ゲスト
(ka0000)
【女神】最悪の同乗者
マスター:奈華里

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 6日
- 締切
- 2019/06/02 19:00
- 完成日
- 2019/06/16 23:51
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
陶曲と名のついた同盟の戦いが終幕した。
しかし、同盟の――いや、クリムゾンウエストの海は未だ危険である。出現する雑魔の類いが少し減ったようにも感じるが、それでも暗黒海域の存在は消える事無く、同盟から行ける海路は未だ限られている。そんな中、イズは少し前にその海路を切り開く手がかりを手にしていた。それは遥か昔の冒険者が残した海図にある。
隠された謎を解き、導き出された答え…それは失われた島にあるという事だ。
しかし、その島は『失われた』というだけあって地図に載っていないし、暗黒海域のすぐ傍で誰も近付いた事がない。何故なら、そこに近付こうものなら荒波と海からの歪虚の襲撃に合う事は目に見えていたし、そうなれば生きて帰れないのは明らかだ。そんな場所であったからイズはこれまで悩みに悩んできた。
父の代から良くしてくれている船員達とそして補佐役のセルク。彼等はもう家族同然だ。
そんな彼らを巻き込んで自分の我侭を通すのは気が引けた。けれど、今の船を一人で走らせる事は難しい。
新たな海路開拓への好奇心はある。自分の操舵術にもそれなりの自信を持っている。
それでも家族の命は決して軽くない。父を海で亡くしている彼女にとっては尚更だ。
「もう、諦めた方がいいのかしら…」
いつになく暗い表情で彼女が呟くも、心中ではまだ迷いが生じていた。
(父さん、私…どうしたらいいかな?)
船の窓から見える星に尋ねる。しかし、星はやはり答えてはくれない。
その迷いが彼女の判断力を鈍らせる。
「へへっ、あんたが海の女神か。いい船乗ってるじゃないか」
曖昧な気持ちで船に乗っていた罰だろうか。それは積み荷輸送中の一幕。
いつも通りの朝で順調に進んでいた筈の仕事の途中、彼女は海に煙の上がった漁船を見つけた。
そこで何らかのトラブルだろうと救助に向かったのが運の付きだ。
「ちょっとあんた達、まさか」
船を寄せると同時に飛び込んできた男達を見て、イズが奥歯を噛む。
人相は最悪。如何にも過ぎる悪人面だが、何処かに違和感を覚える。
「船長は下がってて下せぇ。こんな奴らに負け…ぐっ!」
応戦しかけた船員がものの一瞬だった。顔面に拳を食らって弾かれて…僅か数分で皆縛り上げられる。
けれど、ここで弱みを見せたら負けだ。イズは凛とした態度で彼らに言葉する。
「貴方達見ない顔ね…新手の海賊さんってやつかしら?」
皮肉も込めて彼女が言う。
「ああ、まあ海賊っちゃあ海賊だな。漁船奪ったし、乗ってた奴らは魚の餌にしてやった。そして、お前らもこの後お魚ちゃんに美味しく頂かれる運命…なんてどうだ?」
イズの前にいる男が短剣を構えたまま、にやけた顔でそう返してくる。
「で、目的は何? 積荷なら」
「そんなもんいらね…狙いはアンタとこの船だ」
「えっ、んっ、んんー!」
男の言葉を聞いたと同時にもう一人が彼女の口を塞ぐ。そして、彼女は意識を手放した。
●
「ん…ありゃなんだ?」
今日も同盟の海を守るべく、同盟海軍・ルナルギャルド号副艦長であるロジャー・ロルドは偵察の任務に当たっていた。そんな時だ。遥か先に複数のばしゃばしゃする影が見えて、双眼鏡を探しそこを確認する。すると、そこら一帯には複数まとめ縛られたらしい人が見えて…どうやら、立ち泳ぎで何とか凌いでいたようだ。
「なんだってこんな所に…ここは海のど真ん中だぞ」
