ゲスト
(ka0000)
竜が潜む月
マスター:赤山優牙
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●11月のある日
青の隊の騎士であるノセヤは王国北部への出向から騎士団本部に戻っていた。
本部に戻ってから、アルテミス小隊の再始動の事とか、傲慢歪虚に関する情報収集とか、休む間もなく次から次に案件が降りかかってくる。
「ダメ……ですね……」
机上には走り書きしたメモや幾つもの計算を記したものとか、大量の書物と共に散乱していた。
ノセヤは更に痩せた身体を大きく伸ばす。
彼が計算していたのは、傲慢王イヴとの戦いで勝利する方法が無いのかというものだった。
「あの【強制】をなんとかしないと……」
傲慢歪虚特有の能力【強制】。
その力に屈した者は使用者の命じるがままに行動してしまうのだ。
自害せよと言われればそのままに死んでしまうし、仲間を殺せと言われれば仲間に襲い掛かる。
騎士団もハンターですらも幾度もなく、辛酸な目に合わされてきたのだ。
「戦闘区域が狭いならまだしも、王都に攻められた時点で無策なら敗北……かといって、王都から戦闘員以外全員避難させるのも現実的じゃないし……」
傲慢王イヴの戦闘力は不明のまま……ノセヤが知る情報源は、神霊樹のライブラリ内で確認した内容だった。
最凶の力の一つは広範囲に及ぶ【強制】である。
イヴは村全体に及ぶ【強制】を放った。
「傲慢王が本気を出したら、いったい、どれ程の範囲が【強制】に巻き込まれるのか……」
背もたれにより掛かりながら、ノセヤは静かに目を閉じた。
通常、傲慢歪虚は人間相手に本気を出さないという。そして、本気を出した時の強さは――ベリアルの件が物語っていた。
本気状態のベリアルですら、王国にとって危機だったというのに、傲慢王が本気になったらどんな事態になってしまうのか、予測しきれない。
「……」
ノセヤは考える事を止めた。
ここは発想の転換が必要だと思ったからだ。正攻法では倒せない。そんなもの最初から分かり切った事じゃないかと。
「少し、風に当たりますか」
若き痩せ騎士は外套を手に取り、立ち上がったのだった。
●11月のある日
リゼリオにあるハンターズソサエティの一角のとある部屋に、鳴月 牡丹(kz0180)が勢いよく入った。
「籃奈!」
「騒がしいな、牡丹は」
苦笑を浮かべて迎えたのは星加 籃奈(kz0247)だった。
ある戦闘でハンター達に保護された以降、月面基地で療養中だったのだが、意識を取り戻したのだ。
今は“用事”があって息子の孝純と共にハンターズソサエティに訪れていた。
「そりゃそうだよ! とにかく、無事で良かった!」
「まぁ、無事かどうかと言われると、微妙な所だけどね」
「え?」
思わぬ言葉に首を傾げる牡丹。
「……どうやら、長く生きられないようだ。強化人間となった代償というべきものだね」
「まぁ、そんなものだとは思っていたけど」
諦めにも似た口調で告白した籃奈に対し、牡丹はあっけらかんと答える。
確信が無かったものの、牡丹には強化人間が契約者ではないのかと思っていた事があった。
その為、契約者が何たるかを、故郷である東方やリゼリオの記録を漁って自分なりに調べていたのだ。
だから、こういう事態については分かっていた事だし、“最悪”の事態にならなかっただけ、マシという風に捉えている。
牡丹は軽い動きで空いている椅子に座る。
「それで、ここには“上書き”に来たのかい?」
「覚醒者になる為にね。でも、きっと活動はあまりできないと思う」
籃奈は視線を息子に向けた。
残された時間は最愛の夫が遺した息子と共に過ごしたい。それが今の願いだから。
「いいんじゃないかな」
「そして、牡丹を呼んだのは他でもない……あるお願いをしたいんだ」
そう言って、急に畏まる籃奈と孝純。
「なんだい? 僕の養子にでもなるのかい?」
誇らしげに胸を張る牡丹。
元々、籃奈に何かあったらそのつもりだったのだ。その覚悟も――たぶんある。
「養子というのは間違っていないけど……牡丹ではなく、鳴月家の……というのは出来る?」
「なんで僕じゃないの!?」
大袈裟な身振りで驚く牡丹。
豊満な胸が無駄に跳ねる。
「だって、牡丹。結婚してないのに、子連れとか大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「いや、家の方がだよ」
籃奈の台詞に牡丹は思い出したように天井を仰ぎ見る。
「あー。そうだ、そうだよ。色々と面倒なんだよ……うーん」
鳴月家はエトファリカ武家四十八家門のうち、第五家門という上位武家だ。
その現当主の養子である牡丹が、勝手に決められる事には限度がある。
結婚相手を連れて来たという事であればともかく、養子を連れて来たというのは……唐突過ぎるだろう。
「今すぐ返事が欲しい訳じゃないから、私が死ぬ前までに決めてくれると助かるよ」
爽やかに答える籃奈に牡丹は唸って応えるのであった。
●11月のある日
特殊な“鞘”が完成したという事で、オキナが取りに行っている間、紡伎 希(kz0174)が“魔装”を見ていた。
あるハンターからの意見を元に作成された“鞘”があれば、行動範囲は少しは広がるだろう。
もっとも、“鞘”の機能を維持するには機導術を行使しなければならないし、やはり、転移門は通れない。それでも、“鞘”にこだわる理由が、必要とする理由があった。
