ゲスト
(ka0000)
右腕泥棒_苧環
マスター:佐倉眸

- シナリオ形態
- シリーズ(新規)
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,300
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/03/22 07:30
- 完成日
- 2019/04/05 00:10
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●或る物語の切れ端。撫子のすくわれて翌々日、秋も終わりの寒々しさ。どこか静かな場所にて
年代物のチェス盤には石から削り出した黒と白の駒。老紳士はその一つを摘まみ敵陣へと手を進める。
相手の手番。
迷い無く、定石に違わぬ盤面が出来上がる。
「ところで」
自陣のポーンを摘まんだ老紳士が口を開く。
「君の人形が、腕を欠いてしまったらしいね」
ポーンは相手のポーンの前。取れと言わんばかりの場所へ進められた。
「可哀想なことだ。しかし、腕の足りない駒は、歩兵にもなれない」
老紳士の声は愉快そうに笑った。対峙したポーンは動かない。
「けれど、もしも、彼が……否、正しくは既に彼女だろうね……彼女が、腕を補ってみせたのなら」
やがて盤面は動き。老紳士のポーンは相手のポーンを下し、遂に敵陣の端へ。
「歩兵であるが故、女王になる権利すら持っている」
●号外の見出し『腕泥棒現る』『工場の皆々様注意されたし』『歪虚の騒乱再びか』
白磁の食器を扱っていた店に、深夜泥棒が入ったらしい。しかし、取られた物は何も無く、販促の飾りとして窓辺に置いていた人形が砕かれていた。
修繕を試みたが、どうしても右腕に当たる部分だけ見付からなかった。
装飾用、或いは愛玩用、記念品。主な顧客はヴァリオスの貴族だという人形の工場が、何者かに襲撃されたらしい。
被害を検めると、その多くは人形の腕だったらしい。
後日、左腕だけ割れた状態で周辺の道路に散らかっていた。
子どもの玩具を扱っている店が白昼堂々襲われた。
爆煙に包まれた店の騒ぎが静まると、人形の右腕が無くなっており、その夜の内にそのおもちゃ屋へ卸している工場も襲われて、同じく人形の右腕が奪われたらしい。
歯車仕掛けの人形を。若かりし頃に邂逅した転移者が所持していたお茶汲み人形を越えるべく、作っていた老人達。会釈の出来るようになったその人形は、あるハンターの連れている精霊に気に入られ、時折そのハンターと精霊に貸し出されては、人々に彼等の技術を広める役を買っている。
その人形は、今歯車の調整の為、老人達の手元にあった。
老人の1人、ジャン・ジェポッテの家の倉庫が、老人達の工房として宛がわれている。人形はそこのテーブルに寝かされていた。
夜に嫌な音と気配で目を冷ました老人の娘とその夫が、倉庫の前に人影らしきものを見たという。
●
ジャン・ジェポッテの娘と夫の話を聞き終えて受付嬢は一つ頷く。
先ずは無事で何より、と。しかし、ここ最近その手の話題には事欠かない。恐らく同一犯でしょう。
2人は話を続ける。
捕まらないのが怖ろしい。倉庫の中は無事だったが、扉の回りに妙な跡が残っていた。
陶器の破片、殴ったような凹み、擂り潰されたような芝。
調査が必要かも知れません。
受付嬢は眉間を抑える。
或いは、調査では遅いかも知れません。
考え込むように、2人の話を書き留めていた手を止めて、書きかけの文字を雑に塗りつぶす。
帰途の安全を祈り2人を見送って、受付嬢はスクラップを広げた。
人形の腕を奪っていく泥棒がいる。その正体を突き止めて。
そして。
背筋に怖気が走る。突き止めるだけで済まないのだ。
それは、逮捕で済む泥棒の類いでは無い。
依頼を掲示する受付嬢の手が震えた。
『右腕泥棒の撃退、正体不明』
依頼に最初に手を挙げたのは若い2人のハンターだった。ジェポッテの老人と浅からぬ関わりの有るマーガレット・ミケーリ。件の人形を気に入った精霊と契約している少女だ。
そして、その友人のアクレイギア。所々にコードや歯車が露わになった白い手をひらりと振ってグローブを着ける。エバーグリーンから転移した砲身の両腕を持っていた少女。彼女を保護した研究者により、腕の再生を図って今に至る。先日、クッキーを焼けるようになったと、日々器用になっていく手を楽しそうに話していた。
調査は商業区、工業区、住宅区に分けて、それぞれ日中と夜間。
腕泥棒の発見を第一目標に。可能ならばその排除を。
これまでの経緯、及び、ジェポッテ家の様子から、何等かの攻撃手段はあるので、よく気を付けて。
年代物のチェス盤には石から削り出した黒と白の駒。老紳士はその一つを摘まみ敵陣へと手を進める。
相手の手番。
迷い無く、定石に違わぬ盤面が出来上がる。
「ところで」
自陣のポーンを摘まんだ老紳士が口を開く。
「君の人形が、腕を欠いてしまったらしいね」
ポーンは相手のポーンの前。取れと言わんばかりの場所へ進められた。
