蜘蛛の糸を辿って

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/09/07 15:00
完成日
2018/09/12 23:43

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●蜘蛛と踊る少女
 ブリキで作ったような蜘蛛雑魔の目撃情報が増えている。

 先日、小学校教師が襲われた山の事件で、その背後に少女の姿をした歪虚の存在があることが確認された。ハンターたちの尽力によって教師は無事に救助。山の中でハンターたちを挑発する声に根気よく応対した結果、子供じみた人格を有していることも確認できた。

「まあ、そういうことで、後手に回る前に対策だけでも立てたい。まず知ることからだ。ちょいちょい目撃情報が上がっているからね。」
 ハンターオフィスにて、蜘蛛と戯れる少女の調査依頼が貼り出されたのはそれから少ししてからだった。青年職員は、集まったハンターたちにペンを片手に説明をする。
「君たちには回って欲しいところが五箇所ある。まず先日起った事件。孤児院から子どもを引き取った夫婦が帰り道にでかい蜘蛛に襲われた事件。運良く、反対側からハンターの乗った馬車が通りかかって事なきを得たそうだ。証言によれば、女の子の声がしたとか。何でも、ずるい、と言う様なことを言われたそうだよ。引き取られた子どもは、言われたことに覚えはないけど声に覚えはあるらしい」
 そう言って、説明書きの一番に丸がつけられる。

「で、この男の子がいた孤児院。どうやら素性不明の女の子って聞いて思い当たる節があるみたいでね。聞き込みをしてきて欲しい。身内が巻き込まれたってことで、かなり協力的だ」
 丸がつく。

「それともう一箇所。同じく素性不明の少女と言われて心当たりがある孤児院。でも、面倒なのか何なのか知らないけどあまり協力的じゃなくてね。無理に、とは言わないけど、交渉が得意な人がいれば言って情報を集めて欲しい」
 彼は番号に丸を付けて、傍に星印を付けた。ちょっと面倒、の意味だろう。

「あと、ちょっと前に、花畑に蜘蛛の雑魔が出たことがあった。通りかかった商人が襲われて近くの町に逃げ込んだ。馬車に蜘蛛がくっついていたそうでね。町の司祭兼ハンターが、駆けつけたハンターと協力した事件だ。花畑は町の人も普段行くらしいから、もしかしたら少女歪虚……歪虚とは思わなかった少女の目撃証言なんかもあるかもしれない」
 四つ目の丸が付く。

「最後。小学校教師ジェレミア。この前山で女の子と蜘蛛がいるところをばっちり目撃した彼だね。彼はハンターに対して好意的だから、喜んで協力するとのことだ。もっとも、ここはハンターたちが声と接触しているからあらかた話は聞けてるんだよね。もし気になることがあったら聞いてみて」
 全部で五つの丸がついた。

