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(ka0000)
【星罰】不死なる者へと捧ぐユメ「災厄の十三魔討伐」リプレイ


▼【星罰】グランドシナリオ「不死なる者へと捧ぐユメ」(10/4?10/25)▼
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作戦2:「災厄の十三魔討伐」リプレイ
- 神楽(ka2032)
- 紫電の刀鬼(kz0136)
- アイゼンハンダー(kz0109)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
- ヒース・R・ウォーカー(ka0145)
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- アルスレーテ・フュラー(ka6148)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)
- コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)
- エファ(ka6071)
- トリプルJ(ka6653)
- ルベーノ・バルバライン(ka6752)
- フィロ(ka6966)
- 仙堂 紫苑(ka5953)
- 岩井崎 メル(ka0520)
- シュネー・シュヴァルツ(ka0352)
- 南護 炎(ka6651)
- 鞍馬 真(ka5819)
- アリア・セリウス(ka6424)
- イツキ・ウィオラス(ka6512)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- 夢路 まよい(ka1328)
- ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)
- アウレール・V・ブラオラント(ka2531)
●燃ゆる栄光の都
帝都が、燃える。雨のように降り注ぐ砲弾。死者達の悲鳴。そしてかつて威容を誇った巨城が崩れ落ちる轟音。火炎が血のごとく戦場を彩る。
(……始まったっすね)
魔導アーマーが砲弾を撃つ度に微かに揺れる城壁を背に、神楽(ka2032)が歩き出す。彼が目指す場所は暴食王のもとではなく、災厄の十三魔達の前でもない。まなざしはここではない場所へと向けられていた。
かつての教会の屋根に降り立った紫電の刀鬼(kz0136)は真っ先に状況を把握するべく周囲を見回した。
『どうしてもpresidentのもとへ行くデースか? あっちはterribleがいっぱいデース。例え離れ離れになってもまだchanceは……』
彼は自分よりも遥か下、地表を駆ける戦友へ逃げるよう促す。しかしアイゼンハンダー(kz0109)は足を止めない。
「いいえ、刀鬼殿。私はハヴァマール司令に仕える一兵卒。司令は一介の死者に過ぎぬ私に存在する意味を与えてくださった。このご恩に報わなければなりません」
『Well……』
アイゼンハンダーを追いながら項垂れる刀鬼。彼とて暴食王ハヴァマールとアイゼンハンダーに恩がある。ゆえにふたりを見捨てる気はないのだが、己の身ひとつでは守れるものに限りがあると理解していた。
(せめてアイちゃんだけでもと思ったんデスけどね……)
どうしたものかと考えながら刀鬼が再び屋根を蹴ったその時、強烈な閃光が彼の胸元を掠めた。
『What!?』
空中でバランスを崩すも、辛うじて膝をつき着地する刀鬼。彼は背後にいるアイゼンハンダーを守るように大刀を構え、存在しない眼で周囲を睨みつけた。燃え盛る街に不釣り合いなほど朗らかな笑みを浮かべた青年がそこに、いる。
「わっふー。特に恨みないですけど、お兄さん達はあっちに行くです? それはだめですー」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は自らに超覚醒を施しており、デルタレイを放ったばかりの杖を構えていた。笑顔の裏に潜む純粋な殺意がじわりと空間に漂う。
「ここで君達と王様が生きちゃうと、僕の大事な子が後で困るです。……だから、ごめんなさいね?」
この青年を放置するのも危険だが、暴食王が危機に陥っている現状で足を止めるわけにはいかない。アイゼンハンダーは右腕を構えると刀鬼の動向を横目で窺った。
「刀鬼殿、如何されますか」
『厄介デスね……アイちゃんはpresidentのもとへ。ここはミーに任せてくだサイ。戦場を掻き回すのは得意デスからネ』
刀鬼の声音が今までにないほど重い。アイゼンハンダーは彼の覚悟に敬礼で謝意を示すと地面が抉れるほどの脚力で走り出した。
「どうか、御武運を!」
『アイちゃんこそ。ずっと我慢の子だったんデスから、最後ぐらい思いっきり我儘ブチかましてくだサーイ!』
刀鬼はせめて最後ぐらいはと明るく戦友を見送り、アイゼンハンダーとは逆の方角へ宙を駆けた。アルマがバイクのエンジンを勢いよく吹かす。
「逃げるですか!」
『もちろん。ミーは死にたくないのでここでおさらばデース!』
刀鬼は決心していた。アイゼンハンダーが暴食王に辿り着くまで敵陣を自慢の俊足で攪乱し、どこまでも逃げ、生き延びてみせると。
●天駆ける紫電
紫電の刀鬼が着地した先。炎の向こうで馴染みの顔がどこか寂しげに笑った。
「多分最後だからねぇ。……お前と戦うのはとても楽しかったよ。お前たちと北の地へ旅してみたかったんだけどねぇ」
僅かな感傷を残し、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が走り去る。
『……BOY?』
刀鬼がヘルメットを小さく傾けた。ヒースは戦場にありながら敵意を持たず、深い哀愁を漂わせていたのだから。
だが刀鬼が深く思考することを状況が許さない。正のマテリアルを滾らせたハンター達がアルマの通信を受け、次々と彼のもとに集まり始めたのだ。
まずは真っ先に超覚醒を済ませたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が焔舞と立体攻撃を駆使し、瓦礫をものともせず突進。圧倒的な速度で刀鬼に追いすがり、天誅殺の力を宿した騎士刀で斬りつけた。
『ぐっ!?』
精緻な太刀筋が刀鬼の脚部外殻を叩き割る。このままハンターに囲まれようものなら戦力の分散が叶わなくなる――アイゼンハンダーが危ない!
『生憎、やられてあげるわけにはいきまセンのでね。RISING SUN!』
刀鬼はエネルギー体へと姿を変じた。目指すは城壁の外だ。雷光に似た輝きは彼の居場所を容易に示すが、尋常ならぬ速度が刀鬼そのものを捕らえることを許さない。
「逃げるか、刀鬼!」
アルトが叫んだその時。金色のオーラを纏ったアルスレーテ・フュラー(ka6148)が軽やかに地を蹴り、明鏡止水を発動させた。
『ッ!? 何故ミーに追いつくことが!』
アルスレーテが刀鬼の氣の流れをトレースし、一瞬で高所へと逃げた彼の前に立ち塞がる。そして留まることなくハイキックを見舞い、強烈な衝撃で相手の動きを封じた。
「ここで終わると思わないことね!」
続けて九想乱麻を併せた「災いの娘」と「繰り返す災い」のコンビネーションを受け、刀鬼が大きく体勢を崩した。
『がっ!?』
今や身を守ることさえできなくなった刀鬼にアルスレーテが気だるげに宣告する。
「あんた達の望みは停戦だったのかもしれないけど、こんな状況になったのは今までに恨みを買いすぎたって証ね。恨むなら過去の自分達を恨みなさい」
彼女は身を強張らせた刀鬼から目を離すことなく、トランシーバーで現在位置をハンター達に知らせる。それを受けたリューリ・ハルマ(ka0502)は親友のアルトと視線を交わし現場へ走った。
(倒すと決まればぐーぱんちだよねっ。アルトちゃんが戦いやすいように全力サポートするのが私の役目。頑張るんだからっ!)
一方、刀鬼の外殻は少しずつその形状を取り戻そうとしていた。驚異的な再生能力。それが今まで刀鬼を災厄の十三魔たらしめた力のひとつだ。
立ち並ぶ建造物の屋上からそれを見とめたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は蒼姫刀「魂奏竜胆」に蒼刃共鳴の力を宿した。
「相変わらずの回復力ね。……私達も長い付き合いよね、刀鬼。だけど今日こそ貴方と貴方の背負ったものを終わらせてあげる!」
蒼白く輝く蒼姫刀から閃光が迸りはじめる。かつて刀鬼の過去を垣間見たユーリは彼に死という救済を与えようと駆けだした。
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は通信を受けるとガトリングガンを抱え、ひたすらに馬を走らせた。
(もはや何も言うことはない。奴らが世界の敵である以上我らの手で滅ぼすだけだ)
軍人として生きてきたコーネリアの意思は固い。目標ポイントに到達すると、アルスレーテの前で膝をつく刀鬼に銃口を向ける。既に照準は合わせた。後は己のマテリアルを弾丸に込め、トリガーを引けばいい。
エファ(ka6071)もフライングスレッドを駆り、刀鬼へと向かう。
「僕は戦闘で直接、役に立てられないですからね……。この策に刀鬼が墜ちてくれると良いのですが」
彼は胸元から一枚の紙を取り出すと小さく頷いた。それは細かく書き込まれた帝都の地図。彼の秘策が記してあるものだ。
(いずれにせよ刀鬼を追い込むには全員で息を合わせる必要があるでしょう。僕は情報を駆使し、皆さんを支えないと!)
その頃、トリプルJ(ka6653)は瓦礫の間を縫うようにバイクで疾走した。
(紫電の刀鬼……俺様がこの腕で掴んでやる。ここまで来たからには逃がすなんてヘマは踏まねえからな)
無意識に右腕に力が入る。この腕から放つ幻影で奴の足を止め、仲間を守り、全てを終わらせるのだと。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)とフィロ(ka6966)もバイクを駆りながら刀鬼のいる屋根に視線を向けた。
「ルベーノ様、本日のオーダーは?」
「我らは刀鬼を捉え次第、タイミングを僅かにずらし白虎神拳を叩き込む。次いで互いの行動不能が効いている間に鎧徹しで中に直接ダメージを入れて倒す。そういう策だ。分かり易かろう、フィロよ」
「はい。シンプルでありながら手堅く、現状において最適なルーティンと存じます。ここは全力で参りましょう!」
そう言ってアクセルを全開にするフィロ。彼女の背を追うルベーノは「これはいい、十分な戦意ではないか」と不敵に笑い、バイクの速度を大きく引き上げた。
そんな中――先ほど刀鬼へ魔法を放ったアルマは刀鬼に追いつき再度杖を向けた。その隣で仙堂 紫苑(ka5953)が冷淡な顔を見せる。
「正直に言おう、俺はこの戦いに意味を見出せない。だがお前に協力を請われた以上は仕事をしよう。戦闘装置の様に坦々とな」
「わぅ。シオンの言ってることはわかってるつもりです。でも我儘につきあってくれてありがとーです!」
無邪気に感謝する相棒アルマにふっと笑い、紫苑が星神器「アヌビス」を構える。
(紫電の刀鬼は驚異的な治癒力を持つという。俺の呪縛と奴の生命力、どちらが克つか勝負させてもらうとするか)
アヌビスに己のマテリアルを送り込み複雑怪奇な封印の力を紡ぐ紫苑。彼は傷が癒えていく刀鬼へ高じた力を解放した。
「死したる者を地へ束縛せよ、死者の掟!」
破邪の力が刀鬼の治癒力を封じる。もはや外殻は装甲の用を為さぬ形だけのもの。刀鬼が苦々しく呻いた。
紫苑が叫ぶ。
「いいか、奴の治癒は封じたが死者の掟が効いているのは僅かな時間だ。それまでに決着をつけるぞ!」
「「「了解!」」」
周囲から、通信機器から、ハンター達の声が重なる。全ては果てない戦を終わらせるため。戦場にある彼らにもう、迷いはなかった。
●鉄の腕の意思
(戦い続ける人が居るのは仕方ない。それも個性だし尊重されるべきでしょう。……でも、こんな急な……個人の犠牲を伴って無理に引かれる幕なんて嫌だっ!!)