「可哀想なことだ。しかし、腕の足りない駒は、歩兵にもなれない」
老紳士の声は愉快そうに笑った。対峙したポーンは動かない。
「けれど、もしも、彼が……否、正しくは既に彼女だろうね……彼女が、腕を補ってみせたのなら」
やがて盤面は動き。老紳士のポーンは相手のポーンを下し、遂に敵陣の端へ。
「歩兵であるが故、女王になる権利すら持っている」
●号外の見出し『腕泥棒現る』『工場の皆々様注意されたし』『歪虚の騒乱再びか』
白磁の食器を扱っていた店に、深夜泥棒が入ったらしい。しかし、取られた物は何も無く、販促の飾りとして窓辺に置いていた人形が砕かれていた。
修繕を試みたが、どうしても右腕に当たる部分だけ見付からなかった。
装飾用、或いは愛玩用、記念品。主な顧客はヴァリオスの貴族だという人形の工場が、何者かに襲撃されたらしい。
被害を検めると、その多くは人形の腕だったらしい。
後日、左腕だけ割れた状態で周辺の道路に散らかっていた。
子どもの玩具を扱っている店が白昼堂々襲われた。
爆煙に包まれた店の騒ぎが静まると、人形の右腕が無くなっており、その夜の内にそのおもちゃ屋へ卸している工場も襲われて、同じく人形の右腕が奪われたらしい。
歯車仕掛けの人形を。若かりし頃に邂逅した転移者が所持していたお茶汲み人形を越えるべく、作っていた老人達。会釈の出来るようになったその人形は、あるハンターの連れている精霊に気に入られ、時折そのハンターと精霊に貸し出されては、人々に彼等の技術を広める役を買っている。
その人形は、今歯車の調整の為、老人達の手元にあった。
老人の1人、ジャン・ジェポッテの家の倉庫が、老人達の工房として宛がわれている。人形はそこのテーブルに寝かされていた。
夜に嫌な音と気配で目を冷ました老人の娘とその夫が、倉庫の前に人影らしきものを見たという。
●
ジャン・ジェポッテの娘と夫の話を聞き終えて受付嬢は一つ頷く。
先ずは無事で何より、と。しかし、ここ最近その手の話題には事欠かない。恐らく同一犯でしょう。
2人は話を続ける。
捕まらないのが怖ろしい。倉庫の中は無事だったが、扉の回りに妙な跡が残っていた。
陶器の破片、殴ったような凹み、擂り潰されたような芝。
調査が必要かも知れません。
受付嬢は眉間を抑える。
或いは、調査では遅いかも知れません。
考え込むように、2人の話を書き留めていた手を止めて、書きかけの文字を雑に塗りつぶす。
帰途の安全を祈り2人を見送って、受付嬢はスクラップを広げた。
人形の腕を奪っていく泥棒がいる。その正体を突き止めて。
そして。
背筋に怖気が走る。突き止めるだけで済まないのだ。
それは、逮捕で済む泥棒の類いでは無い。
依頼を掲示する受付嬢の手が震えた。
『右腕泥棒の撃退、正体不明』
依頼に最初に手を挙げたのは若い2人のハンターだった。ジェポッテの老人と浅からぬ関わりの有るマーガレット・ミケーリ。件の人形を気に入った精霊と契約している少女だ。
そして、その友人のアクレイギア。所々にコードや歯車が露わになった白い手をひらりと振ってグローブを着ける。エバーグリーンから転移した砲身の両腕を持っていた少女。彼女を保護した研究者により、腕の再生を図って今に至る。先日、クッキーを焼けるようになったと、日々器用になっていく手を楽しそうに話していた。
調査は商業区、工業区、住宅区に分けて、それぞれ日中と夜間。
腕泥棒の発見を第一目標に。可能ならばその排除を。
これまでの経緯、及び、ジェポッテ家の様子から、何等かの攻撃手段はあるので、よく気を付けて。
リプレイ本文
●
事前情報として揃えられた記事に目を通す。広げた街の白地図に印を付けて手を止める。
「メグ様は、確か以前に……」
人形のお化けに合っていませんでしたか。と、玲瓏(ka7114)が尋ねる。
読み耽っていた号外からGacrux(ka2726)も一瞥を向けた。
メグは首を傾げて覚えていないと言う。
「抱っこ出来るくらいで、とても綺麗だったと思うんです……」
容姿を描こうと向かう紙に手は一向に進まない。
あの人形の歪虚も大きさはそれくらい、美しいと言える容姿をしていたがどうだろう。
玲瓏は考え込むように地図を見る。
「先ずはジェポッテ様のお宅へ。一緒に参りませんか?」
玲瓏の誘いにメグが頷く。
隣にいたギアの肩にぽん、とジャック・エルギン(ka1522)の手が乗せられた。
「ジャックだ。よろしく頼むぜ」
友人と組めなくて悪いと、青い双眸をぱちりと瞑る。
「いいえ、大丈夫です。ギアはちゃんと戦えます。……それは、握手ですね。ギア、握手を知っています」
差し出されたジャックの手を無邪気にはしゃいで両手で握って揺らす。
その手を見詰める。白い皮膚に透けるのは血管では無く鮮やかに被覆された導線、骨では無く鋼の軸。この腕も人形のそれだと握る手に無意識の力が籠もった。
地図を手伝っていたハンター達も、夜間に備えて休息に入る。
「……お人形さんの右腕と言い、僕なんだかこの依頼はどうしても受けなきゃいけない気がしたです……」
