ゲスト
(ka0000)
糖分あんどちょこれーと
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 3日
- 締切
- 2019/02/15 15:00
- 完成日
- 2019/02/20 22:29
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「シュン、済まないが私は依頼を受けようと思うんだ」
「……んあ?」
買い物から戻って来たリッキィの言葉に、シュンは気だるそうに寝転がっていたソファから上半身を起こした。
先日、大きな戦いに参戦したばかりである。少しのんびりしよう、と互いに話していたはずだ。
リッキィが買い物ついでにオフィスに立ち寄ったのは道すがら、近況の確認程度のつもりだったのだが。
「例の夫婦岩を覚えているかい?」
「夫婦岩って……ああ」
とある町、その近くの山の中腹に、寄り添うような形で存在する二つの岩。夫婦円満と恋愛成就のシンボルとして町の観光名所になっているその付近に雑魔が出た、という依頼を過去に二人は受けていた。
「……またなんか出たのか、あそこ」
「まあ、そうと言えばそうなのだが。今回はどうやら歪虚の類の仕業ではないらしい」
依頼文によれば。脅迫があった、というのだ。
『偽りの威光で人を惑わず邪悪な存在に鉄槌を。この月聖なる日に浮かれる愚者どもを生贄に、真実を知らしめる正義の戦いを敢行する』
……と。
その文面から察せられることは。
「要するに、この岩にまじないかけたのに振られた奴が、腹いせにバレンタインデーに願掛けに来た連中にテロしようとしてる?」
「まあ、私もそのように思えるな」
「……ま、なんとなくまた気になるのは分かるけど、よ」
話を聞いて、シュンは疲れた声のトーンを更に一つ下げて、小さく息を零す。
「そりゃ、まあ。効果なんて怪しいもんだよな。こんなのは」
僅かな落胆は、つまり彼もここのまじないを実施したから、だ。
「うーん、まあ、そうだけど、ね」
リッキィは肩を竦める。
「……細かい事情は分からないがしかし、上手くいかないのを何かのせいにして他者に当たり散らすような輩の願いすら叶えるならば、それは逆に邪悪なものだと思うよ」
穏やかな笑顔を向けて、リッキィはシュンに言う。
「願いをかなえる、そんな力があるならば。まずそれは、幸せにするという前提のものであってほしいね」
敵わねえなあと思いながら、シュンはしかし反射的に口を開く。
「いやに肩持つんだな。お前の方がこういうのははっきり信じねえたちじゃねえか」
「まあね。正直なところ、この夫婦岩の効果についてははっきりしないとは思うが──しかし、はっきりと分かっている事実も一つ、ある」
「な、なんだよ……」
「──あの町のパンケーキ屋は、美味い」
強まっていく語尾に身構えたらこれである。思わずシュンはソファの上でずる、と姿勢を崩した。
「というわけであの町が寂れてあのパンケーキ屋が潰れるなどという事態は避けねばならない。更にだ! 私の追加調査によると今月あの店はこの月特別バージョンとしてチョコソースの品も販売するとのことでな! どこかで行こうとは思っていた──これはつまり『それが今だ』そういう事なのだと思う」
「ちょっとまてそんなテロより深刻な声で」
「そういうわけだ済まないシュン……君が止めても私は行くよ……」
「わーったよ、俺も行くよ!」
「……んあ?」
買い物から戻って来たリッキィの言葉に、シュンは気だるそうに寝転がっていたソファから上半身を起こした。
先日、大きな戦いに参戦したばかりである。少しのんびりしよう、と互いに話していたはずだ。
リッキィが買い物ついでにオフィスに立ち寄ったのは道すがら、近況の確認程度のつもりだったのだが。
「例の夫婦岩を覚えているかい?」
「夫婦岩って……ああ」
とある町、その近くの山の中腹に、寄り添うような形で存在する二つの岩。夫婦円満と恋愛成就のシンボルとして町の観光名所になっているその付近に雑魔が出た、という依頼を過去に二人は受けていた。
「……またなんか出たのか、あそこ」
「まあ、そうと言えばそうなのだが。今回はどうやら歪虚の類の仕業ではないらしい」
依頼文によれば。脅迫があった、というのだ。
