ゲスト
(ka0000)
【奇石】押し寄せる影
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/09/25 09:00
- 完成日
- 2018/10/07 02:07
このシナリオは3日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●序
「あ、ママっ! うーたんが…うーたんがぁー!」
少女の視線の先には彼女より一回り小さい位のぬいぐるみ。
しかし、手を引く母はそれを落とした事に気が付かない。
「にーちゃっ、うーたんが、うーたんがー!」
彼女の隣りでは父に手を引かれる兄の姿があって、しかし彼も父に手を引かれているから声が聞こえていても戻る事叶わない。けれど、兄の方は妹の言葉に気付いたらしい。
「父さんっ、エルが呼んでるっ!」
少年がそう呼びかけるも、残念ながら父には届かず。
なぜなら、彼等の背後には複数の雑魔や歪虚の影があったから…。
どういう訳かは判らないが、突如として押し寄せてきたそれらに彼らは驚き、慌てて屋敷を飛び出してきたのがついさっきの事だ。今はとにかくハンターオフィスのある街に向かう為、無我夢中で走る。
「うぅ、にーちゃぁあん!」
唯一気付いてくれた兄を呼ぶ妹の声がする。
けれど、今引き返す事は出来なかった。
それからどれくらいは走っただろう。まだ街までは距離があるのだが、家族は野宿を敢行する。
敵の出現からずっと走りっぱなしだったのだ。徹夜して歩く事も考えはしたが、暗い視界の中で襲われては元も子もない。穴になった岩肌に身を寄せて、小さな焚き火を囲んで夜を明かす。だが、突然起こった衝撃過ぎる出来事を前にそう簡単に眠れるはずもない。
「にーちゃ、おきてる?」
妹のエルがローブに包まれながら問う。
「うん、起きてるけど…」
兄の方は妹より四つも上だ。妹の問いにパチリと目を開けて言葉する。
その瞳に映ったのは目を真っ赤にした妹の姿だった。住まいである屋敷を出た直後から泣きっぱなしだったらしい。まだ泣き足らないみたいだが、とうに涙を出し尽してしまった様子で今は表情だけでこちらに悲しさを訴えてくる。
「うーたん、だいじょうぶかな?」
妹の手から滑り落ち道に置き去りにしてしまったピンクのうさぎのぬいぐるみ。
それは少し前に家族で行ったカーニバルのゲームで兄のフキが的当てをして手に入れたものだ。そのうさぎをエルがいたく気に入り、四六時中連れ回す程に可愛がっている。
「…さあ。多分大丈夫だと思うけど」
「けど…なにぃ?」
万が一という事もある。ただのぬいぐるみだが、野生の動物は知らずに噛みつくかもしれない。
もしくは雑魔の類いが荒らさないとも限らない。正直に答えられなくて、兄はそのまま口ごもる。
それがまたエルの不安を後押ししてしまったらしい。くしゃっと顔を歪めて、ばっと立ち上がる。その拍子に掛けられていたローブが落ちたが、疲労で深い眠りに落ちてしまった両親は気付かない。
「お、おい。エル、まさか…」
「もういい。にーちゃんがいってくれないならエルがいくっ」
ぷぅと頬を膨らませて、エルがパタパタ走り出す。
が、駆け出したと同時に真っ暗な森がざわついてびくりと肩を揺らし固まる彼女。
ゆっくりと振り返って見えた顔にフキはどうしても手を差し伸べずにはいられない。
「にーちゃっ…」
エルが言う。その言葉に立ち上がって、小さくなりかけていた焚き火に予備の松明を翳し火をつける。
「もう、うーたん連れ戻すだけだからな。見つけて、拾ったらすぐ戻るよ?」
フキが彼女の手を握り約束する。
「うん、わかった」
エルがその言葉に破顔した。しかし、兄妹はそれがどれ程危険な事は判っていなかった。
●兄妹の行方
「…エル、フキ……」
そんな事があったとは露知らず、小鳥の声に目を覚ました両親が顔を青くする。
「ねえ、あなた。まさか二人は…」
母親に最悪の事態が頭を過り、ぶるぶると震え始める。
「いや、大丈夫だ。あの子達は賢い…それに襲われたのなら、もっと荒らされているはずだ」
そう言いはするものの父親とて気が気ではない。だが、フキは確かに優秀だった。
「うそ…ねえ、あなた。これって」
焚き火の隅に何かの切れ端があって、そこには『すぐ戻る』とフキの文字で書き残されている。
「一体どういう事だ…戻るって、まさか!」
そこで両親はハッとした。走っていた時は気付かなかったが、野宿を始めた時からずっとエルはぐずっていた。理由は勿論うーたんであり、簡単な食事を取った時もぶつぶつ呟いていた位だ。
「まさかこんなことになるなんて…」
たった一体のぬいぐるみの為に、二人はあの危険な家の方に戻ったというのだろうか。
雑魔や歪虚の事についてはちゃんと教えてきたつもりだが、何分へんぴなところに住まう為、子供達が実物を見たのは今回が初めてだった。だから子供の中では歪虚の力を野犬や猪の類いと同等くらいにしか認識していなかったのかもしれない。
「わ、私のせいだわ…もっとしっかり教えていればっ」
そう悔いてももう遅い。今は悔いるより先にしなければならない事がある筈だ。幸い、雑魔や歪虚は家に注視していた。だが、人間を見つけたら襲わないとも限らない。それにだ。二人の記憶が確かならば、屋敷の傍にあるつり橋で落としていたように思う。そうなると、通り慣れていたとしても普通に転落する可能性も出てくる。
「いやっ、何てことなの…」
この事態に耐えられなくなって、母親が眩暈を起こす。
「ああっ、しっかりしてくれ。私は子供達を追う。君にはオフィスに行って捜索願を」
妻を落ち着かせようと、父親も不安を押し殺し冷静に言葉する。
「うっうう…そうね、わかった…わ。あなたも気を、付けて」
妻はその言葉に奮起して、足早に街へと向かう。
(あぁ、ご先祖様。どうか皆無事で返して下さいませ)
夫とてただの研究者であり、覚醒者ではない。ざわつく心を必死に抑える。
唯一夫は先祖代々伝わるお守りを持っているものの、それは気休め程度のものなのだった。
「あ、ママっ! うーたんが…うーたんがぁー!」
少女の視線の先には彼女より一回り小さい位のぬいぐるみ。
しかし、手を引く母はそれを落とした事に気が付かない。
「にーちゃっ、うーたんが、うーたんがー!」
彼女の隣りでは父に手を引かれる兄の姿があって、しかし彼も父に手を引かれているから声が聞こえていても戻る事叶わない。けれど、兄の方は妹の言葉に気付いたらしい。
「父さんっ、エルが呼んでるっ!」
少年がそう呼びかけるも、残念ながら父には届かず。
なぜなら、彼等の背後には複数の雑魔や歪虚の影があったから…。
