ゲスト
(ka0000)
【HW】明日いらしてください
マスター:四月朔日さくら

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2018/11/05 15:00
- 完成日
- 2018/11/16 06:20
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
小さなノックの音がした。
その音はどこか寂しげで、部屋の主は戸を開ける。
そこにたたずんでいたのは――薄暗いもの。
死が、形を持ったもの。
それはきっと死神と呼ばれるなにか。
「――迎えに参りました」
『それ』はそう言って、音もなく部屋に滑り込んできた。
……と言ってもどういうことかわからないから、目を白黒させるばかりだ。
「嗚呼、あなたのことではありませんよ。あなたはまだ元気だ。あなたの大切な方を、迎えに来たのです」
その暗い存在は、そう言葉を付け加えて、ぺこりと頭を下げる。
「とはいえ、猶予は二十四時間です。あなたがどういう行動をするか、それはあなたの思うがままに。もっとも、あなたが真実を伝えようとしても、それを本人は信じないと思いますがね」
そう伝えると、『それ』はにいと薄い笑みを浮かべた。
死というものからは誰も逃れることができない。
もし、親しいひとのその事実を知ったとき、どう考え、どう動き、あるいはどんな話をするか――
それは人それぞれだろう。
猶予はあと二十四時間。
どう過ごそう。
どうやって、別れよう?
小さなノックの音がした。
その音はどこか寂しげで、部屋の主は戸を開ける。
そこにたたずんでいたのは――薄暗いもの。
死が、形を持ったもの。
それはきっと死神と呼ばれるなにか。
「――迎えに参りました」
『それ』はそう言って、音もなく部屋に滑り込んできた。
……と言ってもどういうことかわからないから、目を白黒させるばかりだ。
「嗚呼、あなたのことではありませんよ。あなたはまだ元気だ。あなたの大切な方を、迎えに来たのです」
その暗い存在は、そう言葉を付け加えて、ぺこりと頭を下げる。
「とはいえ、猶予は二十四時間です。あなたがどういう行動をするか、それはあなたの思うがままに。もっとも、あなたが真実を伝えようとしても、それを本人は信じないと思いますがね」
そう伝えると、『それ』はにいと薄い笑みを浮かべた。
死というものからは誰も逃れることができない。
もし、親しいひとのその事実を知ったとき、どう考え、どう動き、あるいはどんな話をするか――
それは人それぞれだろう。
猶予はあと二十四時間。
どう過ごそう。
どうやって、別れよう?
リプレイ本文
――目を閉じる。
暗闇の奥からふつふつとわき上がる、これは夢。
嬉しく悲しく、切ない夢。
あなたはどう受け止めるだろう――?
●蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の場合
うたかたの。
少女は巫女であった。
巫女の中でもとくに選ばれた、尊い存在。
蒼い瞳と、滑らかな桃色の髪。
彼女が祀るのはとある龍神。龍を祖霊とする部族の中でも、その髪と瞳の色は尊ばれていた。
『蜜鈴さま』
子どもたちも、大人も、誰もが彼女を尊敬し、そして誰もが笑顔で過ごしていたあの頃。
そして、
「お疲れ様です、蜜鈴さま」
そう言っていつも彼女のそばに控えていたのは、一人の青年。
紅味がかった黒い長い髪に浅葱色の瞳を持ち、首から肩にかけては銀色の蔦のような入れ墨を入れた美丈夫。
辺境風とも東方風ともつかぬ――いや、リアルブルーで言う中華風に一番近いのだろう――装束に身を包み、いつも柔らかなほほえみを浮かべている青年。
格闘士であるその青年は、蜜鈴の『騎士』であった。
西方のそれとはなりこそ違え、彼女を護るための存在であったのは、間違いない。
……しかし、ここまで過去形で言葉を綴っていたのは、理由がある。それは、蜜鈴が今、巫女でなくハンターとして活動しているのと同じ理由だ。
彼女の故郷は、今はもう無い。
歪虚に襲われて、すでに失われた。
そしてこの男性もまた――蜜鈴を庇い、命を落とした。
それでもこのような懐かしい姿を横に感じることができるのは――彼女の、夢だからだろうか。
「――……おんしが居ると、やはり楽しいのう」
蜜鈴は、青年ににこりと微笑みかける。
しかし同時に彼女は、現実を忘れずにいる。夢の世界に甘んじているままのわけではない。
だからこそ、彼女の胸はきりきりと痛みを覚える。
(そう……おんしが居るから笑えるのじゃ……おんしがもし、今まことに側に居れば……妾を見て笑うたじゃろうか……それとも……)
胸の中でそう小さくつぶやきながら、痛みをこらえて彼女は微笑む。記憶の中にいた彼に、たとえ夢であろうと笑みを見せたくて。
蜜鈴の、密かな密かな思い人である。なおさら情けない姿など、見せられるわけもない。
騎士である限り、ずっと側に居ましょうと、そう言っていつも笑ってくれていたその人に、心配などかけたくない。
いや、彼女がずっと大切に思っていた故郷に、民に、心配などかけられない。
それでもその人は気持ちを汲んでくれたようで、蜜鈴の方に顔を向け、手を握り返し、ほほえみ返してくれる。
――もう二度と逢えなくなることに止めどなく涙を流したあの日。徐々に冷たくなっていく相手の身体を抱いたあの日。
だからこそ、彼の手のぬくもりがなおさらいとおしく、安堵を覚えるもので。
「どうした? いつもらしくないぞ」
問われれば、枯れたはずの涙がまた滲んできそうになって、でも必死にこらえて、
「いや、何も……それより、郷を……見に行こうか」
その声はわずかに震えていたかもしれないが、それでも何とか言葉にすることができた。
……郷は平穏そのものだ。今はもう、その跡形もないというのに、目の前の景色は思い出の中のそれと重なってなお美しく懐かしく。
年中咲き乱れる椿にそっと手を伸ばし、その中でも一等美しい桃色に咲いた花を騎士たる青年に贈れば、
「またか? 俺に似合うとは思えんが」
そう言って苦笑いを浮かべられた、その一コマまでもが懐かしい。
