ゲスト
(ka0000)
【神森】フォーゲット・ミー・ノット「結界展開阻止」 リプレイ


作戦1:結界展開阻止 リプレイ
- フラメディア・イリジア(ka2604)
- アグニ(ka2604unit001)
- 久瀬 ひふみ(ka6573)
- Uisca Amhran(ka0754)
- クフィン(ka0754unit001)
- マッシュ・アクラシス(ka0771)
- チョココ(ka2449)
- フェリア(ka2870)
- 松瀬 柚子(ka4625)
- クラン・クィールス(ka6605)
- フワ ハヤテ(ka0004)
- アイビス・グラス(ka2477)
- エヴァンス・カルヴィ(ka0639)
- レイオス・アクアウォーカー(ka1990)
- Holmes(ka3813)
- Василий(ka3813unit001)
- 八劒 颯(ka1804)
- セレン・コウヅキ(ka0153)
- 守原 有希遥(ka4729)
- リンカ・エルネージュ(ka1840)
- アルスレーテ・フュラー(ka6148)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- 岩井崎 旭(ka0234)
- ウォルドーフ(ka0234unit001)
- 鞍馬 真(ka5819)
- ジーナ(ka1643)
●
全てを凍り付かせ時間を止める結界。その拡大を目の当たりにしながら、フラメディア・イリジア(ka2604)は相棒であるイェジド――アグニの背で眉を顰めた。
「逆侵攻を行いたいところじゃが……ふむ」
結界は帝都を目指して依然侵攻している。
速度は対策を取る前よりも落ちて落ち着いているとは言っても動かなくなった訳ではないのだ。押し返すのは至難の業と言っても良いだろう。
「まあ良い。大本が倒されるまで持ちこたえるだけじゃ、そちらに比べたら我らの戦場等、どうということはないの?」
風を切って走るアグニが小さく吠える。その声に口角を上げ、フラメディアは巨大な斧を振り上げた。
「さて、参ろうかの!」
アグニの背から飛び降りて滑るように斬り込んでゆく。
これに血の騎士が反応するが、武器を構えるよりも早くアグニが吠えた。
主人を守るように後方を奪取に掛かるアグニ。それを当然のように受け止めて斧を振り上げたフラメディアが踏み込む。
「他愛のない」
両断させた敵の胴にそう零した時、崩れる敵の隙間から別の騎士が見えた。
しかも振り上げる血の剣も共に――
「拙いッ」
慌てて回避に足を動かしたのが悪かったのか、それとも装備していた鎧が苔でも踏んだのだろうか。
フラメディアの足が滑った。
これにアグニが駆け出す……が間に合わない!
「アグニ、吠えるのじゃ!」
「――いえ、そのまま倒れて」
何? そう返そうとした眼前を斧が滑った。
フラメディアではない別人が放った斧が、剣を振り下ろす騎士の間合いに飛び込む。そして双方の剣が重なる直前、アグニが咆哮を轟かせた。
「賢い! 喰らえ、これが私の力だ!!」
一瞬動きを止めた騎士の胴を一気に断ち斬る。
そうして鮮血を舞わせ崩れ落ちる騎士を視界に、久瀬 ひふみ(ka6573)がフラメディアを振り返った。
「助かったのじゃ」
「いや、私はたまたま間に合ったに過ぎない。感謝なら貴女の相棒にするべきだろう」
苦笑に近い微笑みで応えたひふみは、フラメディアの傍で心配そうに鼻を鳴らすアグニの頭を撫でた。
「まだまだ戦いは始まったばかりだな……彼を守る為、もっと力を付けなければ」
ひふみがこの戦いに身を投じたのには訳がある。それを今の一言で感じ取ったのだろう。
グローブの端を引いて表情を引き締める彼女にフラメディアが己の武器を取り上げて近づいてくる。
「力を求めるが為に闘っておるのか。ならば手助けは無用の申し出じゃろうか?」
「無用? それはそれ。これはこれ。と言う言葉がある。共闘の練習と言うのも必要だ」
「成程。ならばアグニも気に入ったようじゃしな、暫し付き合うとするかの」
声に呼応して吠えるアグニ。それに顔を見合わせて笑みを浮かべると、双方の斧がエルフハイムの森に振り上げられた。
その頃、フラメディアと同じく幻獣イェジドの背に跨り戦場を駆けるUisca Amhran(ka0754)は、靡く金の髪を横に捨て周囲に視線を寄越す。
混戦必須かと思った戦場は予想以上にスッキリしている。その理由は戦場となった場所の地形と見晴らしだろう。
確かに木々が多少の障害にはなっているが味方の姿は窺うことが出来る。おかげでスペルアンカーが壊れそうな場所も随時確認できる訳だが、確認できるのは何もそれだけではない。
「クフィン、次はあそこへ向かって!」
声を上げたUiscaにクフィンが加速する。
彼女が見つけたのは騎士が集中する場所。本来は亡霊を中心に倒す予定だが進行方向にいるのであれば致し方ない。
主人の声に森を駆け抜ける相棒に目を細め、出自こそ違えど巫女としての過去を持つUiscaは思う。
(帝国の人とエルフ……皆で協力して、結界が広がるのを食い止める。そう、今は双方が手を取り合い戦う時だから……)
いた! そう口中で零してクフィンの上から飛び上がった。
「クフィン、狙撃準備をお願い!」
前方に翳した杖を視界に納めたのだろう。クフィンは小さく吠えると背に装備させた獣機銃の引き金を咥えた。そして――
「――Go、撃って!」
顎を引いて打ち出された弾が騎士を撃ち抜く。
重力に逆らって舞い上がった腕。それに姿勢を低くして飛び込むと、マテリアルの動きに反応して下を向いた騎士と目が合った。
オルクスの血で何度も蘇る騎士。きっと今倒しても直ぐに復活して戦いを再開させるだろう。
それでも倒すことに意味はある。
「これは希望の一打、これは救いの一打……皆を護るために!」
視線を合わせたまま終焉の名を冠する杖を振り薙ぐ。
「硬いっ」
体勢を崩していた敵は今の一撃で完全に地面に倒れた。しかしトドメを刺すには至っていない。
しかも周囲には別の騎士の存在もある。
自らの元に戻って来たクフィンと共に盾を構えて対峙の姿勢を取るが勝算は薄いと見て間違いない。となれば味方の援護が必要になるが、
『少しばかり衝撃が行くかもしれませんがご容赦を』
情報より響く声に目を上げるよりも早く、スペルアンカーが地面に突き立てられる。
それが境界線の役割を果たしたのか。微かに敵に怯む様子が見える。だが本当に彼らが怯みを見せたのは、マッシュ・アクラシス(ka0771)の操縦するヘイムダルが現れたからだ。
「魔導、アーマー……」
思わず零すUiscaはハッとなって武器を構える。
敵はまだ消えていない。彼女は現れた魔導アーマーに目の前の敵を任せると、自身の後方に迫っていた敵に向き直った。
そこへ新たな声が響く。
「アーデルベルト、敵をできるだけ一列に並べるですの!」
聞こえた声にクフィンがいち早く反応した。
駆けてくる同じ幻獣種族のアーデベルトの動きに合わせて敵を威嚇しに掛かったのだ。それにUiscaも参戦する。
集まる騎士の攻撃を盾で受け、他所へ行かないように杖で叩く。そうしてある程度の数が一か所に固まると、アーデベルトの主人であるチョココ(ka2449)が杖の先端を向けた。
「ビリビリするですの!」
直線状に飛んできた雷が複数体の騎士を貫く。しかし全部を倒す決め手にはならない。
「もう一回、放つですの!」
「それには及ばないわ」
チョココが紡ぎ上げるよりも早く、彼女の雷撃よりも更に効果を増した雷が地面をかけた。
これに1度目の衝撃で揺らいでいた騎士たちの体が落ちてゆく。
「ただ、帝国の為に戦いましょう。我が家の銘は『皇帝の剣』……その誇り、片時も忘れた事はありません」
囁くように零された声に振り返る。
そこにあったのは息を切らせて佇むフェリア(ka2870)だ。
彼女は己が胸に手を添えると大きく息を吸い込むと、未だ未熟な自分自身に目を伏せた。
(……あの我儘な皇帝に心配されない位強くならなきゃ……そう、思っていたのに)
本来、彼女はライトニングボルト以外の技を併用して戦う予定だった。だが出立前に若干の手違いが起きたのだ。
「……ありがとう。誇り高い貴方にも辛い想いをさせているのにね」
しっかりしないと。そう零して心配そうに見上げるイェジドの月夜の頭を撫で、額に浮かんだ汗を拭って前に出た。
フェリアの目標は、もっと強くなって頑固で忠言も聞いてくれない皇帝を支える術を身に着けること。
その為にはイレギュラーな出来事にすら即時対応できる適応力が必要となる。ならば今回のミスはその術を身に着ける糧とすればいい。
「月夜、行くわよ」
顎を引いて駆け出すフェリア。そんな彼女と距離を取って動き出した月夜にマッシュが安堵の息を吐く。
