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【星罰】不死なる者へと捧ぐユメ「暴食王討伐」リプレイ


▼【星罰】グランドシナリオ「不死なる者へと捧ぐユメ」(10/4?10/25)▼
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作戦1:「暴食王討伐」リプレイ
- ハヴァマール
- 近衛 惣助(ka0510)
- 長光(ダインスレイブ)(ka0510unit004)
- エルバッハ・リオン(ka2434)
- ウルスラグナ(マスティマ)(ka2434unit004)
- ハンス・ラインフェルト(ka6750)
- 鬼塚 陸(ka0038)
- エストレリア・フーガ(マスティマ)(ka0038unit012)
- マリィア・バルデス(ka5848)
- ボルディア・コンフラムス(ka0796)
- ディーナ・フェルミ(ka5843)
- エステル・ソル(ka3983)
- 鬼塚 小毬(ka5959)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ビッグ・バウ(マスティマ)(ka0665unit012)
- 保・はじめ(ka5800)
- 高瀬 未悠(ka3199)
- 浅黄 小夜(ka3062)
- カイン・A・A・マッコール(ka5336)
- レイア・アローネ(ka4082)
- カナタ・ハテナ(ka2130)
- セレスティア(ka2691)
- リュー・グランフェスト(ka2419)
- シエル(ワイバーン)(ka2419unit004)
- フワ ハヤテ(ka0004)
- 穂積 智里(ka6819)
- シェリル・マイヤーズ(ka0509)
- ヒヨス・アマミヤ(ka1403)
- Gacrux(ka2726)
- 十色 エニア(ka0370)
- アーサー・ホーガン(ka0471)
- 星野 ハナ(ka5852)
●逃走と闘争(1)
ハヴァマールは降りかかった議事堂の瓦礫を超越体になることで無理やり跳ね除けて、2本の腕で逃走を開始する。骨で編まれた腕が建物を容赦なく踏み潰した。倒壊した建築物を、さらに彼の引きずられた胴体が均していく。
帝都の民の避難は完了しており、バルトアンデルスはハヴァマールを殺すための檻として準備されている。
そして、無線を所持していたハンターの耳に届いたのは近衛 惣助(ka0510)の声だった。
「グランドスラムを使う! 巻き込まれるなよ!」
惣助の乗り込んだ長光が放った徹甲榴弾はグランドスラムの追加爆薬を乗せてハヴァマールに命中した。広い効果範囲を持つそれはハヴァマールの体表面に深い裂傷を作る。
惣助はハヴァマールに接近する仲間の位置を確かめてから、インジェクションでグランドスラムを再装填する。
(まだ、撃ち込めそうだな……)
このスキルは味方を巻き込むので、接敵前に使うと決めていたからだ。
(暴食王とは何度かやり合ったし、小隊ごとやられた事もある。だが5年の内に歪虚への意識も少々変わった)
(俺自身は先の投票ではどちらとも言えず静観していた)
(あるいは停戦も……と思っていたが、戦うと決まった以上は全力だ)
ハヴァマールの巨体はハンターからしてみれば良い的であり、帝都という市街地戦でも見失うことはまずないだろう。そして、グランドスラムの長い射程からはそう簡単には逃げられない。
巨体であることもあってか、ハヴァマールには回避が難しかった。加えてグランドスラムの回避低下の効果によって、惣助の射撃はほぼ必中の攻撃と成っていた。
手で防御することも可能であろうが、ハヴァマールは2本の腕を進むために使っており、防御よりも逃走を優先していた。
(アイゼンハンダーと刀鬼もハンターと交戦しているか)
帝国の国是は歪虚の殲滅。暴食王ハヴァマールがこのように攻撃された以上、十三魔たる彼らが放置されるはずもない。ハンター部隊が討伐に動いているはずで、確実に暴食王との合流を阻止するだろう。
逃走の最中、潜んでいた帝国兵がハヴァマールを攻撃しているがそんなものは無視して王は進んだ。虐殺する暇もない。攻撃のために足を止めることもない。暴食の歪虚であるにも関わらず。いや、暴食だからこそ『逃げろ』という本能に逆らえないのだ。
しかし、そんなハヴァマールが足を止めざるを得なかった。自分の正面にハンターたちがいきなり現れたからだ。
「こういう時のプライマルシフトはとても便利ですね」
彼らの中央にいるのは両肩と頭に動物の意匠が施された黄金のマスティマ、エルバッハ・リオン(ka2434)の操るウルスラグナだ。
「暴食の力は厄介ですねえ……」
続いて、R7エクスシアからハンス・ラインフェルト(ka6750)の妖しいため息が聞こえた。
「せっかくのジャイアントキリングの絶好の機会だというのに天叢雲を振るえないとは。今までさして関わりがありませんでしたが、充分暴食のことが嫌いになれそうですよ」
彼はプライマルシフトによって移動を完了した直後、研ぎ澄まされた一太刀をハヴァマールの腕に叩き込む。
(足止めであるか……)
まともに付き合うわけにも行かぬ、とハヴァマールは横へ逃げようとした。しかしそちらにも、大勢のハンターが一度に現れる。
エストレリア・フーガが翼を広げている。搭乗する鬼塚 陸(ka0038)の覚悟を決めた声が外部スピーカーから響く。
「神と共に在った時代を……前に進めるために──決別するんだ、過去と。今ここで!」
『そのために神の機体に乗るのか、人間』
「だから──ここで決着だ、暴食王」
続けて口を開こうとしたハヴァマールの方にブレイズウィングが突き刺さる。
「機体の整備は十分。ここで堕ちなさい、暴食王!」
マリィア・バルデス(ka5848)のmorte anjoの翼が突き刺さったのだ。
ハヴァマールの正面と片側面にハンターは展開している。
『まだ、余は罠の只中らしいな』
ハヴァマールがマテリアルを放出した。技というには荒唐無稽なマテリアルの衝撃が撒き散らされる。
だが、その奔流は点に収斂してシールドを鈍く鳴らした。
「……あぁ、ヒトってのは本当に、罪深い生きモンだ。そこだけは同じに思うぜ」
盾の向こうで赤毛が揺れている。前髪から透けて見えるボルディア・コンフラムス(ka0796)は鋭くも、闘争心以外の感情も混じっていた。
「こうなった以上、ヒトは止まらねえ。俺はテメェをさっさと倒して、このクソッタレな戦争をさっさと止める」
ボルディアはラストテリトリーで攻撃を一身に受けていた。荒れ狂う暴力は凄まじいが彼女にはほとんど傷はない。ボルディアの防具には柔からな輝きが付与されている。
「戦うのを決めたらなら、ここで倒すの。癒すのは任せるの」
リーリーに騎乗したディーナ・フェルミ(ka5843)によるミレニアムだ。
「重たい傷なんて、誰にも負ってほしくないの!」
『であるならば……』
ハンターは正面班と側面班に分かれて行動している。ボルディアのいるのは正面班だ。であるならば、側面班だったら突破できるだろうか。ハヴァマールは側面に意識を集中させてマテリアルで殴打するも、やはりラストテリトリーで受け止められる。
「この後の世界に災禍を残していくわけには行きません……」
エステル・ソル(ka3983)が攻撃を受け止めていた。
「人々に希望を、歪虚に安らぎを。憎しみでない終わりを此処に!」
それでも言葉は確かに紡がれて、鬼塚 小毬(ka5959)がアンチボディで、エステルの傷を癒す。
『安らぎか……死して安らぎを得るのは生者とて変わらぬ。余はそう思っていた。憎しみで終わらないのならば、憎しみを抱いた死者はどこへ往くのだろう』
そういう割には、同情した風でもなくハヴァマールはハンターに誘導された進路を進みはじめた。側面正面ともに範囲攻撃に対策している以上、突破するのは容易なことではないととりあえずは判断したからだ。何より足を止めることは本能が許さない。
「まずは誘導成功といったところじゃのう……」
マスティマの乗り手であるミグ・ロマイヤー(ka0665)はコックピットの中で呟いた。通信には乗らない声だった。今の所、ハヴァマールはハンターの作戦通りに動いている。だがミグの声には高揚はなく、諦観の苦味が現れていた。
ビッグ・バウが駆動する。ハヴァマールを追いかけて。
●戦闘前(1)
(帝国に来るのは、【天誓】以来ですかね)
保・はじめ(ka5800)は伽藍とした帝都を見遣って言った。
(帝都を戦場にするなんて、随分と思い切った事をするものです)
はじめは特別仕様「三毛丸といっしょ」のコックピットを開けて風を浴びていた。
(そういえば、歪虚王との直接対決はこれが初めてだったかな。これが最初で、最後になるよいけれど)
(僕たちが倒れるのではなく、暴食王が倒れることで)
開戦前の静けさがどこか痛々しかった。
「暴食王ハヴァマールとの直接戦闘は確か初めてですね」
エルバッハはコックピットの中で、しなやかな指で操縦桿を撫でて交戦を待っていた。味方との作戦共有、帝都の地図の確認、機体の整備。全ては完了している。しかし、それらが本当に有効だったかどうかは戦ってみなければわからない。
「初めましての挨拶をする暇は──あるのでしょうか」
●逃走と闘争(2)
ハンターはいかにハヴァマールを帝都外まで遠回りさせ、設置された爆薬に引っ掛けるかを考えた。その結果が正面と側面に陣を固めての進路の誘導である。故に戦闘は移動しながら行われる。
「飛びますよ!」
エルバッハが正面班のハンターに声をかけてプライマルシフトを実行した。ウルスラグナはオールマイティによって空中を足場にして、占有スクエアを作り出し自分自身をハヴァマールへの障害物としていた。
他のマスティマ搭乗者もプライマルシフトを繰り返していた。ハヴァマールの移動速度が速いから、というより帝都という戦場であるが故にそれを用いなければ陣形が維持できないからだ。
ハヴァマールは超越体になることで建物を破壊しながら進んでいる。それができるのは圧倒的に彼が巨大だからだ。
しかしハンターあるいはサイズ2?3のユニットでは進もうとすれば建物に阻まれ、最短距離で敵に接近することはできない。飛行スキルを使っていれば問題はないのだが、全員が飛んでいるわけではない。
プライマルシフトは障害物を無視して集団で移動ができる。何よりマスティマが移動行動を完了させているので、他のハンターはそれぞれの攻撃や回復行動に専念できた。パイロットはインジェクションでスキル回数の確保も怠っていない。
(ただ、私自身が攻撃に参加できないのが難点ですね……)
エルバッハは考える。敵の誘導は討伐のための行動に過ぎない。最終的には攻撃して暴食王を討ち取る必要があるのだ。
(爆薬で足を止めてくれれば良いのですが)
ひとつ目の爆薬はすぐそこだった。
●戦闘前(2)
「陸」
コックピットでオファインシステムの首輪を撫でていた陸は外部から声をかけられて機体モニタを確認すると高瀬 未悠(ka3199)が映っていた。
「何、どうかした?」
陸がコックピットを開けてこたえる。
「陸……?」
「え、なに……? どうして急に疑問系?」
「なんだか、良からぬことを考えていそうな気がして」
「そんなことないよ」
正直、エストレリア・フーガを失ってでも暴食王を倒そうと考えていた陸だった。そうしてでもハヴァマールは討つつもりなのだ。
「そうなのね、もう……」
未悠はごまかしに気が付いていたが、深くは追求しなかった。
