ゲスト
(ka0000)
【羽冠】聖導士学校――迷走カリキュラム
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/04/23 07:30
- 完成日
- 2018/04/30 08:46
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●教会壁新聞
多数の聖堂に色鮮やかなポスターが張り出された。
真剣な顔で授業を受ける児童。
汗を流して体力作りに励む児童。
貴族らしい教師が、かなり高度な授業を行っている写真もある。
広大な農地を耕すゴーレムも目新しい。
文章は学の薄い者でも読み易い内容だ。
文盲でも生徒の笑顔や授業風景などを見て楽しむことができる。
多くの者が足を止め、貴族と教会に対する好感度を増すか、あるいは両者に対する敵意を減らす。
その増減はわずかなものでしかない。
だが閲覧者の数は膨大で、極微量の変化を広い範囲へもたらしていた。
●2年生たち
「あっ、僕が映ってるー」
汗だくの体を白いタオルで拭いながら、現時点の主席が無骨な顔に笑みを浮かべた。
「いいなー」
「ゲッ、俺が大口開けてメシ食ってる」
どの生徒も骨が太く筋肉が分厚い。
1年間走って食べて戦って食べてを繰り返すだけではこうはならない。
覚醒者という恵まれた素質と、膨大な資金で用意された高品質な食事と訓練、その上でハンターによる濃密な教育が合わさった結果だ。
「いやこれ嘘じゃん。学校ってもっと殺伐としてるじゃん?」
少し斜に構えた男児が口を挟むと、主席な少年が小首を傾げた。
「そうかなー」
「教官の扱きはきついよね」
「うまいもの食えるだけで天国だろ」
元物乞いから妾腹の冷や飯食いまで出身は様々なので、感想はばらばらで全くまとまらない。
それでも卒業を目指す思いだけは共通している。
己の足で世に立つため、心身を鍛え知識と技術を手に入れその結果として卒業する。
それだけは全員意見が一致していた。
「いや、だから」
『テメェ等何しやがる。どちらが上か体に叩き込んでやるよォ!』
分厚い壁越しに怒号が響く。
意識を戦闘用のそれに切り替えメイスと盾を持って外に出ると、怒り狂った次席が新入生10人近くを単独で制圧中だった。
「うわー」
「僕達のときはもうちょっと平和的だったよね?」
「先輩達が大人だっただけだろ。ガキの中身なんて変わらねぇよ」
殺しても構わないつもりで襲ってくる新入生を、1人の女児が武器も使わず地面に転がしている。
飢えた顔をしていた新入生が、血まみれの2年生を見て悲鳴をあげた。
「アァン? この程度でビビるなら最初から刃向かうんじゃねェ!」
艶のある黒髪と透けるような白い肌と鮮血の組み合わせは大迫力だ。
2年生男児は1人を除いて腰が退け、主席だけは目を細めて頬を赤らめていた。
●迷走するカリキュラム
「胃が……」
青い顔で薬に手を伸ばす校長兼司教の前で、同じく胃の痛みに耐えている教師が改めて進言する。
「自主性の尊重は止めましょう。私は覚醒者ではないので来月中には新入生を抑えられなくなります」
「鼻っ柱が強いのは戦士の素質です。ですが助祭候補としてはどうでしょうか」
歪虚から生徒を守る役目も負っている戦闘担当教官が、訓練場の鬼っぷりからは想像しづらい紳士的な態度で勧める。
「だが、だがな」
校長が青い顔のまま言葉を続ける。
「自立心旺盛に育てられるのならそれが一番だ」
眉間に皺を寄せ胃液臭い息を吐く。
今では教育者として知られる彼も、若い頃には無数の失敗を経験した。
優れた素質の持ち主に理想と考えた教育を施し、普通未満の者にしてしまったことが何度もあった。
ほぼ軍隊式に切り替えてからは安定した人材育成に成功して学校を任されるまでになった。
このまま死ぬまで続けるつもりだったのが、あるハンターを見て夢を思い出してしまったのだ。
「今言うのはどうかと思うんですが」
教官が申し訳なさそうな顔になる。
「部下が今年中の退職を希望しています」
「残念だ仕方がない。誰と誰か教えてくれ」
名前が淡々と列挙された。
2人を超えた所で校長の顔が土気色に。
4人に達した時点で教師が気を失った。
「な、何故」
「体力が必要な職ですからね。くたばるまで続けられる仕事じゃありません」
優れた覚醒者でもいつかは衰える。
ハンターの中には多数の例外がいる気もするが、教職員の中には例外はいないのだ。
「退職後に田舎に土地を買って引っ込むより貯めた金でゴーレム買って農業法人に入社する方が未来が開けそうですし」
金が貯まれば自分もそうするつもりらしい。
「承知した。そのつもりで今期と来期のカリキュラムを、変更、するつもりだ」
代わりの人材のあてはない。
校長は、ほとんど白目を剥いていた。
●先輩後輩
砕けた歯が神経ごと復活する。
肩に触れた感触は、引きちぎられたはずの黒髪だ。
キューティクルも完璧で照明を反射していた。
「お疲れ様」
穏やかに微笑む司祭が怖い。
入学したばかりの頃は内心馬鹿にしていていたが今は違う。
強烈な信仰心に由来する強力な法術。
校長よりはるかに強い政治力。
多少の腕っ節など無意味にする力であり、その持ち主に逆らうなど考えたくもない。
「化粧の使い方は今のうちに覚えてね。卒業後は練習する時間もなくなるから」
すごく高そうな、実際王都の高級店で売っている化粧道具一揃いを渡される。
「あの」
「2年の他の子には後で渡すね」
慣れないウィンクをする司祭は、童顔もあり近い年齢に見える。
だがそれで侮れば破滅に向かって一直線だろう。
自分は大事にされている、このまま頑張れば将来が開けると己に言い聞かせ、神妙な表情をつくって深くうなずく。
「どうしても駄目なら言って。……なんとかするから」
憎らしくも可愛い後輩のためにも、自分と同級生でなんとかしたいと思うのだった。
●地図
abcdefghi
あ平平平開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平荒荒墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果未荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘未荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒□□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
未=浄化済で利用されていない土地
?=おそらく荒野。岩が多い気も
墓=平地。長い間放置された墓?
