聖導士学校――王宮からの査察団

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/09/04 19:00
完成日
2018/09/08 21:45

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 鎧越しに腹に触れても、胃の痛みは全くおさまらない。
「今回の査察は中央の総意と言っても過言ではありません。不正の証拠を確実に……」
 若い官僚が何かを言っている。
「聞いているのですか!」
 聞き流している。
 今回の任務は査察団の護衛であり、万が一のときは査察団を王都まで逃がすことだ。
 王国騎士複数名がいるのに弱気すぎる、とこの官僚は思っているのだろう。
「統治は国の仕事です。教会が祈りだけに専念できるよう、徹底的に……」
 刻霊ゴーレム約20体。自律行動可能な自走砲だ。
 覚醒者が最低60名。聖導士が大部分を占め異様に打たれ強い。
 要するに、査察団と護衛を1人も逃がさず殺し尽くせるだけの戦力が待ち構えている。
「さあ、行きますよ!」
 意気揚々と馬を走らせる官僚を、騎士を含む大勢の随員が馬で追った。

●ルル農業法人
 10体の巨人が異形の得物を一斉に振るった。
「うわぁっ!?」
 悲鳴。
 馬の嘶き。
 骨が砕ける音。
 敷地に入る前の出来事である。
「いきなり入ってくるから」
 飛び抜けて体格のよい男が、異様なほど慣れた手つきで官僚と馬の応急手当を始める。
「先輩?」
 王国騎士は剣の柄に手をかけたまま、困惑の視線を巨漢へ向けた。
「おっ、出世したんだな」
 肉の一部が削げたままの顔に、人好きのする笑みが浮かぶ。
「学校の生徒さん呼んだからちょっと待ってくれ」
「ええ、はい、それは構いませんが」
 現役時代は鬼とも呼ばれていた元王国騎士を見下ろす。
 足を包むブーツは作業用なのに高級感がある。
 作業ズボンは生地と仕立てが素晴らしい。
 それら全てをぶちこわしにするのが、上半身を包むカソック幼女のTシャツだ。
「先輩、ここで何をしてるんです」
「開拓だよ」
 笑みは爽やかだった。
 その背後に特大農具を構える10機のゴーレムがいなければ、仕事後に酒場へ誘ったかもしれない。
「戦力が多すぎるのではないでしょうか」
 気絶した査察団団長と、怯えたその部下の代わりに矢面に立ち質問する。
「多い?」
「誤魔化さないで下さい。明らかに過剰な戦力を集めっ、うわぁっ!?」
 幼女がTシャツの中から身を乗り出した。
 こんにちは! と、愛らしくも元気のよい挨拶をして、元王国騎士へ振り返りなにやら囁く。
「なるほど。承知しました。社員に声をかけて後詰めに出ます」
 もてなせなくてすまないなと言い残し、近くの同僚と共に武器庫へ向かっていった。

●南部汚染地帯
 古びたディスプレイに風景が映し出されるまで数分かかった。
 子供の指がトラックボールで操作する。
 じりじりと映像が動いて一部が拡大され、闇色の巨大鳥が映し出される。
「ほう、これが」
「ブレスも吐くのですか。飛べないだけで竜ですねこれは」
 少女助祭の肩越しに見る聖堂戦士団隊長達が好き勝手に言っている。
「ハンターなら1人で1体相手にできるそうですが、南に行くほど増援がよく現れるので調査と討伐に手間取っています」
 助祭の説明に偽りはない。
「1人1体……可能か?」
「1分隊で1体ですね。相討ち狙いなら半分。やりたくはないですね」
 ハンターの予想以上の強さに衝撃を受けている。
「来月用意できる資材は……すみません、こちらに表示します」
 古いパソコンの操作を諦め軍用PDAを取り出す。
 食料、医薬品、各種装備の予備や補修用素材などが表計算ソフトで見易く纏められている。
「支援はあるがたい、が」
「正直に言いましょう。我々聖堂戦士は北部の浄化か学校か丘での持久が精一杯です」
 ハンターと比べると弱い彼等が南部に行けば、大量の戦死者を出すことになる。
「承知しました。校長にそのまま伝えて……」
「事情は分かっている。実際に動かしているイコニア司祭に伝えてくれ」
「そのイコニア司祭はどこにいるのです? 恩があるので従いはしますが、顎で使われるのは正直気分が良くないですよ」
 そりゃそうですよねとうなずきたくなるのを理性で耐えて、助祭は最前線を指し示した。

