聖導士学校――姿無き刺客

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/11/13 09:00
完成日
2018/11/19 01:58

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「ねえ、つまみ食いした?」
「普段からあれだけ食わされてるのにつまみ食いなんてできねーよ」
 11歳になったばかりの男女が食器を洗っている。
 毎日虐待レベルの運動とリアルブルー基準の食生活をしているため、実年齢よりかなり体格が良い。
「おかしいわね。予備の燻製ハムの数が何度数えてもあわないのよ」
「こっちも胡桃パンが足りなかったがよ、1年がお代わりしたんじゃね?」
 洗い終え、水切籠に載せ、清潔なタオルで手を拭く。
 ストリートチルドレン同然の生活や座敷牢じみた日陰の生活を送っていたとは思えないほど慣れた動きだ。
「あのノルマでお代わりなんて本気で言ってる?」
「助祭様や司祭様が夜食に食ったかもしれねーだろ」
 男女別に分かれた更衣室に入って装備を身につける。
 直前までのエプロン姿から、格式と暴力の香りを漂わせる聖堂戦士用装備に切り替わった。
「マティ姉様は普段から私達の3割増しだし」
「司祭の姉御は食が細いぜ。あの体格であの腕力ってのは今でも信じられねぇ」
 全身鎧もメイスも体格にあわせたものだ。
 厚みはミリではなくセンチ、メイスも純粋な戦闘用だ。
「レポートできた?」
「一応。あれ境界争いの知識がねーと書けねぇよ。多分出題ミスだし俺のレポート写さねぇ?」
 元々は伝統的な聖導士を育てるための教育だったのが、ハンター関与により士官学校じみた内容になっている。
「お願い。……同級生との連携も要求される課題ってことね」
「俺の発言も先公の狙い通りってか。全部見透かされてるのは腹立つぜ」
 生徒寮としては立派で、それ以上に防御が整いすぎた建物から2人で出る。
 エンジンがかかった魔導トラック4両と、2人より2回りは大きな教官が待ち構えていた。
「お前達が一番乗りだ。良い心がけだな」
「はいっ」
「今日もよろしくお願いいたします!」
 殺気じみた視線を浴びても、2人の生徒は腹に力を込めて返事をする。
「よろしい。お前等の班は南への長距離走とルル様の社の掃除だ。どちらも気を抜くんじゃないぞ!」
 ハンター不在時でも、教育は手抜き無く行われていた。

●ルル農業法人
「大変有意義な取引ができました」
 執事然とした男と筋骨逞しい男が力強く握手を交わす。
 立会人は若い司祭とエルフ耳少女。
 前者はまだ権力者らしい存在感があるが、後者は口元はパンくずだらけでハムの脂の香りを漂わせている。
「精霊様に見守られて取引するのも乙なものですな」
 諸侯の代理人は微笑んではいても感情を悟らせない。
「お互い幸運に恵まれたということでしょう」
 法人の長である男は内心一杯一杯だ。
 現役騎士時代も、交渉は全て部下に任せるほど苦手だった。
 しかし彼が軽く見られることはあり得ない。
 ハンター不在時に、護衛兼肩車係として精霊に使われているからである。
 貴族の使いが帰った後、農業法人社長が力尽きたように革椅子に倒れ込む。
「世間話が金になるのはどうにも違和感が」
「少人数で広い農地を経営するのは貴族や資産家の夢ですから。ノウハウは値千金です」
 貴族出身の女司祭が事実を口にする。
「機械化……いやゴーレム導入で小作人が追い出されるんですかね。社員が第一なんで納得はしますが良い気持ちはしませんよ」
 丘精霊はお菓子に夢中だ。
 膨大な敬意と賞賛と正マテリアルを浴び10~11歳のエルフ少女に見えるまで成長したのに、行動は以前と全く変わらない。
「大丈夫です」
 女司祭の表情は暗い。
 歪虚に備えて対爆仕様のガラス越しに、2つ目の月を見上げる。
「食料の需要が増えました。小作人を手放す余裕はないできないでしょう。しがらみが多く機械化の速度も遅いでしょうし」
「……喜べませんな」
 最前線から遠く離れたこの場所でも、リアルブルー凍結の影響は確実に存在した。

●刺客
 女司祭が振り返るより早く、防諜担当の職員が彼女ごと丘精霊を押し倒した。
「敵襲ぅ!」
 我が身を盾にしたまま全力で叫ぶ。
 半ば死を覚悟した行動だった。
 なのに負の気配は離れて行き、戦闘教官を務める聖堂戦士が授業を中断し職員室へ乱入してくる。
「司祭! ご無事でっ」
「負マテリアル……歪虚か!?」
 乱入した聖堂戦士たちも混乱していた。
 ここは聖堂教会の儀式で厳重に守られている。
 だが、先程の襲撃は元細作である職員しか気づけなかった。
 聖堂教会関係者は皆、新たな脅威に気づいて蒼白だ。
「あたらしいあそび?」
 超高出力のテレパシーの代わりに筆談を使い出した丘精霊だけが、何も気づかずワクワクしていた。

●村の跡
 不定形の歪虚が、かつて村があった場所へ舞い戻る。
 陽の気に満ちた場所は毒沼に等しい。
 法術によるダメージがなくても消滅寸前まで追い込まれた。
 何百年経っても消えない悲憤を核に、負マテリアルが集まっていく。
 最後の残滓が薄れて消えるまで、何度でも襲撃を繰り返すつもりだった。

●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ畑畑畑畑農川畑畑畑畑川川 
い平平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑平□平平平平 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に劇場と関連施設あり
え平平平平平平木木墓■■■ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林□□■■■ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林平丘林□□■■○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿林林□■■■ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□□■■■ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□□□◇◇■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■×■■■■◎■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■○■■■■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され難い
し■◇■■■■■■■■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ
す■■◇■■■■■■■■■
せ■◎■■■■■■◎◎■■ 墓=平地。遠い昔に悲劇があった場所。墓碑複数有。掃除頻度低
そ■■■■■■■■◎◎■■
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域。基本的に平地。詳しい情報がない場所です
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点
×=歪虚に制圧された平地。負マテリアル濃度が上昇中

gえ=木の成長速度が異様に加速中。法人が肥料投入を継続
iけ=負マテリアル濃度が高め。周辺(南東・南・南西・北東)の負マテリアル濃度が低下

 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 地図の南3分の1の地上は、汚染の影響で遠くからは見辛い
 丘から学校にかけて狼煙台あり。学校から北へ街道あり

