白銀の星を仰いで

マスター:樹シロカ

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/07/13 19:00
完成日
2018/07/27 01:11

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

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オープニング


 同盟の農耕推進地域ジェオルジに、サルヴァトーレ・ロッソの乗員らが移住したバチャーレという村がある。
 様々な困難を乗り越え、リアルブルーからの移住者にクリムゾンウェストの仲間も加わり、近隣の村とも付き合いながら、どうにか自給自足できる状態にまでなった。
 そこに先の冬、おとぎ話に出てくる吹雪の魔物「ブフェーラ・ディ・ネーレ」の姿を模した嫉妬の歪虚が現れ、移住者のひとりであるマリナという女性を契約者とした。
 故郷を思う強い気持ちが歪虚に付け入る隙を与え、村の子供が危うく命を落とすところだったが、ハンターたちの助力のおかげで歪虚は撃退され、マリナは堕落者となる前に解放された。
 歪虚は負のマテリアルの影響で力を増す。
 ネーレの場合は、大昔に客死した旅人の強い無念が加わり、生きている者達を翻弄していたと考えられた。
 ――もっとも、真相はネーレ自身にも分かっていなかったかもしれないが。

「という訳で、祭の準備をお願いします」
 ジェオルジの若き領主、セスト・ジェオルジ(kz0034)はいつも通りの淡々とした調子でそう言った。
「祭、ですか」
 オウム返しに呟いたのは、バチャーレ村の代表を務めるサイモン・小川(kz0211)だ。
 それどころではない、というのがサイモンの本音だ。
 村人たちの動揺は収まっていないし、マリナ自身も皆にあわせる顔がないというのが本音だろう。
 危うく命を落とすところだった子供は、まだ村にも戻っていない。
 畑だって放ったらかしである。頭を悩ますことが山積みの中で、祭を楽しむ余裕などあるはずがない。
 だがセストはそれらをすべて承知した上で、祭にこだわった。
「今だからこそ、です」
 このままマリナと村人がわだかまりを持ったままでいれば、時間が経つほど和解は難しくなる。
 その点、祭の準備となれば、嫌でも会話し、一緒に身体を動かすことになる。
「バチャーレ村は『春郷祭』にも参加できていないでしょう。近隣の村にも平常に戻ったことをアピールできる機会になると思います」
 それから、とセストは口元をわずかにほころばせた。
「マニュス・ウィリディス様にきちんとお礼を申し上げないと、また何か悪戯されては困りますから」
「……領主様の仰る通りかもしれません。ではハンターの皆さんにも、是非お集まりいただきたいですね」
 サイモンもようやく笑顔を見せた。


 祭の目的は、地精霊マニュス・ウィリディスに感謝するためとされた。
 朝に祠に参り、お供えした種を畑に蒔く。夜には星を仰いで互いの労を労う。
 ハンターに依頼されたのはお参りの護衛と、種蒔きの手伝いだった。
 セストに連れられて、アニタとその子供たち、エリオ、レベッカ、ビアンカも村に戻ってきた。
 少しぎくしゃくしていた村の雰囲気も明るくなり、サイモンは内心でほっと息をつく。

 そんな中、集まったハンターたちは、ひっそりと声をかけてきたマリナに気づいた。
「あの、この前はどうもありがとう。それと迷惑をかけて……本当にごめんなさい」
 まだ多少顔色は悪いが、普通に活動はできているという。
「昼のうちに、何人かに手伝ってほしいことがあるんだけど。マニュス様にも主任にも、そうしたほうがいいだろうと言われたから……」

 冬から春へ、そして夏へ。
 村に流れる時間が、動き始めた。

リプレイ本文


 朝日がバチャーレ村の家々を照らしだす。
 すでに村中が起き出して、それぞれの準備を整えていた。
 村人の中で特に丈夫な者は精霊の祠へ向かい、そのほかの者は畑で種まきの準備を整える。
 ハンターたちはそれぞれに付き添う。
 ルドルフ・デネボラ (ka3749)は、友人のパトリシア=K=ポラリス (ka5996)とトルステン=L=ユピテル (ka3946) が祠へ向かうのを見送る。
「こっちは任せて、行ってきなよ。パティは張り切りすぎて無茶しないようにね」
 祠までは険しい山道で、一般人の護衛はそれなりに気の張る仕事だ。
「あー、んじゃ頼む。そっちも張り切りすぎんじゃねーぞ」
「牛さんもガンバなのヨ。いってきまーす」
 パトリシアは労うように、ルドルフの牛を撫でた。
 ルーキフェル・ハーツ(ka1064) とウェスペル・ハーツ (ka1065)は、アルヴィース・シマヅ (ka2830)から酒瓶を受け取る。
「持てますかな? 爺の秘蔵の酒です、精霊様にもきっと喜んでいただけるでしょう」
「るーは力持ちですお!!」
「しまーも畑を頑張るなの」
「そうですな。皆様の仲直りのためにも、ここは気合いを入れねばなりませんな」
 アルヴィースはふたりの頭を撫でて笑った。

