【糸迎】迎えが来ないひと

マスター:三田村 薫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2018/12/08 12:00
完成日
2018/12/15 01:26

みんなの思い出

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オープニング

●前回までのあらすじ
 フマーレ近郊で頻発する連れ去り・傷害事件。嫉妬の少女歪虚、アウグスタと、彼女と契約したらしい退役陸軍人、ザイラ・シェーヴォラが関与している可能性が浮上していた。過日、ハンターたちの尽力によってその証拠を押さえることができた。ザイラと契約しているのだと、アウグスタははっきりとハンターたちに告げた。
 陸軍では人命救助に当たっていたが、歪虚侵攻で迎えが間に合わなかったザイラと、迎えにこだわるアウグスタ。奇妙にねじれた「迎え」と言う軸で繋がっているようであった。

●消えた職員
「と、いうわけで、だ」
 中年職員は集まったハンターたちの顔を見回して言った。
「アウグスタとザイラが契約しているなら、やることは一つだ。アウグスタを撃破、あるいは無力化してザイラとの契約を切らせる。ザイラのやったことは、背景の事情はどうであれ罪は罪だ。拘束して、しかるべき裁きとケアを受ける必要がある」
 職員は地図を広げた。そしてマルで囲ったエリアを指す。
「前回の報告と、被害者たちが逃げてきたり発見された場所から、どうも彼女たちの根城はこの辺にあるらしい、と推測された。君たちにはこのエリアに向かってもらい、ザイラの確保かアウグスタの無力化を……」
「ねえ、ミコ見なかった?」
 そこに、青年職員がやって来た。そわそわと落ち着かない様子である。
「今話し中なんだが……そういえば彼女見ないな」
「君たちも見なかった? お下げに眼鏡掛けてる子。リアルブルーの日本から来てるから、そう言う顔立ちなんだけど。平坂みことが本名」
 ハンターたちは、ミコと呼ばれるお下げに眼鏡の職員を知る知らないにかかわらず、見かけていないので首を横に振る。
「そう。ありがとう。邪魔してごめんね」
 彼はそう言ってふらりと去って行く。
「失礼。ミコと言うのは私たちの同僚でね。私と彼はこちらの出身だが、彼女、ブルーから来てるから先日の一件がそれなりに堪えたようでね。私たちも少々気に掛けている。話を戻そう。君たちにはフマーレのこの……」
「ちょっと! 大変だよ!」
 そこにまた青年職員が戻ってきた。大変慌てている。どうしたのだろうか。
「どうした?」
「ミコのやつ、出張でフマーレに行ったって言うんだ! 連れ去りがあるって言うのに!」
「誰も止めなかったのか!?」
「本人が、警戒もされてるし大丈夫だって言うから行かせたって……気分転換もあるだろうって……馬鹿か? 連れ去られる気分転換なんてあってたまるかよ!」
「落ち着け。まだ連れ去られたと決まった訳ではない。君たち、すまないが彼女のことも探してきて欲しい。彼女は覚醒者ではない。ザイラに遭ったら太刀打ちできないだろうからね」
「いたんですか?」
 そこにやって来たのは赤毛のヴィルジーリオ司祭だ。相変わらずの無表情だが、なんとなく剣呑な空気を醸し出している。どうやら、ミコ探しを頼まれていたらしい。青年職員がもう一度事情を説明すると、彼は頷いた。
「わかりました。もしザイラとアウグスタなら、彼女の安全確保が必要になります。どの道彼女が一人でいては危険です。私も同行しましょう。発見でき次第連れて帰ります」
「頼む」
 中年職員も頷く。
「大変申し訳ないが、まずはミコを見付けて欲しい。それから調査に入ってくれ。よろしく頼む。どうかくれぐれも気をつけてくれ」