「で、未悠はどうしたのさ」
「私ね、恋人や大親友のことを思い浮かべていたの」
陸の問いに、未悠は直接はこたえなかった。
「そうなんだ?」
「そうよ。それでね『絶対に生きて帰る』って誓ったの。あの人たちが待っていてくれる場所に私はちゃんと帰る」
未悠は自分に言い聞かせるように繰り返した。そして赤い瞳で優しく陸を見つめた。
「だから──陸、貴方の大切な人は私が守るわ。安心して思いっきり暴食王とぶつかってきて」
●逃走と闘争(3)
爆音が轟いた。その中心にいるのはハヴァマールだ。
爆風や、建物や地面のかけらがハンターやユニットたちを擦過して後方へ吹きすさぶ。
『また、この爆薬か……!』
逃走中でもハンターは攻撃を欠かさなかった。そして、ハヴァマールは爆発のダメージをまともに喰らい、右腕の掌が吹き飛んでいた。体勢が傾くが、彼が欠損した腕を地面に押し付けてそれでも進もうとする。
「完全に止めるにはまだ攻撃が必要なようね!」
マリィアのmorte anjoが翼を広げ、羽が射出された。
「根本から切り落とされれば、もう動くこともできないでしょ!?」
ブレイズウィングがハヴァマールの腕に突き刺さった。狙いをつけたため1撃あたりの威力は落ちているが、それでも複数回攻撃でハヴァマールの腕を構成していた骨が砕け散る。
「……特機隊を……ヴィオ大尉を……ころした、敵……」
浅黄 小夜(ka3062)がCoMの魔杖の先をハヴァマールに向けた。
許せない気持ちは当然ある。
「……だけど……憎しみで……動くことは……哀しみを増やすって……知っているから……」
魔導エンジンの出力が上昇する。大量のマテリアルが小夜からCoMの回路に流れ、マジックエンハンサーがその流れを補強し、魔杖に刻まれた魔法陣が魔法を具現化する。
「いま、戦うのは……これから先の……未来の為に……」
ハヴァマールの存在する空間に一瞬にして小夜のマテリアルが満ち、それが冷気に変わった。凍てつかせる魔法は、幾つかハヴァマールを構成している骨を砕いたが、行動を拘束することはできなかった。
-無銘-に乗ったカイン・A・A・マッコール(ka5336)もプラズマライフルの銃口を傷ついた右腕に向けて狙いを定める。
「恨みはないし、戦う気がないなら方っておいても良かったのかも、ただ言えるのは……」
射撃がハヴァマールに命中した。
「こいつをぶっ殺さないと先に進めない人達がいる、要は不安を取り除いてスッキリする為の神輿にされたか」
恨みはないが、だからといって同情することもない。
「だから──敬意を持って全力で叩き潰してやる」
そして2射目がついに右腕を根本から吹き飛ばした。
ハヴァマールが肩口から崩れ落ちる。それでもなお、自分の周囲にマテリアルの波濤を生み出したが、エルバッハがパラドックスで無効化した。凶悪な波はまるで透明にでもなったかのようにハンターたちの体をすり抜けて霧散していく。
完全に倒れたハヴァマールへハンターたちは攻撃を叩き込んだ。
ハヴァマールはマテリアル放出を続けているが、ハンターはラストテリトリーでダメージを1点に集中させ、さらに回復に特化したハンターが彼女たちを癒していた。
アウローラで滑空したレイア・アローネ(ka4082)がソウルエッジの宿った剣でハヴァマールを斬り裂く。
すると、ハヴァマールを構成する骨が剥離していき、彼の体が完全に瓦解した。
暴食王は倒れた──のだが、終わりではない。
「そう簡単に終わるはずはない……とは思っていたが」
レイアはアウローラをハヴァマールを中心に旋回させて、青い瞳は未だ敵に狙いを定め続けている。
ハヴァマールは骨が瓦解する過程を逆再生するように、帝都にその巨体が再構成した。戦闘不能時に自動発動する自己修復による再生だ。これにより、欠損した右腕も修復されている。無傷の状態でハヴァマールは上体を起こした。
「予想通り、これは長期戦になりそうですわね……」
小毬が呟いた。彼女のいう通り、暴食王の、暴食および自己修復というスキル、同時にハンターたちが攻撃スキルを使うことを控えているので、威力も普段より少なくまたBSの付与も難しい。小毬は長期戦と、移動しながらの戦闘になるだろうことを見越して、修祓陣で味方の防御を補助していた。
『ふむ……さてはこの爆薬、帝都のそこかしこに設置してあると見た。ヴィルヘルミナと貴様らだけでなく、帝都そのものが巨大な罠か』
「手の内を晒すことはせぬが……、もしそうだとしたら剣王どんは止まってくれるのかの?」
ハヴァマールの言葉にカナタ・ハテナ(ka2130)が応じた。
『まさか。それで止まる判断ができるのなら、余はそもそもヴィルヘルミナの招きを断っていただろう』
「それもそうじゃのう」
『ともあれ、貴様らの動きはおおよそわかった。やはり小賢しいことは性に合わぬな』
暴食王の青い瞳が側面班を捉えた。
『無理やり突破することにしよう』
ハヴァマールは突進と同時に、マテリアル放出で側面班のハンターを薙ぎ払った。
ここでハヴァマールが正面ではなく側面を狙ったのは、正面にはボルディアとカナタという2人のラストテリトリー使用者がいたからだ。エステルはバランスを見てどちらかの班に参加するので、絶対に側面にいるとは言えない。
結果、メテオスウォームに似た広範囲攻撃が側面班のハンターに命中した。
「させないのです……!」
「通してたまるかよ!」
エステルと陸が被害を防ごうと動く。
『アレは細かい制御が効かぬな』
などと言い、ハヴァマールは2人を避けて腕を振り下ろすなどの通常攻撃も交えた。巨体を以ってすれば、それさえも範囲攻撃となる。何より巨体による進撃は並並ならぬ迫力があった。
(このままでは回復も防御も追いつかない……!)
セレスティア(ka2691)は人馬一体すら使用して回復に専念しているが、ハヴァマールのなりふり構わない攻撃の前では味方の生命力がどんどん削られていく。
小毬は自身が跨ったペガサスの雪花に、ハヴァマールの進路上にサンクチュアリを展開させた。
だが、不可侵の結界はハヴァマールの抵抗によって打ち破られて、光が解けて霧散する。
「それでも、止めますわ……! どんなに傷ついたって人はまた前へと進んで行ける、そう信じられるから。希望で紡ぐ明日の為に。皆が想い描いた迎えるべき未来の為に!」
すでに飛行状態にある雪花は立体的な動きでハヴァマールを止めようとする。
『はたき落としてくれ……ん?』
しかし、ハヴァマールは移動に使っていた腕に重さを感じた。
「だから、通さねえって言ってんだろ……!」
手元にはリュー・グランフェスト(ka2419)が守りの構えを発動していた。このスキルでは巨体であるハヴァマールを完全停止させることはできないが、移動に使っている腕ならば多少の効果があった。
「暴食の関係者に奪われてきた命は多い……その無念を伝える為に……!」
『それではまだ甘い。貴様も、その天馬も!』
ハヴァマールは守りの構えを振り払うと同時に、マテリアル放出によってリューと小毬を重点的に巻き込む攻撃をした。
ハヴァマールが動きはじめたことによって、リュー自身も移動可能となった。避けに徹すれば攻撃を回避することもできただろう。
「ここでお前は倒す!!」
リューは紋章剣で近接威力を増したエクスカリバーでハヴァマールの腕を斬りつけた。深い傷をつけることに成功したが、それはリューも同じだった。放出されたマテリアルの爆発に吹き飛ばされて地面を転がる。
「リュー君!」
セレスティアがロスヴァイセで駆け寄った。
「すまん、回復頼む……」
リューは覇者の剛勇の効果で戦闘不能状態から一応回復していた。
レイアはセレスティアの回復術が終わるまで2人の盾になるように飛んでいたが、ハヴァマールはとどめを刺すことより進むことを優先していた。
「雪花……!」
マテリアルの嵐に雪花は体勢を崩していた。墜落寸前で低空飛行状態である。
『まだ余の前にいるとは、気骨のある女と天馬だのう』
小毬は不敵な笑みを称えてこたえた。
「あら、あなたが私の前にいるの間違いではなくて?」
『ははは、面白い人間だ。──では墜ちよ』
鉄槌にも似た拳は、しかし小毬を掠めて、彼女の髪を揺らすだけだった。
「させないわよ……!」
ハヴァマールの腕には幻影の腕が絡みついていた。
未悠がファントムハンドで敵の腕を掴み軌道を逸らしたのだ。
「離さないん、だから……!」
マテリアルで編まれた魔法の腕はハヴァマールの怪力に引っ張られきりきりと悲鳴を上げている。
(今のうちに陣形が立て直せれば、まだ!)
未悠は足を踏ん張って可能な限り小毬から敵の腕を遠ざけ、足止めをしていた。
「女の意地、見せつけてあげるわ」
『貴様らと言い、ヴィルヘルミナと言い気骨がありすぎるというか、なんというか』
ハヴァマールは手のひらを未悠に向けた。
『逃げるなら今のうちだぞ』
「どうしてその必要があるのかしら」
覚醒により虹彩の細くなった瞳で未悠は臆することなくハヴァマールと対峙しいていた。
ハヴァマールがマテリアルを放出する刹那、彼の狙いがずれた。
『む……』
「こっちを無視してんじゃねぇよ!!」
陸が放ったブレイズウィングがハヴァマールの腕に突き刺さったからだ。
それでも暴食王はそのまま湧き上がるマテリアルを撃ち出した。
「思い通りにはさせません……!」
小毬も、このままハヴァマールを止めるのは不可能だと判断し、未悠を修祓陣の範囲内に納めるよう滑空する。
符の守りが未悠を包んだが、彼女は半身を強力なマテリアルに焼き焦がされてよろけた。
ハヴァマールはファントムハンドを引きちぎり進撃を再開する。だが、ハヴァマールは確かに見ていた。
(あの女といい男といい、最後まで余を止めることを優先しておったか)
リューと未悠という足止めスキルをもったハンターが倒れたことでハヴァマールは全速力で移動した。
こうして、ハヴァマールの行く手を遮るものはなくなったかに思えのだが、カインが機体を先回りさせていた。
「通さない」
-無銘-から光の翼が広げられた。ブラストハイロゥである。
『だがしかし、矮小な……!』
ハヴァマールは進路を変更することなく突進を続けた。
「なら、好都合だ」
カインは-無銘-の武装を刀に切り替えて待ち受ける。
「その腕、斬り落としてやる」
カインが振った刃を掠めるようにハヴァマールは飛んだ。2本の腕で不格好ながら、ブラストハイロゥの上を飛び越えたのだ。横転するように肩口から着地し、勢いで周囲の建物を破壊するハヴァマール。だが、これで完全に側面班を突破していた。
「止め……られなかった」
未悠が呟く。焼けた肌が空気に触れてキリキリ痛んでいたが、未悠は表情を曇らせることはなかった。
「陸も小毬も、ありがとう」
「お互い様ですわ。……今は体勢を立て直しましょう。このままハヴァマールに立ちふさがっても、無用な負傷者を出すだけです」
小毬が未悠を癒していた。暖かな光がガーゼのように傷に被さる。
「止められなかったのは、未悠だけのせいじゃないから」
陸も一時機体を休めて、声をかける。パラドックスすら使ったが完全に攻撃の軌道を逸らすことはできなかった。
「心配してくれるの?」
「そっちも無茶するなーってだけ」
「全く、回復は無限にできるわけではありませんのよ!」
一旦ハヴァマールは正面班に任せてこちらは回復に専念しなければならないだろう。未悠のペガサスのユノもヒールウィンドウで味方の傷を癒していた。追いつくにしても、2機のマスティマのプライマルシフトがあればなんとかなるはずだ。
●幕間(作戦)
「ふーむ」
