ゲスト
(ka0000)
【陶曲】祈りの壁画
マスター:風亜智疾
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/03/01 19:00
- 完成日
- 2019/03/05 02:13
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
■
「ビエンナーレ、ですか」
「えぇ」
絵本作家であるヴェロニカ・フェッロ(kz0147)の元へやって来たのは、つばの広い帽子を被った女性。
先日の1日限定喫茶で顔を合わせていたパメラ・カスティリオーネ(kz0045)だった。
「今年から始めるイベントごと、のようなものだと思ってもらえれば間違いはありません」
ヴェロニカが出したハーブティーを飲みつつ上品に微笑み、パメラは言葉を続けた。
「2年に1度行う予定で、今回はその1回目。是非、青年会に所属している我がカンパネラも何かお手伝いを行おうと思いまして」
パメラが主人である商社『カンパネラ』は確か、日用品やら服飾系が得意分野だったのではないだろうか。
ヴェロニカがそう思っていることなど分かり切っている、というように微笑む女主人は、悠々としたものだ。
「今年は是非、1回目として『形に残る何か』を行いたいと、そう考えておりましたら」
貴女を思い出しまして。そう言われて、ヴェロニカは首を傾げた。
「えぇと、それで私に一体何をご依頼ですか?」
自分はしがない絵本作家だ。そう思いつつパメラを見やったヴェロニカに、女主人は笑みを絶やさずこう告げた。
「話は現場を見て頂いてから、でどうでしょう。まもなく馬車が参りますので」
■
「ここは?」
「我が商社の敷地で、主に小さな出店を出される方にお貸しするスペースです」
そこはヴァリオスの新興商店街にある一角。
だいたい幅は5m程度だろうか。奥行きは家1軒分程度の空き地だった。
奥には、何の変哲もない、やや白みがかった1枚の壁。
その1枚の壁の前で、パメラはヴェロニカへと振り返り口を開いた。
「ヴァリオスで開催されるビエンナーレの記念すべき1回目。それに参加し、それを記念として残す」
そのために、ヴェロニカ・フェッロ様。そう言って、女主人はそれはそれは美しく微笑むのだった。
「そこで、この壁を使い『祈り』を題材とした壁画を描いて頂きたいのです」
■
大きな壁というキャンバスと、祈りというテーマを聞いたヴェロニカは考える。
小さくとも、これが芸術のお祭りだというのなら、自分以外も一緒に描く方がいいのではないかと。
だから。
「私と一緒に壁に絵を描きませんか?」
「ビエンナーレ、ですか」
「えぇ」
絵本作家であるヴェロニカ・フェッロ(kz0147)の元へやって来たのは、つばの広い帽子を被った女性。
先日の1日限定喫茶で顔を合わせていたパメラ・カスティリオーネ(kz0045)だった。
「今年から始めるイベントごと、のようなものだと思ってもらえれば間違いはありません」
ヴェロニカが出したハーブティーを飲みつつ上品に微笑み、パメラは言葉を続けた。
「2年に1度行う予定で、今回はその1回目。是非、青年会に所属している我がカンパネラも何かお手伝いを行おうと思いまして」
パメラが主人である商社『カンパネラ』は確か、日用品やら服飾系が得意分野だったのではないだろうか。
ヴェロニカがそう思っていることなど分かり切っている、というように微笑む女主人は、悠々としたものだ。
「今年は是非、1回目として『形に残る何か』を行いたいと、そう考えておりましたら」
貴女を思い出しまして。そう言われて、ヴェロニカは首を傾げた。
「えぇと、それで私に一体何をご依頼ですか?」
自分はしがない絵本作家だ。そう思いつつパメラを見やったヴェロニカに、女主人は笑みを絶やさずこう告げた。
「話は現場を見て頂いてから、でどうでしょう。まもなく馬車が参りますので」
■
「ここは?」
「我が商社の敷地で、主に小さな出店を出される方にお貸しするスペースです」
そこはヴァリオスの新興商店街にある一角。
だいたい幅は5m程度だろうか。奥行きは家1軒分程度の空き地だった。
奥には、何の変哲もない、やや白みがかった1枚の壁。
その1枚の壁の前で、パメラはヴェロニカへと振り返り口を開いた。
「ヴァリオスで開催されるビエンナーレの記念すべき1回目。それに参加し、それを記念として残す」
そのために、ヴェロニカ・フェッロ様。そう言って、女主人はそれはそれは美しく微笑むのだった。
「そこで、この壁を使い『祈り』を題材とした壁画を描いて頂きたいのです」
■
大きな壁というキャンバスと、祈りというテーマを聞いたヴェロニカは考える。
小さくとも、これが芸術のお祭りだというのなら、自分以外も一緒に描く方がいいのではないかと。
だから。
「私と一緒に壁に絵を描きませんか?」
リプレイ本文
■まずは準備を
壁画の前、まるで輪を作るようにして座ったハンターたちを見て、パメラは不思議そうに首を傾げた。
「一体何をご準備されているのですか?」
「あぁ、実は……」
笑みを浮かべつつ対応するクィーロ・ヴェリル(ka4122)の隣で座り込んだ神代 誠一(ka2086)は、鳳城 錬介(ka6053)とメアリ・ロイド(ka6633)、ヴェロニカと一緒にスタンプ作りを続けている。
絵を描くことには慣れているが、彫刻とまではいかずとも彫り物は初めてのヴェロニカの手つきが危なっかしい。
内心ハラハラしつつも見守りながら、教えを請われれば丁寧に教えるその姿はまるで数年前。出会った頃の2人の姿のようなのだが。
それを知っているのは、残念ながらこの中にはいなかった。
最初、クィーロと誠一はこの作業を二人でやろうと思っていた。その間に他のメンバーは絵を描き始めてくれるだろうと。