ともかく今は救助が先決だ。乗員に指示を出し、溺れかけている彼等を急いで引き上げる。
「ッ…はー、助かりましたよ、旦那ぁ」
「有難う御座います。しかし、イズが…船長が」
「何、イズだって?」
引き上げた男達の言葉にロジャーが反応する。
イズと言えばついこないだ会ったばかりだ。そんな彼女に何かあったのだろうか。
「詳しく聞かせてくれ、あの女神に何があったって?」
逸る気持ちを抑えて事情を聴く。
「船長が船ごと海賊に攫われちまったッ…俺達がついておきながら、なんて不甲斐無い…」
「あ、あなたロジャー殿ですよね。お願いです、船長を助けて下さい!」
セルクが彼を事を知っていたらしく、濡れた身体のままお願いする。
が、彼は今任務の真っ最中だ。ここで船を離れる訳にはいかないし、同盟海域の事とはいえ一般の案件を個人的に引き受ける事は出来ない。そこでまずは無線で連絡を入れて、付近を港の組合の方で調べて貰えないか交渉。
イズの事を知っている者も多いからか彼女もピンチと聞いては組合も黙っていない。
「わかった。至急、探させる」
組合長が手短にそう言い動き出す。だが、船は見つかったものの何処か様子がおかしくて…。
「おい、それは本当なのか?」
「あ、はい間違いありません。何隻もやられたと」
早速入った港からの情報にロジャーは耳を疑った。
何故なら、届いた情報によればイズの船が救助に来た船を尽く攻撃し返り討ちにしているというのだ。
しかも、舵は彼女自身が握っているというから驚かざる負えない。
「そんな嘘だ…船長がそんな馬鹿な事」
イズの乗組員の一人が力なく言う。
「奴らに脅されてやってるに決まってる! 恐ろしく強かったから船長も逆らえないんだ!」
とこれは別の一人だ。だが、脅されていたとしても彼女位の経験があれば隙をついて海に飛び込んで逃げる事も出来る筈だとロジャーは思う。それをしないという事は、何かしら訳があるのだろう。
(しかし、このままにしてはいけないな。理由はどうあれ女神が海賊になっちまうなんて)
それだけは避けなければ。
そこまで肩入れする義理もないが、男の多い海に咲いた一輪の花をそう簡単に枯らすのは勿体ない。
「よし、俺自身は出られないがハンターオフィスに要請、船の手配もしてやる。後、逃げないよう監視はしておくから安心しろ」
彼が助けた船員達に言う。
『ロジャー副艦~』
その言葉に涙して感謝するイズの船員達であった。
陶曲と名のついた同盟の戦いが終幕した。
しかし、同盟の――いや、クリムゾンウエストの海は未だ危険である。出現する雑魔の類いが少し減ったようにも感じるが、それでも暗黒海域の存在は消える事無く、同盟から行ける海路は未だ限られている。そんな中、イズは少し前にその海路を切り開く手がかりを手にしていた。それは遥か昔の冒険者が残した海図にある。
隠された謎を解き、導き出された答え…それは失われた島にあるという事だ。
しかし、その島は『失われた』というだけあって地図に載っていないし、暗黒海域のすぐ傍で誰も近付いた事がない。何故なら、そこに近付こうものなら荒波と海からの歪虚の襲撃に合う事は目に見えていたし、そうなれば生きて帰れないのは明らかだ。そんな場所であったからイズはこれまで悩みに悩んできた。
父の代から良くしてくれている船員達とそして補佐役のセルク。彼等はもう家族同然だ。
そんな彼らを巻き込んで自分の我侭を通すのは気が引けた。けれど、今の船を一人で走らせる事は難しい。
新たな海路開拓への好奇心はある。自分の操舵術にもそれなりの自信を持っている。
それでも家族の命は決して軽くない。父を海で亡くしている彼女にとっては尚更だ。
「もう、諦めた方がいいのかしら…」
いつになく暗い表情で彼女が呟くも、心中ではまだ迷いが生じていた。
(父さん、私…どうしたらいいかな?)
