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【詩天】会者定離 「三条仙秋討伐」リプレイ


作戦1:三条仙秋討伐 リプレイ
- 紅媛=アルザード(ka6122)
- 三条 仙秋
- 百々尻 うらら(ka6537)
- 榊 兵庫(ka0010)
- 紫月・海斗(ka0788)
- ラン・ヴィンダールヴ(ka0109)
- アルマ・A・エインズワース(ka4901)
- 狭霧 雷(ka5296)
- 八劒 颯(ka1804)
- Gustav(魔導アーマー量産型)(ka1804unit002)
- サクラ・エルフリード(ka2598)
- アルファス(ka3312)
- オウカ・レンヴォルト(ka0301)
- シガレット=ウナギパイ(ka2884)
- キャリコ・ビューイ(ka5044)
- ルナリリル・フェルフューズ(ka4108)
- パピルサグX(魔導型デュミナス)(ka4108unit001)
- フラメディア・イリジア(ka2604)
- アグニ(イェジド)(ka2604unit001)
- ディーナ・フェルミ(ka5843)
- アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)
- リューリ・ハルマ(ka0502)
- レイノ(イェジド)(ka0502unit001)
- バジル・フィルビー(ka4977)
- 三条 真美(kz0198)
- 龍堂 神火(ka5693)
- エステル・ソル(ka3983)
- ラース・フュラー(ka6332)
- 三條 時澄(ka4759)
- ノノトト(ka0553)
- みぞれ(ユキウサギ)(ka0553unit002)
- ラジェンドラ(ka6353)
- 金鹿(ka5959)
- 七葵(ka4740)
- 紅薔薇(ka4766)
- ミグ・ロマイヤー(ka0665)
- ハリケーン・バウ(魔導型ドミニオン)(ka0665unit002)
紅媛=アルザード(ka6122)は後に回顧する。
――初代詩天である三条 仙秋。
彼は本当に、ただ自分の事だけ考えてこの儀式を考えたのだろうか。
彼の成したことは禁忌を犯すもので、許されるべきものではない。
しかし、押し寄せる歪虚は途方もなく強大で――綺麗事ではどうにもならなくなった。
そういう時期があった事を、私達は過去への旅で知っている。
外道に堕ち、畜生にも劣る行為をした初代詩天を討ち滅ぼした彼の子や、臣下達は勿論正しかったのだろうと思う。
――それでも。仙秋が、国や人を守る為に、苦渋の決断の果てにそれを成したのだとしたら……?
自らが歪み、ヒトの道を外れ、世界を滅ぼす存在になっても、己の国と子孫に執着を続けた理由。
その答えを、最早知る術はないけれど。
彼は酷く滑稽で、悲しくて――そして孤独な戦いを続けていたのかもしれない。
駆け付けた憤怒本陣。壁で囲まれた空間。地面には焦げたような跡があり、『死転の儀』の凄まじさを物語る。
その上には、雑魔や歪虚の姿はなく……ただ1匹、巨大な黒い狼が悠然と座していた。
支配する重苦しい空気。立ち上る濃密な負のマテリアル。
覚醒者でなければ、きっと立っていることもままならない――。
「アレが魔狗怒ですか?」
「どうやらそのようだが、さて……」
目の前の巨大な歪虚に目を丸くする百々尻 うらら(ka6537)にふう、と短くため息をつく榊 兵庫(ka0010)。
「おーおー。随分でっけえ図体してるじゃねえの」
「あははー。アレだけ大きいとあたり判定も大きそうだよねー」
「おっきいわんちゃん! 強そうです! ワクワクしますね!」
「ははは。皆さん不謹慎ですねえ。まあ概ね同意ですが」
「はやてのどりるでどーん! としてあげたいところですけど、後にするですの!」
ヒュー! と口笛を吹く紫月・海斗(ka0788)に、明るく笑うラン・ヴィンダールヴ(ka0109)とアルマ・A・エインズワース(ka4901)。
ツッコむ狭霧 雷(ka5296)と八劒 颯(ka1804)も笑顔で何だか怖い。
纏わりつくような負の気配に、サクラ・エルフリード(ka2598)が苦しげな顔をして首を押さえる。
「……この空気も強化陣の影響でしょうか」
「その可能性が高い。汚染や行動阻害の能力はなかった筈だけど……」
「ここまで負のマテリアルが濃いと何が起こるか分からんな。気を付けるに越したことはない」
「気を付けるって具体的にどうすりゃいいんだ?」
周囲に目を配りながら言うアルファス(ka3312)とオウカ・レンヴォルト(ka0301)に素朴な疑問を投げかけるシガレット=ウナギパイ(ka2884)。
2人が答える前に、キャリコ・ビューイ(ka5044)がきっぱりと断じた。
「残念ながら負のマテリアルを避ける術はない。気合という言葉はあまり好きではないが……まあ、何とかするしかあるまいな」
「あー。そーかい。結局そーなるのかよ……ったく」
「ここまで来たらやるしかないね」
ボヤくシガレット。デュナミスから聞こえたルナリリル・フェルフューズ(ka4108)の声に、フラメディア・イリジア(ka2604)が頷く。
「我らが依代を何とかする。その後を頼むぞ」
「分かったですのん。でもくれぐれも命大事にですのん!」
「そうだよ。リューリちゃん。くれぐれも無理しないようにね」
頷くディーナ・フェルミ(ka5843)。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の言葉に、リューリ・ハルマ(ka0502)がキョトンとする。
「えっ。無理なんてしてないよ?」
「……仙秋と話をしようと思ってるだろ」
「うん。だって気になるし」
「それが無理って言うんだよ……」
「……出来る限りの支援はするよ。気を付けてね」
親友のブレなさにため息をつくアルトに苦笑するバジル・フィルビー(ka4977)。
彼女もまた、仙秋に譲れない思いを持っているのだろう。
――そうだ。この戦いは、主の帰る場所を守る武徳、別の戦場で戦う和彦、大輪寺で戦う仲間達。そして死んで行った氏時や秋寿…………様々な人達の想いが積み重なったもの。
ここで、幸せな未来に繋げたい。
隣で震えている小さな友人の笑顔を守る為にも――。
「……大丈夫だよ。皆がいるから」
「うん。1人の力は小さいかもしれないけど、皆が力を合わせればきっと勝てるよ」
「そうです。秋寿さんもここにいます!」
バジルに弱々しい笑顔を返す三条 真美(kz0198)を励ます龍堂 神火(ka5693)。胸の辺りを指差すエステル・ソル(ka3983)に、ラース・フュラー(ka6332)も首を縦に振る。
「そうです。今回は私もいますし。お久しぶりがこんな時になってしまってごめんなさいね」
「ラースさん! お会いできて嬉しいです。でもこんなことに巻き込んでしまって……」
「だから来たんですよ。お友達の為にね?」
抱きついて来る真美を受け止めるラース。
積もる話もあるが、それはこれが終わってからだ――。
「……そろそろ行こう。皆、真美を頼むぞ」
「任せて! こう見えても盾の使い方は上手いからねボク!!」
「ハハハハ。そりゃ頼もしいな。俺も頑張らねえとなぁ」
前を見据える三條 時澄(ka4759)の言葉に、しゅしゅしゅと素早い動きで盾を構えて見えるノノトト(ka0553)。
ラジェンドラ(ka6353)の豪快な笑い声に、金鹿(ka5959)は目を細める。