『偽りの威光で人を惑わず邪悪な存在に鉄槌を。この月聖なる日に浮かれる愚者どもを生贄に、真実を知らしめる正義の戦いを敢行する』
……と。
その文面から察せられることは。
「要するに、この岩にまじないかけたのに振られた奴が、腹いせにバレンタインデーに願掛けに来た連中にテロしようとしてる?」
「まあ、私もそのように思えるな」
「……ま、なんとなくまた気になるのは分かるけど、よ」
話を聞いて、シュンは疲れた声のトーンを更に一つ下げて、小さく息を零す。
「そりゃ、まあ。効果なんて怪しいもんだよな。こんなのは」
僅かな落胆は、つまり彼もここのまじないを実施したから、だ。
「うーん、まあ、そうだけど、ね」
リッキィは肩を竦める。
「……細かい事情は分からないがしかし、上手くいかないのを何かのせいにして他者に当たり散らすような輩の願いすら叶えるならば、それは逆に邪悪なものだと思うよ」
穏やかな笑顔を向けて、リッキィはシュンに言う。
「願いをかなえる、そんな力があるならば。まずそれは、幸せにするという前提のものであってほしいね」
敵わねえなあと思いながら、シュンはしかし反射的に口を開く。
「いやに肩持つんだな。お前の方がこういうのははっきり信じねえたちじゃねえか」
「まあね。正直なところ、この夫婦岩の効果についてははっきりしないとは思うが──しかし、はっきりと分かっている事実も一つ、ある」
「な、なんだよ……」
「──あの町のパンケーキ屋は、美味い」
強まっていく語尾に身構えたらこれである。思わずシュンはソファの上でずる、と姿勢を崩した。
「というわけであの町が寂れてあのパンケーキ屋が潰れるなどという事態は避けねばならない。更にだ! 私の追加調査によると今月あの店はこの月特別バージョンとしてチョコソースの品も販売するとのことでな! どこかで行こうとは思っていた──これはつまり『それが今だ』そういう事なのだと思う」
「ちょっとまてそんなテロより深刻な声で」
「そういうわけだ済まないシュン……君が止めても私は行くよ……」
「わーったよ、俺も行くよ!」
リプレイ本文
「……交通整理というのは、無理がありそうですかね」
メアリ・ロイド(ka6633)は散策の最中、共に歩くリッキィに語りかけた。
前日と今朝。確かめるようにこの町を歩いてみて。それだけでも感じられるものはある。
「まあ早朝……だけど、閑散期、というのは間違いなさそうだね」
リッキィは苦笑して答えた。一般人が巻き込まれないよう、それとなく遠ざけられないか、麓で交通整理を頼もうかと思っていたのだが、整理を頼むほど、この時期に観光客は来ない。
なにせ場所が山の中腹なのだ。寒い。下手をすれば雪が降る。それでもやはり愛に因んだこの日を選ぶ人は選ぶが、ひっきりなしに誰か来るという程多いわけでもないらしい。
「何か、別の人払い方法を考えますか。観光の傷にはならない形で……」
「そうだね。どの道麓には待機している予定だし」
神代 誠一(ka2086)からも似たような事を提案されたとリッキィは言った。不自然な場合、逃走に備えて麓と山頂側に分かれて見張っていて欲しいとも。
そんな話と、それとない雑談を交えながら、確認を兼ねた二人の朝の散策は間もなく終点へとたどり着いた。彼女らが昨日から泊っている宿。扉に手をかけて……──
「となると、やはり『彼ら』が頼りですかね」
メアリはそう呟いて、扉を開いた。
「えっと……似合ってる、かな?」
そこに、清楚な美少女がいた。
後ろに一か所、緩くまとめられた長く伸びる艶やかな黒髪が肩から背中へと降りている。
清潔なブラウス。スカートは赤系だが落ち着いた色合いで、膝下まである丈は慎ましやかさがある。合わせた色合いのブーツにカーディガン、首から肩を緩やかに覆うストールは身体の線を隠していて、控えめな印象を強調しているのに、その服装からも分かる胸元の豊かさが一層男の浪漫を擽るものがある。
かの存在の名は……──鞍馬 真(ka5819)。
だと、不味いので。
「いや、うん似合ってるぞ、シ、シンディ」
変装用に彼らが付けたその名を口にしてみて、誠一は耐え切れないようにブフ、と噴き出す。
Gacrux(ka2726)はと言えば、割と真面目な表情で見つめていた。
