ゲスト
(ka0000)
【初夢】ほにゃらら寝台特急で行く星空の旅
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/01/06 07:30
- 完成日
- 2019/01/15 02:48
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●小耳に挟んだ都市伝説
願い事と引き替えに会いたい人に会える汽車があるらしい
それはどんな願いでも良い
お金持ちになりたいとか、綺麗になりたい、強くなりたい……
100点を取りたい、人気者になりたい、車が欲しい……
どんな些細な願いでも良い。しかし差し出せば、それが叶うことは永遠になくなる
それを願うことさえなくなる。願っていたことさえも忘れてしまう
●枕の下のチラシ
アケロン寝台特急ご案内
集合:此之岸駅4番線
出発:15時30分
【到着】:9時0分
行程:
16時半頃より、海岸線に沈む【夕日】をご覧頂けます
18時よりお食事、食堂車【間弓】(懐石)、及び、食堂車【フューネラル】(フレンチ)にて
21時頃、旦炉川通過、賀炉橋【消灯】の瞬間をご覧頂けます
22時消灯、ごゆっくり【お休み】下さいませ
また、【展望室】及び隣接の【カフェ】車両を夜通し解放しております
山間の地域を通過致しますので、街中では見られない満天の星空をご覧頂けます
6時頃、朝霧の麦畑に広がる【日の出】をご覧頂けます
7時よりお食事、食堂車間弓(和食)、及び、食堂車フューネラル(洋食)にて
【客室】案内
Bシングル席
:リクライニングシートにフットレストをご用意、枕、毛布の貸し出しがございます
Aシングル席・Aツイン席
:ミニテーブルとモニター付属、お隣のお席との間にはカーテンの仕切りがございます
各種アメニティをお席にご用意しております
シングル個室・ツイン個室
:ベッドと机、ミニバー付属、施錠可能のお部屋でございます
ミニスイート(2名1室)
:セミダブルサイズのベッド2台、テーブルセット
お手洗いとシャワーブースを室内にご用意してございます
スイート(4名1室)
:ダイニングルームをご用意し、お部屋でお食事を召し上がって頂けます
また、お部屋のお客様専用の展望車両を付属してございます
旅行代金
(掠れていて読めない)
出発より随時【検札】を行います。ご協力をお願い申し上げます
●チラシの裏面
旅の御代は望みをお一つ。あなたを現世に留める枷をお一つ
旅路の果てにはあなたの思う人がお迎えに
●
駅に佇んでいた。寂れた駅には時刻表などの案内の類いが一切見られず、ベンチさえ置かれていない。
旅行鞄を持って、手書きで座席の記号だけ書かれた薄っぺらいチケットを握っている。
はたして。目的は行楽か、或いは仕事だったか。今日の昼食までは思い出せるが、この駅への道程の一切が朧気で、記憶に霧の掛かった様だ。
まあ、手荷物を検めれば思い出せる。それは不思議なほど些細なことに思われた。
それ以上にこの旅行への高揚が勝って浮き立っている。
ぽつぽつと人が増え始め、徐々に列ができていく。
きぃ、とブレーキの音。
少しレトロな装いで、真ん中辺りに天井が硝子の車両を繋いだ汽車がホームに停まる。
入り口毎に吊された記号とチケットの記号を合わせて乗り込む。
しゅ、と扉の閉まる音。ノイズ混じりに車内のアナウンスが流れ始め、窓の外を流れる景色の眩しさに目を細めた。
嗚呼、そうだ。この旅行の目的は…………
聞き取り損ねた目的地に僅かな胸騒ぎを感じた。
願い事と引き替えに会いたい人に会える汽車があるらしい
それはどんな願いでも良い
お金持ちになりたいとか、綺麗になりたい、強くなりたい……
100点を取りたい、人気者になりたい、車が欲しい……
どんな些細な願いでも良い。しかし差し出せば、それが叶うことは永遠になくなる
それを願うことさえなくなる。願っていたことさえも忘れてしまう
●枕の下のチラシ
アケロン寝台特急ご案内
集合:此之岸駅4番線
出発:15時30分
【到着】:9時0分
行程:
16時半頃より、海岸線に沈む【夕日】をご覧頂けます
18時よりお食事、食堂車【間弓】(懐石)、及び、食堂車【フューネラル】(フレンチ)にて
21時頃、旦炉川通過、賀炉橋【消灯】の瞬間をご覧頂けます
22時消灯、ごゆっくり【お休み】下さいませ
また、【展望室】及び隣接の【カフェ】車両を夜通し解放しております
山間の地域を通過致しますので、街中では見られない満天の星空をご覧頂けます
6時頃、朝霧の麦畑に広がる【日の出】をご覧頂けます
7時よりお食事、食堂車間弓(和食)、及び、食堂車フューネラル(洋食)にて
【客室】案内
Bシングル席
:リクライニングシートにフットレストをご用意、枕、毛布の貸し出しがございます
Aシングル席・Aツイン席
:ミニテーブルとモニター付属、お隣のお席との間にはカーテンの仕切りがございます
各種アメニティをお席にご用意しております
シングル個室・ツイン個室
:ベッドと机、ミニバー付属、施錠可能のお部屋でございます
ミニスイート(2名1室)
:セミダブルサイズのベッド2台、テーブルセット
お手洗いとシャワーブースを室内にご用意してございます
スイート(4名1室)
:ダイニングルームをご用意し、お部屋でお食事を召し上がって頂けます
また、お部屋のお客様専用の展望車両を付属してございます
旅行代金
(掠れていて読めない)
出発より随時【検札】を行います。ご協力をお願い申し上げます
●チラシの裏面
旅の御代は望みをお一つ。あなたを現世に留める枷をお一つ
旅路の果てにはあなたの思う人がお迎えに
●
駅に佇んでいた。寂れた駅には時刻表などの案内の類いが一切見られず、ベンチさえ置かれていない。
旅行鞄を持って、手書きで座席の記号だけ書かれた薄っぺらいチケットを握っている。
はたして。目的は行楽か、或いは仕事だったか。今日の昼食までは思い出せるが、この駅への道程の一切が朧気で、記憶に霧の掛かった様だ。
まあ、手荷物を検めれば思い出せる。それは不思議なほど些細なことに思われた。
それ以上にこの旅行への高揚が勝って浮き立っている。
ぽつぽつと人が増え始め、徐々に列ができていく。
きぃ、とブレーキの音。
少しレトロな装いで、真ん中辺りに天井が硝子の車両を繋いだ汽車がホームに停まる。
入り口毎に吊された記号とチケットの記号を合わせて乗り込む。
しゅ、と扉の閉まる音。ノイズ混じりに車内のアナウンスが流れ始め、窓の外を流れる景色の眩しさに目を細めた。
嗚呼、そうだ。この旅行の目的は…………
聞き取り損ねた目的地に僅かな胸騒ぎを感じた。
リプレイ本文
●
扉が開く。制帽を目深に被った車掌は、身を縮こまらせるように辞儀をする。こつこつと静かな跫音が近付いて来た。
切符を拝見。
硬い声は、それが男か女かさえ判別の付かないものだった。
鞍馬 真(ka5819)は読み止し本から栞代わりにしていたそれを差し出す。指の先でひらり曲がってしまう薄い切符には、この席を表すインクの擦り切れた文字だけが走り書きにされている。
車掌はそれを暫く眺め、御代は頂戴致しましたか、と尋ねた。
「幸せになること、を」
空虚な洞に悔悟を転がしたような2つの青い眼が真っ直ぐに車掌を見た。制帽の陰る表情は覗えない。
白い手袋が、ぽん、と丸い検印を押す。
滲む青いインクを見ていると、胸の奥、どこか深い場所が凍て付いたような焦燥を感じた。
切符は鞍馬の手へ戻る。
切符を拝見。次の席の客に告げる声がひどく遠くに聞こえた。