どういう訳かは判らないが、突如として押し寄せてきたそれらに彼らは驚き、慌てて屋敷を飛び出してきたのがついさっきの事だ。今はとにかくハンターオフィスのある街に向かう為、無我夢中で走る。
「うぅ、にーちゃぁあん!」
唯一気付いてくれた兄を呼ぶ妹の声がする。
けれど、今引き返す事は出来なかった。
それからどれくらいは走っただろう。まだ街までは距離があるのだが、家族は野宿を敢行する。
敵の出現からずっと走りっぱなしだったのだ。徹夜して歩く事も考えはしたが、暗い視界の中で襲われては元も子もない。穴になった岩肌に身を寄せて、小さな焚き火を囲んで夜を明かす。だが、突然起こった衝撃過ぎる出来事を前にそう簡単に眠れるはずもない。
「にーちゃ、おきてる?」
妹のエルがローブに包まれながら問う。
「うん、起きてるけど…」
兄の方は妹より四つも上だ。妹の問いにパチリと目を開けて言葉する。
その瞳に映ったのは目を真っ赤にした妹の姿だった。住まいである屋敷を出た直後から泣きっぱなしだったらしい。まだ泣き足らないみたいだが、とうに涙を出し尽してしまった様子で今は表情だけでこちらに悲しさを訴えてくる。
「うーたん、だいじょうぶかな?」
妹の手から滑り落ち道に置き去りにしてしまったピンクのうさぎのぬいぐるみ。
それは少し前に家族で行ったカーニバルのゲームで兄のフキが的当てをして手に入れたものだ。そのうさぎをエルがいたく気に入り、四六時中連れ回す程に可愛がっている。
「…さあ。多分大丈夫だと思うけど」
「けど…なにぃ?」
万が一という事もある。ただのぬいぐるみだが、野生の動物は知らずに噛みつくかもしれない。
もしくは雑魔の類いが荒らさないとも限らない。正直に答えられなくて、兄はそのまま口ごもる。
それがまたエルの不安を後押ししてしまったらしい。くしゃっと顔を歪めて、ばっと立ち上がる。その拍子に掛けられていたローブが落ちたが、疲労で深い眠りに落ちてしまった両親は気付かない。
「お、おい。エル、まさか…」
「もういい。にーちゃんがいってくれないならエルがいくっ」
ぷぅと頬を膨らませて、エルがパタパタ走り出す。
が、駆け出したと同時に真っ暗な森がざわついてびくりと肩を揺らし固まる彼女。
ゆっくりと振り返って見えた顔にフキはどうしても手を差し伸べずにはいられない。
「にーちゃっ…」
エルが言う。その言葉に立ち上がって、小さくなりかけていた焚き火に予備の松明を翳し火をつける。
「もう、うーたん連れ戻すだけだからな。見つけて、拾ったらすぐ戻るよ?」
フキが彼女の手を握り約束する。
「うん、わかった」
エルがその言葉に破顔した。しかし、兄妹はそれがどれ程危険な事は判っていなかった。
●兄妹の行方
「…エル、フキ……」
そんな事があったとは露知らず、小鳥の声に目を覚ました両親が顔を青くする。
「ねえ、あなた。まさか二人は…」
母親に最悪の事態が頭を過り、ぶるぶると震え始める。
「いや、大丈夫だ。あの子達は賢い…それに襲われたのなら、もっと荒らされているはずだ」
そう言いはするものの父親とて気が気ではない。だが、フキは確かに優秀だった。
「うそ…ねえ、あなた。これって」
焚き火の隅に何かの切れ端があって、そこには『すぐ戻る』とフキの文字で書き残されている。
「一体どういう事だ…戻るって、まさか!」
そこで両親はハッとした。走っていた時は気付かなかったが、野宿を始めた時からずっとエルはぐずっていた。理由は勿論うーたんであり、簡単な食事を取った時もぶつぶつ呟いていた位だ。
「まさかこんなことになるなんて…」
たった一体のぬいぐるみの為に、二人はあの危険な家の方に戻ったというのだろうか。
雑魔や歪虚の事についてはちゃんと教えてきたつもりだが、何分へんぴなところに住まう為、子供達が実物を見たのは今回が初めてだった。だから子供の中では歪虚の力を野犬や猪の類いと同等くらいにしか認識していなかったのかもしれない。
「わ、私のせいだわ…もっとしっかり教えていればっ」
そう悔いてももう遅い。今は悔いるより先にしなければならない事がある筈だ。幸い、雑魔や歪虚は家に注視していた。だが、人間を見つけたら襲わないとも限らない。それにだ。二人の記憶が確かならば、屋敷の傍にあるつり橋で落としていたように思う。そうなると、通り慣れていたとしても普通に転落する可能性も出てくる。
「いやっ、何てことなの…」
この事態に耐えられなくなって、母親が眩暈を起こす。
「ああっ、しっかりしてくれ。私は子供達を追う。君にはオフィスに行って捜索願を」
妻を落ち着かせようと、父親も不安を押し殺し冷静に言葉する。
「うっうう…そうね、わかった…わ。あなたも気を、付けて」
妻はその言葉に奮起して、足早に街へと向かう。
(あぁ、ご先祖様。どうか皆無事で返して下さいませ)
夫とてただの研究者であり、覚醒者ではない。ざわつく心を必死に抑える。
唯一夫は先祖代々伝わるお守りを持っているものの、それは気休め程度のものなのだった。
リプレイ本文
●飛翔
憔悴しきった様子の女性――勿論彼女が今回の依頼人だ。
ここに来るまでに何度も転んだのだろう。服は汚れて、それでもそんな事に気に留める余裕はなく、到着してからまだ何も食べていないと聞く。このままでは子供達が助かっても彼女自身が倒れてしまいかねない。ハンター達はそれをも心配し、出来うる限りのスピードで現地へと向かわなければならない。であるが、急けばいいという訳でもない。闇雲に探しては時間を浪費するだけだ。
だから、依頼人から子供達が進みそうな道を聞き込んでおく。
「余り街にはいかないけれど、しいて言えばこの道を通っていたからあの子達も覚えているかもしれません」
食料の調達には月に三度、街へと買い出しに行っていた。
しかし、その工程は馬車を使っていた事もあり子供達が周りをしっかりと覚えていたとは思えない。荷台から見える速足で過ぎていく景色だから大人でもどこまで覚えているかは疑問である。
「それでも戻ったって言うの? 危なっかしいったら無いわね」
言葉ではそう言うユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)であるが、彼女も子供達の気持ちが判らない訳ではなかった。物は違えど、彼女にだって大切なものを失いたくない気持ちはある。
それは他のハンターとて同じだ。夢路 まよい(ka1328)に至ってはエル同様人形やぬいぐるみに同じ感情を抱いている事から三人だけでなく、うーたんを含めた四人の救出を絶対目標に置く。
「ちなみにおまえの旦那が進むとしたらどの道を通ると思う?」