「……はぁ……はぁ……」
“魔装”を手にしたまま、希は森の中を走っていた。
油断なく周囲を見渡す。駆けた程度で追手から逃れられるとは思っていないからだった。
「追い掛ける方の身にもなってよー」
幼女の声が森の中に響いた。
ただの人間の子供ではない。傲慢王イヴに最も近い存在と自称する傲慢歪虚ミュール(kz0259)……の分体だ。
「突然、襲われたら逃げます……なぜ、“私達”を狙うのですか?」
「だって、“裏切者”を始末するのは当然でしょ」
樹木の幹から、可愛げな顔をひょっこりと出して、ミュールは希が持つ“魔装”を指さした。
“魔装”は何も言わない……いや、何も話せないのだ。
ただ、気のせいか、カタっと動いた気がした。
「それだけが狙いじゃないはずですよね」
「勿論だよ! その“裏切者”が持つ、マテリアルを持って帰りたいからね」
「どうしてもですか?」
その問いに、ミュールは大きく頷くと、ぴょんぴょんと跳ねるように希の前に移動して、立った。
「どうしても! それが、イヴ様の為だから!」
「……仕方ありません」
希は“魔装”を両手で持つと“魔装”はみるみるうちに魔導剣弓の形へと変貌した。
逃げられないのであれば、戦うしかない。
“私達”の戦いはまだ決着していない。だから、ここで倒される訳にはいかないのだ。
青の隊の騎士であるノセヤは王国北部への出向から騎士団本部に戻っていた。
本部に戻ってから、アルテミス小隊の再始動の事とか、傲慢歪虚に関する情報収集とか、休む間もなく次から次に案件が降りかかってくる。
「ダメ……ですね……」
机上には走り書きしたメモや幾つもの計算を記したものとか、大量の書物と共に散乱していた。
ノセヤは更に痩せた身体を大きく伸ばす。
彼が計算していたのは、傲慢王イヴとの戦いで勝利する方法が無いのかというものだった。
「あの【強制】をなんとかしないと……」
傲慢歪虚特有の能力【強制】。
その力に屈した者は使用者の命じるがままに行動してしまうのだ。
自害せよと言われればそのままに死んでしまうし、仲間を殺せと言われれば仲間に襲い掛かる。
騎士団もハンターですらも幾度もなく、辛酸な目に合わされてきたのだ。
「戦闘区域が狭いならまだしも、王都に攻められた時点で無策なら敗北……かといって、王都から戦闘員以外全員避難させるのも現実的じゃないし……」
傲慢王イヴの戦闘力は不明のまま……ノセヤが知る情報源は、神霊樹のライブラリ内で確認した内容だった。
最凶の力の一つは広範囲に及ぶ【強制】である。
イヴは村全体に及ぶ【強制】を放った。
「傲慢王が本気を出したら、いったい、どれ程の範囲が【強制】に巻き込まれるのか……」
背もたれにより掛かりながら、ノセヤは静かに目を閉じた。
通常、傲慢歪虚は人間相手に本気を出さないという。そして、本気を出した時の強さは――ベリアルの件が物語っていた。
本気状態のベリアルですら、王国にとって危機だったというのに、傲慢王が本気になったらどんな事態になってしまうのか、予測しきれない。
「……」
ノセヤは考える事を止めた。
ここは発想の転換が必要だと思ったからだ。正攻法では倒せない。そんなもの最初から分かり切った事じゃないかと。
「少し、風に当たりますか」
若き痩せ騎士は外套を手に取り、立ち上がったのだった。
●11月のある日
リゼリオにあるハンターズソサエティの一角のとある部屋に、鳴月 牡丹(kz0180)が勢いよく入った。
「籃奈!」
「騒がしいな、牡丹は」
苦笑を浮かべて迎えたのは星加 籃奈(kz0247)だった。
ある戦闘でハンター達に保護された以降、月面基地で療養中だったのだが、意識を取り戻したのだ。
今は“用事”があって息子の孝純と共にハンターズソサエティに訪れていた。
「そりゃそうだよ! とにかく、無事で良かった!」
「まぁ、無事かどうかと言われると、微妙な所だけどね」
「え?」
思わぬ言葉に首を傾げる牡丹。
「……どうやら、長く生きられないようだ。強化人間となった代償というべきものだね」
「まぁ、そんなものだとは思っていたけど」
諦めにも似た口調で告白した籃奈に対し、牡丹はあっけらかんと答える。
確信が無かったものの、牡丹には強化人間が契約者ではないのかと思っていた事があった。
その為、契約者が何たるかを、故郷である東方やリゼリオの記録を漁って自分なりに調べていたのだ。
だから、こういう事態については分かっていた事だし、“最悪”の事態にならなかっただけ、マシという風に捉えている。
牡丹は軽い動きで空いている椅子に座る。
「それで、ここには“上書き”に来たのかい?」
「覚醒者になる為にね。でも、きっと活動はあまりできないと思う」
籃奈は視線を息子に向けた。
残された時間は最愛の夫が遺した息子と共に過ごしたい。それが今の願いだから。
「いいんじゃないかな」
「そして、牡丹を呼んだのは他でもない……あるお願いをしたいんだ」
そう言って、急に畏まる籃奈と孝純。
「なんだい? 僕の養子にでもなるのかい?」
誇らしげに胸を張る牡丹。
元々、籃奈に何かあったらそのつもりだったのだ。その覚悟も――たぶんある。
「養子というのは間違っていないけど……牡丹ではなく、鳴月家の……というのは出来る?」
「なんで僕じゃないの!?」
大袈裟な身振りで驚く牡丹。
豊満な胸が無駄に跳ねる。