思えば、詩天の萩野村での出会いが、こうして今に繋がっている。
それはとても素敵な経験で……今の金鹿を作る一つでもある。
「……皆様、ご武運を。詩天での争いは、今日限りにさせて戴きたいものですわ」
「ああ。友が整えてくれたこの舞台……必ずや仙秋を討ちとり幕引きとしよう」
「そうじゃ。憤怒王を名乗るものは必ず打ち滅ぼすぞえ!」
「皆の者! 気を引き締めてかかるがよいぞ!」
七葵(ka4740)の強い意志のこもった赤い瞳が捉えるは黒い巨大な狗。
そして紅薔薇(ka4766)とミグ・ロマイヤー(ka0665)の声を合図に、聞こえる機動音。次々と構える機械兵。
大地を蹴ると、巨大な歪虚目掛けて疾走する――。
「ハハハハハ! 新たな憤怒王の御前だ。頭が高いぞ貴様ら!」
戦場に響く仙秋のけたたましい嗤い声。
幾度となく巨大な黒い狗に迫る暗い青のR7エクスシア。兵庫がランスを構え、突撃を仕掛けるも前脚で薙ぎ払われ、壁に激突して鈍い音を立てる。
「……兵庫さん! 無事ですか!?」
「ああ! 大丈夫だ! 前を見てろ!」
トランシーバーから聞こえるうららの声に体勢を立て直しつつ答える兵庫。
間近で見て分かるこの大きさ、強さ……。
仙秋が作り出した新たな依代『魔狗怒』の脅威に、うららの背筋に冷たいものが流れる。
「ヤバいヤバい! これ絶対ヤバいですって!」
「今、出来る限り打撃を与えられればいいですが……」
サクラの呟きに、考え込んでいたうらら。依代を見据えて叫ぶ。
「私、特攻します!」
「うららさん?」
「私の今の力量じゃ、ただ『待つ』なんてヌルイ覚悟じゃ強化中に蹴散らされて終了です。だから、出来るうちに出来ることをします!」
「そうか。じゃあ、俺も精々嫌がらせをしてやるとしよう」
「……分かりました。援護します」
うららと兵庫の悲壮な決意に頷くサクラ。その一方で、紅薔薇がGnomeに刻令を与える。
「白、壁を作るのじゃ!」
彼女の声に応え、動き出す白い象の頭を持つGnome。
場所さえきちんと考えれば、敵の攻撃を防いだり視線から逃れたり、後列への射線を封じると言った役に立つはず――。
今回はユニットに騎乗していない者達もいる。彼らに、この壁はきっと防壁になるはずだ。
せっせと働く刻令ゴーレムの足元で、ハイッと海斗が元気に挙手をした。
「ここで悲しいお知らせがあるぜぇ!」
「あ? 何だよ」
「オジサン、ユニット忘れてきたみてーだわ」
「ハァ!!?」
「やーー。失敗失敗。こんなことあるんだなぁーー」
「オイ、どうすんだよ!!?」
「ま、予定通りやるこたやるぜぇ! ちょっと秘密兵器使えなかったのが残念だけど次回のお楽しみだなぁ」
「はぁ……。しょーがねーなァ。ちょっとやりてェことあんだ。手伝え」
「おう。任せちゃってー?」
どこまでも調子のいい海斗に肩を竦めるシガレット。そこに聞こえて来た風を切る音。
フラメディアとアルト、リューリがイェジドごと弾かれて吹き飛ばされたらしい。
何とか体勢を整え、着地したアルトとリューリのイェジド。
燃えるような毛並みの狼は、己の身を下にして主を守る。
「すまぬ、アグニ……!」
「いったーい! もう、仙秋さんヒドイ!」
「リューリちゃん、立って! 来るよ!」
「大丈夫かい!?」
「大丈夫じゃ! 属性が変わるぞえ……!」
親友を庇いながら歪虚を睨みつけるアルト。
フラメディアと狼をバジルが助け起こして……続く叫び。
魔狗怒の尻尾が上がり、身体が赤く変化していく。
「……火か! 皆、僕の後ろに下がって!!」
前に出るアルファス。白い武僧のような姿をしたR7エクスシアから、マテリアルエネルギーを展開する。
次の瞬間、巨大な狗の口から湧き上がる火炎弾
それを周囲に撒き散らし……紅薔薇のGnomeが作った壁数個と、うららと兵庫を巻き込む。
「怯むな! 反撃しろ!!」
「繁る木の青。赤き焔。黄色き土に閃く白刃。水底の黒……五色の相生。その光を持ってかの者を縛れ」
「……氷を纏いし風よ。来て下さいです!」
「残念! そこは罠だよ!」
金鹿とエステルの重なる詠唱。湧き出る光の五芒星。巻き起こる冷気の嵐。神火の声と同時に、魔狗怒の足元が泥状に固まる。
だが、それに動じた様子もなく、巨大な歪虚はハンター達をあざ笑うかのように動き出した。
「ハハハハ! 蚊でも刺したか? 全く効かんな! さあ、そろそろ真美を渡して貰おうか……!」
「歪虚風情が調子に乗るでないわ!」
「皆、合わせるぞ……! 一斉! 掃射!!」
「行きます!!」
紅薔薇とルナリリルの深紅のデュミナス、サクラのデュナミスから放たれる銃撃。
それをまともに食らってもなお、魔狗怒の勢いは止まらない。
そしてまた、狗の尻尾が上がり……。
「身体の色、緑! 風です!」
「ラースさん! 無理だ! 下がって!!」
ラースの叫び。バジルからの癒しの力を感じて、微笑みを浮かべる。
彼女はずっと依代に可能な限り張り付き、盾を構え、堅守を心がけてひたすら耐えていた。
……とはいえ、ラースはユニットも持たぬ生身だ。
幾度となく攻撃を受けて、もう満身創痍の状態だった。
それでも決して離れようとしない彼女が気になったのか、依代の赤い目がギョロリとこちらを見た。
「随分としつこい羽虫だな。いい加減無駄だと悟ったらどうだ。それとも、それも分からぬ程の愚か者か?」
「私は……盾として、護るために来たので」
「理解出来んな。死にたいのか?」
「ええ、貴方には分からないでしょうね……!」
この状況を冷静に観察していたアルファスとアルトだったが、2人は概ね同じ結論に達していた。
……この状況で尻尾を狙うなんて不可能に近い。
そもそも、強化陣のせいか攻撃がほぼ通っていない。
後ろに回り込もうにも範囲攻撃に吹き飛ばされる上、ようやっと近づいても爪で薙ぎ払われる。
その巨体もあいまって、薙ぎ払う範囲も広い。
しかし、この自信過剰な仙秋のことだ。ハンターなど取るに足らぬと思っている以上、勝機はある。
――よく見ろ。必ずつけ入る隙はあるはずだ……!
「真美さん。大丈夫ですの? 怖いけど皆は助けたいって顔してるですの」
隣に立つ魔導アーマーから聞こえて来た颯の声に、目を丸くする真美。
図星だったのか、顔を朱に染める幼い王に、紅媛は苦笑する。
「……見ているだけと言うのは辛いだろうが、今は耐える時だ」
「そうだよ。シン君には大事な役目があるんだから。それまで我慢。ボクも我慢する」
「真美、目を反らすな。皆、詩天の為に戦っている。見届けるのは王たるお前の使命だ」
「……はい」
ノノトトとオウカの言葉に、こくりと頷く真美。
震える幼い王の目に、黒い巨大な狗と、ハンター達の死闘が映る――。
「キャアアア!!」
「うらら! ……っ!」
魔狗怒から放たれるかまいたち。
聞こえてきた悲鳴に振り返った紅薔薇。
うららの猫耳が生えた愛らしいヘイムダルの装甲が剥げ、煙が上がって……彼女自身も酷い怪我を負っている。
これ以上は動けまい――。
誰もがそう思った時、トランシーバーから弱々しい声が聞こえてきた。
「……私、少しは役に立ちましたかね」
「うむ。良く頑張った。……ヘイムダルの損傷が軽いうちに下がれ。後は任せるがよい」
宥めるように言う紅薔薇に、うららは安堵のため息を漏らして――。
あれから幾度となく属性変化を繰り返し、ハンター達も防戦を続けているが……強化陣が解ける様子が見られない。
魔狗怒の攻撃で怪我を負っている仲間も多い。あとどれくらい持つか――。
いや、持たせてみせる……!
