聖導士学校――陣取り合戦と秋の空

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2018/10/08 07:30
完成日
2018/10/12 02:57

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●陣取り合戦
 魔導トラックに荷台から、斜め上向きに光の線が延びる。
 曳光弾入りの弾の雨だ。
 鳥型の歪虚を損傷し群れ全体が動揺する。
 しかしテクニカル風の2両と40近い歪虚では数が違い過ぎる。
 傷ついた目無し鳥は差し違え目的の急降下を、残る30と数羽は大きく回り込んで魔導トラックの退路を断とうとする。
 車両2両と乗員の運命は、ここで尽きたように思われた。
「エクラ万歳!」
 セイクリッドフラッシュである。
 艶々した肌の男達が、爽やかな笑みを浮かべて光の波動を放つ。
 熟練ハンターとはとは比べものにならないほど弱く、けれど雑魔を相手にするには十分な威力と精度がある。
 所詮は雑魔でしか無い鳥が光に焼かれ、辛うじて耐えたり躱したりできたものも2つめと3つめの光に捕らわれ焼き尽くされる。
「浄化して次へ向かうぞ!」
「応っ」
 分厚い全身鎧を軽々着こなす男達が、安全第一の徐行運転で次の目的地に向かっていく。
 その北東3キロメートル地点で、同じように戦った者達が遠距離からのブレスに襲われ潰走した。
「一進一退か……否、押されているか」
 後方の建物の中で司教が呻く。
 癒し手が多いため戦死者0。しかし疲労は蓄積するし装備の修理にも金がかかる。
「歪虚の勢力が強くなっている。これまで以上にハンターに頼ることになるな」
 部隊と物資を集めて投入すれば拮抗状態には持ち込める。
 だがその過程で失われる人命はかなりの数になってしまうし、物資代もハンターズソサエティーに払う金より高くつく。
「感謝はあるが、悔しいものだ」
 彼は長年聖導士養成に関わってきた。
 聖堂戦士団の部隊長級にもかつての教え子がいる。
 教え子がハンターに及ばない現実を見せられている気がして、ほろ苦い感情を抱いてしまう。
「功を争うのは勝ってからしましょう。まずは勝つことです」
 司祭は孫ほどの年齢なのに司教より落ち着いている。
 実家が武闘派貴族なので慣れているのか、本人の持って生まれた素質のせいか、長年教職にある司教でも分からなかった。
「彼等なら争いは起きないのではないか」
 司教はハンターを舐めていない。
 対歪虚戦も政治も慰霊もあらゆることを巧くやってきたハンターを信頼している。
「本人に争う意思がなくても争いは起きます。そのあたりの陰険な話はオフィスと私が担当しますので校長は職務に専念してください」
「うむ。責任は私がとるから存分に」
 やってくれと口にする前に、既に自分の首だけでは済まない規模の話になっていることに改めて気付く。
 窓の外をカソック幼女が横切り、数秒遅れで猫の集団が走り抜けた。
 十数秒遅れで教師陣と警備の聖堂戦士が追いかける。
「ルル様が今度は何をされたっ。またつまみ食いか!?」
「昼寝場所の独占です。我慢の限界を超えた猫が、ああ猫ちゃんがっ」
 学校は今日も騒がしかった。

●精霊のにきび
「これは酷い」
 ルル農業法人に就職していなければ研究所勤めか教鞭をとっていただろう技術者が、土を嗅いで触って渋面になる。
「立派な木じゃないか。このまま育てば森になりそうだな」
 元王国騎士の社長は異常に気づいていない。
 肩車されている幼女型精霊が胸を張ろうとして危うく転がり落ちかけた。
「成長には材料が必要です。筋肉は肉を食べないと増えにくいでしょう? それと同じです」
 魔導短伝話を取り出し肥料を運ぶよう要請する。
 荷台を増設した刻令ゴーレム5機でなんとか運べる膨大な量だ。
「精霊様も無から何かを生み出せる訳ではありません。土の中の栄養は木が育った分減っていますよ」
 森になりつつある林を確かめながら進む。
 瑞瑞しい木と枯れかけた土の対比が痛々しい。
「肥料は多めに備蓄していたのですが、いくつか空になる見込みです」
「そうか。足りない分は私の財布から……う、うむ、何かな?」
「社と社長の財布は別々ですし私と社長の給料ほとんど変わらないでしょうが。決められた手続きで発注します。いいですね」
「はい……」
 社長の主な仕事は、ハンター不在時のルルの護衛兼お守りである。
 かつて貴族に近い待遇を受けてきた元精鋭王国騎士ではあるのだが、広大な農地と多数のゴーレムを抱える法人のトップとしては足りないものが多かった。
「ルル様の護衛も大切な仕事なのですから落ち込まないで下さい。あ、ゴーレムが通りますよ」
 元が戦闘用ゴーレムであったとは思えないほど慣れた動きだ。
 仕事に悪影響の出ない絶妙な雑さと速さで肥料と加えていく。
「……あれ?」
 幼女の艶が増す。
 同時に、小さなニキビが鼻の横にできている。
 栄養が多すぎたのかもしれなかった。