車掌は幾つか隔てた空蝉(ka6951)の席へ至る。
背筋を伸ばして瞑目、僅かに口角を上げ、指先1つまで揃えて座す空蝉へ、前の席と全く同じ声が掛かる。
そして、矢張り。差し出された切符を見て御代を尋ねる。
硬質な声が、無感情に、「人を護る」と答えた。
ぽん、と検印が、席表記の末尾に掛かるように押された。
脳裏に青い光りが明滅する。瞬きの間に0と1が断続的に書き換わっていく幻想を見た。
切符を手慰みに、フィロ(ka6966)は流れる景色を目で追っていく。
橙の瞳が困ったように垂れて、誰かを思う。
記述めいた曖昧な記憶、守るべき人がいたはずと言うそれ。
「ご主人様やご家族様に会いたい」
車掌の問いに祈りのように答えると、握りしめた皺の付いた切符に青い検印が押される。
霧の掛かったように一瞬ぼやけた思考は、次の瞬間にはすっと冴えていた。
考え事の途切れたような奇妙な感覚に、返された切符を片付けて外へと目を移した。
回り終えた車掌が後ろの扉から出て行くと、車内にはささやかなざわめきが蘇った。
室内にノックの音が響く。
青い顔をした星野 ハナ(ka5852)が扉を開けると、車掌が1つ辞儀をして、切符を拝見と手を出した。
部屋の記号と切符の記号を比べるように頸を動かし、御代は頂戴致しましたかと硬い声で尋ねた。
「……どれを持って行ってもいいから……」
星野の声が震えた。願うことは多くはない。善きハンターであること、彼氏が欲しい、美味しい料理を誰かの為に。数え上げても両手で足りる。
挙げ連ねる内に検印が押され、青いインクが滲んでいく様を見詰めながら、いつの間にか閉まった扉の前に立ち尽くしていた。
カイ(ka3770)の部屋を車掌が訪ねてくる。同じように切符を求めて、御代を尋ねた。
「シンシアにもう一度会うことだ」
少し荒い声でそう答えた。検印が押される。
世話を焼いていた少女がいた。彼女の名前は思い出せない。娼館にいた、身体の弱かった、断片的な記憶が零れ落ちて、次の瞬間には誰のことを考えていたのかさえ分からなくなる。
来訪者の立てる音に、ミア(ka7035)のフードの耳が揺れる。扉を開けて車掌を見ると、それはぱたりと伏せる。
「独りになりたくない……ニャス」
車掌の問いにそう答え、検印の押された切符を手に、誰もいない部屋を振り返る。不思議なほど寂しさを感じなかった。
一人で過ごすには広い部屋。
案内を斜め読みにしながら、深守・H・大樹(ka7084)は検札を待つ。会いたい人がいる。チャイムの音に扉を開けると、そこには顔を隠すように制帽を被った車掌がいた。
切符を拝見。頷き差し出す。見ていた案内の通りだろうかと、問われる前に告げる。
「恩人に会いたいな」
誰かは知らない。けれど、生きている事への恩義を感じている大切な存在。
ぽん、と検印が押された。インクを滲ませる青の丸い判。
指の隙間を水が零れていくように、誰かを切に求めた熱が消える。
一人旅だけれど奮発して、帰ったら姉に自慢しよう。
カリアナ・ノート(ka3733)は部屋で景色を眺めて寛いでいた。見知らぬ景色は行き先も帰り道さえも曖昧にする。
チャイムの音に答えて車掌に切符を差し出す。車掌の低い声が、御代は頂戴致しましたか、と問う。
思い浮かぶ姿があった。ある尊敬する女性と同じ名前を持つその人。既に亡い、守れなかった人。
「あ、あの……あのね。私、逢いたい人がいて……」
その人に会うことが望み。聞き遂げて検印が押される。尊敬する女性の名前を呼んでみると、不思議と幸せな気持ちになった。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は椅子に掛けて瞼を伏せる。会いたい人、と呟いて思い出す顔ぶれは大勢、郷のみんなは元気だろうかと懐かしく微笑んだ。けれど、1番強く思うのは。
車掌が検札に尋ねてきた。
「もう少し機械に詳しくなりたいなんて、想った事は有りましたね」
便利すぎて苦手だからと眉を下げて答える。首を竦めると紫の髪が肩に揺れる。
ぽん、と丸い検印の青いインクが切符に滲む。切符を受け取った手の指を飾るリングが霞むようにその存在感を薄れさせた。
●
車掌の去った個室の1つ、星野が頭から被った毛布を震える手で握り締める隣の部屋。
エステル・ソル(ka3983)は愛猫のバスケットを膝に乗せてにっこりと微笑む。
「スノウさんとのお出かけは久しぶりなのですよ」
蓋を開けると、青い目で見上げてみぃみぃと甘く鳴くはずの猫の姿はそこには無かった。
スノウさん、と思わず声を上げるも、すぐに息を吐いて自分を落ち付かせる。こんな事もあろうかと、猫の首には鈴を飾っている。見付けてみせるのです、と声を上げて耳を澄ます。
「……この鈴の音は……!」
扉の外を通り過ぎた気配に飛び出して、猫を探して電車の中を歩き出した。
西日が鮮やかに窓へと差し込む。
茜色の光りが満たす車内に、ゆらゆらと影が伸びている。
客室でベッドに腰掛け、Gacrux(ka2726)は手帳を開く。1頁ずつ捲り、その紙面を赤く染める夕日に目を眇めた。
狂おしい思いを抱いている。捨て去れたなら、純粋な好意を寄せられたなら。
また1頁読み進む。
「……どの道」
呟きは誰に拾われることもなく消える。
人の心を独占することは不可能だ。分かっていながら求めて苦しむ。手帳を捲る。捲る。
ぱたりと閉じた。人には不要の欲だ。黒い双眸は何も映さず、閉じた手帳をテーブルに載せた。
青いインクに滲んで零れ落ちた衝動を拾うように藻掻いた手をやがて解いて、脱力させる。
願い事と引き替えに。繰り返し思い出されるフレーズに目を伏せた。
ルームウェアに着替えてベッドに転がったミアは夕日にぼんやりと兄の面影を思い出す。
懐かしい幾つもの思い出が浮かぶ度に、くふりと小さく笑う。
迎えに来てくれた優しい声、負んぶしてもらった温かくて頼もしい背中。
「……大好き、ニャス」
枕をぎゅうっと抱き締めて、ごめんね。小さな声が零れた。
夕日はやがて藤色に空を染め変えて、忍び込むような夕闇が訪れる。
●
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は部屋を出て間弓とプレートの吊された食堂車へと向かう。
木調の壁や行灯の照明にも穏やかな和の装飾がされているが、席はテーブルのようだ。
客席と同じ記号の札が置かれたテーブルへ着くと、紅白の器に盛られた蕪と帆立の先付けが出される。
「初めてだから楽しみ! カフェの新メニューの参考にしようかな」
「私もだ。この、カイセキというのはどんな物が出るんだろうか」
先ずは最初の一品から。透き通った蕪は噛めばじわりと甘く、帆立は口の中で解れるほど柔らかく、出汁の香りが豊かに香った。
美味しい、と、互いに微笑んで箸を置く。
空いた食器が下げられて、すぐに料理が運ばれてくる。
彩りの良い炊き合わせ、陶板の上で食欲をそそる香りを立てる肉と野菜、漆の椀は蓋を開けると可愛らしい飾り切りの野菜に仄かな柑橘の香りが広がる。
舌鼓を打ち、ふと思い浮かぶのは誰かに会えるという都市伝説。
「……この列車かな?」
蓮根を齧り、リューリが車両を眺めた。
「本当の事なのかはわからないよ」
椀を手にアルトは考え込む。
目の前の親友を失っていたら、きっと。会いたい。夢をなくしても話しをしたい、会えるだけでも。そう願うだろう。
「もしアルトちゃんがいなくなってたら、会いたいって思うかも」
リューリが同じ気持ちを言葉にして笑った。
大事な親友、今はいなくなるなんて考えられないけれど。
「……って、しんみりしすぎないでご飯楽しまないと」
