ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】精霊様よ、祝いましょ
マスター:KINUTA

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 8日
- 締切
- 2019/05/25 22:00
- 完成日
- 2019/06/03 03:31
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
今年、春の郷祭は開催時期が少し遅れた。
原因は言わずもがなラルヴァだ。かの歪虚王との最終決戦に、自由都市同盟は総力を挙げ臨まなければならなかった。とてもではないが、平行して大規模なイベントを行うなど出来なかったのである。
その甲斐あって、首尾よくラルヴァは倒された。幾つかの強力な個体がまだ残っているにせよ、これで嫉妬眷属は要を失ったことになる。もう組織的な行動を取ることは出来ないだろう。
●
郷祭関係者は、ハンターたちにコーヒーを勧めながら言った。
「今回の戦勝を祝し、ラルヴァとの戦いをテーマにした特別舞台劇をやろう、ということになりましてな。郷祭におけるイベントの一環として。あなたがたにはその舞台において、ハンター役を演じていただきたいんです。役者を使うことも考えたのですが、やはりここは直に戦った当事者たちが演じる方が、意義があるだろうと思いまして。『嫉妬王ラルヴァ』『クラーレ』『アメンスィ』の3役についても、やりたいという方がおられましたら、お任せしたいと思っております」
台本を流し見ていたハンターたちの1人が、ふと疑問を呈した。
「あのー、最後まで『カッツォ』の役がないみたいなんですけど……」
「ええ、ないですよ。だってあの歪虚、決戦の場に一切姿を見せなかったんでしょう?」
「あー、そういやそうでしたね。じゃあしょうがないか」
「ええ、しょうがないです。衣装小道具類はこちらにお任せください。雑魔役として、役者の卵さんたちも多数参加されます。賑やかな舞台になりますよ。すでに各方面に、宣伝も行われています。恐らくたくさんの家族連れが見に来ることでしょう」
要はヒーローショーみたいなものらしい、とハンターたちは思った。
とにもかくにも、自分たちが闘った経緯を一般の人々に知ってもらうよい機会だ、
●
『よーし、これでいっちょう完了だべ』
嫉妬眷属の歪虚が残して行った穴をきれいに埋め終わった大地の精霊もぐやんは、ふうと息をついた。
気づけば季節は5月。おひさまぽかぽかいい気持ち。
『さて臨時の大仕事も済んだことだし、里の見回り行ってみるべ。ジャガイモの花も咲くころだべ。かぼちゃなんかも葉っぱが大きくなるころだで。なんでもすくすく伸びて、いいお日柄だべよ』
もぐやんはえっさえっさ土の中を泳ぎ、ジェオルジに向かう。
その途中楽しげな歌や音楽が、上の方から聞こえてきた。
『はて、なんだべな』
短い首を傾けた後もぐやんは、真っすぐ地上へと上って行く。
そして、郷祭会場のただ中に現れる。
●
今年もやってるペリニョン村、バシリア刑務所、ユニゾンの3並びブース。
その前に大きな土山が、急にもこっと出てきた。
ユニゾンブースの店先にトロピカルフルーツを並べていたコボルドたちはびっくりし、慌てて四角い店の中に隠れる。
何事が起きたのかと店から出てきたマゴイは、もぐやんを見上げた。そして苦情を呈した。
『……ワーカーを……怖がらせないでほしいので……少し店から離れてくれないかしら……』
『おお、これはすまんべ。驚かせるつもりはなかったべよ。許してほしいべ』
相手が大人しく下がったので、マゴイは納得する。隠れたコボルドたちを呼び戻す。
そこでもぐやんは、改めて彼女に挨拶をした。
『おらは土の精霊で、もぐやんというものだべ。おめえさまはもしや、マゴイどんだべか?』
『……ええ、そうよ……どうして知っているの……?』
『いやなに、おめえさまの話はあちらこちらでちらほら聞くで。この間は行き場がないコボルドを引き受けてくれて、あんがとなあ』
そこに跳びはねてくる黒いうさぐるみ。ペリニョンの英霊、ぴょこ。
『おう! これはもぐやんではないか。おぬしも祭りを楽しみに来たのかの、来たのかの』
『いや、ちっと立ち寄っただけだで。しかしなんとも賑やかだべ』
『うむ、賑やかじゃ。わしの見るとこと去年より確実に人出が多いぞよ。なんといっても、戦勝祝いじゃでな。ところでマゴイよ、おぬし、お昼の休憩時間にはここのブースを離れられるのじゃろ?』
『……ええ…休憩時は……自由時間……』
『なら、その時にお芝居見に行かんか? なんか向こうの方で、すごいのやるらしいのじゃ。おーきなテント立ててな、その中でやるらしいのじゃ。スペットがそう言うとったのじゃ。じゃからして、ワーカーと一緒に見にこんか?』
『……それはお芝居の……内容によるわね……市民に相応しくない反道徳的なものではない……?……結婚とか母親とかは出てこない……?』
『ああ、そこは安心じゃ。結婚とか母親とか全然出てこないのじゃ。強くて悪い奴をボコボコにして八つ裂きにする、とてもどうとくてきなお話なのじゃ』
マゴイはコボルドたちの方を振り返り、これこれこういうことらしいが、お芝居を見に行く気があるかと聞いた。
コボルドたちは顔を見合わせ、すぐ結論を出す。
「いく」「みたい」「おしばい、みたい」
『……それでは……休憩時間に見に行きましょう……』
マゴイが承知してくれたのでぴょこは、今度はもぐやんに尋ねた。
『どうじゃな。もぐやんも見に行かぬか?』
『うーん……アメンスィ様の活躍が演じられるというならぜひ見てみたいけんど……おらはこのとおり、体が大きいでなあ。どんなにそのテントが大きく作ってあるとしても、入れねえと思うだよ』
『む、むー……なんとか小さくはなれんかの? ほかのものに乗り移るとか』
『それが出来たらええだけどなあ……』
大きなもぐらは困ったように頭をぽりぽり。何かいい知恵はないものか。
●
「はい、大人二枚に子供三枚。確かに。それでは楽しんできてください」
カチャは受付でチケットのもぎりをしている。休日のバイトだ。
「まだ間に合うでー。興味のある人見てったってんかー。安うするさかい」
テントの前ではスペットが呼び込みをしている。時折興味しんしんな子供たちにとびかかられ、顔をいじくられつつ。
「すごい、でかいユグディラだー」
「違うよ、化け猫だよ」
「違う違うどっちも違うわ離れんかい!」
この特別舞台劇には各界の有志、団体に加えバシリア刑務所も協賛している。その関係で派遣させられているのだ。人目を引く容姿の彼がいれば、客もなお集まりやすかろうと(ちなみに出店レジのほうは、今回ブルーチャーが担当している)。
開園時間になった。
いよいよ舞台の幕が開く。
テントの中から司会の声が聞こえてきた。
「さあみんな、声を揃えてハンターさんを呼んでみよう! ハンターさーん!」
「「ハンターさーん!」」
「もっと元気な声で!」
「「「ハンターさーん!」」」
リプレイ本文
●お祭りに行こう!