ふにゃりと柔らかに微笑んだアルマ・A・エインズワース(ka4901)がギアの傍らで足を止める。
同じ名前の花を誕生花に持つと言って、どこか得意気に。
アリア・セリウス(ka6424)はスマートフォンに登録を終え、ぽっと浮かんだ日付を見る。
「……ああ、もう、二年もたつのかしらね」
小さく呟いて、荷物を纏めると部屋を出た。
マリィア・バルデス(ka5848)と鞍馬 真(ka5819)も続き、星野 ハナ(ka5852)は、はたと振り返って、
「出来ましたらぁ、被害に遭った人形の状態も、確認して下さいぃ」
お願いします、と言い残す。
最後に残っていたマキナ・バベッジ(ka4302)も一礼をして休息へ向かい、カティス・フィルム(ka2486)は行きましょうとガクルックスに声を掛けた。
●
「忙しいとこすまねえ。ハンターだ。最近起きてる物騒な事件を調べててな」
工具の火花、白い蒸気。金属音の賑やかな中よく通る声。
誰だと訝しむ顔を向けた職人が、嗚呼、と手を止め、工場長らしい髭の男を呼んだ。
掻い摘まんだ事件の説明に、彼等は一様に首を横に揺らす。
幸いうちは人形は作っちゃいねえから。工場長は職人達を作業に戻らせ、ジャックとギアを表に連れ出し斜向かいを指した。件の人形工場らしい。
「分かった。マッピングをしておいてくれ」
ジャックの指示でギアは地図を広げ工場の名前を囲みピンを立てる。
それから。と、工場長は通りを数える様に指を揺らす。大きな交差点を左で二本目を左、3本向こうを渡って細い道を右。蟀谷を掻きながら工場長は人形を扱う工場の場所を何カ所か挙げた。
2人で地図と街並みを睨む様に、煩雑な道を聞き取り地図に印を増やしていく。
「……人形サイズとはいえ腕なんか持ち歩いて、目立たねえハズもねえんだが……」
工場長に礼を告げて近い順に聞き込みへ。周囲の工場にも尋ねたが、犯人を目撃した者はいない。
聞き込みを続ける内に、評判を気にして被害を届けていない工場も結構な数に上り、襲撃の多くは夜から未明だと分かった。
からん。と、小さな音に、無人となった工場を覗く。黴と埃の匂いが漂う湿気った空気だけがあった。
気のせいかと、日の傾くまで聞き込みを続けて帰途に就いた。
カティスとガクルックスはまず食器屋へ向かった。
「ここから入ったみたいなのですよ。でも。どこから……」
割られた窓に板が打ち付けてある。しかし、そこへ続く痕跡は見付からない。得られる物は無さそうだ。
続いて、玩具屋へ向かう頃は日も昇り、数人の客の姿が見られる。
「少々、よろしいですかねえ。聞きたいことがあるのですが」
当日居合わせた店員を探し、ガクルックスが状況を尋ねる。店員は入り口近くの棚を差す。
からん。と乾いた音の後に、どん。と響いて、ドアと窓が飛んで。煙が引くと店内が荒らされていた。被害を検めると、壊れた物は多いが、無くなったのはそこ有った陶器とブリキの人形の右腕部分だった。
その証言に、カティスは店の回りを調べに、ガクルックスは爆発の跡へ向かう。
塗装の下の痕跡に眉を寄せながら、他の店について尋ねた。
「……複数犯の可能性も視野に入れますかねぇ」
痕跡を追い、特徴を並べて、日に日に増加する襲撃の頻度に呟きながら、次の玩具屋へ。
「侵入される前に……なんとかしたいのです。でも、難しいかもしれないのです」
辿れる痕跡は乏しい。カティスも溜息を一つ。
不意に、からん。と、乾いた音を聞いた。
透明な盾を咄嗟に構える。鮮やかな黒と青に飾られた漆黒の双眸は、音の方向を睨む。
どこからか投じられたティーカップは、隣の店のドアに跳ねてガクルックスへ向かう。
カティスが翻す杖の先端の外殻が花弁のように開き、中心に宝珠が浮かぶ。放たれた魔法の矢はカップを貫き、中空に爆ぜさせた。
盾を傘に、降り注ぐ破片を防ぐ。腕に掛かる衝撃はカップ一つを割った程度では到底足りない。
音がもう一つ、更に複数響いた。
「サポートします」
青い流線を纏い、カティスが杖を片手にベルを鳴らす。
「……敵の正体を……」
続いて飛んできた匙を弾き、ガクルックスはモノクルの拡大率を上げてその軌跡を辿った。
倉庫を見回った後、ジェポッテ家の庭の見えるリビングに通され、カップに紅茶を注ぎチョコ餅を乗せたトレイが置かれた。
老人と娘は玲瓏とメグの訪問を喜んだが、事件について少し消沈した様子を見せた。
倉庫には焦げたような傷、芝生は土が見える程だった。
オフィスでの保管を申し出た人形は、頑丈そうな蝶番すら拉げていた為に扉が開かず断念し、開かないなら返って安全かも知れないと、娘が豪快に笑って餅を摘まんだ。
覗き込んだ倉庫のテーブルの上には、それらしい影が静かに横たわっていた。
「忙しなくて申し訳ありませんが、これからご友人宅へも様子を伺いに参ります」
紅茶のお代わりを断り、玲瓏とメグは席を立つ。
夜にもハンターが見回りに来る旨と注意を促すよう周知を頼んで、ジェポッテの友人を順に訪ねる。
彼等も事件は知っており、ジェポッテと彼等の人形の状況を不安そうにしていた。