フワ ハヤテ(ka0004)は考えていた。彼は刻令ゴーレム「Gnome」のH・Gとともに行動しており、暴食王の進路に先回りしてCモード「bind」を仕掛けていた。だがそれも突破されてしまった。ハヴァマールの抵抗値にスキル強度が届かなかったのだ。
フワはCモード「hole」などで落とし穴を仕掛けていたのだが、ハヴァマールがハンターの誘導を振り切ったことで設置していたものは無駄になってしまった。
「穴を仕掛ければ足止めにはなるだろう。だが、そのために整地、掘削作業自体に時間がかかる……」
ハヴァマールは現在まっすぐ帝都の壁を目指しているので進路を読むとはたやすい。だが、このままではハヴァマールは帝都の外へ辿り着いてしまうだろう。
(死者の掟が使えれば自己修復を封じられたかもしれないが……、何かしらの工夫がないと彼には通用しないだろう。今回は使えないね)
『こちらミグ・ロマイヤー。正面班ハンター聞こえておるな?』
魔導パイロットインカムからミグの声が聞こえた。
ミグは事前に爆薬の設置位置を記憶していた。
正面班だけでは足止めは難しい。でも、何もしないわけにはいかない。ミグはハヴァマールの現在の進路から、もっとも近い爆薬へ彼を誘導することを提案した。
『私からも考えがあります』
穂積 智里(ka6819)がトランシーバーで返信する。
『連携し暴食王が進みたくなるように見える道を作り爆薬ポイントへ誘導するのはどうでしょうか』
「進みたくなるとな?」
『はい。暴食王のような巨体から見る俯瞰図は、実際の起伏とは違って見えるんじゃないでしょうか。その部分を突き詰めて考えれば、進みやすい障害物のない道に見える隘路を作ることもできると思います。正直、暴食王がどこまで考えて行動しているかわからないので結局全てをなぎ倒して進みたい方へ進む可能性もあるんですけど……』
「ふむ。しばらくは正面班のみで行動せねばなるまい。使えるものは使うまでじゃ」
ミグと智里は事前に得た帝都の地図と周辺の建物の高さからおおよそのルートを選定した。
『先回りできんなら、穴掘って壁作る時間もあるだろ。俺もゴーレムに指示出しておく』
『この場合、障害であることがわかりやすい方がいいのかな? ま、ハヴァマールが穴に嵌ったら攻撃チャンスってところか。うん、いい感じにしておくよ』
通信を聞いていたボルディアとフワも刻令ゴーレム「Gnome」への指示を決めて動きはじめる。
『私もゴーレムさんを連れてきているので落とし穴など作っておきますね』
最後に智里がこたえて、通信は終了した。
(被害はあるが、再起不能なほどではない。これで済んだのは暴食王が逃げることを優先していたからだろうな……)
惣助は味方がハヴァマールに接近してからはグランドスラムを控えた射撃を行っていた。そして、彼からはすでに走り去ったシェリル・マイヤーズ(ka0509)の姿は見えなかった。
(ハヴァマールは議事堂から十分に離れた。巻き込まれる心配はないだろう……)
(無茶をしないと良いんだが……)
●逃走と闘争(番外地)
「へーか……とーさまみたいに……いなくなるの?」
議事堂が爆発した。もうもうと上がる煙、爆発音と瓦解した議事堂を見ればあの中にいた人間が無事で済むことがないくらい誰にでもわかった。
わかったのだけれど、シェリルにはある予感があった。かつてヒルデブラントがそうであったようにもしかしたらヴィルヘルミナも──。
(私は暴食王より陛下に逢いにいく……怒られても……困られても)
「シェリーさん」
呼びかけたヒヨス・アマミヤ(ka1403)が、ある図をシェリルに差し出した。
「これは……?」
「爆薬や帝国軍の配置を地図に書き込んでみたのです。シェリルさんが今からすることには必要ですよね?」
「気付いて……たんだ」
「死んでほしくない人がいるんです。シェリルさんは絶対悲しんで欲しくないから! シェリルさん。ヒヨスは応援してますよ!」
ヒヨスは笑って手を振って立ち去った。他にもこの図が必要であろう仲間に渡しに行くのだ。
「ありがとう……。こんなところでお別れは嫌……だから」
シェリルはリーリーのリリに乗って議事堂に向かって走っていた。
遠くでハヴァマールが建物を壊す音が聞こえている。彼は逃げているしハンターたちも追い立てているので議事堂付近はもう安全地帯だろう。
(伝えたいこと……言いたいこと……あるから)
(ミナお姉さんも無茶するよね)
ここにも議事堂に向かっているハンターがあった。魔導アーマー「プラヴァー」に搭乗するのはユノ(ka0806)である。
プラヴァーにはマテリアルレーダーをセットしてあり、対象が瓦礫の中にいようと捜索できる。
(無駄かもしれない。でも諦めるなんて全然無い)
(僕にとって大事なのはミナお姉さんだから)
●逃走と闘争(4)
「逃げられると思っていますか?」
艶のある挑発的な声でエルバッハが言った。ウルスラグナがプライマルシフトで正面班の仲間を一気に転移させている。
『暴食は計算が苦手であるからな』
「でしょうね。そうでなければ、あんな無茶な突破はしませんもの」
(この戦いにおいて果たすべきことはただひとつ、──暴食王の討伐)
(ですが、これではやや火力不足)
(今は時間稼ぎが必要でしょう)
側面班が復帰するまで、時間を稼ぐ必要がある。そのためにエルバッハ、また他のハンターもハヴァマールに言葉を投げかけた。
「王よ……何故、人類を脅した!」
ワイバーンに跨り飛翔するGacrux(ka2726)が叫んだ。
「脅せば警戒するに決まっている!!」
『ふむ』
ハヴァマールは視線を上げて、問いかける者の姿を捉えた。
『単純な話だ。余は、人類と分かり合うつもりはないからな』
「では……では、どうして交渉など持ちかけたのか!?」
『人類と歪虚が一定の距離を保ち休戦する上で必要だったからだ』
「俺はこのような騙し討ちをした帝国を良くは思わない。休戦を支持していたハンターも少なくなかった。戦争にただ怯えていたからではない。中には暴食と明日を夢見る者達もいたからだ!」
「そうじゃぞ、暴食王」
話を引き継いだのはミグだった。
「ミグは今でもかの者たちの生存を許せる世になるのではないかと期待しておるがの」
『その割に、貴様は攻撃の手を休めぬのだな』
「マスティマを預かる身としてはこの戦い参加して見届けるのが義務であるのでな」
それはそれとしてミグは自身の思っていることをハヴァマールに告げた。
「己とは違うもの、理解できぬ者たちを排除すべしというは不寛容の道じゃ。仮に歪虚王の生存が許される世界ならば人のために生きたいという歪虚にも日の目があったやも知れぬがその望みは絶たれてしまった。ハンター自身がそう決めてしまい、ハンターもいずれはそうなるのじゃろう。ハンターは自分自身でその存在を抹殺しうる死刑執行許可証にサインしてしまったようなものじゃ」
ミグは、敵に突きつけた銃口がいつかは自分の頭に向くのだと考えていた。
『余は暴食の王として休戦こそ提案する。が、王だからこそ人類と仲良く友達になるなどできはしない』
「では、暴食王としてでなく、ハヴァマール自身はどう考えるのか!?」
再度、Gacruxが問いかける。
「ハヴァマールの心は何と言っているのか!?」
『心?』
ハヴァマールはGacruxの言葉が不思議だと言うように繰り返した。
『何故、人類と歪虚が争っているか。それは歪虚が人間を捕食するからだ。貴様らが我々の獲物だからだ。特に暴食は本能的に獲物を襲ってしまう。自身の欲に制御が効かない。故に暴食なのだ。食いたいように食い、したいようにやる。後腐れなど考えぬ。後に腐るものなど残さぬ。──だから人類と歪虚が共存するには、歪虚の仕組みを変えるか、人類側が歪虚のために人命を差し出す覚悟がなければ成立しなかろう』
分かり合うつもりもないし、共存できる見込みもないとハヴァマールは語った。
「そう……、ですか」
Gacruxは暴食王に人類や世界を脅かさない確約ができるのではないか、アイゼンハンダー(kz0109)と紫電の刀鬼(kz0136)が投降を望んでいるのなら、その背中を押すことが暴食王ならできるのではないかと考えていた。だが、それは無理だった。そもそも彼らはそんなことを考えていない。
仮に心がそう願ったとしても、本能には逆らえない。
人が空腹や睡眠を無視し続ければ、それは命を脅かす苦痛となる。本能から彼らを解放する術がないのなら苦痛を強いることに他ならず、それは対等な共存とは言えない。
肉食動物と草食動物が決して対等な立場にはなれないように、言葉や意思でわかりあったように見えても、根本的な恐怖や苦痛はつきまとう。
『余にその問題は解決できないし、するつもりもない』
「じゃあ、手加減とか考えなくていいのかしら」
十色 エニア(ka0370)は迷っていた。暴食王から敵意を感じないので、攻撃する気が起きなかったのだ。リレィンの鬣にも乱れは少ない。
『随分と余裕があるのだな』
「相手を一方的に殴るのもどうかなーって思っていたんだよ。最期がそれってのも不服でしょ?」
『余は殴られて終わるつもりはないぞ』
「そう。安心した」
エニアが鎌を構え直した。その刃にハヴァマールの鬼火に似た瞳が映っている。
「一応自称だけど、わたし死神なの。ほら、死に際には死神が迎えに来るっていうし? レクイエムがあってもいいじゃない」
ファルセットソングが味方の刃を研ぎ澄ませていく。
ウィガールが装備した刀がさらに鋭くなる。すでにアーサー・ホーガン(ka0471)はソウルエッジで魔法の加護を施している。
風すら斬り落とす速さでアーサーはハヴァマールの腕を狙う。リューと陸がつけた傷に合わせて追撃を繰り返していく。2人の攻撃はハヴァマールを止められはしなかったが、決して無駄ではない。
『余を止めるにはまだ浅いぞ?』
「だったら何度も斬りつければいいだろうがよ!」
『立っていられればな』
ハヴァマールが拳を叩きつけウィガールの装甲が凹む。
「悪いが回復手厚く頼む!」
だが、最初から前線で敵を止めることを考えていたアーサーにとっては想定内の負傷だった。
「了解ですぅ。スーちゃん行きますよぉ」
ペガサスのスーちゃんに乗った星野 ハナ(ka5852)はウィガールを効果範囲に収めて仰し福音を発動する。
「ここで倒せないと帝都壊滅ですもんねぇ。やるしかないですぅ。ですけどぉ……」
不満げ、というか明らかに不満そうにハナがハヴァマールを睨んだ。
「……暴食のスキルむかつきますぅ。あれがなきゃもっと倒しやすいのにぃ」
符術師は攻撃にスキルを用いることが多い。だが暴食の前ではスキルゲージの増加に寄与してしまうので、ハナは直接ブッコロせずに味方の支援をしていた。
ハヴァマールは正面班を避けて進路を変えようと振り向いた時、動きが少し止まった。
行きたい方向の地面に穴があったからだ。
「あの時間だと、穴を掘るだけで精一杯だったよ。もっと落とし穴を作っておきたかったんだけどね」
フワとボルディア、智里のゴーレムが作った障害物である。フワはロープなどを用意して落とし穴を作る気でいたのだが、時間がなかった。
(bindはダメだったけど、直接的な穴ならば流石にこたえるだろう?)
もしこれが壁ならば、ハヴァマールはその図体で破壊していける。だが穴となると確実に腕を取られる。移動速度が落ちることだろう。
「どうした、腕が止まってるぜ」
すかさずアーサーが斬り込んでくる。
が、ハヴァマールも周囲の建物をなぎ倒して腕を振るった。
アーサーは姿勢を屈め、頭上に掲げた盾で敵の腕を滑らせることでぎりぎり回避する。
(今の攻撃で、穴が埋まったか……!)
