ゲスト
(ka0000)
白銀のおとぎ話・6
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/06/17 19:00
- 完成日
- 2018/07/01 00:50
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
折れた氷柱が地面に突き刺さるような、重く鋭い音。
樹上にいた吹雪の歪虚、ブフェーラ・ディ・ネーレが地面に降り立った。
その傍らに、ケタケタと笑いながら数体の陶器人形も降りてくる。
『迷い子よ、お前をこの地に縛り付けて悲しませた精霊の仲間と共に行くのか?』
マリナの肩がびくりと震えた。
事実、覚醒者を捉えて離さないのは、クリムゾンウェストの大精霊なのだ。
『こちらへ戻ってこい。私ならお前の心を自由にしてやれるのだぞ』
マリナは迷っているように見えた。
まだ心に残る人としての理性が、待ち受ける辛い現実から目を逸らす歪虚の甘い言葉に揺らいでいる。
「私は……」
『戻りたくないというならそれでも構わないが。私はお前の行く先を壊すこともできるぞ』
積雪を踏む音のような笑い声。
ネーレは手にした氷の槍を振り上げ、さっきまで腰掛けていた枝に向けて振り下ろした。
その一閃で、太い枝がどさりと地面に落ちてきた。枝を覆っていた緑の葉はすべて黒く乾燥し、捩れ、パラパラと零れていく。
――芝居じみた行動だった。
もっと言えば、ネーレの所作は妙に「人間臭い」のだ。
嫉妬の歪虚は人間が右往左往する様を面白がるものだが、ネーレは人間の嫌悪、悲哀を的確に突いてくる。
歪虚を相手にしているというよりは、行動を一切理解できない人間を前にしたような居心地の悪さがあった。
そのネーレが、ハンターたちからわずかに視線を逸らす。
と同時に、馬の蹄と嘶き、そして女の声が響いた。
「勝手にサポートするわ! あたしはルイーザ・ジェオルジ。バチャーレ村の人から要請を受けたの!」
どうやら逃げ帰った村人が、すぐに連絡したらしい。
だがハンターたちは歪虚から目を離すわけにもいかなかった。
背後ではルイーザが、一方的にしゃべっている。
「ちゃんと秘密兵器も用意したのよ。ネーレ、いつまでもあんたに好きにはさせないわよ!」
……実に疑わしいお言葉である。
だがルイーザの登場で、ネーレとの間の緊張がわずかに緩んだ。
ハンターたちは瞬時の判断を迫られる。
折れた氷柱が地面に突き刺さるような、重く鋭い音。
樹上にいた吹雪の歪虚、ブフェーラ・ディ・ネーレが地面に降り立った。
その傍らに、ケタケタと笑いながら数体の陶器人形も降りてくる。
『迷い子よ、お前をこの地に縛り付けて悲しませた精霊の仲間と共に行くのか?』
マリナの肩がびくりと震えた。
事実、覚醒者を捉えて離さないのは、クリムゾンウェストの大精霊なのだ。
『こちらへ戻ってこい。私ならお前の心を自由にしてやれるのだぞ』
マリナは迷っているように見えた。
まだ心に残る人としての理性が、待ち受ける辛い現実から目を逸らす歪虚の甘い言葉に揺らいでいる。
「私は……」
『戻りたくないというならそれでも構わないが。私はお前の行く先を壊すこともできるぞ』
積雪を踏む音のような笑い声。
ネーレは手にした氷の槍を振り上げ、さっきまで腰掛けていた枝に向けて振り下ろした。
その一閃で、太い枝がどさりと地面に落ちてきた。枝を覆っていた緑の葉はすべて黒く乾燥し、捩れ、パラパラと零れていく。
――芝居じみた行動だった。
もっと言えば、ネーレの所作は妙に「人間臭い」のだ。
嫉妬の歪虚は人間が右往左往する様を面白がるものだが、ネーレは人間の嫌悪、悲哀を的確に突いてくる。
歪虚を相手にしているというよりは、行動を一切理解できない人間を前にしたような居心地の悪さがあった。
そのネーレが、ハンターたちからわずかに視線を逸らす。
と同時に、馬の蹄と嘶き、そして女の声が響いた。
「勝手にサポートするわ! あたしはルイーザ・ジェオルジ。バチャーレ村の人から要請を受けたの!」