「変わったことは有りませんか? 陶器や玩具などが、不自然に落ちているようなことは……」
玲瓏が尋ねると、彼等は何れもこの辺りでは聞かないと言う。そして、街の方は危ないようだと1人は言い、別の友人は遠目に不審な煙を見たと言う。方角は大凡工場の集まる辺りだろう。
彼等にも注意を促し、ハンターが活動中と伝え、数軒毎に回っていく。
日の傾ぐ頃、交代へ向かいながら覗いた空き家。庭に眼鏡が落ちていた。
その不審な気配に金のクロスを頂く剣を構え、慎重に踏み込む。あと三歩の所まで至った瞬間、それは独りでに跳び上がった。
「メグ様、構えて」
剣から放たれた黒い影がそれを断つと、硝子や金属の欠片が強い衝撃を伴って飛び散った。
草を刈った様子や塀に残った跡が倉庫に似ている。他にいないだろうかと、玲瓏はメグを呼んで辺りを探る。
●
茜色に染まる空を眺め、一番星を見付ける頃。
ジャックとその後ろを疲れた足を引き摺る様にギアが続く。
2人を見付けたアルマと鞍馬が片手を上げた。
「よっ。悪いな、後はよろしく頼むぜ」
ギアが差し出した地図は書き込まれた情報こそ多いものの遭遇の跡は無い。今日も現れるなら夜だろう。
休んだら手伝いに来ます。ギアはそう言い、手を振ってオフィスへ戻る。ジャックも2人に任せて踵を返した。
「わかりましたー。お任せください!」
地図を見てアルマはふむふむと頷き印の集まる中心部に指を置く。
「それにしても、右腕ばかりがなくなるなんて、怪談じみた話だね……」
鞍馬は空を眺め、目に留まった工場の屋根の高さ、地図に示された場所との距離を推し量る。
来るならば、物の有るところに。オダマキの青をあしらう白い機動籠手。関節から滴る様に青い焔が滲む。
双眸を紅に輝かせ、アルマは口角を釣り上げた。
アルマと別れ、工場の外階段を上る跫音。屋根へ出る瞬間に連なる煙突に並び、家へ帰っていく人々の姿を見下ろす鞍馬の眼が金に揺らぐ。
剣を構え、アルマを中心に広い視野を保って一帯を見張る。
「……まあ、実際に遭ってみればわかるか」
敵の姿、その正体の考察を追いやって、宵闇の深まるなかで耳を澄ます。
「やっぱり来たです! だれですー!?」
程なく。アルマが動いた。盾に受け止めた爆風。からん、からん、と硬質な音。
窓に、塀に、ぶつかって跳ねる皿と鋏。翻った万年筆はアルマに鋭い切っ先を向け、触れる瞬間に爆ぜて衝撃と破片を盾に激しく打ち付けた。
視線を上げれば暗がりの微かな光を映した様々な品、陶器か、或いは金属のそれが降るように迫ってくる。
黒衣の幻影を翻し放つ光がその内の三を貫き、背後に飛び降りた鞍馬の剣がマテリアルの流線を描いて薙ぐ。
すぐに次の音を聞き、それぞれ得物を向け直す。
肩の兎が照らす敵影は尽きない。アルマの声に答える声も無く、どこからか投じられる爆発物のみに終始している。
一時、明瞭な視野を得て敵を探ると、それらは何れもどこかしらの破損した品で有る事だけが分かった。
ガクルックスとカティスから伝えられた昼間の襲撃先と敵の形状。人形を置いている店の場所。
昼間と変わらず無事な様子を確かめながら、閉店の頃まで尋ねて回った。
日が落ちるとランタンを周囲にも向けながら、足音や微かな物音にも耳を澄ませて見回りを続けた。
マキナに続いて、警戒しながらも星野は少し考え込む。
処分されてしまったらしく、実物は見られなかったが、伝えられた人形の状態は様々。
「右腕を無くした歪虚がぁ、自分の腕にふさわしい腕を探してるんじゃないでしょぉかぁ」
見付からないから被害は続き、八つ当たりのように壊されている。
「……そうかも、知れません……、……今度こそ、守りましょう」
得物の柄を握り締めたマキナの手の甲に浮かぶ歯車の幻影。噛み合って時を刻むように針を回す。
硬質な音を聞いた方へ、地面を強く蹴って駆る。音の気配が上方へ向かった感触に店の塀に跳ねて屋根へ。
光源を向ければ浮かび上がるひび割れて、捻子の飛び出した懐中時計。
「眷属に自分の腕の見繕いでもさせてますぅ?」
太陽を象る白い符がそれを囲う。残りの符を指に挟んで蒼く輝く瞳で敵を睨む星野の髪がふわりと揺れると、その囲いの中爆ぜた時計の破片が符を裂いた。
「是非敵の御尊顔は拝したいところですぅ」
どこから投じられたと、2人は周囲に視線を向ける。
4つの瞳が捕らえたのは、5客揃いのグラス。引き直した符を投じ、星野はすぐに次の敵を探す。符の囲い損ねた1つを短剣が弾く。
炎に包まれた刃に照らされたそれは、攻撃の為で無くひび割れており、中空へ投げ出されたところで粉々に。
破片の降り注いだ衝撃の重さに、踏み締める屋根瓦を鳴らして、歯を食い縛る。
「逃げ道を、塞ぎます。……こちらへ」
星野に声を掛けると、投じられる品を符の方へと集めるように弾きながら走る。
互いの動きを捕らえられる距離を保ち、分断に備えて通信機も起動させ。
絶えることの無い攻撃が漸く止んで、走り続けたマキナの動きは乱れ、星野も手を払う様に解す。
「……ここだけとは、限りません」
