ゲスト
(ka0000)
【反影】ダモクレスの剣「正面陽動作戦」リプレイ


作戦1:正面陽動作戦 リプレイ
- ミリア・ラスティソード(ka1287)
- ざんぎえふ(イェジド)(ka1287unit001)
- セレス・フュラー(ka6276)
- イグノラビムス
- 保・はじめ(ka5800)
- オウカ・レンヴォルト(ka0301)
- 榊 兵庫(ka0010)
- 十色 エニア(ka0370)
- ジャック・J・グリーヴ(ka1305)
- ヘクトル(R7エクスシア)(ka1305unit002)
- 北谷王子 朝騎(ka5818)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- 冷泉 緋百合(ka6936)
- フィルメリア・クリスティア(ka3380)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- リュー・グランフェスト(ka2419)
- 紅龍(R7エクスシア)(ka2419unit003)
- ミオレスカ(ka3496)
- スパチュラ(オファニム)(ka3496unit005)
- キヅカ・リク(ka0038)
- ペリグリー・チャムチャム(ユグディラ)(ka0038unit004)
- 東條 奏多(ka6425)
- アリア・セリウス(ka6424)
- ロニ・カルディス(ka0551)
- 瀬織 怜皇(ka0684)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- 天竜寺 舞(ka0377)
- 白藤(ka3768)
- 鹿東 悠(ka0725)
- 近衛 惣助(ka0510)
- 真改(魔導型ドミニオン)(ka0510unit002)
●
この赤い世界の先には何があるのか。
夜空の煌めきのような硝子質の大地がそれを語ってくれることはなく、はるか遠方に臨む巨剣――ダモクレスもまた物言わぬ支配者の1人であった。
赤褐色の粉塵を散らしながら、ハンターの一団は真っすぐにその支配者の元を目指す。
周囲をちらほらと闊歩するシェオル達もその一団の前ではもののの数ではなく、機動兵器の火砲によって捕捉されたそばから霧散させられていた。
「囮と言えば聞こえは悪いが、派手に目立てって事なら得意分野じゃねぇか」
ミリア・ラスティソード(ka1287)の大槍が、進行を遮るシェオルの黒質の身体を貫く。
眼前で串刺しになった敵へ彼女が跨るイェジド「ざんぎえふ」の幻獣砲が火を噴いて、視界が霧散するマテリアルで包まれた。
「囮と言っても偵察も兼ねてるわけだからね、ただ目立つだけでも――」
グリフォン「ヤタ」の背で空中から先の様子を伺うセレス・フュラー(ka6276)。
その言葉が不自然に途切れて、霧を突き抜けたミリアは不審そうに空を見上げる。
「――突然のお出迎えにしちゃ、ずいぶんな重役待遇だね」
セレスの視界に入ったのは、進行方向から駆けてくる一筋の黒い流星。
進行邪魔になるシェオルを焼き尽くしながら直線距離を真っすぐにこちらへと迫る大きなが影――黙示騎士イグノラビムスの姿だった。
「まだ戦況が推移していない時に……」
どこか口惜しそうに零す保・はじめ(ka5800)。
だが、全てが1つの想定通りに動くとも考えていたわけでもない。
「こうなれば、俺達はここでヤツを引き付ける」
そう告げて、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は機体のスラスターを一気に吹かす。
跳ねるように地を蹴った黒いオファニム「王牙」は敵の眼前に着地すると、その勢いのままに両手で担いだ斬艦刀を薙いだ。
イグノラビムスは屈強な後ろ足で飛び上がると、その一振りを難なく回避。
そのまま王牙の肩を踏み台に彼を飛び越し、ハンター達の眼前に重々しく着地した。
牙をギリリと軋ませる顔をゆっくりと上げ、筋骨隆々の身体もすくりと背を伸ばす。
後ろ足2本で身体を支えて、自由になった両腕を広げると、大気をビリビリと震わせる熾烈な咆哮を轟かせた。
「他の者はダモクレスへ行ってくれ!」
「すまない、頼んだ……!」
振り返りざまに叫んだオウカに応えて、榊 兵庫(ka0010)ら十数名のハンターは先を急ぐ。
それを「逃しはしない」と言わんばかりにイグノラビムスが身を小さく屈めると、十色 エニア(ka0370)は咄嗟に魔術陣を敷く。
「追わせないよ!」
敵の周囲に発生した重力波が、その足を重く大地へと繋ぎ止める。
思わず膝を折ったイグノラビムスだったが、その身に纏った黒炎が渦を巻くように飛び散りはじめていた。
やがて巨大な黒い嵐となったそれは、周辺をまるごと飲み込んでいく。
「こいつは……!?」
コックピットの中でも感じる凶悪な圧に、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は咄嗟にスラスターを吹かす。
「この炎――汚染でちゅか」
払おうとしても払えない燃え上がる服の炎に、北谷王子 朝騎(ka5818)は思わず眉を潜めた。
炎に実体はない、だが燃え盛る建物の中に飛び込んだような焼け付く痛みが確かに全身を包み込む。
嵐は範囲内のシェオルをも焼き尽くし、やがて残火を散らしながら静かに収まっていった。
「ダモクレス班は……抜けられたようですの」
ぼうっと燃え上がる機体越しに、遠方へ走り去る仲間達を見送って僅かに胸を撫でおろす八劒 颯(ka1804)。
しかし不気味な余韻を残して佇むイグノラビムスの姿に、同時に息を飲んだ。
「私が出る、その間に戦況を整えろ」
赤い残光を残しながら冷泉 緋百合(ka6936)が嵐の中心点へと飛び込む。
「出会いがしらを喰らった程度で……!」
振り被った緋百合の拳に、イグノラビムス大きく飛び退くようにしてそれを躱そうとする。
だがそれよりも疾く、瞬く間に最高速へと達した拳が無防備な厚い胸板へと叩き込まれて、巨大な人狼は衝撃を耐えるように地面を強く踏みしめ、硬直した。
「浄化陣を敷くわ」
敵の硬直を確認するや否や、フィルメリア・クリスティア(ka3380)が手にした浄化カートリッジへマテリアルを流し込む。
はじめ、颯、朝騎も同じように浄化の術を展開し、イグノラビムスの周囲を取り囲むようにハンターの“戦場”を作り上げた。
「先手は取られたけど、ここから先は掌握させて貰うわ。憎悪と復讐の人狼さん」
フィルメリアの眼光は、衝撃で沈黙したままの敵を鋭く射抜く。
「自動展開のイニシャライズフィールド程度じゃ、汚染は消せねぇか……」
ジャックは表情を歪ませながら機体の駆動に支障がないことだけを確認すると、ジェネレーターをフル稼働させてフィールドを周囲へと押し広げ展開する。
拡張した性能でもどの程度効くのか分からない。
だが、まともに食らい続けてはいけないことだけは、絶えず鳴り続ける計器のアラートが耳にタコができるほどに告げていた。
「朝騎、前に出るが良いな!?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)がやや乱暴に問いかけると、彼女のイェジド「ヴァーミリオン」の背に乗った朝騎がコクリと頷く。
共に駆け出したボルディアは、浄化陣の中からイグノラビムスへと接近。
だが敵の纏う黒炎にその姿がゆらめいて、思わず目を細める。
遠く、いや近く――まるで近づいては逃げる陽炎のように、その姿は正しい距離感を掴ませようとはしない。
ボルディアがアイコンタクトでヴァーミリオンへ指示を送ると、彼は現在の目算のまま敵の姿へと飛び掛かる。
朝騎ががっしりとしがみ付く中、大きく開いた顎が敵の喉元へ噛みついた……かと思いきや、その実は屈強な腕に食らいついていた。
「あと一歩の踏み込みか……!」
それで正しい目算を付けたボルディアが、大きく一歩を踏み込んで大斧を担ぎ上げた。
硬直の機を狙って振り下ろされた一閃は敵の頭上から振り下ろされる。
手元に伝わる鈍い衝撃。
「……ちぃ! 面倒な奴だ」
思わず恨み言を吐き捨てる彼女の眼前で、その刃は首元から巻き上がる炎によって阻まれていた。
同時に、獰猛な唸り声をあげてイグノラビムスが身を捩る。
硬直が解ける――ハンター達は咄嗟に距離を取り、その姿を取り囲んだ。
「あの体の炎、厄介だね……」
思わず口走ったエニアに、グリフォンの背に跨って状況を観測していたユノ(ka0806)がぶんぶんと首を振った。
「見て! 攻撃をうけたところの“火”がきえてるよ!」
確かに胴部、腕部、頭部は黒い炎が消えてその毛並みが露になっている。
「1回限りの防壁というところでしょうか。心なしか、敵の姿も先ほどよりはっきりと見て取れるような気がします」
「つまり、やり様はある……ということだな」
オウカの言葉にフィルメリアは静かに頷いて、手にしたバスタードソードの切っ先をイグノラビムスの鼻面へと真っすぐに構えなおした。
●
プラズマ弾が弾けて、爆炎と共に目の前のシェオル・ノド達を纏めて飲み込んだ。
膨大な熱量を受けた敵はまだ息こそあるものの、身体を痙攣させるような歪な動きで膝をついて、その間にCAM数機が一気に包囲を抜ける。
「喰らっとけぇぇぇぇ!!」
スラスターを吹かしてソードオブジェクトへ急接近したリュー・グランフェスト(ka2419)のエクスシア「紅龍」。
斜めに突き刺さったその刀身を駆け上がると、蝕腕の妨害を受ける前に銃口を表面へ。
放たれたマテリアル光が刃を撃ち砕き、オブジェクトが崩壊する。
「ふぅ……これで2本目、ですね」
プラズマクラッカーを放った機体手甲を引き戻しながら、ミオレスカ(ka3496)はコックピットで額の汗を払う。
「オブジェクトの崩壊を確認! B班はこのまま戦線を意地しつつ補給! A班は侵攻をお願いします!」
キヅカ・リク(ka0038)の号令に応じて彼のユグディラが大わらわで戦線を駆け抜けると、入れ違いにイェジド「鋼夜」の背に跨る東條 奏多(ka6425)が戦線に突出する。
「結局のところ、やることはいつもと変わらないな」
「ええ、だからこんな所で星の命を終わらせたくはないわ」
鋼夜に後方から追いすがる銀色のイェジド「コーディ」。