どうやら逃げ帰った村人が、すぐに連絡したらしい。
だがハンターたちは歪虚から目を離すわけにもいかなかった。
背後ではルイーザが、一方的にしゃべっている。
「ちゃんと秘密兵器も用意したのよ。ネーレ、いつまでもあんたに好きにはさせないわよ!」
……実に疑わしいお言葉である。
だがルイーザの登場で、ネーレとの間の緊張がわずかに緩んだ。
ハンターたちは瞬時の判断を迫られる。
リプレイ本文
●
ルイーザは待ち構えていた村人から、人数分の耳栓とともに貴石のお守りを手渡された。
「……わかったわ、ありがとう」
微笑むルイーザに対し、トルステン=L=ユピテル(ka3946)は眉をひそめる。
(くっそ、ひでーコトなってんな。ケド歪虚のヤローは自分から契約を解除しねぇだろうな)
ならば負けを認めさせるしかない。
トルステンは村人に呼び掛けた。
「なあおい、聞いてくれ。男何人かで廃坑の祠に行って欲しいんだ。危ない橋渡らせちまうかもだけど……頼む!」
使える手は何でも使う。トルステンは地精霊の力を借りようと考えたのだ。
だがルイーザは、常になく厳しい顔でトルステンを制止した。
「時間がないわ。それに危険すぎる」
精霊の祠に村人がたどり着くまでに、決着はついているだろう。――何らかの形で。
ネーレが精霊の祠付近に罠を仕掛けている可能性もある。
「そもそもマニュス様に何をお願いするの?」
マニュス・ウィリディスは祠に祀られた精霊だ。力の及ぶ範囲はせいぜい廃坑まで。それもマリナたちを最初に救ってくれたときには、しばらく休養が必要なほどに力を使い果たしていたのだ。今もどこまで回復しているかはわからない。
「お祈りなら、僕が行きましょう」
名乗り出たのは他の村から恋人とともに移住してきた青年、アンジェロだ。
「馬の扱いは慣れていますから。仲間が助かるならやってみます」
たとえ間に合わなくてもじっとしているよりはマシ、と言いたげだ。
ルイーザは一つ息を吐くと、アンジェロを見据える。
「わかったわ。絶対に無理をしないで。あたしもすぐに追いかけるから」
エーミ・エーテルクラフト(ka2225)はその会話を、トランシーバーで前線に届ける。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)は援軍到着の報を受け、イヤリング型のトランシーバーをマリナの耳につけてやった。
「朗報は届くわ。待ちなさい」
何事かと訝しむ表情のマリナに「覚醒者になった記念」と微笑を向ける。
そこに通信が入った。
「仲間ですって。よかったじゃない」
カーミンは改めて前を見据える。
これまで見てきた嫉妬の歪虚は『観劇者』だった。
手を下さず誰かを操り、それを見て笑うモノ。操られた人を救いの代わりに斬ってきた。
だがネーレは自ら舞台に上がって来たのだ。
「いいわ、特等席を用意してあげる」
絶望から立ち上がる人の姿を見せてやる。それが報いというものだ。
そこにルイーザたちが到着した。
エクウスを猛然と駆るトリプルJ(ka6653)の声が轟く。
「マリナァァァ! 目ェ覚ませ! 踏ん張れッ! リアルブルーに帰りたいなら、いつか必ず俺が連れ帰ってやる!」
マリナがびくっと肩を震わせた。
ハンターたちは、ネーレが面白がるように彼らの背後に意識を向けたのに気付く。
互いに視線を交わし、なすべきことをなす。
ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は、足元に倒れるふたりの女性を素早く担ぎ上げる。
「弱った心にはあの言葉が、嘸や甘美に響くのでしょうね……ですが貴方は美しくない。心は自由でも身体はそうではない……ならば、死んでいるのと相違ありません」
その言葉がマリナの耳に届いたかも確認せず、後方へ。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)はマリナの横顔に語りかける。
「マリナは『どちらの世界を失うのもイヤ』なんだろう? いいか、白の君の元へ行ってしまえば、青も赤も、どちらも失ってしまうんだ」