「だって、牡丹。結婚してないのに、子連れとか大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「いや、家の方がだよ」
籃奈の台詞に牡丹は思い出したように天井を仰ぎ見る。
「あー。そうだ、そうだよ。色々と面倒なんだよ……うーん」
鳴月家はエトファリカ武家四十八家門のうち、第五家門という上位武家だ。
その現当主の養子である牡丹が、勝手に決められる事には限度がある。
結婚相手を連れて来たという事であればともかく、養子を連れて来たというのは……唐突過ぎるだろう。
「今すぐ返事が欲しい訳じゃないから、私が死ぬ前までに決めてくれると助かるよ」
爽やかに答える籃奈に牡丹は唸って応えるのであった。
●11月のある日
特殊な“鞘”が完成したという事で、オキナが取りに行っている間、紡伎 希(kz0174)が“魔装”を見ていた。
あるハンターからの意見を元に作成された“鞘”があれば、行動範囲は少しは広がるだろう。
もっとも、“鞘”の機能を維持するには機導術を行使しなければならないし、やはり、転移門は通れない。それでも、“鞘”にこだわる理由が、必要とする理由があった。
「……はぁ……はぁ……」
“魔装”を手にしたまま、希は森の中を走っていた。
油断なく周囲を見渡す。駆けた程度で追手から逃れられるとは思っていないからだった。
「追い掛ける方の身にもなってよー」
幼女の声が森の中に響いた。
ただの人間の子供ではない。傲慢王イヴに最も近い存在と自称する傲慢歪虚ミュール(kz0259)……の分体だ。
「突然、襲われたら逃げます……なぜ、“私達”を狙うのですか?」
「だって、“裏切者”を始末するのは当然でしょ」
樹木の幹から、可愛げな顔をひょっこりと出して、ミュールは希が持つ“魔装”を指さした。
“魔装”は何も言わない……いや、何も話せないのだ。
ただ、気のせいか、カタっと動いた気がした。
「それだけが狙いじゃないはずですよね」
「勿論だよ! その“裏切者”が持つ、マテリアルを持って帰りたいからね」
「どうしてもですか?」
その問いに、ミュールは大きく頷くと、ぴょんぴょんと跳ねるように希の前に移動して、立った。
「どうしても! それが、イヴ様の為だから!」
「……仕方ありません」
希は“魔装”を両手で持つと“魔装”はみるみるうちに魔導剣弓の形へと変貌した。
逃げられないのであれば、戦うしかない。
“私達”の戦いはまだ決着していない。だから、ここで倒される訳にはいかないのだ。
リプレイ本文
●アドバイザーカズマ
ぐつぐつと煮立ってきた鍋をぼんやりと眺める鳴月 牡丹(kz0180)。
鳴月家がリゼリオの街中に借りている一室だった。暖かく優しい香りが部屋の中に広がっている。
「女の子に冷えは大敵だからな」
そう言いながら鍋奉行である龍崎・カズマ(ka0178)が次の具材を投入する。
港町であるリゼリオとはいえ、冬の季節が近づいてきているのだ。体を温める料理が恋しい時期だろう。
「……まだ、悩んでいるのか?」
ぼーとしている牡丹にカズマは呼び掛けた。
大体、察しはついている。星加親子の件なのだろう。
強化人間であった籃奈は長く生きられないという。息子である孝純が成人するのを見届ける事はできないだろう。
孝純自身も希望している。賢い子だから、自分の置かれている状況が理解できているのかもしれない。
「やっぱり、一度は家に帰らなきゃいけないか……」
「だろうな……養子になるのなら、取り交わしの書類もあるんだろう?」
「多分?」
首を傾げる牡丹。自身が鳴月家の養子になった際はその辺りの手続きは家族が行っていたようだ。
孝純の事であれば籃奈が署名するのが妥当という所だが……。
「例えば、まずは牡丹の文官として活動し、それを実績にして、養子の話を運びやすくする……とかはできないのか?」
「……そっか、丁稚なら、僕からの推薦でも通るかも」
カズマのアドバイスに牡丹がポンと手を叩きながら答えた。
文官――というよりかは家事代行として、牡丹の下で働くというのは出来るだろう。
思えば、カズマが掃除しなければ散らかり放題な訳であるし、良いアイデアかもしれない。
もっとも、牡丹自身が自分で掃除すればいいだけの事ではあるのだが……その辺りの事情は鳴月家もよく分かっている事だろう。
「僕が不在の時の連絡とか人が欲しいと思っていたし、鳴月家でもリゼリオに出先機関が欲しいみたいな事、前に言ってたから」
「立場的には将来性があるって事か。生活基盤の準備はできそうかな」
リゼリオで暮らしていれば、この街の事を知る事も、この街の人とパイプ作りも出来るだろう。
後はこの案で鳴月家が首を縦に振るかどうかだが――突然の養子話よりも通りやすいはずだ。
カズマは鍋に投入した具材の火の通りを確認しながら呟くように言った。
「孝純がいつかその時が来ても、笑顔で送り出せるように。そして、旅立つ籃奈が後悔しないように、精一杯の愛情を注げるように、な」
「うん……そうだね…………ありがとう、カズマ君」
か細く小さく感謝を告げた牡丹の取り皿を何事も無かったようにカズマは取った。
「ほら、それじゃ食べようか」
「お腹ペコペコだよ!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる牡丹に、ふと、カズマは鳴月家の中で自分がどう認識されているのかと感じた。
