聖導士学校――怯える精霊

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~13人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/05/24 07:30
完成日
2019/05/30 18:10

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 3つの選択肢が示された日から、人が変わってしまった。
 以前は積極的に手を挙げ講師を質問攻めしていたのに、今ではリゼリオの方向を見てため息をつくばかり。
 毎食大皿2つ平らげていたのが1皿になり、毎日肩車を強いていた社長に悩み相談をするようになった。
「まるで恋煩いですね」
 聖導士学校出身者であり、既にエリートコースに乗っている助祭が冗談のつもりで言った。
 校長である司教が目を逸らす。
 出張から帰ってきた司祭が深刻な顔になる。
「あの」
 エリートとは言え十代半ばでしかない。
 焦りが顔に出て、手持つ珈琲がカップごと揺れた。
「マティ、あなたのミスではありません」
 司祭の瞳が陰っている。
 そこに不吉なものを感じ、マティは表面を取り繕い現状を再確認する。
 地元の歪虚と小競り合い……というには激しすぎる戦いを繰り返した所に傲慢王勢力の一部が攻め込んできた。
 地元精霊ルルの支援を受けたハンター達が、敵も味方も予想していなかった強さを発揮し地元歪虚が介入する前に異界の戦車部隊を滅ぼした。
 そこまではいいのだ。
 王国対傲慢の戦いが激しさを増しても、聖堂戦士団部隊がいくつか引き抜かれても、農業法人が高位覚醒者の出し惜しみを止めなんとかなった。
 だがなんとかならない問題もある。
 南に潜む歪虚やリアルブルーから来た人材など、一介の司教や司祭には手に余る。
 その中で最大の問題は、精霊だった。
「ねえ」
 壁を透過せず、わざわざノックをしてから丘精霊ルルが入ってくる。
 見た目は十代半ばのエルフ。
 強い正マテリアルがあるため人類と見間違えることはないが、諦めと焦りが入り交じった表情は人間以上に人間らしい。
 少なくとも、歪虚を滅ぼすことしか考えていない司祭よりずっと人間らしかった。
「みんなはいつ来るの?」
 助祭の体が恐怖に震えた。
 非礼であることが分かっていても目を合わせることができない。
 どろどろどに溶け合った愛着と執着が、目映いほど強い正マテリアルの奥から覗いている。
「予定通りなら、先程依頼票が張り出されたはずです」
 マティを庇うように司祭が応えた。
「いつ来るの?」
 丘精霊の気配の質は変わらず圧力だけが増す。
 もう攻撃と区別できない。
「いつも通りになるでしょう。ルル様が1番ご存じでは?」
 司祭の態度も声も穏やかなはずなのに響きが冷たい。
 初めてルルの瞳の焦点が合い、単身で受け止めた司祭の魂がきしむ
「丘で待ってる」
 精霊の姿が消え、それまでの圧力が嘘のように消えた。

●暴走する精霊
 ドアを開くと学校が消えていた。
 より正確に表現するなら、学校を構成する建造物全てが隠れる森が出現していた。
「昨日までは林だった気が」
「寝ぼけている場合か! どう考えてもルル様の御業だろうが!」
「っ、土地が枯れるぅっ」
 農業法人の敷地内に警報が鳴り響く。
 農業ゴーレム部隊を総動員して、膨大な肥料を森へ運び込む必要があった。
「何がどうなっているんだか」
 森の端、マテリアルが負に傾いた土地で大剣と負マテリアルがぶつかり合っている。
「まあ」
 元騎士がにやりと笑う。
 ドラゴンブレスじみた負マテリアルを正面から殴り潰し、右斜め前からの2発は盾で受けながら至近の歪虚に走り寄る。
 鴉を全高9メートルにしてから悪意を以て横に広げた形の、空を飛べぬ異形の鳥だ。
「やるこたぁ変わらないがな!」
 迎撃の爪撃は高く跳んで躱す。
 当然のように飛来したブレス複数を、分厚い刃で受け被害を減らす。
「踏み込みが浅いか」
 舌打ちを耐える。
 現役時代ならこのタイミングで必殺の間合いだった。
 だが現役最後の戦いで負った傷は高度な法術でも直りきらずこの有様だ。
 それでもこの歪虚相手なら十分だ。
 大剣を横に振り抜く。
 微細な負マテリアルが宙に舞う。
 負マテリアルで構成された歪虚の腹、腰、翼が、半ばまで抉り取られていた。
「ハンターのようにはいかないか」
 後ろへ跳ぶ。
 刺し違え狙いの嘴が地面に突き刺さり、冷静かつ冷酷な長距離ブレスが寸前まで足があった場所を焼く。
「下がるぞ」
 元聖堂戦士とタイミングをあわせて森の中に飛び込む。
 濃厚な正マテリアル晒され意識が途絶えそうになる。
 覚醒者ですらそうなのだから歪虚に対する効果は強烈だ。一歩足を踏み入れただけでも骨ごと焼け落ちブレスを撃っても木に届く前にかき消される。
 歪虚が、闇鳥と通称される個体達が森から離れていく。
 形は不格好ですらあるのに動きに隙は無い。
 知性は高くないはずだが、繰り返されるハンターとの戦いで慣れているのだ。
 苦しみながら森を北に向かう覚醒者達。
 飽きもせず攻め込み撃退される闇鳥達。
 そして、狂ったようにマテリアルを森に注ぎ続ける精霊ルル。
 南から全てを眺める瞳には憎悪も理性もなく、あの世へ通じる穴の如き空虚があった。

●ハンターズソサエティー
 依頼票に視線を向けたあなたにオフィス職員が近づいて来た。
「すみません、記録に残せないので」
 精霊が暴走しかけている。
 ハンターと二度と会えなくなることに怯え、ハンターに敵対される可能性があることに恐怖し、許されている枠を越えて現世に介入しているらしい。
「森の急拡大も十分大事ですが」
 放置すれば自らを使い潰して地域の霊的均衡を崩しかねず、最悪は負の側に転ぶことすらあり得る。
「今の皆さんであれば現地協力者抜きでも歪虚を根切り可能でしょう。ですが」
 できれば精霊の暴走を止めて欲しいと、精霊に世話になってきた人間の1人として頭を下げるのだった。



・今回戦闘可能な歪虚
 古エルフ由来の歪虚
 戦力的な主力はサイズ4以上の鳥型歪虚です。通称闇鳥。飛行能力なし。強ブレスあり。移動力3以下。
 希に飛んだり高速移動する個体もいますが、その個体は戦闘能力の割に大量の負マテリアルで構成されていて倒せば非常に効率よく浄化が進みます
 数的な主力はサイズ1の鳥型歪虚です。通称目無し烏。飛行能力あり。単独では低レベル雑魔の雑魚。急降下体当たり(成否に関わらずその後死亡)だけは要注意
 この勢力のトップは巨大な白い鳥でした。今はおそらく形が変わっています