故郷を恋しく思う気持ちを咎めることは誰にもできない。
だが、ぬるま湯のような夢はいつか終わる。
「現実は辛いことも多いが、いいこともたくさんある。マリナが白の君と決別できれば、この世界の人間はまた受け入れてくれるだろう。俺たちもサポートは惜しまないぜ」
大きな手のひらを小刻みに震える肩に置く。
「まだ一緒に飲みにも行けてないからな。マリナの好きな世界の話を聞かせてくれ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がマリナを引き留めるように抱きしめた。
「聞いてマリナ。後悔しない為に」
マリナの苦悩に歪んだ顔を見つめる。
「目を、心を、逸らさないデ。みんなの声を、するコトを。マリナが自分デ考えて選べるように。パティは側に居るカラ」
天王寺茜(ka4080)はポーションで自分の傷を癒し、マリナに訴える。
「マリナさん。サイモンさんはずっと貴方の心を案じてました。あの人とは、ちゃんと会って話し合って欲しいんです」
サイモンはマリナが「死ぬよりも辛い」状況になることを恐れていた。
けれどマリナのことをよくわかっていなかったのも事実だ。だから今度こそきちんと向き合ってほしい。
そのためにも。
「今は私たちを信じて。泣くんじゃなく前を見ましょう!」
マリナの悲しみを、誰よりもよく知っているからこそ。
「身を寄せて暖をとることも、一緒に夜明けを待つこともできるわ」
夜は消せなくとも、絶望は打ち消して見せる。
茜はその象徴ともいえるネーレを真っすぐ見据えた。
ルドルフ・デネボラ(ka3749)も、歪虚の薄笑いから目を逸らさないままだ。
「アイツを倒さないと話は始まらないと言うことか」
たとえ歪虚が『契約』を解かずとも、歪虚を倒せば契約者であるマリナは解放される。
ならば話は早い。
「パティ、ステンが来たらいくよ」
ルドルフはリボルバーを構えながら、じり、と爪先を動かした。
ディードリヒがルイーザたちと合流する。
「あとはお任せしましたよ。それと秘密兵器を、念のため」
「わかったわ。気を付けてね!」
村の女性を任せ、耳栓を受け取ったディードリヒはくすくす笑う。
「今更ヒトの想いの力に嫉妬したかの様に、自身に無かったモノを持つ者に嫉妬し破滅を願う様に……いやはや幼稚ですね」
「感情というのは単純で厄介なのよ」
エーミがトライクにふたりの女性を乗せる。スピードは出せないが、人が抱えて運ぶよりはずっと楽だろう。
「ふたりを村までお願いね。あたしは祠へ行くわ!」
ルイーザは祠へと馬を駆った。
●
トルステンの気配に、ルドルフが声をかける。
「ステン、遅かったね。遅刻だよ」
トルステンは無言のまま、ルドルフの手に耳栓を握らせた。
「ああ、そうか。一応受け取っておくよ」
ルドルフは敵から目をそらさないまま、身振りで応じた。
トルステンはここで、皆の援護を担うことになる。
(全員の生命線担うんだ、ぜってー行動不能になるわけにはいかねーんだよ)
耳栓で咆哮や泣き声が防げるなら迷わず使う。不利は感覚をフルに使って補って見せる。
「おいこらパティ! 援護は引き受けてやる。お前にしかできねーコトやれ!」
トルステンがパトリシアに声をかけると、ルドルフと場所を代わる。
パトリシアはトルステンに頷いて見せ、マリナの手を握る。
「ダイジョブよ。みんな、マリナのこと大好きだから」
マリナを不安にさせないように。ネーレに心を動かされないように。
「ルディもステンもアカネも、みんなLH044から来たのネ。でも思う事はバラバラだもノ。話してくれなきゃ、みんなのお望み、わからない……」
それぞれを視線で示しながら、パトリシアは歌うように語る。
「だから言うね。パティの『望み』は、大好きなみんなと生きるコト。アカネ達も、サイモンもマリナも。赤と青と緑。世界が違っても、みんなが笑顔で生きるコト」
だから帰ってきて。そして話を聞かせて。
ごめんなさいナラ一緒に行こうネ。
みんなデ耕したふかふかの土、忘れてないデショ?