牡丹が事あるごとにカズマの世話になっている事を、彼女自身が黙っているとは思えない……それでいて、鳴月家からは特に反応が無いのだ。
宿ではなく、一室を借りている事も不可解だ。少なくとも確りとした宿であれば掃除の心配はないだろうし。
(……なんか、黙っていられるのも、ある意味、怖いな)
思わず苦笑を浮かべるカズマ。
鳴月家はエトファリカ武家四十八家門中の第五位の上位武家だ。以前、鳴月家の者と会った時の雰囲気から、彼女が家の中で愛されている存在なのは汲み取れた。
「そういえば、カズマ君」
「どうした?」
「義父が(リアルブルーの事を知りたいから教えてくれるハンターに)逢いたいって言ってた」
唐突な台詞に思わず咽るカズマであった。
●ARMY DOG
大きな道から脇に逸れて奥まった場所に、その建物はあった。
古びた石造りの2階建ての建物の正面に年代を感じさせる小さい扉。看板を兼ねてか、その扉には一つのプレートが張ってある。
プレートにはこう記されていた――『喫茶「ARMY DOG」』。
「まだ時間がありますからね、そろそろ、招待状を送った皆さんが集まる頃でしょうか」
キュキュとグラスを丁寧に磨きながら淡々と鹿東 悠(ka0725)が口を開く。
バーカウンターの上には大皿料理が幾つも並んでいた。
ワインが注がれたグラスを片手に星加 籃奈(kz0247)が店の奥の棚に並べられた様々な酒の銘柄を見ながら言った。
「奢りとは、太っ腹だわ、鹿東さん」
「約束、でしたからね……というより、ささやかながら打ち上げです。諸々と、一先ずケリが付きましたから」
鹿東が関わった強化人間が絡む一連の事件、いや、陰謀はリアルブルーの凍結という出来事で、事件そのものは有耶無耶のままに終わった。
そのままだとキリが良くないので、ここで打ち上げして確りと一段落付ける事は、とても良い事だろう。
「誰をどこまで呼ぶべきか迷いましたけど」
「そういえば、リー軍曹は遅れてくるそうよ。覚醒者への契約に時間が掛かっているみたいだから」
契約を待つ強化人間達のおかげでハンターズソサエティは暫く、忙しい日々が続くだろう。
中にはリー軍曹のようにハンターを志願している者も多いという。人類側の戦力アップは間違いないだろうが、果たして、あのリー軍曹はちゃんと戦えるのだろうか。
そういえば、軍曹は依頼で一緒だったハンターとデートするとかしないとかそんな話はあれからどうなったのだろうと、ふと、頭を過った。
「あの……鹿東さん、僕はここに居ても良いのでしょうか?」
「当然ですよ。君のお蔭でお母さんを止める事が出来たんだ。故に、ここに居ても何ら問題ない」
「だって、僕の声が届いたかどうか分からないままですし……」
「届いたからこそ、ここに籃奈さんも居る。少なくとも、あの場に居合わせた者全員がそう感じている事です」
おかわりのジュースとトンと少年の前に置いた。
暴走していた籃奈機が一瞬止まった理由は結局分からなかった。
籃奈はその時、意識が朦朧としていて、あの戦いの出来事を覚えていないそうだ。
「そういえば、二人は、これからどうするのですか?」
「リゼリオか月で、のんびりと生活する予定よ。色々あり過ぎて、孝純の勉強も止まっていたし」
その言葉に孝純の両肩がビクッとなった。
鹿東は口元を緩める。
「学校どころでは無かったでしょうからね。将来の進路は、決めましたか?」
「……ハンターや軍人に……と思いましたが……僕、歴史学者になりたいです」
「それは沢山、勉強しないといけませんね」
リアルブルーとクリムゾンウェストの関係など、少年が学んできた歴史とは大きく異なってくるだろう。
二つの世界の繋がりを知るというのは、これからの時代、とても大事な事かもしれない。
「調べものでも、もし助力が必要な時は依頼を出して下さい。その時は見知った顔のよしみで優先して動けるよう努力しましょう」
「ありがとうございます。その時が来たら、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる孝純。
強化人間であった籃奈は少年が大人になるまで生きられないというが、きっと、この少年なら立派に育っていくだろう。
また、少年は母親との別れも乗り越えられるだろう。
この親子の未来がどんな道を辿るかは分からないが、その行く末に幸多からんことを鹿東は心の中で祈った。
●図星を指す者とツナ缶おばさん
魔装を構えた紡伎 希(kz0174)の半歩前に、同行していたUisca Amhran(ka0754)が立つ。
手にしているのは特別な練金杖と盾。振り返ってチラリと魔装に視線を向けた。
希の持つ“魔装”は意識があるかもしれないという。だが、意思を疎通する能力は失われている。
魔装から発せられる負のマテリアルが他の歪虚に気付かれにくくする為の“鞘”を手に入れなければ、歪虚に襲われ続ける事もあり得るのだ。
「誰であれ、ノゾミちゃんと子イケくんの邪魔はさせません!」
視線をミュール(kz0259)の分体に戻し、Uiscaは力強く宣言した。
一方、分体の方はぷくっと頬を膨らませていたが、急に笑みを浮かべた。
「思い出したよ、イスカお姉ちゃんはイヴ様の所に連れていく“決まり”だから」
「私も子イケくんも連れてはいけませんよ」
「どうかな~。今日は強そうな人いなそうだし。ミュールに勝てるかな~?」
分体が両手を開くと、左右の手それぞれに負のマテリアルの塊が出現。それを投げるように放ってきた。