「……いやはや。これはあまり続けたくない作戦ですねえ」
敵と味方、そして結界とそれを留めるスペルアンカー。それらが入り乱れる戦場は魔導アーマーにとって動き辛いと言って良い。
それでもこの機体に乗る事で得れる利点はあるのだ。
「ませ……、ん……すみま、せーんッ!」
「ん?」
機体の外から聞こえた声に目を瞬く。そうして下を覗き込むと偵察に走り回っているはずの松瀬 柚子(ka4625)が居た。
「すみません! なんだか通信が繋げなくて……なので口頭で報告します! 右方向15度の場所のスペルアンカーが不足しています。そちらに森の巫女の存在も確認できました!!」
「ああ、わざわざどうも」
通信が使えない。その言葉に柚子が所持する魔導短電話を見て「ああ」と零す。
マッシュが所持するのは無線機――トランシーバーだ。互いの使用する機器が違うのであれば通じなくとも無理はない。
彼は柚子の報告があった方面へ向けて魔導アーマーを起動させると自身のマテリアルを機体に向け始めた。
「……うまくいくと良いが」
零し、目的地に達成する前にソウルトーチを発動。機体全体を炎のようなオーラが纏い、その場にいた森の巫女――亡霊の顔が向いた。
彼が用いたのはユニットに登場していても自らの技を使用できるスキル。半信半疑の技だったが効果はてき面だったようだ。
「助かったか……」
ヘイムダルに向かう亡霊たちに安堵の声を零し、クラン・クィールス(ka6605)がこの隙にと刻令ゴーレムに声を掛ける。
「スペルアンカーを、設置するんだ」
事前に作っていた防壁の耐久値は限界に近い。
いくらマッシュが敵を惹きつけてくれているからとは言え、いつ危険に晒されるともわからないのだ。
「随分でかい戦いになっちまったが……乗りかかった船だ、最後まで付き合うさ」
初め、この騒動に関わった頃はこんな戦いにまで発展するとは思っていなかった。
だが関われたからこそ得られたものがある。
クランはゴーレムの横で警戒態勢を取ったまま随時命令を下すと、目的の数だけスペルアンカーを突き刺した。
「よし、次だ……俺じゃ大した有効打は与える事が出来ない。俺に出来る事を、出来る範囲で……行くぞ」
仲間を信じ、仲間の為に出来る事をする。クランはそう自分に言い聞かせて、相棒のゴーレムと共に前へ歩き出した。
●
刻令ゴーレムの肩に乗って戦場を見回したフワ ハヤテ(ka0004)は、結界とその動きを止めるスペルアンカーの様子に目を細め、ゴーレムの足を止めさせた。
「H・G。壁の設置をしてくれ」
彼の言う壁とはゴーレムの使用できるスキル「コンストラクションモード:ウォール」の事だ。
これは防壁として使用可能な構造物を設置する技で、今作戦においてハヤテが進んで設置しているものでもある。
H・Gはハヤテの命令に足を止めると、巨大な腕を動かして壁の生成に着手を開始した。
その様子を視界に納めながら、ハヤテの目が作り出す壁の先へと向かう。
「……あんなにも集まって……」
歪虚を生み出しているのはオルクスだ。そのオルクスが消滅しない限り敵が消える事はない。
「この森を大事に思う同朋がいるんだ……」
森を守るために消えてもらいたい。もしかしたらこの想いは身勝手なものかもしれない。けれど理不尽に森を奪われる側の気持ちを無視する事も出来ない。
ハヤテは杖を掲げると、この戦場に集まる負の生物――歪虚の消滅を願い念じ始めた。
「これ以上、先には進ませないよ!!」
ハヤテの視線の先で威勢の良い声が響く。
スペルアンカーの設置妨害を行う敵を撃破するため拳を振るうアイビス・グラス(ka2477)だ。
「ラージェス、お願い!」
彼女は結界拡大の原因となる歪虚の侵攻を妨害するために立ち塞がると、相棒のイェジドにウォークライの発動を要請。これにラージェスが応える形で吠えると周囲の敵の動きが一時的にだが怯んだ。
「くらぇえええええ!!」
牙を抱く拳を突き入れ撃破を狙う。だが敵も簡単には引き下がらない。
寸前の所で動きを再開させた騎士が彼女の首目掛けて血の剣を突き入れて来たのだ。
「――」
僅かに舞う鮮血に目を見開くがこれぞ好機!
回避の為に下げた足でステップを踏んで飛び上がり、近くの木を足場に蹴り上げるて再度敵の間合いに飛び込む。そして牙を振るうように振り下ろした拳が騎士の体を引き裂くと、彼女は新たな敵に向き直った。
「次……え」
拳を握り締めて息を呑む。
背後を取りに迫っていた敵が風の刃に引き裂かれ倒れたのだ。
何が。そう思い視線を巡らせて気付く。
ハヤテが支援の一角として攻撃を見舞ったのだ。これに少しだけ笑んで頭を下げると、アイビスは新たなスペルアンカーの元へ向かった。
「ラージェス、あの人がいるならここは大丈夫。敵の動きには気をつけて次に行こう……」
ハヤテは誰よりも多くのスペルアンカーを持って移動していた。
ならばこの場のスペルアンカーが破壊されてもきっと大丈夫。そうした考えがあったのだろう。
ハヤテはその意図を汲み取ってH・Gを見やると、彼に荷台に乗ったスペルアンカーを取るように告げ、結界の上に突き刺すよう指示をした。
スペルアンカーはH・Gが装備した2台の荷台にそれぞれ10本ずつ搭載されている。
つまり彼が一度に運べるスペルアンカーの量は20本と言う事になる。
H・Gは自らが作り出した壁の向こうで力任せにスペルアンカーを突き刺すとハヤテの指示で次の行動場所に移動を開始した。
そんな彼らの向かう先ではエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が地面にスペルアンカーを撃ち込んで囮作戦を決行しているのが見える。
「そんなにマテリアルが好きならどんどん寄って来いってんだ!」
後方の愛馬を護るように青みを帯びた剣「グレートソード『テペンスト』」を構えるエヴァンス。
彼は武器に自らのマテリアルを伝達するとスペルアンカー目掛けて駆けてくる存在に狙いを定め、振り薙いだ。
バキバキと異様な音を立てて崩れる騎士達。その傍には攻撃の余波を受けて体をよろめかせる亡霊の姿も見える。
「大将首は他に譲ってやったんだ、せめてこっちは数で楽しまねぇとな!」
更に踏み込んだ足が結晶を撫で、全面で腕を持ち上げた亡霊へと刃を伸ばす。しかし――
「なっ!?」
何かに掴まれて剣が止まった。否、完全に止まっている訳ではない。
ジリジリとだが前へ進んでいる気配はある。しかしその動きは微弱。何もないはずなのに攻撃を受け止められている感覚がある。
「戦友、そのまま受け止めててくれ!」
馬車の音と共に駆け込んで来たレイオス・アクアウォーカー(ka1990)がエヴァンスの横を通り過ぎる。
「……一体で軍勢を作るのか、まるで暴食王だな」
倒しても倒しても減らない敵。その様子に呟きが顔は決して険しくない。
彼は唇に僅かな笑みを刻むと、エヴァンスの攻撃を受け止めているであろう亡霊を見止めるて更に加速。一気に接近を果たして斬り込んだ。
小さな悲鳴と共に朽ちてゆく存在。
きっと生前は美人だったに違いない存在の冥福を祈ってから後方を振り返る。
「無事だったか?」
「誰に言ってんだよ、レイオス。それよか……随分と賢そうな馬だな。誰かさんと違って?」
ニッと笑ったエヴァンスに「俺似だ」と返して、2人は無事を確認するように拳を合わせた。
「良かったら乗ってくか?」
「いや、それよかそのアンカーを譲ってくれ」
レイオスの馬車には囮に使う為のスペルアンカーが数本搭載されている。その一本を譲渡して欲しいと申し出る彼に断る術はない。
何せエヴァンスが刺した囮用のスペルアンカーはもう少しで役割を終えるだろう。そうなれば彼の闘いは敵を探して駆ける、と言うものに変わってしまう。それでは些か効率が悪い。
スペルアンカーを受け取ったエヴァンスは「悪いな」と告げて闘いに戻ろうとした。そんな彼をレイオスが引き留める。
「なあ、この戦いが終わったらエルフハイムの美味い飯でも食いに行かないか?」
勿論、エヴァンスの奢りで。そう笑った彼に、口角を上げたエヴァンスがスペルアンカーを持ち上げた。そして地面に突き刺して言う。
「奢るかどうかは敵の撃破数で決めるべきだろ? つーわけで、一足先に倒させてもらうぜ!」
「何勝手に決めて……っ、ラピッドスター號、急げ!!」
慌てて手綱を引いたレイオスが戦場を駆けてゆく。それを見送ってエヴァンスは改めて剣を構えた。
「いくぞテンペスト! エルフハイムの風は……俺達が変える!」
●
スペルアンカーを担いで相棒のイェジドと駆けていたHolmes(ka3813)は、上がった息を整えるように足を止めて周囲を見回した。
結界の侵攻は止まる気配を見せない。その動きは見通りが良いためにある程度目視できるが、やはり何かしらの通信手段は欲しかった。とは言え、何も策を練っていなかった訳ではない以上文句はいない。
