ゲスト
(ka0000)
【落葉】不協和音、そして
マスター:朝臣あむ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/01 12:00
- 完成日
- 2018/11/15 10:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
帝都の地下牢に捕らえられた義弟ことナサニエル・カロッサ(kz0028)の刑罰を軽くするために奔走していたリーゼロッテは、届いた一報に愕然としていた。
『リーゼちゃん、大丈夫ですー?』
窺うように声を発したのは、彼女の持つ杖の宝石に宿る精霊『バンデ』だ。
バンデは報告書に目を通したまま身動き1つしないリーゼロッテ・クリューガー(kz0037)を気遣い声を上げる。
『ナサ君が脱走なんて、そんなの嘘ですよー! リーゼちゃんを悲しませるようなことナサ君がするわけ――』
「します!」
キッパリ言い放って報告書を机に叩き付けたリーゼロッテは、バンデを取り上げると急いで身支度を整えた。
『リーゼちゃん! こんな時間にどこにいくですー?!』
「ナサ君を探しに行くに決まってます!」
『ふぇー!? で、でで、でもでもナサ君の行方はリーゼちゃんにもわからないんじゃ……』
「前院長を探します」
前院長とは、錬魔院前院長『フロイデ・カロッサ』のことだ。
『フロイデがナサ君を連れてったです……?』
フロイデはナサニエルを連れて行こうとしていた時期がある。勿論、リーゼロッテを連れて行こうとしたこともあるが、最後にあった時の様子から察するに、リーゼロッテよりも優秀な錬金術師を欲しているのは明確だった。
それにフロイデがナサニエルを欲する理由はもう一つある。
「あれから私なりに色々調べてみました。そして発見したんです……あの子が前院長の研究を引き継ぎ、行っていたことを」
『フロイデの研究……』
言葉に詰まる様子から、バンデもフロイデの研究の何かを思い出したのかもしれない。
そもそも『その研究』は非人道的で褒められたものではない。
「行きましょう! 前院長を探し出せればまだ間に合うかもしれません!」
リーゼロッテはそう言うと、ハンターズソサエティに遣いを出し、自らも飛び出して行った。
●
闇というのはなんと便利なものだろう。
道なき道を駆けながら、ナサニエルのぼんやりとそんなことを考えていた。
目的は勿論ある。そしてその目的がきっと向こうからやってくることも、彼の中では当然のこととしてインプットされていた。
だからだろう。突如かけられる声にも、顔色一つ変えずに足を止めることが出来た。
「ナサ君、お久しぶりね~。元気してたかしらぁ~?」
間延びした聞き覚えのある声。その声を耳にして、持ち主の顔を見て、知らず口角が上がる。
「うふふ、そのお顔。お母さんが来るのを待っててくれたのね~♪ 嬉しいわぁ~♪」
穏やかな笑みと魔女のような出で立ちの女性。
自らを『母』と名乗るこの人物のことを、ナサニエルは一時だって忘れることはなかった。
「ずっとお会いしたかったですよ。これで漸く、僕の目的が達成できる」
「ナサ君の目的? それって、錬金術の研究を心行くまでしたい~、とかかしらぁ~?」
「そうですね~。貴女の下でなら素晴らしい研究が出来るでしょうね~」
母――フロイデは、ナサニエルの言葉に嬉しそうに微笑むと、感激するように胸の前で手を組んで息を吸い込んだ。
「ナサ君がお母さんを殺した時は、本当~に、ショックだったのよ~?」
「そうですねぇ、僕もショックでしたよ~。あんなに簡単に死んじゃうんですから~」
「お母さんだって、あの時は人間だったの~!」
まるで楽し思い出の1つのように繰り広げられる会話を、もしリーゼロッテが聞いていたら……。
そんなことが頭を過るが、それだけはあり得ない。
牢を抜け出した愚弟を探す義理も、歪虚となった義母を探す義理も、彼女にはないのだから。
「でも、お母さん。ナサ君のおかげで歪虚になれたの……私の研究を引き継いで、私を生き返らせようとしてくれた。こんなにも嬉しいことはないわ~!」
「そう、それです。僕の研究は半分は成功。でも半分は失敗していたはずです。それを成功させたのはいったい誰ですか?」
「うふふ、それはねぇ~」
「ナサ君!」
核心をつく答え。それがもたらされるより前に響いた声に思わずビクッとした。
目を向けた先に見えた顔に、もう一度ビクッとして脳みそをフル回転させる。そして何かを言うよりも早く、想定外の言葉が降って来た。
「なんて場所にいるんですか! さっさと牢屋に帰ってください!!」
「え~~! 発見して第一声がそれですかぁ~? 他に言うことありません~? と言うか、イヤですよぉ~」
「あなたに拒否権があると思ってるんですか!? 人が折角いろいろ動いて刑罰を軽くしようとしてるのに、何考えてるんですか!!」
「リーゼ、そんなことしてたんですかぁ? そんな無駄なことしちゃだめですよぉ~!」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
思わず苦笑を漏らすナサニエルにリーゼロッテが歩み寄る。そこへフロイデが踏み込んで来た。
「リーゼちゃん、お母さん今ね、ナサ君と大切なお話をしてるの。少しだけ黙っててくれるかしら~?」
「研究のお話ですか? それでしたら私も混ぜてください」
それはダメだ。そう手を伸ばしかけたナサニエルの手をフロイデが掴む。
「リーゼちゃんはダメよ~。貴女は正しいことを曲げてまで研究したいとは思っていないもの。でもナサ君は違うわ。この子はとっても優秀な錬金術師なんだから~。まさに天才ねぇ~♪」
掴んだ手を包み込んで囁く言葉に、「ああ」と心の中で声が漏れる。