直撃するコースでは無いが――イスカは咄嗟に盾を構え、希の前に防御壁を発生させる。
投げ込まれた負のマテリアルの塊が大爆発を起こした。
なぎ倒される木々の中、Uiscaと希の二人は反撃に出る。
軽快な歌とステップと共に、闇色の龍牙や龍爪を生み出す魔法を唱えるUisca。
分体の身体を貫くが、気にも止めていないようだ。希の放った矢も避けるまでも無いという様子で突き刺さった矢を抜き刺すと、ポイっと捨てる。
「言ったでしょ! 二人じゃ無理だって~」
余裕の表情で再び負のマテリアルの塊を作り出す分体。
少なくとも“魔装”が完全な状態だったとしても、それに勝てるだけの力量を持っているのは当然の事だろう。
その時、一歩踏み出した分体の頭にツナ缶が飛んできて、カツーンと直撃した。中身は既に無かったが、微妙に残ったオイルが周囲にぶちまけられる。
「あれ? これって缶詰?」
転がった缶詰に目を奪われる分体。
どうやら、ツナ缶なる存在を知らないようだ。
「ちょいと待ちなさい、そこの幼女。悪いけど、そこのポンコツダイエット器具をやらせるわけにもいかないのよ」
倒れた木々の間から姿を現したのはアルスレーテ・フュラー(ka6148)だった。
「アルスレーテ様!? どうしてここに?」
「こっちもこっちで色々あるのよ」
ちょうど森の中で他の依頼をこなしている最中だったが派手な爆発音が響いた為、駆け付けてきたのだ。
ちなみにお昼のツナサンドは確りと食べ終わっている。
転がった缶詰を拾って、ちゃっかりと懐に仕舞いながら、分体が言った。
「おばさん、誰? とりあえず、邪魔しないでよ」
「おば……あのね、あれは、私が殺す予定なのよ。だから、“ちょっぴり”邪魔させてもらうわね」
人差し指で“魔装”を差すアルスレーテ。
「あー! 知ってる! それ、ツンデレって言うんでしょ!」
「やかましいわよ!」
開いていた間合いを一気に詰めて蹴り上げるアルスレーテ。
分体は身軽に避けると木の幹を足場にして跳躍した。勢いで幹が砕ける。
「それじゃ、おばさんを先に殺してあげる~」
「私に近接戦を挑むなんて100年早いわ!」
頭突きを鉄扇で払いのけ、弾け飛ばす。
そこへ追撃を掛けるように、希の魔法が放たれた。ハンターの思わぬ反撃に距離を取る分体。
「折角のチャンスなのに、なんで追撃しないのかな~?」
良い攻勢だったが、Uiscaは分体の動きをよく観察していた。
【強制】や【懲罰】を警戒しての事だ。今の所、それらの能力を使う素振りは見せていないが。
「ミュールちゃん、聞いて。確かにイヴさんに会うまで絶望的な状況だったと思うの……でも親に虐待を受けても、希望を持ち続ける人もいるよっ」
「でも、苦しくて辛い人だって、いっぱいいる。だから、イヴ様が必要なの。それが絶望を救済できる唯一の方法なんだよ!」
宣言するように両腕を大きく広げる分体。
分体の頭上に幾つもの負のマテリアルの塊が現れると、雨あられのようにハンター達に降りかかった。
「全く、面倒な攻撃ね」
それらを叩き、あるいは受け流しながらアルスレーテは分体へと走り込む。
あれは少女の姿をしているが、堕落者であり歪虚だ。こちらの話が通じるか分かられない。それでもUiscaの言葉が続く以上はフォローに入り続けなければいけないだろう。
「……ミュールじゃなくて、お母さんに呼ばれていた本当の名前、あるんじゃない? もし、あるなら、お姉ちゃんに教えて?」
その台詞で降り注いでいた負のマテリアルの塊が止まった。
「……いいよ、イスカお姉ちゃん」
「ミュールちゃん……」
話が通じた、届いた――そう思ったのが油断だったかもしれない。
刹那、掻き消えるように瞬間移動する分体は、Uiscaの背後に移動した。
傲慢歪虚の持つ力を警戒はしていたが、会話の流れからの奇襲までは予測できなかった。
「今すぐ、死んでよぉぉ!」
「イスカさん!」
希の悲鳴のような声が響く。
Uiscaの台詞は分体の……いや、ミュールの逆鱗に触れたようだ。希は知らないが、王都での戦いでもUiscaはミュールを怒らしている。
しかし、負のマテリアルで創られた漆黒の刃は、Uiscaを貫く事はなく、アルスレーテの鉄扇に挟まれていた。
そのまま分体の身体に強烈な回し蹴りを見舞う。
格闘士としての力で瞬間移動に付いてきたのだ。少なくとも、分体が使う瞬間移動は“何らかのスキルの効果”で移動するものなのだろう。
「そう何度も同じ手は受けないわ」
「……ツナ缶のおばさんも嫌い! 嫌い嫌い! もう許さないんだから!」
ブンブンドンドンと地団駄を踏むと分体は涙目で頬を膨らませる。そして――
「ぜぇーたい、イヴ様に言いつけるもーん!!」
と、大泣きしながら森の奥へと逃げ帰っていったのであった。結構な速さである所を見ると、分体の中でもそれなりの実力を持つようだ。
まともに戦えば勝ち目は無かったかもしれないが、上手く追い払う事ができた。
「どうやら、精神年齢は幼女のままのようね」
姿が完全に見えなくなるのを確認してからアルスレーテは言った。
振り返ると希が不安そうな目をアルスレーテに向けている。
「……あー、大丈夫。別にこの場でそれを殺そうとは思わないから。そうする位ならそもそも乱入しないから」
「アルスレーテ様……」
「どうせ、今後も狙われるでしょうから、さっさとそれとの決着はつけとくのよ」
そう言い残し、アルスレーテは踵を返した。
