• 王戦

【王戦】聖導士学校――終わりの始まり

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
5~11人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
6日
締切
2019/01/18 09:00
完成日
2019/01/27 21:13

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●赤点レポート
 年末年始も休みは無かった。
 寄付金への礼状は貴族出身の教師が担当。
 王宮への報告書は王立学校出身教師が法例集片手に必死に仕上げ。
 一段落して生徒の課題にとりかかろうとしたときには日付が変わっていた。
「課業終了だ。つーか出てけ、仕事は置いてけ」
 体格のよい看護婦と聖堂戦士が慣れた手つきで教師達を机から引き剥がす。
 この後、風呂の中で溺れないよう付きそう必要があるので男女に分かれていた。
「マティ……殿、このままでは拙い」
 王宮から医学部扱いされるようになった医療課程の長が、深刻な顔で十代半ばの少女に語りかけた。
「呼び捨てで構いませんよ先生」
 少女助祭は歳の割には体格がよく、どこかの過激派司祭を思わせる落ち着きだ。
 それに頼り甲斐を感じたのだろう。
 教授職にあってもおかしくないキャリアを持ち、実質教授になりつつある男が相談を持ちかける。
「教師連中には生徒達程度の体力もない。もって後2ヶ月。最悪1月で倒れる者がでる」
 助祭の顔に、一瞬だけ安堵の色が浮かんで消えた。
 1月もつなら大丈夫だ。
 2年生は順次卒業していくし、新入生が到着するまで時間がある。
 こっそりと安堵の息を吐こうとしたタイミングで、控えめなノックが入り口から聞こえて来た。
「あのー」
 銀髪エルフの上半身が扉をすり抜け現れる。
 生徒と同じ年齢に見えるが、文字通り桁の違う時間を生きてきた精霊である。
「レポート、持って来たんだけど」
 提出期限は前日であった。
「お預かりしても?」
 マティ助祭が礼儀正しく接しても、カソック姿の精霊は何故だか腰が退けている。
 医学部の長と視線を交わし合うがどちらも心当たりが無い。
「あのっ……おてやわらかに」
 意を決して差し出されたレポートは、遠足の出来事をまとめたものだった。実質的には報告書作成の練習である。
 マティと教授が同時に赤ペンを手にとってから我に返る。
 担当の教師を無視するのはさすがに拙い。
 だから、レポートには直接書き込まずに白紙の紙に添削内容を書き連ねた。
「赤点、なの」
 がくりと項垂れる精霊は非常に可愛らしい。
 もっともその程度で心が動くようではこの学校の職員は勤まらない。
 ちらちら見上げてくる目が潤んでいるのは、後ろ手に隠した目薬の影響なのだ。
「ルル様も人間の生活に慣れましたな」
 にっこりと微笑まれ、丘精霊ルルは下半身も扉を透過させて職員室に入った。
「ぜんぜん慣れないよ。赤点だもん」
 勝手に事務椅子に座って旧式パソコンを起動し、こっそりインストールしていたRPGを起動し遊び始める。
 最近バッテリーの減りが早かったのはこのせいかー、と内心ため息をつく人間2人の耳に、聞き慣れてしまった警鐘の音が届いた。
 マティがトランシーバーに飛びつくと雑音混じりの声が受信される。
「こちら3班です」
「はい、職員室、マティです」
 医者は負傷者受け入れ準備のため医務室へ走っている。
「二個小隊が歪虚の迎撃に向かいました。現在優勢との報告が先程」
「ついに南が動きましたか」
 助祭が奥歯を噛みしめる。
 昨年の末、謎の積乱雲から巨鳥歪虚が現れ南の歪虚多発地帯へ消えた。
 それがついに動き出したのだろう。
「いえ違います。西です。西の隣領に大規模な歪虚が現れたんですっ。今戦っているのは多分先遣隊、敵本体は大戦力です!」
 自らの処理能力を超える事態に直面し、助祭の顔に年齢相応の表情が浮かんだ。

●ただ今昏睡中
 きこえますか……しさいよ……ルルです……今……あなたの心に直接……呼びかけています
 無明の闇に明瞭な意思が届いた瞬間、イコニア・カーナボンは両手を握りしめて嗚咽じみた息を吐いた。
「私は、死んだのですね」
 えっ?
「怨念となり歪虚の核になる気はありません。私自身で始末をつけます」
 ちょっとまってレポートの書き方聞きたいだけだからって呼吸止まってるー! やだー!
 魂ごと激しく揺すられ意識が朦朧とする。
 これでは自分に対しセイクリッドフラッシュを打つこともできない。
 呼吸ふっかつ! おどろかせないでよまったく。あっ、忘れてた。えーとえーと、なんか方向性が違う歪虚が来たらしいの
「……ハンターへ連絡は」
 言いたいことと聞きたいことを飲み込んでたずねる。
 したけどすぐには無理だって。マティに伝言するから何か言って
「何かって、ハンターの皆さん並の無茶を言うようになりましたねルル様」
 精霊と人類の協力は、このように泥縄気味に行われている。


●地図(1文字縦2km横2km)
 abcdefghijkl
あ畑畑畑畑農川畑畑畑畑川川 
い平平平学薬川川川川川川平 平=平地。低木や放棄された畑があります。かなり安全
う□平畑畑畑畑平□平平□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北側に劇場と関連施設あり
え平平平平平平森木墓平□□ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お平□□□果果林平□□□□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫、パン生産設備有
か□□□林平丘林平□□□○ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□□□湿湿林林林□□◇ 果=緩い丘陵。果樹園。柑橘系。休憩所有
く■■□□□林□□□□□◇ 丘=平地。丘有り。精霊のおうち
け○■■□□林□□□□□■ 湿=湿った盆地。安全。精霊の遊び場
こ■■■■■□■■■□□■ 川=平地。川があります。水量は並
さ■■■■■□■■■■■■ 林=平地。祝福された林。歪虚が侵入し辛く、歪虚から攻撃され難い
し■◇■■■■■■■■■■ 木=東西に歩道がある他は林と同じ
す■■◇■■■■■■■■■ 森=辛うじて森と呼べる規模にまで育ちました
せ■◎■■■■■■◎◎■■
そ■■■■■■■■◎◎■■ 墓=平地。遠い昔に悲劇があった場所。墓碑複数有。定期的に掃除
た■■■■■■■■■■■■

□=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
■=未探索地域。基本的に平地。詳しい情報がない場所です
◇=荒野。負のマテリアルによる重度汚染
○=歪虚出現地点
◎=深刻な歪虚出現地点

 た行から南に4~8キロ行くと隣領。領地の境はほぼ無人地帯。闇鳥、目無し烏は出没せず
 地図の南3分の1の地上は、汚染の影響で遠くからは見辛い
 丘から学校にかけて狼煙台あり。学校から北へ街道あり

gえ=木の成長速度が一定に。法人が肥料投入を継続
fさ=周辺、特に南側隣接地域の負マテリアル濃度が高く、fさ自体の負マテリアル濃度も上昇中
fあ=農業ゴーレムが工事中

lか周辺=前回の戦闘の際に状況が判明

aあ=ここから西10キロに多数の歪虚が出現。場所は南とは別の隣領で、一応通過許可は出ています。西隣領は混乱中
 現地は麦畑。中心に誰も建てた覚えの無い真新しい石碑(サイズ2)が建ち、サイズ3浮遊歪虚20体以上が強力な機関銃を装備して守りを固めています


●依頼票
 臨時教師または歪虚討伐
 またはそれに関連する何か

リプレイ本文

 二十数個の金属塊が星座を形取っている。
 リアルブルーにもクリムゾンウェストにも、おそらくエバーグリーンにもこんな星座はない。
 なのに誰もがそれを星座と認識し、受け入れてしまっていた。