リプレイ本文

●エルフの村陥落
 スラスターの炎が黒と金の装甲を照らし出た。
 闇色のブレスが次々に装甲を掠める。
 連続攻撃でも複数同時攻撃でもない攻撃など滅多に当たらない。
 少なくともその程度には、このR7は強かった。
「歪虚による学校への襲撃は心配ですが」
 スラスターの炎が途切れる。
 長距離飛行用ではなく姿勢制御用なのだから当然ではあるが、大型歪虚から十数メートルの位置で動きが鈍るのは拙い。
 負マテリアルで構成された闇色の鳥が、虚ろな眼窩を不気味に光らせ渾身のブレスを解き放った。
「通常の歪虚の襲撃も放ってはおけないですね」
 エルバッハ・リオン(ka2434)が再度スラスターを吹かす。
 右側からのブレス3本はぎりぎりで回避する。
 左側からの1本は胸部装甲の表面を焼きながら右へと抜けた。
 鋭く息を吐く。
 ブレスが直撃する前に斬艦刀で受け、マテリアルカーテンで軽減し、被弾箇所も最も装甲が厚い胴部だったのにダメージがあった。
 10度当たっても大破に至らない。
 だが、戦いを長引かせれば機体を放棄するしかなくなる威力ではあった。。
「この程度であれば」
 背部マジックエンハンサーにエネルギーをまわす。
 術媒体としても使われる試作電磁加速砲が光を帯び、エルバッハの詠唱に導かれた力が火球として機外に出現する。
「問題ありません」
 炸裂する。
 直径10メートルの衝撃が闇鳥1個分隊を襲う。
 格と力の照明である巨体が仇となり、小型歪虚が被弾した場合の4倍の威力で羽と肉と骨を抉られる。
「っ」
 温存するつもりだったスラスターを惜しみなく使う。
 半死半生の、けれどまだ1体も滅んでいない闇鳥達が、大きく息を吸って極太ブレスを地面に叩き付けた。
 集束は甘く直撃しても致命打にはならない。
 しかし範囲攻撃であるため非常に躱しづらく、回避の成功率は半減し受けとマテリアルカーテンでダメージを減らすので精一杯だ。
 フレームは健在だがあらゆる部分の装甲が軋んでHMDにエラー表示が急増する。
 息を吸うための時間も惜しんで詠唱と術行使に没頭。
 再度のブレスが飛んでくる前に、止めのファイアーボールで闇鳥4体を倒し……きれない。
 ぎりぎりで直撃を免れた1体が大きく嘴を開く。
 形を維持できず崩れていきながら、自分自身を燃やして最後のブレスを放とうとした。
「遅れてすみません」
 群青の穂先が闇鳥の下顎と上顎を貫く。
 発射直前のブレスが遮られて内側に戻り、闇鳥を内側から焼き尽くす。
「いえ、感謝します」
 エルバッハは大きく息を吐き、無意識に近い操作で剣ではなく銃口を真横に向けた。
 1連射10発の弾が負マテリアル混じりの空気をかき混ぜる。
 地表すれすれに飛ぶ小型歪虚が1羽2羽と砕かれ、編隊全てが落ちる前に射程外へ逃げ出す。
「ここより南西より歪虚が多いです。……どうします?」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)の問いは、このまま進むか撤退するかの確認だ。
 エルバッハの当初計画であれば後1戦する程度の余裕はあるものの、このまま戦い続けるのは効率が悪い気がする。
 今この近くには、エルバッハ以外にも2人のハンターがいるのだ。
「……協力を求めます」
 エルバッハは淡々と執るべき手段を実行した。
 その7分後。
 エルバッハのときの倍を超えるブレスが1箇所に集中した。
 もはや固体に近い液体だ。
 濃厚な負マテリアルが地面に染みこみ変質させ、新たな歪虚を発生させようとする。
 が、攻撃ではなく単に踏み下ろした足に砕かれ負の属性を保てなくなる。
「指揮官でもできたと思ったんだがな」
 負マテリアルは消えず、巻き上げられた負マテリアルの中を漂う。
 巨大な魔斧を軽々担いだボルディア・コンフラムス(ka0796)が、軽いくしゃみだけで肺に入った負マテリアルを体外に排出した。
「囲んで長い棒で叩くのは王道の戦術って奴だ」
 平然と南へ走る。
 ボルディアを包囲する闇鳥を襲うためではない。
 新たな闇鳥あるいはそれ以上の歪虚が新たに現れる場所を目指し、2本の足で馬並の速度で走っている。
「10撃てば1当たるし10当てれば1つは急所に当たる。このまま戦えば俺を殺せるぜ?」
 事実である。
 邪神と戦って生き延びた彼女も無敵ではなく、一方的に攻撃されればいつかは殺される。
 少なくとも今日の夕方までは生き延びられない。
「ほらほらどうした」
 ボルディアの笑みが濃くなる。
 圧倒的に優勢なはずの闇鳥が動揺し、円形の包囲陣が楕円に、楕円から点の集まりに変わり最終的に烏合の衆へと落ちる。
 北の闇鳥は必死にボルディアを追い、南の闇鳥は一箇所に集まりボルディアを食い止めるための壁となろうとした。
「意地でも守るつもりか。そこが本拠の1つって訳だな」
 血が流れる。
 大精霊の加護がなくても多くのマテリアルが含まれる血が、気温が低いのに蒸発して大部分が血肉としてボルディアに戻る。
 不死の血と評すのが妥当な、歪虚にとっての絶望的光景だった。
「敵は大群、俺等は二人」
 魔斧の柄を軽く握り直す。
 彼女にとっては軽くでもかかった力は凄まじく、恐怖がないはずの闇鳥が負マテリアルを生唾のように飲み込んだ。
「最ッ高に燃えるじゃねえか、なあ相棒!?」
 祖霊を自ら呼び込み巨大化する。
 その上で、巨大な刃を倍速じみた速度で旋回。
 直径14メートルの攻撃圏全ての歪虚が、真横に断ち割られた上でもう一度刃の洗礼を受ける。
 比喩で無く1軍であった歪虚の部隊が一撃で消滅した。
「これは……」
 半ば絶句しながらエルバッハが指を動かす。
 元ボルディア包囲網の北端闇鳥が銃弾で削られきり地面に倒れ伏す。
 背後からの攻撃はよく効くだけでなく攻撃側が無傷で済み、エルバッハ機は予備弾倉の消耗しかせずスコアを増やす。
 HMD越しに一方的蹂躙劇が見える。
 けれど、通信機から聞こえるボルディアの声は敗戦時じみていた。
「ぜんっぜん余裕がないから援護頼むぜ。ヴァンの位置も分からねぇってのは相当拙い」
 エルバッハ機とボルディアの中間あたりの位置で、イェジドが両刃の刃を振り回して闇鳥を削っている。
 主ほどの威力も攻撃範囲も防御力もないが速度が素晴らしい。
 その速度を活かし、攻撃と攪乱を戦場の各所で行い敵勢が混乱から回復するのを防いでいる。
「はっはっは、薬も切れたぜ」
 ボルディアの歩みは止まらない。
 止まらない以上、闇鳥たちは守るためにハンターの攻撃に身をさらすしかない。
 かつて滅ぼされた村を再び滅ぼされるのだけは許容できないのだ。
「エイル、止まって」
 イェジドは速度を落とすが何か言いたげだ。
「呼吸を整えて」
 汚染の強度が上がっている。
 イツキも時折体が重くなるし、エイルに至っては不調に気付けないまま走っていたほどだ。
「ごめんね。ハンター3人で来るのが無茶なのは分かっているけど」
 自然な体重移動で穂先の速度を上げ、斜めに急降下して来た目無し烏を受け流す。
 エイルを道連れにすることもイツキを疲労させることもできず、小型雑魔が固い地面にぶつかり粉末状に砕け散る。
「きっと、こんなチャンスは二度と無い」
 敵の護りが薄いのだ。
 ボルディアに立ち塞がる歪虚は過去最大級の質と量がある。
 だが戦場全体で見れば、敵増援が現れる頻度は低く現れるタイミングも不適切。
 指揮官と主力が揃って不在のような、気の抜けた印象だ。
「エイルが居るから、何処にだって往ける」
 イェジドが胸を張る。
 呼吸はいつも通りに戻り、負マテリアルに晒され乱れていた集中力が元に戻る。
「どんな恐怖も、私たちには届かない」
 負のブレスが真横から飛んでくる。
 エイルが綺麗な半円を描いて躱し、イツキが繰り出す穂先が闇鳥の胸から肺を抉って止めを刺す。
「さあ、往こう。エイルッ!」
 高濃度マテリアルが満ちた土地へ、1組の主従が突入した。
「っ」
 一瞬だけ息がつまった。
 枯れかけた村の姿が目に入る。
 子は痩せこけ、数少ない大人は半死半生の大怪我だ。
 そんな光景が、ボルディアと闇鳥軍の激闘に重なる形でイツキの目にだけ見えていた。
 子供が立ち上がる。
 負マテリアルが闇鳥の形に膨れあがる。
 血を流しながら大人が上体を起こす。
 小型の闇鳥が高い知性を宿した瞳でイツキを見る。
「こんな……」
 子供がボルディアに気付き震えながら石を拾う。
 闇鳥が力を溜めてブレスの準備をする。
 大人が剣を抜く。
 小型闇鳥がイツキ主従の前に立ち塞がりボルディアとの合流を阻む。
「――もし、復讐が唯一の解だと言うのなら」
 彼等にとり人間は敵で聖堂教会は不倶戴天の敵だ。
 何百年経とうと変わらない。
 歪虚に成り果てた彼等は、もう変われないのだ。
「私は、貴方たちに応える事はできない」
 小型闇鳥の気配が変わった。
 同族に対する親近感はそのままに、殺すしかない相手に対する冷たい殺意を浮かべて飛翔する。
 凄まじく速い。
 同時に凄まじく重い。
 スキルを使わず防ぐなら、ボルディアですら重傷を覚悟する必要が有る奇襲攻撃だった。
 イツキが槍から左手を離す。
 短いけれど鋭いクチバシがイツキの白い喉を狙う。
 クチバシに、イツキの素手の拳が絶妙な角度で突き刺さった。
「エイル!」
 イェジドが4つ足で大地を踏み締める。
 主を貫いてきた衝撃を、内臓をかき乱されながら受け流す。
 そして、自身の力をほぼ全て跳ね返された小型闇鳥は、後ろに縦回転しながらボルディアに向かって転がった。
「何だ?」
 ボルディアが魔斧を振り上げて小型闇鳥をたたき落とす。
 見事な防御兼攻撃ではあるが小型闇鳥を見えもせず聞こえもしていないかのような動きだ。
「範囲攻撃は!」
「品切れだ。って何かいるんだなっ!?」
 ボルディアが唐突に首を斜めに振る。
 完全に闇鳥と化す直前の負マテリアルが、ボルディアの頬すれすれに通過する。
 ボルディアが見えていないのは他にもいる。
 無傷の小型闇鳥が2つ、気配を殺して彼女の背から迫る。
 イツキも、重なり合って見えるエルフの姿がなければ、ボルディア同様気づけなかったはずだ。
「やれ、こっちであわせる」
「はい!」
 イツキは両手で槍を構え直す。
 エイルが全力で吼えて闇鳥たちの連携を乱す。
「やぁっ!」
 歪んでしまった悪夢を穿つため、蒼く輝く魔槍から青龍翔咬波を全力で放つ。
 現代のエルフが練りに練った技が、古のエルフであった歪虚を貫き浄化する。
 直線上に出現した無人の空間へ、ボルディアが前転の動作で入り込んで振り返り、そもまま巨大斧の一撃で残存歪虚に重傷を負わせる。
「あ」
「糞っ」
 ぼろぼろの小型闇鳥が、生き残りの闇鳥複数を連れ南西に向かい飛び立とうとした。
 出迎えたのは、青い空ではなく銃弾だった。
 闇鳥が片翼を失い地面に落下していく。
 呆然とする闇鳥の眼下で、闇鳥たちが次々討たれて負マテリアルに戻っていく。
 歪虚が絶叫。
 絶望と憎悪が大気を揺らし、ハンターと幻獣の感覚を狂わせその場に足止めする。
 だがCAMは動く。
 エルバッハがなんとか動かした指先だけの操作で、精妙な狙いをつけた銃撃を途切れなく闇鳥たちに降らせていく。
 HMDの歪虚のシンボルが次々に消えていく。
 増援は数分間から途切れ、戦況はハンターの側に傾き二度と均衡状態には戻らない。
 闇鳥が向きを変える。
 せめて1人は道連れにしようと、巨大な鎧に包まれた現代エルフめがけて最大最期の加速を行った。
「生身では、防げなかったかもしれませんね」
 斬艦刀が突き出されている。
 刀身部分にはほぼ固体の負マテリアルがこびりつき。
 2つに断たれた小型闇鳥がR7ウィザードの両肩に突き刺さっている。
 再起動すれば歩いて帰ることはできるが、戦闘能力は完全に失われていた。
「ルル、見てるだろ」
 ボルディアが口の中の血を吐き捨てる。
 急速に負マテリアル濃度が低下していく元エルフ村に、珍しくカソック姿でない丘精霊が出現する。
「あの歌を歌ったのはな。お前自身がどうなりたいかってのを、お前自身で考えてもらう為なんだよ」
 ここには何もない。
 怨念が消えれば、かつてエルフがいた痕跡は何一つ残らない。
「お前が……向き合わなきゃならないモノは、なんだ? 力が必要なら俺が貸す。でもな、最後はお前自身が勇気を出さなきゃダメなんだ」
 丘精霊は何も言えず、ただ立ち竦んでいる。
「ルル様」
 イツキがボルディアに肩を貸しながら問いかける。
「この地に染み込んだ無念も、憎悪も、私には理解してあげられません。彼らが本当に求めているものが何なのかすら、わからないのです」
 今回、歪虚生産拠点ともいえる場所を攻略した。
 歪虚の力と頭脳が離れた隙をついた、完璧なカウンターに成功した。
「今のエルフで……人類で解決しなくてはならないのは分かっています。でも、それでも」
 エルフにだけに見えた、古のエルフ達の姿を思い出す。
 ただ武力で以てかき消すのは、必要なことだとしてもあまりにも惨いと感じてしまう。
「何か、助言をいただけないでしょうか?」
 ルルが口を開き、何かを言いかけ、内容をまとめることができず口を閉じる。
 真摯に考えてはいるが、答えを出すには経験が足りなかった。

