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【交酒】旭日昇天?瑞雨の模擬挙式?「お料理試食会」リプレイ


▼グランドシナリオ「旭日昇天?瑞雨の模擬挙式?」(6/15?7/15)▼
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作戦2:お料理試食会
- 浅黄 小夜(ka3062)
- ルナ・レンフィールド(ka1565)
- 藤堂研司(ka0569)
- エステル・クレティエ(ka3783)
- ミリア・クロスフィールド(kz0012)
- シルキー・アークライト(kz0013)
- スメラギ(kz0158)
- 三条 真美(kz0198)
- キヅカ・リク(ka0038)
- エイル・メヌエット(ka2807)
- ラヴィーネ・セルシウス(ka3040)
- 藤堂 小夏(ka5489)
- マリエル(ka0116)
- 高瀬 未悠(ka3199)
- ティス・フュラー(ka3006)
- ジルボ(ka1732)
- マルカ・アニチキン(ka2542)
- レイレリア・リナークシス(ka3872)
- 央崎 遥華(ka5644)
- 三條 時澄(ka4759)
- マリィア・バルデス(ka5848)
- 天竜寺 詩(ka0396)
- 星野 ハナ(ka5852)
- デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)
- レイオス・アクアウォーカー(ka1990)
- 紅薔薇(ka4766)
●勘違いとテーブルマナー
(……結婚式、も、素敵そぉ……やけど……藤堂のお兄はんが、ご飯を作るて言うてたし……他にも……色々な、お料理や……お菓子が……みれそぉやから……)
そんな動機で『料理試食会 会場こちら』と矢印と共に示された場所についた浅黄 小夜(ka3062)はそこが厨房である事に気付いてぽかんと周囲を見回した。
「あら、小夜ちゃん、おはようございます」
「あれ? 小夜さんも料理部門に参加するの?」
小夜に気付いたルナ・レンフィールド(ka1565)と藤堂研司(ka0569)がにこやかに声を掛ける。
「くじは引きました? あちらで順番のくじが引けますよ」
エステル・クレティエ(ka3783)の言葉に小夜は首を振り。
「あ……あの、『試食会』に……」
包丁や食材を手に真剣な表情をしている参加者達を見て、困惑気味に小夜は3人にに告げる。
「……あぁ!」
ようやく合点がいった、というように研司は手を打った。
「小夜さん、『試食会』っていうけど、ここは“料理コンテスト”の会場なんだよ」
「……!?」
研司の言葉の意味を察し、両目がこぼれ落ちるのでは無いかと言うくらい大きな目をまんまるく見開いて小夜は目を瞬かせた。
「“ワンプレートのお料理を作る”っていうのがここの主旨なんだけど……小夜さん、何か作れる?」
全く何も考えてこなかった小夜は声も無く首を横に振る。
そもそも食べる気まんまんで来たのだ。作る気など始めから皆無だ。
「どうしましょう? 立食パーティの方が落ち着いて食べられると思うんですけど……」
ルナとエステルが顔を見合わせ、小夜に問う。
一応、パーティだと聞いたので服装はブレイズブルーにブルーロビンと青色ドレスコーデでまとめてきてある。
だが、顔見知りのいない会場へ向かうというのも少し怖く、何より寂しい。
怯えたように、縋るようにルナとエステル、そして研司を見る小夜を見て、ルナが少し思案した後、人差し指を立てた。
「そうですね……では、私達のお手伝いをしていただけますか?」
「そうだね、丁度俺とルナさん達、調理台隣同士だし。どうかな?」
思ってもみない提案に小夜は大きく二度頷いた。
「ふふふ、では調理開始まであと少し時間もありますし、打ち合わせしましょうか」
エステルに導かれて小夜は厨房の中へと足を踏み入れたのだった。
「お料理対決……一体どんなお料理が出てくるんでしょう……」
「楽しみですねー」
幸せいっぱいなハンター達による模擬披露宴を堪能したミリア・クロスフィールド(kz0012)とシルキー・アークライト(kz0013)が手元に置かれたナプキンとナイフ・フォークといった食器類を前に心を浮き立たせていた。
「あ、スメラギさんと三条さんのところにはお箸も出ているんですね」
流石、リアルブルーのアジア圏出身のハンター達との付き合いが長いミリアとシルキーの2人は箸を見ても驚かないが、モノトーンは興味深そうに2人を見る。
「ほぅ……お箸を使える人と実際に食事を共にするのは初めてですね……中々扱いが難しいと聞きましたが?」
「ねー、お箸を扱えるって凄いですよね?。私も挑戦してみましたが無理でした」
シルキーが笑って両肩を竦める。
「別に、箸使うのが普通だから、何も凄かねぇよ……。あぁ、そういや、お前こういうちょっと形式張ったところで食事取るの初めてだっけ?」
スメラギ(kz0158)に問われて、三条 真美(kz0198)は「はい」と心細そうに頷く。
「スメラギさんは陛下や王女様との食事なんかで慣れていらっしゃいますでしょうけれど、三条さんはナイフとフォークの使い方はわかりますか?」
問われて真美は少し気恥ずかしそうに両眉を下げ、ゆるゆると首を振る。
「フォークは……多分、なんとか……」
「わかりました。では私が簡単にナイフとフォークの扱い方をお教えしますね」
ミリアによる『簡単テーブルマナー講座』が始まった頃、厨房では最後の仕上げに取りかかる参加者達の熱気が最高潮となり、大変な事になっていたのだった……
「嘘!? もうあと5分しかない!?」
「リクどう?」
一番手であるキヅカ・リク(ka0038)とエイル・メヌエット(ka2807)のペアは最後の飾り付けに慌ただしく手を動かしていた。
一方、二番手のラヴィーネ・セルシウス(ka3040)は何とか完成したシチューを盛り付けているところだった。
「はい、それでは一番と二番の番号札をお持ちの方は時間となります。ワゴンに乗せ、会場へ向かって下さい」
無慈悲なベルの音と共に進行役からのストップがかかり、キヅカとエイル、そしてラヴィーネはそっとワゴンにワンプレートを置くと静かに審査員の待つ特別会場へと向かったのだった。
●和洋折衷と母の味
「一番、キヅカ・リクとエイル・メヌエットのペアによるワンプレートです」
アナウンスと共にキヅカとエイルが揃って入場する。
ワゴンを押すキヅカはスーツ「アーデルリッター」の騎士然とした服装も相まって、凛とした雰囲気で高級感を演出し、エイルはドレス「イルマタル」のレース生地のスカートの裾を揺らし、静かに審査員の前へと皿を置いていく。
「これは……?」
東方文化以外を殆ど知らない真美からすれば、このワンプレートに乗せられた物は全く知らない物とかろうじてわかるような……でも初めて見る形に戸惑いの声を上げる。
「リクの郷土料理である日本の料理です。飾り巻き寿司になります」
笹の葉を敷き、その上に玉子焼きやかまぼこ、野菜や食紅を使って断面が様々な花の模様になるように巻いて切った花巻寿司が華やかに並べられている。
「おもてなしとは、つまり“表裏なしの心配り”。裏表のない巻き寿司に乗せて、皆様の未来をお祝いいたします」
礼儀作法を完璧に押さえたエイルの案内に、一同感心しながら実食に移る。
「……美味しい」
微笑む真美の横ではスメラギが豪快に一口で巻き寿司を放り込む。
「……うん、手で食べられるっていうのがいいよな」
「そこですか?」
ミリアのツッコミにスメラギは「堅苦しくないのはいい」と真顔で言う。
しかし、問題は、その中央。
「……これはシフォンケーキ……かしら……?」
シルキーが戸惑いの声を上げるが無理も無い。
キヅカが作ったシフォンケーキが中央に生クリームと共に添えられているが、シフォンケーキは焼き上がった後、完全に冷ましてから型を外さないとしぼんでしまう。
生地作りに思ったより時間を取られた結果、焼き上がりが直前となり十分に冷ます時間が取れなかったのだ。
バツが悪そうなキヅカにエイルが「大丈夫よ」と微笑みかける。
「凄い……」
一口食べた真美がキラキラとした瞳でキヅカを見た。
「甘くて美味しいです」
「うん、見た目はともかく味は悪くない」
スメラギの言葉にキヅカは頬を引きつらせながら「そりゃどうも」と頭を下げた。
続いて、夜のような淡い黒色の着物「星彩」に身を包んだラヴィーネがワゴンを押しながら入場してきた。
審査員の前に置かれたワンプレートには左手前から時計回りにサンドイッチ、カボチャサラダ、コーンクリームスープ、ソーセージ、そして中央にはブルーベリー入りヨーグルトが盛り付けられている。
「最強の定義は知らないが……私にとっての一番は母の料理だった。だから、それをイメージした」
ラヴィーネの故郷は北方だが、遥か以前に滅びた一族でもあるために郷土料理と呼べる伝統が残っていなかった。
だが、母親が作ってくれた味を思い出しながら作るのは楽しかった。
野菜を豊富に取り入れ、鶏肉ベーコンで旨味を出したシチューは会心の出来だ。
しかし、ここでも問題は1時間という時間制限だった。
使い慣れない台所と調理道具、勝手の違うものに囲まれて作るに当たって四苦八苦したことは否めない。
本当はサンドイッチにコロッケなどを追加したかったのだが、とても時間が足りなかった。
結局サンドイッチは定番の三角サンドにレタスハムチーズとなった。
ブルーベリーもソース状にしたかったが、全てを平行作業しても煮詰める時間と粗熱をとる時間を考慮すると間に合わない。そのまま実を投入するしかなかった。
「優しい味ですね」
「ふむ……家族団らんの中で食べる温もりを感じるね」
ミリアが微笑み、モノトーンが満足そうに舌鼓を打つ。
ラヴィーネのおもてなし料理は穏やかな空気の中で食されていった。
●魚vs魚
三番手の藤堂 小夏(ka5489)は眉間にしわを寄せながらワゴンを押していた。
司会進行のアナウンスと共に、扉が開く。
キラキラとした“披露宴会場”を想定した会場の空気に“結婚”という親の圧力を思い出し、思わず頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに問われて、「あぁ、ハイ、大丈夫です、ハイ」とワゴンを押して中へと入る。
冷たく輝く冬の月のような青と銀の落ち着いた雰囲気の着物姿の小夏は平常心を保とうと大きく深呼吸をした。
各審査員の前に皿を置きつつ、小夏はいつもの飄々とした口調で説明を開始する。
「この料理は私の居た国でよく食べられている寿司だよ……後は旬物を比較的多めに使ったかなー」
そう。小夏にとって想定外だったのは“海産物は中々手に入りづらい”という点だった。
何しろ、大陸内部はまだしも、海域となるとまだまだ歪虚達の跋扈する領域なのだ。
近海ならまだしも、遠洋となるともうほとんど手に入らない。
つまり、マグロとサーモンはなかった。
さらにいくらは塩漬けにしても保存が長く持たないため、旬は秋?冬の間。
そのため、皿の中央に飾ろうと思っていたマグロの刺身によるバラの花は作れず、代わりにイサキの刺身を盛り付けた。
かっぱ巻きで皿の上部を、ウニの軍艦巻きで皿の下部を埋め、左右にはイサキ、蒸海老、ホタテ、イカ、カツオ、アジ、穴子を握って右斜めで盛り付け彩りを出した。
イカは糸造りに。カツオとアジにはネギと生姜を載せ、穴子は穴子の骨や醤油等で味付けした煮汁で煮てある。
「ん。上手いな」
ほいほいと躊躇無く手で掴んで食べていくスメラギ。
「おしょうゆ……」
真美にとってはしょう油すらおいそれと手には入らない高級品である。
