ゲスト
(ka0000)
【CF】ケーキの材料を求めて
マスター:きりん

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2018/12/05 07:30
- 完成日
- 2018/12/07 13:20
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●ジェーン・ドゥは商品調達したい
受付嬢のケーキ屋さん「オフィスの森」で、店員の一人としてケーキの材料を調達することなった受付嬢ジェーン・ドゥ。
彼女は困っていた。
普通の材料を選ぶのでは芸がない。
金にものをいわせて高級食材を並べるのも何か違う気がする。
「オンリーワン……」
ジェーンが何事かをぽつりと呟く。
「ナンバーワンよりオンリーワン……」
真剣な表情で考え込むジェーンは、喫茶店でケーキを食べていた。
食べ終わると、カッと目を見開く。
「普通の材料ではこの程度の味で終わるのは自明の理……あっ、ごめんなさい」
何か格好良く決めようとしたジェーンは喫茶店の店長に睨まれ、へこへこと頭を下げた。
そして再び椅子に座り直してシリアスに呟く。
「インパクトが欲しいですね……何か、話題性を攫っていけるインパクトが……」
悩むジェーンに店長が渋い声で話しかける。
「お嬢さん」
「何でしょうか?」
小首を傾げて振り返るジェーンに、店長はコーヒー豆を挽きながら尋ねた。
「ケーキ作りで大事なものは何だと思う?」
「……材料の質、ですか?」
「違う。愛さ」
「あ、そういうのはいいので」
店長の言葉をバッサリ遮ったジェーンは、食後のコーヒーをすすって再び考え込んだ。
考えが決まったらしく、しばらくしてジェーンは立ち上がり、勘定を済ませる。
「特別なケーキには、やはり特別なケーキを。どうせなら、ハンターの皆さんにも手伝ってもらいましょうか」
妖しく微笑み、ジェーンは喫茶店を去っていく。
喫茶店には一人コーヒー豆を挽く店長が残された。
●材料を集めよう
クリスマスケーキと聞いて、一般に人が思い浮かべる材料といえば何があるだろうか。
卵。
牛乳。
小麦粉。
砂糖。
生クリーム。
苺。
他にも様々なものがあるだろうが、基本これらのもののはずだ。
ジェーン・ドゥは基本にのっとり、ケーキの材料を集めることにした。
ただし、辺り構わず、手当たり次第にとにかく多くの種類を。
買い占めて、買い求めて、買い揃えて、大量の材料で調理をひたすら行ってもらい、ケーキ作りに最適な組み合わせを見つけてもらうのだ。
「そのための準備を整えることこそが、私の役目です……!」
未来における他受付嬢たちの修羅場が確定した瞬間だった。
●向かう場所は
どうせなので、帝都の店以外も探してみよう。
そう思ったジェーンは他にもハンターたちを派遣することにした。
店だけでなく、帝都に材料を卸している生産者たちや、住民たちに対しても買い取り交渉を行ってもらい、材料を買い漁ってもらうのだ。
必要な資金はジェーンが根回しをして調達する。幸いハンター件受付嬢であるジェーンは二足の草鞋で蓄えがあるし、ある程度は受付嬢のケーキ屋さん「オフィスの森」やハンターズソサエティの経費で落とすことも可能だろう。
材料のランクによって手に入りやすさには差があるはずだ。
できれば全て買い集めたい。
「忙しくなりますね。さっそく依頼を出しましょう」
足取り軽く、ジェーンは最寄りのハンターズソサエティへ向かったのだった。
受付嬢のケーキ屋さん「オフィスの森」で、店員の一人としてケーキの材料を調達することなった受付嬢ジェーン・ドゥ。
彼女は困っていた。
普通の材料を選ぶのでは芸がない。
金にものをいわせて高級食材を並べるのも何か違う気がする。
「オンリーワン……」
ジェーンが何事かをぽつりと呟く。
「ナンバーワンよりオンリーワン……」
真剣な表情で考え込むジェーンは、喫茶店でケーキを食べていた。
食べ終わると、カッと目を見開く。
「普通の材料ではこの程度の味で終わるのは自明の理……あっ、ごめんなさい」
何か格好良く決めようとしたジェーンは喫茶店の店長に睨まれ、へこへこと頭を下げた。
そして再び椅子に座り直してシリアスに呟く。
「インパクトが欲しいですね……何か、話題性を攫っていけるインパクトが……」
悩むジェーンに店長が渋い声で話しかける。
「お嬢さん」
「何でしょうか?」
小首を傾げて振り返るジェーンに、店長はコーヒー豆を挽きながら尋ねた。
「ケーキ作りで大事なものは何だと思う?」
「……材料の質、ですか?」
「違う。愛さ」
「あ、そういうのはいいので」
店長の言葉をバッサリ遮ったジェーンは、食後のコーヒーをすすって再び考え込んだ。
考えが決まったらしく、しばらくしてジェーンは立ち上がり、勘定を済ませる。
「特別なケーキには、やはり特別なケーキを。どうせなら、ハンターの皆さんにも手伝ってもらいましょうか」
妖しく微笑み、ジェーンは喫茶店を去っていく。
喫茶店には一人コーヒー豆を挽く店長が残された。
●材料を集めよう
クリスマスケーキと聞いて、一般に人が思い浮かべる材料といえば何があるだろうか。
卵。
牛乳。
小麦粉。
砂糖。
生クリーム。
苺。
他にも様々なものがあるだろうが、基本これらのもののはずだ。
ジェーン・ドゥは基本にのっとり、ケーキの材料を集めることにした。
ただし、辺り構わず、手当たり次第にとにかく多くの種類を。
買い占めて、買い求めて、買い揃えて、大量の材料で調理をひたすら行ってもらい、ケーキ作りに最適な組み合わせを見つけてもらうのだ。
「そのための準備を整えることこそが、私の役目です……!」
未来における他受付嬢たちの修羅場が確定した瞬間だった。
●向かう場所は
どうせなので、帝都の店以外も探してみよう。
そう思ったジェーンは他にもハンターたちを派遣することにした。
店だけでなく、帝都に材料を卸している生産者たちや、住民たちに対しても買い取り交渉を行ってもらい、材料を買い漁ってもらうのだ。