●きょうの精霊さん
 この土地を象徴する精霊が、物欲しげに指を咥えてケーキを凝視していた。
 豊かな銀髪がカソックの黒に映えている。
 黙っていれば聖堂教会全体の宣伝にも使える素材だが行動で台無しだ。
「これは友だちが作ってくれた特別なチョコだよ」
 メイム(ka2290)がすり足で後退する。
 丘精霊ルルは、心底情け無い表情で切なげに見送り目をうるうるさせる。
 外見年齢が11歳ほどなので、しつけが不十分な子供にも見えた。
「さて質問だよ。地図のこの場所から枯れ木枯木を回収したんだけど」
 刻令ゴーレムののーむたんが小型コンテナを運んで来る。
 本体はリアルブルー製、外部に張られているのは東方製のお札だ。
 のーむたんが慣れた手つきで鍵を外すと、枝振りは良いのに精気も水気も失せた木が1本外気に晒された。
「これはもう再利用できないかな? 念のため浄化はしたけど、そのまま土に埋めた方がいいのか焼いて灰にするべきなのかな?」
 ルルが小首を傾げた。
 初見の者なら愛嬌と純粋さで誤魔化されるかもしれないが、付き合いの長いメイムは正確にルルの内心を読み取っている。
「真面目な話だから。バーベキューの焚き付けに使うのは無しね」
 そんなことしないよー、という表情を浮かべて明後日の方向を見る丘精霊。
 口笛を吹こうとして発声に失敗して肩を落としていた。
「えっとね」
 お手製らしい小型プラカードを持ったまま見もせずに書き込む。
「力ぬけてるから他の木と変わらないよ」
 後半を書くときに迷いがあるのをメイムは見逃さない。
「本当かな-?」
 皿を静かに揺らす。
 掌サイズのチョコレートは熊の形をしている。
 よく見ると毛並みまで細かく再現されていて、表面から骨格や筋肉の付き方を想像できる見事な造型でもある。
「ごくり」
 わざわざプラカードに書くだけでなく生唾も飲み込む。
 仁王立ちなしろくまは格好いいだけでない。微かに薫る爽やかさ甘さが素晴らしい美味を予感させた。
「詳しく話して欲しいな?」
 丘精霊が唐突に消えた。
 1分も経たずに、遠くに見える林というかほとんど森から魔導トラックが飛び出しこちらへ直進して来る。
「お待たせしました」
 運転席からは顔馴染みの農業法人職員が、助手席からは得意気な顔をした丘精霊が降りてくる。
「例の木の説明をさせていただきます。間違っていたら指摘して下さいね」
 ルルが、任せてと薄い胸を張った。
「どう利用しても特別な効果はないと思います。……ああ、この木の祝福がどうという意味ではなくてですね」
 野菜の育ち具合についてのレポートをメイムに見せる。
「既に土地全体が、薄らとですが祝福されているのです。この木を加えても大きな変化はないでしょう。まあ、祝福でよく育つ分、必要な肥料が増えたりしますが……そのあたりは我々がなんとかしますので」
 発酵済鶏糞の臭いを漂わせながら、技術担当の社員は疲れた顔で頭を下げた。
 ルルがにこやかに前に出る。
 しかしメイムが一歩下がるのを見て、涙が一筋こぼれ落ちた。
 なお、涎のその5倍ほどしたたり落ちている。
「トランスキュアが効いたらよかったんだけどねー」
 ルルのニキビをつつく。
 見た目は小さいのに霊的には巨大で、トランスキュアで引きとれず万一引き取れても覚醒者として再起不能になる気がしたので1度しか試していない。
「チョコが欲しいならお願い聞いて? 音楽祭の後イコニアさんが歪虚に狙われているの。寝る間だけでも2Pカラールルさんに見守りお願いできないかな?」
 最近のルルの好みを反映した言葉遣いである。
 取引は成立し、しろくまチョコは丘精霊に引き渡された。
「ルル様おはよございます! あの、どうぞ」
 見回り途中のユウ(ka6891)が、元気に挨拶してから清潔なハンカチを取り出した。
 どうしてハンカチを差し出されたのか、口元をチョコまみれにしたルルは気付けない。
「駄目ですよ」
 ソナ(ka1352)がユウに了解を得てハンカチを受け取り、ルルの口元をやや強めに拭く。
 ルルはされるがままだ。
 ソナに対して苦手意識はなく、けれど怒られるのを恐れる気持ちが顔に表れている。
 小言を続けながら、ソナは内心ため息をついた。
 厳しくして嫌われたくない。
 だがそれ以上に、間違っていることを間違っていると言わずにルルを悪しき方向へ導くのは嫌だった。
「ルル様?」
 洗濯するつもりでハンカチをしまい、ルルのカソックから汚れを払ってあげながら静かにたずねる。
「ルル様とイコニアさんとサイさんと他に誰がいたの?」
「うん」
 ソナに教わった通りに書いて伝える。
 高出力テレパシーではないので誰も傷つかない。
「音楽祭の時に、墓地に誰かいたの気付いてた? 同じ人?」
「うん。じゃなくてはい。同じだよー」
 ペガサスを見つけて勢いよく駆け寄る。
 羽を掴もうとしてぺしりと翼ではたかれ、それが楽しくてペガサスの回りをくるくる回る。
 ペガサスのディアンはするりとルルの横をすり抜け、主であるソナの背後で足を止めた。
「ルル様」
 必要もないのに迷惑を掛けては駄目と、目だけで叱って言葉を続ける。
「お友だちでも、誰かに怪我を負わせるならその行為を正してあげないとと思います。放っておくとどんどん仲が悪くなって、取り返しがつかなくなってしまいますよ?」
「そっかなー、エルフ同士なら分かる、と」
 文字が乱れる。
 お気楽な表情が凍り付く。
 乱れた心が表情筋の操作に失敗する。
 ひび割れた表情から、絶望する人間ではない心が見えた。
「あ」
 ペンが落ちる。
 プラカードが斜めに傾く。
「みんな、歪虚、に」
 始めはか細い隙間風のように、神経を逆撫でする高音が大気と地面を揺らすほどに大きくなる。
 丘精霊の肉声の初めての肉声は、絶望一色にどす黒く染まっていた。
 一言一言口に出す度に、繊細な心が歪み端から細かく砕けていく。
 ソナはそれ以上は口にせず、ルルを抱き寄せ優しく包み込んだ。
「なんで、みんな」
 震え雲の動きが狂う。
 小鳥が飛び立つことも忘れて肩を寄せ合い震えだす。
 泣き声は、北から南へと大きく響いた。