簡単に“魔装”は倒されないだろうが、歪虚の襲撃が続き、巻き込まれる人がいたら可哀想だとは思う。
立ち去るアルスレーテの後ろ姿に深く頭を下げる希の横にUiscaが並んだ。
「さぁ、私達も急ぎましょう」
ゆっくりしていると分体が戻ってくるかもしれないし、他の歪虚がやってくるかもしれない。
軍師騎士ノセヤに傲慢王の事で伝えておきたい事もあるし、“鞘”の事もある。急ぐに越した事はないだろう。
「はい、イスカさん……あの子は、もう絶望の中のままなのでしょうか?」
弱々しく言う希にUiscaは首を横に振る。
怒られたが手応えはあった。
「人は何度でも希望を胸に絶望から立ち上がれる。だから、諦めないで。ミュールちゃんが怒ったのは、きっと、どこかで何か自覚があるからと思うから」
「そう……ですよね!」
パッと明るい表情で希は頷くと“魔装”を大事そうに抱えたのであった。
ぐつぐつと煮立ってきた鍋をぼんやりと眺める鳴月 牡丹(kz0180)。
鳴月家がリゼリオの街中に借りている一室だった。暖かく優しい香りが部屋の中に広がっている。
「女の子に冷えは大敵だからな」
そう言いながら鍋奉行である龍崎・カズマ(ka0178)が次の具材を投入する。
港町であるリゼリオとはいえ、冬の季節が近づいてきているのだ。体を温める料理が恋しい時期だろう。
「……まだ、悩んでいるのか?」
ぼーとしている牡丹にカズマは呼び掛けた。
大体、察しはついている。星加親子の件なのだろう。
強化人間であった籃奈は長く生きられないという。息子である孝純が成人するのを見届ける事はできないだろう。
孝純自身も希望している。賢い子だから、自分の置かれている状況が理解できているのかもしれない。
「やっぱり、一度は家に帰らなきゃいけないか……」
「だろうな……養子になるのなら、取り交わしの書類もあるんだろう?」
「多分?」
首を傾げる牡丹。自身が鳴月家の養子になった際はその辺りの手続きは家族が行っていたようだ。
孝純の事であれば籃奈が署名するのが妥当という所だが……。
「例えば、まずは牡丹の文官として活動し、それを実績にして、養子の話を運びやすくする……とかはできないのか?」
「……そっか、丁稚なら、僕からの推薦でも通るかも」
カズマのアドバイスに牡丹がポンと手を叩きながら答えた。
文官――というよりかは家事代行として、牡丹の下で働くというのは出来るだろう。
思えば、カズマが掃除しなければ散らかり放題な訳であるし、良いアイデアかもしれない。
もっとも、牡丹自身が自分で掃除すればいいだけの事ではあるのだが……その辺りの事情は鳴月家もよく分かっている事だろう。
「僕が不在の時の連絡とか人が欲しいと思っていたし、鳴月家でもリゼリオに出先機関が欲しいみたいな事、前に言ってたから」
「立場的には将来性があるって事か。生活基盤の準備はできそうかな」
リゼリオで暮らしていれば、この街の事を知る事も、この街の人とパイプ作りも出来るだろう。
後はこの案で鳴月家が首を縦に振るかどうかだが――突然の養子話よりも通りやすいはずだ。
カズマは鍋に投入した具材の火の通りを確認しながら呟くように言った。
「孝純がいつかその時が来ても、笑顔で送り出せるように。そして、旅立つ籃奈が後悔しないように、精一杯の愛情を注げるように、な」
「うん……そうだね…………ありがとう、カズマ君」
か細く小さく感謝を告げた牡丹の取り皿を何事も無かったようにカズマは取った。
「ほら、それじゃ食べようか」
「お腹ペコペコだよ!」
嬉しそうに満面の笑みを浮かべる牡丹に、ふと、カズマは鳴月家の中で自分がどう認識されているのかと感じた。
牡丹が事あるごとにカズマの世話になっている事を、彼女自身が黙っているとは思えない……それでいて、鳴月家からは特に反応が無いのだ。
宿ではなく、一室を借りている事も不可解だ。少なくとも確りとした宿であれば掃除の心配はないだろうし。
(……なんか、黙っていられるのも、ある意味、怖いな)
思わず苦笑を浮かべるカズマ。
鳴月家はエトファリカ武家四十八家門中の第五位の上位武家だ。以前、鳴月家の者と会った時の雰囲気から、彼女が家の中で愛されている存在なのは汲み取れた。
「そういえば、カズマ君」
「どうした?」
「義父が(リアルブルーの事を知りたいから教えてくれるハンターに)逢いたいって言ってた」
唐突な台詞に思わず咽るカズマであった。
●ARMY DOG
大きな道から脇に逸れて奥まった場所に、その建物はあった。
古びた石造りの2階建ての建物の正面に年代を感じさせる小さい扉。看板を兼ねてか、その扉には一つのプレートが張ってある。
プレートにはこう記されていた――『喫茶「ARMY DOG」』。
「まだ時間がありますからね、そろそろ、招待状を送った皆さんが集まる頃でしょうか」
キュキュとグラスを丁寧に磨きながら淡々と鹿東 悠(ka0725)が口を開く。
バーカウンターの上には大皿料理が幾つも並んでいた。
ワインが注がれたグラスを片手に星加 籃奈(kz0247)が店の奥の棚に並べられた様々な酒の銘柄を見ながら言った。
「奢りとは、太っ腹だわ、鹿東さん」
「約束、でしたからね……というより、ささやかながら打ち上げです。諸々と、一先ずケリが付きましたから」
鹿東が関わった強化人間が絡む一連の事件、いや、陰謀はリアルブルーの凍結という出来事で、事件そのものは有耶無耶のままに終わった。