必要な資金はジェーンが根回しをして調達する。幸いハンター件受付嬢であるジェーンは二足の草鞋で蓄えがあるし、ある程度は受付嬢のケーキ屋さん「オフィスの森」やハンターズソサエティの経費で落とすことも可能だろう。
材料のランクによって手に入りやすさには差があるはずだ。
できれば全て買い集めたい。
「忙しくなりますね。さっそく依頼を出しましょう」
足取り軽く、ジェーンは最寄りのハンターズソサエティへ向かったのだった。
リプレイ本文
●理想と現実
ジェーン・ドゥは感激していた。
「こ、こんなにたくさんハンターの方たちに協力していただけるなんてっ」
集合予定地には木枯らしが吹いている。
「ねえ、ジェーン。現実見ようよ」
夢路 まよい(ka1328)が声をかけるものの、明らかに人が少ないすっかすかな現状に、ジェーンは現実逃避をしているようだ。
「えっ? 何のことですか? ほら、たくさんいるじゃありませんか! ハンターの方々がそこにも、あそこにも!」
指差す先に当然人影は見えず、冷たい現実が待ち構えている。
一体彼女には何が見えているのだろうか。
もし集まったハンターの人数が少なければ、ジェーンを慰めてあげようと思っていたまよいだったが、当初の予定通り進めることにした。
キャラ崩壊しているジェーンを、まよいが見ていて面白いと思ったかどうかは定かではない。
「ねえジェーン、とりあえず行こうよ。私たちが手伝うからさ」
「……うう、すみませんまよいさん」
キャッキャと喜んでいたジェーンはぶわっと目に涙を浮かべた。
躁鬱が激しい。重症だ。
「その代わり、試作品のケーキを焼いたら、試食には呼んでよねっ」
「もちろんですとも!」
にこりと微笑むまよいは、まるで童話の絵本やファンタジー小説に出てくる可憐なお嬢様のようだ。
まよい自身クリムゾンウエストに転移前は、洋館の地下で箱入り娘として育てられていたので、あながち間違いではないかもしれない。
もっとも、まよい自身は洋館という限られた空間からクリムゾンウエストという広い世界に足を踏み出したことで、大きく視野を広げる機会を得たともいえるだろうが。
実際、ハンターとして歩み始めた頃と今では、まよいの内面にも大きな変化が起きているはずだ。
その変化自身は、おそらくまよい自身にしか知り得ないことだろうが。
「ああ、あなたも来てくれたんですか!? その節は依頼でお世話になりました!」
感激した様子で誰もいない空間と話しているジェーンに近付いたサクラ・エルフリード(ka2598)は、何ともいえない笑顔を浮かべて彼女の肩を叩いた。
「いつもの顔ぶれになりましたね……。ジェーンさん……」
その瞬間、ガチッと硬直したジェーンがギギギッとさび付いたブリキ人形のようなぎこちなさで振り返る。
「な、何のことでしょうか……? 本日はほら、募集枠二十五人全員が埋まった素晴らしい日で……」
「残念ながら、私とまよいさんと、レイアさんの三人だけです。繰り返しますが、三人だけです」
次の瞬間、ジェーンはバタッと倒れた。
白目をむき「あば……おぼ……」とか呻いてもがいている。
どうやら突きつけた現実が思いの外クリティカルヒットしてしまったらしい。
案外心が弱かったのだろうか。
放っておいてもジェーンはそのうち復活するだろうし、とりあえずサクラは依頼について考える。
人数が全く集まらなかったジェーンの心境はともかく、人数が少ないということで、今回の依頼は少し頑張らなければならないだろう。
おそらくジェーンは人海戦術で何とかするつもりだったろうから、その分負担が増えることになる。
まあ、その辺りは本人が上手い具合に何とかするだろうが。
サクラ自身は家事はできるが料理だけは不得意で、包丁を持つと宙を舞うほどだ。
ただし、それがケーキ作りのような製菓作業だった場合どうなるかまでは、分からない。
だからといってやってみようと思うかはまた別の話だが。
もしかしたらサクラ自身どうなるかは知らないかもしれない。
割と本気で凹んでいる様子のジェーンは復帰するまで放っておいて、サクラは依頼を遂行する準備を進めることにした。
時は金なりである。
何だかはっちゃけている……というより、壊れている様子のジェーンは放っておかれた。
見えないエアハンターと会話しているのをいつまでも見せつけられるのもアレだし、何ていうか正気度を削られる。
「まよい、サクラ、私達だけでも頑張ろうか」
後の用意はジェーンに頼むつもりのレイア・アローネ(ka4082)だが、今の本人が使い物になるかどうかは微妙なところだ。
(……大丈夫だよな?)
まよいやサクラと会話して一時的に正気を取り戻したようだが、また再びエアハンターを発見したらしく、満面の笑顔で話しかけている。
レイアは見なかったことにした。
「既製品というのも味気ない。せめて私達の材料だけでもいいものを揃えておきたいな。……おいジェーン、いい加減にしろ!」
いつまでもジェーンが戻ってこないので、レイアは彼女を現実に呼び戻した。
人数が少ないということはもう覆しようがないのだから、一人一人の負担が重いことももはや変えようがない事実だ。
なのにジェーンがこの体たらくでは、どのような結果になるか分からない。
「……すみません。私としたことが、取り乱したようです」
何とか正気に戻った様子のジェーンが、若干赤い顔で謝罪してくる。
気を抜けばじわっと目じりに涙が浮かぶあたり、まだ完全な意味で立ち直ったわけではないようだが。
「人数が少ないので、多少予定を変更させていただきます。不足分は私が後から新ためて買い集めますので、皆さんは買えそうなものを買ってきてください」
女剣士であるレイアにしてみれば、戦闘の方が正直身体に染み付いているものの、どうすればいいのか勝手が分からない恋愛依頼などよりは、まだただの買い物の方がやりやすいかもしれない。
何を買うかレイアは考え始めた。
こうして、ハンターたちはクリスマスケーキの材料集めに向かった。
さあ、依頼の始まりだ!