淡い色合いの可愛らしい手鞠寿司が乗せられた寿司下駄が置かれる。
花を模したそれはメニューの参考になったのだろうか。アルトは箸先に1つ取ってじっくりと眺めるリューリを見て目を細めた。
ご飯を食べたら景色を見に行こう。リューリの誘いに頷く。
最後に供された夜空の色に星座を飾った琥珀糖を黒文字で切りながら。
もしも、誰かに会いたくてこの列車に乗った人がいるのなら、会えたら良いなとそっと祈る。
優しい甘さが口一杯に広がった。
マリィア・バルデス(ka5848)は食堂車フューネラルへ。ロイヤルブルーを基調とした、落ち付いた内装だが、テーブルフラワーは華やかだ。隣の席との距離は近く、気付いた夜桜 奏音(ka5754)が声を掛けた。
お一人でしょうか、私もです。
「たまには列車の旅もいいかなって」
マリィアが、ええ、と頷く。
「相手の都合が合わなくて一人旅よ。ふふ、でもこういうのも悪くないわね」
前菜もスープも終えて、魚料理が運ばれてくる。ハーブと花弁がふわりと舞う白い皿の中心に、鱸のポワレ。甘酸っぱい飴色のソースと、まろやかな白いソースが飾っている。
「こんな風に列車で食べるのもいいですね」
どちらからにしようと迷いながら、夜桜がフォークを立てて。流れる景色を見る。
柚の香りの爽やかなシャーベットを挟んで、包み焼きの雉が運ばれてきた。
「……あら美味しい。これ、どこの名産なのかしら」
芳ばしいきつね色のパイを開くと肉汁が溢れ、ナイフを避けるように切れる軟らかな肉は少し甘い。
カルヴァドスの香りが強い林檎のジュレに少し酔った気分で、マリィアは展望車へ向かった。
擦れ違う乗客達の様子がどこか危うい。
車内にアナウンスが流れる。
広い川を渡る最中、橋に灯る装飾灯がふっと消えた。
覆い被さる暗闇に飲まれたような圧迫感は、すぐに星明かりの煌めきの眩さに霧散する。
食事時に餌で誘おうとして失敗した愛猫に肩を落として部屋に戻ったエステルが、毛繕いに勤しむ彼女をバスケットの中に発見し、油の匂いを移してきた毛並みにどこに行っていたのですかと、喉を擽ってあやしながら溜息を吐いた頃。
食事を終えて部屋に戻った深守は今度は友人と来たいと寛ぎながら、眺めた景色や食事の味を思い出す。
個室を設けない車両に消灯の時間が迫り、フィロは毛布を被る。腕を覆う純白の武具を撫でて窓の外を眺め、去来する願いにそっと瞼を伏せた。
日のある内は景色を楽しみ、夕食も片付けられて、日が落ちてからも部屋の窓から星空を眺めてはしゃいでいた羊谷 めい(ka0669)が漸く大人しくなって、キヅカ・リク(ka0038)の肩に凭れて柔らかなソファに座る。
ソファから見える広い窓の外、降り注ぐような星が無数に煌めいていた。
2人で過ごした一日の彼是を止め処なく語りながら、楽しかった日の終わりの眠気に瞼を擦る。
もう少し喋りたいのに、瞼はどうしようもなく重い。
「……リクさん……それで、あのね……」
羊谷の声が次第に途切れがちに、すうと静かな寝息に変わる。
「めいちゃん?」
キヅカが囁く声に返事はない。眠ってしまったのかと微笑んで背と膝へ腕を回す。
はしゃいでいたから疲れてしまったのだろうか、今日はずっと笑っていたと寝顔に重ねてその笑顔を思い返し、日頃、頑張りすぎてしまいがちな小さな身体を横抱きにして、揺らさないように、足音さえ立てないようにそっと運んで、ベッドへ静かに横たえる。
片腕を枕代わりに提供すると、寝返りを打った羊谷が抱き付く様に身を委ねてくる。
頬に被さる髪を掬って、寝顔を見詰めた。
幸せな夢を。
囁いてキヅカも目を閉じる。
キヅカの声で朧気に浮上した羊谷の意識がすぐ傍らの体温を知る。
温かい、りくさんだったら嬉しいな、夢現に沿う思いながら、その温もりに頬を擦り寄せて夢の中へ。
●
支度を調えて展望車へ向かったリアリュール(ka2003)は椅子に掛けて空を眺める。
夜空に浮かぶ星が1つ2つと数を増して、夜の闇が深まるほどその煌めきは零れるほどに眩く、空を覆い尽くしていく。
星はそれぞれに音を奏でているという。
空を眺めていれば、今夜はその音が重なり合った美しいメロディーも感じる事が出来そうだ。
それは光りのように透き通った、清廉で伸びやかな。とても愛おしい音だろう。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は星空を眺めながら、ある友を思い出していた。
蜜鈴を大切だと言ってくれたひとだ。
「妾は……妾として生きても……生きたいと思うても、よかろう?」
誰にと無く問う。
大切な友を護る。その願いを何かに阻まれていたような、鈍い頭痛のような不快感。
それが何かは思い出せない。思い浮かべる度に星明かりの光りの奔流に飲まれたように思考が途絶える。
愛しく愚かな大勢を失って、大切な誓いが有ったはずだ。届かぬ星へ手を伸ばした。
「いつもは見えないような星まで見えますね」
空の暗さの為だろうか、夜桜が呟いた。ゆったりと星を眺めて、過ごしてきた日々を思い出す。
遠くの星の微かな光に目を細めた。
「会いた人に会えるミステリーツアー、面白い企画ですよね」
穂積 智里(ka6819)がハンスの横顔を見詰めて楽しげに言う。
「会えるといいですね」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)が頷く。
寝台列車も、その個室に泊まるのも初めてだと穂積は星空へ視線を移して言う。
星座を見付けた指がハンスの肩を叩いて天井の先を指した。
見えますか、とても綺麗。寄り添い星を眺めるハンスが答えた声が穏やかに染みる。
素敵な時間。と穂積は頬を仄かに赤らめる。温かなブルーの瞳は星ではなく愛おしいパートナーを見詰めて、艶やかな髪を一房掬う。
「でも、それはそれとして。せっかくの旅行なのですから、2人でしっかり楽しみましょう」
2人で。
旅の果てに会えるかも知れない誰かのことを、今は忘れて。
大切な心の支えとなった人を紹介したい。そんな人がきっと待っているのだろうから。
今は、その人との特別な時間を過ごそう。
穂積は細い指をハンスの手に重ねた。
指を絡め、腕を寄せる。
部屋へ、戻りましょう。ハンスの唇が耳に触れた。
テナーが囁く。愛しい人を腕の中へ誘い招いて、閉じ込めるように抱き締めたいと。
マウジー。愛称に小さなリップノイズが重なった。
「……こんなに素敵な旅をハンスさんと出来たのがうれしいです。絶対忘れません」
影を1つに、展望車を音も無く出て行った。
扉の閉ざされた気配に夜桜は椅子からゆっくりと背を起こす。
星の煌めきを遮ることの無い細い月が見えていたが、夜も深まり細い月は沈んでいる。
部屋へ戻ろうと見ると、リアリュールも丁度戻るところらしい。
個室の並ぶ車両までを共にして、おやすみなさい、と軽い会釈を交わして分かれる。
星の奏でる音が優しい夢をもたらすように夜は更けていく。
一人の夜は物寂しく、疲れも溜まっているはずなのに何故か寝付けない。
白藤(ka3768)は夜を回りバーに看板を掛け替えたカフェ車両のカウンターに掛け、琥珀色の液体を満たすグラスを揺らした。既に空いたグラスが1つ2つと並んでいる。
胸に飾る十字架のネックレスを弄ぶ。
墓参りに行かないと。疎遠にしている既に物言わぬ親友を思い出す。
「……甘えたいんやろか」
大切なことを伝えてくれたあの人に。ドアベルの音を聞き、十字架を仕舞う。
食堂車を出たマリィアの足は展望車を抜けてこの車両へ。
シェーカーを振りながら、いらっしゃいと迎えた女性に一杯注文し、窓の見える席へ掛ける。
