ゲスト
(ka0000)
【糸迎】路地裏を歩くひと
マスター:三田村 薫

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/02 15:00
- 完成日
- 2018/11/08 00:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●連れ去り事件の顛末
フマーレ近郊で連続して起こっている連れ去り・傷害事件。退役陸軍で機導師のザイラ・シェーヴォラが関与している可能性が囁かれていたが、ハンターたちの調べで、その背後には蜘蛛雑魔を従えた歪虚・アウグスタの存在が浮かび上がった。
人命救助を主に行なっていたザイラは、昨年春からの歪虚侵攻によって救えない命が多く、それで心が折れて退役している。迎えが間に合わなかったのだ。
一方、アウグスタの方は、別の調査にて、迎えが来た者に対して激しい嫉妬を抱くことが確認されている。
迎えに行けなかったザイラと、迎えが来なかったであろうアウグスタ。この二人の利害は一致するように思えるが、実際にはそうではない。アウグスタの陣営にいるザイラは、どうやってもアウグスタを迎えに行く事なんてできやしないのだ。そのパラドックスが、アウグスタを嫉妬に狂わせたのではないか。ハンターたちはそう仮説を立てた。
●ハンターオフィスは証拠が欲しい
「と、言うことでだ」
前回の調査結果をそう締めくくってから、オフィスの中年職員は続けた。
「ザイラとアウグスタが関わっている可能性が濃厚だ。被害者はザイラの写真を見て、自分を連れ去ったのは彼女だと証言したし、連れ去り現場でブリキの蜘蛛が出た。だが、この二人の関係は何だろう?」
順当に考えれば契約者だ。ザイラは被害者たちの意識を奪っている。アウグスタと契約して得た能力である可能性が濃厚だ。
「だが、現段階では推測の域を出ない。そこでだ、現場に行って、ザイラが現れるかを待って見て欲しい。同じ場所で複数回起こっているところを見ると、同じ場所に現れる可能性は高い」
「なるほど、隠蔽する必要を感じないのか、そんなところまで気が回らないのかはわかりませんが、同じ場所に出るなら出会えそうですね」
そう言ったのは、蜘蛛雑魔の情報提供をするために同席していたヴィルジーリオと言う魔術師だった。赤毛で、表情があまり動かない彼は、自分が司祭をする町でブリキの蜘蛛事件に巻き込まれたことがある。
「私が迎えを待ちましょうか?」
「え?」
職員はぎょっとして彼を見る。
「囮になるって言うのかい?」
「私はこの後の予定も空いていますし、無関係でもありませんので。差し出がましいようでしたら申し訳ありません。もし皆さんに囮の秘策があるなら、ご相談もされているでしょうし、その方が上手く行くかもしれませんね」
バックアップくらいに思ってください、と彼は締めくくった。
「君、服はどうするんだい。そのライダースーツで出るの?」
「駄目ですか?」
「……私の予備のスーツを貸してあげるよ……」
彼はハンターたちに向き直った。
「ザイラとアウグスタが、何らかの協力関係にあるなら、お互いを助けに来る可能性はある。ザイラと蜘蛛、両方のデータを用意した。念のため頭に入れて欲しい。危険なようなら、ザイラは逃がしてしまって構わない。君たちの安全を第一にしてくれ」
それから、スーツを取りに行くヴィルジーリオ司祭を、ちらりと見てから彼は続けた。
「……彼はああ言ってるが、厳密に言うと彼は今回のメンバーではない。彼を使うかどうかはちょっと考えた方が良いかもしれないね」
フマーレ近郊で連続して起こっている連れ去り・傷害事件。退役陸軍で機導師のザイラ・シェーヴォラが関与している可能性が囁かれていたが、ハンターたちの調べで、その背後には蜘蛛雑魔を従えた歪虚・アウグスタの存在が浮かび上がった。
人命救助を主に行なっていたザイラは、昨年春からの歪虚侵攻によって救えない命が多く、それで心が折れて退役している。迎えが間に合わなかったのだ。
一方、アウグスタの方は、別の調査にて、迎えが来た者に対して激しい嫉妬を抱くことが確認されている。
迎えに行けなかったザイラと、迎えが来なかったであろうアウグスタ。この二人の利害は一致するように思えるが、実際にはそうではない。アウグスタの陣営にいるザイラは、どうやってもアウグスタを迎えに行く事なんてできやしないのだ。そのパラドックスが、アウグスタを嫉妬に狂わせたのではないか。ハンターたちはそう仮説を立てた。