・聖導士学校
 前年度以上の新入生を受け入れました。情報機器大量導入済み
 医療課程(医学部)はリアルブルー出身者が多いです

・農業法人
 社員である元騎士、元聖堂戦士は完全武装で地域の防衛を担当

・聖堂戦士団
 ハンター到着時点で残っているのは、負傷者を大量に含む1部隊のみ
 外部との連絡の際の護衛を受け持っています

・復興状況
 リアルブルー系人材の手を借り全ての機能が回復。ただし見た目は簡素または威圧的に

・過去の悲劇の広報
 大量のオブラートに包んで(ゲーム等で)王国内に流通開始
 対傲慢戦の影響で騒がれていないもののイコニアが暗殺リストのトップ集団入り

・丘精霊からの要望
 森に住んで
 一緒にいて
 皆と別れたくない

リプレイ本文

●凍った丘
 清らかすぎて虫すら住まない。
 そんな美しい地獄に北谷王子 朝騎(ka5818)が踏み込んだ。
「ルルしゃん!」
 返事はない。
 石の社で反射した自分の声だけが微かに聞こえる。
 守護者契約が可能な程に強いのに、朝騎はただ歩いているだけで息が切れて足を踏み外しそうになる。
「どこにいるでちゅかっ」
 気配は強く感じるのに意思を感じ取れない。
 単にこの地を象徴する精霊には用はない。
 喜び、悲しみ、迷い、ずっと一緒にやって来たルルを探し、小高い丘の頂上を目指す。
 正の気配が濃くなる。
 拒絶しているとしか思えない、攻撃に限りなく近いマテリアル障壁が立ち塞がる。
「そこにいたでちゅか」
 安堵して手を伸ばし。
 壊れ物を扱う指使いで優しく撫でる。
 障壁がふるりと震え、瞬く間に固さを失い霧のように広がった。
「ルルしゃ」
 どん、と胸と腹に衝撃が来た。
 辛うじて人型を保っているだけの、正のみのマテリアルの塊が朝騎にしがみついている。
 衝撃で肺から空気が抜けてしいま力が入らない。
 それでも、朝騎はさらに優しい手つきで抱きしめた。
「ルルしゃん不安だったんでちゅね」
 目を焼くほど強いそれを見下ろし、認識する。
 マテリアルは量と質はそのままに密度を増し、朝騎が良く知っている……ものより少し年上の姿になった。
「でも大丈夫でちゅよ」
 朝騎の存在を伝えるように距離を近付ける。
 強すぎるマテリアルで自身の魂が焼け付く気がするが離すつもりはない。
 抱きついたままよしよしと頭を撫でていると、いつの間に艶のある銀髪に変わっていた。
 灰色の瞳が朝騎を見上げる。
 別離に怯えるのは幼い子供のようで、しかし重いの深さが尋常な生物の域を超えている。
 常人なら認識するだけでも心が壊れる領域が、灰の瞳の中に見えてしまっている。
「朝騎、邪神の封印は選びまちぇん」
 背中を優しくぽんぽんと撫でる。
「朝騎」
 ルルの姿が安定する。
 形は対人用端末のままでも中身はこの土地そのものと同一であり、朝騎でも気を抜けば意識を吹き飛ばされるほど霊的に重い。
 もっとも、朝騎は呼びかけが親しいものになったことの方が重要でそれ以外は気にしていなかったが。
「ルルしゃんとお別れするなんて嫌でちゅし未来の子供達に厄介事を残すわけにもいきまちぇん」
「うん」
「恭順も無しでちゅ。朝騎、ルルしゃんと一緒に未来を生きたいでちゅ」
 自然と顔と顔が近づき、唇同士が軽く触れあった。
「もっと仲良くなれたら大人のキッスも……」
 顔が赤くなり言葉が不明瞭になる。
「将来的には……その……ルルしゃんと一緒に世界旅行もしてみたいでちゅ。これから先、やりたいこといっぱいありまちゅ。でちゅから朝騎、邪神なんかに絶対負けまちぇん。頑張ってやっつけまちゅ」
 言い切った。
 抱きしめる体が凄く暖かくて柔らかくていい匂いというか、何故か肉食獣が獲物に食いつくような気配が混じっている。
 これ濁した箇所も全部聞かれたでちゅかねと内心思う朝騎を、巨大な正マテリアルが包み込んだ。
「そこまでです」
 丘の麓から駆け上がってきたイェジドが、大地に沈む直前の1人と1柱を引きずり出した。
「またー?」
 少し遅れて馬に乗ってやって来たメイム(ka2290)が朝騎を介抱する。
 強いマテリアルで意識が朦朧となっているだけで後遺症は無さそうだ。
「ルル様」
 イツキ・ウィオラス(ka6512)が真剣な顔で語りかけると、ルルは無言で正座する。
 感情が高ぶりすぎてまたやってしまった。
 イェジドがルルに近づき目と仕草で意思疎通。
 何らかの同意が形成されたようで、ルルがよいしょとイェジドの背に登って正座し直す。
「共に在りたい、離れたくない。其の想いは至極当たり前で、誰もが抱くものです」
 見た目はイツキと同年齢のエルフなのに、何度もうなずくルルは非常に幼い印象だ。
「――けれど、折り合いの付かない感情は、身を滅ぼす激情です」
 大人しくなってもまだ強烈なマテリアルに晒されながら、イツキは真摯に言葉を続ける。
「げきじょーというか、その……」
 ルルは反論しようとして、ルルを心配する目に気付いて言葉が続かなくなる。
「望むものを望むままに、己の為だけに求める。其の在り方は、いずれこの地の悲劇を繰り返すだけです」
「そんな、こと」
 強く指定しようとしたが勢いが弱くなる。
 聖導士のための学校がこの地に来る以前、血塗れの結末を迎えた時代を思い出してしまう。
 そのときはエルフと人間が揉めに揉めた。
 丘精霊ルルが関わる今に似たような紛争が起きれば、悲劇の規模はその程度では済まない。
「この地を、アナタを愛する人たちが、何故愛するのか」
 イツキは背後を振り返る。
 学校も農業法人の施設も遠すぎて見えないが、森に侵食されても分かるほど、ルルの丘に向かう道がよく整備されている。
「今一度、何を求め、何故求めるのかを、考えて下さい」
「はい……」
 頭を下げる動作がかつてないほど美しかった。
 イツキによる説教が行われていた頃、ユウ(ka6891)は相棒のワイバーンと共に空から見回りをしていた。
 以前とは同じ土地とは思えないほど緑が濃い。
 なのに北にある故郷とは全く異なるのにどこか似た部分がある。霊的なものの関与の深さだ。
「どれだけ無理をしているのです」
 ため息が出た。
 青龍とルルでは存在の規模が根本的に異なる。
 青龍なら少し疲れる程度で済むかも知れないが、ルルがこれだけ緑を増やせば存在が危うくなる可能性すらある。
 途中で農業ゴーレムを見つけて挨拶を交わす。
 彼等が膨大な肥料を自主的に持ち込まなければ、今回の依頼はルルの死に目に会うための依頼になっていただろう。
「よかった」
 気配が変わったのに気付いて安堵の息を吐く。
 正マテリアルの流れが急流からせせらぎに変わる。
 成長を急き立てられていた森がほっと息をつき、土地全体の緊張が緩やかに低下していった。
「うん、これなら大丈夫。一度ルル様の所へ行こう」
 空色のワイバーンが小さく鳴き降下を開始する。
「警戒は、増やす必要があるかも……」
 今は大丈夫だが、森を通じてもたらされる正マテリアルが減れば南からの歪虚の攻撃が激しくなるのは間違いない。
「だからさ、精霊達はみんなさ、大精霊様の決めたことならって声を出さないんだ」
「うん。うん?」
 丘ではルルと宵待 サクラ(ka5561)が話し込んでいる。
 ルルの口元はパン屑まみれで、サクラが慣れた手つきでハンカチを使って口元を拭っている。
「大精霊も自分が裁定者だから自分の感情を表明しづらい」
「ええー、それは違う……あってる?」
 カイン・A・A・マッコール(ka5336)から奉納されたバスケットに手を伸ばして空振りする。
 冷めても美味しいよう調理された一口大パンケーキと卵サンドが既にルルの腹の中だ。
「ルルだけが大きな声で別れたくないって言ってくれた。嬉しかったよ、私は封印は絶対反対だったから」
「サクラー、勝手に想像して決めつるけるのは駄目だよ。大精霊は、えっと」
 丘を囲む形で膨大な正マテリアルが動いている。
 答えを探そうどこかに接続しようとして検索に失敗したような、不規則な動きだ。
「なんだっけ?」
「ルルしゃーん、もうちょっとかかるでちゅよー」
「そんなー」
 麓の小屋にいる朝騎に呼びかけられて露骨に落ち込む。
「まあまあ、これどうぞー」
 メイムは濃厚なチョコレートで覆われたクッキーを手渡しした。
 形は数ヶ月前のルルに似ている。つまりとあるハンターに酷似している。
「あっ、フィーナ。伝言ありがとう司祭!」
「勝手に頭の中を読むなとは言いませんが、読んだことに気付かせない方が人付き合いは巧くいくと思いますよ」
 イコニアは仕方ないなぁと小さな息を吐いて、続けていいのではないかとサクラを促した。
「大精霊様の考えは違うってこと?」
 サクラが問う。
「えーっと」
 丘精霊はサクラに向き直って真摯に考えるが言葉がまとまらない。
「極端に違わないならきちんと言っておくね。……ありがとう、ルル。私も、私達も精霊と離れたくないんだよ」
 本当に色々あった。
 美しいものも醜いものも大量に見ることになったし、血を流したし血を流させた。
 だからこの地とルルに対する愛着は非常に強い。
「私の1番は、聖女イコニア・カーナボン。それは生涯変わらないけど、2番目に大事なのはルルだ。イコちゃんの助命嘆願や殺害阻止に失敗して、私が死んじゃった時は来れないけど……それ以外なら私はずっとここの学校にいるよ、ここに住む。魂掛けて誓うよ」
「んんー?」
 ルルが、丘精霊が困惑している。
 サクラに対する軽侮は一切含まれていないのだが、誤解の存在を確信しているのにそれを指摘する言葉が出ないので困っている印象だ。
「拙かった?」
「ううんー。別にサクラは嫌いじゃないよ。サクラは私よりあの子に好かれてるけど」
 強烈なマテリアルを浴びても弱った様子の無い桜が、風もないのに微かに揺れた。
「つまり?」
 イコニアをちらりと見る。
 サクラより理解できていないようで、黙って首を横振る。
「だってサクラは司祭にべったりだもん。宗教に関わると酷い目にあうのはゲームのお約束だもんっ」
 リアルブルー某国製CRPGがお気に入りであった。
「誰だよ内容が偏ったゲームばっかり持って来たの」
 サクラは頭痛に耐える。
「そもそも学校自体聖堂教会の一部だよ? 教会の中でも過激な一派の直属でイコちゃんはその幹部」
「えっ」
 ルルは音も無く浮かんでサクラを盾にする位置へ回り込む。
 そっと顔を出して司祭をの顔を見ると、綺麗な笑顔で誤魔化された。
「失礼します」
 そのタイミングでユウとワイバーン・クウが降下してきた。
「ユウ! 逃げるの手伝ってって!」
 ルルはユウの前へ直接転移する。
 半ば奇跡に属する業だが、ルルの本拠であるここでは少ない消耗で可能だ。
 付き合ってあげて下さいと頭を下げるイコニアを見て、ユウはルルをベルトで固定した上で再度離陸した。
「たかーい!」
 無邪気にはしゃぐ様子と重大半ばの外見がミスマッチだ。
 ユウは南に近づかないよう気を付けながら、森を見下ろす進路を選んで北への進路をとる。
「はい、では学校で合流しましょう」
 朝騎との通信を終え、はしゃぎ疲れてうとうとしているルルの肩を軽く撫でる。
「寝ると危ないですよ」
「うん……」
「ここなら、人の目はありませんから」
 ルルの動きが不自然に止まる。
 人間に愛想の部分が良い部分が奥に引っ込んだのだ。
「守護者であるドラグーンよ、気遣いに感謝します」
 その言葉は耳ではなく魂に直接届いた。
 感じ取れる気位の高さは学校や丘でのルルとは別物だが、これも丘精霊の一面だ。
「手間をかけました」
「はい。社長さん達も喜ぶと思います」
 空から見ると人と物の流れがよく分かる。
 外部から運び込まれる物資は膨大で、その半分以上が森や農地に使われる肥料だ。
 ハンターが関わる前は、丘精霊が想像もしなかったものがこの地に溢れている。
 無言を肯定と解釈し、ユウは上空からの視察を助けながら具申する。
「ルル様は理解しているからこそ苦しんでいると感じます。ヒトは生きて紡ぎそして死んでいく……ファナティックブラッドを乗り越えても、いつか別れがくることを」
 エルフに見える精霊が微かに身じろぎする。
「でもだからこそ……ルル様には見守っていて欲しい。そう思うんです。いつかくる別れに苦しんでいるルル様に対して酷いとは分かっていますが……」
「分かっています」
 地上を見下ろす精霊は寂しげだ。
 かつてこの地で繁栄していたエルフは、地上には残滓すら残っていない。
 陽気に音楽を奏でているエルフも別の土地から来た者達だ。
「多くの別れの苦しみと悲しみがルル様に押し推せてしまうでしょう。でも、新しい出会いや紡がれた命の誕生に触れることも多くあるはずです。いつかくる別れの悲しみや恐怖に押しつぶされないで下さい」
 誰かが言わなくてはならないことだ。
 なら、永いときを生きるかもしれないユウが適任だ。
「皆さんが……私が大好きなルル様は笑顔が素敵なとても強い丘精霊様なんですから」
 ルルは、久々にこの地に産まれる命を見下ろし、無言で唇を噛んだ。