「言って、マリナ。どうしたい?」
「私……誰も傷つけたくない……」
パトリシアは理解した。きっとマリナは、『白の君』すら傷つけたくないのだ。
トリプルJはマリナの少し後方で馬を降りた。
「間違えるんじゃねぇッ! 今この地にお前を縛り付けて墜とそうとしてるのはそこのクサレ歪虚だろぉがッ!」
叱咤しながらネーレを指さす。
「俺はリアルブルーに戻って、また軍に奉職するためにハンターになったんだ。お前が望むなら、俺が帰る時に必ず一緒に連れて帰ってやる……だから、お前も踏ん張れ」
トリプルJは、マリナの肩を抱えるようにして顔を覗き込む。
「いいか、これ以上あのクサレ歪虚の言葉なんか聞くんじゃねぇ。例えこれで重体になろうが、生き残って必ずお前の話を聞いてやるからよ?」
子供に言って聞かせるようにマリナの頭を撫でると、改めてパトリシアにその体を預けた。
「では始めるか」
ルトガーが進み出てきた陶器人形目掛けて、「デルタレイ」で仕掛ける。
三角形が広がり、それぞれの敵をめがけて光が伸びていく。
まずは陶器人形の射程外から、戦力を削ぐつもりだ。
1体の人形の片腕が吹き飛んだ。人形は笑いながら、反対の腕に氷の鞭を出現させる。
トリプルJは一気にそいつとの距離を詰め、鋭い鉤爪を叩きつけた。
「爆発する人形だぁ? 上等じゃねぇか、俺を飛ばしてみろよ!」
突出したトリプルJを囲むように、他の陶器人形が接近。氷の鞭がトリプルJを打ち据えると、全身を冷気が駆け抜ける。
「くっそ……こんなもん、宇宙の冷たさに比べりゃ!!」
気合で冷気を吹き飛ばし、トリプルJは尚も鉤爪を振るう。
●
続いてカーミンが飛び出す。
「オオカミを舞台から下ろすわよ」
「援護しますよ」
ルドルフが長い射程を生かし、カーミンへの狙いを逸らす。
オオカミがいる場所は、ネーレの傍の大木の陰。
カーミンはオオカミのすぐ手前で鋭角的に進路を変えると、大木の幹を蹴り、上方から襲い掛かる。
ネーレはまるで曲芸を見るような目で、カーミンを眺めていた。
『色々な芸があるものだ』
ネーレが片手を上げる。その手には、長大な氷の槍が握られていた。
だがネーレは槍を放たず、接近してくるディードリヒと茜の姿に視線を移した。
茜は「マテリアルアーマー」で自身を守りながら、ネーレの能力を探っていた。
「これ……霜……?」
ネーレに射程内まで接近したところ、積雪に踏み込んだように足が重くなったのだ。
足だけではない。全身を凍気が包み込み、思うように動けない。
傍らを見ると、ディードリヒも自嘲気味の笑みをこちらに向けていた。
「どうやら歪虚の結界のようですね。厄介なことです」
途中まで陶器人形を妨害しながら機敏に動いていたのが、嘘のように体が重い。
ディードリヒは空を切って飛んでくる氷の槍の切っ先を、どこか他人事のように眺めていた。
「ディードリヒさん!!」
茜が駆け寄ろうとするが、続いてネーレが放った氷塊が辺り構わず飛び散り、カーミンも、同じ歪虚であるはずのオオカミも構わず打ち据える。
「皆から……下がって!!」
茜は『攻性防壁』でネーレを押し込み、仲間から少しでも引き離そうとする。
茜の身体を氷塊が打ち、ネーレの身体を雷撃が弾く。
「このままでは流石にまずい」
ルトガーはトルステンに頷くと、花火に点火する。
爆音にネーレが一瞬気を取られた。
そのタイミングで、トルステンが魔導バイクを駆って割って入る。
「早く、今のうちに後退を!」
ルドルフが銃弾を集中させ、その隙に一同はネーレの影響が及ばない位置まで後退。
幸い、致命的な怪我を負ったものはいなかった。
そしてネーレの手の内はおよそ判明した。
●
茜とトルステンが、皆の傷を手早く癒す。
その間もネーレは相変わらず笑っていたが、手下は既に存在せず、数の優位はハンター側にあるのだ。
『精霊の申し子たちよ、なかなかにお前たちは面白い』
笑うネーレの、差し上げた右腕の肘から先が不意にぼろりと崩れ落ちた。
ネーレは笑いながら崩れた己の腕を眺める。
『ああ迷い子よ、私のこの腕をご覧。もうじき私の全身がこんな風に崩れてしまうかもしれない』
顔は笑っているが、声は哀れっぽい。
パトリシアはマリナをぎゅっと抱きしめる。
(ネーレも元は人かもしれない。さびしくて、寒くって。マリナは、そこに惹かれたのかも)
マリナは目を見開いて、ネーレを見つめていた。
「マリナは優しいカラ、ネーレを独りにできなかったのカナ? ……だとしても。だったら、なお、ここで終わらせましょ」
ルトガーが身構えつつも、ゆったりと近づく。
「拒絶の絶望が好きだと言ったな。あんたも元は人間だったって本当か?」
ネーレは薄笑いを崩さない。ルトガーは独り言のように続けた。
「独りが寂しいから意地悪するって言われてるぞ。自分と同じ目に遭わせて楽しんでいるのか? なあ、ほんとはあんたも人間の世界に戻りたいんじゃないのか? 俺にはあんたこそ可哀そうな迷い子に見えるぜ」