過去、認められたくて一生懸命に続けていた錬金術の研究。リーゼロッテのように構って欲しくて、この人の気を惹きたくて続けていた錬金術。けれど口に出されることのなかった言葉が、ここで――
「リーゼ。僕は先生のところへ行きますから、見逃してくれませんか?」
「出来るわけないでしょう! 自分の弟が人の道を外れようとしているのに、行かせる訳ありません!」
「そこは、人類のためって言わないとダメですよぉ……」
思わず天を仰ぎたくなるのを堪えてフロイデを見る。
「先生。僕を連れて行ってください」
「わかったわ~。お話は、向こうでゆっくりしましょう~」
(これでいい、これで僕と先生がリーゼの前からいなくなれば、リーゼは『見なくて』すむ……)
重ね合わせた手を握り返し、リーゼロッテの前から立ち去ろう。そう、動いた時だ。
彼女の持つ杖が光った。それを合図に物陰で様子を伺っていたハンターたちが飛び出してくる。
「あらあら~? リーゼちゃん、これってどういうことかしらぁ~?」
「……どうしても行くというのなら、力尽くで止めます! 絶対に、行かせません!!」
リーゼロッテはそう言うと、自らの身だけは自分で守ろうとバンデが張る結界の向こうでフロイデを睨み付けた。
『リーゼちゃん、大丈夫ですー?』
窺うように声を発したのは、彼女の持つ杖の宝石に宿る精霊『バンデ』だ。
バンデは報告書に目を通したまま身動き1つしないリーゼロッテ・クリューガー(kz0037)を気遣い声を上げる。
『ナサ君が脱走なんて、そんなの嘘ですよー! リーゼちゃんを悲しませるようなことナサ君がするわけ――』
「します!」
キッパリ言い放って報告書を机に叩き付けたリーゼロッテは、バンデを取り上げると急いで身支度を整えた。
『リーゼちゃん! こんな時間にどこにいくですー?!』
「ナサ君を探しに行くに決まってます!」
『ふぇー!? で、でで、でもでもナサ君の行方はリーゼちゃんにもわからないんじゃ……』
「前院長を探します」
前院長とは、錬魔院前院長『フロイデ・カロッサ』のことだ。
『フロイデがナサ君を連れてったです……?』
フロイデはナサニエルを連れて行こうとしていた時期がある。勿論、リーゼロッテを連れて行こうとしたこともあるが、最後にあった時の様子から察するに、リーゼロッテよりも優秀な錬金術師を欲しているのは明確だった。
それにフロイデがナサニエルを欲する理由はもう一つある。
「あれから私なりに色々調べてみました。そして発見したんです……あの子が前院長の研究を引き継ぎ、行っていたことを」
『フロイデの研究……』
言葉に詰まる様子から、バンデもフロイデの研究の何かを思い出したのかもしれない。
そもそも『その研究』は非人道的で褒められたものではない。
「行きましょう! 前院長を探し出せればまだ間に合うかもしれません!」
リーゼロッテはそう言うと、ハンターズソサエティに遣いを出し、自らも飛び出して行った。
●
闇というのはなんと便利なものだろう。
道なき道を駆けながら、ナサニエルのぼんやりとそんなことを考えていた。
目的は勿論ある。そしてその目的がきっと向こうからやってくることも、彼の中では当然のこととしてインプットされていた。
だからだろう。突如かけられる声にも、顔色一つ変えずに足を止めることが出来た。
「ナサ君、お久しぶりね~。元気してたかしらぁ~?」
間延びした聞き覚えのある声。その声を耳にして、持ち主の顔を見て、知らず口角が上がる。
「うふふ、そのお顔。お母さんが来るのを待っててくれたのね~♪ 嬉しいわぁ~♪」
穏やかな笑みと魔女のような出で立ちの女性。
自らを『母』と名乗るこの人物のことを、ナサニエルは一時だって忘れることはなかった。
「ずっとお会いしたかったですよ。これで漸く、僕の目的が達成できる」
「ナサ君の目的? それって、錬金術の研究を心行くまでしたい~、とかかしらぁ~?」
「そうですね~。貴女の下でなら素晴らしい研究が出来るでしょうね~」
母――フロイデは、ナサニエルの言葉に嬉しそうに微笑むと、感激するように胸の前で手を組んで息を吸い込んだ。
「ナサ君がお母さんを殺した時は、本当~に、ショックだったのよ~?」
「そうですねぇ、僕もショックでしたよ~。あんなに簡単に死んじゃうんですから~」
「お母さんだって、あの時は人間だったの~!」
まるで楽し思い出の1つのように繰り広げられる会話を、もしリーゼロッテが聞いていたら……。
そんなことが頭を過るが、それだけはあり得ない。
牢を抜け出した愚弟を探す義理も、歪虚となった義母を探す義理も、彼女にはないのだから。
「でも、お母さん。ナサ君のおかげで歪虚になれたの……私の研究を引き継いで、私を生き返らせようとしてくれた。こんなにも嬉しいことはないわ~!」
「そう、それです。僕の研究は半分は成功。でも半分は失敗していたはずです。それを成功させたのはいったい誰ですか?」
「うふふ、それはねぇ~」
「ナサ君!」
核心をつく答え。それがもたらされるより前に響いた声に思わずビクッとした。
目を向けた先に見えた顔に、もう一度ビクッとして脳みそをフル回転させる。そして何かを言うよりも早く、想定外の言葉が降って来た。
「なんて場所にいるんですか! さっさと牢屋に帰ってください!!」
「え~~! 発見して第一声がそれですかぁ~? 他に言うことありません~? と言うか、イヤですよぉ~」
「あなたに拒否権があると思ってるんですか!? 人が折角いろいろ動いて刑罰を軽くしようとしてるのに、何考えてるんですか!!」
「リーゼ、そんなことしてたんですかぁ? そんな無駄なことしちゃだめですよぉ~!」
さっきまでの緊張感はどこへやら。
思わず苦笑を漏らすナサニエルにリーゼロッテが歩み寄る。そこへフロイデが踏み込んで来た。