 祠へ同行するハンターに、改めてマリナが頭を下げた。
「あの……本当にごめんなさい」
 あの場所がすべての始まりだった。マリナの中ではまだ、割り切れないものがあるのだろう。
「あのね、マリナ。パティにはごめんなさい禁止なのヨ」
 パトリシアがうつむく顔を覗き込む。
「勝手にお部屋に入っちゃったから、おあいこネ。それに、ネーレの傍にいたこと、後悔してないデショ?」
 ネーレ自体は歪虚だったが、旅人の寂しい魂は本当だった。
 誰かに見つけてもらえなければ、今でも冷たい廃坑でわだかまっていただろう。
 孤独に震える魂は、マリナが共感したことでやっと解放されたのだ。
「だからマリナが村の代表として、見つけたダケ。パティはそう思う」
 天王寺茜 (ka4080)がマリナの腕に軽く手を添える。
「少なくとも私は、迷惑だなんて思ってないです。マリナさんも辛かったんですから」
「……ありがとう」
 ルトガー・レイヴンルフト (ka1847)はマリナの肩を軽く叩くと、歩き出すよう促す。
「信頼をすぐに取り戻すのは難しいだろうな。だが不可能ではないし、時間が解決してくれることもある」
 だが、とルトガーはマリナに顔を向けた。
「投げ出してしまったら、何も変わらないだろう。できることから手を付けて、少しずつでも動くことだ」
 その一歩がまさに今なのだ。
 ディードリヒ・D・ディエルマン (ka3850)は傍をすり抜けながら、マリナの顔を見ないままに語りかけた。
「あのときの貴女の心が、ネーレの為に涙しただけでしょう? 正気の今、同じ過ちを犯すつもりが無いのなら責める言葉は持ち合わせて居りませんよ」
 思わずマリナは顔を上げ、ディードリヒを見る。
 人間に傷を負わせ、歪虚の力で苦しめた。なじられても当然だとマリナは考えている。
「正気だと、自分でも言い切れるかどうかわからないわ」
 ネーレに心を明け渡していたときだって、マリナ自身は『正気』だと思っていたはずだ。
 他人の信頼もそうだが、自分に対する信頼もまた、一度失えば取り戻すのは難しい。
「それはマリナさんご自身の問題ですから、今更お話しすることでもないでしょう。ですが、今回の依頼は依頼です。お手伝いいたしますよ」
 突き放す言葉だが、慰めの言葉ばかりではマリナも居たたまれないだろう。
 過去をきちんと受け止め、これからどうするかはマリナ自身が考えなければならないのだから。


 祠へ向かう一隊を見送り、村人たちは畑へ向かう。
 前日までにかなりの部分が耕されていたが、掘り返された木の根や岩もまだ残っていた。
「よし、ちょっと頑張ってくれるかな。頼りにしてるよ」
 ルドルフは牛を励ましながら、邪魔な物を畑から運び出していった。
「うーん、魔導トラックより小回りが利いて助かるな。牛も増やそうかな……いやいっそ酪農も……」
 村の代表であるサイモンが、独り言をつぶやきながら牛の働きを見つめる。
「村長さん、手が止まってるで?」
 ラィル・ファーディル・ラァドゥ (ka1929) がサイモンの背中を叩いてからかった。
「あっ、すみません! つい……」
「ま、そういうことを考えられるようになって良かったで。なんや、色々と解決したみたいで、めでたしめでたしやな!」
 農作業のこと、これからの村の発展のこと。少し前までは、そんなことを考える余裕もない状況だった。
 今は考えるにも未来を見つめていられるのだから。
「さて、人間の力仕事は任せてもらうで! 農業の詳しい話はようわからんからな、指示だけ頼むわな」
 ラィルは大きな鋤を担いで、村人の後をついていった。
 乾いた土を耕すと、湿った黒い土が顔を出す。
「ああ、そこには先に肥料を入れます、ちょっと待って」
 サイモンが図面を見ながらあちこち歩き回る。
「肥料の入れ方などはコツがあるのですかな」
 土を掘りながら、アルヴィースが尋ねた。
「ええ、元肥にはゆっくり効く物を入れます。これは深く埋めないと……」
 サイモンの説明にアルヴィースはいちいち頷く。
「なるほどなるほど。そちらは家庭菜園でも活かせるものですかな?」
「そうですね。葉物野菜と根菜では配合が少し違いますが、家庭菜園ならあまり厳密に考えなくてもいいと思います」
 言ってみればサイモンは食用植物のオタクだ。村人たちはまた始まった、という顔で笑い、作業を続ける。
 ルドルフは牛に冷たい水を与えながら、少しずつ高くなる太陽を見上げた。
「そろそろステン達は祠につく頃かな」
 友人たちが自分の「想い」をうまく伝えられるよう、そっと祈る。