※=平地。浄化済。隣接する平地も少し浄化されていますが、周辺から濃い負マテリアルが近づいています
学校から丘へ通じる道が出来ました。微量の祝福あり
●依頼票
臨時教師または歪虚討伐
またはそれに関連する何か
多数の聖堂に色鮮やかなポスターが張り出された。
真剣な顔で授業を受ける児童。
汗を流して体力作りに励む児童。
貴族らしい教師が、かなり高度な授業を行っている写真もある。
広大な農地を耕すゴーレムも目新しい。
文章は学の薄い者でも読み易い内容だ。
文盲でも生徒の笑顔や授業風景などを見て楽しむことができる。
多くの者が足を止め、貴族と教会に対する好感度を増すか、あるいは両者に対する敵意を減らす。
その増減はわずかなものでしかない。
だが閲覧者の数は膨大で、極微量の変化を広い範囲へもたらしていた。
●2年生たち
「あっ、僕が映ってるー」
汗だくの体を白いタオルで拭いながら、現時点の主席が無骨な顔に笑みを浮かべた。
「いいなー」
「ゲッ、俺が大口開けてメシ食ってる」
どの生徒も骨が太く筋肉が分厚い。
1年間走って食べて戦って食べてを繰り返すだけではこうはならない。
覚醒者という恵まれた素質と、膨大な資金で用意された高品質な食事と訓練、その上でハンターによる濃密な教育が合わさった結果だ。
「いやこれ嘘じゃん。学校ってもっと殺伐としてるじゃん?」
少し斜に構えた男児が口を挟むと、主席な少年が小首を傾げた。
「そうかなー」
「教官の扱きはきついよね」
「うまいもの食えるだけで天国だろ」
元物乞いから妾腹の冷や飯食いまで出身は様々なので、感想はばらばらで全くまとまらない。
それでも卒業を目指す思いだけは共通している。
己の足で世に立つため、心身を鍛え知識と技術を手に入れその結果として卒業する。
それだけは全員意見が一致していた。
「いや、だから」
『テメェ等何しやがる。どちらが上か体に叩き込んでやるよォ!』
分厚い壁越しに怒号が響く。
意識を戦闘用のそれに切り替えメイスと盾を持って外に出ると、怒り狂った次席が新入生10人近くを単独で制圧中だった。
「うわー」
「僕達のときはもうちょっと平和的だったよね?」
「先輩達が大人だっただけだろ。ガキの中身なんて変わらねぇよ」
殺しても構わないつもりで襲ってくる新入生を、1人の女児が武器も使わず地面に転がしている。
飢えた顔をしていた新入生が、血まみれの2年生を見て悲鳴をあげた。
「アァン? この程度でビビるなら最初から刃向かうんじゃねェ!」
艶のある黒髪と透けるような白い肌と鮮血の組み合わせは大迫力だ。
2年生男児は1人を除いて腰が退け、主席だけは目を細めて頬を赤らめていた。
●迷走するカリキュラム
「胃が……」
青い顔で薬に手を伸ばす校長兼司教の前で、同じく胃の痛みに耐えている教師が改めて進言する。
「自主性の尊重は止めましょう。私は覚醒者ではないので来月中には新入生を抑えられなくなります」
「鼻っ柱が強いのは戦士の素質です。ですが助祭候補としてはどうでしょうか」
歪虚から生徒を守る役目も負っている戦闘担当教官が、訓練場の鬼っぷりからは想像しづらい紳士的な態度で勧める。
「だが、だがな」
校長が青い顔のまま言葉を続ける。
「自立心旺盛に育てられるのならそれが一番だ」
眉間に皺を寄せ胃液臭い息を吐く。
今では教育者として知られる彼も、若い頃には無数の失敗を経験した。
優れた素質の持ち主に理想と考えた教育を施し、普通未満の者にしてしまったことが何度もあった。
ほぼ軍隊式に切り替えてからは安定した人材育成に成功して学校を任されるまでになった。
このまま死ぬまで続けるつもりだったのが、あるハンターを見て夢を思い出してしまったのだ。
「今言うのはどうかと思うんですが」
教官が申し訳なさそうな顔になる。
「部下が今年中の退職を希望しています」
「残念だ仕方がない。誰と誰か教えてくれ」
名前が淡々と列挙された。
2人を超えた所で校長の顔が土気色に。
4人に達した時点で教師が気を失った。
「な、何故」
「体力が必要な職ですからね。くたばるまで続けられる仕事じゃありません」
優れた覚醒者でもいつかは衰える。
ハンターの中には多数の例外がいる気もするが、教職員の中には例外はいないのだ。
「退職後に田舎に土地を買って引っ込むより貯めた金でゴーレム買って農業法人に入社する方が未来が開けそうですし」
金が貯まれば自分もそうするつもりらしい。
「承知した。そのつもりで今期と来期のカリキュラムを、変更、するつもりだ」
代わりの人材のあてはない。
校長は、ほとんど白目を剥いていた。
●先輩後輩
砕けた歯が神経ごと復活する。
肩に触れた感触は、引きちぎられたはずの黒髪だ。
キューティクルも完璧で照明を反射していた。
「お疲れ様」
穏やかに微笑む司祭が怖い。
入学したばかりの頃は内心馬鹿にしていていたが今は違う。
強烈な信仰心に由来する強力な法術。
校長よりはるかに強い政治力。
多少の腕っ節など無意味にする力であり、その持ち主に逆らうなど考えたくもない。
「化粧の使い方は今のうちに覚えてね。卒業後は練習する時間もなくなるから」
すごく高そうな、実際王都の高級店で売っている化粧道具一揃いを渡される。
「あの」
「2年の他の子には後で渡すね」
慣れないウィンクをする司祭は、童顔もあり近い年齢に見える。
だがそれで侮れば破滅に向かって一直線だろう。
自分は大事にされている、このまま頑張れば将来が開けると己に言い聞かせ、神妙な表情をつくって深くうなずく。
「どうしても駄目なら言って。……なんとかするから」
憎らしくも可愛い後輩のためにも、自分と同級生でなんとかしたいと思うのだった。
●地図
abcdefghi
あ平平平開農川荒荒□ □=未探索地域。縦2km横2km
い荒平平学薬川川川川 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う荒平畑畑畑畑荒荒平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平荒荒墓 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平荒荒荒果果未荒□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か荒荒荒荒荒丘未荒□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き荒荒荒荒湿湿荒□□ 開=平地。開拓が進んでいます
く□□荒荒荒※荒□□ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
け□□□荒荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□荒□□□ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
さ□□□□□?□□□ 川=平地。川があります。水量は並
し□□□□□□□□□ 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
未=浄化済で利用されていない土地
?=おそらく荒野。岩が多い気も
墓=平地。長い間放置された墓?
