ゲスト
(ka0000)
【MN】夢の中でも逢えたなら
マスター:樹シロカ
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●
その店の扉が閉じた瞬間、何とも言えない感覚にとらわれた。
強いて言えば、扉で区切られた先が、どこかこれまでと違う空間になっていたかのような。
それでいて、よく知っている場所に思えるような。
実際は、さほど珍しくもない酒場だった。
いくつかの客席、飲み物を出すカウンターの向こうでグラスを磨くバーテンダーの女(kz0041)、音楽と混じりあうざわめき。
奥のテーブルではカードや様々なゲームに興じる人々もいる。だがその人々の笑い声も、大騒ぎとは程遠い、控えめなものだった。
ふと気づくと、お仕着せを身につけた青年(kz0034)が傍にいた。
「こちらは初めてでいらっしゃいますか?」
頷くと、店の中を簡単に説明してくれる。
「空いているお席ならどちらでもおかけください。奥の階段から2階に上がれば、テラス席もございます。中よりは少し暑いかもしれませんが、今日は星も見えますよ」
それから青年は僅かに首をかしげて、こちらを窺った。
「ああ、失礼いたしました。お客様がこの店に来られたということは、理由がおありなのだろうと思います。ここはそういう店ですから、きっとそれは叶いますよ」
何のことだろう?
だがその答えは、既に知っているような気もした。
心地よい音楽が全身を満たす。その瞬間、脳裏に懐かしい面影が蘇った。
その店の扉が閉じた瞬間、何とも言えない感覚にとらわれた。
強いて言えば、扉で区切られた先が、どこかこれまでと違う空間になっていたかのような。
それでいて、よく知っている場所に思えるような。
実際は、さほど珍しくもない酒場だった。
いくつかの客席、飲み物を出すカウンターの向こうでグラスを磨くバーテンダーの女(kz0041)、音楽と混じりあうざわめき。
奥のテーブルではカードや様々なゲームに興じる人々もいる。だがその人々の笑い声も、大騒ぎとは程遠い、控えめなものだった。
ふと気づくと、お仕着せを身につけた青年(kz0034)が傍にいた。
「こちらは初めてでいらっしゃいますか?」
頷くと、店の中を簡単に説明してくれる。
「空いているお席ならどちらでもおかけください。奥の階段から2階に上がれば、テラス席もございます。中よりは少し暑いかもしれませんが、今日は星も見えますよ」
それから青年は僅かに首をかしげて、こちらを窺った。
「ああ、失礼いたしました。お客様がこの店に来られたということは、理由がおありなのだろうと思います。ここはそういう店ですから、きっとそれは叶いますよ」
何のことだろう?
だがその答えは、既に知っているような気もした。
心地よい音楽が全身を満たす。その瞬間、脳裏に懐かしい面影が蘇った。
リプレイ本文
●
店に入ったのは、ほんの気まぐれ。
夢路 まよい(ka1328)は物珍しそうに辺りを見回す。
店員が口を開きかけたと同時に、誰かがまよいを呼んだ。
振り向くまよいの唇が震える。
「パパ……?」
カウンター席の男が微笑んで頷いた。
思わず近寄ったまよいをふわりと抱き上げ、高い椅子に座らせた。
「飲み物はジュースがいいね。折角だからこの土地らしい……」
「オレンジジュースがいいわ」
男の言葉を遮るように言い切った。
ジュースが運ばれてくると、男も螺旋に切ったレモンの皮を添えたグラスに口をつける。
「少し背が伸びたかな? クリムゾンウェストでの生活はどうだい? 色々と不自由だろう」
「大丈夫よ。お友達にも恵まれて、とっても楽しいわよ。お仕事にも慣れたわ」
語りながら、まよいは男がこの世界の名を口にしたことを少し不思議に思った。
まよいが今どこでどうしているか『パパ』は知るはずもないのだ。
そしてまよいは、彼が何者なのかすら全く知らなかった。
いつからそうしていたのかわからない。立派な屋敷の地下室がまよいの世界の全てだった。
だが不満はなかった。