船の窓から見える星に尋ねる。しかし、星はやはり答えてはくれない。
その迷いが彼女の判断力を鈍らせる。
「へへっ、あんたが海の女神か。いい船乗ってるじゃないか」
曖昧な気持ちで船に乗っていた罰だろうか。それは積み荷輸送中の一幕。
いつも通りの朝で順調に進んでいた筈の仕事の途中、彼女は海に煙の上がった漁船を見つけた。
そこで何らかのトラブルだろうと救助に向かったのが運の付きだ。
「ちょっとあんた達、まさか」
船を寄せると同時に飛び込んできた男達を見て、イズが奥歯を噛む。
人相は最悪。如何にも過ぎる悪人面だが、何処かに違和感を覚える。
「船長は下がってて下せぇ。こんな奴らに負け…ぐっ!」
応戦しかけた船員がものの一瞬だった。顔面に拳を食らって弾かれて…僅か数分で皆縛り上げられる。
けれど、ここで弱みを見せたら負けだ。イズは凛とした態度で彼らに言葉する。
「貴方達見ない顔ね…新手の海賊さんってやつかしら?」
皮肉も込めて彼女が言う。
「ああ、まあ海賊っちゃあ海賊だな。漁船奪ったし、乗ってた奴らは魚の餌にしてやった。そして、お前らもこの後お魚ちゃんに美味しく頂かれる運命…なんてどうだ?」
イズの前にいる男が短剣を構えたまま、にやけた顔でそう返してくる。
「で、目的は何? 積荷なら」
「そんなもんいらね…狙いはアンタとこの船だ」
「えっ、んっ、んんー!」
男の言葉を聞いたと同時にもう一人が彼女の口を塞ぐ。そして、彼女は意識を手放した。
●
「ん…ありゃなんだ?」
今日も同盟の海を守るべく、同盟海軍・ルナルギャルド号副艦長であるロジャー・ロルドは偵察の任務に当たっていた。そんな時だ。遥か先に複数のばしゃばしゃする影が見えて、双眼鏡を探しそこを確認する。すると、そこら一帯には複数まとめ縛られたらしい人が見えて…どうやら、立ち泳ぎで何とか凌いでいたようだ。
「なんだってこんな所に…ここは海のど真ん中だぞ」
ともかく今は救助が先決だ。乗員に指示を出し、溺れかけている彼等を急いで引き上げる。
「ッ…はー、助かりましたよ、旦那ぁ」
「有難う御座います。しかし、イズが…船長が」
「何、イズだって?」
引き上げた男達の言葉にロジャーが反応する。
イズと言えばついこないだ会ったばかりだ。そんな彼女に何かあったのだろうか。
「詳しく聞かせてくれ、あの女神に何があったって?」
逸る気持ちを抑えて事情を聴く。
「船長が船ごと海賊に攫われちまったッ…俺達がついておきながら、なんて不甲斐無い…」
「あ、あなたロジャー殿ですよね。お願いです、船長を助けて下さい!」
セルクが彼を事を知っていたらしく、濡れた身体のままお願いする。
が、彼は今任務の真っ最中だ。ここで船を離れる訳にはいかないし、同盟海域の事とはいえ一般の案件を個人的に引き受ける事は出来ない。そこでまずは無線で連絡を入れて、付近を港の組合の方で調べて貰えないか交渉。
イズの事を知っている者も多いからか彼女もピンチと聞いては組合も黙っていない。
「わかった。至急、探させる」
組合長が手短にそう言い動き出す。だが、船は見つかったものの何処か様子がおかしくて…。
「おい、それは本当なのか?」
「あ、はい間違いありません。何隻もやられたと」
早速入った港からの情報にロジャーは耳を疑った。
何故なら、届いた情報によればイズの船が救助に来た船を尽く攻撃し返り討ちにしているというのだ。
しかも、舵は彼女自身が握っているというから驚かざる負えない。
「そんな嘘だ…船長がそんな馬鹿な事」
イズの乗組員の一人が力なく言う。
「奴らに脅されてやってるに決まってる! 恐ろしく強かったから船長も逆らえないんだ!」
とこれは別の一人だ。だが、脅されていたとしても彼女位の経験があれば隙をついて海に飛び込んで逃げる事も出来る筈だとロジャーは思う。それをしないという事は、何かしら訳があるのだろう。
(しかし、このままにしてはいけないな。理由はどうあれ女神が海賊になっちまうなんて)
それだけは避けなければ。
そこまで肩入れする義理もないが、男の多い海に咲いた一輪の花をそう簡単に枯らすのは勿体ない。
「よし、俺自身は出られないがハンターオフィスに要請、船の手配もしてやる。後、逃げないよう監視はしておくから安心しろ」
彼が助けた船員達に言う。
『ロジャー副艦~』
その言葉に涙して感謝するイズの船員達であった。
リプレイ本文
●奇行
あの『女神』が海を荒らしている。その情報は密かに関係者の中で広まりつつある。
中には彼女の船が元海賊船だという事を聞いて、呪われていたとか亡霊に取りつかれたとか勝手な推測が独り歩きし、終いには彼女自身が本当に海賊に転身したのではという声まで上がり始めている。
「あのイズ嬢ちゃんに限ってそんな事はある筈がないでさぁ」
だが、イズをよく知る者達はそれをきっぱり否定する。
「しかし、変心ということもあるじゃろう? 本当にないと言い切れるものかえ?」
彼らの言葉が信じきれないミグ・ロマイヤー(ka0665)がもう一度尋ねる。
「ああ、ないね。あの子の性格はよく知ってる。それにだ、これまでだって幾つもの海賊をとっちめて海の安全に貢献してくれたのは誰あろう彼女自身だぜ?」
ハンター協力の元、複数の海賊を捕らえ、密売されそうになっていた人魚を助けた事もあるという。
(だったら何故じゃ? 何故、今回は逃げ出さぬ?)