 湿った土の匂い、木々の葉から立ち上る陽炎。
 山はすっかり夏の彩りに満ちていた。
 とはいえ、まだ朝早い時間で、山歩きが辛いほどの暑さではない。
 ルーキフェルとウェスペルは、先を争うようにして山道を抜けていった。
「セスト、いそぐですお!」
「マニュス様にわらわれますなの!」
「すみません、おふたりにはかないませんね」
 セスト自身が双子についていくのに問題はないが、荷物を運ぶ村人たちのペースに合わせているのだ。
 おそらく双子もそれは分かっている。分かっていても、急かしたくなるのだろう。
「先に行きますなの!」
「マニュス様にご挨拶するですお!!」
 ふたりの姿は、あっという間に見えなくなった。
 セストは小さな背中を見送り、思わず呟く。
「元気いっぱいですね。夏の盛りのバッタみたいだ」
 パトリシアが思わずくすっと笑ったので、セストは内緒だと指を口元に立てる。
「セスト、ずっとこの村のこと見ててくれテ、ありがと」
 セストは意外そうに眼を見張る。
「僕のほうこそ、皆さんにお礼を言わなければ。この村がジェオルジの一員となる切欠を下さったのですから」
 その目的がようやく叶いかけたところで、歪虚がやってきた。
 人々はまた、躓いたところからやり直さなければならない。
「うん、でも、元には戻らなくテモ、みんな生きてテ、ここに居テ。パティはそれが、とても嬉し♪」
 パトリシアは陽光のような金の髪を揺らして、元気に歩き出す。

 祠はいつも通り、静けさの中にあった。
「マニュスさま、遊びに……じゃなかった、お供えにきましたおー!」
 ルーキフェルが声をかけてみるが、地精霊マニュス・ウィリディスはまだ姿を見せない。お供えが終わるのを待っているのだろう。
「草がいっぱいなの、ピカピカにお掃除するなの! マリナもがんばるなの!!」
「え? あ、うん」
 ウェスペルは敢えてマリナの手を引き、祠の傍へ誘う。
 他の一同も続いて祠の周囲の掃除に取り掛かる。
 トルステンは軽く祠に向かって瞑目した。
(なんだかんだ言って、すげー世話になってるな。これからもヨロシク……ってのはまだ早いか?)
 気まぐれだが、それなりに人間を好きでいてくれる精霊には、純粋に感謝したいと思う。
 何より、今回の祭がバチャーレ村とマリナ個人、どちらにも良い影響を与えるだろう。

 祠に水をかけ、汚れを洗い流す。
「きれいきれいしますおー、かゆいところはないですかおー?」
 ルーキフェルが以前に教わった方法で一生懸命こすると、祠は光って見えるほどになった。
 食べ物に酒、種蒔きの種を供え、香木を焚くと、やがて光り輝く小さな人型が祠の上に浮かび上がった。
「もう夏にもなろうというのに来るのが遅い故、眠って居ったわ」
 などと言いつつ、光を放つ小さな手で種の山を愛しそうに撫でる。
「良い子じゃ。大きく強く育てよ」
 そして人々を見渡した精霊は、マリナの姿に目を細めた。
「息災そうで何よりじゃ。枯れた枝は戻らぬが、新しい枝を伸ばせば樹は育とうぞ」
「……はい。そうなればいいと思っています」
 マリナが深く頭を垂れた。