絵本でも玩具でも、欲しいものはパパが用意してくれた。お腹が空いたらおいしいご飯が用意されたし、気持ちのいいお風呂もあった。
ただ天井に届く階段から先に行けなかっただけだ。
パパとふたりだけの世界。
別世界への入り口は絵本だった。
そこに描かれた世界、人々のことを空想して、いつか自分も行ってみたい……そう思っているうちに、まよいは本当に別世界へ来てしまったのだ。
*
店員は続けて入って来た天王寺茜(ka4080)と連れを視線で促す。
茜は見上げるようにして、サイモン・小川(kz0211)に笑いかけた。
「せっかくだからテラス席にしましょう♪」
「ええ、そうですね」
サイモンは少し窮屈そうに、サマージャケットを羽織り、ネクタイまできちんと締めている。髪もいつもより整っていた。
今回は茜の保護者としての役割もあるからだ。
手に下げた籠には、茜の愛猫ミールも同伴している。
「ふふっ」
自分に合わせてくれたらしいサイモンの精一杯に、つい笑ってしまう。
茜自身は白いオフショルダーのドレスに、明るい緑のリボンベルトで、やはりいつもよりおめかししている。
詳細は覚えていないが、この店で『慰労会』をと約束したのだ。
テラス席は思ったよりも涼しく、潮の香りが心地よい。
茜にはミントを添えた、ゴールデンキウイのフローズンカクテルが運ばれてきた。
「取りあえず乾杯しましょう。お疲れさまでした!」
「本当にお世話になりました」
サイモンはライムを浮かべた無色の液体が入ったグラスを掲げる。
「そういうのはもう、なしですよ! でもほんっとうに、大変でしたねえ……」
少し前、サイモンの同志が歪虚の契約者となったが、茜たちの尽力により堕落者となる前に彼女を取り戻した。
「マリナさんを助けるって言葉も、諦めないって気持ちにも、嘘はなかったんですけど……崖っぷちのギリギリでしたから」
「ええ、分かっているつもりです。だから僕は怖かった」
茜は思わず目を見張る。
*
テラスへ上がっていく人々の背中をテーブル席から見送り、エルディン(ka4144)は冷たい水で喉を潤した。
足元では狛犬のような幻獣もふらが、ころころ転がりながら遊んでいる。
『神父様、僕もお水がほしいでふ』
エルディンが首を傾げてカウンターを見ると、中にいた女が頷いて、水を入れた深皿を運んできてくれた。
もふらが『つめたいでふ』と嬉しそうに喋っているが、驚く様子はない。
ここのもふらは人語を喋り、大切にされているが珍しい動物でもないようだ。
エルディンは自分の今までの認識がおかしかったのかと訝しむ。
「パウロ、あまりこぼさないよう気をつけなさい」
声をかけつつ、今朝からの出来事を思い出す。
――目覚めたのは、床の上だった。パウロがベッドにいて、押し出されたのだ。
『おはようございまふ、神父様。よく眠れまふたか?』
もふらがこう喋るのを聞いたが、驚かなかった。何故かそういうものだと納得したのだ。
朝の礼拝では、気の抜ける鳴き声で一緒にお祈り。
教会の周りを掃き清めていると、もふらの集団が現れてはゴミをまき散らし、ついでにエルディンを跳ね飛ばしていった。
弁当は野良もふらに奪われ、反省した彼らは木の実を集めエルディンに分けてくれた。ワイルドすぎるランチだ。
そして今、彼と同居しているらしいパウロは、夜の散歩の同行者なのだ。
●
テラス席には互いに適度な距離を開けて、人々が談笑している。
そんな中で、ミア(ka7035)は身を乗り出すようにして外の道を見下ろしていた。
薄桃地に白い彼岸花が咲く着物を纏い、羽織り物のように薄紅の髪を下ろしている彼女は「魅朱」だ。
待ち人は大好きな双子の兄だった。
「……? なんで待ち合わせしてるんだっけ?」
どうしても理由は思い出せなかった。
「んー、まあ、いいや。 ……ふわっ!?」
不意に骨張った掌が優しく魅朱の頭を撫でる。
「あ! 兄さん!」
魅朱は弾かれたように立ち上がった。
薄紫地に黒の紫丁香花が咲く着物に、緩く束ねた水浅葱色の長髪を流す、細身の身体。
力一杯抱き着くと、背の高い相手は、魅朱を抱え込むように力強い腕で抱き締めた。
