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――すべては、王国を襲撃した傲慢が発端だった。
王国騎士団とハンターの尽力により撃退する事に成功したものの、王国内の被害は大きく歪虚に対する危機感は各国首脳陣の中で最高潮に達するに至った。
この事件は、各国に更なる動きを促す。
各国首脳陣及びサルヴァトーレ・ロッソの代表は、冒険都市リゼリオに集ったのだ。
王国よりヘクス・シャルシェレット(
kz0015)伯。
帝国は皇帝ヴィルヘルミナ・ウランゲル(
kz0021)。
同盟評議会議長のラウロ・デ・セータ(
kz0022)。
辺境地域は国家という組織形態が存在しない事から要塞ノアーラ・クンタウの要塞管理者ヴェルナー・ブロスフェルト(
kz0032)が代理出席。
サルヴァトーレ・ロッソからはダニエル・ラーゲンベック(
kz0024)艦長。
この異例とも思われる顔ぶれで話し合われた会議――後に『首脳会議』と呼ばれるこの会議の議題は『歪虚に対抗しうる兵器について』である。
実は会議出席者には脳裏にある存在が浮かんでいた。
リアルブルーよりやってきた蒼き星の巨人、CAMの存在である。
CAMは既に対狂気撃退においてその有志をクリムゾンウェストの民へ示す事ができた。しかし、今回の王国襲撃に投入できなかった理由は『燃料不足』であった。CAMを稼働させる為の燃料をクリムゾンウェストで入手する事ができなかったのだ。この為、CAMを稼働させる際にはサルヴァトーレ・ロッソの備蓄を使っているのだが、枯渇するのは時間の問題と見られていた。
しかし、ここで帝国皇帝より思わぬ提案をされる。
ワルプルギス錬魔院機導兵器開発室にて試作される試作兵器『魔導アーマー』の動力をCAMへ転用するというものだ。もし、これが実現すればクリムゾンウェストにおける対歪虚戦は様変わりする事になる。
だが、リスクも存在する。
CAMに魔導アーマーの動力を搭載して本当に稼働するのか。
稼働するとしてもどの程度CAMの性能を引き出す事ができるのか。
しかし、この異論の裏には『帝国の提案にそのまま乗れば主導権を帝国に握られる恐れがある』という政治的対応があった。
その事に気付いた帝国皇帝は、各国の問いに対して『公開実験を実施する事』を告げる。
万人が見守る中、CAMの稼働実験を実施。さらに警備を名目で各国の戦力を配置する事で一国の独占とはならない。
そして、この実験については各国の利益が及ばない辺境地域での実施が決定。開催場所の詳細についてはヴェルナーから連絡する旨が伝えられる。
稼働実験を公開で行う事も各国は了承。
サルヴァトーレ・ロッソからも旧式のCAMや損傷が大きいCAMを稼働実験へ供出する事を約束する。
――こうして。
各陣営は、対歪虚で協調路線を取り始めた。
CAMが希望の光となるか。それはこの稼働実験が鍵を握っている。
(執筆:近藤豊)
辺境――マギア砦。
「どうしたんだろう、急に。ボク、忙しいんだけど……」
スコール族のファリフ・スコール(
kz0009)は、一言呟いた。
周囲には大勢の族長達。
上座に座るファリフに従うかのように、族長達は腰を下ろして部族会議の開始を待ち続けている。
「緊急の部族会議って……もしかして、歪虚が大群で攻めてきたのかな?」
ファリフがこの場に足を運んだ理由は部族会議が開催される為だ。
しかし、今回の部族会議は特別であった。
『緊急に決議を要する重要な事案』が提案された事から、各族長に緊急の呼集がかかったという訳だ。
そして、その緊急の部族会議を開いたのが――。
「……待たせたな」
遅れて姿を現したのは、オイマト族のバタルトゥ・オイマト(
kz0023)。
皆を呼び集めておきながら遅れて現れるバタルトゥにファリフは口を尖らせる。
「遅いよぉ?。みんな待って……」
「ああ、遅刻の件はお詫び致します。申し訳ありません」
ファリフの言葉を遮るのは、ヴェルナー・ブロスフェルト(
kz0032)。
本来であればここに呼ばれるべき人間ではない帝国の武官だ。
当然の事ながら、帝国を快く思わない族長から不満の声が上がり始める。
「どうして帝国がいるの? 部族会議だったよね」
他の族長を手で制したファリフ。
族長からの不満を自らが代弁する為に、不満を漏らす彼らの口を閉じさせたのだ。
だが、その声には明らかに怒気が含まれている。
「そうだ。緊急の部族会議を開催した理由は……この者の願いだ」
ファリフの言葉に、バタルトゥは冷静に答える。
辺境の各部族が意志統一を図る部族会議。
その緊急開催を帝国の者が要望する。
実に奇妙な光景である。
「はい。皆様にお願いがあって参上した次第です。
バタルトゥさんには、その機会を与えていただき感謝しております」
「で、用件はなに?