「リーゼちゃん、お母さん今ね、ナサ君と大切なお話をしてるの。少しだけ黙っててくれるかしら~?」
「研究のお話ですか? それでしたら私も混ぜてください」
それはダメだ。そう手を伸ばしかけたナサニエルの手をフロイデが掴む。
「リーゼちゃんはダメよ~。貴女は正しいことを曲げてまで研究したいとは思っていないもの。でもナサ君は違うわ。この子はとっても優秀な錬金術師なんだから~。まさに天才ねぇ~♪」
掴んだ手を包み込んで囁く言葉に、「ああ」と心の中で声が漏れる。
過去、認められたくて一生懸命に続けていた錬金術の研究。リーゼロッテのように構って欲しくて、この人の気を惹きたくて続けていた錬金術。けれど口に出されることのなかった言葉が、ここで――
「リーゼ。僕は先生のところへ行きますから、見逃してくれませんか?」
「出来るわけないでしょう! 自分の弟が人の道を外れようとしているのに、行かせる訳ありません!」
「そこは、人類のためって言わないとダメですよぉ……」
思わず天を仰ぎたくなるのを堪えてフロイデを見る。
「先生。僕を連れて行ってください」
「わかったわ~。お話は、向こうでゆっくりしましょう~」
(これでいい、これで僕と先生がリーゼの前からいなくなれば、リーゼは『見なくて』すむ……)
重ね合わせた手を握り返し、リーゼロッテの前から立ち去ろう。そう、動いた時だ。
彼女の持つ杖が光った。それを合図に物陰で様子を伺っていたハンターたちが飛び出してくる。
「あらあら~? リーゼちゃん、これってどういうことかしらぁ~?」
「……どうしても行くというのなら、力尽くで止めます! 絶対に、行かせません!!」
リーゼロッテはそう言うと、自らの身だけは自分で守ろうとバンデが張る結界の向こうでフロイデを睨み付けた。
リプレイ本文
人間が闇の中を自由に動くのは限界がある。
ナサニエルはそうした事を誰かに教えられるでもなく、幼い頃より知っていた。それ故に、ここへやって来た者の誰かが夜目に対して対策を取っている可能性があるも考えていた。だが、
(半数以上……いえ、ほぼ全員が対策済みですか。これは予想外ですねぇ)
暗視スコープの役割を果たすスターゲイザーを装着するのは八島 陽(ka1442)とシェリル・マイヤーズ(ka0509)、そして、ミカ・コバライネン(ka0340)の3人だ。
しかも陽に関しては自分の装備のみならず、夜目の準備をしていない仲間を想定してアイテムまで用意している。その結果、リーゼロッテ以外は闇の中でも自由に動けるようになっている。
つまり、ここは夜とは名ばかりの、視界のよく効く動きやすい戦場という訳だ。
「おねーちゃんを困らせる……ダメな弟に……メッてする……!」
視界の良好な戦場を駿脚で駆け抜けるシェリルは、ナサニエルとフロイデの位置を確認する。
ナサニエルとフロイデは到着直後に目にした通り、未だ手を繋いだ様子。あれを引き離すのは至難の業だが、それを成さない事には今回の目的は達成しないと心得ている。
だから彼女は危険を承知でフロイデに向かってゆく。
「シェリルさん、これを!」
体全体を覆う光の膜は、天竜寺 詩(ka0396)が与えた防御強化のスキルだ。
彼女はシェリルだけでなく、他の仲間にも茨の祈りを使って防御強化を施す。勿論、その効果が消えたら間髪入れずに同じ強化を加える準備をしながら……。
「あらぁ~、すこぉ~しは考えて来たのねぇ。でも、バカ正直に相手をする必要もないわよねぇ~?」
黒い杖を出現させながら不敵に微笑んだフロイデは、ナサニエルの手を取ったまま地面を蹴る。そうして、杖を残して飛び退く――はずだった。
「おかーさんでも……連れていかせない」
ミカの施した多重性強化によって脚力を上げたシェリルがナサニエルの腕を掴んで、間合いに飛び込んだ。
顔を覗き込むほどに接近したシェリルに、フロイデが僅かに仰け反る。だが次の瞬間、彼女の脇腹に痛烈な打撃が打ち込まれた。
「――っ!」
「リーゼのお願いでも、邪魔はいけませんよぉ~?」
ナサニエルが攻撃に転じるのは予想の範囲内。それに一瞬でも注意を惹ければそれでいい。
シェリルは僅かに離れた位置に立つロニ・カルディス(ka0551)に目で頷くと、脇腹を突いた腕も掴み取った。
「手を繋ぐ相手が違う! 自分の心を怖がらないで!」
あまりにハッキリと、耳を打つように発せられた声にナサニエルも、彼女を知る者も驚いた。
だからだろうか。フロイデの異変に気付くのが微かに遅れた。
「ッ、この音……レクイエムね……」
やや不快そうに表情を顰めたフロイデは、離れそうになる我が子の手を取り返そうとして思い止まった。
闇の向こうに見えた光。その光を目にした瞬間、彼女は完全に手を離した。そして地面をひと蹴りして、我が子の手の代わりに杖を取る。
「賢明な判断だね」
ミカのスキルのおかげで威力を増した白竜の息吹が、分断された親子の間を駆け抜ける。
そしてその様子を満足そうに目にした陽は、自らの背に浮かび上がった虹色の翼を振り返る事なく、次なる攻撃のために走り出した。
●
まるで攻撃から守るように放された手にナサニエルは驚きを隠せずにいた。
目の前でハンターと戦いを繰り広げるフロイデは、どう見てもナサニエルを巻き込まないように戦っている。それはまるで大切な子を守るような――
「ワカメ! ちょっと来いっす!」
声と同時に体を絡めとった触手にハッとする。これを扱う人間をナサニエルは良く(?)知っている。
「わぁ~、君もいたんですねぇ~」
「拍手はイイっす!」
打ち始めそうになった手も触手で絡めとり、神楽(ka2032)は叫んだ。
「お前、フロイデは永遠の命を望まなかったって言ってたっすよね? なのに歪虚になってるじゃねーっすか! どういう事っす!」
ソンナコト言ッタッケ?