それから並んで座ると、暫く離れていたのが嘘のようだ。
魅朱はさっそく持ち込んだ包みを開く。
「兄さんの好きな昆布とおかかのおむすび、握ったんだぁ。食べて食べて!」
魅朱と同じ尖晶石色の瞳が優しく穏やかに微笑んでいた。
こうしていると、何も変わらない。「あの時」と。
*
控えめな薫香に記憶が蘇る。
浅生 陸(ka7041)は微かな眩暈とともに悟った。
―――ああ、ここは俺のよく知っている『夜』だ。
階段を踏みしめ、テラスに出る。待つのは桔梗のように控えめだが、ゆかしく美しいかんばせ。
その向かいに陸は腰掛ける。
彼女は露を含んだ花が揺れるように笑った。
「私を『呼んで』くれてありがとう」
陸は頷き、静かに語り始めた。
「あの子は……貴女の娘は元気だよ。賢くて優しい。貴女によく似た女の子になるんだろう」
陸にとっての希望の光。
例え親バカと言われても、愛おしくて仕方ない娘。
「貴女が俺にそうしてくれたように、俺も精一杯愛しながら育てるよ」
女の瞳が潤んで揺れていた。
ひと時も忘れたことのない、求めてやまない面影。
――人は少しずつ忘れていくものだという。
陸自身も死んでしまえば、忘れられるのかもしれない。
「でも」
陸は身を乗り出す。
「俺もあの子も、貴女のことを忘れないよ」
喩え思い出す色が、温度が、僅かずつ姿を変えたとしても。
貴女を想うこの心は変わらない。
*
懐かしい人影を認め、ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は静かに歩み寄る。
長い髪を、絹のドレスの裾を、熱を含んだ微風が揺らしていた。
「お嬢様、私めがお隣に座らせていただく事、お許しいただけますか?」
星を見上げていた少女は驚いたようにディードリヒを振り向き、苦笑しながら視線で椅子を示した。
蝋燭の明かりに照らされて浮かび上がる、白く滑らかな頬。
これが本来の彼女。
ずっと未来まで幸せに、このまま成長するはずだった。
未来を奪ったのはディードリヒの傲慢さと渇望。自分自身に内心で苦笑しつつ、彼女の好む紅茶と菓子をオーダーする。
少女は大げさに溜息をついて、ドレスが窮屈だとぼやいた。
それが合図のように、魔法にかかったように成長していく少女。
長い髪は、ばさりと切り落とされて床に落ちた。
棒飴を斜めに咥え、こちらを睨みつける眼は剣呑そのもの。飴が唇から離れれば、代わりに呪いの言葉が飛び出す。
紅茶を運んできた店員が足を止めたのを見て、ディードリヒはトレイを受け取る。
恭しく差し出したカップの中身を、少女はテラスからぶちまけた。
菓子の皿は、ディードリヒ目掛けて鋭く宙を飛んだ。
「おや、今回は毒も何も入れておりませんよ?」
それでもディードリヒは愉悦の混じる微笑を崩さなかった。
故に、少女の怒りは激しさを増す。ナイフやフォークを投げつけながら、ディードリヒを激しい言葉で呪い続ける。
●
店の中の時間は、少しずつ流れていく。
まよいの話に相槌を打っていたパパが、グラスを空けた。
「ハンターの仕事はずいぶん危ないんだね」
ため息とともに声を漏らす。
「そんな生活はやめて、パパのところに戻らないか?」
まよいはパパの顔を真っすぐ見据える。以前には持っていなかった、強い瞳で。
「ううん、あの生活はそれこそもう覚めちゃった夢みたいなものなの」
暖かく快適な籠の中に戻るには、まよいの翼は大きくなりすぎた。
今のまよいは自分の望みを自分で叶える方法を知っていた。
「あの頃、夢見てたこの生活こそが今の私にとってのリアルよ」
パパの輪郭がぼやけたと思った瞬間、彼の姿は煙のように消える。
「……さよなら」
男の残したグラスの中で、からん、と氷が音を立てた。それは別れの挨拶だったのかもしれない。
*
パウロのお腹がぐうと鳴った。
店員がもふら専用のカリカリの大袋を用意してくれる。
パウロはそれをぺろりと平らげた。
『神父様~、お代わり~』
もふらが大事にされている証拠に、もふらのカリカリは無料で出てくるらしい。
とはいえ、大袋10袋がこの小さな体のどこに入るのか?