●人の営み
 他のメンバーに比べればこの地への馴染みが薄いはずのミグ・ロマイヤー(ka0665)が、誰よりも慣れた様子で指示を出してる。
「多少雑に扱っても問題は無い。じゃが順番だけは気を付けろ、いざというとき弾取り出せんでは笑い話にもならんぞ!」
 増えた生徒を護衛するため、ハンターが持ち込んだCAMや刻騎ゴーレムに十全な能力を発揮させるため、大量の弾薬が運び込まれていた。
「元気そうじゃねぇか」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が容赦なくルルの頭を撫でる。
 天使の輪があっという間に消えて、一束の毛が勢いよく飛び出し抗議するかのように揺れた。
「ボルディアさーん」
 数人のエルフが魔導トラックに荷台に乗せられこちらへ向かって来る。
 皆寝不足で顔色が悪く、しかしやり遂げた表情で何かを大事そうに抱えていた。
「こっちだ。なあルル、もし夜眠れない時があるならあれを聴け。ルルと俺等をつなぐ証だ」
 魔導トラックが停まる。
 本業アーティストのエルフ達は車に酔ってしまっていたが、運転手役をしていた生徒が荷物を受け取り恭しくルルへ差し出す。
 1分間に編集された演奏会の音が、見事な臨場感で再生された。
「これがある限り、俺等は絶対に離れ離れになんかならねえよ」
「心だけ戻ってくるのは嫌だよ」
「はっ、言うようになったな」
 ボルディアが破顔する。
「俺等は確かに邪神と戦いに行くけど、絶対ぇに生きてここに帰ってくる。お前が消えることもねぇし、ましてや戦うなんて有り得ねえよ」
 髪を大雑把に直してやってから、ボルディアは運び込まれた刻騎ゴーレムの元へ向かった。
「ルル様」
 ソナ(ka1352)が学校のPDAを手に近づいて来る。
 下手な口笛を吹きながら転移しようとして、ルルは己の肩にメイムの手が乗っているのに気付く。
「状況の変化についてお知らせしたいと思います」
 ルルは、神妙な表情を作ることしかできなかった。
 そして会議室である。
「特殊すぎて類似事例の情報が手に入りません」
「随時ルル様の様子を確認するのが最も確実というのが現状でして」
 知識と技術を兼ね備えた専門家達が、沈痛な表情で説明してくれた。
 いきなり森が野方図に拡大したせいで、畑だけでなく森自体の管理も難しくなっているらしい。
「森の木を別の場所へ移植できませんか。苗木より成長した木が安定して、枯れにくいかと」
 ソナがルルを見ながら提案する。
「最低限こことここから木を移せたらボトルネックが解消されます」
 特大の領内地図を使って提案すると、農業法人関係者全員が熱心にうなずいた。
「分かりました」
 丘精霊は、自らの一部であるマテリアルに移植作業を邪魔しないよう言葉を使わず言い聞かせる。
「ルル様」
「なんでしょうソナ」
 この地を象徴する側面が表に出たのに丁寧な態度だ。
 薬草を含む農業に詳しく、これまであれこれと面倒を見てくれ、しかもエルフであるソナに対しては強く出られない。
「もともと力の加減が難しかったようですし、落ち着いたら練習しても良いのではないでしょうか。人の勉強もですが、ルル様自身の能力ももっと伸ばしては?」
「あまり肩入れするのは……いえ、この事態を引き起こした私が言っていい言葉ではありませんね」
 存在感は巨大なのに、肩を落として小さくなった。
「運ぶのはあたしがするから~、代わりにプロジェクターの操作おねがい~」
 メイムと人間の女性が会議室へ入室する。
 20人分の茶が載った大型盆はメイムの手にあり、メイムに庇われている女性は見て分かるほど腹が大きい。
 ルルの目が優しくなる。
 滅びた古エルフとも、逃げ去った昔の領民とも、熱心に慕ってくれる生徒達とも違う。
 この地の食で育まれた命がすぐそこにあるのだ。
 過剰な祝福を与えるのを我慢するだけで精一杯だった。
 エステル(ka5826)がこほんと咳払いする。
 良い意味でも悪い意味でも典型的主戦派のイコニアとは異なり真っ当な聖導士なので、農業法人首脳部だけでなく丘精霊も静かになってエステルの言葉を待つ。
「ルル様、今回のように取り乱すほど、ヒトを好いてくれているはとても嬉しく思います」
 当然これで終わりではない。
 ヒトにとっても精霊にとっても重要な内容がこの後に続く。
「ですが、ヒトは永遠を生きることはできません」
「そうだよ~。あたしはエルフだし、この先百年くらいは一緒に居られるけど、守護者じゃない他のヒトはもっと早くに居なくなっちゃう。ルルさんはその後どうするつもりなのかな?」
 メイムが補足しじっとルルの目を見つめる。
 丘精霊は、精霊として静かに見守ると答えようとして、それだけでは到底満足できない自分自身に気付いて何も言えなくなる。
「邪神に対してどうするかを横においても」
 緊張感が高まる前にエステルが言葉を続ける。
「別れと言うのは必ずやって来ます」
 実体験に基づく説得力がある。
「覚悟、を持ってください」
 精霊に対して本来なら無意味な言葉だ。
 しかし人類に近づいてしまったルルにとっては必要な言葉だ。
「心を律する術を学んでください」
 究極的にはルルを止める術はない。
 真に暴走すれば、土地ごと滅ぼす以外に道はなくなる。
「辛いことでも逃げずに向かい合い、結果を受け止められる。そんな強さを貴女に持って頂きたい」
「はい。この子に嫌われたくはないですから」
 丘精霊は跪き、胎児に視線をあわせていた。
「問題は距離感と見たぞ」
 農業用ゴーレム運用についての意見を求められこの場にいたミグが口を開く。
 一緒に歪虚を吹き飛ばした仲なのでルルからの好感度は高い。
「人も精霊もお互いものでない以上、所有することはできない。つかず離れずでも長くはもたん」
 見た目よりずっと経験を重ねているので説得力がある。
「友であるなら遠きにありて思うもの。しかれども一丁ことあればすぐに駆け付けようぞ。まずは友達から始めよう」
 皆と同じようになと伝えると、丘精霊は微かに微笑みうなずきを返した。
 会議が終わった後、丘精霊はトラックを探していた。
 丘に跳ぶためのマテリアルを惜しんだのだ。
 教師が気付いて魔導トラックを寄越す。
 運転手は生徒、丘精霊が法人から受け取ったお土産を荷台に固定するのも生徒だ。
 極自然に助手席に座る精霊は、人間を利用するのが自然になってしまったことに気付けていない。
「ね~」
 メイムが荷台から語りかける。
「なかなおりの会はもうどうでも良くなった?」
 あ、と間抜けな息とマテリアルが揺れる。
 メイム達ハンターと比べると感覚が鈍いので生徒は気付けていない。
「何だか力押しで、白鴉討伐する話になりそうだよ」
「そんなことになっているのですか」
 動揺し、考え込みはしても否定はしない。
 ルルは精霊だ。
 歪虚とは絶対に相容れない。
 かつてよく仕えてくれたエルフの縁者であっても、歪虚は歪虚でしかない。
「烏達に同調するつもりはないけど」
 固定されていないのに、メイムは素晴らしいバランス感覚を発揮して安定して立っている。
 なお、特に舗装はされておらず運転手も訓練の途中なので、ルルの胸に安全ベルトが食い込み時折苦しげな息を吐いている。
「ルルさんが討伐は望んでいない様だったから、あたしはイコニアさんが準備する儀式を推したいな」
「私は精霊です」
「立場上言えないって? 散々力と口を出した後だから説得力ないと思うよ~」
 ルルがそっと目を逸らす。
 丘や空にいるときよりも、精霊としての部分と人間の友としての部分の均衡がとれているように見えた。