岩井崎 メル(ka0520)は叫び出したいほどの焦燥感を抑え込み、崩壊する街を駆ける。彼女は今に至るまで多くのものを失い続けた。闘争の中で消耗しきった精神は今にもぷつりと切れてしまいそうだ。
その時、彼女と共に駆けるシュネー・シュヴァルツ(ka0352)がトランシーバーから流れる音声に目を見開いた。
「岩井崎さん、ウォーカーさんから通信です。この先……帝都中心部に続く街道で建造物が横から突き崩された区域があると」
「それってまさか……暴食王への最短ルート!?」
メルがすぐさまVOBを発動させ、炸裂するマテリアルの勢いに身を任せる。そして幾度の跳躍を繰り返した末に軍服姿の歪虚を目にした。
「アイゼンハンダーっ!!」
「工兵……!?」
ぎくりと振り返るアイゼンハンダーにメルが武器を持たず飛び込んでいく。
「落ち着いて、私は敵じゃない。君を助けたくてここまで来たんだよ!」
「助けに?」
「そう。君はこれからどうしたいの? 君の望みを叶えたいんだ。もし君が生きたいのなら私は何をしてでも……!」
メルの懸命な問いかけにアイゼンハンダーは当初小首を傾げたが、その意図をすぐに理解し「ありがとう」と柔和に微笑んだ。
「私はこれからハヴァマール司令の救出に向かう。それが暴食の一兵卒たる私に刻み込まれた責務。何より大恩ある司令を救いに向かえることは誉れ高き使命なんだ」
その答えにメルは唖然とした。アイゼンハンダーは感情に溺れていない。むしろ、極めて冷静だ。
いっそヒトへの憎しみに身を焦がすか、この状況を嘆いてでもくれていたらどれほど救われただろうか。
「そんな……私は、故郷にみんなが大手振って帰れる世界になるまで君と生き延びたいって……その為なら私はハンターだって人間だって辞めようと……思って……!」
「……ごめんなさい。私は君の気持ちをとてもあたたかく感じている。君の願いにも深く感謝している。でも私は今こそ、この命を使いたいんだ。大切なものを守るために」
アイゼンハンダーはかつてのクリピクロウズと自分をこの情景に重ねた。クリピクロウズが救済を求めずともかつての自分は反動存在に拳を振り上げた。その先に避けられぬ消失があると知っていても。
(あなたは……あの時の私だ)
だから今のメルの痛みがわかる。救うことのできない苦しさが。どうしようもない切なさにアイゼンハンダーはメルの背を撫でた。
――だがその時「アイゼンハンダーだ! アイゼンハンダーがここにいるッ!!」と南護 炎(ka6651)の鋭い声が響き渡った。
炎は歪虚の存在を決して許さない男だ。劫火の如き執念でここに辿り着き、息を整えると刀を大上段に構えた。
「駄目っ!」
メルが咄嗟に身を翻し、己が身を盾にアイゼンハンダーを庇う。そこにヒースも駆けつけふたりを庇うように両手を広げた。炎の凛々しい顔にたちまち潔癖な怒りが表れる。
「何を考えている! ハンターが十三魔の味方をするなんて言語道断、恥を知れ!!」
全てを燃やし尽くすような凄まじい怒気。だがヒースは彼の激情を感じながらも目を逸らさない。
「戦う理由のない相手に罠をしかけて討とうなんて気に入らないんでねぇ。それに、アイゼンハンダーたちの提案の方が面白かったからねぇ」
「ならば!」
炎が躊躇なく大きく踏み込み、刀を振るう。ヒースが歯を食いしばったその瞬間――猛る刃がしなやかな鞭に弾かれた。
「っ!?」
「えっと……少しだけ待ってくれると嬉しいです」
鞭の主はシュネー。彼女は先行するメルとヒースを懸命に追ってきたのだ。
「お願いします。複数の希望で戦争が起こるのなら、ついでにたった一人の誰かの希望ぐらい叶ってもいいじゃないですか……!」
互いの鋭いまなざしが交錯する。敵を留め、時間を稼ぐという意味では会話も悪い手ではない。稼いだ時間で包囲もできる。
だが、それでアイゼンハンダーがいつまでも留まる確証もないのだ。
このままでは――アイゼンハンダーは覚悟を決めた。
「工兵、叛徒……私はどうも物覚えがよくなくてね。今更だがあなた達の名前を教えてくれないか」
「岩井崎、メル」
「ヒースだ。ヒース・R・ウォーカー」
「ありがとう、ずっと忘れないよ。メル、ヒース……私は『相手がどう思おうとも救いたい、救われてほしい』という気持ちを否定しないよ。だってそれは自分自身を救うために必要なものだから」
そう、否定してはいけない。あの時クリピクロウズが自分を否定しなかったように。
「けれど私の命は私のためにある。説得してくれて、助けに来てくれてありがとう。嬉しかった……私の友達」
アイゼンハンダーは今にも泣き出しそうな笑顔のまま右腕でメルとヒースをしたたかに打った。メルが小さく息を漏らし、倒れる。ヒースは辛うじて踏みとどまった。
「っ……前に言った気もするけど念の為言っておく。……自分の納得できる終わり方を見つけなよ……アイゼンハンダー……」
そう言い残して崩れ落ちるヒース。アイゼンハンダーはふたりを抱きかかえ、シュネーと向き合った。
「ふたりを、私の友人をお願いします」
「……わかりました。私は貴女達歪虚を赦せる訳ではないですが……それを呑み込まないと、戦争に終わりはない気がする、ので。……どうか佳い結末を」
「そうか……そうだな。すまない。あなたにも、我慢をさせる」
シュネーがいくつもの感情を呑み込んで盟友達に肩を貸し、後退する。それを見届けた炎はアイゼンハンダーに向けて「これで存分にやりあえるな」と刀を構えた。
――この一連の流れを物陰で見守っていた鞍馬 真(ka5819)は戸惑いを掻き消すように首を振った。
(アイゼンハンダーは暴食王のもとへ行くことを選んだ。……私は仕事に感情は挟まない。やるべきことをやるだけだ)
両手には馴染みの二振りの剣。その重みがハンターとしての意識を引き戻してくれる。真は瞬脚を用いてアイゼンハンダーの進行方向に回り込むと、黙して剣を構えた。
(どのような想いがあろうと目的は見誤るな。感情に溺れるな。私は彼女をこの先に行かせないためにここにいるのだから!)
真が唇を噛み、アイゼンハンダーの進路を封鎖する。それを見とめた麗しいハンター達が左右からアイゼンハンダーを挟み込んだ。
「戦の夢も此処で終わり。死者の凱旋などなく、帰る場所などない。命を失うというのはそういうこと……決して、劇のように素敵ではない……」
紡がれた美しい声は歌劇の一節のよう。アリア・セリウス(ka6424)が氷輪詩を歌いながら織花・祈奏を騎士刀に宿す。
「そう。悪夢は悉くを断ち切る。其れが、ヒトの在り方だから」
イツキ・ウィオラス(ka6512)はアリアと頷きあうと無数の六花を身に纏い、群青の魔槍を構えた。
当然警戒したアイゼンハンダーが後方に跳び退った隙にアリアが大きく踏み込む。
「行くわよ、イツキ! 哀れな戦乱の亡霊に、必滅の終止符を!」
「ええ、死者の夢はここで終わらせるっ!」
アリアが星神器「ロンギヌス」でアイゼンハンダーの右腕を撥ね上げ、銀水晶の騎士刀で無防備になった胴を突く。だが相手は災厄の十三魔、深手には至らない。しかしアリアは怯むことなく騎士刀を引き抜き両腕を交差した。
「想思花・祓月!!」
「雪華纏槍・結明紡ッ!!」
アリアの斬衝波にイツキのマテリアルの激流が交差する。受け身をとったアイゼンハンダーの右腕の表面に大きく皹が入った。
「くっ、このままでは不利か!」
最早アイゼンハンダーはハンター達に囲まれ、自由に駆けることができない。その状況にシガレット=ウナギパイ(ka2884)が呻くとマテリアル結晶を周囲に展開させ、波瀾を巻き起こした。
「勝っても負けても帝国は解体消滅の未来だなァ……。帝国がない世界とはどんなものだと思う? アイゼンハンダーよ」
シガレットは崩壊する城を見つめ苦く呟いた。その言葉に、後方に押し流されたアイゼンハンダーが毅然と顔を上げる。
「私は帝国という国を、民を、良く知っている。……この程度で帝国はなくならない。傷ついても何かを失っても、人はまた必ず歩き出す!」
「まったく……敵の言葉とは思えないなァ!」
その意気にシガレットは息を呑んだ。アイゼンハンダーは歪虚でありながら帝国を、そして人類を心から信奉しているのだと。それを感じ取った夢路 まよい(ka1328)は想いと祈りをマテリアルに変じ、指先に集めた。
「あなたは歪虚でありながら人間を信じているのね。……でも人ってそれほど賢くないかも。冷静に考えて単に得を選ぶ、ってだけのこともできないんだもの」
「それはわかっている。かつての私も同様だった。忠義に生きたことに後悔はないが」
「そう。……でもね、大切な何かを傷つけられたとき、その何かのために悲しんであげられるのも……怒ってあげられるのも、また人なんだなって。それを受け止めてあげることも……また、人を好きになるためには必要なこと、だから」
まよいが紡ぐ声には深いいたわりの心が込められている。アイゼンハンダーはその優しさにまぶしそうに目を細めた。
「ありがとう、優しい子。だが私は行かなければならない。すまない……無理を押し通しても守りたいものがあるんだ!」
「わかるよ……それも!」
半ば叫ぶように宣言するとアイゼンハンダーがにわかに巨大な右腕を大きく引き、地面を叩き割る。その衝撃は煉瓦造りの道を捲り上げるように粉砕し、ハンター達の肉体を次々と引き裂いた。
そして身を翻すと行く手を塞ぐ真へ鉄拳を繰り出した。その衝撃波は真の万全な守りを貫き、彼を「身体ごと」吹き飛ばす!
「ぐっ!」
「真殿っ!」
進路上に回り込んだツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が壁に叩きつけられた真へアンチボディを施す。幸い傷は浅かったが、ツィスカの白い頬を冷たい汗が濡らした。
(この衝撃波は間違いなく包囲網を崩す脅威となる……どうすれば!)
この状況にまよいが軽く下唇を噛んだ。
「どうしても止められないのね。それなら……ブラックホールカノンッ!」
「うぁっ!?」
紫色が帯びた強大な重力球を一点に集束させ、アイゼンハンダーの頭上に落とすまよい。鈍い音が響き、軍靴が地に沈む。
そこにどこか懐かしい声が耳を打った。
「私は全てが終わったらきっと、色々な人に謝らなければならない。……陛下。帝都の民。戦友達。そしてツィシィに」
金色の髪の青年がアイゼンハンダーの前で自転車を乗り捨て、ツィスカ達を守るように立ち塞がる。皇帝ヴィルヘルミナより下賜された聖剣を構えて。
「不要な戦い、只の我儘なのは分かっていた。けれど……やっと会えた。このままでは終われない、納得して走り切れない。それだけだった」
超覚醒状態にあるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。彼は幾度もアイゼンハンダーに立ち向かい、その都度倒されてきた。だが今のアウレールには憎しみや恨みといった感情が不思議と薄く、別のより深い感情が静かな闘志を齎している。
「初めて会った時、似ていると思った。過去の軛、互いに革命の影を追っていた。私とお前が逆でもおかしくなかったと……だから終わらせてやりたかった。燻る火種、燃え殻の様なお前を。それまで父様の罪、革命戦争は終わらない」
アウレールのマテリアルが眩い光を帯びる。その力の名は「権能『仁愛守護す神癒の十字架』」。アイゼンハンダーの全てをこの身に受ける覚悟の証だ。
「私が剋したいと願った相手は皆もういない。お前で最後だ。……もうあの頃と同じではない、今ならきっと負けはしない。だから見ろ、私を見ろッ! お前の終焉が此処に来たのだから!」
「私の……終焉?」
「そうだ。だから……ツィカーデ。どうか最後に踊(たたか)って欲しい、フロイライン」
それはまるで騎士が貴婦人へダンスを申し込むかのような真摯な響きだった。アイゼンハンダーは覚束ない記憶の中から彼の面影を見つけ、微かに笑う。この男を倒さねば前へ進めまいと肌で感じながら。
「成長したな、少年兵。ならば私もあの日に帰ろう。私が私であるために、断ち切られた革命の日の続きを!」
アイゼンハンダーに生前の最後の記憶が蘇る。あの日ついに叶えられなかった救済と勝利を今こそ掴んでみせると。
●己が身を一振りの刀に
紫電の刀鬼はアルスレーテによる強固な拘束を脱したものの、紫苑の「死者の掟」により治癒力を封じられ劣勢に立たされていた。
『これはマズいデース!? 命あっての物種、ここは逃げの一手デース!』
深手を負ったまま宙を跳ぼうとする刀鬼。そこにトリプルJが幻影の手を伸ばす。
「逃がさねぇぜ、ファントムハンドッ!」
彼の腕が刀鬼の胴をしかと捉え、高所から勢いよく引き摺り下ろした。金色のオーラを纏ったルベーノとフィロがこれぞ好機と駆けだした。
「ハッハッハ、剣鬼が逃げるか。暴食が人に怯えて逃げるか、腰抜けが! さぁ、フィロ。手筈通りにいくぞ!」
「かしこまりました。ルベーノ様、いつでもご存分に!」
ふたりの間にあるものは阿吽の呼吸。ルベーノは阿修羅の構えから刀鬼の背に鎧通しの2連撃をストレートに放った。
片やフィロは縮地移動で刀鬼の懐に飛び込み、鹿島の剣腕を発動させた拳で白虎神拳と鎧通しを叩き込む。
『ぐぁッ!』
刀鬼が身体の前後から貫くような鋭い打撃を同時に受け悶絶する。コーネリアはその無防備な姿に「これが十三魔とはな……無様なものだ」と苦く言い放ち、コンバージェンスで弾丸へマテリアルを送った。
「いずれにせよ貴様らを葬るのが私の存在意義だ。……たとえその先に待っているのが絶望だったとしてもな」
コーネリアの指先から銃身にかけて粉雪に似た純白のマテリアルが集束する。絶対零度の弾丸が刀鬼の肩部外殻を貫き、その右腕をびしりと凍りつかせた!