●小麦粉を求めて
まず、まよいは帝都とその周辺を対象に、小麦粉の生産者の情報を集めることにした。
帝都の店でも小麦粉は取り扱っているだろうし、実際それは間違いないはずだが、その品質までは分からない。
仮にも首都なのだからそれなりのものは置いてあると思いたいものの、何せ帝国自体がメシマズな国である。
美味しい料理がないというわけではないし、上を見れば十分食べられるものだって多いのだが、昔の印象が強いせいか、『帝国といえば飯マズ』の印象が拭えない。
小麦粉の生産者はやはり帝都の周辺に集中しているようだ。
帝都に卸すのだから、機導術などのような特殊技術があるといっても基本的にはその近郊になるのが自然だ。
機導術が物流にどれほど役立っているのかどうかはまた別の話になるが。
「あったあった。この人だね」
情報を集めた中に、あまり栽培例がなく、流通している数も少ない品種の小麦粉を生産しているという農家がいた。
どうせ買うなら貴重なものにしようと決めたまよいは、さっそく交渉に向かうことにした。
「売ってくれるかな? こっちの誠意が伝わればなんとかなる?」
現地に向かいながら考える。
帝都を離れ、街道を歩き、遭遇する野生動物と戯れてみたりしつつ、まよいは小麦を育てている農場に着いた。
ここで収穫された小麦が、小麦粉として製粉されて市場に出回るのだ。
「ごめんくださーい」
まよいの可憐な声が農場に響く。
「珍しい。お客さんかね」
タオルで汗を拭き拭き、中年男性が出てきた。
どうやら農場の主のようだ。
事情を説明して、小麦粉を売ってもらえないか頼み込む。
「うーん、出荷するものは仲介業者がいるし、今独断で売れるのは元々農場で消費する予定だったものしかないけど、それでもいいかい?」
最終的には大量入荷する必要はあるだろうが、今はひとまずケーキの試作に必要な分だけ確保できればいいだろう。
念のため通信機でジェーンに確認を取っても、同じ答えが返ってきた。
「それでお願い!」
「じゃあ今用意するからちょっと待ってておくれ。その間は、悪いけど農場を見学したりして時間を潰してておくれよ」
農場の門が開かれ、まよいは中に入る。
外から見た時も中々だったが、近くで見ると小麦畑は壮観だった。
黄金色の小麦の穂が、畑一面を覆っていて、風が吹くたび大きくうねって揺れる。
地面に足をついて見ている今の状態では分かりにくいかもしれないが、仮にまよいが飛行していれば、空からその一部始終を見ることができただろう。
それはまるで、黄金色をした海原のようだ。
足を運んだ甲斐がある、美しい光景だった。
やがて、農場の主が戻ってくる。
手には袋を一つ持っていた。
「はい、これ。一応中身を確認してくれ」
受け取ると、案外ずっしりと重い。
袋の口を少し開ければ、真っ白い粉がたくさん詰まっているのが見えた。
ぱっと見、普通の小麦粉にしか見えない。
希少品らしいが、何がどう違うのだろうか。
「この小麦粉は希少品でね、焼き上げた時の味が違うんだよ味が。おすすめはパウンドケーキだけど、もちろんクリスマスケーキのスポンジとかでも美味しいよ。素材の味が出るし、砂糖との相性もいい。特に乳製品との相性が抜群なんだ」
クドクドクドと、農場の主から怒涛の勢いで蘊蓄が流れ出した。
どうやら自慢の一品を語りたくてたまらなかったらしい。
そこでまよいは小悪魔的な思考に閃いた。
顔色を直感で窺っていたまよいは、農場の主の機嫌がとてもいいことに気付いた。
そこを上手く利用できれば、自分に有利なように交渉を進められるかもしれない。
「凄いね! でも、貴重なものなら手もかかるんじゃない?」
「まあね。だけどそれも美味しい小麦を育てるためには必要なことさ。手間暇かけて育てれば、それだけ作物は答えてくれる。必要なのは愛だよ愛!」
メシマズの国に生きる人間とは思えない言葉である。
「まあ、これは王国の同業者がよく口にしてたことの受け売りなんだけどね!」
「あ、なるほど」
まよいは何となく納得してしまった。
「ああ、そうだ。今朝この小麦粉で焼いたパウンドケーキがあるんだ。良かったら持って帰るかい? ケーキの種類は違うけど、どんな味なのか分かった方が、参考くらいにはなるだろう?」
当然断る理由もなかったので、まよいは申し出に甘えることにした。
●牛乳を求めて
牧場はその性質状、多くの敷地面積を必要とする。
そのため都会のど真ん中よりは郊外にあることが多く、クリムゾンウエストでもその法則は当てはまる。
というか、歪虚の脅威がある以上人間が生活できる領域は限られており、都会と田舎といっても、その距離は割と近いこともある。
そもそも一般的に帝国では機導術によるものを除いて移動手段が発達しているわけでもないので、物理的な移動の制限があるし、そもそも輸送という観点でも近い方が都合がいい。
そのため、牛乳を手に入れるための選択肢はそう多くはなかった。
品質にこだわらないのであれば、帝都の店で買えばいいが、より美味しいものをとなると、直接買い付けにいくのが一番となる。
もちろんなるべく鮮度を保つためにある程度の殺菌技術はあるし、リアルブルーの機械式にあたる機導式の冷蔵庫もあるのだが、それなりに高価で一般にまでは出回っていない。
そもそもリアルブルーでは殺菌方法、機械式冷蔵庫ともに確立されたのが十九世紀。
クリムゾンウエストではリアルブルーの影響や機導術があるのである程度普及しているとはいえ、やはりまだまだ最新技術といえるだろう。
なので、牛乳は初めから輸送を考えて出荷した物でない限り、基本的に買ったものをすぐ消費するという形になることが多い。
当然冷蔵庫などで保たせる方法はあるが、機導式は一般的ではないし、氷式は氷を大量に必要とする欠点がある。
もっとも、帝国は機導術が盛んで発展は他国より進んでいるため、そういう意味では期待できるかもしれないが。
実際、氷式の冷蔵庫ならそこそこ普及している。
(どうせなら美味しいものを探しましょう)
サクラが向かった牧場は、長閑だった。
牧草地帯では牛が放牧されており、自由気ままに草を食んでいる様子が見て取れる。
本格的に冬になれば、この牛たちも牛舎に戻されるのかどうかサクラも知らないが、とりあえず平和そうな光景が広がっている。
生産者である牧場主に会い、用件を伝えた。
「何だ。牛乳が欲しいのかい?」
「はい。乳搾りや牛の世話、力仕事のお手伝いをする代わりに、お駄賃としていただけないでしょうか。流石に美味しい牛乳をただで下さい、というのも何ですし……私、こう見えて錬筋術師として体力と力仕事には多少自信がありますので。私に出来ることであれば何でもしますよ……」