「全部回れなくても構わないんだ。ハンターが動いてるって知らしめるのも相手への牽制になるだろう。よろしく頼むよ」

リプレイ本文

●心を抱きしめる
 ジャック・エルギン(ka1522)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、ディーナ・フェルミ(ka5843)の三人は、引き取りの帰り道で雑魔に襲われた少年とその里親の家に調査に赴いた。
「お世話になります」
 そう言って深々と頭を下げた夫婦はまだ若く、結婚して数年経ってもなかなか授からずに養子と言う選択をしたらしい。
 突然の来訪を詫びようとしたジャックだったが、既にオフィスから連絡が入っていたらしく、夫婦は快くハンターたちを通した。各々が自己紹介を済ませると、夫婦は二階を見上げた。
「ごめんなさい、彼は……オネストはまだショックで部屋にこもっているんです」
「無理もない」
 ジャックが首を横に振る。
「二人も、大事な息子さんのことで不安だと思うが、協力して欲しいんだ」
 このまま歪虚を野放しにしては、いつだって家庭は脅威にさらされる。同盟の平和を守ることが、家庭の平和にも繋がる。ジャックがそう語ることに、夫婦は反発しなかった。
「俺たちに話してくれるように、伝えてもらいたい」
「ええ……」
 夫婦はぎこちなく頷いた。二人を観察していたアルトは、その様子を緊張と判断する。
 ずるい、と言うようなことを言われたとオフィスでは聞いていた。オネストの証言を聞かなくてはわからないが、もしその声の主が、ろくでもない里親に引き取られた子どもだったとしたら、善良な里親に引き取られた子どもを嫉む気持ちもあるかもしれないと思ったのである。
 ここに来る前に、簡単に近所に聞き込んだ限りでは、この夫婦に問題はなかった。今のジャックとの受け答えでも、特に不自然なところはない。
「わかりました。今呼んで……」
「待ってほしいの」
 ディーナが呼び止めた。
「ん、どうしたディーナ」
「その前に、ご両親から襲撃の状況を聞きたいの。他の人の話を聞いたら、また怖くなっちゃうかもしれないの」
「それもそうだな」
 アルトが頷いた。ジャックにも異論はない。
「あの日……迎えのために呼んだ馬車で、オネストを真ん中にして客車に乗っていました」
 そう言って夫の方が話し始めた。
「そうしたら、突然後ろからすごく大きな、脚立でも振り回すような音がして……」
 アルトはその音が想像できた。この前山の中で聞いた、ブリキの蜘蛛。あの時は小型犬程度だったが、今回のは、動く馬車の中からでも聞き取れるくらいの音を立てる、大きなものだったに違いない。
「俺が客車から顔を出したら……山みたいな蜘蛛が、鉄板でも組み合わせたような蜘蛛がこっちを追い掛けて……」
 後に、その場に居合わせたハンターにアルトが尋ねたところ、彼女が以前山で遭遇したものとほぼ同じような外見であったことが確認できた。
「馬車をひっくり返されました」
 妻が言う。
「私たちは、オネストをかばってただ小さくなっていました。そうしたら声がしたんです」
「声はなんて? どんな声だったかも教えてほしいの」
 ディーナが尋ねた。
「ええと……何だったかな、ずるい、迎えが来ないと言っていたじゃない。私と同じだと言っていたじゃない、確かそんな感じだったかな。声は、可愛らしい女の子、と言った風かな……あなたより幼い声だったと思う」
「ご夫婦に心当たりはありませんか」
 アルトが問うと、二人は顔を見合わせてから、首を横に振った。
「何も。でも、あの子は覚えがあるみたいで、でも何も話してくれなくて……わ、私たちがちゃんと親になれてないから……」
「それは関係ないの。どんなに親しい人でも、怖くて話せないことはあると思うの」
 ディーナが首を横に振る。
「オネストくんの好きな歌、教えてくださいなの。そのお歌を聴かせてあげることの許可を頂きたいの」

 オネストは部屋でシーツにくるまっていた。ディーナたちは丁寧にノックして、部屋に入る。
「オネストくん、大丈夫かな?」
 アルトが声を掛けると、シーツの隙間から少年がちらりと顔を出した。ジャックは連れてきた桜型妖精を枕元に立たせる。膝を突いて、目線を近づけた。
「初めましてだ。坊主。お歌、聞くか?」
「お歌?」
「元気が出るお歌を歌うの」
 ディーナは優しい声で告げると、サルヴェイションに乗せて、聖歌を歌い上げた。先ほど階下で夫婦に聞いた、彼の好きな歌。夫婦はそれをすぐに答えることができた。アルトとジャック、妖精も、歌に合わせて身体を揺らす。少年もしまいには口ずさみ始めた。成功だ。シーツから出てきた少年に、ディーナは声を掛けた。
「私達は今、嫉妬の歪虚になってしまった女の子を探しているの。嫉妬の歪虚は独りが寂しくて人を殺して仲間にしようとするの。私達はそれを止めて、その子に優しい眠りを返してあげたいの。どんな小さなことでもいいの、オネストくんの気付いたことを教えて貰えないかな。その子が昔の友達を襲うことを防ぎたいの」
 オネストはしばらくディーナを見上げていたが、やがてベッドの縁に腰掛けた。