●傲慢との開戦
 甲高い鳴き声がイツキ・ウィオラス(ka6512)の心を現実に引き戻す。
「私は、何を」
 古のエルフの慟哭も、歪虚相手に心身を削る司祭の顔も、直前まで全て忘れて星座に見惚れていた。
 息切れしたか細い息が至近から聞こえる。
 雪の様に白いグリフォンから力が抜け、向かい風を受け止めきれずに独楽の如く回り始める。
「リゼルッ」
 呼びかけても反応は無い。
 複雑かつ美麗な響きは今も止まらず、ハンター達の支配せんと音量を増していく。
「大丈夫。一度力を抜いて。翼を半分畳んでしまって」
 本来なら深い知性を感じさせる瞳が濁っている。
 イツキを助けるため叫んだこともお覚えていない。
 それでも主であるイツキの声だけは認識し、朦朧としながら忠実に従おうとする。
「大きく息を吐いて。そう、吐いたらゆっくりと息を吸うの」
 真球に限りなく近い鉄塊を警戒しながら必死に語りかける。
 グリフォンは何度か深呼吸してようやく精神的に復活し、万一再度不調になっても主だけは助かる高度を保つ。
 肥えた土と冬小麦の緑の対比が美しくはあるのだが、イツキ主従に楽しむ余裕はまったくなかった。
「アリアさん?」
 はっとして振り返る。
 誰もいないのに気付いて視線を上に向ける。
 すると、アリア・セリウス(ka6424)が片耳を押さえて考え込んでいるのが見えた。
「助攻の露払いでこの戦力ですか」
 作戦変更を決断する。
 マテリアルを伴う歌でイツキと幻獣達を厳重に防御する。
 効果時間はスキル全てを使い尽くしても数分しかない。
 二十数個の傲慢を砕くにはあまりにも短い。
「イツキ、無理をするわ」
「私が引きつけます」
 アリアの唇が極短時間静止した。
 あれを相手に先陣を切るのは非常に危険だ。
 強度2の状態異常を無力化しても、大きさと重さが脅威になる。
「後ろのことは私に任せなさい」
 だが、今のイツキになら任せることが出来る。
 アリアの鋭敏な聴覚は、イツキの声に焦りも驕りもないことを正確に聞き取っていた。
「はい。行こうリゼル!」
 底の見えない緑の瞳が強い光を放つ。
 滑らかな白い羽は精気とマテリアルで眩しいほどで、地面すれすれを滑るように飛ぶ。
「あれが傲慢」
 真球の形が崩れる。
 下部が溶けて内側から砲が突き出され、どこかで見覚えのある砲口がグリフォンに向いた。
 連続する銃声が戦場の音を塗りつぶす。
 イツキは砲口の向きと銃身の揺れから銃弾の進路を予想。蛇節槍で連続して叩き落とす。
 弾全てを防ぐことは不可能でも、リゼルが耐えられる程度に弱めることはできる。
「歪虚?」
 微かな違和感があった。
 イツキの一番よく知っている歪虚とは、何かが別種といっていいほどに違う。
 空になったポーションがクチバシで放り捨てられる。
 リゼルが己の判断で着地。
 斜め上から降り注ぐ銃弾を、小麦と土を蹴散らしながら軽々回避する。
 イツキの繰り出す槍から群青の光が放たれ、最も低い位置にいた白球の下部を機関銃ごとえぐり取った。
「生気がある」
 瓶が地面で砕けるタイミングで、イツキは違和感の正体に辿り着いた。
 古のエルフが滅んで残った悪感情が核になった闇鳥達とは異なり、この白球は健在なまま歪虚に汚染され歪虚に成り果てた。
 だから、高度技術文明の武力や工夫がそのままイツキに向けられている。
 体積の3分の1を失った元真球が、グリフォンごとイツキを潰そうと慣性制御を用いて迫る。
 当たれば即死の玉を、リゼルは静かに見上げていた。
「でも薄い」
 宝石が埋め込まれた手甲で真下から元真球を殴りつける。
 常識的に考えれば砕けて押しつぶされるだけのはず。
 しかし鍛え抜かれた技とマテリアルは、大重量にも常識外れの硬度にも打ち勝ち真上に吹き飛ばす。
 後続の真球が4つ、慌てて避けて速度を落とした。
「予定より少ないけれど」
 アリアがつぶやくと、傲慢の気配が気圧されたように揺らめいた。
 負マテリアルの量は変わっていないのに、至近に出現した正マテリアルの気配に完全に負けている。
「状態異常発生源を減らさないと危ないものね」
 純白の槍が蒼に変じた。
 命を育む惑星の蒼ではなく、真空に近い高空中の高空の冷たい蒼だ。
 別方向のハンターに向かっていた真球までアリアに向かうが既に遅い。
「両翼のどちらかは仕留めたかったのだけど……ね」
 主戦場から遠く離れたここでは、大精霊の後押しなど僅かなものだ。
 必滅という結果が現実に埋め込まれていく。
 引き替えに膨大なマテリアルが消費されているはずなのに、術者であるアリアは涼しい顔だ。
「消えなさい」
 まず最初に負マテリアルが弾けた。
 結果の反映を妨害していた負の力が消え、アリアの手元からイツキ頭上数メートルまでが星神器により支配される。
 超光速文明の装甲がひび割れる。
 マテリアルへの関与手段を捨てた文明では、大精霊と契約可能な覚醒者の絶技を防ぐことなど出来はしない。
 負に染まったコアユニットもろとも、全ての装甲が意味を失い砕けて散った。
 ワイバーンが安堵の息を吐く。
 主の歌の守りがあるならこの場の歪虚全てを相手にするのも苦ではない。
 しかし、7体の大型歪虚が直線上に並ぶ位置まで進むのはとても疲れた。
 意地でも顔に出す気はないが、気を抜けば墜落しそうな疲労困憊状態だ。
「滑空しなさい。転鈴が続く間に削れるだけ減らすわ」
 アリアが気付いていないふりをしてくれている。
 リタの心が熱を持ち、斜め下からの銃撃をバレルロールで躱しながら一気に距離をつめる。
 進路を邪魔しようと集まる真球は、地上からの青龍翔咬波で妨害あるいは大破を強いられる。
 騎士剣と太刀の斬閃が銀の弧を描き、三撃目の斬撃が第2の範囲攻撃として敵陣を食い破った。