リアルブルーとの行き来が出来るようになって最初に大量に持ち込まれた物の1つでもあるから、最近までハンター達の間でも実はちょっと前までは貴重品だった。
「日本って生食好きですよね」
シルキーが刺身を興味深そうに見る。
「内陸部では傷みが怖かったですから生で食べる、とか考えられませんでしたよね」
ミリアも頷きながら食べる。
「リゼリオは海が近いので魚介類も新鮮な状態で食べられますからなぁ」
箸の使えないモノトーンは器用にフォークに乗せて食べていく。
満足そうに食べていく審査員を見て、小夏はほっと胸を撫で下ろしながら退室したのだった。
次いで四番目に登場したのはマリエル(ka0116)だ。
青地に白が映えるエプロンドレスはどことなく元気で夢見がちな少女の印象を審査員達に連想させる。
「アクアパッツァになります」
「あくあ……何だって?」
聞き慣れない料理名にスメラギと真美が首を傾げる。
「えと……魚のスープ、です」
マリエルはゆっくりとスープを零さないように審査員達の前に皿を置いていく。
これはお世話になっているレストランで代々受け継がれて来たメニューであり、この世界で目覚め、初めて覚えた『味』でもあった。
マリエルは精一杯の気持ちを込めて微笑んだ。
「どうぞ、めしあがれ♪」
「ふむ……魚が煮崩れする事なく丁寧に煮込まれているね。トマトの赤に貝の白が見目に美しい」
流石、お金持ちは視点が鋭い。モノトーンは目で楽しみ、香りを楽しんでいるようだ。
「はい、おめでたい席ですし、鯛を使わせていただきました」
「あ、さっぱりしていて美味しい」
「ふぅん……初めて食べるけど、中々美味いな」
真美とスメラギの評価も上々のようだ。
「隠し味にお醤油を使ってます」
「凄く上品な味ですね」
地元に合わせ薄味で優しい味を意識し、シンプルでも手間も暇も惜しまずに集中して調理した。
その一手間毎に食べてくれる人の笑顔を想像して気持ちを込めて作ったのだ。美味しくないわけがない。
「うむ。手間暇を感じる良い味ですな」
モノトーンに褒められ、マリエルは花が咲くように笑みを浮かべて頭を下げた。
●しんぷるいずべすと
「食べた人がトイレに駆け込んだり気絶したりする料理の腕前だけど、安心してちょうだい。今回は味付けをしないから!」
衝撃の告白から始まった五番、正しく戦乙女といった風貌の高瀬 未悠(ka3199)が置いたプレートの上には、実にシンプルな食材が並んでいた。
「……生野菜?」
「……と、魚とスクランブルエッグ」
「パンとご飯」
「と、デザートはフルーツ……?」
審査員達も困惑気味に顔を見合わせる。
その前に置かれるのは、塩、砂糖、しょう油、酢、胡椒。
「味付けは、セルフよ」
「セルフ」
モノトーンがまさか、と言わんばかりの顔で調味料と未悠を見る。
「好きな味付けで食べられる究極のおもてなし料理よ」
「な、なるほど……」
なお、餡子のミニおはぎを付ける予定だったのだが、自分で餡子を作り味見した結果、先ほどまでトイレに籠もるハメになっていたのはここだけの秘密だ。
そしてその結果、デザートはフルーツだけにするという苦渋の決断をしたのだ。
「さぁ、どうぞ! 安心して召し上がれ」
語尾についたハートマークがぱっくり割れて髑髏マークが見えた気がしてスメラギは首を振りつつ。
どうやら皿の左側には西方をイメージする食材が、右側には東方をイメージする食材が並んでいるようだ。
「なるほど、東方はキュウリと人参か」
野菜スティックをボリボリと囓りながらスメラギが小さく笑う。
「この赤い野菜、甘酸っぱくて美味しいですね」
実はトマトも初めて食べた真美である。
「あぁ、東方にはトマトないんですね……」
「えっと……私のも食べます?」
一つ一つの食材を噛み締めるように美味しそうに食べる真美にシルキーとミリアもちょっと感動したりしつつ。
魚はシンプルに焼いただけだったので、塩をかけたりお醤油をかけたりして堪能しつつ、フルーツの種類の多さにも目を輝かせる真美を見て一同和んだりしていた。
「『最強のおもてなしワンプレート!?故郷の風を添えて?』…… おもてなしに適しているかどうかはわからない。でも、これが今の私の精一杯。行きましょうサンドイッチ……!」
六番、自他共に認めるツナ缶の申し子、ティス・フュラー(ka3006)が準備したのはもちろん、ツナサンド。
だが、それだけではない。
たまごサンドや野菜のミックスサンドにハムサンドを外周に並べ、中央にはケーキ代わりのフルーツサンドだ。
……とはいえ、この時期に集められるフルーツは杏やビワ、イチジクなど種類はさほど多くない。
だが、ティスのこだわりはそれ以外の部分にあった。
「そのフルーツサンドには帝国産の『ミネアの万能調味料』を使い、パンは王国産の高級ブレッド、『ロングライフ・グリムブレッド』になります。調理の際に使う水は全てピュアウォーターで浄化済みです」
おぉお……という感嘆の声が審査員一同から漏れた。
「すっげぇ……このツナサンドすっげぇ美味い!」
度重なる連合軍としての出陣の中でツナ缶を食べることもあったスメラギがその味の違いにいち早く気付き感動の声を上げる。
ツナサンドに使用しているツナ缶はもちろんレベル10まで強化済み。……クロウ、ご苦労。
「野菜もシャキシャキですね」
「たまごサンドは厚焼き卵で、一つ一つ微妙に味付けが違いますね。こちらは甘かったですが、こちらは……塩胡椒が利いてます」
「ふむ……このフルーツサンドは実にいい……ミネアカンパニー……なかなかのやり手と見ました」
各々がそれぞれに感心しながら食している中、真美だけが無言のままフルーツサンドを見つめている。
「……どうしましたか? お口に合いませんでしたか……?」
ティスが不安になって真美に問えば、真美はふるふると首を横に振った。
「詩天のみんなにも食べさせて上げたいな……と。私ばかりがこんなに美味しい物を食べてしまって何だか申し訳無くて……」
「真美さん……」
「なんて良い子……!」
ミリアとシルキーが感動して少しほろりと目元を潤ませる。
「……はぁ、お前はホントに……」
そんな真美を見てスメラギが呆れたように溜息を吐いた。
「お前が今日ここにいるのは西方の文化を色々見て、東方に持って帰る為だろうが。申し訳無いと思うんだったら、しっかり見て、食って、いい物を厳選して取引しねぇと、西方の商人に足元救われるぜ」
「おやおや、スメラギ様は手厳しい」
モノトーンが苦笑しながら真美に優しい眼差しを向けた。
「ですが、スメラギ様の言葉は事実ですな。今日この半日を振り返るだけでもどうやら東方と西方ではかなり大きな文化の差があることがわかりました。では、逆に。東方には西方にない何があるのか……私はそこに非常に興味を引かれています。是非、良い取引をしましょう」
「……はい! ありがとうございます、スメラギ様、モノトーンさん。ティスさんも……美味しいです、ありがとうございます」
真美の笑顔にティスもほっとしながら頭を下げたのだった。
●複雑とワンパンチ
七番、ジルボ(ka1732)は深い溜息を吐いていた。
試食会だと聞いて食べる気満々で参加したのに、作らねばならないと聞いて深い深い溜息を漏らしたのだ。
だが、男ジルボ。やるとなったらやる男である。
「審査だかどうだかそう気張らず旅を楽しんでくれ」
最初にそう告げると皿に盛られたのは旬の野菜や肉、魚を焼いた中央の小鉢にハーブ入りのソースを用意していた。
郷土料理を食べ比べる、それはつまり料理で旅を体験できることだとジルボは考えた。
その場にあった辺境から届いたという食材を使い、火を通す。
魔法の調味料、ハーブとスパイスを使って旅先で食のマンネリを打破する。
世界を旅してきたジルボだからこそ出せる、世界のスパイスを調合した料理だ。
「凄い、口の中で色々な味がします……」
「ちょっと塩胡椒増やすだけでピリッと加減が全然違いますね」
ミリアとシルキーが興味深そうにソースを堪能している。
ワゴンを下げる途中、入れ違いになったマルカ・アニチキン(ka2542)が満面の笑顔でジルボの名を呼んだ。
「おぅ、マルカも頑張れよ。俺はこれでようやく、ゆっくり食事とさせていただきますわ」
そう笑うジルボに、マルカは一枚の皿を差し出した。
「?」
「お肉の、一番美味しい部分をレアで焼き上げました。どうぞ、お食べ下さい……!」
「……は? 俺に?」
「もちろんです」
進行役に呼ばれ、マルカは「それでは」とワゴンを押して足早に去って行く。
取り残されたジルボはキョトンと皿を抱え、その背を見送り、そしてようやく皿の上に盛り付けられた肉を見た。
「……本当に、肉だ」
皿の上には、どこからどう見ても『THE☆肉』という主張の激しい肉汁たっぷりの焼肉が盛り付けられていたのだった。
「八番、マルカ・アニチキンです……舌と眼の肥えた方々が堅苦しさは無くシンプルで満足する一品をコンセプトに か、考えました……っ」
スーツ「グラーツィア」に身を包み、きちんと作法を押さえ洗練された所作でマルカは審査員達に料理を配膳する。
皿の上に盛られているのは、『肉』だ。
ケーキのように立体的に盛り付けられた肉の上には、花や野菜が美しく飾られている。
「クリムゾンレッドを表した色、として赤肉をご用意してみました」
「いいね、こういうわかりやすいのは好きだ」
スメラギがニコニコしながら肉にかぶりついた。
「!? な、何だこれ……!!!」
口に含んだ瞬間、食べた対象者の五臓六腑に肉汁が《ジュゥワァ……ッ》と染み渡り脳にまで《ズギュン!》と美味さの衝撃が伝えられる。
この肉の快楽からは誰も逃れられない。最早拷問レベルの至福を味わう。
(以上公式認定済み補足解説より引用)
本来であればブロックひとかたまり(500g)を1人で完食すれば食べた者の生命力が回復する逸品だが、今回はそれを切り分けることによって旨味だけを提供した形になる。
……だが、身も心も元気になっていくような気がするのはきっと、この絶妙な焼き加減とガッつくスメラギを満足そうに見守るマルカの優しい瞳のお陰もあるだろう。
……最も、一番脂身と赤身の絶妙なバランスの取れていた部位は今ごろジルボの胃の中に収められている訳だが、それを知らない審査員一同もこの魅惑の味に《ズギュン!》とやられていた。
●時間との闘い
レイレリア・リナークシス(ka3872)は手元に置かれた時計を見て慌ただしく準備を急ぐ。
どれほどお菓子を作り慣れているパティシエでも、焼き上げる時間までは変えられない。
シュー生地を焼き上げるためには最低でも20分必要で、そこまでの過程をどれほど短縮出来るかに全てはかかっていた。
しかし、レイレリアは初めて入る厨房での調理に手間取ってしまった。
それでも持ち前の幸運が発揮され、何とか時間ギリギリには全てのシューにクリームを詰め、準備を終えることが出来たのだった。
「九番、ミニシュークリームのクロカンブッシュになります」
初めて見るクロカンブッシュにスメラギと真美が瞳を輝かせた。
「シューの中身もカスタードだけでなく、王国の紅茶風味、帝国のお酒で香り付けしたもの、同盟の果物味や東方の抹茶や黄な粉味など、様々な味が楽しめるようになっています」
「わ、ホントだ……細かくした紅茶の茶葉が入っているのね」
「確かにお酒の香りはするが……ほとんどアルコールは飛ばしているね」
シルキーとモノトーンが一つ一つ味を確かめるように堪能していく。
「折角ですから、ただ美味しいだけでなく楽しめる料理のほうが、嬉しいでしょうしね」
ここまで偶然にもスイーツのみでの作品がなかった為、特に真美が幸せそうにシュークリームを頬張っているのがレイレリアの中で印象に残ったのだった。
十番、央崎 遥華(ka5644)もまた、悲鳴を上げる暇も無く時間に追われていた。