 ジャックが持参したクッキーを食べながら、オネストは語る。
「うちの孤児院によく来てた子……だと思う。あんなことする子じゃないって思うけど……僕たちが皆、みなしごで、ずっと誰かが迎えにくるのを待ってるんだって言ったら、彼女は嬉しそうに言うんだ。じゃあ私と一緒なのねって。私も誰からも迎えが来ないのよって」
「その子はどんな様子だった?」
「あんまり日の当たるところに立たない子だった」
 ジェレミアによれば、件の少女歪虚の肌は陶器の様だったと言う。陽に当たる場所では、光沢で素性がバレてしまうから、だろう。それにしても気付かれなかったのが不思議なくらいだが。
「ご両親は、優しい?」
 アルトが尋ねる。
「うん。とっても優しい。ずっと僕を心配してくれてる。他人の僕を……」
「他人じゃねぇよ。もう、同盟に生きる一つの家族だ」
 ジャックがそう言ってわしゃわしゃと頭を撫でると、膝に妖精を乗せたオネストは、泣きそうな顔で頷いた。アルトも、しゃがみ込んで笑顔を見せる。
「話してくれてありがとう。せっかくだから、一緒に自転車にでも乗らないか? 私のは速いぞ」
「アルトさんの漕ぐ魔導ママチャリでは刺激が強すぎると思うの……」
 その後、アルトの漕ぐ魔導ママチャリに乗って、ひとしきり騒いだオネストは少しだけすっきりした顔をしてハンターたちに別れを告げた。
 新しい両親の間に挟まれての挨拶だった。

●星を宿す夜の針
 オネスト少年の出身孤児院には、レオン(ka5108) 鞍馬 真(ka5819)、星野 ハナ(ka5852)が向かった。
「こんにちはぁ! 今日泊まり込みをさせて頂きますぅ、星野ハナですぅ」
「ハナさん、一泊するの?」
「はいぃ」
 目を瞬かせて尋ねる真に、ハナはにっこりと頷いて見せた。そして二人に耳打ちする。
「私はぁ、遊んでる最中とか、夜中のおトイレ付き添いの時にそれとなく聞きますのでぇ」
「じゃあ、私たちは職員さんとか」
「協力を募って応じてくれる子どもたち、ってところかな」
 真とレオンが頷いた。
「どこで歪虚に巻き込まれて亡くなった子か気になっていたんですよねぇ。もう一つの孤児院の子でこっちとは交流があって知ってる、って話かとぉ」
「そこも判明すると良いな」

 ハナが手製クッキーや御霊符まで駆使しながら子どもたちと打ち解けている横で、レオンは年長の子どもから話を聞いていた。話を聞かせて欲しい。そう言って、真っ先に名乗り出てくれた子どもだ。
「こんにちは。ボクはレオンというんだ。聞きたいことがあるんだけどいいかな?」
「うん。なぁに?」
 そしてレオンは素性不明の少女のことを尋ねた。オネスト襲撃に関わっていることを話し、名前や印象に残っているエピソードがあれば教えてほしい。そう告げる。
「名前はアウグスタだって言ってた」
「アウグスタか」
「あの子、虫が出ても全然怖がらないから、彼女がいてでっかい虫とかが出たら取ってもらってた。特に蜘蛛が出たらすごい嬉しそうにしてるの」
「蜘蛛……」
「ちょっと怖かったけど、普通の女の子だったし、殴ってくるとかはなかったから」
「そうか。ありがとう。もしまた見たら、すぐに大人に伝えるようにね」
「うん」

「うちによく来てた女の子って……アウグスタちゃんのこと?」
「名乗ってたんですか」
 不安げに言う職員に、真は嘆息した。名前を隠すつもりがなかったのか、はたまたうっかり名乗ってしまったのか。あの山での出来事を思い出すと……どちらもありそうだ。
「日陰から全然出てこなかったんだけど、まさか歪虚だから……?」
「それはあり得ます。人の姿をしていても、肌が明らかに人とは違うから、太陽光でそれがバレるのを回避したのかも」
「子どもたちがいつも楽しそうに喋ってたから、全然警戒してなくて。子どもだし、皆にすごく同情して……」
「皆に同情?」
「ええ」
 職員は頷いた。
「皆、迎えが来ない子なのね。私もなのよって。だから、どこかの孤児院の子だと思ってた。交流のある孤児院の子じゃなさそうだったけど」
「そうですか……」
 そこで、ハナの言っていたことを思い出して、真はもう一つの孤児院の名前を挙げた。
「そこの子でもない?」
「違うと思うわ。あそこ、心配性だもの。子ども一人で外に出すなんてとんでもないわ」
「そうでしたか……今回の事件で関わっている嫉妬の歪虚は、飽きっぽいとは言え、執着すると酷いんです。警備や巡回を増やせるようなら手配してください」
「院長に話します」