まさか、ここで帝国に帰順しろって言うんじゃないよね?」
ファリフは明らかに苛ついている。
部族の中には反帝国を掲げる者も大勢存在する。
その原因は帝国が部族の民を帰順させて対歪虚の戦力とするからだ。帝国の臣民となれば部族の文化や誇りを捨てなければならない。その事に多くの部族が反発している。
自らに敵意を向けられるヴェルナー。
しかし、その口調に怯えの感情は見受けられない。
「そうではありません。
単刀直入に申し上げます。実は、マギア砦南の土地をお貸しいただきたいのです。
CAMをご存じでしょうか。
リアルブルーの人型戦術兵器。対歪虚においても有効性が確認されており、現在はサルバトーレ・ロッソにて管理されている……」
「知ってるよ」
「でしたら話が早い。
実はCAMの問題はマテリアルエンジンと呼ばれる動力機関で、燃料の関係から使用が制限されておりました。
しかし、この程マテリアルエンジンの改修に成功。試作機の稼働実験に漕ぎ着けたのです」
要するに、ヴェルナーはCAMの起動実験場としてマギア砦南の土地を貸して欲しいという提案をしに来たのだ。
ただでさえ帝国軍人のヴェルナーが提案するだけでも大事なのだが、辺境部族にとって未知と言っても差し支えないCAMが運び込まれるのだ。その場に居た族長達がざわめくのも無理はなかった。
「一応聞くね。なんで、この辺境で実験なの? 帝国にも場所はあるよね?」
「万一の事を考えてです。試作機が暴走しても被害が及ばない地域――つまり、相応の土地の広さに加えて、周囲に被害が及びにくい場所は限られています。
……あ、念の為に申し上げておきますが、この稼働実験は帝国からのものではありません。王国も同盟も関与している事実を付け加えておきます」
CAMの稼働実験に帝国だけでなく、王国と同盟も手を貸している。
この事はCAMという戦力を各国が期待している証だ。
もしこの実験に成功すれば対歪虚戦は戦略が一変する。それはこの辺境でも例外ではない。
「……………………」
いつしか部族会議の場は、沈黙が支配していた。
帝国の誘導で辺境に促される変化。
取り残される恐怖。
それらが彼らの心をかきむしる。
「これは……チャンスだ」
沈黙の中バタルトゥは、口を開いた。
――チャンス。
これは如何なる意味なのか。
自然と皆の視点がバタルトゥへと集まる。
「歪虚と戦うには、我ら部族の力だけでは不足。
そこへ提示された救いは帝国への帰順のみ。だが、今回の提案には……同盟も王国も関わっている」
一言ずつ言葉を噛み締めるバタルトゥ。
この提案を受け入れる事は、辺境の地へ王国や同盟の関係者が足を踏み入れる事と同義。つまり、帝国以外に辺境部族へ救いの手を差し伸べてくれる国があるかもしれないのだ。
「帝国軍人の私を前に、ハッキリ言ってくれますねぇ」
「………………」
「私個人の意見ですが、王国も同盟もそのような余裕はないと思いますよ。
各国はいずれも歪虚の襲撃を受けていますからねぇ。復興や再度の襲撃に備えなければなりません。帝国以外で辺境に力を貸す国は……」
ヴェルナーは、バタルトゥの可能性を否定する。
帝国の立場から他国の介入を回避したいのだろう。
しかし、それをファリフが怒気を孕む声で一括する。
「部外者は黙ってて」
「おやおや。気分を害されてしまいましたか。お詫び致します」
会釈するヴェルナー。
ファリフはそんなヴェルナーに目もくれず、バタルトゥへと向き直る。
「ボクの答えは決まってるよ。その実験、正式に受けるよ。
実は、その話は知ってたんだ。辺境で実験する話はボクからもお願いしたんだ」
「……良いのだな?」
力強く見据えるバタルトゥ。
それに対してファリフは、はっきりと答える。
「うん。王国や同盟のみんなとも協力していけば、きっと新しい道が見つけられると思うんだ。だから、ボクたちに出来るか事はなんでもやるよ……それに、星の友と出逢えるかもしれないからね」
ファリフは、子供のような笑みを浮かべる。
しかし、その裏では辺境部族を率いる族長としての『覚悟』が育まれつつあるようだ。
「そうか」