「真くんの女装は生で初めて見ますが……いやはや、普段の様子のギャップも相まって驚きが隠せませんね。本当に女性と見分けが付きませんよ」
真くんも体を張ってくれていますし、せっかくなのでイベントの空気を楽しんで調査しますかねえと思いながらGacruxはしみじみと感想を漏らす。
そう、つまり囮作戦。そういう役割分担だった。何故そうなった? 隠密や奇襲能力、あるいは夫婦岩への襲撃に対する防衛能力などを鑑みての役割分担上そうなったのである。決して敢えて女装が見たかっただけでもしたかったわけでもない。多分。
「依頼のためだし堂々とやるよ、今日の私はシンディだ!」
そうしてGacruxの言葉に真が声を張り上げて返した。
真っ先に反応を返したのはやはり誠一の腹筋だった。
「寒っみぃ」
問題の夫婦岩の付近で待機して暫し、誠一は呟いていた。
シュン、メアリと共に早めに出発し、警戒を開始している。手はず通りシュンは山頂へと向かう道で待機し、メアリは付近に身を潜めている。誠一は、一人で居ても怪しまれないよう、清掃に来た地元住民、といった格好に扮していた。
そうして、まだ誰も来ない麓からの道へと意識を向ける。
……まだ早い時間だ。陽の位置などからそれを認識して余計な力を抜く。
Gacruxが改めて確認した脅迫状から改めてわかることは少なかった。書きなぐったような乱雑な文字は一人の手によるものに思えた。血判の類もない。だからと言ってそれが単独犯であるかを保証してくれるわけでもない──ただの悪戯では無いということも。
厄介な話だ。何も起こらなければいいのに、何か起こってくれなければ安心は出来ない。誰にも被害は出て欲しくはないが、犯人は出てきて欲しい。事件を恐れているのか、望んでいるのか……疑っているのか、信じたいのか。
(後ろめたいことがあれば誰しも視線が自然と泳ぐものだ)
気を逸らし過ぎないよう、やがて来るだろう誰かを待ち構えながらそんな心構えをセットする。そうして……思い出したのはかつての教師生活だった。夏祭の見回り。問題児だらけの生徒達──厄介事は起こしてほしくないのに、大人しすぎると元気なのか心配になる。
──……ああ全く、思い出す。
感傷を振り払おうとしたところで、やってくる気配があった。緊張……は、一瞬で抜ける。なんのことはない、Gacruxと真だった。予定通りだ。不自然に思われない時刻、なるべく早く。他に被害者が出ないようにするために。他に誰も居ないなら、そのままさも今来ました、というような態度で待っていればいい。
夫婦岩が見える位置になって、狙われやすさを意識してだろう、真はより一層恋人らしさを演出するようにGacruxに寄り添っている。腕を絡め身を寄せてくる、その時覚えた感触にGacruxは思わず呟いていた。
「当ててんですか?」
「へ?」
ゆったりした服からも感じる真の胸のボリューム……は、勿論詰物である。だがただの詰物ではなかった。「オオイ・ナル・ヤスラ・ギ」と銘されるそれは、本物と見紛うほどの触感・質感だという。
なおなぜ真が持っているかと言えば、誠一からプレゼントされたからだ。これを。誠一から。真へ。……まあ、これもまた胸がアツくなる友情、ってやつだろうか。
まあつまり、その「見紛うほどの触感」を得てのGacruxの呟きだったのだが、真には当然その感覚は無い。何を言われたのか分からず、本気でキョトン、と目を丸くして──直後、あ、この反応じゃ不味い、と理解する。
「もうヤダっ☆ がっくんてばっ!」
慌てて失策を返上するように、きゅん、とした声と態度でGacruxを突き飛ばす。これで乙女の反応と誤魔化せただろうか……内心ヒヤリとする真だがその声と態度はGacruxの呼吸もヤバくするものがあった。突き飛ばされた衝撃、に見せかけるようにげほんと咳払いして笑い出しかけたのをこらえて、なんとか演技を続ける。
「はは、すみませんねシンディ」
この時誠一は完璧に「駄目だ……まだ笑うな……」の顔になっていた。だめだ、本当に集中しないと認識阻害が維持できないかもしれない──
そんな彼らの必死の戦いは。
目論見通り、何かの引き金を引いていた。
シュパッ。聞こえてきたのはそんな音だ。山道ではない。夫婦岩が置かれた草原、その付近にある山の木々が織りなす繁み、そこから!