 夜になった。ハナは灯火の水晶球を漂わせて繕い物の手伝いをしている。破れた毛布、カーテン、よだれかけ。染みのできたそれらに、子どもたちの今までの生活を感じながら、一針一針丁寧に縫っていく。水晶球の光を受けた糸は、星の光を宿すよう。
「……ハナちゃん」
 寝室の扉が開いた。少女が一人、おずおずと出てくる。
「はぁい、どうしたのかなぁ? お手洗い?」
「うん」
 彼女はこくりと頷いた。
「一緒に来てくれる?」
「良いよぉ」
 寝起きの温かい手を引いて、ハナは廊下を進んだ。少女はそっと、ハナに問いかける。
「ハナちゃんたちは、アウグスタのことを調べに来たの?」
「知ってるの?」
「オネストが襲われたって……」
 彼女はしょんぼりしている。
「いつも楽しそうにしてて、そんな風には見えなかったのに……」
「お話したことはあるのかなぁ?」
「うん。お薬を顔に塗らないといけないんだって」
「お薬?」
「何て言ってたかな……ユウヤク? とか言うお薬。でもそれを塗ると顔がカチカチになるんだって」
 釉薬のことか。相手が子どもだからって、馬鹿にしている。肌が陶製に見えることの言い訳だろう。
「仲良しだと思ってた。だからオネストも、里親が決まったことを嬉しそうに話してたのに」
 トイレに行く道すがら、彼女は消え入りそうな声で言う。
「そう。そうなの。あなたには迎えが来るの」
 アウグスタはそう言って駆け出して、それから来なくなったらしい。
「アウグスタ、また来るのかな」
「もし来たら、大人の人に、ハナちゃんを呼んでって言ってねぇ」
「……うん!」

●ささやくおもちゃ箱
 あまり協力的でない孤児院がある。そう聞いたボルディア・コンフラムス(ka0796)とフィロ(ka6966)は虐待を疑った。
「交渉の基本は、相手が何を求めているかを知ること…だっけか? この場合はなんで話したがらねぇか、だな」
 ボルディアが言うと、フィロもその言葉に頷いた。
「口止めは大人が行うもの。その子がここで後ろ暗い事件に巻き込まれ死んで歪虚になった可能性があるかもしれません」
「ああ……なるほどな。隠匿ってことか。孤児院の不祥事が、その歪虚のせいで明るみになる」
「はい」
「交渉や聞き取りに、魔術一筋のボクにはあまり向いていないものでね。君たちにお願いしようかな」
 片目をつむって肩を竦めて見せたのはフワ ハヤテ(ka0004)。彼は結構な荷物を持参していた。
「だから、ボクは子供達に取り入ろうじゃないか」
 御しやすいから。そう思っていることを彼は口にしなかった。

「どうかな?」
 孤児院を訪ねたハヤテは、フィロとボルディアが職員の方に行っている間に、子どもたちをおもちゃとお菓子で釣った。子どもたちは、院長の方を気にしながらも彼の提供する品々の誘惑に勝てなかったようだ。一人の子はパルムのぬいぐるみをぎゅっと抱きしめて離さないし、別の子はプラモデルに興味津々だ。何人かの子はお菓子を食べている。
「普段は虫歯になるからあんまり食べちゃいけませんって言われるの」
 花籠パイを頬張りながら、少女が言った。
「そうかい。今日は構わないと思うよ。ああ、プラモデルを組み立てるかい? ボクはなんなら空も飛べるけど、一緒に飛びたい子は?」
 ハヤテはにこやかに両腕を広げた。
「君たちのしたいことをしようじゃないか!」
 彼は調査のことについては一言も口にしなかった。何をしに来たんだろう、この男の人。最初は怪訝そうにしていた子どもたちも、優しく微笑むハヤテに対して徐々に警戒心を解いていく。
「よその女の子ともこうして遊んだのかい?」
 ハヤテが、不意にその話を切り出すと、プラモデルを熱心に組み立てていた少年がぴくりと顔を上げた。
「やめて」
「どうして?」
「アウグスタがどこで聞いてるかわからないって。院長がそう言ってた」
「アウグスタ? それがその子の名前かな?」
 少年は俯いて、答えない。それを見たハヤテが合図すると、鈴蘭型妖精が、マッピングセットと筆記用具を持ってひょいとその正面に立った。
「妖精さんは君を心配している。これはプレゼントさ。口に出来ない怖いことは、書いてしまった方が楽になる。ああ、書いたら出しっ放しにしてても構わないよ」
 言えないことがあるなら匿名の手紙でも構わない。
「ボクはそれを拾うだけ」
 少年はただ書いただけ。
「君は何もしてない」
 人差し指を口元に当てて、おもちゃ箱の魔術師はささやく。
「いいね?」