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ未未未未農川未未未未川川 
い平平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑平□平平平平 学=平地。学校が建っています。工事中。緑豊か。北に向かって街道有
え平平平平平平木木墓■■■ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林□□■■■ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林□丘林□□■■○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿□林■■■■ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□■■■■ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□□□◇■■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■□■■■■◎■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■○■■■■■■ 未=平地。開拓完了。冬小麦の作付け開始
し■◇■■■■■■■■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され難い
す■■◇■■■■■■■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■◎◎■■ 墓=平地。遠い昔に悲劇があった場所。墓碑複数有。掃除頻度低
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域。基本的に平地。詳しい情報がない場所です
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点


aい=農業法人の元王国騎士が徹底した討伐を完了。主力全員にぎっくり腰発生
gう=聖堂戦士団が掃討と浄化を完了
gえ=木の成長速度が不自然に加速中。法人が肥料投入済
gき=負マテリアル濃度がわずかに減少。隣接の林がかなり疲れています
eか=負マテリアルの濃度が減少。放置しても次回には利用可能

hけ=歪虚を撃退した戦士団がそのまま浄化
iき=歪虚が侵攻後汚染完了。侵攻部隊は撤退
iく=同上

 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 地図の南3分の1の地上は、汚染の影響で遠くからは見辛い

リプレイ本文

●探索行
 女性司祭が押し倒された。
 体格が1回り、筋肉は2回り大きな男に押さつけられ身動きできない。
「暴走しないでください、と言いましたよね?」
 歪虚の残滓が舞っている。
 容赦のない光の波動で焼き尽くされた残りだ。
 女司祭はくぐもった抗議……というより弁解の声をあげる。逞しい聖堂戦士は取り抑えたまま背筋をぴんと伸ばす。
「まあ、暴走されるようですので二度とお誘いしませんが」
 抗議の声は不明瞭で言葉になっていない。戦士は上位者に対する態度で何度も首を縦に振る。
「……邪魔になるので」
 ひぃ、と情け無い悲鳴が一度だけ聞こえた。
「反省しているようですし」
 見かねて仲裁しようとするカイン・A・A・マッコール(ka5336)の声も弱い。
 イコニアに非しか無いので庇いようがないのだ。
「ええ、これ以上は言いません」
 エステル(ka5826)の蒼い瞳から情が薄れ、部隊長でもある聖堂戦士が何故か体を震わせた。
 変な性癖に目覚めたのかもしれない。
「多いわね」
 艶のある声が聖堂教会関係者の耳を撫でる。
 アリア・セリウス(ka6424)はそれきり口を閉じ、星神器でもある槍を片手で構えもう一方の腕で手綱を握る。
「部隊長は担いで逃げて下さい。数も質も戦意も前回以上です」
 地平線近くを見つめてエステルがため息1つ。
 猛り狂う闇鳥5体が、凄まじい殺意の視線をイコニア1人に向け全力で駆けてくる。
「離してくださいっ」
 イコニアがじたばた暴れても俵担ぎから解放されない。