●ハンターオフィスは証拠が欲しい
「と、言うことでだ」
前回の調査結果をそう締めくくってから、オフィスの中年職員は続けた。
「ザイラとアウグスタが関わっている可能性が濃厚だ。被害者はザイラの写真を見て、自分を連れ去ったのは彼女だと証言したし、連れ去り現場でブリキの蜘蛛が出た。だが、この二人の関係は何だろう?」
順当に考えれば契約者だ。ザイラは被害者たちの意識を奪っている。アウグスタと契約して得た能力である可能性が濃厚だ。
「だが、現段階では推測の域を出ない。そこでだ、現場に行って、ザイラが現れるかを待って見て欲しい。同じ場所で複数回起こっているところを見ると、同じ場所に現れる可能性は高い」
「なるほど、隠蔽する必要を感じないのか、そんなところまで気が回らないのかはわかりませんが、同じ場所に出るなら出会えそうですね」
そう言ったのは、蜘蛛雑魔の情報提供をするために同席していたヴィルジーリオと言う魔術師だった。赤毛で、表情があまり動かない彼は、自分が司祭をする町でブリキの蜘蛛事件に巻き込まれたことがある。
「私が迎えを待ちましょうか?」
「え?」
職員はぎょっとして彼を見る。
「囮になるって言うのかい?」
「私はこの後の予定も空いていますし、無関係でもありませんので。差し出がましいようでしたら申し訳ありません。もし皆さんに囮の秘策があるなら、ご相談もされているでしょうし、その方が上手く行くかもしれませんね」
バックアップくらいに思ってください、と彼は締めくくった。
「君、服はどうするんだい。そのライダースーツで出るの?」
「駄目ですか?」
「……私の予備のスーツを貸してあげるよ……」
彼はハンターたちに向き直った。
「ザイラとアウグスタが、何らかの協力関係にあるなら、お互いを助けに来る可能性はある。ザイラと蜘蛛、両方のデータを用意した。念のため頭に入れて欲しい。危険なようなら、ザイラは逃がしてしまって構わない。君たちの安全を第一にしてくれ」
それから、スーツを取りに行くヴィルジーリオ司祭を、ちらりと見てから彼は続けた。
「……彼はああ言ってるが、厳密に言うと彼は今回のメンバーではない。彼を使うかどうかはちょっと考えた方が良いかもしれないね」
リプレイ本文
●泣きそうなひと
鞍馬 真(ka5819)はできるだけ普段着に近いような装備を用意した。さりげなくブランドシャツまで着込んでいるが、全て覚醒者向けの装備品である。
「ああ、良いんじゃないか? 似合ってるよ」
そう言って笑みを浮かべるのはフワ ハヤテ(ka0004)。彼はインカムに、他のメンバーが持っている通信機のチャンネルを登録している。
「ええ、すごく自然だと思うわ。きっと囮も成功する」
イリアス(ka0789)も目をぱちくりさせながら真の姿を眺めた。
「よく装備品でここまでコーディネートしましたね……」
と、浄化術に使うカートリッジの数をチェックする手を止めて穂積 智里(ka6819)が呟いた。
「お似合いですよ」
ヴィルジーリオも、無表情ではあったが同じように褒めた。職員曰く、本当に褒めてるらしい。
「あ、ありがとう……似合ってても、ザイラが連れて行く気になってくれないと困るんだけどね……」
と言うことで、一同はもっとも連れ去りの多かった現場に向かった。真は人気の無いところにゆっくりと向かい、智里は事前に確認してあった物陰へ、イリアスとハヤテは、遠くからでも見える所に立ち話を装って見張りにつくことにした。
「迎えが間に合わなかった、か……」
人待ち顔で足下の砂利を蹴りながら、真は呟いた。
間に合わなかった。その経験は、ハンターなら一度ならずあることだろう。少なくとも真にはある。だから少しだけ、ザイラには共感を覚える。
だからこそ、また来るだろう、というのは、感覚的に予想ができた。歪虚の力を借りてまで、誰かの迎えに行きたい人なら、きっと来る。
「それにしても、鞍馬は実際にザイラが来るのを待ってるわけだろう?」
「ええ、そうね。来てくれないと困っちゃうわ。でも、それがどうかしたの?」
雑談をしながら、ハヤテは油断なく、真を見つめている。同じ方向を気にしながら、イリアスが首を傾げた。
「皮肉じゃないか? 彼女を待っている人が、彼女の迎えを本当は必要としていないなんてさ。彼はどこも怪我していないし、むしろ本来なら迎えに行く側さ」