とぼける様に首を傾げるナサニエルに「ああもうっ!」と頭を掻きむしり、神楽は更に言葉を続ける。
「それとお前、何が目的っす? 前に永遠の命を得るようなズルはしない主義って言ってたっすよね? 主義を裏切る利益をフロイデが与えてくれるとは思えないんすけど。もしかしてお前、フロイデと刺し違えるつもりっす?」
サシチガエルツモリ――なんとも的を射た言葉だ。
そう、彼の言うように、フロイデは永遠の命を望んではいなかったし、ナサニエルもそれを望んではいない。そしてフロイデを殺すつもりなのも、確かだ。
「でもぉ、ここではないんですよねぇ~」
チラリと視線を向けた先にはリーゼロッテがいる。
彼女だけは、彼女にだけは、光の世界を、清く美しい世界を生きて欲しい。そうあるべき人であり、そうあるべき理由がある。だから、ここで先生を逃がす訳にも、自分が留まる訳にもいかない。
「見逃してくれませんかぁ?」
「出来るわけないっす! 裏切りでも刺し違えでもどっちもさせる気はないんで予想が当たってても外れててもいいっす! お前は決着がつくまでここで足止めっす!」
「えぇ~!」
これは心からの声だ。
なんだかんだ言いながら、神楽が作り出した幻影触手は強力だ。もしかすると本気で考えれば抜け出す事も可能だろう。それでも抜け出したり、そうする事を考えないのは、一緒に行く以外の方法もあるかも知れないと考えているからだろうか。
「……そんな事、あるはずないんですけどねぇ~」
ナサニエルはぼんやり零すと、フロイデが立ち去るまでは放してくれる様子のない神楽を見てから、やる気なさげに天を仰いだ。
●
黒い波動を両手に出現させたフロイデは、穏やかに微笑んで接近するシェリルに放った。
もう何度目の波動になるだろう。
体の力を奪うような脱力感は何度も受けても気持ちの良いものではない。
それでも彼女はナサニエルに近付けさせまいと、更に前へと進む。
「ぅ、く……諦めの、悪さだったら……負けない……」
そんな彼女に回復の手を伸ばしながら、詩は胸の前で組んだ手に力を籠めナサニエルを見た。
「前にも言ったけど本当、駄目男子だねナサニエルさん!」
本当なら指を突きつけて言ってやりたいところだが、そういう訳にもいかない。
とにかく女の子が(若干語弊はあるが)彼のために傷付き、優しいお姉さんが必死の思いで引き留めに来ているというのに、何であの男は顔色ひとつ変えないのだろう。と言うか、何故反省の色が見えないのだろう。
「ああ言われてるっすけど、何か反論はあるっすか?」
「何か言ったところで、焼け石に水じゃないですかねぇ」
「そういう態度を言ってるんです!」
ビシッと叫ばれても首を傾げるだけのナサニエルに、詩はかなりご立腹だ。
それでもシェリルの回復に手を抜かないのは流石である。しかもその回復は、シェリル同様に黒の波動の処理に動いていたミカへも届いていた。
「つぅ……意外と重いもんだな。と言うか……生前もこんな言動だったのかい?」
神楽のおかげかナサニエルは現在無力化されている。そんな彼に声を飛ばしながら、ミカはジェットブーツを使用する。その上で改めて受けた波動に目を細めると、何を思ったか別の波動を受け止めに向かったシェリルと同じ間合いに入った。
「なっ!? わざわざ被弾しに行ったのか!」
「違いますよぉ。あの波動は受けた者を中心にダメージを与える範囲攻撃ですが、ダメージには上限があるんです。つまり……わかりやすく説明するとぉ、10あるダメージを2人で受けたら5になるって感じですかねぇ」
お前は何なんだ。そう問いたくなるのを抑えながら、ロニは改めてナサニエルの頭の良さに感心する。
「やはり、今ここで連れて行かせるわけにはいかないな。子離れできない母親には、このままお帰りいただこう」
「子離れできないなんて~失礼ねぇ~」
「ははは、実際できてないと思うよ」
全ての黒の波動を処理し終えたミカが、やや呆れ気味に呟く。
回復は詩とロニの双方が行ってくれているおかげで不足していない。強いて文句を言うならば、毎度襲い来る脱力感が気持ち悪いくらいだろうか。
ちなみに先程の問いへの答えは、ナサニエルとリーゼロッテの双方から戻ってきていない。
「……何とも言えないのか、それとも同じなのか」
よく考えれば、義理であるとはいえ姉と弟がこの人物を『フロイデ』と認識している段階で別人と言うのは考えにくいだろう。となると、彼女は本人でこれは家庭間での問題という事になる。
「……皇帝陛下が来ない訳だ」
合点いった。そう零すミカは、フロイデの次の動きに注視する。
彼女は黒い杖を手に持ったまま魔方陣を展開している。これは事前に聞いていた地雷を元にした魔法だ。
