ゲスト
(ka0000)
【王戦】歪虚CAM再び
マスター:馬車猪

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/03 19:00
- 完成日
- 2019/01/09 15:12
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
無数のガラス片が陽光に煌めいた。
元はステンドグラスだったそれを押し退ける無粋者は、全高8メートルのR6M2bデュミナスだ。
脇に聖者の像を抱える有様は、人類の剣には見えずただの窃盗犯じみている。
「何がっ」
警備の聖堂戦士団が即応するがデュミナスの方が早い。
30mmアサルトライフルの銃口を、避難途中の参拝客へ向けた。
「卑怯な!」
激怒する戦士達。
鼻っ柱が強い若手が全身鎧のまま走って銃口の前へ飛び出す。
デュミナスは腕を動かさずに脚だけを動かす。
それだけで若手の狙いは外されてしまう。
参拝客がCAMと銃口に気付き、逃げないといけないと分かっているのに脚を動かせなくなる。
銃声が響いた。
誰もが惨劇を確信した。
しかし血の臭いは生じず、へたり込む参拝客の足先1メートルに3つの穴が開いていた。
デュミナスは、銃口を改めて参拝客に向け直す。
「人質のつもりか」
戦士団の部隊長が歯ぎしりするが打つ手は無い。
この街の最精鋭はボール型歪虚の討伐に出向いて留守だ。
デュミナスは足を止めずに器用に肩をすくめる。
おどけた仕草だ。
そして、高い技術と鉄火場での度胸がなければできない仕草だ。
「誰が……何が乗っている?」
追撃のための馬が到着した頃には、CAMの姿は街の外へ消えていた。
●歪虚達
聖者の像が丁寧に受け渡された。
信仰の対象や文化財に対する敬意は皆無で、単に貴重な資源を扱う手つきであった。
「確カニ」
竜種歪虚が足で掴んだまま具合を確かめる。
ハンターと共にある正マテリアルと比べれば薄いとはいえ、鍛えていない凡人数百人分のマテリアルが込められている。
「あんたも大変だな」
デュミナスから軽薄な声が響く。
「肩で風を切っていたのがあの方の下っ端だろ? 腸煮えくり返ってるんじゃねぇか?」
爬虫類に近い瞳がじっとデュミナスを凝視する。
何度も瞬きを繰り返す目に浮かんでいるのは、怒りではなく困惑だ。
「オ前ノ言ウ事ハヨク分カラン」
「あー、いや、忘れてくれ。俺の勘違いだ」
軽薄な声に焦りが滲んでいる。
この歪虚は主の力と存在を信じ切っている。
だから、心を揺さぶるつもりの挑発も一切通じない。
「ソウカ」
翼を広げ地面を蹴る。
ヘリコプターを超える速度と鋭角な進路で、スラムじみた路地を飛行してすり抜け消えた。
「おっかねぇなぁ」
ハッチが開く。
体格は良いの重さを感じさせない動きで飛び降り、像と引き替えにしたパーツを両手で持ち上げる。
「これがあれば……」
予備弾倉に見えるそれには、薄らと鱗に似たものが浮かんでいた。
●聖堂教会
「またかね」
古傷だらけの司教が不機嫌そうに顔をしかめた。
「はい。大音量の音楽を流す個体が今週だけで23体、これは我々の管区のみの数です」
少し前から現れるようになった、おそらく歪虚と推定される敵だ。
「1種類のみで23とはな」
対歪虚戦のために積み立てていた資金の一部を取り崩すように指示を出す。
「ところでワイバーンはまだ届かないのか。あれがなければ法術が届かないのだぞ」
「は、領主方も手放したくないようで」
「馬鹿者共が。王を名乗る傲慢相手に出し惜しみするつもりか」
聖堂教会の一部は、王国における一連の騒ぎを歪虚王による侵略とみている。
最後の予備戦力まで動員できるよう、大規模動員の準備を進めていた。
「司教様報告です。また強盗事件ですっ」
若い司祭が駆け込んでくる。
司教は鷹揚に出迎えるがあまり興味がない雰囲気だ。
歪虚との戦いと比べると、負傷者も出ていない事件はどうしても優先度は落ちる。
「その際にデュミナスが使われました。所属不明です」
一瞬の間。
きゅ、と甲高い音を立て一瞬で司教が近づく。
「不明なのだね? クリムゾンウェスト連合にもサルバトーレ・ロッソにも問い合わせをした結果だね?」
「はい」
殺意に限りなく近いものを浴びせられながら、それでも司祭は職務に忠実にうなずいた。
「そのCAMを歪虚として扱う。手空きの部隊4つでその街を包囲しろ。飛天真如め、今度こそ仕留めてくれるわ」
●捕縛失敗
「こちらです」
騎馬で先導する聖堂戦士に徒歩で着いて来る聖導士が2人いる。
いずれもヴィオラ・フルブライトに次ぐ凄腕であり、聖堂教会が高位歪虚以外に投入できる戦力としては最強戦力の1つだ。
「緊張しているじゃないか」
「ハンターのCAMを見た後だとな」
速いわ固いわ射程は長大だわで、手段を選ばず戦った場合よくてこのコンビでもよくて相打ちなCAMが多数いる。
「実は俺もだ」
「一気に距離を詰めてセイクリッドフラッシュだ。俺かお前のどちらかが当てる」
両者同時に気配が薄くなる。
術具を兼ねた特大メイスが音も無く振りかぶられる。
「あれです!」
叫ぶ騎馬伝令が追い抜かれた。
都市迷彩を施されたCAMが慌てて振り返り、躱せぬと見てCAMシールドでの受け防御を試みる。
「歪虚よ」
「滅べ」
純粋な殺意が光と化す。
球形の面攻撃が複数方向からデュミナスを襲う。
対歩兵としては過剰なほどの装甲が薄紙のように焼かれ、回路が予備の回路ごと蒸発させられた。
「敵、まだ稼働中です!」
コンビが互いに目配せ。
捕縛可能と判断した。
片方がフレーム剥き出しの脚を砕いて逃げ道を無くす。
片方が力任せにコクピットハッチを引きちぎる。
そこにいたのは、薄汚れた背広姿のリアルブルー人だった。
「……万歳!」
「伏せろ」
「お前が」
セイクリッドフラッシュを上回る閃光がコンビを襲う。
とっさに伏せて直撃だけは避けたものの、高度な法術で治療しても全治1ヶ月の重傷だった。
●討伐依頼
「王国内でCAMを使った窃盗や強盗が多発しています。標的は聖堂です」
オフィス職員が異常な出来事について語っている。
「聖堂教会……正確にはその中の一部派閥が歪虚CAMと断定して対策に乗り出しています」
装甲が厚く足の遅い聖堂戦士団部隊で囲み、精鋭で仕留める。
一応成功はしてはいるが消耗も激しく、特に精鋭はのきなみ負傷で戦線離脱だ。
「皆さんにお願いしたいのは、最も多く窃盗や強盗を成功させた個体です」
スラムに潜伏しているのを突き止め、大勢の聖堂戦士で包囲と避難誘導を平行してなんとか追い詰めた。
しかし殺しきる自信が無い。
部隊が半壊すれば、普通の歪虚相手に無防備になる村がうまれかねない。
「おそらく避難は不完全です。流れ弾で犠牲者が生じる可能性がありますので」
可能なら接近戦で仕留め、万一可能なら搭乗者を捕獲して欲しい。
職員は真剣な顔でそう言った。
●反撃
「旦那、誘ってくれてありがとよ」
「いいってことよ。ハンターが出てくる前に突破するぜ」
隠れ潜んでいたCAM5機と合流したデュミナスが、ハンター到着前に聖堂戦士団へ襲いかかった。
元はステンドグラスだったそれを押し退ける無粋者は、全高8メートルのR6M2bデュミナスだ。
脇に聖者の像を抱える有様は、人類の剣には見えずただの窃盗犯じみている。
「何がっ」
警備の聖堂戦士団が即応するがデュミナスの方が早い。
30mmアサルトライフルの銃口を、避難途中の参拝客へ向けた。
「卑怯な!」
激怒する戦士達。
鼻っ柱が強い若手が全身鎧のまま走って銃口の前へ飛び出す。
デュミナスは腕を動かさずに脚だけを動かす。
それだけで若手の狙いは外されてしまう。
参拝客がCAMと銃口に気付き、逃げないといけないと分かっているのに脚を動かせなくなる。
銃声が響いた。
誰もが惨劇を確信した。