「……なんだか今日はやはりおかしいぞ? 何か思うことでもあるのか」
不思議そうに尋ねられ、蜜鈴は悩んでぽつりと問う。
「――。……もし、もし今宵……我が身が滅ぶと識るなれば……おんしは、如何しよる?」
ぐっと、唇を引き結んで。
すると騎士は迷いのない瞳で答えた。
「蜜鈴が無事なら、それで良い」
その言葉を聞いた瞬間――蜜鈴はぐっと青年の袖を引き、抱きしめた。
「妾をおいて、逝くな……でもそう言うても、おんしは逝くのじゃろうな……妾を……独りにするのじゃな」
あと数刻もすれば訪れる悲劇を思いながら。そうすれば郷は滅び、彼も……迎えが来てしまう。それは、あまりにも残酷な事実。むろん、それを知るのは蜜鈴のみだが。
と、青年は蜜鈴をやさしく抱き返した。思わぬ相手の行動に、蜜鈴は大きく目を見開く。そして――それまで我慢していたものが堰を切ってあふれ出した。
「それでも――最期まで蜜鈴の側にあれたのなら、良い」
蜜鈴にとってそれは都合のよい答えだ。本当に彼がどう思っていたか、今は知るすべもない。それでもその言葉を胸に生きていけるような気が、ほんの少しだけ、した。
――『彼』の名前は、忘れたくなかったからだろうか、今は相棒にその名をつけている。その相棒がわずかに身じろぎをして、蜜鈴はいつもの屋根を見いだした。
夢。
ゆるりと起き上がると目の前に居る相棒をそっと見やり、そして思う。
(今も『天禄』は、側にいてくれる――ありがとう)
その向こうに、今は居ない『彼』を思いながら。
●レイア・アローネ(ka4082)の場合
たらちねの。
(ここは……私の、故郷か……? 何故いま、こんなところに……)
レイアの目の前には、懐かしい風景が広がっていた。
山奥の、決して大きくない、いや小さいと呼べる集落。
そこにいるほとんどのものが外界というものを知らない、小さな小さなコロニー。
閉鎖的、ともいえる環境。
外とのつながりを自分から求めない世界では、風景も住人も、さほど変わることはない。幼い日、この里を出たときとほとんど変わらない。
(そう……変わることのない日常の続く世界がいやで、私はハンターの道を選んだんだったっけ……)
ぼんやりそんなことを考えてしまう。
と――目の前に黒い影がよぎった。
(……死神?)
そう名乗った人物の言葉を理解した上で、もう一度周囲を見てみる。
(私の大切な人が……死ぬ……そうか、だからここにいるのか)
だって、今いる街でそれを知ったとしても、この故郷に二十四時間でなんてとうていたどり着けるわけがない。そして自分の『大切な人』がここにいるというのは、レイア自身もわずかに驚きを隠せなかった。
(私は家族のことを、大切に思っていたのか……故郷を捨てた私に、そんな資格があるとは、な……)
そう思ってしまうのも、無理はない。自分が大切に思っていたなんて、それこそ自覚していなかったのだから。レイアはあちらこちらをきょろきょろ眺めながら街を歩く。
「……あ、レイアじゃねぇか?」
若い男性がちらりとこちらを見て、ぼそぼそとつぶやく。成長していることもあってすぐに名前は出てこないが、おそらく幼い頃に一緒に鍛錬をした仲間だろう。……とはいえ、女だてらに剣を振るうレイアは、周囲にあまり好かれては居なかった。
男連中にはもちろん、母親にも……。
女らしくという言葉を言われ続けてきたレイアはそのことにいらだちと反発心を幼い頃から抱くこととなり、結果として十五の年に村を出ることとなった。
それからはろくに思い出すこともなかった故郷、だがここに今自分がいると言うことは――自分で思っている以上に、自分はこの地を想っている、と言うことなのだろう。当たり前だろう、レイアとて反発はしても憎んでいたわけでなく、むしろ生みの親に感謝をしている。
それでも、そんな親をおいて、妹に押しつけて……そして一人旅に出てしまう、そのことに痛みをさほど覚えない、その程度には薄情と言われても仕方が無いのかもしれない。
(……やはり帰ろう、こんな親不孝者の私が母に逢う資格があるはずもないのだから)
そう思って、回れ右をしようとして。
そのとき、後ろから――
「……お姉ちゃん?」
その声は聞き間違うこともない、紛れもなく妹のものだった。
「……大きくなったな、確かもう、二十か」
「もう。そんなことしか言わないの? それよりも――お姉ちゃん、来て」
妹は少し頬を膨らませてそういうと、レイアの腕をぐいっと引っ張る。
「……何を、」
「何を、って……わかってるから来たんでしょ? ずっとお姉ちゃんのこと、みんな待ってたんだよ」
声にほんのりと怒りを滲ませ、でも心からの怒りではないのがその雰囲気からは伝わってきて。その雰囲気にのまれるまま、レイアは急かされるように妹に連れられ、家に向かう。
(こんな形で帰ってくるなんて、思いもしなかった)
だから、レイアはどんな顔をしたら良いのかわからない。
(困った……今更どの面下げて、会えば……)
「ただいまー! お母さん、お姉ちゃんが!」
大きな声で挨拶をする妹のあとに家に入り、まず目に飛び込んできたのは――何の変哲も無い、だけど懐かしい我が家の光景。
そして椅子に座っている、かつてよりもうんと痩せた母の姿。
血色も悪く、体調が芳しくないのは一目瞭然だった。今にもはかなくなってしまいそうなほど。
(大切な人……ああ――)
すぐには言葉が出ない。いや、出なくなってしまった。こんなに変貌しているとは思ってもみなくて。
「……レイア?」
それでも笑顔で出迎えてくれた母の口から、名前がこぼれ出る。それを聞いたとたん、レイアの心の中からなにかがあふれ出した。ぽろ、と、涙がこぼれる。
「おかえり、レイア。そんなところにぼうっと立ってないで、いらっしゃいな」
(……こんな私にも、そんなことをいってくれるのか……こんなに痩せて……)
優しいまなざしと声。幼い日の記憶がよみがえる。
いつも怒られていたわけではなかった。こうやって優しく接してくれた。
――ごめんねと言いたかった。
だけど、口からこぼれた言葉は、
「うん……ただいま、母さん。……ありがとう」
そう言って、母の細い肩に抱きしめるようにして腕を回した。
(……夢、?)