●迎えなんて来ない
 オフィス職員・平坂みことが目を覚ますと、そこは倉庫のようであった。フマーレの近くだから、おそらくは工業関係の倉庫だったのだろう。もう使われていないようで、がらんとしていて何もなかった。
「何でいつも私じゃない人ばっかり迎えに行くの!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……許してアウグスタ」
 遠くで声が聞こえる。アウグスタという名前を聞いて、みことは一気に目が覚めた。
 最近同盟で事件を起こしている嫉妬歪虚の名前だからだ。そういえば、今話題の泣きそうな顔の女性に声を掛けられてから記憶がない。連れ去りに遭ってしまったらしい。
 みことはフマーレ支部のオフィスに用があって来ていた。最近連れ去りがあるってよ、とオフィスの同僚が言っていたのだが、みことは警戒もされているし、すぐに帰ってくるから大丈夫だろうと高をくくって出てきてしまったのである。後悔した。しても遅いのだが。
「アウグスタもうやめて……お願い」
 金属音がする。みことは起き上がった。そして目を見開いた。
 高さ三メートルはあろうかと言う、鉄板を組み合わせたような蜘蛛が彼女に迫ってくる。その傍らを、嫉妬の少女が歩いている。
「何で私じゃなくてあなたに迎えが来るの?」
 その金色の目は嫉妬に燃えている。嫉妬に狂うとはよく言ったもので、アウグスタはものの因果をまるでわかっていないように思えた。子どもだから、なんて微笑ましいものではない。それが宿業であるがごとく。
「ずるい。迎えに来られて……」
 その言葉を聞いた瞬間。みことの脳裏には凍結されたリアルブルーが過ぎった。頭に血が上って、思わず言い返す。
「私に迎えなんて来ない!」
 アウグスタはその気迫に、ひゅっと息を呑んで半歩下がった。みことは構わずに続ける。
「私に迎えなんて来ない! 両親も友達も、私が生きてるか死んでるか、どこにいるのかも知らないんだから! みんな時間の止まった地球にいるんだから! 私に迎えなんて来ない!!!!」
 涙が滲む。悔しい。歪虚の前で泣くなんて。だが、アウグスタは目を数回瞬かせると、ぱっと顔を明るくした。
「あなたも迎えが来ないの? じゃあ私とおんなじだわ」
 彼女は驚いて顔を上げるみことの手を取ると、引っ張って立たせた。
「なんだ。それならそうと言ってくれれば良いのに。ゆっくりしてて。何もなくてごめんね? ザイラ、私、蜘蛛のお世話をするから、この人のことをお願い」
 彼女は鼻歌を歌いながら、蜘蛛を伴って奥の方に去って行く。みことはぽかんとしてそれを見送った。
「……あなた」
「はい?」
「こっちに来て」
 ザイラはみことの手を引くと、倉庫のドアを開けた。
「行って……あなたを迎えに来る人はちゃんといるから……行って……迎えを待って……」
 みことは戸惑った。だが、いつアウグスタが心変わりして襲いかかって来るかもわからない。
「あ、あなたはどうするんですか」
「私は良いの。行って」
「……ありがとう」
 彼女はそれだけ言って、ドアから外に出た。

リプレイ本文

●緊急出発
「急ごう、迎えが間に合う内に!」
 平坂みことのフマーレ行きと、彼女の安全確保を求められるや、鞍馬 真(ka5819)は宣言した。
「犠牲者は出したくない」
 レオン(ka5108)も頷いた。
「急がないとね」
「いやー心配だね! 早く見つけてあげないとだ」
 明るい声で言い放つのはフワ ハヤテ(ka0004)である。余裕があるのか、彼はいつもの態度を崩さない。
「出くわさないに越したことはないんですけど……」
 穂積 智里(ka6819)は眉間に皺を寄せながら、前回取った写真を用意した。もしみことがザイラやアウグスタと接触しているなら、生き証人になる。
「どの道、また蜘蛛がたくさん出てくるわね……」
 イリアス(ka0789)は、前回けたたましい音を立てながら現れた蜘蛛のことを思い出しているようだった。みことがどうであれ、彼女たちの最終的な目的はザイラとアウグスタを追い詰めること。蜘蛛との接触は免れない。
「私のイェジドに匂いを辿ってもらおう。何か、匂いのサンプルになるものはないかな?」
「そんなこと言っても……コートも全部着て行ったから……あ、ブランケットがある! もう寒くなったから使ってる筈だよ」
 C.J.がそう言って、空の席からブランケットを持ってきて真に投げ渡した。
「ありがとう。彼女と一緒に必ずここに返すよ」
「よろしく頼む。くれぐれも注意してくれ」
「き、気をつけてね。ミコは無事に帰して欲しいけど、君たちもあんまり怪我したら嫌だからね」
 職員たちに見送られて、ハンターたちは大急ぎで出発した。