ネーレは積雪がきしむような声で笑う。
「あんたの本当の名前はなんだ? 次の人生があれば友人になれるといいな」
笑い声。
『さてさて。あれの名前は何というのか、誰かが尋ねてやればあのような場所で息絶えずに済んだかもしれぬ』
「ひっ!」
苦しげに息を呑みこんだのはマリナだった。
「マリナ、どうかシタ?」
パトリシアが抱きしめるが、マリナはわなないている。
「死んでた……誰にも見つけてもらえずに……冷たくて暗いところで……」
ネーレが耳障りな声で笑う。
『大丈夫だ、迷い子よ。私ならずっと一緒にいられるのだから』
マリナが動揺している理由は分からない。
だがルドルフはこれ以上ネーレを好きにさせるのは危険だと考えた。
見回すと、トリプルJが頷く。カーミンも。
ディードリヒはマリナの視界を遮るように立ちふさがる。
「あの歪虚に縋った先に有るのは、命の消失と、貴女の大切な方の絶望と涙だけですよ」
ネーレが笑う。
『迷い子よ、私はこのままでは……』
そこで一瞬、冷たい笑いが途切れる。まるで何かに足をすくわれたように、ほんの少しだけ歪虚の身体が揺れた。
ハンターたちはその瞬間を見逃さなかった。
●
全てが終わった後、精霊の祠に到達したルイーザからハンター達へ通信が届いた。
精霊に導かれて廃坑に入ったところ、とても古いミイラ化した遺骸を発見したという。
『負のマテリアルの澱みと、客死した人の無念があのネーレの形になったのかもしれないわね』
確かめようにも、ネーレの身体は氷の欠片のように砕け、溶けるように消えていった。
マリナの頬を涙が伝うが、その涙はもう誰を害することもない。
歪虚との契約は解除されたのだ。
「……ごめんなさい。みんなに助けてもらったのに、私、白の君のために泣いてる」
「いいんじゃない? それがあなたの性質なら、付き合ってあげる」
カーミン自身はそんな風に泣くことはできない。それでもマリナにとっては必要な涙なのだろうと思う。
これからはネーレの言葉通りの、試練がマリナに降りかかるだろう。
だから今は――。
見上げた空には、希望に輝く白い雲。
季節は約束された夏へと向かっていた。
<了>
ルイーザは待ち構えていた村人から、人数分の耳栓とともに貴石のお守りを手渡された。
「……わかったわ、ありがとう」
微笑むルイーザに対し、トルステン=L=ユピテル(ka3946)は眉をひそめる。
(くっそ、ひでーコトなってんな。ケド歪虚のヤローは自分から契約を解除しねぇだろうな)
ならば負けを認めさせるしかない。
トルステンは村人に呼び掛けた。
「なあおい、聞いてくれ。男何人かで廃坑の祠に行って欲しいんだ。危ない橋渡らせちまうかもだけど……頼む!」
使える手は何でも使う。トルステンは地精霊の力を借りようと考えたのだ。
だがルイーザは、常になく厳しい顔でトルステンを制止した。
「時間がないわ。それに危険すぎる」
精霊の祠に村人がたどり着くまでに、決着はついているだろう。――何らかの形で。
ネーレが精霊の祠付近に罠を仕掛けている可能性もある。
「そもそもマニュス様に何をお願いするの?」
マニュス・ウィリディスは祠に祀られた精霊だ。力の及ぶ範囲はせいぜい廃坑まで。それもマリナたちを最初に救ってくれたときには、しばらく休養が必要なほどに力を使い果たしていたのだ。今もどこまで回復しているかはわからない。
「お祈りなら、僕が行きましょう」
名乗り出たのは他の村から恋人とともに移住してきた青年、アンジェロだ。
「馬の扱いは慣れていますから。仲間が助かるならやってみます」
たとえ間に合わなくてもじっとしているよりはマシ、と言いたげだ。
ルイーザは一つ息を吐くと、アンジェロを見据える。
「わかったわ。絶対に無理をしないで。あたしもすぐに追いかけるから」
エーミ・エーテルクラフト(ka2225)はその会話を、トランシーバーで前線に届ける。
カーミン・S・フィールズ(ka1559)は援軍到着の報を受け、イヤリング型のトランシーバーをマリナの耳につけてやった。
「朗報は届くわ。待ちなさい」
何事かと訝しむ表情のマリナに「覚醒者になった記念」と微笑を向ける。
そこに通信が入った。
「仲間ですって。よかったじゃない」
カーミンは改めて前を見据える。
これまで見てきた嫉妬の歪虚は『観劇者』だった。
手を下さず誰かを操り、それを見て笑うモノ。操られた人を救いの代わりに斬ってきた。
だがネーレは自ら舞台に上がって来たのだ。
「いいわ、特等席を用意してあげる」
絶望から立ち上がる人の姿を見せてやる。それが報いというものだ。
そこにルイーザたちが到着した。
エクウスを猛然と駆るトリプルJ(ka6653)の声が轟く。
「マリナァァァ! 目ェ覚ませ! 踏ん張れッ! リアルブルーに帰りたいなら、いつか必ず俺が連れ帰ってやる!」
マリナがびくっと肩を震わせた。