納得するバタルトゥ。
次の瞬間、周囲の族長達は慌ただしく動き出す。
多くの部族から支持される二大部族の族長が合意したということは、マギア砦の南にCAMが運び込まれて稼働実験実施が決定したということだ。
そして、辺境部族として場所を貸し与えるだけではない。実験に全面協力して可能な支援を行っていく事を意味していた。
「……あのー。一つ、よろしいでしょうか」
ファリフの背後から、ヴェルナーが話し掛けてきた。
ファリフは、機嫌悪そうに一瞥する。
「なに?」
「あなたは辺境で実験を開催する事をファリフさん自身が提案したと仰った。
実験の開催を提案されたのはどなたでしょう。反帝国を掲げるあなたの事です。私が想定しうる限り最悪な相手は……」
面倒そうな表情を浮かべるヴェルナーに対し、ファリフはつれない態度を見せる。
「さあね。答えを教えてあげる義理はないよね?」
(執筆:近藤豊)
少しばかり、過去の事となる。大規模作戦にヘクス・シャルシェレット(
kz0015)が参戦する前の出来事だ。
「最近忙しくない?」
届けられた書簡に、揺籃館の主であるヘクスは不満気な言葉を上げる。部下達は揃いも揃って黙殺した。王国内の情勢故に、ヘクスの部下である彼らも昼夜問わず働く事になっている。不満を抱く事はないが、主の戯言に付き合う必要もない、という所か。
過日、ヘクスはある会議に参加した。
グラズヘイム王国内部がそれどころではなかったため、国外に居を構えている彼が名代として参加こそしたが――まさか、そのまま関わる事になろうとは。
「あの巨人を動かす、か」
――案外、早かったね、と。会議の際には思ったものだった。だが。
「システィーナには悪いけどこればっかりは皆目検討もつかないなぁ……」
――CAMを動作させるための実験に王国として関わる、となると話が変わってくる。
ヘクスはひとつ、息を吐いた。
そろそろ王国内の歪虚が大きく動くだろう。それまでに、この話を動かす必要があった。
「疲れているところ悪いけど、急ぎで二箇所、報せを送ってもらってもいいかな」
「――と、いうわけでね」
「面白そうな話だけど、なんで僕じゃなくて君に最初に話が行ったんだろうね」
「……どうだろ。領主としての仕事を先に期待されてるんじゃないのかい。援軍とか、さ」
「ふーん……」
訪れたヘクスに対して、古都――あるいは学術都市とも呼ばれるアークエルスの領主フリュイ・ド・パラディ(
kz0036)は種々の意味で何の感慨も抱かなかったようだ。ただ、その幼い容姿には似合わぬ笑みを浮かべて、愉快げにこう言った。
「いくつか心当たりがあるから、当たっておくよ……ゴーレムの研究をしている男、とかね」
「……ひょっとして、協会から禁術指定されているやつ、かい?」
「はて、そうだっけ?」
記憶に掠るものがあったヘクスの言葉に、フリュイはによによと笑みを浮かべて応じた。ヘクスは――この男にしては珍しいことだが――気難しい顔をして、項垂れた。
「先が思いやられるね……まあ、そのあたりは調整しておくよ。けど……」
転瞬。微笑の気配を落として、呟いた。
「『今』なら、交渉もしやすそうだ」
フリュイのそれと相似した、どこか嗜虐的な笑みであった。
●
果たして、ヘクスの交渉は実を結んだか、どうか。
王国がベリアルの王都襲来を乗り越えてすぐの事だ。一人の男が、フリュイの元へと招集された。
学者というには些か壮健に過ぎる筋肉質な身をローブに包んだ男の名は、アダム・マンスフィールドという。
中年にも届こうという年の頃だ。険しげな顔に刻まれた皺は、その年月を感じさせる。元は魔術師協会所属の魔術師であった彼は、現在では協会を離れ、古都アークエルスで教鞭を取って暮らしていた。
「やぁ、アダム。座りなよ」
「……」
アダムを自室に招き入れると、少年――フリュイは笑みと共に革張りの椅子を指し示す。その傍らには、戦装束のヘクス・シャルシェレットが笑顔で手を掲げ……そして、その隣。褐色の肌の少女がいた。世情に明るくはないアダムだが、その少女が辺境部族の者だという事は容易に知れた。また、その少女がアダムなど及びもつかない程の凄腕だとも。