ところが蓋を開けてみればどうだ。
「そんな楽しそうなこと、皆でやらないのは勿体ないわ」
「お手伝いできることなら是非」
「まだ時間も早いですし。みんなで作れば早く準備が終わるでしょう」
パメラへと軽食や飲み物の手配を頼み、その手伝いに出たレイレリア・リナークシス(ka3872)以外の全員が頷き合って各々道具を手に取ったのだ。
結果。
まだ観客のいない早い時間ということも重なって、円陣を組むように座って作業をするという現在の光景が出来上がったわけで。
「成程……。それでしたら、なるべく体に優しい塗料を準備させましょう。それと、それらを落とす液剤も」
万が一参加した人たちの体に付いたときのことを考えて提案するパメラへとそれを頼み、作業を続けていく。
大小さまざまな木材に彫られていく花たち。
「絵を描くのは苦手だけど、彫刻系はそれほどでもないみたいだよ」
「俺からしたらそのデザイン考え付くだけで充分凄いんだけどな」
「セーイチの絵は……ふふっ……」
「ヴェーラー? 何思い出した?」
なんて会話も挟みつつ。
クィーロがあらかじめデザインを考えていた『ハイビスカス』『クレマチス』『バラ』それに『桜』。
一枚の壁画に四季折々の花が咲き誇るだろうその姿を想像するだけで、楽しげだ。
「手に力が入らなくなりそうね……」
「それならヴェラ、デザインの方に回ってくれるか?」
「そうですね。下絵を描いてもらえれば、俺たちがそれに沿って彫ることも出来ます」
手を軽く振ったヴェロニカへと誠一と錬介が提案する。同じように、ふとメアリが思いついたのは花以外のスタンプだ。
「どうせなら花以外があっても楽しそうですね」
「どうぶつなら任せて!」
メアリの言葉に目を輝かせるヴェロニカに、思わず事情を知るメンバーは噴き出しそうになった。
その面々をじとりと見た後、彼女がまたぷっくりと頬を膨らませるものだから笑いが零れるのも仕方ない。
「皆さん、適度に休憩を取ってくださいね」
軽食や飲み物の搬送を手伝っていたレイレリアが戻ってきて、使い捨てのカップを使い飲み物を手渡していく。
スタンプ作りは思ったよりも早く済みそうだ。この調子なら、当初の予定より沢山のスタンプが出来るだろう。
大人も子供も、誰もが楽しんでくれますように。
全員の祈りが実現するまで、あと数時間。
■助手の意味
スタンプ作成後、人々が珍し気にして今年から始まる小さな芸術祭を見ようと通りに出てきたところで、呼び込みを何カ所かに分かれて行う。
「かべにおえかきするのー?」
「そのおてつだいー?」
「はい。もしお手伝いして下さるなら、汚れてもいい服で来てくださいね?」
普段怒られてしまうだろう壁へ、堂々と絵を描くお手伝い。
大人も子供もワクワクしてしまうのは仕方ない。だって普段は絶対出来ないのだから!
メアリは自分の服装を見せながら、子供には視線を合わせるように腰を折り、大人には壁の位置を簡単に伝えていく。
意外と『普段カンパネラ商会の出店が……』と伝えると、近隣の人たちはあっさり場所を把握してくれる辺りはパメラの日々の仕事の成果だろうか。
「おっきーねぇ」
「これに絵を描くのかい?」
「まずは姉ちゃんが描くんだろう?」
「ぼくたちはそのあとにおてつだいー?」
「え、えぇ、そうです。そうよ」
ギクシャク。どこか緊張した様子のヴェロニカに、もしかしてと錬介は傍で見守っていた誠一に声をかける。
「あの、誠一さん。もしかしてヴェロニカさんって……」
「人前で絵を描く機会はあんまりないだろうなぁ」
それでも敢えて見守るだけの誠一に、錬介は少し不思議そうだ。
確かに。緊張と困惑の表情を浮かべた誰かを。特に、ヴェロニカ・フェッロという人物と今回の中では一番長く付き合っているのは誠一がただ見守っているのは不思議に見えるかもしれない。
けれど、誠一は笑っている。
「大丈夫だって錬介。どうしてもって時にはちゃんとフォローに入る」
あちらこちらから声を掛けられ、顔をあちらへこちらへ向けながら答えるその姿は確かに助けに入ってしまいそうな雰囲気を漂わせているけれど。
「ヴェラが折角自分から『世界』に踏み出してるんだ。だから大丈夫だよ」
誠一が抱くそれは、絶対の信頼。彼女はもう、家の中に閉じこもってばかりの怖がりな絵本作家ではない。
仲間と共にその足で世界に出る術を覚えた、一人の人間なのだから。
「……あ、でも誠一。ちょっとまずくない?」
ふと、何かに気付いたクィーロが声を上げる。
誰かがヴェロニカの『絵本』を持ってきて、サインをねだり始めたのだ。
まさかの展開だ。これから先彼女は壁画制作という作業に入るのに、その前に疲れてしまう。
頑固で律儀な彼女のことだ。一人にしてしまえば訪れる全員にやりかねない。
まだ小規模な祭りとはいえ、一度許してしまえば次もまた次もとどんどん増えてしまうのもまた人だ。
レイレリアが仲裁に入ろうかとするのをす、っと手で止めて、誠一は大きく息を吸い込んだ。
……実はまだ大きな怪我がちょっとだけ治りきってないので、傷が痛むといえば痛むが。そこは意地の見せ所。
「ヴェラー。そろそろ始めないと、画材が乾かないぞー」
あくまで声だけ。手を出すのは最後。その意図をくみ取ったメンバーも声をかけ始める。
「それでは皆さん、スタンプとペンキの使い方をお教えしますので、参加者の方はこちらへ」
「小さい子は服を汚したらすぐに言ってね? お兄さんたちがなるべく綺麗にするからね」
「順番に並んでくださいね? 良い子は順番が守れますよね?」
レイレリア、クィーロ、錬介が上手に観客兼参加者たちを誘導していく。
ほっと一息ついたヴェロニカの頬が安堵に緩んだのを確認してから、誠一も参加者の元へと向かうのだった。