「仕事を手伝ってくれるっていうなら有難いが、ハンターへの報酬は高いんじゃないのかい?」
「いえ、今回はケーキの材料を集めてくる依頼を遂行している最中でして、ここに来たのもその一環なんです。ですので依頼料などは要りません。あくまで牛乳を譲っていただける対価としてお考えください」
「そうかい。それなら構わないよ。道具を支給するからついておいで。さっそく手伝ってもらおうじゃないか」
承諾してくれた牧場主についていき、道具を借り受ける。
それから牧場で対象となる乳牛を選び、牛舎に入れてもらった。
「じゃあまず手本を見せるから、この通りやっておくれよ」
牧場主が手際よく牛乳を搾っていく。
それを見ながら、サクラもおっかなびっくり乳牛の乳に手を伸ばした。
何度かアドバイスを受けて、搾乳を始めていく。
勢いよく飛び出した乳がバケツに溜まっていくのを見るのは、何とも珍しい体験といえるかもしれない。
時折牛の態度を見てみると、尻尾の動きや目線などで、微妙に搾乳に対して喜んでいるのか嫌がっているのかが、何となく分かりそうなのも興味深い。
「ところでうちの牛乳は、帝都のお偉方にも気に入ってもらえているんだよ」
搾乳作業中、牧場主が雑談を始めた。
「牛乳といえば食べるもの。昔はバターかチーズにしちまうのが普通だったからね。こうして牛乳を飲み物として卸せるようになったのも、機導術が発展したお蔭さ」
どうやら、機導術による保存技術と運搬技術の発展が、牛乳の普及に少なくない影響を与えているらしい。
サクラや牧場主が知っているかは分からないが、リアルブルーでも液体の牛乳が本格的に飲まれるようになったのは十九世紀になってからで、それを考えれば、クリムゾンウエストで曲がりなりにも牛乳が安定して手に入るというのは、むしろ時代を先取りしているといえる。
牧場主の蘊蓄を聞いているうちに、気が付けば搾乳は終わっていた。
殺菌処理は牧場主が行ってくれるという。
先ほど牧場主がいっていた通り、この殺菌処理を行えるからこそ、牛乳は飲み物として認知されているのだろう。
こうして牛乳を手に入れたサクラは帰途についた。
あとは速やかに、これをジェーンへ届けなければならない。
「……何だか無駄に牛乳について詳しくなった気もしますが……牛乳は手に入りましたし、戻りましょうか」
サクラは早足でジェーンの下へと向かった。
●卵を求めて
レイアは卵を手に入れる役目を引き受けた。
店で買ってもいいが、どうせなら養鶏農家を訪ねることにする。
希少品を譲ってもらえるかもしれない。
養鶏関係の手伝いをする代わりに、卵を譲ってもらえるよう交渉しようとレイアは考える。
リアルブルーでは、卵は十九世紀くらいまでは割と贅沢品の部類だったらしい。
向こうでは科学技術の発展や鉄道の普及によって一般家庭でも手に入るようになったが、クリムゾンウエストでは機導術で代替されているとはいっても、どこでも買えるかというと品によるだろう。
ただ、ハンターならば入手自体は難しくないはずだ。
転移門で自由に移動できるし、そうであれば輸送や保存の問題も大体は解決できる。
実際、ハンターが一般的に活動するようになってから食の自由度が増したという話も一説にはあり、信憑性はともかくとしてそういう噂は皆無ではない。
「やれやれ、買い物を楽しむ余裕もないとは」
おそらく一番修羅場になっているのはジェーンだろうが、レイアたちも一人であちこち回る羽目になり、それなりに忙しい。
幸い「遠くまで足を運んだ割には空振り」などという事態には陥っていないものの、それは単純に試行回数が少ないだけという可能性もあり、そういう意味ではジェーンに悲劇が訪れる可能性はある。
「だがまあ……友人たちとケーキ作りにいそしむ、こういう聖夜も悪くはない……。ん? ケーキ作りまで私たちがやるのか?」
首を傾げつつ歩き、養鶏農家についた。
ここで運命の神が悪戯にダイスを振るのなら、タイミング悪く鶏が伝染病で全滅、などという事態もあったかもしれないが、幸いといっていいのかそんな面倒くさいことにはならなかった。
「うん? 卵が欲しい? 個人消費用のがあったな。それでいいなら持っていくか?」
「有難い。頼む」
養鶏農家はレイアを手招きする。
「待っている間、見学でもしとけ。そのうちに準備しておくから」
鶏舎には、大量の鶏がひしめいていた。
これでもリアルブルーの養鶏農家が飼育する鶏よりは数が少ない。
一匹一匹はそれほど大きくなくとも、大量に集まるとうるさい。
羽音のバサバサという音や、鳴き声が耳に響くのだ。
幸い中にまでは入っていないが、もし足を踏み入れれば集られて鶏の羽毛まみれになっていたかもしれない。
ちなみに見える範囲に卵はない。
綺麗に回収された後なのだろうか。
それとも卵を産む場所は別にあるのだろうか。
この養鶏場に詳しいわけでもないので、レイアには分からない。
(それにしても、私が選ぶのでなくて良かった。卵の目利きなら私よりも向こうの方が慣れているだろうしな)
何となく鶏たちを見ていて、レイアはふと思い立つ。
(鶏肉か……クリスマスといえばチキンだし、ケーキの材料とは関係なく譲ってもらうなりなんなりして、今回の依頼関係者皆で食べるのもいいかもしれないな。といっても、関係者と呼べるのは私とまよいとサクラと後はジェーンくらいだが)
鶏たちは呑気に鳴きながら餌をつついている。
なおも待っていると、養鶏農家が卵を籠に入れて持ってきた。
そこそこの数がある。奮発してくれたのだろうか。
「ケーキの材料として使うんだろ? 多めに入れておくぞ」
「ありがとう。助かる」
「一応品質管理は徹底しているが、消費は早めにな。時間が経ち過ぎた場合は生食は控えろよ。というかそうでなくともなるべく生食は控えろよ」
やたらと念を押す養鶏農家は、事情をレイアに話してくれた。
「今年は多いらしいよ。卵を生で食べて腹を壊す人が。リアルブルーからの元難民に多いって話だ」
「……ああ、なるほど」
そこまで聞いてレイアは察した。
彼らはリアルブルーでの習慣のまま、生卵を食そうとして、当たったのだろう。
他にも探せば、そういうエピソードはありそうだ。
同じ世界でも、外国に来るだけで習慣が変わるということは珍しくない。
それが世界ごと変わるなら、多少の混乱は必至である。
卵を受け取り、レイアの任務もこれで終了だ。