 部隊長はハンター達に黙礼をした後、魔導トラックの荷台に飛び乗り全速での逃走を命令。
 乾いた土煙が広がり、東から飛んできた闇色ブレスにより煙だけが消し飛ばされた。
「後退と砲戦を始めなさい」
 エステルの命令により刻令ゴーレムが活動を再開する。
 リアルブルー基準では枯れた技術である炸裂弾が、クラスター爆弾じみた破壊を荒野にもたらす。
 負マテリアルで構成された翼が千切れ飛ぶ。
 散った体液が重汚染を引き起こす。
 つまり重傷以上の傷を負ったはずなのに、大型歪虚闇鳥の闘志は砕けず怒りは益々燃え上がる。
「ここまで……」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)は胸に重いものを感じた。
 これまで何度も槍を交え、敵陣の奥深くまで攻め入ったことすらある。
 だがこれほどの殺意に晒されたのは初めてだ。
 カラス程度の大きさしか無い歪虚が空中から襲撃をしかけてくる。
 オートソルジャーが当たらない弾幕で引きつけカインが確実に仕留めることで、敵の航空戦力をイコニアに向かわせないようにする。
 だが地上の闇鳥はカインを無視している。
 徐々に距離を離されてもイコニアだけを狙いただ走り、時折己を身を削って凶悪なブレスを放つ。
「イコニアさんはもう安全か。いつもこんな戦いなんですか?」
 全身鎧の中から、形状の禍々しさから想像もできないほど真っ当な声が聞こえた。
「今回は特別です。かなり……いえ凄く、歪虚に恨まれている方がいますから」
 エステルは積極的には前には出ない。
 強靱な盾と巧みな受け技術でもって、そのまま直進すればゴーレムを貫通するはずだったブレスを受け止めた。
「敵を攪乱します」
 イツキが仕掛けた。
 イェジドと共に単騎で離れ、時折飛んでくるブレスを巧みに跳んで躱しさらに近づく。
 肌が粟立ち目が痛む。
 直接向けられている訳でもないのに、質量ともに巨大すぎる殺意がイツキの心を削る。
 それでもまだ動ける。
 頼りになる幻獣と想いを託された槍が、イツキの歩みを守っている。
「私も、遠慮はしません」
 群青の魔槍の槍を振るう。
 練り込まれた力が一直線と光と化して北端の闇鳥を襲う。
 CAMより大きな歪虚は己の身で受け止め防ごうとするが、貫通力を高めた力がその闇鳥だけでなく南寄りの2体も貫きようやく止まる。
 歪虚主力は、ようやくハンターが脅威であることを理解した。
「呪怨で編まれた闇翼に、必滅の光を」
 法術の光とは異なる何かが星神器を覆い尽くす。
 全く汚染を寄せ付けないので素晴らしく目立つ。
「月光の如く導となれ」
 優雅とさえいえる動きで、投擲する。
 あらゆるものを貫く神殺しの槍が、汚れた大気を貫き厚い負マテリアルに深い穴を開ける。
「――救済として」
 正負の力が拮抗したのは一瞬だけだ。
 強力な歪虚を構成する負マテリアルが形を失い溶けていく。
 最上級に近い近接攻撃力を広範囲に広げる超絶の技だ。
 イツキにより1列になるよう誘導されていたため、5体の闇鳥全てが完全に崩壊した。
「もう、憎悪に狂わなくていいの」
 アリアは静かに目を閉じ、しかし全く一瞬も油断しない。
 地面に長い亀裂が走る。
 奥に見える嘴が広げられ4つのブレスがアリアを狙う。
 同時攻撃であり避けづらい闇ブレスのうち2つを躱した後、残る2つをイェジドのコーディが盾で受けて耐えた。
「斬り裂く刃の閃光よ」
 両手でも扱いのが難しいはずの剣と槍を両手で扱い、割れ目から上半身を表した闇鳥に鮮やかな連撃を見舞う。
 だが歪虚は倒れない。
 巨大さに見合った頑丈さがあるからだ。
「私が援護に戻りますっ」
「あ、イコニアさんは絶対に前に出させませんので悪しからず」
 お断りの返事をしたのはイツキだ。
 その返事には全く容赦というものがなく、回線の向こうにいる司祭は精神的衝撃に耐えられず静かになる。
「エイル!」
 ウォークライ。
 生き残りのうち1体の動きが鈍るがそれだけだ。
 健在な3体と残りの1体がイェジドを傷つけイツキの体力を削る。
 そして、それだけで十分だった。
 降り注ぐ小型弾の雨が闇鳥を物理的に削り、イツキ青龍翔咬波がまとめて串刺しにしアリアが1体1体止めを刺す。
「また亀裂が」
「逃げます」
 止めを刺すことにはこだわらず、ハンター達は素早く撤退を完了させるのだった。