「それだけ食べて大きくならないのはどういうことでしょう?」
お腹が膨れている様子もない。そういえば排泄する気配もない。
首を傾げるエルディンだが、誰も気にしていないようだ。
お腹いっぱいになったパウロは、大きなあくびをしてエルディンの足元で丸くなる。
その背中を撫でてやると、笑っているような口から寝ぼけ声がもれてきた。
『神父様~、僕たちずっと一緒でふ~……むにゃむにゃ』
エルディンの口元に笑みが浮かぶ。
愛しく懐かしく、そしてどこか切ない気持ちで、エルディンは柔らかな毛並みを撫で続けた。
*
テラスの一隅ではディードリヒに向けて、少女が罵り言葉を繰り返していた。だがこれこそが彼の望みだった。
激昂する少女の、命も含めて全てを奪い去りたい。
彼女の手で命を絶たれ、己の全てを捧げたい。
相反するようで根っこは同じ強い想いが、微笑の薄皮の下で渦を巻く。
「貴女の手でこの命潰えるなら、ソレこそが本望です」
けれど望みは叶えられることなく。まるで叶えられないこと自体が彼女の呪いのように。
やがて少女の姿は陽炎のように消え失せ、ディードリヒはまだ幸せだったころの少女がくれたロベリアのペンダントを胸元で握りしめていた。
「お嬢様……貴女は今……何処にいらっしゃるのでしょうね」
空を見上げ、巡り逢える日を星に願う。
出会えば同じことを繰り返すと知っていてなお――。
ディードリヒは恭しく空席に一礼、踵を返す。そのまま振り返ることなく、テラスを後にした。
*
魅朱は、おむすびに微笑む兄の横顔を見つめていた。
「ねえ、兄さん」
体を捩り、兄の背中に顔をうずめる。
「魅朱ね、兄さんに似てる人と出会ったの。聡明で、頼りがいがあって……兄さんと同じような背中をしているの」
暖かい背中。懐かしい背中。そこから伝わるいのちの気配。
「ふふ、おぶってもらったことはないんだけど……ね。でも、似てる」
――自分よりも他人に優しいところなんか特に。
さらに続けようとした言葉はさえぎられた。
「いいんだ。村の掟だったのだから、魅朱は正しいことをした。魅朱が、苦しむことではない」
魅朱は黙り込む。
正しいこと?
兄妹で殺しあうことが?
しかも兄さんは魅朱の為に、わざと――
「それで……魅朱は何を得たんだろう。村長の座? そんなの……いらない」
望むことはただ一つ。大好きな兄さんと、ずっと一緒にいたい。
だがそれは叶わぬ望みだった。
兄が席を立つ。もうお別れの時間なのだという。
「そっかぁ……じゃあ、『最期』に……」
――今度は兄さんが、魅朱の首を落として?
その言葉もまた言えないまま、兄の微笑みが闇に溶けていった。
兄の命を奪ったのは魅朱だ。
魅朱が一生背負い続けていく罪の名は『兄殺し』。
許されたいとは思わない。願うのはただ――
「……ねえ、兄さん。またいつか、逢えるよね?」
魅朱の心までをも覆うような雲が、星を隠し始めていた。
*
いつの間にか星は陰り、あるのはただ『黒夜』を濡らす『翠雨』と『三日月』だけ。
陸は、息苦しいような想いで、震える指先を彼女の頬に伸べる。
その瞬間に愛しい面影は失われ、陸の指では甘やかな香りを放つ白い花が揺れる。
「月下美人……」
はかない恋を意味するという、一夜限りの艶やかな花。
――わかっている。
枯れた花は蘇らない。死んだ者は生き返らない。壊れたものは何もなかったようにはなおせない。
「俺にはそんな力なんて、ない」
わかっていてもなお、陸はなおしたかった。
ひとつでも多くのものを。ひとつでも多くの心を。
笑い、悩みながらも生きようと前を向く周囲の友人達を。
何よりも、壊れた自分とあの子の心を。
傍で未来を護ると決めた月下美人の華を。
「俺は笑って生きると決めたんだ。生きるために望むと決めたんだ」
――貴女の所に行くまで。
陸を愛してくれた、唯一の家族。陸が愛した、唯一人の姉。
「どんなに烏滸がましい願いだっていいだろう?」
壊れた心が、それで生きられるなら。
花の香りはまるで陸を抱きしめるように、湿った空気の中に漂い続けた。
*
茜は自分の内心を見透かされたような気がした。
「私たぶん……人間相手の殺し合いは、出来そうにありません」