●祝福された只の木
 巨大な鳥が崩れていく。
 重く分厚い闇が溶け落ち、前に進む力も失いただその場に留まる。
 瑞々しい葉を茂らせた木から懐かしい気配を感じる。
 善も悪も無く、ただこの地を象徴していた精霊の気配だ。
 歪虚の核である古エルフの残骸が、自らを構成する負マテリアルに退却を命じた。

●精霊と司祭
 ねー、どうしてあんなことしたのー?
 やかれるのあつかったでしょ
 いじめだめぜったい
「人違い、ではないのかもしれないですが」
 エクラの教義的に輪廻転生だいじょうぶでしたっけ、と考えながらイコニアが返事をする。
「記憶はないので推測になりますよ? あの修道士は初期ラッシュで王国を拡大させて対歪虚の戦力を増やしたかったのだと思います」
 しょきらっしゅ?
 げーむようご?
 たいじんせん?
「はい。外道は燃やされて教会と王国はしらんぷり、という展開だったのでしょう」
 こわい
 すごくこわい
 こんかいもするの?
「対歪虚で手段を選ばない私でもそこまではできませんよ。エルフの友人もいますし。でも、多分」
 当時はそれが一番マシな策だった。
 そう、自分の中の何かが主張していた。

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ平平未未農川平平平平川川 
い□平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑□□平平平平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓■■■ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林□□■■■ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林□丘林□□■■○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿□□□■■■ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□□■■■ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□■□◇■■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■□■■■■◎■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■○■■■■■■ 未=平地。開拓完了。今年から冬小麦を植えます
し■◇■■■■■■■■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され辛い
す■■◇■■■■■■■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■◎◎■■
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点