倒れた建物で、ゴーレムたちが掘った穴が埋まってしまったのだ。
ハヴァマールもこれで、穴に邪魔されずに進めると判断した。
だが──ミグはそれすら利用した。
「今、攻撃のあった範囲を目指して飛べ!」
「了解」
マリィアが魔導パイロットインカムでミグの声を聞いた。
側面班は傷を癒し、再度戦闘可能になっていた。
マリィアが味方をプライマルシフトの範囲に収める。
「急に景色が変わったからって、びっくりしないでよね──!」
それぞれのハンターの視界が一瞬暗転したのち、凶悪な負のマテリアルの気配が肌にまとわりついた。
刹那にして側面班はハヴァマール付近に展開を完了する。穴はハヴァマールが埋めてしまったし、周囲の建物も壊したのでちょっとした更地になっている。
「さっきぶりね、暴食王」
morte anjoが緩やかに翼を広げる。
「次の別れを最期にしましょうか」
ブレイズウィングがハヴァマールの体に突き刺さった。
そして、その傷を焦がすように小夜がファイアーボールを放った。
「もう……倒すしかあらへん……。でも……あの提案が、もし──」
ハヴァマールのマテリアルが吹き荒れて小夜の言葉がかき消されてしまった。
側面班が合流したことにより攻撃が苛烈さを増し、ハヴァマールにダメージが蓄積していく。
ハンターは腕を重点的に狙っている。ハヴァマールもその狙いを理解していたし、移動のためには腕が必須ある。他の部分を多少犠牲にしてでもハヴァマールは移動を続けることを選んだ。
(このまま行けば、次の爆薬に引っかかるはずです)
智里が計算する。
ハンターは進路を誘導し、あるいは後ろから追い立てる。その思惑はうまく行き、ハヴァマールは2個目の爆薬を起動させた。
爆風で烟る中でハヴァマールが確かに崩折れた。が、煙の中から腕が突き出たかと思いきや、無傷のハヴァマールが何事もなかったかのように駆け出しはじめたではないか。
ちょうど、起爆したタイミングで体力が尽き自己修復が発動したのだ。
「むうぅ、自動発動の回復というより復元じみたアレは厄介ですぅ……」
ハナは味方を癒しながら呟いた。
「でも、無限に再生できるとは思えないの。こっちが倒れなければきっと倒せるの!」
ディーナはリーリーの移動力で巧みに戦場を駆け抜けフルリカバリーやリザレクションで戦線を支えていた。序盤にミレニアムによる防御の底上げで味方を守ったこともありまだ回復スキルは残っていた。
●幕間(思考)
ハヴァマールは全力で逃げていた。逃げることを恥だとは思っていない。本能がそう叫ぶから、そのために全力なのだ。全力なのだから後悔なんてあるはずもない。
帝都中に爆薬があることはすでに理解している。だが、どこにあるかなんてわからない。であるならば、傷付くことを理解して最短距離で帝都外を目指すことこそ上策。何回爆発に巻き込まれたか、数えてはいない。
自己修復のためのマテリアルはまだ残っているはず。
まだ、まだまだあるはず。
まだ、まだ。
まだ──。
●逃走と闘争(終点)
爆発でハヴァマールの腕が吹き飛んだ。
「照らし出せ……フーガ!!」
エストレリア・フーガのブレイズウィングが星のマテリアルを束ねた。機体の胸部に、流星のような青白い光が奔り魔法陣を描いてゆく。
「ヒトは神なしで歩いていかなきゃいけない。決別の一条を示す──!」
魔法陣から生み出された光弾が、ハヴァマールを虹色の輝きに包み込んだ。
ハルマゲドンを使用したエストレリア・フーガのエンジンが、過負荷に冷却を要請する。回復にはしばらくかかると陸は判断したのだが、機体が祝福の詠唱を受けてすぐさまエンジンが元どおりに稼働を開始した。
「これで問題ないですよね?」
セレスティアのゴッドブレスが状態異常を回復したのだ。
「ありがとう、行って来る!」
ハヴァマールはハルマゲドンの効果で防御が機能していなかった。惣助の徹甲榴弾が突き刺さり、爆発して骨を剥がしていく。Gacruxはワイバーンで回り込み腕を斬りつけている。
何度目かの自己修復が発動して、ハヴァマールは完全回復し立ち上がる。
「それにはもう慣れたっての!」
アーサーがハヴァマールの正面に幻糸の柱を展開して立ち塞がる。
今までハヴァマールが足止めスキルを突破したのを見る限り、おそらく幻糸の柱も敵の抵抗は上回っていない。それでも別の効果があった。
『見えぬのなら、付き合わぬという方法もある』
「それはテメェの事情だろうが!!」
その結界からボルディアが飛び出し、斧で斬りつけた。
幻糸の柱の視覚妨害効果によりハヴァマールの反応が少し遅れる。ぱっくりとした傷が腕を走る。
「いい加減止まりやがれ!」
返す刀でもう一閃、腕を斬り裂くボルディア。その身体は炎獣憑依の儀『禍狗』の呪いにより暴力性が増している。
『貴様は少々邪魔だな』
ハヴァマールは手のひらを広げてボルディアを掴みにかかった。投げ飛ばしてしまうつもりなのだ。
だが、ボルディアも斧を盾として構え、穂先と柄で手が閉じきらぬように堪えていた。
『このまま押しつぶしてもよいのだぞ』
「できるもんならやってみろよ……!」
ボルディアは全身が軋みを上げるのを感じていた。禍狗の効果があるとはいえ、気を抜いたらすぐにでも潰される。
「俺がいる限り、仲間は死なせねぇ……! そんで……、俺はッ! 仲間を信じている……!」
『そうか』
ハヴァマールの掌がついにボルディアを押しつぶした。その勢いに周囲が揺れて粉塵が上がる。
(む。潰した感触がない)
(あの人間、いずこかに消えたな……?)
「間に合いましたね……」
はじめが額の汗を拭った。彼は、特別仕様「三毛丸といっしょ」のコックピットから抜け出し、生身で地上に降りていた。
「万が一の時に符術を用意しておいて正解だったようですね」
はじめとハヴァマールを結ぶ直線上に、ボルディアの姿があった。
「ありがとな、はじめ。助かった」
「どういたしまして。プラヴァーから降りる必要がありましたから、すぐに助けられなくてすみません」
「大丈夫だ、俺はまだまだ元気だからな!」
「それはそれとして、治療は受けて欲しいの」
ディーナが駆け寄ってフルリカバリーを施した。
はじめが八卦灯籠流しでボルディアを移動させたのだ。このスキルを使うにはスキルトレースではレベルが足りないために、はじめはユニット搭乗状態を解除する必要があったのだ。
「さて、機体からは降りてしまいましたし、戦いも終盤のようですね」
はじめはプラヴァーへの再搭乗よりも符術で戦うことを選択し、使った分の符をリロードする。
「頃合いもちょうどいい」
時間経過によって、ボルディアの体を侵食した呪いは薄れていく。だが、それこそがトリガーだ。ボルディアの肉体だけには止まらないほどの焔が天を焦がす。
「その腕は貰ってくぜ」
ボルディアが斧を振った。本来ならハヴァマールに届かず空振りになるはずのそれは、焔を束ねたような刃によって彼の腕を切断した。
神獣憑依の儀『猛紅狗天焔』による武器射程の増大である。
「回復はまだあるから、攻撃に専念して欲しいの! それに重い傷は私が絶対見逃さないの!」
ディーナが味方に呼びかけた。
「これで存分に斬り刻む事ができますか。正直に言うと──」
ハンスがR7エクスシアの刀を閃かせ、もう一方の腕を引き斬る。
「嫌いな分、もう少しばかり叩き斬っても良い気分なのですが、それに時間を使うのも惜しいですね。さくっと終わらせましょう」
「ではその魁はミグが務めるとするかの」
ミグがビッグ・バウのエンジンを限界まで駆動させる。
「味方は巻き込まぬつもりじゃが、上空にいるものは退避せよ。これは加減が効かぬし、加減ができる状況でもないのでな──!」
ハヴァマールの頭上に光球が現れ、虹色の光を発した。ハルマゲドンによる絶対命中を約束されたマスティマの技だった。味方を巻き込まぬよう上空を起点にしたため敵の体全ては覆えないが、それでも光はハヴァマールの体に滑り込み内部から骨同士の結合を剥離していく。
「ハヴァマール、これで最後だ」
リューが構えるエクスカリバーが、彼のマテリアルを受けて煌めき、周りを栄光の輝きに包んでいく。ナイツ・オブ・ラウンドによる世界法則への干渉だ。
「その加護、少々お借りします」
そう言ったはじめは御霊符によって式神をつくり出していた。本来なら暴食王相手の戦力にならないはずのそれはナイツ・オブ・ラウンズの効果を受けて高い近接攻撃力を獲得した。
「攻撃の頭数は多い方が良いでしょう?」
『動けずともできることはある』
ハヴァマールはマテリアルを撒き散らして遮二無二攻撃した。
式神を戦力化することに成功しても、敵に近づき攻撃に耐えなければ即座にただの紙に還るだけだ。ハヴァマールの攻撃はそれに十分な威力を秘めていたのだが、それを解決したのもやはりラストテリトリーだった。
「倒れるわけにはいかないのです……!」
エステルが効果範囲に割り込んでラストテリトリーで攻撃を受け止めていた。
「リアルブルーさんもがんばっているのです。わたくしもがんばるのです……!」
開戦前に、エステルはリアルブルーと声を交わしていた。
「力の封印ありがとうございました。でもこれ以上の無茶はダメですからね」
『君も死なないように気をつけなよ』
「はいっ。では行ってきます」
「死なないために、死なせないために──」
エステルは地上の建物をファイアーボールで破壊し、より味方が動きやすいように戦場を整えた。
「もう終わらせるのです!」
「失われた命に報いる為に、変わらぬ明日を守る為に。戦って、生きて、想いを繋いで、未来を作っていくわ。細やかな幸せが、ありふれた毎日が、ずっとずっと続くこと──それが私達の……ヒトの夢なのよ!」
未悠がハヴァマールを斬り裂いた。血液のようにマテリアルが噴出して霧のように霧散する。
ハヴァマールの残った腕をレイアがワイバーンで急降下して剣で突き刺した。
「長らく我らを苦しめてきた暴食の歪虚、その因縁ここで終わらせよう!」
セレスティアが人馬一体を使い、狙いを悟らせずに斬り込んでいく。
「ロスヴァイセ、あと少し、頑張って……!」
リューのワイバーンのシエルもナイツ・オブ・ラウンドの加護を受けた体でハヴァマールへ突進しその顎を爪で抉り取った。はじめの式神が顎を打ち抜き腕を狙うハンターを視認させないようにする。
「何度も相対した。殺されかけ、価値観の合わずとも言葉を交わした──」
その一振りに、リューは全ての想いを乗せる。
「直接やりあった者だからこそ感じた想い。もし、後世に任せる事になれば、ここまでの想いのやり取りは無くなり犠牲を払う初めからの構築となるだろう。だから、守護者として、何より人として──アンタを倒す!」
エクスカリバーがハヴァマールの腕を斬り飛ばした。
両腕を失った暴食王が首を垂れるように地面に倒れる。
「これで移動の心配もなさそうですね。ようやく私も攻撃できそうです」
その正面にいたウルスラグナが黄金の翼を広げた。
(自己修復すれば……)
と、ハヴァマールは思う。
(まだ……、いや、もう……)
「少々お手伝いさせていただきますぅ」
ハナが地脈鳴動により大地のマテリアルの流れをウルスラグナに接続した。
「はじめまして暴食王。そして、さようなら。もう会うことはないでしょう」
ウルスラグナのブレイズウィングが暴食王の背中に墓標のように突き刺さった。
『終わり……か』
それらの傷口からは、粒子のようなマテリアルが溢れ出て止まらなかった。もう、自己修復は発動しなかった。
「さっさと償うもの償って、来世で会いましょ」
鎌を抱いたエニアが暴食王に言葉を送る。
『余には無縁の言葉だな』
「そうなの?」
「剣王どん」
カナタが消えゆくハヴァマールに駆け寄った。彼は徐々に消滅しており、完全に残っているのは頭だけだった。
「膝枕をしてやりたかったのじゃが、ちょっと大きすぎてできぬのう……」