後はこれをジェーンに届けるだけである。
「買い物を楽しむのはまた別の機会に回すとして……とりあえず帰るか」
レイアは養鶏場を後にする。
ちなみに交渉した結果、鶏肉を分けてもらうことはできた。
どうやらクリスマスの準備に用意しておいたのがあったらしい。
「ふむ。これでジェーンに恥をかかせる必要もないな……。……いや、それほどの義理もないか……?」
割と酷いことを思いつつ、レイアは帰った。
●何だかんだ、買い物は無事終わる
帰り道、貰ったパウンドケーキを見ながらまよいは考える。
焼き立てというにはもう過ぎているが、むしろパウンドケーキは寝かせてからが食べ頃なので、しっとりとした舌触りできっと美味しいだろう。
「労力に最大限見合ったものを提示できてたらいいんだけど」
もう交渉はまとまっているので、農場の主も納得ずくなのだろうが、まよいは少し気にする。
せめて正式採用されたら大量に買い付けるようジェーンにいっておこうと思うまよいだった。
急いで戻ったサクラは、無事に手に入った牛乳をジェーンに渡す。
今回最初の奇行を思い返し、何となく肩を叩いて慰めた。
「これ、牛乳です。元気出してくださいね……。ジェーンさん……」
「さ、さすがにもう落ち着いています……。その節はご迷惑をおかけしました……」
正気に戻ったジェーンは恥ずかしそうに俯いている。
ジェーンもしっかり方々を回ってケーキの材料を買い集めてきたようで、テーブルの上には袋がどっさり置かれていた。
物凄い量で、これなら試作する分としては十分だ。
ハンターズソサエティでは既にジェーンとまよい、サクラが戻ってきていた。
どうやらレイアが一番最後らしい。
「ほら、卵だ。これだけやったんだ、期待しているぞ、ジェーン」
「ええ。……ところで、そちらは?」
ジェーンがレイアが持っている鶏肉に興味を引かれたようで、尋ねた。
「ついでに貰った。皆で食べよう。ちょうどクリスマスが近いしな」
全員から、歓声が上がった。
どうやら、今夜はパーティのようだ。
ケーキを焼くために必要な品物は大体集まった。
ちなみに内容はまよい、サクラ、レイアのうちまよいのみ希少品で、サクラとレイアは一般品という結果だった。
他の材料は帝都中を回って一般品をジェーンが購入してきた。
チキンを焼き、パウンドケーキを切り分け、そのままジェーンを慰めるという建前でパーティーに突入する。
そのまま大いに食べ、飲み明かした。
ジェーン・ドゥは感激していた。
「こ、こんなにたくさんハンターの方たちに協力していただけるなんてっ」
集合予定地には木枯らしが吹いている。
「ねえ、ジェーン。現実見ようよ」
夢路 まよい(ka1328)が声をかけるものの、明らかに人が少ないすっかすかな現状に、ジェーンは現実逃避をしているようだ。
「えっ? 何のことですか? ほら、たくさんいるじゃありませんか! ハンターの方々がそこにも、あそこにも!」
指差す先に当然人影は見えず、冷たい現実が待ち構えている。
一体彼女には何が見えているのだろうか。
もし集まったハンターの人数が少なければ、ジェーンを慰めてあげようと思っていたまよいだったが、当初の予定通り進めることにした。
キャラ崩壊しているジェーンを、まよいが見ていて面白いと思ったかどうかは定かではない。
「ねえジェーン、とりあえず行こうよ。私たちが手伝うからさ」
「……うう、すみませんまよいさん」
キャッキャと喜んでいたジェーンはぶわっと目に涙を浮かべた。
躁鬱が激しい。重症だ。
「その代わり、試作品のケーキを焼いたら、試食には呼んでよねっ」
「もちろんですとも!」
にこりと微笑むまよいは、まるで童話の絵本やファンタジー小説に出てくる可憐なお嬢様のようだ。
まよい自身クリムゾンウエストに転移前は、洋館の地下で箱入り娘として育てられていたので、あながち間違いではないかもしれない。
もっとも、まよい自身は洋館という限られた空間からクリムゾンウエストという広い世界に足を踏み出したことで、大きく視野を広げる機会を得たともいえるだろうが。
実際、ハンターとして歩み始めた頃と今では、まよいの内面にも大きな変化が起きているはずだ。
その変化自身は、おそらくまよい自身にしか知り得ないことだろうが。
「ああ、あなたも来てくれたんですか!? その節は依頼でお世話になりました!」
感激した様子で誰もいない空間と話しているジェーンに近付いたサクラ・エルフリード(ka2598)は、何ともいえない笑顔を浮かべて彼女の肩を叩いた。
「いつもの顔ぶれになりましたね……。ジェーンさん……」
その瞬間、ガチッと硬直したジェーンがギギギッとさび付いたブリキ人形のようなぎこちなさで振り返る。
「な、何のことでしょうか……? 本日はほら、募集枠二十五人全員が埋まった素晴らしい日で……」
「残念ながら、私とまよいさんと、レイアさんの三人だけです。繰り返しますが、三人だけです」
次の瞬間、ジェーンはバタッと倒れた。
白目をむき「あば……おぼ……」とか呻いてもがいている。
どうやら突きつけた現実が思いの外クリティカルヒットしてしまったらしい。
案外心が弱かったのだろうか。
放っておいてもジェーンはそのうち復活するだろうし、とりあえずサクラは依頼について考える。
人数が全く集まらなかったジェーンの心境はともかく、人数が少ないということで、今回の依頼は少し頑張らなければならないだろう。
おそらくジェーンは人海戦術で何とかするつもりだったろうから、その分負担が増えることになる。
まあ、その辺りは本人が上手い具合に何とかするだろうが。
サクラ自身は家事はできるが料理だけは不得意で、包丁を持つと宙を舞うほどだ。
ただし、それがケーキ作りのような製菓作業だった場合どうなるかまでは、分からない。
だからといってやってみようと思うかはまた別の話だが。
もしかしたらサクラ自身どうなるかは知らないかもしれない。
割と本気で凹んでいる様子のジェーンは復帰するまで放っておいて、サクラは依頼を遂行する準備を進めることにした。
時は金なりである。
何だかはっちゃけている……というより、壊れている様子のジェーンは放っておかれた。
見えないエアハンターと会話しているのをいつまでも見せつけられるのもアレだし、何ていうか正気度を削られる。
「まよい、サクラ、私達だけでも頑張ろうか」
後の用意はジェーンに頼むつもりのレイア・アローネ(ka4082)だが、今の本人が使い物になるかどうかは微妙なところだ。
(……大丈夫だよな?)