hあ=聖堂戦士団が掃討と浄化を完了
eか=負マテリアルの濃度が減少傾向

 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 あ列=今年麦を植えるつもりで超高速開拓中

リプレイ本文

●出迎え
 銀髪がふわりと揺れた。
 ズボン姿であってもエステル(ka5826)の清らかさも少女らしさも損なわれない。
 一回り以上年上の官僚が、駆け寄るエステルを惚けたような顔で眺めていた。
「大丈夫。少しだけ我慢して」
 体格が良く気の荒い馬が借りてきた猫のように大人しくなる。
「良い子ね」
 エステルがしゃがみ込む。
 ズボンが汚れるのを気にもせず、深く祈って癒やしの力をこの世へ導く。
 砕けた骨が肉をすり抜け元の位置へ。
 時が逆回しにされるかのように、皮膚も肉も骨も血の流れも瞬く間に回復した。
「あなたがイコニア司祭?」
 サファイアの瞳が微かに見開かれ、数秒後れでくすりと笑みがこぼれる。
「ハンターズソサエティーから参りましたエステルと申します」
 支えて起こしてくれた手は温かく、立つ姿も礼をする姿も貴族の令嬢以上に麗しい。
 接触の瞬間感じた微かな香りが、一生忘れられそうになかった。
「王宮からの査察団の皆さんですね?」
「あ、ああ」
 精一杯威厳を出したつもりなのに、部下や護衛の騎士からの視線が冷たい。
 私物のはずの馬に至ってはエステルに文字通り尻尾を振っている。
「この地の運営には私達ハンターが長期間関わっています。司教や司祭からも話があるとは思いますが、まず我々から説明してもよろしいでしょうか?」
 感情的にも実務的にも、拒否する理由はどこにもなかった。
「さて、中央で仕事をされている貴方がたならばより詳しいでしょうが、システィーナさまがご即位なされたとはいえかつての戦争の爪痕はまだ残っています」
 復興がなった場所でも特定の年齢が少ない。
 ようやく奪還がなったイスルダ島など復興自体がこれからだ。
「学校の母体である派閥が確かに戦闘よりなので生徒の教育も戦闘訓練が中心だと思いますが」
 全身金属鎧でマラソン中の少年少女が手を振ろうとして、真面目な話が行われているのに気付き慌てて真面目な顔になる。
「その理念は、ホロウレイドで傷ついたこの地の回復と……それで発生した孤児たちを生かすことだと私は思っています」
 嘘ではない。
 エステル様イコニア司祭より聖女っぽい、という内緒声を聞き取れたのはエステルと王国騎士だけである。
「彼らを少しでも今の時代でも生き抜けるよう、教育を授けるのはいけないことでしょうか?」
「うむ、それは素晴らしいことだね」
 官僚が助けを求める視線を部下に向けても護衛に向けてもスルーされる。
 少女に脂下がる男に、好意的な反応があると考える方がおかしい。
「運営資金にいたしましても、学校に同意してくださる方々からのご厚意は頂いておりますが」
 ちらりと目を向ける。
 体格的には幼女に近いエルフが羊皮紙の束を押しつけてきた。
「そこから下は部外秘。閲覧許可はあるけど持ち出し禁止。写すならあの建物の会議室で」
 自分以上の知性と、抑えた状態でも強烈な武の気配を感じて官僚が怖じ気付く。
「運営資金にいたしましても」
 エステルの説明を目と耳で味わいたいのにフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)が怖くて目が離せない。
 仕方なく書類を広げて見ると、仕訳も計算も何一つ間違っていないのが分かってしまった。
 僅かな計算ミスもないのが気味が悪い。
「去年など自由業とでもいえるハンターになった子たちも結構いましたし、そうやって凝り固まらぬよう外から私たちが召喚されているのだと思います」
 私が関わりました部分ですとこれぐらいでしょうかと結ぶと、王国騎士が感嘆の息を吐き拍手をしそうになってぎりぎりで止めた。
「補足する」
 フィーナが一歩前に出る。
 官僚が倍の歩幅で2歩後退する。
「この土地は歪虚が頻出し、襲撃もある危険区域」
 強力な歪虚の襲撃を知らせる警鐘が響く。
 機関砲搭載の魔導ドラックが南へ向かい、体力錬成中の生徒を拾って地平線の向こうへ消えていく。
「安全を確保し人の生活が再開され」
 灰の瞳がじろりと睨む。
 武力を用いたわけではないので騎士は官僚を助けない。
「個としての精霊様が顕現した」
 よんだー?
 フィーナだー
 ひょーじょーかたいよー?
 圧縮されていない情報が凄まじい速度で押し寄せる。
 半端に脳の性能が高いのが仇になった。
 官僚は情報の濁流を受け流さずに受け止めてしまい、ひぐぅと間抜けな音を残して膝をつく。
「ん。仕事中」
 フィーナの白い手が、上質なカソックで包まれた幼女の背へ優しく触れる。
 以前見たときより小さくなっていた。
「その方が」
 騎士が対王族に準じる礼をとる。
 もっともらしくうなずき水性ペンを構える丘精霊。
 狙うのは、兜をとり外気に晒された騎士の額だ。
 フィーナがひょいとペンを取り上げ、かえしてー、と哀れっぽいテレパシーで抗議された。
「可能なら人材派遣をお願いしたい。開拓でも、警備でも、人が足りていません」
 騎士の表情が戦場でのそれに変わり、常人では見通せない南の空を凝視する。
 眼下を晒した禍々しい烏が、全てを呪うような鳴き声をあげうごめいていた。