●疲労困憊
「イコニアさんは……無事ですね。重傷者はエステルさんにお任せして経過確認を」
「ちょっと待って下さい! ソナさんそれ」
 女司祭が血相を変えて走り寄ろうととして、途中で段差に蹴躓いて頭から倒れた。
 注意力も散漫で受け身もとれないほど体が疲れている。
 心労と睡眠不足でかなり弱っていた。
「私は普通に休めば治ります」
 眼球の出血で視界は薄赤く、聴覚も左右で狂っている。
 かなりの重傷だが再起不能には遠いことが感覚で分かる。
 広大な土地そのものの嘆きを至近で浴びてこの程度で済んだのは、ソナの日々の研鑽と精霊からの愛情の両方があったからだ。
「聖堂戦士の献身を無駄にしては駄目ですよ」
 エステル(ka5826)の言葉は厭みではなく忠告であり本音だ。
 イコニアは情け無い顔で1つうなずき、執務室の椅子に戻った。
「幸いなことに皆さん回復可能ではありますが」
 負傷から時間が経っていたので、残念ながらリザレクションは間に合わなかった。
「生徒達なら即死確実な負傷でした」
 エステルが見舞いをしたとき、重傷者4人はベッドの上で美味そうにピザを食べていた。
 その程度の被害で済んだのは彼等が高レベルの覚醒者だからだ。
 生徒達なら即死か数日苦しんだ上で死んでいただろう。
「襲撃時の状況も聞き取りました。こちらが音声データ。まとめた内容はこれです」
 PDAとコピー用紙の束をイコニアに渡す……ことは止めて机に置く。
 イコニアの顔色は酷く悪く、目にも普段ほどの知性が感じられない。
「攻撃力は通常の闇鳥並。隠密能力は非武装の高位ハンター並。……厄介なものに狙われていますね」
 集められた司教や助祭や防諜担当、そして聖堂戦士団の部隊長が顔を青くした。
「その、エステル殿の言葉を疑うわけではないが」
 部隊長は判断の根拠をたずねる。
 彼も負傷者から聞き取りはしたが、そこまでの脅威とは見抜けなかった。
 エステルが校舎見取り図の上で襲撃時の状況を再現すると、彼は断末魔じみたうめきをあげて己の額に手を当てる。
 敵の能力は、最低でもエステルが予想した程度はある。
「イコニア司祭、申し訳ないが我々聖堂戦士団には対抗手段がない。王都への撤退を勧める」
「ええ、それも選択肢にありますが」
 エステルたちハンターだけが冷静だ。
「イコニア様、とても申し訳ないですが、私や他の方も護衛につきますので私と囮役願えないでしょうか? 即死さえしなければ回復致しますので」
「構いません。私の同胞を傷つけた歪虚を、必ず滅ぼしっ」
 勢いよく立ち上がろうとして失敗する。
「成功しても失敗してもイコニア様が戦う展開にはなりません。大人しく護衛されてくださいね?」
「……はい」
 女司祭は大きく肩を落として椅子に体重を預けた。
「今回の敵は非常に特殊です。果たしている役割はともかく、ただの司祭でしかないイコニア様を明確に狙ったこと。聖堂戦士団の方も狙われたのに、似た格好をしていて襲い易い生徒をまだ襲っていないこと。1つでも異常ですが複数条件が揃うと……」
 部屋の中を見渡すと、ハンターを除く全員が初めて気付いたという顔をした。
「ありがとね、サイさん。貴方の献身には本当に感謝してる」
 宵待 サクラ(ka5561)が深々と頭を下げた。
「イコちゃんを害されるわけにはいかない。子供達に歪虚に退く大人を見せる訳にはいかない。子供達を傷つけさせるわけにはいかない。どれを守れなくてもこの学校が立ち行かなくなる」
 全部守ってくれたのだから大殊勲だねと言うと、言われた側はイコニア並に精気の抜けた顔になる。
「あの、もう完全に足抜けできなくなった気がするんですけど。私、引退して平和な日常が欲しかったんですけど」
 司教と聖堂戦士団にも見込まれた以上、教会関連組織から逃げ出すのは不可能に近くなっていた。
「異論はないようなので早速取りかかります。イコニア様も直ちに準備を」
「二十四郎、イコちゃんを寝室まで運んであげて」
 計画は即座に開始された。