その背でアリア・セリウス(ka6424)は、遠方に高くそびえるダモクレスを臨む。
「オブジェクトが落ちてくるぞ!」
ロニ・カルディス(ka0551)が叫ぶ声に釣られて空を眺めると、赤い雲を切り裂いて飛来する巨剣の切っ先が頭上から迫るのが見える。
「空のは任せて、A班は侵攻を!」
補給中の戦線から、瀬織 怜皇(ka0684)のエクスシアが飛来するオブジェクトを銃口の先に捉える。
放たれた銃弾は無防備な刀身を容易く貫くと、立て続けにマテリアルの火を灯した矢が追い撃つ。
「できる限り、空中で仕留めておきたいものですね」
降り注ぐ破片の中をワイバーンで飛びぬけて、マッシュ・アクラシス(ka0771)は次弾をその弓に番える。
しかし下方からエネルギー光がその表情を照らして、彼は慌てて手綱をきった。
傍をマテリアルの砲弾が霞めて、彼は眉を潜めながら地上を見下ろす。
そこにはダモクレス側のオブジェクト群から魔法弾を打ちながら歩みで進んでくるシェオル・タンクと、その周囲を取り巻くブリッツの姿が視認できた。
「敵もやる気になって来たってことだね」
天竜寺 舞(ka0377)のデュミナス「弁慶」が担いだライフルが、補給線からA班侵攻上の小型シェオルを撃ち払う。
崩れるシェオルを月白色のイェジドが飛び越えて、その背から白藤(ka3768)の銃口が光る。
「こっち見ぃって……っなぁ!」
放たれた冷気弾がタンクの屈強な脚を撃ち抜くと、傷口から一気に氷紋が脚全体を包み込んでいく。
途端に自由がきかなくなった片足にバランスを崩して、倒れ込むタンク。
その背を這うように飛び出したブリッツの頭部に、奏多の絶火刀が突き刺さった。
「退いて貰う」
突き刺したままの柄を逆手に持ち替えて、そのまま長い身体を開くように刃を走らせる。
身体を二叉に分けられたブリッツは、それでも一矢報いるべく槍の穂先のような角を振り回して奏多の頭上に覆いかぶさった。
しかしその切っ先が彼の身体に触れるより先に、銀水晶の刃が敵の傷口に突き込まれる。
そのまま駆けるイェジドの勢いに乗せて、弦のようにブレのない美しいアリアの一閃が、残りの身体を真っ二つに切り裂いていた。
すぐに3人の元へとシェオル・ノドが群がる。
それを頭上から降り注いだセレスのマーキス・ソングが包み込んで、後方から迫る大出力のマテリアル光が前線左舷を貫いていた。
「待たせたな、補給完了だ」
残光靡く砲身を引き寄せながら兵庫のエクスシア「烈風」が一気に前線までの距離を詰めると、倒れ伏したままのタンクへと抜き放った刀を一思いに突き立てる。
そこへ鹿東 悠(ka0725)のエクスシア「Azrael」の銃弾が叩き込まれて、魔法弾の発動体である頭部の角を撃ち砕いた。
「なんや、もう少しゆっくりしとってもええのに」
冗談交じりの笑みで語った白藤の言葉に、コックピットの悠は苦笑しながらその姿を見下ろす。
「毎度の自信家ですねぇ……いっそKILL数で競ってみますか? 負けた方が一杯奢ると言うことで」
「酒1か月分――それなら乗ってもえぇで♪」
白藤は悪戯な笑みで買い言葉を放つと、悠は肩をすくめながら機体頭部のライトで“YES”と返事を返した。
そんな2人の横をずっしりと駆け抜けていく重装甲のドミニオン。
「軽口はほどほどにな、これでも任務中だ」
通信機越しに声を掛けた近衛 惣助(ka0510)は、その愛機「真改」で矢面まで滑り出すと残る右舷のノドを波動砲で一掃する。
「道は開けた! 突貫だ!」
身振りでGOサインを示した真改に続いて、補給を済ませたB班のCAM部隊が一気に前線へとなだれ込む。
「オブジェクトはタンク群の奥だ、少し険しい道になるぞ!」
「切り口さえあるなら、あとは押し広げるだけです」
ロニが上空からオブジェクトの位置を視認して伝えると、ミオレスカのオファニム「スパチュラ」がその巨大なスラスターライフルを担ぎ上げる。
放たれた銃弾の雨あられが身動きが取れないままのタンクに降り注いで、黒い肉片が飛び散っては霧散した。
そのマテリアル光の中をクリーム色のイェジドが突き抜けると、跨るミリアの大槍が行く手を遮るブリッツを真正面から押し返す。
「今だよッ!」
壁をこじ開けるようにCAM達が両サイドのタンクを抑え込み、抜けた数機が奥のオブジェクトへと突貫した。
「纏めてミンチにしてやるよ!」
ミリアの押し込むブリッツを踏み潰す勢いで飛び込んだ弁慶が、手にした魔導槍をライフルへと持ち替える。
コックピットの舞のバイザーに複数のロックオンアラートが鳴ると、一思いに引き金を絞った。
放たれた銃弾はオブジェクトから伸びる攻防一体の触腕を貫いて、僅かにその防衛手段を削ぎ取る。
そこへ怜皇のエクスシアが飛び込んで、握りしめた錬機剣と共にマテリアルエンジンが唸りをあげた。
「根こそぎ……行きます!」
放たれたマテリアル光の刃が、蝕腕ごとオブジェクトの刀身を薙ぎ払う。
真っ二つに切り裂かれたそれは、地響きを噴煙をまき散らしながら赤い大地に崩れ落ちていった。
●
多重展開された浄化陣の中心で、沈黙していたイグノラビムスの毛が一斉に逆立つ。
全身の筋肉という筋肉もわなわなと震え出し、自由になるのも時間の問題に見えた。
「逃しはしない!」
咄嗟に叩き込まれた緋百合の渾身の「夢葬」だったが、今度の一撃は敵の芯を撃つに能わず、その動きを止めることはできなかった。
「今のうちに、黒曜の封印を張るでちゅ」
朝騎が懐から大量の呪符を取り出すと、同時にフォトンバインダーからも抜き放った1枚を基軸に黒曜印を成す。
展開された結界がイグノラビムスを封じ込めるように包んで、漂う呪符たちが次々にその四肢に纏わりついた。
敵が己を縛り付けていた枷から解き放たれたのはその直後のこと。
周囲を取り囲んでいたハンター達は、動きを警戒して一斉に散開する。
対するシェオルは激昂の雄たけびを轟かせながら、脚に纏った黒炎を掠め取るように握り締めて投げ放つ。
しかし全身に張り付いた呪符が怪しいマテリアル光を放って、黒炎は手を離れると同時に霧散していた。
「こくよーいん、きいてるよ!」
「好機か……一つ、付き合ってもらうぞ」
ユノの通信に「王牙」が一転、アクティブスラスターで急旋回して、狼狽えるイグノラビムスへと迫る。
返しの刃に振るわれた爪を、王牙は身にまとった外套状のシールドを振るい受け流す。
シールドは布を裂くようにいとも簡単に斬り裂かれたが、その内側から閃いた斬艦刀が敵を捕らえた。
「……ッ!」
イグノラビムスは咄嗟に両腕を突き出して、重厚な切っ先を真向から白羽取る。
流石の衝撃に足が赤褐色の大地の上を滑るが、改めて後ろ足で地面を蹴りつけるように踏みしめると、王牙の勢いは完全に抑え込まれていた。
「グッ……流石にバケモノ染みた力だ」
「そのまま圧を緩めるんじゃねぇ!」
突然響いた声に、コックピットのオウカは緩めかけたフットペダルを再び限界まで踏み抜く。
直後、黄金のエクスシアがマテリアル刃のハルバードを振るいながら突貫していた。
「クソ狼がご大層な名前持ちやがって……ッ!」
振り下ろされた「ヘクトル」の刃が、無防備なイグノラビムスの背目がけて振り下ろされる。
両腕が抑え込まれている状態ならば反応はできないはず――しかし背中の皮膚が大きく波打つと、第3の腕が毛皮の奥からずるりと突き出された。
天を仰ぐように伸びた腕はそのままハルバードの柄を握り締めると、寸でのところで刃を止める。
「ああ、ああ、そういう手品もあるんだったなぁ。上等だ……てめぇの憤怒、理解してやろうじゃねぇか!」
不敵な笑みを崩さないながらも、思わず冷たい汗がジャックの頬をつたう。
最前線となる2機のCAMの影からファルメリアが剣型の魔導銃で追い撃つが、それも新たに生えた第4の腕で払うように防がれる。
銃弾は腕自体を貫きはしたものの、とても有効なダメージを与えられているようには見えない。
それどころか時間が経つにつれて、生肉の焼けるような音と匂いと共に傷口がゆっくりと塞がれていく。
「これじゃ、時間を稼ぐどころの話じゃないわね……」
吐き捨てるファルメリアだったが、それならそれで役割自体は果たせている――そう思いたいほどに、イグノラビムスは付け入る隙を感じさせはしない。
「ぐおっ……!?」
機体の平行センサーが大きく揺れて、オウカはコックピットの内壁に手をついて身体を支える。
直後に機体が大きく傾いて、粉塵を巻き上げながら荒野に崩れ落ちた。
掴んだ大刀の刀身ごと「王牙」を投げ伏せたイグノラビムス。
彼は背中で掴んだハルバードを野暮ったく払うと、無防備な王牙の胸部に飛び乗って手刀を機体左胸部へと突き立てる。
鈍い音が響いて、CAMの左腕がコックピットの壁ごと力任せに引きちぎられていた。
「馬鹿な!」
ディスプレイが真っ赤に染まったバイザーを脱ぎ捨てると、大きく開いた装甲の亀裂ごしにイグノラビムスと面と向かう。
オウカは息を飲む間もなく咄嗟に傍らの斬魔刀を抜き放つが、敵は不意に弾かれたように視線を外すと、戦場を見渡すように振り返る。
それから何度か鼻を鳴らして、やがて青い瞳がイェジドの背で術の行使に集中する朝騎の姿を捉えていた。
「まずい……!」
はじめが咄嗟に光符陣を飛ばしたが、全身を焼く五色の光をものともせずに、大破させたCAMの上から跳ね上がる。
「ヴァン、朝騎を護れ!」
主人であるボルディアが叫ぶと、ヴァーミリオンは振り下ろされた敵の鉤爪を僅かのタイミングで飛び退く。
ギリギリだが完璧のタイミング――それでも、研ぎ澄ませた刃のような爪は無防備な朝騎の鳩尾に突き込まれていた。
「かは……っ」
思わず術式を解き、せり上がった血液を吐き出す朝騎。
彼女を貫いたイグノラビムスの腕は、彼自身の身体よりも大きく長く、鞭のようにしなって、ヴァーミリオンの頭上を飛び越えて彼女の懐まで達していたのだ。
それは決して認識阻害の影響による幻影などではなく、確かにその腕は通常の数倍の長さにまで伸びきっていた。
「畜生が……何でもありかよッ!!」
ボルディアが大斧を振り回しながら突貫して、イグノラビムスは血に濡れた腕を手元まで引き寄せる。
それを確認してから彼女が身振りで指示を伝えると、ヴァーミリオンはぐったりと項垂れる少女を背に乗せたまま踵を返して後退した。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