まよいやサクラと会話して一時的に正気を取り戻したようだが、また再びエアハンターを発見したらしく、満面の笑顔で話しかけている。
レイアは見なかったことにした。
「既製品というのも味気ない。せめて私達の材料だけでもいいものを揃えておきたいな。……おいジェーン、いい加減にしろ!」
いつまでもジェーンが戻ってこないので、レイアは彼女を現実に呼び戻した。
人数が少ないということはもう覆しようがないのだから、一人一人の負担が重いことももはや変えようがない事実だ。
なのにジェーンがこの体たらくでは、どのような結果になるか分からない。
「……すみません。私としたことが、取り乱したようです」
何とか正気に戻った様子のジェーンが、若干赤い顔で謝罪してくる。
気を抜けばじわっと目じりに涙が浮かぶあたり、まだ完全な意味で立ち直ったわけではないようだが。
「人数が少ないので、多少予定を変更させていただきます。不足分は私が後から新ためて買い集めますので、皆さんは買えそうなものを買ってきてください」
女剣士であるレイアにしてみれば、戦闘の方が正直身体に染み付いているものの、どうすればいいのか勝手が分からない恋愛依頼などよりは、まだただの買い物の方がやりやすいかもしれない。
何を買うかレイアは考え始めた。
こうして、ハンターたちはクリスマスケーキの材料集めに向かった。
さあ、依頼の始まりだ!
●小麦粉を求めて
まず、まよいは帝都とその周辺を対象に、小麦粉の生産者の情報を集めることにした。
帝都の店でも小麦粉は取り扱っているだろうし、実際それは間違いないはずだが、その品質までは分からない。
仮にも首都なのだからそれなりのものは置いてあると思いたいものの、何せ帝国自体がメシマズな国である。
美味しい料理がないというわけではないし、上を見れば十分食べられるものだって多いのだが、昔の印象が強いせいか、『帝国といえば飯マズ』の印象が拭えない。
小麦粉の生産者はやはり帝都の周辺に集中しているようだ。
帝都に卸すのだから、機導術などのような特殊技術があるといっても基本的にはその近郊になるのが自然だ。
機導術が物流にどれほど役立っているのかどうかはまた別の話になるが。
「あったあった。この人だね」
情報を集めた中に、あまり栽培例がなく、流通している数も少ない品種の小麦粉を生産しているという農家がいた。
どうせ買うなら貴重なものにしようと決めたまよいは、さっそく交渉に向かうことにした。
「売ってくれるかな? こっちの誠意が伝わればなんとかなる?」
現地に向かいながら考える。
帝都を離れ、街道を歩き、遭遇する野生動物と戯れてみたりしつつ、まよいは小麦を育てている農場に着いた。
ここで収穫された小麦が、小麦粉として製粉されて市場に出回るのだ。
「ごめんくださーい」
まよいの可憐な声が農場に響く。
「珍しい。お客さんかね」
タオルで汗を拭き拭き、中年男性が出てきた。
どうやら農場の主のようだ。
事情を説明して、小麦粉を売ってもらえないか頼み込む。
「うーん、出荷するものは仲介業者がいるし、今独断で売れるのは元々農場で消費する予定だったものしかないけど、それでもいいかい?」
最終的には大量入荷する必要はあるだろうが、今はひとまずケーキの試作に必要な分だけ確保できればいいだろう。
念のため通信機でジェーンに確認を取っても、同じ答えが返ってきた。
「それでお願い!」
「じゃあ今用意するからちょっと待ってておくれ。その間は、悪いけど農場を見学したりして時間を潰してておくれよ」
農場の門が開かれ、まよいは中に入る。
外から見た時も中々だったが、近くで見ると小麦畑は壮観だった。
黄金色の小麦の穂が、畑一面を覆っていて、風が吹くたび大きくうねって揺れる。
地面に足をついて見ている今の状態では分かりにくいかもしれないが、仮にまよいが飛行していれば、空からその一部始終を見ることができただろう。
それはまるで、黄金色をした海原のようだ。
足を運んだ甲斐がある、美しい光景だった。
やがて、農場の主が戻ってくる。
手には袋を一つ持っていた。
「はい、これ。一応中身を確認してくれ」
受け取ると、案外ずっしりと重い。
袋の口を少し開ければ、真っ白い粉がたくさん詰まっているのが見えた。
ぱっと見、普通の小麦粉にしか見えない。
希少品らしいが、何がどう違うのだろうか。
「この小麦粉は希少品でね、焼き上げた時の味が違うんだよ味が。おすすめはパウンドケーキだけど、もちろんクリスマスケーキのスポンジとかでも美味しいよ。素材の味が出るし、砂糖との相性もいい。特に乳製品との相性が抜群なんだ」
クドクドクドと、農場の主から怒涛の勢いで蘊蓄が流れ出した。
どうやら自慢の一品を語りたくてたまらなかったらしい。
そこでまよいは小悪魔的な思考に閃いた。
顔色を直感で窺っていたまよいは、農場の主の機嫌がとてもいいことに気付いた。
そこを上手く利用できれば、自分に有利なように交渉を進められるかもしれない。
「凄いね! でも、貴重なものなら手もかかるんじゃない?」
「まあね。だけどそれも美味しい小麦を育てるためには必要なことさ。手間暇かけて育てれば、それだけ作物は答えてくれる。必要なのは愛だよ愛!」
メシマズの国に生きる人間とは思えない言葉である。
「まあ、これは王国の同業者がよく口にしてたことの受け売りなんだけどね!」
「あ、なるほど」
まよいは何となく納得してしまった。
「ああ、そうだ。今朝この小麦粉で焼いたパウンドケーキがあるんだ。良かったら持って帰るかい? ケーキの種類は違うけど、どんな味なのか分かった方が、参考くらいにはなるだろう?」
当然断る理由もなかったので、まよいは申し出に甘えることにした。
●牛乳を求めて
牧場はその性質状、多くの敷地面積を必要とする。
そのため都会のど真ん中よりは郊外にあることが多く、クリムゾンウエストでもその法則は当てはまる。
というか、歪虚の脅威がある以上人間が生活できる領域は限られており、都会と田舎といっても、その距離は割と近いこともある。