何故、自分がヴェロニカの助手に選ばれたのだろう。
メアリは今回初めてヴェロニカときっちり対面するメンバーだ。
話を聞く限り、他のメンバーは今までに何度も顔を合わせている顔見知りのはず。
それなのに何故、自分だったのか。
色を出すためにペンキを混ぜ合わせていくヴェロニカをちらりと見ると、笑顔のヴェロニカがふと口を開いた。
「私が何故メアリを選んだのかが不思議?」
思っていたことを指摘されて、メアリは自分の表情に出ていたかと思ったがそういうわけでもないだろう。
「はい。他の方とは交友があると聞いてますから」
だから、素直に尋ねることにした。
ヴェロニカはペンキを混ぜ、自分の望む色に近づけていくように更に他の色を混ぜていく。
作業を続けながら、まるで変っていく色を愛おしむように見つめつつ彼女は言葉を紡ぐ。
「一つ目はそれね。はじめましてだからこそ、貴方とも仲良くなりたいと思ったから」
当初、中央には大きな木を描いてはどうだろうと提案していたと聞く彼女が、何故それを光の花に変更することに同意してくれたのか。
ヴェロニカはそれを少しだけ聞いていたからこそ、メアリとも仲良くなりたいのだとそう告げる。
「二つ目は……貴方が、青い鳥を描いてくれると聞いたから」
メアリは知っていただろうか。もしかしたら知らず、偶然かもしれない。
けれど、ヴェロニカにとって『青い鳥』とは、ある意味特別な意味を持つ鳥だった。
今はもういない、彼女が絵本作家になろうと思うきっかけを与えてくれた、銀髪の兄妹。
彼女に『今』の幸せを与えてくれた、かけがえのない『青い鳥』のような彼ら。
――最後に、笑っていたのだと。そう教えてもらえた時、どれほど救われただろう。
「私ではない誰かが、青い鳥を描いてくれる……。偶然でも、私にはそれがとても、嬉しかったから」
誰のことを指しているのか、メアリは明確には分からない。
けれどそれがヴェロニカにとって、大切な思い出の一つなのだろうということは、その視線を、表情を見ていれば分かる。
「それならなおさら、私ではなくご自身で描かれた方がいいのでは?」
ふとした提案に、ヴェロニカはゆっくり首を横に振ってそれを否定する。
「いいえ。私ではない、メアリが描いてくれるからこそ、意味があるのよ」
私にも、彼らにも、彼にも。
だからお願い、と。そう言われてしまえばメアリに否ということは出来なかった。
「さぁ。それじゃあ始めましょう!」
程よく混ざったペンキと刷毛を手に、ヴェロニカはゆっくりと立ち上がった。
――ヴァリオス・ビエンナーレ。記念すべき第一回の、壁画制作が始まる。
■真白のキャンバス
彼女の傍らには、何があっても大丈夫なように常に助手としてメアリがついている。
中央の花を書き終わるまでは、『絵本作家 ヴェロニカ・フェッロ』のライブドローイングだ。
横の木箱は彼女がいつでも腰掛けられ、立ち上がる時の補助に手を置けるように配慮されたもの。
下からゆっくりと伸び上がるペンキの色が、単色でなく態と濃淡のついた状態のまばらな緑。
その色を作るためにあれほど慎重にペンキを混ぜていたのかと、メアリは思いつく。
完全に色を混ぜ合わせず、元の色を生かしながらも色を変えていく。
地に根を張るように太く、けれどしなやかに伸び上がったそれは『茎』。
周囲に溶かし込むように溶液で淵の部分を微かにぼやけさせ、場合によっては指でペンキを広げていく。
そうして白のキャンバスに同色の白のペンキで茎の頂上へと中が空白になった状態の花びらを5枚描いた。
たったそれだけのライブドローイング。けれど、それでいいのだ。
これは『下地』なのだから。
「……さぁ、お待たせしました。それじゃあ、みんなにお手伝いをお願いしましょう」
レイレリアの掛け声に、皆が待っていましたとばかりに声を上げた。
老若男女、それぞれが手にした木製のスタンプに様々な色のペンキをつけては壁に花を咲かせていく。
たまに同じスタンプが使われて色が混じっては笑い声が響いた。
使い捨てというわけにはいかないスタンプは、流石に拭いても乾いても、またペンキがつけば色が混ざってしまうもの。
けれど、それもまた味になるから、みんな楽しくて次々押していく。
その姿を眺めつつ、ヴェロニカは集まった5人へと刷毛を差し出した。
「みんなそれぞれ描くものは決めてそうだけど……ひとつだけ私からお願いをさせてね?」
その願いは、中が空白の花びらを1人1枚塗ること。
「色はバラバラでいいし、何色でもいいの。……私に『色』をくれたのはみんなだから。花弁はみんなに塗ってもらいたくて」
真新しい刷毛には、まだ何色もついていない。それぞれの色を塗ってほしいのだと。そう乞われて断れるわけがない。
「クィーロ、俺すっげー手が震える」
「なんでそんなに緊張するかなぁ誠一は」
「何色にしましょうか……迷いますね」
「色によっては塗る花びらの場所も考えた方がいいかもしれませんね」
「被らない方がいいでしょうから、まずは何色にするかから……」
5人が顔を突き合わせて話し合う姿に、ヴェロニカは笑う。
そんな彼女の服を軽く引っ張って、子供がどうぶつを描いてとリクエストする。
それに笑顔で応えて、彼女は5人を信頼して大きなキャンバスへと戻っていった。
「私は薄い紫にしましょう」
「僕は緋かな」
「それじゃあ俺は青にします」
「私は黄色で」
レイレリア、クィーロ、錬介、メアリが順に色を決めていく中、誠一が手にしていたのは『新緑』だったのだが。
「うん? 誠一、飴色じゃなくていいの?」
「ぐふっ」
「誠一さん、回復いりますか?」
クィーロの追撃に、思わず噴き出した上に傷口が痛んだ誠一を見て、思わず錬介がそう言ってしまったけれど。
「俺は、新緑で!」
どうやら5人とも色が決まったようだ。