この流れをユーリは見逃さず、魂奏竜胆を半身で構え一気に斬り込んだ。
「私の蒼雷は闇に堕ちた雷でさえも斬ってみせるっ!」
鮮烈な光を纏った斬撃――雷切・穿が刀鬼の凍りついた右腕を貫く。その衝撃で刀鬼の大刀がごとりと地面に転がった。
「今だよっ! みんなでぐーぱんちっ!!」
あの巨大な刀が刀鬼から離れたなら――! リューリが颯爽と戦斧によるワイルドラッシュを刀鬼に叩き込む。彼女の溌溂とした宣言は刀鬼の意識を自分に集中させるためのもの。読みどおり刀鬼のヘルメットがリューリに向いたその時、リューリと共に戦う【月待猫】のアルトとアルスレーテが刀鬼に吶喊した!
「行こう、アルスさん!」
「いいよ、里帰り前の最後のダイエット……ちょっといいとこ見せようじゃないの」
相変わらずアルスレーテは飄々としている。アルトはこくりと頷くと舞い散る深紅のオーラを体内に取り込んだ。無我の業――彼女の世界から色も音も消えていく。情報しか存在しない世界で彼女はアルスレーテの動きを予測し最適解を導きだした。
まずはアルスレーテが鉄扇で災いの娘と繰り返す災いを叩き込む。
「ここで勘弁してなんて泣きついても止めないんだからねっ」
重みのある鋭利な刃が破裂するような音を立てて刀鬼の外殻を二度大きく斬り裂く。鉄扇に込められた九想乱麻が刀鬼の外殻を殊更激しく砕いていった。
その流れを引き継ぎアルトが刀鬼の脇を突くように身を沈め、天誅殺の力を帯びた刀で奴の胸部外殻を斬る!
ガギッ、ガガガガガガッ!!
刀鬼の身体を覆う甲冑状の外殻に深い傷が奔る。そこを見逃すほどアルトは迂闊ではなく、騎士刀を傷にぎりりと抉り込んだ。
「お前の核、ここで見せてもらう!」
彼女が腕を捻り刀の切っ先を力いっぱい捻じり込んだ途端、鈍い音を立てて外殻が削げ落ちる。そこに見えたものは……深い闇の中に浮かぶ折れた刀。
『うあああああっ!!』
刀鬼は刀が露出した途端大きな唸りをあげた。外殻が砕けるのも構わず力任せに拘束の術を解き、全身をくの字に折り曲げる。
『Haha,ha……ここまで暴かれるとは。これはまた……逃げるにしても全力を出さないといけないデースね……!』
刀鬼が自らの胸にずぶりと手を沈め、刀を引き抜く。たちまち昏い負のマテリアルが周囲に立ち昇った。
「っ! 皆、気をつけるですっ!」
アルマが前衛を務めるアルトらのもとへバイクで滑り込み、覇者の剛勇による守護を付与する。ひどく嫌な予感がするのだ――機械仕掛けの長大な刀よりも、今の奴の手にある折れた古刀に。
紫苑もまた、肌がひりつくような感覚を覚えた。
(ああ、わかっているとも。この古刀は単なる核などではない。おそらく奴にとっての奥の手……だからこそ冷静に、粛々と戦わなければ)
彼は強化術式・紫電で強制的に身体能力を引き上げ、刀鬼の側面に踏み込んだ。魔導剣に宿す力は解放錬成と超重錬成――そして両手で柄を握ると、巨大化した刃で刀鬼の脚に向けて薙ぐ!
ブンッ!!
だが刀鬼は十三魔の名を冠するだけのことはある。最小限のフットワークで躱すと冷徹に『まずはGirl達から退場してもらいまショウカ』と呟き、前衛の女性陣に紫の閃光を放った。真っ直ぐに放射された激しい雷がハンター達の肉体を突き抜ける!
「「うああああああっ!!」」
戦場に響き渡る凄まじい雷鳴。エファは迷うことなくファーストエイドでフルリカバリーの術式を紡ぎ、傷の深い仲間に応急処置を施した。
(刀鬼が戦を覚悟した……この状況下では偽情報による攪乱の実行は困難。ならば僕は癒し手として力を尽くすのみです!)
――実はエファはほんの少し前まで偽情報で埋め尽くした地図を刀鬼に渡し、混乱する刀鬼を追い込もうと考えていた。だが逃げに徹している刀鬼は地図を精読する暇があるなら移動を優先するだろう。
だから彼はマテリアルを滾らせる刀鬼相手に堂々と胸を張った。
「貴方は絶対に逃げられませんよ。僕達を皆殺しにしない限りは!」
エファには刀鬼に深手を負わせる力も、神速の脚を止める手段もない。しかし仲間を支える癒しの力がある――命あるかぎり守り抜くことこそ聖導士の矜持なのだからと。
●革命戦争のむこうを目指して
アイゼンハンダーとの決戦は一進一退の様相を呈していた。
何しろアイゼンハンダーには目の前の障害を吹き飛ばす剛腕がある。瓦礫で一時的に進路を塞ごうとも右腕の亡霊が瓦礫を吹き飛ばし、次の瞬間には少女の体が目的地に向けて疾走するのだ。身体がどれほど傷つこうとも、恐れることなく。
それと同様にアウレールも何度もアイゼンハンダーの鉄拳を受けながらひたすら彼女の前へ立ち塞がった。彼は血と埃にまみれながらも斬霊剣「剣豪殺し」を宿した聖剣で真正面から斬り結び続ける。
「退け、少年兵っ!」
そこで思い通りに進めぬ苛立ちにアイゼンハンダーが腕を弓のように引くと、アウレールへ重い拳を振るう。それをアウレールは聖盾剣で受け、全力でアイゼンハンダーを剣で突き返した。
「っ!」
「かつて……愚かな妄執と嗤われても。つまらぬ意地と蔑まれても。納得いく理想へ疾駆する、それが唯一と貴女は言った」
「だからどちらかが力尽きるまで私に真っ向勝負を挑むと?」
「そうだ。戦わなければ終わらない。少なくとも私と貴女は」
だがアウレールの肉体は度重なる拳の応酬で深い傷を負っている。呼吸するごとに血の味が口腔内で広がり、こみ上げてくる息苦しさと同時に幾度も血を吐いた。
そこにアイゼンハンダーが「許せよ、少年兵」と呟き拳を振り上げた瞬間――「アイシクルコフィン、参りますっ!」と涼やかな声が響いた。続いて無数の氷柱がアイゼンハンダーの腕を、体を、幾重にも突き刺す。
「軍人の貴女ならば戦の作法はとうにご存知のはず……我らの我儘を妨げなどしない!」
術の使い手はツィスカだ。彼女はアイシクルコフィンを放った錬魔剣を構え、アイゼンハンダーを牽制する。
(この戦はアウレール殿にとって途轍もない意義がある……ならば私は彼の我儘を、感情を、心置きなくぶつけられるよう全力を尽くすまで!)
一方、シガレットは急いでアウレールのもとに駆け寄るとファーストエイドを掛け合わせたフルリカバリーで治療を施した。
「大丈夫か、アウレールさんっ!」
アウレールは心配するシガレットに「ありがとう、ウナギパイ殿」と一礼すると力強く剣を握りしめた。癒しの術が効いていることを示すように。
まよいはアイゼンハンダーを追いながら杖を振り上げた。
「あなたの気持ち、わからないわけじゃない。大切なものを守りたいという心は掛け替えがないものだと思う。けど!」
再び重力球を一点に集中させて宙に解き放つまよい。強烈な重力がアイゼンハンダーの頭上から背にかけて圧し掛かり、歩みを遅らせる。
その間に体勢を整えた真がアイゼンハンダーに肉迫し、守りの構えを展開した。星神器「カ・ディンギル」を捧げ持ち、真は祈りの言葉を紡ぐ。
「ここを突破されるわけにはいかないんだ。暴食王と戦っている仲間達のためにも……守護の力の顕現を! ヤルダバオートッ!!」
強力な守護の力が真の周囲に渦巻き、アイゼンハンダーの視界にノイズをはしらせる。途端に左手で不安定になった目を擦るアイゼンハンダーへ炎が真っ向から斬りかかった。
「はああああっ!」
気息充溢と一之太刀を掛け合わせた終之太刀――炎の全身全霊をかけた刃がアイゼンハンダーの右肩から胸下にかけて深く斬り裂く。黒ずんだ血が空中に飛沫となり、霧散した。
「ぐっ……!」
焼けつくような痛みに左手で傷をおさえるアイゼンハンダー。僅かに動きを衰えさせた彼女へアリアとイツキが迫る。
「いいわね、イツキ」
「ええ、機を逃すつもりはない!」
アリアは星神器「ロンギヌス」を手にアイゼンハンダーの真後ろに回り込み、イツキは星神器「レガリア」を右隣から構える。そして得物にありったけのマテリアルを注ぎ込み――力が高まった瞬間!
「「死者の魂を貫け、アンフォルタスの槍!!」」
「ああああああっ!!!」
怒涛のごときマテリアルエネルギーが強固な肉体に風穴を空けんばかりの勢いで叩きつけられる。アイゼンハンダーは右腕の亡霊の力が弱まっていくのを確かに感じた。
『ツィカーデ……!』
「……大丈夫、私が絶対に守る。必ず司令のところへ連れて行くから……!」
アイゼンハンダーは「もう少しだけ、力を貸して」と呟くと歯を食いしばりながら右腕を振り上げ、がむしゃらに大きく周囲を薙いだ。
しかしまよいのブラックホールカノンと真のヤルダバオートが功を奏し、爆発的な威力を誇る鉄拳が不発に終わった。そして真の守りの構えがアイゼンハンダーの脚を封じている以上は――。
「貴女が愛した帝都が貴女の墓標になる。何処にも行けず、誰にも逢えることもなく。……覚悟することね、災厄の十三魔アイゼンハンダー」
アリアが歌にのせて、闇夜に浮かぶ銀月のように清らかに冷徹に宣言する。それがアイゼンハンダーに突きつけられた宣告、だった。
●この腕は天に届くことなく
紫電の刀鬼は先の劣勢など全く感じさせない速度でハンター達へ雷で造られた古刀を振るい、雷を落とし続けていた。
『Hey,boy! 斬撃のおかわりはいかがデースか!?』
「くっ……!」
刀鬼が跳躍するや、トリプルJの利き腕から血が迸る。彼はハンターの中でも腕利きに分類されるハンターだ。しかし鍛え上げた動体視力をもってしても刀鬼の動きを完全に見切るのは困難だった。
「くそ、このままでは危険か……!」
トリプルJが傷をおさえて苦く呟く。刀鬼の雷は立ち位置をずらすことで乱発を防げたが、恐ろしい跳躍から繋ぐ軌道の読めない斬撃はそれ以上の脅威。
だからこそハンター勢は幾度にもわたりファントムハンドや白虎神拳による拘束を試みたものの、驚異的な速度によって回避されていたのだった。
その時、トリプルJに向かいエファが駆けだした。
「今、治療しますっ!」
エファの両手に暖かな光が集まる。彼が得意とするフルリカバリーは近距離まで近づかなければ効果を発揮しないのだ。しかし。
「いけないっ。エファ、さがれ!」
「えっ……?」
エファの後方を見つめてトリプルJが叫ぶ。丁度エファとトリプルJが重なる方角に向けて刀鬼が手を翳していた。
「大切な癒し手をやられてたまるかよ!」
咄嗟にトリプルJがエファを突き飛ばす。射線から逃れたのはエファのみ、このままでは――!