●夢見る契約者
 フマーレに到着すると、一行はまずフマーレ支部のハンターオフィスに駆け込んだ。平坂みことは帰ったどころかまだ到着していないらしい。何かあったことは間違いない。
「レグルス、この匂いを辿って……よし、頼むよ。行こう」
 真は相棒とも言える幻獣の鼻先にブランケットを近づけた。レグルスがふすふすと鼻を鳴らしてから特定の方向を見ると、その背中に飛び乗った。ハヤテ、イリアス、智里はペガサスに乗り、レオンはユグディラのミオをキャリアーに乗せ、自分は馬に乗っている。ヴィルジーリオはバイクだ。
「さ、この匂いを追って下さい」
 智里も同じように、自分の狛犬にブランケットの匂いを嗅がせた。用が済んだものはヴィルジーリオのバイクに収納する。
「こっちみたいだ」
「これ、倉庫街の方向よね……? やっぱり、彼女は……」
 イリアスが言葉を濁すのを、ハヤテが引き取った。
「可能性はあるだろうね。と言うか、確実視して間違いないんじゃないかな? だって彼女はフマーレのオフィスに用があったんだろう? それなのにオフィスには行かず、倉庫街に匂いがあるなんて」
「ええ、想定は悪い方が良いでしょう」
 ヴィルジーリオも頷いた。彼はヘルメットのシールドを下げる。一行は、智里の狛犬と、真のレグルスについて倉庫街に向かった。行き違いを危惧して、ヴィルジーリオは入り口に残る。
「何かあれば連絡を。シーバーは持参しています」

「何処まで行ったら、満足できるのかしらね……」
 真についていきながら、イリアスが呟いた。
「わからないようで何だかわかるような……ううん……」
「君は人を疑わないからね、イリアス」
 並走しているハヤテが目を細めた。
「君は争いごとは好きじゃないし、覚醒者に悪い人はいないと思ってる。理解できなくても、いや、理解できないならなおさら理解したいだろうね」
「そうなのかしら……そうかもしれないわ。でも、欲しいものに手を伸ばし続けてしまうのは」
 イリアスには少し夢見がちなところがある。現実の更に先に夢を見る。
 夢はどれだけ見て、どれだけ叶えば満足できるのだろうか?

●邂逅
 走って来る靴音を、主たちよりも先に幻獣たちが聞きつけた。レグルスは短く唸り、ミオもレオンの方を向く。ペガサスたちは素早くそちらの方に首を向けた。
「あー! みなさーん!」
 オフィスで特徴を聞いた平坂みことその人が息を切らせながら走って来る。真はレグルスを走らせた。
「迎えに来たよ、乗って!」
 それを聞いて、みことは一瞬だけ虚を突かれた様な顔になった。それから一拍置いて、その両目からぶわっと涙がこぼれる。
「く、鞍馬さぁん……!」
「怖かったね。怪我はない?」
「は、はい。女の人が逃がしてくれたので……あっちの倉庫に。アウグスタで間違いない筈です」
「貴女を連れ去ったのも逃がしたのも、この方でしたか」
 智里が写真を見せる。アウグスタとザイラが映っている写真だ。智里はザイラの顔を指している。
「そうです。そういえば、何であの人私を逃がしてくれたんだろう……」
「話は後だ。ヴィルジーリオさん、聞こえる? みことさんを確保したよ。来られる?」
「ああ、良かった。今向かいますよ。ありがとうございます」
 ヴィルジーリオは、真がイヤリングから送った通信を受け取ってすぐに駆けつけた。
「乗って下さい」
 みことはレグルスから降りると、自分を見付けてくれた幻獣の背中を撫でてからバイクの後ろに乗った。
「では私はこれで。皆さん、くれぐれもお気を付けて」
「もちろんさ。君も、道中には気をつけて」
 ハヤテが早退する人を見送るような表情で手を振ると、ヴィルジーリオはアクセルを回した。
「あ、ありがとうございました!」
 みことがヘルメットの下から叫ぶ。バイクはそのまま発進した。
「連れ去って逃がすのはマッチポンプと言うんじゃないでしょうか」
 智里が呟く。真はやや思案げだ。
「もしかしたら、もうアウグスタとザイラの利害は一致しなくなっているのかもしれない」
「うん、その可能性はある。アウグスタから力を借りている手前、さらわないと彼女に言い訳が立たないから。ただ目の前で何人も怪我をさせられているだろうし、ザイラの本音としては逃がそうとしている方なのかもしれないね」
 レオンが頷く。すると、ミオが彼の袖を引いた。レグルスと狛犬も警戒を促すように吠え、ペガサスたちは緊張しているようだ。
「来たね。お得意様だ」
 ハヤテの言うとおり、それは来た。五十近くいる、小型犬程度の大きさをしたブリキの蜘蛛たち。そして……。
「一度にならず二度までも」
 大型蜘蛛に騎乗したアウグスタだった。
 その後ろにはザイラがいる。

