聖導士学校――前哨戦のはじまり

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/09/21 09:00
完成日
2018/09/29 17:12

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 目指せレベルアップ
 目指せ上級クラス

 上記の落書きが、霊的な要で見つかった。
 聖堂教会の直接の信仰対象ではないとはいえ、この地を象徴する精霊の座所に対する攻撃である。
 実質的に領主を兼ねる校長は静かに激怒した。
 農業法人は大規模開拓中で余裕がないのに自警団設立と捜査への協力を宣言。
 第一発見者である生徒は、疑われているのではないかと怯えて震えていた。

 努力は1日3時間
 2時間でもいいよね

 下手人が判明したのは悪戯発覚から1週間後の早朝。
 筋トレらしきものを終えた丘精霊が自分の社に落書きをしているのを目撃され発覚した。
「イコニア司祭、どういうことか分かるかね?」
 答えを知った上でたずねる教師としての態度ではなく、専門家に意見を求める経営者としての顔だった。
 校長でもある司教にたずねられたイコニアは、困惑を顔に浮かべたまま意見を述べる。
「精霊として格を上げたいのではないかと」
 司教は瞬きをして、小首を傾げ、元に戻し、目を見開いた。
 さっぱり訳が分からない。
「格とは、なんだね」
「守護者を得られるようなりたいと……その、意図されているようです」
 丘精霊ルルは言葉を使いこなせていない。
 普段言葉が通じているように見えるのは、ルルが無意識に叩き付けてくる多重イメージを受け手が頑張って解釈した結果だ。
「守護者!?」
 叫びが校長室の硝子を揺らした。
「大精霊クリムゾンウェストや大精霊エバーグリーンしか実例のないあれかね」
「リアルブルーにもいるかもしれませんけど……はい、そのあれです」
「……誰を守護者にしたいのかは分かるが」
 丘精霊ルルは心理的に近い者の姿を借りる。
 今の小柄な姿を見れば、誰を己の守護者にしたいかはすぐに分かる。
「可能なのかね?」
 この司教は教育分野でキャリアを積んできたので、霊的な存在に対する知識は地位相応でしかない。
 対する司祭は、パルムを餌付けして便宜を図って貰っている程度には知識と縁がある。
「簡単に成長できるなら精霊様方は歪虚相手に有利に戦えているはずです。不可能とは断言できませんが望みは薄いかと」
 窓の外に猫と丘精霊が見える。
 お菓子を取り合う……というより精霊が自慢して奪われて泣きながら追いかけている。
「諦めさせるべきなのかのぅ」
 人類と意思疎通してくれる精霊は貴重で、その中で人間に好意的な精霊はさらに貴重だ。
 便宜をはかるつもりはあるが不可能なことを可能にはできない。
「その判断はハンターにしてもらいましょう。ルル様と最も親しいのはハンターの皆さんです。我々は責任をとるだけです」
「考えようによっては気楽な立場か。お陰で後進の教育に専念できる」
 聖職者達が気楽に笑い合う。
 精霊が本来の仕事をおろそかにした結果何が起きるか、全く想像できていなかった。

●油断
 機関砲が大量の弾を吐き出す。
 ハンターが操る武器と比べると精度も低く射手の腕も拙い。
 しかし、200メートル先の相手に届くのであれば十分だ。
「いい武器だ」
「油断はするなよ」
 つい先日まで馬と弓を使っていた戦士が、魔導トラックと車載機関砲を操っている。
「あんな大きさの歪虚に油断できるか」
 目標の歪虚の全高は6メートル。幅は翼を閉じている状態で4メートル。
 胸と腰の厚みは凄まじく、CAMと比べても一回り大きく見える。
「歪虚が後ずさりを始めた。追うか?」
「任務は撃退だ。敵が単独のうちに仕留めたいがな」
 2人とも熟練の聖導士だ。
 負マテリアル製の巨大鳥の能力も、学校経由でハンターから知らされている。
 だが、徹底に消極的な歪虚を目にすることで、明らかに油断しつつあった。