●司祭
「正直な話、その人がいなければ回らないということがある組織というのは不健全だと思っていますので]
 エステルがPDAを眺めている。
 解像度が高いわけでもないのに何故か見易い。
 教師が出した報告書がどこで誰にチェックされ責任者がいつ許可を出したか直感的に分かる。
「マティ助祭を筆頭にした面々で、学校の運営が順調に回っているのを見て安堵しました」
 さすがに、ちょっとこき使いもとい頑張っていただきすぎたかなと思いますしと言うと、イコニアの目から生気が抜けた。
「分かっていたなら……」
「できる状況でなかったのはあなたが一番理解しているでしょう?」
 年齢が近い聖導士同士、通じ合う部分が多い。
「ええだから頑張りましたよ。褒めてくれてもいいんですよ?」
 リアルブルーと真っ当にやり取りしていた頃なら絶対に得られないシステムを強引に導入した。
 その結果事務作業に必要な人材が減り、イコニアに余裕ができるだけでなくマティ達の能力も実質的に向上した。
「はい。ご希望に沿ったことができるように助力をしたいと思っていますよ」
 エステルは軽く拍手をしてそんな言葉を贈るのだった。
「イコニアさん」
 イツキが改まった態度で口を開く。
 真剣かつ深刻な気配を察し、司祭も姿勢を元に戻して席をソファーを勧める。
「結末がどうあれ、私は、貴女自身の意志を尊重します」
 既に邪神突入作戦への参加を表明している。
「突き進むのであれば、其れもまた貴女の道」
 負ければ終わりの最終決戦だ。
 体力に欠け持久力が不足していても、戦死を半ば前提に採用されるかもしれない。
「残る人の事を考えるか、放棄するか。其れも、貴女の自由、ですね?」
 紫の瞳が、静かに聖堂教会司祭を見つめていた。
「その件については私も聞きたいですね」
 エステルが穏やかな態度で容赦なく問い詰める。
「単刀直入にお聞きしますね。今後どうなさりたいですか? 歪虚と戦って死ぬから考えてないというのはなしでお願いしますね。生き残った場合の話として聞いています」
 冗談でも本気でも泣かせるまで追い詰めるという意思を感じる。
「引き継げるものは引き継ぎを終えていますから……」
 真面目な顔で考え込む。
 邪神を討てても、生命から生じる負マテリアル全てがなくなるとは思えない。
 世界も国も問わず、とにかく歪虚と戦える場所に潜り込もうと考えていた。
「それは……」
「無責任ですね」
「無責任なの」
 容赦なく指弾されてイコニアが言葉に詰まる。
「カーナボン司祭も殲滅派?」
 それは問いではなく確認だ。
「私も殲滅派なの。精霊様や幻獣が居なくなった世界なんて耐えられないの」
 ディーナ・フェルミ(ka5843)が自分自身に気合いを入れる。
「それに、大精霊リアルブルーは封印で邪神の気を逸らして、結局今誰の助力も望めず最終決戦に向かうことになってるの。同じ轍をクリムゾンウェストが踏む必要なんてないの。生き残りたいなら誰かを犠牲にせず戦うべきなの」
 直接クリムゾンウェストと契約した守護者なので説得力が飛び抜けている。
「今この時代に居る人全てが戦わなきゃ生き残れないの」
 ディスプレイに目を向ける。
 未訓練の子供を2月で実戦投入可能にするための計画についての報告書が映っている。
 既に半分以上進んでいて、これまでの新入生より過酷な訓練により子供達が苦しんでいることがよく分かる。
「戦う力がないことが戦わない免罪符にはならないの」
 ディーナは峻烈な人格の持ち主ではない。
「命はいつか必ず消えるものなの」
 この世界が破滅の半歩手前にあることを実感として理解できているだけだ。
「私達にはもう後がないの、誰かを犠牲にせず未来に生きる子供達にきちんと命を繋げたいなら」
 マウスを拝借する。
 生徒1人1人についての報告書を呼び出し、見込みがありそうな者に容赦なく訓練を増やすよう指示を出す。
「私は、戦うしかないと思うの」
 殲滅か、封印か、恭順か。
 選択がされるまで後少しであった。