目を開けてみれば、いつもの寝床。
妙に生々しいぬくもりを思い出しながら、手を何度も握ったりひらいたりしてみる。それから、あの懐かしいまなざしを思いだしー―
「……今度、故郷に帰ってみようかな」
ぽそりとつぶやく。
むろん、あんな風に優しく出迎えてくれる保証など無いけれど。
それでも、言いたいことがある。
夢の中で言えた言葉、言えなかった言葉、たくさん、たくさん。
現実の母も、元気だろうか――?
●マリィア・バルデス(ka5848)の場合
ふみみれば。
――軍人を長くやっていると、虫の知らせを信じるようになるし、運命論者にもなると思う。
それがマリィアの持論であり、少なくとも彼女自身がその良い例だと思っている。
(とはいっても、こんなに明確な虫の知らせは初めてだけれどね)
どんな表情をすべきか悩む。ただ何となく、苦笑を浮かべてしまう。
その人に抱いているのは恋慕の情。年上のひと。統一宇宙軍の、士官。
自分の気持ちは伝えたけれど、その答えははっきりともらっていない、でも側に居させてもらっていたひと。
その彼が、死ぬ――?
不安になってすぐにメールを飛ばした。連絡がほしいと、簡潔に。
でも勤務時間に、すぐメールが返ってくるわけではない。じりじりとした焦燥感が、いやでも彼女の中にわだかまっていく。勤務時間が終わっても返事はなく、足は自然とシャングリラに向かっていた。
(たぶん、今も原隊は同じはず)
マリィアとともに居た、その頃と。
「申し訳ありませんが、お答えできません」
けれど、問い合わせてもすげなく返される言葉に、その焦りも少しずつ落ち着いてくる。
そう、ここは軍だ。特殊任務に当たっていたりもすれば、その行動は家族にだって教えられることはない。
それに潜水艦に乗っていたりという特殊な環境にあるわけでもなし、数週間音沙汰なしと言うことだってさすがにないだろう。それなら、
「……わかりました。可能なら連絡を取りたがっていた、と、そうお伝えください」
マリィアとて元は軍人だ。引き際は心得ている。
たとえその伝言が伝えられることはないだろうとわかっていてもそう頼み込み、そして一つため息をついた。
手にはずっと端末を握りしめ、眠りたくとも眠れずに何度も何度も時計に目をやり。それでも端末が彼からのメールを受信することはなく、時間ばかりが無情に過ぎていく。
あの嫌らしい宣告を受けてから、そろそろ一日。
もう一度念を押すようにメールを送ってから、またシャングリラへ向かう。
今日こそ、無事な姿を見られるよう――。
思えば、いつも彼からメールの返事が来ることなんてろくに無かった。忙しかったというのもあるだろうし、それも彼の性格の一つで、マリィアも納得ずくで過ごしていた。
それでもマリィアは恋人だから。今までもらえていた連絡が途切れてしまうというのは苦しくなってしまうから。
(心配するのは当たり前、そうでしょう?)
そう思い、オペレータにもそれを必死に伝える。すげなくあしらわれるのはわかっていても、聞かずにはいられないのだ。
「せめてMIAやKIAの報は無い、と教えていただけるだけで良いんです、お願いします」
頭を下げて頼み込む。
ちなみにMIAとは戦闘での行方不明、KIAとは戦死のことだ。
と。
「――KIAです」
ようやくその単語だけが聞き取れた。頭の中をぐわんぐわんとそれが回り、 呆然とした表情になってしまう。そしてそのまま、ぺたりとへたり込んでしまった。
そんな様子を見てもオペレータは表情を変えず、説明を続ける。
「作戦の都合上、慰霊などはありません。遺品は……ご家族に送られることとなっています」
その言葉に、殴られたような衝撃を覚える。
(あの人に、家族っていたんだ……両親? それとも……妻子?)
時間は残酷だ。
自分の思いをよそに、人々はそれぞれの時間を過ごし、そして自分の知らないなにかを形成する。
マリィアは自分が泣いていることに、なかなか気づかなかった。床にぽたり、こぼれ落ちたしずくでやっと気づいたと言うくらいだ。
その涙の熱さが、頬から身体に染み渡り――
目が覚めた。
涙は変わらず流れ続けていた。
夢の中の出来事は妙にリアリティを帯びていて、手がかすかに震えている。
(あなたに、家族のことなんて聞けない……それでもできるなら、もっとあなたに踏み込みたい)
恋慕の情というものは時に人を臆病にも、大胆にもさせる。
ぎゅっと手を握り混み、身体をちぢこませ、膝を抱えて、彼女は小さくつぶやく。
「絶対、正夢なんかじゃない……今すぐ会いたい……」
夢かうつつか、神のみぞ知る。
●星野 ハナ(ka5852)の場合
おもきおもひ。
謎の人物の言葉に、呆然としてしまった。
その人が死ぬ、と言う話を聞いて。……と言っても、彼女が聞かされた『大切な人』は両親でもないし、恋人というわけでもない。
むしろ、相手にどう思われているかすら怪しい。何しろ、彼女はその人に対し、濃厚な準ストーカー疑惑をかけられているのだから。
(たしかに、あの人にはいろいろ宣言してるけどぉ……私が会いに行ってもいいのかなぁ? それって許されるのかなぁ、それに……もし言ったとして、信じてもらえるのかなぁ?)