●音楽祭準備最終段階
「ソナさ……ん。あれ怖いんですけど」
 アレ呼ばわれされたイコニアは、瘴気が感じられそうな目つきと表情で招待状を量産している。
「皆さんの勤め先の相談役でもあるので、言葉遣いには気を付けた方がいいかもしれませんね」
 げ、と驚き慌てるエルフミュージシャン(駆け出し)を横目で眺めながら、ソナ(ka1352)は原稿を手に席から立ち上がる。
「日付以外はこれでいこうと思うのですが」
「はい」
 司祭は憎悪っぽいものをまき散らしてはいるが、それはソナには向いていない。
 己の欲を満たす機会を己の失敗で失ったことで、怒りと失望が自分自身に向かっていた。
「問題ありません。記事は新聞1社だけでいいのですか?」
 位階は司祭でも印刷事業という形でブライダル産業に関わり金と影響力を持っている人間だ。
 やろうと思えば王国全体に影響力を発揮できる。
「規模が大きくなりすぎたら制御が難しくなります。ルル様も人見知りの傾向がありますし」
 最近赴任して来た聖堂戦士達から逃げ隠れしていることもあるのだ。
「こちらが農業法人に出店予定と臨時の求人、こちらが戦士団へ提出する警備の要望書です」
「警備は直接部隊長と話して下さい。他はそのまま受理します」
「はい。それと、売上げ一部を運営費として寄付していただけたら」
「全部でも文句は出ないと思いますが……はい。インクが乾いてから印刷所にお願いします」
 署名押印するのが様になっていた。
「タダで歌は作れないわ」
 刻な傷を負わず潜り抜けたアリアが注文をつける。
 ヒールだけは使える生徒により傷は癒やされが疲労の色は隠せない。
「音楽業界には詳しくないのです」
 イコニアは責める気配はない。
 有用や意見ならそのまま受け入れるという、ある意味とても貴族らしい態度だ。
「楽器も、楽器慣らす指や、歌を紡ぐ動かすのも。想いを紡ぐ鼓動も。時間と技術と、鍛錬」
 アリアの声に聞き入りぼうっとしていたミュージシャン(一応人気は出つつある)が、メンバー全員で激しく上下に首を振る。
「では出演者の報酬と足代を厚めにして……」
「この方はパトロン側でしょう? 出店も、農業法人以外が出るなら野菜等の現物で支援を」
「私の考えが足りていませんでした。でしたら」
 まだ決まっていなかった細部が急速に形になっていく。
 音楽家としてはともかく官僚的能力はさっぱりなミュージシャン(現在バイト中)ではついていけない。
「ルル様のための音楽祭です。一番大事なのがルル様ご自身の好みなのですが」
 イコニアは好かれていないので了解をとるどころか会うのも大変だ。
「そう?」
 アリアは左の手で星神器を持っている。
 それに触れないよう細心の注意を払いながら、7歳児程度に見える精霊が前後左右から星神器を眺めていた。
 圧倒的上位者が造ったものを見る、憧れと極微量の嫉妬が混じった目だった。
「歌は祈り。祈りと願いが、歌になった」
 司祭から見えない位置にいる精霊に柔らかく微笑む。
 この地は前来た時と比べて前進している。
 過去の妄執、怨念から解き放たれる為に。
 此処が更なる理想へと受け継がれていく為に。
 できるだけ力を貸するもりだ。
「そろそろです」
 猫専用住居の前でエステルが大真面目に話しかけている。
 普段は猫のふりをして紛れ込んでいるユグディラが、精一杯真面目な顔で、実際は厨房から薫る猫用ご飯の匂いに気を取られながらうなずいた。