ボルディアの渾身の袈裟振るいが敵の肩口をとらえて、受け止めた腕ごとずっしりと屈強な肌に刃を突き立てる。
数センチの深さの傷を付けてこれ以上は刃が進まない事を悟ると、追の刃に逆袈裟にもう一撃。
イグノラビムスは同じようにもう片方の腕で受け止めてみせ、肌に刃をめり込ませたまま全身に新たな黒炎を発生させた。
「ちぃ……っ!」
炎を目にした瞬間、更なる追撃を諦めて大きく距離を取ったボルディア。
飛び退いたその鼻先を黒炎を纏った爪が霞めて、火の粉が視界を舞う。
「はぁっ!」
入れ違いに接近したフィルメリアが薄氷色のイェジド「ハティ」から飛び降りると、魔導剣状態に組み替えたギアブレイドの一閃を描いた。
しかし、ゆらめく黒炎で目測を誤った刃は空を切り、返しに放たれた波状の黒炎をまともに受けてしまう。
身体に纏ったマテリアル装甲が不可視の壁となって勢いを削いだが、相当量の黒炎がその身を飲み込んだ。
「ファルメリアさん!?」
ギアをフルスロットルに上げた颯の魔導アーマー「グスタフ」が、エンジンの爆音を上げながら急行。
マテリアルで強化を施したアーマードリルで2人の間に割って入るように突撃する。
その間に、ファルメリアはハティの背に飛び乗り大きく後退。
自らの浄化術で、焼け付く黒炎の消火を試みる。
「ビリビリ電気どりる、ですの!」
突き立てたドリルから流れる電流が、炎に包まれるイグノラビムスの身体を駆け抜ける。
敵は腕に纏った黒炎ごと雷撃を打ち払うと、そのままもう片方の炎の拳でグスタフの装甲を力強く殴りつける。
「きゃっ!?」
コックピットを激しく揺らした衝撃に、楓は慌てて損傷状況を確認する。
ベゴンと鈍い音が響いて、あられもない方向を向いた4輪の一脚と、燃え広がる黒炎が機体の装甲を赤く焼き焦がす姿がそこにはあった。
「やっぱり、あの炎を払わない限りは……」
ゴーレム「ムーちゃん」の背から再び重力波を放つエニア。
イグノラビムスは一度は膝をついたように見えたが、立ち止まること無く重い重い一歩を踏み出すと、無理やり超重空間を突破する。
「うえっ……!」
咄嗟にムーちゃんみ後退指示を出すエニアだったが、強靭な脚力でもって飛び掛かった敵はなお速く。
陽炎が一瞬視界をゆらめいたかと思った直後には、CAMの装甲を引き裂いたその手刀が彼の腹部に躊躇なく突き立てられていた。
自らの手の中でぐったりとする彼の身体をイグノラビムスは無造作に投げ捨てて、再び漆黒の流星となって戦場を駆ける。
「お願い、誰か“あれ”をとめて……!」
急降下してエニアをグリフォンの背に回収しながらユノが戸惑ったように叫ぶ。
卓越した体躯と自在に変異する四肢、そして汚染の炎――“縦横無尽”という言葉をほしいままにするがごとき黙示騎士は、ひたすらに目に付いた存在へと炎爪を振るう。
「何か勝機は……!?」
新たな浄化陣を張りながら、はじめは必死に敵の動きを凝視する。
打つ手を見出さなければ、狩られるのはこちらの方。
それが分かっているからこそ、目に見えた焦りが頬をつたう。
その時、放たれた黒炎弾が彼の相棒である「三毛丸」を撃ち抜いた。
「三毛丸っ!」
慌てて駆け寄って抱き起すと、まだ息こそあるもののぐったりとして意識を失っている様子だった。
「くっ……」
はじめは彼を胸元に抱き抱えると、恨みの籠った眼差しでイグノラビムスを睨みつける。
そんな彼の覚悟を知りはしない敵は、伸ばした腕を鞭のようにしならせて、再び周辺に集まり掛けて来たシェオル・ノドもろとも彼を薙ぎ払った。
はじめのからだはボールのように荒野を転がるが、腕の中で三毛丸はしっかりと守り抜く。
「いい加減、好き勝手させるかッ!」
懐に飛び込んだ緋百合の拳。
イグノラビムスは豪快なステップでそれを躱して、手元に引き戻した腕で炎をまき散らす。
そのまま飛び退こうとした敵の進路にはハティが回り込み、耳を塞ぎたくなるようなハウリングを伴ってその歩みを押しとどめた。
足を止めたその腕に、黒炎を切って肉薄するボルディアの大斧が打ちつけられる。
「ヴァンが戻って来るまで……もうしばらく相手してやらぁ!」
その圧が腕に纏った炎を吹き飛ばすと、続けざまにもう一振り同じ場所へと刃を振り下ろす。
腕を寝かせてそれを真向から受け止めたイグノラビムスは、返しの刃にその手刀をボルディア目がけて突き立てる。
彼女もまたステップでそれを躱すが、大気を震わせて突き出されたその空拳は、その後方で体勢を立て直すはじめ目がけて、槍の穂先のように突き伸びた。
「こいつ――俺が躱すのを見越してッ!?」
目を見開いたボルディアはその腕を一撃を止めることはできず、はじめもまた、意識の外からの一撃に回避が間に合う事もない。
だがその進路に金色のCAMが割り込んで、マテリアルカーテンをフル稼働させながらどっしりとした趣で身構える。
やがて黒炎を纏った腕はエネルギーのマントを易々と霧散させて、装甲の隙間を縫うように機体胸部を深く刺し貫いていた。
「がはっ……ッ!」
コックピットにぶちまけられたジャックの血反吐が、操縦桿を撃ち砕いて腹に突き刺さる狂犬の腕を真っ赤に濡らす。
「クソがっ……要の浄化役を、そう易々と見捨てられるかよ……」
額からの出血で赤く染まった視界で、なおも睨みつける眼前の敵。
「そんだけ好き勝手に暴れておいて……んな飼い犬みてぇな首輪してんじゃねぇよ……」
彼が首に巻いた黄色い首輪を目にして強がった舌打ちをひとつ鳴らしてみせると、そのまま彼の意識はふつと消え去っていた。
●
何本目かのソードオブジェクトが砕け散る。
ローテーションを組みながら侵攻するハンター達は、決して早いとは言い切れないが、それでも確実にダモクレスまでの距離を狭めてきていた。
「霧散してまうなら、破片は持ち帰れんよなぁ」
崩れながら蒸発していくオブジェクトを尻目に、白藤は小さく息を吐く。
作戦開始時は遠方の塔を見るかのようだったダモクレスの姿も、今では見上げるほど。
それくらいの位置まで近づけば他のオブジェクト同様に自己防衛思考が働き始めるのか、子供の胴回りはありそうな太さの触腕を幾重にも突き出して、血溜まりのような色の空に影を差す。
さらにぼうっと刀身が赤い光に包まれると、触腕の先へとマテリアルを送り込むかのように明滅を始めた。
「みんな、気を付けろ!」
ロニが叫びながら手綱を切ると、ワイバーンがその場で翻る。
次の瞬間、光る触腕の先や刀身の各所からマテリアルの光線が四方八方へと噴き出した。
「な……っ!」
思わず身構えた弁慶の周囲を、光線はかろうじて掠めることなく格子状に吹き抜ける。
一瞬真っ赤に染まったメインカメラの映像に、思わず視界がチカチカと明滅する。
「まるで要塞か!」
大盾でやり過ごした惣助は、分厚い装甲越しにランスカノンの引き金を引きながらも視界の端にダモクレスを捉えた。
未だ怪しく明滅するそれは、すぐさま次弾の掃射を予期させる。
「ダモクレス……どうせ落ちるなら、あたし達じゃなくて歪虚の上に落ちて欲しいよね」
その語源になったと思われる伝説を思い起こして、その名を冠した物体を舞は恨めしそうに見やる。
再び光線の束が戦場に閃くと、今度は機体の姿勢を低くして、滑り抜けるようにそれを回避した。
彼女はそのまま行く手を塞ぐブリッツを槍で叩き伏せて、その頭部を踏みつける。
「ううん、違う。あたし達でそうするんだよね!」
口にしたそれは、願望ではなく覚悟。
しかし、その意思を他所にダモクレスの元に降り立った“それ”は、決して剣ではなかった。
「待って……何、あれ?」
最初に戸惑いの声を上げたのは、待機させていたヤタへ飛び乗ったセレスだった。
そびえるダモクレスの根本付近。
そこに巨大な紫雲が立ち込めたのだ。
それは、オブジェクトたちがシェオルを召喚する際に使われる靄のようなゲートに酷似している。
だが、その大きさはどのシェオルよりも――シェオル・タンクよりもなお巨大で、あまつさえこの戦場に数多付き立つソードオブジェクトをはるかに凌駕するものだった。
そこから這い出た長い腕、真紅の爪を宿した手が、ゴウと風を切って大地に打ちつけられる。
対に突き出た2本目――いや3本、4本、5本……と、数多の腕が靄の中から突き出ては、その先に続いているであろう身体を引き上げるように、どっしりと大地を踏みしめる。
「こないだひーひー言って倒したオブジェクトのバーゲンセールだってだけで勘弁してほしいのに……そのうえ今度は何なのかな」
飛び立ったヤタの背で、彼女は上空から俯瞰するようにその靄を見下ろした。
中心から徐々にその姿を現したのは、巨大なシェオルの背。
ずんぐりとした胴を中心に数多の腕が突き出るその様子は、まさしく大蜘蛛のようである。
――その時、強烈なマテリアル花火の炸裂音と閃光がグラウンド・ゼロの空に眩く光った。
それが別動隊の調査が終わったことを意味する撤退ののろしであることを理解して、ハンター達は一挙、進路を反転した。
「ダモクレスの防衛手段と、その“門番”がいることは分かった……十分だ、撤退しよう!」
「まだ、あの巨大シェオルは現れきっていません。今のうちに急いで!」
退路を指差し叫んだリクに、ミオレスカが声を合わせる。
多少交戦はするべきか……いや、下手に手を出してこれまでの情報を持ち帰れないことが何よりもの痛手だ。
それを分かっているからこそ、行く手を阻むシェオル群へ放火を散らしてその歩みを塞き止める。
その間にも靄の中の巨大シェオルは、少しずつその頭角を現していく。
その禍々しい姿はまさしく“化物”と称するのにふさわしく、しかしながらその頭上に輝く光の環の存在が、その者をどこか崇高な存在であるかのように映し出していた。
ダモクレス自身もハリネズミのようなマテリアル光線を周囲へとまき散らす。
それはハンター達の脳裏へと、常に走り去る背後への注意と緊張を抱かせ続けていた。
「遠慮するな、在庫一掃セールだ!」
機体中に残るプラズマグレネードを放りながら、悠は弾けるマテリアル光の先をレーダーで探り出す。
「敵は比較的分散しているようだ。しっかりと近辺のオブジェクトを破壊してこれた結果だろうな」
ダモクレスの近くであっても、あの巨大シェオルが現れ始めても、シェオル達が統率をとったような動きをするようなことはなかった。
彼らは戦力であっても兵士ではないのだろうか?