●おやすみ司祭
 青い空。
 白い雲。
 一斉に揺れる緑の草。
 多少の肌寒さはあるがキャンプに向いている場所だ。
 ただ1点、歪虚がしょっちゅう現れる点を除けばだが。
「これなら、多少は刺さり難くも切られ難くもなる。洗っているから臭くはない」
「すみません。着るための体力が足りないんです……」
 カイン・A・A・マッコール(ka5336)の渾身のプレゼントは、実にあっさりと拒絶された。
「おやすみなさい」
 メイスと盾を抱えるようにして毛布を被る。
 目を閉じて寝息が聞こえるようになるまで10秒もかからなかった。
「信用は、してくれているのかな」
 男としての信用ではなく、ハンターとしての信用だろう。
 胸に小さな痛みを感じる。
 カインは咳払いをして意識を切り替える。
 恋人ですらない女性の寝顔を見るのは行儀の良い行動とは思えない。
 務めて厳しい表情を浮かべて天幕の外へ出る。
 すると、イェジドを始めとする複数の幻獣たちが、元気出せという雰囲気でカインの肩を叩いた。
「俺は、怒るべきなんだろうか」
 口説き落とす見込みが0でないからからかっているのだが、当然のようにカインには伝わっていない。
 真面目に考え込むカインの横を、重武装のオートソルジャーが通っていった。
 全長6メートル越えのライフルを斜め上へ向けて平然と発砲。
 凶悪な反動を押さえ込み高度60メートルの目無し烏を丹念に潰していく。
 イコニアの反応はない。
 完全に寝入っているようだ。
「相変わらず物騒でちゅねぇ」
 北谷王子 朝騎(ka5818)は戦闘に参加していない。
 隊列を組んで南進するゴーレムたちを、イェジドに乗って護衛して来た。
 ゴーレム4機は農業法人からの借り物だ。
 広大な農地の手入れが本来の任務であり、一応戦えはするが向いていない。
「コンテナは天幕の4メートル北へお願いでちゅ。無理はしないでいいでちゅからね」
 ゴーレムの歪虚に対する警戒は甘く、単純に真後ろから近づいてくるくスケルトンに気付いていない。
 イェジドが迎撃に向かい爪で切り裂いたことにすら、気付けなかった。
「これじゃ護衛も必須でちゅ」
 刻霊ゴーレムは個人で買うには高価だ。
 再開墾と小麦農家の経験を積んだ個体さらに価値が上がり、組織で買うにも高価な品になる。
「カインさーん、何か異常はありまちたか?」
「いや、今はエステルさんとユウさんの担当時間で……」
 戸惑いながら答えるカインに、朝騎は生暖かい微笑みを向けた。
「カインさんが頑張っているのは分かってるでちゅから」
 浄龍樹陣を使い天幕周辺を徹底的に浄化する。
 もともと濃度が低かったので、数日程度であれば学校と同程度の負マテリアル濃度になる。
「儀式で厳重に守られている学校内に突然現れる消えたりする歪虚って……テオフィルスみたいな亡霊型でちゅかね」
 予想が当たっているなら浄化術も効くかもしれない。
 予め浄化しておくだけでもかなり違うだろう。
「イコニアさんによろしくでちゅよー」
 陽気に手を振り、朝騎はゴーレムを引き連れ一旦北へ戻るのだった。