船が人質になっているから? とはいえ果たして、襲撃してきた荒くれに加担してまで守りたいモノだろうか。
人は時に過ちを犯す。それと同じように変心もまたしかり。見かけによらず、長生きな彼女はそんな状況を何度となく見てきたから、他がどう言おうとこの疑いは捨てない。
「回答感謝する。後、出来れば船を一隻借りたいのじゃが?」
「んあ? それならあっちの組合の建物で交渉しな」
ミグの問いに漁師が答えて、彼女は早速船の手配へ。
その一方で割り切れない者もいた。それはカーミン・S・フィールズ(ka1559)だ。
「何かある。きっとそうに違いないのよ」
彼女はそう言って、イズ周辺の聞き込みを開始。すると徐々に浮かび上がってきたのは一枚の海図だ。
「あの時の海図って事は…」
以前の事を思い出しハッとする。そしてセルクに尋ねたら、なんとビンゴだ。
「船長からは極秘にと言われているので、他の船員は知りません。けど、明らかに解けたようでした…けど、どういう訳かその後から船長は少し塞ぎ込んでしまって。皆の前ではそんな素振り見せてなかったんですけどね、私には判ります」
補佐役として、彼女の隣りを歩いてきた彼だ。その眼に狂いはないと信じたい。
「って事はつまり」
海図には暗黒海域と呼ばれる危険海域を渡ったルートが記されている。それは未知の海域をであり、そこを渡り書かれた地図となればその価値は計り知れない。
「……そう、見えてきたかも」
カーミンの推測が当たっているなら、ある意味イズらしからぬ非情な決断をした事になる。
(イズ、もしかしてあなた彼らを捨て駒に、海域を渡る気なの?)
以前共にした時の彼女の姿を思い浮かべ、そんな疑問を投げかける。
しかし、ここに彼女はいないのだから答えが返ってくる事はない。
(迷っていても仕方がないわ。後は自分の目で確かめる)
カーミンがその為の準備に走り出す。
それを横目に捉え、シャーリーン・クリオール(ka0184)は別の船員への聴取を続ける。
「どんな些細な事でもいい。海賊の顔とかやり取りとか覚えてないかな?」
彼女は襲撃した海賊についての手がかりを探す。
「見るも何もホント一瞬でして…けど、滅法強かったのは報告書でも言った通りで」
人の言葉のニュアンスは曖昧だ。
彼等にとっての『滅法強い』が果たして、ハンターにとっても通用するのかは判らない。
「じゃあ質問を変えよう。武器とか服装はどんなだった?」
見た目に関しては柄が悪かったらしいが、念の為尋ねる。
「見た限り、普通でした。いや、でも…そう言えば船乗りっぽくなかったかも」
「ん? どういう事かな?」
重要になりそうな意見に彼女が踏み込む。
「あ、いや…なんて言うか、マントだったり鎧だったりで変だなと。そういや女もいたかも」
「女か」
酒場ならともかく、船上に女性というのは珍しい。船乗りのタブーを犯しているから。それに鎧とて泳ぐには完全に不利な代物で普通ではありえない。
「海慣れしていない海賊なのか?」
新たな疑問…だが、ここで答えが出る訳もなく…。
「有難う。助かったよ」
彼女はここで話を切り上げて、皆の待つ港へと戻る。
情報を纏めると海賊の狙いは『船とイズ』の両方だった。そしてその後、船の舵をイズ本人が取っている事からやはり傍から見れば、本人が望んで加担しているように見える。
「最悪、彼女が敵に回る可能性を考えておいた方がいいですね」
船の動きに迷いがない事を顧みて、エルことエルバッハ・リオン(ka2434)がそう釘を刺す。
ちなみに今イズの船はここから魔導モーターをとばして一時間強所にあるという。