●崩壊
 闇色の巨鳥たちが胸を張り大きく翼を広げた。
 虚ろな眼窩に不気味な光が灯る。
 口から闇色の火花が散って、4つの喉膨大な負マテリアルがブレスとして放たれた。
 厚さが1メートルに迫る盾が宙に舞う。
 魔導トラックの荷台で戦士が腕を押さえてうめく。
 運転席では、極限の緊張で運転方法を忘れた戦士が混乱していた。
「私が足止めをします」
 若い……生徒と比べると10は年上の高位覚醒者が助手席から飛び降りようとして荷台から伸びた手に取り抑えられる。
「馬鹿者無駄死にすんじゃない!」
 歪虚の戦術は単純だ。
 対単体長射程ブレス4発を、人間あるいはユニットひとつに集中させる。
 それだけで回避は至難になり回復が追いつけない大ダメージになる。
「増援を要請しろ。丘や学校が射程に入るまでに食い止めるんだ!」
 追撃はなかった。
 その後戦士団が挑発や分断を試みたが、4体の強力な歪虚は決して離れようとせず、戦士団は勝ち目を見出せなかった。


●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ平未未未農川未平平平川川 
い□平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑□□平平平平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓■■■ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林□□■■■ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林□丘林□□×■○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿□林□■■■ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□□■■■ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□■□◇■■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■□■■■■◎■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■○■■■■■■ 未=平地。開拓完了。今年から冬小麦を植えます
し■◇■■■■■■■■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され辛い
す■■◇■■■■■■■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■◎◎■■ 墓=平地。遠い昔に悲劇があった場所。墓碑複数有。掃除頻度低
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域。基本的に平地。詳しい情報がない場所です
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点

×=歪虚集団。闇鳥4羽が迷いながら低速で北上中

gう=聖堂戦士団が掃討と浄化を開始
gき=負マテリアル濃度がわずかに減少。隣接の林が疲れている気も?
eか=負マテリアルの濃度が減少。放置しても次々回には利用可能

 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 あ列=今年麦を植えるつもりで超高速開拓中
 地図の南3分の1の地上は、汚染の影響で遠くからは見辛い