 精霊の祝福を受けた種を大事に抱えて、村人達はトルステンとパトリシアに護衛されて山を下りて行った。
 残ったのはマリナと精霊と、こちらに同行したハンター達だ。
「重ねて大儀じゃが、もう一仕事じゃな」
 精霊が説明する内容を人間的に解釈すると、先だって現れたブフェーラ・ディ・ネーレは負のマテリアルから自然発生した歪虚だった。
 廃坑にはマテリアルの澱みがあり、そこでたまたま大昔の旅人が失意のうちに亡くなった。さらに鉱山にはキアーラ石という、人の思念を受けて反応する鉱石があった。
 そこに四大精霊の権限という惑星全体の変動が起き、地精霊マニュス・ウィリディスを目覚めさせ、その刺激でネーレも形をとるまでになった……というのだ。
 今度はマリナが口を開く。
「サイモンとも相談して、行き倒れの旅人のためには見晴らしのいい場所にお墓を作ったわ。ネーレも消滅したけど、負のマテリアルそのものがなくなることはないだろうから、鉱山のキアーラ石の大きなものは砕いて山に撒いてしまおうと思って」
 キアーラ川の河岸で見つかる石は、川の流れに磨かれた丸い石だ。原石が川に落ち、長い年月をかけてたどり着いたものだろう。
「だから山に撒けば、時間をかけて川岸にたどり着くと思う。それで、石を撒くのは私たちが時間をかけてできるけど、石を砕くのはちょっと難しくて……」
「そういう荒行は汝らが得意であろう?」
 精霊がこともなげに言うと、トリプルJ (ka6653) がニヤリと笑う。
「なるほどな、話は分かったぜ。そういうことなら任せとけ」
 一同は精霊に見送られながら廃坑へ向かった。

 坑道に一歩入ると、ひやりと涼しい湿った風が頬を撫でていく。
 マリナは身震いしたが、足を止めずに歩き続けた。
 やがて、以前にマリナが寄り添うようにもたれかかっていたキアーラ石の大きな塊に到着する。
 トリプルJは辺りを見回し、軽く口笛を吹いた。
「改めてみると、あちこちが光ってたんだな」
 昔、この鉱山で何を産出していたのかはわからないが、キアーラ石もかなり含まれているようだった。
 だが目の前の、人の背丈近くあるものほど大きな塊はなさそうだ。
「で、砕くってのはトンカチか、それとも拳かあ? 拳が早いとは思うがな!」
 小手調べとばかりに、いきなり鉄爪で砕くトリプルJ。ばらばらと崩れた鉱石が転がり、坑道に音が反響する。
 その破壊力に、マリナが思わず自分の拳をじっと見つめた。
「いや待て、冗談だ冗談。覚醒者でもいきなりは無理だ! それよりのんびりしてたらあっという間に夜になるぜ?」
 トリプルJは今度は控えめに、ていねいに石を砕き始めた。

 運べる大きさに砕いた石を、今度は外へ運び出す。
 ディードリヒは底に細工した大きなカバンに欠片を詰め、背中に負った。
「こうして木々の上から撒けば、上手く散らばるでしょう」
 身軽さを生かして壁歩きで太い木の幹を上り、ところどころで背中の石を落とす。ディードリヒの姿はあっという間に森の中へ消えていった。
「ではこちらは、地道に地上から撒くとしようか」
「んじゃ俺はあっちへ行ってみるぜ」
 ルトガーとトリプルJが籠を背負い、それぞれ別の方角に歩き出す。
 茜がマリナを誘った。
「じゃあ私たちは、一緒にあっちへ行きましょ。どこから撒けばちゃんと川に行くのか、教えてくださいね」
「まずそこの崖の上から……それから尾根にそって、あちらに。いつか雨や湧き水が川に運んでくれるわ」
 長い年月を経て、角が取れて丸くなる石。砕いたばかりのごつごつの石はどこか寂しいが、川べりで丸く輝く石は優しく見える。
「いつかあんな風になれたらいいのに」
 思わずつぶやいたマリナの言葉は、山を渡る風が運んで行った。
「え? なんですか?」
 先に立って歩いていた茜が振り向く。マリナは眩しいものを見るように目を細めた。
「ううん、なんでも。あ、その先、ちょうどいい場所だと思うわ!」