一つ覚えで人間を狙うその姿はまるで生物として合理性を感じさせず、悠の目には余計に薄ら暗い存在に見えていた。
「ちょっと悠、今ので何匹やったん?」
「さぁ……5、6匹はいったんじゃないか?」
不意を打って降りかかった白藤の通信に、悠はふっと記憶を呼び起こす。
「なんや、ちゃんと数えてない分は無効やで! 一ヶ月分掛かってるんやから、キッチリせな!」
「ああ、わかったわかった」
撤退の状況よりも切迫した彼女の様子に、思わず笑みを吹き零す。
「イグノラビムスの皆は!」
「まだ戦っているはずだ。合流して一気に戦場を抜けるぜ!」
電磁加速砲をマテリアルエンジンへ接続するリュー。
飛び掛かって来たシェオルを魔導銃で撃ち抜いた兵庫は、リュー機「紅龍」の前方を護るように踊り出た。
「行くぜ、紅龍!! 閃光の息! ライトニングウゥゥ、ブレェェス!!」
スラスターでくるりと背面を向き直った紅龍は、電磁加速砲に収束したマテリアルを一斉に放出する。
龍の息吹を彷彿とさせるその輝きは、退路に追いすがるノドやブリッツを飲み込んで激しい爆炎となる。
激しい炎と閃光の行く末、ドシンと大きな音が地鳴りが響いてリューは思わずその目を見開いた。
「……来たッ!」
彼の目に映ったのは、数多の腕を足のようにして降り立った巨大なシェオル。
それは声もなく最前腕を一歩前へと踏み出すと、そのまま一気に走り出す。
鋭い爪を持つその腕は、進路上の小さなシェオル達を余波で踏み潰し、引き裂き、引きちぎりなら、一心不乱にハンターの後を追いすがった。
「あいつ……見た目の割に、すばしっこいですねぇ」
タンクの魔弾をひらりと木の葉のように躱しながら、マッシュのワイバーンは戦場を旋回するようにして巨大シェオルの全容を視界におさめる。
ドロリとしたスライム状の身体は白い骨格に張り付いて肉の様をなし、走りながらびちゃりびちゃりと黒く濁った肉片を足跡のように残していく。
見ていて気持ちのいい光景ではないそれに、マッシュは思わず眉を潜めた。
ふと、その視界の端に黒く燃え盛る炎弾がちらついて彼は咄嗟に地上へと視線を下ろす。
そこに見えたのは、灼熱の火炎を纏う人狼の黙示騎士の姿だった。
●
「にげるよ! にげるよ!」
侵攻班の合流を確認して、ユノが慌てたように声を上げた。
「なんなんですか、あれは……!?」
三毛丸を抱えて走るはじめは、遠方から迫る巨大なシェオルの姿に思わずその歩みが止まる。
「分からない……だが、まともに相手をする必要もない」
「とにかく、今は撤退を急ぎましょう」
奏多とアリアが負傷者を率いるように先導して、その声が躊躇する背中を押し出した。
イグノラビムスも易々ハンター達を逃がすようなことはしない。
全身の黒炎を逆立てながら大きく遠吠えを奏でるが、その姿を突如として発生した煙が瞬く間に包み込んでいく。
「今のうちだ、走れッ!」
新たな発煙弾のピンを引き抜き煙幕の中へと放り込んだミリアは、急くようにイエィドの背中をポンポンと叩く。
煙幕の中に、ぼうっと灯る炎の姿。
それは煙を強引突破する様子もなく、不気味にゆらゆらと左右に揺れる。
「あいつ、何を考えて――」
思わず振り返ったミリアの視線の先でそれは起こった。
煙の中の炎が、2つに増えている。
いや、それだけではない。
2つから4つ、4つから8つ、8つから16つ――松明同士で炎を移し合うかのように次々と増えて行った黒炎。
やがて煙幕中を埋め尽くしたそれらは、一斉に獰猛な唸り声をあげて駆け出していた。
「増えただと……っ!?」
飛び掛かって来た黒炎の塊を、ボルディアは大斧で受け止める。
先ほどの戦闘と寸分違わない一撃の重さが武器越しに彼女の腕を伝って、ビリリと全身の節々が悲鳴をあげる。
「幻影――いや違う、どう見ても本物だ!」
「危ないっ!」
目の前のイグノラビムスを受け止めるのに精いっぱいな彼女の横っ面から、別のイグノラビムスが迫る。
そこに割り込んだフィルメリアは剣状態にしたギアブレイドで黒炎を纏った爪を弾くと、飛び込むようにしてボルディアの正面の個体を蹴り飛ばす。
敵が数歩よろめいた隙に距離を取って、ボルディアは再び退路へとついた。
「なんなんだよ、こいつら!」
「分からないわ。分身……なのかしら。少なくとも全て質量を持っているのは確かよ」
フィルメリアは並走するハティへと飛び乗ると、どこまでも追いかけるイグノラビムス達へ引き金を引き続ける。
敵は、それによって纏った黒炎が吹き消されるものお構いなしに、逃げるハンター達へと幾重にもなって追いかけた。
そのさらに後方を巨大シェオルが続くその様は、まさしくこの世の終わりを告げるかのような装いである。
「これだけの追撃……それだけ、あのダモクレスは歪虚にとっても重要だということなのか?」
一匹突出したイグノラビムスの前に立ちはだかった奏多は、マテリアルの障壁を張りながら放たれた黒炎弾を盾で受け流す。
が、はじけ飛んだ火の粉が服へと燃え移ると思わず苦い顔で舌を鳴らした。
「あと少し、耐えて」
「分かっている。こんな場所で終わるつもりはない」
アリアの一閃が鼻先を掠めると、イグノラビムスは飛び退くようにして距離を取る。
入れ違いに別の個体が飛び越えるようにして迫って来ると、跨るコーディも大きく飛び跳ねて距離を取った。
その時、ガクンと1人のハンターが一団から大きく出遅れる。
驚いて思わず視線でその姿を追ったハンター達に、緋百合はどこか自虐的な笑みを浮かべてみせた。
「……ここまでみたいだ」
ここまで彼女の足並みを揃えていた瞬炎の術。
それを発動するだけのマテリアルがもう尽きていたのだ。
「馬鹿っ! なに言うてんの!」
咄嗟に白藤の叱咤が戦場に響く。
「うちは、見殺しにする為に此処におるんやない……!」
踵を返そうとする彼女だったが、その進行を行き交うイグノラビムス達が囲い込む。
まるで群れで獲物を追いつめるかのようなその動きに、白藤は後退を許されない。
その間にも敵勢は緋百合のすぐそばまで迫る。
彼女を退避として改めて見える巨大シェオルの大きさは、踏み潰されたらタダでは済まないであろうことを容易に想像させた。
「……くそっ!」
誰もが息を飲んだ中で、リクは集団から1人大きく外れて別のルートへと身を投げ出す。
そして乾いた息を吐き出すと、体内のマテリアルを激しく燃やしてその身に美しい炎を纏った。
「こい、こっちだッ!!」
そう叫ぶよりも先に、それまで緋百合へ意識を向けていたイグノラビムス達の視線が一斉にリクの方へと向く。
数多の青い瞳に見つめられ、彼は次に発するべき言葉を思わず飲み込んでいた。
黙示騎士の群れが一斉に彼目がけて飛び掛かる。
その姿はあっという間に黒炎の壁にに包まれて、巨大な炎の塊のように見えていた。
「乗って!」
包囲の解けた白藤が緋百合を自らのイェジドの背へと誘って、一団の中へと帰還する。
同時に、巨大シェオルの足元に黒い靄が現れた。
靄は出て来た時と同じようにシェオルの姿を飲み込んでいくと、あっという間にその巨体は戦場から消え去っていた。
「リク!」
急降下したロニが、周囲に創り出した無数の刃を巨大な炎の塊へと打ち放つ。
刃は次々に炎をかき消していくと、やがてイグノラビムスの群れにもみくちゃにされるリクの姿が露となった。
息も絶え絶えに蹂躙されるリク。
イグノラビムスは決して攻撃を緩めることはせず、いくらロニの攻撃を受けようともそれを気に止める様子もない。
やがて、そのうちの一体が炎を纏った爪を振りかざしたのが、リクの意識が最後に目にした光景である。
気を失って崩れ落ちる彼の目の前で、イグノラビムスの首輪がバチリと激しい雷撃を纏う。
その衝撃に小さな唸り声をあげながら、敵は振り上げた腕をゆっくりと下していく。
そして、周りの分身体を文字通りその身に取り込むようにぐずりぐずりとこねくりあって1つの身体へと纏まってみせると、ハンター達に目もくれずに遥か遠方――ダモクレスの方向へと走り去っていった。
「今のは……何だったんだ」
リクをワイバーンの背に引き上げながら、ロニは警戒するように敵の後姿を目で追う。
その問いに答えが出ることはなく、後に残ったのは繋ぎ止めた仲間の命と、不可解な敵の存在という情報だけであった。
この赤い世界の先には何があるのか。
夜空の煌めきのような硝子質の大地がそれを語ってくれることはなく、はるか遠方に臨む巨剣――ダモクレスもまた物言わぬ支配者の1人であった。
赤褐色の粉塵を散らしながら、ハンターの一団は真っすぐにその支配者の元を目指す。
周囲をちらほらと闊歩するシェオル達もその一団の前ではもののの数ではなく、機動兵器の火砲によって捕捉されたそばから霧散させられていた。
「囮と言えば聞こえは悪いが、派手に目立てって事なら得意分野じゃねぇか」
ミリア・ラスティソード(ka1287)の大槍が、進行を遮るシェオルの黒質の身体を貫く。
眼前で串刺しになった敵へ彼女が跨るイェジド「ざんぎえふ」の幻獣砲が火を噴いて、視界が霧散するマテリアルで包まれた。
「囮と言っても偵察も兼ねてるわけだからね、ただ目立つだけでも――」
グリフォン「ヤタ」の背で空中から先の様子を伺うセレス・フュラー(ka6276)。
その言葉が不自然に途切れて、霧を突き抜けたミリアは不審そうに空を見上げる。