しかし血の臭いは生じず、へたり込む参拝客の足先1メートルに3つの穴が開いていた。
デュミナスは、銃口を改めて参拝客に向け直す。
「人質のつもりか」
戦士団の部隊長が歯ぎしりするが打つ手は無い。
この街の最精鋭はボール型歪虚の討伐に出向いて留守だ。
デュミナスは足を止めずに器用に肩をすくめる。
おどけた仕草だ。
そして、高い技術と鉄火場での度胸がなければできない仕草だ。
「誰が……何が乗っている?」
追撃のための馬が到着した頃には、CAMの姿は街の外へ消えていた。
●歪虚達
聖者の像が丁寧に受け渡された。
信仰の対象や文化財に対する敬意は皆無で、単に貴重な資源を扱う手つきであった。
「確カニ」
竜種歪虚が足で掴んだまま具合を確かめる。
ハンターと共にある正マテリアルと比べれば薄いとはいえ、鍛えていない凡人数百人分のマテリアルが込められている。
「あんたも大変だな」
デュミナスから軽薄な声が響く。
「肩で風を切っていたのがあの方の下っ端だろ? 腸煮えくり返ってるんじゃねぇか?」
爬虫類に近い瞳がじっとデュミナスを凝視する。
何度も瞬きを繰り返す目に浮かんでいるのは、怒りではなく困惑だ。
「オ前ノ言ウ事ハヨク分カラン」
「あー、いや、忘れてくれ。俺の勘違いだ」
軽薄な声に焦りが滲んでいる。
この歪虚は主の力と存在を信じ切っている。
だから、心を揺さぶるつもりの挑発も一切通じない。
「ソウカ」
翼を広げ地面を蹴る。
ヘリコプターを超える速度と鋭角な進路で、スラムじみた路地を飛行してすり抜け消えた。
「おっかねぇなぁ」
ハッチが開く。
体格は良いの重さを感じさせない動きで飛び降り、像と引き替えにしたパーツを両手で持ち上げる。
「これがあれば……」
予備弾倉に見えるそれには、薄らと鱗に似たものが浮かんでいた。
●聖堂教会
「またかね」
古傷だらけの司教が不機嫌そうに顔をしかめた。
「はい。大音量の音楽を流す個体が今週だけで23体、これは我々の管区のみの数です」
少し前から現れるようになった、おそらく歪虚と推定される敵だ。
「1種類のみで23とはな」
対歪虚戦のために積み立てていた資金の一部を取り崩すように指示を出す。
「ところでワイバーンはまだ届かないのか。あれがなければ法術が届かないのだぞ」
「は、領主方も手放したくないようで」
「馬鹿者共が。王を名乗る傲慢相手に出し惜しみするつもりか」
聖堂教会の一部は、王国における一連の騒ぎを歪虚王による侵略とみている。
最後の予備戦力まで動員できるよう、大規模動員の準備を進めていた。
「司教様報告です。また強盗事件ですっ」
若い司祭が駆け込んでくる。
司教は鷹揚に出迎えるがあまり興味がない雰囲気だ。
歪虚との戦いと比べると、負傷者も出ていない事件はどうしても優先度は落ちる。
「その際にデュミナスが使われました。所属不明です」
一瞬の間。
きゅ、と甲高い音を立て一瞬で司教が近づく。
「不明なのだね? クリムゾンウェスト連合にもサルバトーレ・ロッソにも問い合わせをした結果だね?」
「はい」
殺意に限りなく近いものを浴びせられながら、それでも司祭は職務に忠実にうなずいた。
「そのCAMを歪虚として扱う。手空きの部隊4つでその街を包囲しろ。飛天真如め、今度こそ仕留めてくれるわ」
●捕縛失敗
「こちらです」
騎馬で先導する聖堂戦士に徒歩で着いて来る聖導士が2人いる。
いずれもヴィオラ・フルブライトに次ぐ凄腕であり、聖堂教会が高位歪虚以外に投入できる戦力としては最強戦力の1つだ。
「緊張しているじゃないか」
「ハンターのCAMを見た後だとな」
速いわ固いわ射程は長大だわで、手段を選ばず戦った場合よくてこのコンビでもよくて相打ちなCAMが多数いる。
「実は俺もだ」
「一気に距離を詰めてセイクリッドフラッシュだ。俺かお前のどちらかが当てる」
両者同時に気配が薄くなる。
術具を兼ねた特大メイスが音も無く振りかぶられる。
「あれです!」
叫ぶ騎馬伝令が追い抜かれた。
都市迷彩を施されたCAMが慌てて振り返り、躱せぬと見てCAMシールドでの受け防御を試みる。
「歪虚よ」
「滅べ」
純粋な殺意が光と化す。
球形の面攻撃が複数方向からデュミナスを襲う。
対歩兵としては過剰なほどの装甲が薄紙のように焼かれ、回路が予備の回路ごと蒸発させられた。
「敵、まだ稼働中です!」
コンビが互いに目配せ。
捕縛可能と判断した。
片方がフレーム剥き出しの脚を砕いて逃げ道を無くす。
片方が力任せにコクピットハッチを引きちぎる。
そこにいたのは、薄汚れた背広姿のリアルブルー人だった。
「……万歳!」
「伏せろ」
「お前が」
セイクリッドフラッシュを上回る閃光がコンビを襲う。
とっさに伏せて直撃だけは避けたものの、高度な法術で治療しても全治1ヶ月の重傷だった。
●討伐依頼
「王国内でCAMを使った窃盗や強盗が多発しています。標的は聖堂です」
オフィス職員が異常な出来事について語っている。
「聖堂教会……正確にはその中の一部派閥が歪虚CAMと断定して対策に乗り出しています」
装甲が厚く足の遅い聖堂戦士団部隊で囲み、精鋭で仕留める。
一応成功はしてはいるが消耗も激しく、特に精鋭はのきなみ負傷で戦線離脱だ。
「皆さんにお願いしたいのは、最も多く窃盗や強盗を成功させた個体です」
スラムに潜伏しているのを突き止め、大勢の聖堂戦士で包囲と避難誘導を平行してなんとか追い詰めた。
しかし殺しきる自信が無い。
部隊が半壊すれば、普通の歪虚相手に無防備になる村がうまれかねない。
「おそらく避難は不完全です。流れ弾で犠牲者が生じる可能性がありますので」
可能なら接近戦で仕留め、万一可能なら搭乗者を捕獲して欲しい。
職員は真剣な顔でそう言った。
●反撃
「旦那、誘ってくれてありがとよ」
「いいってことよ。ハンターが出てくる前に突破するぜ」
隠れ潜んでいたCAM5機と合流したデュミナスが、ハンター到着前に聖堂戦士団へ襲いかかった。
リプレイ本文
●
転移門とその周辺が淡い光で満ちた。
ウーナ(ka1439)の口元が微かにほころぶ。
バイザー越しに届く光が、整いすぎて作り物めいた顔を艶やかに照らし出す。
高位覚醒者の超感覚でも捉えきれない変化が起きる。
防塵室じみた空間から、命の気配と殺意に満ちたスラムに一瞬で切り替わった。
R6M3a魔導型デュミナス改、個体名ラジエルの計算を司る部位が悲鳴をあげる。
大量の障害物の中に生きている人間が十数人分混じっている。
生存者の情報を拾い上げ、HMD兼用のバイザーに反映しようとするが計算速度が足りず不十分な情報しか出せない。
「悪くないね」
防刃グローブ越しなのに繊細な指先が操縦桿を撫でる。
距離50メートルでようやく認識された105ミリ弾を、斜め前に1歩進むことで完璧に回避する。
ラジエルが情報の優先順位を切り替える。
距離300メートルの地点が拡大され、カノン砲1問ずつを構えたデュミナスが映し出された。
「でもこれ以上、R6に悪さはさせないよ」
ラジエルの腰を下げさせ長射程ライフルを構えさせる。
砲声に少しだけ遅れて届いた105ミリ弾は、ラジエルの3メートル右と11メートル左後ろに着弾して虚しく土埃を発生させる。
運良く外れたのではない。
敵機の動きから外れると判断し動かなかった。
「注意力散漫」
敵の動きに低い評価を下す。
ウーナのマテリアルがラジエルを介して流れ出す。
ライフルの延長線上に幾何学円状の模様がうまれ、砲弾が通過すると同時に青い燐光と化し空気に溶けた。
何度も外し無関係のバラックに当たる105ミリ弾とは異なり、ライフル弾はあらゆる障害物の間をすり抜け棒立ちのデュミナスに突き刺さる。
腰の前部装甲に穴が開く。
関節部を派手に壊しながら反対側の装甲にめり込みようやく止まる。
そんな状態でもデュミナスはまだ戦闘可能だ。