●ルル
 荒荒しいマテリアルが川面を揺らす。
 属性は正なのに嵐のように激しく、戦火の如き破滅的な熱がある。
「あ~さ~な~さぁん?」
 聖堂教会司祭の声が、地獄から響いているようだった。
「負けないでちゅ」
 ま
 け
 そう
「弱気は禁物でちゅよルルしゃん!」
 ヨーヨーを構える北谷王子 朝騎(ka5818)と精霊。
 往年のホビー漫画かアニメを思わせる構図だが、吹き付ける気配は殺気にじみていてR15くらいになりそうだ。
「たあ!」
 みぎ
 ひだり
 とみせてしたから
 無駄に華麗なヨーヨー技がイコニアのスカートを襲う。
 法術補助と防具としての性能は重視していてもそれ以外は投げ捨てているのでこの手の攻撃?には弱い。
 カソック風装束が捲れ上がり、見えてはいけないものが一瞬だけ見えた。
「そんな」
 朝騎から力が抜け両手両膝を地面に触れさせる。
「裏切られたでちゅ」
 涙がぽろぽろ零れる。
 精霊が右往左往して混乱する。
「黒絹と見せて実際は見せパンってなんでちゅかー!」
 リアルブルーには良い事をした人には巡り巡って良い事が、悪い事をしたら悪い事が訪れることを示す因果応報という言葉がある。
 その実例を朝騎が身を以て示すことで、悪戯の危険を精霊に教えたのだ。たぶん。
「泣きたいのは私で……朝騎さん?」
 マテリアルが元に戻り、イコニアの冷たい声が響く。
 朝騎は口笛を吹きながら盗撮可能な眼鏡を仕舞おうとして捕獲される。
「卒業アルバム用の写真でちゅ! 自然な姿を撮るため仕方が無いんでちゅ」
 こじんてきにも
 たのしむ
 つもり?
「もちろんそれもするでちゅよ」
 胸を張る朝騎を見て、イコニアは深々と息を吐いて自分の眉間を揉んだ。
 ヨーヨーによる不意打ちからの対峙からの展開だ。いつものこととは言え付き合いを再考したくなる。
「また身体縮んでる。無理しないでねって言ったよねー?」
 常人なら触れることも難しいはずの体に、メイム(ka2290)の指が触れぎゅっと頬をつまんだ。
「在庫分の植林してくるけど、今週はこれ以上頑張っちゃだめだよ」
 微笑んでいるのに先程のイコニアより怖い。
 カソック幼女は首を上下に振ろうとして、つままれたままの頬の痛みに涙目になった。
「ルル様? 何度も言われたでしょうからこれ以上は言いませんが、これ以上繰り返すようならもっと強く言うしかなくなりますからね」
 ユウ(ka6891)の言葉に怒りはなく、相手に対する気遣いだけがある。
 だからルルは、次やらかすと自分がどんな目に遭うか想像できてしまった。
 はい
 しません
 しない、よ?
 イコニア相手にはやらかす気がする。。
 ユウは今日はここまでにすることにして、業務用オーブンを借りて作ったケーキを大型クーラーボックスから取り出した。
 ルル希望の一品だ。
「ウェディングケーキ!?」
「あれは人が入れるサイズでしょ。でもこれ大きい」
 水泳の授業が終わった生徒が次々に集まってくる。
 最初は1人で食べようとしていた精霊は、断腸の思いで切り分け用ナイフを級長へ渡す。
 よくできましたと微笑み皿を配るユウの目を意識しながら、薄い胸を涙目で張る丘精霊であった。
「燃料費だけでも結構かかったんじゃない?」
「パン焼きと乾パン製造で大量に使ってますから誤差ですよ。しかしこれは美味い」
 農業法人の技術者も相伴にあずかっている。
「そっちに業務拡大するんだ。専門は畜産なのに?」
 メイムの言葉に困った顔になる。
「鶏卵と食肉の確保って重要よね。学校か法人の予算で養鶏養豚出来ないかな? 豚からは皮革も取れて余剰は加工販売も出来るし」
「採算はとれますが……」
 説明を考えるのに少し時間がかかった。
「刻霊ゴーレムを増やして小麦を増産する方が利益と信用に繋がるんですよ」
 効率が桁違いなのだ。
 リアルブルーの養鶏場、養豚場をそのまま再現できるならともかく、王国の技術で養鶏場や養豚場をつくっても割にあわない。
 王国は、技術面では多くの分野で後れていた。
「しかしルル様はよく食べられますね。体格がよくなったのはそのせいでしょうか」
「んー、違うと思う」
 百戦錬磨の覚醒者であるメイムには力の流れがある程度見える。
 ケーキのカロリーはとんでもなく多いのに、生徒と違ってルルにはほとんど力になっていない。
 生徒から向けられる敬意や親愛、ケーキに籠もったユウの想いの方が万倍力になっている。
 んぐ、とルルがケーキを詰まらせると、非常に自然な動作でお盆が差し出された。
 刻令ゴーレムのーむたんである。
 早生の葡萄ジュースと、メイム作チーズケーキとおまけのうなぎのパイが載っている。
「マテリアルのバランスがとれると16歳相当になるとおもうんだけど。……だから祝福頑張らない。過剰にあっても迷惑でしょー」
 のーむたんに過剰な祝福をしようとするルルを、メイムが米神ぐりぐりの刑で阻止しようとしていた。
「はぁ、そんな不思議なこともあるんですね」
 ユウがなんでもないことのようにコメントする。
 話題はイコニアの前世。
 校長が聞いてしまい頭を抱えているのにユウは平静だ。
 王国とは異なる価値観で生きる龍園の民にとっては、転生程度雑談の種である。
「前世があると自覚したのなら何かの切っ掛けで思い出すフラグがたったようなものでちゅ」
 何度もうなずきながら朝騎が続ける。
「今の自分を変えたくなかったら気を付けた方がいいでちゅよ。前世の記憶と人格は今の自分というものに影響を与えまちゅ」
 怪しげなものを見る目のイコニアに、素直に拝聴する姿勢のユウ。
 ルルが食べなかった通常サイズのデコレーションケーキを半分ずつ食べている。
「エルフの集落跡で戦闘とか、あと頭に大ダメージを負ったり生死を彷徨う重体になったりとかもダメでちゅよ。朝騎もそうでちたから」
「どこまで冗談のつもりなのか分かりません」
「冗談と思いたいならそれでいいでちゅけど」
 朝騎のケーキはメイム作のチーズケーキ。
 3人とも凄まじいカロリーだが今日の夕ご飯までには完全に消費する。
 高位の覚醒者はそれほど動くし動けるのだ。
「多分回避不可能でちゅ。フラグでかすぎ」
 占術を使うまでもなく自明であった。
「お守りしますよ?」
「いえ、これは私事なので対歪虚戦を優先して欲しいと……私事、ですよね?」
「どうでしょう?」
 朝騎ほどサブカルに詳しくない2人は、よく分かっていなかった。
 けふぅ、と妙に可愛らしい音が響く。
 ユウが軽くかがんで手を持ち上げると、腹回りが数割増しになり頬や腕がふっくらしたルルがユウの膝に飛び込んできた。
「ルル様、いつもありがとうございます。今日はしっかり力を蓄えて……」
 果物の砂糖漬けに伸びた手にフォークを持たせる。
「ううん、みんなの感謝を受け取って下さい。きっとそれがルル様のためにもなるはずです」
 無心に頬張る精霊の存在感が、ゆっくりと増していっていた。