「そう、ね……なんだか、複雑。世の中って、上手く行かないものだわ」
素直で善良な性格のイリアスは、すれ違いにしょんぼりと肩を落とす。
「迎えに行きたくても行けない女に、迎えに来てほしい少女か。難儀だよね、本当にさ」
「穂積です」
インカムから智里の声がした。
「来ました。ザイラさんらしき人が……いえ、間違いなくザイラさんでしょう」
彼女はそこで言葉を切る。
「今にも泣きそうです」
智里は双眼鏡で現場を見張りながら、頭の中でいくつかシミュレーションをしている。何しろ、ザイラは自分と同じ機導師なのだ。よく使うスキルを見せてもらって、対策を考えている。エレクトリックショックを使うなら、近づき過ぎると麻痺させられる可能性がある。それは避けたい。彼女と交戦するなら、射程の長いデルタレイを使うのが無難だろう。
考えながら双眼鏡を覗いていると、写真で見た顔が視界に入った。真に近づく。彼女はトランシーバーでハヤテに連絡を取った。
「来ました。ザイラさんらしき人が……いえ、間違いなくザイラさんでしょう」
写真で見た時も、目撃者も皆言った。泣きそうな人だと。智里は改めて彼女の表情を確認する。そして付け足した。
「今にも泣きそうです」
●町外れを歩くひと
足音と、視線。真はそれに気付いたが、振り返るようなことはしなかった。良いカモを演じる。
「ねえ、あなた……」
声を掛けられて、彼は振り返った。今にも泣きそうな顔をした、黒いショートヘアの女性がこちらを見ている。
「迎えに来たわ」
声が二重になって聞こえる。目を合わせると不思議な心地になる。そこで彼は、どうして十人もの人間があっさりと連れ去られるのかを知った。
(ああ……そうか……知り合いかなって思って、思い出そうとして皆立ち止まって……)
気が遠くなった。しかし、どうにか自我が踏みとどまる。そこそこ強烈な行動操作の様だが、真は真で対策はしてきている。
「一緒に帰りましょう」
だが、干渉に抵抗できたとしても、それを知られては逃げられる。だから真はわざとかかったふりをして膝をついた。
「あ、あら……? どうしたの? 大丈夫?」
ザイラはうろたえた様だった。様子がおかしい。
(もしかして……これにかかると、倒れないで彼女の言いなりになってたのかな……?)
「しっかりして! もう大丈夫だから……今度こそ迎えに来たから……」
だが、今回はこれが逆に功を奏した。ザイラは人命救助を行なっていた軍人だ。目の前で人が倒れれば、応急処置以外の選択肢はない。彼女は真の肩を掴んで寝かせようとする。
「連れて行けるのかな?」
ハヤテの飄々とした声がした。ザイラが顔を上げた次の瞬間だった。危険を察知した彼女は真から離れようとした。だが、真は腕を伸ばしてその手を掴む。
「うっ」
同時に、彼女の方が潰れるように倒れた。グラビティフォールだ。真にその効果が及ばないのは、収束魔の効果だろう。
「鞍馬、無事かい?」
「鞍馬さん大丈夫ですか!」
精神操作にかかってしまった時のために、浄化術を持ってきていた智里も駆けつけた。二人は、真がザイラの腕を掴んでいるのを見て、彼が抵抗に成功したことを知ったようだ。
「迎えに来て、貴女はそれでどうするつもりなんだ? だって、連れ去られた人達も、私も、貴女の迎えを本当に待っていた人じゃない」
「わ、私は……私は迎えに行かなきゃ……そうじゃないと皆死んじゃう……死んじゃうのよ……火にまかれて、歪虚に踏みつぶされて、皮膚が焦げてるの。知ってる? 人間って燃えると本当に誰が誰だかわからなくなって……」
ザイラはうわごとの様に呻く。顔立ちと相まって、怯えているようにすら見えた。
「……歪虚の、アウグスタの力を借りてまで、何がしたいんだ?」
敢えてアウグスタの名前を出す。ザイラは顔を上げて真を見た。
「どうしてアウグスタを知ってるの? あなたたち……まさかアウグスタを追ってるハンター……?」
「半分当たりで半分外れってところかな」
ハヤテが肩を竦める。最初は、ザイラを追っていた筈だった。そこにたまたまアウグスタがいただけだ。
「ところで、君は生前のアウグスタと知り合いだったのかな? それとも歪虚と知らずに知り合ったのかな?」
その問いに、ザイラは困惑したように魔術師を見上げる。
「君が迎える他者に嫉妬するということは、君に迎えに来てほしいというだけの何かがあるんだろう? 何で今は迎えに行けないんだい? 行ってあげればいいのに」