対歪虚戦初期から戦い抜いた機体を原型にしているだけあって、呆れるほどしぶとかった。
「畜生、連合宙軍が追って来やがった」
「何遊んでいる。さっさとずらかる……ぞ」
デュミナス2機による醜い言い争いが唐突に止まった。
斜め上を呆然と見上げる。機体に搭載された射撃プログラムが自動で低空射撃を開始する。
黒いワイバーンが悠々と翼を動かした。
1発目は頭上十数メートルを通り過ぎ、運悪く直撃コースだった2発目も兜から伸びる角状武器で危なげなく防がれる。
「奴かっ」
「馬鹿野郎、いくらあの野郎でもイ……様に逆らうかよっ」
ウーナによる長距離射撃を嫌い2機とも比較的大きなバラックの陰に隠れる。
そんな複数の意味で拙い行動を、ワイバーンとその主は冷たい瞳で観察していた。
「援護不要。捜索に専念して」
リリティア・オルベール(ka3054)は何もない宙に足を踏み出した。
全力を出せば分厚い石畳すら割る足を極薄のマテリアルが受け止め速度に変換する。
敵機の注意はワイバーンに集中したままだ。
彼女は気付かれないまま宙を斜め下に走り、鋭角に曲がり、苛立たしげに幼子を殴ろうとしたデュミナスの腕を細く長い指で受け止めた。
「は?」
間抜けに大口を開けた顔が想像できる、腑抜けた声だった。
リリティアは素手で受けたのではなく小さな手裏剣を使ったのだが、それに気づける注意力も機体性能も敵にはない。
「弱者を狙って攻撃するのは彼らしくはないですが」
防御から攻撃へ切り替える。
大きいとはいえ人間用の武器でしかないはずの刀が、デュミナスの装甲を溶けかけのバターの如くフレームごと切り裂く。
「中身がこれなら彼も関わっているのでしょうね」
右脚と右脇に刻まれた亀裂から、オイルと血にしか見えない何かが少量流れた。
「なんだよこれぇ!」
悲鳴は案外若かった。
まだ数発被弾しただけのデュミナスも狼狽して暴れ出し、半壊状態の個体などカノン砲を使うのも忘れて近くの瓦礫を投げてくる。
「立派な機体なのに、たかがハンターの一人も捉えられないんですか?」
リリティアは、相手に認識可能な速度で動くことにした。
己に向かって来た木材石材を鞭で弾き返す様は、へたり込む幼子にとっては守護天使でありデュミナスにとっては死に神同然だ。
「あ……ありがとう」
ワイバーン倶利伽羅は気にするなと言うように首を傾げ、要救助者を器用に鞍に乗せて飛び上がった。
「久々に刃を研がせてもらうつもりでしたが」
剣先に弧を描かせる。
コクピットハッチをくりぬくつもりだったのだが、絶妙な位置と角度で配置された装甲が邪魔になり切れ目しか入れられない。
「巻藁以下ですね」
機体は実戦向きに改造されているが乗り手が最悪だ。
暴力的なだけで心技体いずれも塵同然。
「やってられっか。俺は逃げっ」
バラックの陰から飛び出すと同時に、張り飛ばされるような動きで地面に倒れる。
ハンターであればCAM初心者ですら可能な姿勢制御が出来ていない。
状態異常系のスキルを使わない、ただの長距離射撃だけでこの有様だ。
「くるっぽを連れてきても良かった……いえ」
デュミナス2機のあらゆる抵抗を圧倒的戦力で無視しながら、リリティアはこの戦闘で初めて殺気を外へ漏らす。
「自爆するのでしょう? 起爆が早いか無力化が早いか、勝負といきましょう」
武器。
脚。
頭。
動力。
恐るべき精度と威力で振るわれる刃に、デュミナスは驚くほどしぶとく耐えた。
●
3発に1発混じった曳光弾だけが別の方向を向いていた。
高度な操縦技術によるフェイントであり必殺の射撃だ。
それが一呼吸に3連射。
戦闘開始から十数秒で、マテリアルカーテンを全開展開中のR7が半壊状態に成り果てた。
「マジかよ」
口笛の音と引きつった笑い声が連続して聞こえた。
アサルトライフルのみを装備したデュミナスの前で、R7の装甲が不自然なほど自然に噛み合い予備の回路も稼働し始める。
超高位の聖導士による癒やしの業である。
「歪虚CAMにフリするなんて契約者なの?」
明るく可憐ではあるが凄まじい存在感の声だ。
R7が小型ハンマーを鋭く振り抜く。
小型とはいってもCAM基準であり、R7の強大な力を過不足なく伝達する凶悪な攻撃だ。
「聞けば答えると」
なんとか躱す。
「人間、日本語ネイティブ、従軍経験あり」
「わーお」
デュミナスの3連射全てをR7の盾が防ぐ。
ダメージはあるがこれならまだ耐えられる。
「何か聖堂教会に物申したいの? 聞いてあげるからさっさと降りてくるのー!」
このまま戦えばディーナ・フェルミ(ka5843)は負ける。
3連続攻撃とはそれほど危険だ。
「拷問はヤだぜー」
CAM戦限定ならだ。
守護者でもあるディーナにとってR7は半ば足枷であり、生身で戦えばこのデュミナスに勝ち目はない。
相手もそれを分かっているようで、R7に止めを刺そうとはせず、巧みな進路選択でバラックを盾にしながら突破を目指す。
「んー」
ディーナ機がいきなり足を止めた。
デュミナスも即座に気付いて飛び退くがそれでも襲い。
2階から糸を垂らして鍵穴に通すような精度で飛来したライフル弾がデュミナスの肩を貫通した。
「ありがとうウーナちゃん。でもちょっとまずいかも」
ライフル弾から広がりかけた冷たさが、コクピットから届いた熱により押し返された。
「負けるつもりは最初から皆無って訳か。参ったねこりゃ」
「辞世の句くらいは聞き流してやるの。……じゃなくて」
ディーナがこほんと咳払い。
極自然に口から出てきた言葉で相手の正体を確信しつつ、冷静に問いを投げかける。
「行動には怒りや恐怖がいるの。貴方の理由を教えてほしいの」
「力尽くで来なっ」
銃声とメイスの打撲音が連続する。
戦場中央では、今の所互角の戦闘が行われていた。
●
年齢相応であると同時に非常に可愛らしい。
そんな完璧メイクとヘアセットの女性が、合コン会場ではなく戦場のコクピットにいた。
「悩ましいですぅ」
星野 ハナ(ka5852)はHMDから外部の情報を読み取り操縦桿を操作。
ブースターで飛ぶR7が大量の符をばらまく。
地上からの反撃はない。
CAMシールドとカタナしか装備していたいデュミナスでは牽制すらできないのだ。
「傍に人質が居ないならぁ、射撃しながら近づけば牽制になるかもしれませんけどぉ、到着が遅れて敵が人質を発見して確保する時間を与えちゃうかもしれないですよねぇ」
高度な結界術と攻撃術を次々練っては機体を介して符に届ける。
五芒星の結界が生じて地上のデュミナスを取り囲み、容赦のない光が装甲を焼いた。
「いけるぞ」
「あのボロ屋を足場にしろっ」
CAM3機はシールドで耐え抜いた。
スナイパーライフル装備機とは比べものにならない練度でハナ機を迎え撃とうとする。
「面倒」
ついうっかり本音と殺気が漏れた。
ハナが生身なら直接味わうことになったはずの攻撃を感じ取ってしまい、白兵戦装備のデュミナスがいきなり弱腰になった。
「間に合い……間に合わせましたっ」
薄い壁が内側から吹き飛んだ。
粉塵を被っても美しい白と紅のオファニムが、釘状のマテリアルを指の間に出現させてデュミナスの腹に叩き込む。
「システムトレースか。その程ど」
デュミナスからの声がいきなり途切れた。
状態異常ではない。
単純に強大な威力が、装甲を貫通し衝撃を受け止めるはずの素材もフレームも砕いてコクピットまで届いたのだ。
肉と骨を砕く感触が岩井崎 メル(ka0520)まで届く。
泣き出したく、逃げ出したくなるほど嫌な感触だ。
それでも、依頼人のために、あの人のために、世界のためににも立ち止まれない。
「敵は私達ハンターが食い止めます。西には敵はいません。走って逃げて下さい」
腹が凹んだデュミナスがメルのオファニムに抱きつき動きを封じようとする。
メルは一瞬も気を抜いておらず目も逸らしていないので、工夫のないタックルを易々と躱す。