●墓参
 深く掘った穴の底に、小さな骨を並べていく。
 長い時間負マテリアルに晒され続けたため、慎重に置いても崩れて白い砂のようになる。
 その上にそっと土を被せ、丘精霊から分けて貰った何の変哲も無い木を植える。
 覚醒者の身体能力があってもかなりの重労働であり、ソナは大きく息を吐いて額の汗をハンカチで拭く。
 小さな足音が近づいて来る。
 白いユグディラがソナの後ろに隠れて結界術を使おうとしたところで、ソナが優しく撫でて落ち着かせた。
 スキルも使わず矢を放つ。
 自ら当たりにいくような動きで、空飛ぶ目無し烏が次々落ちていき地面で砕け散った。
 ソナがいると歪虚の敵意が薄れるとはいえ、敵拠点に近づくほど敵戦力が多くなり負けるだけで無く撤退失敗からの戦死の可能性が増える。
 超絶の回避能力があるなら、戦死確率は下がり成功率も上がるのだが。
「どこもこの程度なら調査もはかどるのだけど」
 全て順調とはいかなかった。

●植樹
「窒素肥料余ってるの?」
「調達は容易ということです。相談役がロッソやリアルブルーにコネを持っていますから。……空気が肥料になるというのはさすがに冗談ですよね?」
「さあー?」
 休憩時間は瞬く間に過ぎ去った。
「間隔は100メートルを維持でー」
「8番機は待機所へ。14番機、肥料セットを持ってメイム氏の指示に従え」
 メイム(ka2290)と農業法人による共同作業、ではない。
 指揮するのも戦うのもメイム。
 法人の社員とゴーレムは植樹作業担当だ。
「お金で解決できる範囲ならいいけど、多分ルルさん他の場所にも同じ事する筈だよ。ソナさんの希望を叶える為にね。肥料足りる?」
「貯蓄が危険水域ですなっ」
 作業の速度は法人とそのゴーレムの方が速い。
「水害対策?」
「そっちは積み立て中です。……森は後1箇所で済みますか? ハンターのエルフの数、森ができたりしません?」
「さあー?」
 軽度の汚染がある土地に穴を掘る。
 汚染が酷ければメイムの手で浄化を行い、穴にまともな土と一緒に祝福された木を植える。
 今の所、メイムの仕事は全体の指揮と浄化だけだ。
「あたしの森もできると思う?」
「ルル様、他の条件が同じならならエルフを優遇しますからねぇ」
 片付けも平行して追肥と水やりも行う。
 歪虚が気付いて近づいて来たときには、メイムとゴーレム達は東に移動を終えている。
 祝福木が本格的に活動を始め、半端な負マテリアルしか持たない雑魔では近づけなくなる。
「大休止ー」
「8番と5番は整備だ。関節部の掃除と油差し、急げっ」
 社員達はゴーレムの都合にあわせて準備をし整備をし休んでいるようだ。
「今ならクリスマスの鳥料理間に合うと思うけどー」
 刻令ゴーレムのーむたんがキッチンの展開を終え、メイムが新絞り林檎ジュースと蜂蜜ラムレーズン入り林檎パウンドケーキを取り出す。
 当然適温だ。
 涼しさと甘さが、お裾分けされた社員の口と味覚を蹂躙した。
「美味いですが腹につきそうな……ああいえ、しばらく農繁期なので新規事業は無理ですよ。しかも従来型養鶏だと必要な人間が多すぎて儲けが薄いですし。豚でも同じでしょう」
 現在、社員1人にゴーレム1体の体制である。
 ゴーレムに養鶏等を教え込むためのノウハウもないので、養鶏を始めるなら今の社員の待遇を下げるか低待遇社員として関係者を雇うことになる。
「私等、営利企業ですから、っとまた出たぁっ」
 非戦闘員である社員だけでなく、農作業に慣れきったゴーレム達も戦力にならなかった。