ジェオルジは、今郷祭の最中。
オフィスもお休み。
コボちゃんハウスの上でお昼寝していたコボちゃんは、ピイッと指笛の音で目を覚ました。
見下ろしてみれば、マリィア・バルデス(ka5848)の姿。
「コボちゃん、郷祭で劇をやるですって。一緒に見にいかない? ついでに焼き串なり何なり奢るわよ?」
「いくいく、いーくぅ!」
天竜寺 舞(ka0377)は郷祭へ行く前にユニと顔をあわせた。嫉妬歪虚サイゴン討伐の経緯を話すために。
それが、必要なことだと思ったから。
「てな訳でサイゴンは倒した。あんたにしたら言いたい事もあったろうけど」
一通り話を聞いたユニは、虚空に向かってぽつりと呟いた。
「……そうですか。もういなくなったんですね、あのひと」
「――ねえ、ついでだからさ、あんたもラルヴァ討伐の劇に出てみないか?」
「え?」
「これは芝居だけど、サイゴンに言われた事、された仕打ちにユニなりの思いがあるなら全部親玉にぶちまけろ。そうしなきゃ、あんたも気持ち的に区切りつけらんないだろ?」
星野 ハナ(ka5852)はばつ悪そうな愛想笑いを浮かべ、舞台関係者に出演辞退を申し出た。
「いえ、私は劇には出ませんので……参加はしてたけど活躍したわけではないのでぇ……ごめんなさいぃ~」
そそくさ逃げ出す彼女の後姿を、関係者は、不思議そうに見送った。
「あの方、確かかなりご活躍されていたと思うんですけどねえ……」
●イベント前のエトセトラ――郷際会場にて
コボちゃんは鼻をひくひくさせ、串焼き屋台へ走っていく。
「くしわーき!」
それを風のように追い越す人影――ディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
「今あるもの、全部包んでちょうだいなの!」
カウンターへ豪快に硬貨をぶちまけ、高らかに買占め宣言。あぶり台の上がたちまち空になる。
呆然とするコボちゃん。
遅れてコボちゃんの存在に気づいたディーナは、すまなそうな顔をした。
「郷祭には食品完全制覇の戦いが待っているの負けられないのごめんなさいなの~」
だけど串の一本たりとも分けてはくれない。そのまま別の屋台へと猪突猛進していく。
マリィアはコボちゃんの肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫よ、串焼き屋台はこの一軒だけじゃないから」
ウェイトレス姿で郷祭会場をぶらぶらしているのは、サクラ・エルフリード(ka2598)。
彼女はとある店舗の手伝いに来ていたのだ。今は休憩時間。自由時間。
「お店、意外と忙しかったですね……。……調理はさせて貰えなかったですが……」
まずは小腹を満たすため、ペリニョン村の屋台に立ち寄る。
『今年ペリニョン村とユニゾン島は、郷祭春のパン祭を応援しています。かわいい村娘さんたちと一緒にパンでお花を作る楽しいイベント、あなたも参加してみませんか?』
という立て看板の前でチキンサンドを買い込み、かぶりつき。
特に当てもなく視線をさまよわせていると、遠方に大きなテント。
「ん? あれは何でしょうか……」
目をこらしたその側を、男子学生の3人連れが通り過ぎて行く。
「ラルヴァ討伐のお芝居? そんなんガキ向けだろ。なんで見に行くなんて言ったんだよマルコ」
「無理して一緒に来いとは言わないよパウロ。ガリレオと一緒にどっか見て回ってきてもいいよ」
「ちょっちょっ、ちょ、僕はちゃんと見に行くよ? ハンターからの評価を下げたくないからね」
サクラはサンドの残りを口にほうり込み、立ち上がる。
「む、舞台ですか……。何やら面白そうですし見ていきましょうか……。こちらの作戦はあまり関われなかったですし、見ておくのもよいかもです……」
ペリニョン村ブースに隣接したユニゾンブース。
テラス席のスペースに告知看板が置いてある。
『本年度ユニゾンとペリニョン村は、郷祭春のパン祭りに協賛しています。春のパン祭とは、楕円形のパンを同心円状に並べて飾る催しです。立ち寄れる方は無理のない範囲でお立ち寄りください』
ルベーノ・バルバライン(ka6752)は、その横を通り過ぎ、店舗に入る。大量の綿菓子を抱えて。
「μ、それにコボルド達、元気だったか?」
コボルドたちが早速出迎えに来た。
「おー、うべの!」「よくきた!」「かんげい!」
もちろんマゴイも。
『……いらっしゃい……ルベーノ……』
何はさておきルベーノは、綿菓子をプレゼントする。今回の土産だと言って。
「白い菓子と言うと綿菓子だろう。かき氷やアイスもあるが、あれを歩きながら食べるのは難易度が高いからな。人にぶつかって落としてしまっては悲しかろう」
マゴイは綿菓子を浮かせ、上下左右から眺めた。そして、ウォッチャーのスキャンにかけた。
『……糖以外の栄養素はないのね……』
「まあ、原料は砂糖だからな」
コボルドたちはふんふん嗅ぐ。
「においあまい」「あまい」
気の早いのは袋ごと舐める。そして変な顔をする。
「あじ、あまくない」「なーい」
「待て待て、これはな、袋を剥いでから食べるものなのだ」
ごたごたやっている最中、大量の箱や袋を抱えたディーナが来店してきた。ひっきりなしに口を動かしながら。
「マゴイさんこんにちはなの、この前はコボルドちゃん達を市民に加えてくれてありがとうなの……あ、ここからここまで果物下さいなの、もぐもぐ」
「どぞ」「どぞー」
コボルドたちは棚に並んだトロピカルフルーツを袋詰めにしていく。
その間にディーナとルベーノはマゴイから、彼女が昼休みにワーカーたちを連れ、芝居を見に行くことを聞いた。
ディーナは渡された袋に手を入れながら、同行を申し出る。
「じゃあ私も一緒に見に行くの。それまでここで買い食いするの。このフルーツ美味しかったの2個目くださいなの、もぐもぐ」
木琴を叩くような音が聞こえてきた。続けて店内放送。
【只今より当店舗は休憩時間です。休憩時間の間は全てのレジが閉じられます。清算は出来ません。ご了承ください。】
コボルドたちは尻尾を振った。
「ゆく」「おしばい、みる」
「おお、それでは全員で見に行くか」
ルベーノはマゴイに手を差し出す。
マゴイの手がその上に重なった。木の葉のような頼りない重みを伴って。
触覚で彼女の存在を感じ取れるようになったことが彼には、何より嬉しく思われた。
●イベント前のエトセトラ――テント周辺にて
『β、お仕事まだ終わらんかの、かの』
「もう少しやθ。先に観覧席行っときや」
とのやり取りをぴょこと繰り広げていたスペットは、場に現れたフィロ(ka6966)の姿に目を見張った。体のあちこちに包帯を巻いているのだ。歩き方も突っ張ったようにぎこちない。
「おいおい、どないしてんや」
もぎりをしていたカチャも思わず近寄ってきて、尋ねる。
「何があったんですか?」
「すみません、少々不手際がありまして――」
先頃受けた依頼で重傷を被ったのだと、フィロは説明した。それでも仕事は出来るからと付け加えて。
「スタッフとしてのお手伝いはさせていただきたいと思います」
礼儀正しく一礼。そして言葉通り、てきぱき動き始める。
まずは受付のチケット整理から。
「スペット様、カチャ様、そろそろ劇が始まります。ぴょこ様達と一緒に中に行かれてはどうでしょう? リナリス様もカチャ様が見に来られるからと張り切っていらっしゃいました。カチャ様が行かれないとリナリス様が寂しがりますよ?」
カチャは照れ臭そうに鼻の脇を掻き、言った。
「それじゃあそのう……残りの受付お任せしていいですか? 実は、舞台にも出てくれるようにって、エルさんに頼まれてまして」
「そうでしたか。もちろん、承ります。行ってらっしゃいませ」
快く彼女を見送ったフィロは、スペットに顔を向けた。
「スペット様も、是非ご観覧に」
「んー、そうか。まあ、もう来る客もそんなにおらんと思うから――頼んどこか」
「よかった。席はまだ空いてるわね、コボちゃん」
「わし」
観客席の後方、入り口に近いところにマリィアは陣取る。
膝の上に並べるのは、串焼き、ポテト、ポップコーン、それからジュース。
「コボちゃんはどれが好きかしら。遠慮なく食べてちょうだい」
「にくー」
あむあむと串焼きをほお張るコボちゃんの姿に和むマリィア。
そこで視界の隅に、見慣れた人影が移動していくのを見つけたのだ。
「カチャ、新婚旅行から帰って来たのね。1人なの?」