「――突然のお出迎えにしちゃ、ずいぶんな重役待遇だね」
セレスの視界に入ったのは、進行方向から駆けてくる一筋の黒い流星。
進行邪魔になるシェオルを焼き尽くしながら直線距離を真っすぐにこちらへと迫る大きなが影――黙示騎士イグノラビムスの姿だった。
「まだ戦況が推移していない時に……」
どこか口惜しそうに零す保・はじめ(ka5800)。
だが、全てが1つの想定通りに動くとも考えていたわけでもない。
「こうなれば、俺達はここでヤツを引き付ける」
そう告げて、オウカ・レンヴォルト(ka0301)は機体のスラスターを一気に吹かす。
跳ねるように地を蹴った黒いオファニム「王牙」は敵の眼前に着地すると、その勢いのままに両手で担いだ斬艦刀を薙いだ。
イグノラビムスは屈強な後ろ足で飛び上がると、その一振りを難なく回避。
そのまま王牙の肩を踏み台に彼を飛び越し、ハンター達の眼前に重々しく着地した。
牙をギリリと軋ませる顔をゆっくりと上げ、筋骨隆々の身体もすくりと背を伸ばす。
後ろ足2本で身体を支えて、自由になった両腕を広げると、大気をビリビリと震わせる熾烈な咆哮を轟かせた。
「他の者はダモクレスへ行ってくれ!」
「すまない、頼んだ……!」
振り返りざまに叫んだオウカに応えて、榊 兵庫(ka0010)ら十数名のハンターは先を急ぐ。
それを「逃しはしない」と言わんばかりにイグノラビムスが身を小さく屈めると、十色 エニア(ka0370)は咄嗟に魔術陣を敷く。
「追わせないよ!」
敵の周囲に発生した重力波が、その足を重く大地へと繋ぎ止める。
思わず膝を折ったイグノラビムスだったが、その身に纏った黒炎が渦を巻くように飛び散りはじめていた。
やがて巨大な黒い嵐となったそれは、周辺をまるごと飲み込んでいく。
「こいつは……!?」
コックピットの中でも感じる凶悪な圧に、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は咄嗟にスラスターを吹かす。
「この炎――汚染でちゅか」
払おうとしても払えない燃え上がる服の炎に、北谷王子 朝騎(ka5818)は思わず眉を潜めた。
炎に実体はない、だが燃え盛る建物の中に飛び込んだような焼け付く痛みが確かに全身を包み込む。
嵐は範囲内のシェオルをも焼き尽くし、やがて残火を散らしながら静かに収まっていった。
「ダモクレス班は……抜けられたようですの」
ぼうっと燃え上がる機体越しに、遠方へ走り去る仲間達を見送って僅かに胸を撫でおろす八劒 颯(ka1804)。
しかし不気味な余韻を残して佇むイグノラビムスの姿に、同時に息を飲んだ。
「私が出る、その間に戦況を整えろ」
赤い残光を残しながら冷泉 緋百合(ka6936)が嵐の中心点へと飛び込む。
「出会いがしらを喰らった程度で……!」
振り被った緋百合の拳に、イグノラビムス大きく飛び退くようにしてそれを躱そうとする。
だがそれよりも疾く、瞬く間に最高速へと達した拳が無防備な厚い胸板へと叩き込まれて、巨大な人狼は衝撃を耐えるように地面を強く踏みしめ、硬直した。
「浄化陣を敷くわ」
敵の硬直を確認するや否や、フィルメリア・クリスティア(ka3380)が手にした浄化カートリッジへマテリアルを流し込む。
はじめ、颯、朝騎も同じように浄化の術を展開し、イグノラビムスの周囲を取り囲むようにハンターの“戦場”を作り上げた。
「先手は取られたけど、ここから先は掌握させて貰うわ。憎悪と復讐の人狼さん」
フィルメリアの眼光は、衝撃で沈黙したままの敵を鋭く射抜く。
「自動展開のイニシャライズフィールド程度じゃ、汚染は消せねぇか……」
ジャックは表情を歪ませながら機体の駆動に支障がないことだけを確認すると、ジェネレーターをフル稼働させてフィールドを周囲へと押し広げ展開する。
拡張した性能でもどの程度効くのか分からない。
だが、まともに食らい続けてはいけないことだけは、絶えず鳴り続ける計器のアラートが耳にタコができるほどに告げていた。
「朝騎、前に出るが良いな!?」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)がやや乱暴に問いかけると、彼女のイェジド「ヴァーミリオン」の背に乗った朝騎がコクリと頷く。
共に駆け出したボルディアは、浄化陣の中からイグノラビムスへと接近。
だが敵の纏う黒炎にその姿がゆらめいて、思わず目を細める。
遠く、いや近く――まるで近づいては逃げる陽炎のように、その姿は正しい距離感を掴ませようとはしない。
ボルディアがアイコンタクトでヴァーミリオンへ指示を送ると、彼は現在の目算のまま敵の姿へと飛び掛かる。
朝騎ががっしりとしがみ付く中、大きく開いた顎が敵の喉元へ噛みついた……かと思いきや、その実は屈強な腕に食らいついていた。
「あと一歩の踏み込みか……!」
それで正しい目算を付けたボルディアが、大きく一歩を踏み込んで大斧を担ぎ上げた。
硬直の機を狙って振り下ろされた一閃は敵の頭上から振り下ろされる。
手元に伝わる鈍い衝撃。
「……ちぃ! 面倒な奴だ」
思わず恨み言を吐き捨てる彼女の眼前で、その刃は首元から巻き上がる炎によって阻まれていた。
同時に、獰猛な唸り声をあげてイグノラビムスが身を捩る。
硬直が解ける――ハンター達は咄嗟に距離を取り、その姿を取り囲んだ。
「あの体の炎、厄介だね……」
思わず口走ったエニアに、グリフォンの背に跨って状況を観測していたユノ(ka0806)がぶんぶんと首を振った。
「見て! 攻撃をうけたところの“火”がきえてるよ!」
確かに胴部、腕部、頭部は黒い炎が消えてその毛並みが露になっている。
「1回限りの防壁というところでしょうか。心なしか、敵の姿も先ほどよりはっきりと見て取れるような気がします」
「つまり、やり様はある……ということだな」
オウカの言葉にフィルメリアは静かに頷いて、手にしたバスタードソードの切っ先をイグノラビムスの鼻面へと真っすぐに構えなおした。
●
プラズマ弾が弾けて、爆炎と共に目の前のシェオル・ノド達を纏めて飲み込んだ。
膨大な熱量を受けた敵はまだ息こそあるものの、身体を痙攣させるような歪な動きで膝をついて、その間にCAM数機が一気に包囲を抜ける。
「喰らっとけぇぇぇぇ!!」
スラスターを吹かしてソードオブジェクトへ急接近したリュー・グランフェスト(ka2419)のエクスシア「紅龍」。
斜めに突き刺さったその刀身を駆け上がると、蝕腕の妨害を受ける前に銃口を表面へ。
放たれたマテリアル光が刃を撃ち砕き、オブジェクトが崩壊する。
「ふぅ……これで2本目、ですね」
プラズマクラッカーを放った機体手甲を引き戻しながら、ミオレスカ(ka3496)はコックピットで額の汗を払う。
「オブジェクトの崩壊を確認! B班はこのまま戦線を意地しつつ補給! A班は侵攻をお願いします!」
キヅカ・リク(ka0038)の号令に応じて彼のユグディラが大わらわで戦線を駆け抜けると、入れ違いにイェジド「鋼夜」の背に跨る東條 奏多(ka6425)が戦線に突出する。
「結局のところ、やることはいつもと変わらないな」
「ええ、だからこんな所で星の命を終わらせたくはないわ」
鋼夜に後方から追いすがる銀色のイェジド「コーディ」。
その背でアリア・セリウス(ka6424)は、遠方に高くそびえるダモクレスを臨む。
「オブジェクトが落ちてくるぞ!」
ロニ・カルディス(ka0551)が叫ぶ声に釣られて空を眺めると、赤い雲を切り裂いて飛来する巨剣の切っ先が頭上から迫るのが見える。
「空のは任せて、A班は侵攻を!」
補給中の戦線から、瀬織 怜皇(ka0684)のエクスシアが飛来するオブジェクトを銃口の先に捉える。
放たれた銃弾は無防備な刀身を容易く貫くと、立て続けにマテリアルの火を灯した矢が追い撃つ。
「できる限り、空中で仕留めておきたいものですね」
降り注ぐ破片の中をワイバーンで飛びぬけて、マッシュ・アクラシス(ka0771)は次弾をその弓に番える。
しかし下方からエネルギー光がその表情を照らして、彼は慌てて手綱をきった。
傍をマテリアルの砲弾が霞めて、彼は眉を潜めながら地上を見下ろす。
そこにはダモクレス側のオブジェクト群から魔法弾を打ちながら歩みで進んでくるシェオル・タンクと、その周囲を取り巻くブリッツの姿が視認できた。
「敵もやる気になって来たってことだね」
天竜寺 舞(ka0377)のデュミナス「弁慶」が担いだライフルが、補給線からA班侵攻上の小型シェオルを撃ち払う。
崩れるシェオルを月白色のイェジドが飛び越えて、その背から白藤(ka3768)の銃口が光る。
「こっち見ぃって……っなぁ!」
放たれた冷気弾がタンクの屈強な脚を撃ち抜くと、傷口から一気に氷紋が脚全体を包み込んでいく。
途端に自由がきかなくなった片足にバランスを崩して、倒れ込むタンク。
その背を這うように飛び出したブリッツの頭部に、奏多の絶火刀が突き刺さった。
「退いて貰う」
突き刺したままの柄を逆手に持ち替えて、そのまま長い身体を開くように刃を走らせる。
身体を二叉に分けられたブリッツは、それでも一矢報いるべく槍の穂先のような角を振り回して奏多の頭上に覆いかぶさった。
しかしその切っ先が彼の身体に触れるより先に、銀水晶の刃が敵の傷口に突き込まれる。