 ここに到着する前に調べたことを思い出して、内心でボルディアはため息を吐いた。
「あそこの孤児院、すごく厳しいのよ。里親の調査で、飲酒量が多かったりすると断られるの。虐待の可能性ありってね」
 別のところでは、過剰な心配性と評されていた。要するに、喋りたがらないのはそういうことだろう。
 一方、フィロの調べた、五年以内での死亡事故、行方不明者についても潔白であった。厳しい調査の結果、不適格とされた大人が気に入った子どもを連れ去ろうとした事件はあったが、院長がいち早く気付いて事なきを得たらしい。
 フィロは食事の手伝いを申し出た。職員たちは院長を見る。院長は少し考えてから、言った。
「良いでしょう。あなたたちも気疲れしているでしょうし、手伝って頂きなさい」
「ありがとうございます、院長」
 フィロは腰を折って礼を述べる。彼女はいそいそと厨房に入ると、まずは乾いた食器類の片付けから手伝う。
「気疲れと言うのは、歪虚事件のせいでしょうか? 素性不明の少女がここでも目撃されていると聞いております」
「……」
 厨房の職員は黙りこくった。
「院長の圧力か?」
 入り口に立ったボルディアが問う。
「違います……確かに院長の方針ではあるけど……」
「喋ると何がまずいんだ?」
「……皆怖いんです」
 彼女は言った。
「ハンターに協力することで、歪虚から報復されることを。ここの孤児院は、悪いものから子どもたちを守り続けています。悪い大人からも。里親を断ったところから、嫌がらせをされることもあるわ」
 過剰な心配性。里親の調査が厳しい。それらの情報がここで繋がった。
「誤解しないでください。院長は決して、暴力や不正を働いてはいません。ただ、心配性なんです」
「その心配性が皆に伝染してるってことか。安心しろ。喋ることで、もし歪虚が来るようなことがあれば、守ってやるよ」
「ええ、お守りします」
「院長に伝えます。鍋、お願いできる?」
「はい、お任せください」

「守ると言う言葉は信じてよろしいのですね?」
「はい、院長。どうか私たちを信じてください」
「それがハンターの仕事だ」
「……」
 職員のとりなしで院長室に通されたフィロとボルディアを、院長はじっと見つめている。
「ここの子どもたちの中には、歪虚との戦いの中で孤児になった子も少なくありません」
「だろうな」
「だから、私は……親と同じ事があの子たちにも起きるのではないかと不安なのです。ただでさえ、素性不明の子どもとの接触を許してしまった。あまり接触しないようにとは言いましたが、それ以上の制限はできませんでした」
「院長」
「ですが……そうね、あっちの孤児院の子が、迎えの帰りに襲われたのね……それでハンターが動いていると……」
「はい」
「黙っている方がガキどもの為にならない」
「……不本意ですが正論ですね。良いでしょう」
 院長は立ち上がった。
「ただ、私のばらまいた不安のせいで話したがらない人もいます。私が報告を受けている限りの資料をお見せします」
「助かります」
 そして院長は資料を二人に渡した。そこには、アウグスタと言う名前以外は何もわかっていない少女が、日陰で虫取りをしたり、おしゃべりしていたこと、孤児たちの身の上に大変同情していたこと、そしてその肌が陶器の様につややかであることについては、薬のせいだと話していたことが書いてある。
「借りても?」
「差し上げます。ああ、どうかお願い。あの子たちを守って。一刻も早く、災いを取り除いてください」