そもそも一般的に帝国では機導術によるものを除いて移動手段が発達しているわけでもないので、物理的な移動の制限があるし、そもそも輸送という観点でも近い方が都合がいい。
そのため、牛乳を手に入れるための選択肢はそう多くはなかった。
品質にこだわらないのであれば、帝都の店で買えばいいが、より美味しいものをとなると、直接買い付けにいくのが一番となる。
もちろんなるべく鮮度を保つためにある程度の殺菌技術はあるし、リアルブルーの機械式にあたる機導式の冷蔵庫もあるのだが、それなりに高価で一般にまでは出回っていない。
そもそもリアルブルーでは殺菌方法、機械式冷蔵庫ともに確立されたのが十九世紀。
クリムゾンウエストではリアルブルーの影響や機導術があるのである程度普及しているとはいえ、やはりまだまだ最新技術といえるだろう。
なので、牛乳は初めから輸送を考えて出荷した物でない限り、基本的に買ったものをすぐ消費するという形になることが多い。
当然冷蔵庫などで保たせる方法はあるが、機導式は一般的ではないし、氷式は氷を大量に必要とする欠点がある。
もっとも、帝国は機導術が盛んで発展は他国より進んでいるため、そういう意味では期待できるかもしれないが。
実際、氷式の冷蔵庫ならそこそこ普及している。
(どうせなら美味しいものを探しましょう)
サクラが向かった牧場は、長閑だった。
牧草地帯では牛が放牧されており、自由気ままに草を食んでいる様子が見て取れる。
本格的に冬になれば、この牛たちも牛舎に戻されるのかどうかサクラも知らないが、とりあえず平和そうな光景が広がっている。
生産者である牧場主に会い、用件を伝えた。
「何だ。牛乳が欲しいのかい?」
「はい。乳搾りや牛の世話、力仕事のお手伝いをする代わりに、お駄賃としていただけないでしょうか。流石に美味しい牛乳をただで下さい、というのも何ですし……私、こう見えて錬筋術師として体力と力仕事には多少自信がありますので。私に出来ることであれば何でもしますよ……」
「仕事を手伝ってくれるっていうなら有難いが、ハンターへの報酬は高いんじゃないのかい?」
「いえ、今回はケーキの材料を集めてくる依頼を遂行している最中でして、ここに来たのもその一環なんです。ですので依頼料などは要りません。あくまで牛乳を譲っていただける対価としてお考えください」
「そうかい。それなら構わないよ。道具を支給するからついておいで。さっそく手伝ってもらおうじゃないか」
承諾してくれた牧場主についていき、道具を借り受ける。
それから牧場で対象となる乳牛を選び、牛舎に入れてもらった。
「じゃあまず手本を見せるから、この通りやっておくれよ」
牧場主が手際よく牛乳を搾っていく。
それを見ながら、サクラもおっかなびっくり乳牛の乳に手を伸ばした。
何度かアドバイスを受けて、搾乳を始めていく。
勢いよく飛び出した乳がバケツに溜まっていくのを見るのは、何とも珍しい体験といえるかもしれない。
時折牛の態度を見てみると、尻尾の動きや目線などで、微妙に搾乳に対して喜んでいるのか嫌がっているのかが、何となく分かりそうなのも興味深い。
「ところでうちの牛乳は、帝都のお偉方にも気に入ってもらえているんだよ」
搾乳作業中、牧場主が雑談を始めた。
「牛乳といえば食べるもの。昔はバターかチーズにしちまうのが普通だったからね。こうして牛乳を飲み物として卸せるようになったのも、機導術が発展したお蔭さ」
どうやら、機導術による保存技術と運搬技術の発展が、牛乳の普及に少なくない影響を与えているらしい。
サクラや牧場主が知っているかは分からないが、リアルブルーでも液体の牛乳が本格的に飲まれるようになったのは十九世紀になってからで、それを考えれば、クリムゾンウエストで曲がりなりにも牛乳が安定して手に入るというのは、むしろ時代を先取りしているといえる。
牧場主の蘊蓄を聞いているうちに、気が付けば搾乳は終わっていた。
殺菌処理は牧場主が行ってくれるという。
先ほど牧場主がいっていた通り、この殺菌処理を行えるからこそ、牛乳は飲み物として認知されているのだろう。
こうして牛乳を手に入れたサクラは帰途についた。
あとは速やかに、これをジェーンへ届けなければならない。
「……何だか無駄に牛乳について詳しくなった気もしますが……牛乳は手に入りましたし、戻りましょうか」
サクラは早足でジェーンの下へと向かった。
●卵を求めて
レイアは卵を手に入れる役目を引き受けた。
店で買ってもいいが、どうせなら養鶏農家を訪ねることにする。
希少品を譲ってもらえるかもしれない。
養鶏関係の手伝いをする代わりに、卵を譲ってもらえるよう交渉しようとレイアは考える。
リアルブルーでは、卵は十九世紀くらいまでは割と贅沢品の部類だったらしい。
向こうでは科学技術の発展や鉄道の普及によって一般家庭でも手に入るようになったが、クリムゾンウエストでは機導術で代替されているとはいっても、どこでも買えるかというと品によるだろう。
ただ、ハンターならば入手自体は難しくないはずだ。
転移門で自由に移動できるし、そうであれば輸送や保存の問題も大体は解決できる。
実際、ハンターが一般的に活動するようになってから食の自由度が増したという話も一説にはあり、信憑性はともかくとしてそういう噂は皆無ではない。
「やれやれ、買い物を楽しむ余裕もないとは」
おそらく一番修羅場になっているのはジェーンだろうが、レイアたちも一人であちこち回る羽目になり、それなりに忙しい。
幸い「遠くまで足を運んだ割には空振り」などという事態には陥っていないものの、それは単純に試行回数が少ないだけという可能性もあり、そういう意味ではジェーンに悲劇が訪れる可能性はある。
「だがまあ……友人たちとケーキ作りにいそしむ、こういう聖夜も悪くはない……。ん? ケーキ作りまで私たちがやるのか?」
首を傾げつつ歩き、養鶏農家についた。