「こういうリフレッシュも悪くないわね」
星の煌めき、酒の香り。
ここにいて欲しかった人を思いながら、グラスを傾けて目を細める。
ハンターなら仕方の無いこと、目一杯一人旅を楽しむのも悪くない気分だ。
暗い夜を行く列車の窓の外、星屑は流れるように擦れ違っていく。
マリィアの訪いに逸れた目を手元のグラスへ戻し、煽りながらマフラーに隠した十字架を撫でる。
大切にしよう。友人の形見なのだから。ずっと大切に持っていよう。
もう一杯とメニューへ伸ばし掛けた指を留める。流石に過ぎる。
「寝よ」
呟いて、少しだけ温まったからだが冷えない内に部屋へ戻る。
グラスを片手に星を眺めて、程よく酔いと眠気を感じ。マリィアがカフェ車両を出て部屋へ戻った頃。
月も沈みきって、日付も変わり、無人となった展望車にルカ(ka0962)が訪れる。
日のある間中部屋に籠もり、食事も断り橋の灯りが落ちる様を部屋の窓から、あえかな紫の双眸に無為に映して過ごしていた。
ぼんやりと、或いはひどく穏やかに。
車両を行き交う人の気配の失せた頃にするりと抜け出して、跫音さえも密やかに星の下へ。
一人きりの展望室は広く、天井一杯の星空を無言で仰ぐ。こつん、と何某かの足音を聞くまで、そうしていた。
東の空が僅かに白み掛けていた。
●
欠伸を1つ、ベッドの上で背伸びを。名残惜しいけれど、旅の終わりは近い。
リアリュールは夜空を眺めた展望車両へ日の出を見に向かった。
通り抜けた車両の通路に出ていたイツキが、窓から朝の空を眺めている姿があった。
地平線へ広がる畑の端から満ちてくる光りの眩しさに目を細め、無意識に翳した手が銀の髪を梳いた。
んんと小さく唸って羊谷は目を開けた。温かな腕が頭の下に、少し見上げれば、黒い髪を頬に貼り付かせて、優しいブラウンを閉ざして眠る想い人の顔がある。
寝起きの頭は一息に覚醒し、彼の唇へ唇を。煩い程にどきどきと鼓動を高鳴らせて。
「……おはよう……」
優しくそう告げる唇を。その幸せを知っている。一言の挨拶を返せずに目を泳がせた羊谷に、キヅカは首を傾げながら寝乱れた髪を優しく撫でた。
夕食とは逆に、アルトとリューリはフューネラルに設けられた席に着いて、カラフルな温野菜のサラダとコーンポタージュ、ジャムとバターの添えられたトーストの朝食を食べる。
夜の景色も空も綺麗だったと喋りながら楽しい朝食の時間が過ぎる。
柔らかく炊いた白米に酒粕入りの温かな味噌汁、焼き鮭の定食が出された間弓には、夜桜とマリィアの姿があった。
それぞれに朝食を終え、部屋で支度を調えて、少し寛いだ頃に到着を知らせるアナウンスが入った。
ノック音が響く。
御代に間違いが御座いましたようで。明るい朝日の元でも得体の知れない車掌が穂積とハンスの部屋を尋ねてきた。
対応したハンスが、室内に待つ穂積を肩越しに振り返る。
彼女を幸せにしたいという願いが募るばかりだった。
押し直された青い検印。何かを言葉にする前に、列車は止まり全ての扉が開かれた。
●
何か。大切にしていた物が有った気がする。大切にする願いを込めて持っていたもの。
けれどそれは、今手にしているこの髪飾りではない。
ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は形見の髪飾りを机に残して部屋を出て列車を降りた。
ホームには大勢の人がこちらを向いて佇んでいる。
その中にこちらを見詰める2人の姿がある。覚えていなくともその眼差しの温もりを間違いようがない。
ティアンシェの両親が待っていた。スケッチブックを抱えて走る。飾りを欠いた髪を翻し、白い頁に文字を綴る。
『かあさま とうさま』
『ティアは幸せです 逢えて、幸せです』
必死な文字が頁を染める。
覚えていなくても、思い出せなくても、出会えて分かった。すぐに、分かった。
やっと、逢えた。
母親がティアンシェを抱き締め、父親が2人を纏めて抱き締める。
縋りたくなるような温もりに抗い、泣き濡れた目で2人を見詰めた。
『私はまだ、行けません。だから 今はたくさん話しましょう』
スケッチブックを見た2人は優しく微笑んでティアンシェを撫でた。
微笑み手を伸ばす2人を前にルカは黙って佇んでいた。
大切な人達。ルカの両親だ。先に逝ってしまった2人がいずれ平和な世界に生まれて幸せで在るように。
自分に出来ることは何も無い。ただそう在って欲しいと祈るばかりだ。
ふらりと一歩2人の方へと歩き出す。一歩、もう一歩と進んでいく。表情は変わらず、言葉も無く。けれど、その足は次第に速くなっていき、差し出された手に手を伸ばし、両親の元へ辿り着いた。
「Gacruxくん」
ガクルックスの耳に艶やかな声が届く。滑らかに彼を呼ぶ赤い髪に青の瞳のひと。
冷えた空気に吐息が白む。そのひとも少し寒そうに佇んで、ガクルックスを待っているようだ。
指の悴む寒さの中、胸の奥が温かい。
「さあ、行こうか」
そのひとへ手を差し出して、ガクルックスは歩き出した。
素敵な笑顔の女性がカリアナを待っていた。その人にもその人の纏う黒い服にも見覚えは無い。
知らない人だ。
けれど。
足は勝手にその人の方へと走り出していた。
もしかしたら、カリアナを知っている人かも知れない。
久しぶりと行ったその人が名乗ったのは、尊敬する人と同じ名前だったのだから。
親友は相変わらずの姿でそこにいた。
優しく微笑み手招いている。
「白藤ちゃん」
呼ばれると、懐かしさに、それだけでは収まらない寂しさにくしゃりと顔が歪む。
あの日、白藤を庇った親友が、白藤を見詰めて少し困ったような嬉しいような顔で笑っている。
それなら。この命は無駄にせん。心の内に呟く。どうしてか彼女が褒めてくれた声が聞こえた気がした。
少女が佇んでいた。
自分を待っていると、カイには何故か察せられた。
シンシアと名乗った少女は、カイと自身の関わりを話す。その声も言葉も、カイの記憶に留まらず零れていく。
「なんていうか……後悔しない生き方だったか?」
名前すら知らない少女の、壮絶と言える生涯を聞き、それを忘れてしまう前に尋ねた。
少女は笑った。
「後悔はしてない……でもわたし、あなたに酷いことをしたわ。忘れて欲しくなかったの。……さようなら」
酷いこと。それは何かと尋ねようとして躊躇う。きっそれも消えてしまう。
少女が去って、ホームに1人。軽く蟀谷を押さえて頭を振ると、カイは真っ直ぐに歩き始めた。
赤みがかった黒髪が風に揺れる。浅葱色の瞳が蜜鈴を映して優しく微笑んだ。
やはり、と蜜鈴は細い肩を寄せる。気持ちを伏せたまま亡くしてしまった、愛おしい騎士が蜜鈴を待っていた。
「おかえり……さぁ蜜鈴、君は君の在るべき場所へ……もう一度、送り出そう」
騎士は蜜鈴へ手を伸ばす。
「おんしの元へは、未だ還れぬ故のう、天禄」
故に、逢瀬はこの一時だけ。手を重ね、忘れ得ぬ温もりに、頬へ温かな雫が伝い零れる。
腕組みをした女性が鞍馬を睨んでいる。
鞍馬が一歩近付く毎に、眉間の皺が保てなくなり唇を引き結んで、肩を震わせた。
「私の分まで生きて、幸せになってって言ったのに。兄さんは本当に仕方のない人ね」
泣き笑いの顔でそう言った面差しが自分によく似た女性。
霞掛かった記憶は当てに出来ないが、妹だと直観する。
去来する想いが喉に詰まる。言葉にしたくとも、それは叶わなかった。
幸せは、きみに会うために捧げてしまった。君と言葉を交わす幸せも、君に許される幸せも。
ともすれば自分さえ無くしてしまいそうな虚無感に襲われながら、星野は列車を降りた。
ただ1つの目的の為に。