「うぅ……色々盛り過ぎたかなぁ?」
英国料理は味が雑という噂を払拭したいという意気込みもあった。
しかし、遥華は重大な点を失念していた。
コンソメの素やカレー粉という概念がこのクリムゾンウェストにはなく、リアルブルーからの輸入品となる超貴重品の部類あったこと。
また、同様にマヨネーズ、ケチャップといった調味料も保存料がないこの世界では基本的に作り置きが出来ず、その場で作らなければならないことだ。
たまたま幸運なことにカレー粉を手に入れることは出来たが、コンソメは自力でブイヨンに肉や野菜を加えて煮立てて作らねばならなかった。
もちろん、制限時間は1時間であるから、そんな時間は無い。
結果、まずピュアウォーターで浄化した水に鶏の骨と豚の骨を入れ灰汁を掬いつつ、玉葱と米を油・生姜とにんにくで軽く炒めた物をその中へ入れ、水が減ったところでカレー粉を入れ炊き上げると、骨を取り出した。
それを皿の中心に盛ると鮭の燻製とゆで卵をトッピングとして飾る。
周囲の盛り付けは羊肉を串焼きにしたもの(これも本当はスパイスとヨーグルトに漬け込みたかったが以下略)、フライドポテトに東方産のキノコのソテー、同盟産の野菜のサラダだ。
問題は、サラダを何で食べて貰うかだ。
コブドレッシングを作るには玉葱にマヨネーズとケチャップ、ヨーグルトや蜂蜜と混ぜるのが一般的だ。
しかし、時間的にマヨネーズもケチャップも作る余裕はない。
だが幸いにして煮込み(炊く)料理と焼く料理であるため、1つならば作れそうだ。
遥華はマヨネーズを作り、それをディップして食べて貰うことにした。
「へー、カレー味の米か。面白いな」
「初めて食べる味です……!」
主食が米のスメラギと真美の反応は良好だ。
一方、ミリア、シルキー、モノトーンはマヨネーズの方に反応を示していた。
「このドレッシング美味しいですね」
「作り手の優しさと甘酸っぱさが出ている感じがしますな」
怪我の功名とはこのことか。「ちゃんと作れば美味しい」を証明出来た形となって遥華はほっと胸を撫で下ろしながら会場を後にしたのだった。
●祝い膳
「時澄兄様!」 十一番目。詩天で自分を助けてくれた三條 時澄(ka4759)の登場に真美は嬉しそうに声を掛けた。
「もてなしのためかと聞かれると、少々答えに窮するんだが……人が集まる場でということならこれだろう」
時澄も真美に穏やかな笑みを返しつつ、皿を置いていく。
「……五目寿司と、稲荷寿司か」
スメラギが嬉しそうに箸を構えた。
なお、凄く細かいことだが、ちらし寿司というのはリアルブルーの日本で言う明治以降の名称である。
リアルブルーの日本や中国によく似た文化を持つ東方ではあるが、こちらの歴史は一部進んだものであってもおおよそ江戸後期で止まっているため寿司の名称は五目寿司がおおよそ一般的になる。
「ほぅ……寿司と行っても色々種類があるものだねぇ」
モノトーンが物珍しそうに、箸の代わりにスプーンで五目寿司を食べ始める。
丁寧に煮付けた干し椎茸や干瓢の煮しめが味を調え、茹でたニンジンと酢蓮根が歯ごたえと味のアクセントを生み出し、細かく切られた蒲鉾が柔らかな風味を生み出す。また、甘く煮しめた油揚げと高野豆腐が全体の味を優しく底上げし、噛む毎に味の違いを楽しませてくれる。 「この赤いのは?」
「紅生姜です。口の中がさっぱりしますよ」
「錦糸卵は一緒に食べるとまたまろやかになっていいですね?」
ほうほうと頷きながら勢いよく紅生姜を口に含んだモノトーンの表情が険しい物に変わる。
「あー……色味と味の差に驚いている顔だな、これは」
モノトーンがむせて咳き込むのを見てスメラギが笑い、ミリアが慌ててその背をさする。
「時澄兄様、美味しいです」
「……そうか」
真美の笑顔に「それならよかった」と微笑み返す時澄だった。
「お祝いの席のワンプレートなら、東西の目出度い物をアレンジしたらどうかなって思ったのよ。紅白だったり尾頭付きだったり聖人の日の食べ物だったりケーキだったり、ね?」
そう小さく笑うのは十二番、マリィア・バルデス(ka5848)だった。
だが、彼女は本当に残念な事に『制限時間1時間』をどうやら見落としていたらしい。
準備したかったのは以下のメニューだ。
一口食前酒(成人)・一口ジュース(未成年)/蜂蜜酒・蜂蜜入り梅ジュース
トマトとチーズのカプレーゼ
ソーセージとキャベツ入りコンソメ味噌スープ
サクラエビとシラスのキッシュ
トマトベースのケイジャンジャンバラヤ
牛とキャベツの煮物
一口ミニシュー4個重ね飴かけ
だが、実際に時間までに準備出来たのは
食前酒・一口ジュース
カプレーゼ
ソーセージとキャベツ入り味噌スープ
桜エビとしらすのキッシュ
牛とキャベツの煮物
以上であった。
「ふむ、着目点は良かったし、恐らく協力者がいるか……あと1時間でも準備時間があれば素晴らしいコース料理が期待できたのであろうな」
非常に残念だ、とモノトーンが肩を落とす。
「キッシュも煮物も美味しいです」
「トマトとチーズってこんなに相性いいんだな」
ミリアがニコニコしながら頬張り、スメラギが感心したように声を上げる。
「ありがとうございます。次があればリベンジしたいわ」
悔しくないと言えば嘘になる。
だが、どんなに優れた料理人であっても限られた時間の中で準備出来る内容には限界がある。
その時間を見落としたマリィアは素直にその失点を認め受け入れ、出来た物への評価だけを受け取ったのだった。
●狭く深く、広く浅く。
「おもてなし料理か?。豪勢にすればいい訳じゃないし」
天竜寺 詩(ka0396)は食材庫にある食材を手に取りながら暫し考え込んでいた。
「そう言えばお義母さんが昔何か言ってたなぁ」
養母から聞いた言葉を思い出し、「よし! 決めた」と詩は元気よく立ち上がると材料を手に厨房へと戻ったのだった。
「十三番、天竜寺 詩。特製塩むすびとお味噌汁です」
「お、おぉ」
出てきた料理のシンプルさに思わず審査員一同から困惑から唸るような声が上がる。
「なるべく東方産で揃えたの」
本当は全てを同じ産地で揃えたかったのだが、しじみだけは生ものであるため同盟産しかなかったのだ。
「……これは……!」
塩むすびを一口食べたスメラギが唸った。
「粒が一つ一つ立ってる……!」
流石お米の産地在住、違いのわかる男スメラギである。
「はい! 炊く時の火の通りや味にムラが出無いようにふるいにかけて粒の大きさを揃えたの」
「……それはこのしじみにも現れているね?」
モノトーンの指摘に詩は嬉しそうに頷く。
「たくあんもしみじみ美味しいです」
今までほとんどが知らない料理であった事もあって、実家を思い出す味に真美も嬉しそうにポリポリとたくあんを頬張る。
「料理自体は全然豪勢じゃないけど、粒を揃えるのは凄く手間がかかる。でもお客様の為にその手間を惜しまない気持ちこそ最高のおもてなしの心だって昔お義母さんが言ってたんだ。それに同じ産地なら味も合う筈だし」
「良いお母様ですね」
ミリアの言葉と満足そうな審査員一同の顔を見て、詩も嬉しくなって笑顔で頷いたのだった。
「ワンプレートに全てを、って言われちゃうとぉ、お子さまランチより最強なものってない気がしちゃうじゃないですかぁ、酷い思考誘導だと思いますぅ、松花堂もそうですけどぉ」
腰に手を当て、頬を膨らませた星野 ハナ(ka5852)は、材料を見下ろして「ふんっ」と気合いを入れ腕まくりをした。
「そんわけでぇ、十四番? 私からはぁ、楽しいおもちゃ箱でおもてなしですぅ♪」
ハナが準備したのは11種類からなる正しくおもちゃ箱のような、可愛らしいミニサイズの食品の数々だった。
一口サイズのツナサンドとテリヤキサンドを一品ずつ。
タコさん&カニさんウィンナーの横には小型プリンサイズのチキンライス。頂上にはもちろん旗が刺さっており、旗は各ユニオンや東方のが記されている。
レタスと椎茸と厚焼き卵の太巻きが彩る横には直径3cm程度のミニハンバーグと唐揚げ&ポテトフライ。
厚焼き玉子一切れに一口お菓子のゼリー寄せ
「これだけの物をこの1時間で準備したというのか……!?」
驚愕にモノトーンの目が見開かれる。
これら段取りの良さは全て今までハナが各地で炊き出しなどで料理を振る舞ってきたから身についた物である。
もちろん、ハナ自身が食べるのが好きで、料理が得意だという事もあるだろうが、それ以上に違う場所や制限のある中で料理をする事に慣れているという点が大きい。
今まで培ってきた経験がここで最大限活かされたといって過言ではないだろう。
また、品数は豊富だが、実はさほど手の込んだ品は少ないというのもポイントだ。
サンドイッチは1つ作って6等分に切ることで大きさを揃え、一気に盛ることが出来るし、太巻きも1本を六等分したものだ。
ミニハンバーグも小さくすることで火の通りを良くし、短時間で焼き上げることが出来る。
チキンライス用のケチャップも最初にトマトを煮詰めて下準備をすれば十分間に合った。
「凄い……見ても可愛くて楽しいし、食べても美味しい」
真美がしきりに感心しながら一つ一つ噛み締めるように食べ、ミリアとシルキーも子どものようにはしゃぎながら食べている。
「いや、素晴らしいね。味も見た目も文句ない」
べた褒めされてハナは「そんなこともあるですぅ」と照れつつもその讃辞を有り難く受け止めたのだった。
●静と四季と音
「十五番、俺様命名『リゼリオ四葩』だ」
全身鎧姿のデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が配った皿には、その尊大で豪快な言動からは想像出来ないほどの繊細な和菓子だった。
「りぜりおよひら」
真美がその綺麗な言の葉を舌先で転がし、目の前に置かれた『花』を見つめる。
皿の上には紫陽花の花が揺れていた。
「これは……寒天か」
「ご明察だぜ。寒天に水飴と砂糖を加えて、色づけはハーブだぜ」
「鮮やかな青と紫……この色を出せるだけの青いハーブはそうそう手に入らないはずだ」
モノトーンが興味を示し問いかけようとするが、デスドクロが先に人差し指を立てた。
「おっと、入手経路は企業秘密だぜ」
ニヤリと笑ってデスドクロは説明を続ける。
「紫陽花の花の部分はいわゆる錦玉羹ってやつだ」
「きんぎょくかん」
「そして下は葉をイメージした。ヨーグルトと抹茶だ。長旅をしてきたり、夏場でイマイチ食欲がない連中にも食べられるよう工夫したつもりだ。ま遠慮なく食べてってくれや」
デスドクロの勧めで、一同は一斉に黒文字を突き入れた。
ふるりと揺れる花を、葉を、それぞれ口にしてそれぞれ口元を抑えた。
「……程よく上品な甘さね」
「うん、舌と上顎の間で潰されて消えてしまう食感が凄い儚くて……美味しい」
シルキーとミネアが感嘆のため息を吐いた。
「お茶が欲しくなるな」
もごもごとあっさりと食べ尽くしたスメラギが正直な感想を告げる。
「結婚式やってんならある程度華やかで、かつ季節感があるモンにしてぇ。ンで東方の連中も結構来るんなら、そっちにも分かりやすいのが良いわな。って事で考えたんだが、どうだ?」
この筋骨隆々の大男が、この大きな手が、こんな繊細な和菓子を作ったのかと思うと真美としては大変不思議で、そしてちまちまと飾り付けをしている場面を想像すると少しだけ微笑ましく思えた。
「とても愛らしくて、良いと思います」
「おぅ、そうかい」
ブッハハハ! と豪快に笑うデスドクロを見て、やっぱり面白いなぁと思う真美なのだった。
一方その頃。順番を次に控えたルナとエステルのペアはきゃぁきゃぁと大騒ぎしながら仕上げに取りかかっていた。
「どう? ルナさん!?」
「はい、これでどう!?」
「あ、ステキ、有り難う! 小夜さんは!?」
「あの、これ……」
「あぁ、有り難う、これをここに盛り付けて……出来たっ!