レイレリアが左を昼、右を夜の空の絵を描くことと、錬介が紅から青、そして緑へと色を変えて花やどうぶつ、人を描く予定だということと。
茎の色が緑ということを踏まえたうえで。
時計回りに一番上の花びらから、誠一、クィーロ、錬介、メアリ、レイレリアの順で色を塗っていく。
色とりどりの花びらがついた光の花が完成したころには、下にはカラフルなスタンプの花が咲いていた。
■それぞれの作業へ
レイレリアは予定通り、花を中央に左を薄く雲の浮かぶ昼の空に。右を星の輝く夜の空へと塗っていく。
ペンキでは難しい濃淡の出し方は、先程ヴェロニカがやってみせたのを手本にアドバイスを受けつつ繰り返し。
絵本通りにいくのなら、本来夜の空に星はないのだが。きっと光の花のお陰で見えるようになっただろうという、希望を込めての空だった。
「皆さん、適度に休憩をしてくださいね?」
長丁場だ。水分も軽食もパメラに依頼して沢山用意してもらっている。
と、ふとレイレリアはある光景を見かけた。
スタンプを使って壁に花を押した後、子供たちは飲み物を入れてもらってた紙コップが空になると、それにスタンプを押していたのだ。
洗い物や手軽さから考えた使い捨てのコップだったが、思わぬお土産になりそうだ。
小さく微笑み、レイレリアは刷毛を滑らせていった。
白い鳥、青い鳥。赤い鳥。緑の鳥……。
様々な種類、大きさの鳥を描きながら、メアリはふと二羽の青い鳥を光の花に寄り添うように飛ばした。
この花が出てくる絵本は、事前に読んでいた。けれどその時の絵本に青い鳥は出ていなかった。
けれど、ヴェロニカは確かに「自分に青い鳥を」と願っていたし、そこになにかの理由があるのだというのは察せられることだった。
だからメアリは思いつくままに、青い鳥を光の花の傍に飛ばしたのだ。
くちばしに幸せのクローバーを銜えた、少しまるっこく、銀の腹を持った青い鳥を。
今は座り込みながら子供に囲まれてどうぶつを描いている彼女が、これに気付いた時どう思ってくれるだろう。
喜んでくれるといい。そう祈りながら。
ヴェロニカがどうぶつを、メアリが鳥を描いているのを見て、まるで二つの星と広がる緑をイメージさせるように花を描き加えていく。
所々に手をつなぎ合った人や動物を描き、所々伸びる枝葉を描き。
子供たちが下の方へ花を押しているそのしたに茎を足してみたり。
代わりに錬介が描いた枝葉に大人たちが花を咲かせてみたり。
白い壁がどんどん色づいていく。
沢山の色が、沢山の想いと祈りを乗せて、ひとつの世界を作り上げていく。
激しい戦いの中、二つの星の生命が、手を取り合うように作り上げられていく、一枚の壁画。
それを見て、錬介は嬉しそうに笑う。
■最後の仕上げに
白い壁は、壁とは思えないほどカラフルな一枚の絵になっていた。
中央に色の違う花びらを持つ光の花が置かれ、足元には沢山の花が敷き詰められるように咲いている。
空は昼と夜の二つを見せ、二つの星と緑を連想させるような溶け込む花びらが舞っている。
枝葉にも咲く花のお陰で、白い部分は数少ない。
空には鳥が歌い、地には人々とどうぶつが手を取り合っている。
その壁画の最後の仕上げをするのが、誠一とクィーロだ。
絵が苦手な誠一が、連日コンパスと定規を使いながら頭を捻り考えたそれは、額縁のようなレリーフ。
大きくキャンバスを守るように広がる、翼だ。
「コンパスと定規だけか。それほど複雑じゃないなら出来そうだね」
手にした図案を確認して頷くクィーロを横目に、誠一は思う。
今回、この壁画制作に行こうと声をかけたのは誠一からだった。
どうしてもクィーロと共に残したいものがあった。その思いは、果たして相棒に届いているだろうか。
いや、気づいてはいるのだろう。聡いクィーロは、人の機微にはとても敏感だ。
気づいていて聞かないのが『彼』だ。
そうしてそんなクィーロだからこそ、後に残る何かを。形のあるものを残すことにどこか怯えに似た嫌いを見せるのも知っている。
(でも、だからこそ残る何かを)
クィーロには過去の記憶がない。長く付き合っているが、それは未だ戻ることはなく、クィーロの中にどこか澱みとなって残っている。
それでも。いつか消えてしまうかもしれない『彼』とだからこそ、きっと形に残るものをと。誠一はそう思ったのだろう。
誠一は気づいているだろう。それでも口にはしない。
お互いが、お互いに同じ思いで。同じ考えで。
(だからこそ)
クィーロは祈る。
「(いつか来るその時に、君の隣に立っているのが『俺』でありますように)」
誠一は祈る。
「(軽口をまじえたとしても、いつまでも共に在りたい)」
直線と曲線が、花を、どうぶつを、空を、人々を。
祈りを守るように、広がって翼になっていく。
やがて描き切ったそれに、観衆から大きな拍手が上がる。
意味を深く知るものは数少ない。唯のレリーフと思われてしまうかもしれない。
だとしてもそれは、描いた本人たちの祈りの篭った、大切な双翼だ。
「ふぅ。思ったよりもセンチメンタルなんだね、僕は……」
呟いてクィーロは誠一に向き直る。
「でも、誠一はロマンチストだけどね」
「うっせ」
ペンキのついた掌同士を叩くように軽く合わせ。
クィーロはもう一つだけ。絶対に口にはしないと決めている祈りを、壁画に込めた。
(もし『僕』が消えてしまったとしても、君が迷わず歩いていけるように。君がずっと笑っていられますように)
――祈るよ。強く。
そうして完成した壁画の前で、参加者たちが思い思いに写真を撮り。
日も暮れ始めたところで、解散となった。
■飴色の花と新緑の翼、共に
後片付けも終わり、大成功を収めたビエンナーレ。次は2年後を予定されているらしい。
こうやって定期的に小さな祈りを込めた何かが行われていく。
少しずつ確実に変わる世界。大きく変化する戦況。選択を迫られる人々。