●墓碑
 小さな白い花が風に揺れた。
 平坦な石に花の影が落ちる。
 没名も没年もないが墓石は、丁寧に磨き上げられつるりとしている。
「バーニャ、籠を使って」
 風雨で汚れたブーケを白いユキウサギが回収し、ソナ(ka1352)が換えのブーケを捧げる。
 7日連続の来訪で、3日連続の墓参りだ。
 お供え物も凝ったケーキから手作りの焼き菓子に変わり、借り物の管楽器とバイオリンの演奏は熟れて優しい音色が響く。
 かつてエルフの村が滅び、滅びを演出した人間が燃やされた場所だ。
 痕跡は建物の基礎の残骸程度しか残っておらず、再開拓の対象にもなっていないためゾッとするほど人気が無く寂しい場所だ。
「慰めになるといいけど……」
 この地の精霊を通して聞いた曲を、可能な範囲で再現したつもりだ。
 殺された古エルフを助ける方法などない。
 だが、まだ覚えている同属がいるという事実は、微かではあっても慰めにはなるはずだった。
「落としどころが見つかりません」
 慰霊の演奏を終え、片付けを終えた後にため息をつく。
「あの修道士がいなくなればよいの?」
 限りなく本人に近い彼女は大切な仲間だ。少なくとも今このときは。
 また、丘精霊自身も今の住民のため励んでいる。
 それを無駄にはできず、その場合古エルフ由来の歪虚とは敵対するしかなく、つまり妥協点が存在しない。
「私もいいですか」
 儀式の間、距離をとり無言でいたイコニアが静かにたずねてきた。
「……あのお墓には?」
 火刑があった場所には、この墓よりは立派な石が聖堂戦士団により設置されていたはずだ。
「前世と言われても実感がないです」
 困ったように微笑む彼女は、最初に会ったときより数年分大人びていた。
「寂しい言い方です」
「背負うものが多くなり過ぎました」
 ソナ達が冒険と戦いの中で平和と力を勝ち取ってきたように、イコニアもまた組織内政争と対歪虚戦で実績をあげ立場を得た。
「本当は幾つでしたか」
「21になります」
 血の気の薄い顔は表情も薄く、童顔なのに年老いた雰囲気すらある。
「歪虚退治という社会的に認められた暴力で、気持ちよくなりたいだけなのですけど」
 マスコミに聞かれたら大スキャンダル確実である。
「変わらないのですね」
「面の皮の厚さは変わりました。ソナさんは」
 眩しいものを見たかのように緑の目が細められる。
「若く、綺麗まま、前に進まれているのですね」
 年齢や顔についての論評ではない。
 生き方についての感想だった。
「で、音楽祭についてですが」
 学校に戻ったときには儚い雰囲気はどこかに消えている。
「俺達に聞かないで下さい! 俺達参加したい側、あん……貴方運営する側でしょぉっ」
 駆け出しミュージシャン兼農業法人バイトエルフは腰が退けている。
 聖堂教会内の有力者と高位覚醒者の密談から今すぐ逃げ出したい。
「どうなるのでしょうね」
 ねー
 はんどべる
 れんしゅうしたよ!
 両手でベルを構える精霊に促され、ソナは故郷の曲をリュートで奏でる。
 ルルを楽しませるだけなら内輪で小規模にすればいい。
 ルルのために利用しようとするなら、大規模な音楽祭にならざるを得ないかもしれない。
 ベルの音が演奏に加わり、楽しげな演奏がしばらくの間続いた。