『それは残念だ』
「なでなでで許して欲しいのじゃ」
『構わぬ。好きにするが良い』
「うむ」
ぴとっと抱きつくようにカナタはハヴァマールの頭部を撫でた。
「すまんの。カナタは投票行かなかったのじゃ。剣王どんを倒したくもある一方で共に北伐もしたくもあり、決心がつかなくての。今もちょっと素直には喜べぬ妙な気分なのじゃ」
『そうであったか。ともあれ余もこれで最後だ。貴様らの勝ちであるな』
「暴食王、俺は──まだ疑問に思う事があります」
Gacruxが言った。
「人の優しさに気付く事が出来るのは、王にも同じ心があったからではないのですか? 俺はもう……歪虚だとか人間だとか、沢山なんです。心を見れば相手が何者であるか分かる筈でしょう」
『心を感情と捉えて良いのかわからぬが、そうだとするのなら余にはそもそも感情はない。だからこそ憎悪の受け皿、死者の妄念の器として、この世界が終わった方がいいのかどうかを力試ししようと思ったのだ。情けではなく力による裁定である。そして、ここにあるのは余が倒れたという事実のみだろう』
さっぱりと暴食王は答えた。
『貴様には、余が何に見える?』
Gacruxは答えに窮した。
『心とやらはあると思えばあるのだろうし、ないと思えばどこにもない。貴様が余を何と心得るかまでは、余が口出しすることではない。貴様が見て感じたものこそ、貴様の真実だ』
「これで終わりなのか、剣王どん」
ハヴァマールの頭も消滅を開始していた。
カナタはぎゅっと一層彼を抱きしめた。
「人はいずれ誰しも死ぬのじゃが、その時、走馬灯を見るという話なのじゃ。仲間との楽しいひと時や戦いの心地よい充実感とか人それぞれじゃが……剣王どんは、どうかの? やりきったかの」
『余は暴食であるぞ』
鷹揚にハヴァマールが最後の言葉を紡いだ。
『暴食は歯止めを知らぬ。やるときはいつも全力しか出せない。それでどういう結果になろうとも、いつだって満足しておる』
あるがままを良しとする、とハヴァマールは言った。だからきっと、来世のことを考える暇もないのだ。
「そうか……なら、良かったのじゃ」
『誇れ。貴様らは生き抜く命の在り方を示したのだ。我が使命……我が裁定は、終わった』
抱きしめていたものが軽くなった。カナタの腕の中にハヴァマールはもういない。この世のどこにも暴食王と呼ばれた歪虚はいなくなった。
「さらばだ、歪虚王。ミグらもすぐ行くことになるじゃろうがな」
コックピットで呟かれたミグの言葉の行く先は、未来でわかることだ。
「あの提案がもし──」
小夜が戦いの最中に消えてしまった言葉を今一度吐き出した。ハヴァマールとの会話を聞いていればそれが無理だとわかっても、そうであったらよかったのに、と思って。
「休戦やなくて……終戦だったら……良かったのに、ね」
ハヴァマールは降りかかった議事堂の瓦礫を超越体になることで無理やり跳ね除けて、2本の腕で逃走を開始する。骨で編まれた腕が建物を容赦なく踏み潰した。倒壊した建築物を、さらに彼の引きずられた胴体が均していく。
帝都の民の避難は完了しており、バルトアンデルスはハヴァマールを殺すための檻として準備されている。
そして、無線を所持していたハンターの耳に届いたのは近衛 惣助(ka0510)の声だった。
「グランドスラムを使う! 巻き込まれるなよ!」
惣助の乗り込んだ長光が放った徹甲榴弾はグランドスラムの追加爆薬を乗せてハヴァマールに命中した。広い効果範囲を持つそれはハヴァマールの体表面に深い裂傷を作る。
惣助はハヴァマールに接近する仲間の位置を確かめてから、インジェクションでグランドスラムを再装填する。
(まだ、撃ち込めそうだな……)
このスキルは味方を巻き込むので、接敵前に使うと決めていたからだ。
(暴食王とは何度かやり合ったし、小隊ごとやられた事もある。だが5年の内に歪虚への意識も少々変わった)
(俺自身は先の投票ではどちらとも言えず静観していた)
(あるいは停戦も……と思っていたが、戦うと決まった以上は全力だ)
ハヴァマールの巨体はハンターからしてみれば良い的であり、帝都という市街地戦でも見失うことはまずないだろう。そして、グランドスラムの長い射程からはそう簡単には逃げられない。
巨体であることもあってか、ハヴァマールには回避が難しかった。加えてグランドスラムの回避低下の効果によって、惣助の射撃はほぼ必中の攻撃と成っていた。
手で防御することも可能であろうが、ハヴァマールは2本の腕を進むために使っており、防御よりも逃走を優先していた。
(アイゼンハンダーと刀鬼もハンターと交戦しているか)
帝国の国是は歪虚の殲滅。暴食王ハヴァマールがこのように攻撃された以上、十三魔たる彼らが放置されるはずもない。ハンター部隊が討伐に動いているはずで、確実に暴食王との合流を阻止するだろう。
逃走の最中、潜んでいた帝国兵がハヴァマールを攻撃しているがそんなものは無視して王は進んだ。虐殺する暇もない。攻撃のために足を止めることもない。暴食の歪虚であるにも関わらず。いや、暴食だからこそ『逃げろ』という本能に逆らえないのだ。
しかし、そんなハヴァマールが足を止めざるを得なかった。自分の正面にハンターたちがいきなり現れたからだ。
「こういう時のプライマルシフトはとても便利ですね」
彼らの中央にいるのは両肩と頭に動物の意匠が施された黄金のマスティマ、エルバッハ・リオン(ka2434)の操るウルスラグナだ。
「暴食の力は厄介ですねえ……」
続いて、R7エクスシアからハンス・ラインフェルト(ka6750)の妖しいため息が聞こえた。
「せっかくのジャイアントキリングの絶好の機会だというのに天叢雲を振るえないとは。今までさして関わりがありませんでしたが、充分暴食のことが嫌いになれそうですよ」
彼はプライマルシフトによって移動を完了した直後、研ぎ澄まされた一太刀をハヴァマールの腕に叩き込む。
(足止めであるか……)
まともに付き合うわけにも行かぬ、とハヴァマールは横へ逃げようとした。しかしそちらにも、大勢のハンターが一度に現れる。
エストレリア・フーガが翼を広げている。搭乗する鬼塚 陸(ka0038)の覚悟を決めた声が外部スピーカーから響く。
「神と共に在った時代を……前に進めるために──決別するんだ、過去と。今ここで!」
『そのために神の機体に乗るのか、人間』
「だから──ここで決着だ、暴食王」
続けて口を開こうとしたハヴァマールの方にブレイズウィングが突き刺さる。
「機体の整備は十分。ここで堕ちなさい、暴食王!」
マリィア・バルデス(ka5848)のmorte anjoの翼が突き刺さったのだ。
ハヴァマールの正面と片側面にハンターは展開している。
『まだ、余は罠の只中らしいな』
ハヴァマールがマテリアルを放出した。技というには荒唐無稽なマテリアルの衝撃が撒き散らされる。
だが、その奔流は点に収斂してシールドを鈍く鳴らした。
「……あぁ、ヒトってのは本当に、罪深い生きモンだ。そこだけは同じに思うぜ」
盾の向こうで赤毛が揺れている。前髪から透けて見えるボルディア・コンフラムス(ka0796)は鋭くも、闘争心以外の感情も混じっていた。
「こうなった以上、ヒトは止まらねえ。俺はテメェをさっさと倒して、このクソッタレな戦争をさっさと止める」
ボルディアはラストテリトリーで攻撃を一身に受けていた。荒れ狂う暴力は凄まじいが彼女にはほとんど傷はない。ボルディアの防具には柔からな輝きが付与されている。
「戦うのを決めたらなら、ここで倒すの。癒すのは任せるの」
リーリーに騎乗したディーナ・フェルミ(ka5843)によるミレニアムだ。
「重たい傷なんて、誰にも負ってほしくないの!」
『であるならば……』
ハンターは正面班と側面班に分かれて行動している。ボルディアのいるのは正面班だ。であるならば、側面班だったら突破できるだろうか。ハヴァマールは側面に意識を集中させてマテリアルで殴打するも、やはりラストテリトリーで受け止められる。
「この後の世界に災禍を残していくわけには行きません……」
エステル・ソル(ka3983)が攻撃を受け止めていた。
「人々に希望を、歪虚に安らぎを。憎しみでない終わりを此処に!」
それでも言葉は確かに紡がれて、鬼塚 小毬(ka5959)がアンチボディで、エステルの傷を癒す。
『安らぎか……死して安らぎを得るのは生者とて変わらぬ。余はそう思っていた。憎しみで終わらないのならば、憎しみを抱いた死者はどこへ往くのだろう』
そういう割には、同情した風でもなくハヴァマールはハンターに誘導された進路を進みはじめた。側面正面ともに範囲攻撃に対策している以上、突破するのは容易なことではないととりあえずは判断したからだ。何より足を止めることは本能が許さない。
「まずは誘導成功といったところじゃのう……」
マスティマの乗り手であるミグ・ロマイヤー(ka0665)はコックピットの中で呟いた。通信には乗らない声だった。今の所、ハヴァマールはハンターの作戦通りに動いている。だがミグの声には高揚はなく、諦観の苦味が現れていた。
ビッグ・バウが駆動する。ハヴァマールを追いかけて。
●戦闘前(1)
(帝国に来るのは、【天誓】以来ですかね)
保・はじめ(ka5800)は伽藍とした帝都を見遣って言った。
(帝都を戦場にするなんて、随分と思い切った事をするものです)
はじめは特別仕様「三毛丸といっしょ」のコックピットを開けて風を浴びていた。
(そういえば、歪虚王との直接対決はこれが初めてだったかな。これが最初で、最後になるよいけれど)
(僕たちが倒れるのではなく、暴食王が倒れることで)
開戦前の静けさがどこか痛々しかった。
「暴食王ハヴァマールとの直接戦闘は確か初めてですね」
エルバッハはコックピットの中で、しなやかな指で操縦桿を撫でて交戦を待っていた。味方との作戦共有、帝都の地図の確認、機体の整備。全ては完了している。しかし、それらが本当に有効だったかどうかは戦ってみなければわからない。
「初めましての挨拶をする暇は──あるのでしょうか」
●逃走と闘争(2)
ハンターはいかにハヴァマールを帝都外まで遠回りさせ、設置された爆薬に引っ掛けるかを考えた。その結果が正面と側面に陣を固めての進路の誘導である。故に戦闘は移動しながら行われる。
「飛びますよ!」
エルバッハが正面班のハンターに声をかけてプライマルシフトを実行した。ウルスラグナはオールマイティによって空中を足場にして、占有スクエアを作り出し自分自身をハヴァマールへの障害物としていた。
他のマスティマ搭乗者もプライマルシフトを繰り返していた。ハヴァマールの移動速度が速いから、というより帝都という戦場であるが故にそれを用いなければ陣形が維持できないからだ。
ハヴァマールは超越体になることで建物を破壊しながら進んでいる。それができるのは圧倒的に彼が巨大だからだ。
しかしハンターあるいはサイズ2?3のユニットでは進もうとすれば建物に阻まれ、最短距離で敵に接近することはできない。飛行スキルを使っていれば問題はないのだが、全員が飛んでいるわけではない。
プライマルシフトは障害物を無視して集団で移動ができる。何よりマスティマが移動行動を完了させているので、他のハンターはそれぞれの攻撃や回復行動に専念できた。パイロットはインジェクションでスキル回数の確保も怠っていない。
(ただ、私自身が攻撃に参加できないのが難点ですね……)
エルバッハは考える。敵の誘導は討伐のための行動に過ぎない。最終的には攻撃して暴食王を討ち取る必要があるのだ。
(爆薬で足を止めてくれれば良いのですが)
ひとつ目の爆薬はすぐそこだった。
●戦闘前(2)
「陸」
コックピットでオファインシステムの首輪を撫でていた陸は外部から声をかけられて機体モニタを確認すると高瀬 未悠(ka3199)が映っていた。