子供達は予測できなくとも旦那の方ならば予測がつくかもしれない。
今度は和音・歩匡(ka6459)が母親に尋ねる。
「普通なら、この近道を通るかと思います。けど、気が動転してる今、それが出来るかどうか…」
駆け出して行った夫の背が思い出される。
自分をなだめてくれた彼であるが、彼自身も普通ではいられなかった筈だ。
「それでもいい。手掛かりが欲しいんだ。教えてくれ」
地図を前に和音がペンを差出す。
それを書き込むのを待って、彼らは外で待っている相棒達と合流した。
ハンターが選択した相棒達…それは翼を持った相棒達ばかりだ。名前があるものもないものも混じっているが、種類で分けるなら三種類。リグ・サンガマではお馴染みの機動力と戦闘力を兼ね備えている小型ドラゴン・ワイバーン。気性が荒い個体が多いが、ハンター達と共にいるのは青龍の眷属という事もあり、理性的で割と穏やかだ。
もう一つは見た目が特異的なグリフォンと呼ばれる幻獣。鷲の翼に獅子の体を持ち、好戦的にも思えるもその実は獲物を見つけた時のみであり、普段は案外無関心だったりもする。
そして最後はポロウ。今回は和音のみの同行となるがフクロウの幻獣の大型版であり、大きくなっても元の性質は変わらないらしく忍び紛れる事は得意だという。
「さて、じゃあ行くぜ。ネーベル」
レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)が待機させていたグリフォンのネーベルこと白霧の騎士(ka1441unit003)に声をかける。
「一応、皆通信機器は持っといて頂戴よ」
そういうのはまよいだ。グリフォンのイケロス(ka1328unit002)に乗り込む前に皆に確認する。
「とにかく俺はつり橋に急ごう。目的地がつり橋になる以上その何処かで見つけられるだろうからね」
鳳凰院ひりょ(ka3744)がそう言い己のワイバーン(ka3744unit004)の手綱を取り飛翔する。
「どうか、三人を、お願いします」
下で夫人の声がする。その言葉はとても弱弱しくて、彼女の疲弊が滲んでいる。
「すまないが、先行ってくれ」
皆が飛翔の翼で飛び上がる中、和音がそう声をかけた。
そのとなりでは彼の相棒であるポロウ(ka6459unit004)が不思議そうに首を傾げている。
彼がそう言うには訳があった。それは相棒の体長が関係している。ちなみにワイバーンの平均全長は約5.6m、グリフォン約4mだった。それに比べてにポロウはたった1m。
そして和音の身長は1.81mであるから飛べる事は飛べるのだが、些か不格好な姿となるのを彼は気にしているらしい。走っていく事も考えたが、レオーネも徒歩を断念しているし、今の状況では見た目など気にしている場合ではないだろう。
『ポゥ?』
彼の迷いを感じ取ってか、再びポロウが首を傾げる。
「早くしないと置いてくぜ」
そこでレオーネから声がかかり、ネーベルからの鋭い目が突き刺さる。
「あ、何ならこっちに乗るか? オレのネーベル、キャリアー持ち出しだぜ」
そこで気付いたのだろう。あっさりと彼がそんなことを提案する。
「あ、いやいい。足手纏いにはならねぇ」
和音が覚悟を決めた。そうして、ポロウの背中にちんまり乗って皆の後を追う。
幸い、今日は晴れていて雨や風に邪魔される事なく、現場へ向かえそうだった。
●フキ
「おい、あれって」
つり橋とつり橋の間に位置する所に一人の少年が見える。だが、それと同時に両側から少年の方へと向かっている蛇も見えて、一刻を争う状態だという事は明らかだ。
「わっ、くそ。くるなよぉ!」
フキが必死に木の棒を振り回す。きっとその棒は松明だったに違いない。
だが、火がついていない今それは蛇に効果をなさない。ぬいぐるみを抱え、お尻をついたままでじわじわ後退る。けれど、下がったところでそちらからも蛇が来ているのだから彼にとっては八方塞がり。加えて、この休憩地点のような足場はそう広くない。
「ッ、躊躇している暇はなさそうだ」
ひりょが空を駆ける。ホバリングの影響を気にして距離を取った場所から駆け込みたい所だが、そんな猶予はないだろう。風が起きるのも構わず、急降下し少年の元へと向かう。
「フキ様ですね。そのままジッとしていて下さい、どうか動かないで」
その様子を見取って、ユーリが上空から声をかける。
「あらあら、新手の登場ね」
そんな二人よりもう少し上に位置していたまよいはイケロスの様子からそれを察し、その方向に目を凝らす。視界には捉えにくいが、感じるのは負のマテリアル…屋敷の方からではなく、森の方からこちらに向かって来ているようだ。
「いいわ。かかってらっしゃい」
まよいが錬金杖を構える。こちとら複数同時相手に出来る様にフォースリングを装備済み。相手が数で攻めてくるなら、こちらも数で返すのみ。そんな彼女らに迫る敵はこんな晴天にはとても似つかわしくないものだった。近くに墓場でもあるのかという位のゴーストが押し寄せる。
「ちょっ、なんなんだよ、全く」
レオーネが言う。正確には遠過ぎて気付かなかっただけかもしれないが、このタイミングは悪過ぎる。
「つべこべ言ってないでやるわよ!」
一発目のマジックアローがまよいの杖がら放たれる。
光の帯が的確に何体かのゴーストを貫いて、文字通り空気中に消えてゆく。
けれど、数はまだまだ多くて、
「あっ、いや…あっち助っ人して来るぜ」
レオーネ目標変更。ネーベルをフキとひりょの元へ走らせる。
「えっ、ちょっとマジ!?」
そこで慌てて高度を下げるまよい。流石に一人では手に負えない。
そんな彼女に気付いて、和音が動く。
「ハッ、神の名の元に…って柄じゃねぇが喰らいなッ!」
和音の杖から眩しい位の光が解き放たれる。それはセイクリッドフラッシュ――文字通りの聖なる光が飛び、悪しき存在に多大なダメージを与えてくれる。
「助かったわ、和音」
ふうと息を吐きつつ、まよいが言う。
「それはいいが、ガキは二人じゃなかったか? もう一人はどこにいる?」
彼が尋ねる。
「そう言えばそうね…フキに聞ければだけど、今の状況じゃあ」
「難しい、か」
状況がある程度収まるまで…しかし、ここにいないとすると別の場所で危機に瀕しているかもしれない。
「ポロウ、見つけるホーを使ってみてくれないか?」
離陸し、首をきょろきょろさせていた相棒に彼が頼む。
「うわぁぁぁ!」
その時だった。突然一匹の蛇がフキへととびかかる。がその瞬間、フキの視界に影が落ち…。
『キシャァァァ』
蛇の悲鳴――フキが思わず瞑ってしまった目を開ければその先にひりょの姿がある。
「うっうっ、怖かったよ~」