「おい、ハヤテ、俺も混ぜろ」
 話を終えたボルディアは、子どもたちの遊び相手になるためにハヤテのところに合流した。ハヤテは、床からマッピングセットの紙を拾い上げると、折りたたんでポケットにしまう。
「ああ、お帰りボルディア。そろそろアウトドアにしようと思ってね。皆、あのお姉さんも一緒に遊んでくれるよ!」
 ハヤテがそう言って外に子どもたちを外に行かせた。そして、ポケットからそっと、拾い上げた手紙を取り出して開く。
 手紙には、アウグスタは「遠くから来た」と言っていたことが書かれていた。
「遠くか……おつきの馬車でもいるのかな?」
 厨房からは、夕飯であろう煮込みの香りが漂い始めている。

●花の咲く町
「司祭さん、この前はありがとうございました」
「蜘蛛騒動の時はお世話になりました」
「やっぱりヴィルジーリオだったんだ」
 イリアス(ka0789)、クレイ・ルカキス(ka7256)、夢路 まよい(ka1328)の三人は、司祭に話を聞きに行った。イリアスとクレイは、以前この町に出た蜘蛛歪虚騒ぎの時に呼ばれたハンターとして、彼と面識がある。まよいは別の経緯でこの赤毛の司祭と知り合いである。セレスティア(ka2691)と歩夢(ka5975)は別行動だ。
「ああ、皆さんその節はどうも」
「今回は聞きたいことがあって伺いました」
 イリアスが切り出した。そして彼女は、蜘蛛歪虚と、少女歪虚についてオフィスからの情報を話す。
「背後に別の歪虚の存在があったということですか」
「そうなの。それでね、花畑にその子が来て蜘蛛を置いて行ったんじゃないかと思って」
「確かに、それが妥当な考え方ですよね」
 イリアスは、子供、外部に出入りする商人、花の世話をする人など、日常で花畑を訪れる可能性のある人物を紹介してほしいと告げた。
「サンドラと言う女性が、花の手入れを一手に引き受けています。あなたと同じエルフです。家をお教えしましょう」
「ありがとう」
「ねえ、聞いたところによると、ヴィルジーリオはハンターが町にやってきた歪虚を退治しにいく間、避難場所を警戒してたんだよね? その間、なにか気づくことなかった?」
 まよいが尋ねた。司祭はしばらく思案すると、首を横に振る。
「あのときは蜘蛛ばかり警戒していましたが、子どもが一人で出歩いていれば避難を促した筈です。いなかったと思いますね」
「そうよね……一人でいる八歳くらいの女の子って目立ちそうだし……」
「ヴィルジーリオさんは、花畑やその周辺で少女を見ませんでしたか?」
 クレイがメモを取りながら尋ねる。
「私はバイクで素通りするだけですからね……とはいえ、やっぱり子どもが一人でいたら気にしますので」
「そうですよね。司祭さんが子どもを放置するわけないですし」
「じゃあ、後は商人さんとか、花の世話をしてる人かな。セレスティアさんが先に行ってるんだっけ」
「その商人さんは、どんな荷物を運んでて歪虚にくっつかれちゃったんだろ。特に荷物とか関係なく来たのかな?」
「商談の帰りと聞いていましたから、荷物は積んでなかったんじゃないでしょうか。積んでたとして、サンプル程度でしょうね」
「そっかぁ」
「それも含めて聞いてみましょうか」
 クレイがメモ帳を閉じた。

 巻き込まれた商人は隣町の人間だったが、オフィスの協力要請に応じて、ハンターに説明するためにこの町に来ていた。セレスティアが宿の談話室で話を聞くところによると、花畑を通り過ぎようとしたときに、馭者をしていた部下が気付いたらしい。
「だから、私自身はあんまりよく見てなくてね。どうだい、お前たち」
「いやぁ、びっくりしました! なんせ、小型犬くらいの蜘蛛が、お花畑から、こう、がちゃがちゃしながら、ぶわーってこっちに向かってくるんですから」
「毒もあったら大変だし生きた心地がしませんでした!」
「最初は、歪虚が出たと言うから、馬で蹴散らしたり逃げ切ったりできないかと思ったんですがねぇ」
 商人は首を横に振る。
「その大きさの蜘蛛がこっちに寄ってくると言うから、慌ててこの町に逃げてオフィスへ通報したんです」
「そうでしたか……」
 セレスティアは頷いた。
「その時に、小さな女の子を見ませんでしたか? 八歳くらいの」
「どうだろう。見たかい? お前たち」
「見てませんねぇ」
「僕も見てませんねぇ」
 そこに、クレイとまよいがやって来た。イリアスは、この町で花の手入れを一手に引き受けているサンドラというエルフのところに行っている。
「あ、この前のハンターさんだ!」
「ハンターさんこんにちは!」
「いやぁ、その節はありがとうね」
「こんにちは。お元気そうで何よりです」
 クレイは笑顔で挨拶をすると、同席を請うた。快諾されて、二人はソファに座る。
「当日のことなんだけど」
 まよいが切り出した。
「何か荷物は積んでたのかな? その荷物に蜘蛛が食いついたとか」
「いえ、特にそう言う荷物は積んでなかったんですよ。もうすぐまとまる話だったから、商材よりも書類がものを言う段階でしてね」
「そっか」
「方向転換するのにもたついたからその隙に飛びついたのかもしれないですね」
 商人はしみじみと頷いた。