 畑の準備が整ったころ、種が運ばれてきた。
 村人たちはそれぞれに適した方法で、種を撒き、土をかぶせ、覆いを取り付ける。
 ハンターたちの手伝いもあって、作業はスムーズに進んだ。
「こんなちっちゃいのがおっきくなるのはすおいお!」
 ルーキフェルは手に乗せた種を、しみじみと見つめる。
「セスト、ここはブロッコリー畑にするとすごくいいと思いますなの」
 ウェスペルは自分の大好きな野菜を、たくさん植えてくれるといいと思う。
「後でオガワ代表に相談してみるといいと思いますよ。村の人が何を収穫したいのか、一番よく知っているでしょうから」
「そうしますなの!!」
「おいしい野菜がたくさん収穫できるといいですなあ」
 畝に丁寧に土をかぶせて、アルヴィースは辺りを見回した。
 別の区画では、ラィルが覆いを張るための支柱を立てていた。
「こっちはこんなもんでええんか?」
「ありがとうございます。これなら簡単に倒れなくて済みそうです」
 眩しい日差し、鳥のつまみ食い、強い風と雨。種は試練を乗り越えて、根を張り、実りをもたらす。
 人はそれを手伝うことはできるが、育つのは種自身だ。
 それから双子はお手製の看板なども頑張って作成し(ちょっと何が書いてあるのかわかりにくいと思ったので、アルヴィースが裏に野菜の名前などを書き足したりしたが)、種蒔きの作業は終わる。
 その頃にはもう太陽は山の端に近づきつつあった。

 種蒔き班と並行で、宴会準備班は大忙しだ。
 そんな集団の中でマリィア・バルデス (ka5848) は、時々奇妙な「間」のようなものを感じる。
(リアルブルーからの移民が多い村だから、聖輝節のときにも興味があって覗いてみたけど)
 あれから半年ほどの間に、村の雰囲気は変わったようだ。
 来る前に調べた経緯を考えれば、なるほど仕方のない面もあるだろう。
 だがコミュニティとしてこのままの状態が続けば、いずれ大きな破綻に至るかもしれない。
 それが何をもたらすか、マリィアには容易に想像がついた。
(それでも彼ら自身が気づかなくてはね。私たちには手伝うことしかできないのだし)
 大鍋を混ぜながら周囲を観察するマリィアの傍を、一人の女の子が大きな籠を抱えてよろよろと歩いていた。
 マリィアはころんと転がり出たジャガイモを拾い上げ、子供の籠にそっと乗せる。
「貴方達もお手伝い? 偉いわね?」
「これぐらいだいじょうぶ! いつもやってるもん!」
 村の子供はたくましかった。見つめるマリィアの表情は暖かく、優しくなる。
「そう。お手伝いしてくれる良い子にはご褒美よ?」
 内緒よ、という仕草で口元に指をあて、持ち込んだお菓子を握らせる。綺麗なアイシングのかかったビスケットに、子供の顔がぱっと明るくなる。
「ありがとう、おねえちゃん!」
「ジャガイモはもっとあるかしら? こっちにも分けてほしいの」
「あるよっ! あとで持ってくるね!!」
 内緒と言ったが、「ここだけの話」は仲良しにあっという間に広まる。しばらく後、マリィアの周囲には大量のジャガイモが集まることになった。

 トルステンとパトリシアは、顔なじみになった村人達と相談しながら、村の特産品である瓶詰を使ったカナッペやサンドイッチなど、気軽につまめるものをたくさん用意する。
「ま、こーゆーのはいくらあっても余るもんじゃねーし」
 飲みながら、おしゃべりしながら。ひとつ、またひとつと摘まんでもらえればいい。
「そーだ。子供も結構いるから、果物サンドもつくっとくか。なんかあるか?」
「缶詰は色々あるよ。あとは山でとってきたメロンっぽいのとか、桃っぽいのとか……」
「ぽい、か。大丈夫なのかよソレ」
「サイモンが毒はないだろうって」
「ステン、皮をむいタラ、メロンの香りヨ!」
 パトリシアがみずみずしい果肉をトルステンの目の前に差し出した。
 トルステンは味を見て、砂糖をまぶしてみたりと工夫する。
「へえ。手慣れたもんだね」
 笑顔で声をかけてきたのは、アニタだった。
「エリオ、レベッカ、ビアンカ。お久しで嬉しネ♪」
「よ。元気そうじゃねーか」
「まあね。こうして村にも帰って来たし」
 アニタはそう言って、作業を手伝う。
「うちの子はこの山桃が大好きだよ」
「へえ。結構この辺りで見つかるモンなのか」
「じゃあいっぱい挟むのヨ。ほかには何がスキ?」
 パトリシアはさりげなく、トルステンがアニタと話しやすいように子供たちに声をかける。
 そうして少しずつだが、村を離れていた間のことなども聞いた。
 子供はかなり落ち着いていること、畑が気になるので戻ってきたこと。
「ほかに行くところもないしね。ここなら食べていけるから」
 そして宴会場に料理を運び込む段になって、アニタは小声で言った。
「どっちかっていうとさ。皆がうちの子を気遣ってくれるから、マリナさんが余計にきつそうなのが、ね。気にしないでくれたほうがいいんだけど」
 アニタはすぐにいつもの大きな声に戻って、パトリシアを囲んでじゃれる子供たちをたしなめた。