※=平地。浄化済。隣接する平地も少し浄化されていますが、周辺から濃い負マテリアルが近づいています
学校から丘へ通じる道が出来ました。微量の祝福あり
●依頼票
臨時教師または歪虚討伐
またはそれに関連する何か
リプレイ本文
●告白
「イコニアさん僕と結婚してください」
強い胸の鼓動を感じながら、カイン・マッコール(ka5336)が一礼して指輪を差し出した。
太陽の光は暖かくはあるが眩しくはなく、春の陽気は爽やかで前途を祝福しているようだ。
「お断りします」
返事は丁度2秒で完了する。
こっそり覗いているつもりの現地密着型が妖精がぽかんと口を開け、太陽の光と春の陽気が過ごしづらい強さに変化する。
「そう……ですか」
カインの声が硬い。
本気の告白を一瞬すら迷わず一刀両断されたのだから、この程度で済んでいるだけでも十分心が強い。
「あの、カインさん」
少女司祭の瞳には馬鹿にする気配も申し訳なさもなく心底相手を心配する気持ちが浮かんでいる。
「お気持ちは嬉しいのですが」
自分の尻あたりに手を伸ばす。
何故かゴブリン風の式神が、下腹部を殴り潰されて耐えきれずに消滅した。
「気持ちの整理がついた後に告白されても困ります」
ちょっといいなと感じたり、初めての甘酸っぱいイベントに浮かれたり、生き延びられるか分からない戦場で一緒に戦ったときもあった。
その頃に告白されたら半々くらいで受け入れただろうが、落ち着いた現在では余程熱烈かつ巧妙に口説かないと成功確率0である。
一般的な育ちをしていないカインにとっては難易度が高すぎた。
「待つんだイコニア君!」
この地で最も地位の高いはずの聖職者が乱入してくる。
「このままだと高齢結婚へ一直線だぞ!」
イコニアが笑顔のまま青筋を立てる。
「仕事を頑張りすぎて婚期を逃した奴が私の世代だけで何人いると……」
司教はカインとイコニアをサポートしているつもりのようだ。
10割善意なのが最悪に質が悪かった。
「誰か助言しなかったの?」
「司祭様が絡む男女関係に口出すのはちょっと。命惜しいし」
「うーん、でもさすがにあれはないと思うの」
11~12歳の少女達が徐々に興奮して、おしゃべりがカインにまで届くようになっていた。
「よーしお前等、そこまで元気ならもう一度訓練するぜ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が手の平を打ち合わせる。
たったそれだけの動作で、生徒全員に届く音が響いた。
「装備の点検は10秒以内にすませろ。おい2年生、もう説明しなくても分かるな?」
「実戦なら逃げ一択ってことは骨身に染みてますよっ」
ジャッジメントによる奇襲兼牽制。
プロテクションの支援を受けた体格の良い生徒がメイスを構えて突進してくる。
「よーしよし去年よりできてるじゃねぇか。1年共はよく見てろよ」
練習用の槍に分厚いスポンジを巻いたものを一振りする。
常識的な厚さのプレートアーマーを来た生徒が、うぐぅと悲鳴をもらしてその場に膝をついた。
「常に敵の動きを予測しろ。自分が次にどう動けばいいか考えろ。数の利を生かせ。それじゃ囲んでも簡単に抜けられちまうぞ」
鍛えた成人男性でも潰れるほど重装備なのに、ボルディアは滑るように斜め後ろへ移動し背後からのメイスを躱す。
無傷のまま生徒の制圧を終えた後、生徒の息が整う前に次の授業へ移る。
「ヴァン! 適当に遊んでやれ」
イェジド【ヴァーミリオン】が振り返る。
歪虚に対する警戒はカインに任せる……が生徒の護衛までは万全に行えない。
時折突っ込んできた鴉型歪虚が、覚醒してからろくに鍛える機会がなかった1年生に突っ込み傷つける。
甲高い悲鳴が精神にやすりかけた。
「情けない声を出すなよ。覚醒者はその程度じゃ死なねーんだ。ほら足の速い歪虚が行ったぞ」
紅い毛並みを風に揺らしながらヴァーミリオンが突進する。
実際には器用に生徒を避け再度飛び立とうとする目無し烏を踏みつぶす。
「あ、当たらない」
小型のメイスが空振り威力の弱い光弾が明後日の方向へ飛ぶ。
イェジドは攻撃ではなく、幼い獣をあやすように体を寄せることすらする。
巨大な重量と強大な筋肉を想像してしまい、心も体も未熟な1年生が転けて涙目になる。
「仲良くしろ、とは言わねえよ」
息苦しさを感じるほど抑えていた殺気を解放する。
1年間散々殺気を浴びてきた2年生でも恐怖で動きが鈍り、1年生に至っては気絶する者すらいる。
「だがこの学校にいる間は同じ生徒で、先輩後輩で、仲間だ」
仲良く連携できないような生徒には耐えられない授業と訓練ばかりである。
「その意味しっかり噛み締めろ。な?」
ボルディアの優しい授業は、生徒全員が足腰立たなくなるまで行われた。
●修道院
その学び舎はよくいえば風格のある、率直に言って雨漏りと隙間風に悩むボロ小屋だった。
「イコニア司祭はお元気ですか?」
「はい」
臨時司祭という怪しい肩書きを押しつけられたエステル(ka5826)と、校長を兼ねる修道院長が微笑みを浮かべてお互いを観察する。
財力に、残酷なほどの差があった。
もちろんエステルは贅沢などしていない。
聖導士として恥ずかしくない、ハンターとして必要な装備を身につけているだけだ。
ただ、超貧乏所帯の修道院長と比べると非常に豪華に見えてしまう。
応接室という名の物置での交渉は成功裏に終わり、私塾同士での交流の許可を得ることはできた。
ただし問題は山積している。2年で詰め込む私塾と信仰生活の片手間の授業しかしない私塾との間でまともな交流が出来るか不安だ。
「本来司教クラスが行う交渉ですね」
修道院長と分かれて廊下を歩くエステルが、なんとも表現しづらい溜息をついた。
●人事の行方
ハンター十数人を雇える額の小切手が、ソナ(ka1352)のポケットに投入された。
「イコニアさん」
ソナがじっと見つめると、後ろめたい気持ちが一杯の瞳が慌てて横に逸らされる。
「仕方が無いんです。高確率で教会と王国の名誉を傷つける発掘調査にお金を出すところはないんです」
ソナが大きなため息をつく。
ポケットに指を入れると、紙の感触が2つあった。
1つは高額小切手。
もう1つは発掘スキルを持つ集団への紹介状だ。
「ソナさんにはお世話になっています。個人としても、派閥としても、聖堂教会としてもです」
だから発掘の手段は提供する。
それ以上のことはしないしできない。
司祭の顔から正確な情報を読み取り、ソナは2枚の紙をソナ専用執務机にしまい込んだ。
「人事の件ですが」
そなに言われたイコニアの瞳が曇る。
「授業と、歪虚と戦闘や不寝番担当に分けては? 警護は人が変わっても構いませんし、お金があるなら雇用が決まるまではハンター等で繋ぐこともできそうです」
「良い案とは、思うのですが」
まだ曇ったままだ。
「信用できる人の数が少ないのです。この学校の運営母体は敵が多いので……。じ、自業自得ではない、と思う、のですが」
イコニアの属する派閥は金を集めにも影響力拡大にも積極的だ。
歪虚相手に死戦を繰り返す一面もあるとはいえ、清廉な聖職者から見ると世俗にまみれた過激派という難物である。
「ただ今戻りました。丁度よかった」
旅装のエステルが鞄を下ろして席につく。
そっと差し出される紅茶を受け取るのが非常に様になっている。
「流石に教師の方がいなくなってしまうのはちょっとまずいですね」
常駐教師がいるからスポット参戦的に来るハンターが最高効率の教育を実施できるという面がある。
「既存教師の方の離職を思いとどまらせるのと、新たに雇用した方が逃げない」
茶で唇を湿らせてごまかす。
「居付いてくださるために教員の方の待遇の向上ですね」
助祭が部外秘の資料を運んで来る。給与など具体的な待遇に関するものだ。
茶をこぼさないよう注意しながら目を通し、顔を上げると呆れた目になっていた。
「真っ黒ですね」
兵士としては高額だが、働きに比べると高くはない。
「退職金がないのには驚きました。雇用の年齢上限設定と続けられる人への再雇用の設定はしましょう」
「教会からの身分保障が退職金代わりなんです」
「それがあれば農村へ顔役として迎えられるでしょうけど」
薄いカップをソーサーに下ろす。
「ルル農業法人から直接求人がある今は無意味ですよね?」
「はい……」
司祭は肩を落として全面降伏した。
「予算取ってきます」
「お願いしますね。次は新聞についてですが」
「エステルさんの記事を参考に頑張りました」
豊かではない胸を得意げに張る。
生徒や職員へのインタビューは上品で、職場としても魅力的に表現されている。
エステルは原稿に目を通し、頭痛を感じて己の眉間を抑えた。
「イエロージャーナリズムって知ってます?」
「演出が効いた新聞?」
精霊による翻訳がまだ不十分していないらしい。
エステルは、伝えてはいけない相手に新聞という概念を伝えてしまったかなと思うのであった。
「マティ助祭を貸してください」
不健康に白い肌が上気し、エステルの手が力強く握られる。
「ハンターを止めて聖堂教会入りして下さるのですかっ!? エステルさんの戦歴なら派閥の後押しですぐ司教になれるので私の代わりに」
銀髪の幼女が唐突に現れローキックで司祭の足を蹴る。全力で蹴っているのにダメージ0だ。
「違います。ずっとわたくしが書くわけにもいきませんし」
「待って下さい。私にエステル様のような教養はありません。新聞は無理ですっ」
高位の聖導士2人を相手に、若すぎる助祭が必死の抵抗を行っていた。
「ルル様、苗木を育てて下さったのですね」
ソナが意識を向けると、機嫌を直した精霊が膝に抱きついてきた。
お菓子で釣らなくても全面的な信頼を向ける、数少ない1人がソナだった。
何かを思いつき、床から十数センチ浮かび上がってソナを引っ張った。
「はい」
立ち上がり、跳ね飛ばさないよう歩く速さを調節していると、植物園の隅にまだ案内された。
懐かしい種類の木々と見慣れぬ桜の木が、瑞瑞しい葉を茂らせている。
「ソナ先生、この時間に会うのは珍しいですね」
今年聖導士過程を卒業して医療課程に入学した生徒が、作業服で肥料を抱えていた。
「生徒に世話を……なるほど。今年の聖導士課程はまだ纏まってないですから、とりあえず私達医療課程でやっておきます」
植物園の反対側にいる同級生に声をかけてから、肥料を置いて如雨露を取りに行くのだった。
●きょういく!