「ここに1つ……刺さりたまえ!」
大きく息を吸い込んで打ち込んだスペルアンカーだが如何にも刺さりが悪い。Holmesは自らの体重をかけて更に奥へと押し込もうとするのだが、そこにВасилийの声が届いた。
警戒と威嚇を滲ませた声に目を向ければ、突き刺したスペルアンカーに誘われて近付いてきた歪虚が見える。
「早速効果があったようだね」
Holmesの狙いは本当の意味で結界阻止を行うスペルアンカーから敵の目を惹き付ける事。つまりエヴァンスやレイオス等と同じ囮のアンカーを撃ち込むことだ。
彼女は身の丈以上の鎌を振り上げると一気に前進した。それに付き従いВасилийも前に出る。
まるでHolmesの動きを読むかのように一定距離を保って駆ける姿に、彼女の意識も上がってゆく。そして血の剣を振り上げた騎士に迫ると、リーチの差を持って先制攻撃を叩き込んだ。
血を噴出させてよろける姿はまるで人間のようだが彼らは違う。Holmesは更に前へ踏み込むと、Василийへ合図を飛ばす。
そして相棒が全身の体重をかけて踏み倒しにかかっると、彼女は先ほど突き刺したばかりのスペルアンカーを引き抜いて騎士の上から突き刺した。
「――失礼、急いでいるのでね」
蘇るのであれば蘇った後に動けなくすれば良い。そう思っての行動だった。
敵は突き刺されたスペルアンカーが致命傷となって動きを止め、攻撃に使った物は地面に届いていないが相手の動きが止まったのを見て一気に押し込んだ。
「あのアンカーはダメそうですね」
そう零したのは離れた位置でゴーレムを使って結界阻止を行っていた八劒 颯(ka1804)だ。
彼女の言葉通り、Holmesが突き刺したスペルアンカーは不安定な様相を見せて斜めに傾いた。そこに新手が現れる。
それは可愛らしい少女の姿をした亡霊。その容姿はHolmesにも何となくだが見覚えがある。
「君達か……まだこのような場所を彷徨っていたのだね」
本来彼女は亡霊への対策をしていない。だが逃げる訳にはいかない――否、逃げれない。
前後と囲むように展開してきた敵は彼女の行く手を完全に塞ぐ気でいる。それに気付いた颯が向かおうとするがそれよりも早く別の援軍が彼女の元へ届いた。
『目標補足。攻撃線上に展開するハンターは退避を。不可能であれば伏せて下さい』
「伏せ――?!」
遠距離線上からすっ飛んできた砲撃にHolmesは勿論、彼女の相棒であるВасилийも慌てて伏せる。
砲撃はマテリアルを含んでいたのだろう。Holmesの前にいた亡霊を吹き飛ばし彼女に道を作ってくれた。
『今の内に退避を。次の射撃準備に入ります』
そう声を上げながら新たな狙撃準備に入ったのはセレン・コウヅキ(ka0153)の魔導型デュミナスだ。
セレンはHolmesが動き出すのを確認してからマテリアルライフルの引き金に指を掛けさせると、生存するもう1体の亡霊に向けて弾丸を発射させた。
生身ではありえない攻撃力で敵を討ち破ったデュミナスに颯もホッと息を吐く。
『この辺りのアンカーはそろそろ機能を失いそうですね』
「協力してもらえるですの?」
響く声に目を向ければ、ゴーレムが引いてきた荷台のスペルアンカーを差しだす颯が見える。
セレンはそんな彼女に頷いて見せると、スペルアンカーの打ち込みを開始した。
だがアンカーが作動すればそれに惹かれてくる歪虚がいる訳で、
「いまは邪魔はダメですの!」
不意に弾けた木々に敵の接近を感知して武器を構える。
この様子から察するに敵の種類は亡霊だろう。となれば攻撃手段は真っ当なものではダメだ。
颯は魔導ドリルを勢い良く回転させると、砕ける木々の音に耳を澄ませてマテリアルを放出。直ぐ傍まで音が迫るのを待って飛び出すと、虚空に向けて雷撃を放った。
「びりびり電撃どりる!」
渦を巻いて走る雷撃に少女の姿をした亡霊が吹き飛ばされる。
これを良しとして踏み込んだ颯が次に見せたのは、自身のマテリアルを光の剣に変えた一閃だ。
空を切るように二つに割られた少女が、何か言いたげに颯を見る。しかしその姿は静かに消え、彼女は何も見なかったかのように息を吐くと後方を振り返った。
「……スペルアンカーを差し込むですの」
命令にガチたんがスペルアンカーを自身があけた穴に打ち込む。それを見届けて颯はセレンの機体を見上げた。
闘いはまだ続いている。その重圧に圧し潰されそうになるが、聞こえたセレンの声で気持ちを引き締める。
『敗北するような事があれば、帝都への被害は甚大。退けない戦いではありますが、私のやる事は変わらず……帝都への脅威、それを全力で排除します』
貴女もでしょう? そう言外に問われて頷く。
何処まで戦い続ければ勝利が見えるのかはまだ不明だ。それでも闘わなければいけない。
「次に行ですの」
颯はゴーレムのみを労わるように撫でると、彼と共に次の地点へと移動を開始した。
●
「はあ、はあ……っ、は……!」
戦場を駆け始めてどれだけの時が過ぎただろう。必死に敵の目を掻い潜り、出来るだけ多くの情報を皆に伝えるべく走り続ける。
勿論、同じ通信手段を使う人へは予め周波数とか言うのを合わせて連絡を取れるようにした。それでも数多の情報が一気に流れ込んでくれば処理は遅れるし、伝達は難しくなる。これに関しては初めに通信網を設立しようとしていた守原 有希遥(ka4729)が痛い程わかった事だろう。
『松瀬さん、大丈夫か?』
痛みを分かつようなそんな声が聞こえて足を止める。
そして彼が持つ魔導短電話へと通信を繋ぐと、彼女は大きく息を吸って周囲を見回した。
「……第十師団と、第一師団の方たちが、肉声での情報伝達をしてくださっているので……外の方は大丈夫です」
『ああ……師団長が気を利かせて死神を動かしてくれたからな。だがそれがなかったら……』
当初、有希遥は魔導アーマー「ヘイムダル」――ヴァードケストレルを動かしながら情報管制塔の役割を担うつもりだった。
だが複数人の情報が流れた後、それぞれの短電話や無線機へ周波数を合わせて通信をすることは不可能に近かった。もしこれが数名でもっと細かく役割分担されていたなら違ったかもしれない。若しくは自身で大量の無線機を持ち込んで師団長に渡していれば――
「過ぎた事を悔やんでも仕方ないです! 大丈夫ですよ! 作戦はうまく進んでいます!」
柚子の励ます声に有希遥がギュッと操縦桿を握り締める。
「そうやね。うちができることはそれだけじゃない……ブリやリーゼさんから機導術の力を借りたんだ。無様な姿ばかりを見せてられるか!」
『守原さんがいる付近のスペルアンカーが消耗間近だと聞きました。そちらへ向かってもらえますか?』
「ああ、わかった」
自身の剣は戈を止め誰かを救う武の力だ。それを為さずに退く訳にはいかない。
有希遥は周囲を見回して状況を把握。確かにある一定の場所で歪虚の集まりが悪くなっている部分がある。
良く見ればその周囲に敵が集まっている影響で近付けないのがその原因のようだ。
「……ヴァードケストレル、行けるか?」
愛機に声をかけスペルランチャーを構える。そしてその場にいるハンターに向けて叫んだ。
『これより援護射撃を行う。3つ数えるうちに射程線上から離れてくれ!』
「あらら、あの武器ってもしかしてスペルランチャーかしら?」
差して慌てた様子もない呟いたアルスレーテ・フュラー(ka6148)にリンカ・エルネージュ(ka1840)が急ぎ手を伸ばす。
「3つなんてすぐですよ! こっちです!!」
相棒のイェジドに掴まりアリステーレを引っ張る形で退避した2人。その姿を視界に納めた有希遥は、己がカウントダウンのラストに迷う事無く引き金を引いた。
一直線に射程上の物を撃ち抜いてゆく青白い光線にアルステーレとリンカが息を呑む。
確かに間一髪ではあった。それでもこの攻撃があったからこそ得られた収穫もある。
「しろ、今ならいけます!」
スペルアンカーを手に駆け出したリンカ。彼女に続くしろは主人を護るように一定間隔で走り、その反対側をアルステーレが駆けてゆく。
有希遥の攻撃のおかげで目的地へ到達は可能となった。
ただし、先に在ったスペルアンカーの耐久値は0。つまり既に破壊された状態だ。
リンカは目的の位置に到達するや否やスペルアンカーを振り上げると設置に取り掛かった。これにアルステーレが援護の代わりにと周囲へ視線を飛ばす。そして見つけてしまった。
「まだ、生きてる……?」
ボロボロの体を引きずり近づいてくるのは血の騎士だ。
騎士はリンカを視界に留めると血の剣を手に近付いてきた。そこへアルステーレが立ち塞がる。
「それ以上は近付いたらダメよ。もし近付くというのなら、私の運動相手にしてあげる……!」
鉄扇を構え、自らのマテリアルを鎧に移して飛び出す。
ガンッ!