よく言えば熱烈な片思い、悪く言えば半ストーカー。
「それに、そういうことってもっとこう……お互いにとって大事な相手に、教えるのではぁ……?」
その人は、彼女の理想の肉体の持ち主。自分でも行き過ぎた行動をしているなと思うことしばしばだが、まさかその人が死ぬなんて――どう、なのだろう。
そんな彼女のとる行動は――
「……まずは占いでしょぉかぁ?」
ハナは不安を胸に抱えつつも椅子に座り、テーブルの上にタロットカードを広げる。これでも多少は占いの腕前に自信があるので、両日中に龍園でなにか起きるか、あるいは相手自身になにか起きるか、それを占ってみる――が。
「塔と、逆位置の戦車……?」
それは、占いをするものにはすぐわかるような、凶兆の証。
いずれの結果にもそれが含まれて居るだなんて、いやな予感しかしない。取るものも取りあえず、いや防寒具と白いシーツを手に、急いでその人の居る場所へと向かう。
とはいえ、ここまで来たのは良いけれど、相手は信じてくれるだろうか。
雪原に腹ばいになり、シーツで保護色にして隠れるように、双眼鏡を使って彼のいる集落を観察する。その姿も大概ストーカーめいているのは事実だが、それでも不穏な動きがあればすぐにわかるように。
「ここまで来たけど、どうしよう……やっぱり、言った方が良いですぅ?」
あまりに荒唐無稽な話だが、彼なら、あるいは――そう思っていた。
そう思った瞬間、ごおっという音が頭上を通り過ぎた。
正直、目の前で起きた出来事は、筆舌しがたい。
強欲王の眷属であろう古竜の攻撃でたちまちのうちに灰燼と化した集落を前にして、ハナは呆然と立ち尽くす。全力で走って間近で見ても、そこに生命を感じることは、一切無かった。
ぎゅっと握りしめたマントの切れ端に落ちる涙。
「……何で私、最初から相談しなかったんでしょぉ……っ」
たとえ独りよがりの思いだとしても。
それでもきっとあの人は、話を聞いてくれただろうに。
居なくなってしまうだなんて、耐えられなかった。
張り裂けそうな胸の痛みに、涙をこぼしながらうずくまった。
●ユメリア(ka7010)の場合
うたにのせ。
――それはたった数日の出会い。
幼い頃に音楽というもののすばらしさを教えてくれた人。里にふらりと立ち寄った、吟遊詩人。
そんな青年がユメリアの目標の人に変わるのは、あっという間だった。彼の歌い奏でる恋歌が甘く切なく、そしていつまでも胸の奥に残って……
それは恋とは違うもの。けれど、その甘やかさに魅せられ、ユメリアも同じ道を歩もう、そう決めたのだ。
――とはいえ、周りから話を聞くうちにわかってきたことがあった。それはその人の人間性。
大勢の女性を騙し、彼女らから得た金銭を使って享楽に耽り……そして人を嘲る、そう言う『悪人』なのだ、と。
もっともそれを知らないで、その歌のみを胸に刻み続け、研鑽し続けてこられたことは、ユメリアにとっては僥倖であり、同時に不幸なことであったともいえる。
そんな彼女にとっての運命の出会いから数十年。
社会の変化はめまぐるしく、そしてとくに人間の変化は早い。ユメリアのようなエルフからすれば、驚くほどのスピードでそのかんばせを曇らせていく。
「先生」
かつての少女は成長し、美しい青銀の髪をもつハンターとなった。
そして静謐な雰囲気をたたえたまま、ゆっくりと老いた男に語りかける。
髪を振り乱し、しわがれた声の、みすぼらしい男。――それが、かつて彼女を魅了した『先生』のなれの果てだった。
享楽をむさぼってきた彼は、むさぼられた女たちに恨まれていたのだろうか。……その死に行く様は、見苦しいくらいのものだった。
ある女が、彼に毒を盛ったのだ。それは遅効性のもので、長く苦しみもだえ続け、そして死に至る――そんな毒薬だった。
そんな彼の前に立ち、ユメリアはそっとささやく。
「お久しぶりですね、先生。……あの頃の面影は、もう無いようですが……覚えていますか? 私はあなたと同じ詩人となって再会できることを、夢見て生きてきたんです」
「う、……君、は……」
しわがれた声で、絞り出すように男は言う。意識ももうろうとしているのだろうか。覚えているとも、違うとも言わぬ相手を見つめながら、彼女は言葉を続けていく。
「ねえ先生。あなたが歌ってくれた恋歌、覚えていますか? その歌の真相も、今の私は知りました。その醜悪な真意に、あなたの本性に気づかぬまま、時間の大半を費やして詩人になった自分の愚かさを、悔やんでいます」
言葉を紡ぎながら、かつての少女はじっと男を見つめて。
男は苦しげに息をつきながら、力の無い目で彼女を見つめ返す。
「……数十年というのは、エルフにとっても短い時間ではありません。ましてや、感受性の豊かな幼年期というものなら、更に」
男はその言葉を聞くしかない。もう答えるだけの気力も無いのかもしれない。……あと一日のうちに、死んでしまうと言うくらいなのだから。
「――でも、先生」
そろり、と目を細めて。ユメリアは言う。
「あなたが歌ってくれた恋歌は、私の中で今もまだ緩やかに燃え続けています。それは呪いのようでもありますが、同時に希望でもあります。……独り死に逝くのは、寂しいでしょう。罪を重ね続けた罰を受けたあなたですけれど、そんなあなたでも私の道しるべとなりました」
それは感謝しているのです、と言葉を続けて。
「ですから、その御恩を返したいのです。最期を看取りたいと、思います」
そういうと、どこか冷たさを感じられる笑みを浮かべた。
言葉にしたとおり、彼女はその最期まで、優しく、しかしどこか冷たく、介護をした。
男はいまわの際にユメリアに二言三言、なにかをささやいた。それは感謝の言葉だったのかもしれない。男は苦しみながらも、どこか満足そうに見える死に顔だった。
そんな男に、ユメリアが捧げた挽歌は、どこか優しげな恋歌。不思議と聞き覚えのあるような気のするその旋律は、言葉は、きっと男の歌い綴った文句をどこかで意識していたのかもしれない。
そのまま静かに、彼女一人で簡素に弔い――そしてユメリアはまた、歩み出す。
彼女の選んだ道を、吟遊詩人として。
●
大切な人と一言で言っても、その思いは様々で。
けれど誰にとってもそれが忘れられることはない。
大切というのは、きっとそう言うこと、なのだから。
暗闇の奥からふつふつとわき上がる、これは夢。
嬉しく悲しく、切ない夢。
あなたはどう受け止めるだろう――?
●蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)の場合
うたかたの。
少女は巫女であった。
巫女の中でもとくに選ばれた、尊い存在。
蒼い瞳と、滑らかな桃色の髪。
彼女が祀るのはとある龍神。龍を祖霊とする部族の中でも、その髪と瞳の色は尊ばれていた。
『蜜鈴さま』
子どもたちも、大人も、誰もが彼女を尊敬し、そして誰もが笑顔で過ごしていたあの頃。
そして、
「お疲れ様です、蜜鈴さま」
そう言っていつも彼女のそばに控えていたのは、一人の青年。
紅味がかった黒い長い髪に浅葱色の瞳を持ち、首から肩にかけては銀色の蔦のような入れ墨を入れた美丈夫。
辺境風とも東方風ともつかぬ――いや、リアルブルーで言う中華風に一番近いのだろう――装束に身を包み、いつも柔らかなほほえみを浮かべている青年。
格闘士であるその青年は、蜜鈴の『騎士』であった。
西方のそれとはなりこそ違え、彼女を護るための存在であったのは、間違いない。
……しかし、ここまで過去形で言葉を綴っていたのは、理由がある。それは、蜜鈴が今、巫女でなくハンターとして活動しているのと同じ理由だ。
彼女の故郷は、今はもう無い。
歪虚に襲われて、すでに失われた。
そしてこの男性もまた――蜜鈴を庇い、命を落とした。
それでもこのような懐かしい姿を横に感じることができるのは――彼女の、夢だからだろうか。
「――……おんしが居ると、やはり楽しいのう」
蜜鈴は、青年ににこりと微笑みかける。
しかし同時に彼女は、現実を忘れずにいる。夢の世界に甘んじているままのわけではない。
だからこそ、彼女の胸はきりきりと痛みを覚える。
(そう……おんしが居るから笑えるのじゃ……おんしがもし、今まことに側に居れば……妾を見て笑うたじゃろうか……それとも……)
胸の中でそう小さくつぶやきながら、痛みをこらえて彼女は微笑む。記憶の中にいた彼に、たとえ夢であろうと笑みを見せたくて。
蜜鈴の、密かな密かな思い人である。なおさら情けない姿など、見せられるわけもない。
騎士である限り、ずっと側に居ましょうと、そう言っていつも笑ってくれていたその人に、心配などかけたくない。
いや、彼女がずっと大切に思っていた故郷に、民に、心配などかけられない。
それでもその人は気持ちを汲んでくれたようで、蜜鈴の方に顔を向け、手を握り返し、ほほえみ返してくれる。
――もう二度と逢えなくなることに止めどなく涙を流したあの日。徐々に冷たくなっていく相手の身体を抱いたあの日。
だからこそ、彼の手のぬくもりがなおさらいとおしく、安堵を覚えるもので。
「どうした? いつもらしくないぞ」
問われれば、枯れたはずの涙がまた滲んできそうになって、でも必死にこらえて、
「いや、何も……それより、郷を……見に行こうか」
その声はわずかに震えていたかもしれないが、それでも何とか言葉にすることができた。
……郷は平穏そのものだ。今はもう、その跡形もないというのに、目の前の景色は思い出の中のそれと重なってなお美しく懐かしく。
年中咲き乱れる椿にそっと手を伸ばし、その中でも一等美しい桃色に咲いた花を騎士たる青年に贈れば、
「またか? 俺に似合うとは思えんが」
そう言って苦笑いを浮かべられた、その一コマまでもが懐かしい。
「……なんだか今日はやはりおかしいぞ? 何か思うことでもあるのか」
不思議そうに尋ねられ、蜜鈴は悩んでぽつりと問う。
「――。……もし、もし今宵……我が身が滅ぶと識るなれば……おんしは、如何しよる?」
ぐっと、唇を引き結んで。
すると騎士は迷いのない瞳で答えた。
「蜜鈴が無事なら、それで良い」
その言葉を聞いた瞬間――蜜鈴はぐっと青年の袖を引き、抱きしめた。
「妾をおいて、逝くな……でもそう言うても、おんしは逝くのじゃろうな……妾を……独りにするのじゃな」
あと数刻もすれば訪れる悲劇を思いながら。そうすれば郷は滅び、彼も……迎えが来てしまう。それは、あまりにも残酷な事実。むろん、それを知るのは蜜鈴のみだが。
と、青年は蜜鈴をやさしく抱き返した。思わぬ相手の行動に、蜜鈴は大きく目を見開く。そして――それまで我慢していたものが堰を切ってあふれ出した。
「それでも――最期まで蜜鈴の側にあれたのなら、良い」
蜜鈴にとってそれは都合のよい答えだ。本当に彼がどう思っていたか、今は知るすべもない。それでもその言葉を胸に生きていけるような気が、ほんの少しだけ、した。
――『彼』の名前は、忘れたくなかったからだろうか、今は相棒にその名をつけている。その相棒がわずかに身じろぎをして、蜜鈴はいつもの屋根を見いだした。
夢。
ゆるりと起き上がると目の前に居る相棒をそっと見やり、そして思う。
(今も『天禄』は、側にいてくれる――ありがとう)
その向こうに、今は居ない『彼』を思いながら。
●レイア・アローネ(ka4082)の場合
たらちねの。
(ここは……私の、故郷か……? 何故いま、こんなところに……)
レイアの目の前には、懐かしい風景が広がっていた。
山奥の、決して大きくない、いや小さいと呼べる集落。
そこにいるほとんどのものが外界というものを知らない、小さな小さなコロニー。
閉鎖的、ともいえる環境。
外とのつながりを自分から求めない世界では、風景も住人も、さほど変わることはない。幼い日、この里を出たときとほとんど変わらない。
(そう……変わることのない日常の続く世界がいやで、私はハンターの道を選んだんだったっけ……)
ぼんやりそんなことを考えてしまう。
と――目の前に黒い影がよぎった。
(……死神?)