壁画の裏。誠一は壁に背を預けるようにして、胸ポケットに忍ばせていた鈍色のハモニカを取り出した。
そっと息を吹き込んで、音を一つ。
音楽はいらない。この音があれば、それだけで伝わるものがあるから。
「もう。やっと鳴らしてくれたと思ったら、壁の裏とか想像してないところから呼ぶんだから」
笑いながら姿を見せたのは、暮れゆく日に飴色の髪を溶かしこんだヴェロニカだ。
苦笑して背を預けていた壁から離れ、誠一は彼女と向かい合う。
春先のまだ少しだけ冷たい空気が二人の間を流れていた。
「……セーイチ?」
かつて、何かあればハモニカを吹いて。とそう言ったのは確かにヴェロニカの方。
けれど鳴らした本人は何も言わず、そっとハモニカを無言でしまってしまう。
首を傾げて自分を見上げてくる空色の瞳に、自分が映っていることを確認して、誠一はそっと口を開いた。
「”返事”。待たせてごめんな?」
その言葉に、眼前の彼女の眼が見開かれていく。
沢山の言葉を伝え合った。沢山の想いを紡ぎ合った。沢山の思い出と、沢山の季節を重ねてきた。
そっと腰を折って視線を合わせる。くしゃりと笑みを浮かべ、誠一は発する言葉ひとつひとつに想いを込める。
「大事にするよ。だから。俺の彼女になってくれますか?」
広げた腕と、飛び込んだ体はどちらが早かっただろう。泣きじゃくるように自分に抱き着く体は、相変わらず細くて小さい。
それでも一人で立つことを覚えた、ひとりの人間だ。
「ヴェラ。君が好きだよ」
そっと告げた耳元で、イヤーカフが揺れる。
涙を零しながらそれでも笑って、もう何度目だろう。ヴェロニカは同じように言葉を紡いで彼に返すのだ。
「大事にするわ。大好きよ、セーイチ」
時として祈りは形となり、残り続ける。
時として祈りは形を変え、進み始める。
願わくばどうか。この祈りの祭りが、この戦乱を乗り越えてなお、この危機を乗り越えてなお、続きますように。
沢山の祈りと一つの軌跡の結果を残して、一度目の祭典は幕を閉じるのだった。
END
壁画の前、まるで輪を作るようにして座ったハンターたちを見て、パメラは不思議そうに首を傾げた。
「一体何をご準備されているのですか?」
「あぁ、実は……」
笑みを浮かべつつ対応するクィーロ・ヴェリル(ka4122)の隣で座り込んだ神代 誠一(ka2086)は、鳳城 錬介(ka6053)とメアリ・ロイド(ka6633)、ヴェロニカと一緒にスタンプ作りを続けている。
絵を描くことには慣れているが、彫刻とまではいかずとも彫り物は初めてのヴェロニカの手つきが危なっかしい。
内心ハラハラしつつも見守りながら、教えを請われれば丁寧に教えるその姿はまるで数年前。出会った頃の2人の姿のようなのだが。
それを知っているのは、残念ながらこの中にはいなかった。
最初、クィーロと誠一はこの作業を二人でやろうと思っていた。その間に他のメンバーは絵を描き始めてくれるだろうと。
ところが蓋を開けてみればどうだ。
「そんな楽しそうなこと、皆でやらないのは勿体ないわ」
「お手伝いできることなら是非」
「まだ時間も早いですし。みんなで作れば早く準備が終わるでしょう」
パメラへと軽食や飲み物の手配を頼み、その手伝いに出たレイレリア・リナークシス(ka3872)以外の全員が頷き合って各々道具を手に取ったのだ。
結果。
まだ観客のいない早い時間ということも重なって、円陣を組むように座って作業をするという現在の光景が出来上がったわけで。
「成程……。それでしたら、なるべく体に優しい塗料を準備させましょう。それと、それらを落とす液剤も」
万が一参加した人たちの体に付いたときのことを考えて提案するパメラへとそれを頼み、作業を続けていく。
大小さまざまな木材に彫られていく花たち。
「絵を描くのは苦手だけど、彫刻系はそれほどでもないみたいだよ」
「俺からしたらそのデザイン考え付くだけで充分凄いんだけどな」
「セーイチの絵は……ふふっ……」
「ヴェーラー? 何思い出した?」
なんて会話も挟みつつ。
クィーロがあらかじめデザインを考えていた『ハイビスカス』『クレマチス』『バラ』それに『桜』。
一枚の壁画に四季折々の花が咲き誇るだろうその姿を想像するだけで、楽しげだ。
「手に力が入らなくなりそうね……」
「それならヴェラ、デザインの方に回ってくれるか?」
「そうですね。下絵を描いてもらえれば、俺たちがそれに沿って彫ることも出来ます」
手を軽く振ったヴェロニカへと誠一と錬介が提案する。同じように、ふとメアリが思いついたのは花以外のスタンプだ。
「どうせなら花以外があっても楽しそうですね」
「どうぶつなら任せて!」
メアリの言葉に目を輝かせるヴェロニカに、思わず事情を知るメンバーは噴き出しそうになった。
その面々をじとりと見た後、彼女がまたぷっくりと頬を膨らませるものだから笑いが零れるのも仕方ない。
「皆さん、適度に休憩を取ってくださいね」
軽食や飲み物の搬送を手伝っていたレイレリアが戻ってきて、使い捨てのカップを使い飲み物を手渡していく。
スタンプ作りは思ったよりも早く済みそうだ。この調子なら、当初の予定より沢山のスタンプが出来るだろう。
大人も子供も、誰もが楽しんでくれますように。
全員の祈りが実現するまで、あと数時間。
■助手の意味
スタンプ作成後、人々が珍し気にして今年から始まる小さな芸術祭を見ようと通りに出てきたところで、呼び込みを何カ所かに分かれて行う。
「かべにおえかきするのー?」
「そのおてつだいー?」
「はい。もしお手伝いして下さるなら、汚れてもいい服で来てくださいね?」
普段怒られてしまうだろう壁へ、堂々と絵を描くお手伝い。
大人も子供もワクワクしてしまうのは仕方ない。だって普段は絶対出来ないのだから!