向かってくる何かを認識して、Gacruxはとっさに拡張した意識空間へと集中を向ける。空間に拡散していたマテリアルが広げた感覚。その結界に捉えた攻撃を、己に引き寄せて……。
Gacruxの胸元で何かが弾けた。銃弾、ではない。液体が拡散する。鼻を突く香りがあった。薬品? いや、この匂いは、そう……。
理解したのは、馴染みがあった真の方が先だった。
「……醤油?」
醤油の匂いである。Gacruxの胸元を改めて確認すると間違いなくそこに広がるのは醤油のようだった。何となく口元にしょっぱさが広がる。染みていく。服に。色と香りが。徐々に認識するその事実は、確かに甘い気分を粉砕するものだったに違いない。
立ち尽くすGacruxに、真は我に返って行動を開始した。中距離から攻撃されることは意識していた。その為に、物珍しさを装って周囲を確認しながら近付いていた。撃ち込まれた箇所は分かっている。踏み込みの音を立て、引き絞った拳の反動を利用するようにさらに前進、速度を乗せた一撃の向かう先はしかし……目標を見失って空を切る。狙撃と共に移動、やはりこの攻撃は周到に準備されている。
再び音がした。別の角度から、再びGacruxへと狙撃が向かう。銃弾ではないそれは速度が遅く、ハンターであれば見切れるものではあった。が。
(岩は勿論地面とかに染みても厄介ですよねこれ!?)
醤油の香り漂う愛の観光名所は嫌だ。服よりさらに落とすのが厄介そうという想像に、Gacruxは決断して……再びその攻撃に己の身を晒した。
「しょうもない嫌がらせのくせに、目的への手段としては意外と的確な気もするのが腹立ちますね……」
呟く。繁みが揺れる音がした。狙撃手がまた移動したのだろう。怯まぬ様子のGacruxに第三撃が──
「動くな」
放たれる前に。
狙撃手の手に、円筒形をした何かと思われるものが押し当てられていた。
「こちらも手荒な真似はしたく無いのです、が。……いかがしますか」
誠一の声だ。穏やかでまるい声。だがそこに、いつでも容易に潰せるという圧倒的優位さをチラつかせている。
認識阻害から、先回りしての接近。これだけ鮮やかに抑えられたのは理由があった。
前日の夜、Gacruxがこの近辺を捜索していたのだ。主に付近に不審物が見当たらないかの調査だったが、その不審物自体は見つからなかったものの、地面に真新しい、気になる跡があったと共有していた。その意味がこの時点で、一行の中で結びついた、というわけだ。
動けない襲撃者に、メアリが姿を現してロープをもって接近する。観念して襲撃者が両手を上げると、背中の物が離れた感触がした。拘束を受けながら、振り向く。誠一の手には、トランシーバーがあった。向けられていたのは、その柄。
「ブラフ? 心外だなぁ、手持ちを有効活用しただけですよ」
誠一はそうして、にこりと言ってのけたのだった。
「……とりあえずぶちのめしてもいいですか?」
「気持ちは分かるけどいったん落ち着こう?」
男を囲むと、二カ所の醤油の感触にうんざりした様子のGacruxが言って、真が宥める。
「それで……何でこんなことしたんですか」
淡々とした声でメアリが問い質した。
一般人への被害は未然に防げてよかったが、確かに実際のカップルがこんな攻撃受けたらバレンタインの想い出は最悪なものになっただろう。そのまま別れるカップルなど出ようものなら、確かにここの評判は致命的なものになったかもしれない。
「だって……うう……その岩に願って……意を決して告白したのに! あの女ってば『えーそんな青白い男とか無いー。もっと背が高くって逞しくって、男なら頼りがいが無きゃ』とか言って!」
「ええと……それはまあその……気の毒ではありますが」
思わず、少し同情するように誠一が言う。が、誠一の姿を上から下までじろりと睨み据えて、男は更にヒートアップした。
「煩い! お前に何が分かる! どうせ世の中モテるのはお前らみたいなやつなんだあぁ!」
男は、誠一を、Gacruxを、シュンを順番に見てから──そして。
「君もだろ!? どうせだからそいつなんだろ!? 背が低くって筋肉薄いような男は男じゃないって、そう言うんだぁぁ!」
──真に向かって、言った。
「……とりあえずぶちのめしてもいいかな?」
「気持ちは分かりますけどいったん落ち着きましょう?」
なんだろう。色々な意味でこみ上げるやりきれなさに耐えかねた様子の真が言って、Gacruxが宥めた。
はあ、とメアリがため息を吐く。
「ただでさえ物騒な世の中、幸せを願ってやってくる人達の安らぎの場なんですから、それを奪うようなことはしないで下さい」
諭すように言うが、まあこれでこれだけ言って納得しろというのは難しいだろう。
「世の中体格が全てじゃありません。貴方にだっていいところはあるし、それを認めてくれる相手は居ますよ」