突然現れたひりょの足にしがみついて、フキが泣き始める。
「あぁ、もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」
そんな彼を撫でてやりたい所だが、まだそうもいかない。両側から迫る蛇の群れをどうにかしなればいけないからだ。一応最終手段として、橋を落とす策を持ってはいるが、今はまだその時ではないように思う。
「大丈夫ですかっ」
巧みにつり橋に衝撃波を飛ばし、蛇を振り落しながらユーリが尋ねる。
「待ってろ! 今行くからっ」
その答えより先に助け舟を出したのはレオーネだった。ぐんぐん距離を縮め、二人のいる足場に向かう。
「いいか、よく聞いて。あのおねーちゃんというか、あのハンターに掴まれるか?」
チャンスは僅かだが、引き上げて貰えれば後はどうにでもなると彼は考え、フキに問う。
「……出来る、と思うけど、そうしたら」
「俺は大丈夫だから」
フキの目から涙が滲む。幼いながらもハンター達の事を気にかけてくれているようだ。そんな優しい彼だから妹の頼みを断れなかったのだろう。今は拾ったうーたんをしっかりと抱き抱えている。
「だけど」
「いいから、いって。そのぬいぐるみ、妹に返してあげるんだろう?」
ごしごしと頭を撫でてやると、フキも表情を引き締める。
「いくぜ。いちにのさんで」
「わかった」
「さぁ、早く…いち、にーの、さん!」
パシッ
急降下の後、レオーネがネーベルから身体を乗り出してフキの腕をしっかり握り締める。
それと同時にふわりと身体が浮いて、次の瞬間にフキはネーベルの背に無事搭乗。
「しっかり捕まってろよっ!」
レオーネの指示にフキがこくりと頷く。
「ふぅ、冷や冷やしましたね」
ユーリがその様子を視界の端に捉え、ほっと胸をなで下ろす。
「さて、じゃあ本気でいこうか」
地上ではひりょが静かにそう呟いた。
●行方
フキの救出が成功すると同時にレオーネが妹の所在を確認する。
すると如何やらフキから離れた後にエルは父親と合流した筈だという。
「多分あっちの方だと思う。危ないから木に隠れてろって言っといたから。けどその後、蛇が現れて飛び出してきてエルがこっちに来ようとした時に父さんが現れて」
フキがうーたんを抱えたまま話す。
「成程、あっちだな。って事で和音頼むぜ」
それを聞き、レオーネが和音のポロウに探索を依頼。マテリアルで二人の居場所を探させる。
すると、とある付近でポロウが反応。パタパタ手を振って見せる。
「お、何か発見したようだ。って事でここは任せた」
つり橋付近で交戦している三人にレオーネが言う。
「全く簡単に言ってくれるわね」
まよいはそう言いつつも跳び来るゴーストを避け魔術を繰り出す。
「まあ、相手は幸い雑魚ばかりだから何とかなるだろう」
まよいの言葉を受けて、和音もそう判断しその場から移動を開始する。
基本的にマテリアルを感知するのがポロウのスキルだ。
従って、二人が感知されたというよりは敵を感知している可能性が高い。だが、その感知量が多ければ多い程多くのマテリアルが集まっているという事だから危機的状況だという事が推測できる。
(たっく、妹って奴は全く手間かけさせやがる)
和音にも妹がいるから判る。
但し、彼の場合可愛いというより怖いらしいが、それでも妹に変わりはない。フキに同情を覚えつつ、ポロウの指す先に逸早く跳び入ってそこで見たのは象位のサイズの狼だった。
シルエットがぼやけているから狼と言っても野生のものや幻獣という訳ではないらしい。しいていえば、さっき襲って来ていたゴーストの類いか。狼の形を得たそれはあろう事かエルを咥えている。
「パパ、パパァ」
襟を咥えられて宙ぶらになった姿で顔をぐしゃぐしゃにしながらエルが叫ぶ。
(ちっ、やべぇなこりゃ!)
そこで和音は間髪入れずセイクリッドフラッシュを発動。光の波動がお化け狼に不意打ちを食らわせる。
それに驚いて、お化け狼がエルを取り落とす。そこを救出に入ったのはまたもやレオーネだ。終始ネーベルとの連携が目を引く。うまくネーベルに指示を出し、地面に落ちる前に救いあげてみせる。
「おぉっ、神よ…感謝します」
その様子を前にぺたりと座り込んで父親が安堵する。
「にーちゃん!」
ネーベルの背にフキがいる事に気付いて、エルが彼に抱き付く。
「おっとと、暴れないでくれよ。これからが本番だからな」
そんな二人をなだめて、次は父親だ。
和音が引付けてくれている隙に彼も乗せて、オフィスに戻るまでがキャリアーを持った彼らの役目だ。
「和音、いけるか?」
一人で相手にする事になる彼を気遣ってレオーネが声をかける。
「まあ、何とかやってみる」
いつの間にか口に煙草銜えた和音がそう答える。その答えを貰って、レオーネは父親の元へ。
幸い、この付近にはお化け狼しかいないらしい。
「アンタを引き上げるから、手に捕まってくれよな」
そう言って旋回すると後は父親の元に一直線。少女のような容姿ではあるが、彼は男でありそこそこの力もあるから一般人を引き上げるなど造作もない。
「有難う御座います有難う御座います」
引き上げられた背中で父親が感謝の言葉を繰り返す。
「見て、パパ♪ うーたんだよっ」
フキから渡されたうーたんにエルは安心したのか満面の笑みを浮かべていた。
今回の一件に謎の部分は多い。
まず初めになぜ突然歪虚達が集まり出したかという点だ。目下今の時点では推測に過ぎないが、まよいやレオーネは屋敷に何かあるのではないかと踏んでいる。だから、このつり橋を落とすか否かという件に至っては迷いが生じる。この後の事を考えれば、落とさないのがベストだろうが落とさないという事は逆にこれからも原因を突き止めない限り、歪虚が押し寄せてくる可能性を秘めているという事だ。
三人の居場所が分かった今、ここをどうするかとなった時の最善の方法は――。
「やっぱり落としておくべきだな」
屋敷の調査時は面倒な事になるが、それでも敵の襲来を一部防ぐ事が出来る。
逆に言うとハンター側にも不利になるが、今ここである程度叩ければこの後の調査も楽が出来るというものだ。フキがレオーネに救出された事をいい事にひりょは手にしていた銃剣で森側の手すりにかかる縄を切り始める。
「切れるまでは私がお相手しましょう」
そんなひりょを守るようにユーリが降り立ち、向かってくる蛇達を衝撃波で振り落す。
それを繰り返して、切り落とす頃には粗方の目視出来る敵を振り払う事に成功する。
「まさかここまでとはな」
集まっていた敵の数に汗を拭きつつ、ひりょが言葉する。
「ホント…流石に一人での空中戦は無茶だったわ」