「兵庫君! 下がって!」
黄色に変わる魔狗怒。
アルファスのデルタレイを土壁で避けたそれは、風の如き速さで突っ込んで来た兵庫をユニットごと噛み砕こうとして――。
咄嗟に身を引く彼。避け切ることは叶わず、足を牙に取られて膝をつき……そこに海斗が駆け寄る。
「オイ! 大丈夫かよ!」
「ああ。何とかな」
「しっかし、強化陣消えねえなあ……。あっちで何かあったんじゃねえだろうな」
「いずれ必ず消える。仲間を信じて今は耐え抜くしかあるまい」
「……だなァ」
心配そうにボヤく海斗に、きっぱりと言う兵庫。シガレットはそれに頷いて、少し離れた巨大な狗を見上げる。
予想以上の激戦で、彼のフルリカバリーもとうに尽きた。
彼のユグディラも奇襲攻撃を頑張ったのだが、そのお陰で魔狗怒に殴られてシオシオしている。
海斗が防御障壁で攻撃を弾いてくれた為、今のところさしたる怪我はないが……彼のスキルもそろそろ弾切れのはずだ。
そろそろ勝負時かね……。
シガレットは銃を降ろすと、つかつかと魔狗怒に歩み寄る。
「やっぱ強ぇなあ! こんな強いんじゃ勝てそうにねェや」
「何だ? 命乞いか? それとも……時間稼ぎのつもりか?」
「まっさか。お前さんなら俺達なんざ一捻りだろ? ちょっと冥土の土産に話を聞かせて貰いたくてよ」
「ふうん? 事と次第によっては話してやらんこともないが」
「……何で死転の儀なんてやらかした? 何がそこまでお前を突き動かした」
「何かと思えばそんなことか。前にも言っただろう。強い兵器が作りたかっただけだ」
「随分とつまんねー理由だなあ。もっと他にねえのか?」
「……負のマテリアルの方が手っ取り早いんだよ」
「は?」
「ただ単純にモノぶっ壊す為の力の方が兵器にし易いんだよ」
「正のマテリアルだって力の塊だろうが」
「怒りとか恐怖とかいうのを抱えてる方が出力が上がるんだ」
シガレットの問いに事も無げに答える仙秋。
淡々と、明日の天気を喋るかのような軽さ。それに彼が抱えた闇と狂気を見た気がして……。
エステルは震えながら、依代を見上げる。
「……何のために研究を始めましたか? ありがとうと言われて嬉しくありませんでしたか?」
「何の話だ」
「家族が好きだから、分かってくれなくて悲しかったのではないですか?」
少女の言葉に目を見開いた魔狗怒。ハハハハハ……と心底可笑しそうに笑う。
「何か思い違いをしているようだな。俺の研究を理解しなかった愚息などどうだっていい。お前達こそ何故理解しない? 祖である俺が詩天に君臨すればすべての民に永遠の命が与えられるというのに」
「依代になって生きるなんて、生きてるって言わないです……!!」
――彼は、ここまで歪んでしまったのか。
涙目になるエステル。ルナリリルは少女を庇うように立つと、仙秋に向かって一礼する。
「初代殿。一つ提案があるんだが。私を依代にしないかね? 貴方は新たな器を得て私は見返りに貴方の知識を求める。この状況では悪い話ではないと思うが……」
「残念ながらそいつは無理だ」
「何故だい? 私は覚醒者としての力もある。それなりに強い依代になれるのでは?」
「依代は誰でもなれる訳じゃねえってことだよ」
その言葉にハッとする七葵。怒りに燃える目を依代に向ける。
「だから……だから氏時様や秋寿様、真美様に拘ったのか……?」
「そーゆーこと。生み出した依代も、詩天の子孫たちも『俺』から始まってるからな。……さて。長話に付き合ってやった。もういいだろう。大人しく死ね」
「させるか……!!」
咄嗟に符を投げる神火。光り輝く鳥はエステルには届いたが、シガレットには届かず……彼はそのまま、鋭い爪で引き裂かれる。
続く腕を返した薙ぎ払い。それは、海斗の防御障壁とルナリリルのデュナミスが咄嗟に弾いた。
「いってええええ!! 何しやがるバカヤロー! 死んだら化けてでるからな! 死なねぇけど!」
「依代になれなくて安心したよ! 大ウソだったからな!」
「貴様らァ……!」
「弾かれて悔しいか? 膨大な資産を投じて必死に鍛えた重装甲だ……! そう簡単に抜かれない意地があるんだよ……!」
怒りに燃えた赤い目がルナリリルを睨んだその瞬間……ふっと。周囲を包んでいた重圧が消えた。
「……強化陣が消えた!」
「やってくれたか……!」
アルファスの声に、がくりと膝をつく兵庫。もうとうに限界を超えていたのだが、気力だけでここまで立っていた。
「兵庫さん! 下がってください! これ以上は危険です!」
バジルの声に頷く兵庫。魔狗怒の尻尾が上がり、身体が青く変化していく。
「おのれ……! 強化陣がなくなったくらいで負ける俺だと思うな……!」
「あははは! ようやっと出番来たよねー!」
「三条の名をこれ以上貶めないで頂こう!」
「アクティブスラスター始動。突撃します……!」
「そろそろ本気で行かせて貰うぞ……!」
槍に砂を纏わせるラン。黒龍が駆けたようなオーラを纏う刀を抜き放つ七葵。
機動性を上昇させたサクラ。そして納刀の構えを取る時澄。
同時に突撃する3人。感じた確かな手応え。
揺らぐ依代の身体。これなら倒せる……!
「支援するよ!」
水属性だと察知してすぐイニシャライズフィールドを展開するアルファス。
刹那、飛来する氷の雨。近くにいたランとサクラ、ラースに直撃する。
「きゃあああっ!」
「サクラさん! ラースさん……!」
ダメージが蓄積していたのか、膝をつくサクラとラース。
救援をするべく、バジルがバイクを走らせる。
――こうしている間に、海斗も攻撃を受けて地に伏した。
……皆傷だらけで戦っている。目を覆いたくなる惨状だ。
だけど、1人でも多くのけが人を救護するのが自分の務め。
あの子も頑張ってる。
僕も頑張らなくちゃ……!
「いきなり氷の雨ぶつけてくるなんてひどいじゃないか!」
「いきなり刺して来たお前に言われる筋合いはない!」
「当たり前でしょ! 君は敵だもん! わんこならもうちょっと可愛くしてよね!」
ランが文句言いながら突きを繰り出している間も、後方から続く攻撃。
どうやらキャリコやアルマが支援してくれているらしい。
「イレーネ! 魔狗怒の行動阻害!」
「レイノもお願い!」
「アグニも頼むぞえ!」
己のイェジドに命じるアルトとリューリ、フラメディア。
彼女達は今回、選択している戦闘スタイルが近いものだった為、波状攻撃を仕掛け突いては離れを繰り返していた。
そして、壊れたロボットのようにひらすら次元斬を叩き込む紅薔薇。
いくら依代が強いとはいえ、これだけの猛攻。少しづつではあるが、じわじわとダメージが蓄積していく。
それを感じて苛立ったのか、前脚を振う魔狗怒。
アルト目掛けて振り下ろされたそれを、ルナリリルのユニットの盾が受け止める。
「まだだ。まだ落ちるなよ……!」
悲鳴をあげる紅い機体。彼女の額からも血が流れ落ちる。
拘り抜いて強化したこのデュナミスも私も、この程度では負けない……!
幾度となく魔狗怒の攻撃を受けていた紅薔薇。彼女ももう傷だらけで――。
最後の次元斬を依代の顔に叩き込むとふう、と短くため息をついた。
「仙秋よ、そろそろ諦めるがよい。人としての姿を失った……それは悪手だったのじゃ。我等は数百年、化け物を殺すために、この剣を磨いてきたのじゃぞ」
「秋寿様を貶め、真美様に涙を流させ、詩天に死を蔓延させたその所業、例え初代主君と言えど絶対に許せん。死をもって贖え!」
「煩いぞ、雑魚共が……! 詩天は俺の国だ。真美も民も俺のモノだ。俺のモノを好きにして何が悪い」
七葵の叫びに吼える仙秋。時澄は傷を負いつつある依代に鋭い目線を送る。
「お前のそれは暴君の理屈だ。とはいえ暴君もまた王の在り方……否定はせんさ。単に、今の時代にお前は不要というだけのことだ」
「煩い……! 死ね!」
「死ぬのはお前だ! 三条 仙秋!!」
それ以上喋るなと言わんばかりの七葵の一閃。強化陣が消えて、依代が急速に弱りつつあるのを感じる。
「あらあら。随分と弱々しくなりましたこと。その依代で、今回は抵抗できますかしら……?」
七葵を前脚で薙ぎ払おうとした魔狗怒に叩き込まれる光の五芒星。
金鹿は冷たい目で大きな狗を見つめる。
「……好きにさせや致しませんわ。強力な力を持てど一人では何も成し得ぬ事、思い知りなさいな」
「……そうだ。お前には、シン君の大事なモノを奪う事なんて出来ない!」
叫ぶ神火。握り締める符に力がこもる。
「秋寿さんだってそうだし、シン君自身だって……何度でも、ボクらが阻止してきた!」
「俺の計画は完璧だったはずだ……。何故貴様らなどに……!」
「お前が、独りだからだよ。……お前は、シン君には勝てない!」
無念の滲む仙秋の咆哮。それに負けぬ神火の想い。
その声に応えるように、鮮やかなオレンジの羽を持つリーリーが突撃と離脱を繰り返し、依代に痛手を与えていく。
――ボクだって、こっちに来たばかりの時は何も分からず、独りぼっちで辛かった。
今でも時々、辛い時は自分が独りだって感じてしまうけど……。