そのままだとキリが良くないので、ここで打ち上げして確りと一段落付ける事は、とても良い事だろう。
「誰をどこまで呼ぶべきか迷いましたけど」
「そういえば、リー軍曹は遅れてくるそうよ。覚醒者への契約に時間が掛かっているみたいだから」
契約を待つ強化人間達のおかげでハンターズソサエティは暫く、忙しい日々が続くだろう。
中にはリー軍曹のようにハンターを志願している者も多いという。人類側の戦力アップは間違いないだろうが、果たして、あのリー軍曹はちゃんと戦えるのだろうか。
そういえば、軍曹は依頼で一緒だったハンターとデートするとかしないとかそんな話はあれからどうなったのだろうと、ふと、頭を過った。
「あの……鹿東さん、僕はここに居ても良いのでしょうか?」
「当然ですよ。君のお蔭でお母さんを止める事が出来たんだ。故に、ここに居ても何ら問題ない」
「だって、僕の声が届いたかどうか分からないままですし……」
「届いたからこそ、ここに籃奈さんも居る。少なくとも、あの場に居合わせた者全員がそう感じている事です」
おかわりのジュースとトンと少年の前に置いた。
暴走していた籃奈機が一瞬止まった理由は結局分からなかった。
籃奈はその時、意識が朦朧としていて、あの戦いの出来事を覚えていないそうだ。
「そういえば、二人は、これからどうするのですか?」
「リゼリオか月で、のんびりと生活する予定よ。色々あり過ぎて、孝純の勉強も止まっていたし」
その言葉に孝純の両肩がビクッとなった。
鹿東は口元を緩める。
「学校どころでは無かったでしょうからね。将来の進路は、決めましたか?」
「……ハンターや軍人に……と思いましたが……僕、歴史学者になりたいです」
「それは沢山、勉強しないといけませんね」
リアルブルーとクリムゾンウェストの関係など、少年が学んできた歴史とは大きく異なってくるだろう。
二つの世界の繋がりを知るというのは、これからの時代、とても大事な事かもしれない。
「調べものでも、もし助力が必要な時は依頼を出して下さい。その時は見知った顔のよしみで優先して動けるよう努力しましょう」
「ありがとうございます。その時が来たら、よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げる孝純。
強化人間であった籃奈は少年が大人になるまで生きられないというが、きっと、この少年なら立派に育っていくだろう。
また、少年は母親との別れも乗り越えられるだろう。
この親子の未来がどんな道を辿るかは分からないが、その行く末に幸多からんことを鹿東は心の中で祈った。
●図星を指す者とツナ缶おばさん
魔装を構えた紡伎 希(kz0174)の半歩前に、同行していたUisca Amhran(ka0754)が立つ。
手にしているのは特別な練金杖と盾。振り返ってチラリと魔装に視線を向けた。
希の持つ“魔装”は意識があるかもしれないという。だが、意思を疎通する能力は失われている。
魔装から発せられる負のマテリアルが他の歪虚に気付かれにくくする為の“鞘”を手に入れなければ、歪虚に襲われ続ける事もあり得るのだ。
「誰であれ、ノゾミちゃんと子イケくんの邪魔はさせません!」
視線をミュール(kz0259)の分体に戻し、Uiscaは力強く宣言した。
一方、分体の方はぷくっと頬を膨らませていたが、急に笑みを浮かべた。
「思い出したよ、イスカお姉ちゃんはイヴ様の所に連れていく“決まり”だから」
「私も子イケくんも連れてはいけませんよ」
「どうかな~。今日は強そうな人いなそうだし。ミュールに勝てるかな~?」
分体が両手を開くと、左右の手それぞれに負のマテリアルの塊が出現。それを投げるように放ってきた。
直撃するコースでは無いが――イスカは咄嗟に盾を構え、希の前に防御壁を発生させる。
投げ込まれた負のマテリアルの塊が大爆発を起こした。
なぎ倒される木々の中、Uiscaと希の二人は反撃に出る。
軽快な歌とステップと共に、闇色の龍牙や龍爪を生み出す魔法を唱えるUisca。
分体の身体を貫くが、気にも止めていないようだ。希の放った矢も避けるまでも無いという様子で突き刺さった矢を抜き刺すと、ポイっと捨てる。
「言ったでしょ! 二人じゃ無理だって~」
余裕の表情で再び負のマテリアルの塊を作り出す分体。
少なくとも“魔装”が完全な状態だったとしても、それに勝てるだけの力量を持っているのは当然の事だろう。
その時、一歩踏み出した分体の頭にツナ缶が飛んできて、カツーンと直撃した。中身は既に無かったが、微妙に残ったオイルが周囲にぶちまけられる。
「あれ? これって缶詰?」
転がった缶詰に目を奪われる分体。
どうやら、ツナ缶なる存在を知らないようだ。
「ちょいと待ちなさい、そこの幼女。悪いけど、そこのポンコツダイエット器具をやらせるわけにもいかないのよ」
倒れた木々の間から姿を現したのはアルスレーテ・フュラー(ka6148)だった。
「アルスレーテ様!? どうしてここに?」
「こっちもこっちで色々あるのよ」
ちょうど森の中で他の依頼をこなしている最中だったが派手な爆発音が響いた為、駆け付けてきたのだ。
ちなみにお昼のツナサンドは確りと食べ終わっている。
転がった缶詰を拾って、ちゃっかりと懐に仕舞いながら、分体が言った。
「おばさん、誰? とりあえず、邪魔しないでよ」
「おば……あのね、あれは、私が殺す予定なのよ。だから、“ちょっぴり”邪魔させてもらうわね」