「何を根拠にそんな!」
「……。まあその。この醤油鉄砲ですか? 正直中々の出来だと思いますが。その技術力とか」
少し考えて。機導師として思わず思いついたそれを何となく言ってみると、男がそこで少し喜びの顔を浮かべた。
「そ、そうか? うん。復讐を決意して三徹、目指す性能要件を満たしたこれが完成した時は俺も興奮してさあ。その勢いで脅迫状も書き上げて」
「やけに物騒な文面かと思ったらただの徹夜テンション!?」
「熱意と技術の使い方が完全に間違ってる……」
真が叫ぶと、誠一が空を仰ぎながら言った。
結局。勢いの犯行、これ以上の人員も居ないという事で、これ以上の会話は不要と判断し男は引っ立てられていった。
「とげとげした気持ちの時は甘いものでも食べて冷静になると良いですよ」
最後にメアリがそう声をかけたが、とげとげした気分に甘いものは……多分、この場の全員が欲しかったと、思う。
男が縛られたまま立ち上がる。ふと何名かが、思い出したように振り返った。
──恋愛祈願の夫婦岩。
Gacruxは、振りで近づいたときも触れずにいようとしていた。
誠一は一瞬だけ考えて……幸せは自分の手でこそと、背を向ける。
結局近付いていったのは、真とメアリだった。
先に触れたのは真。
願うのは皆の幸せだった。
(メアリさんの恋が実りますように。がっくんが安寧を得られますように。誠一さんやリッキィさん、シュンさんが末永く幸せでありますように)
その祈りが終わると、今度はメアリが近づいていく。
……正調の、恋愛祈願。片方の岩に手を、もう片方の岩に相手の顔を。その時思い浮かべたのは、いつもの片想い相手──ではなく。
「はぁー」
パンケーキ美味しい。
溜息は誰の物だったのだろう。全員重なっていたかもしれない。ナイフを入れればスポンジが弾力を返し、やがてプツン、という手ごたえと共に見える黄色の分厚い断面と芳醇なバターの香り。甘い香りが、優しい味が、疲れた心身にひたすら染みた。
男はどうなるのだろう。未遂と言えば未遂だし、失恋の失意も徹夜の疲れも抜けきったら才能は有るんだし立ち直ってほしいな、などと誠一は思う。罪の重さは分からないが、とりあえずGacruxのクリーニング代と今着替えるためのシャツ代はきっちりせしめた。
それぞれが口に運ぶ、二月のチョコの香るパンケーキ。あるいはベリーがくどすぎないスタンダード。
顔を見合わせ、今日のことを労い合う。しょうもない事件。だけど、やっぱり、防がなければ誰かの心に深い傷を残していたかもしれない一件なのだ。甘い味に一息ついて、まずは自分たち以外に被害者を出さなかった、その事実を改めて認識すると、自然に互いを湛える言葉と笑顔がこぼれ合う。
真はその顔を一つ一つ、見まわした。
……誠一。Gacrux。メアリ。恋愛に限らずそれぞれ、複雑な事情を抱えているのを真は知っている。
(だから、今この時くらいは共に楽しく安らかな時間を過ごしたいな)
そう思った。
何気なく窓の外を見る。ふと、仲の良さそうな二人が腕を組んで店の前を通っていくのが見えた。彼らは夫婦岩に向かうのだろうか。……それを止める必要は、もう無い。
メアリ・ロイド(ka6633)は散策の最中、共に歩くリッキィに語りかけた。
前日と今朝。確かめるようにこの町を歩いてみて。それだけでも感じられるものはある。
「まあ早朝……だけど、閑散期、というのは間違いなさそうだね」
リッキィは苦笑して答えた。一般人が巻き込まれないよう、それとなく遠ざけられないか、麓で交通整理を頼もうかと思っていたのだが、整理を頼むほど、この時期に観光客は来ない。
なにせ場所が山の中腹なのだ。寒い。下手をすれば雪が降る。それでもやはり愛に因んだこの日を選ぶ人は選ぶが、ひっきりなしに誰か来るという程多いわけでもないらしい。
「何か、別の人払い方法を考えますか。観光の傷にはならない形で……」
「そうだね。どの道麓には待機している予定だし」
神代 誠一(ka2086)からも似たような事を提案されたとリッキィは言った。不自然な場合、逃走に備えて麓と山頂側に分かれて見張っていて欲しいとも。
そんな話と、それとない雑談を交えながら、確認を兼ねた二人の朝の散策は間もなく終点へとたどり着いた。彼女らが昨日から泊っている宿。扉に手をかけて……──
「となると、やはり『彼ら』が頼りですかね」
メアリはそう呟いて、扉を開いた。
「えっと……似合ってる、かな?」
そこに、清楚な美少女がいた。
後ろに一か所、緩くまとめられた長く伸びる艶やかな黒髪が肩から背中へと降りている。
清潔なブラウス。スカートは赤系だが落ち着いた色合いで、膝下まである丈は慎ましやかさがある。合わせた色合いのブーツにカーディガン、首から肩を緩やかに覆うストールは身体の線を隠していて、控えめな印象を強調しているのに、その服装からも分かる胸元の豊かさが一層男の浪漫を擽るものがある。