鈍い音が武器同士のぶつかりを知らせ、アルステーレの足が下がる。それでもなんとか踏み留まると、彼女は眉間に皺を刻みながら騎士を睨み付けた。
頬を濡らす血は騎士の剣から滴ったものだ。
明らかに人間ではない、明らかに生きてはいない存在。そんなものを認知するつもりは端からないが今だけは違う。
「――倒れてなさい!」
鉄扇を振り上げて僅かな隙を作り出し、敵の腹が見えているこの瞬間に振り下ろした。
全身のマテリアルから作り出した一撃が目の前の騎士に直撃する。
唸るような不気味な音が響き騎士の腕が上へと伸びてゆく。だが、そこまでだった。
ガシャンッと膝を付く音がして自分は勝利したのだと理解する。どうやらリンカが風の刃を放って敵の動きを断ってくれたらしい。思わず訪れた安堵に唇から息が漏れる。
「大丈夫!?」
「まだ、大丈夫みたい……」
「まだって……まだに決まってるわ。だって私達は私達の後ろにあるものを全部守るんだから! 結界なんて押し返す、それが私の決意なんだよ!」
「私達の後ろにあるものを全部……」
ええ。そう力強く頷いた彼女の何と美しい事か。
思わず微笑みを零したアルステーレにリンカの手が差し伸べられる。
「さあ次へ行くよ!」
そう意気込んだ彼女は戦場に在りながら本当に綺麗だ。そう、アルステーレは思った。
●
魔導トラックが次々と持ち込むスペルアンカー。それを受け取ったアーサー・ホーガン(ka0471)は、次の設置場所へ向かう前にイェジドのゴルラゴンに向き直った。
ここまで幾度となくアンカーを撃ち込んできて自身もゴルラゴンも体力を消耗している。
それでも闘い続けるのは、結界の中央でオルクスと戦う仲間がいるから。もしここで諦めたら彼らにも、そして帝都にも影響が及ぶ。
「……今回の目的は歪虚だ。この前とは違う」
そうだろ? そう囁きかけてゴルラゴンにスペルアンカーを一本差し出した。
そして自分の分も手に取った所でふと彼を見下ろす。
「なあ……3本行けないか?」
口に1本。尻尾に2本で計3本がいけるんじゃないか。
そう思って聞いてみたのだが、それを聞いたゴルラゴンが申し訳なさそうに「くぅん」と鳴いた。
絶対無理。無理。そう目で訴えてくる姿に心が痛くなる。
アーサーはゴルラゴンの頭をそっと撫でると、彼の背に跨り移動を開始した。
「そうだよな……俺も乗せてもう2本とか……俺でも無理だぜ」
言ってて苦笑が口を突く。だが無駄口はここまでだ。
飛び込んで来た戦場は帝都から一番近い部分にあたる。
現在、岩井崎 旭(ka0234)が戦線維持の為にイェジドと戦っているが優勢とは言い難いだろう。
「新しいスペルアンカーを持って来たぜ!」
「おう、敵は俺が抑える! あんたはアンカーを設置してくれ!」
「了解っ!」
アーサーはダメになったスペルアンカーを力任せに抜き取ると、その穴目掛けて新しいアンカーを打ち込んだ。
そこへ思わぬ衝撃が響く。
体を揺さぶるような強い衝撃は、アーサーの首を掴むとギリギリと締め上げてゆく。
(何、が……っ)
霞みそうになる視線で周囲を見回し、敵の正体を探る。そして見つけた!
「森の巫女……!? や、やめろ、っ……お前じゃ――……ゴルラゴンッ!!!」
亡霊の姿を見付けるのと、ゴルラゴンが駆け出すのは同時だった。
主人を守ろうと飛び出した体が見えない別の手によって弾き飛ばされる。そうして尻尾を掴んで持ち上げられた姿にアーサーの奥歯が噛み締められる。
「く、そッ……ナニ、やってんだ……!!」
見えない手を掴んで無の表情を睨む。
何度死んでも、何度も何度も蘇る少女の亡霊。この中にはハンターが手を下した少女もいるのだろうか。
もしいるとしたら――
「力を抜くな! これが呪いの、歪んだ願いの集大成だってなら、ここで! 全部! 断ち切るぜ!!」
力強い声と共に灼熱の砂嵐が吹き荒れ、それを纏った拳が少女の体に突き入れられた。
苦痛の表情すら浮かべず腕を振り上げて逃げようとする亡霊。それを追い掛けるように旭が踏み込むと、彼の相棒ウォルドーフがアーサーの元に駆け込んで来た。
まるで労わるように顔を寄せる姿に頷き、自分の相棒へ目を飛ばす。
幸いな事にゴルラゴンに大きな怪我はないようだ。それでも彼を傷つけようとした存在を許す事は出来ない。
アーサーは己の武器を手に立ち上がると、旭と対峙する亡霊に向かって駆け出した。
「その歪虚の首、俺が貰う!」
大きく踏み出したその足に体重を乗せて一気に斬り込みに掛かる。
だが亡霊の行動を完全に止める事は難しい。そこへアーサーと同じくスペルアンカーを取りに行っていたユノ(ka0806)が戻って来た。
「ゴーレムはアンカー設置準備を開始して。僕はあの亡霊の子を助ける」
命令を受けたゴーレムはCモード「hole」を使ってアンカー設置用の穴を掘り始めた。それを確認してからユノの手が前へ伸びる。
入り乱れる攻撃の合間に見える亡霊の姿から目を離さず、最良のタイミングを計って術を刻んでゆく。
そして彼の手に炎の矢が出現するとアーサーと旭の足が飛んだ。
「どうか君が今度は普通に生まれて生きれる様に――」
放った矢は亡霊の胸へ直撃。少女は何かを詰まらせるような表情を一瞬見せて膝を折った。そして、
「眠れ」
アーサーは魔法の力を宿した太刀を振り下ろした。
●
索敵役として戦場を駆け続けていた柚子の体力も、そろそろ限界が近付いて来ていた。
「……っ、まだ……まだ戦いは終わって、ない……」
まだ走れる。そう自分に言い聞かせて止まり掛けた足を再開する。
ここまで彼女が頑張るのには訳がある。それは護る為に出来る事をしたいと思う気持ち。以前、第十師団のある人に大きな啖呵を切ったのだ。
だからこそ引けない。自分が出来る事を最後までやり通す。それが彼女の根底にあるものだ。
それに……
「まだ、ちゃんとわかってない。この胸の気持ち……私みたいな人間を心配してくれるあの人への、この感情。それを知る為に……生きて、帰らなくちゃいけないの」
脳裏に浮かんだ別の人物の顔。それに唇を噛み締めて走り出す。と、突然何かが頬を掠めた。
温かく湿った感触が伝い、それが自らの血である事を目の前に立つ騎士を見て理解する。そして「死なない」と決めた本能が反射的に戦闘態勢を取ろうとする。しかし、
「レグルス、吠えろ!」
イェジドの咆哮と共に飛び込んで来た鞍馬 真(ka5819)がソウルトーチを発動する。これによって騎士の注意は真へ飛んだ。
「真さん……っ、なんでそんな傷……」
「このくらいは大したことないよ。それより、松瀬さんは情報をみんなへ届けてくれ。こいつは俺が引き受けるから」
そう言ってレグルスの背に跨って駆け出す彼に、血の騎士が迫ってゆく。本来であればこれで解決だがここは亡霊型も存在する戦場だ。
ソウルトーチを使って周囲の気を惹きながら走る彼は、この場の誰よりも危険な存在である。にも拘らず、真は自らの回復よりも他人の回復に意識を向けて怪我を放置し続けている。
「そんな戦い方……っ、あれ……あの戦い方……」
少し前の自分に似ている? そう意識した時、彼の元へ亡霊の手が迫っているのが見えた。
実際に手が見えている訳ではないが、周囲の様子から判断できる。
「いけない! 直ぐに追い掛けないと――」
急いで真を追い掛けようとした柚子の動きを遮るものがあった。
『私が行く。柚子は自分の為すべき事を』
魔導型デュミナスから聞こえる声に柚子の目が見開かれる。そして何かに縋るように息を呑むと、そっと口を開いた。
「その声……ジーナさん、ですか……?」
『まあね。あっちは任せてくれれば良い。前の作戦よりこっちの方がわかりやすい分、私には有利だ』
わかりやすい。その言葉に思わず苦笑が漏れる。
だが今は彼女の言葉に甘えるべきだろう。ジーナ(ka1643)はデュミナスに騎乗している以上、柚子より早く真に追いつくし、何より丈夫だ。
彼に大量の敵が押し寄せていようとも、彼女ならば助けてくれるだろう。
『それじゃ、行ってくる』
ディミナスからの視界は良好。
真の姿は見失うはずもなく、ジーナは迷う事無くディミナスを発進させた。そうして到達した時、真は血の騎士の攻撃を真正面から受け止めている最中だった。
ギチギチと鳴る盾。腕から滴る血が彼の限界を物語っている。
「……皆で、生きて帰るんだっ」
そう零し、歯を食いしばった彼の背に新たな影が迫る。
盾を握る手を拘束するために伸びるのは亡霊の手だ。その手に意識を奪われた直後、真の盾が飛んだ。
宙を舞い、防御が無くなった彼の前に騎士の剣が落ちてくる。
「――――」
最後の瞬間まで目を閉じなかった真は自身を包むように差し伸べられた手を見ていた。
巨大でありながら優しく包み込む手に彼の目が上がる。
『後で皆から叱ってもらうとして……無事?』
満身創痍を無事と言うのか疑問ではあるが生きている。
それを証明するように腕を上げて見せると、ジーナの機体が真と彼の相棒を掬い上げた。そして肩に彼らを乗せてマテリアルライフル「セークールス」を構えた。
狙いは勿論、目の前に集まった歪虚だ。
『振り落とされないように気を付け、な!』
噴出されたマテリアルの弾が集まった敵を撃ち抜いてゆく。そして砲撃の光が納まると、結界の中央から今まで以上に濃い負のマテリアルが放出されるのを感じた。
全てを凍り付かせ時間を止める結界。その拡大を目の当たりにしながら、フラメディア・イリジア(ka2604)は相棒であるイェジド――アグニの背で眉を顰めた。
「逆侵攻を行いたいところじゃが……ふむ」
結界は帝都を目指して依然侵攻している。
速度は対策を取る前よりも落ちて落ち着いているとは言っても動かなくなった訳ではないのだ。押し返すのは至難の業と言っても良いだろう。
「まあ良い。大本が倒されるまで持ちこたえるだけじゃ、そちらに比べたら我らの戦場等、どうということはないの?」
風を切って走るアグニが小さく吠える。その声に口角を上げ、フラメディアは巨大な斧を振り上げた。
「さて、参ろうかの!」
アグニの背から飛び降りて滑るように斬り込んでゆく。
これに血の騎士が反応するが、武器を構えるよりも早くアグニが吠えた。
主人を守るように後方を奪取に掛かるアグニ。それを当然のように受け止めて斧を振り上げたフラメディアが踏み込む。
「他愛のない」
両断させた敵の胴にそう零した時、崩れる敵の隙間から別の騎士が見えた。
しかも振り上げる血の剣も共に――
「拙いッ」
慌てて回避に足を動かしたのが悪かったのか、それとも装備していた鎧が苔でも踏んだのだろうか。
フラメディアの足が滑った。
これにアグニが駆け出す……が間に合わない!