ハンターとして色色なことがあった。懐かしんで未来を思う気持ちはもう無いけれど、その暮らしの中で彼女と出会ったのだから。
「――私、友達になりたかったんだよ」
倒れかかった星野を、少しふらつきながら抱き留めて、少女は額を星野の額に重ねた。友達に元気がなかったら、風邪の心配くらいしませんか、と尋ねながら。
「……あっ」
見付けた父と母の姿に、イツキは呼び掛けそうになった言葉を飲み込む。
懐かしい、嬉しい。ほんの少しでも話したいけれど。とても、会いたいけれど。
ホームに降りた足は2人とは反対の方へと向けて歩き出す。今会うことは許されない。
何も変えられていない今は、まだ。
車掌が去り、手元の荷物を持ってそのまま部屋を出たハンスはホームを一瞥する。
そこここで迎えとの再会を喜ぶ声が聞こえるが、自身に迎えはいないらしい。
ハンスの後を追ってきた知らない女性は、何かを期待する目でホームを眺めていた。
彼女の方を向く老夫婦が見えたが、彼女は彼等を気に留めずに寄り添ってくる。
「都市伝説はやっぱりただの伝説でしたね……残念です」
その言葉がハンスへ向けられたように聞こえて肌が粟立つ。
相槌を打つことも、人違いと諭すことも思い付かずに、足早に彼女の傍を離れた。
到着の頃から終始無言だったハンスが去って、戸惑いのまま残された穂積は、暫し呆然と立ち尽くしていた。
随所にメタリックな装飾を施しながらも古風で豪奢な装いを纏う男性が、空蝉の前に現れた。
「我が王。よくぞ御無事で」
空蝉が膝を突いて頭を垂れる。
彼は一つ頷き、顔を上げるように促すと、忠実なる兵と嘗ての名で空蝉を呼ぶ。
「……其方は自由だ」
自由を知るには、護るという枷1つ外したきりでは足りない。空蝉は彼に尚も命令を求めた。
「其方に心の回路を授けぬ事を悔いるばかりだ」
心有ってこその情動も歓びさえ知れぬのだろうと、彼は空蝉を抱擁して項垂れた。
四人。年や生別の様子から、家族。
誰かを待っていたらしい彼等が手を振る。その姿はフィロの意識には残らない。
フィロは真っ直ぐに彼等の前を通り過ぎていく。
不意の風に煽られて振り返った時、そこには誰もいなくなっていた。
尖晶石の赤い煌めきがミアを見付けて細められた。
水浅葱の髪を長く伸ばした長身の男性。ミアと似た面差しながら穏やかな表情を湛えて、手を差し伸ばす。
「魅朱」
優しい声がそう呼ぶ。
「魅朱」
おいでというように。
手を繋ぐと、待っていたと彼を見上げる。いつも、彼を。大好きな兄を待っていた。
ミアの姿が兄と共に、何処かへ消えた。
知らない人がいる。けれどその人は深守を知っている様子で声を掛けてきた。
「ごめんなさい。僕はあなたを憶えてない」
「阿呆。変な気を遣うな……大樹、楽しく生きているか?」
そんな風に怒る人を知らない。名前を呼んで、そんな風に気遣ってくれるような人の存在は、長くも短くも無い人生に1人もいない。欠けた記憶の中にも無いはずだ。
誰だろうと訝しんでいると、彼女はもう一度、今度は笑って尋ねてきた。
楽しく、生きている。ああ、それならば。
「友達もいるし、楽しく生きてるよ」
自然と笑顔になる。彼女はしっかりと頷き、それなら良いんだと凜々しくも優しい笑顔を深守へ向けた。
乗客を全員降ろして、車掌が笛と旗で合図を送る。
その翻る一瞬の後、列車も駅も消えて。そこには何も無くなっていた。
扉が開く。制帽を目深に被った車掌は、身を縮こまらせるように辞儀をする。こつこつと静かな跫音が近付いて来た。
切符を拝見。
硬い声は、それが男か女かさえ判別の付かないものだった。
鞍馬 真(ka5819)は読み止し本から栞代わりにしていたそれを差し出す。指の先でひらり曲がってしまう薄い切符には、この席を表すインクの擦り切れた文字だけが走り書きにされている。
車掌はそれを暫く眺め、御代は頂戴致しましたか、と尋ねた。
「幸せになること、を」
空虚な洞に悔悟を転がしたような2つの青い眼が真っ直ぐに車掌を見た。制帽の陰る表情は覗えない。
白い手袋が、ぽん、と丸い検印を押す。
滲む青いインクを見ていると、胸の奥、どこか深い場所が凍て付いたような焦燥を感じた。
切符は鞍馬の手へ戻る。
切符を拝見。次の席の客に告げる声がひどく遠くに聞こえた。
車掌は幾つか隔てた空蝉(ka6951)の席へ至る。
背筋を伸ばして瞑目、僅かに口角を上げ、指先1つまで揃えて座す空蝉へ、前の席と全く同じ声が掛かる。
そして、矢張り。差し出された切符を見て御代を尋ねる。
硬質な声が、無感情に、「人を護る」と答えた。
ぽん、と検印が、席表記の末尾に掛かるように押された。
脳裏に青い光りが明滅する。瞬きの間に0と1が断続的に書き換わっていく幻想を見た。
切符を手慰みに、フィロ(ka6966)は流れる景色を目で追っていく。
橙の瞳が困ったように垂れて、誰かを思う。
記述めいた曖昧な記憶、守るべき人がいたはずと言うそれ。
「ご主人様やご家族様に会いたい」
車掌の問いに祈りのように答えると、握りしめた皺の付いた切符に青い検印が押される。
霧の掛かったように一瞬ぼやけた思考は、次の瞬間にはすっと冴えていた。
考え事の途切れたような奇妙な感覚に、返された切符を片付けて外へと目を移した。
回り終えた車掌が後ろの扉から出て行くと、車内にはささやかなざわめきが蘇った。
室内にノックの音が響く。
青い顔をした星野 ハナ(ka5852)が扉を開けると、車掌が1つ辞儀をして、切符を拝見と手を出した。
部屋の記号と切符の記号を比べるように頸を動かし、御代は頂戴致しましたかと硬い声で尋ねた。
「……どれを持って行ってもいいから……」
星野の声が震えた。願うことは多くはない。善きハンターであること、彼氏が欲しい、美味しい料理を誰かの為に。数え上げても両手で足りる。
挙げ連ねる内に検印が押され、青いインクが滲んでいく様を見詰めながら、いつの間にか閉まった扉の前に立ち尽くしていた。
カイ(ka3770)の部屋を車掌が訪ねてくる。同じように切符を求めて、御代を尋ねた。
「シンシアにもう一度会うことだ」
少し荒い声でそう答えた。検印が押される。
世話を焼いていた少女がいた。彼女の名前は思い出せない。娼館にいた、身体の弱かった、断片的な記憶が零れ落ちて、次の瞬間には誰のことを考えていたのかさえ分からなくなる。
来訪者の立てる音に、ミア(ka7035)のフードの耳が揺れる。扉を開けて車掌を見ると、それはぱたりと伏せる。
「独りになりたくない……ニャス」
車掌の問いにそう答え、検印の押された切符を手に、誰もいない部屋を振り返る。不思議なほど寂しさを感じなかった。
一人で過ごすには広い部屋。
案内を斜め読みにしながら、深守・H・大樹(ka7084)は検札を待つ。会いたい人がいる。チャイムの音に扉を開けると、そこには顔を隠すように制帽を被った車掌がいた。
切符を拝見。頷き差し出す。見ていた案内の通りだろうかと、問われる前に告げる。
「恩人に会いたいな」
誰かは知らない。けれど、生きている事への恩義を感じている大切な存在。
ぽん、と検印が押された。インクを滲ませる青の丸い判。
指の隙間を水が零れていくように、誰かを切に求めた熱が消える。
一人旅だけれど奮発して、帰ったら姉に自慢しよう。
カリアナ・ノート(ka3733)は部屋で景色を眺めて寛いでいた。見知らぬ景色は行き先も帰り道さえも曖昧にする。
チャイムの音に答えて車掌に切符を差し出す。車掌の低い声が、御代は頂戴致しましたか、と問う。
思い浮かぶ姿があった。ある尊敬する女性と同じ名前を持つその人。既に亡い、守れなかった人。