地図へ明かりを。次の店を指して頷く。
結局、敵は最初の1つきり、焦ったメグが転んだだけ。けれど何かが潜んでいそうな気はする。
眼鏡でした。勝手に動いて、煉瓦の塀を傷付ける程の力で爆発します。そう、膝をさすってメグは言う。説明は辿々しいが、その状況は容易に浮かぶ。日用品を模して爆発する敵。
覚えが有った。
「前に対峙したアレは、子供に薔薇を持たせていたわね」
アリアはそう呟く。逃走するその右腕を砕いた少女人形の歪虚。
「右腕を無くした歪虚……私もそう思うわ。でも全てが右腕を壊されたわけじゃないのが気になるの」
左右の区別さえ出来ない眷属がいる。襲撃の数を見ても複数。人間の模倣犯の可能性さえも。
高い体高の引き締まった猟犬が、その身体をマリィアに従わせる。聡明な面差しで唸ることも無く耳を欹てていた。
「……発見殲滅に重きを置くのが夜間の見回りでしょう」
夜中を回って、家々の明かりは既に消えている。ぼんやりと灯った街灯が1つきりの交差点に足を止めた。
「ええ。……歌も演奏も好きだから、音には敏感なの」
ティーセット一式を貫いて弾丸の雨の降り注ぐ中、淡いマテリアルの煌めきを纏い、アリアは雪の色をした剣と純白の槍を構える。得物はそれぞれ彼岸花の刻印を、マテリアルの色彩を輝かせ翻る切っ先は敵を砕き、白磁のそれは四散する。
空へ銃口を掲げた白銀の大型魔導銃。降り注ぐ破片にそれを背負い、腕を翳して展開するマテリアルの障壁で身を庇う。けれど、腕に掛かる衝撃は軽くない。
攻撃に砕けても尚、その威力を保って爆ぜるらしいそれに眉が寄った。
「本命は何処に潜んでいるのかしらね」
腕を払って、碧の銃把を握る。照門から覗く空に他の敵影は無い。
次へ、と足を進める。
昼間の静けさが嘘のように、玲瓏とメグが気配を感じた場所では片手以上の敵と遭遇し、それを砕いた。
「……もう少し、裏の方も行ってみたいわね、それから……」
何等かの痕跡を見付けられたら良い。猫の様なアリアの瞳が狩るべき敵を探る。
空の白み始める頃に、空き地を回り終えて調査と殲滅を終えた。
●
ガクルックスの提案で日中に調査を終えたハンター達はオフィスに集まり情報を纏めていた。
一通り集まって、後は任せて休んで欲しいと受付嬢が言うと、ギアが手を上げた。
「朝にも被害があったと聞きました。早起きをしてお手伝いに行きたいのです」
ハンター達は顔を見合わせたが反対意見は出なかった。
調査結果と遭遇した敵の情報、これまでの記事。時系列に種類別にと並べながら受付嬢は幾つかのことに気付き首を捻る。
「…………かしこく、なってる?」
皆さんが目覚めたら相談しましょう。と、彼女も少し休息を取ることにした。
無作為な襲撃が人形を的確に狙い、左右の別が付かなかったそれは、次の襲撃で右腕だけを持ち去り、そして数軒を続けざまに襲った。
今夜、大変なことになっていないと良いのですが。
起き抜けのハンター達にもたらされた相談に、彼等は支度を急ぐ。これまでの夜間の被害の大きさから、アルマと鞍馬を追うことにした。
朝日の中見付けた2人は無事に立っていたが、周囲の戦闘の後は夥しく、その激しさを物語る。
今し方収まったばかりのようで、鞍馬はもう暫く見回ると言う。
後の2方面も様子を見に行こうとハンター達が動き始めた時、その気配に誰とも無く声を上げた。
空気を裂いてジャックの背に迫った鈍色の鈎と鋼線。
彼に報せる声に動くよりも先に、強い力で突き飛ばされた。
受け留めきれずに蹌踉けた少女が友人の名を悲鳴のように叫んだ。
彼のいた場所に伸ばされた右腕を捕らえた鈎、絡み付いた鋼線。
初めからそれを狙っていたという様に、引き千切って釣り上げた。
少女は倒れたままで杖を握り締め、泣きながら治癒を祈る。
「……少し大きすぎて不格好だけれど、無いよりはマシだろう。我が最愛の娘、優しい魔法使いの物語、次のお話は甘いクッキーで作るお菓子の家だ。招いた子をみんなお友達にして、ごちそうしてあげよう」
屋根の上の少女人形。そのひび割れた右肩に括り付けられた、鋼線も鈎もそのままにしたオートマトンの右腕。
嗄れた男の声で喋り、少女の声が楽しそうに嗤った。
事前情報として揃えられた記事に目を通す。広げた街の白地図に印を付けて手を止める。
「メグ様は、確か以前に……」
人形のお化けに合っていませんでしたか。と、玲瓏(ka7114)が尋ねる。
読み耽っていた号外からGacrux(ka2726)も一瞥を向けた。
メグは首を傾げて覚えていないと言う。
「抱っこ出来るくらいで、とても綺麗だったと思うんです……」
容姿を描こうと向かう紙に手は一向に進まない。
あの人形の歪虚も大きさはそれくらい、美しいと言える容姿をしていたがどうだろう。
玲瓏は考え込むように地図を見る。
「先ずはジェポッテ様のお宅へ。一緒に参りませんか?」
玲瓏の誘いにメグが頷く。
隣にいたギアの肩にぽん、とジャック・エルギン(ka1522)の手が乗せられた。
「ジャックだ。よろしく頼むぜ」
友人と組めなくて悪いと、青い双眸をぱちりと瞑る。