「アグニ、吠えるのじゃ!」
「――いえ、そのまま倒れて」
何? そう返そうとした眼前を斧が滑った。
フラメディアではない別人が放った斧が、剣を振り下ろす騎士の間合いに飛び込む。そして双方の剣が重なる直前、アグニが咆哮を轟かせた。
「賢い! 喰らえ、これが私の力だ!!」
一瞬動きを止めた騎士の胴を一気に断ち斬る。
そうして鮮血を舞わせ崩れ落ちる騎士を視界に、久瀬 ひふみ(ka6573)がフラメディアを振り返った。
「助かったのじゃ」
「いや、私はたまたま間に合ったに過ぎない。感謝なら貴女の相棒にするべきだろう」
苦笑に近い微笑みで応えたひふみは、フラメディアの傍で心配そうに鼻を鳴らすアグニの頭を撫でた。
「まだまだ戦いは始まったばかりだな……彼を守る為、もっと力を付けなければ」
ひふみがこの戦いに身を投じたのには訳がある。それを今の一言で感じ取ったのだろう。
グローブの端を引いて表情を引き締める彼女にフラメディアが己の武器を取り上げて近づいてくる。
「力を求めるが為に闘っておるのか。ならば手助けは無用の申し出じゃろうか?」
「無用? それはそれ。これはこれ。と言う言葉がある。共闘の練習と言うのも必要だ」
「成程。ならばアグニも気に入ったようじゃしな、暫し付き合うとするかの」
声に呼応して吠えるアグニ。それに顔を見合わせて笑みを浮かべると、双方の斧がエルフハイムの森に振り上げられた。
その頃、フラメディアと同じく幻獣イェジドの背に跨り戦場を駆けるUisca Amhran(ka0754)は、靡く金の髪を横に捨て周囲に視線を寄越す。
混戦必須かと思った戦場は予想以上にスッキリしている。その理由は戦場となった場所の地形と見晴らしだろう。
確かに木々が多少の障害にはなっているが味方の姿は窺うことが出来る。おかげでスペルアンカーが壊れそうな場所も随時確認できる訳だが、確認できるのは何もそれだけではない。
「クフィン、次はあそこへ向かって!」
声を上げたUiscaにクフィンが加速する。
彼女が見つけたのは騎士が集中する場所。本来は亡霊を中心に倒す予定だが進行方向にいるのであれば致し方ない。
主人の声に森を駆け抜ける相棒に目を細め、出自こそ違えど巫女としての過去を持つUiscaは思う。
(帝国の人とエルフ……皆で協力して、結界が広がるのを食い止める。そう、今は双方が手を取り合い戦う時だから……)
いた! そう口中で零してクフィンの上から飛び上がった。
「クフィン、狙撃準備をお願い!」
前方に翳した杖を視界に納めたのだろう。クフィンは小さく吠えると背に装備させた獣機銃の引き金を咥えた。そして――
「――Go、撃って!」
顎を引いて打ち出された弾が騎士を撃ち抜く。
重力に逆らって舞い上がった腕。それに姿勢を低くして飛び込むと、マテリアルの動きに反応して下を向いた騎士と目が合った。
オルクスの血で何度も蘇る騎士。きっと今倒しても直ぐに復活して戦いを再開させるだろう。
それでも倒すことに意味はある。
「これは希望の一打、これは救いの一打……皆を護るために!」
視線を合わせたまま終焉の名を冠する杖を振り薙ぐ。
「硬いっ」
体勢を崩していた敵は今の一撃で完全に地面に倒れた。しかしトドメを刺すには至っていない。
しかも周囲には別の騎士の存在もある。
自らの元に戻って来たクフィンと共に盾を構えて対峙の姿勢を取るが勝算は薄いと見て間違いない。となれば味方の援護が必要になるが、
『少しばかり衝撃が行くかもしれませんがご容赦を』
情報より響く声に目を上げるよりも早く、スペルアンカーが地面に突き立てられる。
それが境界線の役割を果たしたのか。微かに敵に怯む様子が見える。だが本当に彼らが怯みを見せたのは、マッシュ・アクラシス(ka0771)の操縦するヘイムダルが現れたからだ。
「魔導、アーマー……」
思わず零すUiscaはハッとなって武器を構える。
敵はまだ消えていない。彼女は現れた魔導アーマーに目の前の敵を任せると、自身の後方に迫っていた敵に向き直った。
そこへ新たな声が響く。
「アーデルベルト、敵をできるだけ一列に並べるですの!」
聞こえた声にクフィンがいち早く反応した。
駆けてくる同じ幻獣種族のアーデベルトの動きに合わせて敵を威嚇しに掛かったのだ。それにUiscaも参戦する。
集まる騎士の攻撃を盾で受け、他所へ行かないように杖で叩く。そうしてある程度の数が一か所に固まると、アーデベルトの主人であるチョココ(ka2449)が杖の先端を向けた。
「ビリビリするですの!」
直線状に飛んできた雷が複数体の騎士を貫く。しかし全部を倒す決め手にはならない。
「もう一回、放つですの!」
「それには及ばないわ」
チョココが紡ぎ上げるよりも早く、彼女の雷撃よりも更に効果を増した雷が地面をかけた。
これに1度目の衝撃で揺らいでいた騎士たちの体が落ちてゆく。
「ただ、帝国の為に戦いましょう。我が家の銘は『皇帝の剣』……その誇り、片時も忘れた事はありません」
囁くように零された声に振り返る。
そこにあったのは息を切らせて佇むフェリア(ka2870)だ。
彼女は己が胸に手を添えると大きく息を吸い込むと、未だ未熟な自分自身に目を伏せた。
(……あの我儘な皇帝に心配されない位強くならなきゃ……そう、思っていたのに)
本来、彼女はライトニングボルト以外の技を併用して戦う予定だった。だが出立前に若干の手違いが起きたのだ。
「……ありがとう。誇り高い貴方にも辛い想いをさせているのにね」
しっかりしないと。そう零して心配そうに見上げるイェジドの月夜の頭を撫で、額に浮かんだ汗を拭って前に出た。
フェリアの目標は、もっと強くなって頑固で忠言も聞いてくれない皇帝を支える術を身に着けること。
その為にはイレギュラーな出来事にすら即時対応できる適応力が必要となる。ならば今回のミスはその術を身に着ける糧とすればいい。
「月夜、行くわよ」
顎を引いて駆け出すフェリア。そんな彼女と距離を取って動き出した月夜にマッシュが安堵の息を吐く。
「……いやはや。これはあまり続けたくない作戦ですねえ」
敵と味方、そして結界とそれを留めるスペルアンカー。それらが入り乱れる戦場は魔導アーマーにとって動き辛いと言って良い。
それでもこの機体に乗る事で得れる利点はあるのだ。
「ませ……、ん……すみま、せーんッ!」
「ん?」
機体の外から聞こえた声に目を瞬く。そうして下を覗き込むと偵察に走り回っているはずの松瀬 柚子(ka4625)が居た。
「すみません! なんだか通信が繋げなくて……なので口頭で報告します! 右方向15度の場所のスペルアンカーが不足しています。そちらに森の巫女の存在も確認できました!!」
「ああ、わざわざどうも」
通信が使えない。その言葉に柚子が所持する魔導短電話を見て「ああ」と零す。
マッシュが所持するのは無線機――トランシーバーだ。互いの使用する機器が違うのであれば通じなくとも無理はない。
彼は柚子の報告があった方面へ向けて魔導アーマーを起動させると自身のマテリアルを機体に向け始めた。
「……うまくいくと良いが」
零し、目的地に達成する前にソウルトーチを発動。機体全体を炎のようなオーラが纏い、その場にいた森の巫女――亡霊の顔が向いた。
彼が用いたのはユニットに登場していても自らの技を使用できるスキル。半信半疑の技だったが効果はてき面だったようだ。
「助かったか……」
ヘイムダルに向かう亡霊たちに安堵の声を零し、クラン・クィールス(ka6605)がこの隙にと刻令ゴーレムに声を掛ける。
「スペルアンカーを、設置するんだ」
事前に作っていた防壁の耐久値は限界に近い。
いくらマッシュが敵を惹きつけてくれているからとは言え、いつ危険に晒されるともわからないのだ。
「随分でかい戦いになっちまったが……乗りかかった船だ、最後まで付き合うさ」