「あ、あの……あのね。私、逢いたい人がいて……」
その人に会うことが望み。聞き遂げて検印が押される。尊敬する女性の名前を呼んでみると、不思議と幸せな気持ちになった。
イツキ・ウィオラス(ka6512)は椅子に掛けて瞼を伏せる。会いたい人、と呟いて思い出す顔ぶれは大勢、郷のみんなは元気だろうかと懐かしく微笑んだ。けれど、1番強く思うのは。
車掌が検札に尋ねてきた。
「もう少し機械に詳しくなりたいなんて、想った事は有りましたね」
便利すぎて苦手だからと眉を下げて答える。首を竦めると紫の髪が肩に揺れる。
ぽん、と丸い検印の青いインクが切符に滲む。切符を受け取った手の指を飾るリングが霞むようにその存在感を薄れさせた。
●
車掌の去った個室の1つ、星野が頭から被った毛布を震える手で握り締める隣の部屋。
エステル・ソル(ka3983)は愛猫のバスケットを膝に乗せてにっこりと微笑む。
「スノウさんとのお出かけは久しぶりなのですよ」
蓋を開けると、青い目で見上げてみぃみぃと甘く鳴くはずの猫の姿はそこには無かった。
スノウさん、と思わず声を上げるも、すぐに息を吐いて自分を落ち付かせる。こんな事もあろうかと、猫の首には鈴を飾っている。見付けてみせるのです、と声を上げて耳を澄ます。
「……この鈴の音は……!」
扉の外を通り過ぎた気配に飛び出して、猫を探して電車の中を歩き出した。
西日が鮮やかに窓へと差し込む。
茜色の光りが満たす車内に、ゆらゆらと影が伸びている。
客室でベッドに腰掛け、Gacrux(ka2726)は手帳を開く。1頁ずつ捲り、その紙面を赤く染める夕日に目を眇めた。
狂おしい思いを抱いている。捨て去れたなら、純粋な好意を寄せられたなら。
また1頁読み進む。
「……どの道」
呟きは誰に拾われることもなく消える。
人の心を独占することは不可能だ。分かっていながら求めて苦しむ。手帳を捲る。捲る。
ぱたりと閉じた。人には不要の欲だ。黒い双眸は何も映さず、閉じた手帳をテーブルに載せた。
青いインクに滲んで零れ落ちた衝動を拾うように藻掻いた手をやがて解いて、脱力させる。
願い事と引き替えに。繰り返し思い出されるフレーズに目を伏せた。
ルームウェアに着替えてベッドに転がったミアは夕日にぼんやりと兄の面影を思い出す。
懐かしい幾つもの思い出が浮かぶ度に、くふりと小さく笑う。
迎えに来てくれた優しい声、負んぶしてもらった温かくて頼もしい背中。
「……大好き、ニャス」
枕をぎゅうっと抱き締めて、ごめんね。小さな声が零れた。
夕日はやがて藤色に空を染め変えて、忍び込むような夕闇が訪れる。
●
リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は部屋を出て間弓とプレートの吊された食堂車へと向かう。
木調の壁や行灯の照明にも穏やかな和の装飾がされているが、席はテーブルのようだ。
客席と同じ記号の札が置かれたテーブルへ着くと、紅白の器に盛られた蕪と帆立の先付けが出される。
「初めてだから楽しみ! カフェの新メニューの参考にしようかな」
「私もだ。この、カイセキというのはどんな物が出るんだろうか」
先ずは最初の一品から。透き通った蕪は噛めばじわりと甘く、帆立は口の中で解れるほど柔らかく、出汁の香りが豊かに香った。
美味しい、と、互いに微笑んで箸を置く。
空いた食器が下げられて、すぐに料理が運ばれてくる。
彩りの良い炊き合わせ、陶板の上で食欲をそそる香りを立てる肉と野菜、漆の椀は蓋を開けると可愛らしい飾り切りの野菜に仄かな柑橘の香りが広がる。
舌鼓を打ち、ふと思い浮かぶのは誰かに会えるという都市伝説。
「……この列車かな?」
蓮根を齧り、リューリが車両を眺めた。
「本当の事なのかはわからないよ」
椀を手にアルトは考え込む。
目の前の親友を失っていたら、きっと。会いたい。夢をなくしても話しをしたい、会えるだけでも。そう願うだろう。
「もしアルトちゃんがいなくなってたら、会いたいって思うかも」
リューリが同じ気持ちを言葉にして笑った。
大事な親友、今はいなくなるなんて考えられないけれど。
「……って、しんみりしすぎないでご飯楽しまないと」
淡い色合いの可愛らしい手鞠寿司が乗せられた寿司下駄が置かれる。
花を模したそれはメニューの参考になったのだろうか。アルトは箸先に1つ取ってじっくりと眺めるリューリを見て目を細めた。
ご飯を食べたら景色を見に行こう。リューリの誘いに頷く。
最後に供された夜空の色に星座を飾った琥珀糖を黒文字で切りながら。
もしも、誰かに会いたくてこの列車に乗った人がいるのなら、会えたら良いなとそっと祈る。
優しい甘さが口一杯に広がった。
マリィア・バルデス(ka5848)は食堂車フューネラルへ。ロイヤルブルーを基調とした、落ち付いた内装だが、テーブルフラワーは華やかだ。隣の席との距離は近く、気付いた夜桜 奏音(ka5754)が声を掛けた。
お一人でしょうか、私もです。
「たまには列車の旅もいいかなって」
マリィアが、ええ、と頷く。
「相手の都合が合わなくて一人旅よ。ふふ、でもこういうのも悪くないわね」
前菜もスープも終えて、魚料理が運ばれてくる。ハーブと花弁がふわりと舞う白い皿の中心に、鱸のポワレ。甘酸っぱい飴色のソースと、まろやかな白いソースが飾っている。
「こんな風に列車で食べるのもいいですね」
どちらからにしようと迷いながら、夜桜がフォークを立てて。流れる景色を見る。
柚の香りの爽やかなシャーベットを挟んで、包み焼きの雉が運ばれてきた。
「……あら美味しい。これ、どこの名産なのかしら」
芳ばしいきつね色のパイを開くと肉汁が溢れ、ナイフを避けるように切れる軟らかな肉は少し甘い。
カルヴァドスの香りが強い林檎のジュレに少し酔った気分で、マリィアは展望車へ向かった。
擦れ違う乗客達の様子がどこか危うい。
車内にアナウンスが流れる。
広い川を渡る最中、橋に灯る装飾灯がふっと消えた。
覆い被さる暗闇に飲まれたような圧迫感は、すぐに星明かりの煌めきの眩さに霧散する。
食事時に餌で誘おうとして失敗した愛猫に肩を落として部屋に戻ったエステルが、毛繕いに勤しむ彼女をバスケットの中に発見し、油の匂いを移してきた毛並みにどこに行っていたのですかと、喉を擽ってあやしながら溜息を吐いた頃。
食事を終えて部屋に戻った深守は今度は友人と来たいと寛ぎながら、眺めた景色や食事の味を思い出す。
個室を設けない車両に消灯の時間が迫り、フィロは毛布を被る。腕を覆う純白の武具を撫でて窓の外を眺め、去来する願いにそっと瞼を伏せた。
日のある内は景色を楽しみ、夕食も片付けられて、日が落ちてからも部屋の窓から星空を眺めてはしゃいでいた羊谷 めい(ka0669)が漸く大人しくなって、キヅカ・リク(ka0038)の肩に凭れて柔らかなソファに座る。
ソファから見える広い窓の外、降り注ぐような星が無数に煌めいていた。
2人で過ごした一日の彼是を止め処なく語りながら、楽しかった日の終わりの眠気に瞼を擦る。
もう少し喋りたいのに、瞼はどうしようもなく重い。
「……リクさん……それで、あのね……」
羊谷の声が次第に途切れがちに、すうと静かな寝息に変わる。
「めいちゃん?」
キヅカが囁く声に返事はない。眠ってしまったのかと微笑んで背と膝へ腕を回す。
はしゃいでいたから疲れてしまったのだろうか、今日はずっと笑っていたと寝顔に重ねてその笑顔を思い返し、日頃、頑張りすぎてしまいがちな小さな身体を横抱きにして、揺らさないように、足音さえ立てないようにそっと運んで、ベッドへ静かに横たえる。