●終わりに向けて
 金槌を打ち付ける音が響く。
 それ以外に聞こえるのは枝を揺らす風くらいのもので、緑に溢れているのに非常に寂しい場所だった。
「ここはこれでいいか」
 カインが立ち上がると、森と畑と果樹園が入り交じった光景が目に飛び込んできた。
 自然とため息が出る。
 協力要請した農業法人はゴーレム1機すら貸してくれず、こちらに事情を知っているはずの学校も厨房を貸す以外のことは一切してくれなかった。
 その結果が1人での大工仕事だ。
 物見櫓を降りて基礎を確かめる。
 土嚢と柱に緩みはないので、半年くらいならこのままでも大丈夫だろう。
「無駄に終わるのが一番いいんだけどな」
 傲慢王の勢力は既にここには見向きもしていない。
 王国国内だけを見るなら、ここは最も安全な場所の一つだ。
「本当に」
 櫓を見上げる。
 略せるものを徹底的に略した形であり、頑丈ではあるが移設には時間はかかり移動など不可能だ。
「嫌な状況だ」
 戦士としての勘もハンターとしてこれまで培った経験も、近い将来のイコニアの死を予測している。
 鎖に繋ぎでもしない限り、邪神との戦いに参加し守護者達が進むのを援護して死ぬだろう。
「せめて」
 イコニアの役に立てるよう全力を尽くす。
 そのつもりで動いてはいるのだが、焦燥感とも絶望ともつかぬ感覚に襲われることがある。
 重い足音と銃声、乾いた骨が砕ける音が重なって聞こえた。
 作業中のカインを護衛していたオートソルジャー・レドリックスが雑魔スケルトンを銃撃したのだ。
「すまない。気が抜けていた。……次は南だ」
 今使う予定もない高い櫓を学校周辺から丘にかけて整備する。
 ただの徒労で終わるはずなのに、カインの覚醒者としての勘は実際に使われる未来が近いことを告げていた。
 そこから南へ十数キロの地点。
「撤退、てったーい!」
 荷台を限界まで拡張したトラックが北に向かって逃げ出した。
「あのっ、木は」
「予備はいっぱいあるから気にしないっ。ルル様からも了解得てるからっ」
 移植途中だった木が放置されている。
 年齢の割には強いとはいえ戦闘訓練を初めて1年の数ヶ月の生徒10名程度では、希にある飛行歪虚の襲撃を防ぐことは難しい。
 サクラは魔導トラックの面倒を見る必要あるので護衛が足りない。
 空からの襲撃は他でも行われている。
 ソナが、ワイバーン・Laochanに降下を命じた。
 既に見慣れた目無し烏が寄って来て、ワイバーンの圧倒的な速度であっという間に置き去りにされた。
「ホフマン連続装填指示、弾種炸裂弾撃てー」
 聞き慣れた砲声が聞こえる。
 ゴーレム砲から飛び出た大型弾が無数の子弾を撒き散らし、ソナとワイバーンを雑に追いかけてきた雑魔に地獄を浴びせる。
「たまや~?」
 宙で砕けて飛び散る100匹近い雑魔は、大きな参加ではあっても見ていて楽しいものではなかった。
「後ろはどうなっとりますっ」
 むさ苦しい男達が大型の剣やメイスを振り回している。
 メイムから見ても見事な腕ではある。
 特に体格の良い闇鳥と、祝福された木や森の援護無しで正面からやりあっているのだ。
 闇鳥が大きく息を吸う。
 分厚い胸がさらに厚みを増し、全高9メートルで全幅はその数割増しの巨体が威圧感と存在感を増す。
 メイムが歌い出す。
 男達の動きが全盛期のそれに近づく。
「ブレスが来るぞぉ!」
 半球状に広がる闇色の息だ。
 多少は森の影響を受けているはずの草が一瞬で枯れて農業法人社員に迫る。
「当たるかぁ!」
 特大のメイスが闇鳥の胸を凹ませてブレスを強制中断させ。
「子供の顔を見るまで死ねるかぁっ!」
 闇のブレスの下を潜り抜けた元騎士が、凹んだ胸に大剣を突き込み貫通させた。
「後退ーっ」
 そして2人で逃げる。
 現役を離れて長いのでハンターのような持久力は無く、それ以前の問題として加齢で衰えているのだ。
「煌めけレセプションアーク」
 闇鳥の足下に魔法陣が刻まれ、そこから光の柱が真上へ伸びる。
 攻撃の範囲は直径6メートルの柱状であり、巨体に効率よく打撃を与える。
 護りの固さは重装甲CAMに劣るっているようで、負マテリアルで構成された羽や筋が焼け溶け落ちる。
「ホフマンの護衛お願い~」
 メイムは障壁展開の準備を整えた上で、ゴースロン種のアトレーユと共に闇鳥の周囲をまわる。
 体当たりをするかブレスを吐くかどちらが有効か判断しきれず、闇鳥は無駄は数秒時間を無駄にしてから再度大きく息を吸った。
 メイムの一瞬速く完成する。
 光の柱が闇鳥の骨まで焼いて右腕を脱落させ、しかしブレスに関わる部位はまだ残っていた。
「まず~」
 広範囲のブレスは回避できないと判断して防御に専念する。
 死にはしないが重体かなと判断したタイミングで、闇鳥にとっての死角からワイバーンが突っ込んできた。
 若いワイバーンが吼える。
 大きな刃を翼の一部の如く扱い、速度を維持したまま大型歪虚のすれすれを通過する。
 焼かれ脆くなった巨体が深々と切り裂かれ、肩から腰まで届く傷口から負マテリアルが蒸発していく。
「メイムさん!」
「了解~」
 メイムがホフマンと合流する。
 前衛をワイバーンに任せたソナが、薄く濃い闇刃を無数に作り上げて直径30メートル近い範囲に撃ち込む。
 攻撃力は残っていても半死半生の歪虚の足が止まり、何もない地面に刺さったはずの刃が何故か揺れた。
 メイムがホフマンに砲撃を再開させる。
 炸裂弾が地上に闇鳥に致命傷を浴びせ、薄く土を被っていた地下の闇鳥に確実にダメージを浴びせる。
「なっ」
「気付かなかった」
 戦闘力以外も衰えていることに驚愕する男達の前で、最初の個体と比べれば小さな3体が容赦なく殲滅された。
「助かりました」
 言葉を飾らず表現すると、ハンターのお陰で立志伝中の人物になった元騎士現社長が2人のエルフに深々と頭を下げた。
「ご無事で何よりです」
 ソナは2人の傷を癒やし、闇鳥が残した負マテリアルを確実に浄化する。
 そして、気になっていたルルの様子について聞いてみた。
「食事の量が元に戻りましたね」
「そういえば妻が最近よく会うと言っていたような」
「君の奥さんもか?」
 ソナは内心ほっとした。
 地域内の有力勢力である法人がうまくいっているのも嬉しいが、丘精霊ルルが精神的にも平衡を取り戻したことがより重要だ。
 懐妊の祝いを述べてから、ソナは別の件について話し出す。
「最低限の木の移植は行いましたが」
 既に必需品となった学校用PDAを取り出す。
 農業法人からも資金が出ているので、同機種でほぼ同内容なものを男2人も持っている。
「ここからここにも移した方がいいと思うのです」
「それは……」
「森の巡回を続けながらでは……」
 PDAで予定表を呼び出して議論が行われる。
「お二人の援護で負傷せず治療期間が0になったと考えれば」
「ゴーレムちゃんのメンテ担当に文句言われるの俺だよ? まあ今回は応じないと義理が立たないだろ」
 消えないよう喋っているつもりでも、2人のエルフの耳には届いている。
「明日、いえ明後日の午前ならゴーレムを3機動かせます。護衛は私達2人しか出せないので、その」
 メイムが軽くうなずきソナも目で同意する。
「ありがとうございます。前日までに移植する準備は整えておきます」
「それは有り難い! いやー、最近自由時間が減って嫁さんが怖くて」
 疲労が顔に出ている状態でも、男達の士気は十分に高い。
 2日後、夕方近くまでかかりはしたが、ルルの力が直接及ぶ範囲を広げることができた。