「……好きにさせるわけにはいかないのでな」
その時、戦場に不釣り合いなほど落ち着いた声が響いた。紫苑がポゼッションを展開し、雷を弾いたのだ。
『Hmm、やりマースね』
「仕事は仕事だからな、動機は何であれ真っ当にやるさ。ところで……俺は『自分の技術でどれほどの街が作れるか』に挑戦して生きていこうと思うんだが、お前は今まで『何のため』に長く存在してきたんだ?」
結界の中からじっと刀鬼を見つめて問う紫苑。すると刀鬼が動きを止め、不思議そうに小首を傾げた。
『さて、どうだったか。大分記憶がとっちらかってしまいましたカラねぇ。アイちゃんのように生きてた頃の自分がわかってればまた別だったんでショウけど。今は生きていればオッケーってとこなんデースが……』
その時、ユーリがはっとした。かつて夢のように見た光景を思い出したのだ。ひとりの剣豪が自分を受け入れてくれた人々を守るため、懸命に剣を振り続けた物語を――。
「刀鬼……グローム……?」
ふと、口をついて出た言葉はかつて東方に存在した英雄の名。それを耳にした刀鬼がびくりと肩を震わせる。
『You、それをどこで』
「血盟事件の時に垣間見たのよ、過去の世界を。救世主になりたかった男の戦いをね」
『……だったらそれは忘れることデース。つまんない話なんて覚えていても得はないデスからネ?』
刀鬼が不愉快そうにヘルメットを掻く。その反応にユーリが確信を得た。
「私は知ってる。あなたはかつて英雄として生きながら人を救いきれなかった。だから自分のことを英雄のなりそこないなんて呼んで、英雄という存在を毛嫌いしてきたのね」
『黒歴史は忘れろといったはずデース!』
「いやよ、私は忘れない! 何度だって言うわ、あなたは英雄だって……!」
ユーリが刀鬼をまっすぐに見つめて叫ぶ。そんな彼女の声を振り切るべく刀鬼は地を蹴った――が。
「私のマテリアル……そして力を貸してくれる祖霊達、今一度刀鬼を止めて!!」
リューリが集中力の途切れた刀鬼をファントムハンドでしかと掴み、引きずり込む。腕を空中で止めればあの面妖な神速の業は使えまい。たとえあの剛力で腕を解かれようとも、その僅かな瞬間に親友や仲間達が決めてくれると信じて!
「やるじゃない、私もうかうかしてらんないわねっ」
アルスレーテが明鏡止水で刀鬼に一撃を喰らわせ、衝撃で意識が眩んでいる間に災いの娘と繰り返す災いの二連撃をを叩き込む。
そこにしたたかに合わせるのがコーネリアだ。コンバージェンスで弾丸を込めたガトリング砲を抱えて鼻を鳴らした。
「ふ、過去はどうあれ……今の貴様は負け犬の歪虚だ。ここで終わらせてもらう!」
耳を裂くような鋭い音を立て、フローズンパニッシャーの冷気が刀鬼を凍てつかせる。あとはあの古刀を破壊するだけだ。
「行くぞ、こいつが最後の阿修羅の構えだ!」
「ここで全力で決めます!」
ルベーノとフィロが再度息を合わせて地を蹴る。黄金色に輝くふたりの拳が交差し、刀鬼の利き手ごと核を殴った! たちまち柄に皹がはしり、ぱきりと音を立てる。
それを見たトリプルJは微かに口元を吊り上げると大剣に鎧通しの力を込め、古刀の峰を圧し折るべく力いっぱい薙ぐ。すると核が割れ始め、負のマテリアルが噴き出した。
『アアアアアアァ!』
刀鬼から凄まじい悲鳴があがる。このままではまた強引に拘束を解かれるかもしれない――アルマは杖に自身の生命力を限界ギリギリまで注ぎ込んだ。
「僕の大切な人のために……永遠に眠ってもらうです!!」
彼が宿した業は「星の救恤者」。自らの命を武器とする強力無比な力が刀鬼の体を、核を、幾度となく抉っていく。だが刀鬼はそれ以上の生命力を維持していたようだ。アルマが力を使い切り身体をふらつかせる一方で刀鬼の肉体ももはや朽ちた木のようになったというのに――古刀だけはかたちをなしている。
「このままじゃ……アルマさんっ!」
エファは無防備になったアルマを抱きとめるとフルリカバリーの術を紡いだ。万が一刀鬼が解放されることあらば危険だと、息の荒いアルマを庇うようにしてエファは十字架を握り続ける。
それと同時にユーリが蒼刃共鳴を蒼姫刀に宿した。
「あなたがそうなったのは無念、からだったんでしょうね。私があなたの過去を終わらせてあげる。刀鬼……これが私の全力、明日を斬り拓く蒼雷の一閃よっ!」
ユーリの絶招・魂奏雷切が凄まじい魔力の波動を生み、刀鬼の首から左肩、そして古刀の切っ先をぼろりと突き崩す。だが、まだだ。右腕が刀の柄をたしかに握っているのだから!
「刀鬼……これがあなたの執念なの? 生きることに何かを見出したというの?」
ユーリが刀を構えたままで問う。――カタカタと何かを言いたげに震える古刀。それを見たアルトは死者を送るべく、しめやかに騎士刀を握った。
「お前が歪虚でさえなければな……しかし情け容赦のない徹底的な決着を着けなければ、平穏に手を伸ばして良い事にすら気付けない人がいる。貴様らはそれ程までに人々の心に傷を、怒りを、悲しみを刻み付けた。私は彼らの心の区切りのために貴様を滅ぼそう」
それまで放たれていた深紅のオーラが再びアルトの体内に巡り――アルトはモノクロームの世界を駆ける。目指すは物言わぬ古刀。これを断てば、これを破壊すれば――!
「さようなら、心はぐれし亡者よ」
紅の騎士刀がまるで弔いの炎のように二度、風を斬る。すると古刀は繊細な陶器のように細かく割れ、宙に舞い散った。刀鬼の体も白い砂となって、埋火の煙のごとく静かに消えていく。
「ルベーノ様……十三魔の討伐に成功したことは寿ぐべきなのでしょう。ですが……」
フィロは刀鬼のいた場所でしゃがみこむと、そっと白けた土を掬った。そんな彼女にルベーノが小さく息を吐く。
「俺は奴の過去を知る由もない。だが……奴を想う存在があるかぎりは、な」
くしゃっとフィロの頭を撫でるルベーノ。
一方コーネリアは銃に弾丸を詰め直しながらトランシーバーを確認した。
「アイゼンハンダー対応班から連絡がないということは、まだアイゼンハンダーが生きているかもしれん。暴食王に合流させるわけにはいかない……行くぞ」
重厚なガトリングを軽々と抱え、馬に乗るコーネリア。仲間達は頷きあうと再び移動を開始した。
●長き円舞曲の果てに
「私の邪魔をするなっ!」
アイゼンハンダーは自由にならぬ脚に歯噛みすると右腕を振り回し衝撃波を放った。真のヤルダバオートの力が途切れてからというもの戦は殴り合いが主となり、互いに傷は深まるばかり。
「く……足を止めたというのにとんでもない馬鹿力だな!」
地面に叩きつけられた炎が口から滲む血を拭い、走り出す。彼は数えるのを途中から忘れるほど、幾度も全力でアイゼンハンダーに斬りかかっていた。いや、イツキもアリアもアウレールも真も、前衛に立つ者はすべからく傷を負っている。
回復に専念するシガレットが煙草を噛みしめるとひどく苦い味がした。
(戦況は長期化。アウレールさんをはじめ、真正面から斬り結んでいるハンターはボロボロだ……。このままで良いわけがねェ。皆には悪いが、ここは治癒ではなく支援の術を遣わせてもらうぜ)
シガレットは星神器「ゲネシス」の頁を捲るとヤルダバオートの術式を紡ぐ。先ほど真が紡いだ祈りと同様の文言にアイゼンハンダーが気づき、シガレットにまっすぐ鉄拳を打ち込もうと右腕を構える。
その刹那、アイゼンハンダーに密着しているイツキが前へ踏み込み「私だってこれぐらいのことはできる!」と蛇節槍ネレイデスで腕を弾いた。雪華響応・結祈奏――相手の攻撃をいなすだけでなく、その流れを利用し敵の足を自由を奪う業。彼女の働きにシガレットは「感謝するぜ!」と応じ、ヤルダバオートを発動させた。再びハンター達を守護の力が包み込み、アイゼンハンダーの目を霞ませる。戸惑う彼女に向け炎は再び息を整えると刀を大上段に構えた。
「よし、皆! ウナギパイさんの魔法が効いているうちに畳み込むぞ!」
頭から流れる血に構うことなくアイゼンハンダーに斬りかかる炎。終之太刀が少女と右腕の亡霊に叩きつけられると同時に、イツキも瞬迅の構えで4度にわたり突きを加えた。
右の指2本が砕かれ、腕を引くアイゼンハンダー。彼女は腕を庇いつつ炎をまっすぐに見つめた。
「……聞かせてくれ。貴様はなぜ戦う?」
「簡単なことだ、俺は力を持たない人の希望となるために戦っている」
「そうか……」
アイゼンハンダーは顔を曇らせた。革命戦争でも同じだった、いつだって戦いは互いの正義のぶつかり合い。守りたいものがあるからこそ人は戦い、憎しみ合う。
だとしたら心があることが罪なのだろうか。他の暴食と同様に心がなければここまで苦しまずに済んだのだろうか。
アリアはアイゼンハンダーが逡巡したその一瞬の無防備を見逃さず織花・祈奏の宿った騎士刀と槍で斬撃を加える。
「ごめんなさいね。貴方達を見逃してあげるほどこちらは悠長ではないの。暴食王討伐の遂行のため、この世界から消えてもらうわ」
ああ、なんという甘美な声だろうか。ぞくりとする歌声とともに想思花・祓月が放たれる。右腕の機械がオーラに呑み込まれ、次々と破砕されていく。そこに再度イツキが突きを加えれば右腕の付け根がぐらりと揺れた。
それでもアイゼンハンダーは必死に前に進もうと脚に力を入れる。きっともう、暴食王のもとへ向かっても満足に戦えない身体なのに。
(アイゼンハンダー、あなたはわかってるはず。それなのに、まだ)
まよいは残り僅かな魔力を集め、巨大な重力球を凝縮させた。アイゼンハンダーを救うことはできない。ならばせめて苦しませずに逝かせてやることが最善と判断した。
「ここは、私の魔力で!」
まよいは星の救恤者を使い、アイゼンハンダーに幾重にも魔法の波動を重ねた。だが魔力と生命力の放出で凄まじい脱力感に襲われまよいがへたり込む傍ら、アイゼンハンダーは再び立ち上がる。イツキの業で体を推し進める力もなくなっているというのに。
イツキは三度目の突きを加えた後、流れを断つことなく雪華纏槍・結明紡でアイゼンハンダーの肉体を大きく穿った。
「ああっ!」
華奢な太腿が半ば千切れかけ、膝をつくアイゼンハンダー。もう先に進むことはできないと悟ったのか、悲痛な悲鳴をあげると半壊した右腕を大きく振り回した。真の腹部に腕が直撃する。
「ぐっ……でも、これぐらい!」
真は重い衝撃に辛うじて持ち堪えた。そして蒼い輝きを宿す二振りの剣を流れるように交差させ、アイゼンハンダーの右肘から下を完全に切断した!