かの存在の名は……──鞍馬 真(ka5819)。
だと、不味いので。
「いや、うん似合ってるぞ、シ、シンディ」
変装用に彼らが付けたその名を口にしてみて、誠一は耐え切れないようにブフ、と噴き出す。
Gacrux(ka2726)はと言えば、割と真面目な表情で見つめていた。
「真くんの女装は生で初めて見ますが……いやはや、普段の様子のギャップも相まって驚きが隠せませんね。本当に女性と見分けが付きませんよ」
真くんも体を張ってくれていますし、せっかくなのでイベントの空気を楽しんで調査しますかねえと思いながらGacruxはしみじみと感想を漏らす。
そう、つまり囮作戦。そういう役割分担だった。何故そうなった? 隠密や奇襲能力、あるいは夫婦岩への襲撃に対する防衛能力などを鑑みての役割分担上そうなったのである。決して敢えて女装が見たかっただけでもしたかったわけでもない。多分。
「依頼のためだし堂々とやるよ、今日の私はシンディだ!」
そうしてGacruxの言葉に真が声を張り上げて返した。
真っ先に反応を返したのはやはり誠一の腹筋だった。
「寒っみぃ」
問題の夫婦岩の付近で待機して暫し、誠一は呟いていた。
シュン、メアリと共に早めに出発し、警戒を開始している。手はず通りシュンは山頂へと向かう道で待機し、メアリは付近に身を潜めている。誠一は、一人で居ても怪しまれないよう、清掃に来た地元住民、といった格好に扮していた。
そうして、まだ誰も来ない麓からの道へと意識を向ける。
……まだ早い時間だ。陽の位置などからそれを認識して余計な力を抜く。
Gacruxが改めて確認した脅迫状から改めてわかることは少なかった。書きなぐったような乱雑な文字は一人の手によるものに思えた。血判の類もない。だからと言ってそれが単独犯であるかを保証してくれるわけでもない──ただの悪戯では無いということも。
厄介な話だ。何も起こらなければいいのに、何か起こってくれなければ安心は出来ない。誰にも被害は出て欲しくはないが、犯人は出てきて欲しい。事件を恐れているのか、望んでいるのか……疑っているのか、信じたいのか。
(後ろめたいことがあれば誰しも視線が自然と泳ぐものだ)
気を逸らし過ぎないよう、やがて来るだろう誰かを待ち構えながらそんな心構えをセットする。そうして……思い出したのはかつての教師生活だった。夏祭の見回り。問題児だらけの生徒達──厄介事は起こしてほしくないのに、大人しすぎると元気なのか心配になる。
──……ああ全く、思い出す。
感傷を振り払おうとしたところで、やってくる気配があった。緊張……は、一瞬で抜ける。なんのことはない、Gacruxと真だった。予定通りだ。不自然に思われない時刻、なるべく早く。他に被害者が出ないようにするために。他に誰も居ないなら、そのままさも今来ました、というような態度で待っていればいい。
夫婦岩が見える位置になって、狙われやすさを意識してだろう、真はより一層恋人らしさを演出するようにGacruxに寄り添っている。腕を絡め身を寄せてくる、その時覚えた感触にGacruxは思わず呟いていた。
「当ててんですか?」
「へ?」
ゆったりした服からも感じる真の胸のボリューム……は、勿論詰物である。だがただの詰物ではなかった。「オオイ・ナル・ヤスラ・ギ」と銘されるそれは、本物と見紛うほどの触感・質感だという。
なおなぜ真が持っているかと言えば、誠一からプレゼントされたからだ。これを。誠一から。真へ。……まあ、これもまた胸がアツくなる友情、ってやつだろうか。
まあつまり、その「見紛うほどの触感」を得てのGacruxの呟きだったのだが、真には当然その感覚は無い。何を言われたのか分からず、本気でキョトン、と目を丸くして──直後、あ、この反応じゃ不味い、と理解する。
「もうヤダっ☆ がっくんてばっ!」
慌てて失策を返上するように、きゅん、とした声と態度でGacruxを突き飛ばす。これで乙女の反応と誤魔化せただろうか……内心ヒヤリとする真だがその声と態度はGacruxの呼吸もヤバくするものがあった。突き飛ばされた衝撃、に見せかけるようにげほんと咳払いして笑い出しかけたのをこらえて、なんとか演技を続ける。
「はは、すみませんねシンディ」
この時誠一は完璧に「駄目だ……まだ笑うな……」の顔になっていた。だめだ、本当に集中しないと認識阻害が維持できないかもしれない──
そんな彼らの必死の戦いは。
目論見通り、何かの引き金を引いていた。
シュパッ。聞こえてきたのはそんな音だ。山道ではない。夫婦岩が置かれた草原、その付近にある山の木々が織りなす繁み、そこから!