初め、この騒動に関わった頃はこんな戦いにまで発展するとは思っていなかった。
だが関われたからこそ得られたものがある。
クランはゴーレムの横で警戒態勢を取ったまま随時命令を下すと、目的の数だけスペルアンカーを突き刺した。
「よし、次だ……俺じゃ大した有効打は与える事が出来ない。俺に出来る事を、出来る範囲で……行くぞ」
仲間を信じ、仲間の為に出来る事をする。クランはそう自分に言い聞かせて、相棒のゴーレムと共に前へ歩き出した。
●
刻令ゴーレムの肩に乗って戦場を見回したフワ ハヤテ(ka0004)は、結界とその動きを止めるスペルアンカーの様子に目を細め、ゴーレムの足を止めさせた。
「H・G。壁の設置をしてくれ」
彼の言う壁とはゴーレムの使用できるスキル「コンストラクションモード:ウォール」の事だ。
これは防壁として使用可能な構造物を設置する技で、今作戦においてハヤテが進んで設置しているものでもある。
H・Gはハヤテの命令に足を止めると、巨大な腕を動かして壁の生成に着手を開始した。
その様子を視界に納めながら、ハヤテの目が作り出す壁の先へと向かう。
「……あんなにも集まって……」
歪虚を生み出しているのはオルクスだ。そのオルクスが消滅しない限り敵が消える事はない。
「この森を大事に思う同朋がいるんだ……」
森を守るために消えてもらいたい。もしかしたらこの想いは身勝手なものかもしれない。けれど理不尽に森を奪われる側の気持ちを無視する事も出来ない。
ハヤテは杖を掲げると、この戦場に集まる負の生物――歪虚の消滅を願い念じ始めた。
「これ以上、先には進ませないよ!!」
ハヤテの視線の先で威勢の良い声が響く。
スペルアンカーの設置妨害を行う敵を撃破するため拳を振るうアイビス・グラス(ka2477)だ。
「ラージェス、お願い!」
彼女は結界拡大の原因となる歪虚の侵攻を妨害するために立ち塞がると、相棒のイェジドにウォークライの発動を要請。これにラージェスが応える形で吠えると周囲の敵の動きが一時的にだが怯んだ。
「くらぇえええええ!!」
牙を抱く拳を突き入れ撃破を狙う。だが敵も簡単には引き下がらない。
寸前の所で動きを再開させた騎士が彼女の首目掛けて血の剣を突き入れて来たのだ。
「――」
僅かに舞う鮮血に目を見開くがこれぞ好機!
回避の為に下げた足でステップを踏んで飛び上がり、近くの木を足場に蹴り上げるて再度敵の間合いに飛び込む。そして牙を振るうように振り下ろした拳が騎士の体を引き裂くと、彼女は新たな敵に向き直った。
「次……え」
拳を握り締めて息を呑む。
背後を取りに迫っていた敵が風の刃に引き裂かれ倒れたのだ。
何が。そう思い視線を巡らせて気付く。
ハヤテが支援の一角として攻撃を見舞ったのだ。これに少しだけ笑んで頭を下げると、アイビスは新たなスペルアンカーの元へ向かった。
「ラージェス、あの人がいるならここは大丈夫。敵の動きには気をつけて次に行こう……」
ハヤテは誰よりも多くのスペルアンカーを持って移動していた。
ならばこの場のスペルアンカーが破壊されてもきっと大丈夫。そうした考えがあったのだろう。
ハヤテはその意図を汲み取ってH・Gを見やると、彼に荷台に乗ったスペルアンカーを取るように告げ、結界の上に突き刺すよう指示をした。
スペルアンカーはH・Gが装備した2台の荷台にそれぞれ10本ずつ搭載されている。
つまり彼が一度に運べるスペルアンカーの量は20本と言う事になる。
H・Gは自らが作り出した壁の向こうで力任せにスペルアンカーを突き刺すとハヤテの指示で次の行動場所に移動を開始した。
そんな彼らの向かう先ではエヴァンス・カルヴィ(ka0639)が地面にスペルアンカーを撃ち込んで囮作戦を決行しているのが見える。
「そんなにマテリアルが好きならどんどん寄って来いってんだ!」
後方の愛馬を護るように青みを帯びた剣「グレートソード『テペンスト』」を構えるエヴァンス。
彼は武器に自らのマテリアルを伝達するとスペルアンカー目掛けて駆けてくる存在に狙いを定め、振り薙いだ。
バキバキと異様な音を立てて崩れる騎士達。その傍には攻撃の余波を受けて体をよろめかせる亡霊の姿も見える。
「大将首は他に譲ってやったんだ、せめてこっちは数で楽しまねぇとな!」
更に踏み込んだ足が結晶を撫で、全面で腕を持ち上げた亡霊へと刃を伸ばす。しかし――
「なっ!?」
何かに掴まれて剣が止まった。否、完全に止まっている訳ではない。
ジリジリとだが前へ進んでいる気配はある。しかしその動きは微弱。何もないはずなのに攻撃を受け止められている感覚がある。
「戦友、そのまま受け止めててくれ!」
馬車の音と共に駆け込んで来たレイオス・アクアウォーカー(ka1990)がエヴァンスの横を通り過ぎる。
「……一体で軍勢を作るのか、まるで暴食王だな」
倒しても倒しても減らない敵。その様子に呟きが顔は決して険しくない。
彼は唇に僅かな笑みを刻むと、エヴァンスの攻撃を受け止めているであろう亡霊を見止めるて更に加速。一気に接近を果たして斬り込んだ。
小さな悲鳴と共に朽ちてゆく存在。
きっと生前は美人だったに違いない存在の冥福を祈ってから後方を振り返る。
「無事だったか?」
「誰に言ってんだよ、レイオス。それよか……随分と賢そうな馬だな。誰かさんと違って?」
ニッと笑ったエヴァンスに「俺似だ」と返して、2人は無事を確認するように拳を合わせた。
「良かったら乗ってくか?」
「いや、それよかそのアンカーを譲ってくれ」
レイオスの馬車には囮に使う為のスペルアンカーが数本搭載されている。その一本を譲渡して欲しいと申し出る彼に断る術はない。
何せエヴァンスが刺した囮用のスペルアンカーはもう少しで役割を終えるだろう。そうなれば彼の闘いは敵を探して駆ける、と言うものに変わってしまう。それでは些か効率が悪い。
スペルアンカーを受け取ったエヴァンスは「悪いな」と告げて闘いに戻ろうとした。そんな彼をレイオスが引き留める。
「なあ、この戦いが終わったらエルフハイムの美味い飯でも食いに行かないか?」
勿論、エヴァンスの奢りで。そう笑った彼に、口角を上げたエヴァンスがスペルアンカーを持ち上げた。そして地面に突き刺して言う。
「奢るかどうかは敵の撃破数で決めるべきだろ? つーわけで、一足先に倒させてもらうぜ!」
「何勝手に決めて……っ、ラピッドスター號、急げ!!」
慌てて手綱を引いたレイオスが戦場を駆けてゆく。それを見送ってエヴァンスは改めて剣を構えた。
「いくぞテンペスト! エルフハイムの風は……俺達が変える!」
●
スペルアンカーを担いで相棒のイェジドと駆けていたHolmes(ka3813)は、上がった息を整えるように足を止めて周囲を見回した。
結界の侵攻は止まる気配を見せない。その動きは見通りが良いためにある程度目視できるが、やはり何かしらの通信手段は欲しかった。とは言え、何も策を練っていなかった訳ではない以上文句はいない。
「ここに1つ……刺さりたまえ!」
大きく息を吸い込んで打ち込んだスペルアンカーだが如何にも刺さりが悪い。Holmesは自らの体重をかけて更に奥へと押し込もうとするのだが、そこにВасилийの声が届いた。
警戒と威嚇を滲ませた声に目を向ければ、突き刺したスペルアンカーに誘われて近付いてきた歪虚が見える。
「早速効果があったようだね」
Holmesの狙いは本当の意味で結界阻止を行うスペルアンカーから敵の目を惹き付ける事。つまりエヴァンスやレイオス等と同じ囮のアンカーを撃ち込むことだ。
彼女は身の丈以上の鎌を振り上げると一気に前進した。それに付き従いВасилийも前に出る。
まるでHolmesの動きを読むかのように一定距離を保って駆ける姿に、彼女の意識も上がってゆく。そして血の剣を振り上げた騎士に迫ると、リーチの差を持って先制攻撃を叩き込んだ。