●第一の襲撃
 肉と脂の香りが煙の臭いにかき消された。
「ルル様! 焦げていますっ」
 見た目11歳児な精霊は、鉄串を炎に突き出した状態で動きを止めていた。
 ぼうっとした表情で、普段の元気っぷり全く感じられない。
「勿体ないですよ。元は生き物なんですから」
 相手が精霊であっても言うべきことはきちんと言う。
 ユウを育てた人々の善良さと責任感がよく分かる言動である。
「ごめんね」
 文字でもテレパシーでもなく、消え入るような肉声で応える。
 丘精霊ルルには転移する気力も浮遊する元気も残っていない。
 ふらふらと炎から離れていく。
 いつの間にか串を幻獣にとられたことにも気付かない。
 ルルは、数メートル歩いたところで横から来た何かに蹴躓いた。
「ふぇっ!?」
 野良パルムである。
 新規情報や捧げ物のおやつを改修しに来た個体が、ルルと一緒に転がり天幕の中に突っ込んだ。
 毛布が跳ね上げられる。
 ルルとパルムの視界が遮られた直後、ほんの一瞬ではあるが濃密な殺気が叩きつけられる。
 硬直する精霊2柱の前で、敵がいないことに気付いた殺気を完全に消す。
 2割ほど目覚めて8割眠っているので、メイスを下ろすことを忘れていた。
「せいれいへのぼうりょくはんたい……」
 人類に友好的な精霊を聖堂教会司祭が襲う。
 露見すれば王国が大混乱に陥りかねない特大醜聞だ。
「イコニアさん駄目ですよ。殺気が読める人ばかりじゃないんですから」
 ユウが顔を出し、無造作にメイスを押して元の位置に戻す。
 命のやりとりに慣れたユウには、イコニアに殺意がないのは見るまでもなく分かる。
 睡眠中に気配に気付いて跳ね起きただけだ。
「ごめ……んにゃ……寝ぼけているのか、歪虚のBSにかかったのか……分からなくて」
「それだけ疲れているんですよ。休むのも仕事のうちと言ったのはイコニアさん自身ですよ」
 そう言いながら天幕に奥をちらりと見る。
 1頭のイェジドが、全神経を集中してユウとは反対側を警戒している。
 そろそろ、かもしれない。
「ユウさん?」
 エステルの気配が近づいて来る。
 光源は焚き火の炎しかなく、優れたクルセイダーであるエステルの気配はある程度イコニアに近い。
 強くはあっても超高位ではない歪虚が、イコニアと見間違うだけの条件が揃っていた。
「っ」
 エステルの腕が意識する前に動いた。
 盾が跳ね上がり、エステルの肌に突き立つ直前のかぎ爪を防ぐ。
 目を凝らしても歪虚は見えない。
 引き戻されるかぎ爪が負マテリアルに戻り闇の中に消える。
「敵襲です!」
 エステルがホーリーヴェールを使い、未だ寝ぼけているイコニアに光障壁の守りを与える。
 微かな気配がハンターと天幕を突き抜けた。
 青いポロウが鋭く鳴き、主に敵の居場所を伝える。
「そこっ」
 ユウが、手の中の小瓶を握りつぶす。
 隠の徒で隠れていたため歪虚から気づかれておらず、歪虚は不用意なほど近い位置にある。
 香りの強さだけは香水級の飛沫が飛び散り、何もない空中に数滴付着した。
「速い」
 エステルが敵能力の予想を1段階引き上げる。
 五感で辛うじて捕捉できる敵の位置は、セイクリッドフラッシュの射程ぎりぎりだ。
 敵は、隠密能力に長けるだけでなくこちらの能力を知っている。
「ソナです」
 空から、ペガサスが降下する音と共にソナの声が聞こえた。
 敵の動きに変化はない。
 深夜の闇の中では、無色かつ不定形の己を追い切れないと判断しているのだ。
 ペガサスが後光を背負う。
 光は薄く広がってから地面の少し上に移動して、薄く光る結界に形を変える。
 攻撃用の結界ではない。
 単に敵と味方の移動を妨げるだけの術だ。
 なのに、高密度の負マテリアルが一抱えほど結界に切り取られた。
「歪虚を1つだけ確認。別方向の警戒も解かないで下さい」
 スキルも使っているとはいえ馬に迫る速度でユウが走る。
 結界に閉じ込められた負マテリアルの至近に、微かな臭いと壮絶な殺気を撒き散らす何かがある。
 ポロウ達が必死にスキルを使い続けている。
 優れた感知能力を持つ彼女たちでも、一瞬気を抜いただけで見失いかねない相手だ。
「そ」
 魔導剣がユウのマテリアルを吸い上げ不気味な輝きを帯びる。
 ドラグーンの体勢が前のめりになり、その背中すれすれを超高濃度負マテリアルが通過する。
「こぉ!」
 側転するかのように地面を蹴る。
 全身の力が切っ先を加速させ、横っ跳びに躱そうとした歪虚の左側を切り裂く。
 負の気配が急激に増し、攻撃術でも歪虚でもないマテリアルがユウの上半身に直撃した。
 息が苦しい。
 体が重い。
 だが、浴びた負マテリアルの量を考えると非常に小さい。
「力を無駄に使っても、イコニアさんを殺したかったんですか?」
 ユウの声は微かに震えている。
 歪虚相手の不利な戦いに怖じ気づくことはあり得ない。
 ただ、あまりに人間らし過ぎる憎悪が、若いドラグーンを怯えさせた。
「ユウさん!」
 ソナから大量の刃が押し寄せる。
 闇でできたそれは液体状の歪虚に何本も突き立ちその動きを妨害する。
「大丈夫です。ここで仕留めます」
 萎えそうになる手足に根性で力を込める。
 臭いも消え去り感じることも困難なクチバシを防ぎ、躱し、利き腕を深く抉られる。
 冷たい殺意がユウに迫る。
 その位置と方向は、完全にユウの狙い通りだった。
「エクラよ!」
 エステルの体が神々しい光を帯びた。
 中堅クルセイダーの基本技であるセイクリッドフラッシュが、壮絶な鍛錬と試練を経て守護者に迫る力を発揮する。
 不定形のままで戦った結果、長く伸び、いくつもの部分に切り取られ切り裂かれた歪虚が、光の波動に効率よく焼かれて無害化されていく。
「事情は……いえ」
 体に力が入りきらず、酷い顔色のままユウが剣を構え直す。
 赤子ほどに縮んでしまった歪虚が、それでも変わらない殺意をイコニアへ向けている。
「介錯、します」
 刃が通り過ぎた後、歪虚の痕跡は何も残らなかった。