●丘の夜
 電子音とドラムとギターの調和が完全に崩れた。
「そこまでです」
 アリア・セリウス(ka6424)が歌を止めて宣言する。
 生徒達は素直に従い電子音を止めたが、そろそろお兄さんと呼ぶには苦しくなったエルフ達は苦悶の表情で楽器を構えたままだ。
「目指すのは夜明けを迎えるような、静かでも優しい交響曲です」
 陽が落ち、丘の上からでも残照すら見えない。
 しかし気温は暖かで、上に羽織らなくても過ごしやすい。
「即興、乱雑でいいから演奏と歌を重ねて欲しいのです」
 笛を手にした農業法人女性陣が、感銘した様子でアリアの顔を見上げていた。
「な、難易度高くないっすか……」
 全く売れなかった頃のようにエルフが泣き言を言っている。
 これは古エルフの慰霊するための楽曲制作だ。
 政治的に難しいのはもちろん、この地を司る精霊が直接関与しているので霊的にも高難度だ。
 なお、その精霊はアップルパイで腹を膨らませて朝騎に膝枕され寝ている。社の後ろにいるので今の所ばれてはいないが。
「そうでしょうね。形になるまで時間がかかるでしょう」
 生徒にとっては息抜きだが、仕事として請け負っているバンドエルフにとって現状は非常に胃に悪い。
「でも普通のやり方では届かないの」
 南を振り返る。
 普通なら3度は完全浄化可能な攻撃をハンターから受けているのに、古のエルフに由来する負マテリアルと歪虚達が未だにそこにある。
「夢のようでいい。現実の儘ではなくていい。祈り、信じて、思うが儘に奏でて形にしていくわ」
 バンドエルフのリーダーが胃の上を抑えて前のめりに倒れた。
「休憩にします」
 ルルが顔を出したので癒やすのは任せて良いだろう。
 アリアは足音がほとんどしない歩き方で、電子楽器の設備が整った建物に入る。
「全て認めてくれるとは思わなかったわ」
「罪滅ぼしという訳ではないですが」
 イコニアはほろ苦い表情だ。
「傲慢王、そして邪神と戦った後も世界は残る。その世界をどうするかは、次の世代」
「見えて……聞こえているのでしょうね」
 椅子に座って目元を手で覆う。
 20の半ばは遠いはずなのに、半世紀以上生きたような疲れの気配がある。
「3択で殲滅の場合は……」
 言いかけ、気付いて、固く口を閉じる。
 アリアはそんな司祭を見つめながら、責めも慰めもせず己の想いを歌う。
「ここは学園。未来を担い、作る可能性の育む場所だから……私はその輝きを失わせないようにするだけよ」
 沈黙が数分続き、アリアはそっと肩を撫でてから練習の場へ戻っていった。
「イコちゃ~ん。いつこれでもおかしくないんだから一人になっちゃ駄目だよ」
 サクラが顔を出し、イコニアが顔をあげる。
 年齢相応の穏やかな表情ではあるが、付き合いの長いサクラにとっては不出来な仮面でしかない。
「まあいいや。カインさん、私ちょっと用事あるからイコちゃんお願いね。サイさ~ん」
 サクラに退路を塞がれ建物の入り口に誘導される。
 傷ついた女を支え寄りかからせる絶好の機会だ。
 それに気付いて行動できるようなら、カインとイコニアの関係は別物になていたはずだ。
「前から気になっていたのですが、イコニアさんは、命を狙われたり、危険な目にあったりするとか過酷な状況が好きとかじゃないですよね?」
 結局口に出せたのは、そんな当たり障りのない問いだった。
「5年前なら楽しんでいたかもしれません」
 力なく笑う。
「今は無理です。背負うものが多くなりすぎました」
 前世を思わせる血塗れの記憶を得てしまい、聖堂教会強硬派を通じてクリムゾンウェスト連合軍と関わり、この地では学校とハンターの窓口を勤めている。
 最後の1つはハンターが直接関わることになるまでもうすぐだが、他の2つとも1人で支えるには重すぎる荷物だ。
「俺は……」
 言うのは、慰めるのは簡単であることは分かっているのに、誠実であり不器用でもあるカインは一歩を踏み出せない。
「生き残るとか政治とか学校の事とか、そういう事を考えるのは他の方に任せます」
 そんなカインだから、イコニアも関係を断つことができない。
「やるべき事や、やりたい事があるなら、止めはしません、俺を使い潰してくれても構わない、イコニアさんの好きにしてください。僕がイコニアさんの味方をしますから」
 緑の瞳が一度だけ瞬き、ため息というには悲哀の要素が強すぎる息が吐き出される。
「できれば学校の子供達を守ってあげてください。義務や役割を除けばそれだけが心残りです」
 遺言にしか、聞こえなかった。
「えっと~」
 あまりのタイミングの悪さにいたたまれない気分になりながら、メイムが代表して声をかけた。
「ごめん。ちょっと密談させて~」
 丘の麓から学校まではサクラが安全を確保し、丘が演奏で満たされた現状は密談にはうってつけだ。
 イコニアが平常心を取り戻す。
 頃合いと判断し、カインはハンター女性陣3人を中に入れて外での警護についた。
「白い烏? が蓄積した負マテをどうにかしないと元の木阿弥になるかも~」
 精霊による翻訳は今日も順調だ。
「現在地か慰霊塔の位置に留まらせ、ルルさんと対等な条件で対話させるような呪はどうかな~」
「また無茶を」
 一般的な司祭なら激高して襲いかかるような提案を聞いても、イコニアは頭痛を堪えるだけで手は出ない。
「問題の歪虚をメイムさん達が痛めつけた後なら、ルル様の言うことを何でも聞く形に加工することはできます」
 邪法や禁呪の類いである。
「うわー」
「私だってそんな術使いたくないですよ。……聖堂教会は無理でしたが、ここまでの実績がある皆さんであればひょっとしたら可能かもしれません。ですが」
 深刻な表情で言葉を絞り出す。
「他に使える資源を歪虚相手の交渉ために消費することになります。皆さんからの要請であれば私がなんとかします。資源の残りも考えた上で決めてください」
 それが、イコニアに可能な最大限の譲歩だった。
「安心しました」
 ユウのつぶやきにイコニアが驚愕する。
 歪虚に対する甘い態度など……という反応を期待していたのだ。
「イコニアさんが、先の戦いを乗り越えたことを知れて嬉しくて」
 グラウンドゼロでも竜との戦いでも大勢死んだ。
 司祭はその戦いに参加するだけなく、何人も知り合いを失っている。
「乗り越えられたのでしょうか」
 今思い出すのは無残な遺体ではなく元気だった頃の笑顔ばかりだ。
「ユウさんとユウさんの一族を深く知るほど、まだまだ私達も甘いなって気持ちになるんですけどね」
「ありがとうございま……」
 ユウの動きが急に止まる。
 それから困ったように微笑んで、何もないはずの場所に手を伸ばして優しく捕まえた。
 ルルの透明化が解除され、決まり悪げにイコニア達から目を逸らした。
「精霊様も見守ってくれています。次の戦いも乗り越えましょう」
「はい!」
 どちらも死にたがりではない。
 命を懸ける姿勢を心配する面もある。
 それでも、歪虚相手に戦う姿勢は一致していた。
「ルル様が、別れたくないと言って下さってうれしかったの。精霊様はみんな我慢してしまわれるから。ありがとう、ルル様」
 こっそり跳んで逃げようとした精霊をディーナが捕獲した。
「あ、その」
 ディーナは直接クリムゾンウェストと契約した守護者だ。
 広い意味では大精霊の一部であり、実態としては部下の部下のそのまた部下である丘精霊にとって上役と解釈可能だ。
 だから普段の態度をとっていいのか迷うというより緊張し切って混乱している。
「邪神戦争に参加する戦士は、殆ど帰って来られないかもしれない。それでも残った子供達は、ルル様に寄り添ってこの地で生きていくと思うの」
 混乱が止まる。
 苦手ではあっても信頼はしている司祭に目をやり、真実であることに気付いて真っ青になる。
「絶対誰かがルル様の傍に残るから、代替わりしてもずっと誰かがここでルル様と暮らしていくから。いろんな意見は出ると思うの、それでもルル様達と私達が分かたれることだけは絶対ない」
 精霊が縋るような目を向け、ディーナが穏やかに微笑んだ。
「ルル様にも私達を信じてほしいの。そして私達が邪神戦争から帰ってきた時に、ルル様に笑顔で迎えてほしいの」
「難しいよ」
 泣くのを我慢するのが精一杯だ。
「うん、難しいことばっかりなの」
 低いソファーに座らせ隣に座る。
「無理してまた小さくなるほど力を使っちゃ駄目なの。せっかく大きくなって使える力も増えたんだから、ルル様自身を大事にして、それでこの地を安らかにすることにも目を向けてほしいの」
 ルルは離れることもくっつくこともできずに固まった。
「大好きなルル様に倒れられても消えられても。私達は哀しいの」
 ディーナの真心を感じて、エルフに見える精霊がこくりとうなずいた。
「建立とか仲直りとか翼とか、ルル様がじっくり考えなきゃならないことはまだいっぱいあるから、ね?」
 優しくはあっても甘くはないディーナに、ルルは焦ったようにもう一度うなずくのだった。