「十六番、ワゴンにお皿を乗せて下さい」
「あ、はい! 今!」
「……有り難うね、小夜ちゃん。じゃ、行ってくるね」
「……はい、いってらっしゃい」
「いやぁ、大騒ぎだったね」
慌ただしく厨房を後にしたルナとエステルを見送って、後ろから聞こえた声に小夜は小さく笑った。
「それだけ、一生懸命やったっていうことやと思います。お兄はん、何かお手伝いしましょうか?」
「いや、こっちはもうあと盛り付けだけだから大丈夫だよ」
研司の言葉に小夜はお皿を覗き込んでしみじみと思う。
(……早く食べたいなぁ……)
「十六番。エステル・クレティエとルナ・レンフィールドです。私達のワンプレートは、『ガレットフラワーガーデン 祝福の音楽を添えて』」
清楚なワンピース姿のルナが一礼してリュートの弦を爪弾いた。
「視覚で彩り、嗅覚で香ばしい香り、触覚で食感、味覚で多彩な食材、そして聴覚で音楽。五感すべてをおもてなししたいと思って、演奏を添えて提供させていただきます」
ルナが暖かな春を思わせる柔らかな音を奏で始める。
次いでミュゲのドレスとマリアヴェールで正装したエステルの手により配膳が始まる。
手前から林檎のワイン煮はハート型に切り抜き花形に飾り、プレーンがレットも花弁型に散らしてある。
左側には薄焼き卵でケチャップライスを包み花弁を添えた。
奥には生地に人参ピューレを入れ、肉を茶巾状に包み花を表現している。
そして右側にはほうれん草のピューレ入りクリームソースで煮込んだ魚介の盛り合わせにドライフルーツの赤いクコの実を3つ散らしている。
各テーマの敷居には温野菜を置き、目でも舌でも楽しめるように整えた。
「テーマは手前から時計回りに、春はプリムラ。夏は向日葵。秋はマリーゴールド。冬は柊となります」
事前に同じ料理を作り、準備を整えてきた。 思わぬハプニングや少し不格好な形になってしまった部分もあるが、これが今のエステルとルナに出来る精一杯のおもてなし料理だと胸を張って言える内容になった。
ルナもまた、鮮やかな季節と幸せな人々、友人への祝福のメッセージを込めて作った曲を奏でる。
そこに説明を終えたエステルのフルートが加わり、リュートとの二重奏となる。
優しい音に包まれ、審査員達は静かに食事を始める。
その表情は誰も穏やかでにこやかで、ルナとエステルは微笑み合いながら審査が終わるまで奏で続けた。
「じゃ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
小夜に見送られ、研司はワゴンを押して会場へと入っていく。
(東西国交、結婚式……込められた想いは似てるかもな。料理人として精一杯演出だ!)
敢えてのレジェールウェアにチノ・パンツ。そして特殊繊維エプロン「しらぬい」を身につけたまま研司はまばゆい審査会場で審査員一同に一礼した。
●サプライズとアクシデント
「十八番、レイオス・アクアウォーカーだ。料理名はレイオス特製3種のサプライズケーキ……ってとこだな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が置いた皿には確かに三種類のクリームでデコレーションされた何かだった。
「これはケーキイッチ。リアルブルーのおもてなし料理でケーキに似せたサンドイッチだ」
まずは食べてみてくれ、と言われ、スメラギが慣れない手つきでナイフとフォークを使って手前にあった丸型のフルーツケーキに似たものを切り分ける。
「……ツナ?」
「正解。それはツナサラダサンドをポテトクリームでコーティングしたものだ。ミニトマトとキャロットグラッセを使って苺に見立てた」
「こちらは、ハムレタスサンド?」
角形のモンブラン風にフォークを入れたミリアが楽しそうに声を上げる。
「惜しい。生ハムレタスサンド。外側はチーズクリームだ」
「お、半球型は苺大福か!」
スメラギの嬉しそうな声にレイオスも満足げに微笑う。
「生クリームでデコった苺と餡子のサンドだ」
驚きつつも楽しげに切り分け、食べる5人を見てレイオスは自分の目論見が上手く行ったことを確信する。
「リアルブルーという世界は実に興味深い……こんな面白い食べ方があるんだね」
モノトーンの言葉にレイオスは頷く。
「クリムゾンウェストも広いが、リアルブルーは本当に沢山の文化が入り乱れているから、俺もまだ知らない事が沢山ある世界なんだ」
「なるほど。面白い食べ方を教えてくれて有り難う」
この同盟領で商人として名高いモノトーンは、東方の次に商売をかける先を見つけ、にこやかに微笑んだのだった。
「十九番、紅薔薇、なのじゃ……」
普段の元気さを感じられないしょげた様子の紅薔薇(ka4766)を見て、モノトーン以外の4人は顔を見合わせた。
「あの、じゃな……本当に、申し訳ないのじゃが……」
紅薔薇は、四龍カレーとして四種類のカレーの盛り合わせを考えていた。
主要材料はゲートを使い、東西南北の龍の地で最上の物を自分で採取してきた。
材料調達の手間暇を考えれば金を積んでも簡単には食せない、贅沢な料理となるはずだった。
のだが。
肝心のカレーのルーとなるスパイスの調合に紅薔薇は失敗した。
カレーには様々なスパイスが必要となる。
そのほとんどはクリムゾンウェストではまだ安定供給されておらず、現在もリアルブルーから輸入している状態だ。
もちろん、クリムゾンウェスト知識があった紅薔薇はその辺も押さえ、自ら材料を集める傍らスパイスも集めて回った。
料理のスキルもある紅薔薇であったから、調合に失敗するなどとも思わなかった。
しかし、カレーとなるとそれは同時にリアルブルー知識が必要になる。
何しろカレーという文化はリアルブルーから持ち込まれた文化だからだ。
残念ながら紅薔薇は東方出身。祖母がリアルブルー人ではあったが、実際調理場に立った時に役立つのは己の知識と経験だ。
またカレーは煮込み料理でもある。
1つのカレーを煮込み作るのに、手慣れておりこだわりが少なければ1時間でもそこそこの物を作ることは可能だが、紅薔薇のカレーはこだわり抜いた四種類。
4つの鍋を平行管理しながら調理を進めなければならず、これにはプロの料理人並みの技術力を要した。
とても、紅薔薇1人が1時間でこなせる作業量ではなくなっていたのだ。
「まぁ、そういうこともあるだろ」
さらっと言ったのは紅薔薇が捧げたいと思っていた対象の1人であるスメラギである。
「お前がすげぇヤツだっていうのは俺もよぉっく知ってるし、ミリアもシルキーも知ってる」
「私も、長江の戦いではお世話になりました」
あの激しい戦いを、その戦場で紅薔薇が咲かせた次元をも両断する斬撃を真美も良く覚えている。
「……つーことで、みんな良く知ってる。そんなお前が、その四龍カレー? とか完成させて持ってきてたら、それこそ俺、お前のこと超人扱いするぜ」
紅薔薇が下唇を噛み、俯く。
慰めるにしたってもうちょっと言い様はないものかと4人がスメラギを見て顔をしかめた。
「……んで何? 時間があれば出来上がんの? それとも誰か助っ人がいたらいいの?」
その言葉に俯いていた紅薔薇が顔を上げた。
「まさかお前の事だから全部の材料ダメにした訳じゃないんだろ?」
「も、もちろんじゃ……時間があともう1時間あれば……!」
「んじゃぁ、待っててやっから、作って来いよ。審査対象には入れらんねぇけど、最悪打ち上げには間に合うだろ」
スメラギの言葉に、紅薔薇は大きく頷いて厨房へと取って返したのだった。
●最優秀料理賞
参加者一同の前に運ばれて来たのは、『樹』だった。
皿の上に盛り付けられた樹。
それは色味こそ違えど、西方の神霊樹のようでもあり、エトファリカの紋のようでもあった。
幹は長い縁起の蕎麦で出来ていた。
だが、添えられているのはそばつゆではない。
赤緑色のバジルトマトソースだ。
ここでも東方の主食に西方のソースという、一枚の皿の中で東西手を取り合っていることを示していた。
葉は切れにくい縁起のイカ。
これをジェノベーゼに絡ませ緑に染め、菊花造りを葉に見立て盛り付けている。
ここでは葉となったが、元々菊の花は延命長寿の縁起物だ。
「道の交わった東西が、夫婦が、誇らしくそびえる樹木のようにどうか健やかに、の願いを込めて作りました」
両方『樹』に縁が深いという点に着目した研司の作ったこの料理が見事最優秀料理賞に輝いた。
「藤堂のお兄はん、おめでとうございます」
「うん、有り難う、小夜さん、やったー!」
研司は少し屈んで小夜とハイタッチする。
皿の端には虫抜きをしたシロタエギクの黄色い花を一輪飾っていた。
これは菊花造りという名を聞いた小夜が庭で見つけ、モノトーンに確認した後、摘んできてくれた物だ。
この小さな菊の花言葉は『あなたを支えます』だとエステルが教えてくれた。
「このワンプレートに込められた祈りが、これからの未来に繋がり、広がるよう願います」
モノトーンの言葉に万雷の拍手が送られる。
モノトーンが再度研司を讃え、研司に拍手をむけるとその拍手は研司に注がれた。
こうして、無事十九組によるおもてなし料理対決は終了したのだった。
追記。
紅薔薇の完成した四龍カレーはそれは見事な出来であった。
青は寒い地方で採れるハーブの効いた野菜グリーンカレーの亜種。
白は山羊乳使用のまろやかなキノコカレー。
赤は一番辛旨い獣肉のカレー。
黒は鰹出汁を効かせた白身魚の和風カレー。
これを食べきったスメラギはこのあと食べ過ぎで暫く胃薬が手放せなくなった……というのはスメラギをよく知る人物達からの信憑性の高い情報だったが、当のスメラギは「んなことねぇ!」と決して認めなかったという。
(……結婚式、も、素敵そぉ……やけど……藤堂のお兄はんが、ご飯を作るて言うてたし……他にも……色々な、お料理や……お菓子が……みれそぉやから……)
そんな動機で『料理試食会 会場こちら』と矢印と共に示された場所についた浅黄 小夜(ka3062)はそこが厨房である事に気付いてぽかんと周囲を見回した。
「あら、小夜ちゃん、おはようございます」
「あれ? 小夜さんも料理部門に参加するの?」
小夜に気付いたルナ・レンフィールド(ka1565)と藤堂研司(ka0569)がにこやかに声を掛ける。
「くじは引きました? あちらで順番のくじが引けますよ」
エステル・クレティエ(ka3783)の言葉に小夜は首を振り。
「あ……あの、『試食会』に……」
包丁や食材を手に真剣な表情をしている参加者達を見て、困惑気味に小夜は3人にに告げる。
「……あぁ!」
ようやく合点がいった、というように研司は手を打った。
「小夜さん、『試食会』っていうけど、ここは“料理コンテスト”の会場なんだよ」
「……!?」
研司の言葉の意味を察し、両目がこぼれ落ちるのでは無いかと言うくらい大きな目をまんまるく見開いて小夜は目を瞬かせた。