メアリは自分の服装を見せながら、子供には視線を合わせるように腰を折り、大人には壁の位置を簡単に伝えていく。
意外と『普段カンパネラ商会の出店が……』と伝えると、近隣の人たちはあっさり場所を把握してくれる辺りはパメラの日々の仕事の成果だろうか。
「おっきーねぇ」
「これに絵を描くのかい?」
「まずは姉ちゃんが描くんだろう?」
「ぼくたちはそのあとにおてつだいー?」
「え、えぇ、そうです。そうよ」
ギクシャク。どこか緊張した様子のヴェロニカに、もしかしてと錬介は傍で見守っていた誠一に声をかける。
「あの、誠一さん。もしかしてヴェロニカさんって……」
「人前で絵を描く機会はあんまりないだろうなぁ」
それでも敢えて見守るだけの誠一に、錬介は少し不思議そうだ。
確かに。緊張と困惑の表情を浮かべた誰かを。特に、ヴェロニカ・フェッロという人物と今回の中では一番長く付き合っているのは誠一がただ見守っているのは不思議に見えるかもしれない。
けれど、誠一は笑っている。
「大丈夫だって錬介。どうしてもって時にはちゃんとフォローに入る」
あちらこちらから声を掛けられ、顔をあちらへこちらへ向けながら答えるその姿は確かに助けに入ってしまいそうな雰囲気を漂わせているけれど。
「ヴェラが折角自分から『世界』に踏み出してるんだ。だから大丈夫だよ」
誠一が抱くそれは、絶対の信頼。彼女はもう、家の中に閉じこもってばかりの怖がりな絵本作家ではない。
仲間と共にその足で世界に出る術を覚えた、一人の人間なのだから。
「……あ、でも誠一。ちょっとまずくない?」
ふと、何かに気付いたクィーロが声を上げる。
誰かがヴェロニカの『絵本』を持ってきて、サインをねだり始めたのだ。
まさかの展開だ。これから先彼女は壁画制作という作業に入るのに、その前に疲れてしまう。
頑固で律儀な彼女のことだ。一人にしてしまえば訪れる全員にやりかねない。
まだ小規模な祭りとはいえ、一度許してしまえば次もまた次もとどんどん増えてしまうのもまた人だ。
レイレリアが仲裁に入ろうかとするのをす、っと手で止めて、誠一は大きく息を吸い込んだ。
……実はまだ大きな怪我がちょっとだけ治りきってないので、傷が痛むといえば痛むが。そこは意地の見せ所。
「ヴェラー。そろそろ始めないと、画材が乾かないぞー」
あくまで声だけ。手を出すのは最後。その意図をくみ取ったメンバーも声をかけ始める。
「それでは皆さん、スタンプとペンキの使い方をお教えしますので、参加者の方はこちらへ」
「小さい子は服を汚したらすぐに言ってね? お兄さんたちがなるべく綺麗にするからね」
「順番に並んでくださいね? 良い子は順番が守れますよね?」
レイレリア、クィーロ、錬介が上手に観客兼参加者たちを誘導していく。
ほっと一息ついたヴェロニカの頬が安堵に緩んだのを確認してから、誠一も参加者の元へと向かうのだった。
何故、自分がヴェロニカの助手に選ばれたのだろう。
メアリは今回初めてヴェロニカときっちり対面するメンバーだ。
話を聞く限り、他のメンバーは今までに何度も顔を合わせている顔見知りのはず。
それなのに何故、自分だったのか。
色を出すためにペンキを混ぜ合わせていくヴェロニカをちらりと見ると、笑顔のヴェロニカがふと口を開いた。
「私が何故メアリを選んだのかが不思議?」
思っていたことを指摘されて、メアリは自分の表情に出ていたかと思ったがそういうわけでもないだろう。
「はい。他の方とは交友があると聞いてますから」
だから、素直に尋ねることにした。
ヴェロニカはペンキを混ぜ、自分の望む色に近づけていくように更に他の色を混ぜていく。
作業を続けながら、まるで変っていく色を愛おしむように見つめつつ彼女は言葉を紡ぐ。
「一つ目はそれね。はじめましてだからこそ、貴方とも仲良くなりたいと思ったから」
当初、中央には大きな木を描いてはどうだろうと提案していたと聞く彼女が、何故それを光の花に変更することに同意してくれたのか。
ヴェロニカはそれを少しだけ聞いていたからこそ、メアリとも仲良くなりたいのだとそう告げる。
「二つ目は……貴方が、青い鳥を描いてくれると聞いたから」
メアリは知っていただろうか。もしかしたら知らず、偶然かもしれない。
けれど、ヴェロニカにとって『青い鳥』とは、ある意味特別な意味を持つ鳥だった。
今はもういない、彼女が絵本作家になろうと思うきっかけを与えてくれた、銀髪の兄妹。
彼女に『今』の幸せを与えてくれた、かけがえのない『青い鳥』のような彼ら。
――最後に、笑っていたのだと。そう教えてもらえた時、どれほど救われただろう。
「私ではない誰かが、青い鳥を描いてくれる……。偶然でも、私にはそれがとても、嬉しかったから」
誰のことを指しているのか、メアリは明確には分からない。
けれどそれがヴェロニカにとって、大切な思い出の一つなのだろうということは、その視線を、表情を見ていれば分かる。
「それならなおさら、私ではなくご自身で描かれた方がいいのでは?」
ふとした提案に、ヴェロニカはゆっくり首を横に振ってそれを否定する。
「いいえ。私ではない、メアリが描いてくれるからこそ、意味があるのよ」
私にも、彼らにも、彼にも。
だからお願い、と。そう言われてしまえばメアリに否ということは出来なかった。
「さぁ。それじゃあ始めましょう!」
程よく混ざったペンキと刷毛を手に、ヴェロニカはゆっくりと立ち上がった。
――ヴァリオス・ビエンナーレ。記念すべき第一回の、壁画制作が始まる。
■真白のキャンバス
彼女の傍らには、何があっても大丈夫なように常に助手としてメアリがついている。
中央の花を書き終わるまでは、『絵本作家 ヴェロニカ・フェッロ』のライブドローイングだ。