●打通
 大気にまで積み重なった負マテリアルが、光をねじ曲げ脅威を覆い隠している。
 敵は、竜種じみたブレスを放つ歪虚群だけではない。
 濃い負マテリアル濃度も、ブレスで大地を抉って焼き固めた堀や崖も、歪虚に匹敵する脅威であった。
「霧だけではないな。毒も混じっておる」
 緑のルクシュヴァリエが悠々と飛んでいる。
 決して速くはなく、特別敏捷でもない。
 だが負マテリアルへの抵抗力は一級品だ。
 負マテリアルで構成された毒は効力を発揮できず、堀や崖や障壁を覆ったマテリアルの霧もルクシュヴァリエ・ゴッド・バウによって見通される。
「えっぐいのぅ。猟師が獲物を狩るための罠じゃろこの地形」
 ミグの基準でも見事いえるタイミングで、斜め下方から細いブレスが伸びてくる。
 1つ2つではない。
 30は超えている。
「ほう、この距離で広範囲攻撃か。頭は悪くないようじゃ」
 CAMに近い機体とは思えないほどの回避能力を持つとはいえ、フーファイター抜きの飛行に加えて広範囲ブレスに襲われると回避成功率は2割を切る。
「まあ足りぬがな。もっと引きつけて撃たんとなぁ」
 長距離広範囲攻撃で大威力を出せるのは高位の歪虚だけだ。
 名のある歪虚でもなく竜種ですらないただの大型歪虚では、ゴッド・バウの分厚い装甲を貫通するブレスを使えない。
「生きてるかー?」
「当然じゃ。この地の精霊が騒いでおったので心配になったか?」
 地上からの通信に応える。
 砲撃機を持ち込んだ時は、精霊が騒ぐわ無許可で祝福を与えようとするわコクピットでお菓子を食べようとするわで止めるのが大変だった。
「ミグの研鑽の賜物じゃというのに地味に傷いたぞ」
 そう言う割に得意気な雰囲気が機体周辺に漂っている。
 機体内の中小精霊達が、機体のこと分からない精霊にいじられるの迷惑だよねと囁きあっている。
「次、東側を探るぞ」
「頼む。ナビゲートなしじゃ機体捨てて生身で突っ込むことになりそうだからよ」
「お主ならそれでもいけそうじゃがの」
 軽口を叩きながらフーファイターを使い斜めに後退する。
 ブレスの多くがゴッド・バウを追い切れなくなり、負の気配が強い空気を無意味にかき回す。
「後2当て程度はできるが……」
 地形情報を機体内の記録装置に送りつつマテリアルの残量を確認する。
 ミグの本来の体が予備タンクの役割を果たしているので、10分程度はまだ飛べる。
「無理は禁物じゃな」
 王国の秘密兵器ともマッドサイエイエンティストの合作とも呼ばれる機体に弓を構えさせる。
 魔改造じみた回収がされてはいるが原型の機能は損なわれておらず、負に偏りすぎた悪環境をものともしない。
「地形を作った歪虚は不在か?」
 地上に潜む歪虚の配置が雑だ。
 位置を変えながら牽制と集中攻撃をするための地形であるのに、ただ強いだけで知性と戦術に欠ける歪虚による攻撃しか行われていない。
「弱いフリをしている間に本丸近くまで攻め込まれるのは」
 地上からルクシュヴァリエを狙った大型闇鳥を矢で貫く。
「弱い上に間抜けと言うんじゃよ」
 戦いより、はしゃぐ機体内の中小精霊を宥める方が大変だった。
「足がつくだけで心底楽だな」
 今はルクシュヴァリエ・炎神そのものであるボルディアが、前の苦労はなんだったんだと地上でぼやく。
 今回は地上から攻め寄せたので……偵察といっても実質的に威力偵察なので、敵の本拠を守る形でかつてない密度で闇鳥が集まっている。
 正面から飛んでくるブレスは負マテリアルの津波じみている。
 ボルディアが生身で戦っても、急所に当たると痛いなという程度には脅威だ。
「当たらねぇし効かねぇよ」
 生身のときのように躱しながら走り、密集した闇鳥に立ち塞がれたときは機体全高を超えるサイズの斧を振るう。
 半径12メートルの死の旋風が巻き起こり、黒々としたマテリアルが砕けて飛沫となる。
「おっと」
 ミグから送信された地図を横目で見て急停止。
 異様に嫌らしい位置に開いていた落とし穴を回避する。
「透明の闇鳥が生き残っていたらやばかったぜ」
 南から壮絶な負の気配が迫ってくる。
 それは本体ではなくただの通常攻撃なのに、地表を覆い尽くすほどに広範囲だ。
「はっ、連携も無しかよ」
 失笑する。
 人類に対するバリケードだった壁を逆に利用して回避。南からの攻撃を浴びた闇鳥に射撃で止めを刺した。
「すっごく雑なの……」
 ルクシュヴァリエが堀から飛び上がり、ぴかぴか光って半死半生の歪虚を焼いていく。
「マテリアルの量はあの竜並なのに」
 ディーナ機は素晴らしく速いので攻撃直後でもかなりの距離移動可能だ。
 自爆ブレスでの道連れを狙った闇鳥が置いていかれ、起こした爆発により北からの攻撃を防ぐための堀が崩れる。
「戦い方が素人なの」
 回避能力と防御と耐久力が揃った安全な機体の中で、ディーナはダメージが蓄積していたボルディア機に癒やしの術を行使した。
「ありがとよっ」
 再び壮絶な気配が迫っている中、炎神がわざと平坦な地形に侵入する。
 これまで見た中でも最大級に大きい闇鳥が、その戦闘力と反比例する稚拙な包囲を仕掛けてくる。
 ブレスを撃てば自陣営に大打撃で、格闘攻撃を仕掛けるなら炎神の近くの闇鳥しか攻撃に参加できない。雑の極みだ。
「首魁と戦うつもりはなかったのですが」
 エステルが困ったようにつぶやいた。
 幅8メートルを超える堀の中で、エステルに庇われたゴーレムが炸裂弾を連射する。
 ボルディアを攻撃できず、南からの攻撃を避けようとした闇鳥の大群が、弧を描いて迫る空からの爆撃で玩具のようにはじき飛ばされ足や翼をもぎ取られる。
「晴れて来たな……。ってこっから南は平地かよ!」
「足止めをお願いできますか?」
「フルリカバリーは残しておいてくれよ。あんなガキ相手に炎神を使い潰したくはないからな」
 ボルディアは、自然と口に出たガキという単語に違和感を覚えなかった。
「ガキか」
 鼻を鳴らして斧を振って挑発する。
 壮絶な気配が再び広がっても、全く脅威など感じなかった。
「聞こえまちゅかー! ルルしゃん……丘精霊のルルしゃんが」
 朝騎が南に呼びかけている。
 Volcaniusはエステルに預けて単独行動だ。
 盾の扱いが素晴らしく巧みで、無尽蔵に思えるほど雷を撃ち続ける様は英雄か魔人という活躍だ。
 ただ、寄ってくる歪虚が他のメンバーと比べて5割増しである。
「あぶなっ」
 囲まれかけ、慌てて北へと走る。
 ルルの気配がべったりと染みこんでいるため、正マテリアルを求める闇鳥の標的になっている。
「3択について伝えるつもりですか。討伐の際の障害にはならないでしょうが……」
 エステルは困惑しつつも指揮を続ける。
「ここを放棄し1キロ北上します。防御は私に任せ移動と砲撃に専念しなさい」
 エステルが温存していたスキルを使う。
 アンチボディはVolcaniusの実質的耐久力を向上させ、盾を中心に発生させた光の衝撃は南からの特大攻撃からゴーレム2機を完全に守り抜く。
 南に残ったのはこの地の歪虚の頂点とその護衛だ。
 北の歪虚は今回の威力偵察で壊滅した。
 後は東西の目無し烏と闇鳥だけだ。
「残り僅かだからこそ」
 アリアが槍を構える。
 西から来る闇鳥全てを相手取っていたので、彼女ほどの凄腕でも消耗が激しい。
「強者が出てくるのかしら」
 ただ投げるという動作が美しい。
 光を纏った槍が統率のとれた飛行歪虚の編隊を貫く。
 一瞬遅れて空間そのものが歪んで潰れ、歪虚だった負マテリアルが力に変換され槍とともにアリアの元へ戻る。
 白い肌に微かにあった傷が、最初からなかったかのように消え去っていた。
「後少しだけつきあってあげる」
 アリアに庇われ体力を温存していたイェジド・コーディが幻獣ミサイル4機を次々撃ち出す。
 クレーターができるほどの威力はないが、ハンターの前に出ずブレスに専念するようなブレス特化弱防御歪虚には良く効く。
 中には珍しく防御面も優れている個体がいたが、別方向から飛んできたミサイルの直撃を受け何もできないまま大地に沈んだ。
「エイル!」
 ミサイル発射直後のイェジドに声をかける。
 それだけで方針も気遣いも問題なく伝わった。
 スキルを温存する戦い方から回避と加速を駆使する戦い方に変え、それまでの闇鳥1部隊だけでなくその左右の部隊までウォークライで足止めする。
「到着しました。今から砲撃を」
 エステルの言葉が全て届くより早く炸裂弾が来る。
 イツキ達が足止めした巨体の群れが子弾により削られ崩れていく。
 だがまだ後続がいる。
 残存部隊と合流して部隊としての戦闘力を維持する。
 今度こそエイルとイツキを囲んで圧殺しようとして、既に北へ退避されているのに気付いた。
「時間ね」
 3つの剣閃がアリアから放たれ、彼女を狙った刺客が複数が3つ以上に分割され彼女の左右に転がる。
 損傷の目立つボルディア機が最後に合流し、その頭上十数メートルを威力だけある負マテリアルが通過した。
「本当に……判断力が落ちているわ」
 以前であれば、闇鳥達はハンターに負けても被害を最小限に試みようとしていた。
 結果的に全滅した部隊は無数にあるが、少なくとも試みてはいたのだ。
 今はその試みはない。この一戦で失われた歪虚は膨大だ。
 東から少数の闇鳥がばらばらに突っ込んでくる。アリアにとってはまとめっていた方が短時間で刈れる程度の戦力でしかなく、スキルを温存して戦う余裕すらある。
「先に行って下さい」
 イツキがエステルに促す。
 南の負の気配は強いが動こうとはせず、今この場はハンターにとっての狩りの舞台に等しい。
 ただ、炸裂弾等を撃ち尽くしたゴーレムにとっては少し厳しい。
 エステルや飛行を止めたルクシュヴァリエに守られ、2機のゴーレムが北上し安全地帯に向かう。
 イツキは表情を引き締め、速度と攻撃力の優位を活かして一撃離脱を繰り返し闇鳥の追撃を防いだ。