「“ワンプレートのお料理を作る”っていうのがここの主旨なんだけど……小夜さん、何か作れる?」
全く何も考えてこなかった小夜は声も無く首を横に振る。
そもそも食べる気まんまんで来たのだ。作る気など始めから皆無だ。
「どうしましょう? 立食パーティの方が落ち着いて食べられると思うんですけど……」
ルナとエステルが顔を見合わせ、小夜に問う。
一応、パーティだと聞いたので服装はブレイズブルーにブルーロビンと青色ドレスコーデでまとめてきてある。
だが、顔見知りのいない会場へ向かうというのも少し怖く、何より寂しい。
怯えたように、縋るようにルナとエステル、そして研司を見る小夜を見て、ルナが少し思案した後、人差し指を立てた。
「そうですね……では、私達のお手伝いをしていただけますか?」
「そうだね、丁度俺とルナさん達、調理台隣同士だし。どうかな?」
思ってもみない提案に小夜は大きく二度頷いた。
「ふふふ、では調理開始まであと少し時間もありますし、打ち合わせしましょうか」
エステルに導かれて小夜は厨房の中へと足を踏み入れたのだった。
「お料理対決……一体どんなお料理が出てくるんでしょう……」
「楽しみですねー」
幸せいっぱいなハンター達による模擬披露宴を堪能したミリア・クロスフィールド(kz0012)とシルキー・アークライト(kz0013)が手元に置かれたナプキンとナイフ・フォークといった食器類を前に心を浮き立たせていた。
「あ、スメラギさんと三条さんのところにはお箸も出ているんですね」
流石、リアルブルーのアジア圏出身のハンター達との付き合いが長いミリアとシルキーの2人は箸を見ても驚かないが、モノトーンは興味深そうに2人を見る。
「ほぅ……お箸を使える人と実際に食事を共にするのは初めてですね……中々扱いが難しいと聞きましたが?」
「ねー、お箸を扱えるって凄いですよね?。私も挑戦してみましたが無理でした」
シルキーが笑って両肩を竦める。
「別に、箸使うのが普通だから、何も凄かねぇよ……。あぁ、そういや、お前こういうちょっと形式張ったところで食事取るの初めてだっけ?」
スメラギ(kz0158)に問われて、三条 真美(kz0198)は「はい」と心細そうに頷く。
「スメラギさんは陛下や王女様との食事なんかで慣れていらっしゃいますでしょうけれど、三条さんはナイフとフォークの使い方はわかりますか?」
問われて真美は少し気恥ずかしそうに両眉を下げ、ゆるゆると首を振る。
「フォークは……多分、なんとか……」
「わかりました。では私が簡単にナイフとフォークの扱い方をお教えしますね」
ミリアによる『簡単テーブルマナー講座』が始まった頃、厨房では最後の仕上げに取りかかる参加者達の熱気が最高潮となり、大変な事になっていたのだった……
「嘘!? もうあと5分しかない!?」
「リクどう?」
一番手であるキヅカ・リク(ka0038)とエイル・メヌエット(ka2807)のペアは最後の飾り付けに慌ただしく手を動かしていた。
一方、二番手のラヴィーネ・セルシウス(ka3040)は何とか完成したシチューを盛り付けているところだった。
「はい、それでは一番と二番の番号札をお持ちの方は時間となります。ワゴンに乗せ、会場へ向かって下さい」
無慈悲なベルの音と共に進行役からのストップがかかり、キヅカとエイル、そしてラヴィーネはそっとワゴンにワンプレートを置くと静かに審査員の待つ特別会場へと向かったのだった。
●和洋折衷と母の味
「一番、キヅカ・リクとエイル・メヌエットのペアによるワンプレートです」
アナウンスと共にキヅカとエイルが揃って入場する。
ワゴンを押すキヅカはスーツ「アーデルリッター」の騎士然とした服装も相まって、凛とした雰囲気で高級感を演出し、エイルはドレス「イルマタル」のレース生地のスカートの裾を揺らし、静かに審査員の前へと皿を置いていく。
「これは……?」
東方文化以外を殆ど知らない真美からすれば、このワンプレートに乗せられた物は全く知らない物とかろうじてわかるような……でも初めて見る形に戸惑いの声を上げる。
「リクの郷土料理である日本の料理です。飾り巻き寿司になります」
笹の葉を敷き、その上に玉子焼きやかまぼこ、野菜や食紅を使って断面が様々な花の模様になるように巻いて切った花巻寿司が華やかに並べられている。
「おもてなしとは、つまり“表裏なしの心配り”。裏表のない巻き寿司に乗せて、皆様の未来をお祝いいたします」
礼儀作法を完璧に押さえたエイルの案内に、一同感心しながら実食に移る。
「……美味しい」
微笑む真美の横ではスメラギが豪快に一口で巻き寿司を放り込む。
「……うん、手で食べられるっていうのがいいよな」
「そこですか?」
ミリアのツッコミにスメラギは「堅苦しくないのはいい」と真顔で言う。
しかし、問題は、その中央。
「……これはシフォンケーキ……かしら……?」
シルキーが戸惑いの声を上げるが無理も無い。
キヅカが作ったシフォンケーキが中央に生クリームと共に添えられているが、シフォンケーキは焼き上がった後、完全に冷ましてから型を外さないとしぼんでしまう。
生地作りに思ったより時間を取られた結果、焼き上がりが直前となり十分に冷ます時間が取れなかったのだ。
バツが悪そうなキヅカにエイルが「大丈夫よ」と微笑みかける。
「凄い……」
一口食べた真美がキラキラとした瞳でキヅカを見た。
「甘くて美味しいです」
「うん、見た目はともかく味は悪くない」
スメラギの言葉にキヅカは頬を引きつらせながら「そりゃどうも」と頭を下げた。
続いて、夜のような淡い黒色の着物「星彩」に身を包んだラヴィーネがワゴンを押しながら入場してきた。
審査員の前に置かれたワンプレートには左手前から時計回りにサンドイッチ、カボチャサラダ、コーンクリームスープ、ソーセージ、そして中央にはブルーベリー入りヨーグルトが盛り付けられている。
「最強の定義は知らないが……私にとっての一番は母の料理だった。だから、それをイメージした」
ラヴィーネの故郷は北方だが、遥か以前に滅びた一族でもあるために郷土料理と呼べる伝統が残っていなかった。
だが、母親が作ってくれた味を思い出しながら作るのは楽しかった。
野菜を豊富に取り入れ、鶏肉ベーコンで旨味を出したシチューは会心の出来だ。
しかし、ここでも問題は1時間という時間制限だった。
使い慣れない台所と調理道具、勝手の違うものに囲まれて作るに当たって四苦八苦したことは否めない。
本当はサンドイッチにコロッケなどを追加したかったのだが、とても時間が足りなかった。
結局サンドイッチは定番の三角サンドにレタスハムチーズとなった。
ブルーベリーもソース状にしたかったが、全てを平行作業しても煮詰める時間と粗熱をとる時間を考慮すると間に合わない。そのまま実を投入するしかなかった。
「優しい味ですね」
「ふむ……家族団らんの中で食べる温もりを感じるね」
ミリアが微笑み、モノトーンが満足そうに舌鼓を打つ。
ラヴィーネのおもてなし料理は穏やかな空気の中で食されていった。
●魚vs魚
三番手の藤堂 小夏(ka5489)は眉間にしわを寄せながらワゴンを押していた。
司会進行のアナウンスと共に、扉が開く。
キラキラとした“披露宴会場”を想定した会場の空気に“結婚”という親の圧力を思い出し、思わず頭を抱えた。
「大丈夫ですか?」
心配そうに問われて、「あぁ、ハイ、大丈夫です、ハイ」とワゴンを押して中へと入る。
冷たく輝く冬の月のような青と銀の落ち着いた雰囲気の着物姿の小夏は平常心を保とうと大きく深呼吸をした。
各審査員の前に皿を置きつつ、小夏はいつもの飄々とした口調で説明を開始する。
「この料理は私の居た国でよく食べられている寿司だよ……後は旬物を比較的多めに使ったかなー」
そう。小夏にとって想定外だったのは“海産物は中々手に入りづらい”という点だった。
何しろ、大陸内部はまだしも、海域となるとまだまだ歪虚達の跋扈する領域なのだ。
近海ならまだしも、遠洋となるともうほとんど手に入らない。
つまり、マグロとサーモンはなかった。
さらにいくらは塩漬けにしても保存が長く持たないため、旬は秋?冬の間。
そのため、皿の中央に飾ろうと思っていたマグロの刺身によるバラの花は作れず、代わりにイサキの刺身を盛り付けた。
かっぱ巻きで皿の上部を、ウニの軍艦巻きで皿の下部を埋め、左右にはイサキ、蒸海老、ホタテ、イカ、カツオ、アジ、穴子を握って右斜めで盛り付け彩りを出した。
イカは糸造りに。カツオとアジにはネギと生姜を載せ、穴子は穴子の骨や醤油等で味付けした煮汁で煮てある。
「ん。上手いな」
ほいほいと躊躇無く手で掴んで食べていくスメラギ。
「おしょうゆ……」
真美にとってはしょう油すらおいそれと手には入らない高級品である。
リアルブルーとの行き来が出来るようになって最初に大量に持ち込まれた物の1つでもあるから、最近までハンター達の間でも実はちょっと前までは貴重品だった。
「日本って生食好きですよね」
シルキーが刺身を興味深そうに見る。
「内陸部では傷みが怖かったですから生で食べる、とか考えられませんでしたよね」
ミリアも頷きながら食べる。
「リゼリオは海が近いので魚介類も新鮮な状態で食べられますからなぁ」
箸の使えないモノトーンは器用にフォークに乗せて食べていく。
満足そうに食べていく審査員を見て、小夏はほっと胸を撫で下ろしながら退室したのだった。
次いで四番目に登場したのはマリエル(ka0116)だ。
青地に白が映えるエプロンドレスはどことなく元気で夢見がちな少女の印象を審査員達に連想させる。
「アクアパッツァになります」
「あくあ……何だって?」
聞き慣れない料理名にスメラギと真美が首を傾げる。
「えと……魚のスープ、です」
マリエルはゆっくりとスープを零さないように審査員達の前に皿を置いていく。
これはお世話になっているレストランで代々受け継がれて来たメニューであり、この世界で目覚め、初めて覚えた『味』でもあった。
マリエルは精一杯の気持ちを込めて微笑んだ。
「どうぞ、めしあがれ♪」
「ふむ……魚が煮崩れする事なく丁寧に煮込まれているね。トマトの赤に貝の白が見目に美しい」
流石、お金持ちは視点が鋭い。モノトーンは目で楽しみ、香りを楽しんでいるようだ。
「はい、おめでたい席ですし、鯛を使わせていただきました」
「あ、さっぱりしていて美味しい」
「ふぅん……初めて食べるけど、中々美味いな」
真美とスメラギの評価も上々のようだ。
「隠し味にお醤油を使ってます」
「凄く上品な味ですね」
地元に合わせ薄味で優しい味を意識し、シンプルでも手間も暇も惜しまずに集中して調理した。
その一手間毎に食べてくれる人の笑顔を想像して気持ちを込めて作ったのだ。美味しくないわけがない。