「ねぇ、ナサ君~? ナサ君ならそんな触手、抜けれるわよねぇ? なんでそうしないのかしらぁ?」
心底不思議そうに首を傾げるフロイデだったが、突如何かを思いついたように、ニッコリ笑うと黒い杖を振り上げ――投げた。
「リーゼロッテ!」
「私なら大丈夫です! バンデちゃん!」
黒い杖がバンデが展開する結界ギリギリに突き刺さる。それに合わせて地面に落ちた魔方陣が次々消えゆくと、神楽はやや窺うようにナサニエルを見た。
「助けに行かないっすか?」
返答次第では触手を緩めるのも吝かではない。これが切っ掛けで姉弟で分かり合えるようになるかもしれない。そう思ったのだが、
「なぜ行くんですかぁ?」
聞こえた声に神楽だけではなく、この場の全員が我が耳を疑った。
「おねーさんを……助けないの……?」
シェリルは唇を引き結んで駿脚を使って駆け出す。先に見えた魔方陣の位置は覚えている。
出来ることなら踏まずに行くのが望ましいのだが、リーゼロッテの場所に行くにはどうしても1つは踏まなければいけない。彼女は覚悟を決めて1つ目の魔方陣に踏み込んだ。
直前で詩が防御強化を掛けてくれたのもあって深手は負っていない。
どうやらミカも同じように魔方陣を踏んで杖へと急行しようとしている。そして双方の足が杖の間合いに踏み込んだ時、ナサニエルは先程の問いの答えを口にした。
「その杖の結界はぁ、あの程度の攻撃では壊れませんよぉ」
「まるで攻撃の破壊力を知っているみたいな口ぶりだね。でも絶対はないよ」
絶対はない。そう言葉を発した陽が未だ消えない杖に魔導銃の照準を合わせる。そこに乗せるのは機導砲・紅鳴だ。
しっかりと対照を見据えながら、仲間の動きも把握する。
ミカは間合いに入るや否や、機導浄化術を展開する。が、効果は感じられない。
次にシェリルが浄化術の直後に打撃を加えるが、これもまた変化は見られない。
ならば次なる手段は自身の攻撃だろう。
「撃つ……退いて!」
性能を向上させた死と謳われる弾丸が杖を射抜く。
ピシッ。
「攻撃が利いてるっす!」
神楽の声に頷いたロニは、すぐさま自らを戒める鎖、法術縛鎖「アルタ・レグル」に手を添えスキルを紡ぐ。
そうして放たれたのは彼のアルタ・レグルによって強化されたプルガトリオだ。
無数の刃を地面に突き刺しながら直線に抜ける攻撃は、味方であるミカやシェリルには当たらない。
ロニが敵と判断した相手にしか効果がないのだ。
バキーンッ!
「よし!」
杖が破壊される音と、破壊される様子に声を上げたロキ。そんな彼の耳に拍手が届く。
振り返ると、先程見た時よりも距離を取ったフロイデが、穏やかに微笑みながら手を叩いているのが見えた。
「今ので地雷は消えちゃったわぁ~今回も貴方たちの勝ちねぇ」
なんて余裕なんだろう。
どう見ても負けたことを悔しがってもいないし、まだまだ余裕があるのは十二分に見て取れる。
「勝ちってことは、このまま院長を置いて退いくれるのかねえ?」
「それはナサ君次第よぉ。ねえ、ナサ君。そろそろこっちへ来てくれないかしらぁ?」
ミカの言葉に応えながら、離れた場所にいるナサニエルに手を伸ばすと、シェリルが叫んだ。
「ナサニエルがいったら、おねーさん……二十倍泣く!」
「え、リーゼ泣くんですか?」
何故このタイミングでこっちに質問を投げてくるのか。
思わず固まってしまったリーゼロッテに神楽が息を吐く。
「なんなんっすかね、この姉弟……でもまあ、いい機会っすよ。とりあえず2人とも今まで隠してた事を話して謝りあったらどうっす?」
「リーゼの隠し事は、先生のことですよねぇ? 他にも何かあるんですかぁ?」
「だーかーらー! ワカメは何で直球ですぐ物事を口にするっすか! 少し黙って――」
「そうです! 私は前院長のことを隠していました。ナサくんが前院長を殺めてという話も本人から聞いてしまっています。でも私は――」
「もぐもご……ぷはぁっ! あぁ~それなら本当ですよぉ~」
あまりにもあんまりな告白の仕方にハンターたちは呆然。神楽は振り払われた手で改めてナサニエルの口をふさぐとキッと睨み付けて「少し黙るっす!」と囁く始末。
だがリーゼロッテは至って平然とした様子で彼の言葉に頷いている。たぶん、長い月日を得て、心の準備は出来ていたのだろう。
「やはり本当でしたか。でも、私はもう揺らぎません。あなたを信じると決めたので」
にっこり笑ったリーゼロッテにナサニエルの目が瞬かれる。
「信じるって……どうするんです?」
「あなたが罪を犯したのなら、その罪を一緒に償うと思うんです。そしてあなたが罪を償ってくれるというのであれば、精一杯見張ります!」
真剣な眼差しで言い切ったリーゼロッテの言葉に濁りは感じられない。
それをミカも感じ取ったのだろう。