「だって……」
ザイラの声は震えている。
「アウグスタをどこに連れて帰れば良いの?」
一瞬の沈黙。意を決したように、智里が口を開いた。
「ザイラさん、貴女とアウグスタの関係が知りたいです……大人しく捕まってくれませんか」
ザイラはそれを聞くと、はっと我に返った表情になる。
「……いや!」
「おっと」
ハヤテが顔を上げた。イリアス、真、智里も彼と同じものを感じている。
「これはこれは。たくさんのお客さんだね?」
金属音が聞こえる。川に大量の硬貨でも流すようなけたたましい音だ。
真のはめている機械指輪。そのモニターが、周辺に有害物質があることを示した。それはハンターたちが今感じているのと同じもの。
負のマテリアル。
「ブリキの……蜘蛛!」
智里が身構える。ザイラが真の手を振り払った。もう一度掴もうとした真の手は、攻性防壁に弾かれる。
「いっ!」
しびれが走ったが、動きに影響するほどではない。ザイラは起き上がろうとする。泣きそうな顔だ。その後ろから、ざっと三十はいるだろうか、小型犬程度の大きさの蜘蛛が駆け込んで来る。
「音を立てたくないとか、言っている場合じゃないわね!」
ザイラが逃走する時に備えて、反対側から回り込んでいたイリアスが魔導銃を構えて現れた。
「ああ、そうともイリアス! そもそもきみの銃より連中の足音の方が大きそうだよ!」
さらに大きな金属音が轟いた。イリアスがその音に驚いて振り返る。
「あれが……アウグスタ……」
智里が呆然として呟いた。
高さ三メートルはあろうかと言う、鉄板を組み合わせたような大きな蜘蛛。
そこに、茶色い髪の少女が、黄土色の乗馬服にヘルメットをかぶって乗っている。ハンターオフィスに似顔絵が貼られている少女歪虚・アウグスタで間違いない。
●蜘蛛に乗るひと
「大丈夫かしらと思って、来てみれば」
アウグスタは、蜘蛛の頭と胴の間に乗って冷ややかにこちらを見下ろしている。イリアスと智里が写真を撮った。アウグスタは意に介した様子はない
「やっぱりハンターが動いていたのね? この前、蜘蛛が一匹やられたから、もしかしてって思ったの」
「ああ、それはボクだね」
ハヤテが場にそぐわない、にこやかな笑顔で挙手した。
「蜘蛛を倒して悪かったかい?」
「ううん。いつか、ぜーんぶツケを支払ってもらうから、良いのよ。せいぜい、ためてちょうだいな」
アウグスタはつんと澄まして言い返す。ザイラに声を掛けた。
「ザイラ、乗って! じゃあね、あとはこの蜘蛛たちと遊んでね!」
ザイラは振り返るとジェットブーツで飛び上がった。アウグスタの後ろに収まる。
「待って!」
智里が駆け出そうとしたのを、真が制した。
「駄目だ穂積さん。準備が足りない」
今回はザイラの足止めを中心に作戦を立てている。大型蜘蛛に乗ったアウグスタと交戦するような準備はしてきていない。自分が傷つくことには無頓着な真だが、それが依頼の成否に関わるなら別だし、仲間に怪我をして欲しいわけではない。
「戦っても良いけど、轢いちゃうわよ。ザイラだって、元々は覚醒者だけど、今は私と契約してるからあなたたちの敵よ」
アウグスタとしては自慢なのだろうが、ハンターたちには渡りに船だ。何しろ契約元の歪虚からの自供が取れたのだから。
「行きなよ」
真がアウグスタを睨む。
「ツケをためるのはそっちの方だ。いつか全部支払ってもらう」
「む……」
アウグスタはその視線にややたじろいだようだ。子どもっぽいむくれた顔で睨み返す。その様子を、まるで微笑ましい喧嘩でも見守るようにハヤテが見ている。
「まあ良いじゃないか。後でどうなっても知らないよ、と言うことは伝えたんだ。それでも逃げるなら、それで良いと言うことじゃないか?」
智里はその様子を見てもう一度写真を撮った。ザイラがアウグスタの後ろに座り、一緒に蜘蛛の手綱を握る姿。二人の関係が確認できる写真。イリアスも別の角度からもう一枚。これで、ハンターオフィスから依頼された当初の依頼は達成できた。
「……ふーんだ。良いもん。どっちがツケを払うか楽しみね!」
拗ねたように、アウグスタは捨て台詞を吐くと、手綱を引いた。大蜘蛛が走り出す。
「ああ、お土産くらいは持って行くと良い」
ハヤテがその後ろからマジックアローを放った。虹色の光に一瞬包まれる。フォースリングで数を増やしたそれは、蜘蛛の巨体に二本当たる。残りの三本は小型蜘蛛を狙い、二体を潰した。
「ツケ追加よ!」