「うむ。手間暇を感じる良い味ですな」
モノトーンに褒められ、マリエルは花が咲くように笑みを浮かべて頭を下げた。
●しんぷるいずべすと
「食べた人がトイレに駆け込んだり気絶したりする料理の腕前だけど、安心してちょうだい。今回は味付けをしないから!」
衝撃の告白から始まった五番、正しく戦乙女といった風貌の高瀬 未悠(ka3199)が置いたプレートの上には、実にシンプルな食材が並んでいた。
「……生野菜?」
「……と、魚とスクランブルエッグ」
「パンとご飯」
「と、デザートはフルーツ……?」
審査員達も困惑気味に顔を見合わせる。
その前に置かれるのは、塩、砂糖、しょう油、酢、胡椒。
「味付けは、セルフよ」
「セルフ」
モノトーンがまさか、と言わんばかりの顔で調味料と未悠を見る。
「好きな味付けで食べられる究極のおもてなし料理よ」
「な、なるほど……」
なお、餡子のミニおはぎを付ける予定だったのだが、自分で餡子を作り味見した結果、先ほどまでトイレに籠もるハメになっていたのはここだけの秘密だ。
そしてその結果、デザートはフルーツだけにするという苦渋の決断をしたのだ。
「さぁ、どうぞ! 安心して召し上がれ」
語尾についたハートマークがぱっくり割れて髑髏マークが見えた気がしてスメラギは首を振りつつ。
どうやら皿の左側には西方をイメージする食材が、右側には東方をイメージする食材が並んでいるようだ。
「なるほど、東方はキュウリと人参か」
野菜スティックをボリボリと囓りながらスメラギが小さく笑う。
「この赤い野菜、甘酸っぱくて美味しいですね」
実はトマトも初めて食べた真美である。
「あぁ、東方にはトマトないんですね……」
「えっと……私のも食べます?」
一つ一つの食材を噛み締めるように美味しそうに食べる真美にシルキーとミリアもちょっと感動したりしつつ。
魚はシンプルに焼いただけだったので、塩をかけたりお醤油をかけたりして堪能しつつ、フルーツの種類の多さにも目を輝かせる真美を見て一同和んだりしていた。
「『最強のおもてなしワンプレート!?故郷の風を添えて?』…… おもてなしに適しているかどうかはわからない。でも、これが今の私の精一杯。行きましょうサンドイッチ……!」
六番、自他共に認めるツナ缶の申し子、ティス・フュラー(ka3006)が準備したのはもちろん、ツナサンド。
だが、それだけではない。
たまごサンドや野菜のミックスサンドにハムサンドを外周に並べ、中央にはケーキ代わりのフルーツサンドだ。
……とはいえ、この時期に集められるフルーツは杏やビワ、イチジクなど種類はさほど多くない。
だが、ティスのこだわりはそれ以外の部分にあった。
「そのフルーツサンドには帝国産の『ミネアの万能調味料』を使い、パンは王国産の高級ブレッド、『ロングライフ・グリムブレッド』になります。調理の際に使う水は全てピュアウォーターで浄化済みです」
おぉお……という感嘆の声が審査員一同から漏れた。
「すっげぇ……このツナサンドすっげぇ美味い!」
度重なる連合軍としての出陣の中でツナ缶を食べることもあったスメラギがその味の違いにいち早く気付き感動の声を上げる。
ツナサンドに使用しているツナ缶はもちろんレベル10まで強化済み。……クロウ、ご苦労。
「野菜もシャキシャキですね」
「たまごサンドは厚焼き卵で、一つ一つ微妙に味付けが違いますね。こちらは甘かったですが、こちらは……塩胡椒が利いてます」
「ふむ……このフルーツサンドは実にいい……ミネアカンパニー……なかなかのやり手と見ました」
各々がそれぞれに感心しながら食している中、真美だけが無言のままフルーツサンドを見つめている。
「……どうしましたか? お口に合いませんでしたか……?」
ティスが不安になって真美に問えば、真美はふるふると首を横に振った。
「詩天のみんなにも食べさせて上げたいな……と。私ばかりがこんなに美味しい物を食べてしまって何だか申し訳無くて……」
「真美さん……」
「なんて良い子……!」
ミリアとシルキーが感動して少しほろりと目元を潤ませる。
「……はぁ、お前はホントに……」
そんな真美を見てスメラギが呆れたように溜息を吐いた。
「お前が今日ここにいるのは西方の文化を色々見て、東方に持って帰る為だろうが。申し訳無いと思うんだったら、しっかり見て、食って、いい物を厳選して取引しねぇと、西方の商人に足元救われるぜ」
「おやおや、スメラギ様は手厳しい」
モノトーンが苦笑しながら真美に優しい眼差しを向けた。
「ですが、スメラギ様の言葉は事実ですな。今日この半日を振り返るだけでもどうやら東方と西方ではかなり大きな文化の差があることがわかりました。では、逆に。東方には西方にない何があるのか……私はそこに非常に興味を引かれています。是非、良い取引をしましょう」
「……はい! ありがとうございます、スメラギ様、モノトーンさん。ティスさんも……美味しいです、ありがとうございます」
真美の笑顔にティスもほっとしながら頭を下げたのだった。
●複雑とワンパンチ
七番、ジルボ(ka1732)は深い溜息を吐いていた。
試食会だと聞いて食べる気満々で参加したのに、作らねばならないと聞いて深い深い溜息を漏らしたのだ。
だが、男ジルボ。やるとなったらやる男である。
「審査だかどうだかそう気張らず旅を楽しんでくれ」
最初にそう告げると皿に盛られたのは旬の野菜や肉、魚を焼いた中央の小鉢にハーブ入りのソースを用意していた。
郷土料理を食べ比べる、それはつまり料理で旅を体験できることだとジルボは考えた。
その場にあった辺境から届いたという食材を使い、火を通す。
魔法の調味料、ハーブとスパイスを使って旅先で食のマンネリを打破する。
世界を旅してきたジルボだからこそ出せる、世界のスパイスを調合した料理だ。
「凄い、口の中で色々な味がします……」
「ちょっと塩胡椒増やすだけでピリッと加減が全然違いますね」
ミリアとシルキーが興味深そうにソースを堪能している。
ワゴンを下げる途中、入れ違いになったマルカ・アニチキン(ka2542)が満面の笑顔でジルボの名を呼んだ。
「おぅ、マルカも頑張れよ。俺はこれでようやく、ゆっくり食事とさせていただきますわ」
そう笑うジルボに、マルカは一枚の皿を差し出した。
「?」
「お肉の、一番美味しい部分をレアで焼き上げました。どうぞ、お食べ下さい……!」
「……は? 俺に?」
「もちろんです」
進行役に呼ばれ、マルカは「それでは」とワゴンを押して足早に去って行く。
取り残されたジルボはキョトンと皿を抱え、その背を見送り、そしてようやく皿の上に盛り付けられた肉を見た。
「……本当に、肉だ」
皿の上には、どこからどう見ても『THE☆肉』という主張の激しい肉汁たっぷりの焼肉が盛り付けられていたのだった。
「八番、マルカ・アニチキンです……舌と眼の肥えた方々が堅苦しさは無くシンプルで満足する一品をコンセプトに か、考えました……っ」
スーツ「グラーツィア」に身を包み、きちんと作法を押さえ洗練された所作でマルカは審査員達に料理を配膳する。
皿の上に盛られているのは、『肉』だ。
ケーキのように立体的に盛り付けられた肉の上には、花や野菜が美しく飾られている。
「クリムゾンレッドを表した色、として赤肉をご用意してみました」
「いいね、こういうわかりやすいのは好きだ」
スメラギがニコニコしながら肉にかぶりついた。
「!? な、何だこれ……!!!」
口に含んだ瞬間、食べた対象者の五臓六腑に肉汁が《ジュゥワァ……ッ》と染み渡り脳にまで《ズギュン!》と美味さの衝撃が伝えられる。
この肉の快楽からは誰も逃れられない。最早拷問レベルの至福を味わう。
(以上公式認定済み補足解説より引用)
本来であればブロックひとかたまり(500g)を1人で完食すれば食べた者の生命力が回復する逸品だが、今回はそれを切り分けることによって旨味だけを提供した形になる。
……だが、身も心も元気になっていくような気がするのはきっと、この絶妙な焼き加減とガッつくスメラギを満足そうに見守るマルカの優しい瞳のお陰もあるだろう。
……最も、一番脂身と赤身の絶妙なバランスの取れていた部位は今ごろジルボの胃の中に収められている訳だが、それを知らない審査員一同もこの魅惑の味に《ズギュン!》とやられていた。
●時間との闘い
レイレリア・リナークシス(ka3872)は手元に置かれた時計を見て慌ただしく準備を急ぐ。
どれほどお菓子を作り慣れているパティシエでも、焼き上げる時間までは変えられない。
シュー生地を焼き上げるためには最低でも20分必要で、そこまでの過程をどれほど短縮出来るかに全てはかかっていた。
しかし、レイレリアは初めて入る厨房での調理に手間取ってしまった。
それでも持ち前の幸運が発揮され、何とか時間ギリギリには全てのシューにクリームを詰め、準備を終えることが出来たのだった。
「九番、ミニシュークリームのクロカンブッシュになります」
初めて見るクロカンブッシュにスメラギと真美が瞳を輝かせた。
「シューの中身もカスタードだけでなく、王国の紅茶風味、帝国のお酒で香り付けしたもの、同盟の果物味や東方の抹茶や黄な粉味など、様々な味が楽しめるようになっています」
「わ、ホントだ……細かくした紅茶の茶葉が入っているのね」
「確かにお酒の香りはするが……ほとんどアルコールは飛ばしているね」
シルキーとモノトーンが一つ一つ味を確かめるように堪能していく。
「折角ですから、ただ美味しいだけでなく楽しめる料理のほうが、嬉しいでしょうしね」
ここまで偶然にもスイーツのみでの作品がなかった為、特に真美が幸せそうにシュークリームを頬張っているのがレイレリアの中で印象に残ったのだった。
十番、央崎 遥華(ka5644)もまた、悲鳴を上げる暇も無く時間に追われていた。
「うぅ……色々盛り過ぎたかなぁ?」
英国料理は味が雑という噂を払拭したいという意気込みもあった。
しかし、遥華は重大な点を失念していた。
コンソメの素やカレー粉という概念がこのクリムゾンウェストにはなく、リアルブルーからの輸入品となる超貴重品の部類あったこと。
また、同様にマヨネーズ、ケチャップといった調味料も保存料がないこの世界では基本的に作り置きが出来ず、その場で作らなければならないことだ。
たまたま幸運なことにカレー粉を手に入れることは出来たが、コンソメは自力でブイヨンに肉や野菜を加えて煮立てて作らねばならなかった。
もちろん、制限時間は1時間であるから、そんな時間は無い。
結果、まずピュアウォーターで浄化した水に鶏の骨と豚の骨を入れ灰汁を掬いつつ、玉葱と米を油・生姜とにんにくで軽く炒めた物をその中へ入れ、水が減ったところでカレー粉を入れ炊き上げると、骨を取り出した。
それを皿の中心に盛ると鮭の燻製とゆで卵をトッピングとして飾る。