「これはアレだな。今行くとクリューガーさんは死ぬまで追い続けるな」と言葉を添えてくれた。
その言葉に詩が「うんうん」と頷き、ナサニエルを見る。そして――
「リーゼがそう言うならわかりました。先生、申し訳ないですがお引き取り頂いても良いでしょうか?」
まるで感情の窺えない物言いだが、その言葉にいつものような間延びした印象がない。つまりこの言葉は本気と取って大丈夫だろう。
「……ナサ君、後悔するわよぉ?」
「いえ、たぶん後悔しません」
ご心配無用です。そう言って手を振ったナサニエルに神楽はギョッとする。
このタイミングで触手を抜けたという事は、いつでも抜けることが出来たという事だ。
「なんなんっすかー!!!」
叫ぶ神楽に「まあまあ」と慰めるナサニエルを一瞥し、フロイデはこれ以上何も語る事なく姿を消した。
ナサニエルはそうした事を誰かに教えられるでもなく、幼い頃より知っていた。それ故に、ここへやって来た者の誰かが夜目に対して対策を取っている可能性があるも考えていた。だが、
(半数以上……いえ、ほぼ全員が対策済みですか。これは予想外ですねぇ)
暗視スコープの役割を果たすスターゲイザーを装着するのは八島 陽(ka1442)とシェリル・マイヤーズ(ka0509)、そして、ミカ・コバライネン(ka0340)の3人だ。
しかも陽に関しては自分の装備のみならず、夜目の準備をしていない仲間を想定してアイテムまで用意している。その結果、リーゼロッテ以外は闇の中でも自由に動けるようになっている。
つまり、ここは夜とは名ばかりの、視界のよく効く動きやすい戦場という訳だ。
「おねーちゃんを困らせる……ダメな弟に……メッてする……!」
視界の良好な戦場を駿脚で駆け抜けるシェリルは、ナサニエルとフロイデの位置を確認する。
ナサニエルとフロイデは到着直後に目にした通り、未だ手を繋いだ様子。あれを引き離すのは至難の業だが、それを成さない事には今回の目的は達成しないと心得ている。
だから彼女は危険を承知でフロイデに向かってゆく。
「シェリルさん、これを!」
体全体を覆う光の膜は、天竜寺 詩(ka0396)が与えた防御強化のスキルだ。
彼女はシェリルだけでなく、他の仲間にも茨の祈りを使って防御強化を施す。勿論、その効果が消えたら間髪入れずに同じ強化を加える準備をしながら……。
「あらぁ~、すこぉ~しは考えて来たのねぇ。でも、バカ正直に相手をする必要もないわよねぇ~?」
黒い杖を出現させながら不敵に微笑んだフロイデは、ナサニエルの手を取ったまま地面を蹴る。そうして、杖を残して飛び退く――はずだった。
「おかーさんでも……連れていかせない」
ミカの施した多重性強化によって脚力を上げたシェリルがナサニエルの腕を掴んで、間合いに飛び込んだ。
顔を覗き込むほどに接近したシェリルに、フロイデが僅かに仰け反る。だが次の瞬間、彼女の脇腹に痛烈な打撃が打ち込まれた。
「――っ!」
「リーゼのお願いでも、邪魔はいけませんよぉ~?」
ナサニエルが攻撃に転じるのは予想の範囲内。それに一瞬でも注意を惹ければそれでいい。
シェリルは僅かに離れた位置に立つロニ・カルディス(ka0551)に目で頷くと、脇腹を突いた腕も掴み取った。
「手を繋ぐ相手が違う! 自分の心を怖がらないで!」
あまりにハッキリと、耳を打つように発せられた声にナサニエルも、彼女を知る者も驚いた。
だからだろうか。フロイデの異変に気付くのが微かに遅れた。
「ッ、この音……レクイエムね……」
やや不快そうに表情を顰めたフロイデは、離れそうになる我が子の手を取り返そうとして思い止まった。
闇の向こうに見えた光。その光を目にした瞬間、彼女は完全に手を離した。そして地面をひと蹴りして、我が子の手の代わりに杖を取る。
「賢明な判断だね」
ミカのスキルのおかげで威力を増した白竜の息吹が、分断された親子の間を駆け抜ける。
そしてその様子を満足そうに目にした陽は、自らの背に浮かび上がった虹色の翼を振り返る事なく、次なる攻撃のために走り出した。
●
まるで攻撃から守るように放された手にナサニエルは驚きを隠せずにいた。
目の前でハンターと戦いを繰り広げるフロイデは、どう見てもナサニエルを巻き込まないように戦っている。それはまるで大切な子を守るような――
「ワカメ! ちょっと来いっす!」
声と同時に体を絡めとった触手にハッとする。これを扱う人間をナサニエルは良く(?)知っている。
「わぁ~、君もいたんですねぇ~」
「拍手はイイっす!」
打ち始めそうになった手も触手で絡めとり、神楽(ka2032)は叫んだ。
「お前、フロイデは永遠の命を望まなかったって言ってたっすよね? なのに歪虚になってるじゃねーっすか! どういう事っす!」
ソンナコト言ッタッケ?