それでも、今はドルガがいる。ファルガも、スピルガも……そして、友達も――。
「シン君には、大勢の友達が、仲間が出来た。独りで何でも出来るつもりになってるお前なんかに負けるもんか!」
「黙れ……! 人の国に土足で踏み入って分かったような口をきくな!」
「黙るのはお前の方だ。詩天を踏みにじったのは他の誰でもないお前自身だろうに……!」
「何度でも言ってやる。真美が当代だ。この先は真美と今の詩天の民が興していく。過去の栄華にしがみつくのは無様にも程がある。今更成仏しろとは言わん。……とっとと失せろ」
「……家族が間違った事をしようとしていたら止めます。あなたの息子さんも、同じ気持ちだったんだと思うです。だから……あなたを止めます!」
「詩天だけじゃない。もう東方に歪虚はいらない。あの時、この大地に取り戻した希望の芽を今度こそ育むために!」
七葵と時澄の渾身の一閃。そしてエステルの炎の矢。アルファスのデルタレイ――。
「行け! スピルガ! あいつを討て!!」
「クエエエエ!!」
神火の鋭い叫び。そこにいる者すべての想いがこもった一撃。
響く咆哮。巨大な黒い狗は、その身体を保つことが出来ずに崩れ始め……そこからするりと、白い靄のようなものが抜けだした。
「準備中に逃げられたら困っちゃいますからねえ」
「よし、霊体になったの出番なの!」
「ずっと後ろでチクチクやるだけで退屈だったんですよねえ」
「その鬱憤はこれから晴らすが良い」
「真美殿の結界が発動したら動くぞ。皆準備は良いか」
「いつでも来い」
ファントムハンドで仙秋を掴み、足止めを試みる雷。
腕をぶんぶん振り回すディーナと主人の真似をするユグディラ。
はふ、とため息をつくアルマをキャリコが宥め……ミグの確認するような声に雷が頷き、ラジェンドラは遠い目をする。
――1度死した者と出会う……これも運命だろうか。
俺にももう一度会いたい奴がいたが……いや、今考えても仕方ない。
ただ一つ、分かっていることは。
これはシンの為だけじゃない、俺が前に進むための戦いだ――。
「いいか。真美。何があっても、周囲に何が起きても結界を張ることに集中するんだ」
「君を全力で守る。私達も死んだりしない。信じてくれ。いいね?」
オウカと紅媛の言葉に頷く真美。金鹿の結界の力を感じて小さく微笑み……大きく息を吸い込むと、意識を集中して――。
放たれた符は広がり、円を描いて輝き出す。
それを見届けたノノトトは盾を構えてユキウサギに声をかける。
「みぞれ! 僕に雪水晶をかけ続けて!」
「真美……! 貴様、まだ俺に逆らうか……!」
結界の存在に気づき、苛立ちを隠さぬ仙秋。その姿をまじまじと見てラジェンドラは呟く。
「やっと、てめえの本当の顔が拝めたな、仙秋。以外と年食ってるか……? 俺と同じくらいだと思ってたぜ」
「そう思うならちょっとは敬えよ」
「お断りだね。年食ってる割にガキっぽいもんなてめえ」
「貴様ァ……!!」
「はいはーい! 挑発に簡単に乗ってくれてありがとですのん!」
その隙をついて、光の波動を生み出すディーナ。波動を食らい、霊体がぐにゃりと歪む。
反撃とばかりに雷撃を放つ仙秋。
キャリコは愛機であるR7エクスシアでシールドを前面に構える。
「俺の後ろに隠れろ! イニシャライズフィールド形成! マテリアルエンジン、フルドライブ! イニシャライズオーバー!」
展開される結界。盾で雷撃を受け止めるキャリコ。
そしてその後ろでは、ディーナのユグディラが『森の午睡の前奏曲』をにゃんにゃんと歌い……ミグが仲間達を守るようにドミニオンを前進させる。
ちなみにこの緑色が美しいドミニオン、ミグが個人資産のすべてをつぎ込んで魔改造した機体で、今回は魔導機としての機能を強化してきたので霊体もバッチリ大丈夫である。
「仙秋よ。お前に問いたい。……民無くして何のための王か。王無くして国ならずだが、民無くしても国とはなり得んのじゃぞ」
「お前に俺の国のことを心配して貰わなくて結構だっつーの。余所者は黙ってろ」
「うるさいぞ。ぼくが依頼されたハンターだから、詩天を守るんじゃない。ぼくが友達を守りたいから守るんだ!」
「どいつもこいつも分かったような口をききやがって……!!」
仙秋の怒気を含んだ声。次の瞬間。飛来する雷撃。それは結界を張り続ける真美に真っ直ぐに向かって……。
――オウカとノノトトは、考えるより先に身体が動いた。
「真美、避けろ!!」
「危ない……!」
「……!? オウカさん!? ノノトトさん!!」
雷撃の直撃を食らい、地に伏す2人。取り乱しかけた真美の肩を、紅媛が掴む。
「ダメだ! 君が今やるべきことは何だ!? オウカに言われたことを思い出せ!」
その声にハッとする真美。再び目を閉じて結界に意識を集中する。
「あの、紅媛さん、2人の手当てをお願いします」
「君の護衛が終わったらな」
「ああ。それでいい」
「ちょっと痛いけど大丈夫だから……!」
真美のお願いをピシャリと跳ねのけた紅媛。オウカとノノトトは動けなくなったまま。
そして、結界の中では。
「いい加減ご退場願えませんかね……!」
マテリアルを活性化させて身体にまとい、霊体の打ち込む雷。
放たれる衝撃波を身体で受け止めるラジェンドラ。苦痛に顔を歪める主に、ユグディラがにゃーにゃーと癒しの術を施す。
「ありがとよ。お前のお陰でもうちょっと戦えそうだ……!」
「はやてのどりるは霊体にも効くですのよ!」
「お前達の攻撃なんざ大したことねえよ!」
「そんなこと言って攻撃食らうと身体が揺らいでるのん!」
颯のどりる攻撃に、続くディーナの光の波動の連打。
仙秋は霊体になってもなお、なかなかの強さを誇る。
一進一退の攻防戦。
魔銃を放ちながら後ろをちらりと見るミグ。
真美の額に、脂汗が浮いているのが見える。
もうそんなに長く持つまい……。
「キャリコ! そろそろいいかえ?!」
「ああ、準備万端だ! 来い! アルマ!」
「はーい! それじゃお邪魔しまーす!」
ミグの声に答えるキャリコ。アルマはのんびりとした声に反して、素早い動きでバイクを動かし……。
ユニットの盾を斜めに構えるキャリコ。アルマはそれ目掛けてバイクを走らせ……。
彼の盾をジャンプ台にし、高く飛び上がるアルマ。
そのままバイクで着地して……衝撃がお尻に響いたけれど。
目に入る霊体。雷とラジェンドラ、ディーナに気を取られて反応が遅れる仙秋。
機導術の出力を最大限に高めたアルマの手に現れる蒼く輝く刃。
霊体とも目が合うんだなぁ……と思った彼。
――それはひどくあっけなく。一瞬で。
初代詩天の本体を……音もなく切り裂いた。
「うがああああああああ!」
霊体から聞こえる断末魔。首領を仕留めた本人は、事も無げに小首を傾げて微笑む。
「……さよなら。初代詩天さん。まあまあ楽しかったですよ?」
「……ここで終わりだ、亡霊。もう休め」
口から血を滲ませて、囁くように言うオウカ。ゆらゆらと揺らいで、小さくなっていく靄に、リューリが駆け寄って声をかける。
「仙秋さん、きこえる? あのね、私、あなたに『ありがとう』って言いたいの!」
「……へ? リューリちゃん何言ってんの」
「だって、仙秋さんが詩天を作ってくれなかったら真美さんや秋寿さんに会えなかったかなって思うし」
親友の言葉に納得したのかそうか、と頷くアルト。少し考えて、彼女も続ける。
「動機はともかく結果をを残した上で手のひらを返された事は無念だったろう。だが、それは今には関係のないことだ。あの世で本人に返すといい」
「貴方が何と戦っていたかは分からない。それでも……貴方の子孫は九代目までこの地を守り抜いた。この先も続いていくだろう。もう休んでいい」
「……ぃ……」
紅媛の声に何事か答えた仙秋。だが、それは風にかき消される。
詩天の国を散々苦しめた歪虚は音もなく空気に溶けて――。
続く沈黙。それを破ったのはバジルの深いため息だった。
「……終わったんだよね」
「ああ、終わった」
「本当に終わったんだよね!?」
「もう復活することはないと思いたいな」
「良かった……。これでもう、詩天の人が泣くことはないんだね」
時澄とラジェンドラの返答に、へなへなと座り込むバジル。
その横に、今度は真美がへたり込む。
「シンさん、大丈夫です!? どこか怪我したです!?」
「いえ。すごく怖かったので……その、腰が抜けてしまって……」
「あ、わたくしもちょっぴり怖かったです……」
「ボクも……」
「私は怖くはなかったですがちょっと無茶しましたね……」
正直なエステルとノノトト、ラースにくすくすと笑う真美。金鹿は3人を立ち上がらせると、真美の頬を撫でる。
「……最後まで、良く頑張りましたわね。さあ、戻りましょう。武徳様が心配なさってますわよ」
濃密な負のマテリアルが晴れて、青空が見え始めた憤怒本陣。
その空を見上げて、七葵はいつかの夢を思い出す。
助けたいのに助けられなかった。悲しい運命に飲み込まれてしまった人。
――今は、安らかに眠れているだろうか?