「何、どうかした?」
陸がコックピットを開けてこたえる。
「陸……?」
「え、なに……? どうして急に疑問系?」
「なんだか、良からぬことを考えていそうな気がして」
「そんなことないよ」
正直、エストレリア・フーガを失ってでも暴食王を倒そうと考えていた陸だった。そうしてでもハヴァマールは討つつもりなのだ。
「そうなのね、もう……」
未悠はごまかしに気が付いていたが、深くは追求しなかった。
「で、未悠はどうしたのさ」
「私ね、恋人や大親友のことを思い浮かべていたの」
陸の問いに、未悠は直接はこたえなかった。
「そうなんだ?」
「そうよ。それでね『絶対に生きて帰る』って誓ったの。あの人たちが待っていてくれる場所に私はちゃんと帰る」
未悠は自分に言い聞かせるように繰り返した。そして赤い瞳で優しく陸を見つめた。
「だから──陸、貴方の大切な人は私が守るわ。安心して思いっきり暴食王とぶつかってきて」
●逃走と闘争(3)
爆音が轟いた。その中心にいるのはハヴァマールだ。
爆風や、建物や地面のかけらがハンターやユニットたちを擦過して後方へ吹きすさぶ。
『また、この爆薬か……!』
逃走中でもハンターは攻撃を欠かさなかった。そして、ハヴァマールは爆発のダメージをまともに喰らい、右腕の掌が吹き飛んでいた。体勢が傾くが、彼が欠損した腕を地面に押し付けてそれでも進もうとする。
「完全に止めるにはまだ攻撃が必要なようね!」
マリィアのmorte anjoが翼を広げ、羽が射出された。
「根本から切り落とされれば、もう動くこともできないでしょ!?」
ブレイズウィングがハヴァマールの腕に突き刺さった。狙いをつけたため1撃あたりの威力は落ちているが、それでも複数回攻撃でハヴァマールの腕を構成していた骨が砕け散る。
「……特機隊を……ヴィオ大尉を……ころした、敵……」
浅黄 小夜(ka3062)がCoMの魔杖の先をハヴァマールに向けた。
許せない気持ちは当然ある。
「……だけど……憎しみで……動くことは……哀しみを増やすって……知っているから……」
魔導エンジンの出力が上昇する。大量のマテリアルが小夜からCoMの回路に流れ、マジックエンハンサーがその流れを補強し、魔杖に刻まれた魔法陣が魔法を具現化する。
「いま、戦うのは……これから先の……未来の為に……」
ハヴァマールの存在する空間に一瞬にして小夜のマテリアルが満ち、それが冷気に変わった。凍てつかせる魔法は、幾つかハヴァマールを構成している骨を砕いたが、行動を拘束することはできなかった。
-無銘-に乗ったカイン・A・A・マッコール(ka5336)もプラズマライフルの銃口を傷ついた右腕に向けて狙いを定める。
「恨みはないし、戦う気がないなら方っておいても良かったのかも、ただ言えるのは……」
射撃がハヴァマールに命中した。
「こいつをぶっ殺さないと先に進めない人達がいる、要は不安を取り除いてスッキリする為の神輿にされたか」
恨みはないが、だからといって同情することもない。
「だから──敬意を持って全力で叩き潰してやる」
そして2射目がついに右腕を根本から吹き飛ばした。
ハヴァマールが肩口から崩れ落ちる。それでもなお、自分の周囲にマテリアルの波濤を生み出したが、エルバッハがパラドックスで無効化した。凶悪な波はまるで透明にでもなったかのようにハンターたちの体をすり抜けて霧散していく。
完全に倒れたハヴァマールへハンターたちは攻撃を叩き込んだ。
ハヴァマールはマテリアル放出を続けているが、ハンターはラストテリトリーでダメージを1点に集中させ、さらに回復に特化したハンターが彼女たちを癒していた。
アウローラで滑空したレイア・アローネ(ka4082)がソウルエッジの宿った剣でハヴァマールを斬り裂く。
すると、ハヴァマールを構成する骨が剥離していき、彼の体が完全に瓦解した。
暴食王は倒れた──のだが、終わりではない。
「そう簡単に終わるはずはない……とは思っていたが」
レイアはアウローラをハヴァマールを中心に旋回させて、青い瞳は未だ敵に狙いを定め続けている。
ハヴァマールは骨が瓦解する過程を逆再生するように、帝都にその巨体が再構成した。戦闘不能時に自動発動する自己修復による再生だ。これにより、欠損した右腕も修復されている。無傷の状態でハヴァマールは上体を起こした。
「予想通り、これは長期戦になりそうですわね……」
小毬が呟いた。彼女のいう通り、暴食王の、暴食および自己修復というスキル、同時にハンターたちが攻撃スキルを使うことを控えているので、威力も普段より少なくまたBSの付与も難しい。小毬は長期戦と、移動しながらの戦闘になるだろうことを見越して、修祓陣で味方の防御を補助していた。
『ふむ……さてはこの爆薬、帝都のそこかしこに設置してあると見た。ヴィルヘルミナと貴様らだけでなく、帝都そのものが巨大な罠か』
「手の内を晒すことはせぬが……、もしそうだとしたら剣王どんは止まってくれるのかの?」
ハヴァマールの言葉にカナタ・ハテナ(ka2130)が応じた。
『まさか。それで止まる判断ができるのなら、余はそもそもヴィルヘルミナの招きを断っていただろう』
「それもそうじゃのう」
『ともあれ、貴様らの動きはおおよそわかった。やはり小賢しいことは性に合わぬな』
暴食王の青い瞳が側面班を捉えた。
『無理やり突破することにしよう』
ハヴァマールは突進と同時に、マテリアル放出で側面班のハンターを薙ぎ払った。
ここでハヴァマールが正面ではなく側面を狙ったのは、正面にはボルディアとカナタという2人のラストテリトリー使用者がいたからだ。エステルはバランスを見てどちらかの班に参加するので、絶対に側面にいるとは言えない。
結果、メテオスウォームに似た広範囲攻撃が側面班のハンターに命中した。
「させないのです……!」
「通してたまるかよ!」
エステルと陸が被害を防ごうと動く。
『アレは細かい制御が効かぬな』
などと言い、ハヴァマールは2人を避けて腕を振り下ろすなどの通常攻撃も交えた。巨体を以ってすれば、それさえも範囲攻撃となる。何より巨体による進撃は並並ならぬ迫力があった。
(このままでは回復も防御も追いつかない……!)
セレスティア(ka2691)は人馬一体すら使用して回復に専念しているが、ハヴァマールのなりふり構わない攻撃の前では味方の生命力がどんどん削られていく。
小毬は自身が跨ったペガサスの雪花に、ハヴァマールの進路上にサンクチュアリを展開させた。
だが、不可侵の結界はハヴァマールの抵抗によって打ち破られて、光が解けて霧散する。
「それでも、止めますわ……! どんなに傷ついたって人はまた前へと進んで行ける、そう信じられるから。希望で紡ぐ明日の為に。皆が想い描いた迎えるべき未来の為に!」
すでに飛行状態にある雪花は立体的な動きでハヴァマールを止めようとする。
『はたき落としてくれ……ん?』
しかし、ハヴァマールは移動に使っていた腕に重さを感じた。
「だから、通さねえって言ってんだろ……!」
手元にはリュー・グランフェスト(ka2419)が守りの構えを発動していた。このスキルでは巨体であるハヴァマールを完全停止させることはできないが、移動に使っている腕ならば多少の効果があった。
「暴食の関係者に奪われてきた命は多い……その無念を伝える為に……!」
『それではまだ甘い。貴様も、その天馬も!』
ハヴァマールは守りの構えを振り払うと同時に、マテリアル放出によってリューと小毬を重点的に巻き込む攻撃をした。
ハヴァマールが動きはじめたことによって、リュー自身も移動可能となった。避けに徹すれば攻撃を回避することもできただろう。
「ここでお前は倒す!!」
リューは紋章剣で近接威力を増したエクスカリバーでハヴァマールの腕を斬りつけた。深い傷をつけることに成功したが、それはリューも同じだった。放出されたマテリアルの爆発に吹き飛ばされて地面を転がる。
「リュー君!」
セレスティアがロスヴァイセで駆け寄った。
「すまん、回復頼む……」
リューは覇者の剛勇の効果で戦闘不能状態から一応回復していた。
レイアはセレスティアの回復術が終わるまで2人の盾になるように飛んでいたが、ハヴァマールはとどめを刺すことより進むことを優先していた。
「雪花……!」
マテリアルの嵐に雪花は体勢を崩していた。墜落寸前で低空飛行状態である。
『まだ余の前にいるとは、気骨のある女と天馬だのう』
小毬は不敵な笑みを称えてこたえた。
「あら、あなたが私の前にいるの間違いではなくて?」
『ははは、面白い人間だ。──では墜ちよ』
鉄槌にも似た拳は、しかし小毬を掠めて、彼女の髪を揺らすだけだった。
「させないわよ……!」
ハヴァマールの腕には幻影の腕が絡みついていた。
未悠がファントムハンドで敵の腕を掴み軌道を逸らしたのだ。
「離さないん、だから……!」
マテリアルで編まれた魔法の腕はハヴァマールの怪力に引っ張られきりきりと悲鳴を上げている。
(今のうちに陣形が立て直せれば、まだ!)
未悠は足を踏ん張って可能な限り小毬から敵の腕を遠ざけ、足止めをしていた。
「女の意地、見せつけてあげるわ」
『貴様らと言い、ヴィルヘルミナと言い気骨がありすぎるというか、なんというか』
ハヴァマールは手のひらを未悠に向けた。
『逃げるなら今のうちだぞ』
「どうしてその必要があるのかしら」
覚醒により虹彩の細くなった瞳で未悠は臆することなくハヴァマールと対峙しいていた。
ハヴァマールがマテリアルを放出する刹那、彼の狙いがずれた。
『む……』
「こっちを無視してんじゃねぇよ!!」
陸が放ったブレイズウィングがハヴァマールの腕に突き刺さったからだ。
それでも暴食王はそのまま湧き上がるマテリアルを撃ち出した。
「思い通りにはさせません……!」
小毬も、このままハヴァマールを止めるのは不可能だと判断し、未悠を修祓陣の範囲内に納めるよう滑空する。
符の守りが未悠を包んだが、彼女は半身を強力なマテリアルに焼き焦がされてよろけた。
ハヴァマールはファントムハンドを引きちぎり進撃を再開する。だが、ハヴァマールは確かに見ていた。
(あの女といい男といい、最後まで余を止めることを優先しておったか)
リューと未悠という足止めスキルをもったハンターが倒れたことでハヴァマールは全速力で移動した。
こうして、ハヴァマールの行く手を遮るものはなくなったかに思えのだが、カインが機体を先回りさせていた。
「通さない」
-無銘-から光の翼が広げられた。ブラストハイロゥである。
『だがしかし、矮小な……!』
ハヴァマールは進路を変更することなく突進を続けた。
「なら、好都合だ」
カインは-無銘-の武装を刀に切り替えて待ち受ける。
「その腕、斬り落としてやる」
カインが振った刃を掠めるようにハヴァマールは飛んだ。2本の腕で不格好ながら、ブラストハイロゥの上を飛び越えたのだ。横転するように肩口から着地し、勢いで周囲の建物を破壊するハヴァマール。だが、これで完全に側面班を突破していた。
「止め……られなかった」
未悠が呟く。焼けた肌が空気に触れてキリキリ痛んでいたが、未悠は表情を曇らせることはなかった。
「陸も小毬も、ありがとう」
「お互い様ですわ。……今は体勢を立て直しましょう。このままハヴァマールに立ちふさがっても、無用な負傷者を出すだけです」
小毬が未悠を癒していた。暖かな光がガーゼのように傷に被さる。
「止められなかったのは、未悠だけのせいじゃないから」
陸も一時機体を休めて、声をかける。パラドックスすら使ったが完全に攻撃の軌道を逸らすことはできなかった。
「心配してくれるの?」
「そっちも無茶するなーってだけ」
「全く、回復は無限にできるわけではありませんのよ!」