悪ガキが頭から真っ二つ。
そう見えたのは目の錯覚ではあるが、本当に真っ二つにできる力が実際振るわれていた。
「元気だねー君達」
長さと薄さと切れ味を兼ね備えた刀を手に、宵待 サクラ(ka5561)が穏やかに微笑んでいる。
授業崩壊の原因が3人、恐怖で震えながら教室の床に転がっていた。
「メリィちゃん………偉かった良く頑張った」
教室内でただ1人の2年生の頭を撫でる。
子供扱いではない。
対等で、傷ついた者に対する労りの手つきだ。
涙が盛り上がるのを感じ黒髪の少女が顔を覆う。
サクラは静かに見守りながら、おそるおそる覗いて男共に凄みのある笑みを向けた。
「でもキミには仲間がいるんだから、使わなきゃ」
目力が強くなる。
体格だけならサクラを上回る少年も恐怖で震える。
予鈴が鳴る。
足早に近づいて来た教師に後を任せ、サクラは2年生全員を会議室へ連れて行った。
「1年生がみんなと遊びたがってます遊んでやろう。メリィちゃんだけに任すの禁止。因みにこれは授業です」
2年生相手には活人剣を振るう必要もないし殺気を飛ばす必要も無い。
サクラが高位歪虚と渡り合えるだけでなく、監査役と共謀して動いていることも知っているからだ。
「キミらが聖導士になったら暴徒を無傷で取り押さえる任務があるよ。その暴徒役を1年がやりたがってるんだ、どんどんやらせよう」
貴族出身の生徒には刺激が強く腰が退けている者もいる。
底辺層出身、特にすっかり元気になったメリィは不敵な表情でうなずいている。
「2年生への禁止事項は2つだけ。1年生より多い数で鎮圧しない。終わった後はヒールで1年生回復。回復させられない程大怪我させたらすぐにイコちゃんを呼びに行く」
死んでないなら直るからねと、複数の意味で恐ろしい事実を口にする。
「そのための複数対応だ。暴徒鎮圧もヒールも必ず1週間の間に1人1回以上行うこと。これはヒールも含めて授業だからね?」
「期間は2週間1週間ごとに締め、1度も襲われなかった面子は翌週1週間おやつ抜き。禁止事項を守らなかった奴は1日飯抜きで地獄のシゴキ! 以上解散」
同様の命令は1年生に対しても行われ、2年生への襲撃は必ず3人以上で行うことと、対象は聖導士クラスの2年生のみであることが命じられた。
「そんなことになってたんですか」
ささみとヨーグルトと果物のディナーを食べながら、この地のナンバー2が深刻な顔で俯いた。
出張中は美食に明け暮れているはずなのに、本当に美味しそうに食べている。
「他人事のよーに言わない」
クレープをそっと横へ差し出すと、小さな口が凄い勢いで食べてサクラの指まで口に含む。
「なんか私だけルル様の加護が違う気がするんだよね」
「加護がない私にそれを言いますか。……直接頼めばいいんじゃないでしょうか」
幼女な精霊が指を解放し、欠伸をして姿をくらませた。
校舎の外でさくり、さくりと土が掘り返される。
1年生が2がかりでようやく運べる苗木を両脇にそれぞれ抱え、2年生が駆け足で運んで来た。
「その土を入れてあげて」
ソナが指示を出す。
小柄なユキウサギとソナの前では多少はおとなしい丘精霊が、掘り返された土をつついて遊んでいる。
「昔ここに住んでいたエルフが育てていた品種です。負のマテリアル汚染の改善に効果がありますから」
泥だらけの幼女が、同じく泥だらけのユキウサギを抱えて得意げにうなずいている。
普段遊んでばかりの精霊が珍しく本気を出した結果、何の変哲も無い木がほんの少しだけ浄化の力を持つようになっていた。
新鮮な脂と肉の香りがふわりと漂う。
生徒全員に口に唾が溢れ、しかし2年生が睨みを効かせて暴発はさせない。
「クウ、どう?」
大火力コンロを使って分厚い肉を焼きながら、黒髪を白布巾で隠したユウ(ka6891)がワイバーンにたずねた。
窓の外のワイバーンが振り返り、首を左右に振りかけて上下に向きを変えた。
「仲直りの途中だね。じゃあもう少し後に食べられるように」
大型鍋を釜から外す。
塩と油多めのサラダを冷蔵庫に戻し、特大フライパンに載せたままの分厚い肉に視線を落とす。
「食べる?」
空色の尻尾が上機嫌に振られ、お高い肉のレアステーキがワイバーンの腹に消えた。
「王国がどこもこうなら……」
人格の癖は強いが誠意と能力がある教師陣に、衝突はしても前に進んでいく子供達。
だが一歩外に出るとユウは理解し辛い理由で争う人間が多すぎる。
大きく深呼吸して気持ちを切り替え料理を再開する。
その日の昼食は珍しく平和で、子供達が争ってお代わりをしていたらしい。
●別れ
「教師は無理ですよ。先生達王立学校一般科とかですし」
「警備なら……ごめんなさい無理です。パーティで生き残るのはできますが生徒を守って不寝番はちょっと」
卒業生から返ってきた返事はどれも否定的なものだった。
濃密な教育を受けただけでは足りず、社会で揉まれ初めて教師陣の凄さを理解できたのだ。
「では私はこれで」
「お世話になりました」
「依頼でなくてもいつでも来て下さい。歓迎しますよ」
別れの挨拶をするフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)に、教師陣が入れ替わり立ち替わりに声をかけた。
最後に現れたイコニアは、呼び止める言葉をなんども言いかけては自分の中に押し込めていた。
ワイバーンの背に乗り離陸する。
最初に訪れたときと比べて安全な場所は広がり、農業用ゴーレムによる大規模農業も始まっている。
校舎も拡張され生徒も教師も人数が増えた。
どれもフィーナ達が頑張ったからできたことだ。
着陸する。
フィーナはワイバーンで運べる限界サイズの苗木を下ろし、たった1人で植樹作業にとりかかる。
「ルル様、お仕事の邪魔をしては駄目です」
別のワイバーンの羽ばたく音と、馴染みのある気配が近づいて来る。
フィーナがスコップを置いて手袋を外す。
元気に駆け寄って来た小さな精霊は、違和感を覚えてフィーナの前で小首を傾げた。
「これまでの失礼をお詫びします」
跪いて謝罪する。
体に染みこんだ動きはどこまで丁寧で、小精霊の困惑がますます強くなる。
彼の大精霊様を救い給え。
私の愛する者の住む世界を救い給え。
願っても良いのなら……。
「歪んでしまった者すら、救う力を、与え給え」
最後に礼を述べて学校から飛び去る。
遙か上空から見た学校は、はっとするほど精気に満ちて見えた。
小さな足が地面を駆ける。
フィーナの植えた木の前で座り込み、汚れるにも気にせず地面に耳をつける。
この世界の為に、やらなければならないことがある。
目的の達成は難しく、歪んでしまった彼の者を救うのは那由多に一つの可能性。