●バーベキュー
「イコちゃん酷い顔色だよ?」
「今日は化粧していませんから」
 あははと笑う女司祭は通常時よりずっと明るく、そして生気はさらに薄かった。
「いいから寝ろ」
 親しい故の容赦のなさでサクラが突き飛ばす。
 二十四郎が走って背中で受け止め、もう少し丁寧に扱えよという目を主であるサクラに向けた。
「ごめんごめん。でもさー、イコちゃんの言動がこうだから仕方が無いと思わない?」
 複数の幻獣が同時に首肯した。
「サクラさん酷いです」
 大きな背中に寝そべったまま顔だけ向けてくる。
「4日お守りをしてたら愛想も尽きるよ?」
 既に作戦開始から4日目だ。
 気力体力に優れたハンター達はともかく、イコニアの消耗は激しく武器を携帯する余裕もなくなった。
 薄らとした煙とほどよく焼けた肉の香りが漂ってくる。
 若いハンター達の食欲が強烈に刺激され、しかし年齢が近いはずのイコニアは顔色をさらに悪くする。
「疲れているだろうけど、食わないと持たない」
 カインが鉄串を持って現れる。
 直前まで丁寧に焼いていたようで、適度な焦げ目の肉から脂と微かな炭の香りがする。
「朝はヨーグルトでいいかなって」
「本気で言っているなら学校に入り直すべきだ」
 厨房代わりのテーブルで、柔らかなパンに肉と新鮮野菜を挟んで一口大にナイフで切る。
 本職顔負けというより、本職そのものの手際の良さだ。
 盛り付けがお洒落なので喫茶店関係者なのかもしれない。
「あ……これなら入りそう」
 両手で小さなサンドイッチを1つだけ取る。
 瑞々しい野菜と白いパンと肉が自家製ソースで調和していた。
 カインが目を逸らす。
 ポニーテールにしたうなじの毛や、微かに汗をかいた白い肌が、情欲を刺激しているのに気付いたからだ。
 が、目を逸らした先も肌色多めだった。
「カインさんもお疲れさまでちゅよ」
「おつかれー」
 顔立ちは違っても表情も雰囲気もそっくりな2人が、銀髪をタオルで拭きながらカインの目の前を横切った。
「イコニアさんもとっととお風呂入るでちゅよ。燃料にも限りがあるんでちゅからねー」
「かぎりがあるんだよー」
 朝騎はバスタオルを着たまま器用に下着と装備を身につけていく。
 ルルは真似をしようとしてバスタオルを落としてしまい、面倒臭くなってカソック姿に変身する。
 風呂と食事と、何より仲の良い朝騎と共に過ごすことで、数日前の落ち込み具合から想像し辛いほどに回復していた。
「作戦中なんですから数日風呂を抜いてもいいじゃないですか」
「風呂があるのに抜くのは単なる怠惰でちゅよ」
「そうだそうだー」
 朝騎を盾にしてイコニアにヤジを飛ばす度に、丘精霊の機嫌と調子が上向きになっている気がする。
 イコニアは態度で降参を表明し、カイン作のサンドイッチを少しずつ囓ってなんとか2つ食べきった。
「お風呂を頂きます」
 化粧をしていない状態でも、重病人じみた顔色でも、所作は清らかでどうにも視線が引きつけられる。
 カインの視界から消えても試練は終わらない。
 ブルーシートに向こうから、衣装や下着を脱ぐ微かな音が嫌でも耳に入ってくる。
 歪虚への警戒を止める訳にいかないので耳を閉じることもできない。
「きゃぁっ」
 つるん、すってーん。
 柔らかな肌が直接打ち付けられる音がカインをさらに苛んだ。
「お風呂の中で寝ちゃ駄目だよー?」
「正直自信が……あっ、仕事の話をしたら意識がもつかも」
「イコちゃーん」
 温度調節中のサクラが盛大にため息をついた。
「自分の限界は理解しないと駄目だよ」
「はい。でも今のマティ助祭に全部任せるのは厳しいと思います」
「……まあ確かに」
 一日数回、狼煙台を経由して助けを求める通信が入ってくるのだ。
「一番困っているのは来年の就職だっけ」
 イコニアではなく生徒の話である。
「修学旅行と研修名目で避難させようとしたの、イコちゃんが潰したんだっけ?」
「求人が多すぎるんです」
 風呂の水面が唇まで来ていることに気付いて慌てて体を起こす。
「どこに何人出すかで揉めるのが見えてるので……いえ私の調整力不足なんですけど
 卒業予定なのは、リアルブルーの知識や技術にある程度対応可能な、即座に実戦投入可能な若年クルセイダーである。
 需要は極めて高い上に広い。
「待遇と、クリムゾンウェスト連合軍から見た重要性がほぼ反比例しているのも大問題なのですよね」
 イコニアの代理で書類を処理していたエステルが大きなため息をついた。
「一番上は凄いですよ。報酬は王国騎士の5割以上、王立学校神学科への受験を全面サポートで勉強勉強有給あり……どれだけ儲けているのですか」
 富裕層相手のブライダル事業である。
 客の護衛という名目で愛想を振りまきスキルを半ば見世物に使うことすらあり、対歪虚戦への寄与には全くならない。
「私にも見せて。一番下はやっぱり聖堂戦士団かー。ロッソ以前なら常識的な額だけど……」
 サクラも頭を抱えた。
「あら」
「ほほー」
 別の求人を見たエステルとサクラの機嫌が急上昇する。
 イコニアも興味を惹かれて立ち上がろうとして、サクラの「見えるよ」の1言で風呂に戻る。
「ハンターズソサエティーから登録手続きのお知らせ、ですか」
「学校出身者のレポートをつけるのは巧いやり方だね」
 去年の卒業生はまだ生き延びている。
「そろそろセイクリッドフラッシュに届きますか」
「生き急いでるねー」
 自分自身の新人ハンター時代を思い出し、エステルもサクラも懐かしそうに微笑んだ。
「あ、あのー!」
 聞き慣れてはいるがハンターではない声が遠くから響く。
「われわれはっ、聖導士養成校のものですっ。所属とお名前を教えて下さーいっ!」
 来年卒業予定の2年生たちが、百数十メートル離れた場所で大声を出している。
 なお、彼等に守られるようにして、この場にいるルルと同じものが全力で手を振っていた。
 同時顕現可能なので両方本物だ。
「……まだ来ないね」
 二度目の襲撃はまだない。
 何回か気配を感じたことはあったが、ルルがバーベキューを食べに来たり、ルルが昼寝をしに来るたびに、気配は追いつけないほど遠くに去った。
「ルルに会わないようにしてるってことはそれだけ行動を見てるってことだ。次代の子供達とエルフは仲良くできるっていうのを見て貰って、この地の歪虚の子供達への恨みが少しでも薄まればと思うんだ」
 2人のルルが走り寄り、抱きつく……ように見せかけて通せ通さないの争いを開始する。
 食材にはまだ余裕はあるが、この時間に食べられるのは後少しだけなのだ。
「んじゃ行ってくるから後よろしく」
 借り物の助祭の衣装を羽織りサクラが出かける。
 魔導トラックに乗り込み、生徒と併走して走り去る間も、イコニア近くに潜む朝騎に視線を向けなかった。