そう名乗った人物の言葉を理解した上で、もう一度周囲を見てみる。
(私の大切な人が……死ぬ……そうか、だからここにいるのか)
だって、今いる街でそれを知ったとしても、この故郷に二十四時間でなんてとうていたどり着けるわけがない。そして自分の『大切な人』がここにいるというのは、レイア自身もわずかに驚きを隠せなかった。
(私は家族のことを、大切に思っていたのか……故郷を捨てた私に、そんな資格があるとは、な……)
そう思ってしまうのも、無理はない。自分が大切に思っていたなんて、それこそ自覚していなかったのだから。レイアはあちらこちらをきょろきょろ眺めながら街を歩く。
「……あ、レイアじゃねぇか?」
若い男性がちらりとこちらを見て、ぼそぼそとつぶやく。成長していることもあってすぐに名前は出てこないが、おそらく幼い頃に一緒に鍛錬をした仲間だろう。……とはいえ、女だてらに剣を振るうレイアは、周囲にあまり好かれては居なかった。
男連中にはもちろん、母親にも……。
女らしくという言葉を言われ続けてきたレイアはそのことにいらだちと反発心を幼い頃から抱くこととなり、結果として十五の年に村を出ることとなった。
それからはろくに思い出すこともなかった故郷、だがここに今自分がいると言うことは――自分で思っている以上に、自分はこの地を想っている、と言うことなのだろう。当たり前だろう、レイアとて反発はしても憎んでいたわけでなく、むしろ生みの親に感謝をしている。
それでも、そんな親をおいて、妹に押しつけて……そして一人旅に出てしまう、そのことに痛みをさほど覚えない、その程度には薄情と言われても仕方が無いのかもしれない。
(……やはり帰ろう、こんな親不孝者の私が母に逢う資格があるはずもないのだから)
そう思って、回れ右をしようとして。
そのとき、後ろから――
「……お姉ちゃん?」
その声は聞き間違うこともない、紛れもなく妹のものだった。
「……大きくなったな、確かもう、二十か」
「もう。そんなことしか言わないの? それよりも――お姉ちゃん、来て」
妹は少し頬を膨らませてそういうと、レイアの腕をぐいっと引っ張る。
「……何を、」
「何を、って……わかってるから来たんでしょ? ずっとお姉ちゃんのこと、みんな待ってたんだよ」
声にほんのりと怒りを滲ませ、でも心からの怒りではないのがその雰囲気からは伝わってきて。その雰囲気にのまれるまま、レイアは急かされるように妹に連れられ、家に向かう。
(こんな形で帰ってくるなんて、思いもしなかった)
だから、レイアはどんな顔をしたら良いのかわからない。
(困った……今更どの面下げて、会えば……)
「ただいまー! お母さん、お姉ちゃんが!」
大きな声で挨拶をする妹のあとに家に入り、まず目に飛び込んできたのは――何の変哲も無い、だけど懐かしい我が家の光景。
そして椅子に座っている、かつてよりもうんと痩せた母の姿。
血色も悪く、体調が芳しくないのは一目瞭然だった。今にもはかなくなってしまいそうなほど。
(大切な人……ああ――)
すぐには言葉が出ない。いや、出なくなってしまった。こんなに変貌しているとは思ってもみなくて。
「……レイア?」
それでも笑顔で出迎えてくれた母の口から、名前がこぼれ出る。それを聞いたとたん、レイアの心の中からなにかがあふれ出した。ぽろ、と、涙がこぼれる。
「おかえり、レイア。そんなところにぼうっと立ってないで、いらっしゃいな」
(……こんな私にも、そんなことをいってくれるのか……こんなに痩せて……)
優しいまなざしと声。幼い日の記憶がよみがえる。
いつも怒られていたわけではなかった。こうやって優しく接してくれた。
――ごめんねと言いたかった。
だけど、口からこぼれた言葉は、
「うん……ただいま、母さん。……ありがとう」
そう言って、母の細い肩に抱きしめるようにして腕を回した。
(……夢、?)
目を開けてみれば、いつもの寝床。
妙に生々しいぬくもりを思い出しながら、手を何度も握ったりひらいたりしてみる。それから、あの懐かしいまなざしを思いだしー―
「……今度、故郷に帰ってみようかな」
ぽそりとつぶやく。
むろん、あんな風に優しく出迎えてくれる保証など無いけれど。
それでも、言いたいことがある。
夢の中で言えた言葉、言えなかった言葉、たくさん、たくさん。
現実の母も、元気だろうか――?