それでも希望はある。どれだけ小さな可能性でもあれば。
相手は星。見知らぬ地で果てるかも知れない。
生きて帰れる見込みは少ないだろう。
だから私はこれを遺し、次に繋げようと思う。
それまでに世界が残っているかは不安だが。
私はハンターになるまで自由のない身であったが、それでもそれ以降は幸せであった。
自分の人生に後悔はない。
喜んで影に足を踏み入れよう。
フィーナ・マギ・フィルム
王国暦1018年4月23日
石の下の紙を読み取り終えた丘精霊が硬直する。
警護役であるユウに声に何度も声をかけられてようやく我に返り、己の担当範囲にフィーナが居ないことに気づいて両手を頬にあてぷるぷる大慌てする。
はっと思いついて祝福を送りはしたが、距離が離れすぎていて効果は0に近かった。
●祈り
「ルル様、イコニアさん今日も宜しくお願いしますね。おやつにはこれをどうぞ」
パルムを模したお菓子を渡すと、幼女の形をした精霊が喜びで輝く。
「独り占めは駄目ですからね」
輝きが弱くなり、北谷王子 朝騎(ka5818)に向かってとぼとぼ歩いて行った。
「今日はお世話になります」
引率の名目で外出したイコニアは、いつもよりくすんだ雰囲気だ。
「悩み事があるのでしょうか」
司祭は言葉を選ぶのに時間がかかった。
「政争です」
イスルダ島の完全制圧もまだで、王国とその周辺に高位歪虚がいる可能性が高いのに王国全土を巻き込む政争が始まりかけている。
「私に何か出来ることがあれば」
「ありがとうございます。でも、私もどうすればいいのか分かっていなくて」
ホロウレイドによる人材不足がなければ、今頃イコニアは平の司祭だったはずだ。
そんな彼女が影響力を持っていて後任候補もいないのが、王国の現状だった。
「そんなときは基本に戻りましょう。何が出来て何をしたいか自覚するのが重要、って習いましたよ」
敬意と同時に親しさもある。
司祭の口元が柔らかくなる。
「歪虚に勝ちたいだけなんです。そのためには予算が必要で、予算を確保するには貴族や富豪と連携するしか無いわけで」
貴族派に近い聖堂教会非良識派の言い分であった。
ドラグーンと人間が頑張って考えても、すごい解決策は思いつけなかった。
強大なはずの闇で出来た巨大鳥が、たった1本の斧で以て骨まで砕かれていく。
「ガキ共は連れて来れねぇよなぁ」
ボルディアが次の獲物を探して周囲を見回すと、何故か負のマテリアルが薄くなっていた。
まるで何かに遠慮するような、歪虚と負のマテリアルらしくない動きだった。
「終わったでちゅー」
レジャーシートの上に朝騎が寝転がる。
エルフ耳を除けば朝騎の妹にも見える精霊が、ころころ転がり朝騎に乗り上げて止まる。
くぅ、と腹が鳴る。
いそいそと弁当箱を取り出し開封すると、イコニアを可愛らしくデフォルメしたキャラ弁が外気に晒された。
精霊が目を丸くする。
弁当箱と朝騎のまわりを何度もまわり、造形とその背後にある技術と知識と文化を愛でる。
「気に入ってくれたようでちゅね」
ハンカチを膝に広げて軽く叩くと、重さを感じさせない小さなおしりが飛び乗ってきた。
「物騒なことばかりでちゅねー」
弁当を食べさせ、自分も食べる間も警戒は怠らない。
目無し烏と闇鳥には、奇妙なことに丘精霊に対する遠慮がある。
しかし他の歪虚にとって弱い精霊は美味しいだけの餌だ。
戦力的には雑魚雑魔以下の精霊など、幻獣に守らないといつ食われてもおかしくない。
「ルルしゃん、この苗の名前は……」
映像と音声と臭いが混じらず圧縮された情報が直接脳裏に浮かぶ。
精霊としての格の高さや能力の高さの証明にはならない。
むしろ逆で、情報の取捨選択が苦手だからこその情報量だった。
「過去のエルフの人達は今もまだ恨んでるんでちょうか……」
丘精霊は無言で朝騎に背を預ける。
同じ星に生まれて
同じ土地に生きて
同じ命を持って
多少外見に違いがあったとしても
互いに手を取り合って争い無く生きていく事ができれば
一人一人が他人に対する優しさをもう少し持って接する事ができれば
「それだけで世界は変わる筈なんでちゅけど……」
それがどれだけ困難なのかは重々承知している。
歴史を振り返っても朝騎個人の人生を振り返っても、一部実現するだけでも大変だ。
1人と1柱が、無言のまま静かな時間を楽しんでいた。
●
夜。
一本の木の前で、ユウが祈りを捧げている。
歪虚に向ける慈悲はなく、丘精霊と共に植樹に励んだもの歪虚討伐の一環だ。
だがそれでも、何も感じないわけではない。
龍園に伝わる祈りを捧げ終える。
立ち上がり帰路へつくと、重く暗い気配が昼間より遠くに感じられた。
「イコニアさん僕と結婚してください」
強い胸の鼓動を感じながら、カイン・マッコール(ka5336)が一礼して指輪を差し出した。
太陽の光は暖かくはあるが眩しくはなく、春の陽気は爽やかで前途を祝福しているようだ。
「お断りします」
返事は丁度2秒で完了する。
こっそり覗いているつもりの現地密着型が妖精がぽかんと口を開け、太陽の光と春の陽気が過ごしづらい強さに変化する。
「そう……ですか」
カインの声が硬い。
本気の告白を一瞬すら迷わず一刀両断されたのだから、この程度で済んでいるだけでも十分心が強い。
「あの、カインさん」
少女司祭の瞳には馬鹿にする気配も申し訳なさもなく心底相手を心配する気持ちが浮かんでいる。
「お気持ちは嬉しいのですが」
自分の尻あたりに手を伸ばす。
何故かゴブリン風の式神が、下腹部を殴り潰されて耐えきれずに消滅した。
「気持ちの整理がついた後に告白されても困ります」
ちょっといいなと感じたり、初めての甘酸っぱいイベントに浮かれたり、生き延びられるか分からない戦場で一緒に戦ったときもあった。
その頃に告白されたら半々くらいで受け入れただろうが、落ち着いた現在では余程熱烈かつ巧妙に口説かないと成功確率0である。
一般的な育ちをしていないカインにとっては難易度が高すぎた。
「待つんだイコニア君!」
この地で最も地位の高いはずの聖職者が乱入してくる。
「このままだと高齢結婚へ一直線だぞ!」
イコニアが笑顔のまま青筋を立てる。
「仕事を頑張りすぎて婚期を逃した奴が私の世代だけで何人いると……」
司教はカインとイコニアをサポートしているつもりのようだ。
10割善意なのが最悪に質が悪かった。
「誰か助言しなかったの?」
「司祭様が絡む男女関係に口出すのはちょっと。命惜しいし」
「うーん、でもさすがにあれはないと思うの」
11~12歳の少女達が徐々に興奮して、おしゃべりがカインにまで届くようになっていた。
「よーしお前等、そこまで元気ならもう一度訓練するぜ」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)が手の平を打ち合わせる。