「……よくも私の相棒を」
右手を失った少女が乱れた髪からぎらぎらとした瞳で真を睨みつける。右腕は亡霊だ、時間さえ経てば修復される。しかし腕の再生が完了する頃には暴食歪虚と人間の戦争に雌雄が決しているだろう。
「よくも……よくも!!」
少女が残った左腕で真につかみかかろうとした瞬間、ツィスカの機導砲が彼女の胸を貫く。今までこの死体を維持してきた強い負のマテリアルが揺らぎ始めたのだ。
「帝国に従軍した者として最期まで凛となさって。でなければ……悲しすぎる」
そして――ツィスカと入れ替わるようにアウレールが地を蹴った。彼は少女の顔に慈しむように両手を添える。
「……昔の私は情けなかったな。弱く、稚拙で、余裕が無かった。だが意味はあった。お前に殴り倒されて今の私がいる」
過去を振り返るアウレールから様々な感情があふれだす。それは憎しみでも義憤でもなく――あまりにも切ないものだった。
「少年兵、名前を聞いて良いか」
少女はかつて何度も己に剣を向けた青年に問う。おぼろげな記憶を手繰り寄せると改めてアウレールを見つめ「本当に、大きくなった」と呟いた。
「私の名はアウレール・V・ブラオラント。ツィカーデ、どうか忘れないで」
「アウレールか、良い名だ。……忘れないよ。絶対に」
少女は軍人として、最後の抵抗に左腕でアウレールの鎧を打った。負のマテリアルを失いつつある死体の腕が鎧の重みにぐしゃりと潰れる。
そのことがアウレールにとってはひどく悲しかった。あの気高かったアイゼンハンダーの弱った姿を見ることに。せめて死者としてではなくひとりの人間として葬ってやりたいと、思う。
「さようなら、フロイライン。せめて、人間らしい……最期を!」
自身の生命を燃やし尽くすように――アウレールは剣に生体マテリアルを限界まで注ぐとアイゼンハンダーの胸に深く、深く、刺した。これ以上傷つかずに済むようにと。
ぐらりと体を傾ける少女ツィカーデ。抱き寄せるとそれは悲しいほどに軽く、そして風が吹いた途端に羽根のように宙に散り――消えていった。
帝都が、燃える。雨のように降り注ぐ砲弾。死者達の悲鳴。そしてかつて威容を誇った巨城が崩れ落ちる轟音。火炎が血のごとく戦場を彩る。
(……始まったっすね)
魔導アーマーが砲弾を撃つ度に微かに揺れる城壁を背に、神楽(ka2032)が歩き出す。彼が目指す場所は暴食王のもとではなく、災厄の十三魔達の前でもない。まなざしはここではない場所へと向けられていた。
かつての教会の屋根に降り立った紫電の刀鬼(kz0136)は真っ先に状況を把握するべく周囲を見回した。
『どうしてもpresidentのもとへ行くデースか? あっちはterribleがいっぱいデース。例え離れ離れになってもまだchanceは……』
彼は自分よりも遥か下、地表を駆ける戦友へ逃げるよう促す。しかしアイゼンハンダー(kz0109)は足を止めない。
「いいえ、刀鬼殿。私はハヴァマール司令に仕える一兵卒。司令は一介の死者に過ぎぬ私に存在する意味を与えてくださった。このご恩に報わなければなりません」
『Well……』
アイゼンハンダーを追いながら項垂れる刀鬼。彼とて暴食王ハヴァマールとアイゼンハンダーに恩がある。ゆえにふたりを見捨てる気はないのだが、己の身ひとつでは守れるものに限りがあると理解していた。
(せめてアイちゃんだけでもと思ったんデスけどね……)
どうしたものかと考えながら刀鬼が再び屋根を蹴ったその時、強烈な閃光が彼の胸元を掠めた。
『What!?』
空中でバランスを崩すも、辛うじて膝をつき着地する刀鬼。彼は背後にいるアイゼンハンダーを守るように大刀を構え、存在しない眼で周囲を睨みつけた。燃え盛る街に不釣り合いなほど朗らかな笑みを浮かべた青年がそこに、いる。
「わっふー。特に恨みないですけど、お兄さん達はあっちに行くです? それはだめですー」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)は自らに超覚醒を施しており、デルタレイを放ったばかりの杖を構えていた。笑顔の裏に潜む純粋な殺意がじわりと空間に漂う。
「ここで君達と王様が生きちゃうと、僕の大事な子が後で困るです。……だから、ごめんなさいね?」
この青年を放置するのも危険だが、暴食王が危機に陥っている現状で足を止めるわけにはいかない。アイゼンハンダーは右腕を構えると刀鬼の動向を横目で窺った。
「刀鬼殿、如何されますか」
『厄介デスね……アイちゃんはpresidentのもとへ。ここはミーに任せてくだサイ。戦場を掻き回すのは得意デスからネ』
刀鬼の声音が今までにないほど重い。アイゼンハンダーは彼の覚悟に敬礼で謝意を示すと地面が抉れるほどの脚力で走り出した。
「どうか、御武運を!」
『アイちゃんこそ。ずっと我慢の子だったんデスから、最後ぐらい思いっきり我儘ブチかましてくだサーイ!』
刀鬼はせめて最後ぐらいはと明るく戦友を見送り、アイゼンハンダーとは逆の方角へ宙を駆けた。アルマがバイクのエンジンを勢いよく吹かす。
「逃げるですか!」
『もちろん。ミーは死にたくないのでここでおさらばデース!』
刀鬼は決心していた。アイゼンハンダーが暴食王に辿り着くまで敵陣を自慢の俊足で攪乱し、どこまでも逃げ、生き延びてみせると。
●天駆ける紫電
紫電の刀鬼が着地した先。炎の向こうで馴染みの顔がどこか寂しげに笑った。
「多分最後だからねぇ。……お前と戦うのはとても楽しかったよ。お前たちと北の地へ旅してみたかったんだけどねぇ」
僅かな感傷を残し、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)が走り去る。
『……BOY?』
刀鬼がヘルメットを小さく傾けた。ヒースは戦場にありながら敵意を持たず、深い哀愁を漂わせていたのだから。
だが刀鬼が深く思考することを状況が許さない。正のマテリアルを滾らせたハンター達がアルマの通信を受け、次々と彼のもとに集まり始めたのだ。
まずは真っ先に超覚醒を済ませたアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が焔舞と立体攻撃を駆使し、瓦礫をものともせず突進。圧倒的な速度で刀鬼に追いすがり、天誅殺の力を宿した騎士刀で斬りつけた。
『ぐっ!?』
精緻な太刀筋が刀鬼の脚部外殻を叩き割る。このままハンターに囲まれようものなら戦力の分散が叶わなくなる――アイゼンハンダーが危ない!
『生憎、やられてあげるわけにはいきまセンのでね。RISING SUN!』
刀鬼はエネルギー体へと姿を変じた。目指すは城壁の外だ。雷光に似た輝きは彼の居場所を容易に示すが、尋常ならぬ速度が刀鬼そのものを捕らえることを許さない。
「逃げるか、刀鬼!」
アルトが叫んだその時。金色のオーラを纏ったアルスレーテ・フュラー(ka6148)が軽やかに地を蹴り、明鏡止水を発動させた。
『ッ!? 何故ミーに追いつくことが!』
アルスレーテが刀鬼の氣の流れをトレースし、一瞬で高所へと逃げた彼の前に立ち塞がる。そして留まることなくハイキックを見舞い、強烈な衝撃で相手の動きを封じた。
「ここで終わると思わないことね!」
続けて九想乱麻を併せた「災いの娘」と「繰り返す災い」のコンビネーションを受け、刀鬼が大きく体勢を崩した。
『がっ!?』
今や身を守ることさえできなくなった刀鬼にアルスレーテが気だるげに宣告する。
「あんた達の望みは停戦だったのかもしれないけど、こんな状況になったのは今までに恨みを買いすぎたって証ね。恨むなら過去の自分達を恨みなさい」
彼女は身を強張らせた刀鬼から目を離すことなく、トランシーバーで現在位置をハンター達に知らせる。それを受けたリューリ・ハルマ(ka0502)は親友のアルトと視線を交わし現場へ走った。
(倒すと決まればぐーぱんちだよねっ。アルトちゃんが戦いやすいように全力サポートするのが私の役目。頑張るんだからっ!)
一方、刀鬼の外殻は少しずつその形状を取り戻そうとしていた。驚異的な再生能力。それが今まで刀鬼を災厄の十三魔たらしめた力のひとつだ。
立ち並ぶ建造物の屋上からそれを見とめたユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)は蒼姫刀「魂奏竜胆」に蒼刃共鳴の力を宿した。
「相変わらずの回復力ね。……私達も長い付き合いよね、刀鬼。だけど今日こそ貴方と貴方の背負ったものを終わらせてあげる!」
蒼白く輝く蒼姫刀から閃光が迸りはじめる。かつて刀鬼の過去を垣間見たユーリは彼に死という救済を与えようと駆けだした。
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は通信を受けるとガトリングガンを抱え、ひたすらに馬を走らせた。
(もはや何も言うことはない。奴らが世界の敵である以上我らの手で滅ぼすだけだ)
軍人として生きてきたコーネリアの意思は固い。目標ポイントに到達すると、アルスレーテの前で膝をつく刀鬼に銃口を向ける。既に照準は合わせた。後は己のマテリアルを弾丸に込め、トリガーを引けばいい。
エファ(ka6071)もフライングスレッドを駆り、刀鬼へと向かう。
「僕は戦闘で直接、役に立てられないですからね……。この策に刀鬼が墜ちてくれると良いのですが」
彼は胸元から一枚の紙を取り出すと小さく頷いた。それは細かく書き込まれた帝都の地図。彼の秘策が記してあるものだ。
(いずれにせよ刀鬼を追い込むには全員で息を合わせる必要があるでしょう。僕は情報を駆使し、皆さんを支えないと!)
その頃、トリプルJ(ka6653)は瓦礫の間を縫うようにバイクで疾走した。
(紫電の刀鬼……俺様がこの腕で掴んでやる。ここまで来たからには逃がすなんてヘマは踏まねえからな)
無意識に右腕に力が入る。この腕から放つ幻影で奴の足を止め、仲間を守り、全てを終わらせるのだと。
ルベーノ・バルバライン(ka6752)とフィロ(ka6966)もバイクを駆りながら刀鬼のいる屋根に視線を向けた。
「ルベーノ様、本日のオーダーは?」
「我らは刀鬼を捉え次第、タイミングを僅かにずらし白虎神拳を叩き込む。次いで互いの行動不能が効いている間に鎧徹しで中に直接ダメージを入れて倒す。そういう策だ。分かり易かろう、フィロよ」
「はい。シンプルでありながら手堅く、現状において最適なルーティンと存じます。ここは全力で参りましょう!」
そう言ってアクセルを全開にするフィロ。彼女の背を追うルベーノは「これはいい、十分な戦意ではないか」と不敵に笑い、バイクの速度を大きく引き上げた。
そんな中――先ほど刀鬼へ魔法を放ったアルマは刀鬼に追いつき再度杖を向けた。その隣で仙堂 紫苑(ka5953)が冷淡な顔を見せる。
「正直に言おう、俺はこの戦いに意味を見出せない。だがお前に協力を請われた以上は仕事をしよう。戦闘装置の様に坦々とな」
「わぅ。シオンの言ってることはわかってるつもりです。でも我儘につきあってくれてありがとーです!」
無邪気に感謝する相棒アルマにふっと笑い、紫苑が星神器「アヌビス」を構える。
(紫電の刀鬼は驚異的な治癒力を持つという。俺の呪縛と奴の生命力、どちらが克つか勝負させてもらうとするか)
アヌビスに己のマテリアルを送り込み複雑怪奇な封印の力を紡ぐ紫苑。彼は傷が癒えていく刀鬼へ高じた力を解放した。
「死したる者を地へ束縛せよ、死者の掟!」
破邪の力が刀鬼の治癒力を封じる。もはや外殻は装甲の用を為さぬ形だけのもの。刀鬼が苦々しく呻いた。
紫苑が叫ぶ。
「いいか、奴の治癒は封じたが死者の掟が効いているのは僅かな時間だ。それまでに決着をつけるぞ!」
「「「了解!」」」
周囲から、通信機器から、ハンター達の声が重なる。全ては果てない戦を終わらせるため。戦場にある彼らにもう、迷いはなかった。
●鉄の腕の意思
(戦い続ける人が居るのは仕方ない。それも個性だし尊重されるべきでしょう。……でも、こんな急な……個人の犠牲を伴って無理に引かれる幕なんて嫌だっ!!)