「おーい、ここだよー!」
マルコは手を振ってくる天竜寺 詩(ka0396)の隣に見覚えのある人物がいるのに気づき、素早くタイを締め直す。
「ニケさん、なんでここに?」
「ちょっと商用がありましてね。時間が余ったので、ついでに芝居でも見て行こうかと」
パウロとガリレオもそそくさ居住まいを正し、ニケにそつなく挨拶をした。
「これは奇遇ですね、グリーク会長。またお会い出来て光栄です」
「その節はどうも。僕たちのこと、覚えておられますでしょうか?」
「もちろん覚えてますよ。ガリレオさんと、パウロさんでしたね? お元気そうで何よりです」
詩はマルコの袖を引き、ニケの席に座らせる。
「マルコ君、こっちこっち。とりあえず先日の誘拐事件の事、一応お礼言っときなよ」
そして残り2名を、ちょっと離れた隣に並んで座らせる。理由はマルコたちの会話を邪魔させないためだ。彼女の中において『マルコ君とニケさんくっつけ作戦』は、まだ進行中なのである。
「ねえ、商船学校の授業ってどんな事するの? ベレン学院って、すっごいエリートが集まるところって聞いたんだけどさ……」
「――ああ、リナリスが劇に出るのね」
「はい、ビリティスさんと組んで」
「それなら一緒にこっちで食べながら観ない? ちょっと買い込み過ぎた気がするのよね」
「あー、とても有り難いんですけど、私もこれから舞台に出ることになってまして。すいません」
「あらそう、残念ねえ。でもまあ、そういうことなら仕方ないわ。頑張ってね。見てるから」
「はい、有難うございます。頑張って楽しいお芝居にしますよ」
そう言い残してカチャは、忙しく離れていく。
マリィアは改めて椅子に座りなおし、タレでべたべたになったコボちゃんの口をハンカチで拭いてやった。
その隣にサクラが座ってくる。
「失礼します。お隣、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「甘くてぇ~、おいし~、冷やし飴ぇ~。冷やし飴はいかがですかぁ~。冷たいぃ~、緑茶もぉ、ございますぅ~」
出演を辞退したハナは、客席で移動販売をしていた。
五月とはいえこれだけの人出、まして屋内。熱気がこもりがちな事もあって売れ行きは上々。
そこにコボルドたちを引き連れたマゴイ、ルベーノ、ディーナが入ってきた。
「……あれぇ、マゴイさん達も観劇ですぅ?」
『……ええ……もう始まっているかしら……?』
「まだですょぉ」
『……それはよかったわ……皆、お芝居を見るときは静かにね……』
言い聞かせるマゴイにコボルドたちは、尻尾を振って答える。
と、ディーナが、つま先立ちして伸び上がった。スペットが、ぴょこと一緒にやってくるのが見えたのだ。
「……おネコさま、元気だったの~!」
猫愛のままに走り出し、ヒシッと抱き着き顔もふもふ――しようとしてペシッと叩かれる。
「ネコちゃうやろ」
「うん、分かってるの。スペットさんはネコじゃないの。おネコさまなの」
『おう、ディーナではないか、お元気かの、かの』
「はい。ぴょこ様もお元気そうで何よりなの。お芝居を見に来たの?」
『そうじゃ。どうとくてきな冒険活劇で、とても面白いとβから聞いのう。もぐやんも来ておるのじゃぞ。大きすぎるゆえ、テントの中には入れぬが』
その話を聞いたハナは、すぐさま外に出て行く。
そこには気のいい大地の精霊が座っていた。
「もぐやんさん、お久しぶりですぅ」
『おお、これはハナどん。お久しぶりだべ』
開演間近な舞台裏。
ラルヴァ超越体の着ぐるみに搭乗(ここまで来ると、もはや着込むというレベルではないのである)したエルバッハ・リオン(ka2434)は、覗き穴から外の様子を確認しつつ、手元にある操作ロープを操る。
4本の腕の内1本が動いた。ゆっくり上下に、それから左右に。手を開く、また閉じる。
その前ではカチャが、動きのチェックをしている。
「上下の腕振りの動きはもうちょっと控えめにした方がいいですよ。今、照明器具に当たりそうになりましたから」
「分かりました。指は全部、ちゃんと動いてますか?」
「はい、完璧です」
リオンは、ほっと一息ついた。搭乗席から一旦出て、近くにいた小道具方にお礼を言う。
「急な仕様変更に応じてくださいまして、ありがとうございました」
「ハハ、いいってことよ。確かにあんたが言うように、ハンターがピンチになってから逆転って流れの方が盛り上がるものな――そういや、実際にラルヴァを見たことがあるんだって?」
「ええ、作戦に参加しましたもので」
「へえ、すげえな。それなら演技もしやすいってもんだな」
そこに、リナリス・リーカノア(ka5126)の声。
「やっほー! 共演出来るんだね、カチャ! あたしの活躍を是非間近で……わ、すごーい! ラルヴァでっかい!」
彼女が着ているのは、銀色ロボボディ風にデコられたスイムスーツ。大きさは余裕で2メートル超え――上げ底靴のおかげだ。
パット入れまくりな肩の上にはビリティス・カニンガム(ka6462)が乗っている。
ちなみにリナリスは『重装甲CAM、鏖殺大公テラドゥカス』ビリティスはその操縦士という設定だ。
「リナリス、着てるときは声出しちゃ駄目って言ったじゃんか! 」
「いいじゃない別に。まだお芝居始まってないんだし――そういえばカチャ、マゴイたちも見に来るんだって?」
「ええ。スペットさんがそう言ってました。母親とか結婚とか出てこない健全な芝居だから、多分来るだろうって」
血飛沫を散らしながら歪虚を倒す芝居が果たして健全なのか。いやそれ以前に、母親と結婚が不健全とは一体。
つい考えこんでしまったレイア・アローネ(ka4082)は、自分なりの推測を口にする。
「……もしかしてマゴイは、異性との営みが苦手なのではないのか?」
リナリスが目をぱちくりさせた。
「え? そんなこと全然ないと思うよ。ユニオンでは複数人と性関係を持つことが奨励されてたんだし。それ考えたらマゴイは、経験豊富な方でしょ?」
あけすけな返しにレイアは、何度も咳払いした。言っては何だが彼女自身も、こういう話に慣れている方ではないのである。
「いや、まあ、それは、そう、だろうが、私が言いたい営みというのは、その、どちらかというと精神的な意味合いが強いというか――要は、『正規の手続きを踏んだ異性同士の付き合い』に慣れてないのではないかとな……」
「ああ、そういうこと。それはそうかもね。こちらの世界で言う『正規の手続きを踏んだ異性同士の付き合い』って、ユニオンにはなかっただろうし。でも、ルベーノさんとはなんかいい感じじゃない?」
「……まあ、彼に関しては特別扱いのようではあるな」
世間話もたけなわなそこに、アメンスィ役のマルカ・アニチキン(ka2542)がやってきた。もう役に入り込んでいるのか、厳かな面持ちだ。
「あ、皆さんもうお集まりなんですね」
彼女の下半身は完全に、結晶体のコスチュームで覆われている。一応立ちは出来るが、恐ろしく移動しにくい。本番では浮遊する手筈なので、どうでもいいのかもしれないが。
「観客の皆さんが安心して観られるように、頑張りましょうっ……!」
最後に来たのはユメリア(ka7010)だ。
劇と言えば伴奏、そしてナレーションが欠かせない。彼女はそれを担当するつもりなのである。
ハナは、どん、と自分の胸を叩いた。
「……それじゃもぐやんさん、私に憑依はどうですぅ? 英霊のマゴイさんがカチャさんに憑依できたんですからぁ、もぐやんさんも私に出来そうな気がしますぅ」
『む、むー。気持ちはありがてえけんど、難しいと思うべ。マゴイどんはそもそも身体がないでなあ。それに、そうそう人にくっつくと、負担をかけてしまって悪いべ』
「やだぁ、大体深紅ちゃんだってナディア総長にくっついてるんですからぁ、普通の精霊さんが人に一時的に憑依したって悪いことなんかありませんよぅ。無問題ですぅ。それより一緒に楽しく観に行きましょぉ」
再三再四の強い勧めにもぐやんも、ついその気になる。
『そうだべか……ではやってみるべ』
念を統一し、1分、2分、3分……全く何も起きない。
『……やっぱり無理だべなあ』
「そうですか……お力になれず申し訳ないです」
『なんもなんも、気持ちだけでも、とてもありがてえだで』
もぐやんの優しさにほろりとするハナは、再び己の胸を叩いた。
「じゃあ私が後で、お芝居の様子を逐一教えてあげますぅ」