●ずるいこと
「あの人は?」
 アウグスタはそれだけ尋ねた。あの人、とはみことのことだろう。ザイラは自分が逃がしたとは言っていないのだろうか。とはいえ、ハンターたちもそれをアウグスタに告げるつもりはない。ザイラが殺されかねないからだ。
「安全なところに避難させたよ」
 レオンが努めて冷静に告げる。アウグスタはため息を吐いた。
「そう。ブルーから来た人ってどこが安全なのかしらね。どこなら安心できるのかしら。可哀想に」
「君たちがいる以上、ブルーもこっちもあまり変わらないと思うよ」
 テンションが変わらないハヤテ。愛想が良い。アウグスタはちらりと彼を見た。うろたえない、怒らない、感情が揺れるように見えない彼を、真とは別の意味で苦手に思っているかもしれない。
「きみは、アウグスタから離れるつもりはないのか?」
 真はザイラに問いかけた。この二人の利害は、一致しているようで、していない。決定的な食い違いがある。
「聞いたら駄目よ、ザイラ。この人たちはあなたのお仕事取っちゃうんだから、それって、とってもずるいことよね?」
「ザイラさん」
 次に呼びかけたのは智里だった。彼女の顔は少し険しい。
「本当は貴女に心を添わせるべきなのでしょう。貴女はまだ救えるんじゃないかと私も思います。それでも。『誰かを死なせず歪虚から逃がした』『私が助けた』その安らぎを得るためだけにアウグスタの下へ罪のない人を攫い続けアウグスタに余計な罪を背負わせる貴女を、私は見逃すことができません」
 その言葉に、ザイラは目を瞬かせて智里の顔を見る。
「アウグスタはもう人を殺した事があります。次は本当に人が死ぬかもしれない。貴女が人を苦しめ、貴女が人を殺すんです。助けたという満足感を得られるかもしれないという期待だけで!」
「ほかに方法はなかったんですか?」
 レオンも問いただす。もっと他にあった筈だ。人を救いたいのなら。目先の満足感を求めなくても。
 ザイラの顔が歪んだ。ただ、その苦痛の表情の中には安堵が含まれている。
「アウグスタ。私達はこの人を迎えに来たんじゃありません。貴女に余計な罪を背負わせ憎ませようとする人を引き離しに来たんです。この人が居なくなって、私も強くなったら……絶対貴女を迎えに来ますから」
「うるさいわよ!」
 これは誰も予想していなかった。迎えに行くよ。そう言われたら、アウグスタは納得すると思っていた。何が逆鱗に触れたのだろうか。智里の言葉を聞くや、彼女は激怒した。
「いいこと? あなた、それはね、帰るところがあって、迎えに来てくれる人がいるから言える事よ。随分と余裕ね! 馬鹿にしてくれるわ! あなたたち!」
 小型蜘蛛たちが、智里の方を一斉に向く。
「あの人を黙らせて!」
「穂積さん!」
「こっちは任せて」
 真が警戒するのに、アサルトライフルを構えたイリアスが答える。
「大丈夫です、鞍馬さん。ペガサスが三頭いれば、そう簡単には近づけない筈ですから」
「それより、鞍馬はアウグスタを頼むよ。ボクたちのペガサスは戦闘向きじゃないからね!」
 ザイラが智里の方を見る。その目が何らかの魔力を帯びるのを、ハンターたちは見た。
「おっと、それだけは困るかな」
 ハヤテが次の手を打つ。
「……!」
 ザイラがどのような意図であれ、智里の行動が一時的でもザイラの手に渡ってしまうことは避けたい。カウンターマジックを行使する。魔法的なスキルであるかどうかは事前の情報がなかったが、機序としては近いものがあったのだろう。集まったマテリアルの気配が雲散霧消した。
 ザイラの目がすがるようにハヤテを見る。彼は目を細めた。彼女の目が語るもの、それは。
(穂積を守ってくれ、か)
「ペガサス、サンクチュアリだ」
 ハヤテが乗っている幻獣に囁きかける。イリアスも同じように、自分の幻獣に指示を出した。この数の蜘蛛を相手取るなら、結界を張って戦った方が安心だ。
「ペガサス! こちらも結界をお願いします!」
 ジェットブーツで飛び降り、ザイラに迫りながら智里が叫んだ。その後を彼女のペガサス、レオンとミオが追う。レオンはヘイトの向いた智里への攻撃を逸らすためにガウスジェイルを張り、自分にアンチボディを掛ける。可能な限り攻撃は引き受けるつもりだった。
 真の星影の唄、イリアスのマーキス・ソング、そしてミオの練習曲が響き渡る。音楽は士気を上げるために使われることもある。歌の存在が、ここを殺し合いの場であるとより強調するようでもあった。
「ザイラさん、今度こそ、捕まってくれませんか」
 エグリゴリを向ける。術式が、ザイラに向かってまっすぐに向かって行った。アイシクルコフィン。ザイラは目をつぶって攻性防壁を展開した。それでも、ダメージ軽減には限度がある。
「うう……」
 手の甲が変色している。凍傷だろう。覚醒者であっても、この強度の魔法ではその分損傷も大きいはずだ。