「花畑に女の子?」
「ええ、そうなの」
「茶髪で黄色いワンピースを着てたらしいんだ。見た目八歳程度らしい」
 イリアスがサンドラのところに行くと、すでに歩夢がいて庭仕事の手伝いをしていた。彼は、サンドラが当時ヴィルジーリオと共に町での一匹目の蜘蛛を目撃したのだと知って、聞き込みをしていたらしい。
「もしかして、見間違いじゃなかったのかな……」
「見たのか?」
 間の詰まった株を移植する作業をしながら歩夢が尋ねる。
「蜘蛛事件の一週間くらい前かな。花畑に出掛けて、面白い花がないか見てたんだけど……」
 一瞬だけ、視界の端に、まさにそれくらいの年齢の女の子が見えた、ような気がしたと言うのだ。
「ぱっと顔を上げたらもういなかった。動物か何かを見間違えたと思ったんだけど、もしかしていたのか……その子が」
「可能性はあるな」
 子どもなら、伏せてしまえば見えなくなるかもしれない。
「サンドラさん、お花畑に行くときは、気をつけてね」
「うん。司祭にも伝えておこう。あいつバイクでしょっちゅうあそこ通るからな」
「そうね。司祭さんも気をつけてくれないと困っちゃうわ」
「あいつ結構向こう見ずなんだよな。ああ、歩夢、それはもうちょっと根が深くまで張ってるから、もうちょっと掘ると良いよ」
「こうか」
「そうそう」

 その話を歩夢から聞いたセレスティアは、実際に花畑に向かったが、おそらくはもう、その歪虚が来た時の足跡は消えてしまっているのだろう。歪虚の蜘蛛も少女もおらず、ただ生きた虫と花、小動物だけがそこにあった。