そんな彼らの元に降りてきたのは幾ばくか老けて見えるまよいだ。ケイロスも些か疲れてみえる。
「それは失礼しました。もう少し削ってからの方が良かったでしょうか?」
ユーリがすまなそうに言う。
「何なら回復しようか?」
そういうひりょだったが、まよいはそれを断る。
「ま、この位かすり傷ってね。まだ二人が心配だもの…行きましょ」
かすり傷と言うにはかなりダメージがあるようだが、熟練ハンターならよくある事か。
通信機を手に取り、現在の位置と状況尋ねてみる。
『多分、そこから南南西に移動した所だぜ…今、狼と交戦中。できれば応援頼む』
その先からは緊迫感のある声でレオーネがそう応答した。
●狼と石
さて、対お化け狼との一戦はなかなかに厳しい戦いが続く。
スキルの発動には僅かな時間がかかる。さっきみたいな不意打ちであれば別だが、一対一となるとそうはいかない。両者時に睨みあいながら、どちらかが動くと反対も動く。プルガトリオで足止めを狙うが、それをも覆すパワーで思ったほど足止めが出来ない。従って、次に移る前に飛び込んで来られると躱すか受けるかになってしまう。
(ハッ、お前との肉弾戦は御免だな)
ゴーストに体重があるかどうかは判らないが、重量があれば潰されかねないと彼は回避を取る。
だが、逃げてばかりでは解決には至らない。セイクリッドフラッシュもプルガトリオもちまちま削るでは埒があかない。
「お待たせしました!」
とそこで援軍が到着した。
ユーリが己のワイバーン(ka0239unit004)に跨ったまま、サイドワインダーでお化け狼に奇襲をかける。ぐんぐん接近した後は背に乗ったユーリからの雷切・閃刃で何度も切りつける。そこに続いて、ひりょのワイバーンが高所からのファイアブレスで追い打ちをかける。それには堪らず苦悶の表情を見せ、よろめくお化け狼。だが、こんなチャンスを逃す訳はない。
「止めといこうか、相棒」
ひりょのワイバーンが再びお化け狼に接近する。
そして、その後は光線の雨…ワイバーンの繰り出したレイン・オブ・ライトが敵を貫き続けていく。
「あぁ、もう…私はくたびれ儲けって訳?」
イケロスと共にやっと追いついてきたまよいが呟く。まぁ、それでも前半に結構な数をマジックアローを撃っていたから、正直後何回打てたかは内緒にしておこうと思う。
「とりあえず依頼完了か…」
ふぅと咥えていた煙草をふかし和音が言う。
帰りも例の如く、彼は密かに殿を務めるのだった。
場所は変わってハンターオフィス。
無事子供と父親の救助を終えて、皆が戻ってきたのは夕方を過ぎた頃だ。
母親の方はそれを見届けると緊張の糸が切れたように倒れ、今エルと共に宿で眠っている。
そこで残った父親とフキとがこの場に残り、詳しい話を彼らに話し始める。
「さて、それじゃあ詳しく聞かせて貰えるかな」
この一件、何もなく起こったとは考えにくい。
雑魔発生の要因はないかオフィスの職員も含めてレオーネが尋ねる。
「それは、多分…ご先祖様と庭の木が関係あるかと」
「ご先祖に庭の木? 一体、どういう事かしら?」
まよいが興味を示して尋ねる。
「私は精霊という存在について研究しているんです。そのきっかけは庭の木でした。なぜか庭の木にはパルムがよく遊びに来ていて…。ですが、ここ最近めっきり見なくなりまして」
「きっとあの木が病気になったからだよ」
何か思い当たる所があるのかそこにフキが割って入る。
「でも木が枯れた位で雑魔が集まるものかな?」
ひりょが訝しむ。
「ですが、うちの先祖が魔術師で昔鉱石を研究していたとしたら?」
「鉱石か。まあ、木はともかく龍鉱石みたいなものだとしたら考えられなくもないぜ」
父親の言葉を受けて、レオーネが続ける。
「まあ、ともかくその木を調べてみる必要がありそうですね」
ユーリが言う。
「ねえ、そう言えばあなたの奥さんから聞いたけど、あなたの御守りってのもその手の石なの?」
ふと思い出したようにまよいが尋ねる。
「ああ、あれですか。けれど、これは欠片ですよ。確かこの小瓶の中の……ん?」
促されるままに取り出した御守りの入った小瓶。
その中身がぼんやり光っているのに気付いて、皆がそれを覗き込む。
「やはり関係がありそうだね」
和音を除く者達が静かに頷く。
何故和音だけいないのかと言えば彼だけ皆とは距離を取って、煙草を吹かしていたから。
子供に煙はよくないだろうと気を遣ったらしい。が、そんな彼の元にフキがやってきてぺこりと頭を下げる。
「どういう訳だ?」
いきなりのお辞儀に彼が問う。
「エルを助けてくれたから…ありがとうございました」
七歳にしては実にできた子だ。だが、彼はそこを褒めるでなくぽかりとげんこつを食らわせて、
「おまえ、フキって言ったか。俺も一応妹がいるからわからんでもないが、危ないことだけは嫌われてもいい覚悟で止めろ。それが兄の仕事だ」
しっかりとフキの目を見つめて彼は続ける。
「じゃねーと妹がいなくなっちまうかもしれねぇぞ」
そうして小突いた手を広げ、わしゃわしゃと髪をかき回す。
「う、うん。わかったよ、ハンターのお兄ちゃん」
フキはそう言うと同時に、今日の出来事が思い出されたのかじわりと涙を滲ませる。
「えー、ちょっともしかして、和音が泣かせた~」
それに気付いてレオーネが冗談交じりに彼に冷たい目を送る。
「ちょっ、違うからな…な、フキ。泣くなって」
和音は慌ててそう取り繕うも余計にそれが怪しくて…皆から暫く茶化されるのであった。
憔悴しきった様子の女性――勿論彼女が今回の依頼人だ。
ここに来るまでに何度も転んだのだろう。服は汚れて、それでもそんな事に気に留める余裕はなく、到着してからまだ何も食べていないと聞く。このままでは子供達が助かっても彼女自身が倒れてしまいかねない。ハンター達はそれをも心配し、出来うる限りのスピードで現地へと向かわなければならない。であるが、急けばいいという訳でもない。闇雲に探しては時間を浪費するだけだ。
だから、依頼人から子供達が進みそうな道を聞き込んでおく。
「余り街にはいかないけれど、しいて言えばこの道を通っていたからあの子達も覚えているかもしれません」
食料の調達には月に三度、街へと買い出しに行っていた。
しかし、その工程は馬車を使っていた事もあり子供達が周りをしっかりと覚えていたとは思えない。荷台から見える速足で過ぎていく景色だから大人でもどこまで覚えているかは疑問である。
「それでも戻ったって言うの? 危なっかしいったら無いわね」
言葉ではそう言うユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)であるが、彼女も子供達の気持ちが判らない訳ではなかった。物は違えど、彼女にだって大切なものを失いたくない気持ちはある。