「……秋寿様。秋寿様の願いは俺が叶えます。ですからどうか……」
――七葵……。
長江に吹く乾いた風。その中に、懐かしいあの人の声が聞こえたような気がした。
長きに渡り詩天の地を騒がせていた歪虚。
新しき憤怒王の討伐という悲願はこうして成された。
――何の慰めにもならないだろうが。
私達が死ぬまで覚えておこう。
稀代の符術師。起こしてはならない奇跡まで起こしたあの人。
初代詩天、三条 仙秋という人のことを。
――初代詩天である三条 仙秋。
彼は本当に、ただ自分の事だけ考えてこの儀式を考えたのだろうか。
彼の成したことは禁忌を犯すもので、許されるべきものではない。
しかし、押し寄せる歪虚は途方もなく強大で――綺麗事ではどうにもならなくなった。
そういう時期があった事を、私達は過去への旅で知っている。
外道に堕ち、畜生にも劣る行為をした初代詩天を討ち滅ぼした彼の子や、臣下達は勿論正しかったのだろうと思う。
――それでも。仙秋が、国や人を守る為に、苦渋の決断の果てにそれを成したのだとしたら……?
自らが歪み、ヒトの道を外れ、世界を滅ぼす存在になっても、己の国と子孫に執着を続けた理由。
その答えを、最早知る術はないけれど。
彼は酷く滑稽で、悲しくて――そして孤独な戦いを続けていたのかもしれない。
駆け付けた憤怒本陣。壁で囲まれた空間。地面には焦げたような跡があり、『死転の儀』の凄まじさを物語る。
その上には、雑魔や歪虚の姿はなく……ただ1匹、巨大な黒い狼が悠然と座していた。
支配する重苦しい空気。立ち上る濃密な負のマテリアル。
覚醒者でなければ、きっと立っていることもままならない――。
「アレが魔狗怒ですか?」
「どうやらそのようだが、さて……」
目の前の巨大な歪虚に目を丸くする百々尻 うらら(ka6537)にふう、と短くため息をつく榊 兵庫(ka0010)。
「おーおー。随分でっけえ図体してるじゃねえの」
「あははー。アレだけ大きいとあたり判定も大きそうだよねー」
「おっきいわんちゃん! 強そうです! ワクワクしますね!」
「ははは。皆さん不謹慎ですねえ。まあ概ね同意ですが」
「はやてのどりるでどーん! としてあげたいところですけど、後にするですの!」
ヒュー! と口笛を吹く紫月・海斗(ka0788)に、明るく笑うラン・ヴィンダールヴ(ka0109)とアルマ・A・エインズワース(ka4901)。
ツッコむ狭霧 雷(ka5296)と八劒 颯(ka1804)も笑顔で何だか怖い。
纏わりつくような負の気配に、サクラ・エルフリード(ka2598)が苦しげな顔をして首を押さえる。
「……この空気も強化陣の影響でしょうか」
「その可能性が高い。汚染や行動阻害の能力はなかった筈だけど……」
「ここまで負のマテリアルが濃いと何が起こるか分からんな。気を付けるに越したことはない」
「気を付けるって具体的にどうすりゃいいんだ?」
周囲に目を配りながら言うアルファス(ka3312)とオウカ・レンヴォルト(ka0301)に素朴な疑問を投げかけるシガレット=ウナギパイ(ka2884)。
2人が答える前に、キャリコ・ビューイ(ka5044)がきっぱりと断じた。
「残念ながら負のマテリアルを避ける術はない。気合という言葉はあまり好きではないが……まあ、何とかするしかあるまいな」
「あー。そーかい。結局そーなるのかよ……ったく」
「ここまで来たらやるしかないね」
ボヤくシガレット。デュナミスから聞こえたルナリリル・フェルフューズ(ka4108)の声に、フラメディア・イリジア(ka2604)が頷く。
「我らが依代を何とかする。その後を頼むぞ」
「分かったですのん。でもくれぐれも命大事にですのん!」
「そうだよ。リューリちゃん。くれぐれも無理しないようにね」
頷くディーナ・フェルミ(ka5843)。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の言葉に、リューリ・ハルマ(ka0502)がキョトンとする。
「えっ。無理なんてしてないよ?」
「……仙秋と話をしようと思ってるだろ」
「うん。だって気になるし」
「それが無理って言うんだよ……」
「……出来る限りの支援はするよ。気を付けてね」
親友のブレなさにため息をつくアルトに苦笑するバジル・フィルビー(ka4977)。
彼女もまた、仙秋に譲れない思いを持っているのだろう。
――そうだ。この戦いは、主の帰る場所を守る武徳、別の戦場で戦う和彦、大輪寺で戦う仲間達。そして死んで行った氏時や秋寿…………様々な人達の想いが積み重なったもの。
ここで、幸せな未来に繋げたい。
隣で震えている小さな友人の笑顔を守る為にも――。
「……大丈夫だよ。皆がいるから」
「うん。1人の力は小さいかもしれないけど、皆が力を合わせればきっと勝てるよ」
「そうです。秋寿さんもここにいます!」
バジルに弱々しい笑顔を返す三条 真美(kz0198)を励ます龍堂 神火(ka5693)。胸の辺りを指差すエステル・ソル(ka3983)に、ラース・フュラー(ka6332)も首を縦に振る。
「そうです。今回は私もいますし。お久しぶりがこんな時になってしまってごめんなさいね」
「ラースさん! お会いできて嬉しいです。でもこんなことに巻き込んでしまって……」
「だから来たんですよ。お友達の為にね?」
抱きついて来る真美を受け止めるラース。
積もる話もあるが、それはこれが終わってからだ――。
「……そろそろ行こう。皆、真美を頼むぞ」
「任せて! こう見えても盾の使い方は上手いからねボク!!」
「ハハハハ。そりゃ頼もしいな。俺も頑張らねえとなぁ」
前を見据える三條 時澄(ka4759)の言葉に、しゅしゅしゅと素早い動きで盾を構えて見えるノノトト(ka0553)。
ラジェンドラ(ka6353)の豪快な笑い声に、金鹿(ka5959)は目を細める。
思えば、詩天の萩野村での出会いが、こうして今に繋がっている。
それはとても素敵な経験で……今の金鹿を作る一つでもある。
「……皆様、ご武運を。詩天での争いは、今日限りにさせて戴きたいものですわ」
「ああ。友が整えてくれたこの舞台……必ずや仙秋を討ちとり幕引きとしよう」
「そうじゃ。憤怒王を名乗るものは必ず打ち滅ぼすぞえ!」
「皆の者! 気を引き締めてかかるがよいぞ!」
七葵(ka4740)の強い意志のこもった赤い瞳が捉えるは黒い巨大な狗。
そして紅薔薇(ka4766)とミグ・ロマイヤー(ka0665)の声を合図に、聞こえる機動音。次々と構える機械兵。
大地を蹴ると、巨大な歪虚目掛けて疾走する――。
「ハハハハハ! 新たな憤怒王の御前だ。頭が高いぞ貴様ら!」