一旦ハヴァマールは正面班に任せてこちらは回復に専念しなければならないだろう。未悠のペガサスのユノもヒールウィンドウで味方の傷を癒していた。追いつくにしても、2機のマスティマのプライマルシフトがあればなんとかなるはずだ。
●幕間(作戦)
「ふーむ」
フワ ハヤテ(ka0004)は考えていた。彼は刻令ゴーレム「Gnome」のH・Gとともに行動しており、暴食王の進路に先回りしてCモード「bind」を仕掛けていた。だがそれも突破されてしまった。ハヴァマールの抵抗値にスキル強度が届かなかったのだ。
フワはCモード「hole」などで落とし穴を仕掛けていたのだが、ハヴァマールがハンターの誘導を振り切ったことで設置していたものは無駄になってしまった。
「穴を仕掛ければ足止めにはなるだろう。だが、そのために整地、掘削作業自体に時間がかかる……」
ハヴァマールは現在まっすぐ帝都の壁を目指しているので進路を読むとはたやすい。だが、このままではハヴァマールは帝都の外へ辿り着いてしまうだろう。
(死者の掟が使えれば自己修復を封じられたかもしれないが……、何かしらの工夫がないと彼には通用しないだろう。今回は使えないね)
『こちらミグ・ロマイヤー。正面班ハンター聞こえておるな?』
魔導パイロットインカムからミグの声が聞こえた。
ミグは事前に爆薬の設置位置を記憶していた。
正面班だけでは足止めは難しい。でも、何もしないわけにはいかない。ミグはハヴァマールの現在の進路から、もっとも近い爆薬へ彼を誘導することを提案した。
『私からも考えがあります』
穂積 智里(ka6819)がトランシーバーで返信する。
『連携し暴食王が進みたくなるように見える道を作り爆薬ポイントへ誘導するのはどうでしょうか』
「進みたくなるとな?」
『はい。暴食王のような巨体から見る俯瞰図は、実際の起伏とは違って見えるんじゃないでしょうか。その部分を突き詰めて考えれば、進みやすい障害物のない道に見える隘路を作ることもできると思います。正直、暴食王がどこまで考えて行動しているかわからないので結局全てをなぎ倒して進みたい方へ進む可能性もあるんですけど……』
「ふむ。しばらくは正面班のみで行動せねばなるまい。使えるものは使うまでじゃ」
ミグと智里は事前に得た帝都の地図と周辺の建物の高さからおおよそのルートを選定した。
『先回りできんなら、穴掘って壁作る時間もあるだろ。俺もゴーレムに指示出しておく』
『この場合、障害であることがわかりやすい方がいいのかな? ま、ハヴァマールが穴に嵌ったら攻撃チャンスってところか。うん、いい感じにしておくよ』
通信を聞いていたボルディアとフワも刻令ゴーレム「Gnome」への指示を決めて動きはじめる。
『私もゴーレムさんを連れてきているので落とし穴など作っておきますね』
最後に智里がこたえて、通信は終了した。
(被害はあるが、再起不能なほどではない。これで済んだのは暴食王が逃げることを優先していたからだろうな……)
惣助は味方がハヴァマールに接近してからはグランドスラムを控えた射撃を行っていた。そして、彼からはすでに走り去ったシェリル・マイヤーズ(ka0509)の姿は見えなかった。
(ハヴァマールは議事堂から十分に離れた。巻き込まれる心配はないだろう……)
(無茶をしないと良いんだが……)
●逃走と闘争(番外地)
「へーか……とーさまみたいに……いなくなるの?」
議事堂が爆発した。もうもうと上がる煙、爆発音と瓦解した議事堂を見ればあの中にいた人間が無事で済むことがないくらい誰にでもわかった。
わかったのだけれど、シェリルにはある予感があった。かつてヒルデブラントがそうであったようにもしかしたらヴィルヘルミナも──。
(私は暴食王より陛下に逢いにいく……怒られても……困られても)
「シェリーさん」
呼びかけたヒヨス・アマミヤ(ka1403)が、ある図をシェリルに差し出した。
「これは……?」
「爆薬や帝国軍の配置を地図に書き込んでみたのです。シェリルさんが今からすることには必要ですよね?」
「気付いて……たんだ」
「死んでほしくない人がいるんです。シェリルさんは絶対悲しんで欲しくないから! シェリルさん。ヒヨスは応援してますよ!」
ヒヨスは笑って手を振って立ち去った。他にもこの図が必要であろう仲間に渡しに行くのだ。
「ありがとう……。こんなところでお別れは嫌……だから」
シェリルはリーリーのリリに乗って議事堂に向かって走っていた。
遠くでハヴァマールが建物を壊す音が聞こえている。彼は逃げているしハンターたちも追い立てているので議事堂付近はもう安全地帯だろう。
(伝えたいこと……言いたいこと……あるから)
(ミナお姉さんも無茶するよね)
ここにも議事堂に向かっているハンターがあった。魔導アーマー「プラヴァー」に搭乗するのはユノ(ka0806)である。
プラヴァーにはマテリアルレーダーをセットしてあり、対象が瓦礫の中にいようと捜索できる。
(無駄かもしれない。でも諦めるなんて全然無い)
(僕にとって大事なのはミナお姉さんだから)
●逃走と闘争(4)
「逃げられると思っていますか?」
艶のある挑発的な声でエルバッハが言った。ウルスラグナがプライマルシフトで正面班の仲間を一気に転移させている。
『暴食は計算が苦手であるからな』
「でしょうね。そうでなければ、あんな無茶な突破はしませんもの」
(この戦いにおいて果たすべきことはただひとつ、──暴食王の討伐)
(ですが、これではやや火力不足)
(今は時間稼ぎが必要でしょう)
側面班が復帰するまで、時間を稼ぐ必要がある。そのためにエルバッハ、また他のハンターもハヴァマールに言葉を投げかけた。
「王よ……何故、人類を脅した!」
ワイバーンに跨り飛翔するGacrux(ka2726)が叫んだ。
「脅せば警戒するに決まっている!!」
『ふむ』
ハヴァマールは視線を上げて、問いかける者の姿を捉えた。
『単純な話だ。余は、人類と分かり合うつもりはないからな』
「では……では、どうして交渉など持ちかけたのか!?」
『人類と歪虚が一定の距離を保ち休戦する上で必要だったからだ』
「俺はこのような騙し討ちをした帝国を良くは思わない。休戦を支持していたハンターも少なくなかった。戦争にただ怯えていたからではない。中には暴食と明日を夢見る者達もいたからだ!」
「そうじゃぞ、暴食王」
話を引き継いだのはミグだった。
「ミグは今でもかの者たちの生存を許せる世になるのではないかと期待しておるがの」
『その割に、貴様は攻撃の手を休めぬのだな』
「マスティマを預かる身としてはこの戦い参加して見届けるのが義務であるのでな」
それはそれとしてミグは自身の思っていることをハヴァマールに告げた。
「己とは違うもの、理解できぬ者たちを排除すべしというは不寛容の道じゃ。仮に歪虚王の生存が許される世界ならば人のために生きたいという歪虚にも日の目があったやも知れぬがその望みは絶たれてしまった。ハンター自身がそう決めてしまい、ハンターもいずれはそうなるのじゃろう。ハンターは自分自身でその存在を抹殺しうる死刑執行許可証にサインしてしまったようなものじゃ」
ミグは、敵に突きつけた銃口がいつかは自分の頭に向くのだと考えていた。
『余は暴食の王として休戦こそ提案する。が、王だからこそ人類と仲良く友達になるなどできはしない』
「では、暴食王としてでなく、ハヴァマール自身はどう考えるのか!?」
再度、Gacruxが問いかける。
「ハヴァマールの心は何と言っているのか!?」
『心?』
ハヴァマールはGacruxの言葉が不思議だと言うように繰り返した。
『何故、人類と歪虚が争っているか。それは歪虚が人間を捕食するからだ。貴様らが我々の獲物だからだ。特に暴食は本能的に獲物を襲ってしまう。自身の欲に制御が効かない。故に暴食なのだ。食いたいように食い、したいようにやる。後腐れなど考えぬ。後に腐るものなど残さぬ。──だから人類と歪虚が共存するには、歪虚の仕組みを変えるか、人類側が歪虚のために人命を差し出す覚悟がなければ成立しなかろう』
分かり合うつもりもないし、共存できる見込みもないとハヴァマールは語った。
「そう……、ですか」
Gacruxは暴食王に人類や世界を脅かさない確約ができるのではないか、アイゼンハンダー(kz0109)と紫電の刀鬼(kz0136)が投降を望んでいるのなら、その背中を押すことが暴食王ならできるのではないかと考えていた。だが、それは無理だった。そもそも彼らはそんなことを考えていない。
仮に心がそう願ったとしても、本能には逆らえない。
人が空腹や睡眠を無視し続ければ、それは命を脅かす苦痛となる。本能から彼らを解放する術がないのなら苦痛を強いることに他ならず、それは対等な共存とは言えない。
肉食動物と草食動物が決して対等な立場にはなれないように、言葉や意思でわかりあったように見えても、根本的な恐怖や苦痛はつきまとう。
『余にその問題は解決できないし、するつもりもない』
「じゃあ、手加減とか考えなくていいのかしら」
十色 エニア(ka0370)は迷っていた。暴食王から敵意を感じないので、攻撃する気が起きなかったのだ。リレィンの鬣にも乱れは少ない。
『随分と余裕があるのだな』
「相手を一方的に殴るのもどうかなーって思っていたんだよ。最期がそれってのも不服でしょ?」
『余は殴られて終わるつもりはないぞ』
「そう。安心した」
エニアが鎌を構え直した。その刃にハヴァマールの鬼火に似た瞳が映っている。
「一応自称だけど、わたし死神なの。ほら、死に際には死神が迎えに来るっていうし? レクイエムがあってもいいじゃない」
ファルセットソングが味方の刃を研ぎ澄ませていく。
ウィガールが装備した刀がさらに鋭くなる。すでにアーサー・ホーガン(ka0471)はソウルエッジで魔法の加護を施している。
風すら斬り落とす速さでアーサーはハヴァマールの腕を狙う。リューと陸がつけた傷に合わせて追撃を繰り返していく。2人の攻撃はハヴァマールを止められはしなかったが、決して無駄ではない。
『余を止めるにはまだ浅いぞ?』
「だったら何度も斬りつければいいだろうがよ!」
『立っていられればな』
ハヴァマールが拳を叩きつけウィガールの装甲が凹む。
「悪いが回復手厚く頼む!」
だが、最初から前線で敵を止めることを考えていたアーサーにとっては想定内の負傷だった。
「了解ですぅ。スーちゃん行きますよぉ」
ペガサスのスーちゃんに乗った星野 ハナ(ka5852)はウィガールを効果範囲に収めて仰し福音を発動する。
「ここで倒せないと帝都壊滅ですもんねぇ。やるしかないですぅ。ですけどぉ……」
不満げ、というか明らかに不満そうにハナがハヴァマールを睨んだ。
「……暴食のスキルむかつきますぅ。あれがなきゃもっと倒しやすいのにぃ」
符術師は攻撃にスキルを用いることが多い。だが暴食の前ではスキルゲージの増加に寄与してしまうので、ハナは直接ブッコロせずに味方の支援をしていた。
ハヴァマールは正面班を避けて進路を変えようと振り向いた時、動きが少し止まった。
行きたい方向の地面に穴があったからだ。
「あの時間だと、穴を掘るだけで精一杯だったよ。もっと落とし穴を作っておきたかったんだけどね」
フワとボルディア、智里のゴーレムが作った障害物である。フワはロープなどを用意して落とし穴を作る気でいたのだが、時間がなかった。
(bindはダメだったけど、直接的な穴ならば流石にこたえるだろう?)
もしこれが壁ならば、ハヴァマールはその図体で破壊していける。だが穴となると確実に腕を取られる。移動速度が落ちることだろう。
「どうした、腕が止まってるぜ」
すかさずアーサーが斬り込んでくる。
が、ハヴァマールも周囲の建物をなぎ倒して腕を振るった。
アーサーは姿勢を屈め、頭上に掲げた盾で敵の腕を滑らせることでぎりぎり回避する。
(今の攻撃で、穴が埋まったか……!)