アウグスタはそれに戻ってくることはなく、そのまま蜘蛛は走り去った。
一番の脅威は去ったが、問題は残り三十弱の蜘蛛だ。これは速やかに殲滅しないと町まで行ってしまう。
真は即座にマテリアルを剣に送り込むと、先手必勝とばかりに蜘蛛の群れに突き進んだ。刺突一閃。ブリキの破損する音がけたたましい。
智里はアウグスタたちが逃げた方向を気にしてはいたが、すぐに切り替えてデルタレイを放った。攻撃力と耐久をカバーするためなのか、この蜘蛛は素早い。それでも一体は光に貫かれて消えた。
イリアスは真が突っ込んだ所をよけて、蜘蛛の密集したところに弾幕を張る。制圧射撃だが、以前射撃単発だけで蜘蛛を倒した経験がある。行動不能にするよりもダメージを優先した方が数は減るだろう。
これで、半分近くの蜘蛛が減った。
「ふむ。このサイズの蜘蛛だと、耐久力は一律低いのかな?」
「そうかもしれない」
「それでもやや素早いですね」
「そうね……避けにくい攻撃の方が良いのかもしれないわ」
「おっと」
ハヤテに蜘蛛が飛びかかった。ハヤテはランブロスでそれを受け流す。
「ただ、今回のは攻撃性が高いみたいです!」
腕と脚に食いついてきた蜘蛛を払いのけながら、智里が言った。先日ハロウィンに出た蜘蛛は、全くと言って良いほど攻撃してこなかったのだが、今日のはやたらと向かって来る。
真とイリアスは持ち前の素早さを生かして攻撃を回避した。中には、仲間の脚に引っかかって上手く跳べない蜘蛛もある。
残り半分。ハンターたちは再び攻撃を試みた。真、ハヤテ、智里が減らした残りを、イリアスの制圧射撃がまとめて葬った。
「町の方には行ってないよね?」
真が町に出る。交戦の物音を聞きつけて、こちらを気にしている者は幾人かあったが、特に悲鳴も、非日常的なざわめきもない。どうやら、小型蜘蛛は現場で全て始末できたらしい。
「良かった、のかな?」
「うん、良かったと思う。皆怪我もなかったし」
イリアスが頷いた。
●無事を祈るひと
「君たちが皆無事で良かった」
今にも泣きそうだったザイラはついぞ泣かなかった。その代わり、無事に帰って来たハンターたちを見て、職員の目からぽろりと涙が落ちる。誰も泣くと思っていなかった彼が。
「しょ、職員さん? 泣かないで大丈夫よ。私たち皆、無事だったもの」
イリアスが慌てて駆け寄る。
「わかってる。わかっているけど、あまりにも先行きが不透明だったからね……」
「それを承知で、私たちは依頼を引き受けたんだよ」
真も職員の肩に手を置いた。
「そうですよ、準備もしていきましたし、心配しなくても……」
智里がオロオロしながら職員の顔を覗き込む。
「ザイラに感情移入してしまったかな? きみはボクたちが窮地に陥っても助太刀するわけにいかないからね」
ハヤテがいつものように涼しげに言う。
「ああ、君の言うとおりだ。いつも、送り出す君たちが無事でいるかやきもきしている。でも泣いたってどうにもならないからずっと考えないようにしてきたんだ。人に引きずられるようでは私もまだまだだね」
職員は眼鏡を外すと、ハンカチで目元を拭った。かけ直して、穏やかに微笑んで見せる。
「写真を提出して、現場周辺を警護するように上に提案してみよう。お疲れ様。休んでくれ」
鞍馬 真(ka5819)はできるだけ普段着に近いような装備を用意した。さりげなくブランドシャツまで着込んでいるが、全て覚醒者向けの装備品である。
「ああ、良いんじゃないか? 似合ってるよ」
そう言って笑みを浮かべるのはフワ ハヤテ(ka0004)。彼はインカムに、他のメンバーが持っている通信機のチャンネルを登録している。
「ええ、すごく自然だと思うわ。きっと囮も成功する」
イリアス(ka0789)も目をぱちくりさせながら真の姿を眺めた。
「よく装備品でここまでコーディネートしましたね……」
と、浄化術に使うカートリッジの数をチェックする手を止めて穂積 智里(ka6819)が呟いた。
「お似合いですよ」
ヴィルジーリオも、無表情ではあったが同じように褒めた。職員曰く、本当に褒めてるらしい。
「あ、ありがとう……似合ってても、ザイラが連れて行く気になってくれないと困るんだけどね……」
と言うことで、一同はもっとも連れ去りの多かった現場に向かった。真は人気の無いところにゆっくりと向かい、智里は事前に確認してあった物陰へ、イリアスとハヤテは、遠くからでも見える所に立ち話を装って見張りにつくことにした。