 空を赤く染めて太陽が沈むと、涼しい風が村を吹き抜ける。
 あちこちで篝火が焚かれ、いつもと違う光景に、あちらこちらから子供たちのはしゃぐ声が響いていた。
「あったよー!」
「こっちはキャンデーが入ってた!」
 小さな箱を見つけては、歓声を上げる。
「だいじょぶ、他にもあるのヨ。でもお宝は村の中にダケ。外には出ちゃダメなんだよ」
 パトリシアは子供たちが遠くへ行かないよう注意する。
 キアーラ石の原石を山に撒いていたディードリヒが、小さな石をいくつか余興の宝探しに使ってはどうかと提案したのだ。
 ハンターたちの口から「ここだけの話」で伝わった子供だけの秘密の催しは、なかなかに好評らしい。

 村の集会場になっている大型コンテナの出入り口は開け放され、村人たちが賑やかに集っている。
「皆さん今日はお疲れさまでした。秋にはまた収穫祭ができるよう、身体に気を付けて元気で過ごしましょう」
 代表のサイモンが、あまり上手ではないスピーチを手短に終えると、さっそく乾杯が始まった。
 少し離れた場所に腰を落ち着けたサイモンに、マリィアが冷たい飲み物を差し出す。
「どうしたの、代表さん? 眉間に皺が寄ってるわよ?」
「ああ、これはすみません」
 サイモンは苦笑いを浮かべ、飲み物を受け取った。
「つい余計なことを、あれこれ考えてしまう癖が抜けませんね」
「確かに、色々考えてしまうわね。怖かったこと、やられたことを忘れる人間はいないわ」
 マリィアは今日感じたことを、率直に語った。
「それでもどこかで区切りをつける必要はあるし、誰かがそれを促す必要もある。ぎくしゃくした関係が長く固定してしまったら解決は難しいわ」
「ええ。おっしゃる通りです」
「だからその前に、水に流す雰囲気を作ること。それは今やるべきことだったのよ。まだ間に合うはずよ。でも今はしっかり食べなくちゃね、代表さん?」
 マリィアは良いにおいを立てる、煮込み料理の深皿をすすめた。

 宴会場は盛り上がっていた。
 その輪の中で、ラィルは自らも食べて飲んで、リュートを鳴らしてよい声で歌う。
「ええか、精霊ってのはそうしょっちゅう会えるもんやないんやで。だから皆、普段から忘れんように感謝するんやで」
 即興でいかに精霊の姿が美しいか、その恵みが有り難いか、曲に乗せて語る。
「それからこれはおまけやな」
 短い鎮魂歌は、客死した誰かのため。その一瞬は皆が静かに杯を掲げる。
 遠い場所からこの地へ流れつき、根を張って生きることになった偶然。
 時に何かにすがりたくなるだろう。諍いを収めるには、人同士では軋轢が起きることもあるだろう。精霊の存在は、そんなときのためにも有効だ。
 覚えの早い子供たちは、ラィルの歌をさっそくまねている。
「ええで。ほなもう一回行くか。山まで届くぐらい大きな声でな!」
 アルヴィースは自らも飲みながら、子供たちと一緒に手拍子に参加する。
 誰にでも心の隙はある。今回たまたまそれがマリナだっただけだ。
 この村の人々も、それはきっとわかっているのだろう。だからこそ弱い心を認めるのが怖いのだ。
「酒を酌み交わし、ともに歌う。気が付けば隣の人にもたれていたりもするものですな。今宵ばかりは無礼講と参りましょう」 

 ルトガーは宴会場にアニタ一家の姿を見つけた。
「よう、久しぶり。何かいいものは見つかったかい?」
「あ、おじちゃん! これ見て」
 キャンデーを見せるビアンカは、普通の子供に見えた。
 頭を撫でて隣に座ると、反対側にレベッカも座る。
「もう怖いことは起きないだろう?」
 ビアンカは少し間をおいて、けれどこくんと頷いた。
「それとも、本当はまだ怖いか?」
「レベッカはまだおねしょするんだよ」
「しないもん!!」
「したもん!!」
 また大騒ぎだ。ルトガーはふたりをなだめながら、アニタに顔を向ける。
「無理にとは言わない。許せないのも当然だろうな。だが話だけでもできるようなら、してやれないだろうか」
 アニタが少し困ったように笑った。
「うちの子は強いよ。ちょっとだけ時間がかかるだけさ。だからマリナさんにもそう伝えて」
 トルステンも少しためらった後に、近づいてくる。
「あのさ。星を観に行かないか。あーっ、と、そう、俺達こっちの星に詳しくねーし」
 アニタが小さく笑って、子供たちに何か言い含める。
 エリオがきりっと顔を引き締め、妹たちの手を繋いでトルステンと並んで歩きだす。ルトガーはその後をついていった。