●死闘
 アウグスタが手綱を引こうとした。智里に向かうつもりだ。
「行かせない!」
 真とレグルスがそこに突っ込む。二振りの剣が脚を叩き、真はアウグスタを見据えた。レグルスは唸りながら蜘蛛の進行を邪魔する。
「きみはどうして迎えに拘る? 一人だと寂しいから?」
 蜘蛛の脚とレグルスの前脚が組み合う。アウグスタは真を睨んだ。
「うるさいって言ってるでしょ! 理由を知りたがることが、あなたが恵まれてるって言うことなのよ! 迎えが来なかった! 私の所には来てくれなかった! ずっと一人で痛くて自分でどうしようもできなくて誰も来てくれなくって、蜘蛛しか傍にいてくれないような目に遭って、どうやったら納得できるの? 私はしないわ!」
(一体彼女の生前に何があったんだ……?)
 だが、彼女が雑魔に蜘蛛の形を取らせる理由はこれでわかった。
「ザイラのことはどう思うんだ」
「うるさい! あっち行って!」
 この問いにはこれ以上返さなかった。それで真はピンときた。
(図星なんだ)
 論破できると思うから理屈を並べる。論破できないのは反論できる理屈がないからだ。アウグスタがいくら子どもっぽい思考能力だったとしても、自分とザイラの間に埋めようのない溝があることは自覚している。だが、ハンターたちにそれを看破されたことが悔しいから、表だって認めようとはしないのだ。智里の言ったことは、アウグスタの調子を崩すことに成功している。
「ザイラ! この人たちを焼いて!」
「!!」
 その言葉の意味を真っ先に察したのは、同じ機導師の智里だ。最初の依頼の説明の時に、職員は言っていた。ザイラはファイアスローワーも使っていた、と。
「恐らくファイアスローワーです! 離れて!」
「うるさいって言ってるでしょ!」
 ファイアスローワーは回避が難しい。普通の攻撃ならほぼ確実に回避できるとしても、二回に一度は当たってしまうような攻撃だ。広範囲を焼き払うので、どうしても逃げ場を得るのが難しくなる。
 真とザイラの視線が正面からぶつかった。その視線に、あの行動操作の意図は感じられない。不安、恐怖、後ろめたさ。もはや戦う意思を持って戦場に立っていることが不思議なような、後ろ向きの感情。
 蜘蛛の群を挟んで、二人は一瞬だけ見つめ合った。本当に一瞬だけ。そのわずかな時間で、真はザイラが自分たちに敵意を持っていないことを確信した。唇が震えている。
 それでも、ザイラはアウグスタに従わざるを得ない。
「レグルス! 跳ぶんだ!」
 間一髪だった。レグルスはスティールステップでその場から飛びすさる。ミオも咄嗟に範囲から離れた。避けきれなかった智里とペガサス、レオンは身構える。