●企みの挫折
「イコちゃん、エルフハイムには神を名乗る精霊が居たけどエクラは精霊として顕現してないよね?」
「また危険なこと考えてますね」
 女司祭は半目になって宵待 サクラ(ka5561)を睨んだ後、散歩中のパルムに茶菓子を渡して人払いを頼んだ。
「哲学、神学、政治と技術でそれぞれ答えは違いますけど」
 司祭の瞳は一見静かだ。
「エクラと称しても有効な反論が出ないものはいますよ」
 王国北部の混乱を思い出して渋い表情になる。
 当時は立場も軽く、下っ端として駆り出され物理的に汚された。
 まあそれはどうでもいい。説明に必要とはいえ崇拝対象を評価するのはかなり辛く、エクラに対する祈りと謝罪の言葉が自然に紡がれた。
「んー、前回の失敗は精霊にも痛かったんだと思うよ。イコちゃんを憑代に神の意志そのままで振る舞えばまた同じになる。神と人の視点は違いすぎるから」
 司祭は心当たりを思い出す。
 リアルブルーの件かこの地の丘での件か。
 広く知られると誰にとっても利益にならないと判断しているので、問われない限り言うつもりは無い。
「丘精霊の加護が嘗ての住人にも向いているのが闇鳥、目無し烏の発生の後押しにはなってるとは思うよ。彼女が本物の使徒精霊になれば弱体化するだろうとも思う」
「やっぱり危険な企みじゃないですか」
 痛みを感じて額を抑える。
 厚めの化粧をしても目の下の黒ずみを隠し切れていない。
「それでね。イコちゃんちの千年前の記録、地図込みであったら見せて貰えるかな」
「うちは千年間記録を継続できる家系じゃありませんよ。せいぜい数百年、アクセス権限は当主のみのはずです」
 白湯でカフェイン錠を飲み込みドアに向き直る。
「付き合ってください。人間の拠点でする話ではありませんので」
 その日の午後、数名のハンターと精霊が学校に姿を見せなかった。
「近隣世界を含めこの世界には滅亡の危機が迫ってる。一千年前と今のおかげでこの地には他より大きな大精霊への導管がある。そうでなければ地の精霊の配下の丘精霊が人への加護なんて求めないよ。それは四大精霊以上の視野がなければ降りてこない発想だ。仲良くする個を認識できるようになったとしてもね?」
 戸惑う丘精霊をサクラが抱きしめる。
 サクラの気合いに気付いてルルの体が硬直する。
「エクラがルル様として直接的な救済のために現れた精霊ということになれば、性差があろうが世界中のエクラ教徒の祈りのほぼ全てが貴方に向かう。貴方はすぐに四大精霊に比肩する精霊として加護を含めた力を振るえるようになる」
 やめてー、というテレパシーがサクラの脳に巨大な負荷をかけるがサクラは止まらない。
「変わることを恐れるな、自らの望みのために力を求めろ、望め願えっ、ルル=エクラ!」
 魂を燃やし尽くすような意思が精霊に届いた。
「や」
 その声はイコニアの口から聞こえた。
 化粧を変える前より幼い仕草で拒絶する。
 ルルの姿は消え、何故か司祭の耳がエルフっぽくなっていた。
「そこまでです」
 エステルが不穏な空気を一刀両断にする。
 平然と歩み寄り、適量のマテリアルを浴びせて司祭の中から丘精霊を回収する。
「念のために確認します。本気で逃げようと思えば最初から逃げられましたよね」
 胸に抱かれたルルが素直にうなずく。
「では罰も何も無しです。いいですね?」
 ルルと司祭が同期した所作で首肯する。
 エステルは小さなため息をついてから司祭を見る。
 なんで私を巻き込んだのですか、私が死ぬか失脚したらマティへの引き継ぎか中継ぎお願いしようと思って、という情報が目配せだけでやりとりされる。
「ルル様、先日は厳しく申しましたがなさりたい事を本音でお教え願えませんか? 今の貴方をフォローできるようになりたいのです」
 フォローしないと誰にとってもろくでもない展開になりかねない。
 なかよくしたい
 みんなと
 でも
 エステルの脳裏に一瞬、闇鳥の姿が浮かぶ。
 すがりつくようして涙を流すルルを、そっと抱きしめ頭を撫でた。