たったそれだけの動作で、生徒全員に届く音が響いた。
「装備の点検は10秒以内にすませろ。おい2年生、もう説明しなくても分かるな?」
「実戦なら逃げ一択ってことは骨身に染みてますよっ」
ジャッジメントによる奇襲兼牽制。
プロテクションの支援を受けた体格の良い生徒がメイスを構えて突進してくる。
「よーしよし去年よりできてるじゃねぇか。1年共はよく見てろよ」
練習用の槍に分厚いスポンジを巻いたものを一振りする。
常識的な厚さのプレートアーマーを来た生徒が、うぐぅと悲鳴をもらしてその場に膝をついた。
「常に敵の動きを予測しろ。自分が次にどう動けばいいか考えろ。数の利を生かせ。それじゃ囲んでも簡単に抜けられちまうぞ」
鍛えた成人男性でも潰れるほど重装備なのに、ボルディアは滑るように斜め後ろへ移動し背後からのメイスを躱す。
無傷のまま生徒の制圧を終えた後、生徒の息が整う前に次の授業へ移る。
「ヴァン! 適当に遊んでやれ」
イェジド【ヴァーミリオン】が振り返る。
歪虚に対する警戒はカインに任せる……が生徒の護衛までは万全に行えない。
時折突っ込んできた鴉型歪虚が、覚醒してからろくに鍛える機会がなかった1年生に突っ込み傷つける。
甲高い悲鳴が精神にやすりかけた。
「情けない声を出すなよ。覚醒者はその程度じゃ死なねーんだ。ほら足の速い歪虚が行ったぞ」
紅い毛並みを風に揺らしながらヴァーミリオンが突進する。
実際には器用に生徒を避け再度飛び立とうとする目無し烏を踏みつぶす。
「あ、当たらない」
小型のメイスが空振り威力の弱い光弾が明後日の方向へ飛ぶ。
イェジドは攻撃ではなく、幼い獣をあやすように体を寄せることすらする。
巨大な重量と強大な筋肉を想像してしまい、心も体も未熟な1年生が転けて涙目になる。
「仲良くしろ、とは言わねえよ」
息苦しさを感じるほど抑えていた殺気を解放する。
1年間散々殺気を浴びてきた2年生でも恐怖で動きが鈍り、1年生に至っては気絶する者すらいる。
「だがこの学校にいる間は同じ生徒で、先輩後輩で、仲間だ」
仲良く連携できないような生徒には耐えられない授業と訓練ばかりである。
「その意味しっかり噛み締めろ。な?」
ボルディアの優しい授業は、生徒全員が足腰立たなくなるまで行われた。
●修道院
その学び舎はよくいえば風格のある、率直に言って雨漏りと隙間風に悩むボロ小屋だった。
「イコニア司祭はお元気ですか?」
「はい」
臨時司祭という怪しい肩書きを押しつけられたエステル(ka5826)と、校長を兼ねる修道院長が微笑みを浮かべてお互いを観察する。
財力に、残酷なほどの差があった。
もちろんエステルは贅沢などしていない。
聖導士として恥ずかしくない、ハンターとして必要な装備を身につけているだけだ。
ただ、超貧乏所帯の修道院長と比べると非常に豪華に見えてしまう。
応接室という名の物置での交渉は成功裏に終わり、私塾同士での交流の許可を得ることはできた。
ただし問題は山積している。2年で詰め込む私塾と信仰生活の片手間の授業しかしない私塾との間でまともな交流が出来るか不安だ。
「本来司教クラスが行う交渉ですね」
修道院長と分かれて廊下を歩くエステルが、なんとも表現しづらい溜息をついた。
●人事の行方
ハンター十数人を雇える額の小切手が、ソナ(ka1352)のポケットに投入された。
「イコニアさん」
ソナがじっと見つめると、後ろめたい気持ちが一杯の瞳が慌てて横に逸らされる。
「仕方が無いんです。高確率で教会と王国の名誉を傷つける発掘調査にお金を出すところはないんです」
ソナが大きなため息をつく。
ポケットに指を入れると、紙の感触が2つあった。
1つは高額小切手。
もう1つは発掘スキルを持つ集団への紹介状だ。
「ソナさんにはお世話になっています。個人としても、派閥としても、聖堂教会としてもです」
だから発掘の手段は提供する。
それ以上のことはしないしできない。
司祭の顔から正確な情報を読み取り、ソナは2枚の紙をソナ専用執務机にしまい込んだ。
「人事の件ですが」
そなに言われたイコニアの瞳が曇る。
「授業と、歪虚と戦闘や不寝番担当に分けては? 警護は人が変わっても構いませんし、お金があるなら雇用が決まるまではハンター等で繋ぐこともできそうです」
「良い案とは、思うのですが」
まだ曇ったままだ。
「信用できる人の数が少ないのです。この学校の運営母体は敵が多いので……。じ、自業自得ではない、と思う、のですが」
イコニアの属する派閥は金を集めにも影響力拡大にも積極的だ。
歪虚相手に死戦を繰り返す一面もあるとはいえ、清廉な聖職者から見ると世俗にまみれた過激派という難物である。
「ただ今戻りました。丁度よかった」
旅装のエステルが鞄を下ろして席につく。
そっと差し出される紅茶を受け取るのが非常に様になっている。
「流石に教師の方がいなくなってしまうのはちょっとまずいですね」
常駐教師がいるからスポット参戦的に来るハンターが最高効率の教育を実施できるという面がある。
「既存教師の方の離職を思いとどまらせるのと、新たに雇用した方が逃げない」
茶で唇を湿らせてごまかす。
「居付いてくださるために教員の方の待遇の向上ですね」
助祭が部外秘の資料を運んで来る。給与など具体的な待遇に関するものだ。
茶をこぼさないよう注意しながら目を通し、顔を上げると呆れた目になっていた。
「真っ黒ですね」
兵士としては高額だが、働きに比べると高くはない。
「退職金がないのには驚きました。雇用の年齢上限設定と続けられる人への再雇用の設定はしましょう」
「教会からの身分保障が退職金代わりなんです」
「それがあれば農村へ顔役として迎えられるでしょうけど」
薄いカップをソーサーに下ろす。
「ルル農業法人から直接求人がある今は無意味ですよね?」
「はい……」
司祭は肩を落として全面降伏した。
「予算取ってきます」
「お願いしますね。次は新聞についてですが」
「エステルさんの記事を参考に頑張りました」
豊かではない胸を得意げに張る。
生徒や職員へのインタビューは上品で、職場としても魅力的に表現されている。
エステルは原稿に目を通し、頭痛を感じて己の眉間を抑えた。
「イエロージャーナリズムって知ってます?」
「演出が効いた新聞?」
精霊による翻訳がまだ不十分していないらしい。
エステルは、伝えてはいけない相手に新聞という概念を伝えてしまったかなと思うのであった。
「マティ助祭を貸してください」
不健康に白い肌が上気し、エステルの手が力強く握られる。