岩井崎 メル(ka0520)は叫び出したいほどの焦燥感を抑え込み、崩壊する街を駆ける。彼女は今に至るまで多くのものを失い続けた。闘争の中で消耗しきった精神は今にもぷつりと切れてしまいそうだ。
その時、彼女と共に駆けるシュネー・シュヴァルツ(ka0352)がトランシーバーから流れる音声に目を見開いた。
「岩井崎さん、ウォーカーさんから通信です。この先……帝都中心部に続く街道で建造物が横から突き崩された区域があると」
「それってまさか……暴食王への最短ルート!?」
メルがすぐさまVOBを発動させ、炸裂するマテリアルの勢いに身を任せる。そして幾度の跳躍を繰り返した末に軍服姿の歪虚を目にした。
「アイゼンハンダーっ!!」
「工兵……!?」
ぎくりと振り返るアイゼンハンダーにメルが武器を持たず飛び込んでいく。
「落ち着いて、私は敵じゃない。君を助けたくてここまで来たんだよ!」
「助けに?」
「そう。君はこれからどうしたいの? 君の望みを叶えたいんだ。もし君が生きたいのなら私は何をしてでも……!」
メルの懸命な問いかけにアイゼンハンダーは当初小首を傾げたが、その意図をすぐに理解し「ありがとう」と柔和に微笑んだ。
「私はこれからハヴァマール司令の救出に向かう。それが暴食の一兵卒たる私に刻み込まれた責務。何より大恩ある司令を救いに向かえることは誉れ高き使命なんだ」
その答えにメルは唖然とした。アイゼンハンダーは感情に溺れていない。むしろ、極めて冷静だ。
いっそヒトへの憎しみに身を焦がすか、この状況を嘆いてでもくれていたらどれほど救われただろうか。
「そんな……私は、故郷にみんなが大手振って帰れる世界になるまで君と生き延びたいって……その為なら私はハンターだって人間だって辞めようと……思って……!」
「……ごめんなさい。私は君の気持ちをとてもあたたかく感じている。君の願いにも深く感謝している。でも私は今こそ、この命を使いたいんだ。大切なものを守るために」
アイゼンハンダーはかつてのクリピクロウズと自分をこの情景に重ねた。クリピクロウズが救済を求めずともかつての自分は反動存在に拳を振り上げた。その先に避けられぬ消失があると知っていても。
(あなたは……あの時の私だ)
だから今のメルの痛みがわかる。救うことのできない苦しさが。どうしようもない切なさにアイゼンハンダーはメルの背を撫でた。
――だがその時「アイゼンハンダーだ! アイゼンハンダーがここにいるッ!!」と南護 炎(ka6651)の鋭い声が響き渡った。
炎は歪虚の存在を決して許さない男だ。劫火の如き執念でここに辿り着き、息を整えると刀を大上段に構えた。
「駄目っ!」
メルが咄嗟に身を翻し、己が身を盾にアイゼンハンダーを庇う。そこにヒースも駆けつけふたりを庇うように両手を広げた。炎の凛々しい顔にたちまち潔癖な怒りが表れる。
「何を考えている! ハンターが十三魔の味方をするなんて言語道断、恥を知れ!!」
全てを燃やし尽くすような凄まじい怒気。だがヒースは彼の激情を感じながらも目を逸らさない。
「戦う理由のない相手に罠をしかけて討とうなんて気に入らないんでねぇ。それに、アイゼンハンダーたちの提案の方が面白かったからねぇ」
「ならば!」
炎が躊躇なく大きく踏み込み、刀を振るう。ヒースが歯を食いしばったその瞬間――猛る刃がしなやかな鞭に弾かれた。
「っ!?」
「えっと……少しだけ待ってくれると嬉しいです」
鞭の主はシュネー。彼女は先行するメルとヒースを懸命に追ってきたのだ。
「お願いします。複数の希望で戦争が起こるのなら、ついでにたった一人の誰かの希望ぐらい叶ってもいいじゃないですか……!」
互いの鋭いまなざしが交錯する。敵を留め、時間を稼ぐという意味では会話も悪い手ではない。稼いだ時間で包囲もできる。
だが、それでアイゼンハンダーがいつまでも留まる確証もないのだ。
このままでは――アイゼンハンダーは覚悟を決めた。
「工兵、叛徒……私はどうも物覚えがよくなくてね。今更だがあなた達の名前を教えてくれないか」
「岩井崎、メル」
「ヒースだ。ヒース・R・ウォーカー」
「ありがとう、ずっと忘れないよ。メル、ヒース……私は『相手がどう思おうとも救いたい、救われてほしい』という気持ちを否定しないよ。だってそれは自分自身を救うために必要なものだから」
そう、否定してはいけない。あの時クリピクロウズが自分を否定しなかったように。
「けれど私の命は私のためにある。説得してくれて、助けに来てくれてありがとう。嬉しかった……私の友達」
アイゼンハンダーは今にも泣き出しそうな笑顔のまま右腕でメルとヒースをしたたかに打った。メルが小さく息を漏らし、倒れる。ヒースは辛うじて踏みとどまった。
「っ……前に言った気もするけど念の為言っておく。……自分の納得できる終わり方を見つけなよ……アイゼンハンダー……」
そう言い残して崩れ落ちるヒース。アイゼンハンダーはふたりを抱きかかえ、シュネーと向き合った。
「ふたりを、私の友人をお願いします」
「……わかりました。私は貴女達歪虚を赦せる訳ではないですが……それを呑み込まないと、戦争に終わりはない気がする、ので。……どうか佳い結末を」
「そうか……そうだな。すまない。あなたにも、我慢をさせる」
シュネーがいくつもの感情を呑み込んで盟友達に肩を貸し、後退する。それを見届けた炎はアイゼンハンダーに向けて「これで存分にやりあえるな」と刀を構えた。
――この一連の流れを物陰で見守っていた鞍馬 真(ka5819)は戸惑いを掻き消すように首を振った。
(アイゼンハンダーは暴食王のもとへ行くことを選んだ。……私は仕事に感情は挟まない。やるべきことをやるだけだ)
両手には馴染みの二振りの剣。その重みがハンターとしての意識を引き戻してくれる。真は瞬脚を用いてアイゼンハンダーの進行方向に回り込むと、黙して剣を構えた。
(どのような想いがあろうと目的は見誤るな。感情に溺れるな。私は彼女をこの先に行かせないためにここにいるのだから!)
真が唇を噛み、アイゼンハンダーの進路を封鎖する。それを見とめた麗しいハンター達が左右からアイゼンハンダーを挟み込んだ。
「戦の夢も此処で終わり。死者の凱旋などなく、帰る場所などない。命を失うというのはそういうこと……決して、劇のように素敵ではない……」
紡がれた美しい声は歌劇の一節のよう。アリア・セリウス(ka6424)が氷輪詩を歌いながら織花・祈奏を騎士刀に宿す。
「そう。悪夢は悉くを断ち切る。其れが、ヒトの在り方だから」
イツキ・ウィオラス(ka6512)はアリアと頷きあうと無数の六花を身に纏い、群青の魔槍を構えた。
当然警戒したアイゼンハンダーが後方に跳び退った隙にアリアが大きく踏み込む。
「行くわよ、イツキ! 哀れな戦乱の亡霊に、必滅の終止符を!」
「ええ、死者の夢はここで終わらせるっ!」
アリアが星神器「ロンギヌス」でアイゼンハンダーの右腕を撥ね上げ、銀水晶の騎士刀で無防備になった胴を突く。だが相手は災厄の十三魔、深手には至らない。しかしアリアは怯むことなく騎士刀を引き抜き両腕を交差した。
「想思花・祓月!!」
「雪華纏槍・結明紡ッ!!」
アリアの斬衝波にイツキのマテリアルの激流が交差する。受け身をとったアイゼンハンダーの右腕の表面に大きく皹が入った。
「くっ、このままでは不利か!」
最早アイゼンハンダーはハンター達に囲まれ、自由に駆けることができない。その状況にシガレット=ウナギパイ(ka2884)が呻くとマテリアル結晶を周囲に展開させ、波瀾を巻き起こした。
「勝っても負けても帝国は解体消滅の未来だなァ……。帝国がない世界とはどんなものだと思う? アイゼンハンダーよ」
シガレットは崩壊する城を見つめ苦く呟いた。その言葉に、後方に押し流されたアイゼンハンダーが毅然と顔を上げる。
「私は帝国という国を、民を、良く知っている。……この程度で帝国はなくならない。傷ついても何かを失っても、人はまた必ず歩き出す!」
「まったく……敵の言葉とは思えないなァ!」
その意気にシガレットは息を呑んだ。アイゼンハンダーは歪虚でありながら帝国を、そして人類を心から信奉しているのだと。それを感じ取った夢路 まよい(ka1328)は想いと祈りをマテリアルに変じ、指先に集めた。
「あなたは歪虚でありながら人間を信じているのね。……でも人ってそれほど賢くないかも。冷静に考えて単に得を選ぶ、ってだけのこともできないんだもの」
「それはわかっている。かつての私も同様だった。忠義に生きたことに後悔はないが」
「そう。……でもね、大切な何かを傷つけられたとき、その何かのために悲しんであげられるのも……怒ってあげられるのも、また人なんだなって。それを受け止めてあげることも……また、人を好きになるためには必要なこと、だから」
まよいが紡ぐ声には深いいたわりの心が込められている。アイゼンハンダーはその優しさにまぶしそうに目を細めた。
「ありがとう、優しい子。だが私は行かなければならない。すまない……無理を押し通しても守りたいものがあるんだ!」
「わかるよ……それも!」
半ば叫ぶように宣言するとアイゼンハンダーがにわかに巨大な右腕を大きく引き、地面を叩き割る。その衝撃は煉瓦造りの道を捲り上げるように粉砕し、ハンター達の肉体を次々と引き裂いた。
そして身を翻すと行く手を塞ぐ真へ鉄拳を繰り出した。その衝撃波は真の万全な守りを貫き、彼を「身体ごと」吹き飛ばす!
「ぐっ!」
「真殿っ!」
進路上に回り込んだツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)が壁に叩きつけられた真へアンチボディを施す。幸い傷は浅かったが、ツィスカの白い頬を冷たい汗が濡らした。
(この衝撃波は間違いなく包囲網を崩す脅威となる……どうすれば!)
この状況にまよいが軽く下唇を噛んだ。
「どうしても止められないのね。それなら……ブラックホールカノンッ!」
「うぁっ!?」
紫色が帯びた強大な重力球を一点に集束させ、アイゼンハンダーの頭上に落とすまよい。鈍い音が響き、軍靴が地に沈む。
そこにどこか懐かしい声が耳を打った。
「私は全てが終わったらきっと、色々な人に謝らなければならない。……陛下。帝都の民。戦友達。そしてツィシィに」
金色の髪の青年がアイゼンハンダーの前で自転車を乗り捨て、ツィスカ達を守るように立ち塞がる。皇帝ヴィルヘルミナより下賜された聖剣を構えて。
「不要な戦い、只の我儘なのは分かっていた。けれど……やっと会えた。このままでは終われない、納得して走り切れない。それだけだった」
超覚醒状態にあるアウレール・V・ブラオラント(ka2531)。彼は幾度もアイゼンハンダーに立ち向かい、その都度倒されてきた。だが今のアウレールには憎しみや恨みといった感情が不思議と薄く、別のより深い感情が静かな闘志を齎している。
「初めて会った時、似ていると思った。過去の軛、互いに革命の影を追っていた。私とお前が逆でもおかしくなかったと……だから終わらせてやりたかった。燻る火種、燃え殻の様なお前を。それまで父様の罪、革命戦争は終わらない」
アウレールのマテリアルが眩い光を帯びる。その力の名は「権能『仁愛守護す神癒の十字架』」。アイゼンハンダーの全てをこの身に受ける覚悟の証だ。
「私が剋したいと願った相手は皆もういない。お前で最後だ。……もうあの頃と同じではない、今ならきっと負けはしない。だから見ろ、私を見ろッ! お前の終焉が此処に来たのだから!」
「私の……終焉?」
「そうだ。だから……ツィカーデ。どうか最後に踊(たたか)って欲しい、フロイライン」
それはまるで騎士が貴婦人へダンスを申し込むかのような真摯な響きだった。アイゼンハンダーは覚束ない記憶の中から彼の面影を見つけ、微かに笑う。この男を倒さねば前へ進めまいと肌で感じながら。
「成長したな、少年兵。ならば私もあの日に帰ろう。私が私であるために、断ち切られた革命の日の続きを!」
アイゼンハンダーに生前の最後の記憶が蘇る。あの日ついに叶えられなかった救済と勝利を今こそ掴んでみせると。
●己が身を一振りの刀に
紫電の刀鬼はアルスレーテによる強固な拘束を脱したものの、紫苑の「死者の掟」により治癒力を封じられ劣勢に立たされていた。
『これはマズいデース!? 命あっての物種、ここは逃げの一手デース!』
深手を負ったまま宙を跳ぼうとする刀鬼。そこにトリプルJが幻影の手を伸ばす。
「逃がさねぇぜ、ファントムハンドッ!」
彼の腕が刀鬼の胴をしかと捉え、高所から勢いよく引き摺り下ろした。金色のオーラを纏ったルベーノとフィロがこれぞ好機と駆けだした。
「ハッハッハ、剣鬼が逃げるか。暴食が人に怯えて逃げるか、腰抜けが! さぁ、フィロ。手筈通りにいくぞ!」
「かしこまりました。ルベーノ様、いつでもご存分に!」
ふたりの間にあるものは阿吽の呼吸。ルベーノは阿修羅の構えから刀鬼の背に鎧通しの2連撃をストレートに放った。
片やフィロは縮地移動で刀鬼の懐に飛び込み、鹿島の剣腕を発動させた拳で白虎神拳と鎧通しを叩き込む。
『ぐぁッ!』
刀鬼が身体の前後から貫くような鋭い打撃を同時に受け悶絶する。コーネリアはその無防備な姿に「これが十三魔とはな……無様なものだ」と苦く言い放ち、コンバージェンスで弾丸へマテリアルを送った。
「いずれにせよ貴様らを葬るのが私の存在意義だ。……たとえその先に待っているのが絶望だったとしてもな」
コーネリアの指先から銃身にかけて粉雪に似た純白のマテリアルが集束する。絶対零度の弾丸が刀鬼の肩部外殻を貫き、その右腕をびしりと凍りつかせた!