アダムの目に、警戒の色が滲む。
「ねえ、アダム。『研究』の方は順調かい?」
「そうだな。順調といえば順調だ」
アダムが着席と共に低い声で告げると、フリュイが笑みを深めて、言った。
「『刻令術』の方も、かい?」
「……」
フリュイの口から飛び出した名は、魔術師協会が興ったという初期に禁術と指定された術理の名だった。
現代において、それに触れようとすることは即ち、協会に叛するという事である。
だから。
「……そうだな、そちらは順調とはいえない」
だから、アダムは深い諦観を吐き捨てて、そう言った。どこから流れたか解らないが、この状況では言い逃れをする事はほぼ不可能だと悟った。
「金が足りない。資料が足りない。人手が足りない。何より、協会に見つからない規模での実験がそもそも困難な領域だ……それで、私をどうする? そこの少女にでも処刑させるか?」
「ボクはそんなこ……っ」
「いや、そうじゃないんだ」
反駁して立ち上がろうとした少女――ファリフ・スコールを、ヘクスは押しとどめて、穏やかな口調で、続ける。
「詳しい説明は後でするけど……君に、協力して欲しいのさ。当代で禁忌を掘り下げる、命知らずの君に、ね」
――斯くして、アダム・マンスフィールドは戦場に立つ事となった。
CAMを、動かす。それはもはや、世界の命運だけの話では、なかった。
政治と、魔術と――彼自身の願いの為の、戦場に。
(執筆:ムジカ・トラス)
その城は淡い霧に包まれていた。
夢幻城。傷付いた眷属級の歪虚が傷を癒す為に訪れる事もある歪虚の城、いわばゲストハウスでもある。
主の名は、ジャンヌ・ポワソン。
先ほど王国を襲撃した「黒大公」を名乗るベリアルと同列に語られる『災厄の十三魔』の一体である。
その彼女の居城にて、あるゲームへの誘いが発せられた。
夢幻城、城主の間。
そこに集まる強大なる者達に、子供のような声でソレは告げる。
「実はさ、新しいゲームを考えたんだ」
声の主は、道化めいた異形の貴族人形から響く。姿形を端的に表すならば、それがお似合いだ。
肩口から伸びる物を合わせれば腕は四本。肌は肉の質感ではなく陶器を思わせる。色鮮やかな服に身を包み、室内だというのに瀟洒な帽子を被っていた。
クラーレ・クラーラ――十数年に一度、名のある歪虚達に人類圏を舞台としたゲームを提供するソレは、災厄の十三魔に比べれば知名度は低い。だが、決して危険度が低いという訳ではなく、全ての駒が揃うまで姿を見せず暗躍しているから知られていないだけの話だ。
そんな彼の呼び掛けに最初に応えたのは、城の主であるジャンヌ。彼女は豪奢な寝台に横たわりながら返す。
「面倒ね。アナタが何をどうしようと好きにすれば良いけれど、巻き込まれる気はないの」
その声は甘やかであり、人の女のように見える美しい外見だが、どこか幼げな表情を見せる。それに対し、クラーレは欠片も感情を揺らさずに返す。
「そんなこと言わないで参加してよ。もうすでに参加するって言ってくれた者もいるんだ。ね、カッツォ・ヴォイ」
クラーレは自身の背後に佇む影へと呼び掛けた。その先に居たのは、笑みの仮面で顔を隠している紳士服姿の人型である。
カッツォ・ヴォイ。災厄の十三魔が一体であり、かつて「殺人脚本家」と呼ばれる暗殺者であった歪虚だ。
「本当? ノーフェイス」
ジャンヌの問い掛けに、紳士は一礼をして応えた。ノーフェイスとは、カッツォの別称である。
「はい、姫様。この度のゲーム、うまく行けば面白味のある劇が収穫できそうですので。何よりアレが下手に暴れれば、私の進めている幾つかの劇が壊されてしまいます。今回の協力と引き換えに、私の邪魔にならないよう自重するという契約を交わしました」
「そうなの……いつもの事だけれど、面倒な事をするのね、貴方」
軽く息をつくジャンヌに、カッツォは静かに近づき言葉を続ける。
「それが必要であるのならば、労は惜しみません。それに姫様、此度のゲームの賞品は、面白味がありますよ」
「そうなの?」
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ジャンヌ・ポワソン