「迎えが間に合わなかった、か……」
人待ち顔で足下の砂利を蹴りながら、真は呟いた。
間に合わなかった。その経験は、ハンターなら一度ならずあることだろう。少なくとも真にはある。だから少しだけ、ザイラには共感を覚える。
だからこそ、また来るだろう、というのは、感覚的に予想ができた。歪虚の力を借りてまで、誰かの迎えに行きたい人なら、きっと来る。
「それにしても、鞍馬は実際にザイラが来るのを待ってるわけだろう?」
「ええ、そうね。来てくれないと困っちゃうわ。でも、それがどうかしたの?」
雑談をしながら、ハヤテは油断なく、真を見つめている。同じ方向を気にしながら、イリアスが首を傾げた。
「皮肉じゃないか? 彼女を待っている人が、彼女の迎えを本当は必要としていないなんてさ。彼はどこも怪我していないし、むしろ本来なら迎えに行く側さ」
「そう、ね……なんだか、複雑。世の中って、上手く行かないものだわ」
素直で善良な性格のイリアスは、すれ違いにしょんぼりと肩を落とす。
「迎えに行きたくても行けない女に、迎えに来てほしい少女か。難儀だよね、本当にさ」
「穂積です」
インカムから智里の声がした。
「来ました。ザイラさんらしき人が……いえ、間違いなくザイラさんでしょう」
彼女はそこで言葉を切る。
「今にも泣きそうです」
智里は双眼鏡で現場を見張りながら、頭の中でいくつかシミュレーションをしている。何しろ、ザイラは自分と同じ機導師なのだ。よく使うスキルを見せてもらって、対策を考えている。エレクトリックショックを使うなら、近づき過ぎると麻痺させられる可能性がある。それは避けたい。彼女と交戦するなら、射程の長いデルタレイを使うのが無難だろう。
考えながら双眼鏡を覗いていると、写真で見た顔が視界に入った。真に近づく。彼女はトランシーバーでハヤテに連絡を取った。
「来ました。ザイラさんらしき人が……いえ、間違いなくザイラさんでしょう」
写真で見た時も、目撃者も皆言った。泣きそうな人だと。智里は改めて彼女の表情を確認する。そして付け足した。
「今にも泣きそうです」
●町外れを歩くひと
足音と、視線。真はそれに気付いたが、振り返るようなことはしなかった。良いカモを演じる。
「ねえ、あなた……」
声を掛けられて、彼は振り返った。今にも泣きそうな顔をした、黒いショートヘアの女性がこちらを見ている。
「迎えに来たわ」
声が二重になって聞こえる。目を合わせると不思議な心地になる。そこで彼は、どうして十人もの人間があっさりと連れ去られるのかを知った。
(ああ……そうか……知り合いかなって思って、思い出そうとして皆立ち止まって……)
気が遠くなった。しかし、どうにか自我が踏みとどまる。そこそこ強烈な行動操作の様だが、真は真で対策はしてきている。
「一緒に帰りましょう」
だが、干渉に抵抗できたとしても、それを知られては逃げられる。だから真はわざとかかったふりをして膝をついた。
「あ、あら……? どうしたの? 大丈夫?」
ザイラはうろたえた様だった。様子がおかしい。
(もしかして……これにかかると、倒れないで彼女の言いなりになってたのかな……?)
「しっかりして! もう大丈夫だから……今度こそ迎えに来たから……」
だが、今回はこれが逆に功を奏した。ザイラは人命救助を行なっていた軍人だ。目の前で人が倒れれば、応急処置以外の選択肢はない。彼女は真の肩を掴んで寝かせようとする。
「連れて行けるのかな?」
ハヤテの飄々とした声がした。ザイラが顔を上げた次の瞬間だった。危険を察知した彼女は真から離れようとした。だが、真は腕を伸ばしてその手を掴む。
「うっ」
同時に、彼女の方が潰れるように倒れた。グラビティフォールだ。真にその効果が及ばないのは、収束魔の効果だろう。
「鞍馬、無事かい?」
「鞍馬さん大丈夫ですか!」
精神操作にかかってしまった時のために、浄化術を持ってきていた智里も駆けつけた。二人は、真がザイラの腕を掴んでいるのを見て、彼が抵抗に成功したことを知ったようだ。
「迎えに来て、貴女はそれでどうするつもりなんだ? だって、連れ去られた人達も、私も、貴女の迎えを本当に待っていた人じゃない」
「わ、私は……私は迎えに行かなきゃ……そうじゃないと皆死んじゃう……死んじゃうのよ……火にまかれて、歪虚に踏みつぶされて、皮膚が焦げてるの。知ってる? 人間って燃えると本当に誰が誰だかわからなくなって……」