戦場に響く仙秋のけたたましい嗤い声。
幾度となく巨大な黒い狗に迫る暗い青のR7エクスシア。兵庫がランスを構え、突撃を仕掛けるも前脚で薙ぎ払われ、壁に激突して鈍い音を立てる。
「……兵庫さん! 無事ですか!?」
「ああ! 大丈夫だ! 前を見てろ!」
トランシーバーから聞こえるうららの声に体勢を立て直しつつ答える兵庫。
間近で見て分かるこの大きさ、強さ……。
仙秋が作り出した新たな依代『魔狗怒』の脅威に、うららの背筋に冷たいものが流れる。
「ヤバいヤバい! これ絶対ヤバいですって!」
「今、出来る限り打撃を与えられればいいですが……」
サクラの呟きに、考え込んでいたうらら。依代を見据えて叫ぶ。
「私、特攻します!」
「うららさん?」
「私の今の力量じゃ、ただ『待つ』なんてヌルイ覚悟じゃ強化中に蹴散らされて終了です。だから、出来るうちに出来ることをします!」
「そうか。じゃあ、俺も精々嫌がらせをしてやるとしよう」
「……分かりました。援護します」
うららと兵庫の悲壮な決意に頷くサクラ。その一方で、紅薔薇がGnomeに刻令を与える。
「白、壁を作るのじゃ!」
彼女の声に応え、動き出す白い象の頭を持つGnome。
場所さえきちんと考えれば、敵の攻撃を防いだり視線から逃れたり、後列への射線を封じると言った役に立つはず――。
今回はユニットに騎乗していない者達もいる。彼らに、この壁はきっと防壁になるはずだ。
せっせと働く刻令ゴーレムの足元で、ハイッと海斗が元気に挙手をした。
「ここで悲しいお知らせがあるぜぇ!」
「あ? 何だよ」
「オジサン、ユニット忘れてきたみてーだわ」
「ハァ!!?」
「やーー。失敗失敗。こんなことあるんだなぁーー」
「オイ、どうすんだよ!!?」
「ま、予定通りやるこたやるぜぇ! ちょっと秘密兵器使えなかったのが残念だけど次回のお楽しみだなぁ」
「はぁ……。しょーがねーなァ。ちょっとやりてェことあんだ。手伝え」
「おう。任せちゃってー?」
どこまでも調子のいい海斗に肩を竦めるシガレット。そこに聞こえて来た風を切る音。
フラメディアとアルト、リューリがイェジドごと弾かれて吹き飛ばされたらしい。
何とか体勢を整え、着地したアルトとリューリのイェジド。
燃えるような毛並みの狼は、己の身を下にして主を守る。
「すまぬ、アグニ……!」
「いったーい! もう、仙秋さんヒドイ!」
「リューリちゃん、立って! 来るよ!」
「大丈夫かい!?」
「大丈夫じゃ! 属性が変わるぞえ……!」
親友を庇いながら歪虚を睨みつけるアルト。
フラメディアと狼をバジルが助け起こして……続く叫び。
魔狗怒の尻尾が上がり、身体が赤く変化していく。
「……火か! 皆、僕の後ろに下がって!!」
前に出るアルファス。白い武僧のような姿をしたR7エクスシアから、マテリアルエネルギーを展開する。
次の瞬間、巨大な狗の口から湧き上がる火炎弾
それを周囲に撒き散らし……紅薔薇のGnomeが作った壁数個と、うららと兵庫を巻き込む。
「怯むな! 反撃しろ!!」
「繁る木の青。赤き焔。黄色き土に閃く白刃。水底の黒……五色の相生。その光を持ってかの者を縛れ」
「……氷を纏いし風よ。来て下さいです!」
「残念! そこは罠だよ!」
金鹿とエステルの重なる詠唱。湧き出る光の五芒星。巻き起こる冷気の嵐。神火の声と同時に、魔狗怒の足元が泥状に固まる。
だが、それに動じた様子もなく、巨大な歪虚はハンター達をあざ笑うかのように動き出した。
「ハハハハ! 蚊でも刺したか? 全く効かんな! さあ、そろそろ真美を渡して貰おうか……!」
「歪虚風情が調子に乗るでないわ!」
「皆、合わせるぞ……! 一斉! 掃射!!」
「行きます!!」
紅薔薇とルナリリルの深紅のデュミナス、サクラのデュナミスから放たれる銃撃。
それをまともに食らってもなお、魔狗怒の勢いは止まらない。
そしてまた、狗の尻尾が上がり……。
「身体の色、緑! 風です!」
「ラースさん! 無理だ! 下がって!!」
ラースの叫び。バジルからの癒しの力を感じて、微笑みを浮かべる。
彼女はずっと依代に可能な限り張り付き、盾を構え、堅守を心がけてひたすら耐えていた。
……とはいえ、ラースはユニットも持たぬ生身だ。
幾度となく攻撃を受けて、もう満身創痍の状態だった。
それでも決して離れようとしない彼女が気になったのか、依代の赤い目がギョロリとこちらを見た。
「随分としつこい羽虫だな。いい加減無駄だと悟ったらどうだ。それとも、それも分からぬ程の愚か者か?」
「私は……盾として、護るために来たので」
「理解出来んな。死にたいのか?」
「ええ、貴方には分からないでしょうね……!」
この状況を冷静に観察していたアルファスとアルトだったが、2人は概ね同じ結論に達していた。
……この状況で尻尾を狙うなんて不可能に近い。
そもそも、強化陣のせいか攻撃がほぼ通っていない。
後ろに回り込もうにも範囲攻撃に吹き飛ばされる上、ようやっと近づいても爪で薙ぎ払われる。
その巨体もあいまって、薙ぎ払う範囲も広い。
しかし、この自信過剰な仙秋のことだ。ハンターなど取るに足らぬと思っている以上、勝機はある。
――よく見ろ。必ずつけ入る隙はあるはずだ……!
「真美さん。大丈夫ですの? 怖いけど皆は助けたいって顔してるですの」
隣に立つ魔導アーマーから聞こえて来た颯の声に、目を丸くする真美。
図星だったのか、顔を朱に染める幼い王に、紅媛は苦笑する。
「……見ているだけと言うのは辛いだろうが、今は耐える時だ」
「そうだよ。シン君には大事な役目があるんだから。それまで我慢。ボクも我慢する」
「真美、目を反らすな。皆、詩天の為に戦っている。見届けるのは王たるお前の使命だ」
「……はい」
ノノトトとオウカの言葉に、こくりと頷く真美。
震える幼い王の目に、黒い巨大な狗と、ハンター達の死闘が映る――。
「キャアアア!!」
「うらら! ……っ!」
魔狗怒から放たれるかまいたち。
聞こえてきた悲鳴に振り返った紅薔薇。
うららの猫耳が生えた愛らしいヘイムダルの装甲が剥げ、煙が上がって……彼女自身も酷い怪我を負っている。
これ以上は動けまい――。
誰もがそう思った時、トランシーバーから弱々しい声が聞こえてきた。
「……私、少しは役に立ちましたかね」
「うむ。良く頑張った。……ヘイムダルの損傷が軽いうちに下がれ。後は任せるがよい」
宥めるように言う紅薔薇に、うららは安堵のため息を漏らして――。
あれから幾度となく属性変化を繰り返し、ハンター達も防戦を続けているが……強化陣が解ける様子が見られない。
魔狗怒の攻撃で怪我を負っている仲間も多い。あとどれくらい持つか――。
いや、持たせてみせる……!