横の木箱は彼女がいつでも腰掛けられ、立ち上がる時の補助に手を置けるように配慮されたもの。
下からゆっくりと伸び上がるペンキの色が、単色でなく態と濃淡のついた状態のまばらな緑。
その色を作るためにあれほど慎重にペンキを混ぜていたのかと、メアリは思いつく。
完全に色を混ぜ合わせず、元の色を生かしながらも色を変えていく。
地に根を張るように太く、けれどしなやかに伸び上がったそれは『茎』。
周囲に溶かし込むように溶液で淵の部分を微かにぼやけさせ、場合によっては指でペンキを広げていく。
そうして白のキャンバスに同色の白のペンキで茎の頂上へと中が空白になった状態の花びらを5枚描いた。
たったそれだけのライブドローイング。けれど、それでいいのだ。
これは『下地』なのだから。
「……さぁ、お待たせしました。それじゃあ、みんなにお手伝いをお願いしましょう」
レイレリアの掛け声に、皆が待っていましたとばかりに声を上げた。
老若男女、それぞれが手にした木製のスタンプに様々な色のペンキをつけては壁に花を咲かせていく。
たまに同じスタンプが使われて色が混じっては笑い声が響いた。
使い捨てというわけにはいかないスタンプは、流石に拭いても乾いても、またペンキがつけば色が混ざってしまうもの。
けれど、それもまた味になるから、みんな楽しくて次々押していく。
その姿を眺めつつ、ヴェロニカは集まった5人へと刷毛を差し出した。
「みんなそれぞれ描くものは決めてそうだけど……ひとつだけ私からお願いをさせてね?」
その願いは、中が空白の花びらを1人1枚塗ること。
「色はバラバラでいいし、何色でもいいの。……私に『色』をくれたのはみんなだから。花弁はみんなに塗ってもらいたくて」
真新しい刷毛には、まだ何色もついていない。それぞれの色を塗ってほしいのだと。そう乞われて断れるわけがない。
「クィーロ、俺すっげー手が震える」
「なんでそんなに緊張するかなぁ誠一は」
「何色にしましょうか……迷いますね」
「色によっては塗る花びらの場所も考えた方がいいかもしれませんね」
「被らない方がいいでしょうから、まずは何色にするかから……」
5人が顔を突き合わせて話し合う姿に、ヴェロニカは笑う。
そんな彼女の服を軽く引っ張って、子供がどうぶつを描いてとリクエストする。
それに笑顔で応えて、彼女は5人を信頼して大きなキャンバスへと戻っていった。
「私は薄い紫にしましょう」
「僕は緋かな」
「それじゃあ俺は青にします」
「私は黄色で」
レイレリア、クィーロ、錬介、メアリが順に色を決めていく中、誠一が手にしていたのは『新緑』だったのだが。
「うん? 誠一、飴色じゃなくていいの?」
「ぐふっ」
「誠一さん、回復いりますか?」
クィーロの追撃に、思わず噴き出した上に傷口が痛んだ誠一を見て、思わず錬介がそう言ってしまったけれど。
「俺は、新緑で!」
どうやら5人とも色が決まったようだ。
レイレリアが左を昼、右を夜の空の絵を描くことと、錬介が紅から青、そして緑へと色を変えて花やどうぶつ、人を描く予定だということと。
茎の色が緑ということを踏まえたうえで。
時計回りに一番上の花びらから、誠一、クィーロ、錬介、メアリ、レイレリアの順で色を塗っていく。
色とりどりの花びらがついた光の花が完成したころには、下にはカラフルなスタンプの花が咲いていた。
■それぞれの作業へ
レイレリアは予定通り、花を中央に左を薄く雲の浮かぶ昼の空に。右を星の輝く夜の空へと塗っていく。
ペンキでは難しい濃淡の出し方は、先程ヴェロニカがやってみせたのを手本にアドバイスを受けつつ繰り返し。
絵本通りにいくのなら、本来夜の空に星はないのだが。きっと光の花のお陰で見えるようになっただろうという、希望を込めての空だった。
「皆さん、適度に休憩をしてくださいね?」
長丁場だ。水分も軽食もパメラに依頼して沢山用意してもらっている。
と、ふとレイレリアはある光景を見かけた。
スタンプを使って壁に花を押した後、子供たちは飲み物を入れてもらってた紙コップが空になると、それにスタンプを押していたのだ。
洗い物や手軽さから考えた使い捨てのコップだったが、思わぬお土産になりそうだ。
小さく微笑み、レイレリアは刷毛を滑らせていった。
白い鳥、青い鳥。赤い鳥。緑の鳥……。
様々な種類、大きさの鳥を描きながら、メアリはふと二羽の青い鳥を光の花に寄り添うように飛ばした。
この花が出てくる絵本は、事前に読んでいた。けれどその時の絵本に青い鳥は出ていなかった。
けれど、ヴェロニカは確かに「自分に青い鳥を」と願っていたし、そこになにかの理由があるのだというのは察せられることだった。
だからメアリは思いつくままに、青い鳥を光の花の傍に飛ばしたのだ。
くちばしに幸せのクローバーを銜えた、少しまるっこく、銀の腹を持った青い鳥を。
今は座り込みながら子供に囲まれてどうぶつを描いている彼女が、これに気付いた時どう思ってくれるだろう。
喜んでくれるといい。そう祈りながら。
ヴェロニカがどうぶつを、メアリが鳥を描いているのを見て、まるで二つの星と広がる緑をイメージさせるように花を描き加えていく。
所々に手をつなぎ合った人や動物を描き、所々伸びる枝葉を描き。
子供たちが下の方へ花を押しているそのしたに茎を足してみたり。
代わりに錬介が描いた枝葉に大人たちが花を咲かせてみたり。
白い壁がどんどん色づいていく。
沢山の色が、沢山の想いと祈りを乗せて、ひとつの世界を作り上げていく。
激しい戦いの中、二つの星の生命が、手を取り合うように作り上げられていく、一枚の壁画。
それを見て、錬介は嬉しそうに笑う。