「VOID型……にしちゃあ、動きがぎこちない」
追撃が出来る体勢だがメルは機体を後ろへ飛び退かせる。
腰だめにカタナを構えた別のデュミナスが狙いを外し、半壊機とメル機の間をすり抜け木で出来た壁にめり込んだ。
「あたしの家ーっ!?」
洗濯物の下に隠れていた若い女性が悲鳴をあげる。
はっと気付いて逃げようとするが判断も行動も遅い。
3機目のデュミナスが人質に取ろうと素手で襲いかかった。
地面に落ちていた呪符3つが凶悪な気配を帯びる。
一瞬で形成された結界がデュミナスを取り囲んで破滅的な光で満ちる。
「効くかよっ」
以前の結界攻撃で状態異常は耐えたので自信はあったのだろう。
悠然とスラム住人を追おうとして道の穴に蹴躓く。
威力には耐えても状態異常に引っかかっていた。
「隠れながら聖堂戦士団の方へ逃げて下さいぃ。そちらのあなたも、そっちのあなた達も」
デュミナスから見えない角度でハンドサインを送る。
何を狙っていたのかは分からないが近くにいた者達が、大人しく移動を開始し気配が遠ざかる。
「泥沼の内政問題に踏み込むのはやーよねぇ」
ワイルドカードは残り3枚。
無駄遣いは出来ないが惜しむこともできない。
「こいつ砲戦機なのにっ」
「糞、逃げ」
破れかぶれで振るわれたカタナがメル機の回避を上回る。
デュミナスと比べて特に厚くもない装甲が壊れるのは確実と、デュミナスの乗り手は愚かにも思い込んでいた。
だがそれは現実にはならない。
メルを弄ぶという欲望と同様に。
「被弾、損害軽微」
マテリアルバリアとマテリアルカーテンの多重防御がほとんどの打撃を吸収し無力化する。
メルは特殊なプログラムを起動。
マテリアルキャノンの長大な銃身に雷に似た力が集まり、特大砲身が巨大なマテリアル刃として機能する。
「うん」
メルはいけると判断した。
戦力では圧倒的に優勢。
敵の行動範囲の避難は完了。
これならスキル無しでも捕獲成功の目がある。
「逃がさない」
機体のマテリアルを高めてマテリアルキャノンに集中する。
行動阻害は無理でも四肢の破壊による無力化は可能なはずだ。
マテリアルの刃と化した砲身を地面すれすれに振り、まずは脚部の破壊を目指す。
敵機から舌打ち1つ。
縄跳びの動作で躱そうとしたデュミナスが、くるぶしから下を消し飛ばされて着地に失敗した。
「お願い!」
ハナの結界が展開され、少量のダメージと深刻な機能不全をデュミナスに強いる。
ここまですれば部位狙いスキル抜きでも高確率で当たる。
メルは油断無く砲身を振り下ろした。
「え」
二度目の手応えだった。
デュミナスは体を捻ってコクピットと砲身に突きだし、中身の大部分を焼き尽くさせた。
「……万歳」
内側からの爆発がデュミナスを砕く。
被害は、半壊状態のバラック3つの完全崩壊のみであった。
●
何がなんだか分からない。
目が覚めたとには隣人の姿はなく、見上げるような巨人と聖堂戦士より強そうな人間が激しくやりあい火花が散っている。
「えっ」
巻き込まれたら死ぬ。
すぐに逃げないと分かっているのに体は動かず思考も空回り。
鉄の巨人が蹴り飛ばしたものが真っ直ぐ飛んでくる状況でも、ぴくりとも動けなかった。
影が目の前を通過する。
回転しながら飛んできていた庭石が明後日の方向へ弾かれ、1秒ほど後れて突風が全身をなで上げる。
「あ、えぇっ!?」
動くようになった目を動かす。
影に見えたのは龍にも見えるワイバーンで、こちらに心配そうな目を向けていた。
「騒ぐな」
優しげではあるが圧倒的な力の差を感じさせる声で囁かれる。
「返事はしなくていい。一度深呼吸してから南に向かうんだ」
高位覚醒者の存在感は凄まじく、地獄並みの戦場では既存の価値観を壊し塗り替えてしまう水準で強烈だ。
救い主に対する信奉を全身で表現しながら、まだ若い女性が転がるようにして逃げていった。
「大活躍だな」
テノール(ka5676)が見上げる。
ハナ機による範囲攻撃にワイバーンによるマテリアル爆撃が加わり、リアルブルーのファンタジーアニメじみた光景が頭上に広がっている。
ただしワイバーンの側は一杯一杯だ。
レイン・オブ・ライトとファイアブレスを切り替えデュミナスを攻撃し注意を引きつけながら、テノールがいる場所に向けすごい勢いで目配せをしている。
「分かった」
バリケード並に積み重なった元バラックを乗り越え、隠れ怯えていた住民を確保し落ち着かせ退去させる。
テノールにとっては児戯に等しい仕事であり客観的には恵まれない者を大勢救う善行であった。
ワイバーンが息切れしてくる。
戦闘と捜索と情報伝達を同時にするのは非常に難しい。
「順番が前後したが」
近くにいる要救助者は全員助けたと判断して意識を切り替える。
研ぎ澄まされた戦意が一瞬開放され、瓦礫の瓦礫の間にいた虫が死んだふりをする。
テノールが加速する。
ろくな足場もないのに上体は揺れることすらない。
「招かれないのに来た客は」
全身の力が拳に集中する。
露出した指先には瑠璃色のオーラが集中し、この世のものとは思えない輝きを持つに至る。
「帰るときにいちばん歓迎される」
「な」
デュミナスが見かけの印象よりずっと鋭い動作と速度で避けようとする。
しかし遅い。
テノールの拳は回避の動きも巨大なシールドも避け、腰部分のやや上に突き刺さる。
デュミナスは堅牢だ。
狂気VOIDによるレーザー爆撃にも耐え抜いた実績がいくつもある。
そんなデュミナスの装甲が弾けフレームに亀裂が入り、マテリアルを伴う衝撃により多数の回路が限界に達する。
デュミナスは大破状態に陥るだけでなく、完全に行動不能状態へ追い込まれた。
止めの拳は、ワイバーンの悲鳴じみた声で中断される。
また要救助者を見つけたようだ。
人質にされたら数で考える必要もあるだろうが、少しの手間で済むなら手を伸ばさない理由はない。
テノールはデュミナスに一瞥を与えることもせず、生きる権利のある者を救うため走り出した。
「エーギル、欲を出すな。救助だけでいい」
何もない場所で囁き声が生じた。
動きの止まったデュミナスとそれを庇うデュミナスは、10メートル程度しか離れていないのに気づけない。
人よりは小さく、鳥としてはかなり大きなフクロウ型幻獣が突然現れる。
デュミナスがぎょっとして振り返るのを尻目に、深い紺色のポロウは人の気配のある小屋に飛び込んでいった。
「随分型の古いデュミナスだな」
ポロウを遙かに上回る隠密をしていたメンカル(ka5338)が気配と姿を露わにした。
既に追い込まれているデュミナスとその乗り手は、メンカルに意識と視線を誘導されポロウを完全に見失う。
「それに」
口元だけで冷たく笑う。
瞳孔が裂けたように縦に伸びた左目が、憎悪と怒りを煮詰めた赤い色を帯びる。
「中身はよくある賊か」
壊れた装甲の隙間から、冷や汗と脂汗にまみれた男の上半身が見えていた。
体は並の兵士程度に鍛えられている。
服装も決して悪くは無い。
しかしその顔に浮き出ているのは緩んだ精神だ。
己の欲と行動を律することができず一線を越えてしまった者特有の、腐った気配がした。
「いや」
口元の笑みも消えた。
メンカルから吹き付ける殺意に怯え、無事な方のデュミナスがカタナを無茶苦茶に振り回して別のデュミナスの胸に亀裂を生じさせる。
「堕落者か」
メンカルの手首から先が高速で振るわれる。
空気を裂く微かな音がした直後、己の頬に突き立つ投擲具に気付いた男が悲鳴をあげた。
行動不能状態にあったデュミナスが再起動する。
奇襲のつもりで突き込んできたカタナが、後ろが見えているかのようなメンカルによって軽々回避される。
パイロットが……歪虚に成り果てた元人間が苦痛を堪えてデュミナスを走らせる。
正攻法で勝てないなら人質を手に入れ利用すれば良い。