とぼける様に首を傾げるナサニエルに「ああもうっ!」と頭を掻きむしり、神楽は更に言葉を続ける。
「それとお前、何が目的っす? 前に永遠の命を得るようなズルはしない主義って言ってたっすよね? 主義を裏切る利益をフロイデが与えてくれるとは思えないんすけど。もしかしてお前、フロイデと刺し違えるつもりっす?」
サシチガエルツモリ――なんとも的を射た言葉だ。
そう、彼の言うように、フロイデは永遠の命を望んではいなかったし、ナサニエルもそれを望んではいない。そしてフロイデを殺すつもりなのも、確かだ。
「でもぉ、ここではないんですよねぇ~」
チラリと視線を向けた先にはリーゼロッテがいる。
彼女だけは、彼女にだけは、光の世界を、清く美しい世界を生きて欲しい。そうあるべき人であり、そうあるべき理由がある。だから、ここで先生を逃がす訳にも、自分が留まる訳にもいかない。
「見逃してくれませんかぁ?」
「出来るわけないっす! 裏切りでも刺し違えでもどっちもさせる気はないんで予想が当たってても外れててもいいっす! お前は決着がつくまでここで足止めっす!」
「えぇ~!」
これは心からの声だ。
なんだかんだ言いながら、神楽が作り出した幻影触手は強力だ。もしかすると本気で考えれば抜け出す事も可能だろう。それでも抜け出したり、そうする事を考えないのは、一緒に行く以外の方法もあるかも知れないと考えているからだろうか。
「……そんな事、あるはずないんですけどねぇ~」
ナサニエルはぼんやり零すと、フロイデが立ち去るまでは放してくれる様子のない神楽を見てから、やる気なさげに天を仰いだ。
●
黒い波動を両手に出現させたフロイデは、穏やかに微笑んで接近するシェリルに放った。
もう何度目の波動になるだろう。
体の力を奪うような脱力感は何度も受けても気持ちの良いものではない。
それでも彼女はナサニエルに近付けさせまいと、更に前へと進む。
「ぅ、く……諦めの、悪さだったら……負けない……」
そんな彼女に回復の手を伸ばしながら、詩は胸の前で組んだ手に力を籠めナサニエルを見た。
「前にも言ったけど本当、駄目男子だねナサニエルさん!」
本当なら指を突きつけて言ってやりたいところだが、そういう訳にもいかない。
とにかく女の子が(若干語弊はあるが)彼のために傷付き、優しいお姉さんが必死の思いで引き留めに来ているというのに、何であの男は顔色ひとつ変えないのだろう。と言うか、何故反省の色が見えないのだろう。
「ああ言われてるっすけど、何か反論はあるっすか?」
「何か言ったところで、焼け石に水じゃないですかねぇ」
「そういう態度を言ってるんです!」
ビシッと叫ばれても首を傾げるだけのナサニエルに、詩はかなりご立腹だ。
それでもシェリルの回復に手を抜かないのは流石である。しかもその回復は、シェリル同様に黒の波動の処理に動いていたミカへも届いていた。
「つぅ……意外と重いもんだな。と言うか……生前もこんな言動だったのかい?」
神楽のおかげかナサニエルは現在無力化されている。そんな彼に声を飛ばしながら、ミカはジェットブーツを使用する。その上で改めて受けた波動に目を細めると、何を思ったか別の波動を受け止めに向かったシェリルと同じ間合いに入った。
「なっ!? わざわざ被弾しに行ったのか!」
「違いますよぉ。あの波動は受けた者を中心にダメージを与える範囲攻撃ですが、ダメージには上限があるんです。つまり……わかりやすく説明するとぉ、10あるダメージを2人で受けたら5になるって感じですかねぇ」
お前は何なんだ。そう問いたくなるのを抑えながら、ロニは改めてナサニエルの頭の良さに感心する。
「やはり、今ここで連れて行かせるわけにはいかないな。子離れできない母親には、このままお帰りいただこう」
「子離れできないなんて~失礼ねぇ~」
「ははは、実際できてないと思うよ」
全ての黒の波動を処理し終えたミカが、やや呆れ気味に呟く。
回復は詩とロニの双方が行ってくれているおかげで不足していない。強いて文句を言うならば、毎度襲い来る脱力感が気持ち悪いくらいだろうか。
ちなみに先程の問いへの答えは、ナサニエルとリーゼロッテの双方から戻ってきていない。
「……何とも言えないのか、それとも同じなのか」
よく考えれば、義理であるとはいえ姉と弟がこの人物を『フロイデ』と認識している段階で別人と言うのは考えにくいだろう。となると、彼女は本人でこれは家庭間での問題という事になる。
「……皇帝陛下が来ない訳だ」
合点いった。そう零すミカは、フロイデの次の動きに注視する。
彼女は黒い杖を手に持ったまま魔方陣を展開している。これは事前に聞いていた地雷を元にした魔法だ。
「ねぇ、ナサ君~? ナサ君ならそんな触手、抜けれるわよねぇ? なんでそうしないのかしらぁ?」
心底不思議そうに首を傾げるフロイデだったが、突如何かを思いついたように、ニッコリ笑うと黒い杖を振り上げ――投げた。
「リーゼロッテ!」
「私なら大丈夫です! バンデちゃん!」
黒い杖がバンデが展開する結界ギリギリに突き刺さる。それに合わせて地面に落ちた魔方陣が次々消えゆくと、神楽はやや窺うようにナサニエルを見た。
「助けに行かないっすか?」
返答次第では触手を緩めるのも吝かではない。これが切っ掛けで姉弟で分かり合えるようになるかもしれない。そう思ったのだが、
「なぜ行くんですかぁ?」