●マリィア・バルデス(ka5848)の場合
ふみみれば。
――軍人を長くやっていると、虫の知らせを信じるようになるし、運命論者にもなると思う。
それがマリィアの持論であり、少なくとも彼女自身がその良い例だと思っている。
(とはいっても、こんなに明確な虫の知らせは初めてだけれどね)
どんな表情をすべきか悩む。ただ何となく、苦笑を浮かべてしまう。
その人に抱いているのは恋慕の情。年上のひと。統一宇宙軍の、士官。
自分の気持ちは伝えたけれど、その答えははっきりともらっていない、でも側に居させてもらっていたひと。
その彼が、死ぬ――?
不安になってすぐにメールを飛ばした。連絡がほしいと、簡潔に。
でも勤務時間に、すぐメールが返ってくるわけではない。じりじりとした焦燥感が、いやでも彼女の中にわだかまっていく。勤務時間が終わっても返事はなく、足は自然とシャングリラに向かっていた。
(たぶん、今も原隊は同じはず)
マリィアとともに居た、その頃と。
「申し訳ありませんが、お答えできません」
けれど、問い合わせてもすげなく返される言葉に、その焦りも少しずつ落ち着いてくる。
そう、ここは軍だ。特殊任務に当たっていたりもすれば、その行動は家族にだって教えられることはない。
それに潜水艦に乗っていたりという特殊な環境にあるわけでもなし、数週間音沙汰なしと言うことだってさすがにないだろう。それなら、
「……わかりました。可能なら連絡を取りたがっていた、と、そうお伝えください」
マリィアとて元は軍人だ。引き際は心得ている。
たとえその伝言が伝えられることはないだろうとわかっていてもそう頼み込み、そして一つため息をついた。
手にはずっと端末を握りしめ、眠りたくとも眠れずに何度も何度も時計に目をやり。それでも端末が彼からのメールを受信することはなく、時間ばかりが無情に過ぎていく。
あの嫌らしい宣告を受けてから、そろそろ一日。
もう一度念を押すようにメールを送ってから、またシャングリラへ向かう。
今日こそ、無事な姿を見られるよう――。
思えば、いつも彼からメールの返事が来ることなんてろくに無かった。忙しかったというのもあるだろうし、それも彼の性格の一つで、マリィアも納得ずくで過ごしていた。
それでもマリィアは恋人だから。今までもらえていた連絡が途切れてしまうというのは苦しくなってしまうから。
(心配するのは当たり前、そうでしょう?)
そう思い、オペレータにもそれを必死に伝える。すげなくあしらわれるのはわかっていても、聞かずにはいられないのだ。
「せめてMIAやKIAの報は無い、と教えていただけるだけで良いんです、お願いします」
頭を下げて頼み込む。
ちなみにMIAとは戦闘での行方不明、KIAとは戦死のことだ。
と。
「――KIAです」
ようやくその単語だけが聞き取れた。頭の中をぐわんぐわんとそれが回り、 呆然とした表情になってしまう。そしてそのまま、ぺたりとへたり込んでしまった。
そんな様子を見てもオペレータは表情を変えず、説明を続ける。
「作戦の都合上、慰霊などはありません。遺品は……ご家族に送られることとなっています」
その言葉に、殴られたような衝撃を覚える。
(あの人に、家族っていたんだ……両親? それとも……妻子?)
時間は残酷だ。
自分の思いをよそに、人々はそれぞれの時間を過ごし、そして自分の知らないなにかを形成する。
マリィアは自分が泣いていることに、なかなか気づかなかった。床にぽたり、こぼれ落ちたしずくでやっと気づいたと言うくらいだ。
その涙の熱さが、頬から身体に染み渡り――
目が覚めた。
涙は変わらず流れ続けていた。
夢の中の出来事は妙にリアリティを帯びていて、手がかすかに震えている。
(あなたに、家族のことなんて聞けない……それでもできるなら、もっとあなたに踏み込みたい)
恋慕の情というものは時に人を臆病にも、大胆にもさせる。
ぎゅっと手を握り混み、身体をちぢこませ、膝を抱えて、彼女は小さくつぶやく。
「絶対、正夢なんかじゃない……今すぐ会いたい……」
夢かうつつか、神のみぞ知る。
●星野 ハナ(ka5852)の場合
おもきおもひ。
謎の人物の言葉に、呆然としてしまった。
その人が死ぬ、と言う話を聞いて。……と言っても、彼女が聞かされた『大切な人』は両親でもないし、恋人というわけでもない。
むしろ、相手にどう思われているかすら怪しい。何しろ、彼女はその人に対し、濃厚な準ストーカー疑惑をかけられているのだから。
(たしかに、あの人にはいろいろ宣言してるけどぉ……私が会いに行ってもいいのかなぁ? それって許されるのかなぁ、それに……もし言ったとして、信じてもらえるのかなぁ?)