クラーレ・クラーラ
カッツォ・ヴォイ
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「はい、姫様。とてもとても珍しい、リアルブルーの人形をくれるそうですよ。CAMとかいう、機械人形を」
紳士の言葉に反応したのはジャンヌではなく、彼女の世話役のメイド歪虚達だ。
「人形! とってもとっても楽しそう!」
「姫さま姫さま、人形遊び」
「一緒に一緒に遊びましょ」
メイドは楽しそうに騒ぎ、ねだる。彼女達はジャンヌの世話というおままごと遊びを普段から楽しんでいたが、それ以外でも楽しめる事があれば貪欲に食らいつく。
それに対し、主人は諦めの響きを滲ませながら応えた。
「良いわ、好きにして。私の城で休んでる誰かに頼めば、協力してくれるだろうから。でも、期待はしないでね。だって、面倒なんですもの」
そう言うと、ジャンヌは近くに置いていた熊のぬいぐるみを抱き締めた。
ここでソファーに目を移すと、可愛げな衣装に身を包んだ歪虚、ナナ・ナインが明るい笑顔を見せながら声を上げる。
「ねぇねぇ。それって、好きなだけ人間殺していいの?!」
いささか興味を持つ方向が違うが、本人は参加する気満々だ。クラーレが「ルールは守ってもらうよ」と念を押せば、ナナも「うんうん☆」と素直に答える。
嬉しそうな者がいれば、厳しい表情を浮かべる者もいた。帝国軍の制服を着込む少女・アイゼンハンダーは、テーブルに拳を叩きつける。彼女の片腕は機械仕掛けの巨大な義手。もしこっちで叩いたら、この場は大変なことになっていただろう。
「クラーレ師団長! 革命軍の新兵器を野放しにするわけにはいきませんッ! この戦闘、必ず勝利を収めねばッ!」
「フフフ、相変わらずの不安定さだね……ま、ルールさえ守ってくれたら、なんでもいいさ」
さすがのクラーレも、唐突に師団長呼ばわりされたのには驚いた。しかも生真面目に戦闘と受け止めるとは……本当にルールを守るのかが心配だが、そこは彼女の精神状況を加味して制御する必要があるだろう。
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妙なピリピリムードの中、無神経にナナが近づき「気楽に殺ろうよ?☆」と励ますが、ジャンヌとカッツォでさえアイゼンハンダーを見事にスルー。どうやら十三魔とやらは、なかなかの個性派揃いらしい。
その時、メイドから一通の手紙がクラーレの元へ届けられる。
それは強欲の歪虚・ガルドブルムからのもので、ゲームへのお誘いに対する返事が記されていた。
「律儀なものですね……彼はなんと?」
カッツォがそう問えば、クラーレはあっさりと答える。
「強奪はよろしくやってくれ、だってさ。もし気が向いたら、CAMは取りに行くって」
「なるほど。この調子なら、他の面々もどう出るかわかりませんね」
紳士が仮面に手をやりつつ、そう呟いた。
そして、ゲームマスターたるクラーレは災厄の十三魔に向かって、堂々と宣言する。
「さあ、ゲームを始めよう!」
人知れぬ歪虚の城で、人類圏を脅かす新たな戦いが動き出そうとしていた。人間たちは誰も、その事を知ることなく――
(執筆:笹村工事)
(監修:村井朋靖)
(文責:フロンティアワークス)
「何だ!? 誰がCAMを動かしているんだ!?」
――異変は轟音と共に格納庫を突き破りその姿を表した。
CAM起動実験場は混乱を極めていた。度重なる歪虚の侵攻でスケジュールは遅れに遅れ、そして今、複数の強力な歪虚による襲撃の真っ只中にあるからだ。
ハンターズソサエティが発表したブラックリスト、“災厄の十三魔”たち。それらが同時にCAM実験場を目指し、多方から侵攻してきている。
非常に強力な歪虚の同時侵攻に各国の警備部隊もハンター達も対応に追われていた。そしてその戦線は守るべきCAM格納庫を中心に展開している。
十三魔がそれぞれ好き勝手に暴れるものだから、クラーレ・クラーラも身動きは取りやすかった。単体ならばきっとこうは行かなかっただろうが……。