「いいえ、大丈夫です。ギアはちゃんと戦えます。……それは、握手ですね。ギア、握手を知っています」
差し出されたジャックの手を無邪気にはしゃいで両手で握って揺らす。
その手を見詰める。白い皮膚に透けるのは血管では無く鮮やかに被覆された導線、骨では無く鋼の軸。この腕も人形のそれだと握る手に無意識の力が籠もった。
地図を手伝っていたハンター達も、夜間に備えて休息に入る。
「……お人形さんの右腕と言い、僕なんだかこの依頼はどうしても受けなきゃいけない気がしたです……」
ふにゃりと柔らかに微笑んだアルマ・A・エインズワース(ka4901)がギアの傍らで足を止める。
同じ名前の花を誕生花に持つと言って、どこか得意気に。
アリア・セリウス(ka6424)はスマートフォンに登録を終え、ぽっと浮かんだ日付を見る。
「……ああ、もう、二年もたつのかしらね」
小さく呟いて、荷物を纏めると部屋を出た。
マリィア・バルデス(ka5848)と鞍馬 真(ka5819)も続き、星野 ハナ(ka5852)は、はたと振り返って、
「出来ましたらぁ、被害に遭った人形の状態も、確認して下さいぃ」
お願いします、と言い残す。
最後に残っていたマキナ・バベッジ(ka4302)も一礼をして休息へ向かい、カティス・フィルム(ka2486)は行きましょうとガクルックスに声を掛けた。
●
「忙しいとこすまねえ。ハンターだ。最近起きてる物騒な事件を調べててな」
工具の火花、白い蒸気。金属音の賑やかな中よく通る声。
誰だと訝しむ顔を向けた職人が、嗚呼、と手を止め、工場長らしい髭の男を呼んだ。
掻い摘まんだ事件の説明に、彼等は一様に首を横に揺らす。
幸いうちは人形は作っちゃいねえから。工場長は職人達を作業に戻らせ、ジャックとギアを表に連れ出し斜向かいを指した。件の人形工場らしい。
「分かった。マッピングをしておいてくれ」
ジャックの指示でギアは地図を広げ工場の名前を囲みピンを立てる。
それから。と、工場長は通りを数える様に指を揺らす。大きな交差点を左で二本目を左、3本向こうを渡って細い道を右。蟀谷を掻きながら工場長は人形を扱う工場の場所を何カ所か挙げた。
2人で地図と街並みを睨む様に、煩雑な道を聞き取り地図に印を増やしていく。
「……人形サイズとはいえ腕なんか持ち歩いて、目立たねえハズもねえんだが……」
工場長に礼を告げて近い順に聞き込みへ。周囲の工場にも尋ねたが、犯人を目撃した者はいない。
聞き込みを続ける内に、評判を気にして被害を届けていない工場も結構な数に上り、襲撃の多くは夜から未明だと分かった。
からん。と、小さな音に、無人となった工場を覗く。黴と埃の匂いが漂う湿気った空気だけがあった。
気のせいかと、日の傾くまで聞き込みを続けて帰途に就いた。
カティスとガクルックスはまず食器屋へ向かった。
「ここから入ったみたいなのですよ。でも。どこから……」
割られた窓に板が打ち付けてある。しかし、そこへ続く痕跡は見付からない。得られる物は無さそうだ。
続いて、玩具屋へ向かう頃は日も昇り、数人の客の姿が見られる。
「少々、よろしいですかねえ。聞きたいことがあるのですが」
当日居合わせた店員を探し、ガクルックスが状況を尋ねる。店員は入り口近くの棚を差す。
からん。と乾いた音の後に、どん。と響いて、ドアと窓が飛んで。煙が引くと店内が荒らされていた。被害を検めると、壊れた物は多いが、無くなったのはそこ有った陶器とブリキの人形の右腕部分だった。
その証言に、カティスは店の回りを調べに、ガクルックスは爆発の跡へ向かう。
塗装の下の痕跡に眉を寄せながら、他の店について尋ねた。
「……複数犯の可能性も視野に入れますかねぇ」
痕跡を追い、特徴を並べて、日に日に増加する襲撃の頻度に呟きながら、次の玩具屋へ。
「侵入される前に……なんとかしたいのです。でも、難しいかもしれないのです」
辿れる痕跡は乏しい。カティスも溜息を一つ。
不意に、からん。と、乾いた音を聞いた。
透明な盾を咄嗟に構える。鮮やかな黒と青に飾られた漆黒の双眸は、音の方向を睨む。
どこからか投じられたティーカップは、隣の店のドアに跳ねてガクルックスへ向かう。
カティスが翻す杖の先端の外殻が花弁のように開き、中心に宝珠が浮かぶ。放たれた魔法の矢はカップを貫き、中空に爆ぜさせた。
盾を傘に、降り注ぐ破片を防ぐ。腕に掛かる衝撃はカップ一つを割った程度では到底足りない。
音がもう一つ、更に複数響いた。
「サポートします」
青い流線を纏い、カティスが杖を片手にベルを鳴らす。
「……敵の正体を……」
続いて飛んできた匙を弾き、ガクルックスはモノクルの拡大率を上げてその軌跡を辿った。
倉庫を見回った後、ジェポッテ家の庭の見えるリビングに通され、カップに紅茶を注ぎチョコ餅を乗せたトレイが置かれた。
老人と娘は玲瓏とメグの訪問を喜んだが、事件について少し消沈した様子を見せた。
倉庫には焦げたような傷、芝生は土が見える程だった。