血を噴出させてよろける姿はまるで人間のようだが彼らは違う。Holmesは更に前へ踏み込むと、Василийへ合図を飛ばす。
そして相棒が全身の体重をかけて踏み倒しにかかっると、彼女は先ほど突き刺したばかりのスペルアンカーを引き抜いて騎士の上から突き刺した。
「――失礼、急いでいるのでね」
蘇るのであれば蘇った後に動けなくすれば良い。そう思っての行動だった。
敵は突き刺されたスペルアンカーが致命傷となって動きを止め、攻撃に使った物は地面に届いていないが相手の動きが止まったのを見て一気に押し込んだ。
「あのアンカーはダメそうですね」
そう零したのは離れた位置でゴーレムを使って結界阻止を行っていた八劒 颯(ka1804)だ。
彼女の言葉通り、Holmesが突き刺したスペルアンカーは不安定な様相を見せて斜めに傾いた。そこに新手が現れる。
それは可愛らしい少女の姿をした亡霊。その容姿はHolmesにも何となくだが見覚えがある。
「君達か……まだこのような場所を彷徨っていたのだね」
本来彼女は亡霊への対策をしていない。だが逃げる訳にはいかない――否、逃げれない。
前後と囲むように展開してきた敵は彼女の行く手を完全に塞ぐ気でいる。それに気付いた颯が向かおうとするがそれよりも早く別の援軍が彼女の元へ届いた。
『目標補足。攻撃線上に展開するハンターは退避を。不可能であれば伏せて下さい』
「伏せ――?!」
遠距離線上からすっ飛んできた砲撃にHolmesは勿論、彼女の相棒であるВасилийも慌てて伏せる。
砲撃はマテリアルを含んでいたのだろう。Holmesの前にいた亡霊を吹き飛ばし彼女に道を作ってくれた。
『今の内に退避を。次の射撃準備に入ります』
そう声を上げながら新たな狙撃準備に入ったのはセレン・コウヅキ(ka0153)の魔導型デュミナスだ。
セレンはHolmesが動き出すのを確認してからマテリアルライフルの引き金に指を掛けさせると、生存するもう1体の亡霊に向けて弾丸を発射させた。
生身ではありえない攻撃力で敵を討ち破ったデュミナスに颯もホッと息を吐く。
『この辺りのアンカーはそろそろ機能を失いそうですね』
「協力してもらえるですの?」
響く声に目を向ければ、ゴーレムが引いてきた荷台のスペルアンカーを差しだす颯が見える。
セレンはそんな彼女に頷いて見せると、スペルアンカーの打ち込みを開始した。
だがアンカーが作動すればそれに惹かれてくる歪虚がいる訳で、
「いまは邪魔はダメですの!」
不意に弾けた木々に敵の接近を感知して武器を構える。
この様子から察するに敵の種類は亡霊だろう。となれば攻撃手段は真っ当なものではダメだ。
颯は魔導ドリルを勢い良く回転させると、砕ける木々の音に耳を澄ませてマテリアルを放出。直ぐ傍まで音が迫るのを待って飛び出すと、虚空に向けて雷撃を放った。
「びりびり電撃どりる!」
渦を巻いて走る雷撃に少女の姿をした亡霊が吹き飛ばされる。
これを良しとして踏み込んだ颯が次に見せたのは、自身のマテリアルを光の剣に変えた一閃だ。
空を切るように二つに割られた少女が、何か言いたげに颯を見る。しかしその姿は静かに消え、彼女は何も見なかったかのように息を吐くと後方を振り返った。
「……スペルアンカーを差し込むですの」
命令にガチたんがスペルアンカーを自身があけた穴に打ち込む。それを見届けて颯はセレンの機体を見上げた。
闘いはまだ続いている。その重圧に圧し潰されそうになるが、聞こえたセレンの声で気持ちを引き締める。
『敗北するような事があれば、帝都への被害は甚大。退けない戦いではありますが、私のやる事は変わらず……帝都への脅威、それを全力で排除します』
貴女もでしょう? そう言外に問われて頷く。
何処まで戦い続ければ勝利が見えるのかはまだ不明だ。それでも闘わなければいけない。
「次に行ですの」
颯はゴーレムのみを労わるように撫でると、彼と共に次の地点へと移動を開始した。
●
「はあ、はあ……っ、は……!」
戦場を駆け始めてどれだけの時が過ぎただろう。必死に敵の目を掻い潜り、出来るだけ多くの情報を皆に伝えるべく走り続ける。
勿論、同じ通信手段を使う人へは予め周波数とか言うのを合わせて連絡を取れるようにした。それでも数多の情報が一気に流れ込んでくれば処理は遅れるし、伝達は難しくなる。これに関しては初めに通信網を設立しようとしていた守原 有希遥(ka4729)が痛い程わかった事だろう。
『松瀬さん、大丈夫か?』
痛みを分かつようなそんな声が聞こえて足を止める。
そして彼が持つ魔導短電話へと通信を繋ぐと、彼女は大きく息を吸って周囲を見回した。
「……第十師団と、第一師団の方たちが、肉声での情報伝達をしてくださっているので……外の方は大丈夫です」
『ああ……師団長が気を利かせて死神を動かしてくれたからな。だがそれがなかったら……』
当初、有希遥は魔導アーマー「ヘイムダル」――ヴァードケストレルを動かしながら情報管制塔の役割を担うつもりだった。
だが複数人の情報が流れた後、それぞれの短電話や無線機へ周波数を合わせて通信をすることは不可能に近かった。もしこれが数名でもっと細かく役割分担されていたなら違ったかもしれない。若しくは自身で大量の無線機を持ち込んで師団長に渡していれば――
「過ぎた事を悔やんでも仕方ないです! 大丈夫ですよ! 作戦はうまく進んでいます!」
柚子の励ます声に有希遥がギュッと操縦桿を握り締める。
「そうやね。うちができることはそれだけじゃない……ブリやリーゼさんから機導術の力を借りたんだ。無様な姿ばかりを見せてられるか!」
『守原さんがいる付近のスペルアンカーが消耗間近だと聞きました。そちらへ向かってもらえますか?』
「ああ、わかった」
自身の剣は戈を止め誰かを救う武の力だ。それを為さずに退く訳にはいかない。
有希遥は周囲を見回して状況を把握。確かにある一定の場所で歪虚の集まりが悪くなっている部分がある。
良く見ればその周囲に敵が集まっている影響で近付けないのがその原因のようだ。
「……ヴァードケストレル、行けるか?」
愛機に声をかけスペルランチャーを構える。そしてその場にいるハンターに向けて叫んだ。
『これより援護射撃を行う。3つ数えるうちに射程線上から離れてくれ!』
「あらら、あの武器ってもしかしてスペルランチャーかしら?」
差して慌てた様子もない呟いたアルスレーテ・フュラー(ka6148)にリンカ・エルネージュ(ka1840)が急ぎ手を伸ばす。
「3つなんてすぐですよ! こっちです!!」
相棒のイェジドに掴まりアリステーレを引っ張る形で退避した2人。その姿を視界に納めた有希遥は、己がカウントダウンのラストに迷う事無く引き金を引いた。
一直線に射程上の物を撃ち抜いてゆく青白い光線にアルステーレとリンカが息を呑む。
確かに間一髪ではあった。それでもこの攻撃があったからこそ得られた収穫もある。
「しろ、今ならいけます!」
スペルアンカーを手に駆け出したリンカ。彼女に続くしろは主人を護るように一定間隔で走り、その反対側をアルステーレが駆けてゆく。
有希遥の攻撃のおかげで目的地へ到達は可能となった。
ただし、先に在ったスペルアンカーの耐久値は0。つまり既に破壊された状態だ。
リンカは目的の位置に到達するや否やスペルアンカーを振り上げると設置に取り掛かった。これにアルステーレが援護の代わりにと周囲へ視線を飛ばす。そして見つけてしまった。
「まだ、生きてる……?」
ボロボロの体を引きずり近づいてくるのは血の騎士だ。
騎士はリンカを視界に留めると血の剣を手に近付いてきた。そこへアルステーレが立ち塞がる。
「それ以上は近付いたらダメよ。もし近付くというのなら、私の運動相手にしてあげる……!」
鉄扇を構え、自らのマテリアルを鎧に移して飛び出す。
ガンッ!