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歪虚によって操られるCAM。
歪虚に対する有効な兵器は、歪虚に対抗する我らにとっ ての脅威となってしまった。
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「――まさか、十三魔が全員陽動役だとは思わないよね?」
格納庫から姿を見せたCAMの瞳が赤く輝くと同時、その背に巨大な魔法陣を浮かべる。
まるで幻影のように出現した大きな手から伸びた無数の負のマテリアル。それがCAMの四肢に絡みつくその様は、まるで操り人形のようだ。
「なん……だ……?」
幻影がふっと消えると同時、CAMは猛然と駆け出した。
デュミナスは確かに対ヴォイド用に作られた高性能量産機ではあるが、それにだって限度はある。
高速で接近する全長7メートルの鋼鉄の巨人。その動きはあまりにも人間らしすぎる。幾ら二足歩行を確立しているからといって、無茶が過ぎている。
「げ……迎撃! 早く増援を……!?」
現場は派遣されたサルヴァトーレ・ロッソのスタッフと各国の混成部隊で警備されていた。
しかし先に王国に大打撃を与えたベリアルと同格の十三魔が複数。それをCAMから遠ざける為、この中心部の防衛戦力はどうしても少なくなる。
魔法や銃撃をその身に浴びながらデュミナスは跳んだ。そのまま防衛部隊の中心に着地すると、右手に持ったアサルトライフルを突き出す。
まるで嵐のような銃撃が次々に兵達を薙ぎ払っていく。薬莢が空を舞い、かつてヒトだったモノ達が真っ赤に咲き乱れる。
「だ……第三部隊壊滅!」
「なんだあの動きは……!? 人間を乗せてる機動じゃない!」
「格納庫より新たにCAMの起動を確認! デュミナス……いえ、ドミニオンもです!」
血溜まりの中でデュミナスは両腕をだらりとぶら下げ、首だけをぎりぎりと動かし新たな獲物に瞳を輝かせる。
獣のように走り出した巨人の足音と響き渡る悲鳴にひょっこりと格納庫から顔を出したクラーレは双眼鏡を覗き込む。
「これは予想以上にすごいねぇ。うん。ボクのゲームの駒として……そして“景品”として実に相応しい」
格納庫の中には警備兵、そして整備スタッフが血を流し倒れていた。クラーレが引き連れてきた小さな人形達は、動かなくなった人間を飽きずに突き刺し続けていた。
「――ではゲームのルールについて説明しようか」
夢幻城に集まった十三魔達を前にクラーレ・クラーラは楽しげに口火を切った。
カッツォ・ヴォイがテーブル上に広げたクリムゾンウェストの地図。それを覗きこむように十三魔達……ジャンヌ・ポワソンを除く……が集まる。
「ジャンヌ殿……クラーレ師団長の作戦会議です! その応対は礼節に欠いている!」
「大丈夫、大丈夫。ノーフェイスが万事やってくれるから」
「ぶ?。そこはかとなくめんどくさい予感?。ナナ、難しい事考えるのキラ?イ☆」
まったく寝台から降りてくる気配のないジャンヌ・ポワソン。その態度を非難するアイゼンハンダー。そしてナナ・ナインは説明を前に唇を尖らせている。
「アイゼンハンダー、姫様は姫様ですからそれで良いのです。余計な口出しは無用ですよ。
ナナ・ナインには、理解が及ばなければ後でもう一度説明して差し上げましょう」
「まあ、あなたがジャンヌ殿の代わりに話を聞くのでしたら……」
「わーい! カッツォ、イッケメーン☆ ……うん? ノーフェイスなのにイケメン? おもしろーい☆」
完全にまとまりのない女性陣にカッツォがどんな表情を浮かべていたかはわからない。何故ならばノーフェイスだからだ。
「はい、はい。それではナナ・ナインにもわかるように説明してあげるね」
四本の手を叩きながらクラーレが笑う。内容はさほど凝った物ではない。
「まず、十三魔の皆には実験場周辺の各国混成の警備部隊、それからハンター達を引き離して貰いたい。といっても、やり方は問わないよ。それぞれの自由にしてくれて構わない」
全員が十三魔というキラーカードだからこそ陽動に手間をかける必要はない。適当に姿を見せただけで、人類側は必死に攻撃してくるだろう。