 川べりの篝火は控えめにしてあった。
 おかげで空いっぱいに星が見える。
 マリナは川べりの岩に腰かけて、ぼんやりと星を眺めていた。
 トリプルJが声をかけると、暗がりでも少し微笑むのが分かった。
「太陽や月が3つも4つもなくて助かったが……それでも夜空を見りゃ全然違う場所だと分かるもんだな」
「そうね。同じ惑星の上でも、場所によって見える星は違うけど。流石に太陽が3つじゃ困るわ」
 突然、トリプルJは子供にするようにマリナの頭をぐしゃぐしゃと撫でまわす。
「!?」
「今がマリナの踏ん張りどころだぜ。今、村の皆に向き合わないと間に合わなくなる」
 トリプルJはマリナの隣に腰かけた。
「夜独りでいるのは寂しいよな……何でも良い、お前の話を聞かせてくれねぇか」
「何それ、口説いてるの?」
「ハッ、そういう冗談が言えるなら大丈夫だな」
 笑いながらトリプルJは軽くマリナを小突いた。
「星図は剥がしたわ」
 故郷の星空を懐かしんで、眠る前にいつも見つめていた天井の星図。
 けれど生きる場所はここだ。仕方なくではなく、今ははっきりそう思う。
 ルトガーが声をかける。
「前向きなのはいいことだ。だが、無理はするんじゃないぞ。ちゃんと心を開く相手を見つけて、何でも独りで抱え込むな」
 マリナが頷いた。
「それにまだ、飲みにも行けてないからな。なんでも相談に乗るぞ、いつでも連絡してくるといい」
「うん、ありがとう。そうね、またいつかリゼリオにも行きたいわ」
 その背中に、温かいものがぶつかってきた。
「わっ!?」
「るーたちがなでなでぎゅーするお!」
「いつでも呼んでほしいの。約束なの!」
 ルーキフェルとウェスペルが、背中からマリナに抱き着いていた。
「前にマリナは、なでなでしてくれたお。だからこんどはなでなでするお」
 ルーキフェルが顔を覗き込んで、手を伸ばしてきた。
「ありがとうね。……それにしてもこんなにもてたのは、人生で初めてかもしれないわ」
 ルトガーとトリプルJが笑うと、双子はきょとんとして顔を見合わせる。

 不意に背後から別の声が聞こえた。
「ねーちゃん」
 暗がりに少年の姿。ふたりの女の子がその手をしっかり握っている。
「貴方達……」
 咄嗟に立ち上がるマリナを、トリプルJとルトガーが軽く制した。
「あのさ。レベッカとビアンカがすぐにキラキラの石を取り合ってけんかするんだ。今度いいのを探してやってよ」
 顔を伏せたマリナの表情は暗がりでよく見えなかったが、声はわずかに震えていた。
「……うん、お母さんがいいって言ったら、明日にでも探そうね。とびきり綺麗なのを見つけようね」
 それからか細い声が、ごめんね、と続いたのだった。


 星は全てを見守るようにやさしく輝いていた。
 小高い丘に登って、ディードリヒは静かに空を見上げる。
 ずっと探し続けている大事な人も、どこかで同じ星を見上げているのかもしれない。
 いつか笑いながらそんな話もできる日が来ると信じて。
(せめて今宵、やさしい夢の中においででありますように)
 今日彼が撒いたすべての石が、彼の想いを受け止めて空に投げかけてくれるようにと祈る。