向かってくる何かを認識して、Gacruxはとっさに拡張した意識空間へと集中を向ける。空間に拡散していたマテリアルが広げた感覚。その結界に捉えた攻撃を、己に引き寄せて……。
Gacruxの胸元で何かが弾けた。銃弾、ではない。液体が拡散する。鼻を突く香りがあった。薬品? いや、この匂いは、そう……。
理解したのは、馴染みがあった真の方が先だった。
「……醤油?」
醤油の匂いである。Gacruxの胸元を改めて確認すると間違いなくそこに広がるのは醤油のようだった。何となく口元にしょっぱさが広がる。染みていく。服に。色と香りが。徐々に認識するその事実は、確かに甘い気分を粉砕するものだったに違いない。
立ち尽くすGacruxに、真は我に返って行動を開始した。中距離から攻撃されることは意識していた。その為に、物珍しさを装って周囲を確認しながら近付いていた。撃ち込まれた箇所は分かっている。踏み込みの音を立て、引き絞った拳の反動を利用するようにさらに前進、速度を乗せた一撃の向かう先はしかし……目標を見失って空を切る。狙撃と共に移動、やはりこの攻撃は周到に準備されている。
再び音がした。別の角度から、再びGacruxへと狙撃が向かう。銃弾ではないそれは速度が遅く、ハンターであれば見切れるものではあった。が。
(岩は勿論地面とかに染みても厄介ですよねこれ!?)
醤油の香り漂う愛の観光名所は嫌だ。服よりさらに落とすのが厄介そうという想像に、Gacruxは決断して……再びその攻撃に己の身を晒した。
「しょうもない嫌がらせのくせに、目的への手段としては意外と的確な気もするのが腹立ちますね……」
呟く。繁みが揺れる音がした。狙撃手がまた移動したのだろう。怯まぬ様子のGacruxに第三撃が──
「動くな」
放たれる前に。
狙撃手の手に、円筒形をした何かと思われるものが押し当てられていた。
「こちらも手荒な真似はしたく無いのです、が。……いかがしますか」
誠一の声だ。穏やかでまるい声。だがそこに、いつでも容易に潰せるという圧倒的優位さをチラつかせている。
認識阻害から、先回りしての接近。これだけ鮮やかに抑えられたのは理由があった。
前日の夜、Gacruxがこの近辺を捜索していたのだ。主に付近に不審物が見当たらないかの調査だったが、その不審物自体は見つからなかったものの、地面に真新しい、気になる跡があったと共有していた。その意味がこの時点で、一行の中で結びついた、というわけだ。
動けない襲撃者に、メアリが姿を現してロープをもって接近する。観念して襲撃者が両手を上げると、背中の物が離れた感触がした。拘束を受けながら、振り向く。誠一の手には、トランシーバーがあった。向けられていたのは、その柄。
「ブラフ? 心外だなぁ、手持ちを有効活用しただけですよ」
誠一はそうして、にこりと言ってのけたのだった。
「……とりあえずぶちのめしてもいいですか?」
「気持ちは分かるけどいったん落ち着こう?」
男を囲むと、二カ所の醤油の感触にうんざりした様子のGacruxが言って、真が宥める。
「それで……何でこんなことしたんですか」
淡々とした声でメアリが問い質した。
一般人への被害は未然に防げてよかったが、確かに実際のカップルがこんな攻撃受けたらバレンタインの想い出は最悪なものになっただろう。そのまま別れるカップルなど出ようものなら、確かにここの評判は致命的なものになったかもしれない。
「だって……うう……その岩に願って……意を決して告白したのに! あの女ってば『えーそんな青白い男とか無いー。もっと背が高くって逞しくって、男なら頼りがいが無きゃ』とか言って!」
「ええと……それはまあその……気の毒ではありますが」
思わず、少し同情するように誠一が言う。が、誠一の姿を上から下までじろりと睨み据えて、男は更にヒートアップした。
「煩い! お前に何が分かる! どうせ世の中モテるのはお前らみたいなやつなんだあぁ!」
男は、誠一を、Gacruxを、シュンを順番に見てから──そして。
「君もだろ!? どうせだからそいつなんだろ!? 背が低くって筋肉薄いような男は男じゃないって、そう言うんだぁぁ!」
──真に向かって、言った。
「……とりあえずぶちのめしてもいいかな?」
「気持ちは分かりますけどいったん落ち着きましょう?」