●査察団の視界外で
 女性2人が一夜をともにする。
 背徳とも妖艶とも解釈可能な状況のはずなのに、色気など欠片すら存在しなかった。
「イコちゃん寝癖ー」
「サクラさんの肌艶が憎いっ」
 化粧道具が飛び交う。
 専用洗面所の奪い合い。
 半分眠った目で互いに衣装と装備を身につけさせる。
 ドアが内側から開いたとき、切れ者のハンターと司祭と完璧に整えられたベッドが見えた。
「最近嫌われ過ぎじゃない? 遠くにあんな気配が複数あるって異常じゃん」
「このくらい普通ですよ。リアルブルーで盗聴器まみれにされたときよりはずっとましです」
 事務員にしか見えない防諜担当から報告を受けつつ朝食の席に向かう。
「ヨーグルト増量メニューね。時間が無いからって噛むのさぼっちゃ駄目だよ」
「朝からこれは厳しいのですけど」
 教師陣より一回り以上若く、生徒よりは歳をとった高位の覚醒者達は、若き聖導士達のよい見本になっていた。
「ところで……ヤバいもんはイコちゃんの頭の中にしかにないよね?」
「電子化って便利だと思いません?」
「サイさーん、査察団に1時間遅れるって言っておいてー!」
 PDAとパソコンのセキュリティ設定に、1時間ほどの時間が必要だった。
「この地はまだ明ける前のイスルダ島と同じです。是非皆様には、この地の真実を見極めて帰っていただきたい」
 査察団へ最低限必要な情報を伝えるだけでも大変だった。
 査察に関する情報ではなく、この土地で生き延びるための情報を文字では無く体で覚えさせてからようやく出発だ。
「ルル様は力を使いすぎて小さくなってしまったことがある為、私達は日々の感謝と木々の植樹でルル様をお助けしようとしています」
 木の存在感が飛び抜けている。
 神域扱いされてもおかしくない気配をまとった木が、平凡な木であるかのようにずらりと生えていた。
「この子供達が聖堂戦士や医者として王国各地に羽ばたき、未だ歪虚の濃い闇の影響が残る王国各地の人々を救う。その理念を掲げ私達はここで学校を興しました」
 嘘は言っていない。
 伝統的聖導士や薬師としてではなく、リアルブルーで軍人や医者として通用しそうなレベルで鍛えているだけだ。
「因みにここは聖堂教会からの援助をほぼ受けておりません。皆様の浄財や寄付、生徒の学資で成り立っております。大公様と……」
 宵待 サクラ(ka5561)が説明を中断してスモークカーテンを発動。
 数秒遅れで、査察団の護衛で有る騎士達が上空からこちらを伺う目無し烏の群れに気付いた。
「大公さまの退任に伴い、大公派の戦闘教官が全員退任いたします。後任は広く聖堂戦士団から求めることになるでしょう」
 だから不偏不党なのよと、この地を実質的に主導する1人が微笑む。
「この地はまだ明ける前のイスルダ島と同じです。是非皆様には、この地の真実を見極めて帰っていただきたい」
 騎士は感銘を受け、高い知性と邪悪とすらいえる手法を身につけた官僚も揺れている。
 北の地平線の向こうで移動中の刻霊ゴーレムの数に気付いていたら、王国中央に派兵を求める報告書が提出されてはずだ。
 しかし現実には気付かれることなく、当初予想と比べるとかなり好意的な報告書だったらしい。
「あれじゃまー」
 査察団の面倒だがそれ以上に厄介なのは護衛の騎士達だ。
 善意あるいは腕試しで、わずかな休憩時間を使い危険地帯の近で馬を走らせている。
「行ったー」
 のーむたんが作業を再開する。
 100メートルごとに苗木を1本植えている。
 植えた瞬間、暖かなマテリアルが地面に注がれ汚れた土が普通の土に変わり、それで終わらずじわじわ周囲を浄化していく。
「精霊の力の消費する浄化と緑化だからねー。物理的にも情報面でも安全第一ー」
 苗木は汚染された土地を浄化し、ある程度であれば歪虚を近寄せない。
 ルルが身を削って育てた苗を無駄にする気は無いし、詳細を外部の者に知らせるつもりもない。
「根こそぎは疲れるでちゅね……。ちょっと休憩」
 朝騎が隣接地域から移動して来た。
「CAMを持って来た方がよかったでちゅかねぇ」
 百戦して百勝できる敵視かいなくても、圧倒的な回避能力も防御力もないトラックでは連戦は困難だ。
「参りましたね」
 エステルも困っている。
 Kモード可能なゴーレムを持ち込んでも、農業法人の本格窯焼き立てパンと比べられて分が悪かった。
 対抗可能なのは、予めメイムが作って持って来たケーキくらいであった。