リプレイ本文

●開戦
 ファイアーボールの爆風が荒野を撫でた。
 ほとんど岩の地面が削られるが、荒野が受けたダメージは予想以上だ。
 頑丈に見えたはずの地面が土中の何かがいきなり消滅したかのように陥没するのを繰り返している。
 エルバッハ・リオン(ka2434)は渋い表情だ。
 攻撃開始予定時間まで駆除を済ませる必要があるため、時間をかけて歪虚を探すのは諦めリソースを使う。
 ファイアーボールの残弾は半分を切っていた。
「これは予想以上に」
 拙い。
 知性が動物以下の雑魔が……目のない烏とした表現しようのないものが1箇所に数羽から十数羽潜んでいる。主力との連携するための伏兵だ。
「エルさーん?」
「はい、攻撃開始地点まで後3分です」
 通信機に応え、黒と金のエクスシアを北東に走らせる。
 そこには強力な歪虚4体が待ち構えているはずだった。
 数分後。
 CAMより一回り大きな歪虚鳥と刻霊ゴーレム2体による砲撃戦が行われていた。
 煙幕弾が風に吹き散らされるタイミングで北谷王子 朝騎(ka5818)がエンジェルフェザーを発動。
 ほとんど固体にも見える負マテリアルの束が、刻令ゴーレムの頭と右腕を1本ずつ掠め残る2本が手前数十メートルの地面を深く細く抉る。
「やべーでちゅ」
 どれだけ挑発や牽制されても、闇鳥と呼称される歪虚は4体揃って1つの目標を狙う。
 今から言っても無駄だと半ば確信しながら、闇鳥が狙いを修正した先に連絡を入れる。
「エステルさんゴーレム!」
 エステル(ka5826)が魔導バイクを走らせ盾で防ごうとするが間に合わない。
 まだまだ距離があるため1本は外れるが3本のブレスがゴーレムに命中。
 エステルによる術の防御があっても耐えきれず、大破し倒れ伏す。
「知性が上がった? ううん」
 歪虚をエルバッハと挟み込む方向から、地面すれすれにメイム(ka2290)と淡い色のワイバーンが飛ぶ。
「怒りすぎて冷静になったのかも」
 迎撃のブレスは飛んでこない。
 人間の聖導士であるエステルを潰すために文字通りに全力でブレスを吐き出している。
 躱しようがない。
 エステルは即座に回避を諦め盾による防御を選択。
 ほぼ限界まで強化されたリアルブルー製の盾が、その性能を見事に発揮し壊れもせず耐え抜く。
 指から力が抜けかけ、エステルが気合いと力を入れ直す。
 完全に防いだし急所にも当たっていないのに、籠手の下の肌が熱く指の骨が冷たい。
 あれほどの防御を、ブレス1つずつがわずかではあるが貫通したのだ。
 風が吹く。
 単に荒野といっても細部はどこも異なり、細かな砂が巻き上げられ視界が悪い箇所もあるし、不気味な音が発生する場所まである。
 ハンターは一瞬も気を抜けない。
 闇鳥のブレスやいつ現れるか分からない歪虚増援を注意するのでは足りない。
 地面の小さな凹みや亀裂も特に高速移動中は足を砕く罠と化す。
 空を飛ぶワイバーンより速いエイルの場合、酷使された五感と五体に熱と軽い痛みすら感じるほどだ。
「貴方方は」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)の口から、半ば意図しないつぶやきがこぼれた
 闇色の炎が燃える眼窩が8つ、イツキの目と真正面から向き合う。
 憤怒、後悔、そして虚無。
 その中に、同族に対する親愛や戸惑いが微かに混じっている気がするのは気のせいだろうか。
 戦場でのイツキは考えはしても迷わない。
 極限の集中が時間を遅く感じさせる。
 膨れあがるブレスの光が闇鳥の頭を隠したタイミングで、エイルが反応することを織り込んだ動きで力を溜める。
 躱しながら跳ぶ動作で1本目のブレスを躱す。
 2本目と3本目は鍛え抜いた足腰と判断力と少しの幸運でかいくぐる。
 しかし4本目は、今からどう動いても回避しようのない角度と速度でエイルの毛皮に突き刺さった。
 イェジドは吼えない。
 速度の体勢の維持に全精力を注いでそれ以外のことをする余裕が無い。
 鋭い呼気が瘴気漂う大気を裂く。
 一瞬も遅れず群青の魔槍が突き出され、それを発射台にするかおようにイツキのマテリアルが大量に注ぎ込まれる。
 蒼い光柱が真っ直ぐに伸び、3体並んだ闇の体を貫いた。
「エイル!」
 イェジドは片方のまぶたを微かに動かす。
 強引な足取りで斜め後ろへ跳び、肺の空気全てを吐き出す勢いで咆哮をあげる。
 胸、腹、腰にそれぞれ穴を開けられた闇鳥はブレスの発射準備を再開し、残る1体のみがブレス準備に手間取り狙いが甘くなる。
 龍の声が、近くで聞こえた気がした。