この流れをユーリは見逃さず、魂奏竜胆を半身で構え一気に斬り込んだ。
「私の蒼雷は闇に堕ちた雷でさえも斬ってみせるっ!」
鮮烈な光を纏った斬撃――雷切・穿が刀鬼の凍りついた右腕を貫く。その衝撃で刀鬼の大刀がごとりと地面に転がった。
「今だよっ! みんなでぐーぱんちっ!!」
あの巨大な刀が刀鬼から離れたなら――! リューリが颯爽と戦斧によるワイルドラッシュを刀鬼に叩き込む。彼女の溌溂とした宣言は刀鬼の意識を自分に集中させるためのもの。読みどおり刀鬼のヘルメットがリューリに向いたその時、リューリと共に戦う【月待猫】のアルトとアルスレーテが刀鬼に吶喊した!
「行こう、アルスさん!」
「いいよ、里帰り前の最後のダイエット……ちょっといいとこ見せようじゃないの」
相変わらずアルスレーテは飄々としている。アルトはこくりと頷くと舞い散る深紅のオーラを体内に取り込んだ。無我の業――彼女の世界から色も音も消えていく。情報しか存在しない世界で彼女はアルスレーテの動きを予測し最適解を導きだした。
まずはアルスレーテが鉄扇で災いの娘と繰り返す災いを叩き込む。
「ここで勘弁してなんて泣きついても止めないんだからねっ」
重みのある鋭利な刃が破裂するような音を立てて刀鬼の外殻を二度大きく斬り裂く。鉄扇に込められた九想乱麻が刀鬼の外殻を殊更激しく砕いていった。
その流れを引き継ぎアルトが刀鬼の脇を突くように身を沈め、天誅殺の力を帯びた刀で奴の胸部外殻を斬る!
ガギッ、ガガガガガガッ!!
刀鬼の身体を覆う甲冑状の外殻に深い傷が奔る。そこを見逃すほどアルトは迂闊ではなく、騎士刀を傷にぎりりと抉り込んだ。
「お前の核、ここで見せてもらう!」
彼女が腕を捻り刀の切っ先を力いっぱい捻じり込んだ途端、鈍い音を立てて外殻が削げ落ちる。そこに見えたものは……深い闇の中に浮かぶ折れた刀。
『うあああああっ!!』
刀鬼は刀が露出した途端大きな唸りをあげた。外殻が砕けるのも構わず力任せに拘束の術を解き、全身をくの字に折り曲げる。
『Haha,ha……ここまで暴かれるとは。これはまた……逃げるにしても全力を出さないといけないデースね……!』
刀鬼が自らの胸にずぶりと手を沈め、刀を引き抜く。たちまち昏い負のマテリアルが周囲に立ち昇った。
「っ! 皆、気をつけるですっ!」
アルマが前衛を務めるアルトらのもとへバイクで滑り込み、覇者の剛勇による守護を付与する。ひどく嫌な予感がするのだ――機械仕掛けの長大な刀よりも、今の奴の手にある折れた古刀に。
紫苑もまた、肌がひりつくような感覚を覚えた。
(ああ、わかっているとも。この古刀は単なる核などではない。おそらく奴にとっての奥の手……だからこそ冷静に、粛々と戦わなければ)
彼は強化術式・紫電で強制的に身体能力を引き上げ、刀鬼の側面に踏み込んだ。魔導剣に宿す力は解放錬成と超重錬成――そして両手で柄を握ると、巨大化した刃で刀鬼の脚に向けて薙ぐ!
ブンッ!!
だが刀鬼は十三魔の名を冠するだけのことはある。最小限のフットワークで躱すと冷徹に『まずはGirl達から退場してもらいまショウカ』と呟き、前衛の女性陣に紫の閃光を放った。真っ直ぐに放射された激しい雷がハンター達の肉体を突き抜ける!
「「うああああああっ!!」」
戦場に響き渡る凄まじい雷鳴。エファは迷うことなくファーストエイドでフルリカバリーの術式を紡ぎ、傷の深い仲間に応急処置を施した。
(刀鬼が戦を覚悟した……この状況下では偽情報による攪乱の実行は困難。ならば僕は癒し手として力を尽くすのみです!)
――実はエファはほんの少し前まで偽情報で埋め尽くした地図を刀鬼に渡し、混乱する刀鬼を追い込もうと考えていた。だが逃げに徹している刀鬼は地図を精読する暇があるなら移動を優先するだろう。
だから彼はマテリアルを滾らせる刀鬼相手に堂々と胸を張った。
「貴方は絶対に逃げられませんよ。僕達を皆殺しにしない限りは!」
エファには刀鬼に深手を負わせる力も、神速の脚を止める手段もない。しかし仲間を支える癒しの力がある――命あるかぎり守り抜くことこそ聖導士の矜持なのだからと。
●革命戦争のむこうを目指して
アイゼンハンダーとの決戦は一進一退の様相を呈していた。
何しろアイゼンハンダーには目の前の障害を吹き飛ばす剛腕がある。瓦礫で一時的に進路を塞ごうとも右腕の亡霊が瓦礫を吹き飛ばし、次の瞬間には少女の体が目的地に向けて疾走するのだ。身体がどれほど傷つこうとも、恐れることなく。
それと同様にアウレールも何度もアイゼンハンダーの鉄拳を受けながらひたすら彼女の前へ立ち塞がった。彼は血と埃にまみれながらも斬霊剣「剣豪殺し」を宿した聖剣で真正面から斬り結び続ける。
「退け、少年兵っ!」
そこで思い通りに進めぬ苛立ちにアイゼンハンダーが腕を弓のように引くと、アウレールへ重い拳を振るう。それをアウレールは聖盾剣で受け、全力でアイゼンハンダーを剣で突き返した。
「っ!」
「かつて……愚かな妄執と嗤われても。つまらぬ意地と蔑まれても。納得いく理想へ疾駆する、それが唯一と貴女は言った」
「だからどちらかが力尽きるまで私に真っ向勝負を挑むと?」
「そうだ。戦わなければ終わらない。少なくとも私と貴女は」
だがアウレールの肉体は度重なる拳の応酬で深い傷を負っている。呼吸するごとに血の味が口腔内で広がり、こみ上げてくる息苦しさと同時に幾度も血を吐いた。
そこにアイゼンハンダーが「許せよ、少年兵」と呟き拳を振り上げた瞬間――「アイシクルコフィン、参りますっ!」と涼やかな声が響いた。続いて無数の氷柱がアイゼンハンダーの腕を、体を、幾重にも突き刺す。
「軍人の貴女ならば戦の作法はとうにご存知のはず……我らの我儘を妨げなどしない!」
術の使い手はツィスカだ。彼女はアイシクルコフィンを放った錬魔剣を構え、アイゼンハンダーを牽制する。
(この戦はアウレール殿にとって途轍もない意義がある……ならば私は彼の我儘を、感情を、心置きなくぶつけられるよう全力を尽くすまで!)
一方、シガレットは急いでアウレールのもとに駆け寄るとファーストエイドを掛け合わせたフルリカバリーで治療を施した。
「大丈夫か、アウレールさんっ!」
アウレールは心配するシガレットに「ありがとう、ウナギパイ殿」と一礼すると力強く剣を握りしめた。癒しの術が効いていることを示すように。
まよいはアイゼンハンダーを追いながら杖を振り上げた。
「あなたの気持ち、わからないわけじゃない。大切なものを守りたいという心は掛け替えがないものだと思う。けど!」
再び重力球を一点に集中させて宙に解き放つまよい。強烈な重力がアイゼンハンダーの頭上から背にかけて圧し掛かり、歩みを遅らせる。
その間に体勢を整えた真がアイゼンハンダーに肉迫し、守りの構えを展開した。星神器「カ・ディンギル」を捧げ持ち、真は祈りの言葉を紡ぐ。
「ここを突破されるわけにはいかないんだ。暴食王と戦っている仲間達のためにも……守護の力の顕現を! ヤルダバオートッ!!」
強力な守護の力が真の周囲に渦巻き、アイゼンハンダーの視界にノイズをはしらせる。途端に左手で不安定になった目を擦るアイゼンハンダーへ炎が真っ向から斬りかかった。
「はああああっ!」
気息充溢と一之太刀を掛け合わせた終之太刀――炎の全身全霊をかけた刃がアイゼンハンダーの右肩から胸下にかけて深く斬り裂く。黒ずんだ血が空中に飛沫となり、霧散した。
「ぐっ……!」
焼けつくような痛みに左手で傷をおさえるアイゼンハンダー。僅かに動きを衰えさせた彼女へアリアとイツキが迫る。
「いいわね、イツキ」
「ええ、機を逃すつもりはない!」
アリアは星神器「ロンギヌス」を手にアイゼンハンダーの真後ろに回り込み、イツキは星神器「レガリア」を右隣から構える。そして得物にありったけのマテリアルを注ぎ込み――力が高まった瞬間!
「「死者の魂を貫け、アンフォルタスの槍!!」」
「ああああああっ!!!」
怒涛のごときマテリアルエネルギーが強固な肉体に風穴を空けんばかりの勢いで叩きつけられる。アイゼンハンダーは右腕の亡霊の力が弱まっていくのを確かに感じた。
『ツィカーデ……!』
「……大丈夫、私が絶対に守る。必ず司令のところへ連れて行くから……!」
アイゼンハンダーは「もう少しだけ、力を貸して」と呟くと歯を食いしばりながら右腕を振り上げ、がむしゃらに大きく周囲を薙いだ。
しかしまよいのブラックホールカノンと真のヤルダバオートが功を奏し、爆発的な威力を誇る鉄拳が不発に終わった。そして真の守りの構えがアイゼンハンダーの脚を封じている以上は――。
「貴女が愛した帝都が貴女の墓標になる。何処にも行けず、誰にも逢えることもなく。……覚悟することね、災厄の十三魔アイゼンハンダー」
アリアが歌にのせて、闇夜に浮かぶ銀月のように清らかに冷徹に宣言する。それがアイゼンハンダーに突きつけられた宣告、だった。
●この腕は天に届くことなく
紫電の刀鬼は先の劣勢など全く感じさせない速度でハンター達へ雷で造られた古刀を振るい、雷を落とし続けていた。
『Hey,boy! 斬撃のおかわりはいかがデースか!?』
「くっ……!」
刀鬼が跳躍するや、トリプルJの利き腕から血が迸る。彼はハンターの中でも腕利きに分類されるハンターだ。しかし鍛え上げた動体視力をもってしても刀鬼の動きを完全に見切るのは困難だった。
「くそ、このままでは危険か……!」
トリプルJが傷をおさえて苦く呟く。刀鬼の雷は立ち位置をずらすことで乱発を防げたが、恐ろしい跳躍から繋ぐ軌道の読めない斬撃はそれ以上の脅威。
だからこそハンター勢は幾度にもわたりファントムハンドや白虎神拳による拘束を試みたものの、驚異的な速度によって回避されていたのだった。
その時、トリプルJに向かいエファが駆けだした。
「今、治療しますっ!」
エファの両手に暖かな光が集まる。彼が得意とするフルリカバリーは近距離まで近づかなければ効果を発揮しないのだ。しかし。
「いけないっ。エファ、さがれ!」
「えっ……?」
エファの後方を見つめてトリプルJが叫ぶ。丁度エファとトリプルJが重なる方角に向けて刀鬼が手を翳していた。
「大切な癒し手をやられてたまるかよ!」
咄嗟にトリプルJがエファを突き飛ばす。射線から逃れたのはエファのみ、このままでは――!