「兵庫君! 下がって!」
黄色に変わる魔狗怒。
アルファスのデルタレイを土壁で避けたそれは、風の如き速さで突っ込んで来た兵庫をユニットごと噛み砕こうとして――。
咄嗟に身を引く彼。避け切ることは叶わず、足を牙に取られて膝をつき……そこに海斗が駆け寄る。
「オイ! 大丈夫かよ!」
「ああ。何とかな」
「しっかし、強化陣消えねえなあ……。あっちで何かあったんじゃねえだろうな」
「いずれ必ず消える。仲間を信じて今は耐え抜くしかあるまい」
「……だなァ」
心配そうにボヤく海斗に、きっぱりと言う兵庫。シガレットはそれに頷いて、少し離れた巨大な狗を見上げる。
予想以上の激戦で、彼のフルリカバリーもとうに尽きた。
彼のユグディラも奇襲攻撃を頑張ったのだが、そのお陰で魔狗怒に殴られてシオシオしている。
海斗が防御障壁で攻撃を弾いてくれた為、今のところさしたる怪我はないが……彼のスキルもそろそろ弾切れのはずだ。
そろそろ勝負時かね……。
シガレットは銃を降ろすと、つかつかと魔狗怒に歩み寄る。
「やっぱ強ぇなあ! こんな強いんじゃ勝てそうにねェや」
「何だ? 命乞いか? それとも……時間稼ぎのつもりか?」
「まっさか。お前さんなら俺達なんざ一捻りだろ? ちょっと冥土の土産に話を聞かせて貰いたくてよ」
「ふうん? 事と次第によっては話してやらんこともないが」
「……何で死転の儀なんてやらかした? 何がそこまでお前を突き動かした」
「何かと思えばそんなことか。前にも言っただろう。強い兵器が作りたかっただけだ」
「随分とつまんねー理由だなあ。もっと他にねえのか?」
「……負のマテリアルの方が手っ取り早いんだよ」
「は?」
「ただ単純にモノぶっ壊す為の力の方が兵器にし易いんだよ」
「正のマテリアルだって力の塊だろうが」
「怒りとか恐怖とかいうのを抱えてる方が出力が上がるんだ」
シガレットの問いに事も無げに答える仙秋。
淡々と、明日の天気を喋るかのような軽さ。それに彼が抱えた闇と狂気を見た気がして……。
エステルは震えながら、依代を見上げる。
「……何のために研究を始めましたか? ありがとうと言われて嬉しくありませんでしたか?」
「何の話だ」
「家族が好きだから、分かってくれなくて悲しかったのではないですか?」
少女の言葉に目を見開いた魔狗怒。ハハハハハ……と心底可笑しそうに笑う。
「何か思い違いをしているようだな。俺の研究を理解しなかった愚息などどうだっていい。お前達こそ何故理解しない? 祖である俺が詩天に君臨すればすべての民に永遠の命が与えられるというのに」
「依代になって生きるなんて、生きてるって言わないです……!!」
――彼は、ここまで歪んでしまったのか。
涙目になるエステル。ルナリリルは少女を庇うように立つと、仙秋に向かって一礼する。
「初代殿。一つ提案があるんだが。私を依代にしないかね? 貴方は新たな器を得て私は見返りに貴方の知識を求める。この状況では悪い話ではないと思うが……」
「残念ながらそいつは無理だ」
「何故だい? 私は覚醒者としての力もある。それなりに強い依代になれるのでは?」
「依代は誰でもなれる訳じゃねえってことだよ」
その言葉にハッとする七葵。怒りに燃える目を依代に向ける。
「だから……だから氏時様や秋寿様、真美様に拘ったのか……?」
「そーゆーこと。生み出した依代も、詩天の子孫たちも『俺』から始まってるからな。……さて。長話に付き合ってやった。もういいだろう。大人しく死ね」
「させるか……!!」
咄嗟に符を投げる神火。光り輝く鳥はエステルには届いたが、シガレットには届かず……彼はそのまま、鋭い爪で引き裂かれる。
続く腕を返した薙ぎ払い。それは、海斗の防御障壁とルナリリルのデュナミスが咄嗟に弾いた。
「いってええええ!! 何しやがるバカヤロー! 死んだら化けてでるからな! 死なねぇけど!」
「依代になれなくて安心したよ! 大ウソだったからな!」
「貴様らァ……!」
「弾かれて悔しいか? 膨大な資産を投じて必死に鍛えた重装甲だ……! そう簡単に抜かれない意地があるんだよ……!」
怒りに燃えた赤い目がルナリリルを睨んだその瞬間……ふっと。周囲を包んでいた重圧が消えた。
「……強化陣が消えた!」
「やってくれたか……!」
アルファスの声に、がくりと膝をつく兵庫。もうとうに限界を超えていたのだが、気力だけでここまで立っていた。
「兵庫さん! 下がってください! これ以上は危険です!」
バジルの声に頷く兵庫。魔狗怒の尻尾が上がり、身体が青く変化していく。
「おのれ……! 強化陣がなくなったくらいで負ける俺だと思うな……!」
「あははは! ようやっと出番来たよねー!」
「三条の名をこれ以上貶めないで頂こう!」
「アクティブスラスター始動。突撃します……!」
「そろそろ本気で行かせて貰うぞ……!」
槍に砂を纏わせるラン。黒龍が駆けたようなオーラを纏う刀を抜き放つ七葵。
機動性を上昇させたサクラ。そして納刀の構えを取る時澄。
同時に突撃する3人。感じた確かな手応え。
揺らぐ依代の身体。これなら倒せる……!
「支援するよ!」
水属性だと察知してすぐイニシャライズフィールドを展開するアルファス。
刹那、飛来する氷の雨。近くにいたランとサクラ、ラースに直撃する。
「きゃあああっ!」
「サクラさん! ラースさん……!」
ダメージが蓄積していたのか、膝をつくサクラとラース。
救援をするべく、バジルがバイクを走らせる。
――こうしている間に、海斗も攻撃を受けて地に伏した。
……皆傷だらけで戦っている。目を覆いたくなる惨状だ。
だけど、1人でも多くのけが人を救護するのが自分の務め。
あの子も頑張ってる。
僕も頑張らなくちゃ……!
「いきなり氷の雨ぶつけてくるなんてひどいじゃないか!」
「いきなり刺して来たお前に言われる筋合いはない!」
「当たり前でしょ! 君は敵だもん! わんこならもうちょっと可愛くしてよね!」
ランが文句言いながら突きを繰り出している間も、後方から続く攻撃。
どうやらキャリコやアルマが支援してくれているらしい。
「イレーネ! 魔狗怒の行動阻害!」
「レイノもお願い!」
「アグニも頼むぞえ!」
己のイェジドに命じるアルトとリューリ、フラメディア。
彼女達は今回、選択している戦闘スタイルが近いものだった為、波状攻撃を仕掛け突いては離れを繰り返していた。
そして、壊れたロボットのようにひらすら次元斬を叩き込む紅薔薇。
いくら依代が強いとはいえ、これだけの猛攻。少しづつではあるが、じわじわとダメージが蓄積していく。
それを感じて苛立ったのか、前脚を振う魔狗怒。
アルト目掛けて振り下ろされたそれを、ルナリリルのユニットの盾が受け止める。
「まだだ。まだ落ちるなよ……!」
悲鳴をあげる紅い機体。彼女の額からも血が流れ落ちる。
拘り抜いて強化したこのデュナミスも私も、この程度では負けない……!
幾度となく魔狗怒の攻撃を受けていた紅薔薇。彼女ももう傷だらけで――。
最後の次元斬を依代の顔に叩き込むとふう、と短くため息をついた。
「仙秋よ、そろそろ諦めるがよい。人としての姿を失った……それは悪手だったのじゃ。我等は数百年、化け物を殺すために、この剣を磨いてきたのじゃぞ」
「秋寿様を貶め、真美様に涙を流させ、詩天に死を蔓延させたその所業、例え初代主君と言えど絶対に許せん。死をもって贖え!」
「煩いぞ、雑魚共が……! 詩天は俺の国だ。真美も民も俺のモノだ。俺のモノを好きにして何が悪い」
七葵の叫びに吼える仙秋。時澄は傷を負いつつある依代に鋭い目線を送る。
「お前のそれは暴君の理屈だ。とはいえ暴君もまた王の在り方……否定はせんさ。単に、今の時代にお前は不要というだけのことだ」
「煩い……! 死ね!」
「死ぬのはお前だ! 三条 仙秋!!」
それ以上喋るなと言わんばかりの七葵の一閃。強化陣が消えて、依代が急速に弱りつつあるのを感じる。
「あらあら。随分と弱々しくなりましたこと。その依代で、今回は抵抗できますかしら……?」
七葵を前脚で薙ぎ払おうとした魔狗怒に叩き込まれる光の五芒星。
金鹿は冷たい目で大きな狗を見つめる。
「……好きにさせや致しませんわ。強力な力を持てど一人では何も成し得ぬ事、思い知りなさいな」
「……そうだ。お前には、シン君の大事なモノを奪う事なんて出来ない!」
叫ぶ神火。握り締める符に力がこもる。
「秋寿さんだってそうだし、シン君自身だって……何度でも、ボクらが阻止してきた!」
「俺の計画は完璧だったはずだ……。何故貴様らなどに……!」
「お前が、独りだからだよ。……お前は、シン君には勝てない!」
無念の滲む仙秋の咆哮。それに負けぬ神火の想い。
その声に応えるように、鮮やかなオレンジの羽を持つリーリーが突撃と離脱を繰り返し、依代に痛手を与えていく。
――ボクだって、こっちに来たばかりの時は何も分からず、独りぼっちで辛かった。
今でも時々、辛い時は自分が独りだって感じてしまうけど……。
それでも、今はドルガがいる。ファルガも、スピルガも……そして、友達も――。
「シン君には、大勢の友達が、仲間が出来た。独りで何でも出来るつもりになってるお前なんかに負けるもんか!」
「黙れ……! 人の国に土足で踏み入って分かったような口をきくな!」
「黙るのはお前の方だ。詩天を踏みにじったのは他の誰でもないお前自身だろうに……!」