●足を止めての殴り合い
「短距離射撃でも溜が要らないって……」
 メイムは自分では戦わない。
 飛行中にラウドスイングを当てられるような超絶技術は持ってないからだ。
 その分ワイバーン響姫が頑張る。
 飛空戦闘では至近距離といえる距離まで近づき、火炎弾のブレスを地表に向かってぶっ放す。
 大量の負マテリアルで形成された闇鳥は、ブレスが強いだけでなく防御も厚く回避の技だって悪くは無い。
 だが戦い方が下手だ。
 砲撃戦での巧みな連携が嘘のように、響姫の範囲ブレスに巻き込まれる位置で戦っている。
 戦闘序盤に大活躍したゴーレムの炸裂弾ほどの効果範囲はないのに撃てばほぼ当たり4体中3体は巻き込む。
「風が無風に変化中」
 CAMの砲撃班へ必要な情報を知らせながら考える。
 ちぐはぐな戦術に何者かの意図を感じた。
「あっ」
 気付いた。
 この4体、近距離戦でも砲撃戦と同じ戦い方をしようとしている。
 おそらく砲撃戦での戦いを覚えるのが限界だったのだ。
「いちおー高位歪虚の襲来に注意してー。多分取り越し苦労だけど」
 戦い方を仕込んだのは知性有る歪虚のはずだ。
 この時点まで仕掛けてこないということは、最初からこの近くにいないか今回戦う気が無いかのいずれかだ。
 闇鳥達は、朝騎機によるゴーレム砲撃を浴びつつエイルに追撃を浴びせる。
 止めを刺す時間すら惜しみ、朝騎機の隙を探るが朝騎による防御は分厚いと判断。
 現在最も狙い易いワイバーンへ体を捻って口を向けた。
「響姫、全力で逃げて」
 相変わらずの淡々とした声だが内容は深刻だ。
「あっち!」
 進路変更は回避目的ではない。
 2本を辛うじて躱すが2本のブレスを浴び、ぎりぎり着地と呼べる速度で地面にぶつかる。
「のぉっ」
 鞍から飛び降り地面とワイバーンによるサンドイッチを回避。
 まだ息のある響姫を、ゴーレム砲撃による出来たクレーターに転がし自分も飛び込む。
 主の意図に気付いたワイバーンが地面に張り付くように体を伸ばす。
「ちっ。無駄弾うつほど馬鹿じゃなかったか」
 この4体のブレスは直線型であり、回り込み上から狙わない限りメイム達を狙えない。
 だから4体は、人間の聖導士に与するエルフを仕留めるためクレーターへ走り、体の揺れが収まる前に全力のブレスを解き放った。
「過去たる貴方がたを忘れることは致しませんが」
 正の気配が消えない。
 マテリアルの飛沫が消える。
 怨敵に近い要素も持つ人間が、透明な盾の向こうからこちらを見ている。
「私たちの『今』を脅かすのならば殲滅させていただきます。ゴーレムの分もお返ししますね」
 風もないのに銀髪が揺れ、エステルから発した光の波動が闇鳥を飲み込んだ。
「きっついなぁ」
 R7とHMD越しにその場面を見ていたのは宵待 サクラ(ka5561)。
 闇鳥とは違って考える頭も知識もある彼女は、今後の展開が読めていた。
「後はお任せします」
 エルバッハのR7が長距離射撃を止めスラスターを吹かす。
 当然のように彼女自身が闇鳥の注意を引きつけることになる。
 古のエルフの残滓は目の前のエステルを狙えと叫んでいても、歪虚の本能はより確実かつ簡単に狙えるエルバッハ機を選ぶ。
「4匹が絶対にばらけないなら、エステルさんだけ残して逃げれば済むんだけど……さすがにアレが来たらヤバそうだからなぁ」
 サクラはロングレンジライフルで歪虚の体を削りながら、エルバッハの無事を祈ることしかできない。
 不規則な加速が機体を痛めつける。
 ドレス状の防具にベルトが食い込み、エルバッハの口から息が漏れる。
「近づいてきている以上は、放っておく訳にはいかないですよね」
 どんな事情があって敵は敵。歪虚は歪虚だ。
 手を抜くことなどできはしない。
 マテリアルエンジンが悲鳴をあげている。
 マテリアルカーテンの連続展開と被弾時の衝撃の結果だ。
 エクスシア・ウィザードは回避面でも防御面でも特筆するほどの性能はない。
 単純だが強力な4連続ブレスに晒され、装甲を抉られフレームまで大きく歪まされる。
 HMD越しではない、現実の荒野の光景が装甲の隙間からエルバッハの目に飛び込んだ。
「ここまでですね」
 ユニットの出番は、ここまでだ。
 衝撃で歪んだベルトを細く長い指で引き千切るように外し、コクピット前面の半壊装甲を豪快に蹴っ飛ばす。
「へーい、そこまで送っていきまちょうか?」
 バイクに乗り親指を立てる朝騎の頭上を、重さにして数十キロはありそうな装甲とパーツが飛び越えていった。
「走ります。囮、お願いしますね!」
「ひゃっはーでちゅ!」
 なお、エステルほどではないが十分に強力な盾と防御技術がある分、走りを再開した朝騎の方が安全であるしそのことは言った方も言われた方も重々承知している。
 光の波動が負マテリアルを侵食し、乱れ飛ぶ雷が巨大鳥の形を歪める戦場に、若いエルフが走って辿り着く。
 はるか後方で、複数の魔導エンジンが壊れる音がした。
 いつものように術を使い。
 いつものように破壊の力を敵にぶつける。
 闇の体は戦闘開始直後の強靱さと柔軟さを失っていた。
 基本的な性質の、ただし威力だけは高位覚醒者らしい爆風に核まで吹き飛ばされただの負マテリアルへ戻る。
 爆発に巻き込んだのは2体だけ。
 倒したのは1体のみ。
 しかし1体減ることは4連撃から3連撃へと変わるということで、実質的な攻撃力は半減する。
 一瞬で均衡が崩れ有利になった戦場でもハンターは誰一人油断しない。
 確実に負傷者を守り、歪虚を逃がさず止めを刺した。