●ゴーレム
 アーメットヘルムの羽根飾りが楽しげに揺れた。
「4年前なら大作戦で相手にする戦力だね~」
 エルフ2人と幻獣2体で食い止めているとはいえ、敵の戦力は異常だ。
 装甲は分厚く、機関銃の威力はCAMの装甲でも打ち抜けるほど。
 通信妨害の能力だけでなく、傲慢の強制という特殊能力もある。
 それが最初は27、今は18。
 強制への対抗手段の残りを考えると有利な戦いとはいえない。
「シュヴァルツェでは……駄目」
 細い腕を伸ばしてフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)がワイバーンに抱きついた。
 ワイバーンの中でもかなりの俊足を誇る黒い竜が、しょぼんとしてあぜ道の上に座り込む。
「我々だけであれば耐えることは出来るでしょうが」
 エステル(ka5826)がため息をついて杖を一振り。
 混乱していたVolcaniusが強く腕を打たれた衝撃で意識を取り戻す。
 なお、大砲は応急の封をされた上でゴーレムの背中に括り付けられている。
 傲慢の強制対策であった。
「あたしはぎりぎりだねー」
 敵1体からの状態異常なら耐えられても敵が17いるとどれかには引っかかる可能性がある。
「あっちは大丈夫だろうけどー」
 強度3でも確実に耐える北谷王子 朝騎(ka5818)が、自分の機体に耳栓をして遊んでいた。
「助けられましたね」
 エルフ2人が北へ飛ぶ。
 白い玉が追いかけていく。
 地上のハンターとVolcaniusは特に隠れてはいないが、まだ距離があるため気付かれていない。
「やる~?」
「やるでちゅか?」
「はい。恐らく、現在王国各地で報告の上がっている傲慢王の関係かと思われます。見逃すわけにはいきません」
 エステルが断言すると、メイム(ka2290)がだよねとうなずき、朝騎が呪詛返しの準備を完了する。
「目標は前方のモニュメント。白球が戻って来るとVolcaniusは戦闘力を失うと思われます。速攻です」
 そして、鈍足で知られるVolcanius3機が全力で駆けだした。
「あたしはアレ歪虚を移動させる転移門にしか見えないけどなー。他所でも調査依頼書出てたし」
 ゴースロン種のアトレーユを3機と並ぶように走らせながら、メイムが大きく息を吸い朗朗と歌いだす。
「鳴り響け、大音響~これより続くは煙火と礫~♪」
 コンバートソウルをさらに強化した霊呪だ。
 複数の効果を複数のユニットにもたらすのだが、この場での最大最高の効果は抵抗の増大だ。
 距離があるなら白球の音に耐えられる能力を、ゴーレム達に与えることに成功する。
「目標の手前4メートル。始めなさい」
 エステルが命令。
 発砲後着弾時に発生した土埃が石碑にかかった瞬間、遠く離れていた白球まで同時に反転した。
「もっと多くの戦力があればと、思ってしまいますね」
 身振りで弾種変更を指示。
 自律自走砲と呼ばれることもあるVolcaniusが、その異名に相応しい射程と威力と効果範囲で石碑を狙う。
 真新しい石碑に子弾が直撃してひびが入った。
「Volcaniusより頑丈ですね」
 ひびの小ささから敵の装甲と耐久力を推測する。
 白い真球が戻ってくるまでに倒しきるのは無理そうだ。
「ホフマン目標石碑、火炎弾装填。撃てー」
 メイムが楽しげに指示を出している。
 練度の高い刻令ゴーレムが動かない目標相手に外す訳がなく、特殊砲弾が発生させた熱が四方八方から石碑を遅う。
「ざんねん~。弾種戻せ~」
 炎に対する耐性を確認して新たな指示を出す。
 こちらに戻ってくる白球の状態異常効果範囲に入ったはずだが問題なく再装填と砲撃を行う。
 エステルによる大いなる祝福が強制を退けているのだ。
「長くはもちません」
 敵の状態異常は近づくほど効く。
 今は20秒もつが少し立てば10秒が限界に。
 敵が集結すればよくて数秒になるだろう。
「時間との勝負でちゅ! エステルさんの言うことよく聞くでちゅよ~!」
 別次元で生きているような言動の朝騎ではあるが、戦闘に関しては常に真剣かつ容赦がない。
 行く手を阻むものがないと判断すると思い切り良く魔導二輪で直進。大量の呪符を撒き散らす。
「いらっしゃい歪虚嫌いの精霊さん。雷系統だと大歓迎するでちゅよっ」
 術の制御を意図的に緩め宙に向かって呼びかける。
 高位の精霊とは異なり戦う力を持たない中小精霊が集結。
 朝騎を呪符を通して正の雷を生み出し石碑に直撃させる。
「頑丈でちゅね~」
 ハンドサインで敵の残り生命力を伝達。
 メイムがサインと白球の位置を見比べ肩をすくめた。
「連続装填指示、弾種:炸裂弾、目標浮遊歪虚軍、撃てー」
 移動最優先の歪虚に小弾の豪雨を浴びせる。
 威力はさほど高くはなく、分厚い装甲にはあまり通じない。
 だが剥き出しの機関銃は別だ。
 猛烈な頻度で撃ち出される炸裂弾が1射撃で1~2の機関銃を歪ませ射撃戦能力を失わせる。
 メイムが貫徹の矢を撃ち込んだ個体など、砲撃により大ダメージを受け移動能力まで失いかけている。
「大砲を捨てなさい」
 命令されたゴーレムが硬直。しぶしぶと砲を取り外す。
 エステルは感情を消した表情で一瞥した後、朝騎を追って馬を走らせた。
「投機的な作戦になってしまいましたが」
 かかっているのはVolcanius3機の命だ。
 今強制されても誤射は起きないとはいえ残り時間は少ない。
 速度が遅く抵抗も低い彼らは、強制によって足止めされ真球の固さと重さで攻められたら確実に破壊される。
「勝つのは私達です」
 光が生じる。
 歪虚を否定する光の波動が石碑の表面を焦がし内側まで燃やし尽くす。
「白玉、闇属性でちたか」
 威力で勝っているはずの朝騎の雷を上回る威力だ。
 複雑な紋様も芸術的な曲線も全て空気に溶けていく。
「最終的には破壊するとしても石碑の調査をしたかったのですが……ままならないですね」
 体積の半分を焼いた後は一瞬だった。
 砕け焼け焦げさらに砕け、数秒で完全に燃焼して何も残さず消え去った。
 その瞬間、強烈な殺意と鉄の豪雨がエステル一人に殺到する。
 豪雨の発生源は10ほど残った機関銃だ。
 収斂進化によりリアルブルーの著名重機関銃と極めて近い形状で、使われている素材の分威力は数割上だ。
 人間1人を殺すには過剰過ぎる火力であると同時に、守護者級の聖導師を仕留めるには貧弱すぎる火力であった。
 白い煙が風で吹き消される。
 透明の盾から数十のライフル弾が滑り落ち、エステルの足下に鉄の小山をつくる。
 若き聖導士はかすり傷ひとつ追っていない。
 可愛いくしゃみが1つだけ響く。
 エステルのダメージは、くしゃみ1回の疲労だけだった。
「同型機は思考を司る部分のみが歪虚だったそうですね」
 近づき光を放つ。
 逃げ遅れた元真球が大精霊の関与のない光に焼かれて消滅する。
「この数ならいけるね~」
 メイムが息継ぎをして歌を続ける。
 状態異常の発生源が10を切ったので強制に引っかかるVolcaniusが激減。
 再度砲を装備し、その長大な射程を活かした砲撃が元真球を襲う。
 それまでユニットの護衛に専念するしかなかったフィーナも攻撃に加わる。
 射程以外はVolcaniusを上回るファイアーボールが低空の歪虚を次々に砕く。
 Volcaniusの戦果も素晴らしい。
 機関銃が無事な個体を炸裂弾に巻き込んで射撃能力を奪っていく。
 銃を喪った歪虚が白兵戦闘をしかけようとしても、エステルが絶望的な壁となりVolcaniusに近づけない。
 序盤の苦闘が嘘のようにあっさりと、最後に残った元真球が破壊された。
「特徴が複数一致しています」
 ほとんど発掘調査の要領で調べたエステルが、少し自信なげに結論を口にした。
 形は真球でも、先日王都を襲ったミュールのような、歪虚が変容して歪虚を転移させてくる門に近い印象だ。
 そのものではないかもしれないが、それを運ぶための先遣隊である可能性も小さくない。
「是非詳しく調べたかったのですが」
「危険物を残すわけにもね~。処分はやっておくね~」
「お願いします」
 メイムが手際よく浄化していくのを横目で見つつ、おっかなびっくりやって来た領主に説明をするエステル。
「今年、大変かも~」
 砲撃と真球の残骸が、複数の麦畑に甚大な被害を与えていた。