周囲の盛り付けは羊肉を串焼きにしたもの(これも本当はスパイスとヨーグルトに漬け込みたかったが以下略)、フライドポテトに東方産のキノコのソテー、同盟産の野菜のサラダだ。
問題は、サラダを何で食べて貰うかだ。
コブドレッシングを作るには玉葱にマヨネーズとケチャップ、ヨーグルトや蜂蜜と混ぜるのが一般的だ。
しかし、時間的にマヨネーズもケチャップも作る余裕はない。
だが幸いにして煮込み(炊く)料理と焼く料理であるため、1つならば作れそうだ。
遥華はマヨネーズを作り、それをディップして食べて貰うことにした。
「へー、カレー味の米か。面白いな」
「初めて食べる味です……!」
主食が米のスメラギと真美の反応は良好だ。
一方、ミリア、シルキー、モノトーンはマヨネーズの方に反応を示していた。
「このドレッシング美味しいですね」
「作り手の優しさと甘酸っぱさが出ている感じがしますな」
怪我の功名とはこのことか。「ちゃんと作れば美味しい」を証明出来た形となって遥華はほっと胸を撫で下ろしながら会場を後にしたのだった。
●祝い膳
「時澄兄様!」 十一番目。詩天で自分を助けてくれた三條 時澄(ka4759)の登場に真美は嬉しそうに声を掛けた。
「もてなしのためかと聞かれると、少々答えに窮するんだが……人が集まる場でということならこれだろう」
時澄も真美に穏やかな笑みを返しつつ、皿を置いていく。
「……五目寿司と、稲荷寿司か」
スメラギが嬉しそうに箸を構えた。
なお、凄く細かいことだが、ちらし寿司というのはリアルブルーの日本で言う明治以降の名称である。
リアルブルーの日本や中国によく似た文化を持つ東方ではあるが、こちらの歴史は一部進んだものであってもおおよそ江戸後期で止まっているため寿司の名称は五目寿司がおおよそ一般的になる。
「ほぅ……寿司と行っても色々種類があるものだねぇ」
モノトーンが物珍しそうに、箸の代わりにスプーンで五目寿司を食べ始める。
丁寧に煮付けた干し椎茸や干瓢の煮しめが味を調え、茹でたニンジンと酢蓮根が歯ごたえと味のアクセントを生み出し、細かく切られた蒲鉾が柔らかな風味を生み出す。また、甘く煮しめた油揚げと高野豆腐が全体の味を優しく底上げし、噛む毎に味の違いを楽しませてくれる。 「この赤いのは?」
「紅生姜です。口の中がさっぱりしますよ」
「錦糸卵は一緒に食べるとまたまろやかになっていいですね?」
ほうほうと頷きながら勢いよく紅生姜を口に含んだモノトーンの表情が険しい物に変わる。
「あー……色味と味の差に驚いている顔だな、これは」
モノトーンがむせて咳き込むのを見てスメラギが笑い、ミリアが慌ててその背をさする。
「時澄兄様、美味しいです」
「……そうか」
真美の笑顔に「それならよかった」と微笑み返す時澄だった。
「お祝いの席のワンプレートなら、東西の目出度い物をアレンジしたらどうかなって思ったのよ。紅白だったり尾頭付きだったり聖人の日の食べ物だったりケーキだったり、ね?」
そう小さく笑うのは十二番、マリィア・バルデス(ka5848)だった。
だが、彼女は本当に残念な事に『制限時間1時間』をどうやら見落としていたらしい。
準備したかったのは以下のメニューだ。
一口食前酒(成人)・一口ジュース(未成年)/蜂蜜酒・蜂蜜入り梅ジュース
トマトとチーズのカプレーゼ
ソーセージとキャベツ入りコンソメ味噌スープ
サクラエビとシラスのキッシュ
トマトベースのケイジャンジャンバラヤ
牛とキャベツの煮物
一口ミニシュー4個重ね飴かけ
だが、実際に時間までに準備出来たのは
食前酒・一口ジュース
カプレーゼ
ソーセージとキャベツ入り味噌スープ
桜エビとしらすのキッシュ
牛とキャベツの煮物
以上であった。
「ふむ、着目点は良かったし、恐らく協力者がいるか……あと1時間でも準備時間があれば素晴らしいコース料理が期待できたのであろうな」
非常に残念だ、とモノトーンが肩を落とす。
「キッシュも煮物も美味しいです」
「トマトとチーズってこんなに相性いいんだな」
ミリアがニコニコしながら頬張り、スメラギが感心したように声を上げる。
「ありがとうございます。次があればリベンジしたいわ」
悔しくないと言えば嘘になる。
だが、どんなに優れた料理人であっても限られた時間の中で準備出来る内容には限界がある。
その時間を見落としたマリィアは素直にその失点を認め受け入れ、出来た物への評価だけを受け取ったのだった。
●狭く深く、広く浅く。
「おもてなし料理か?。豪勢にすればいい訳じゃないし」
天竜寺 詩(ka0396)は食材庫にある食材を手に取りながら暫し考え込んでいた。
「そう言えばお義母さんが昔何か言ってたなぁ」
養母から聞いた言葉を思い出し、「よし! 決めた」と詩は元気よく立ち上がると材料を手に厨房へと戻ったのだった。
「十三番、天竜寺 詩。特製塩むすびとお味噌汁です」
「お、おぉ」
出てきた料理のシンプルさに思わず審査員一同から困惑から唸るような声が上がる。
「なるべく東方産で揃えたの」
本当は全てを同じ産地で揃えたかったのだが、しじみだけは生ものであるため同盟産しかなかったのだ。
「……これは……!」
塩むすびを一口食べたスメラギが唸った。
「粒が一つ一つ立ってる……!」
流石お米の産地在住、違いのわかる男スメラギである。
「はい! 炊く時の火の通りや味にムラが出無いようにふるいにかけて粒の大きさを揃えたの」
「……それはこのしじみにも現れているね?」
モノトーンの指摘に詩は嬉しそうに頷く。
「たくあんもしみじみ美味しいです」
今までほとんどが知らない料理であった事もあって、実家を思い出す味に真美も嬉しそうにポリポリとたくあんを頬張る。
「料理自体は全然豪勢じゃないけど、粒を揃えるのは凄く手間がかかる。でもお客様の為にその手間を惜しまない気持ちこそ最高のおもてなしの心だって昔お義母さんが言ってたんだ。それに同じ産地なら味も合う筈だし」
「良いお母様ですね」
ミリアの言葉と満足そうな審査員一同の顔を見て、詩も嬉しくなって笑顔で頷いたのだった。
「ワンプレートに全てを、って言われちゃうとぉ、お子さまランチより最強なものってない気がしちゃうじゃないですかぁ、酷い思考誘導だと思いますぅ、松花堂もそうですけどぉ」
腰に手を当て、頬を膨らませた星野 ハナ(ka5852)は、材料を見下ろして「ふんっ」と気合いを入れ腕まくりをした。
「そんわけでぇ、十四番? 私からはぁ、楽しいおもちゃ箱でおもてなしですぅ♪」
ハナが準備したのは11種類からなる正しくおもちゃ箱のような、可愛らしいミニサイズの食品の数々だった。
一口サイズのツナサンドとテリヤキサンドを一品ずつ。
タコさん&カニさんウィンナーの横には小型プリンサイズのチキンライス。頂上にはもちろん旗が刺さっており、旗は各ユニオンや東方のが記されている。
レタスと椎茸と厚焼き卵の太巻きが彩る横には直径3cm程度のミニハンバーグと唐揚げ&ポテトフライ。
厚焼き玉子一切れに一口お菓子のゼリー寄せ
「これだけの物をこの1時間で準備したというのか……!?」
驚愕にモノトーンの目が見開かれる。
これら段取りの良さは全て今までハナが各地で炊き出しなどで料理を振る舞ってきたから身についた物である。
もちろん、ハナ自身が食べるのが好きで、料理が得意だという事もあるだろうが、それ以上に違う場所や制限のある中で料理をする事に慣れているという点が大きい。
今まで培ってきた経験がここで最大限活かされたといって過言ではないだろう。
また、品数は豊富だが、実はさほど手の込んだ品は少ないというのもポイントだ。
サンドイッチは1つ作って6等分に切ることで大きさを揃え、一気に盛ることが出来るし、太巻きも1本を六等分したものだ。
ミニハンバーグも小さくすることで火の通りを良くし、短時間で焼き上げることが出来る。
チキンライス用のケチャップも最初にトマトを煮詰めて下準備をすれば十分間に合った。
「凄い……見ても可愛くて楽しいし、食べても美味しい」
真美がしきりに感心しながら一つ一つ噛み締めるように食べ、ミリアとシルキーも子どものようにはしゃぎながら食べている。
「いや、素晴らしいね。味も見た目も文句ない」
べた褒めされてハナは「そんなこともあるですぅ」と照れつつもその讃辞を有り難く受け止めたのだった。
●静と四季と音
「十五番、俺様命名『リゼリオ四葩』だ」
全身鎧姿のデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が配った皿には、その尊大で豪快な言動からは想像出来ないほどの繊細な和菓子だった。
「りぜりおよひら」
真美がその綺麗な言の葉を舌先で転がし、目の前に置かれた『花』を見つめる。
皿の上には紫陽花の花が揺れていた。
「これは……寒天か」
「ご明察だぜ。寒天に水飴と砂糖を加えて、色づけはハーブだぜ」
「鮮やかな青と紫……この色を出せるだけの青いハーブはそうそう手に入らないはずだ」
モノトーンが興味を示し問いかけようとするが、デスドクロが先に人差し指を立てた。
「おっと、入手経路は企業秘密だぜ」
ニヤリと笑ってデスドクロは説明を続ける。
「紫陽花の花の部分はいわゆる錦玉羹ってやつだ」
「きんぎょくかん」
「そして下は葉をイメージした。ヨーグルトと抹茶だ。長旅をしてきたり、夏場でイマイチ食欲がない連中にも食べられるよう工夫したつもりだ。ま遠慮なく食べてってくれや」
デスドクロの勧めで、一同は一斉に黒文字を突き入れた。
ふるりと揺れる花を、葉を、それぞれ口にしてそれぞれ口元を抑えた。
「……程よく上品な甘さね」
「うん、舌と上顎の間で潰されて消えてしまう食感が凄い儚くて……美味しい」
シルキーとミネアが感嘆のため息を吐いた。
「お茶が欲しくなるな」
もごもごとあっさりと食べ尽くしたスメラギが正直な感想を告げる。
「結婚式やってんならある程度華やかで、かつ季節感があるモンにしてぇ。ンで東方の連中も結構来るんなら、そっちにも分かりやすいのが良いわな。って事で考えたんだが、どうだ?」
この筋骨隆々の大男が、この大きな手が、こんな繊細な和菓子を作ったのかと思うと真美としては大変不思議で、そしてちまちまと飾り付けをしている場面を想像すると少しだけ微笑ましく思えた。
「とても愛らしくて、良いと思います」
「おぅ、そうかい」
ブッハハハ! と豪快に笑うデスドクロを見て、やっぱり面白いなぁと思う真美なのだった。
一方その頃。順番を次に控えたルナとエステルのペアはきゃぁきゃぁと大騒ぎしながら仕上げに取りかかっていた。
「どう? ルナさん!?」
「はい、これでどう!?」
「あ、ステキ、有り難う! 小夜さんは!?」
「あの、これ……」
「あぁ、有り難う、これをここに盛り付けて……出来たっ!