聞こえた声に神楽だけではなく、この場の全員が我が耳を疑った。
「おねーさんを……助けないの……?」
シェリルは唇を引き結んで駿脚を使って駆け出す。先に見えた魔方陣の位置は覚えている。
出来ることなら踏まずに行くのが望ましいのだが、リーゼロッテの場所に行くにはどうしても1つは踏まなければいけない。彼女は覚悟を決めて1つ目の魔方陣に踏み込んだ。
直前で詩が防御強化を掛けてくれたのもあって深手は負っていない。
どうやらミカも同じように魔方陣を踏んで杖へと急行しようとしている。そして双方の足が杖の間合いに踏み込んだ時、ナサニエルは先程の問いの答えを口にした。
「その杖の結界はぁ、あの程度の攻撃では壊れませんよぉ」
「まるで攻撃の破壊力を知っているみたいな口ぶりだね。でも絶対はないよ」
絶対はない。そう言葉を発した陽が未だ消えない杖に魔導銃の照準を合わせる。そこに乗せるのは機導砲・紅鳴だ。
しっかりと対照を見据えながら、仲間の動きも把握する。
ミカは間合いに入るや否や、機導浄化術を展開する。が、効果は感じられない。
次にシェリルが浄化術の直後に打撃を加えるが、これもまた変化は見られない。
ならば次なる手段は自身の攻撃だろう。
「撃つ……退いて!」
性能を向上させた死と謳われる弾丸が杖を射抜く。
ピシッ。
「攻撃が利いてるっす!」
神楽の声に頷いたロニは、すぐさま自らを戒める鎖、法術縛鎖「アルタ・レグル」に手を添えスキルを紡ぐ。
そうして放たれたのは彼のアルタ・レグルによって強化されたプルガトリオだ。
無数の刃を地面に突き刺しながら直線に抜ける攻撃は、味方であるミカやシェリルには当たらない。
ロニが敵と判断した相手にしか効果がないのだ。
バキーンッ!
「よし!」
杖が破壊される音と、破壊される様子に声を上げたロキ。そんな彼の耳に拍手が届く。
振り返ると、先程見た時よりも距離を取ったフロイデが、穏やかに微笑みながら手を叩いているのが見えた。
「今ので地雷は消えちゃったわぁ~今回も貴方たちの勝ちねぇ」
なんて余裕なんだろう。
どう見ても負けたことを悔しがってもいないし、まだまだ余裕があるのは十二分に見て取れる。
「勝ちってことは、このまま院長を置いて退いくれるのかねえ?」
「それはナサ君次第よぉ。ねえ、ナサ君。そろそろこっちへ来てくれないかしらぁ?」
ミカの言葉に応えながら、離れた場所にいるナサニエルに手を伸ばすと、シェリルが叫んだ。
「ナサニエルがいったら、おねーさん……二十倍泣く!」
「え、リーゼ泣くんですか?」
何故このタイミングでこっちに質問を投げてくるのか。
思わず固まってしまったリーゼロッテに神楽が息を吐く。
「なんなんっすかね、この姉弟……でもまあ、いい機会っすよ。とりあえず2人とも今まで隠してた事を話して謝りあったらどうっす?」
「リーゼの隠し事は、先生のことですよねぇ? 他にも何かあるんですかぁ?」
「だーかーらー! ワカメは何で直球ですぐ物事を口にするっすか! 少し黙って――」
「そうです! 私は前院長のことを隠していました。ナサくんが前院長を殺めてという話も本人から聞いてしまっています。でも私は――」
「もぐもご……ぷはぁっ! あぁ~それなら本当ですよぉ~」
あまりにもあんまりな告白の仕方にハンターたちは呆然。神楽は振り払われた手で改めてナサニエルの口をふさぐとキッと睨み付けて「少し黙るっす!」と囁く始末。
だがリーゼロッテは至って平然とした様子で彼の言葉に頷いている。たぶん、長い月日を得て、心の準備は出来ていたのだろう。
「やはり本当でしたか。でも、私はもう揺らぎません。あなたを信じると決めたので」
にっこり笑ったリーゼロッテにナサニエルの目が瞬かれる。
「信じるって……どうするんです?」
「あなたが罪を犯したのなら、その罪を一緒に償うと思うんです。そしてあなたが罪を償ってくれるというのであれば、精一杯見張ります!」
真剣な眼差しで言い切ったリーゼロッテの言葉に濁りは感じられない。
それをミカも感じ取ったのだろう。
「これはアレだな。今行くとクリューガーさんは死ぬまで追い続けるな」と言葉を添えてくれた。
その言葉に詩が「うんうん」と頷き、ナサニエルを見る。そして――
「リーゼがそう言うならわかりました。先生、申し訳ないですがお引き取り頂いても良いでしょうか?」
まるで感情の窺えない物言いだが、その言葉にいつものような間延びした印象がない。つまりこの言葉は本気と取って大丈夫だろう。
「……ナサ君、後悔するわよぉ?」
「いえ、たぶん後悔しません」
ご心配無用です。そう言って手を振ったナサニエルに神楽はギョッとする。
このタイミングで触手を抜けたという事は、いつでも抜けることが出来たという事だ。
「なんなんっすかー!!!」
叫ぶ神楽に「まあまあ」と慰めるナサニエルを一瞥し、フロイデはこれ以上何も語る事なく姿を消した。
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相談卓 ミカ・コバライネン(ka0340) 人間(リアルブルー)|31才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2018/11/01 00:30:56 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/10/29 22:28:20 |