●拡大する学校
「ただいま~」
 メイムの挨拶が喧噪で掻き消される。
 聖堂戦士団を荷台から吐き出す大型魔導トラックや近隣から訪れる荷馬車からの音が非常に大きい。
「おぅお帰り」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が気楽に挨拶を返す。
 一番寒い時期なのに体から湯気が上がるほどに熱をもっている。
 メイムは数秒の間、目を瞬かせた。
「遠征に行かなかったの?」
「さすがに準備がな」
 通常型魔導トラックが止まる。
 荷下ろしされる品は多種多様だ。
 高性能のポーションや高性能撮影機器、ハンターや幻獣の体調を整えるための薬や食材まである。
「俺達だけじゃあまるからあんた等も必要なもの取っていってくれ。全員で行ければ良かったんだがな」
「それは同意見ー」
 同時に苦笑する。
 スキルが尽きたまま戦えば予想外の苦境に対処しきれない。
 しかも今回の遠征の目的地はこの地の歪虚の本拠地だ。
 上空から偵察とはいえ、多重の認識阻害を突破するためには地上に近づくしかなく危険度も最大級。
 連戦は危険過ぎた。
「よーし遅れてた連中も集まったな」
 地面に半ばまで埋まった巨大斧を、人差し指と親指だけで引っこ抜く。
 魔斧を肩に担ぐまでも担いでからも全く上半身が揺れないことに気付き、集まった生徒達が驚愕で騒ぎ出す。
「今の王国の状況は分かってんな? お前等に授業できんのも、もしかしたらこれが最後かもしれねぇ」
 ボルディアは頑張って気配を押さえる。
 殺気を出さなくても気配だけで全員圧倒できるほどの実力差がある。
「少し早ぇが、2年には俺からの卒業試験、1年共は進級祝いだ。全員束になってかかってこい! 知らん顔で混じっているお前等もだ!」
「やった」
「ボルディア先生お世話になりまっ!?」
 装甲厚が1センチに達する全身鎧を着込んでいるのに、卒業生はただの蹴りで吹き飛んでいった。
「ただいま。ちょっと間があいただけで空気が様変わりね」
 のんびり眺めていたソナ(ka1352)の足下で、腹に蹴り跡をつけられた全身鎧が器用に起き上がる。
「人数以外は元々こんな感じだった気がしますよ? お久しぶりですソナ先せ」
「余所見をするんじゃねぇ!」
 ボルディアの追撃。
 今度は横回転しながら全身鎧少女入りが吹き飛ぶ。
「回復するまで倒れてろ」
 ソナに目配せする。
 在校生に気付かれないよう話せということだろう。
「よく鍛えましたね」
 遠征があるのでスキルを使う余裕はない。
 だから、医学部がつくった飲み薬を手渡した。
「苦っ」
「無茶をするからです」
 最後に会った時よりかなり強くなっている。
 凄まじい頻度で……ここにいるハンターにとっては普通の頻度でハンター活動をしているのだ。
「目標が先生達ですから。これよく効きますね。王都に戻る前にダース単位で買いたいんですけど」
 ハンターという自営業者である少女助祭が、真剣な顔でソナにたずねた。
「それは……」
 ソナも知りたい。
 以前、植物園から採れる素材を材料に薬をつくって流通させる計画を立てた。
 次々発生するトラブル解決に追い回され直接関われなくなったのだが今はどうなっているのだろう。
「それはねー」
 銀髪カソックエルフが唐突に現れる。
 見た目はフィーナそっくりなのだが、髪の艶と肌色と何より言動が違い過ぎるのでそっくりと認識されることは滅多にない。
「誰この子かわいい」
「みゃー!」
 助祭に捕獲され髪を撫でられる、この地の最高権威であった。
 5分後。
 響いてくるボルディアの怒鳴り声を聞きながら、髪を三つ編みにされた丘精霊が語り出す。
「薬効が安定しないから外に売れないんだよっ」
 えへんと胸を張る。
 助祭は素直に感心し、薬師であるソナは内心頭を抱える。
 そんな薬危なくて使えない。
「だから学校にいる戦士団に使ってもらってるの。ちょっと足りないから植物園をかくちょー、ひろげ、えっと」
 むむむと唸ってぽんと手を打つ。
「いっぱいつくって儲けるんだって!」
「ありがとうございます。だいだい分かりました」
 聖堂戦士団が全て買い上げているため外部に出回らないのだ。
 薬効が安定しないのはまず間違いなくルルの過剰な祝福が原因だ。
 体が頑丈な聖堂戦士に使うなら許容できるのでリスクを承知で使われているのだろう。
「いいなー」
 ハンターな助祭は羨ましそうだ。
 キズナオール君のような謎薬品が普通に使われている業界なので、この種のリスクをリスクと認識出来ていない。
「ソナ! こっち!」
 ルルの顔はすっかり上気して、ソナの手をとって勢いよく振り回す。
 全力で甘えている。
「ルル様、ソナさんは大事な会議があるんですから」
 ユウ(ka6891)が控えめにたしなめる。
 リアルブルーの医学者や王都教育界の重鎮まで来訪している。
 すっぽかすと今後に悪影響が出過ぎてしまう。
 ルルはしょぼんとして、しかし怒りはせずまっすぐにソナを見上げた。
「分かった。ソナがんばって。私はユウと丘にいるね!」
 精霊とドラグーンが空色のワイバーンに向かう。
 すっかりと大きくなったルルの背中を、ソナが優しい瞳で見つめていた。