そんな浅はかなもくろみは、絶妙のタイミングで脚関節に絡みついた鞭により阻止された。
「賊の分際で賢しく立ち回ろうとするな。お前の相手は、俺達だ」
メンカルの後ろの家からポロウが飛び立つ。
幼い兄妹を背負っているので低速低高度だが根性で飛ぶ。
「うるせぇ! 異世界まで来てエリート共の好きに」
鞭を外すがもう遅い。
呪符到着。
結界展開。
待ち時間0でマテリアルが弾けデュミナスが焼かれる。
「生きてますー?」
ハナは徹底して冷静だ。
メンカルは一瞬で敵の観察を終え音も無く後ろへ跳ぶ。
「敵が1体逃亡した。捜索と追跡を頼む」
1機の自爆が、ハッチが開いたままのもう1機を巻き込み大きな爆発を引き起こした。
●
時間は戦闘開始直後まで巻き戻る。
空を滑るように飛ぶワイバーンの背中で、黒の夢(ka0187)が静かにデュミナスを見下ろしていた。
高位歪虚と比べればどれも雑魚だ。
リーダー格のデュミナスだけは並程度の力があるが、銃器の異常な連射速度がなければ他の機体とほぼ変わらない。
「歪虚型……ヒトが使いこなせるものだろうか」
連合宙軍関係者が開発に挑んで歪虚CAMを生み出してしまったパーツと似た気配を感じる。
なお、その時は高位歪虚が乱入するわハンターとの激戦で試験場が吹き飛ぶわで大騒動になった。
「ダーリン……」
勘だけで、今回の件に関わった高位歪虚の1つを特定している。
恐るべき女の情かもしれない。
「でも計画立てたのはダーリンと違う気がするのなー」
ながら作業でマテリアルを震わせ。
黒の夢基準ではちょっとだけ雑に術を編み上げる。
「最近会ってないから、我輩のこころも寂しくて今とても冷たいの。痛かったらごめんね?」
高純度の土属性マテリアルと水属性マテリアルが、非常に避けにくい時間差でリーダーデュミナスに降り注ぐ。
足場がワイバーンなので命中精度は落ちている。
土のマテリアルはぎりぎりで逸れて通りに深い穴を開け、水のマテリアルが左脚太股部分を綺麗にフレームを避け貫通する。
「ん。次の行くのな」
平然と北へ向かう黒いエルフとワイバーンを、今回の首謀者は引きつった表情で見送っていた。
そして現在。
ワイバーンから降り、全壊するぎりぎりの威力と抵抗しようがない強度の状態異常を叩き込んだ黒の夢の前で、長距離砲戦装備のデュミナスが自爆を選択した。
「この種の覚悟がある相手には見えなかったのな」
小首を傾げると、同感という感情を浮かべたリリティアとワイバーンと目があった。
歪虚CAMと乗り手の死亡を確認してから再び南へ。
唯一の生き残りであるリーダー機が、ぼろぼろのR7に向け引き金を引く所だった。
「イカレてるぜアンタ」
圧倒的に有利なはずの男は、表情を引き攣らせ眼球の動きも不規則だ。
半壊した装甲が30ミリ弾で引き千切られる。
コクピットに飛び込んだ大型弾が若い聖導士の体を打つ。
なのに砕けもしないし死にすらしない。
「ちょっと痛かったの」
簡易の祈りで負傷直後に癒やしただけなので痛みはそのままなのに、ディーナは平然とした顔でR7にメイスを振り上げさせる。
デュミナスが恐怖に駆られたかのように一歩後ずさり、強烈な殺意に晒され機体の動きが乱れた。
「よくも」
凜々しくも可愛らしい、桃と白に塗装されたオファニムがブースターを斜め上へ向ける。
推力と重力により加速されて最後のデュミナスに一気に近づく。
「ちぃっ」
アサルトライフルがオファニムへ向く。
ウーナ機は無理な移動で回避の動きが出来ていない。
後ろに庇ったディーナ機もろとも蜂の巣にしようと引き金を引いて、丁度1秒後に残弾0の警告音が響いた。
「大丈夫、ディーナちゃん!?」
呼びかけている間もラジエルは止まらない。
銀色のシールドを両手で振りきってデュミナスの頭部を陥没させる。
「あっち」
「分かったっ!」
極短いやりとりで情報伝達が完了。
盾とアサルトライフルが真横に投擲された。
投擲動作に腰が入っている分、質量差があっても盾の方が早い。
逃げようとした人型歪虚の前の地面に盾が突き刺さり、そこに衝突したライフルが変形して転がった。
証拠隠滅のため殺すつもりだったようだ。
「参ったな降伏するよ」
自爆の操作をしながら愛想笑いをした男が、変わらず飛んでくる銃弾とメイスを見て絶望する。
銃弾の冷気は防げたが真後ろから直撃した光は駄目だった。
鈍った機体にR7が組み付き、異様に手際よくコクピットハッチを引き剥がしにかかる。
「逃がしませんよ-」
男は生を諦めた。
体内の負マテリアルを暴走させ、主に邪魔になりかねない敵にせめて手傷を負わせようと自爆を試みる。
「残念ですぅ」
後ろから蹴られてデュミナスごと地面に押し込まれる。
既に自爆は止まらず、目と口に入った土の苦さだけを感じる。
「離れてくださーい」
緊張感と油断のないハナの声が、元人間が認識した最後の情報だった。
●
「俺は何も喋らねぇぞ」
歪虚は座り込み何も話さなくなった。
「イヴだったか。独り言で暴露する部下を持つとは、たいした歪虚だな」
メンカルの言葉が冷たく響き、男はこぼれ落ちるほどに目を見開いた。
救助された子供達からの情報だ。
イブをイフや他の単語と聞き間違えた子もいたが、証言が多数あると何が正しいかすぐ分かる。
情けは人のためならずどころか、情けが問題解決に直結していた。
他のハンター達が見張りと尋問をする状況で、黒の夢は歪虚CAMの残骸をワイバーンと共にひっくり返している。
「あった!」
30ミリ弾が入っていた弾倉だ。
2~3連続攻撃という手品の種であり、今は力を使い尽くした残骸だ。
綺麗に整えられた爪が、鱗状の飾りを撫でる。
上機嫌で創る様子が目に浮かぶ。
「ダーリン元気そう」
気力体力を総合すれば今が一番強そうだ。
両手からマテリアルを広げて空の弾倉を包む。
微かに残っていた負マテリアルが相殺されて、微かな香りだけを残して飾りも弾倉も消滅した。
「件の、か。目当ての情報は手に入ったようだな」
引き立てられていく歪虚を横目で見ながら、メンカルが少し落ち着いた黒の夢に声をかける。
「お前の心当たりが正しいなら……いや、こういう時のお前の勘と思考は信じるべきだな」
黒の夢は曖昧に微笑む。
あの竜はハンターとの激戦とマテリアル摂取による強引な回復を繰り返している。
東方で王級の歪虚に食らいついたことすらある。
いつ回復能力が限界に達してもおかしくないはずだ。
「あれだけCAMに興味を持って執心していたから……」
自分で言いはしたがしっくりこない。
最終的には己の牙と翼で奪いに来る、強欲らしい強欲竜である気がするのだ。
「他に何か、いる?」
王国の空は、不気味なほど青く澄んでいた。
転移門とその周辺が淡い光で満ちた。
ウーナ(ka1439)の口元が微かにほころぶ。
バイザー越しに届く光が、整いすぎて作り物めいた顔を艶やかに照らし出す。
高位覚醒者の超感覚でも捉えきれない変化が起きる。
防塵室じみた空間から、命の気配と殺意に満ちたスラムに一瞬で切り替わった。
R6M3a魔導型デュミナス改、個体名ラジエルの計算を司る部位が悲鳴をあげる。
大量の障害物の中に生きている人間が十数人分混じっている。
生存者の情報を拾い上げ、HMD兼用のバイザーに反映しようとするが計算速度が足りず不十分な情報しか出せない。
「悪くないね」
防刃グローブ越しなのに繊細な指先が操縦桿を撫でる。
距離50メートルでようやく認識された105ミリ弾を、斜め前に1歩進むことで完璧に回避する。
ラジエルが情報の優先順位を切り替える。
距離300メートルの地点が拡大され、カノン砲1問ずつを構えたデュミナスが映し出された。
「でもこれ以上、R6に悪さはさせないよ」
ラジエルの腰を下げさせ長射程ライフルを構えさせる。
砲声に少しだけ遅れて届いた105ミリ弾は、ラジエルの3メートル右と11メートル左後ろに着弾して虚しく土埃を発生させる。