操られたマリナが茜を殺そうとしても、茜は「正気」ゆえに反撃できなかったかもしれない。
ふと気づくと、サイモンが心配そうに茜を覗き込んでいた。
「何かあったのですか?」
たぶんサイモンは、暴力とは無縁の人間だろう。力を振るい、誰かの血を流すこともない。
「この夜が明ける頃には、また戦いに行かなきゃ」
この瞬間が夢だと、茜は心のどこかで知っていた。夢はいつか醒めるものだ。
大きな戦いは続いている。戦わなければ世界は壊れてしまう。
だからといって、茜は平然と受け止めることができない。
「流れる血が、涙が、なるべく少なくて済むように……頑張ってきます」
暖かく大きな手が茜の手に添えられた。
「茜、あなた自身が流す血も、涙も、なるべく少なくて済むように祈っています」
にゃあ。
賛同するように猫のミールが鳴いた。
幸せな夢も、悲しい夢も、いつかは醒める。
けれど夢はあなたの心に寄り添い、歩み続けるあなたを支えるだろう。
<了>
店に入ったのは、ほんの気まぐれ。
夢路 まよい(ka1328)は物珍しそうに辺りを見回す。
店員が口を開きかけたと同時に、誰かがまよいを呼んだ。
振り向くまよいの唇が震える。
「パパ……?」
カウンター席の男が微笑んで頷いた。
思わず近寄ったまよいをふわりと抱き上げ、高い椅子に座らせた。
「飲み物はジュースがいいね。折角だからこの土地らしい……」
「オレンジジュースがいいわ」
男の言葉を遮るように言い切った。
ジュースが運ばれてくると、男も螺旋に切ったレモンの皮を添えたグラスに口をつける。
「少し背が伸びたかな? クリムゾンウェストでの生活はどうだい? 色々と不自由だろう」
「大丈夫よ。お友達にも恵まれて、とっても楽しいわよ。お仕事にも慣れたわ」
語りながら、まよいは男がこの世界の名を口にしたことを少し不思議に思った。
まよいが今どこでどうしているか『パパ』は知るはずもないのだ。
そしてまよいは、彼が何者なのかすら全く知らなかった。
いつからそうしていたのかわからない。立派な屋敷の地下室がまよいの世界の全てだった。
だが不満はなかった。
絵本でも玩具でも、欲しいものはパパが用意してくれた。お腹が空いたらおいしいご飯が用意されたし、気持ちのいいお風呂もあった。
ただ天井に届く階段から先に行けなかっただけだ。
パパとふたりだけの世界。
別世界への入り口は絵本だった。
そこに描かれた世界、人々のことを空想して、いつか自分も行ってみたい……そう思っているうちに、まよいは本当に別世界へ来てしまったのだ。
*
店員は続けて入って来た天王寺茜(ka4080)と連れを視線で促す。
茜は見上げるようにして、サイモン・小川(kz0211)に笑いかけた。
「せっかくだからテラス席にしましょう♪」
「ええ、そうですね」
サイモンは少し窮屈そうに、サマージャケットを羽織り、ネクタイまできちんと締めている。髪もいつもより整っていた。
今回は茜の保護者としての役割もあるからだ。
手に下げた籠には、茜の愛猫ミールも同伴している。
「ふふっ」
自分に合わせてくれたらしいサイモンの精一杯に、つい笑ってしまう。
茜自身は白いオフショルダーのドレスに、明るい緑のリボンベルトで、やはりいつもよりおめかししている。
詳細は覚えていないが、この店で『慰労会』をと約束したのだ。
テラス席は思ったよりも涼しく、潮の香りが心地よい。
茜にはミントを添えた、ゴールデンキウイのフローズンカクテルが運ばれてきた。
「取りあえず乾杯しましょう。お疲れさまでした!」
「本当にお世話になりました」
サイモンはライムを浮かべた無色の液体が入ったグラスを掲げる。
「そういうのはもう、なしですよ! でもほんっとうに、大変でしたねえ……」
少し前、サイモンの同志が歪虚の契約者となったが、茜たちの尽力により堕落者となる前に彼女を取り戻した。
「マリナさんを助けるって言葉も、諦めないって気持ちにも、嘘はなかったんですけど……崖っぷちのギリギリでしたから」
「ええ、分かっているつもりです。だから僕は怖かった」
茜は思わず目を見張る。
*