■最後の仕上げに
白い壁は、壁とは思えないほどカラフルな一枚の絵になっていた。
中央に色の違う花びらを持つ光の花が置かれ、足元には沢山の花が敷き詰められるように咲いている。
空は昼と夜の二つを見せ、二つの星と緑を連想させるような溶け込む花びらが舞っている。
枝葉にも咲く花のお陰で、白い部分は数少ない。
空には鳥が歌い、地には人々とどうぶつが手を取り合っている。
その壁画の最後の仕上げをするのが、誠一とクィーロだ。
絵が苦手な誠一が、連日コンパスと定規を使いながら頭を捻り考えたそれは、額縁のようなレリーフ。
大きくキャンバスを守るように広がる、翼だ。
「コンパスと定規だけか。それほど複雑じゃないなら出来そうだね」
手にした図案を確認して頷くクィーロを横目に、誠一は思う。
今回、この壁画制作に行こうと声をかけたのは誠一からだった。
どうしてもクィーロと共に残したいものがあった。その思いは、果たして相棒に届いているだろうか。
いや、気づいてはいるのだろう。聡いクィーロは、人の機微にはとても敏感だ。
気づいていて聞かないのが『彼』だ。
そうしてそんなクィーロだからこそ、後に残る何かを。形のあるものを残すことにどこか怯えに似た嫌いを見せるのも知っている。
(でも、だからこそ残る何かを)
クィーロには過去の記憶がない。長く付き合っているが、それは未だ戻ることはなく、クィーロの中にどこか澱みとなって残っている。
それでも。いつか消えてしまうかもしれない『彼』とだからこそ、きっと形に残るものをと。誠一はそう思ったのだろう。
誠一は気づいているだろう。それでも口にはしない。
お互いが、お互いに同じ思いで。同じ考えで。
(だからこそ)
クィーロは祈る。
「(いつか来るその時に、君の隣に立っているのが『俺』でありますように)」
誠一は祈る。
「(軽口をまじえたとしても、いつまでも共に在りたい)」
直線と曲線が、花を、どうぶつを、空を、人々を。
祈りを守るように、広がって翼になっていく。
やがて描き切ったそれに、観衆から大きな拍手が上がる。
意味を深く知るものは数少ない。唯のレリーフと思われてしまうかもしれない。
だとしてもそれは、描いた本人たちの祈りの篭った、大切な双翼だ。
「ふぅ。思ったよりもセンチメンタルなんだね、僕は……」
呟いてクィーロは誠一に向き直る。
「でも、誠一はロマンチストだけどね」
「うっせ」
ペンキのついた掌同士を叩くように軽く合わせ。
クィーロはもう一つだけ。絶対に口にはしないと決めている祈りを、壁画に込めた。
(もし『僕』が消えてしまったとしても、君が迷わず歩いていけるように。君がずっと笑っていられますように)
――祈るよ。強く。
そうして完成した壁画の前で、参加者たちが思い思いに写真を撮り。
日も暮れ始めたところで、解散となった。
■飴色の花と新緑の翼、共に
後片付けも終わり、大成功を収めたビエンナーレ。次は2年後を予定されているらしい。
こうやって定期的に小さな祈りを込めた何かが行われていく。
少しずつ確実に変わる世界。大きく変化する戦況。選択を迫られる人々。
壁画の裏。誠一は壁に背を預けるようにして、胸ポケットに忍ばせていた鈍色のハモニカを取り出した。
そっと息を吹き込んで、音を一つ。
音楽はいらない。この音があれば、それだけで伝わるものがあるから。
「もう。やっと鳴らしてくれたと思ったら、壁の裏とか想像してないところから呼ぶんだから」
笑いながら姿を見せたのは、暮れゆく日に飴色の髪を溶かしこんだヴェロニカだ。
苦笑して背を預けていた壁から離れ、誠一は彼女と向かい合う。
春先のまだ少しだけ冷たい空気が二人の間を流れていた。
「……セーイチ?」
かつて、何かあればハモニカを吹いて。とそう言ったのは確かにヴェロニカの方。
けれど鳴らした本人は何も言わず、そっとハモニカを無言でしまってしまう。
首を傾げて自分を見上げてくる空色の瞳に、自分が映っていることを確認して、誠一はそっと口を開いた。
「”返事”。待たせてごめんな?」
その言葉に、眼前の彼女の眼が見開かれていく。
沢山の言葉を伝え合った。沢山の想いを紡ぎ合った。沢山の思い出と、沢山の季節を重ねてきた。
そっと腰を折って視線を合わせる。くしゃりと笑みを浮かべ、誠一は発する言葉ひとつひとつに想いを込める。
「大事にするよ。だから。俺の彼女になってくれますか?」
広げた腕と、飛び込んだ体はどちらが早かっただろう。泣きじゃくるように自分に抱き着く体は、相変わらず細くて小さい。
それでも一人で立つことを覚えた、ひとりの人間だ。
「ヴェラ。君が好きだよ」
そっと告げた耳元で、イヤーカフが揺れる。
涙を零しながらそれでも笑って、もう何度目だろう。ヴェロニカは同じように言葉を紡いで彼に返すのだ。
「大事にするわ。大好きよ、セーイチ」
時として祈りは形となり、残り続ける。
時として祈りは形を変え、進み始める。
願わくばどうか。この祈りの祭りが、この戦乱を乗り越えてなお、この危機を乗り越えてなお、続きますように。
沢山の祈りと一つの軌跡の結果を残して、一度目の祭典は幕を閉じるのだった。
END
依頼結果
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/02/28 00:59:43 |
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相談・雑談卓 神代 誠一(ka2086) 人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/03/01 11:14:01 |