片腕を枕代わりに提供すると、寝返りを打った羊谷が抱き付く様に身を委ねてくる。
頬に被さる髪を掬って、寝顔を見詰めた。
幸せな夢を。
囁いてキヅカも目を閉じる。
キヅカの声で朧気に浮上した羊谷の意識がすぐ傍らの体温を知る。
温かい、りくさんだったら嬉しいな、夢現に沿う思いながら、その温もりに頬を擦り寄せて夢の中へ。
●
支度を調えて展望車へ向かったリアリュール(ka2003)は椅子に掛けて空を眺める。
夜空に浮かぶ星が1つ2つと数を増して、夜の闇が深まるほどその煌めきは零れるほどに眩く、空を覆い尽くしていく。
星はそれぞれに音を奏でているという。
空を眺めていれば、今夜はその音が重なり合った美しいメロディーも感じる事が出来そうだ。
それは光りのように透き通った、清廉で伸びやかな。とても愛おしい音だろう。
蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は星空を眺めながら、ある友を思い出していた。
蜜鈴を大切だと言ってくれたひとだ。
「妾は……妾として生きても……生きたいと思うても、よかろう?」
誰にと無く問う。
大切な友を護る。その願いを何かに阻まれていたような、鈍い頭痛のような不快感。
それが何かは思い出せない。思い浮かべる度に星明かりの光りの奔流に飲まれたように思考が途絶える。
愛しく愚かな大勢を失って、大切な誓いが有ったはずだ。届かぬ星へ手を伸ばした。
「いつもは見えないような星まで見えますね」
空の暗さの為だろうか、夜桜が呟いた。ゆったりと星を眺めて、過ごしてきた日々を思い出す。
遠くの星の微かな光に目を細めた。
「会いた人に会えるミステリーツアー、面白い企画ですよね」
穂積 智里(ka6819)がハンスの横顔を見詰めて楽しげに言う。
「会えるといいですね」
ハンス・ラインフェルト(ka6750)が頷く。
寝台列車も、その個室に泊まるのも初めてだと穂積は星空へ視線を移して言う。
星座を見付けた指がハンスの肩を叩いて天井の先を指した。
見えますか、とても綺麗。寄り添い星を眺めるハンスが答えた声が穏やかに染みる。
素敵な時間。と穂積は頬を仄かに赤らめる。温かなブルーの瞳は星ではなく愛おしいパートナーを見詰めて、艶やかな髪を一房掬う。
「でも、それはそれとして。せっかくの旅行なのですから、2人でしっかり楽しみましょう」
2人で。
旅の果てに会えるかも知れない誰かのことを、今は忘れて。
大切な心の支えとなった人を紹介したい。そんな人がきっと待っているのだろうから。
今は、その人との特別な時間を過ごそう。
穂積は細い指をハンスの手に重ねた。
指を絡め、腕を寄せる。
部屋へ、戻りましょう。ハンスの唇が耳に触れた。
テナーが囁く。愛しい人を腕の中へ誘い招いて、閉じ込めるように抱き締めたいと。
マウジー。愛称に小さなリップノイズが重なった。
「……こんなに素敵な旅をハンスさんと出来たのがうれしいです。絶対忘れません」
影を1つに、展望車を音も無く出て行った。
扉の閉ざされた気配に夜桜は椅子からゆっくりと背を起こす。
星の煌めきを遮ることの無い細い月が見えていたが、夜も深まり細い月は沈んでいる。
部屋へ戻ろうと見ると、リアリュールも丁度戻るところらしい。
個室の並ぶ車両までを共にして、おやすみなさい、と軽い会釈を交わして分かれる。
星の奏でる音が優しい夢をもたらすように夜は更けていく。
一人の夜は物寂しく、疲れも溜まっているはずなのに何故か寝付けない。
白藤(ka3768)は夜を回りバーに看板を掛け替えたカフェ車両のカウンターに掛け、琥珀色の液体を満たすグラスを揺らした。既に空いたグラスが1つ2つと並んでいる。
胸に飾る十字架のネックレスを弄ぶ。
墓参りに行かないと。疎遠にしている既に物言わぬ親友を思い出す。
「……甘えたいんやろか」
大切なことを伝えてくれたあの人に。ドアベルの音を聞き、十字架を仕舞う。
食堂車を出たマリィアの足は展望車を抜けてこの車両へ。
シェーカーを振りながら、いらっしゃいと迎えた女性に一杯注文し、窓の見える席へ掛ける。
「こういうリフレッシュも悪くないわね」
星の煌めき、酒の香り。
ここにいて欲しかった人を思いながら、グラスを傾けて目を細める。
ハンターなら仕方の無いこと、目一杯一人旅を楽しむのも悪くない気分だ。
暗い夜を行く列車の窓の外、星屑は流れるように擦れ違っていく。
マリィアの訪いに逸れた目を手元のグラスへ戻し、煽りながらマフラーに隠した十字架を撫でる。
大切にしよう。友人の形見なのだから。ずっと大切に持っていよう。
もう一杯とメニューへ伸ばし掛けた指を留める。流石に過ぎる。
「寝よ」
呟いて、少しだけ温まったからだが冷えない内に部屋へ戻る。
グラスを片手に星を眺めて、程よく酔いと眠気を感じ。マリィアがカフェ車両を出て部屋へ戻った頃。
月も沈みきって、日付も変わり、無人となった展望車にルカ(ka0962)が訪れる。
日のある間中部屋に籠もり、食事も断り橋の灯りが落ちる様を部屋の窓から、あえかな紫の双眸に無為に映して過ごしていた。
ぼんやりと、或いはひどく穏やかに。
車両を行き交う人の気配の失せた頃にするりと抜け出して、跫音さえも密やかに星の下へ。
一人きりの展望室は広く、天井一杯の星空を無言で仰ぐ。こつん、と何某かの足音を聞くまで、そうしていた。
東の空が僅かに白み掛けていた。
●
欠伸を1つ、ベッドの上で背伸びを。名残惜しいけれど、旅の終わりは近い。
リアリュールは夜空を眺めた展望車両へ日の出を見に向かった。
通り抜けた車両の通路に出ていたイツキが、窓から朝の空を眺めている姿があった。
地平線へ広がる畑の端から満ちてくる光りの眩しさに目を細め、無意識に翳した手が銀の髪を梳いた。
んんと小さく唸って羊谷は目を開けた。温かな腕が頭の下に、少し見上げれば、黒い髪を頬に貼り付かせて、優しいブラウンを閉ざして眠る想い人の顔がある。
寝起きの頭は一息に覚醒し、彼の唇へ唇を。煩い程にどきどきと鼓動を高鳴らせて。
「……おはよう……」
優しくそう告げる唇を。その幸せを知っている。一言の挨拶を返せずに目を泳がせた羊谷に、キヅカは首を傾げながら寝乱れた髪を優しく撫でた。
夕食とは逆に、アルトとリューリはフューネラルに設けられた席に着いて、カラフルな温野菜のサラダとコーンポタージュ、ジャムとバターの添えられたトーストの朝食を食べる。
夜の景色も空も綺麗だったと喋りながら楽しい朝食の時間が過ぎる。
柔らかく炊いた白米に酒粕入りの温かな味噌汁、焼き鮭の定食が出された間弓には、夜桜とマリィアの姿があった。
それぞれに朝食を終え、部屋で支度を調えて、少し寛いだ頃に到着を知らせるアナウンスが入った。
ノック音が響く。
御代に間違いが御座いましたようで。明るい朝日の元でも得体の知れない車掌が穂積とハンスの部屋を尋ねてきた。
対応したハンスが、室内に待つ穂積を肩越しに振り返る。
彼女を幸せにしたいという願いが募るばかりだった。
押し直された青い検印。何かを言葉にする前に、列車は止まり全ての扉が開かれた。
●
何か。大切にしていた物が有った気がする。大切にする願いを込めて持っていたもの。
けれどそれは、今手にしているこの髪飾りではない。
ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は形見の髪飾りを机に残して部屋を出て列車を降りた。
ホームには大勢の人がこちらを向いて佇んでいる。
その中にこちらを見詰める2人の姿がある。覚えていなくともその眼差しの温もりを間違いようがない。