鈍い音が武器同士のぶつかりを知らせ、アルステーレの足が下がる。それでもなんとか踏み留まると、彼女は眉間に皺を刻みながら騎士を睨み付けた。
頬を濡らす血は騎士の剣から滴ったものだ。
明らかに人間ではない、明らかに生きてはいない存在。そんなものを認知するつもりは端からないが今だけは違う。
「――倒れてなさい!」
鉄扇を振り上げて僅かな隙を作り出し、敵の腹が見えているこの瞬間に振り下ろした。
全身のマテリアルから作り出した一撃が目の前の騎士に直撃する。
唸るような不気味な音が響き騎士の腕が上へと伸びてゆく。だが、そこまでだった。
ガシャンッと膝を付く音がして自分は勝利したのだと理解する。どうやらリンカが風の刃を放って敵の動きを断ってくれたらしい。思わず訪れた安堵に唇から息が漏れる。
「大丈夫!?」
「まだ、大丈夫みたい……」
「まだって……まだに決まってるわ。だって私達は私達の後ろにあるものを全部守るんだから! 結界なんて押し返す、それが私の決意なんだよ!」
「私達の後ろにあるものを全部……」
ええ。そう力強く頷いた彼女の何と美しい事か。
思わず微笑みを零したアルステーレにリンカの手が差し伸べられる。
「さあ次へ行くよ!」
そう意気込んだ彼女は戦場に在りながら本当に綺麗だ。そう、アルステーレは思った。
●
魔導トラックが次々と持ち込むスペルアンカー。それを受け取ったアーサー・ホーガン(ka0471)は、次の設置場所へ向かう前にイェジドのゴルラゴンに向き直った。
ここまで幾度となくアンカーを撃ち込んできて自身もゴルラゴンも体力を消耗している。
それでも闘い続けるのは、結界の中央でオルクスと戦う仲間がいるから。もしここで諦めたら彼らにも、そして帝都にも影響が及ぶ。
「……今回の目的は歪虚だ。この前とは違う」
そうだろ? そう囁きかけてゴルラゴンにスペルアンカーを一本差し出した。
そして自分の分も手に取った所でふと彼を見下ろす。
「なあ……3本行けないか?」
口に1本。尻尾に2本で計3本がいけるんじゃないか。
そう思って聞いてみたのだが、それを聞いたゴルラゴンが申し訳なさそうに「くぅん」と鳴いた。
絶対無理。無理。そう目で訴えてくる姿に心が痛くなる。
アーサーはゴルラゴンの頭をそっと撫でると、彼の背に跨り移動を開始した。
「そうだよな……俺も乗せてもう2本とか……俺でも無理だぜ」
言ってて苦笑が口を突く。だが無駄口はここまでだ。
飛び込んで来た戦場は帝都から一番近い部分にあたる。
現在、岩井崎 旭(ka0234)が戦線維持の為にイェジドと戦っているが優勢とは言い難いだろう。
「新しいスペルアンカーを持って来たぜ!」
「おう、敵は俺が抑える! あんたはアンカーを設置してくれ!」
「了解っ!」
アーサーはダメになったスペルアンカーを力任せに抜き取ると、その穴目掛けて新しいアンカーを打ち込んだ。
そこへ思わぬ衝撃が響く。
体を揺さぶるような強い衝撃は、アーサーの首を掴むとギリギリと締め上げてゆく。
(何、が……っ)
霞みそうになる視線で周囲を見回し、敵の正体を探る。そして見つけた!
「森の巫女……!? や、やめろ、っ……お前じゃ――……ゴルラゴンッ!!!」
亡霊の姿を見付けるのと、ゴルラゴンが駆け出すのは同時だった。
主人を守ろうと飛び出した体が見えない別の手によって弾き飛ばされる。そうして尻尾を掴んで持ち上げられた姿にアーサーの奥歯が噛み締められる。
「く、そッ……ナニ、やってんだ……!!」
見えない手を掴んで無の表情を睨む。
何度死んでも、何度も何度も蘇る少女の亡霊。この中にはハンターが手を下した少女もいるのだろうか。
もしいるとしたら――
「力を抜くな! これが呪いの、歪んだ願いの集大成だってなら、ここで! 全部! 断ち切るぜ!!」
力強い声と共に灼熱の砂嵐が吹き荒れ、それを纏った拳が少女の体に突き入れられた。
苦痛の表情すら浮かべず腕を振り上げて逃げようとする亡霊。それを追い掛けるように旭が踏み込むと、彼の相棒ウォルドーフがアーサーの元に駆け込んで来た。
まるで労わるように顔を寄せる姿に頷き、自分の相棒へ目を飛ばす。
幸いな事にゴルラゴンに大きな怪我はないようだ。それでも彼を傷つけようとした存在を許す事は出来ない。
アーサーは己の武器を手に立ち上がると、旭と対峙する亡霊に向かって駆け出した。
「その歪虚の首、俺が貰う!」
大きく踏み出したその足に体重を乗せて一気に斬り込みに掛かる。
だが亡霊の行動を完全に止める事は難しい。そこへアーサーと同じくスペルアンカーを取りに行っていたユノ(ka0806)が戻って来た。
「ゴーレムはアンカー設置準備を開始して。僕はあの亡霊の子を助ける」
命令を受けたゴーレムはCモード「hole」を使ってアンカー設置用の穴を掘り始めた。それを確認してからユノの手が前へ伸びる。
入り乱れる攻撃の合間に見える亡霊の姿から目を離さず、最良のタイミングを計って術を刻んでゆく。
そして彼の手に炎の矢が出現するとアーサーと旭の足が飛んだ。
「どうか君が今度は普通に生まれて生きれる様に――」
放った矢は亡霊の胸へ直撃。少女は何かを詰まらせるような表情を一瞬見せて膝を折った。そして、
「眠れ」
アーサーは魔法の力を宿した太刀を振り下ろした。
●
索敵役として戦場を駆け続けていた柚子の体力も、そろそろ限界が近付いて来ていた。
「……っ、まだ……まだ戦いは終わって、ない……」
まだ走れる。そう自分に言い聞かせて止まり掛けた足を再開する。
ここまで彼女が頑張るのには訳がある。それは護る為に出来る事をしたいと思う気持ち。以前、第十師団のある人に大きな啖呵を切ったのだ。
だからこそ引けない。自分が出来る事を最後までやり通す。それが彼女の根底にあるものだ。
それに……
「まだ、ちゃんとわかってない。この胸の気持ち……私みたいな人間を心配してくれるあの人への、この感情。それを知る為に……生きて、帰らなくちゃいけないの」
脳裏に浮かんだ別の人物の顔。それに唇を噛み締めて走り出す。と、突然何かが頬を掠めた。
温かく湿った感触が伝い、それが自らの血である事を目の前に立つ騎士を見て理解する。そして「死なない」と決めた本能が反射的に戦闘態勢を取ろうとする。しかし、
「レグルス、吠えろ!」
イェジドの咆哮と共に飛び込んで来た鞍馬 真(ka5819)がソウルトーチを発動する。これによって騎士の注意は真へ飛んだ。
「真さん……っ、なんでそんな傷……」
「このくらいは大したことないよ。それより、松瀬さんは情報をみんなへ届けてくれ。こいつは俺が引き受けるから」
そう言ってレグルスの背に跨って駆け出す彼に、血の騎士が迫ってゆく。本来であればこれで解決だがここは亡霊型も存在する戦場だ。
ソウルトーチを使って周囲の気を惹きながら走る彼は、この場の誰よりも危険な存在である。にも拘らず、真は自らの回復よりも他人の回復に意識を向けて怪我を放置し続けている。
「そんな戦い方……っ、あれ……あの戦い方……」
少し前の自分に似ている? そう意識した時、彼の元へ亡霊の手が迫っているのが見えた。
実際に手が見えている訳ではないが、周囲の様子から判断できる。
「いけない! 直ぐに追い掛けないと――」
急いで真を追い掛けようとした柚子の動きを遮るものがあった。
『私が行く。柚子は自分の為すべき事を』
魔導型デュミナスから聞こえる声に柚子の目が見開かれる。そして何かに縋るように息を呑むと、そっと口を開いた。
「その声……ジーナさん、ですか……?」
『まあね。あっちは任せてくれれば良い。前の作戦よりこっちの方がわかりやすい分、私には有利だ』
わかりやすい。その言葉に思わず苦笑が漏れる。
だが今は彼女の言葉に甘えるべきだろう。ジーナ(ka1643)はデュミナスに騎乗している以上、柚子より早く真に追いつくし、何より丈夫だ。
彼に大量の敵が押し寄せていようとも、彼女ならば助けてくれるだろう。
『それじゃ、行ってくる』
ディミナスからの視界は良好。
真の姿は見失うはずもなく、ジーナは迷う事無くディミナスを発進させた。そうして到達した時、真は血の騎士の攻撃を真正面から受け止めている最中だった。
ギチギチと鳴る盾。腕から滴る血が彼の限界を物語っている。
「……皆で、生きて帰るんだっ」
そう零し、歯を食いしばった彼の背に新たな影が迫る。
盾を握る手を拘束するために伸びるのは亡霊の手だ。その手に意識を奪われた直後、真の盾が飛んだ。
宙を舞い、防御が無くなった彼の前に騎士の剣が落ちてくる。
「――――」
最後の瞬間まで目を閉じなかった真は自身を包むように差し伸べられた手を見ていた。
巨大でありながら優しく包み込む手に彼の目が上がる。
『後で皆から叱ってもらうとして……無事?』
満身創痍を無事と言うのか疑問ではあるが生きている。
それを証明するように腕を上げて見せると、ジーナの機体が真と彼の相棒を掬い上げた。そして肩に彼らを乗せてマテリアルライフル「セークールス」を構えた。
狙いは勿論、目の前に集まった歪虚だ。
『振り落とされないように気を付け、な!』
噴出されたマテリアルの弾が集まった敵を撃ち抜いてゆく。そして砲撃の光が納まると、結界の中央から今まで以上に濃い負のマテリアルが放出されるのを感じた。
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