●精霊の土地
 プラズマ化したブレスが地面と大気を焼いた。
 余裕をもって躱したはずのイェジドの毛先が、熱で僅かに縮れている。
「今日は少し、勝手が違うけれど」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)に対する返事は機嫌よさげなうなり声だ。
 エイルの尻尾が機嫌よく揺れているのが気配で分かる。
「そうね。私とアナタがやる事は変わらない。往こう、エイル」
 イェジドが走り出す。
 目指すのはユウが足止めしている巨大な闇だ。
 固体と液体の中間の性質を持つ負マテリアルが、鳥の形をとってブレスをまき散らしている。
 直撃すればユウの骨まで焼く威力があるが、攻撃速度も狙いの正確さもユウの動きに追いつけない。
 ユウは、イツキの接近にあわせてわざと速度を落とした。
 いけると判断した闇鳥は、イツキとエイルに対する警戒が甘くなる。
 群青の魔槍が気配を増す。
 刃から威圧的な光を放ち、イツキの手により最大限に加速する。
 掠めただけでも分厚い負マテリアルの層を打ち抜けるはずだった。
「っ」
 穂先が負マテリアルに触れすらしない。
 闇鳥の回避能力は圧倒的ではない。
 イツキが、技の選択を誤ったのだ。
 エイルが無理矢理体を捻る。
 骨がきしむのが鞍越しに伝わるが止めることはできない。
 射程を捨て威力を限界まで上げたブレスが、闇鳥を覆う形で放たれたのだ。
 しかし闇鳥も選択を誤っていた。
 優れた回避の技と回避スキルを兼ね備えたエイルにはその程度では届かない。
 上空のワイバーンが吼える。
 ユウが本来の速度に戻って闇鳥へ猛攻を加える。
 龍の炎とドラグーンの刃が、闇の体を深々と抉った。
「なんて」
 楽な戦いだ。
 イツキとエイルは全く同じことを考え、後ろへ跳んで距離を調節する。
 敵は強い。
 ウォークライも数回当ててようやく効くかもしれないというレベル。
 つまり、味方と安全圏が近くにある今なら苦労はしても確実に勝てる。
 ユウが駆け魔導剣が舞い闇鳥に傷がつく。
 盾にも肌にも傷一つ無い。
 薄い意識しか持たない闇鳥も焦りの気配を濃くしている。
 ブレスの被弾1回で覆る綱渡りであることに気付いているのは、ユウとイツキだけだった。
「これで」
 イツキから雑念が完全に消える。
 ただ全身全霊で撃ち込む。
 想いを貫き通す為に、己の全てを一撃に込め、押し出した。
 必死に躱そうとする闇鳥の足をユウの刃が切り裂く。
 回避行動が一瞬遅れ、無心の一刺しにより腰から背中まで貫かれる。
 刃を邪魔するはずの負マテリアルが機能を阻害されている。
 衝撃が闇鳥内部を砕いて負マテリアルの流れがますます滞る。
 最早ブレスを撃つ余力もなく、巨大な歪虚が形を失いマテリアルとして地面にぶちまけられた。