●あるいは最後から2番目の戦い
 目無し鴉の編隊が大きく傾いた。
 高度を速度に変え、しかしそれぞれ異なる角度で異なるタイミングで地上へ到達する。
 激突し砕け散る音は聞こえない。
 地上の闇鳥が猛烈な勢いでブレスを吐き出し、轟音で聴覚を妨害していた。
「待ち伏せにしては不十分ですね」
 R7エクスシア・ウィザードがスラスターを吹かす。
 複数方向からの包囲攻撃も、歴戦のエルバッハ・リオン(ka2434)にとっては雑な攻撃でしかない。
 闇鳥の角度が変わる。
 確定した己の滅びにエルバッハを巻き込む強い意思を感じる。
「以前ならもう少し」
 ファイアーボールを打ち上げる。
 編隊の半分と半分を消滅させ空からの包囲に穴を開ける。
「激しい攻撃だったはずです」
 地表と水平に飛んでくるブレスは実に8。
 それを放った闇鳥はそれぞれ100メートル近く離れ、どれだけエルバッハが奮闘しても短時間で倒せる相手ではない。
「ただの単体攻撃ですし」
 高位ハンターの鋭敏な知覚でみれば同期できていないことが分かる。
 新たにスキルを使う必要すらなく、スラスターの加速を有効に使って1つを除く全てを躱す。
「敵5の射程圏を離脱」
 西側の安全は確保してからここに進入したので前と横だけを注意すれば良い。
「さて」
 スラスターはそのままに移動を止める。
「未探索地域に潜んでいた敵にその隙をつかれたら大変ですからね。皆が戻ってくるまでに消えて貰います」
 射程400メートルを誇るマテリアルキャノンでの射撃を途切れなく続ける。
 本来単発でリロード不可の攻撃が続いているのはマテリアルチャージとエルバッハのマテリアルのお陰だ。
 攻撃しながら移動する余裕はないが、敵からのブレスを躱しながら超遠距離射撃を行う程度簡単だ。
「残り1。敵3が追加」
 2発と3発浴びせて仕留めたたタイミングで敵3体が追いついてくる。
「追い込んだつもりでしょうか」
 フライトシステム起動。
 そのまま後退すれば転落していた亀裂を飛び越え着地した時点でシステムを切る。
「いけませんね。緊張感が途切れそう」
 3発と3発で2体仕留め、再び敵が合流して残り4体。
「そろそろですか」
 敵首魁への進路確保が完了したようだ。
 エステルは、味方が戻ってくるまでに闇鳥を仕留めるため、移動は止めて敵の攻撃に専念する。
 敵も躱すので必中とはいかない。
 傷つきながら高威力ブレスを撃てる距離まで近づいた闇鳥が、大きく息を吸ったタイミングで風の刃に切り裂いた。
「後退を続けて下さい」
 味方との交信を行いながら対空射撃を実行。
 目無し鴉の生き残りが頭部から10メートルの地点で砕け散る。
「歪虚の排除は間に合います」
 既にファイアーボールの間合だ。
 ルクシュヴァリエ並の回避能力を持っているならともかく、多少強い程度では球状に広がる爆風を躱しきれない。
 スラスター用の最後のマテリアルを使う。
 ブレス全てを躱し、爆風で以て2体を瞬く間に削り切る。
「今更逃げようとしても」
 背を向け全力疾走する闇鳥に試作電磁加速砲を向ける。
「無意味です」
 エンハンサーで強化された一撃が機体を揺らす。
 闇鳥の背から腹まで貫く穴が開き、前のめりに倒れて地面で砕けた。
「後は」
 負の気配が減ったのを確認してから南を向く。
 後退してくるハンターの向こうに、汚れた白翼がちらりと見えた。
 その歪虚は地形という盾を失い、闇鳥の数まで減らされ、既にハンターの射程内にあった。


 魔導トラックが何も載せずに帰路につく。
 残された荷物には大量の弾薬だけでなく、浄化装置や各種保存食などの籠城戦用ともとれる物資が含まれている。
「新事業でも始めるのかな」
 嫌な予感がする。
 長時間での戦闘で疲れているかなと思いながら、イツキは装備を外した状態でエイルのブラッシングを始めた。
「今日は機嫌良さそうだね」
 戦闘中も目が生き生きしていた。
「――嗚呼」
 手が止まる。
 エイルが心配そうに振り返る。
「そっか」
 自然と苦い笑みが浮かんだ。
「残滓で無理、してないもんね」
 この地の膨大な歪虚に対抗するため無理に無理を重ねてきた。
 守護者契約の内諾を得たこともあり、今回は地の底の残滓に接触しなかった。
 だから体が軽い。
 肉体の疲労も魂の傷も許容範囲で、補給が済めばもう1戦闘だってできる。
「うん。後、少しだから」
 穏やかに微笑むイツキをエイルが心配そうに見ている。
 が、ブラッシングが繰り返されるたびに目が細められていく。
「ボルディアさんは次の便でお願いします。大きいので無理なく機体を運べるはずです」
「ありがとよ」
 撤収準備を進めていたボルディアが、一度口籠もってから意を決して話し出す。
「邪神に勝ったらよ、俺ここで先生やるのとかできっかな……?」
「それは助かります。教師用の教本も良いのが手に入りましたから」
「徹夜してでもなんとかするさ。……何冊分あるんだよこれ」
 PDAを借りて見てみると、分厚い専門書4~5冊分はあった。
「頼りにしてますよ」
 イコニアが楽しげに笑う。
 それは幸せな情景のはずなのに、何故か儚く感じられた。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 16
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    マイサン
    ゴッド・バウ(ka0665unit011
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    エンジン
    炎神(ka0796unit009
    ユニット|CAM
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ルーハン
    Laochan(ka1352unit003
    ユニット|幻獣
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ホフマン
    ホフマン(ka2290unit003
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レドリックス
    レドリックス(ka5336unit019
    ユニット|自動兵器
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka5561unit004
    ユニット|車両
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5818unit015
    ユニット|ゴーレム
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka5826unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka5843unit007
    ユニット|CAM
  • 紅の月を慈しむ乙女
    アリア・セリウス(ka6424
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    コーディ
    コーディ(ka6424unit001
    ユニット|幻獣
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2019/05/24 07:31:29
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/18 23:35:32
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2019/05/23 22:13:25