「ハンターを止めて聖堂教会入りして下さるのですかっ!? エステルさんの戦歴なら派閥の後押しですぐ司教になれるので私の代わりに」
銀髪の幼女が唐突に現れローキックで司祭の足を蹴る。全力で蹴っているのにダメージ0だ。
「違います。ずっとわたくしが書くわけにもいきませんし」
「待って下さい。私にエステル様のような教養はありません。新聞は無理ですっ」
高位の聖導士2人を相手に、若すぎる助祭が必死の抵抗を行っていた。
「ルル様、苗木を育てて下さったのですね」
ソナが意識を向けると、機嫌を直した精霊が膝に抱きついてきた。
お菓子で釣らなくても全面的な信頼を向ける、数少ない1人がソナだった。
何かを思いつき、床から十数センチ浮かび上がってソナを引っ張った。
「はい」
立ち上がり、跳ね飛ばさないよう歩く速さを調節していると、植物園の隅にまだ案内された。
懐かしい種類の木々と見慣れぬ桜の木が、瑞瑞しい葉を茂らせている。
「ソナ先生、この時間に会うのは珍しいですね」
今年聖導士過程を卒業して医療課程に入学した生徒が、作業服で肥料を抱えていた。
「生徒に世話を……なるほど。今年の聖導士課程はまだ纏まってないですから、とりあえず私達医療課程でやっておきます」
植物園の反対側にいる同級生に声をかけてから、肥料を置いて如雨露を取りに行くのだった。
●きょういく!
悪ガキが頭から真っ二つ。
そう見えたのは目の錯覚ではあるが、本当に真っ二つにできる力が実際振るわれていた。
「元気だねー君達」
長さと薄さと切れ味を兼ね備えた刀を手に、宵待 サクラ(ka5561)が穏やかに微笑んでいる。
授業崩壊の原因が3人、恐怖で震えながら教室の床に転がっていた。
「メリィちゃん………偉かった良く頑張った」
教室内でただ1人の2年生の頭を撫でる。
子供扱いではない。
対等で、傷ついた者に対する労りの手つきだ。
涙が盛り上がるのを感じ黒髪の少女が顔を覆う。
サクラは静かに見守りながら、おそるおそる覗いて男共に凄みのある笑みを向けた。
「でもキミには仲間がいるんだから、使わなきゃ」
目力が強くなる。
体格だけならサクラを上回る少年も恐怖で震える。
予鈴が鳴る。
足早に近づいて来た教師に後を任せ、サクラは2年生全員を会議室へ連れて行った。
「1年生がみんなと遊びたがってます遊んでやろう。メリィちゃんだけに任すの禁止。因みにこれは授業です」
2年生相手には活人剣を振るう必要もないし殺気を飛ばす必要も無い。
サクラが高位歪虚と渡り合えるだけでなく、監査役と共謀して動いていることも知っているからだ。
「キミらが聖導士になったら暴徒を無傷で取り押さえる任務があるよ。その暴徒役を1年がやりたがってるんだ、どんどんやらせよう」
貴族出身の生徒には刺激が強く腰が退けている者もいる。
底辺層出身、特にすっかり元気になったメリィは不敵な表情でうなずいている。
「2年生への禁止事項は2つだけ。1年生より多い数で鎮圧しない。終わった後はヒールで1年生回復。回復させられない程大怪我させたらすぐにイコちゃんを呼びに行く」
死んでないなら直るからねと、複数の意味で恐ろしい事実を口にする。
「そのための複数対応だ。暴徒鎮圧もヒールも必ず1週間の間に1人1回以上行うこと。これはヒールも含めて授業だからね?」
「期間は2週間1週間ごとに締め、1度も襲われなかった面子は翌週1週間おやつ抜き。禁止事項を守らなかった奴は1日飯抜きで地獄のシゴキ! 以上解散」
同様の命令は1年生に対しても行われ、2年生への襲撃は必ず3人以上で行うことと、対象は聖導士クラスの2年生のみであることが命じられた。
「そんなことになってたんですか」
ささみとヨーグルトと果物のディナーを食べながら、この地のナンバー2が深刻な顔で俯いた。
出張中は美食に明け暮れているはずなのに、本当に美味しそうに食べている。
「他人事のよーに言わない」
クレープをそっと横へ差し出すと、小さな口が凄い勢いで食べてサクラの指まで口に含む。
「なんか私だけルル様の加護が違う気がするんだよね」
「加護がない私にそれを言いますか。……直接頼めばいいんじゃないでしょうか」
幼女な精霊が指を解放し、欠伸をして姿をくらませた。
校舎の外でさくり、さくりと土が掘り返される。
1年生が2がかりでようやく運べる苗木を両脇にそれぞれ抱え、2年生が駆け足で運んで来た。
「その土を入れてあげて」
ソナが指示を出す。
小柄なユキウサギとソナの前では多少はおとなしい丘精霊が、掘り返された土をつついて遊んでいる。
「昔ここに住んでいたエルフが育てていた品種です。負のマテリアル汚染の改善に効果がありますから」
泥だらけの幼女が、同じく泥だらけのユキウサギを抱えて得意げにうなずいている。
普段遊んでばかりの精霊が珍しく本気を出した結果、何の変哲も無い木がほんの少しだけ浄化の力を持つようになっていた。
新鮮な脂と肉の香りがふわりと漂う。
生徒全員に口に唾が溢れ、しかし2年生が睨みを効かせて暴発はさせない。
「クウ、どう?」
大火力コンロを使って分厚い肉を焼きながら、黒髪を白布巾で隠したユウ(ka6891)がワイバーンにたずねた。
窓の外のワイバーンが振り返り、首を左右に振りかけて上下に向きを変えた。
「仲直りの途中だね。じゃあもう少し後に食べられるように」
大型鍋を釜から外す。
塩と油多めのサラダを冷蔵庫に戻し、特大フライパンに載せたままの分厚い肉に視線を落とす。
「食べる?」
空色の尻尾が上機嫌に振られ、お高い肉のレアステーキがワイバーンの腹に消えた。
「王国がどこもこうなら……」
人格の癖は強いが誠意と能力がある教師陣に、衝突はしても前に進んでいく子供達。
だが一歩外に出るとユウは理解し辛い理由で争う人間が多すぎる。
大きく深呼吸して気持ちを切り替え料理を再開する。
その日の昼食は珍しく平和で、子供達が争ってお代わりをしていたらしい。
●別れ
「教師は無理ですよ。先生達王立学校一般科とかですし」
「警備なら……ごめんなさい無理です。パーティで生き残るのはできますが生徒を守って不寝番はちょっと」
卒業生から返ってきた返事はどれも否定的なものだった。
濃密な教育を受けただけでは足りず、社会で揉まれ初めて教師陣の凄さを理解できたのだ。
「では私はこれで」
「お世話になりました」
「依頼でなくてもいつでも来て下さい。歓迎しますよ」
別れの挨拶をするフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)に、教師陣が入れ替わり立ち替わりに声をかけた。
最後に現れたイコニアは、呼び止める言葉をなんども言いかけては自分の中に押し込めていた。