●誕生日
 生命力に溢れる緑と、清潔なテーブルクロスの白が調和している。
 ここは植物園の一角にあるパーティ会場。
 祝われるのは、今日1つ歳をとるイコニアである。
「おめでとうでちゅ」
「おめでとうございます」
 準備を全く知らなかった彼女は、笑顔のポーカーフェイスで動揺を隠そうとして失敗した。
 金と権力で争う世界にいるせいか、純粋な厚意に対する抵抗力が落ちている。
「みんな手伝ってくれたんでちゅよ」
 植物園の緑には、負担をかけない重さの飾り付けがされている。
 綺麗に光っているのは聖輝節で使った電飾だろうか。
 強い匂いではないのに薬草のそれに負けていないのは珈琲の香りだ。
 バリスタ姿の似合うカインが一礼すると、血の気の薄いイコニアの頬が微かに色づいた。
「立ち止まってないでいくでちゅよ」
 北谷王子 朝騎(ka5818)が司祭の右の手を引っ張る。
 今日は朝騎の服装にあわせたルルも、両手でイコニアの左手を引っ張りテーブルへ導いていく。
 植物園の歩道もいつも通りではない。
 両脇には猫が行儀良く並んでにゃんと鳴き。
 猫と交互に並んだキャンドルが優しく揺れる。
 静かに舞う淡い色の花びらは、桜に宿る小さな精霊によるものかもしれない。
「あの」
 子供のように戸惑う彼女に、朝騎は悪戯っぽく微笑み遠慮を止めさせる。
 普段スカートめくりを仕掛ける変人とは思えない、中身まで完璧な美少女っぷりである。
 ルルもまた、今日だけは勘弁してやるという顔で引っ張っていた。
「イコニアさん誕生日おめでとう。そろそろ肌に気を付けるおとしごろー?」
 化粧水とパックのセットがメイムからのプレゼントだ。
「ついでに……えい」
 磨いたヒールの技をアイテムで増幅する。
 元の形に戻ったイコニアの耳が内側から癒やされ、痛みが無くなった。
「はいこれも」
 エルフハイムのシードルである。
 丘精霊が気を取られて危うくイコニアごと倒れかける。
「2人とも危ないですよ」
 体勢が崩れきる前にイツキの手が支えた。
 非常に地味だが極めて高度な体術だ。
「久し振りに御土産をお持ちしました。良ければ皆さんでご賞味下さい。其れと、ペンダントはイコニアさんに」
 自分より大柄なイコニアに首飾りをかける。
 五芒星にカットされたダイヤモンドが美しいが、物語の騎士のような所作でかけてくることも大きなプレゼントになっていた。
「ありがとうございます」
 声が喜びと感動で震えている。
 罠もないのに倒れそうになる足をなんとか制御して、イコニアは道の突き当たりにあるテーブルへ近づく。
 そこには、キャンドルと花びらでハートを描いた特大ケーキが異様なほどの存在感を放っていた。
 蝋燭の数は21。
 これが今のイコニアの年齢である。
「私の顔面に刺さってませんか?」
 イコニアは泣きながら笑っている。
 ケーキ表面に精密に描かれた自分の似顔絵と、しっかり突き込まれた蝋燭21本の対比が何故だかおかしい。
 軽く浮かんだ風船が揺れる。
 ハッピーバースデーと一文字づつ書き込まれ、風船の中では紙吹雪にしては清らかすぎる何かが踊っていた。
「力作でちゅよー。しばらく眺めるならあっちからどーぞでちゅ」
 スコーン。
 チョコレートケーキ。
 コンテストで大賞に輝いた花籠パイ。
 出席者の腹を満たせる林檎ケーキとジュースが脇を固め、本命のお菓子群が主賓を待ち受ける。
「まぁっ」
 満面の笑みだ。
 紅、栗、灰、白、黄、紫と鮮やかな玉が、センス良く絵皿の上に並べられている。
「どーぞでちゅ」
 艶のある串で刺して主賓の口元へ。
 クリームではなく餡の甘みが疲れた体にしみこんだ。
「新感覚の小さなオヤツ、カラフルあんこ玉でちゅ。飽きたら誕生花にちなみ紅葉饅頭。花言葉は大切な思い出、美しい変化、遠慮でちゅ」
 異なる味付けをされた餡とスポンジ生地の対比が素晴らしい。
「みんなの分もあるから遠慮無くどうぞでちゅよ」
 笑い声が重なり、乾杯と祝福が繰り返された。