●領地経営
「医学部の新設が決まりました」
 見た目十代半ば、実年齢十代前半の助祭がそれだけ言って腹を押さえた。
 胃薬に伸ばす手が震えている。
「大変結構!」
 宵待 サクラ(ka5561)を見て震えが大きくなった。
「隣領の件だけど、予想通り無事討伐しても霧散せず機械部分が残ったんだよね。麦畑も砲撃のあおりで綺麗さっぱり」
「その話は社長に持っていって下さい!」
「これ社長と副社長の委任状。この予算までなら出してもいいって。信頼されてるね?」
 メイムが微笑む。
 助祭マティの顔色が化粧で隠せない水準になる。
「あの地図1マス分の種籾を学校が、法人が損しない額で買い上げて隣領に相場で譲れる様にして欲しいの」
 ご近所との関係は大事だしねと補足する。
「一時損することになっても、法人が巻き込まれる騒動と被害は減るんじゃないかな」
「最終的に隣領の面倒をみることになる気がします……」
 マティの目はほとんど死んでいた。
「責任は私とイコちゃんにある。倒れる前のイコちゃんもそう言ってたよね」
 サクラがにっこり。
 助祭が最後に残った気力をかき集め、もう一度だけ見当した上で自分の意思で許可を出した。
「うん、次の案件いこう」
「やだー」
 涙目首をふるマティ。
「やだー」
 真似をして首をふる色違いルル。
 イェジドの二十四郎が、警護を続けながら呆れた視線を1人と1柱に向けた。
「一息いれよー」
 メイムがティータイムの準備をする。
 茶も菓子も備え付けの品だ。
 質は悪くは無いが、メイムが持ち込んだプリンと比べると一段落ちる。
「1つはイコニアさんに」
 2つ受け取ったルルが任せてとうなずく。
 ベッドで昏睡状態の司祭を禍々しくすらあるマテリアルが包み、薄くリップクリームが塗られた唇が作り物じみて開く。
「ひぃっ」
 マティが後ずさる。
 客観的にみてホラー映画じみている。
「えい」
 ルルは銀の小さじでプリンを掬ってイコニアの口の中へ突っ込む。
 この地で最大の精霊がしているのに、清らかさも神聖さも全く無い単なる作業であった。
「イコちゃんも人間離れしてきたね」
「しさいは最初からこんな感じだと思うよー。残りはマティが食べていいって。いらないなら私が食べるよ?」
 ルルの視線はプリンに固定されたままだ。
 ハンター達の教育により良い子に育ったので、イコニアの声が自分にしか届かなくても嘘は言わない。
「イコニアさんの先祖にエルフが居るっぽい?」
 ベッドを照らすマテリアルを見下ろしメイムがつぶやく。
「そこまでは読み取れないよー……家系図にエルフはいないって。家系ロンダリング? が普通にあるから自信ないとも言ってるよ」
 サクラが困惑する。
 激務から解放されたせいかイコニアの口が軽くなっている。
 マティは必死に耳を塞ごうとして完全に失敗していた。
「そんなことをしても無駄だよ。100抱えている機密が1増えても立場は変わらない」
 サクラの言葉は事実であり、マティは相変わらずの死んだ目でプリンをやけ食いする。
「聴講生も入学希望者も増えてるよね」
 持ち出し厳禁の書類を平然とめくる。
「どんなに熱意があろうと、人を使い潰したらもう次の人は来なくなる。今が決断の時だよ、マティ助祭?」
「これ以上の拡張は王宮を刺激しすぎると思いますが」
「今のはいい感じだよ。牽制になってるね」
 サクラには通じない。
「でもね。どんなに熱意があろうと、人を使い潰したらもう次の人は来なくなる。土台が崩れたら終わりだよ」
 だからあらゆるコネを使って教師という人材を集めるのだ。
「子供達を教え導く熱意のある教師急募。熱意も技術もある、まだ何者にも染まっていない聖堂戦士を直接教え導いてみませんか。歪虚に怯えぬ方、学内の同僚とは仲良くできる方に限ります、ってね」
 言葉だけなら誇大妄想だ。
 しかし、この学校で育ち各所で活躍する卒業生を見れば説得力を感じるしかない。
「今が決断の時だよ、マティ助祭?」
「イコニア司祭は、どうやってあなたを制御していたんでしょう」
 助祭は肩を落として了承の意を示す。
「殴り合ったりたまに斬り合ったり?」
 青春の決闘を懐かしく思い出す。
「そんなことより今は教師集めだ。子供達の就職先の斡旋は要るんだ。せいぜい高く、コネ候補には生徒を青田刈りして貰おう」
 イコニアが動けない今、サクラの影響力が急激に増していた。
 ノックの音が響いた瞬間空気が激変する。
 生臭い政治の気配は消え、若い女性と精霊だけがいる華やかな空間に戻る。
「どうぞー」
「お邪魔します」
 爽やかな青年が顔を出す。
 マティは純粋な好意を向け、以前からカイン・A・A・マッコール(ka5336)を知っているサクラは微笑ましいものを見る態度だ。
「ここにイコニアさん向けに栄養価が高くて簡単に作ることができる食事類を纏めておきました」
 かなり大きな袋を床に下ろすと、見た目以上に重い音が響く。
 かすかな暖かさは感じるが臭いは0に近い。
 余程気を遣って封をしているのだろう。
「俺が戻ってこなかったときに使ってください、戻って来られたら取りに来ます」
 立ち去る様も涼しげで、マティはカインが去った直後から嫉妬混じりの視線を上司に向けた。
「本当にイコちゃんを思い出すねー」
 イコニアはマティの戦士向き骨格と筋肉の育ち易さに嫉妬していた。
 多分、今のマティよりも嫉妬の程度は酷い。
「あの」
「半々かな」
 マティが疑問を口にする前に返答する。
「イコちゃん結婚に憧れはあるけど見合い派だからねぇ、カインさんは上手に距離を詰めてるけど良くて成功率5割じゃない? このままだと」
 最終的に5割。現時点で2割という所だ。
「私、頑張ります」
 助祭の口元が、笑みの形に歪んでいた。

●丘
 久しぶりの丘は光に満ちていた。
 物理的な明るさは以前と同様。
 霊的な視覚に切り替えると、力強さと柔らかさを兼ね備えたマテリアルが緩やかに漂っている。
 淡い桜色の光が頭を下げるような雰囲気でソナに対して明滅した。
「ようこそ!」
 薄い胸を得意気に張るルル。
 胸元からパン屑が零れ、けふぅと甘いげっぷが出る。
 そよ風が菓子パンの包装を転がす。
 儀式途中の女性徒が、慣れた手つきで紙製包装を回収して儀式の続きに取りかかった。
「ルル様。お話の前に」
 ソナのお説教は、半時間ほどかかった。
「おいしー」
 ルルがチョコレートに齧り付いて満面の笑みを浮かべる。
 種々の花弁や葉、木の実を象った小粒のチョコレートを吹き寄せのように詰め合わせた、高度な技術と膨大な手間暇を費やした一品だ。
 花や葉は薄く、木の実は丸っこく。
 花には果汁、葉は紅茶の茶葉、木の実にはナッツのペーストが練り込まれ、しかし王都の富裕市民や有力貴族向けではなくルルの味覚にあうよう調整されている。
 桜色の燐光がルルの鼻先を撫でた。
「ちょっとだけだよー」
 ルルが器用に一部をちぎると、その破片がゆっくりと気配とマテリアルを失っていく。
「えっとなんの話だっけ」
「はい。あちらは見える形で意思を返しかえしてきたわけですし、ルル様の願いに何か変化があったのかなと」
 丘全体の気配が凍り付く。
 異常に気づいた生徒が慌て出す。
「私たちに精霊様が見えて声をきけるのも普通ではありません。密に関わって解決しないといけないことがあるのでしょう」
「普通じゃ無いのはソナ達だと思う」
 大精霊と契約可能な、または既に契約した覚醒者が大勢集まるのは普通ではない。
「神霊樹ライブラリの記憶に過ぎないとはいえ、見知らぬ私にすら頼って……。ようよう逃げ込んだ先ではもっと辛いことがあったはずなのです。でも、恨みを返すだけなら」
「みんな」
 わずかに残った傑作チョコを桜の精に下げ渡す。
「みんないいひとたちだったんだ。学校のみんなみたいに」
 ルルの顔には怒りも憎しみもなく、哀しみだけがあった。
「ルル様、あの白い鳥の歪虚と今まで見た歪虚との違いを何か感じませんでしたか?」
 ユウの態度はソナとは大きく異なる。
 西方のエルフと龍と共に生きていたドラグーンでは一致する部分の方が少ない。
「あの子は……」
 ルルがきょろきょろする。
 説教のときと同じく、生徒からの視線がないのを何度も確かめてから改めてハンターに向き直る。
「あの子も歪虚で、あの子は……ええっと」
 自分の考えに当てはまる単語が見つからない。
「繋げちゃだめ?」
 交渉用の媚びた上目遣いではなく、一地方を司る精霊としての目つきだった。
「光栄ですけど濫用しちゃ駄目ですよ。それに私と繋がるとルル様が龍の属性になってしまうような」
 秘儀や神秘に触れているのにユウは平然としている。
 ドラグーンである彼女にとっては、龍も精霊も身近なものだ。
「ユウは青龍さんの子だもんねー。どうしよう」
「いえ、だいたい分かった気がします。ルル様にとってはあの白い鳥も闇鳥と同じ分類……なのでしょうか」
 悩むルルを見て語尾が弱くなる。
「ほんとは駄目なんだけどね。歪虚でも、みんなの子供だから」
 誰も何も言えず、冷たく澄んだ風が精霊と覚醒者を冷やす。
「伝えて欲しい言伝があれば」
 ユウが正面から提案する。
 ルルは顔を輝かせ、けれどすぐに俯き軽く首を振る。
「無事に戻ってきて」
「はい!」
 ユウの元気な笑顔を見て、ルルの顔にもうっすらとではあるが笑顔が戻った。
 丘が遠くに見える狼煙台で、カインがワイバーンを撫でている。
「こうやって行動するは初めてで僕達は即席のバディだけど」
 戦いが近い。
「無事に帰りたい、会いたいというかずっと一緒居たい女性がいる、こんな事を頼むのは悪いが……助けてほしい」
 分厚い肉を食い終えたワイバーンが、無言で背中の鞍を示した。