運良く外れたのではない。
敵機の動きから外れると判断し動かなかった。
「注意力散漫」
敵の動きに低い評価を下す。
ウーナのマテリアルがラジエルを介して流れ出す。
ライフルの延長線上に幾何学円状の模様がうまれ、砲弾が通過すると同時に青い燐光と化し空気に溶けた。
何度も外し無関係のバラックに当たる105ミリ弾とは異なり、ライフル弾はあらゆる障害物の間をすり抜け棒立ちのデュミナスに突き刺さる。
腰の前部装甲に穴が開く。
関節部を派手に壊しながら反対側の装甲にめり込みようやく止まる。
そんな状態でもデュミナスはまだ戦闘可能だ。
対歪虚戦初期から戦い抜いた機体を原型にしているだけあって、呆れるほどしぶとかった。
「畜生、連合宙軍が追って来やがった」
「何遊んでいる。さっさとずらかる……ぞ」
デュミナス2機による醜い言い争いが唐突に止まった。
斜め上を呆然と見上げる。機体に搭載された射撃プログラムが自動で低空射撃を開始する。
黒いワイバーンが悠々と翼を動かした。
1発目は頭上十数メートルを通り過ぎ、運悪く直撃コースだった2発目も兜から伸びる角状武器で危なげなく防がれる。
「奴かっ」
「馬鹿野郎、いくらあの野郎でもイ……様に逆らうかよっ」
ウーナによる長距離射撃を嫌い2機とも比較的大きなバラックの陰に隠れる。
そんな複数の意味で拙い行動を、ワイバーンとその主は冷たい瞳で観察していた。
「援護不要。捜索に専念して」
リリティア・オルベール(ka3054)は何もない宙に足を踏み出した。
全力を出せば分厚い石畳すら割る足を極薄のマテリアルが受け止め速度に変換する。
敵機の注意はワイバーンに集中したままだ。
彼女は気付かれないまま宙を斜め下に走り、鋭角に曲がり、苛立たしげに幼子を殴ろうとしたデュミナスの腕を細く長い指で受け止めた。
「は?」
間抜けに大口を開けた顔が想像できる、腑抜けた声だった。
リリティアは素手で受けたのではなく小さな手裏剣を使ったのだが、それに気づける注意力も機体性能も敵にはない。
「弱者を狙って攻撃するのは彼らしくはないですが」
防御から攻撃へ切り替える。
大きいとはいえ人間用の武器でしかないはずの刀が、デュミナスの装甲を溶けかけのバターの如くフレームごと切り裂く。
「中身がこれなら彼も関わっているのでしょうね」
右脚と右脇に刻まれた亀裂から、オイルと血にしか見えない何かが少量流れた。
「なんだよこれぇ!」
悲鳴は案外若かった。
まだ数発被弾しただけのデュミナスも狼狽して暴れ出し、半壊状態の個体などカノン砲を使うのも忘れて近くの瓦礫を投げてくる。
「立派な機体なのに、たかがハンターの一人も捉えられないんですか?」
リリティアは、相手に認識可能な速度で動くことにした。
己に向かって来た木材石材を鞭で弾き返す様は、へたり込む幼子にとっては守護天使でありデュミナスにとっては死に神同然だ。
「あ……ありがとう」
ワイバーン倶利伽羅は気にするなと言うように首を傾げ、要救助者を器用に鞍に乗せて飛び上がった。
「久々に刃を研がせてもらうつもりでしたが」
剣先に弧を描かせる。
コクピットハッチをくりぬくつもりだったのだが、絶妙な位置と角度で配置された装甲が邪魔になり切れ目しか入れられない。
「巻藁以下ですね」
機体は実戦向きに改造されているが乗り手が最悪だ。
暴力的なだけで心技体いずれも塵同然。
「やってられっか。俺は逃げっ」
バラックの陰から飛び出すと同時に、張り飛ばされるような動きで地面に倒れる。
ハンターであればCAM初心者ですら可能な姿勢制御が出来ていない。
状態異常系のスキルを使わない、ただの長距離射撃だけでこの有様だ。
「くるっぽを連れてきても良かった……いえ」
デュミナス2機のあらゆる抵抗を圧倒的戦力で無視しながら、リリティアはこの戦闘で初めて殺気を外へ漏らす。
「自爆するのでしょう? 起爆が早いか無力化が早いか、勝負といきましょう」
武器。
脚。
頭。
動力。
恐るべき精度と威力で振るわれる刃に、デュミナスは驚くほどしぶとく耐えた。
●
3発に1発混じった曳光弾だけが別の方向を向いていた。
高度な操縦技術によるフェイントであり必殺の射撃だ。
それが一呼吸に3連射。
戦闘開始から十数秒で、マテリアルカーテンを全開展開中のR7が半壊状態に成り果てた。
「マジかよ」
口笛の音と引きつった笑い声が連続して聞こえた。
アサルトライフルのみを装備したデュミナスの前で、R7の装甲が不自然なほど自然に噛み合い予備の回路も稼働し始める。
超高位の聖導士による癒やしの業である。
「歪虚CAMにフリするなんて契約者なの?」
明るく可憐ではあるが凄まじい存在感の声だ。
R7が小型ハンマーを鋭く振り抜く。
小型とはいってもCAM基準であり、R7の強大な力を過不足なく伝達する凶悪な攻撃だ。
「聞けば答えると」
なんとか躱す。
「人間、日本語ネイティブ、従軍経験あり」
「わーお」
デュミナスの3連射全てをR7の盾が防ぐ。
ダメージはあるがこれならまだ耐えられる。
「何か聖堂教会に物申したいの? 聞いてあげるからさっさと降りてくるのー!」
このまま戦えばディーナ・フェルミ(ka5843)は負ける。
3連続攻撃とはそれほど危険だ。
「拷問はヤだぜー」
CAM戦限定ならだ。
守護者でもあるディーナにとってR7は半ば足枷であり、生身で戦えばこのデュミナスに勝ち目はない。
相手もそれを分かっているようで、R7に止めを刺そうとはせず、巧みな進路選択でバラックを盾にしながら突破を目指す。
「んー」
ディーナ機がいきなり足を止めた。
デュミナスも即座に気付いて飛び退くがそれでも襲い。
2階から糸を垂らして鍵穴に通すような精度で飛来したライフル弾がデュミナスの肩を貫通した。
「ありがとうウーナちゃん。でもちょっとまずいかも」
ライフル弾から広がりかけた冷たさが、コクピットから届いた熱により押し返された。
「負けるつもりは最初から皆無って訳か。参ったねこりゃ」
「辞世の句くらいは聞き流してやるの。……じゃなくて」
ディーナがこほんと咳払い。
極自然に口から出てきた言葉で相手の正体を確信しつつ、冷静に問いを投げかける。
「行動には怒りや恐怖がいるの。貴方の理由を教えてほしいの」
「力尽くで来なっ」
銃声とメイスの打撲音が連続する。
戦場中央では、今の所互角の戦闘が行われていた。
●
年齢相応であると同時に非常に可愛らしい。
そんな完璧メイクとヘアセットの女性が、合コン会場ではなく戦場のコクピットにいた。
「悩ましいですぅ」
星野 ハナ(ka5852)はHMDから外部の情報を読み取り操縦桿を操作。
ブースターで飛ぶR7が大量の符をばらまく。
地上からの反撃はない。
CAMシールドとカタナしか装備していたいデュミナスでは牽制すらできないのだ。
「傍に人質が居ないならぁ、射撃しながら近づけば牽制になるかもしれませんけどぉ、到着が遅れて敵が人質を発見して確保する時間を与えちゃうかもしれないですよねぇ」
高度な結界術と攻撃術を次々練っては機体を介して符に届ける。
五芒星の結界が生じて地上のデュミナスを取り囲み、容赦のない光が装甲を焼いた。
「いけるぞ」
「あのボロ屋を足場にしろっ」
CAM3機はシールドで耐え抜いた。
スナイパーライフル装備機とは比べものにならない練度でハナ機を迎え撃とうとする。
「面倒」
ついうっかり本音と殺気が漏れた。
ハナが生身なら直接味わうことになったはずの攻撃を感じ取ってしまい、白兵戦装備のデュミナスがいきなり弱腰になった。
「間に合い……間に合わせましたっ」
薄い壁が内側から吹き飛んだ。
粉塵を被っても美しい白と紅のオファニムが、釘状のマテリアルを指の間に出現させてデュミナスの腹に叩き込む。
「システムトレースか。その程ど」