 子供用如雨露から降るのは純粋な正マテリアルだ。
 体に付着した闇の飛沫が、ユウとイツキとエイルから押し流され正負打ち消しあって消えていく。
「ありがとうございます」
 イツキの言葉は少しだけ固い。
 単独遠征や単独調査が多かったため、ルルとも他のハンターとも縁があまり濃くないことを気にしていた。
 ルルが小首を傾げる。
 真剣に悩んでいるのが妙に可愛い。
 かご
 なんで
 しまったでちゅ
 エイルに手伝ってもらってイツキの肩に手を伸ばし、ふにゅうと気合いの声をあげた。
「イコニアさん、これは」
 肩ではなく己の魂に熱を感じる。
「害はありません」
 イツキの背から半透明の翼が広がっている。重さがないのでイツキだけが見えず気付けない。
「……ありませんよね?」
 フィーナが無言でうなずいた。
 いい汗かいたと額の汗を拭うふりをする精霊を抱え上げ、適度な力でぎゅっと抱きしめる。
「余計な力が籠もっている」
 そう
 なの?
 なおすー
 澄んだ水を思わせる翼が薄れて見えなくなり、イツキの中に微かな暖かさが残る。
 加護だ。
 有力な精霊ではないのでイツキの力には全く結びつかないが、霊的存在に対する名刺代わりにはなるかもしれない。
「最初より雑になっていませんか」
 フィーナとルルはいつの間にか長い付き合いになっていた。
 最初は教師の真似事をしていただけ。
 丘精霊に出会った頃は特別な感情なんてなかったのに、今ではルルを一番に考えるしルルを守るためなら直接契約だって構わない。
 突然息ができなくなる。
 何か巨大なものがフィーナの魂を覗き込んでいる。
 幼女に見える精霊、否、精霊の人間に近い部分は気づけていない。
 地域を象徴する精霊としての本性、土地そのものがフィーナという個を意識していた。
「ル、ル?」
 巨大な何かがうなずくだけで魂がきしむ。
 精霊の指にあたるものが、至上の宝玉に触れるが如き指使いでフィーナに触れ……火傷したかのように慌てて引っ込んだ。
 呼吸が再開する。
 ルルが一回り小さくなっている。
 力は減っていない。フィーナに似た顔立ちや髪の色に変わっていた。
 しっぱい
 しゅごしゃこうほはたかねのはな
 あきらめないでちゅ。もっとなかよくなるんでちゅ!
 丘精霊は、全く懲りていなかった。

依頼結果

依頼成功度成功
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MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

重体一覧

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka5561unit004
    ユニット|車両
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka5818unit013
    ユニット|車両
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka5826unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】
メイム(ka2290
エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/09/04 21:04:43
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/09/01 20:56:32
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/09/04 11:53:45