●墓前
 悪意もなく知識が足りない訳でもない。
 己の力の源泉が何なのか自覚していないのがどうしようもなく悲しかった。
「えっとつまり?」
「ご先祖がエルフから勝ち取った土地ってこと?」
「おいソナ先生の前だぞ」
 生徒達の反応は残念なことにソナ(ka1352)の予想通りだった。
 2年生も1年生と変わらない。
「学校が建つ前を知らないのかよ」
「あんたもろくに覚えてないでしょうが。ルル様ごめんなさい案件ですよね」
 ごめんなさい?
 ばいしょー?
 おかしでいいよ
 聴講生(30代聖堂戦士)と一緒に聞いていた精霊が、あーんと精一杯小さな口を開いた。
「歪虚というか、負マテの塊は浄化するしかありませんが」
 ソナがエルフ式の祈りを捧げ、聖堂戦士が文句はつけずに聖堂教会式の祈りを捧げる。
「過去と今後の為に、平和への祈りをちょっとの間、捧げて欲しいのです」
 十分な時間が経った後解散が宣言され、生徒達が日常へ戻っていった。
「いろいろすみません」
 イコニアが、聖堂教会関係者に見えない位置で深く頭を下げた。
 この地の人権や過去に対する意識は、リアルブルー基準で数十年から百数十年前のものでしかなかった。
「聞いて下さり、考えて下さってだけでもありがたいです」
 それはそれとして、もう1つの本題に移る。
「苦労して歪虚殲滅と遺跡浄化をしても、何もなかったということにできるのかどうかという問題があります」
 イコニアの顔に、気付きと頭を抱える感情が浮かぶ。
「そのための慰霊ですか。その内容で上に話を通しておきます。確実に通ると思いますので、今後妨害はないはずです」
 すごく派手にしてしまった場合は別ですけど、申し訳なさそうに付け加える。
「イコニアさんが、本当に犠牲になった修道士の生まれ変わりなら……ここに導かれたのには何か過去にやり残したか、エクラ様の御意志か、とにかく理由があるのだと思うのです」
「条件が揃いすぎていているのは認めます」
 問題を最終解決できる人と物と状況が揃っている。
「ただ」
 ハンター抜きでは確実に乱暴な解決になると言い、小さくため息をついていた。