テラスへ上がっていく人々の背中をテーブル席から見送り、エルディン(ka4144)は冷たい水で喉を潤した。
足元では狛犬のような幻獣もふらが、ころころ転がりながら遊んでいる。
『神父様、僕もお水がほしいでふ』
エルディンが首を傾げてカウンターを見ると、中にいた女が頷いて、水を入れた深皿を運んできてくれた。
もふらが『つめたいでふ』と嬉しそうに喋っているが、驚く様子はない。
ここのもふらは人語を喋り、大切にされているが珍しい動物でもないようだ。
エルディンは自分の今までの認識がおかしかったのかと訝しむ。
「パウロ、あまりこぼさないよう気をつけなさい」
声をかけつつ、今朝からの出来事を思い出す。
――目覚めたのは、床の上だった。パウロがベッドにいて、押し出されたのだ。
『おはようございまふ、神父様。よく眠れまふたか?』
もふらがこう喋るのを聞いたが、驚かなかった。何故かそういうものだと納得したのだ。
朝の礼拝では、気の抜ける鳴き声で一緒にお祈り。
教会の周りを掃き清めていると、もふらの集団が現れてはゴミをまき散らし、ついでにエルディンを跳ね飛ばしていった。
弁当は野良もふらに奪われ、反省した彼らは木の実を集めエルディンに分けてくれた。ワイルドすぎるランチだ。
そして今、彼と同居しているらしいパウロは、夜の散歩の同行者なのだ。
●
テラス席には互いに適度な距離を開けて、人々が談笑している。
そんな中で、ミア(ka7035)は身を乗り出すようにして外の道を見下ろしていた。
薄桃地に白い彼岸花が咲く着物を纏い、羽織り物のように薄紅の髪を下ろしている彼女は「魅朱」だ。
待ち人は大好きな双子の兄だった。
「……? なんで待ち合わせしてるんだっけ?」
どうしても理由は思い出せなかった。
「んー、まあ、いいや。 ……ふわっ!?」
不意に骨張った掌が優しく魅朱の頭を撫でる。
「あ! 兄さん!」
魅朱は弾かれたように立ち上がった。
薄紫地に黒の紫丁香花が咲く着物に、緩く束ねた水浅葱色の長髪を流す、細身の身体。
力一杯抱き着くと、背の高い相手は、魅朱を抱え込むように力強い腕で抱き締めた。
それから並んで座ると、暫く離れていたのが嘘のようだ。
魅朱はさっそく持ち込んだ包みを開く。
「兄さんの好きな昆布とおかかのおむすび、握ったんだぁ。食べて食べて!」
魅朱と同じ尖晶石色の瞳が優しく穏やかに微笑んでいた。
こうしていると、何も変わらない。「あの時」と。
*
控えめな薫香に記憶が蘇る。
浅生 陸(ka7041)は微かな眩暈とともに悟った。
―――ああ、ここは俺のよく知っている『夜』だ。
階段を踏みしめ、テラスに出る。待つのは桔梗のように控えめだが、ゆかしく美しいかんばせ。
その向かいに陸は腰掛ける。
彼女は露を含んだ花が揺れるように笑った。
「私を『呼んで』くれてありがとう」
陸は頷き、静かに語り始めた。
「あの子は……貴女の娘は元気だよ。賢くて優しい。貴女によく似た女の子になるんだろう」
陸にとっての希望の光。
例え親バカと言われても、愛おしくて仕方ない娘。
「貴女が俺にそうしてくれたように、俺も精一杯愛しながら育てるよ」
女の瞳が潤んで揺れていた。
ひと時も忘れたことのない、求めてやまない面影。
――人は少しずつ忘れていくものだという。
陸自身も死んでしまえば、忘れられるのかもしれない。
「でも」
陸は身を乗り出す。
「俺もあの子も、貴女のことを忘れないよ」
喩え思い出す色が、温度が、僅かずつ姿を変えたとしても。
貴女を想うこの心は変わらない。
*
懐かしい人影を認め、ディードリヒ・D・ディエルマン(ka3850)は静かに歩み寄る。
長い髪を、絹のドレスの裾を、熱を含んだ微風が揺らしていた。
「お嬢様、私めがお隣に座らせていただく事、お許しいただけますか?」
星を見上げていた少女は驚いたようにディードリヒを振り向き、苦笑しながら視線で椅子を示した。
蝋燭の明かりに照らされて浮かび上がる、白く滑らかな頬。
これが本来の彼女。
ずっと未来まで幸せに、このまま成長するはずだった。
未来を奪ったのはディードリヒの傲慢さと渇望。自分自身に内心で苦笑しつつ、彼女の好む紅茶と菓子をオーダーする。