そのまま駆けるイェジドの勢いに乗せて、弦のようにブレのない美しいアリアの一閃が、残りの身体を真っ二つに切り裂いていた。
すぐに3人の元へとシェオル・ノドが群がる。
それを頭上から降り注いだセレスのマーキス・ソングが包み込んで、後方から迫る大出力のマテリアル光が前線左舷を貫いていた。
「待たせたな、補給完了だ」
残光靡く砲身を引き寄せながら兵庫のエクスシア「烈風」が一気に前線までの距離を詰めると、倒れ伏したままのタンクへと抜き放った刀を一思いに突き立てる。
そこへ鹿東 悠(ka0725)のエクスシア「Azrael」の銃弾が叩き込まれて、魔法弾の発動体である頭部の角を撃ち砕いた。
「なんや、もう少しゆっくりしとってもええのに」
冗談交じりの笑みで語った白藤の言葉に、コックピットの悠は苦笑しながらその姿を見下ろす。
「毎度の自信家ですねぇ……いっそKILL数で競ってみますか? 負けた方が一杯奢ると言うことで」
「酒1か月分――それなら乗ってもえぇで♪」
白藤は悪戯な笑みで買い言葉を放つと、悠は肩をすくめながら機体頭部のライトで“YES”と返事を返した。
そんな2人の横をずっしりと駆け抜けていく重装甲のドミニオン。
「軽口はほどほどにな、これでも任務中だ」
通信機越しに声を掛けた近衛 惣助(ka0510)は、その愛機「真改」で矢面まで滑り出すと残る右舷のノドを波動砲で一掃する。
「道は開けた! 突貫だ!」
身振りでGOサインを示した真改に続いて、補給を済ませたB班のCAM部隊が一気に前線へとなだれ込む。
「オブジェクトはタンク群の奥だ、少し険しい道になるぞ!」
「切り口さえあるなら、あとは押し広げるだけです」
ロニが上空からオブジェクトの位置を視認して伝えると、ミオレスカのオファニム「スパチュラ」がその巨大なスラスターライフルを担ぎ上げる。
放たれた銃弾の雨あられが身動きが取れないままのタンクに降り注いで、黒い肉片が飛び散っては霧散した。
そのマテリアル光の中をクリーム色のイェジドが突き抜けると、跨るミリアの大槍が行く手を遮るブリッツを真正面から押し返す。
「今だよッ!」
壁をこじ開けるようにCAM達が両サイドのタンクを抑え込み、抜けた数機が奥のオブジェクトへと突貫した。
「纏めてミンチにしてやるよ!」
ミリアの押し込むブリッツを踏み潰す勢いで飛び込んだ弁慶が、手にした魔導槍をライフルへと持ち替える。
コックピットの舞のバイザーに複数のロックオンアラートが鳴ると、一思いに引き金を絞った。
放たれた銃弾はオブジェクトから伸びる攻防一体の触腕を貫いて、僅かにその防衛手段を削ぎ取る。
そこへ怜皇のエクスシアが飛び込んで、握りしめた錬機剣と共にマテリアルエンジンが唸りをあげた。
「根こそぎ……行きます!」
放たれたマテリアル光の刃が、蝕腕ごとオブジェクトの刀身を薙ぎ払う。
真っ二つに切り裂かれたそれは、地響きを噴煙をまき散らしながら赤い大地に崩れ落ちていった。
●
多重展開された浄化陣の中心で、沈黙していたイグノラビムスの毛が一斉に逆立つ。
全身の筋肉という筋肉もわなわなと震え出し、自由になるのも時間の問題に見えた。
「逃しはしない!」
咄嗟に叩き込まれた緋百合の渾身の「夢葬」だったが、今度の一撃は敵の芯を撃つに能わず、その動きを止めることはできなかった。
「今のうちに、黒曜の封印を張るでちゅ」
朝騎が懐から大量の呪符を取り出すと、同時にフォトンバインダーからも抜き放った1枚を基軸に黒曜印を成す。
展開された結界がイグノラビムスを封じ込めるように包んで、漂う呪符たちが次々にその四肢に纏わりついた。
敵が己を縛り付けていた枷から解き放たれたのはその直後のこと。
周囲を取り囲んでいたハンター達は、動きを警戒して一斉に散開する。
対するシェオルは激昂の雄たけびを轟かせながら、脚に纏った黒炎を掠め取るように握り締めて投げ放つ。
しかし全身に張り付いた呪符が怪しいマテリアル光を放って、黒炎は手を離れると同時に霧散していた。
「こくよーいん、きいてるよ!」
「好機か……一つ、付き合ってもらうぞ」
ユノの通信に「王牙」が一転、アクティブスラスターで急旋回して、狼狽えるイグノラビムスへと迫る。
返しの刃に振るわれた爪を、王牙は身にまとった外套状のシールドを振るい受け流す。
シールドは布を裂くようにいとも簡単に斬り裂かれたが、その内側から閃いた斬艦刀が敵を捕らえた。
「……ッ!」
イグノラビムスは咄嗟に両腕を突き出して、重厚な切っ先を真向から白羽取る。
流石の衝撃に足が赤褐色の大地の上を滑るが、改めて後ろ足で地面を蹴りつけるように踏みしめると、王牙の勢いは完全に抑え込まれていた。
「グッ……流石にバケモノ染みた力だ」
「そのまま圧を緩めるんじゃねぇ!」
突然響いた声に、コックピットのオウカは緩めかけたフットペダルを再び限界まで踏み抜く。
直後、黄金のエクスシアがマテリアル刃のハルバードを振るいながら突貫していた。
「クソ狼がご大層な名前持ちやがって……ッ!」
振り下ろされた「ヘクトル」の刃が、無防備なイグノラビムスの背目がけて振り下ろされる。
両腕が抑え込まれている状態ならば反応はできないはず――しかし背中の皮膚が大きく波打つと、第3の腕が毛皮の奥からずるりと突き出された。
天を仰ぐように伸びた腕はそのままハルバードの柄を握り締めると、寸でのところで刃を止める。
「ああ、ああ、そういう手品もあるんだったなぁ。上等だ……てめぇの憤怒、理解してやろうじゃねぇか!」
不敵な笑みを崩さないながらも、思わず冷たい汗がジャックの頬をつたう。
最前線となる2機のCAMの影からファルメリアが剣型の魔導銃で追い撃つが、それも新たに生えた第4の腕で払うように防がれる。
銃弾は腕自体を貫きはしたものの、とても有効なダメージを与えられているようには見えない。
それどころか時間が経つにつれて、生肉の焼けるような音と匂いと共に傷口がゆっくりと塞がれていく。
「これじゃ、時間を稼ぐどころの話じゃないわね……」
吐き捨てるファルメリアだったが、それならそれで役割自体は果たせている――そう思いたいほどに、イグノラビムスは付け入る隙を感じさせはしない。
「ぐおっ……!?」
機体の平行センサーが大きく揺れて、オウカはコックピットの内壁に手をついて身体を支える。
直後に機体が大きく傾いて、粉塵を巻き上げながら荒野に崩れ落ちた。
掴んだ大刀の刀身ごと「王牙」を投げ伏せたイグノラビムス。
彼は背中で掴んだハルバードを野暮ったく払うと、無防備な王牙の胸部に飛び乗って手刀を機体左胸部へと突き立てる。
鈍い音が響いて、CAMの左腕がコックピットの壁ごと力任せに引きちぎられていた。
「馬鹿な!」
ディスプレイが真っ赤に染まったバイザーを脱ぎ捨てると、大きく開いた装甲の亀裂ごしにイグノラビムスと面と向かう。
オウカは息を飲む間もなく咄嗟に傍らの斬魔刀を抜き放つが、敵は不意に弾かれたように視線を外すと、戦場を見渡すように振り返る。
それから何度か鼻を鳴らして、やがて青い瞳がイェジドの背で術の行使に集中する朝騎の姿を捉えていた。
「まずい……!」
はじめが咄嗟に光符陣を飛ばしたが、全身を焼く五色の光をものともせずに、大破させたCAMの上から跳ね上がる。
「ヴァン、朝騎を護れ!」
主人であるボルディアが叫ぶと、ヴァーミリオンは振り下ろされた敵の鉤爪を僅かのタイミングで飛び退く。
ギリギリだが完璧のタイミング――それでも、研ぎ澄ませた刃のような爪は無防備な朝騎の鳩尾に突き込まれていた。
「かは……っ」
思わず術式を解き、せり上がった血液を吐き出す朝騎。
彼女を貫いたイグノラビムスの腕は、彼自身の身体よりも大きく長く、鞭のようにしなって、ヴァーミリオンの頭上を飛び越えて彼女の懐まで達していたのだ。
それは決して認識阻害の影響による幻影などではなく、確かにその腕は通常の数倍の長さにまで伸びきっていた。
「畜生が……何でもありかよッ!!」
ボルディアが大斧を振り回しながら突貫して、イグノラビムスは血に濡れた腕を手元まで引き寄せる。
それを確認してから彼女が身振りで指示を伝えると、ヴァーミリオンはぐったりと項垂れる少女を背に乗せたまま踵を返して後退した。
「うらぁぁぁぁぁ!!」
ボルディアの渾身の袈裟振るいが敵の肩口をとらえて、受け止めた腕ごとずっしりと屈強な肌に刃を突き立てる。
数センチの深さの傷を付けてこれ以上は刃が進まない事を悟ると、追の刃に逆袈裟にもう一撃。
イグノラビムスは同じようにもう片方の腕で受け止めてみせ、肌に刃をめり込ませたまま全身に新たな黒炎を発生させた。
「ちぃ……っ!」
炎を目にした瞬間、更なる追撃を諦めて大きく距離を取ったボルディア。
飛び退いたその鼻先を黒炎を纏った爪が霞めて、火の粉が視界を舞う。
「はぁっ!」
入れ違いに接近したフィルメリアが薄氷色のイェジド「ハティ」から飛び降りると、魔導剣状態に組み替えたギアブレイドの一閃を描いた。
しかし、ゆらめく黒炎で目測を誤った刃は空を切り、返しに放たれた波状の黒炎をまともに受けてしまう。
身体に纏ったマテリアル装甲が不可視の壁となって勢いを削いだが、相当量の黒炎がその身を飲み込んだ。
「ファルメリアさん!?」