ティアンシェの両親が待っていた。スケッチブックを抱えて走る。飾りを欠いた髪を翻し、白い頁に文字を綴る。
『かあさま とうさま』
『ティアは幸せです 逢えて、幸せです』
必死な文字が頁を染める。
覚えていなくても、思い出せなくても、出会えて分かった。すぐに、分かった。
やっと、逢えた。
母親がティアンシェを抱き締め、父親が2人を纏めて抱き締める。
縋りたくなるような温もりに抗い、泣き濡れた目で2人を見詰めた。
『私はまだ、行けません。だから 今はたくさん話しましょう』
スケッチブックを見た2人は優しく微笑んでティアンシェを撫でた。
微笑み手を伸ばす2人を前にルカは黙って佇んでいた。
大切な人達。ルカの両親だ。先に逝ってしまった2人がいずれ平和な世界に生まれて幸せで在るように。
自分に出来ることは何も無い。ただそう在って欲しいと祈るばかりだ。
ふらりと一歩2人の方へと歩き出す。一歩、もう一歩と進んでいく。表情は変わらず、言葉も無く。けれど、その足は次第に速くなっていき、差し出された手に手を伸ばし、両親の元へ辿り着いた。
「Gacruxくん」
ガクルックスの耳に艶やかな声が届く。滑らかに彼を呼ぶ赤い髪に青の瞳のひと。
冷えた空気に吐息が白む。そのひとも少し寒そうに佇んで、ガクルックスを待っているようだ。
指の悴む寒さの中、胸の奥が温かい。
「さあ、行こうか」
そのひとへ手を差し出して、ガクルックスは歩き出した。
素敵な笑顔の女性がカリアナを待っていた。その人にもその人の纏う黒い服にも見覚えは無い。
知らない人だ。
けれど。
足は勝手にその人の方へと走り出していた。
もしかしたら、カリアナを知っている人かも知れない。
久しぶりと行ったその人が名乗ったのは、尊敬する人と同じ名前だったのだから。
親友は相変わらずの姿でそこにいた。
優しく微笑み手招いている。
「白藤ちゃん」
呼ばれると、懐かしさに、それだけでは収まらない寂しさにくしゃりと顔が歪む。
あの日、白藤を庇った親友が、白藤を見詰めて少し困ったような嬉しいような顔で笑っている。
それなら。この命は無駄にせん。心の内に呟く。どうしてか彼女が褒めてくれた声が聞こえた気がした。
少女が佇んでいた。
自分を待っていると、カイには何故か察せられた。
シンシアと名乗った少女は、カイと自身の関わりを話す。その声も言葉も、カイの記憶に留まらず零れていく。
「なんていうか……後悔しない生き方だったか?」
名前すら知らない少女の、壮絶と言える生涯を聞き、それを忘れてしまう前に尋ねた。
少女は笑った。
「後悔はしてない……でもわたし、あなたに酷いことをしたわ。忘れて欲しくなかったの。……さようなら」
酷いこと。それは何かと尋ねようとして躊躇う。きっそれも消えてしまう。
少女が去って、ホームに1人。軽く蟀谷を押さえて頭を振ると、カイは真っ直ぐに歩き始めた。
赤みがかった黒髪が風に揺れる。浅葱色の瞳が蜜鈴を映して優しく微笑んだ。
やはり、と蜜鈴は細い肩を寄せる。気持ちを伏せたまま亡くしてしまった、愛おしい騎士が蜜鈴を待っていた。
「おかえり……さぁ蜜鈴、君は君の在るべき場所へ……もう一度、送り出そう」
騎士は蜜鈴へ手を伸ばす。
「おんしの元へは、未だ還れぬ故のう、天禄」
故に、逢瀬はこの一時だけ。手を重ね、忘れ得ぬ温もりに、頬へ温かな雫が伝い零れる。
腕組みをした女性が鞍馬を睨んでいる。
鞍馬が一歩近付く毎に、眉間の皺が保てなくなり唇を引き結んで、肩を震わせた。
「私の分まで生きて、幸せになってって言ったのに。兄さんは本当に仕方のない人ね」
泣き笑いの顔でそう言った面差しが自分によく似た女性。
霞掛かった記憶は当てに出来ないが、妹だと直観する。
去来する想いが喉に詰まる。言葉にしたくとも、それは叶わなかった。
幸せは、きみに会うために捧げてしまった。君と言葉を交わす幸せも、君に許される幸せも。
ともすれば自分さえ無くしてしまいそうな虚無感に襲われながら、星野は列車を降りた。
ただ1つの目的の為に。
ハンターとして色色なことがあった。懐かしんで未来を思う気持ちはもう無いけれど、その暮らしの中で彼女と出会ったのだから。
「――私、友達になりたかったんだよ」
倒れかかった星野を、少しふらつきながら抱き留めて、少女は額を星野の額に重ねた。友達に元気がなかったら、風邪の心配くらいしませんか、と尋ねながら。
「……あっ」
見付けた父と母の姿に、イツキは呼び掛けそうになった言葉を飲み込む。
懐かしい、嬉しい。ほんの少しでも話したいけれど。とても、会いたいけれど。
ホームに降りた足は2人とは反対の方へと向けて歩き出す。今会うことは許されない。
何も変えられていない今は、まだ。
車掌が去り、手元の荷物を持ってそのまま部屋を出たハンスはホームを一瞥する。
そこここで迎えとの再会を喜ぶ声が聞こえるが、自身に迎えはいないらしい。
ハンスの後を追ってきた知らない女性は、何かを期待する目でホームを眺めていた。
彼女の方を向く老夫婦が見えたが、彼女は彼等を気に留めずに寄り添ってくる。
「都市伝説はやっぱりただの伝説でしたね……残念です」
その言葉がハンスへ向けられたように聞こえて肌が粟立つ。
相槌を打つことも、人違いと諭すことも思い付かずに、足早に彼女の傍を離れた。
到着の頃から終始無言だったハンスが去って、戸惑いのまま残された穂積は、暫し呆然と立ち尽くしていた。
随所にメタリックな装飾を施しながらも古風で豪奢な装いを纏う男性が、空蝉の前に現れた。
「我が王。よくぞ御無事で」
空蝉が膝を突いて頭を垂れる。
彼は一つ頷き、顔を上げるように促すと、忠実なる兵と嘗ての名で空蝉を呼ぶ。
「……其方は自由だ」
自由を知るには、護るという枷1つ外したきりでは足りない。空蝉は彼に尚も命令を求めた。
「其方に心の回路を授けぬ事を悔いるばかりだ」
心有ってこその情動も歓びさえ知れぬのだろうと、彼は空蝉を抱擁して項垂れた。
四人。年や生別の様子から、家族。
誰かを待っていたらしい彼等が手を振る。その姿はフィロの意識には残らない。
フィロは真っ直ぐに彼等の前を通り過ぎていく。
不意の風に煽られて振り返った時、そこには誰もいなくなっていた。
尖晶石の赤い煌めきがミアを見付けて細められた。
水浅葱の髪を長く伸ばした長身の男性。ミアと似た面差しながら穏やかな表情を湛えて、手を差し伸ばす。
「魅朱」
優しい声がそう呼ぶ。
「魅朱」
おいでというように。
手を繋ぐと、待っていたと彼を見上げる。いつも、彼を。大好きな兄を待っていた。
ミアの姿が兄と共に、何処かへ消えた。
知らない人がいる。けれどその人は深守を知っている様子で声を掛けてきた。
「ごめんなさい。僕はあなたを憶えてない」
「阿呆。変な気を遣うな……大樹、楽しく生きているか?」
そんな風に怒る人を知らない。名前を呼んで、そんな風に気遣ってくれるような人の存在は、長くも短くも無い人生に1人もいない。欠けた記憶の中にも無いはずだ。
誰だろうと訝しんでいると、彼女はもう一度、今度は笑って尋ねてきた。
楽しく、生きている。ああ、それならば。
「友達もいるし、楽しく生きてるよ」
自然と笑顔になる。彼女はしっかりと頷き、それなら良いんだと凜々しくも優しい笑顔を深守へ向けた。
乗客を全員降ろして、車掌が笛と旗で合図を送る。
その翻る一瞬の後、列車も駅も消えて。そこには何も無くなっていた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/01/05 23:46:34 |