それは他のハンターとて同じだ。夢路 まよい(ka1328)に至ってはエル同様人形やぬいぐるみに同じ感情を抱いている事から三人だけでなく、うーたんを含めた四人の救出を絶対目標に置く。
「ちなみにおまえの旦那が進むとしたらどの道を通ると思う?」
子供達は予測できなくとも旦那の方ならば予測がつくかもしれない。
今度は和音・歩匡(ka6459)が母親に尋ねる。
「普通なら、この近道を通るかと思います。けど、気が動転してる今、それが出来るかどうか…」
駆け出して行った夫の背が思い出される。
自分をなだめてくれた彼であるが、彼自身も普通ではいられなかった筈だ。
「それでもいい。手掛かりが欲しいんだ。教えてくれ」
地図を前に和音がペンを差出す。
それを書き込むのを待って、彼らは外で待っている相棒達と合流した。
ハンターが選択した相棒達…それは翼を持った相棒達ばかりだ。名前があるものもないものも混じっているが、種類で分けるなら三種類。リグ・サンガマではお馴染みの機動力と戦闘力を兼ね備えている小型ドラゴン・ワイバーン。気性が荒い個体が多いが、ハンター達と共にいるのは青龍の眷属という事もあり、理性的で割と穏やかだ。
もう一つは見た目が特異的なグリフォンと呼ばれる幻獣。鷲の翼に獅子の体を持ち、好戦的にも思えるもその実は獲物を見つけた時のみであり、普段は案外無関心だったりもする。
そして最後はポロウ。今回は和音のみの同行となるがフクロウの幻獣の大型版であり、大きくなっても元の性質は変わらないらしく忍び紛れる事は得意だという。
「さて、じゃあ行くぜ。ネーベル」
レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)が待機させていたグリフォンのネーベルこと白霧の騎士(ka1441unit003)に声をかける。
「一応、皆通信機器は持っといて頂戴よ」
そういうのはまよいだ。グリフォンのイケロス(ka1328unit002)に乗り込む前に皆に確認する。
「とにかく俺はつり橋に急ごう。目的地がつり橋になる以上その何処かで見つけられるだろうからね」
鳳凰院ひりょ(ka3744)がそう言い己のワイバーン(ka3744unit004)の手綱を取り飛翔する。
「どうか、三人を、お願いします」
下で夫人の声がする。その言葉はとても弱弱しくて、彼女の疲弊が滲んでいる。
「すまないが、先行ってくれ」
皆が飛翔の翼で飛び上がる中、和音がそう声をかけた。
そのとなりでは彼の相棒であるポロウ(ka6459unit004)が不思議そうに首を傾げている。
彼がそう言うには訳があった。それは相棒の体長が関係している。ちなみにワイバーンの平均全長は約5.6m、グリフォン約4mだった。それに比べてにポロウはたった1m。
そして和音の身長は1.81mであるから飛べる事は飛べるのだが、些か不格好な姿となるのを彼は気にしているらしい。走っていく事も考えたが、レオーネも徒歩を断念しているし、今の状況では見た目など気にしている場合ではないだろう。
『ポゥ?』
彼の迷いを感じ取ってか、再びポロウが首を傾げる。
「早くしないと置いてくぜ」
そこでレオーネから声がかかり、ネーベルからの鋭い目が突き刺さる。
「あ、何ならこっちに乗るか? オレのネーベル、キャリアー持ち出しだぜ」
そこで気付いたのだろう。あっさりと彼がそんなことを提案する。
「あ、いやいい。足手纏いにはならねぇ」
和音が覚悟を決めた。そうして、ポロウの背中にちんまり乗って皆の後を追う。
幸い、今日は晴れていて雨や風に邪魔される事なく、現場へ向かえそうだった。
●フキ
「おい、あれって」
つり橋とつり橋の間に位置する所に一人の少年が見える。だが、それと同時に両側から少年の方へと向かっている蛇も見えて、一刻を争う状態だという事は明らかだ。
「わっ、くそ。くるなよぉ!」
フキが必死に木の棒を振り回す。きっとその棒は松明だったに違いない。
だが、火がついていない今それは蛇に効果をなさない。ぬいぐるみを抱え、お尻をついたままでじわじわ後退る。けれど、下がったところでそちらからも蛇が来ているのだから彼にとっては八方塞がり。加えて、この休憩地点のような足場はそう広くない。
「ッ、躊躇している暇はなさそうだ」
ひりょが空を駆ける。ホバリングの影響を気にして距離を取った場所から駆け込みたい所だが、そんな猶予はないだろう。風が起きるのも構わず、急降下し少年の元へと向かう。
「フキ様ですね。そのままジッとしていて下さい、どうか動かないで」
その様子を見取って、ユーリが上空から声をかける。
「あらあら、新手の登場ね」
そんな二人よりもう少し上に位置していたまよいはイケロスの様子からそれを察し、その方向に目を凝らす。視界には捉えにくいが、感じるのは負のマテリアル…屋敷の方からではなく、森の方からこちらに向かって来ているようだ。
「いいわ。かかってらっしゃい」
まよいが錬金杖を構える。こちとら複数同時相手に出来る様にフォースリングを装備済み。相手が数で攻めてくるなら、こちらも数で返すのみ。そんな彼女らに迫る敵はこんな晴天にはとても似つかわしくないものだった。近くに墓場でもあるのかという位のゴーストが押し寄せる。
「ちょっ、なんなんだよ、全く」
レオーネが言う。正確には遠過ぎて気付かなかっただけかもしれないが、このタイミングは悪過ぎる。
「つべこべ言ってないでやるわよ!」
一発目のマジックアローがまよいの杖がら放たれる。
光の帯が的確に何体かのゴーストを貫いて、文字通り空気中に消えてゆく。
けれど、数はまだまだ多くて、
「あっ、いや…あっち助っ人して来るぜ」
レオーネ目標変更。ネーベルをフキとひりょの元へ走らせる。
「えっ、ちょっとマジ!?」
そこで慌てて高度を下げるまよい。流石に一人では手に負えない。
そんな彼女に気付いて、和音が動く。
「ハッ、神の名の元に…って柄じゃねぇが喰らいなッ!」
和音の杖から眩しい位の光が解き放たれる。それはセイクリッドフラッシュ――文字通りの聖なる光が飛び、悪しき存在に多大なダメージを与えてくれる。
「助かったわ、和音」
ふうと息を吐きつつ、まよいが言う。
「それはいいが、ガキは二人じゃなかったか? もう一人はどこにいる?」
彼が尋ねる。
「そう言えばそうね…フキに聞ければだけど、今の状況じゃあ」
「難しい、か」
状況がある程度収まるまで…しかし、ここにいないとすると別の場所で危機に瀕しているかもしれない。