なんだろう。色々な意味でこみ上げるやりきれなさに耐えかねた様子の真が言って、Gacruxが宥めた。
はあ、とメアリがため息を吐く。
「ただでさえ物騒な世の中、幸せを願ってやってくる人達の安らぎの場なんですから、それを奪うようなことはしないで下さい」
諭すように言うが、まあこれでこれだけ言って納得しろというのは難しいだろう。
「世の中体格が全てじゃありません。貴方にだっていいところはあるし、それを認めてくれる相手は居ますよ」
「何を根拠にそんな!」
「……。まあその。この醤油鉄砲ですか? 正直中々の出来だと思いますが。その技術力とか」
少し考えて。機導師として思わず思いついたそれを何となく言ってみると、男がそこで少し喜びの顔を浮かべた。
「そ、そうか? うん。復讐を決意して三徹、目指す性能要件を満たしたこれが完成した時は俺も興奮してさあ。その勢いで脅迫状も書き上げて」
「やけに物騒な文面かと思ったらただの徹夜テンション!?」
「熱意と技術の使い方が完全に間違ってる……」
真が叫ぶと、誠一が空を仰ぎながら言った。
結局。勢いの犯行、これ以上の人員も居ないという事で、これ以上の会話は不要と判断し男は引っ立てられていった。
「とげとげした気持ちの時は甘いものでも食べて冷静になると良いですよ」
最後にメアリがそう声をかけたが、とげとげした気分に甘いものは……多分、この場の全員が欲しかったと、思う。
男が縛られたまま立ち上がる。ふと何名かが、思い出したように振り返った。
──恋愛祈願の夫婦岩。
Gacruxは、振りで近づいたときも触れずにいようとしていた。
誠一は一瞬だけ考えて……幸せは自分の手でこそと、背を向ける。
結局近付いていったのは、真とメアリだった。
先に触れたのは真。
願うのは皆の幸せだった。
(メアリさんの恋が実りますように。がっくんが安寧を得られますように。誠一さんやリッキィさん、シュンさんが末永く幸せでありますように)
その祈りが終わると、今度はメアリが近づいていく。
……正調の、恋愛祈願。片方の岩に手を、もう片方の岩に相手の顔を。その時思い浮かべたのは、いつもの片想い相手──ではなく。
「はぁー」
パンケーキ美味しい。
溜息は誰の物だったのだろう。全員重なっていたかもしれない。ナイフを入れればスポンジが弾力を返し、やがてプツン、という手ごたえと共に見える黄色の分厚い断面と芳醇なバターの香り。甘い香りが、優しい味が、疲れた心身にひたすら染みた。
男はどうなるのだろう。未遂と言えば未遂だし、失恋の失意も徹夜の疲れも抜けきったら才能は有るんだし立ち直ってほしいな、などと誠一は思う。罪の重さは分からないが、とりあえずGacruxのクリーニング代と今着替えるためのシャツ代はきっちりせしめた。
それぞれが口に運ぶ、二月のチョコの香るパンケーキ。あるいはベリーがくどすぎないスタンダード。
顔を見合わせ、今日のことを労い合う。しょうもない事件。だけど、やっぱり、防がなければ誰かの心に深い傷を残していたかもしれない一件なのだ。甘い味に一息ついて、まずは自分たち以外に被害者を出さなかった、その事実を改めて認識すると、自然に互いを湛える言葉と笑顔がこぼれ合う。
真はその顔を一つ一つ、見まわした。
……誠一。Gacrux。メアリ。恋愛に限らずそれぞれ、複雑な事情を抱えているのを真は知っている。
(だから、今この時くらいは共に楽しく安らかな時間を過ごしたいな)
そう思った。
何気なく窓の外を見る。ふと、仲の良さそうな二人が腕を組んで店の前を通っていくのが見えた。彼らは夫婦岩に向かうのだろうか。……それを止める必要は、もう無い。
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- 見極めし黒曜の瞳
Gacrux(ka2726)
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パンケーキ食べたい(相談卓) 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/02/15 07:15:52 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/13 02:02:54 |