●いつかどこかであいましょう
「ほら、以前講演したときの」
「ああ、あの時の先生ね」
 小学校教師ジェレミアの元には、フェリア(ka2870)、レイア・アローネ(ka4082)、セルゲン(ka6612)、穂積 智里(ka6819)が向かった。女性陣は彼と面識がある。
「先生と縁がある面子もいるし、話してぇ事もあるだろ」
 セルゲンはそう言って、ファミリアズアイで視覚共有したモフロウを周辺に飛ばし、自身も超聴覚で警戒をする。能動的に動けない彼は、ジェレミアの様子を見ていた。
 彼は、ジェレミアが少女歪虚と遭遇したのが偶然だとは思っていない。何か、彼の様子にその鍵となるものがあれば、これからの動きに用立つかもしれない。
「先生、お久しぶりです」
「お久しぶり、ジェレミア」
「お久しぶり。私も話をお聞かせいただいてもよろしいですか?」
「ああ! 皆久しぶり! セルゲンくんは初めてだね? よろしく。教師のジェレミアです」
 各々が挨拶を済ませると、レイアが話を切り出した。
「嫌な記憶を思い出させてしまうようで済まないが、山で襲われた時の事を改めて聞きたいのだが……」
「ああ、オフィスから聞いてるよ。あの女の子がまた事件を起こしたって……」
「そうなんです。それで、再調査をしているんです。似顔絵は描けそうですか?」
 似顔絵の作成を考えていたのはフェリアも同じだった。絵心がないのだと笑う彼に加えて、フェリアと智里も似顔絵の作成を試みる。質問はレイアが主にした。
「目は、ぱっちりしていたね。利発そうな女の子だ。小学生なら、きっと頭の良い子で、皆の人気者で、リーダーみたいな……って感じかな。唇はもう少し薄かったかな」
「すると、こんな感じかしら」
「私もできました」
「……二人の方が上手だね」
 ジェレミアは自分の描いた似顔絵と、二人の描いた似顔絵を見比べて苦笑した。フェリアと智里の描いた似顔絵は、ジェレミアによればかなり似ているらしい。
「私たちは、声は聞いたものの、顔は見ていないからな」
「なるほどな。この少女がずるいとかなんとか言ってたわけか」
 レイアとセルゲンも、その似顔絵を見て特徴を覚える。
「多分年齢通りの児童で、亡くなったのも十年以内だと思います」
 智里はそう言って、他のハンターたちが調査に向かった二箇所の孤児院の名前を挙げた。
「この孤児院は御存じですか? あの学区の子供ではないかと思います」
「その孤児院は知っているけど、そっか……やっぱり幼くして亡くなった子なのか……」
「山で遭遇して、言葉を交わしたようですが、その時に何か気になることはありませんでしたか? 表情を変えた言葉とか」
 フェリアが尋ねる。ジェレミアは首を横に振った。
「いや、それは気付かなかったし、なかったと思うな。僕の方が表情変わってたと思うし」
「無理もないな」
 レイアが頷く。智里はヒーリングポーションを差し出した。
「嫉妬の歪虚は妬み縋って縁ができた相手を殺して仲間にしようとします。頭からの否定も肯定も拙いです」
 ジェレミアは困惑した様子でポーションを見る。水ではない。薬だ。
「会話は外さず引き延ばしを。彼女は先生のような自分を見てくれる大人を求めています。いざという時は必ず先生ご自身と生きている子供達を優先して下さい」
「そうだね……わかった。頑張るよ」
「もし今後何かあった時は即我々に知らせてくれ」
 レイアもそう口添えをした。
「もちろんさ。生徒たちにも気をつけるように言わないと……」

 話を終えて、いとまを告げると、セルゲンはジェレミアに歩み寄った。
「先生、今日はありがとな」
「こちらこそ。警戒してくれてたんだよね。安心したよ」
「その少女は、大人に優しくされた事ねぇ子なんかもな。だから幸福な子に嫉妬したり、優し気な大人に執着すんのかもしれねぇ」
「ああ……」
 ジェレミアは眉を下げた。
「複雑だ」
「そうだよな。良かったら、これもらってくれよ」
 セルゲンはそう言って、厄除けのお守りをジェレミアの手に握らせた。話を聞いている最中に、特に不穏な気配はなかったが、だからと言って安心もできない。
「え、良いのかい」
「気休めだけどな」
「嬉しいよ。何かあってもくじけずにいられそうだ」
「なら良かった。これからも、くれぐれも気をつけてくれ」
「もちろんさ。ありがとう。今度は平和な用事でお話ししようね」

●蜘蛛の糸を辿って
 ハンターたちが、それぞれに集めた情報は、すぐにまとめられて周知された。参加者同士の間でも情報交換が行なわれ、今後この歪虚が出た際には、速やかに情報が参照されるだろう。
「それにしても」
 オフィスの青年職員は報告書を見ながら呟いた。
「私も同じって言うから、孤児なのかと思ったけど、何か引っかかるな。なんでわざわざ、迎えが来ないって言い直してるんだろう」
 彼は伸びをした。
「うーん、考えすぎかな……あーあ、こんなに文章書いてまとめたの久しぶりだから疲れちゃったよ」
 そう言って、彼は書類を引き出しにしまった。

 蜘蛛の糸を辿る時。
 蜘蛛もまたこちらへの道筋を得ている。

依頼結果

依頼成功度大成功
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MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • THE "MAGE"
    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
  • 金糸篇読了
    イリアス(ka0789
    エルフ|19才|女性|猟撃士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 淡光の戦乙女
    セレスティア(ka2691
    人間(紅)|19才|女性|聖導士
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリア(ka2870
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオン(ka5108
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 真実を照らし出す光
    歩夢(ka5975
    人間(紅)|20才|男性|符術師
  • 半折れ角
    セルゲン(ka6612
    鬼|24才|男性|霊闘士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • 駆け出しハンター
    クレイ・ルカキス(ka7256
    人間(蒼)|17才|男性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談場
セルゲン(ka6612
鬼|24才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/09/07 14:09:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/09/07 05:53:11