倒れた建物で、ゴーレムたちが掘った穴が埋まってしまったのだ。
ハヴァマールもこれで、穴に邪魔されずに進めると判断した。
だが──ミグはそれすら利用した。
「今、攻撃のあった範囲を目指して飛べ!」
「了解」
マリィアが魔導パイロットインカムでミグの声を聞いた。
側面班は傷を癒し、再度戦闘可能になっていた。
マリィアが味方をプライマルシフトの範囲に収める。
「急に景色が変わったからって、びっくりしないでよね──!」
それぞれのハンターの視界が一瞬暗転したのち、凶悪な負のマテリアルの気配が肌にまとわりついた。
刹那にして側面班はハヴァマール付近に展開を完了する。穴はハヴァマールが埋めてしまったし、周囲の建物も壊したのでちょっとした更地になっている。
「さっきぶりね、暴食王」
morte anjoが緩やかに翼を広げる。
「次の別れを最期にしましょうか」
ブレイズウィングがハヴァマールの体に突き刺さった。
そして、その傷を焦がすように小夜がファイアーボールを放った。
「もう……倒すしかあらへん……。でも……あの提案が、もし──」
ハヴァマールのマテリアルが吹き荒れて小夜の言葉がかき消されてしまった。
側面班が合流したことにより攻撃が苛烈さを増し、ハヴァマールにダメージが蓄積していく。
ハンターは腕を重点的に狙っている。ハヴァマールもその狙いを理解していたし、移動のためには腕が必須ある。他の部分を多少犠牲にしてでもハヴァマールは移動を続けることを選んだ。
(このまま行けば、次の爆薬に引っかかるはずです)
智里が計算する。
ハンターは進路を誘導し、あるいは後ろから追い立てる。その思惑はうまく行き、ハヴァマールは2個目の爆薬を起動させた。
爆風で烟る中でハヴァマールが確かに崩折れた。が、煙の中から腕が突き出たかと思いきや、無傷のハヴァマールが何事もなかったかのように駆け出しはじめたではないか。
ちょうど、起爆したタイミングで体力が尽き自己修復が発動したのだ。
「むうぅ、自動発動の回復というより復元じみたアレは厄介ですぅ……」
ハナは味方を癒しながら呟いた。
「でも、無限に再生できるとは思えないの。こっちが倒れなければきっと倒せるの!」
ディーナはリーリーの移動力で巧みに戦場を駆け抜けフルリカバリーやリザレクションで戦線を支えていた。序盤にミレニアムによる防御の底上げで味方を守ったこともありまだ回復スキルは残っていた。
●幕間(思考)
ハヴァマールは全力で逃げていた。逃げることを恥だとは思っていない。本能がそう叫ぶから、そのために全力なのだ。全力なのだから後悔なんてあるはずもない。
帝都中に爆薬があることはすでに理解している。だが、どこにあるかなんてわからない。であるならば、傷付くことを理解して最短距離で帝都外を目指すことこそ上策。何回爆発に巻き込まれたか、数えてはいない。
自己修復のためのマテリアルはまだ残っているはず。
まだ、まだまだあるはず。
まだ、まだ。
まだ──。
●逃走と闘争(終点)
爆発でハヴァマールの腕が吹き飛んだ。
「照らし出せ……フーガ!!」
エストレリア・フーガのブレイズウィングが星のマテリアルを束ねた。機体の胸部に、流星のような青白い光が奔り魔法陣を描いてゆく。
「ヒトは神なしで歩いていかなきゃいけない。決別の一条を示す──!」
魔法陣から生み出された光弾が、ハヴァマールを虹色の輝きに包み込んだ。
ハルマゲドンを使用したエストレリア・フーガのエンジンが、過負荷に冷却を要請する。回復にはしばらくかかると陸は判断したのだが、機体が祝福の詠唱を受けてすぐさまエンジンが元どおりに稼働を開始した。
「これで問題ないですよね?」
セレスティアのゴッドブレスが状態異常を回復したのだ。
「ありがとう、行って来る!」
ハヴァマールはハルマゲドンの効果で防御が機能していなかった。惣助の徹甲榴弾が突き刺さり、爆発して骨を剥がしていく。Gacruxはワイバーンで回り込み腕を斬りつけている。
何度目かの自己修復が発動して、ハヴァマールは完全回復し立ち上がる。
「それにはもう慣れたっての!」
アーサーがハヴァマールの正面に幻糸の柱を展開して立ち塞がる。
今までハヴァマールが足止めスキルを突破したのを見る限り、おそらく幻糸の柱も敵の抵抗は上回っていない。それでも別の効果があった。
『見えぬのなら、付き合わぬという方法もある』
「それはテメェの事情だろうが!!」
その結界からボルディアが飛び出し、斧で斬りつけた。
幻糸の柱の視覚妨害効果によりハヴァマールの反応が少し遅れる。ぱっくりとした傷が腕を走る。
「いい加減止まりやがれ!」
返す刀でもう一閃、腕を斬り裂くボルディア。その身体は炎獣憑依の儀『禍狗』の呪いにより暴力性が増している。
『貴様は少々邪魔だな』
ハヴァマールは手のひらを広げてボルディアを掴みにかかった。投げ飛ばしてしまうつもりなのだ。
だが、ボルディアも斧を盾として構え、穂先と柄で手が閉じきらぬように堪えていた。
『このまま押しつぶしてもよいのだぞ』
「できるもんならやってみろよ……!」
ボルディアは全身が軋みを上げるのを感じていた。禍狗の効果があるとはいえ、気を抜いたらすぐにでも潰される。
「俺がいる限り、仲間は死なせねぇ……! そんで……、俺はッ! 仲間を信じている……!」
『そうか』
ハヴァマールの掌がついにボルディアを押しつぶした。その勢いに周囲が揺れて粉塵が上がる。
(む。潰した感触がない)
(あの人間、いずこかに消えたな……?)
「間に合いましたね……」
はじめが額の汗を拭った。彼は、特別仕様「三毛丸といっしょ」のコックピットから抜け出し、生身で地上に降りていた。
「万が一の時に符術を用意しておいて正解だったようですね」
はじめとハヴァマールを結ぶ直線上に、ボルディアの姿があった。
「ありがとな、はじめ。助かった」
「どういたしまして。プラヴァーから降りる必要がありましたから、すぐに助けられなくてすみません」
「大丈夫だ、俺はまだまだ元気だからな!」
「それはそれとして、治療は受けて欲しいの」
ディーナが駆け寄ってフルリカバリーを施した。
はじめが八卦灯籠流しでボルディアを移動させたのだ。このスキルを使うにはスキルトレースではレベルが足りないために、はじめはユニット搭乗状態を解除する必要があったのだ。
「さて、機体からは降りてしまいましたし、戦いも終盤のようですね」
はじめはプラヴァーへの再搭乗よりも符術で戦うことを選択し、使った分の符をリロードする。
「頃合いもちょうどいい」
時間経過によって、ボルディアの体を侵食した呪いは薄れていく。だが、それこそがトリガーだ。ボルディアの肉体だけには止まらないほどの焔が天を焦がす。
「その腕は貰ってくぜ」
ボルディアが斧を振った。本来ならハヴァマールに届かず空振りになるはずのそれは、焔を束ねたような刃によって彼の腕を切断した。
神獣憑依の儀『猛紅狗天焔』による武器射程の増大である。
「回復はまだあるから、攻撃に専念して欲しいの! それに重い傷は私が絶対見逃さないの!」
ディーナが味方に呼びかけた。
「これで存分に斬り刻む事ができますか。正直に言うと──」
ハンスがR7エクスシアの刀を閃かせ、もう一方の腕を引き斬る。
「嫌いな分、もう少しばかり叩き斬っても良い気分なのですが、それに時間を使うのも惜しいですね。さくっと終わらせましょう」
「ではその魁はミグが務めるとするかの」
ミグがビッグ・バウのエンジンを限界まで駆動させる。
「味方は巻き込まぬつもりじゃが、上空にいるものは退避せよ。これは加減が効かぬし、加減ができる状況でもないのでな──!」
ハヴァマールの頭上に光球が現れ、虹色の光を発した。ハルマゲドンによる絶対命中を約束されたマスティマの技だった。味方を巻き込まぬよう上空を起点にしたため敵の体全ては覆えないが、それでも光はハヴァマールの体に滑り込み内部から骨同士の結合を剥離していく。
「ハヴァマール、これで最後だ」
リューが構えるエクスカリバーが、彼のマテリアルを受けて煌めき、周りを栄光の輝きに包んでいく。ナイツ・オブ・ラウンドによる世界法則への干渉だ。
「その加護、少々お借りします」
そう言ったはじめは御霊符によって式神をつくり出していた。本来なら暴食王相手の戦力にならないはずのそれはナイツ・オブ・ラウンズの効果を受けて高い近接攻撃力を獲得した。
「攻撃の頭数は多い方が良いでしょう?」
『動けずともできることはある』
ハヴァマールはマテリアルを撒き散らして遮二無二攻撃した。
式神を戦力化することに成功しても、敵に近づき攻撃に耐えなければ即座にただの紙に還るだけだ。ハヴァマールの攻撃はそれに十分な威力を秘めていたのだが、それを解決したのもやはりラストテリトリーだった。
「倒れるわけにはいかないのです……!」
エステルが効果範囲に割り込んでラストテリトリーで攻撃を受け止めていた。
「リアルブルーさんもがんばっているのです。わたくしもがんばるのです……!」
開戦前に、エステルはリアルブルーと声を交わしていた。
「力の封印ありがとうございました。でもこれ以上の無茶はダメですからね」
『君も死なないように気をつけなよ』
「はいっ。では行ってきます」
「死なないために、死なせないために──」
エステルは地上の建物をファイアーボールで破壊し、より味方が動きやすいように戦場を整えた。
「もう終わらせるのです!」
「失われた命に報いる為に、変わらぬ明日を守る為に。戦って、生きて、想いを繋いで、未来を作っていくわ。細やかな幸せが、ありふれた毎日が、ずっとずっと続くこと──それが私達の……ヒトの夢なのよ!」
未悠がハヴァマールを斬り裂いた。血液のようにマテリアルが噴出して霧のように霧散する。
ハヴァマールの残った腕をレイアがワイバーンで急降下して剣で突き刺した。
「長らく我らを苦しめてきた暴食の歪虚、その因縁ここで終わらせよう!」
セレスティアが人馬一体を使い、狙いを悟らせずに斬り込んでいく。
「ロスヴァイセ、あと少し、頑張って……!」
リューのワイバーンのシエルもナイツ・オブ・ラウンドの加護を受けた体でハヴァマールへ突進しその顎を爪で抉り取った。はじめの式神が顎を打ち抜き腕を狙うハンターを視認させないようにする。
「何度も相対した。殺されかけ、価値観の合わずとも言葉を交わした──」
その一振りに、リューは全ての想いを乗せる。
「直接やりあった者だからこそ感じた想い。もし、後世に任せる事になれば、ここまでの想いのやり取りは無くなり犠牲を払う初めからの構築となるだろう。だから、守護者として、何より人として──アンタを倒す!」
エクスカリバーがハヴァマールの腕を斬り飛ばした。
両腕を失った暴食王が首を垂れるように地面に倒れる。
「これで移動の心配もなさそうですね。ようやく私も攻撃できそうです」
その正面にいたウルスラグナが黄金の翼を広げた。
(自己修復すれば……)
と、ハヴァマールは思う。
(まだ……、いや、もう……)
「少々お手伝いさせていただきますぅ」
ハナが地脈鳴動により大地のマテリアルの流れをウルスラグナに接続した。
「はじめまして暴食王。そして、さようなら。もう会うことはないでしょう」
ウルスラグナのブレイズウィングが暴食王の背中に墓標のように突き刺さった。
『終わり……か』
それらの傷口からは、粒子のようなマテリアルが溢れ出て止まらなかった。もう、自己修復は発動しなかった。
「さっさと償うもの償って、来世で会いましょ」
鎌を抱いたエニアが暴食王に言葉を送る。
『余には無縁の言葉だな』
「そうなの?」
「剣王どん」
カナタが消えゆくハヴァマールに駆け寄った。彼は徐々に消滅しており、完全に残っているのは頭だけだった。
「膝枕をしてやりたかったのじゃが、ちょっと大きすぎてできぬのう……」
『それは残念だ』
「なでなでで許して欲しいのじゃ」
『構わぬ。好きにするが良い』
「うむ」
ぴとっと抱きつくようにカナタはハヴァマールの頭部を撫でた。
「すまんの。カナタは投票行かなかったのじゃ。剣王どんを倒したくもある一方で共に北伐もしたくもあり、決心がつかなくての。今もちょっと素直には喜べぬ妙な気分なのじゃ」
『そうであったか。ともあれ余もこれで最後だ。貴様らの勝ちであるな』
「暴食王、俺は──まだ疑問に思う事があります」
Gacruxが言った。
「人の優しさに気付く事が出来るのは、王にも同じ心があったからではないのですか? 俺はもう……歪虚だとか人間だとか、沢山なんです。心を見れば相手が何者であるか分かる筈でしょう」
『心を感情と捉えて良いのかわからぬが、そうだとするのなら余にはそもそも感情はない。だからこそ憎悪の受け皿、死者の妄念の器として、この世界が終わった方がいいのかどうかを力試ししようと思ったのだ。情けではなく力による裁定である。そして、ここにあるのは余が倒れたという事実のみだろう』
さっぱりと暴食王は答えた。
『貴様には、余が何に見える?』
Gacruxは答えに窮した。
『心とやらはあると思えばあるのだろうし、ないと思えばどこにもない。貴様が余を何と心得るかまでは、余が口出しすることではない。貴様が見て感じたものこそ、貴様の真実だ』
「これで終わりなのか、剣王どん」
ハヴァマールの頭も消滅を開始していた。
カナタはぎゅっと一層彼を抱きしめた。
「人はいずれ誰しも死ぬのじゃが、その時、走馬灯を見るという話なのじゃ。仲間との楽しいひと時や戦いの心地よい充実感とか人それぞれじゃが……剣王どんは、どうかの? やりきったかの」
『余は暴食であるぞ』
鷹揚にハヴァマールが最後の言葉を紡いだ。
『暴食は歯止めを知らぬ。やるときはいつも全力しか出せない。それでどういう結果になろうとも、いつだって満足しておる』
あるがままを良しとする、とハヴァマールは言った。だからきっと、来世のことを考える暇もないのだ。
「そうか……なら、良かったのじゃ」
『誇れ。貴様らは生き抜く命の在り方を示したのだ。我が使命……我が裁定は、終わった』
抱きしめていたものが軽くなった。カナタの腕の中にハヴァマールはもういない。この世のどこにも暴食王と呼ばれた歪虚はいなくなった。
「さらばだ、歪虚王。ミグらもすぐ行くことになるじゃろうがな」
コックピットで呟かれたミグの言葉の行く先は、未来でわかることだ。
「あの提案がもし──」
小夜が戦いの最中に消えてしまった言葉を今一度吐き出した。ハヴァマールとの会話を聞いていればそれが無理だとわかっても、そうであったらよかったのに、と思って。
「休戦やなくて……終戦だったら……良かったのに、ね」
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ゆくなが | 26人 |
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