『おお、そうだべか。ありがとなあ』
●お芝居の始まり始まり
テント内の照明が、すうっと落とされる。
舞台にユメリアが出てきた。
客席に向かって優雅に頭を下げ、弾き語りを始める。
「これから始まるのは、嫉妬王ラルヴァを倒したハンターたちのお話――草一本生えず、虫一匹もいない不毛の地。覗き込んでも光届かぬ奈落の底。それが、大地の裂け目。ラルヴァはそこに自分の城を作って手下を操り、長い長い間同盟に悪いことをし続けていたのです……」
緞帳がゆっくりと上げられる。照明は落ち着いた青。
舞台中央に浮かんでいるのは、マルカ扮するアメンスィ。
結晶体の下半身と冠のような装身具がフットライトに照らされ、まばゆく輝いている。
彼女は自分を取り囲むように位置取ったハンターたちに言った。しっとりした声で。
「人の子らよ、準備は万全でしょうか」
応じる形でレイアが、うやうやしく答える。
「もちろんです。300年の因縁に、今日こそ終止符を打ちましょう。同盟の明日のために」
ユメリアが鋭く弦を弾く。
照明が、不安を醸し出すような赤色に切り替えられた。
指を弾く音が響く。
硝子ゴーレムのコスチュームを着た手下たちと共に、派手な扮装をしたクラーレ役が現れた。パラソルをクルクル回し、小憎らしく笑う。
「フフフ、我が主に手は出させませんよぉ」
舞台場で始まったチャンバラを見ながらポップコーンをつまむコボちゃんは、マリィアとサクラに聞く。
「いまでてきた、かさもったやつ、めす? おす?」
「一応オス――だったわよね?」
「ええ、確かそうだったはずです」
マルコは正面を見たまま、ニケと話をする。
「俺にとっては見たこともないラルヴァより、直に襲ってきたドールの方が印象深いです。それと、あのネジ巻きおもちゃの歪虚」
「そうでしょうね。あれは、あなたにとって恩人を殺した仇でしたから。自分で倒したかったですか?」
「出来れば。でも、出来ないから――だから、倒してもらったことは有り難いです。手紙で知らせようと思います。孤児院の皆にそれから院長先生の墓参りにも行こうかと」
「それは、いい案ですね」
「ニケさんも来ませんか、墓参りに。無関係ではないでしょう?」
「――いいですよ。仕事に暇が出来ればね」
詩はニケとマルコが何を話しているのか、とても気になった。
しかしそちらに耳をそばだてることは出来ない。
何故なら、マルコの友人たちもまた、ニケとマルコの関係に興味を示していたからだ。硝子ゴーレムがバッタバッタと倒されて行く場面などには目もくれず、かまをかけてくる。
「詩さん、会長といつからお知り合いなんですか?」
「あの方が、マルコくんの後見をされているんですよね? どういうご縁かご存じで?」
そうだベレン学院生徒は基本こういう感じなんだった……と思い返しつつ、かわす。
「うーん、そのへん私も、詳しくは知らないんだ?」
クラーレの左目にどこからともなく飛んできた手裏剣が突き刺さる。
「な、な、やめろぉぉぉおー!」
硝子が砕けるような効果音が入る。
そしてユメリアのナレーション。
「――そう、クラーレの弱点は左目にあったのです。彼が倒れると同時に、硝子ゴーレムもまた消滅。後に残るは手駒を失ったラルヴァ一人……」
クラーレ役が開いた奈落に落ち込んでいく。
入れ替わりにそこから、巨大なラルヴァ超越体の着ぐるみが這い出してくる。
搭乗者であるリオンが、変声管を通し作った不気味な声を轟かせた。
『いよいよ僕の出番のようだね……さあここからが本番だ』
ラルヴァの大きさと凶々しさにおびえた子供の何人かが泣き出した。
そこでユメリアがいきなり何の前触れもなく、拍子木を打ち鳴らす。
舞台上の人物がラルヴァ含め、全員動きを止めた。時が止まったように。
「あいや、あいやしばらくぅ!」
舞とユニが舞台袖から登場する。両者、ど派手な『暫』のコスチュームだ。
急に話の流れが断ち切られたので、泣き出した子供たちは涙を引っ込め、一様にぽかんとする。
「これなるユニの申す事、ここは黙って、あ、耳傾けよ~」
ユニが舞の真似をして見栄を切り、ラルヴァに向かって言い立てる。
「ワタシは、知りたかったです。あのひとがどうして子供を殺そうとしたのか。子供を憎んでいたのか。人間を憎んでいたのか。ちゃんと聞きたいと思っていました。知りたいと思っていました。だけど、それはもう、出来ないんです。ワタシはそれが、悲しいし、悔しいです」
「おい、なんだ。どういう演出だ」
「さあ……」
(お姉ちゃん、ニヤニヤしながら舞台に出るよって言ってたけど、こういう事か)
マルコの友人たちが舞台に気を取られたタイミングで詩は、会話を別方向に差し向ける。
「あれはねー、リアルブルーの文化で歌舞伎って言うんだ。普通女性は歌舞伎役者になれないんだよ。女性の役柄も、男がやるの。女形って言うんだ」
「……え? なんのために? 女の役なら女がやったほうがよくないですか?」
「理由は色々あるけど……そのうちの一つは、女じゃないからこそ理想の女を演じられる――っていうこと」
「へえ。リアルブルーって、変わってますねえ」
「船乗りは色んな所へ行って色んな文化を体験できるお仕事でしょ? これからあなたたちは、きっともっとたくさんの、変わったことに出会うはずだよ。頑張ってね」
役を終え舞台から引っ込む中、ユニは小声で舞に礼を言う。
「誘ってくれてありがとうございました、舞さん……本当に。これでケリがついた気がします、私」
「いいっていいって、たいしたことじゃないしさ」
暫が終わり、再び役者たちが動き始める。
ラルヴァの中にいるリオンは、カチャにエレメンタルコールで意を伝えた。
「いきますよ」
そして彼女の斧にマジックフライトをかける。
カチャが宙に浮いた。ラルヴァの頭上から一撃を加えようとする。
長い腕がその体を捕らえ、思い切り振り回し、床に叩きつける。
「くそっ、まだ余力が残っているのか!」
吼え斬りかかるレイアも、腕のひと薙ぎによって吹き飛ばされる。
その他のハンターたちも、また。
緊張感あふれる展開に、はらはらする子供たち。
そこでユメリアが会場に呼びかけた。
「みなさん、ラルヴァを倒すため、力いっぱい応援しましょう! みんなの声がハンターさんたちの、そしてアメンスィ様の力になるのです! さあ、私に続けて――はんたーがんばれー!」
「「がんばれー!」」
「はんたーさんがんばれー!」
「「ハンターさんがんばれー!」」
照明の色調が切り替わった。おどろおどろしい赤から、燃え上がるような紅へ。
テントの天井近くに潜んでいたリナリスが、マジックフライトをかけた盾を腹の下に敷き、客席の上を滑空。その背に乗ったビリティスと共に、舞台へ降り立つ。
「ふははは、待たせてすまねーな皆! 雑魚を蹴散らすのに手間取ってよ!」
と客席に呼びかけたビリティスは、空き箱で造った音声入力型リモコンに叫ぶ。
「今こそ同盟の力を見せつけるときだ! 行け! テラドゥカス内蔵機関砲群オーブラカ!」
リナリスは間髪入れず、背負った砲台からラルヴァに向け花火を発射した。
飛び散る火花、上がる煙。
派手な演出にどよめく客席。
しかしラルヴァは攻撃を意に介さない。
『クフ……クフフフ。その程度の力では勝負にもならないよ』
しかしビリティスも負けてはいない。
「まだだ! 斜め45度EX!」
リナリスはウィンドガストを発動。オーラを全身にまとい跳躍。ラルヴァの顔にチョップを食らわす。
「超飽和攻撃!ミチェーリ・フルブースト!」
続けて至近距離から、残っていた花火を全弾解放。
先程の倍以上の火花と音が炸裂する。
ラルヴァの腕が2本砕け落ちた。
『馬鹿な、わたしの腕が……いや、しかしまだ2本ある!』
CAMの着ぐるみが割れ、仮面をつけたリナリスが姿を現す。燃え立つ刃を相手に向け、言い放つ。
「2本しかない、でしょ?」
言うなり剣を振るい、腕1本を破壊する。
カチャがもう1つの腕を砕く。
そこでレイアが高らかに、大音声を放った。
「お前はここで終わりだ! 今こそ塵と砕け散り無明に還るがいい! 命なきもの、ピグマリオの王よ! 嫉妬の主よ!」
彼女の刃はラルヴァの額に深々と突き刺さった。
ラルヴァの体全体に細い亀裂が走り、至るところから煙が噴き出す。それに紛れてリオンは素早く着ぐるみから離脱し、舞台袖に引く。
乗り手を失った抜け殻は力つきたように崩れ落ちる。