ハンターたちは、ネーレが面白がるように彼らの背後に意識を向けたのに気付く。
互いに視線を交わし、なすべきことをなす。
ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は、足元に倒れるふたりの女性を素早く担ぎ上げる。
「弱った心にはあの言葉が、嘸や甘美に響くのでしょうね……ですが貴方は美しくない。心は自由でも身体はそうではない……ならば、死んでいるのと相違ありません」
その言葉がマリナの耳に届いたかも確認せず、後方へ。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)はマリナの横顔に語りかける。
「マリナは『どちらの世界を失うのもイヤ』なんだろう? いいか、白の君の元へ行ってしまえば、青も赤も、どちらも失ってしまうんだ」
故郷を恋しく思う気持ちを咎めることは誰にもできない。
だが、ぬるま湯のような夢はいつか終わる。
「現実は辛いことも多いが、いいこともたくさんある。マリナが白の君と決別できれば、この世界の人間はまた受け入れてくれるだろう。俺たちもサポートは惜しまないぜ」
大きな手のひらを小刻みに震える肩に置く。
「まだ一緒に飲みにも行けてないからな。マリナの好きな世界の話を聞かせてくれ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がマリナを引き留めるように抱きしめた。
「聞いてマリナ。後悔しない為に」
マリナの苦悩に歪んだ顔を見つめる。
「目を、心を、逸らさないデ。みんなの声を、するコトを。マリナが自分デ考えて選べるように。パティは側に居るカラ」
天王寺茜(ka4080)はポーションで自分の傷を癒し、マリナに訴える。
「マリナさん。サイモンさんはずっと貴方の心を案じてました。あの人とは、ちゃんと会って話し合って欲しいんです」
サイモンはマリナが「死ぬよりも辛い」状況になることを恐れていた。
けれどマリナのことをよくわかっていなかったのも事実だ。だから今度こそきちんと向き合ってほしい。
そのためにも。
「今は私たちを信じて。泣くんじゃなく前を見ましょう!」
マリナの悲しみを、誰よりもよく知っているからこそ。
「身を寄せて暖をとることも、一緒に夜明けを待つこともできるわ」
夜は消せなくとも、絶望は打ち消して見せる。
茜はその象徴ともいえるネーレを真っすぐ見据えた。
ルドルフ・デネボラ(ka3749)も、歪虚の薄笑いから目を逸らさないままだ。
「アイツを倒さないと話は始まらないと言うことか」
たとえ歪虚が『契約』を解かずとも、歪虚を倒せば契約者であるマリナは解放される。
ならば話は早い。
「パティ、ステンが来たらいくよ」
ルドルフはリボルバーを構えながら、じり、と爪先を動かした。
ディードリヒがルイーザたちと合流する。
「あとはお任せしましたよ。それと秘密兵器を、念のため」
「わかったわ。気を付けてね!」
村の女性を任せ、耳栓を受け取ったディードリヒはくすくす笑う。
「今更ヒトの想いの力に嫉妬したかの様に、自身に無かったモノを持つ者に嫉妬し破滅を願う様に……いやはや幼稚ですね」
「感情というのは単純で厄介なのよ」
エーミがトライクにふたりの女性を乗せる。スピードは出せないが、人が抱えて運ぶよりはずっと楽だろう。
「ふたりを村までお願いね。あたしは祠へ行くわ!」
ルイーザは祠へと馬を駆った。
●
トルステンの気配に、ルドルフが声をかける。
「ステン、遅かったね。遅刻だよ」
トルステンは無言のまま、ルドルフの手に耳栓を握らせた。
「ああ、そうか。一応受け取っておくよ」
ルドルフは敵から目をそらさないまま、身振りで応じた。
トルステンはここで、皆の援護を担うことになる。
(全員の生命線担うんだ、ぜってー行動不能になるわけにはいかねーんだよ)
耳栓で咆哮や泣き声が防げるなら迷わず使う。不利は感覚をフルに使って補って見せる。
「おいこらパティ! 援護は引き受けてやる。お前にしかできねーコトやれ!」
トルステンがパトリシアに声をかけると、ルドルフと場所を代わる。
パトリシアはトルステンに頷いて見せ、マリナの手を握る。
「ダイジョブよ。みんな、マリナのこと大好きだから」
マリナを不安にさせないように。ネーレに心を動かされないように。
「ルディもステンもアカネも、みんなLH044から来たのネ。でも思う事はバラバラだもノ。話してくれなきゃ、みんなのお望み、わからない……」
それぞれを視線で示しながら、パトリシアは歌うように語る。
「だから言うね。パティの『望み』は、大好きなみんなと生きるコト。アカネ達も、サイモンもマリナも。赤と青と緑。世界が違っても、みんなが笑顔で生きるコト」
だから帰ってきて。そして話を聞かせて。
ごめんなさいナラ一緒に行こうネ。
みんなデ耕したふかふかの土、忘れてないデショ?