ギアをフルスロットルに上げた颯の魔導アーマー「グスタフ」が、エンジンの爆音を上げながら急行。
マテリアルで強化を施したアーマードリルで2人の間に割って入るように突撃する。
その間に、ファルメリアはハティの背に飛び乗り大きく後退。
自らの浄化術で、焼け付く黒炎の消火を試みる。
「ビリビリ電気どりる、ですの!」
突き立てたドリルから流れる電流が、炎に包まれるイグノラビムスの身体を駆け抜ける。
敵は腕に纏った黒炎ごと雷撃を打ち払うと、そのままもう片方の炎の拳でグスタフの装甲を力強く殴りつける。
「きゃっ!?」
コックピットを激しく揺らした衝撃に、楓は慌てて損傷状況を確認する。
ベゴンと鈍い音が響いて、あられもない方向を向いた4輪の一脚と、燃え広がる黒炎が機体の装甲を赤く焼き焦がす姿がそこにはあった。
「やっぱり、あの炎を払わない限りは……」
ゴーレム「ムーちゃん」の背から再び重力波を放つエニア。
イグノラビムスは一度は膝をついたように見えたが、立ち止まること無く重い重い一歩を踏み出すと、無理やり超重空間を突破する。
「うえっ……!」
咄嗟にムーちゃんみ後退指示を出すエニアだったが、強靭な脚力でもって飛び掛かった敵はなお速く。
陽炎が一瞬視界をゆらめいたかと思った直後には、CAMの装甲を引き裂いたその手刀が彼の腹部に躊躇なく突き立てられていた。
自らの手の中でぐったりとする彼の身体をイグノラビムスは無造作に投げ捨てて、再び漆黒の流星となって戦場を駆ける。
「お願い、誰か“あれ”をとめて……!」
急降下してエニアをグリフォンの背に回収しながらユノが戸惑ったように叫ぶ。
卓越した体躯と自在に変異する四肢、そして汚染の炎――“縦横無尽”という言葉をほしいままにするがごとき黙示騎士は、ひたすらに目に付いた存在へと炎爪を振るう。
「何か勝機は……!?」
新たな浄化陣を張りながら、はじめは必死に敵の動きを凝視する。
打つ手を見出さなければ、狩られるのはこちらの方。
それが分かっているからこそ、目に見えた焦りが頬をつたう。
その時、放たれた黒炎弾が彼の相棒である「三毛丸」を撃ち抜いた。
「三毛丸っ!」
慌てて駆け寄って抱き起すと、まだ息こそあるもののぐったりとして意識を失っている様子だった。
「くっ……」
はじめは彼を胸元に抱き抱えると、恨みの籠った眼差しでイグノラビムスを睨みつける。
そんな彼の覚悟を知りはしない敵は、伸ばした腕を鞭のようにしならせて、再び周辺に集まり掛けて来たシェオル・ノドもろとも彼を薙ぎ払った。
はじめのからだはボールのように荒野を転がるが、腕の中で三毛丸はしっかりと守り抜く。
「いい加減、好き勝手させるかッ!」
懐に飛び込んだ緋百合の拳。
イグノラビムスは豪快なステップでそれを躱して、手元に引き戻した腕で炎をまき散らす。
そのまま飛び退こうとした敵の進路にはハティが回り込み、耳を塞ぎたくなるようなハウリングを伴ってその歩みを押しとどめた。
足を止めたその腕に、黒炎を切って肉薄するボルディアの大斧が打ちつけられる。
「ヴァンが戻って来るまで……もうしばらく相手してやらぁ!」
その圧が腕に纏った炎を吹き飛ばすと、続けざまにもう一振り同じ場所へと刃を振り下ろす。
腕を寝かせてそれを真向から受け止めたイグノラビムスは、返しの刃にその手刀をボルディア目がけて突き立てる。
彼女もまたステップでそれを躱すが、大気を震わせて突き出されたその空拳は、その後方で体勢を立て直すはじめ目がけて、槍の穂先のように突き伸びた。
「こいつ――俺が躱すのを見越してッ!?」
目を見開いたボルディアはその腕を一撃を止めることはできず、はじめもまた、意識の外からの一撃に回避が間に合う事もない。
だがその進路に金色のCAMが割り込んで、マテリアルカーテンをフル稼働させながらどっしりとした趣で身構える。
やがて黒炎を纏った腕はエネルギーのマントを易々と霧散させて、装甲の隙間を縫うように機体胸部を深く刺し貫いていた。
「がはっ……ッ!」
コックピットにぶちまけられたジャックの血反吐が、操縦桿を撃ち砕いて腹に突き刺さる狂犬の腕を真っ赤に濡らす。
「クソがっ……要の浄化役を、そう易々と見捨てられるかよ……」
額からの出血で赤く染まった視界で、なおも睨みつける眼前の敵。
「そんだけ好き勝手に暴れておいて……んな飼い犬みてぇな首輪してんじゃねぇよ……」
彼が首に巻いた黄色い首輪を目にして強がった舌打ちをひとつ鳴らしてみせると、そのまま彼の意識はふつと消え去っていた。
●
何本目かのソードオブジェクトが砕け散る。
ローテーションを組みながら侵攻するハンター達は、決して早いとは言い切れないが、それでも確実にダモクレスまでの距離を狭めてきていた。
「霧散してまうなら、破片は持ち帰れんよなぁ」
崩れながら蒸発していくオブジェクトを尻目に、白藤は小さく息を吐く。
作戦開始時は遠方の塔を見るかのようだったダモクレスの姿も、今では見上げるほど。
それくらいの位置まで近づけば他のオブジェクト同様に自己防衛思考が働き始めるのか、子供の胴回りはありそうな太さの触腕を幾重にも突き出して、血溜まりのような色の空に影を差す。
さらにぼうっと刀身が赤い光に包まれると、触腕の先へとマテリアルを送り込むかのように明滅を始めた。
「みんな、気を付けろ!」
ロニが叫びながら手綱を切ると、ワイバーンがその場で翻る。
次の瞬間、光る触腕の先や刀身の各所からマテリアルの光線が四方八方へと噴き出した。
「な……っ!」
思わず身構えた弁慶の周囲を、光線はかろうじて掠めることなく格子状に吹き抜ける。
一瞬真っ赤に染まったメインカメラの映像に、思わず視界がチカチカと明滅する。
「まるで要塞か!」
大盾でやり過ごした惣助は、分厚い装甲越しにランスカノンの引き金を引きながらも視界の端にダモクレスを捉えた。
未だ怪しく明滅するそれは、すぐさま次弾の掃射を予期させる。
「ダモクレス……どうせ落ちるなら、あたし達じゃなくて歪虚の上に落ちて欲しいよね」
その語源になったと思われる伝説を思い起こして、その名を冠した物体を舞は恨めしそうに見やる。
再び光線の束が戦場に閃くと、今度は機体の姿勢を低くして、滑り抜けるようにそれを回避した。
彼女はそのまま行く手を塞ぐブリッツを槍で叩き伏せて、その頭部を踏みつける。
「ううん、違う。あたし達でそうするんだよね!」
口にしたそれは、願望ではなく覚悟。
しかし、その意思を他所にダモクレスの元に降り立った“それ”は、決して剣ではなかった。
「待って……何、あれ?」
最初に戸惑いの声を上げたのは、待機させていたヤタへ飛び乗ったセレスだった。
そびえるダモクレスの根本付近。
そこに巨大な紫雲が立ち込めたのだ。
それは、オブジェクトたちがシェオルを召喚する際に使われる靄のようなゲートに酷似している。
だが、その大きさはどのシェオルよりも――シェオル・タンクよりもなお巨大で、あまつさえこの戦場に数多付き立つソードオブジェクトをはるかに凌駕するものだった。
そこから這い出た長い腕、真紅の爪を宿した手が、ゴウと風を切って大地に打ちつけられる。
対に突き出た2本目――いや3本、4本、5本……と、数多の腕が靄の中から突き出ては、その先に続いているであろう身体を引き上げるように、どっしりと大地を踏みしめる。
「こないだひーひー言って倒したオブジェクトのバーゲンセールだってだけで勘弁してほしいのに……そのうえ今度は何なのかな」
飛び立ったヤタの背で、彼女は上空から俯瞰するようにその靄を見下ろした。
中心から徐々にその姿を現したのは、巨大なシェオルの背。
ずんぐりとした胴を中心に数多の腕が突き出るその様子は、まさしく大蜘蛛のようである。
――その時、強烈なマテリアル花火の炸裂音と閃光がグラウンド・ゼロの空に眩く光った。
それが別動隊の調査が終わったことを意味する撤退ののろしであることを理解して、ハンター達は一挙、進路を反転した。
「ダモクレスの防衛手段と、その“門番”がいることは分かった……十分だ、撤退しよう!」
「まだ、あの巨大シェオルは現れきっていません。今のうちに急いで!」
退路を指差し叫んだリクに、ミオレスカが声を合わせる。
多少交戦はするべきか……いや、下手に手を出してこれまでの情報を持ち帰れないことが何よりもの痛手だ。
それを分かっているからこそ、行く手を阻むシェオル群へ放火を散らしてその歩みを塞き止める。
その間にも靄の中の巨大シェオルは、少しずつその頭角を現していく。
その禍々しい姿はまさしく“化物”と称するのにふさわしく、しかしながらその頭上に輝く光の環の存在が、その者をどこか崇高な存在であるかのように映し出していた。
ダモクレス自身もハリネズミのようなマテリアル光線を周囲へとまき散らす。
それはハンター達の脳裏へと、常に走り去る背後への注意と緊張を抱かせ続けていた。
「遠慮するな、在庫一掃セールだ!」
機体中に残るプラズマグレネードを放りながら、悠は弾けるマテリアル光の先をレーダーで探り出す。
「敵は比較的分散しているようだ。しっかりと近辺のオブジェクトを破壊してこれた結果だろうな」
ダモクレスの近くであっても、あの巨大シェオルが現れ始めても、シェオル達が統率をとったような動きをするようなことはなかった。
彼らは戦力であっても兵士ではないのだろうか?