●あーるぴーじー
「愚痴と泣き言を言う余裕もないよ! リアルブルーは破局の手前だし王国はそこそこ平安でも私の担当地区はこうだし、にゅあーっ!」
 痛みは混乱したイコニアの体当たりではなく、昨日R7が半壊したときの負傷によるものだった。
「みんないっぱいっぱいだ」
 昨日の夢から覚めたサクラが上体を起こす。
 隣にひっつけられた寝台の上で、血の気の引いたままの友達が眠ったまま得意気な表情だ。
 その枕元には、昨日プレゼントしたハンカチが綺麗に畳まれ置かれていた。
「今日もがんばるぞー!」
 マテリアルヒーリングは使い切ったのでオフィスに戻るまではこのままだ。
 新人ハンター時代を思い出しながら、サクラはイコニアを起こして素早く身繕いを2人分終わらせた。
「それは正規雇用のお誘いですかっ!」
 食堂で、夜勤明けらしいエルフバイトは興奮して顔を紅くしている。
 同じく夜勤明けの聖堂戦士が迷惑そうにしているが気付いていない。
「長期雇用にはなると思います。私たちよりもここにいる時間が長いと思いますので、こまごましたことをお願いするかもしれませんがどうぞよろしくお願いいたします」
「待てよ! お前等ビッグになるって夢諦めたのかよ」
 エルフバイトである駆け出しミュージシャンリーダーだけが反対する。
 メンバーの反応は予想と違った。
「リーダーこそ夢を諦めるつもりかよ。このままじゃ生活費稼ぎで練習や活動の時間が減る。楽器の維持費だって足りてないんだぞ」
「下働きでも運営として経験を積めるのはでかいぜ。コネも期待できるだろ」
「しっかりしてくれよリーダー。夢抱えて行き倒れどうかの瀬戸際だぜ」
「うんごめん反省する」
 リーダーエルフは死んだ目で焼き立てパンにかじりついた。
「ルルさん去年の秋を思い出して。頑張るのは良い傾向だけど本業を怠ると折角広げた浄化範囲が燃えちゃうよ? メフィストは来ないだろうけど、あたしまだ法人のパンもクッキーも食べてないし」
 これだよー
 パンだよー
 ふつうのあじだよー。
 細見の幼女の形をした精霊が極自然に食事に混じっている。
「そういう意味じゃないって分かってるよね?」
 手を伸ばして精霊の頬に触れ、両側からむにむにする。
 きゃっきゃとはしゃごうとするルルを、メイムは真面目な視線で突き刺した。
「本当に畜産しなくて大丈夫? 今の生産法はルルさんの祝福を養分に連作障害を抑えているだけに見えるんだけど」
「肥料は窒素とかでワープ進化してますから、問題の有無の確認には最低数年はかかりますよ」
 食堂に顔を出した法人技術者とメイムとの会話も始った。
「丘へ行くぞー!」
 サクラが生徒を引き連れ出かけるのを見送ってから、イコニアは事務仕事を片付けるため執務室へ向かった。
「もう朝でちゅかー?」
 どうじけんげん
 ますたー
 したよ
 パソコンが朝騎と丘精霊に占領されている。
 イコニアは驚かない。
 丘精霊と朝騎の傍若無人っぷりにはもう慣れた。
 被害がイコニアに留まるなら目くじらを立てる必要はない。
 しかし、あのディスプレイに映った肌色多めのCGはなんだろう? 全く見覚えがない。
「イコニアさん、朝騎は怖くて怖くて体が震えてまちゅ」
 キーボードから手を離す。
 ルルが横から手を伸ばし、きゃー、という電子音と共にゲームオーバーの文字が画面中央に表示される。
「でも、朝騎は人を信じたいでちゅ」
 立ち上がり振り返る様は、まさに身も心も美少女。
 同性愛傾向皆無のイコニアでも魅入られる魔性っぷりである。
「見えるんだけど見えないもの……なんだと思いまちゅ?」
 真剣に考えるイコニアだが、この問いこそが最大の罠。
 朝騎は表情を全く変えず、後頭部を絨毯で滑らせるようにしてイコニアのスカート下へ滑り込んだ。
「そんなのってないでちゅ……」
 マジ泣きである。
 考えるな以下略の勢いで、軽く上体を起こしてパンツを凝視する。
 頬ですりすりする直前だ。
「朝騎、今までイコニアさんの事をライバルだと思ってまちた」
 主にパンチラ的意味で。
「なのに見せパンなんてチートに逃げるなんてズルいでちゅ。しかも2度も」
 イコニアは現実を認識できずに思考が停止し、丘精霊は癒やしを求めてフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)を探しに出かけようとした。
「揃っていますね」
 エステルが、校長と法人社長を引き連れ入って来た。
 イコニアの有様に固まる野郎2人とは違って、平然とした顔でパルムの一時退去を手配し幻獣に鍵をかける。
「これまであえて口にしませんでしたが」
 完璧な笑顔だからこそ怖い。
「ルル様が個に固執されてしまうことで起こりうると思われるのは」
 復活したイコニアが助手よろしくホワイトボードを運んで来る。
「直接的には」
 土地への祝福減少による周辺の農作物収穫量の減少、根本を排除しきれてない事による土地再汚染とそれに伴う歪虚の発生増加。
「間接的には」
 それらから生じる収支計画の崩れによる予算案の崩壊。
 エステルは一息で書ききって一際華やかに微笑み、ルルが腹を見せて寝る降伏の姿勢をとる。
「私はこうならぬようあえてルル様と壁を1枚置いてきましたが……こうなった以上、そうなったとしても大丈夫なように備えませんと」
 問題発生に備えた資源の確保と計画と立案と書き込み、具体的な行動を2つの組織の長に強く要求した。
「ルル様」
 淑やかに歩み寄り、深くしゃがんでできる限り視線をあわせる。
「ルル様は思念を伝えるだけでも、ハンターの脳にすらダメージを与えますから」
 これまで自粛していたマテリアルの使い方を一部解除。
 フィーナに似た顔と体格はそのままに、丘精霊の衣装をエステルの子供向け版に切り替えさせる。
「仮に守護者のようなものを作った場合……恐らく、お気に入りとして力を注ぎすぎてしまうのではないかと思うのですよね」
 それでも大丈夫ですかと目で問いかけ、一切の痕跡を残さず元のカソックに戻して見せる。
 精霊はもう全面降伏状態である。
「ルル様」
 イツキが、今にも腹を切りかねない覚悟で丘精霊の前に跪く。
「この地は危機に瀕しています。確たる理由こそ不明ですが、歪虚はより知的な行動を繰り返し相対する方々の負担は増す一方」
 司教と元王国騎士がイツキの態度に還付している。
「其の中で、守護者に固執する意味は? 格を上げ、望むものを得るまで、どれだけ掛かります? 望めば、一朝一夕で成し得るものですか?」
 問い詰めるのではないからこそ、ルルの根底にまで届く。
「いつまで続くとも知れぬ戦渦に身を晒す人たちの事をお忘れですか?」
 灰色の瞳に、じわりと涙が浮かんだ。
「上ばかりを見ては、目の前のものを見失います」
 イツキは抱き寄せはしない。そこまで心の距離は近くないから。
 徹底して崇めたてたりもしない。ルルという個に親しみを感じてしまったから。
「今一度、何を求め、何故求めるのかを、考えて下さい」
 エルフと精霊の目から、止まることなく涙が溢れた。