その振動で、テント全体が少し揺れた。遠く遠くに去って行くような呟きが続く。
『クフ……クフフ……負けてしまったんだね。君からも、僕自身のルールからも……』
ひたすら威厳を保ち続けることに専念していたマルカは、台本通りの台詞を読み上げる。直に自分が体験した戦場のことを思い出しながら。
「私が戦場に立った瞬間、すでにこの戦いは私とあなたのゲームではなかった。なぜなら私も、あなたも、盤面に配置された駒のひとつに過ぎないのですから」
『では、いったい指し手は誰だったというのかな……?』
「それは……あえて言うなら、それは世界の意志」
『意志……意志か……なるほど……意志の力になら、抗えないのも無理はな……』
煙の噴出が止むと同時に、ラルヴァの声も止んだ。
ハート型の雪が客席に降り出した――マルカのスパシーバだ。
リナリスが仮面を外す。
ビリティスがのけぞり驚愕する。
「ね、姉ちゃん!?……そんなまさか……姉ちゃんは歪虚に殺されたはずじゃあ……」
「ごめんね、ずっと黙ってて……実はさる研究所で改造手術を受けて、一命を取り留めていたんだよ!」
「姉ちゃん……! 姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
設定上の姉妹、唐突な感動の再開劇。
しかし演技は長く続かなかった。カチャがビリティスの襟首を捕まえ、引き戻したのである。
「ビリティスさん、リナリスさんの胸揉みすぎです」
ユメリアが勝利の歌を歌う。
「♪ 闇がいかに深くとも、光はそれを貫き通す。夜がどんなに長くとも、朝は必ず巡ってくる。明日は必ず訪れる ♪」
テント内の照明が戻ってきた。
歌を終えたユメリアは〆にまた、チョンと拍子木を打つ。
「これにて万事めでたしめでたし。次回は黒と白、お楽しみに!」
「めでたーし」
周囲と一緒にコボちゃんがぱちぱちと手を叩く。マリィアもまた。
「……この調子でイヴも倒してこんな風にみんなで観劇したいわね」
と呟く彼女にサクラが言った。
「邪神戦も、ですね」
「ああ、それもあるわね。本当に困っちゃうわ、片付けなきゃならないことばっかりで」
お客さんたちが席を立ち、外へ出て行く。
ハナはいの一番に、テント入り口で待っていたもぐやんのところへ走っていく。
「もぐやーんさーん、お芝居終わりましたよー」
『おお、そうだか。どうだったべか?』
「とてもよかったですよ。アメンスィ様もすごくきれいで――」
受付に座るフィロは、出て行く観客たちを見送る。
「おもしろかったね」
「ねー」
という家族連れの声に、ふんわりと微笑む。
「これからも笑顔が増えるといいですね……」
そこへ、劇に出演していたハンターたちがやってきた。ぴょこも、スペットも。
彼らを代表して、カチャが言う。
「お疲れ様ですフィロさん。代役有難うございました。ついでですから、一緒に何か食べに行きませんか? おごりますよ」
ルベーノはマゴイに聞く。
「芝居はどうだった、μ」
『……ちょこちょこ引っかかるところはあったけれど……まあまあ道徳的だったと思うわ……続編があるようだけど……あなたは参加するの……?』
「ハッハッハ、一撃で蟲の女王に落とされているからな、全く記憶にない。ゆえに演じることもできん、ハッハッハ」
ひとしきり呵呵大笑した彼は、ふと真顔になった。
「μ、時間があればもう少しいいか」
確かに時間があったので、マゴイはコクリと頷いた。
ルベーノは彼女を抱き上げる。羽のように軽い存在を逃がさぬように。
そして虚空と縮地瞬動を使い、瞬く間に空の上へ。
何事かと戸惑い気味のマゴイに囁く。
「お前は空からの視点に慣れているかもしれんが……これが俺達が守った同盟の一部だ。お前にも実感してほしいと思ってな」
足の下にはハンカチほどの大きさの会場。
周囲に広がる田畑。家畜のいななく牧草地。
そのまた向こうにかすむ山並みがあって、青空が広がっている。
マゴイは豊かな大地の様を言祝いだ。ルベーノの胸に顔を寄せて。
『……いいところ……のようね……』
コボルドたちと一緒に空の上の2人を見上げ、ディーナが言った。りんご飴を舐めながら。
「マゴイさん達も同盟でユニゾンの劇をやったらいいと思うの」
「げき?」「わき?」
ジェオルジは、今郷祭の最中。
オフィスもお休み。
コボちゃんハウスの上でお昼寝していたコボちゃんは、ピイッと指笛の音で目を覚ました。
見下ろしてみれば、マリィア・バルデス(ka5848)の姿。
「コボちゃん、郷祭で劇をやるですって。一緒に見にいかない? ついでに焼き串なり何なり奢るわよ?」
「いくいく、いーくぅ!」
天竜寺 舞(ka0377)は郷祭へ行く前にユニと顔をあわせた。嫉妬歪虚サイゴン討伐の経緯を話すために。
それが、必要なことだと思ったから。
「てな訳でサイゴンは倒した。あんたにしたら言いたい事もあったろうけど」
一通り話を聞いたユニは、虚空に向かってぽつりと呟いた。
「……そうですか。もういなくなったんですね、あのひと」
「――ねえ、ついでだからさ、あんたもラルヴァ討伐の劇に出てみないか?」
「え?」
「これは芝居だけど、サイゴンに言われた事、された仕打ちにユニなりの思いがあるなら全部親玉にぶちまけろ。そうしなきゃ、あんたも気持ち的に区切りつけらんないだろ?」
星野 ハナ(ka5852)はばつ悪そうな愛想笑いを浮かべ、舞台関係者に出演辞退を申し出た。
「いえ、私は劇には出ませんので……参加はしてたけど活躍したわけではないのでぇ……ごめんなさいぃ~」
そそくさ逃げ出す彼女の後姿を、関係者は、不思議そうに見送った。
「あの方、確かかなりご活躍されていたと思うんですけどねえ……」
●イベント前のエトセトラ――郷際会場にて
コボちゃんは鼻をひくひくさせ、串焼き屋台へ走っていく。
「くしわーき!」
それを風のように追い越す人影――ディーナ・フェルミ(ka5843)だ。
「今あるもの、全部包んでちょうだいなの!」
カウンターへ豪快に硬貨をぶちまけ、高らかに買占め宣言。あぶり台の上がたちまち空になる。
呆然とするコボちゃん。
遅れてコボちゃんの存在に気づいたディーナは、すまなそうな顔をした。
「郷祭には食品完全制覇の戦いが待っているの負けられないのごめんなさいなの~」
だけど串の一本たりとも分けてはくれない。そのまま別の屋台へと猪突猛進していく。
マリィアはコボちゃんの肩に、そっと手を置いた。
「大丈夫よ、串焼き屋台はこの一軒だけじゃないから」
ウェイトレス姿で郷祭会場をぶらぶらしているのは、サクラ・エルフリード(ka2598)。
彼女はとある店舗の手伝いに来ていたのだ。今は休憩時間。自由時間。
「お店、意外と忙しかったですね……。……調理はさせて貰えなかったですが……」
まずは小腹を満たすため、ペリニョン村の屋台に立ち寄る。
『今年ペリニョン村とユニゾン島は、郷祭春のパン祭を応援しています。かわいい村娘さんたちと一緒にパンでお花を作る楽しいイベント、あなたも参加してみませんか?』
という立て看板の前でチキンサンドを買い込み、かぶりつき。
特に当てもなく視線をさまよわせていると、遠方に大きなテント。
「ん? あれは何でしょうか……」
目をこらしたその側を、男子学生の3人連れが通り過ぎて行く。
「ラルヴァ討伐のお芝居? そんなんガキ向けだろ。なんで見に行くなんて言ったんだよマルコ」
「無理して一緒に来いとは言わないよパウロ。ガリレオと一緒にどっか見て回ってきてもいいよ」
「ちょっちょっ、ちょ、僕はちゃんと見に行くよ? ハンターからの評価を下げたくないからね」
サクラはサンドの残りを口にほうり込み、立ち上がる。
「む、舞台ですか……。何やら面白そうですし見ていきましょうか……。こちらの作戦はあまり関われなかったですし、見ておくのもよいかもです……」
ペリニョン村ブースに隣接したユニゾンブース。
テラス席のスペースに告知看板が置いてある。
『本年度ユニゾンとペリニョン村は、郷祭春のパン祭りに協賛しています。春のパン祭とは、楕円形のパンを同心円状に並べて飾る催しです。立ち寄れる方は無理のない範囲でお立ち寄りください』
ルベーノ・バルバライン(ka6752)は、その横を通り過ぎ、店舗に入る。大量の綿菓子を抱えて。
「μ、それにコボルド達、元気だったか?」
コボルドたちが早速出迎えに来た。
「おー、うべの!」「よくきた!」「かんげい!」