「……好きにさせるわけにはいかないのでな」
その時、戦場に不釣り合いなほど落ち着いた声が響いた。紫苑がポゼッションを展開し、雷を弾いたのだ。
『Hmm、やりマースね』
「仕事は仕事だからな、動機は何であれ真っ当にやるさ。ところで……俺は『自分の技術でどれほどの街が作れるか』に挑戦して生きていこうと思うんだが、お前は今まで『何のため』に長く存在してきたんだ?」
結界の中からじっと刀鬼を見つめて問う紫苑。すると刀鬼が動きを止め、不思議そうに小首を傾げた。
『さて、どうだったか。大分記憶がとっちらかってしまいましたカラねぇ。アイちゃんのように生きてた頃の自分がわかってればまた別だったんでショウけど。今は生きていればオッケーってとこなんデースが……』
その時、ユーリがはっとした。かつて夢のように見た光景を思い出したのだ。ひとりの剣豪が自分を受け入れてくれた人々を守るため、懸命に剣を振り続けた物語を――。
「刀鬼……グローム……?」
ふと、口をついて出た言葉はかつて東方に存在した英雄の名。それを耳にした刀鬼がびくりと肩を震わせる。
『You、それをどこで』
「血盟事件の時に垣間見たのよ、過去の世界を。救世主になりたかった男の戦いをね」
『……だったらそれは忘れることデース。つまんない話なんて覚えていても得はないデスからネ?』
刀鬼が不愉快そうにヘルメットを掻く。その反応にユーリが確信を得た。
「私は知ってる。あなたはかつて英雄として生きながら人を救いきれなかった。だから自分のことを英雄のなりそこないなんて呼んで、英雄という存在を毛嫌いしてきたのね」
『黒歴史は忘れろといったはずデース!』
「いやよ、私は忘れない! 何度だって言うわ、あなたは英雄だって……!」
ユーリが刀鬼をまっすぐに見つめて叫ぶ。そんな彼女の声を振り切るべく刀鬼は地を蹴った――が。
「私のマテリアル……そして力を貸してくれる祖霊達、今一度刀鬼を止めて!!」
リューリが集中力の途切れた刀鬼をファントムハンドでしかと掴み、引きずり込む。腕を空中で止めればあの面妖な神速の業は使えまい。たとえあの剛力で腕を解かれようとも、その僅かな瞬間に親友や仲間達が決めてくれると信じて!
「やるじゃない、私もうかうかしてらんないわねっ」
アルスレーテが明鏡止水で刀鬼に一撃を喰らわせ、衝撃で意識が眩んでいる間に災いの娘と繰り返す災いの二連撃をを叩き込む。
そこにしたたかに合わせるのがコーネリアだ。コンバージェンスで弾丸を込めたガトリング砲を抱えて鼻を鳴らした。
「ふ、過去はどうあれ……今の貴様は負け犬の歪虚だ。ここで終わらせてもらう!」
耳を裂くような鋭い音を立て、フローズンパニッシャーの冷気が刀鬼を凍てつかせる。あとはあの古刀を破壊するだけだ。
「行くぞ、こいつが最後の阿修羅の構えだ!」
「ここで全力で決めます!」
ルベーノとフィロが再度息を合わせて地を蹴る。黄金色に輝くふたりの拳が交差し、刀鬼の利き手ごと核を殴った! たちまち柄に皹がはしり、ぱきりと音を立てる。
それを見たトリプルJは微かに口元を吊り上げると大剣に鎧通しの力を込め、古刀の峰を圧し折るべく力いっぱい薙ぐ。すると核が割れ始め、負のマテリアルが噴き出した。
『アアアアアアァ!』
刀鬼から凄まじい悲鳴があがる。このままではまた強引に拘束を解かれるかもしれない――アルマは杖に自身の生命力を限界ギリギリまで注ぎ込んだ。
「僕の大切な人のために……永遠に眠ってもらうです!!」
彼が宿した業は「星の救恤者」。自らの命を武器とする強力無比な力が刀鬼の体を、核を、幾度となく抉っていく。だが刀鬼はそれ以上の生命力を維持していたようだ。アルマが力を使い切り身体をふらつかせる一方で刀鬼の肉体ももはや朽ちた木のようになったというのに――古刀だけはかたちをなしている。
「このままじゃ……アルマさんっ!」
エファは無防備になったアルマを抱きとめるとフルリカバリーの術を紡いだ。万が一刀鬼が解放されることあらば危険だと、息の荒いアルマを庇うようにしてエファは十字架を握り続ける。
それと同時にユーリが蒼刃共鳴を蒼姫刀に宿した。
「あなたがそうなったのは無念、からだったんでしょうね。私があなたの過去を終わらせてあげる。刀鬼……これが私の全力、明日を斬り拓く蒼雷の一閃よっ!」
ユーリの絶招・魂奏雷切が凄まじい魔力の波動を生み、刀鬼の首から左肩、そして古刀の切っ先をぼろりと突き崩す。だが、まだだ。右腕が刀の柄をたしかに握っているのだから!
「刀鬼……これがあなたの執念なの? 生きることに何かを見出したというの?」
ユーリが刀を構えたままで問う。――カタカタと何かを言いたげに震える古刀。それを見たアルトは死者を送るべく、しめやかに騎士刀を握った。
「お前が歪虚でさえなければな……しかし情け容赦のない徹底的な決着を着けなければ、平穏に手を伸ばして良い事にすら気付けない人がいる。貴様らはそれ程までに人々の心に傷を、怒りを、悲しみを刻み付けた。私は彼らの心の区切りのために貴様を滅ぼそう」
それまで放たれていた深紅のオーラが再びアルトの体内に巡り――アルトはモノクロームの世界を駆ける。目指すは物言わぬ古刀。これを断てば、これを破壊すれば――!
「さようなら、心はぐれし亡者よ」
紅の騎士刀がまるで弔いの炎のように二度、風を斬る。すると古刀は繊細な陶器のように細かく割れ、宙に舞い散った。刀鬼の体も白い砂となって、埋火の煙のごとく静かに消えていく。
「ルベーノ様……十三魔の討伐に成功したことは寿ぐべきなのでしょう。ですが……」
フィロは刀鬼のいた場所でしゃがみこむと、そっと白けた土を掬った。そんな彼女にルベーノが小さく息を吐く。
「俺は奴の過去を知る由もない。だが……奴を想う存在があるかぎりは、な」
くしゃっとフィロの頭を撫でるルベーノ。
一方コーネリアは銃に弾丸を詰め直しながらトランシーバーを確認した。
「アイゼンハンダー対応班から連絡がないということは、まだアイゼンハンダーが生きているかもしれん。暴食王に合流させるわけにはいかない……行くぞ」
重厚なガトリングを軽々と抱え、馬に乗るコーネリア。仲間達は頷きあうと再び移動を開始した。
●長き円舞曲の果てに
「私の邪魔をするなっ!」
アイゼンハンダーは自由にならぬ脚に歯噛みすると右腕を振り回し衝撃波を放った。真のヤルダバオートの力が途切れてからというもの戦は殴り合いが主となり、互いに傷は深まるばかり。
「く……足を止めたというのにとんでもない馬鹿力だな!」
地面に叩きつけられた炎が口から滲む血を拭い、走り出す。彼は数えるのを途中から忘れるほど、幾度も全力でアイゼンハンダーに斬りかかっていた。いや、イツキもアリアもアウレールも真も、前衛に立つ者はすべからく傷を負っている。
回復に専念するシガレットが煙草を噛みしめるとひどく苦い味がした。
(戦況は長期化。アウレールさんをはじめ、真正面から斬り結んでいるハンターはボロボロだ……。このままで良いわけがねェ。皆には悪いが、ここは治癒ではなく支援の術を遣わせてもらうぜ)
シガレットは星神器「ゲネシス」の頁を捲るとヤルダバオートの術式を紡ぐ。先ほど真が紡いだ祈りと同様の文言にアイゼンハンダーが気づき、シガレットにまっすぐ鉄拳を打ち込もうと右腕を構える。
その刹那、アイゼンハンダーに密着しているイツキが前へ踏み込み「私だってこれぐらいのことはできる!」と蛇節槍ネレイデスで腕を弾いた。雪華響応・結祈奏――相手の攻撃をいなすだけでなく、その流れを利用し敵の足を自由を奪う業。彼女の働きにシガレットは「感謝するぜ!」と応じ、ヤルダバオートを発動させた。再びハンター達を守護の力が包み込み、アイゼンハンダーの目を霞ませる。戸惑う彼女に向け炎は再び息を整えると刀を大上段に構えた。
「よし、皆! ウナギパイさんの魔法が効いているうちに畳み込むぞ!」
頭から流れる血に構うことなくアイゼンハンダーに斬りかかる炎。終之太刀が少女と右腕の亡霊に叩きつけられると同時に、イツキも瞬迅の構えで4度にわたり突きを加えた。
右の指2本が砕かれ、腕を引くアイゼンハンダー。彼女は腕を庇いつつ炎をまっすぐに見つめた。
「……聞かせてくれ。貴様はなぜ戦う?」
「簡単なことだ、俺は力を持たない人の希望となるために戦っている」
「そうか……」
アイゼンハンダーは顔を曇らせた。革命戦争でも同じだった、いつだって戦いは互いの正義のぶつかり合い。守りたいものがあるからこそ人は戦い、憎しみ合う。
だとしたら心があることが罪なのだろうか。他の暴食と同様に心がなければここまで苦しまずに済んだのだろうか。
アリアはアイゼンハンダーが逡巡したその一瞬の無防備を見逃さず織花・祈奏の宿った騎士刀と槍で斬撃を加える。
「ごめんなさいね。貴方達を見逃してあげるほどこちらは悠長ではないの。暴食王討伐の遂行のため、この世界から消えてもらうわ」
ああ、なんという甘美な声だろうか。ぞくりとする歌声とともに想思花・祓月が放たれる。右腕の機械がオーラに呑み込まれ、次々と破砕されていく。そこに再度イツキが突きを加えれば右腕の付け根がぐらりと揺れた。
それでもアイゼンハンダーは必死に前に進もうと脚に力を入れる。きっともう、暴食王のもとへ向かっても満足に戦えない身体なのに。
(アイゼンハンダー、あなたはわかってるはず。それなのに、まだ)
まよいは残り僅かな魔力を集め、巨大な重力球を凝縮させた。アイゼンハンダーを救うことはできない。ならばせめて苦しませずに逝かせてやることが最善と判断した。
「ここは、私の魔力で!」
まよいは星の救恤者を使い、アイゼンハンダーに幾重にも魔法の波動を重ねた。だが魔力と生命力の放出で凄まじい脱力感に襲われまよいがへたり込む傍ら、アイゼンハンダーは再び立ち上がる。イツキの業で体を推し進める力もなくなっているというのに。
イツキは三度目の突きを加えた後、流れを断つことなく雪華纏槍・結明紡でアイゼンハンダーの肉体を大きく穿った。
「ああっ!」
華奢な太腿が半ば千切れかけ、膝をつくアイゼンハンダー。もう先に進むことはできないと悟ったのか、悲痛な悲鳴をあげると半壊した右腕を大きく振り回した。真の腹部に腕が直撃する。
「ぐっ……でも、これぐらい!」
真は重い衝撃に辛うじて持ち堪えた。そして蒼い輝きを宿す二振りの剣を流れるように交差させ、アイゼンハンダーの右肘から下を完全に切断した!
「……よくも私の相棒を」
右手を失った少女が乱れた髪からぎらぎらとした瞳で真を睨みつける。右腕は亡霊だ、時間さえ経てば修復される。しかし腕の再生が完了する頃には暴食歪虚と人間の戦争に雌雄が決しているだろう。
「よくも……よくも!!」
少女が残った左腕で真につかみかかろうとした瞬間、ツィスカの機導砲が彼女の胸を貫く。今までこの死体を維持してきた強い負のマテリアルが揺らぎ始めたのだ。
「帝国に従軍した者として最期まで凛となさって。でなければ……悲しすぎる」
そして――ツィスカと入れ替わるようにアウレールが地を蹴った。彼は少女の顔に慈しむように両手を添える。
「……昔の私は情けなかったな。弱く、稚拙で、余裕が無かった。だが意味はあった。お前に殴り倒されて今の私がいる」
過去を振り返るアウレールから様々な感情があふれだす。それは憎しみでも義憤でもなく――あまりにも切ないものだった。
「少年兵、名前を聞いて良いか」
少女はかつて何度も己に剣を向けた青年に問う。おぼろげな記憶を手繰り寄せると改めてアウレールを見つめ「本当に、大きくなった」と呟いた。
「私の名はアウレール・V・ブラオラント。ツィカーデ、どうか忘れないで」
「アウレールか、良い名だ。……忘れないよ。絶対に」
少女は軍人として、最後の抵抗に左腕でアウレールの鎧を打った。負のマテリアルを失いつつある死体の腕が鎧の重みにぐしゃりと潰れる。
そのことがアウレールにとってはひどく悲しかった。あの気高かったアイゼンハンダーの弱った姿を見ることに。せめて死者としてではなくひとりの人間として葬ってやりたいと、思う。
「さようなら、フロイライン。せめて、人間らしい……最期を!」
自身の生命を燃やし尽くすように――アウレールは剣に生体マテリアルを限界まで注ぐとアイゼンハンダーの胸に深く、深く、刺した。これ以上傷つかずに済むようにと。
ぐらりと体を傾ける少女ツィカーデ。抱き寄せるとそれは悲しいほどに軽く、そして風が吹いた途端に羽根のように宙に散り――消えていった。
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ことね桃 | 17人 |
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