「何度でも言ってやる。真美が当代だ。この先は真美と今の詩天の民が興していく。過去の栄華にしがみつくのは無様にも程がある。今更成仏しろとは言わん。……とっとと失せろ」
「……家族が間違った事をしようとしていたら止めます。あなたの息子さんも、同じ気持ちだったんだと思うです。だから……あなたを止めます!」
「詩天だけじゃない。もう東方に歪虚はいらない。あの時、この大地に取り戻した希望の芽を今度こそ育むために!」
七葵と時澄の渾身の一閃。そしてエステルの炎の矢。アルファスのデルタレイ――。
「行け! スピルガ! あいつを討て!!」
「クエエエエ!!」
神火の鋭い叫び。そこにいる者すべての想いがこもった一撃。
響く咆哮。巨大な黒い狗は、その身体を保つことが出来ずに崩れ始め……そこからするりと、白い靄のようなものが抜けだした。
「準備中に逃げられたら困っちゃいますからねえ」
「よし、霊体になったの出番なの!」
「ずっと後ろでチクチクやるだけで退屈だったんですよねえ」
「その鬱憤はこれから晴らすが良い」
「真美殿の結界が発動したら動くぞ。皆準備は良いか」
「いつでも来い」
ファントムハンドで仙秋を掴み、足止めを試みる雷。
腕をぶんぶん振り回すディーナと主人の真似をするユグディラ。
はふ、とため息をつくアルマをキャリコが宥め……ミグの確認するような声に雷が頷き、ラジェンドラは遠い目をする。
――1度死した者と出会う……これも運命だろうか。
俺にももう一度会いたい奴がいたが……いや、今考えても仕方ない。
ただ一つ、分かっていることは。
これはシンの為だけじゃない、俺が前に進むための戦いだ――。
「いいか。真美。何があっても、周囲に何が起きても結界を張ることに集中するんだ」
「君を全力で守る。私達も死んだりしない。信じてくれ。いいね?」
オウカと紅媛の言葉に頷く真美。金鹿の結界の力を感じて小さく微笑み……大きく息を吸い込むと、意識を集中して――。
放たれた符は広がり、円を描いて輝き出す。
それを見届けたノノトトは盾を構えてユキウサギに声をかける。
「みぞれ! 僕に雪水晶をかけ続けて!」
「真美……! 貴様、まだ俺に逆らうか……!」
結界の存在に気づき、苛立ちを隠さぬ仙秋。その姿をまじまじと見てラジェンドラは呟く。
「やっと、てめえの本当の顔が拝めたな、仙秋。以外と年食ってるか……? 俺と同じくらいだと思ってたぜ」
「そう思うならちょっとは敬えよ」
「お断りだね。年食ってる割にガキっぽいもんなてめえ」
「貴様ァ……!!」
「はいはーい! 挑発に簡単に乗ってくれてありがとですのん!」
その隙をついて、光の波動を生み出すディーナ。波動を食らい、霊体がぐにゃりと歪む。
反撃とばかりに雷撃を放つ仙秋。
キャリコは愛機であるR7エクスシアでシールドを前面に構える。
「俺の後ろに隠れろ! イニシャライズフィールド形成! マテリアルエンジン、フルドライブ! イニシャライズオーバー!」
展開される結界。盾で雷撃を受け止めるキャリコ。
そしてその後ろでは、ディーナのユグディラが『森の午睡の前奏曲』をにゃんにゃんと歌い……ミグが仲間達を守るようにドミニオンを前進させる。
ちなみにこの緑色が美しいドミニオン、ミグが個人資産のすべてをつぎ込んで魔改造した機体で、今回は魔導機としての機能を強化してきたので霊体もバッチリ大丈夫である。
「仙秋よ。お前に問いたい。……民無くして何のための王か。王無くして国ならずだが、民無くしても国とはなり得んのじゃぞ」
「お前に俺の国のことを心配して貰わなくて結構だっつーの。余所者は黙ってろ」
「うるさいぞ。ぼくが依頼されたハンターだから、詩天を守るんじゃない。ぼくが友達を守りたいから守るんだ!」
「どいつもこいつも分かったような口をききやがって……!!」
仙秋の怒気を含んだ声。次の瞬間。飛来する雷撃。それは結界を張り続ける真美に真っ直ぐに向かって……。
――オウカとノノトトは、考えるより先に身体が動いた。
「真美、避けろ!!」
「危ない……!」
「……!? オウカさん!? ノノトトさん!!」
雷撃の直撃を食らい、地に伏す2人。取り乱しかけた真美の肩を、紅媛が掴む。
「ダメだ! 君が今やるべきことは何だ!? オウカに言われたことを思い出せ!」
その声にハッとする真美。再び目を閉じて結界に意識を集中する。
「あの、紅媛さん、2人の手当てをお願いします」
「君の護衛が終わったらな」
「ああ。それでいい」
「ちょっと痛いけど大丈夫だから……!」
真美のお願いをピシャリと跳ねのけた紅媛。オウカとノノトトは動けなくなったまま。
そして、結界の中では。
「いい加減ご退場願えませんかね……!」
マテリアルを活性化させて身体にまとい、霊体の打ち込む雷。
放たれる衝撃波を身体で受け止めるラジェンドラ。苦痛に顔を歪める主に、ユグディラがにゃーにゃーと癒しの術を施す。
「ありがとよ。お前のお陰でもうちょっと戦えそうだ……!」
「はやてのどりるは霊体にも効くですのよ!」
「お前達の攻撃なんざ大したことねえよ!」
「そんなこと言って攻撃食らうと身体が揺らいでるのん!」
颯のどりる攻撃に、続くディーナの光の波動の連打。
仙秋は霊体になってもなお、なかなかの強さを誇る。
一進一退の攻防戦。
魔銃を放ちながら後ろをちらりと見るミグ。
真美の額に、脂汗が浮いているのが見える。
もうそんなに長く持つまい……。
「キャリコ! そろそろいいかえ?!」
「ああ、準備万端だ! 来い! アルマ!」
「はーい! それじゃお邪魔しまーす!」
ミグの声に答えるキャリコ。アルマはのんびりとした声に反して、素早い動きでバイクを動かし……。
ユニットの盾を斜めに構えるキャリコ。アルマはそれ目掛けてバイクを走らせ……。
彼の盾をジャンプ台にし、高く飛び上がるアルマ。
そのままバイクで着地して……衝撃がお尻に響いたけれど。
目に入る霊体。雷とラジェンドラ、ディーナに気を取られて反応が遅れる仙秋。
機導術の出力を最大限に高めたアルマの手に現れる蒼く輝く刃。
霊体とも目が合うんだなぁ……と思った彼。
――それはひどくあっけなく。一瞬で。
初代詩天の本体を……音もなく切り裂いた。
「うがああああああああ!」
霊体から聞こえる断末魔。首領を仕留めた本人は、事も無げに小首を傾げて微笑む。
「……さよなら。初代詩天さん。まあまあ楽しかったですよ?」
「……ここで終わりだ、亡霊。もう休め」
口から血を滲ませて、囁くように言うオウカ。ゆらゆらと揺らいで、小さくなっていく靄に、リューリが駆け寄って声をかける。
「仙秋さん、きこえる? あのね、私、あなたに『ありがとう』って言いたいの!」
「……へ? リューリちゃん何言ってんの」
「だって、仙秋さんが詩天を作ってくれなかったら真美さんや秋寿さんに会えなかったかなって思うし」
親友の言葉に納得したのかそうか、と頷くアルト。少し考えて、彼女も続ける。
「動機はともかく結果をを残した上で手のひらを返された事は無念だったろう。だが、それは今には関係のないことだ。あの世で本人に返すといい」
「貴方が何と戦っていたかは分からない。それでも……貴方の子孫は九代目までこの地を守り抜いた。この先も続いていくだろう。もう休んでいい」
「……ぃ……」
紅媛の声に何事か答えた仙秋。だが、それは風にかき消される。
詩天の国を散々苦しめた歪虚は音もなく空気に溶けて――。
続く沈黙。それを破ったのはバジルの深いため息だった。
「……終わったんだよね」
「ああ、終わった」
「本当に終わったんだよね!?」
「もう復活することはないと思いたいな」
「良かった……。これでもう、詩天の人が泣くことはないんだね」
時澄とラジェンドラの返答に、へなへなと座り込むバジル。
その横に、今度は真美がへたり込む。
「シンさん、大丈夫です!? どこか怪我したです!?」
「いえ。すごく怖かったので……その、腰が抜けてしまって……」
「あ、わたくしもちょっぴり怖かったです……」
「ボクも……」
「私は怖くはなかったですがちょっと無茶しましたね……」
正直なエステルとノノトト、ラースにくすくすと笑う真美。金鹿は3人を立ち上がらせると、真美の頬を撫でる。
「……最後まで、良く頑張りましたわね。さあ、戻りましょう。武徳様が心配なさってますわよ」
濃密な負のマテリアルが晴れて、青空が見え始めた憤怒本陣。
その空を見上げて、七葵はいつかの夢を思い出す。
助けたいのに助けられなかった。悲しい運命に飲み込まれてしまった人。
――今は、安らかに眠れているだろうか?
「……秋寿様。秋寿様の願いは俺が叶えます。ですからどうか……」
――七葵……。
長江に吹く乾いた風。その中に、懐かしいあの人の声が聞こえたような気がした。
長きに渡り詩天の地を騒がせていた歪虚。
新しき憤怒王の討伐という悲願はこうして成された。
――何の慰めにもならないだろうが。
私達が死ぬまで覚えておこう。
稀代の符術師。起こしてはならない奇跡まで起こしたあの人。
初代詩天、三条 仙秋という人のことを。
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猫又ものと | 10人 |
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