「ポロウ、見つけるホーを使ってみてくれないか?」
離陸し、首をきょろきょろさせていた相棒に彼が頼む。
「うわぁぁぁ!」
その時だった。突然一匹の蛇がフキへととびかかる。がその瞬間、フキの視界に影が落ち…。
『キシャァァァ』
蛇の悲鳴――フキが思わず瞑ってしまった目を開ければその先にひりょの姿がある。
「うっうっ、怖かったよ~」
突然現れたひりょの足にしがみついて、フキが泣き始める。
「あぁ、もう大丈夫だよ。よく頑張ったね」
そんな彼を撫でてやりたい所だが、まだそうもいかない。両側から迫る蛇の群れをどうにかしなればいけないからだ。一応最終手段として、橋を落とす策を持ってはいるが、今はまだその時ではないように思う。
「大丈夫ですかっ」
巧みにつり橋に衝撃波を飛ばし、蛇を振り落しながらユーリが尋ねる。
「待ってろ! 今行くからっ」
その答えより先に助け舟を出したのはレオーネだった。ぐんぐん距離を縮め、二人のいる足場に向かう。
「いいか、よく聞いて。あのおねーちゃんというか、あのハンターに掴まれるか?」
チャンスは僅かだが、引き上げて貰えれば後はどうにでもなると彼は考え、フキに問う。
「……出来る、と思うけど、そうしたら」
「俺は大丈夫だから」
フキの目から涙が滲む。幼いながらもハンター達の事を気にかけてくれているようだ。そんな優しい彼だから妹の頼みを断れなかったのだろう。今は拾ったうーたんをしっかりと抱き抱えている。
「だけど」
「いいから、いって。そのぬいぐるみ、妹に返してあげるんだろう?」
ごしごしと頭を撫でてやると、フキも表情を引き締める。
「いくぜ。いちにのさんで」
「わかった」
「さぁ、早く…いち、にーの、さん!」
パシッ
急降下の後、レオーネがネーベルから身体を乗り出してフキの腕をしっかり握り締める。
それと同時にふわりと身体が浮いて、次の瞬間にフキはネーベルの背に無事搭乗。
「しっかり捕まってろよっ!」
レオーネの指示にフキがこくりと頷く。
「ふぅ、冷や冷やしましたね」
ユーリがその様子を視界の端に捉え、ほっと胸をなで下ろす。
「さて、じゃあ本気でいこうか」
地上ではひりょが静かにそう呟いた。
●行方
フキの救出が成功すると同時にレオーネが妹の所在を確認する。
すると如何やらフキから離れた後にエルは父親と合流した筈だという。
「多分あっちの方だと思う。危ないから木に隠れてろって言っといたから。けどその後、蛇が現れて飛び出してきてエルがこっちに来ようとした時に父さんが現れて」
フキがうーたんを抱えたまま話す。
「成程、あっちだな。って事で和音頼むぜ」
それを聞き、レオーネが和音のポロウに探索を依頼。マテリアルで二人の居場所を探させる。
すると、とある付近でポロウが反応。パタパタ手を振って見せる。
「お、何か発見したようだ。って事でここは任せた」
つり橋付近で交戦している三人にレオーネが言う。
「全く簡単に言ってくれるわね」
まよいはそう言いつつも跳び来るゴーストを避け魔術を繰り出す。
「まあ、相手は幸い雑魚ばかりだから何とかなるだろう」
まよいの言葉を受けて、和音もそう判断しその場から移動を開始する。
基本的にマテリアルを感知するのがポロウのスキルだ。
従って、二人が感知されたというよりは敵を感知している可能性が高い。だが、その感知量が多ければ多い程多くのマテリアルが集まっているという事だから危機的状況だという事が推測できる。
(たっく、妹って奴は全く手間かけさせやがる)
和音にも妹がいるから判る。
但し、彼の場合可愛いというより怖いらしいが、それでも妹に変わりはない。フキに同情を覚えつつ、ポロウの指す先に逸早く跳び入ってそこで見たのは象位のサイズの狼だった。
シルエットがぼやけているから狼と言っても野生のものや幻獣という訳ではないらしい。しいていえば、さっき襲って来ていたゴーストの類いか。狼の形を得たそれはあろう事かエルを咥えている。
「パパ、パパァ」
襟を咥えられて宙ぶらになった姿で顔をぐしゃぐしゃにしながらエルが叫ぶ。
(ちっ、やべぇなこりゃ!)
そこで和音は間髪入れずセイクリッドフラッシュを発動。光の波動がお化け狼に不意打ちを食らわせる。
それに驚いて、お化け狼がエルを取り落とす。そこを救出に入ったのはまたもやレオーネだ。終始ネーベルとの連携が目を引く。うまくネーベルに指示を出し、地面に落ちる前に救いあげてみせる。
「おぉっ、神よ…感謝します」
その様子を前にぺたりと座り込んで父親が安堵する。
「にーちゃん!」
ネーベルの背にフキがいる事に気付いて、エルが彼に抱き付く。
「おっとと、暴れないでくれよ。これからが本番だからな」
そんな二人をなだめて、次は父親だ。
和音が引付けてくれている隙に彼も乗せて、オフィスに戻るまでがキャリアーを持った彼らの役目だ。
「和音、いけるか?」
一人で相手にする事になる彼を気遣ってレオーネが声をかける。
「まあ、何とかやってみる」
いつの間にか口に煙草銜えた和音がそう答える。その答えを貰って、レオーネは父親の元へ。
幸い、この付近にはお化け狼しかいないらしい。
「アンタを引き上げるから、手に捕まってくれよな」
そう言って旋回すると後は父親の元に一直線。少女のような容姿ではあるが、彼は男でありそこそこの力もあるから一般人を引き上げるなど造作もない。
「有難う御座います有難う御座います」
引き上げられた背中で父親が感謝の言葉を繰り返す。
「見て、パパ♪ うーたんだよっ」
フキから渡されたうーたんにエルは安心したのか満面の笑みを浮かべていた。
今回の一件に謎の部分は多い。
まず初めになぜ突然歪虚達が集まり出したかという点だ。目下今の時点では推測に過ぎないが、まよいやレオーネは屋敷に何かあるのではないかと踏んでいる。だから、このつり橋を落とすか否かという件に至っては迷いが生じる。この後の事を考えれば、落とさないのがベストだろうが落とさないという事は逆にこれからも原因を突き止めない限り、歪虚が押し寄せてくる可能性を秘めているという事だ。
三人の居場所が分かった今、ここをどうするかとなった時の最善の方法は――。
「やっぱり落としておくべきだな」
屋敷の調査時は面倒な事になるが、それでも敵の襲来を一部防ぐ事が出来る。
逆に言うとハンター側にも不利になるが、今ここである程度叩ければこの後の調査も楽が出来るというものだ。フキがレオーネに救出された事をいい事にひりょは手にしていた銃剣で森側の手すりにかかる縄を切り始める。
「切れるまでは私がお相手しましょう」
そんなひりょを守るようにユーリが降り立ち、向かってくる蛇達を衝撃波で振り落す。