もちろんマゴイも。
『……いらっしゃい……ルベーノ……』
何はさておきルベーノは、綿菓子をプレゼントする。今回の土産だと言って。
「白い菓子と言うと綿菓子だろう。かき氷やアイスもあるが、あれを歩きながら食べるのは難易度が高いからな。人にぶつかって落としてしまっては悲しかろう」
マゴイは綿菓子を浮かせ、上下左右から眺めた。そして、ウォッチャーのスキャンにかけた。
『……糖以外の栄養素はないのね……』
「まあ、原料は砂糖だからな」
コボルドたちはふんふん嗅ぐ。
「においあまい」「あまい」
気の早いのは袋ごと舐める。そして変な顔をする。
「あじ、あまくない」「なーい」
「待て待て、これはな、袋を剥いでから食べるものなのだ」
ごたごたやっている最中、大量の箱や袋を抱えたディーナが来店してきた。ひっきりなしに口を動かしながら。
「マゴイさんこんにちはなの、この前はコボルドちゃん達を市民に加えてくれてありがとうなの……あ、ここからここまで果物下さいなの、もぐもぐ」
「どぞ」「どぞー」
コボルドたちは棚に並んだトロピカルフルーツを袋詰めにしていく。
その間にディーナとルベーノはマゴイから、彼女が昼休みにワーカーたちを連れ、芝居を見に行くことを聞いた。
ディーナは渡された袋に手を入れながら、同行を申し出る。
「じゃあ私も一緒に見に行くの。それまでここで買い食いするの。このフルーツ美味しかったの2個目くださいなの、もぐもぐ」
木琴を叩くような音が聞こえてきた。続けて店内放送。
【只今より当店舗は休憩時間です。休憩時間の間は全てのレジが閉じられます。清算は出来ません。ご了承ください。】
コボルドたちは尻尾を振った。
「ゆく」「おしばい、みる」
「おお、それでは全員で見に行くか」
ルベーノはマゴイに手を差し出す。
マゴイの手がその上に重なった。木の葉のような頼りない重みを伴って。
触覚で彼女の存在を感じ取れるようになったことが彼には、何より嬉しく思われた。
●イベント前のエトセトラ――テント周辺にて
『β、お仕事まだ終わらんかの、かの』
「もう少しやθ。先に観覧席行っときや」
とのやり取りをぴょこと繰り広げていたスペットは、場に現れたフィロ(ka6966)の姿に目を見張った。体のあちこちに包帯を巻いているのだ。歩き方も突っ張ったようにぎこちない。
「おいおい、どないしてんや」
もぎりをしていたカチャも思わず近寄ってきて、尋ねる。
「何があったんですか?」
「すみません、少々不手際がありまして――」
先頃受けた依頼で重傷を被ったのだと、フィロは説明した。それでも仕事は出来るからと付け加えて。
「スタッフとしてのお手伝いはさせていただきたいと思います」
礼儀正しく一礼。そして言葉通り、てきぱき動き始める。
まずは受付のチケット整理から。
「スペット様、カチャ様、そろそろ劇が始まります。ぴょこ様達と一緒に中に行かれてはどうでしょう? リナリス様もカチャ様が見に来られるからと張り切っていらっしゃいました。カチャ様が行かれないとリナリス様が寂しがりますよ?」
カチャは照れ臭そうに鼻の脇を掻き、言った。
「それじゃあそのう……残りの受付お任せしていいですか? 実は、舞台にも出てくれるようにって、エルさんに頼まれてまして」
「そうでしたか。もちろん、承ります。行ってらっしゃいませ」
快く彼女を見送ったフィロは、スペットに顔を向けた。
「スペット様も、是非ご観覧に」
「んー、そうか。まあ、もう来る客もそんなにおらんと思うから――頼んどこか」
「よかった。席はまだ空いてるわね、コボちゃん」
「わし」
観客席の後方、入り口に近いところにマリィアは陣取る。
膝の上に並べるのは、串焼き、ポテト、ポップコーン、それからジュース。
「コボちゃんはどれが好きかしら。遠慮なく食べてちょうだい」
「にくー」
あむあむと串焼きをほお張るコボちゃんの姿に和むマリィア。
そこで視界の隅に、見慣れた人影が移動していくのを見つけたのだ。
「カチャ、新婚旅行から帰って来たのね。1人なの?」
「おーい、ここだよー!」
マルコは手を振ってくる天竜寺 詩(ka0396)の隣に見覚えのある人物がいるのに気づき、素早くタイを締め直す。
「ニケさん、なんでここに?」
「ちょっと商用がありましてね。時間が余ったので、ついでに芝居でも見て行こうかと」
パウロとガリレオもそそくさ居住まいを正し、ニケにそつなく挨拶をした。
「これは奇遇ですね、グリーク会長。またお会い出来て光栄です」
「その節はどうも。僕たちのこと、覚えておられますでしょうか?」
「もちろん覚えてますよ。ガリレオさんと、パウロさんでしたね? お元気そうで何よりです」
詩はマルコの袖を引き、ニケの席に座らせる。
「マルコ君、こっちこっち。とりあえず先日の誘拐事件の事、一応お礼言っときなよ」
そして残り2名を、ちょっと離れた隣に並んで座らせる。理由はマルコたちの会話を邪魔させないためだ。彼女の中において『マルコ君とニケさんくっつけ作戦』は、まだ進行中なのである。
「ねえ、商船学校の授業ってどんな事するの? ベレン学院って、すっごいエリートが集まるところって聞いたんだけどさ……」
「――ああ、リナリスが劇に出るのね」
「はい、ビリティスさんと組んで」
「それなら一緒にこっちで食べながら観ない? ちょっと買い込み過ぎた気がするのよね」
「あー、とても有り難いんですけど、私もこれから舞台に出ることになってまして。すいません」
「あらそう、残念ねえ。でもまあ、そういうことなら仕方ないわ。頑張ってね。見てるから」
「はい、有難うございます。頑張って楽しいお芝居にしますよ」
そう言い残してカチャは、忙しく離れていく。
マリィアは改めて椅子に座りなおし、タレでべたべたになったコボちゃんの口をハンカチで拭いてやった。
その隣にサクラが座ってくる。
「失礼します。お隣、よろしいですか?」
「ええ、どうぞ」
「甘くてぇ~、おいし~、冷やし飴ぇ~。冷やし飴はいかがですかぁ~。冷たいぃ~、緑茶もぉ、ございますぅ~」
出演を辞退したハナは、客席で移動販売をしていた。
五月とはいえこれだけの人出、まして屋内。熱気がこもりがちな事もあって売れ行きは上々。
そこにコボルドたちを引き連れたマゴイ、ルベーノ、ディーナが入ってきた。
「……あれぇ、マゴイさん達も観劇ですぅ?」
『……ええ……もう始まっているかしら……?』
「まだですょぉ」
『……それはよかったわ……皆、お芝居を見るときは静かにね……』
言い聞かせるマゴイにコボルドたちは、尻尾を振って答える。
と、ディーナが、つま先立ちして伸び上がった。スペットが、ぴょこと一緒にやってくるのが見えたのだ。
「……おネコさま、元気だったの~!」
猫愛のままに走り出し、ヒシッと抱き着き顔もふもふ――しようとしてペシッと叩かれる。
「ネコちゃうやろ」
「うん、分かってるの。スペットさんはネコじゃないの。おネコさまなの」
『おう、ディーナではないか、お元気かの、かの』
「はい。ぴょこ様もお元気そうで何よりなの。お芝居を見に来たの?」
『そうじゃ。どうとくてきな冒険活劇で、とても面白いとβから聞いのう。もぐやんも来ておるのじゃぞ。大きすぎるゆえ、テントの中には入れぬが』
その話を聞いたハナは、すぐさま外に出て行く。
そこには気のいい大地の精霊が座っていた。
「もぐやんさん、お久しぶりですぅ」
『おお、これはハナどん。お久しぶりだべ』
開演間近な舞台裏。
ラルヴァ超越体の着ぐるみに搭乗(ここまで来ると、もはや着込むというレベルではないのである)したエルバッハ・リオン(ka2434)は、覗き穴から外の様子を確認しつつ、手元にある操作ロープを操る。
4本の腕の内1本が動いた。ゆっくり上下に、それから左右に。手を開く、また閉じる。
その前ではカチャが、動きのチェックをしている。
「上下の腕振りの動きはもうちょっと控えめにした方がいいですよ。今、照明器具に当たりそうになりましたから」
「分かりました。指は全部、ちゃんと動いてますか?」
「はい、完璧です」
リオンは、ほっと一息ついた。搭乗席から一旦出て、近くにいた小道具方にお礼を言う。
「急な仕様変更に応じてくださいまして、ありがとうございました」
「ハハ、いいってことよ。確かにあんたが言うように、ハンターがピンチになってから逆転って流れの方が盛り上がるものな――そういや、実際にラルヴァを見たことがあるんだって?」