オフィスでの保管を申し出た人形は、頑丈そうな蝶番すら拉げていた為に扉が開かず断念し、開かないなら返って安全かも知れないと、娘が豪快に笑って餅を摘まんだ。
覗き込んだ倉庫のテーブルの上には、それらしい影が静かに横たわっていた。
「忙しなくて申し訳ありませんが、これからご友人宅へも様子を伺いに参ります」
紅茶のお代わりを断り、玲瓏とメグは席を立つ。
夜にもハンターが見回りに来る旨と注意を促すよう周知を頼んで、ジェポッテの友人を順に訪ねる。
彼等も事件は知っており、ジェポッテと彼等の人形の状況を不安そうにしていた。
「変わったことは有りませんか? 陶器や玩具などが、不自然に落ちているようなことは……」
玲瓏が尋ねると、彼等は何れもこの辺りでは聞かないと言う。そして、街の方は危ないようだと1人は言い、別の友人は遠目に不審な煙を見たと言う。方角は大凡工場の集まる辺りだろう。
彼等にも注意を促し、ハンターが活動中と伝え、数軒毎に回っていく。
日の傾ぐ頃、交代へ向かいながら覗いた空き家。庭に眼鏡が落ちていた。
その不審な気配に金のクロスを頂く剣を構え、慎重に踏み込む。あと三歩の所まで至った瞬間、それは独りでに跳び上がった。
「メグ様、構えて」
剣から放たれた黒い影がそれを断つと、硝子や金属の欠片が強い衝撃を伴って飛び散った。
草を刈った様子や塀に残った跡が倉庫に似ている。他にいないだろうかと、玲瓏はメグを呼んで辺りを探る。
●
茜色に染まる空を眺め、一番星を見付ける頃。
ジャックとその後ろを疲れた足を引き摺る様にギアが続く。
2人を見付けたアルマと鞍馬が片手を上げた。
「よっ。悪いな、後はよろしく頼むぜ」
ギアが差し出した地図は書き込まれた情報こそ多いものの遭遇の跡は無い。今日も現れるなら夜だろう。
休んだら手伝いに来ます。ギアはそう言い、手を振ってオフィスへ戻る。ジャックも2人に任せて踵を返した。
「わかりましたー。お任せください!」
地図を見てアルマはふむふむと頷き印の集まる中心部に指を置く。
「それにしても、右腕ばかりがなくなるなんて、怪談じみた話だね……」
鞍馬は空を眺め、目に留まった工場の屋根の高さ、地図に示された場所との距離を推し量る。
来るならば、物の有るところに。オダマキの青をあしらう白い機動籠手。関節から滴る様に青い焔が滲む。
双眸を紅に輝かせ、アルマは口角を釣り上げた。
アルマと別れ、工場の外階段を上る跫音。屋根へ出る瞬間に連なる煙突に並び、家へ帰っていく人々の姿を見下ろす鞍馬の眼が金に揺らぐ。
剣を構え、アルマを中心に広い視野を保って一帯を見張る。
「……まあ、実際に遭ってみればわかるか」
敵の姿、その正体の考察を追いやって、宵闇の深まるなかで耳を澄ます。
「やっぱり来たです! だれですー!?」
程なく。アルマが動いた。盾に受け止めた爆風。からん、からん、と硬質な音。
窓に、塀に、ぶつかって跳ねる皿と鋏。翻った万年筆はアルマに鋭い切っ先を向け、触れる瞬間に爆ぜて衝撃と破片を盾に激しく打ち付けた。
視線を上げれば暗がりの微かな光を映した様々な品、陶器か、或いは金属のそれが降るように迫ってくる。
黒衣の幻影を翻し放つ光がその内の三を貫き、背後に飛び降りた鞍馬の剣がマテリアルの流線を描いて薙ぐ。
すぐに次の音を聞き、それぞれ得物を向け直す。
肩の兎が照らす敵影は尽きない。アルマの声に答える声も無く、どこからか投じられる爆発物のみに終始している。
一時、明瞭な視野を得て敵を探ると、それらは何れもどこかしらの破損した品で有る事だけが分かった。
ガクルックスとカティスから伝えられた昼間の襲撃先と敵の形状。人形を置いている店の場所。
昼間と変わらず無事な様子を確かめながら、閉店の頃まで尋ねて回った。
日が落ちるとランタンを周囲にも向けながら、足音や微かな物音にも耳を澄ませて見回りを続けた。
マキナに続いて、警戒しながらも星野は少し考え込む。
処分されてしまったらしく、実物は見られなかったが、伝えられた人形の状態は様々。
「右腕を無くした歪虚がぁ、自分の腕にふさわしい腕を探してるんじゃないでしょぉかぁ」
見付からないから被害は続き、八つ当たりのように壊されている。
「……そうかも、知れません……、……今度こそ、守りましょう」
得物の柄を握り締めたマキナの手の甲に浮かぶ歯車の幻影。噛み合って時を刻むように針を回す。
硬質な音を聞いた方へ、地面を強く蹴って駆る。音の気配が上方へ向かった感触に店の塀に跳ねて屋根へ。
光源を向ければ浮かび上がるひび割れて、捻子の飛び出した懐中時計。
「眷属に自分の腕の見繕いでもさせてますぅ?」
太陽を象る白い符がそれを囲う。残りの符を指に挟んで蒼く輝く瞳で敵を睨む星野の髪がふわりと揺れると、その囲いの中爆ぜた時計の破片が符を裂いた。
「是非敵の御尊顔は拝したいところですぅ」
どこから投じられたと、2人は周囲に視線を向ける。
4つの瞳が捕らえたのは、5客揃いのグラス。引き直した符を投じ、星野はすぐに次の敵を探す。符の囲い損ねた1つを短剣が弾く。