一つ覚えで人間を狙うその姿はまるで生物として合理性を感じさせず、悠の目には余計に薄ら暗い存在に見えていた。
「ちょっと悠、今ので何匹やったん?」
「さぁ……5、6匹はいったんじゃないか?」
不意を打って降りかかった白藤の通信に、悠はふっと記憶を呼び起こす。
「なんや、ちゃんと数えてない分は無効やで! 一ヶ月分掛かってるんやから、キッチリせな!」
「ああ、わかったわかった」
撤退の状況よりも切迫した彼女の様子に、思わず笑みを吹き零す。
「イグノラビムスの皆は!」
「まだ戦っているはずだ。合流して一気に戦場を抜けるぜ!」
電磁加速砲をマテリアルエンジンへ接続するリュー。
飛び掛かって来たシェオルを魔導銃で撃ち抜いた兵庫は、リュー機「紅龍」の前方を護るように踊り出た。
「行くぜ、紅龍!! 閃光の息! ライトニングウゥゥ、ブレェェス!!」
スラスターでくるりと背面を向き直った紅龍は、電磁加速砲に収束したマテリアルを一斉に放出する。
龍の息吹を彷彿とさせるその輝きは、退路に追いすがるノドやブリッツを飲み込んで激しい爆炎となる。
激しい炎と閃光の行く末、ドシンと大きな音が地鳴りが響いてリューは思わずその目を見開いた。
「……来たッ!」
彼の目に映ったのは、数多の腕を足のようにして降り立った巨大なシェオル。
それは声もなく最前腕を一歩前へと踏み出すと、そのまま一気に走り出す。
鋭い爪を持つその腕は、進路上の小さなシェオル達を余波で踏み潰し、引き裂き、引きちぎりなら、一心不乱にハンターの後を追いすがった。
「あいつ……見た目の割に、すばしっこいですねぇ」
タンクの魔弾をひらりと木の葉のように躱しながら、マッシュのワイバーンは戦場を旋回するようにして巨大シェオルの全容を視界におさめる。
ドロリとしたスライム状の身体は白い骨格に張り付いて肉の様をなし、走りながらびちゃりびちゃりと黒く濁った肉片を足跡のように残していく。
見ていて気持ちのいい光景ではないそれに、マッシュは思わず眉を潜めた。
ふと、その視界の端に黒く燃え盛る炎弾がちらついて彼は咄嗟に地上へと視線を下ろす。
そこに見えたのは、灼熱の火炎を纏う人狼の黙示騎士の姿だった。
●
「にげるよ! にげるよ!」
侵攻班の合流を確認して、ユノが慌てたように声を上げた。
「なんなんですか、あれは……!?」
三毛丸を抱えて走るはじめは、遠方から迫る巨大なシェオルの姿に思わずその歩みが止まる。
「分からない……だが、まともに相手をする必要もない」
「とにかく、今は撤退を急ぎましょう」
奏多とアリアが負傷者を率いるように先導して、その声が躊躇する背中を押し出した。
イグノラビムスも易々ハンター達を逃がすようなことはしない。
全身の黒炎を逆立てながら大きく遠吠えを奏でるが、その姿を突如として発生した煙が瞬く間に包み込んでいく。
「今のうちだ、走れッ!」
新たな発煙弾のピンを引き抜き煙幕の中へと放り込んだミリアは、急くようにイエィドの背中をポンポンと叩く。
煙幕の中に、ぼうっと灯る炎の姿。
それは煙を強引突破する様子もなく、不気味にゆらゆらと左右に揺れる。
「あいつ、何を考えて――」
思わず振り返ったミリアの視線の先でそれは起こった。
煙の中の炎が、2つに増えている。
いや、それだけではない。
2つから4つ、4つから8つ、8つから16つ――松明同士で炎を移し合うかのように次々と増えて行った黒炎。
やがて煙幕中を埋め尽くしたそれらは、一斉に獰猛な唸り声をあげて駆け出していた。
「増えただと……っ!?」
飛び掛かって来た黒炎の塊を、ボルディアは大斧で受け止める。
先ほどの戦闘と寸分違わない一撃の重さが武器越しに彼女の腕を伝って、ビリリと全身の節々が悲鳴をあげる。
「幻影――いや違う、どう見ても本物だ!」
「危ないっ!」
目の前のイグノラビムスを受け止めるのに精いっぱいな彼女の横っ面から、別のイグノラビムスが迫る。
そこに割り込んだフィルメリアは剣状態にしたギアブレイドで黒炎を纏った爪を弾くと、飛び込むようにしてボルディアの正面の個体を蹴り飛ばす。
敵が数歩よろめいた隙に距離を取って、ボルディアは再び退路へとついた。
「なんなんだよ、こいつら!」
「分からないわ。分身……なのかしら。少なくとも全て質量を持っているのは確かよ」
フィルメリアは並走するハティへと飛び乗ると、どこまでも追いかけるイグノラビムス達へ引き金を引き続ける。
敵は、それによって纏った黒炎が吹き消されるものお構いなしに、逃げるハンター達へと幾重にもなって追いかけた。
そのさらに後方を巨大シェオルが続くその様は、まさしくこの世の終わりを告げるかのような装いである。
「これだけの追撃……それだけ、あのダモクレスは歪虚にとっても重要だということなのか?」
一匹突出したイグノラビムスの前に立ちはだかった奏多は、マテリアルの障壁を張りながら放たれた黒炎弾を盾で受け流す。
が、はじけ飛んだ火の粉が服へと燃え移ると思わず苦い顔で舌を鳴らした。
「あと少し、耐えて」
「分かっている。こんな場所で終わるつもりはない」
アリアの一閃が鼻先を掠めると、イグノラビムスは飛び退くようにして距離を取る。
入れ違いに別の個体が飛び越えるようにして迫って来ると、跨るコーディも大きく飛び跳ねて距離を取った。
その時、ガクンと1人のハンターが一団から大きく出遅れる。
驚いて思わず視線でその姿を追ったハンター達に、緋百合はどこか自虐的な笑みを浮かべてみせた。
「……ここまでみたいだ」
ここまで彼女の足並みを揃えていた瞬炎の術。
それを発動するだけのマテリアルがもう尽きていたのだ。
「馬鹿っ! なに言うてんの!」
咄嗟に白藤の叱咤が戦場に響く。
「うちは、見殺しにする為に此処におるんやない……!」
踵を返そうとする彼女だったが、その進行を行き交うイグノラビムス達が囲い込む。
まるで群れで獲物を追いつめるかのようなその動きに、白藤は後退を許されない。
その間にも敵勢は緋百合のすぐそばまで迫る。
彼女を退避として改めて見える巨大シェオルの大きさは、踏み潰されたらタダでは済まないであろうことを容易に想像させた。
「……くそっ!」
誰もが息を飲んだ中で、リクは集団から1人大きく外れて別のルートへと身を投げ出す。
そして乾いた息を吐き出すと、体内のマテリアルを激しく燃やしてその身に美しい炎を纏った。
「こい、こっちだッ!!」
そう叫ぶよりも先に、それまで緋百合へ意識を向けていたイグノラビムス達の視線が一斉にリクの方へと向く。
数多の青い瞳に見つめられ、彼は次に発するべき言葉を思わず飲み込んでいた。
黙示騎士の群れが一斉に彼目がけて飛び掛かる。
その姿はあっという間に黒炎の壁にに包まれて、巨大な炎の塊のように見えていた。
「乗って!」
包囲の解けた白藤が緋百合を自らのイェジドの背へと誘って、一団の中へと帰還する。
同時に、巨大シェオルの足元に黒い靄が現れた。
靄は出て来た時と同じようにシェオルの姿を飲み込んでいくと、あっという間にその巨体は戦場から消え去っていた。
「リク!」
急降下したロニが、周囲に創り出した無数の刃を巨大な炎の塊へと打ち放つ。
刃は次々に炎をかき消していくと、やがてイグノラビムスの群れにもみくちゃにされるリクの姿が露となった。
息も絶え絶えに蹂躙されるリク。
イグノラビムスは決して攻撃を緩めることはせず、いくらロニの攻撃を受けようともそれを気に止める様子もない。
やがて、そのうちの一体が炎を纏った爪を振りかざしたのが、リクの意識が最後に目にした光景である。
気を失って崩れ落ちる彼の目の前で、イグノラビムスの首輪がバチリと激しい雷撃を纏う。
その衝撃に小さな唸り声をあげながら、敵は振り上げた腕をゆっくりと下していく。
そして、周りの分身体を文字通りその身に取り込むようにぐずりぐずりとこねくりあって1つの身体へと纏まってみせると、ハンター達に目もくれずに遥か遠方――ダモクレスの方向へと走り去っていった。
「今のは……何だったんだ」
リクをワイバーンの背に引き上げながら、ロニは警戒するように敵の後姿を目で追う。
その問いに答えが出ることはなく、後に残ったのは繋ぎ止めた仲間の命と、不可解な敵の存在という情報だけであった。
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