「ええ、作戦に参加しましたもので」
「へえ、すげえな。それなら演技もしやすいってもんだな」
そこに、リナリス・リーカノア(ka5126)の声。
「やっほー! 共演出来るんだね、カチャ! あたしの活躍を是非間近で……わ、すごーい! ラルヴァでっかい!」
彼女が着ているのは、銀色ロボボディ風にデコられたスイムスーツ。大きさは余裕で2メートル超え――上げ底靴のおかげだ。
パット入れまくりな肩の上にはビリティス・カニンガム(ka6462)が乗っている。
ちなみにリナリスは『重装甲CAM、鏖殺大公テラドゥカス』ビリティスはその操縦士という設定だ。
「リナリス、着てるときは声出しちゃ駄目って言ったじゃんか! 」
「いいじゃない別に。まだお芝居始まってないんだし――そういえばカチャ、マゴイたちも見に来るんだって?」
「ええ。スペットさんがそう言ってました。母親とか結婚とか出てこない健全な芝居だから、多分来るだろうって」
血飛沫を散らしながら歪虚を倒す芝居が果たして健全なのか。いやそれ以前に、母親と結婚が不健全とは一体。
つい考えこんでしまったレイア・アローネ(ka4082)は、自分なりの推測を口にする。
「……もしかしてマゴイは、異性との営みが苦手なのではないのか?」
リナリスが目をぱちくりさせた。
「え? そんなこと全然ないと思うよ。ユニオンでは複数人と性関係を持つことが奨励されてたんだし。それ考えたらマゴイは、経験豊富な方でしょ?」
あけすけな返しにレイアは、何度も咳払いした。言っては何だが彼女自身も、こういう話に慣れている方ではないのである。
「いや、まあ、それは、そう、だろうが、私が言いたい営みというのは、その、どちらかというと精神的な意味合いが強いというか――要は、『正規の手続きを踏んだ異性同士の付き合い』に慣れてないのではないかとな……」
「ああ、そういうこと。それはそうかもね。こちらの世界で言う『正規の手続きを踏んだ異性同士の付き合い』って、ユニオンにはなかっただろうし。でも、ルベーノさんとはなんかいい感じじゃない?」
「……まあ、彼に関しては特別扱いのようではあるな」
世間話もたけなわなそこに、アメンスィ役のマルカ・アニチキン(ka2542)がやってきた。もう役に入り込んでいるのか、厳かな面持ちだ。
「あ、皆さんもうお集まりなんですね」
彼女の下半身は完全に、結晶体のコスチュームで覆われている。一応立ちは出来るが、恐ろしく移動しにくい。本番では浮遊する手筈なので、どうでもいいのかもしれないが。
「観客の皆さんが安心して観られるように、頑張りましょうっ……!」
最後に来たのはユメリア(ka7010)だ。
劇と言えば伴奏、そしてナレーションが欠かせない。彼女はそれを担当するつもりなのである。
ハナは、どん、と自分の胸を叩いた。
「……それじゃもぐやんさん、私に憑依はどうですぅ? 英霊のマゴイさんがカチャさんに憑依できたんですからぁ、もぐやんさんも私に出来そうな気がしますぅ」
『む、むー。気持ちはありがてえけんど、難しいと思うべ。マゴイどんはそもそも身体がないでなあ。それに、そうそう人にくっつくと、負担をかけてしまって悪いべ』
「やだぁ、大体深紅ちゃんだってナディア総長にくっついてるんですからぁ、普通の精霊さんが人に一時的に憑依したって悪いことなんかありませんよぅ。無問題ですぅ。それより一緒に楽しく観に行きましょぉ」
再三再四の強い勧めにもぐやんも、ついその気になる。
『そうだべか……ではやってみるべ』
念を統一し、1分、2分、3分……全く何も起きない。
『……やっぱり無理だべなあ』
「そうですか……お力になれず申し訳ないです」
『なんもなんも、気持ちだけでも、とてもありがてえだで』
もぐやんの優しさにほろりとするハナは、再び己の胸を叩いた。
「じゃあ私が後で、お芝居の様子を逐一教えてあげますぅ」
『おお、そうだべか。ありがとなあ』
●お芝居の始まり始まり
テント内の照明が、すうっと落とされる。
舞台にユメリアが出てきた。
客席に向かって優雅に頭を下げ、弾き語りを始める。
「これから始まるのは、嫉妬王ラルヴァを倒したハンターたちのお話――草一本生えず、虫一匹もいない不毛の地。覗き込んでも光届かぬ奈落の底。それが、大地の裂け目。ラルヴァはそこに自分の城を作って手下を操り、長い長い間同盟に悪いことをし続けていたのです……」
緞帳がゆっくりと上げられる。照明は落ち着いた青。
舞台中央に浮かんでいるのは、マルカ扮するアメンスィ。
結晶体の下半身と冠のような装身具がフットライトに照らされ、まばゆく輝いている。
彼女は自分を取り囲むように位置取ったハンターたちに言った。しっとりした声で。
「人の子らよ、準備は万全でしょうか」
応じる形でレイアが、うやうやしく答える。
「もちろんです。300年の因縁に、今日こそ終止符を打ちましょう。同盟の明日のために」
ユメリアが鋭く弦を弾く。
照明が、不安を醸し出すような赤色に切り替えられた。
指を弾く音が響く。
硝子ゴーレムのコスチュームを着た手下たちと共に、派手な扮装をしたクラーレ役が現れた。パラソルをクルクル回し、小憎らしく笑う。
「フフフ、我が主に手は出させませんよぉ」
舞台場で始まったチャンバラを見ながらポップコーンをつまむコボちゃんは、マリィアとサクラに聞く。
「いまでてきた、かさもったやつ、めす? おす?」
「一応オス――だったわよね?」
「ええ、確かそうだったはずです」
マルコは正面を見たまま、ニケと話をする。
「俺にとっては見たこともないラルヴァより、直に襲ってきたドールの方が印象深いです。それと、あのネジ巻きおもちゃの歪虚」
「そうでしょうね。あれは、あなたにとって恩人を殺した仇でしたから。自分で倒したかったですか?」
「出来れば。でも、出来ないから――だから、倒してもらったことは有り難いです。手紙で知らせようと思います。孤児院の皆にそれから院長先生の墓参りにも行こうかと」
「それは、いい案ですね」
「ニケさんも来ませんか、墓参りに。無関係ではないでしょう?」
「――いいですよ。仕事に暇が出来ればね」
詩はニケとマルコが何を話しているのか、とても気になった。
しかしそちらに耳をそばだてることは出来ない。
何故なら、マルコの友人たちもまた、ニケとマルコの関係に興味を示していたからだ。硝子ゴーレムがバッタバッタと倒されて行く場面などには目もくれず、かまをかけてくる。
「詩さん、会長といつからお知り合いなんですか?」
「あの方が、マルコくんの後見をされているんですよね? どういうご縁かご存じで?」
そうだベレン学院生徒は基本こういう感じなんだった……と思い返しつつ、かわす。
「うーん、そのへん私も、詳しくは知らないんだ?」
クラーレの左目にどこからともなく飛んできた手裏剣が突き刺さる。
「な、な、やめろぉぉぉおー!」
硝子が砕けるような効果音が入る。
そしてユメリアのナレーション。
「――そう、クラーレの弱点は左目にあったのです。彼が倒れると同時に、硝子ゴーレムもまた消滅。後に残るは手駒を失ったラルヴァ一人……」
クラーレ役が開いた奈落に落ち込んでいく。
入れ替わりにそこから、巨大なラルヴァ超越体の着ぐるみが這い出してくる。
搭乗者であるリオンが、変声管を通し作った不気味な声を轟かせた。
『いよいよ僕の出番のようだね……さあここからが本番だ』
ラルヴァの大きさと凶々しさにおびえた子供の何人かが泣き出した。
そこでユメリアがいきなり何の前触れもなく、拍子木を打ち鳴らす。
舞台上の人物がラルヴァ含め、全員動きを止めた。時が止まったように。
「あいや、あいやしばらくぅ!」
舞とユニが舞台袖から登場する。両者、ど派手な『暫』のコスチュームだ。
急に話の流れが断ち切られたので、泣き出した子供たちは涙を引っ込め、一様にぽかんとする。
「これなるユニの申す事、ここは黙って、あ、耳傾けよ~」
ユニが舞の真似をして見栄を切り、ラルヴァに向かって言い立てる。
「ワタシは、知りたかったです。あのひとがどうして子供を殺そうとしたのか。子供を憎んでいたのか。人間を憎んでいたのか。ちゃんと聞きたいと思っていました。知りたいと思っていました。だけど、それはもう、出来ないんです。ワタシはそれが、悲しいし、悔しいです」
「おい、なんだ。どういう演出だ」