少女は大げさに溜息をついて、ドレスが窮屈だとぼやいた。
それが合図のように、魔法にかかったように成長していく少女。
長い髪は、ばさりと切り落とされて床に落ちた。
棒飴を斜めに咥え、こちらを睨みつける眼は剣呑そのもの。飴が唇から離れれば、代わりに呪いの言葉が飛び出す。
紅茶を運んできた店員が足を止めたのを見て、ディードリヒはトレイを受け取る。
恭しく差し出したカップの中身を、少女はテラスからぶちまけた。
菓子の皿は、ディードリヒ目掛けて鋭く宙を飛んだ。
「おや、今回は毒も何も入れておりませんよ?」
それでもディードリヒは愉悦の混じる微笑を崩さなかった。
故に、少女の怒りは激しさを増す。ナイフやフォークを投げつけながら、ディードリヒを激しい言葉で呪い続ける。
●
店の中の時間は、少しずつ流れていく。
まよいの話に相槌を打っていたパパが、グラスを空けた。
「ハンターの仕事はずいぶん危ないんだね」
ため息とともに声を漏らす。
「そんな生活はやめて、パパのところに戻らないか?」
まよいはパパの顔を真っすぐ見据える。以前には持っていなかった、強い瞳で。
「ううん、あの生活はそれこそもう覚めちゃった夢みたいなものなの」
暖かく快適な籠の中に戻るには、まよいの翼は大きくなりすぎた。
今のまよいは自分の望みを自分で叶える方法を知っていた。
「あの頃、夢見てたこの生活こそが今の私にとってのリアルよ」
パパの輪郭がぼやけたと思った瞬間、彼の姿は煙のように消える。
「……さよなら」
男の残したグラスの中で、からん、と氷が音を立てた。それは別れの挨拶だったのかもしれない。
*
パウロのお腹がぐうと鳴った。
店員がもふら専用のカリカリの大袋を用意してくれる。
パウロはそれをぺろりと平らげた。
『神父様~、お代わり~』
もふらが大事にされている証拠に、もふらのカリカリは無料で出てくるらしい。
とはいえ、大袋10袋がこの小さな体のどこに入るのか?
「それだけ食べて大きくならないのはどういうことでしょう?」
お腹が膨れている様子もない。そういえば排泄する気配もない。
首を傾げるエルディンだが、誰も気にしていないようだ。
お腹いっぱいになったパウロは、大きなあくびをしてエルディンの足元で丸くなる。
その背中を撫でてやると、笑っているような口から寝ぼけ声がもれてきた。
『神父様~、僕たちずっと一緒でふ~……むにゃむにゃ』
エルディンの口元に笑みが浮かぶ。
愛しく懐かしく、そしてどこか切ない気持ちで、エルディンは柔らかな毛並みを撫で続けた。
*
テラスの一隅ではディードリヒに向けて、少女が罵り言葉を繰り返していた。だがこれこそが彼の望みだった。
激昂する少女の、命も含めて全てを奪い去りたい。
彼女の手で命を絶たれ、己の全てを捧げたい。
相反するようで根っこは同じ強い想いが、微笑の薄皮の下で渦を巻く。
「貴女の手でこの命潰えるなら、ソレこそが本望です」
けれど望みは叶えられることなく。まるで叶えられないこと自体が彼女の呪いのように。
やがて少女の姿は陽炎のように消え失せ、ディードリヒはまだ幸せだったころの少女がくれたロベリアのペンダントを胸元で握りしめていた。
「お嬢様……貴女は今……何処にいらっしゃるのでしょうね」
空を見上げ、巡り逢える日を星に願う。
出会えば同じことを繰り返すと知っていてなお――。
ディードリヒは恭しく空席に一礼、踵を返す。そのまま振り返ることなく、テラスを後にした。
*
魅朱は、おむすびに微笑む兄の横顔を見つめていた。
「ねえ、兄さん」
体を捩り、兄の背中に顔をうずめる。
「魅朱ね、兄さんに似てる人と出会ったの。聡明で、頼りがいがあって……兄さんと同じような背中をしているの」
暖かい背中。懐かしい背中。そこから伝わるいのちの気配。
「ふふ、おぶってもらったことはないんだけど……ね。でも、似てる」
――自分よりも他人に優しいところなんか特に。
さらに続けようとした言葉はさえぎられた。
「いいんだ。村の掟だったのだから、魅朱は正しいことをした。魅朱が、苦しむことではない」
魅朱は黙り込む。
正しいこと?