●精霊のこころ
「よくがんばった」
 手を髪に触れる寸前で止めると、かつてない強さで小さなフィーナが飛び込んできた。
 目をぎゅっと閉じ、どこにも行かないでと言葉に出さずに主張する。
 そんな精霊を見下ろすフィーナの瞳に、慈愛と悩みが混じったものが浮かんでいた。
「フィーナさん羨ましいでちゅ」
 朝騎が空気を読んで小声にするほど、深刻で真摯な雰囲気があった。
 だがそれも長くは続かない。
 ルルの目を閉じる力が弱くなり、最初は顔を、徐々に体を使ってフィーナにまとわりつく。
 顔や体のつくりはフィーナの幼少時そっくりなのに行動は甘えん坊の子猫っぽい。
「あ……」
 フィーナの手が微かに震える。
 抱きしめる決断ができず、触れるか触れないかの距離で撫でる。
「朝騎もルルしゃんの守護者やりたいやりたいやりたいっ」
 自粛を止めてジタバタゴロゴロ全力でだだを捏ねる。
 いつの間にか、もう1人のルルが朝騎の真横で真似をしていた。
「でも今のルルしゃんには格が足りなくてできないんでちゅよね? それでちたら仮契約とかできないでちゅかね?」
 丘精霊が読んだことのある漫画を参考に説明する。
 2人のルルが同時に目を向けても、フィーナは特に止めようとはしなかった。
 だから調子に乗る。
 それぞれ朝騎とフィーナに抱きつき、額に唇を近付けようとして鼻と額で衝突事故。
 集中が乱れて2人分のルルが消え、中間地点に1人のルルとして復活した。
「一応繋がって声が聞こえているでちゅよ。普段のテレパシーの3分の1の強さでちゅね」
 ルルが無い胸を張る。
「聞き取り易さは1割くらいでちゅかねー。フィーナさんはどうちゅか?」
 フィーナは無言で首を振る。
 ルルはショックを受けた様子で、小さな拳をそれぞれ握って本気を出す。
 すき
 すきー
 だいすきっ
 2人の高位覚醒者が、強烈な頭痛に襲われ思わず呻いた。