ザイラはうわごとの様に呻く。顔立ちと相まって、怯えているようにすら見えた。
「……歪虚の、アウグスタの力を借りてまで、何がしたいんだ?」
敢えてアウグスタの名前を出す。ザイラは顔を上げて真を見た。
「どうしてアウグスタを知ってるの? あなたたち……まさかアウグスタを追ってるハンター……?」
「半分当たりで半分外れってところかな」
ハヤテが肩を竦める。最初は、ザイラを追っていた筈だった。そこにたまたまアウグスタがいただけだ。
「ところで、君は生前のアウグスタと知り合いだったのかな? それとも歪虚と知らずに知り合ったのかな?」
その問いに、ザイラは困惑したように魔術師を見上げる。
「君が迎える他者に嫉妬するということは、君に迎えに来てほしいというだけの何かがあるんだろう? 何で今は迎えに行けないんだい? 行ってあげればいいのに」
「だって……」
ザイラの声は震えている。
「アウグスタをどこに連れて帰れば良いの?」
一瞬の沈黙。意を決したように、智里が口を開いた。
「ザイラさん、貴女とアウグスタの関係が知りたいです……大人しく捕まってくれませんか」
ザイラはそれを聞くと、はっと我に返った表情になる。
「……いや!」
「おっと」
ハヤテが顔を上げた。イリアス、真、智里も彼と同じものを感じている。
「これはこれは。たくさんのお客さんだね?」
金属音が聞こえる。川に大量の硬貨でも流すようなけたたましい音だ。
真のはめている機械指輪。そのモニターが、周辺に有害物質があることを示した。それはハンターたちが今感じているのと同じもの。
負のマテリアル。
「ブリキの……蜘蛛!」
智里が身構える。ザイラが真の手を振り払った。もう一度掴もうとした真の手は、攻性防壁に弾かれる。
「いっ!」
しびれが走ったが、動きに影響するほどではない。ザイラは起き上がろうとする。泣きそうな顔だ。その後ろから、ざっと三十はいるだろうか、小型犬程度の大きさの蜘蛛が駆け込んで来る。
「音を立てたくないとか、言っている場合じゃないわね!」
ザイラが逃走する時に備えて、反対側から回り込んでいたイリアスが魔導銃を構えて現れた。
「ああ、そうともイリアス! そもそもきみの銃より連中の足音の方が大きそうだよ!」
さらに大きな金属音が轟いた。イリアスがその音に驚いて振り返る。
「あれが……アウグスタ……」
智里が呆然として呟いた。
高さ三メートルはあろうかと言う、鉄板を組み合わせたような大きな蜘蛛。
そこに、茶色い髪の少女が、黄土色の乗馬服にヘルメットをかぶって乗っている。ハンターオフィスに似顔絵が貼られている少女歪虚・アウグスタで間違いない。
●蜘蛛に乗るひと
「大丈夫かしらと思って、来てみれば」
アウグスタは、蜘蛛の頭と胴の間に乗って冷ややかにこちらを見下ろしている。イリアスと智里が写真を撮った。アウグスタは意に介した様子はない
「やっぱりハンターが動いていたのね? この前、蜘蛛が一匹やられたから、もしかしてって思ったの」
「ああ、それはボクだね」
ハヤテが場にそぐわない、にこやかな笑顔で挙手した。
「蜘蛛を倒して悪かったかい?」
「ううん。いつか、ぜーんぶツケを支払ってもらうから、良いのよ。せいぜい、ためてちょうだいな」
アウグスタはつんと澄まして言い返す。ザイラに声を掛けた。
「ザイラ、乗って! じゃあね、あとはこの蜘蛛たちと遊んでね!」
ザイラは振り返るとジェットブーツで飛び上がった。アウグスタの後ろに収まる。
「待って!」
智里が駆け出そうとしたのを、真が制した。
「駄目だ穂積さん。準備が足りない」
今回はザイラの足止めを中心に作戦を立てている。大型蜘蛛に乗ったアウグスタと交戦するような準備はしてきていない。自分が傷つくことには無頓着な真だが、それが依頼の成否に関わるなら別だし、仲間に怪我をして欲しいわけではない。
「戦っても良いけど、轢いちゃうわよ。ザイラだって、元々は覚醒者だけど、今は私と契約してるからあなたたちの敵よ」
アウグスタとしては自慢なのだろうが、ハンターたちには渡りに船だ。何しろ契約元の歪虚からの自供が取れたのだから。
「行きなよ」
真がアウグスタを睨む。
「ツケをためるのはそっちの方だ。いつか全部支払ってもらう」
「む……」
アウグスタはその視線にややたじろいだようだ。子どもっぽいむくれた顔で睨み返す。その様子を、まるで微笑ましい喧嘩でも見守るようにハヤテが見ている。