 レオンはアンチボディで、智里は攻性防壁でダメージが軽減できたが、ペガサスはそうもいかない。高い生命力が命拾いに繋がった。
 ザイラが焼いたのはハンターたちだけではない。今の攻撃で、蜘蛛もかなりの数が減った。ファイアスローワーは敵味方を分けて焼くような器用な使い方はできないのだ。
(もしかして、ザイラはそれを見越して?)
 レオンはザイラを見る。ザイラの顔は青ざめている。アウグスタは真を追い掛けて蜘蛛を走らせているため、あまり蜘蛛の数までは気にしていないようだ。倉庫の間を駆け回るイェジドに、蜘蛛が必死で追いつこうとしているのが見える。
 残った蜘蛛はアウグスタの指示通り智里に向かう。一部はガウスジェイルの効果でレオンに向かった。元々器用な蜘蛛たちではないし、攻撃力も高くない。防具でしのげる程度の攻撃だし、当たらないことすらある。更に一部はサンクチュアリに阻まれた。
「ペガサス、トリートメント!」
「ミオ、前奏曲だ」
 イリアスのペガサスと、レオンのミオが、それぞれ主の指示を受けて術を行使する。レオンは、アンチボディを智里のペガサスに掛けた。
「鬼の居ぬ間になんとやらだ。頼むよ、鞍馬。できるだけ機嫌を取ってくれ」
 インカムに向かって朗らかに言いながら、ハヤテはフォースリングの術式を借りたマジックアローを放つ。ダブルキャストも用いて、十本の光線が放たれた。七体をへし折る様に貫く。
「ああ、こちらもそのつもりさ!」
 真はイヤリングから聞こえるハヤテのリクエストに応じた。アウグスタとの間合いを取りながら気を引く。智里を狙おうとしてはいたが、その後の真の言葉で更に機嫌を損ねたために彼を狙うことにしたらしい。
 その瞳に宿るものは、嫉妬であり、憎悪であり、怒りであり、苛立ちであるようだった。蜘蛛が吐きかける糸は、何もなければ脅威だったかもしれないが、星影の唄が効いている。レグルスの脚に絡んでも引きちぎることが可能なまでに強度が落ちていた。
 けたたましい音を立てて、大蜘蛛がイェジドに飛びかかる。軽いステップで回避。元々身のこなしが軽い真と、この幻獣の戦い方は相性が良い。すぐさま二刀流で反撃に出た。アウグスタの頭上を掠めて、蜘蛛の刀身が背中にめり込む。
「智里さん、行って!」
 レオンが刺突一閃で蜘蛛を蹴散らす。智里はジェットブーツで蜘蛛の群を越えた。彼女を追い掛ける蜘蛛を、イリアスのハウンドバレットが貫き、立ちふさがったレオンが引きつけた。
「深追いすると周りに被害が出そうね……! 捕まえられるならこの場の方が良いわ」
 ザイラとアウグスタの契約を切らせる必要がある。そのためには、ザイラを確保できるに越したことはない。彼女がこちらの手に落ちれば、アウグスタは諦めるかもしれない。
「ザイラさん……!」