●穏やかな時間
 ふしゃー
 ふしゅー
 にゃー
 幼女と猫が威嚇し合い、土が跳ばないようお互い注意しながら押し合いへし合いする。
 既に日は落ちた。
 竈の近くの程よく暖かな場所は貴重だし、食べ物が満載のテーブルが近い場所はお昼寝スポットよりも価値がある。
「もう少しだけ詰めてあげて下さい。朝騎さんから料理をもらってきていますから」
 肉料理、混ぜご飯、クリーム煮に吸い物にマリネに天ぷらまで。
 研鑽を感じさせる料理の皿が特大盆の上にずらりと並べられている。
「あっ」
 今回は丘精霊が機先を制してたこさんウィンナー揚げを奪取する。
 猫と一部ユグディラに容赦なく足を踏まれながら、精霊は口を動かしつつ不思議そうな顔をする。
「その皿は猫に味覚を会わせたものらしいです」
 よく見ると、デフォルメされた猫が更に絵付けされていた。
「音楽祭も近いです。しっかり食べて英気を養って下さい」
 ユグディラと猫と精霊が精一杯真面目な顔をする。
 そうしている間も咀嚼と嚥下は止まらず、余裕をもって持って来たはずの食事があっという間に空になる。
「お代わりを運んで来ます。喧嘩をしたひとにはあげませんからね」
 厨房に向かうイツキが言い残すと、戦闘再開のつもりだった猫と精霊がわざとらしい笑みを浮かべて仲直りの握手をした。
 次の料理が運ばれてくるまでの、短い間の仲直りだった。
「珈琲、ですよね?」
 テーブル席でイコニアが戸惑っている。
 カインから渡されたのは、エスプレッソの上に淡い緑の層があるカクテルだ。
 微かにミントの香りもするような気がするが、舌や鼻が優れている訳ではないのでよく分からない。
 見た目は可愛らしいんだけどな、と思いながらカップに口をつけると予想外に美味な……あれほど甘みと油を摂取した後でも美味しく感じられる香りが鼻に抜けた。
「名を付けるなら、再生の緑、貴女が浄化した土地に、再び緑が戻ってきて花が咲くというイメージです」
 穏やかに、爽やかに、冗談の気配は皆無で断言するカイン。
 イコニアは一瞬固まった後、激しく咽せてしまって慌ててカップを置いた。
 チョコレートの層に飾られていた花が間接照明の柔らかな光に照らされた。
「カインさんっ!?」
「花は前に見た貴女の笑顔がとても綺麗だったので、同じくらい綺麗だと思う花を選びました、僕はあなたの笑顔が大好きですから」
 穏やかにそういうカインは表情を変えず、赤面もしていない。
「いつの間に女の扱いに慣れたんですか」
 呆れと警戒が半々の目で見上げる。
 しかし頬の赤みは消せず、カップを口元に運ぶ度に目元が柔らかくなる。
 固形物が欲しいなと思ったタイミングでカインのオートソルジャーがサンドイッチを差し出す。
「何のことでしょう?」
「そういう所ですよ」
 一度求婚されて振った間柄だ。
 その気があったとしても断ってしまうタイミングとやり方だったので何度やっても同じ結果になっただろうが、当時からカインがこれなら今頃式を挙げていたかもしれない。
 今は仕事で手一杯なので色っぽい展開になる確率は極小だが。
「実は双子の兄弟だったりします?」
 だとしたら超エリート兄弟ですねと笑うイコニアの前で、カインは意識して笑顔を保っていた。
「ここにいましたか」
 ソナがやって来る前に、丘精霊が椅子の上に現れた。
 客として迎え、甘い珈琲というより珈琲牛乳を用意するカインに不審な点はない。
 かつてのカインとは異なり外面は完璧に近いのだ。
「ルル様と私からのプレゼントです。素材選びはルル様が」
 ぷいと顔を背けながら、丘精霊がスワッグを突き出す。
 イコニアは両手で受け取り押し戴き、静かに頭を下げた。

依頼結果

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MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

  • イコニアの騎士
    宵待 サクラka5561

参加者一覧

  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レドリックス
    レドリックス(ka5336unit019
    ユニット|自動兵器
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ニャロ
    ニャロ(ka5818unit011
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    コーディ
    コーディ(ka6424unit001
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/10/07 21:14:13
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/10/02 22:20:25
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2018/10/05 10:14:04