●二度目の襲撃
 寝ぼけたルルが侵入しても、イコニアは死んだように眠ったまま動かない。
「んー」
 毛布の中に潜り込む。
 マテリアルを正しく大量に扱う覚醒者の側は気持ちがいいはずなのに、違和感が強すぎて眠気が覚めてしまう。
「でちゅー? いないのー?」
 見回しても目当ての人間の姿はない。
 丘精霊ルルは肩を落とし、本来の本拠である丘へ向かって歩いて行った。
 天幕の外ではカインが胡座をかいたまま数時間動いていない。
 作戦開始から7日目になろうとしているので、イコニアほどではないが疲労していた。
 地面に変化はない。
 カインが草のたわみまで徹底的に確認するのを繰り返しているため、歪虚が侵入すればすぐ分かる。
 ただしそれで分かるのは、歩いて近づく歪虚だけだ。
 風もないのに草が動いた。
 否。
 草に見えていたのは簡易的な光学迷彩の布だ。
 音も気配も無く立ち上がった朝騎が、覚醒と同時に大量に呪符をばらまいた。
「でかいの来てるでちゅよーっ!」
 呪符1つ1つが、天幕周辺に配置された松明を圧倒する光を放つ。
 浄化のための立体結界が形作られ、隠密のため最低限の防御力すら捨て去った歪虚を焼く。
 カインが跳ね起きながら舌打ち1つ。
 攻撃している時間は無いと判断し、分厚い布を引き千切る勢いで天幕の中へ飛び込んだ。
「どんなに利己的で幼稚で一人善がりな感情でも、この気持ちは俺だけの宝物だ。誰にも否定させてたまるか」
 女司祭の頭の真横をブーツで踏みしめ方向転換。
 一瞬遅れて布を突破したクチバシを己の胸で受ける。
 イェジドが叫んでいる。
 朝騎に鍛えられたウォークライは強力なはずなのに、カインの前の歪虚には全く効いていない。
「嫌われていようが、誰を想おうが関係ねえし、どうでもいい」
 溺れる感覚と喉から血が逆流する感覚。
 カインは言葉と一緒に血を吐き捨て、差し違えを覚悟の上で斬魔刀を繰り出す。
 手応えはあった。
 だは、全長3メートル半あるのに反対側まで貫けた感触がない。
 予想をはるかに上回る大物歪虚だ。
「距離接触でリザレクションでちゅ!」
 女司祭が反応する。
 癒やしというには攻撃的過ぎるマテリアルがカインをこの世に引き留める。
 イェジドが天幕を粉砕しながら突入し、優れた臭覚に頼ってだいたいの位置へ体当たりを試みる。
 当然のように躱されはするが、躱されたイェジドを目標に雷が5本降り注ぐ。
「ここに来て初めて死を覚悟したでちゅ」
 退屈と筋肉痛が主な原因だ。
 朝騎は、雷で負マテリアルを貫く手応えと、長時間体を動かせなかったことによる痛みを同時に感じている。
「騎士はお姫様を守るでちゅよ。透明な鳥さんは朝騎の獲物でちゅ!」
 殺意が朝騎に向かう。
 異世界出身とはいえ人間だ。
 この歪虚が憎む理由としては十分すぎる。
 聖堂教会の守りと丘精霊の祝福が負マテリアルの体を削り続けても、数百年分の積もり積もった憎しみが力を与え続ける。
 歪虚が加速した。
 先端のみ実体化したクチバシが、全ての力を込めて朝騎の喉を狙う。
 だが届かない。
 威力が増した分、命中力が落ちている。
 朝騎のエンジェルフェザーで狙いを甘くされてしまった結果、威力はあっても雑な攻撃が何もない場所を空しく通過するだけで終わる。
「これでっ……あ、足りねぇでちゅ」
 浄化術を叩き込み、負マテリアルの過半を消し飛ばすがクチバシはまだ消えていない。
 歪虚は一瞬カインに視線を向け、次の機会を待つため全壊天幕から逃げ出した。
 イェジドが立ち塞がるが飛べないので足止めには不十分だ。
 憎しみの歪虚はふわりと浮き上がり、駆けつけたハンター達から法術の集中砲火を浴びた。
「逃がすかぁっ!」
 怒りに燃えるサクラが宙を駆ける。
 残った負マテリアルが大きく抉られ、歪虚としての存在を維持できずに溶けていく。
「……ルルしゃんはしばらく来ない方がいいでちゅ」
 消えゆく負マテリアルを見上げながら、朝騎は無性にルルに会いたくなった。
「励ましたいけどなんか難しいな、幼稚で言葉足らずな言い方で申し訳ないけど、狙った分の落とし前はつけさせたつもりだ。聖堂戦士達の分も」
 両膝をつき動こうにも動けなくなったカインが、乱れる呼吸でなんとかそれだけ口にした。
「あなたは本当にもう」
 傷ついた鎧を緩めて的確に手当をしながら、女司祭は相変わらず血の気の引いた顔に淡い笑みを浮かべる。
 自らの意思で巨大な荷を背負ってからは、個人的な好悪や嗜好が薄れてしまった。
 それでも、あのときはいと答えていたらどうなっていたか、考えてしまうことがあった。

●明日へ向かう
 まるで竜巻だった。
 マテリアルの空白地帯となった場所へ、周辺から負マテリアルと正マテリアルが流れ込む。
 ぶつかり合っても混じりはせず、殺意に限りなく近いものを撒き散らしながら正負拮抗して渦巻き続ける。
 そんな光景を見せつけられながら、5人の大男と1人のエルフと1機のGnomeが植樹作業を行っていた。
「遅れてるよー?」
「安全第一だよ馬鹿野郎!」
「俺、帰ったら嫁さんの実家に挨拶に行くんだ」
「まだ婚約者だろうがおめでとう!」
 メイムが連れ出した農業法人職員5人は、予想の半分程度しか役に立っていない。
 2人は銃器を持って警戒に専念。
 1人は魔導トラックを急発進できる状態にして運転席で待機。
 残る2人が祝福された苗木を運んだ後スコップで土を移動させる。
 農業ゴーレムがいれば男達20人分くらい役に立つのに、1機も連れてきていない。
「のーむたん植えるのに専念ー。雑魔の処理はお願いね?」
 メイムは浄化術で祝福木が育つための環境を整え、Gnomeが素早く植樹を終わらせる。
 元騎士や元聖堂戦士であるのに、男達は雑魔を殺害ではなく撃退することしができていない。
「法人も全力防衛中って話だけど北西畑や平地にも歪虚来そう? 浄化スキル余ればここ終わった後で見回るよ?」
 昼食を用意しようとして謝絶されたので、メイムは北へ後退をしながら雑談する。
「例の透明歪虚以外なら大丈夫です」
 先程の醜態を忘れたような言葉であるが嘘は含まれていない。
 人生をかけた農地なら命を賭ける。
 手伝いでしかない植樹では安全第一。
 誰に非難されようと、彼等が方針を変えることはないだろう。
 同時刻。
 聖導士養成校校長の部屋にノックの音が響いた。
 ノックの強さとリズムに覚えはないが、扉の向こうの気配は間違えようがない。
「開いています。入って下さい」
 大司教宛の報告書作成を止めて立ち上がり、扉が開く前に自分から開ける。
「あっ」
 ルルが驚く。
 付き添いのソナの背に隠れようとして、途中で気付いて改めて校長に向き直る。
「あの、相談が……」
 口ごもりながら話しているのに気付き、司教は己の気配を務めて穏やかなものにした。
「相談が、あるの」
「はい。じっくり聞きたいのでソファーで聞かせてもらっていいですか? この年になると立って聞くのは腰が痛くてですね」
 穏やかに微笑み応接スペースへ誘導する。
 飲み物はソナが用意した薬草茶。
 茶請けは生徒作の素朴なクッキー。
 どちらも好物なのに、ソナは手を出さずじっと校長を見る。
「でちゅ……じゃなくて、ハンターを見習うことにしたの」
 分からない他人に頼る。
 言葉にすれば簡単に聞こえるが、人間関係やプライドや利害が関わると困難になることが多い。
「南のみんな、と」
 言葉につまる。
 南の彼等は既に歪虚だ。
 精霊であるルルにとっても敵でしかでもない。
 でも、元は仲良しのエルフたちなのだ
「みんな、に、なにか、したいの」
 無意識に目を逸らしていた彼等に向き合うため、精霊が自らの意思で歩き始めた。

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎ka5818
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • エルフ式療法士
    ソナka1352

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    ヴァーミリオン(ka0796unit001
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ディアン(ka1352unit005
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レドリックス
    レドリックス(ka5336unit019
    ユニット|自動兵器
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    イェジド
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    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
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  • 闇を貫く
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    ユニット|幻獣
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    ソラ(ka6891unit004
    ユニット|幻獣

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】
メイム(ka2290
エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2018/11/13 08:34:42
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/11/08 02:19:07
アイコン 質問卓
ユウ(ka6891
ドラグーン|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2018/11/11 23:20:38