ワイバーンの背に乗り離陸する。
最初に訪れたときと比べて安全な場所は広がり、農業用ゴーレムによる大規模農業も始まっている。
校舎も拡張され生徒も教師も人数が増えた。
どれもフィーナ達が頑張ったからできたことだ。
着陸する。
フィーナはワイバーンで運べる限界サイズの苗木を下ろし、たった1人で植樹作業にとりかかる。
「ルル様、お仕事の邪魔をしては駄目です」
別のワイバーンの羽ばたく音と、馴染みのある気配が近づいて来る。
フィーナがスコップを置いて手袋を外す。
元気に駆け寄って来た小さな精霊は、違和感を覚えてフィーナの前で小首を傾げた。
「これまでの失礼をお詫びします」
跪いて謝罪する。
体に染みこんだ動きはどこまで丁寧で、小精霊の困惑がますます強くなる。
彼の大精霊様を救い給え。
私の愛する者の住む世界を救い給え。
願っても良いのなら……。
「歪んでしまった者すら、救う力を、与え給え」
最後に礼を述べて学校から飛び去る。
遙か上空から見た学校は、はっとするほど精気に満ちて見えた。
小さな足が地面を駆ける。
フィーナの植えた木の前で座り込み、汚れるにも気にせず地面に耳をつける。
この世界の為に、やらなければならないことがある。
目的の達成は難しく、歪んでしまった彼の者を救うのは那由多に一つの可能性。
それでも希望はある。どれだけ小さな可能性でもあれば。
相手は星。見知らぬ地で果てるかも知れない。
生きて帰れる見込みは少ないだろう。
だから私はこれを遺し、次に繋げようと思う。
それまでに世界が残っているかは不安だが。
私はハンターになるまで自由のない身であったが、それでもそれ以降は幸せであった。
自分の人生に後悔はない。
喜んで影に足を踏み入れよう。
フィーナ・マギ・フィルム
王国暦1018年4月23日
石の下の紙を読み取り終えた丘精霊が硬直する。
警護役であるユウに声に何度も声をかけられてようやく我に返り、己の担当範囲にフィーナが居ないことに気づいて両手を頬にあてぷるぷる大慌てする。
はっと思いついて祝福を送りはしたが、距離が離れすぎていて効果は0に近かった。
●祈り
「ルル様、イコニアさん今日も宜しくお願いしますね。おやつにはこれをどうぞ」
パルムを模したお菓子を渡すと、幼女の形をした精霊が喜びで輝く。
「独り占めは駄目ですからね」
輝きが弱くなり、北谷王子 朝騎(ka5818)に向かってとぼとぼ歩いて行った。
「今日はお世話になります」
引率の名目で外出したイコニアは、いつもよりくすんだ雰囲気だ。
「悩み事があるのでしょうか」
司祭は言葉を選ぶのに時間がかかった。
「政争です」
イスルダ島の完全制圧もまだで、王国とその周辺に高位歪虚がいる可能性が高いのに王国全土を巻き込む政争が始まりかけている。
「私に何か出来ることがあれば」
「ありがとうございます。でも、私もどうすればいいのか分かっていなくて」
ホロウレイドによる人材不足がなければ、今頃イコニアは平の司祭だったはずだ。
そんな彼女が影響力を持っていて後任候補もいないのが、王国の現状だった。
「そんなときは基本に戻りましょう。何が出来て何をしたいか自覚するのが重要、って習いましたよ」
敬意と同時に親しさもある。
司祭の口元が柔らかくなる。
「歪虚に勝ちたいだけなんです。そのためには予算が必要で、予算を確保するには貴族や富豪と連携するしか無いわけで」
貴族派に近い聖堂教会非良識派の言い分であった。
ドラグーンと人間が頑張って考えても、すごい解決策は思いつけなかった。
強大なはずの闇で出来た巨大鳥が、たった1本の斧で以て骨まで砕かれていく。
「ガキ共は連れて来れねぇよなぁ」
ボルディアが次の獲物を探して周囲を見回すと、何故か負のマテリアルが薄くなっていた。
まるで何かに遠慮するような、歪虚と負のマテリアルらしくない動きだった。
「終わったでちゅー」
レジャーシートの上に朝騎が寝転がる。
エルフ耳を除けば朝騎の妹にも見える精霊が、ころころ転がり朝騎に乗り上げて止まる。
くぅ、と腹が鳴る。
いそいそと弁当箱を取り出し開封すると、イコニアを可愛らしくデフォルメしたキャラ弁が外気に晒された。
精霊が目を丸くする。
弁当箱と朝騎のまわりを何度もまわり、造形とその背後にある技術と知識と文化を愛でる。
「気に入ってくれたようでちゅね」
ハンカチを膝に広げて軽く叩くと、重さを感じさせない小さなおしりが飛び乗ってきた。
「物騒なことばかりでちゅねー」
弁当を食べさせ、自分も食べる間も警戒は怠らない。
目無し烏と闇鳥には、奇妙なことに丘精霊に対する遠慮がある。
しかし他の歪虚にとって弱い精霊は美味しいだけの餌だ。
戦力的には雑魚雑魔以下の精霊など、幻獣に守らないといつ食われてもおかしくない。
「ルルしゃん、この苗の名前は……」
映像と音声と臭いが混じらず圧縮された情報が直接脳裏に浮かぶ。
精霊としての格の高さや能力の高さの証明にはならない。
むしろ逆で、情報の取捨選択が苦手だからこその情報量だった。
「過去のエルフの人達は今もまだ恨んでるんでちょうか……」
丘精霊は無言で朝騎に背を預ける。
同じ星に生まれて
同じ土地に生きて
同じ命を持って
多少外見に違いがあったとしても
互いに手を取り合って争い無く生きていく事ができれば
一人一人が他人に対する優しさをもう少し持って接する事ができれば
「それだけで世界は変わる筈なんでちゅけど……」
それがどれだけ困難なのかは重々承知している。
歴史を振り返っても朝騎個人の人生を振り返っても、一部実現するだけでも大変だ。
1人と1柱が、無言のまま静かな時間を楽しんでいた。
●
夜。
一本の木の前で、ユウが祈りを捧げている。
歪虚に向ける慈悲はなく、丘精霊と共に植樹に励んだもの歪虚討伐の一環だ。
だがそれでも、何も感じないわけではない。
龍園に伝わる祈りを捧げ終える。
立ち上がり帰路へつくと、重く暗い気配が昼間より遠くに感じられた。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
質問卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/04/21 14:36:51 |
|
![]() |
相談卓 ボルディア・コンフラムス(ka0796) 人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2018/04/21 21:45:38 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/04/21 17:08:15 |