炎に包まれた刃に照らされたそれは、攻撃の為で無くひび割れており、中空へ投げ出されたところで粉々に。
破片の降り注いだ衝撃の重さに、踏み締める屋根瓦を鳴らして、歯を食い縛る。
「逃げ道を、塞ぎます。……こちらへ」
星野に声を掛けると、投じられる品を符の方へと集めるように弾きながら走る。
互いの動きを捕らえられる距離を保ち、分断に備えて通信機も起動させ。
絶えることの無い攻撃が漸く止んで、走り続けたマキナの動きは乱れ、星野も手を払う様に解す。
「……ここだけとは、限りません」
地図へ明かりを。次の店を指して頷く。
結局、敵は最初の1つきり、焦ったメグが転んだだけ。けれど何かが潜んでいそうな気はする。
眼鏡でした。勝手に動いて、煉瓦の塀を傷付ける程の力で爆発します。そう、膝をさすってメグは言う。説明は辿々しいが、その状況は容易に浮かぶ。日用品を模して爆発する敵。
覚えが有った。
「前に対峙したアレは、子供に薔薇を持たせていたわね」
アリアはそう呟く。逃走するその右腕を砕いた少女人形の歪虚。
「右腕を無くした歪虚……私もそう思うわ。でも全てが右腕を壊されたわけじゃないのが気になるの」
左右の区別さえ出来ない眷属がいる。襲撃の数を見ても複数。人間の模倣犯の可能性さえも。
高い体高の引き締まった猟犬が、その身体をマリィアに従わせる。聡明な面差しで唸ることも無く耳を欹てていた。
「……発見殲滅に重きを置くのが夜間の見回りでしょう」
夜中を回って、家々の明かりは既に消えている。ぼんやりと灯った街灯が1つきりの交差点に足を止めた。
「ええ。……歌も演奏も好きだから、音には敏感なの」
ティーセット一式を貫いて弾丸の雨の降り注ぐ中、淡いマテリアルの煌めきを纏い、アリアは雪の色をした剣と純白の槍を構える。得物はそれぞれ彼岸花の刻印を、マテリアルの色彩を輝かせ翻る切っ先は敵を砕き、白磁のそれは四散する。
空へ銃口を掲げた白銀の大型魔導銃。降り注ぐ破片にそれを背負い、腕を翳して展開するマテリアルの障壁で身を庇う。けれど、腕に掛かる衝撃は軽くない。
攻撃に砕けても尚、その威力を保って爆ぜるらしいそれに眉が寄った。
「本命は何処に潜んでいるのかしらね」
腕を払って、碧の銃把を握る。照門から覗く空に他の敵影は無い。
次へ、と足を進める。
昼間の静けさが嘘のように、玲瓏とメグが気配を感じた場所では片手以上の敵と遭遇し、それを砕いた。
「……もう少し、裏の方も行ってみたいわね、それから……」
何等かの痕跡を見付けられたら良い。猫の様なアリアの瞳が狩るべき敵を探る。
空の白み始める頃に、空き地を回り終えて調査と殲滅を終えた。
●
ガクルックスの提案で日中に調査を終えたハンター達はオフィスに集まり情報を纏めていた。
一通り集まって、後は任せて休んで欲しいと受付嬢が言うと、ギアが手を上げた。
「朝にも被害があったと聞きました。早起きをしてお手伝いに行きたいのです」
ハンター達は顔を見合わせたが反対意見は出なかった。
調査結果と遭遇した敵の情報、これまでの記事。時系列に種類別にと並べながら受付嬢は幾つかのことに気付き首を捻る。
「…………かしこく、なってる?」
皆さんが目覚めたら相談しましょう。と、彼女も少し休息を取ることにした。
無作為な襲撃が人形を的確に狙い、左右の別が付かなかったそれは、次の襲撃で右腕だけを持ち去り、そして数軒を続けざまに襲った。
今夜、大変なことになっていないと良いのですが。
起き抜けのハンター達にもたらされた相談に、彼等は支度を急ぐ。これまでの夜間の被害の大きさから、アルマと鞍馬を追うことにした。
朝日の中見付けた2人は無事に立っていたが、周囲の戦闘の後は夥しく、その激しさを物語る。
今し方収まったばかりのようで、鞍馬はもう暫く見回ると言う。
後の2方面も様子を見に行こうとハンター達が動き始めた時、その気配に誰とも無く声を上げた。
空気を裂いてジャックの背に迫った鈍色の鈎と鋼線。
彼に報せる声に動くよりも先に、強い力で突き飛ばされた。
受け留めきれずに蹌踉けた少女が友人の名を悲鳴のように叫んだ。
彼のいた場所に伸ばされた右腕を捕らえた鈎、絡み付いた鋼線。
初めからそれを狙っていたという様に、引き千切って釣り上げた。
少女は倒れたままで杖を握り締め、泣きながら治癒を祈る。
「……少し大きすぎて不格好だけれど、無いよりはマシだろう。我が最愛の娘、優しい魔法使いの物語、次のお話は甘いクッキーで作るお菓子の家だ。招いた子をみんなお友達にして、ごちそうしてあげよう」
屋根の上の少女人形。そのひび割れた右肩に括り付けられた、鋼線も鈎もそのままにしたオートマトンの右腕。
嗄れた男の声で喋り、少女の声が楽しそうに嗤った。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/03/22 07:33:37 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/03/19 15:15:54 |