●灰色に
 ワイバーンが吼え小さな鳥型歪虚を十数羽焼き尽くす。
 地表からの高密度ブレスを躱しながらなので息を吸う暇もない。
 魔剣「バルムンク」が鋭い呼気と共に振るわれる。
 兜の後ろから伸びる黒髪が冬の陽光を反射。きらりと光って剣閃を彩った。
「噂の透明歪虚ですか」
 ユウは透明な足場を創って宙を跳ぶ。
 空中騎兵1騎ではなく空を駆ける強者による連携防御だ。
 しかし敵は数で勝る。
 肌が粟立つよう殺気が、恐るべき速度と小回りでユウとクウの連携を断とうとしていた。
「シャルラッハ!」
 ボルディアが指示を出してもワイバーンの動きは間に合わない。
 これまで雑魚の代名詞であった目無し烏が、1個の隊としてユウとクウを包み込もうとした。
「友人が死ぬとあの人が笑顔で泣くからな」
 新たなワイバーンが無理矢理に乱入する。
 背に乗る全身鎧を盾の如く振り回す。
 禍々しい全身鎧が、長く伸ばしたマテリアル刃で闇鳥の中に潜む不定形歪虚を焼き尽くした。
 クウが歪虚と歪虚の間をすり抜けユウと合流する。
 空中専用スキルがそろそろ尽きるところだったので、実は非常に危険な状況だった。
「撮影機器を壊されましたっ」
 ユウが向かい風に負けない声で報告する。
 自分で持ち込んだ魔導カメラと魔導スマートフォンはまだ無事だが、地表を覆う大量の負マテリアルを貫くほどの性能はない。
「撤退するか?」
 全身鎧がもたらす痛みに眉をしかめながら、カインは意識して冷静さを保って提案する。
 歪虚に対する殺意は押さえられないが、それ以上に優先する感情と思考が冷静さを維持する。
「悪ぃ、もうちょっとだけ待ってくれ」
 傷だけで使えなくなった機器を放り捨て、ボルディアが軍用双眼鏡を目に当てる。
 裸眼の時点で凄まじい性能を誇る眼球だ。
 軍用品の力を借りることで、認識阻害の効果を持つ負マテリアルに邪魔されながら情報を拾い上げる。
「いやがるな。あの格の歪虚にとっちゃ近距離のはずだが余裕ぶってやがる」
 闇鳥とは形も大きさも異なる歪虚が真下にいる。
 距離は約200メートル。
 学校近くでなら毛穴の数を数えられる距離なのに、今は輪郭を捉え続けるのも難しい。
 だがそれで十分だ。
 最も重要な情報は手に入った。
「ひでぇ色になってやがる」
 既に白鳥ではない。
 白に黒が混じってしかし灰色には成りきれない、溶けかけの雪を思わせる無残な色合いだ。
 本体が元気なのが惨さを強調している。
「害を与えるつもりはねぇ。俺はお前等と話がしてぇンだ」
 腹の底から声を出す。
 風と負マテリアルが邪魔をしても届いているはずだ。
 相手に聞き届ける理由はないのは分かっているが、短いながらこの地に関わった者として、闘いの中でとはいえ彼等と長く付き合った者として、ケジメをつけるためにこの場まで来た。
 返事は無造作な反撃だった。
「躱さず防げぇ!!」
 ボルディアが咆哮する。
 叫びながら無理矢理に体を捻って魔斧を盾にする。
 守るのは相棒の翼と上半身。
 下で負の気配が膨れあがり、認識阻害の幕が複数箇所破れて負のブレスが現れる。
 舌打ちを1つ。
 巨大な広範囲ブレスが1つと見慣れた闇鳥ブレスが40近く。
 それぞれ距離が近いどころかほとんど触れ合っていて、躱しても全く意味が無い。
 相棒の盾として使った鎧に負の力が浸透する。
 内臓に痛みまで感じているのに、ボルディアに恐れはなく不快感だけがある。
「雑な攻撃しやがって」
 闇鳥が抱いていた煮えたぎる憎悪も、知性ある透明歪虚が抱いていた葛藤も、目無し鴉が持っていた動物要素もない。
 強い力を得た子供が得意になって振り回すような、技術的にも精神的にも雑な攻撃だ。
「俺が引きつける。退け!」
 カインが高度を下げスキルを使う。
 霊的に少し目立つだけの簡単な術だ。
 そしてそれで十分。
 能力だけは高くけれど知識も知性も貧弱な巨大鳥は凄まじく簡単に引っかかる。
 ブレスの焦点が予想以上の速さでカインに向かった。
「急いでっ。強い気配が集まって来ます!」
 ユウとクウが、退路を断ちに着た目無し鳥隊を蹴散らしていく。
 だが地上で集結してくる歪虚の方が多くしかも数が多い。
 これ以上負マテリアルブレスが増えるとカインももたない。
「闇鳥っ」
 ドラグーンアーマーから伸びる手足が純白の鱗に覆い尽くされる。
 ユウの眼窩から霊的な光が溢れ、人の眼球のまま龍に近い属性を得る。
「記憶を捨てさせ魂の残滓を火にくべ」
 認識阻害の膜を闇鳥の片翼が突破。
 ユウが反撃を許さず一瞬で斬り飛ばす。
 無理矢理飛んだ闇鳥には既に力はない。受け身もとれずに地面で砕け散るだろう。
「そこまでして私達に勝って何になるっていうんです! 答えなさい!」
 ドラグーンの目が全てを見通す。
 破れた膜の向こう、巨大で汚れた鳥の奥に、若く品の無い笑い顔が見えていた。
 数分後。3頭のワイバーンと1頭のペガサスが格好の中庭に着陸したとき、カインが意識を失いボルディアは心臓が止まりかかっていた。
「守護者が負けてるーっ!?」
 丘妖精ルルの対人間端末2つがユニゾンして叫ぶ。
 同行したソナがフルリカバリーとファーストエイドを駆使しなければ、2人は確実に死んでいた。
「ルルおめぇ、大精霊にコンプ持ちすぎだ。守護者契約が羨ましいのか?」
 相手を傷つけないよう、ボルディアがわざわざ小手を外してからルルの髪をくしゃくしゃにする。
 言わないでね、という目で懇願されて、ボルディアは痛みを堪えてにやりと笑うのだった。