ここで運命の神が悪戯にダイスを振るのなら、タイミング悪く鶏が伝染病で全滅、などという事態もあったかもしれないが、幸いといっていいのかそんな面倒くさいことにはならなかった。
「うん? 卵が欲しい? 個人消費用のがあったな。それでいいなら持っていくか?」
「有難い。頼む」
養鶏農家はレイアを手招きする。
「待っている間、見学でもしとけ。そのうちに準備しておくから」
鶏舎には、大量の鶏がひしめいていた。
これでもリアルブルーの養鶏農家が飼育する鶏よりは数が少ない。
一匹一匹はそれほど大きくなくとも、大量に集まるとうるさい。
羽音のバサバサという音や、鳴き声が耳に響くのだ。
幸い中にまでは入っていないが、もし足を踏み入れれば集られて鶏の羽毛まみれになっていたかもしれない。
ちなみに見える範囲に卵はない。
綺麗に回収された後なのだろうか。
それとも卵を産む場所は別にあるのだろうか。
この養鶏場に詳しいわけでもないので、レイアには分からない。
(それにしても、私が選ぶのでなくて良かった。卵の目利きなら私よりも向こうの方が慣れているだろうしな)
何となく鶏たちを見ていて、レイアはふと思い立つ。
(鶏肉か……クリスマスといえばチキンだし、ケーキの材料とは関係なく譲ってもらうなりなんなりして、今回の依頼関係者皆で食べるのもいいかもしれないな。といっても、関係者と呼べるのは私とまよいとサクラと後はジェーンくらいだが)
鶏たちは呑気に鳴きながら餌をつついている。
なおも待っていると、養鶏農家が卵を籠に入れて持ってきた。
そこそこの数がある。奮発してくれたのだろうか。
「ケーキの材料として使うんだろ? 多めに入れておくぞ」
「ありがとう。助かる」
「一応品質管理は徹底しているが、消費は早めにな。時間が経ち過ぎた場合は生食は控えろよ。というかそうでなくともなるべく生食は控えろよ」
やたらと念を押す養鶏農家は、事情をレイアに話してくれた。
「今年は多いらしいよ。卵を生で食べて腹を壊す人が。リアルブルーからの元難民に多いって話だ」
「……ああ、なるほど」
そこまで聞いてレイアは察した。
彼らはリアルブルーでの習慣のまま、生卵を食そうとして、当たったのだろう。
他にも探せば、そういうエピソードはありそうだ。
同じ世界でも、外国に来るだけで習慣が変わるということは珍しくない。
それが世界ごと変わるなら、多少の混乱は必至である。
卵を受け取り、レイアの任務もこれで終了だ。
後はこれをジェーンに届けるだけである。
「買い物を楽しむのはまた別の機会に回すとして……とりあえず帰るか」
レイアは養鶏場を後にする。
ちなみに交渉した結果、鶏肉を分けてもらうことはできた。
どうやらクリスマスの準備に用意しておいたのがあったらしい。
「ふむ。これでジェーンに恥をかかせる必要もないな……。……いや、それほどの義理もないか……?」
割と酷いことを思いつつ、レイアは帰った。
●何だかんだ、買い物は無事終わる
帰り道、貰ったパウンドケーキを見ながらまよいは考える。
焼き立てというにはもう過ぎているが、むしろパウンドケーキは寝かせてからが食べ頃なので、しっとりとした舌触りできっと美味しいだろう。
「労力に最大限見合ったものを提示できてたらいいんだけど」
もう交渉はまとまっているので、農場の主も納得ずくなのだろうが、まよいは少し気にする。
せめて正式採用されたら大量に買い付けるようジェーンにいっておこうと思うまよいだった。
急いで戻ったサクラは、無事に手に入った牛乳をジェーンに渡す。
今回最初の奇行を思い返し、何となく肩を叩いて慰めた。
「これ、牛乳です。元気出してくださいね……。ジェーンさん……」
「さ、さすがにもう落ち着いています……。その節はご迷惑をおかけしました……」
正気に戻ったジェーンは恥ずかしそうに俯いている。
ジェーンもしっかり方々を回ってケーキの材料を買い集めてきたようで、テーブルの上には袋がどっさり置かれていた。
物凄い量で、これなら試作する分としては十分だ。
ハンターズソサエティでは既にジェーンとまよい、サクラが戻ってきていた。
どうやらレイアが一番最後らしい。
「ほら、卵だ。これだけやったんだ、期待しているぞ、ジェーン」
「ええ。……ところで、そちらは?」
ジェーンがレイアが持っている鶏肉に興味を引かれたようで、尋ねた。
「ついでに貰った。皆で食べよう。ちょうどクリスマスが近いしな」
全員から、歓声が上がった。
どうやら、今夜はパーティのようだ。
ケーキを焼くために必要な品物は大体集まった。
ちなみに内容はまよい、サクラ、レイアのうちまよいのみ希少品で、サクラとレイアは一般品という結果だった。
他の材料は帝都中を回って一般品をジェーンが購入してきた。
チキンを焼き、パウンドケーキを切り分け、そのままジェーンを慰めるという建前でパーティーに突入する。
そのまま大いに食べ、飲み明かした。
依頼結果
依頼成功度 | 普通 |
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面白かった! | 4人 |
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ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
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参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 夢路 まよい(ka1328) 人間(リアルブルー)|15才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2018/12/05 07:19:07 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/12/04 15:42:08 |