よく言えば熱烈な片思い、悪く言えば半ストーカー。
「それに、そういうことってもっとこう……お互いにとって大事な相手に、教えるのではぁ……?」
その人は、彼女の理想の肉体の持ち主。自分でも行き過ぎた行動をしているなと思うことしばしばだが、まさかその人が死ぬなんて――どう、なのだろう。
そんな彼女のとる行動は――
「……まずは占いでしょぉかぁ?」
ハナは不安を胸に抱えつつも椅子に座り、テーブルの上にタロットカードを広げる。これでも多少は占いの腕前に自信があるので、両日中に龍園でなにか起きるか、あるいは相手自身になにか起きるか、それを占ってみる――が。
「塔と、逆位置の戦車……?」
それは、占いをするものにはすぐわかるような、凶兆の証。
いずれの結果にもそれが含まれて居るだなんて、いやな予感しかしない。取るものも取りあえず、いや防寒具と白いシーツを手に、急いでその人の居る場所へと向かう。
とはいえ、ここまで来たのは良いけれど、相手は信じてくれるだろうか。
雪原に腹ばいになり、シーツで保護色にして隠れるように、双眼鏡を使って彼のいる集落を観察する。その姿も大概ストーカーめいているのは事実だが、それでも不穏な動きがあればすぐにわかるように。
「ここまで来たけど、どうしよう……やっぱり、言った方が良いですぅ?」
あまりに荒唐無稽な話だが、彼なら、あるいは――そう思っていた。
そう思った瞬間、ごおっという音が頭上を通り過ぎた。
正直、目の前で起きた出来事は、筆舌しがたい。
強欲王の眷属であろう古竜の攻撃でたちまちのうちに灰燼と化した集落を前にして、ハナは呆然と立ち尽くす。全力で走って間近で見ても、そこに生命を感じることは、一切無かった。
ぎゅっと握りしめたマントの切れ端に落ちる涙。
「……何で私、最初から相談しなかったんでしょぉ……っ」
たとえ独りよがりの思いだとしても。
それでもきっとあの人は、話を聞いてくれただろうに。
居なくなってしまうだなんて、耐えられなかった。
張り裂けそうな胸の痛みに、涙をこぼしながらうずくまった。
●ユメリア(ka7010)の場合
うたにのせ。
――それはたった数日の出会い。
幼い頃に音楽というもののすばらしさを教えてくれた人。里にふらりと立ち寄った、吟遊詩人。
そんな青年がユメリアの目標の人に変わるのは、あっという間だった。彼の歌い奏でる恋歌が甘く切なく、そしていつまでも胸の奥に残って……
それは恋とは違うもの。けれど、その甘やかさに魅せられ、ユメリアも同じ道を歩もう、そう決めたのだ。
――とはいえ、周りから話を聞くうちにわかってきたことがあった。それはその人の人間性。
大勢の女性を騙し、彼女らから得た金銭を使って享楽に耽り……そして人を嘲る、そう言う『悪人』なのだ、と。
もっともそれを知らないで、その歌のみを胸に刻み続け、研鑽し続けてこられたことは、ユメリアにとっては僥倖であり、同時に不幸なことであったともいえる。
そんな彼女にとっての運命の出会いから数十年。
社会の変化はめまぐるしく、そしてとくに人間の変化は早い。ユメリアのようなエルフからすれば、驚くほどのスピードでそのかんばせを曇らせていく。
「先生」
かつての少女は成長し、美しい青銀の髪をもつハンターとなった。
そして静謐な雰囲気をたたえたまま、ゆっくりと老いた男に語りかける。
髪を振り乱し、しわがれた声の、みすぼらしい男。――それが、かつて彼女を魅了した『先生』のなれの果てだった。
享楽をむさぼってきた彼は、むさぼられた女たちに恨まれていたのだろうか。……その死に行く様は、見苦しいくらいのものだった。
ある女が、彼に毒を盛ったのだ。それは遅効性のもので、長く苦しみもだえ続け、そして死に至る――そんな毒薬だった。
そんな彼の前に立ち、ユメリアはそっとささやく。
「お久しぶりですね、先生。……あの頃の面影は、もう無いようですが……覚えていますか? 私はあなたと同じ詩人となって再会できることを、夢見て生きてきたんです」
「う、……君、は……」
しわがれた声で、絞り出すように男は言う。意識ももうろうとしているのだろうか。覚えているとも、違うとも言わぬ相手を見つめながら、彼女は言葉を続けていく。
「ねえ先生。あなたが歌ってくれた恋歌、覚えていますか? その歌の真相も、今の私は知りました。その醜悪な真意に、あなたの本性に気づかぬまま、時間の大半を費やして詩人になった自分の愚かさを、悔やんでいます」
言葉を紡ぎながら、かつての少女はじっと男を見つめて。
男は苦しげに息をつきながら、力の無い目で彼女を見つめ返す。
「……数十年というのは、エルフにとっても短い時間ではありません。ましてや、感受性の豊かな幼年期というものなら、更に」
男はその言葉を聞くしかない。もう答えるだけの気力も無いのかもしれない。……あと一日のうちに、死んでしまうと言うくらいなのだから。
「――でも、先生」
そろり、と目を細めて。ユメリアは言う。
「あなたが歌ってくれた恋歌は、私の中で今もまだ緩やかに燃え続けています。それは呪いのようでもありますが、同時に希望でもあります。……独り死に逝くのは、寂しいでしょう。罪を重ね続けた罰を受けたあなたですけれど、そんなあなたでも私の道しるべとなりました」
それは感謝しているのです、と言葉を続けて。
「ですから、その御恩を返したいのです。最期を看取りたいと、思います」
そういうと、どこか冷たさを感じられる笑みを浮かべた。
言葉にしたとおり、彼女はその最期まで、優しく、しかしどこか冷たく、介護をした。
男はいまわの際にユメリアに二言三言、なにかをささやいた。それは感謝の言葉だったのかもしれない。男は苦しみながらも、どこか満足そうに見える死に顔だった。
そんな男に、ユメリアが捧げた挽歌は、どこか優しげな恋歌。不思議と聞き覚えのあるような気のするその旋律は、言葉は、きっと男の歌い綴った文句をどこかで意識していたのかもしれない。
そのまま静かに、彼女一人で簡素に弔い――そしてユメリアはまた、歩み出す。
彼女の選んだ道を、吟遊詩人として。
●
大切な人と一言で言っても、その思いは様々で。
けれど誰にとってもそれが忘れられることはない。
大切というのは、きっとそう言うこと、なのだから。
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/05 09:41:41 |