兄妹で殺しあうことが?
しかも兄さんは魅朱の為に、わざと――
「それで……魅朱は何を得たんだろう。村長の座? そんなの……いらない」
望むことはただ一つ。大好きな兄さんと、ずっと一緒にいたい。
だがそれは叶わぬ望みだった。
兄が席を立つ。もうお別れの時間なのだという。
「そっかぁ……じゃあ、『最期』に……」
――今度は兄さんが、魅朱の首を落として?
その言葉もまた言えないまま、兄の微笑みが闇に溶けていった。
兄の命を奪ったのは魅朱だ。
魅朱が一生背負い続けていく罪の名は『兄殺し』。
許されたいとは思わない。願うのはただ――
「……ねえ、兄さん。またいつか、逢えるよね?」
魅朱の心までをも覆うような雲が、星を隠し始めていた。
*
いつの間にか星は陰り、あるのはただ『黒夜』を濡らす『翠雨』と『三日月』だけ。
陸は、息苦しいような想いで、震える指先を彼女の頬に伸べる。
その瞬間に愛しい面影は失われ、陸の指では甘やかな香りを放つ白い花が揺れる。
「月下美人……」
はかない恋を意味するという、一夜限りの艶やかな花。
――わかっている。
枯れた花は蘇らない。死んだ者は生き返らない。壊れたものは何もなかったようにはなおせない。
「俺にはそんな力なんて、ない」
わかっていてもなお、陸はなおしたかった。
ひとつでも多くのものを。ひとつでも多くの心を。
笑い、悩みながらも生きようと前を向く周囲の友人達を。
何よりも、壊れた自分とあの子の心を。
傍で未来を護ると決めた月下美人の華を。
「俺は笑って生きると決めたんだ。生きるために望むと決めたんだ」
――貴女の所に行くまで。
陸を愛してくれた、唯一の家族。陸が愛した、唯一人の姉。
「どんなに烏滸がましい願いだっていいだろう?」
壊れた心が、それで生きられるなら。
花の香りはまるで陸を抱きしめるように、湿った空気の中に漂い続けた。
*
茜は自分の内心を見透かされたような気がした。
「私たぶん……人間相手の殺し合いは、出来そうにありません」
操られたマリナが茜を殺そうとしても、茜は「正気」ゆえに反撃できなかったかもしれない。
ふと気づくと、サイモンが心配そうに茜を覗き込んでいた。
「何かあったのですか?」
たぶんサイモンは、暴力とは無縁の人間だろう。力を振るい、誰かの血を流すこともない。
「この夜が明ける頃には、また戦いに行かなきゃ」
この瞬間が夢だと、茜は心のどこかで知っていた。夢はいつか醒めるものだ。
大きな戦いは続いている。戦わなければ世界は壊れてしまう。
だからといって、茜は平然と受け止めることができない。
「流れる血が、涙が、なるべく少なくて済むように……頑張ってきます」
暖かく大きな手が茜の手に添えられた。
「茜、あなた自身が流す血も、涙も、なるべく少なくて済むように祈っています」
にゃあ。
賛同するように猫のミールが鳴いた。
幸せな夢も、悲しい夢も、いつかは醒める。
けれど夢はあなたの心に寄り添い、歩み続けるあなたを支えるだろう。
<了>
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良い夢を見るために(雑談?) 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/08/10 22:12:08 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/08/09 21:37:16 |