 デルタレイが放たれる。

 死ぬ直前まで追い詰めるつもりでいた。

 ひょっとして、自分には殺すつもりがあるのだろうか?

 一瞬の自問自答は、光線がザイラの急所を貫通することで中断された。

「何てことを!」
 アウグスタの怒声が聞こえる。蜘蛛の背中はひしゃげているし、脚の損傷も激しい。
「何てことを! 何てことをしてくれるの!」
 レグルスが、アウグスタとザイラの動線の間に立ちはだかる。姿勢を低くして、いつでも飛びかかれる構えだ。真も、二振りの剣を構えている。
「ザイラは渡さないよ。返してもらう」
「それはこっちの台詞よ! いくらあなたたちが精霊と手を組もうと、私とザイラの契約を切る事なんて簡単にはできないわ! 苦しみなさい。蜘蛛を潰す力が、人を救う力にはならないことに苦しみなさい!」
 アウグスタは怒鳴った勢いのまま手綱を引くと、全速力でその場から離脱した。
「ザイラさんは確保しました。戦闘不能ですが、息はあります……」
 智里がザイラを担ぎ上げながら告げた。わずかに背中が上下しているザイラは口を動かしている。
「何かなザイラ? ボクたちで聞いてあげられることかな?」
 ハヤテが微笑みかけた。ザイラは半分眠った様な目で、声を絞り出す。
「とめて……アウグスタをとめて……あんなこと、もうさせないで……」
「ザイラさん……」
 智里はザイラをペガサスに乗せた。
「ひとまず、私は彼女を連れて病院へ行きます」
「うん、そうして欲しいな。私は拠点を捜索しよう。でも、その前に残った蜘蛛をどうにかしようか。レグルス、もう一仕事だ」

●血痕
 扉が半開きの倉庫があった。ハヤテ、イリアス、レオン、真はそっと入る。アウグスタは反対方向に逃げて行ったが、迂回して戻ってこないとも限らない。
 がらんどうの倉庫だった。全て撤去されてしまったのだろう。何もない。
「ねえ、これ、血じゃないかしら?」
 イリアスが床の染みを見て言う。赤黒く、それほど古さを感じさせない汚れがこびりついていた。一箇所ではない。あちこちに。
「どうもそのようだね。なるほど、ここに連れて帰って、それを見たアウグスタが嫉妬して怪我をさせたと。そう言うことで間違いなさそうだね」
 ハヤテが頷いた。
「アウグスタはここに戻ってくるかな」
 レオンが呟いた。
「どうだろうか。ザイラも取られたし、ここに帰ってくる理由はなさそうだけど、少し待ってみよう」
 一行はしばらく倉庫内で息を潜めていたが、アウグスタが戻ってくることはなかった。彼らは報告のため、一度オフィスに戻ることにした。

●その後の顛末
 ザイラは病院に搬送された。凍傷、裂傷、光線による傷。覚醒者でなければ死んでいたであろう数々の怪我に、医師は目を丸くしていたが、事情を話すと納得した。
 命に別状がない……わけではないが、少なくとも今すぐ死ぬということはないらしい。数日後、ザイラは意識を取り戻して、聴取に応じた。疲弊したところをアウグスタに誘われて契約したこと、人々を連れ去ったこと、嫉妬に狂ったアウグスタが被害者たちを殺そうとしたこと、怖くなって逃がしていたこと、それでも、どうしても誰かの手を引いて連れて行きたくて犯行を重ねていたこと。
 そして、自分とアウグスタの契約がまだ継続していること。

 平坂みことはヴィルジーリオと無事にオフィスに戻っていた。早退を勧められたが、一人になりたくないと言ってずっとオフィスに残っていた。戻って来たハンターたちに礼を述べた彼女は、
「二度と一人で出張行きません」
 と首を横に振った。赤毛の司祭は話を聞いて、
「確保できたんですか……お疲れ様です。大変でしたね」
 そう言ってハンターたちを労った。ハヤテとは違う意味で態度の変わらない男である。

「契約が切れてないのは懸念事項だが、ザイラの確保は大きい。よくやってくれた」
 中年職員はそう言って頷いた。
「しかし、拠点を捨てたとなると、契約を切らせるにはまた作戦が必要になるな……何にせよ、今回の結果は申し分ないよ。お疲れ様だった。ありがとう」

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    フワ ハヤテ(ka0004
    エルフ|26才|男性|魔術師
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    ペガサス
    ペガサス(ka0004unit004
    ユニット|幻獣
  • 金糸篇読了
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    エルフ|19才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
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    ペガサス(ka0789unit002
    ユニット|幻獣
  • 死者へ捧ぐ楽しき祈り
    レオン(ka5108
    人間(紅)|16才|男性|闘狩人
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    ミオ(ka5108unit002
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    レグルス(ka5819unit001
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鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2018/12/08 11:21:17
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2018/12/05 05:40:05