「まあ良いじゃないか。後でどうなっても知らないよ、と言うことは伝えたんだ。それでも逃げるなら、それで良いと言うことじゃないか?」
智里はその様子を見てもう一度写真を撮った。ザイラがアウグスタの後ろに座り、一緒に蜘蛛の手綱を握る姿。二人の関係が確認できる写真。イリアスも別の角度からもう一枚。これで、ハンターオフィスから依頼された当初の依頼は達成できた。
「……ふーんだ。良いもん。どっちがツケを払うか楽しみね!」
拗ねたように、アウグスタは捨て台詞を吐くと、手綱を引いた。大蜘蛛が走り出す。
「ああ、お土産くらいは持って行くと良い」
ハヤテがその後ろからマジックアローを放った。虹色の光に一瞬包まれる。フォースリングで数を増やしたそれは、蜘蛛の巨体に二本当たる。残りの三本は小型蜘蛛を狙い、二体を潰した。
「ツケ追加よ!」
アウグスタはそれに戻ってくることはなく、そのまま蜘蛛は走り去った。
一番の脅威は去ったが、問題は残り三十弱の蜘蛛だ。これは速やかに殲滅しないと町まで行ってしまう。
真は即座にマテリアルを剣に送り込むと、先手必勝とばかりに蜘蛛の群れに突き進んだ。刺突一閃。ブリキの破損する音がけたたましい。
智里はアウグスタたちが逃げた方向を気にしてはいたが、すぐに切り替えてデルタレイを放った。攻撃力と耐久をカバーするためなのか、この蜘蛛は素早い。それでも一体は光に貫かれて消えた。
イリアスは真が突っ込んだ所をよけて、蜘蛛の密集したところに弾幕を張る。制圧射撃だが、以前射撃単発だけで蜘蛛を倒した経験がある。行動不能にするよりもダメージを優先した方が数は減るだろう。
これで、半分近くの蜘蛛が減った。
「ふむ。このサイズの蜘蛛だと、耐久力は一律低いのかな?」
「そうかもしれない」
「それでもやや素早いですね」
「そうね……避けにくい攻撃の方が良いのかもしれないわ」
「おっと」
ハヤテに蜘蛛が飛びかかった。ハヤテはランブロスでそれを受け流す。
「ただ、今回のは攻撃性が高いみたいです!」
腕と脚に食いついてきた蜘蛛を払いのけながら、智里が言った。先日ハロウィンに出た蜘蛛は、全くと言って良いほど攻撃してこなかったのだが、今日のはやたらと向かって来る。
真とイリアスは持ち前の素早さを生かして攻撃を回避した。中には、仲間の脚に引っかかって上手く跳べない蜘蛛もある。
残り半分。ハンターたちは再び攻撃を試みた。真、ハヤテ、智里が減らした残りを、イリアスの制圧射撃がまとめて葬った。
「町の方には行ってないよね?」
真が町に出る。交戦の物音を聞きつけて、こちらを気にしている者は幾人かあったが、特に悲鳴も、非日常的なざわめきもない。どうやら、小型蜘蛛は現場で全て始末できたらしい。
「良かった、のかな?」
「うん、良かったと思う。皆怪我もなかったし」
イリアスが頷いた。
●無事を祈るひと
「君たちが皆無事で良かった」
今にも泣きそうだったザイラはついぞ泣かなかった。その代わり、無事に帰って来たハンターたちを見て、職員の目からぽろりと涙が落ちる。誰も泣くと思っていなかった彼が。
「しょ、職員さん? 泣かないで大丈夫よ。私たち皆、無事だったもの」
イリアスが慌てて駆け寄る。
「わかってる。わかっているけど、あまりにも先行きが不透明だったからね……」
「それを承知で、私たちは依頼を引き受けたんだよ」
真も職員の肩に手を置いた。
「そうですよ、準備もしていきましたし、心配しなくても……」
智里がオロオロしながら職員の顔を覗き込む。
「ザイラに感情移入してしまったかな? きみはボクたちが窮地に陥っても助太刀するわけにいかないからね」
ハヤテがいつものように涼しげに言う。
「ああ、君の言うとおりだ。いつも、送り出す君たちが無事でいるかやきもきしている。でも泣いたってどうにもならないからずっと考えないようにしてきたんだ。人に引きずられるようでは私もまだまだだね」
職員は眼鏡を外すと、ハンカチで目元を拭った。かけ直して、穏やかに微笑んで見せる。
「写真を提出して、現場周辺を警護するように上に提案してみよう。お疲れ様。休んでくれ」
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2018/11/01 12:23:26 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/10/29 21:14:18 |