 トラウィス (ka7073)はタオルケットにくるまりながら、空を見上げた。
「大ちゃん様、アレはなんという星座でしょうか。この惑星の星座はデータにありませんね」
「あの星がさっき聞いた『種蒔き星』じゃないかな」
 深守・H・大樹 (ka7084) は指で一番光る星を示した。
 依頼主のセストが、自分たちが農業の基準にする星を教えてくれたのだ。
「こうしてトラちゃんくんと一緒に星を見るのって、そういえば初めてかも」
「そうですね、少なくとも過去に経験があったとは認識できません」
 オートマトンの彼らには、ある時間より以前の記憶が曖昧だ。それを受け止め、受け入れて今を生きている。
 大樹が空に向かって両手を広げた。
「そういえば、僕達が見ている星の光って、実はとても遠くから旅してきたんだって本で読んだよ。本当なのかな? 僕は星に知り合いいないから本当なのか判らないけど」
 光に尋ねても、答えは返ってこない。
「そうなのですね。ではこの星の輝きも、遠く離れた誰かが見ているのかもしれませんね」
 トラウィスが大真面目に頷く。
「光ってるのかな、この星も。でも、本当にそうなら、星も多分凄い長生きだし、旅をしてる星の光も長生きだよね」
 おそらく彼らもとても長い間生きている。正確には存在している。
 生きていること、存在していること。その違いは彼らにもうまく説明できない。
「案外、僕達が知らないだけで、長生きは沢山いるかも知れないね。キアーラ石っていうのも」
 砕いた星もいつか、空の星になる日が来るのだろうか。
 思いつくままに言葉をつづる大樹に、トラウィスはいちいち頷いていた。
「そうなるといいと思います。そういえば、こうして思いを馳せることを夢想する、と言うそうです」
 過去を知ることはできないけれど、その分だけこれからの出来事を蓄積することはできる。
 そして今の自分たちは、起きてもいない未来をあれこれ考えることもできる。
「夢想。私には過ぎたものですが、今それが出来ることを幸運と思います」
「うん、僕もそう思うよ。あっ……!」
 ふたりが見つめる先で星がひとつ流れていった。
 こんな風に一瞬ずつを積み重ね、彼らの中に新しい記憶が作られていく。

 流れる星を見送り、茜が静かな息を吐く。
 ふと気づくと、マリナも星を見つめていた。
「星図、剥がしちゃったんですか? あっ、ごめんなさい! 勝手に話を聞いて、というか、勝手に部屋に入って!!」
「いいのよ」
 マリナが笑った。
「こちらの世界でも流れ星が見られるんですね」
 茜の言葉に、マリナも頷いた。
「こうしてこの世界で過ごした時間も、もう私たちの一部ですから……『どちらの世界を失うのもイヤ』、すっごく分かります」
「よかった。私だけが欲張りなのかと思った」
「きっとサイモンさんも本当は同じですよ! だからまたまた明日から、頑張りましょう!」
「そうね。またお尻叩かなきゃ」
 ようやく以前のマリナが戻ってきたようだ。
 トルステンとパトリシア、そしてルドルフも星を見上げる。
「紅界の星も見慣れてきたケド。やっぱ空見ると蒼界のコト思い出すよな……」
「うん。ほでも、いっぱい星が見られて、幸せネ」
 ルドルフは茜に声をかけた。
「天王寺さんも同郷だってね? いつもふたりと仲良くしてくれてありがとう」
「こちらこそ! なんだかバチャーレ村って、リアルブルーの同窓会みたいですよね」

 この星、この場所にやってきた経緯はそれぞれに違う。
 けれど蒼の空を覚えている人がいる。その人たちがこうして一緒に歩いてくれる。
 空から見守る星のように、いつもそばにいる。
 だからこの紅の星で、これから共に未来を紡ぐのだ。

<了>

依頼結果

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MVP一覧

  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフトka1847
  • 黒の刻威
    ディードリヒ・D・ディエルマンka3850
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜ka4080
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリスka5996
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJka6653

重体一覧

参加者一覧

  • がんばりやさん
    ルーキフェル・ハーツ(ka1064
    エルフ|10才|男性|闘狩人
  • がんばりやさん
    ウェスペル・ハーツ(ka1065
    エルフ|10才|男性|魔術師
  • クラシカルライダー
    ルトガー・レイヴンルフト(ka1847
    人間(紅)|50才|男性|機導師
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • やさしい魔法をかける指
    アルヴィース・シマヅ(ka2830
    ドワーフ|50才|男性|機導師
  • カウダ・レオニス
    ルドルフ・デネボラ(ka3749
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 黒の刻威
    ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850
    エルフ|25才|男性|疾影士
  • Q.E.D.
    トルステン=L=ユピテル(ka3946
    人間(蒼)|18才|男性|聖導士
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 平和な日々の思い出を
    トラウィス(ka7073
    オートマトン|24才|男性|機導師
  • 輝く星の記憶
    深守・H・大樹(ka7084
    オートマトン|30才|男性|疾影士

サポート一覧

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/07/12 19:42:28
アイコン 白銀の星祭り 準備所
パトリシア=K=ポラリス(ka5996
人間(リアルブルー)|19才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/07/13 15:08:02