「さあ……」
(お姉ちゃん、ニヤニヤしながら舞台に出るよって言ってたけど、こういう事か)
マルコの友人たちが舞台に気を取られたタイミングで詩は、会話を別方向に差し向ける。
「あれはねー、リアルブルーの文化で歌舞伎って言うんだ。普通女性は歌舞伎役者になれないんだよ。女性の役柄も、男がやるの。女形って言うんだ」
「……え? なんのために? 女の役なら女がやったほうがよくないですか?」
「理由は色々あるけど……そのうちの一つは、女じゃないからこそ理想の女を演じられる――っていうこと」
「へえ。リアルブルーって、変わってますねえ」
「船乗りは色んな所へ行って色んな文化を体験できるお仕事でしょ? これからあなたたちは、きっともっとたくさんの、変わったことに出会うはずだよ。頑張ってね」
役を終え舞台から引っ込む中、ユニは小声で舞に礼を言う。
「誘ってくれてありがとうございました、舞さん……本当に。これでケリがついた気がします、私」
「いいっていいって、たいしたことじゃないしさ」
暫が終わり、再び役者たちが動き始める。
ラルヴァの中にいるリオンは、カチャにエレメンタルコールで意を伝えた。
「いきますよ」
そして彼女の斧にマジックフライトをかける。
カチャが宙に浮いた。ラルヴァの頭上から一撃を加えようとする。
長い腕がその体を捕らえ、思い切り振り回し、床に叩きつける。
「くそっ、まだ余力が残っているのか!」
吼え斬りかかるレイアも、腕のひと薙ぎによって吹き飛ばされる。
その他のハンターたちも、また。
緊張感あふれる展開に、はらはらする子供たち。
そこでユメリアが会場に呼びかけた。
「みなさん、ラルヴァを倒すため、力いっぱい応援しましょう! みんなの声がハンターさんたちの、そしてアメンスィ様の力になるのです! さあ、私に続けて――はんたーがんばれー!」
「「がんばれー!」」
「はんたーさんがんばれー!」
「「ハンターさんがんばれー!」」
照明の色調が切り替わった。おどろおどろしい赤から、燃え上がるような紅へ。
テントの天井近くに潜んでいたリナリスが、マジックフライトをかけた盾を腹の下に敷き、客席の上を滑空。その背に乗ったビリティスと共に、舞台へ降り立つ。
「ふははは、待たせてすまねーな皆! 雑魚を蹴散らすのに手間取ってよ!」
と客席に呼びかけたビリティスは、空き箱で造った音声入力型リモコンに叫ぶ。
「今こそ同盟の力を見せつけるときだ! 行け! テラドゥカス内蔵機関砲群オーブラカ!」
リナリスは間髪入れず、背負った砲台からラルヴァに向け花火を発射した。
飛び散る火花、上がる煙。
派手な演出にどよめく客席。
しかしラルヴァは攻撃を意に介さない。
『クフ……クフフフ。その程度の力では勝負にもならないよ』
しかしビリティスも負けてはいない。
「まだだ! 斜め45度EX!」
リナリスはウィンドガストを発動。オーラを全身にまとい跳躍。ラルヴァの顔にチョップを食らわす。
「超飽和攻撃!ミチェーリ・フルブースト!」
続けて至近距離から、残っていた花火を全弾解放。
先程の倍以上の火花と音が炸裂する。
ラルヴァの腕が2本砕け落ちた。
『馬鹿な、わたしの腕が……いや、しかしまだ2本ある!』
CAMの着ぐるみが割れ、仮面をつけたリナリスが姿を現す。燃え立つ刃を相手に向け、言い放つ。
「2本しかない、でしょ?」
言うなり剣を振るい、腕1本を破壊する。
カチャがもう1つの腕を砕く。
そこでレイアが高らかに、大音声を放った。
「お前はここで終わりだ! 今こそ塵と砕け散り無明に還るがいい! 命なきもの、ピグマリオの王よ! 嫉妬の主よ!」
彼女の刃はラルヴァの額に深々と突き刺さった。
ラルヴァの体全体に細い亀裂が走り、至るところから煙が噴き出す。それに紛れてリオンは素早く着ぐるみから離脱し、舞台袖に引く。
乗り手を失った抜け殻は力つきたように崩れ落ちる。
その振動で、テント全体が少し揺れた。遠く遠くに去って行くような呟きが続く。
『クフ……クフフ……負けてしまったんだね。君からも、僕自身のルールからも……』
ひたすら威厳を保ち続けることに専念していたマルカは、台本通りの台詞を読み上げる。直に自分が体験した戦場のことを思い出しながら。
「私が戦場に立った瞬間、すでにこの戦いは私とあなたのゲームではなかった。なぜなら私も、あなたも、盤面に配置された駒のひとつに過ぎないのですから」
『では、いったい指し手は誰だったというのかな……?』
「それは……あえて言うなら、それは世界の意志」
『意志……意志か……なるほど……意志の力になら、抗えないのも無理はな……』
煙の噴出が止むと同時に、ラルヴァの声も止んだ。
ハート型の雪が客席に降り出した――マルカのスパシーバだ。
リナリスが仮面を外す。
ビリティスがのけぞり驚愕する。
「ね、姉ちゃん!?……そんなまさか……姉ちゃんは歪虚に殺されたはずじゃあ……」
「ごめんね、ずっと黙ってて……実はさる研究所で改造手術を受けて、一命を取り留めていたんだよ!」
「姉ちゃん……! 姉ちゃん姉ちゃん姉ちゃん!」
設定上の姉妹、唐突な感動の再開劇。
しかし演技は長く続かなかった。カチャがビリティスの襟首を捕まえ、引き戻したのである。
「ビリティスさん、リナリスさんの胸揉みすぎです」
ユメリアが勝利の歌を歌う。
「♪ 闇がいかに深くとも、光はそれを貫き通す。夜がどんなに長くとも、朝は必ず巡ってくる。明日は必ず訪れる ♪」
テント内の照明が戻ってきた。
歌を終えたユメリアは〆にまた、チョンと拍子木を打つ。
「これにて万事めでたしめでたし。次回は黒と白、お楽しみに!」
「めでたーし」
周囲と一緒にコボちゃんがぱちぱちと手を叩く。マリィアもまた。
「……この調子でイヴも倒してこんな風にみんなで観劇したいわね」
と呟く彼女にサクラが言った。
「邪神戦も、ですね」
「ああ、それもあるわね。本当に困っちゃうわ、片付けなきゃならないことばっかりで」
お客さんたちが席を立ち、外へ出て行く。
ハナはいの一番に、テント入り口で待っていたもぐやんのところへ走っていく。
「もぐやーんさーん、お芝居終わりましたよー」
『おお、そうだか。どうだったべか?』
「とてもよかったですよ。アメンスィ様もすごくきれいで――」
受付に座るフィロは、出て行く観客たちを見送る。
「おもしろかったね」
「ねー」
という家族連れの声に、ふんわりと微笑む。
「これからも笑顔が増えるといいですね……」
そこへ、劇に出演していたハンターたちがやってきた。ぴょこも、スペットも。
彼らを代表して、カチャが言う。
「お疲れ様ですフィロさん。代役有難うございました。ついでですから、一緒に何か食べに行きませんか? おごりますよ」
ルベーノはマゴイに聞く。
「芝居はどうだった、μ」
『……ちょこちょこ引っかかるところはあったけれど……まあまあ道徳的だったと思うわ……続編があるようだけど……あなたは参加するの……?』
「ハッハッハ、一撃で蟲の女王に落とされているからな、全く記憶にない。ゆえに演じることもできん、ハッハッハ」
ひとしきり呵呵大笑した彼は、ふと真顔になった。
「μ、時間があればもう少しいいか」
確かに時間があったので、マゴイはコクリと頷いた。
ルベーノは彼女を抱き上げる。羽のように軽い存在を逃がさぬように。
そして虚空と縮地瞬動を使い、瞬く間に空の上へ。
何事かと戸惑い気味のマゴイに囁く。
「お前は空からの視点に慣れているかもしれんが……これが俺達が守った同盟の一部だ。お前にも実感してほしいと思ってな」
足の下にはハンカチほどの大きさの会場。
周囲に広がる田畑。家畜のいななく牧草地。
そのまた向こうにかすむ山並みがあって、青空が広がっている。
マゴイは豊かな大地の様を言祝いだ。ルベーノの胸に顔を寄せて。
『……いいところ……のようね……』
コボルドたちと一緒に空の上の2人を見上げ、ディーナが言った。りんご飴を舐めながら。
「マゴイさん達も同盟でユニゾンの劇をやったらいいと思うの」
「げき?」「わき?」
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/05/24 20:26:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/05/23 21:46:23 |