デュミナスからの声がいきなり途切れた。
状態異常ではない。
単純に強大な威力が、装甲を貫通し衝撃を受け止めるはずの素材もフレームも砕いてコクピットまで届いたのだ。
肉と骨を砕く感触が岩井崎 メル(ka0520)まで届く。
泣き出したく、逃げ出したくなるほど嫌な感触だ。
それでも、依頼人のために、あの人のために、世界のためににも立ち止まれない。
「敵は私達ハンターが食い止めます。西には敵はいません。走って逃げて下さい」
腹が凹んだデュミナスがメルのオファニムに抱きつき動きを封じようとする。
メルは一瞬も気を抜いておらず目も逸らしていないので、工夫のないタックルを易々と躱す。
「VOID型……にしちゃあ、動きがぎこちない」
追撃が出来る体勢だがメルは機体を後ろへ飛び退かせる。
腰だめにカタナを構えた別のデュミナスが狙いを外し、半壊機とメル機の間をすり抜け木で出来た壁にめり込んだ。
「あたしの家ーっ!?」
洗濯物の下に隠れていた若い女性が悲鳴をあげる。
はっと気付いて逃げようとするが判断も行動も遅い。
3機目のデュミナスが人質に取ろうと素手で襲いかかった。
地面に落ちていた呪符3つが凶悪な気配を帯びる。
一瞬で形成された結界がデュミナスを取り囲んで破滅的な光で満ちる。
「効くかよっ」
以前の結界攻撃で状態異常は耐えたので自信はあったのだろう。
悠然とスラム住人を追おうとして道の穴に蹴躓く。
威力には耐えても状態異常に引っかかっていた。
「隠れながら聖堂戦士団の方へ逃げて下さいぃ。そちらのあなたも、そっちのあなた達も」
デュミナスから見えない角度でハンドサインを送る。
何を狙っていたのかは分からないが近くにいた者達が、大人しく移動を開始し気配が遠ざかる。
「泥沼の内政問題に踏み込むのはやーよねぇ」
ワイルドカードは残り3枚。
無駄遣いは出来ないが惜しむこともできない。
「こいつ砲戦機なのにっ」
「糞、逃げ」
破れかぶれで振るわれたカタナがメル機の回避を上回る。
デュミナスと比べて特に厚くもない装甲が壊れるのは確実と、デュミナスの乗り手は愚かにも思い込んでいた。
だがそれは現実にはならない。
メルを弄ぶという欲望と同様に。
「被弾、損害軽微」
マテリアルバリアとマテリアルカーテンの多重防御がほとんどの打撃を吸収し無力化する。
メルは特殊なプログラムを起動。
マテリアルキャノンの長大な銃身に雷に似た力が集まり、特大砲身が巨大なマテリアル刃として機能する。
「うん」
メルはいけると判断した。
戦力では圧倒的に優勢。
敵の行動範囲の避難は完了。
これならスキル無しでも捕獲成功の目がある。
「逃がさない」
機体のマテリアルを高めてマテリアルキャノンに集中する。
行動阻害は無理でも四肢の破壊による無力化は可能なはずだ。
マテリアルの刃と化した砲身を地面すれすれに振り、まずは脚部の破壊を目指す。
敵機から舌打ち1つ。
縄跳びの動作で躱そうとしたデュミナスが、くるぶしから下を消し飛ばされて着地に失敗した。
「お願い!」
ハナの結界が展開され、少量のダメージと深刻な機能不全をデュミナスに強いる。
ここまですれば部位狙いスキル抜きでも高確率で当たる。
メルは油断無く砲身を振り下ろした。
「え」
二度目の手応えだった。
デュミナスは体を捻ってコクピットと砲身に突きだし、中身の大部分を焼き尽くさせた。
「……万歳」
内側からの爆発がデュミナスを砕く。
被害は、半壊状態のバラック3つの完全崩壊のみであった。
●
何がなんだか分からない。
目が覚めたとには隣人の姿はなく、見上げるような巨人と聖堂戦士より強そうな人間が激しくやりあい火花が散っている。
「えっ」
巻き込まれたら死ぬ。
すぐに逃げないと分かっているのに体は動かず思考も空回り。
鉄の巨人が蹴り飛ばしたものが真っ直ぐ飛んでくる状況でも、ぴくりとも動けなかった。
影が目の前を通過する。
回転しながら飛んできていた庭石が明後日の方向へ弾かれ、1秒ほど後れて突風が全身をなで上げる。
「あ、えぇっ!?」
動くようになった目を動かす。
影に見えたのは龍にも見えるワイバーンで、こちらに心配そうな目を向けていた。
「騒ぐな」
優しげではあるが圧倒的な力の差を感じさせる声で囁かれる。
「返事はしなくていい。一度深呼吸してから南に向かうんだ」
高位覚醒者の存在感は凄まじく、地獄並みの戦場では既存の価値観を壊し塗り替えてしまう水準で強烈だ。
救い主に対する信奉を全身で表現しながら、まだ若い女性が転がるようにして逃げていった。
「大活躍だな」
テノール(ka5676)が見上げる。
ハナ機による範囲攻撃にワイバーンによるマテリアル爆撃が加わり、リアルブルーのファンタジーアニメじみた光景が頭上に広がっている。
ただしワイバーンの側は一杯一杯だ。
レイン・オブ・ライトとファイアブレスを切り替えデュミナスを攻撃し注意を引きつけながら、テノールがいる場所に向けすごい勢いで目配せをしている。
「分かった」
バリケード並に積み重なった元バラックを乗り越え、隠れ怯えていた住民を確保し落ち着かせ退去させる。
テノールにとっては児戯に等しい仕事であり客観的には恵まれない者を大勢救う善行であった。
ワイバーンが息切れしてくる。
戦闘と捜索と情報伝達を同時にするのは非常に難しい。
「順番が前後したが」
近くにいる要救助者は全員助けたと判断して意識を切り替える。
研ぎ澄まされた戦意が一瞬開放され、瓦礫の瓦礫の間にいた虫が死んだふりをする。
テノールが加速する。
ろくな足場もないのに上体は揺れることすらない。
「招かれないのに来た客は」
全身の力が拳に集中する。
露出した指先には瑠璃色のオーラが集中し、この世のものとは思えない輝きを持つに至る。
「帰るときにいちばん歓迎される」
「な」
デュミナスが見かけの印象よりずっと鋭い動作と速度で避けようとする。
しかし遅い。
テノールの拳は回避の動きも巨大なシールドも避け、腰部分のやや上に突き刺さる。
デュミナスは堅牢だ。
狂気VOIDによるレーザー爆撃にも耐え抜いた実績がいくつもある。
そんなデュミナスの装甲が弾けフレームに亀裂が入り、マテリアルを伴う衝撃により多数の回路が限界に達する。
デュミナスは大破状態に陥るだけでなく、完全に行動不能状態へ追い込まれた。
止めの拳は、ワイバーンの悲鳴じみた声で中断される。
また要救助者を見つけたようだ。
人質にされたら数で考える必要もあるだろうが、少しの手間で済むなら手を伸ばさない理由はない。
テノールはデュミナスに一瞥を与えることもせず、生きる権利のある者を救うため走り出した。
「エーギル、欲を出すな。救助だけでいい」
何もない場所で囁き声が生じた。
動きの止まったデュミナスとそれを庇うデュミナスは、10メートル程度しか離れていないのに気づけない。
人よりは小さく、鳥としてはかなり大きなフクロウ型幻獣が突然現れる。
デュミナスがぎょっとして振り返るのを尻目に、深い紺色のポロウは人の気配のある小屋に飛び込んでいった。
「随分型の古いデュミナスだな」
ポロウを遙かに上回る隠密をしていたメンカル(ka5338)が気配と姿を露わにした。
既に追い込まれているデュミナスとその乗り手は、メンカルに意識と視線を誘導されポロウを完全に見失う。
「それに」
口元だけで冷たく笑う。
瞳孔が裂けたように縦に伸びた左目が、憎悪と怒りを煮詰めた赤い色を帯びる。
「中身はよくある賊か」
壊れた装甲の隙間から、冷や汗と脂汗にまみれた男の上半身が見えていた。
体は並の兵士程度に鍛えられている。
服装も決して悪くは無い。
しかしその顔に浮き出ているのは緩んだ精神だ。
己の欲と行動を律することができず一線を越えてしまった者特有の、腐った気配がした。
「いや」
口元の笑みも消えた。