●ある終わり
 陽気に始まり滑稽なイベントと凜々しい展開が繰り返され、物静かで切ない演奏で締めくくられた。
 ソナに招かれ滞在していた老人達が拍手する。
「歌詞は挑戦的だが曲はいい」
「我が校には招けないが私個人が君達のファンだよ。困ったことがあればここに連絡しなさい」
 賛辞や名刺を押しつけ、機嫌良く次の会議に向かって行った。
 アリアが憂鬱な息を吐く。
 それまで笑顔を保っていたエルフバンド全員が絶望の表情を浮かべる。
「脚色が強すぎるわ」
 彼女は、慰霊碑に捧げる為の楽曲作りを依頼している。
 今あるもの、過去にあったもの、ハンターがこの地で関わったものを歌詞や旋律に乗せるという、言うは易く行うは難しの大事業である。
「事実だけ並べると体制批判になりかねないスよぉっ」
 作詞担当が泣いている。
 作曲担当は逃亡の準備を始めている。
「歌い、受け継がれていくウタを、物にしたくはないの?」
 アリアを除く全員が言葉に詰まる。
 音楽家としての野心と初心は捨てられない。
「リーダー、外のひとの事を考慮に入れない奴を1曲仕上げましょう」
「いや俺も外のひとよ? 隠居するまで森に行かない都市エルフよ?」
「社長に恩があるんだから仕方ないでしょう。あんとき雇ってくれなきゃ俺等とっくに死んでます」
「演るだけでもきついんだがなぁ」
 実力派のバンドが、我が身を削って1つの曲に向き合っていた。
 そんな光景を悪意も善意もない瞳が静かに見ている。
「文化でも対抗も困難」
 時間をかければ成果は出る。
 しかし時間がないのだ。
 傲慢の戦力が近隣に出現した以上、ルルが気付かれるのも時間の問題だ。
 学校が譲歩することで王国の力を借りるというのも難しい。
 聖堂戦士団経由で入ってくる情報を総合すると、既に王国戦力の多くが傲慢軍対処のため手一杯だ。
 また、いわゆる良識派との連携もうまくいっていない。
 良識とは個々人や各組織で異なるし、利害も一致しているわけではないからだ。
 フィーナは誰にも伝えず誰も伴わず真新しい森に向かう。
「ごめん」
 無意識に言葉が零れた。
 ルルに言ったら止められるのは分かっている。
 古のエルフの残滓を吸収して己に力にするなど、ハイリターンではあるが超ハイリスクだ。
 丘精霊がフィーナのために育てた森に入り、イコニアの儀式から見て盗んで改良した陣を描いた。
「情報と、力を」
 最後の文字を書き終える。
 冷たい空気が地面から噴き出すように感じるのは錯覚でしかない。
 霊的に鋭敏になったフィーナが、知覚すべきでないものまで知覚してしまっているのだ。
 残滓へ手を伸ばす。
 大勢の生死の積み重ねと歴史がうねりとなってフィーナを翻弄する。
 どれもこの地での記憶だ。
 術に反映させればこの地限定で強い力を震える。
 だが負の影響も強い。他人の憤怒がフィーナの中にある記憶と結びつきを強めていく。
「っ」
 奥歯を噛みしめ叫び声を抑える。
 フィーナが過去してしまったこと、イコニアが手配し今も動き続けていること、今ルルを囲んでいるものに対しても悪感情しか抱けなくなる。
「最悪、でも」
 存在そのものをルルに捧げてしまえば新たな歪虚に変化することはない。
 魂が解けていく異様な感覚に耐えながら、フィーナは遺書代わりの記録を残そうとした。
 暖かなものが両頬に触れた。
 小さな手の平から心身を癒やす熱が伝わってくる。
「ぁ」
 一瞬惚けてしまったことを一生後悔するだろう。
 慌てて顔を上げると、茶目っけ一杯のルルが2柱、熱と引き替えに存在を薄れさせ消えていくところだった。
 今更術を中断しても止まらない。
「ずっと」
「いっしょに」
 伸ばした手は何も掴めず、ルルだったマテリアルが薄れて消える。
 音の無い慟哭が夜明けまで続いた。

●始まり
 精霊の丘に小さな小屋がある。
 一見簡易休憩所に見えるが、最新のソーラーパネルやパソコンが設置されたルルの娯楽部屋だ。
「法術カード。司祭イコニアは聖女イコニアにパワーアップ! 場の歪虚全てに特大デバフだよ」
「甘いでちゅ! 朝騎のカードでパンツめくり発動!」
「くっ……ぱんつは……しましまっ」
「効果1発動。お色気司祭に強制ジョブチェンジでデバフ無効でちゅ!」
 肖像権と機密も盛大に無視したカードゲームである。
 精霊や守護者級覚醒者で無ければ見ただけで闇から闇に葬られるかもしれないネタ満載であり、プレイするだけで古エルフの悲劇も聖堂教会の暗部も理解できてしまう危険物だ。
「みゃー!」
「ダイレクトアタックで勝利でちゅ」
「また勝ち越されたー」
 机に突っ伏すのは小柄な朝騎だ。
 4~5歳程度にしか見えず、朝騎が大人びた化粧をすれば親子に見えるかもしれない。
「あっ、やべっ、テストプレイに夢中で忘れてたでちゅ」
 極自然におでこをこつんとあわせる。
「ルルしゃんも大変でちゅねー」
 そう。小さい朝騎はルルである。
 力を増した丘精霊は、フィーナに存在と力の一部を分け与えても滅んだりしない。
 さすがに消耗はするので対人間端末を維持できず復活に4時間かかった。
「そうだけど他にも大変なこといっぱいだし。これ売るんでしょ?」
 唐突に、入り口の分厚い扉が外側から蹴り砕かれた。
 すらりとした健康的な足が下ろされる。
 瑞々しい生命力を感じさせる白い肌が艶めかしい。
 精霊に全てを曝け出し、全てを受け入れられ、本来ならそうであった姿にまで育ったフィーナだ。
「どしたのフィーっ」
 数歩で間合を詰められ抱きしめられる。
 たすけてと言っても拘束は緩まず、頬に感じるフィーナの涙が罪悪感を刺激する。
「心配させた分はちゃんと謝るでちゅよ」
 ルルが調子に乗って感動的な別れを演出したのが原因だ。ルルと仲の良い朝騎でも弁護出来ない。
 朝騎は携帯コンロを戸棚から取り出し、暖かい飲み物の準備を始めた。
「どう思うでちゅ?」
『高位魔術師であるフィーナさんであれば、元に戻ることもこの土地にいるときだけあの姿になることも自由に選べるでしょう』
「回答ありがとでちゅよ」
『いえいえ。今の私は瞑想しかやることがないのでいつでもどうぞ』
「イコニアさんも頑張るでちゅよ」
『えっ?』
 精霊を介したテレパシーが唐突に途切れる。
 扉が壊れたままの入り口に、息をはずませるサクラが立っていた。
「お願いがあるんだ」
 毛布に包んだイコニアを抱え、ぎらつく目で丘精霊を観る。
 フィーナはルルを離さない。
 自分に非があるので振り解いたり透過する訳にもいかず、ルルはされるがまま聞いている。
「リアルブルーには命の蝋燭って童話があるんだ。人の形を変え精神にも干渉できるルルの本質なら、絶対同じことができるよね」
 問いではなく確認だ。
 サクラは聖導士学校の参加にある人材を自由に動かせる。
 ルルの領域で勝手に儀式をするのも可能なのだ。予め了承を得る分、精霊に配慮しているともいえる。
「即死じゃなきゃ生命力全とっかえでもOKだ。起きてこないイコちゃんに拒否権なんてない」
『何が起こっているんです? 体と感覚が繋がらないんですけど、ねぇっ』
 ルルはイコニアのテレパシーを聞き流す。
 気合いを入れ直し、本体との繋がりを強める。
「覚醒者サクラよ」
 質の異なるマテリアルが渦を巻く。
 淡い金に染まった髪が揺れ、人間ではあり得ない深い瞳がサクラを捉える。
「あなたの要請に、応じます」
 サクラから力が抜ける。
 意識も急速に薄れ、イコニアが朝騎に回収されたのにも気付けなかった。