●丘で
「ありがとうエイル。エイルも無理したら駄目だよ」
 心配そうに寄り添うイェジドに、イツキは儚さすら感じる笑みを浮かべる。
 諫言はする側にとっても辛いのだ。
「1年、下を見ないで前を見る! 戦場じゃ迷子イコール死だよー」
 北から生徒達が走って来る。
 サクラは最後尾で完全武装の上に木箱も背負っている。
「2年は気を抜かない! 卒業後は君達が助ける側に回るんだ。余所見を死んだり死なせたりしたら先生達泣くよ情け無くて」
 その上で大声で叱咤し歪虚の警戒も行っている。
 サクラにとっても過酷な訓練だ。
「ヤバいのが来ようがギリギリまで先頭に立つのが聖導士だからね。敵がルル様の丘より北上するまではいつも通りお社清掃と礼拝は継続だ、ほら走れー」
 2年は金属鎧、1年は分厚い革鎧、両方ともメイスに加えて掃除道具装備だった。
 空でワイバーンが舞っている。
 リアルブルーの航空ショーでも滅多にお目にかかれない高難度技を連続で行い、気付いた生徒に目を剥かせている。
 そらだー
 かぜだー
 はっやーいっ
 丘精霊様は非常にご機嫌で、命綱だけでは足りないほどはしゃいでいた。
「力をつけることは大切です」
 数分後。騒ぎ疲れたぐったりしたルルに遊覧飛行を経験させてやりながら、いつもの淡々とした口調で語りかける。
「でも、地盤となる土地や人との繋がり、想いを蔑ろにしては駄目」
 そうなのー? と他人事のように……正確に表現すれば視点の次元が異なる意思がフィーナに触れる。
 ルルを構成するものの中で最も奥深くにある何かが、フィーナという個人をみつめている。
「土台が脆ければ、上が重くなってしまえば容易く崩れてしまう」
 精霊は全く理解できていない。
「幸い、私は長命だし、命ある限りは待ちますから」
 もり
 つくる
 フィーナの
 丘の気配が僅かに薄れ、北にある緑の気配が増した気がした。
「お疲れー。ルル様の分もありますよ」
 着陸したフィーナ達をサクラが迎える。
 ルルはきりっとした顔で掃除の手伝いに向かおうとしてイツキに止められた。
「仕事をとっちゃ駄目だよー。ルル様の仕事というかすべきことは他にあるんじゃないかな?」
 小さなフィーナが肩を落として丘の上を目指す。
 石の社よりも、瑞々しい葉を茂らせた桜の方が目立つ。
「ルル様と桜が仲良しになって次の春にはみんなでここで盛大にお花見できますよーに……ね、ルル様?」
 社にも桜の前にも、この地の小麦を使ったクッキーが供えられている。
 桜の前にのクッキーから、小さな一口分の存在感が消えていた。
「帰りに魔導トラックに乗る人は集合ー」
 猫やユグディラやユキウサギが次々荷台に飛び乗り、身を乗り出すようにして出発を待つ。
 彼等にとっての娯楽のようだ。
 水とパンを遠慮無く遠慮無く貪っていた軽装のワイバーンが、主の様子に気付いて動きを止めた。
 この地の精霊との距離が非常に遠い。
 常時くっついていても問題ないほど仲が良いのに、フィーナだけは一定以上に距離を詰めようとしない。
 ルルは桜相手にシャドーボクシングをして何故が躓いている。
 そんな光景を眺め、フィーナは服の上から己の肌を押さえる。
 踏み出せない理由は分かっている。
 でも今はこれで背一杯だ。
「ルル、お行儀が悪い」
 叱られたのに、精霊は笑顔で応えて頭を下げる。
 敬称がついていないのが、嬉しかった。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ヒビキ
    響姫(ka2290unit004
    ユニット|幻獣
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ココノソジロウ
    九十二郎(ka5561unit003
    ユニット|CAM
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5818unit015
    ユニット|ゴーレム
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】
メイム(ka2290
エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/09/21 09:44:31
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/09/15 21:04:15
アイコン イコニアさんへ
ソナ(ka1352
エルフ|19才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2018/09/18 11:12:49