メンカルから吹き付ける殺意に怯え、無事な方のデュミナスがカタナを無茶苦茶に振り回して別のデュミナスの胸に亀裂を生じさせる。
「堕落者か」
メンカルの手首から先が高速で振るわれる。
空気を裂く微かな音がした直後、己の頬に突き立つ投擲具に気付いた男が悲鳴をあげた。
行動不能状態にあったデュミナスが再起動する。
奇襲のつもりで突き込んできたカタナが、後ろが見えているかのようなメンカルによって軽々回避される。
パイロットが……歪虚に成り果てた元人間が苦痛を堪えてデュミナスを走らせる。
正攻法で勝てないなら人質を手に入れ利用すれば良い。
そんな浅はかなもくろみは、絶妙のタイミングで脚関節に絡みついた鞭により阻止された。
「賊の分際で賢しく立ち回ろうとするな。お前の相手は、俺達だ」
メンカルの後ろの家からポロウが飛び立つ。
幼い兄妹を背負っているので低速低高度だが根性で飛ぶ。
「うるせぇ! 異世界まで来てエリート共の好きに」
鞭を外すがもう遅い。
呪符到着。
結界展開。
待ち時間0でマテリアルが弾けデュミナスが焼かれる。
「生きてますー?」
ハナは徹底して冷静だ。
メンカルは一瞬で敵の観察を終え音も無く後ろへ跳ぶ。
「敵が1体逃亡した。捜索と追跡を頼む」
1機の自爆が、ハッチが開いたままのもう1機を巻き込み大きな爆発を引き起こした。
●
時間は戦闘開始直後まで巻き戻る。
空を滑るように飛ぶワイバーンの背中で、黒の夢(ka0187)が静かにデュミナスを見下ろしていた。
高位歪虚と比べればどれも雑魚だ。
リーダー格のデュミナスだけは並程度の力があるが、銃器の異常な連射速度がなければ他の機体とほぼ変わらない。
「歪虚型……ヒトが使いこなせるものだろうか」
連合宙軍関係者が開発に挑んで歪虚CAMを生み出してしまったパーツと似た気配を感じる。
なお、その時は高位歪虚が乱入するわハンターとの激戦で試験場が吹き飛ぶわで大騒動になった。
「ダーリン……」
勘だけで、今回の件に関わった高位歪虚の1つを特定している。
恐るべき女の情かもしれない。
「でも計画立てたのはダーリンと違う気がするのなー」
ながら作業でマテリアルを震わせ。
黒の夢基準ではちょっとだけ雑に術を編み上げる。
「最近会ってないから、我輩のこころも寂しくて今とても冷たいの。痛かったらごめんね?」
高純度の土属性マテリアルと水属性マテリアルが、非常に避けにくい時間差でリーダーデュミナスに降り注ぐ。
足場がワイバーンなので命中精度は落ちている。
土のマテリアルはぎりぎりで逸れて通りに深い穴を開け、水のマテリアルが左脚太股部分を綺麗にフレームを避け貫通する。
「ん。次の行くのな」
平然と北へ向かう黒いエルフとワイバーンを、今回の首謀者は引きつった表情で見送っていた。
そして現在。
ワイバーンから降り、全壊するぎりぎりの威力と抵抗しようがない強度の状態異常を叩き込んだ黒の夢の前で、長距離砲戦装備のデュミナスが自爆を選択した。
「この種の覚悟がある相手には見えなかったのな」
小首を傾げると、同感という感情を浮かべたリリティアとワイバーンと目があった。
歪虚CAMと乗り手の死亡を確認してから再び南へ。
唯一の生き残りであるリーダー機が、ぼろぼろのR7に向け引き金を引く所だった。
「イカレてるぜアンタ」
圧倒的に有利なはずの男は、表情を引き攣らせ眼球の動きも不規則だ。
半壊した装甲が30ミリ弾で引き千切られる。
コクピットに飛び込んだ大型弾が若い聖導士の体を打つ。
なのに砕けもしないし死にすらしない。
「ちょっと痛かったの」
簡易の祈りで負傷直後に癒やしただけなので痛みはそのままなのに、ディーナは平然とした顔でR7にメイスを振り上げさせる。
デュミナスが恐怖に駆られたかのように一歩後ずさり、強烈な殺意に晒され機体の動きが乱れた。
「よくも」
凜々しくも可愛らしい、桃と白に塗装されたオファニムがブースターを斜め上へ向ける。
推力と重力により加速されて最後のデュミナスに一気に近づく。
「ちぃっ」
アサルトライフルがオファニムへ向く。
ウーナ機は無理な移動で回避の動きが出来ていない。
後ろに庇ったディーナ機もろとも蜂の巣にしようと引き金を引いて、丁度1秒後に残弾0の警告音が響いた。
「大丈夫、ディーナちゃん!?」
呼びかけている間もラジエルは止まらない。
銀色のシールドを両手で振りきってデュミナスの頭部を陥没させる。
「あっち」
「分かったっ!」
極短いやりとりで情報伝達が完了。
盾とアサルトライフルが真横に投擲された。
投擲動作に腰が入っている分、質量差があっても盾の方が早い。
逃げようとした人型歪虚の前の地面に盾が突き刺さり、そこに衝突したライフルが変形して転がった。
証拠隠滅のため殺すつもりだったようだ。
「参ったな降伏するよ」
自爆の操作をしながら愛想笑いをした男が、変わらず飛んでくる銃弾とメイスを見て絶望する。
銃弾の冷気は防げたが真後ろから直撃した光は駄目だった。
鈍った機体にR7が組み付き、異様に手際よくコクピットハッチを引き剥がしにかかる。
「逃がしませんよ-」
男は生を諦めた。
体内の負マテリアルを暴走させ、主に邪魔になりかねない敵にせめて手傷を負わせようと自爆を試みる。
「残念ですぅ」
後ろから蹴られてデュミナスごと地面に押し込まれる。
既に自爆は止まらず、目と口に入った土の苦さだけを感じる。
「離れてくださーい」
緊張感と油断のないハナの声が、元人間が認識した最後の情報だった。
●
「俺は何も喋らねぇぞ」
歪虚は座り込み何も話さなくなった。
「イヴだったか。独り言で暴露する部下を持つとは、たいした歪虚だな」
メンカルの言葉が冷たく響き、男はこぼれ落ちるほどに目を見開いた。
救助された子供達からの情報だ。
イブをイフや他の単語と聞き間違えた子もいたが、証言が多数あると何が正しいかすぐ分かる。
情けは人のためならずどころか、情けが問題解決に直結していた。
他のハンター達が見張りと尋問をする状況で、黒の夢は歪虚CAMの残骸をワイバーンと共にひっくり返している。
「あった!」
30ミリ弾が入っていた弾倉だ。
2~3連続攻撃という手品の種であり、今は力を使い尽くした残骸だ。
綺麗に整えられた爪が、鱗状の飾りを撫でる。
上機嫌で創る様子が目に浮かぶ。
「ダーリン元気そう」
気力体力を総合すれば今が一番強そうだ。
両手からマテリアルを広げて空の弾倉を包む。
微かに残っていた負マテリアルが相殺されて、微かな香りだけを残して飾りも弾倉も消滅した。
「件の、か。目当ての情報は手に入ったようだな」
引き立てられていく歪虚を横目で見ながら、メンカルが少し落ち着いた黒の夢に声をかける。
「お前の心当たりが正しいなら……いや、こういう時のお前の勘と思考は信じるべきだな」
黒の夢は曖昧に微笑む。
あの竜はハンターとの激戦とマテリアル摂取による強引な回復を繰り返している。
東方で王級の歪虚に食らいついたことすらある。
いつ回復能力が限界に達してもおかしくないはずだ。
「あれだけCAMに興味を持って執心していたから……」
自分で言いはしたがしっくりこない。
最終的には己の牙と翼で奪いに来る、強欲らしい強欲竜である気がするのだ。
「他に何か、いる?」
王国の空は、不気味なほど青く澄んでいた。
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【相談卓】 黒の夢(ka0187) エルフ|26才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/01/02 23:15:23 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2018/12/30 21:37:05 |