「十六番、ワゴンにお皿を乗せて下さい」
「あ、はい! 今!」
「……有り難うね、小夜ちゃん。じゃ、行ってくるね」
「……はい、いってらっしゃい」
「いやぁ、大騒ぎだったね」
慌ただしく厨房を後にしたルナとエステルを見送って、後ろから聞こえた声に小夜は小さく笑った。
「それだけ、一生懸命やったっていうことやと思います。お兄はん、何かお手伝いしましょうか?」
「いや、こっちはもうあと盛り付けだけだから大丈夫だよ」
研司の言葉に小夜はお皿を覗き込んでしみじみと思う。
(……早く食べたいなぁ……)
「十六番。エステル・クレティエとルナ・レンフィールドです。私達のワンプレートは、『ガレットフラワーガーデン 祝福の音楽を添えて』」
清楚なワンピース姿のルナが一礼してリュートの弦を爪弾いた。
「視覚で彩り、嗅覚で香ばしい香り、触覚で食感、味覚で多彩な食材、そして聴覚で音楽。五感すべてをおもてなししたいと思って、演奏を添えて提供させていただきます」
ルナが暖かな春を思わせる柔らかな音を奏で始める。
次いでミュゲのドレスとマリアヴェールで正装したエステルの手により配膳が始まる。
手前から林檎のワイン煮はハート型に切り抜き花形に飾り、プレーンがレットも花弁型に散らしてある。
左側には薄焼き卵でケチャップライスを包み花弁を添えた。
奥には生地に人参ピューレを入れ、肉を茶巾状に包み花を表現している。
そして右側にはほうれん草のピューレ入りクリームソースで煮込んだ魚介の盛り合わせにドライフルーツの赤いクコの実を3つ散らしている。
各テーマの敷居には温野菜を置き、目でも舌でも楽しめるように整えた。
「テーマは手前から時計回りに、春はプリムラ。夏は向日葵。秋はマリーゴールド。冬は柊となります」
事前に同じ料理を作り、準備を整えてきた。 思わぬハプニングや少し不格好な形になってしまった部分もあるが、これが今のエステルとルナに出来る精一杯のおもてなし料理だと胸を張って言える内容になった。
ルナもまた、鮮やかな季節と幸せな人々、友人への祝福のメッセージを込めて作った曲を奏でる。
そこに説明を終えたエステルのフルートが加わり、リュートとの二重奏となる。
優しい音に包まれ、審査員達は静かに食事を始める。
その表情は誰も穏やかでにこやかで、ルナとエステルは微笑み合いながら審査が終わるまで奏で続けた。
「じゃ、行ってくるね」
「はい、いってらっしゃい」
小夜に見送られ、研司はワゴンを押して会場へと入っていく。
(東西国交、結婚式……込められた想いは似てるかもな。料理人として精一杯演出だ!)
敢えてのレジェールウェアにチノ・パンツ。そして特殊繊維エプロン「しらぬい」を身につけたまま研司はまばゆい審査会場で審査員一同に一礼した。
●サプライズとアクシデント
「十八番、レイオス・アクアウォーカーだ。料理名はレイオス特製3種のサプライズケーキ……ってとこだな」
レイオス・アクアウォーカー(ka1990)が置いた皿には確かに三種類のクリームでデコレーションされた何かだった。
「これはケーキイッチ。リアルブルーのおもてなし料理でケーキに似せたサンドイッチだ」
まずは食べてみてくれ、と言われ、スメラギが慣れない手つきでナイフとフォークを使って手前にあった丸型のフルーツケーキに似たものを切り分ける。
「……ツナ?」
「正解。それはツナサラダサンドをポテトクリームでコーティングしたものだ。ミニトマトとキャロットグラッセを使って苺に見立てた」
「こちらは、ハムレタスサンド?」
角形のモンブラン風にフォークを入れたミリアが楽しそうに声を上げる。
「惜しい。生ハムレタスサンド。外側はチーズクリームだ」
「お、半球型は苺大福か!」
スメラギの嬉しそうな声にレイオスも満足げに微笑う。
「生クリームでデコった苺と餡子のサンドだ」
驚きつつも楽しげに切り分け、食べる5人を見てレイオスは自分の目論見が上手く行ったことを確信する。
「リアルブルーという世界は実に興味深い……こんな面白い食べ方があるんだね」
モノトーンの言葉にレイオスは頷く。
「クリムゾンウェストも広いが、リアルブルーは本当に沢山の文化が入り乱れているから、俺もまだ知らない事が沢山ある世界なんだ」
「なるほど。面白い食べ方を教えてくれて有り難う」
この同盟領で商人として名高いモノトーンは、東方の次に商売をかける先を見つけ、にこやかに微笑んだのだった。
「十九番、紅薔薇、なのじゃ……」
普段の元気さを感じられないしょげた様子の紅薔薇(ka4766)を見て、モノトーン以外の4人は顔を見合わせた。
「あの、じゃな……本当に、申し訳ないのじゃが……」
紅薔薇は、四龍カレーとして四種類のカレーの盛り合わせを考えていた。
主要材料はゲートを使い、東西南北の龍の地で最上の物を自分で採取してきた。
材料調達の手間暇を考えれば金を積んでも簡単には食せない、贅沢な料理となるはずだった。
のだが。
肝心のカレーのルーとなるスパイスの調合に紅薔薇は失敗した。
カレーには様々なスパイスが必要となる。
そのほとんどはクリムゾンウェストではまだ安定供給されておらず、現在もリアルブルーから輸入している状態だ。
もちろん、クリムゾンウェスト知識があった紅薔薇はその辺も押さえ、自ら材料を集める傍らスパイスも集めて回った。
料理のスキルもある紅薔薇であったから、調合に失敗するなどとも思わなかった。
しかし、カレーとなるとそれは同時にリアルブルー知識が必要になる。
何しろカレーという文化はリアルブルーから持ち込まれた文化だからだ。
残念ながら紅薔薇は東方出身。祖母がリアルブルー人ではあったが、実際調理場に立った時に役立つのは己の知識と経験だ。
またカレーは煮込み料理でもある。
1つのカレーを煮込み作るのに、手慣れておりこだわりが少なければ1時間でもそこそこの物を作ることは可能だが、紅薔薇のカレーはこだわり抜いた四種類。
4つの鍋を平行管理しながら調理を進めなければならず、これにはプロの料理人並みの技術力を要した。
とても、紅薔薇1人が1時間でこなせる作業量ではなくなっていたのだ。
「まぁ、そういうこともあるだろ」
さらっと言ったのは紅薔薇が捧げたいと思っていた対象の1人であるスメラギである。
「お前がすげぇヤツだっていうのは俺もよぉっく知ってるし、ミリアもシルキーも知ってる」
「私も、長江の戦いではお世話になりました」
あの激しい戦いを、その戦場で紅薔薇が咲かせた次元をも両断する斬撃を真美も良く覚えている。
「……つーことで、みんな良く知ってる。そんなお前が、その四龍カレー? とか完成させて持ってきてたら、それこそ俺、お前のこと超人扱いするぜ」
紅薔薇が下唇を噛み、俯く。
慰めるにしたってもうちょっと言い様はないものかと4人がスメラギを見て顔をしかめた。
「……んで何? 時間があれば出来上がんの? それとも誰か助っ人がいたらいいの?」
その言葉に俯いていた紅薔薇が顔を上げた。
「まさかお前の事だから全部の材料ダメにした訳じゃないんだろ?」
「も、もちろんじゃ……時間があともう1時間あれば……!」
「んじゃぁ、待っててやっから、作って来いよ。審査対象には入れらんねぇけど、最悪打ち上げには間に合うだろ」
スメラギの言葉に、紅薔薇は大きく頷いて厨房へと取って返したのだった。
●最優秀料理賞
参加者一同の前に運ばれて来たのは、『樹』だった。
皿の上に盛り付けられた樹。
それは色味こそ違えど、西方の神霊樹のようでもあり、エトファリカの紋のようでもあった。
幹は長い縁起の蕎麦で出来ていた。
だが、添えられているのはそばつゆではない。
赤緑色のバジルトマトソースだ。
ここでも東方の主食に西方のソースという、一枚の皿の中で東西手を取り合っていることを示していた。
葉は切れにくい縁起のイカ。
これをジェノベーゼに絡ませ緑に染め、菊花造りを葉に見立て盛り付けている。
ここでは葉となったが、元々菊の花は延命長寿の縁起物だ。
「道の交わった東西が、夫婦が、誇らしくそびえる樹木のようにどうか健やかに、の願いを込めて作りました」
両方『樹』に縁が深いという点に着目した研司の作ったこの料理が見事最優秀料理賞に輝いた。
「藤堂のお兄はん、おめでとうございます」
「うん、有り難う、小夜さん、やったー!」
研司は少し屈んで小夜とハイタッチする。
皿の端には虫抜きをしたシロタエギクの黄色い花を一輪飾っていた。
これは菊花造りという名を聞いた小夜が庭で見つけ、モノトーンに確認した後、摘んできてくれた物だ。
この小さな菊の花言葉は『あなたを支えます』だとエステルが教えてくれた。
「このワンプレートに込められた祈りが、これからの未来に繋がり、広がるよう願います」
モノトーンの言葉に万雷の拍手が送られる。
モノトーンが再度研司を讃え、研司に拍手をむけるとその拍手は研司に注がれた。
こうして、無事十九組によるおもてなし料理対決は終了したのだった。
追記。
紅薔薇の完成した四龍カレーはそれは見事な出来であった。
青は寒い地方で採れるハーブの効いた野菜グリーンカレーの亜種。
白は山羊乳使用のまろやかなキノコカレー。
赤は一番辛旨い獣肉のカレー。
黒は鰹出汁を効かせた白身魚の和風カレー。
これを食べきったスメラギはこのあと食べ過ぎで暫く胃薬が手放せなくなった……というのはスメラギをよく知る人物達からの信憑性の高い情報だったが、当のスメラギは「んなことねぇ!」と決して認めなかったという。
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