくるわ。また情勢は大きく動くだろうけど、今はお大事にね」
「すまぬな。わらわも流石に……今回はちと疲れた」
ベアトリクスが部屋の明かりを絞ると同時、ナディアはすっと瞼を閉じた。

トマーゾ・アルキミア

ドナテロ・バガニーニ

南雲 芙蓉
リアルブルー人にとってはあまりピンとこない話だが、その重要性をトマーゾ・アルキミア(kz0214)や一部の関係者は理解している。
『……えぇと、つまり、世界の神と呼ばれる存在と対話を果たし、その助けを受けられるようになったのであるな?』
リアルブルーの月面基地崑崙から、トマーゾ教授が通信を送ったのはドナテロ・バガニーニ(kz0213)議長だ。
モニターの中のドナテロは、かなり使い込んだボロボロのメモ帳を開きながらたどたどしく応じる。
「その通りじゃ。マイナスをゼロにしただけとはいえ、邪神に対する初勝利と言ってよいじゃろう」
『大精霊は、えー……リアルブルー人をクリムゾンウェストから逃がさぬようにしている原因であるな? ということは、もしや……?』
「ああ。転移者がようやく真の意味でリアルブルーへ帰還できるようになるじゃろう」
『おお?! それは素晴らしいであるな! 異世界の英雄たちが帰還するとなれば、皆歓迎して……歓迎……ううむ』
徐々にドナテロの表情は歓喜から困惑へと変わっていく。
『……トマーゾ教授は、イギリスで発生した強化人間の暴走事件をご存知であるか?』
「報告を聞いてはいる」
『今、強化人間に対する風向きが少し怪しい所である。ひいては統一地球連合軍の信用問題にも発展している。政府はこの問題を可能な限り内内に処理しようとするであろう』
「成程。強化人間よりも優秀でクリーンなイメージの英雄が帰還するのは政府として不都合か」
『我輩も彼らには命を救われた。彼らは大切な友であるからして、無論、そのような論調は払拭し帰還の手続きを進めたいと思う。しかし、今少し時間が必要である』
「案ずるな。どうせクリムゾンウェストの方も、リアルブルー人への呪縛を解除するまでまだ幾ばくか時間がかかるじゃろう」
フンと鼻で笑いつつも、トマーゾは感心していた。
なんだかんだと無能も晒したドナテロだが、彼の言動は誠実かつ紳士的だ。
異世界だの魔法だのとわけのわからない理屈を持ち出されても、それについていこうと必死に勉強しているし、状況を良い方向にもっていこうと努力している。
「存外、傑物かもしれんな……」
『んむぅ? 何か言ったであるか? ああ、そういえばナディア総長が負傷されたとか。我輩からもお見舞いの品をクリムゾンウェストに送っていただきたい!』
「次の補給時までに詳細を決めておけ。月からの補給物資転送時に紛れ込ませてやるわい」
トマーゾの通信が終わるのを待って、南雲 芙蓉が声をかける。
「大精霊を説き伏せるとは、やはりクリムゾンウェストの覚醒者はただ者ではありませんね」
「ああ。最早奴らはこの手のプロフェッショナルと言ってよいじゃろう。そも、覚醒者の歴史がリアルブルーとは違いすぎる」
「ナディア総長とはお話しをしてみたいですね。その……同じ大精霊様と契約する者として」
少しだけ申し訳なさそうに声のトーンを落とす芙蓉。
「あやつの相手に難儀しているのはわかる。じゃが、貴様はよくやっている。勝手に他人と自分を比較して卑下するのは愚者のやる事じゃ。貴様は貴様に出来る事をやればよい」
「……はい。その、例の機体――“マスティマ”の件ですが。大精霊様による調整も間もなく終了します。しかし……」
歯切れ悪くなるのも無理はない。
この計画は一度は大精霊の拒否により頓挫したものだ。それがここにきて急に態度を変えた大精霊により、順調すぎる程順調に再起している。
「大精霊様には、何か私達とは別のお考えがあるのでは?」
「かもしれんな。わしも星読みというわけではない。未来の事はわからん」
ある程度予想をして先手を打つことはできるが、結局そのブレ幅を埋めてきたのはハンターの努力だ。
「それでも、マスティマは必要になる……必ずな」
徐々に邪神ファナティックブラッドに対抗するための戦力は揃いつつある。
だがそれを歪虚側も黙って見逃しはしないだろう。
「次はこのリアルブルーが戦場になるかもしれんな」
小さく呟いたトマーゾの背中を、芙蓉は不安げに見つめていた。
(文責:フロンティアワークス)