人差し指で“魔装”を差すアルスレーテ。
「あー! 知ってる! それ、ツンデレって言うんでしょ!」
「やかましいわよ!」
開いていた間合いを一気に詰めて蹴り上げるアルスレーテ。
分体は身軽に避けると木の幹を足場にして跳躍した。勢いで幹が砕ける。
「それじゃ、おばさんを先に殺してあげる~」
「私に近接戦を挑むなんて100年早いわ!」
頭突きを鉄扇で払いのけ、弾け飛ばす。
そこへ追撃を掛けるように、希の魔法が放たれた。ハンターの思わぬ反撃に距離を取る分体。
「折角のチャンスなのに、なんで追撃しないのかな~?」
良い攻勢だったが、Uiscaは分体の動きをよく観察していた。
【強制】や【懲罰】を警戒しての事だ。今の所、それらの能力を使う素振りは見せていないが。
「ミュールちゃん、聞いて。確かにイヴさんに会うまで絶望的な状況だったと思うの……でも親に虐待を受けても、希望を持ち続ける人もいるよっ」
「でも、苦しくて辛い人だって、いっぱいいる。だから、イヴ様が必要なの。それが絶望を救済できる唯一の方法なんだよ!」
宣言するように両腕を大きく広げる分体。
分体の頭上に幾つもの負のマテリアルの塊が現れると、雨あられのようにハンター達に降りかかった。
「全く、面倒な攻撃ね」
それらを叩き、あるいは受け流しながらアルスレーテは分体へと走り込む。
あれは少女の姿をしているが、堕落者であり歪虚だ。こちらの話が通じるか分かられない。それでもUiscaの言葉が続く以上はフォローに入り続けなければいけないだろう。
「……ミュールじゃなくて、お母さんに呼ばれていた本当の名前、あるんじゃない? もし、あるなら、お姉ちゃんに教えて?」
その台詞で降り注いでいた負のマテリアルの塊が止まった。
「……いいよ、イスカお姉ちゃん」
「ミュールちゃん……」
話が通じた、届いた――そう思ったのが油断だったかもしれない。
刹那、掻き消えるように瞬間移動する分体は、Uiscaの背後に移動した。
傲慢歪虚の持つ力を警戒はしていたが、会話の流れからの奇襲までは予測できなかった。
「今すぐ、死んでよぉぉ!」
「イスカさん!」
希の悲鳴のような声が響く。
Uiscaの台詞は分体の……いや、ミュールの逆鱗に触れたようだ。希は知らないが、王都での戦いでもUiscaはミュールを怒らしている。
しかし、負のマテリアルで創られた漆黒の刃は、Uiscaを貫く事はなく、アルスレーテの鉄扇に挟まれていた。
そのまま分体の身体に強烈な回し蹴りを見舞う。
格闘士としての力で瞬間移動に付いてきたのだ。少なくとも、分体が使う瞬間移動は“何らかのスキルの効果”で移動するものなのだろう。
「そう何度も同じ手は受けないわ」
「……ツナ缶のおばさんも嫌い! 嫌い嫌い! もう許さないんだから!」
ブンブンドンドンと地団駄を踏むと分体は涙目で頬を膨らませる。そして――
「ぜぇーたい、イヴ様に言いつけるもーん!!」
と、大泣きしながら森の奥へと逃げ帰っていったのであった。結構な速さである所を見ると、分体の中でもそれなりの実力を持つようだ。
まともに戦えば勝ち目は無かったかもしれないが、上手く追い払う事ができた。
「どうやら、精神年齢は幼女のままのようね」
姿が完全に見えなくなるのを確認してからアルスレーテは言った。
振り返ると希が不安そうな目をアルスレーテに向けている。
「……あー、大丈夫。別にこの場でそれを殺そうとは思わないから。そうする位ならそもそも乱入しないから」
「アルスレーテ様……」
「どうせ、今後も狙われるでしょうから、さっさとそれとの決着はつけとくのよ」
そう言い残し、アルスレーテは踵を返した。
簡単に“魔装”は倒されないだろうが、歪虚の襲撃が続き、巻き込まれる人がいたら可哀想だとは思う。
立ち去るアルスレーテの後ろ姿に深く頭を下げる希の横にUiscaが並んだ。
「さぁ、私達も急ぎましょう」
ゆっくりしていると分体が戻ってくるかもしれないし、他の歪虚がやってくるかもしれない。
軍師騎士ノセヤに傲慢王の事で伝えておきたい事もあるし、“鞘”の事もある。急ぐに越した事はないだろう。
「はい、イスカさん……あの子は、もう絶望の中のままなのでしょうか?」
弱々しく言う希にUiscaは首を横に振る。
怒られたが手応えはあった。
「人は何度でも希望を胸に絶望から立ち上がれる。だから、諦めないで。ミュールちゃんが怒ったのは、きっと、どこかで何か自覚があるからと思うから」
「そう……ですよね!」
パッと明るい表情で希は頷くと“魔装”を大事そうに抱えたのであった。
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/11/04 22:23:54 |
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【質問卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/11/09 23:54:51 |
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【相談卓】 Uisca=S=Amhran(ka0754) エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2018/11/10 00:20:34 |