「自由で良いのですか? 我々はCAMを強奪しに行くのでは?」
「それは勿論だけど……アイゼンハンダーはどうやってCAMを奪うつもりなの?」
口元に手をあて思案するアイゼンハンダー。CAMは巨大だ。それも何機もいるというではないか。
いくら十三魔と言えども、人類側の猛抵抗を浴びながらCAMを担いで逃げる、というのは現実的ではない。
「……担いで逃げるというのはどうでしょうか?」
だから現実的ではないと。
「アイゼンハンダー……そういう力技で解決できる者は限られていますよ。貴方とてその豪腕、輸送に割けば逃走は厳しくなるでしょう」
カッツォの指摘に成る程と頷くアイゼンハンダー。ナナは何かを思いついたように身を乗り出し。
「わかった! 人類を皆殺しにしちゃえばいいんだよー! ……ていうかしよっ☆」
「時間が掛かり過ぎますし、CAMが稼働する事は先の襲撃で確認した筈。我々に対してもあのカードを切ってくる可能性は高いでしょう」
肩を竦めるカッツォ。そこでクラーレは自らの胸に手を当て。
「CAMを奪うのに敵を全滅させる必要も、わざわざ担いで逃げる必要もないよ」
「どゆことー?」
「CAMには自分の足で、人類から逃げてもらうんだよ。ボクの能力で……ね?」
高位の嫉妬の歪虚であるクラーレ・クラーラには、“無機物を操作する”特殊能力がある。
生半可な者では不可能だろう。だがクラーレは条件さえ満たせば複数のCAMを総取りにするだけの力が備わっているのだ。
「この条件が少し厄介でね。時間も欲しいから、皆の力を貸して欲しいんだ」
「よかったー。じゃあ……ナナ達はただ殺しまくってればいいんだね☆」
「是非もありませんね」
可愛げに喋っていたナナ・ナインも、理性的に見えたアイゼンハンダーも、強烈な殺気を纏っている。
そう、彼らはどんな趣味趣向を持っていても歪虚であり、恐るべき十三魔なのだ。夢幻城でお茶会をしたとしても、その思考は滅亡に帰結する。
「さて、ここからがゲームの大切な部分だ。何を以ってして勝敗を決め、何を景品とするか」
景品は当然奪ったCAMだ。だがクラーレもタダで他の歪虚にCAMをくれてやるつもりはない。
何故ならばこれはゲームであり、クラーレにとっては目の前の十三魔も、人類もまた、ゲームの参加者に過ぎないのだから。
「奪ったCAMはボクが指定したポイントまで自動で走行させる。当然人類はこれを追撃するだろう。だから皆には、逃走するCAMを護衛してもらいたい」
指定ポイントに到達した段階でクラーレは操作を解除する。そこまで逃げ切れなければ人類の勝利。そして逃げ切れれば歪虚の勝利。
「勝者には景品としてCAMを与える。そんなルールで如何かな?」
「クラーレ殿は人類にCAMが奪還されても関与しないと?」
「そうだよ。だって、“ゲーム”なんだから。勝者にゲームマスターがケチをつけるような真似は出来ないからね」
「ぶーぶー、やっぱり難しいー。もっとズバーンと、ドッカーンってすればいいのにー……。ま、別にいっか☆」
「そうですね。異存はありません」
軍帽を目深に被るアイゼンハンダー。ナナ・ナインも大きく身体を伸ばし。
「全部ぜぇ?んぶ☆ 殺して殺して――!」
「――奪い取るだけの事」
十三魔達が動き出す。
勘違いしてはいけない。これらはどう足掻いても相容れないバケモノ達だ。
だからこそお互いの事は関係ないし、自分の好きにする。ルールさえ守っていれば、後の事など構うつもりはない。
「ガルドブルムとアレクサンドルにも連絡をしておきましょう。素晴らしい劇の幕が上げられそうです」
「皆が楽しそうでボクも満足だよ。そうだよね、ゲームは楽しまなきゃ……ね?」
そう、全てはお遊び。誰がどうなろうと構う事はない。
好きなだけ殺し、好きなだけ奪う。歪虚とは純粋な悪意。
彼らは迷いなく、人類に牙を向く――。
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アレクサンドル・バーンズ
|
(執筆:神宮寺飛鳥)
(文責:フロンティアワークス)