「言って、マリナ。どうしたい?」
「私……誰も傷つけたくない……」
パトリシアは理解した。きっとマリナは、『白の君』すら傷つけたくないのだ。
トリプルJはマリナの少し後方で馬を降りた。
「間違えるんじゃねぇッ! 今この地にお前を縛り付けて墜とそうとしてるのはそこのクサレ歪虚だろぉがッ!」
叱咤しながらネーレを指さす。
「俺はリアルブルーに戻って、また軍に奉職するためにハンターになったんだ。お前が望むなら、俺が帰る時に必ず一緒に連れて帰ってやる……だから、お前も踏ん張れ」
トリプルJは、マリナの肩を抱えるようにして顔を覗き込む。
「いいか、これ以上あのクサレ歪虚の言葉なんか聞くんじゃねぇ。例えこれで重体になろうが、生き残って必ずお前の話を聞いてやるからよ?」
子供に言って聞かせるようにマリナの頭を撫でると、改めてパトリシアにその体を預けた。
「では始めるか」
ルトガーが進み出てきた陶器人形目掛けて、「デルタレイ」で仕掛ける。
三角形が広がり、それぞれの敵をめがけて光が伸びていく。
まずは陶器人形の射程外から、戦力を削ぐつもりだ。
1体の人形の片腕が吹き飛んだ。人形は笑いながら、反対の腕に氷の鞭を出現させる。
トリプルJは一気にそいつとの距離を詰め、鋭い鉤爪を叩きつけた。
「爆発する人形だぁ? 上等じゃねぇか、俺を飛ばしてみろよ!」
突出したトリプルJを囲むように、他の陶器人形が接近。氷の鞭がトリプルJを打ち据えると、全身を冷気が駆け抜ける。
「くっそ……こんなもん、宇宙の冷たさに比べりゃ!!」
気合で冷気を吹き飛ばし、トリプルJは尚も鉤爪を振るう。
●
続いてカーミンが飛び出す。
「オオカミを舞台から下ろすわよ」
「援護しますよ」
ルドルフが長い射程を生かし、カーミンへの狙いを逸らす。
オオカミがいる場所は、ネーレの傍の大木の陰。
カーミンはオオカミのすぐ手前で鋭角的に進路を変えると、大木の幹を蹴り、上方から襲い掛かる。
ネーレはまるで曲芸を見るような目で、カーミンを眺めていた。
『色々な芸があるものだ』
ネーレが片手を上げる。その手には、長大な氷の槍が握られていた。
だがネーレは槍を放たず、接近してくるディードリヒと茜の姿に視線を移した。
茜は「マテリアルアーマー」で自身を守りながら、ネーレの能力を探っていた。
「これ……霜……?」
ネーレに射程内まで接近したところ、積雪に踏み込んだように足が重くなったのだ。
足だけではない。全身を凍気が包み込み、思うように動けない。
傍らを見ると、ディードリヒも自嘲気味の笑みをこちらに向けていた。
「どうやら歪虚の結界のようですね。厄介なことです」
途中まで陶器人形を妨害しながら機敏に動いていたのが、嘘のように体が重い。
ディードリヒは空を切って飛んでくる氷の槍の切っ先を、どこか他人事のように眺めていた。
「ディードリヒさん!!」
茜が駆け寄ろうとするが、続いてネーレが放った氷塊が辺り構わず飛び散り、カーミンも、同じ歪虚であるはずのオオカミも構わず打ち据える。
「皆から……下がって!!」
茜は『攻性防壁』でネーレを押し込み、仲間から少しでも引き離そうとする。
茜の身体を氷塊が打ち、ネーレの身体を雷撃が弾く。
「このままでは流石にまずい」
ルトガーはトルステンに頷くと、花火に点火する。
爆音にネーレが一瞬気を取られた。
そのタイミングで、トルステンが魔導バイクを駆って割って入る。
「早く、今のうちに後退を!」
ルドルフが銃弾を集中させ、その隙に一同はネーレの影響が及ばない位置まで後退。
幸い、致命的な怪我を負ったものはいなかった。
そしてネーレの手の内はおよそ判明した。
●
茜とトルステンが、皆の傷を手早く癒す。
その間もネーレは相変わらず笑っていたが、手下は既に存在せず、数の優位はハンター側にあるのだ。
『精霊の申し子たちよ、なかなかにお前たちは面白い』