それを繰り返して、切り落とす頃には粗方の目視出来る敵を振り払う事に成功する。
「まさかここまでとはな」
集まっていた敵の数に汗を拭きつつ、ひりょが言葉する。
「ホント…流石に一人での空中戦は無茶だったわ」
そんな彼らの元に降りてきたのは幾ばくか老けて見えるまよいだ。ケイロスも些か疲れてみえる。
「それは失礼しました。もう少し削ってからの方が良かったでしょうか?」
ユーリがすまなそうに言う。
「何なら回復しようか?」
そういうひりょだったが、まよいはそれを断る。
「ま、この位かすり傷ってね。まだ二人が心配だもの…行きましょ」
かすり傷と言うにはかなりダメージがあるようだが、熟練ハンターならよくある事か。
通信機を手に取り、現在の位置と状況尋ねてみる。
『多分、そこから南南西に移動した所だぜ…今、狼と交戦中。できれば応援頼む』
その先からは緊迫感のある声でレオーネがそう応答した。
●狼と石
さて、対お化け狼との一戦はなかなかに厳しい戦いが続く。
スキルの発動には僅かな時間がかかる。さっきみたいな不意打ちであれば別だが、一対一となるとそうはいかない。両者時に睨みあいながら、どちらかが動くと反対も動く。プルガトリオで足止めを狙うが、それをも覆すパワーで思ったほど足止めが出来ない。従って、次に移る前に飛び込んで来られると躱すか受けるかになってしまう。
(ハッ、お前との肉弾戦は御免だな)
ゴーストに体重があるかどうかは判らないが、重量があれば潰されかねないと彼は回避を取る。
だが、逃げてばかりでは解決には至らない。セイクリッドフラッシュもプルガトリオもちまちま削るでは埒があかない。
「お待たせしました!」
とそこで援軍が到着した。
ユーリが己のワイバーン(ka0239unit004)に跨ったまま、サイドワインダーでお化け狼に奇襲をかける。ぐんぐん接近した後は背に乗ったユーリからの雷切・閃刃で何度も切りつける。そこに続いて、ひりょのワイバーンが高所からのファイアブレスで追い打ちをかける。それには堪らず苦悶の表情を見せ、よろめくお化け狼。だが、こんなチャンスを逃す訳はない。
「止めといこうか、相棒」
ひりょのワイバーンが再びお化け狼に接近する。
そして、その後は光線の雨…ワイバーンの繰り出したレイン・オブ・ライトが敵を貫き続けていく。
「あぁ、もう…私はくたびれ儲けって訳?」
イケロスと共にやっと追いついてきたまよいが呟く。まぁ、それでも前半に結構な数をマジックアローを撃っていたから、正直後何回打てたかは内緒にしておこうと思う。
「とりあえず依頼完了か…」
ふぅと咥えていた煙草をふかし和音が言う。
帰りも例の如く、彼は密かに殿を務めるのだった。
場所は変わってハンターオフィス。
無事子供と父親の救助を終えて、皆が戻ってきたのは夕方を過ぎた頃だ。
母親の方はそれを見届けると緊張の糸が切れたように倒れ、今エルと共に宿で眠っている。
そこで残った父親とフキとがこの場に残り、詳しい話を彼らに話し始める。
「さて、それじゃあ詳しく聞かせて貰えるかな」
この一件、何もなく起こったとは考えにくい。
雑魔発生の要因はないかオフィスの職員も含めてレオーネが尋ねる。
「それは、多分…ご先祖様と庭の木が関係あるかと」
「ご先祖に庭の木? 一体、どういう事かしら?」
まよいが興味を示して尋ねる。
「私は精霊という存在について研究しているんです。そのきっかけは庭の木でした。なぜか庭の木にはパルムがよく遊びに来ていて…。ですが、ここ最近めっきり見なくなりまして」
「きっとあの木が病気になったからだよ」
何か思い当たる所があるのかそこにフキが割って入る。
「でも木が枯れた位で雑魔が集まるものかな?」
ひりょが訝しむ。
「ですが、うちの先祖が魔術師で昔鉱石を研究していたとしたら?」
「鉱石か。まあ、木はともかく龍鉱石みたいなものだとしたら考えられなくもないぜ」
父親の言葉を受けて、レオーネが続ける。
「まあ、ともかくその木を調べてみる必要がありそうですね」
ユーリが言う。
「ねえ、そう言えばあなたの奥さんから聞いたけど、あなたの御守りってのもその手の石なの?」
ふと思い出したようにまよいが尋ねる。
「ああ、あれですか。けれど、これは欠片ですよ。確かこの小瓶の中の……ん?」
促されるままに取り出した御守りの入った小瓶。
その中身がぼんやり光っているのに気付いて、皆がそれを覗き込む。
「やはり関係がありそうだね」
和音を除く者達が静かに頷く。
何故和音だけいないのかと言えば彼だけ皆とは距離を取って、煙草を吹かしていたから。
子供に煙はよくないだろうと気を遣ったらしい。が、そんな彼の元にフキがやってきてぺこりと頭を下げる。
「どういう訳だ?」
いきなりのお辞儀に彼が問う。
「エルを助けてくれたから…ありがとうございました」
七歳にしては実にできた子だ。だが、彼はそこを褒めるでなくぽかりとげんこつを食らわせて、
「おまえ、フキって言ったか。俺も一応妹がいるからわからんでもないが、危ないことだけは嫌われてもいい覚悟で止めろ。それが兄の仕事だ」
しっかりとフキの目を見つめて彼は続ける。
「じゃねーと妹がいなくなっちまうかもしれねぇぞ」
そうして小突いた手を広げ、わしゃわしゃと髪をかき回す。
「う、うん。わかったよ、ハンターのお兄ちゃん」
フキはそう言うと同時に、今日の出来事が思い出されたのかじわりと涙を滲ませる。
「えー、ちょっともしかして、和音が泣かせた~」
それに気付いてレオーネが冗談交じりに彼に冷たい目を送る。
「ちょっ、違うからな…な、フキ。泣くなって」
和音は慌ててそう取り繕うも余計にそれが怪しくて…皆から暫く茶化されるのであった。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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MVP一覧
- 魔導アーマー共同開発者
レオーネ・インヴェトーレ(ka1441)
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/09/24 15:18:50 |
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![]() |
相談卓 和音・歩匡(ka6459) 人間(クリムゾンウェスト)|26才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/09/25 06:05:16 |