●イコニア
「だーかーらー、英雄や奸雄や聖女が2桁集まるってどういうことなのっ」
 カフェラテをがぶ飲みしてくだを巻いているのは5歳児姿のルルだ。
 中身は成長したままのようで、ちょっと俗っぽくもある。
 声と認識されているのも実際は超高出力テレパシーであり、ハンターでなければ魂が磨り減り脳死に追い込まるだろう。
「なんでエルフのみんなが生きてる間にっ」
 目を潤ませ俯く様は彼女に似ていて、カインは自然に口元を綻ばせる。
 もう1杯用意してからベッドの側に立つ。
 司祭は相変わらず寝たままで、しかし呼吸は以前よりも力強い。
「ったく、寝っぱなしだと、風呂にも入れないから臭くなるし、筋肉が固まるし床ずれ起こすぞ」
 一度脈を確かめてから腕をシーツの下に戻す。
「俺はあんたともっと話をしたいし紅茶とかコーヒとか紅茶とか淹れたいしサンドイッチを作りたいし、あの紅茶も呑みたい、僕はもっと貴方の笑顔が見たいし、貴方をもっと知りたい」
 丘精霊の視線を感じるが言葉は止まらない。
「でも今はゆっくり休んでまた元気な姿を見せて下さい。」
 カインは二十四郎と警護を交代して外の警備に向かう。
「あの、ルル様?」
 静かに扉が開き、恐る恐るといった様子でイツキが顔を出す。
 テレパシーでイツキを招いたルルは、素知らぬ顔で机に向かって新しい課題にとりかかる。
「私は、彼ら古エルフの心を、少しだけ知りました」
 ベッドの脇に立ってイコニアを見下ろす。
 熱心に面倒を見ていたサクラが倒れたため、イコニアのやつれが隠し切れていない。
「ほんの少し覗いただけで、私自身が壊れてしまいそうなほど」
 強く拳を握る。
 イコニアの前で気を抜くと、破滅的な行動に出てしまいそうだ
 ノックの音が響く。
 ルルが不出来なレポートから顔をあげる。
「私もお見舞いに……」
「どうぞ。私は、済ませましたから」
 イツキはなんとか笑顔を取り繕う。
「はい」
 ユウは戸惑いながら足音を殺してイコニアへ近づく。
「ルル様、イコニアさんに今は焦らずに回復に努めて下さいとお伝えください」
 ルルが目を泳がせた。
 ユウがはっとしてイコニアの唇に耳を近付ける。
 呼吸が意識のあるときのそれに変化した。
「良かった……本当に良かったです」
 ユウが白い手を取る。
 最初は混乱していたがすぐに柔らかに握り返され、緑の目もうっすら開いてユウを見上げてくる。
「心配、したんですよ」
 視線をあわせてくれるのが嬉しい。
 死力を尽くし浄化術を完遂してくれたことへの感謝と、危険に晒してしまった罪悪感が胸に残っているが、以前のような焦りはない。
「ユウさん離れて!」
 イツキがユウを引きはがして背中に庇う。
 漏れ出す殺気だけで肌が粟立つようだ。
「お前は、誰だ」
 禍々しい鎧姿のカインが戻ってくる。
 体の芯にダメージが残っているので体への負担が凄まじく、しかし噴き出す殺気は歪虚に対するものよりさらに濃い。
「あの人をどこにやった!」
「2人とも何を」
 ユウは戸惑う。
 訳が分からない。
 2人がこういう冗談を言うひとでないのは分かっているが、どっきりイベントか何かとしか思えない。
 確かにイコニアは少し凜々しい感じだが、それは好ましい変化ではないだろうか。
「中身が違う。こいつは」
 カインの声が濁る。逆流した血が舌にまとわりついたのだ。
 イコニアが静かに手を伸ばし柔らかな光をうみだす。
 強力な術媒体が手元にないのに、カインの負傷が癒やされ呼吸が安定した。
「イツキさんイエローカードでちゅよ。ルルしゃんの前で殺気をだすのはめっ、でちゅ」
 己の中の殺意に気づき、愕然として槍から手を放すイツキ。
 カインは緊張を解かない。
 ユウは気配が緩んだことに安堵する。
「えっと」
「ルルしゃんは声に出さなくていいでちゅよ」
 でちゅあれだよあれ! 記憶があれしてあれになってるっ。
 朝騎の真の名が呼ばれたり哲学領域の内容数冊分の内容が送りつけられたりしているが要約すればこんな感じだ。
「だいたい分かったでちゅ。イコニアさん? 前世とあわせて半世紀生きてるのにそんな態度なのは恥ずかしいでちゅ。きちんと説明!」
 農業法人から受け取った植木鉢をその場に置く。
 祝福された香木を外部に輸出して大勝利! と提案した朝騎よりルルが盛り上がっていたが残念ながらまともに育たなかった。
「恐ろしい方。……いえ、この言動が駄目なのでしょうね」
 笑い声が以前と違う。
 腹の底から響く、穏やかでありながら自信に満ちた音だ。
「死ぬまで思い出さないはずの記憶を思い出しただけです。サクラさんの要素も混じっていますけどね」
 身振りだけで広域浄化の術を使う。
 範囲も展開速度も以前の数割増しだ。
「聖堂教会司祭イコニアです。これまで以上に皆様を支援します」
 古の時代に修道士が行っていた礼をする。
「よろしくお願いしますね、異世界の勇者様」
 朝騎は重々しくうなずく。
 そして、無言で司祭に歩み寄り、容赦なくイコニアの寝間着を引きずり下ろした。
「へぁっ!?」
 上下とも白であった。
「あ……ぅ」
 心臓が過剰に脈打ち白い肌が薄らと赤くなる。
 精神的衝撃があまりに大きすぎ、過去の亡霊の思考など心の奥底に押し込められていた。
「反応が瑞瑞しくて満足でちゅ」
 むふー、と満足げに息を吐く朝騎であった。

「どこまで狙ってたの?」
「大昔の記憶が蘇ったなら価値観も古くなってぱんつ攻撃に弱いかなと」
 朝騎は罰掃除のモップがけ中だ。
 聖堂教会有力派閥の幹部を辱めてもこれで許される程度には功績を積み重ねている。
「全部狙い通りじゃない」
 ルルは5歳児状態のままPDAをいじっていた。
 ただの中小精霊だった頃なら絶対に手に入らなかった、王国全土の情報が手に取るように分かる。
「前世な司祭が怖がるはずだよ。私をリアルブルー風に染めたのもでちゅだもん」
「偶然でちゅ」
 飄々と答えてモップをバケツへ突っ込む。
「いつ売り出せるでちゅかねぇ」
 朝騎がデザインとカード絵を担当したゲーム、デュエルハンターズ。
 今年末発売を目指して鋭意作業中です。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 18
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • タホ郷に新たな血を
    メイムka2290
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウスka6424

重体一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボンka5336
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラka5561
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

参加者一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    シャルラッハ(ka0796unit005
    ユニット|幻獣
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ディアン(ka1352unit005
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ホフマン
    ホフマン(ka2290unit003
    ユニット|ゴーレム
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    デスラトル
    Death Rattle(ka5336unit022
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5818unit015
    ユニット|ゴーレム
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    リタ
    リタ(ka6424unit005
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    リゼル
    リゼル(ka6512unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/01/17 23:24:48
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/01/16 12:30:39
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2019/01/17 17:45:33