笑うネーレの、差し上げた右腕の肘から先が不意にぼろりと崩れ落ちた。
ネーレは笑いながら崩れた己の腕を眺める。
『ああ迷い子よ、私のこの腕をご覧。もうじき私の全身がこんな風に崩れてしまうかもしれない』
顔は笑っているが、声は哀れっぽい。
パトリシアはマリナをぎゅっと抱きしめる。
(ネーレも元は人かもしれない。さびしくて、寒くって。マリナは、そこに惹かれたのかも)
マリナは目を見開いて、ネーレを見つめていた。
「マリナは優しいカラ、ネーレを独りにできなかったのカナ? ……だとしても。だったら、なお、ここで終わらせましょ」
ルトガーが身構えつつも、ゆったりと近づく。
「拒絶の絶望が好きだと言ったな。あんたも元は人間だったって本当か?」
ネーレは薄笑いを崩さない。ルトガーは独り言のように続けた。
「独りが寂しいから意地悪するって言われてるぞ。自分と同じ目に遭わせて楽しんでいるのか? なあ、ほんとはあんたも人間の世界に戻りたいんじゃないのか? 俺にはあんたこそ可哀そうな迷い子に見えるぜ」
ネーレは積雪がきしむような声で笑う。
「あんたの本当の名前はなんだ? 次の人生があれば友人になれるといいな」
笑い声。
『さてさて。あれの名前は何というのか、誰かが尋ねてやればあのような場所で息絶えずに済んだかもしれぬ』
「ひっ!」
苦しげに息を呑みこんだのはマリナだった。
「マリナ、どうかシタ?」
パトリシアが抱きしめるが、マリナはわなないている。
「死んでた……誰にも見つけてもらえずに……冷たくて暗いところで……」
ネーレが耳障りな声で笑う。
『大丈夫だ、迷い子よ。私ならずっと一緒にいられるのだから』
マリナが動揺している理由は分からない。
だがルドルフはこれ以上ネーレを好きにさせるのは危険だと考えた。
見回すと、トリプルJが頷く。カーミンも。
ディードリヒはマリナの視界を遮るように立ちふさがる。
「あの歪虚に縋った先に有るのは、命の消失と、貴女の大切な方の絶望と涙だけですよ」
ネーレが笑う。
『迷い子よ、私はこのままでは……』
そこで一瞬、冷たい笑いが途切れる。まるで何かに足をすくわれたように、ほんの少しだけ歪虚の身体が揺れた。
ハンターたちはその瞬間を見逃さなかった。
●
全てが終わった後、精霊の祠に到達したルイーザからハンター達へ通信が届いた。
精霊に導かれて廃坑に入ったところ、とても古いミイラ化した遺骸を発見したという。
『負のマテリアルの澱みと、客死した人の無念があのネーレの形になったのかもしれないわね』
確かめようにも、ネーレの身体は氷の欠片のように砕け、溶けるように消えていった。
マリナの頬を涙が伝うが、その涙はもう誰を害することもない。
歪虚との契約は解除されたのだ。
「……ごめんなさい。みんなに助けてもらったのに、私、白の君のために泣いてる」
「いいんじゃない? それがあなたの性質なら、付き合ってあげる」
カーミン自身はそんな風に泣くことはできない。それでもマリナにとっては必要な涙なのだろうと思う。
これからはネーレの言葉通りの、試練がマリナに降りかかるだろう。
だから今は――。
見上げた空には、希望に輝く白い雲。
季節は約束された夏へと向かっていた。
<了>
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- エーミ・エーテルクラフト(ka2225)
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相談卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/06/17 17:58:25 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/06/17 16:17:51 |