「一時間強……結構な距離ですね」
サクラ・エルフリード(ka2598)が静かに言う。
「だったら急いで向かった方がよかろう。で、作戦はどうするかえ?」
ミグの問いにそれぞれが思案する。できれば戦う前にイズの状態を把握したい。
そこで手を上げたのは隠の徒が使えるカーミンだ。
「私が先に見極めるわ。だからありきたりだけど、誰か囮を頼めないかしら?」
彼女が問う様に皆に視線を走られる。
「ならば私が行こう。船の操縦はお前に任せる」
待機していたセルクを見てレイア・アローネ(ka4082)が言葉する。
囮を運ぶ大役・重大任務だが、イズの為セルクの腕の見せ所だ。
「でしたら私も、囮になります。レイアさんとは何度かご一緒していますし、魔導モーターの起動には覚醒者が必要なんですよね?」
レイアに続いて、これにサクラも手を上げる。
「ミグは別の船を用意している。そして船尾を狙うつもりじゃが、残りはどうするかや?」
まだ行動を表明していない者達に向けて彼女が問う。その答えに空を持ち出したのはシャーリーン。
「スループ船とガレオン船、高低差がかなりあると聞くからね。ちょうどいいかと」
小型の飛行翼アーマーを指差し彼女が言う。
「私は飛べるソリを用意しましたからそれで飛びます」
そういうのはエル。季節外れだが意表を突くには悪くない。
「私はこれ自体が飛ぶ機能を備えていますのでご心配なく」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)はそう言って今着ている鎧のブースターを軽く起動。腰と足裏、そして背中からも炎のようなものが吹き出し、一瞬ふわりと浮いて見せる。
「私は…このほう、あれ?」
ユメリア(ka7010)もそこで何かを言い出したのだが、物がなく首を傾げる。
(おかしいですね…確かに出る前に持って来た筈なのですが)
依頼を受けてからここに来るまで彼女が手にしていた筈のもの――それは空飛ぶ箒だ。エルのソリ同様覚醒者が使って初めて飛行できる箒なのだが、総出で探すも何処かに忘れてきてしまったらしく見つからない。
「そなた、夢でも見ていたのではないかのう?」
伏し目がちの彼女にミグが突っ込む。
「まさか、そんな…しかし、ないという事はそう…なのかもしれません」
ユメリアが申し訳なさそうに言う。
「まあ、ないならないでいいんじゃない? ミグ一人では船は動かせないし、ユメリアに乗って貰って、いざという時に役になって貰うってのはどう?」
カーミンが沈みかけたユメリアの気持ちを持ち上げる。
「そう、ですね…頑張ります」
それに励まされて、彼女は顔を上げて…今は自分の過ちを責め落ち込んでいる場合ではない。オフィスから魔導スマフォが人数分借り出し、彼女らは海に出る。
●鷹の目
「ふーん…やはりおいでなすったぜ。愛されてんなー、女神さんはよぉ」
船首にて、男が隣りにいたもう一人に言葉する。
「で、相手は何人だ?」
「あー、中にいるから判んねぇが、船は二隻だな。大方分かれてこっちを止めに来るんじゃね?」
それに応えて、彼はその場で待機中。
「で、女神の具合はどうだ?」
そこでもう一人は振り返って、舵をとるイズの傍のローブ男に話しかける。
「ああ、こちらは問題ないョ。私の腕にかかれバ…というよカ、コノ女に少し迷いがあったカラ。思っタより簡単に落ちたョ」
くふふっと含み笑みを浮かべてローブの男の表情は見えない。
「しかし、肝心な事はまだ吐かないのだろう? それで完全と言い切れるのか?」
ローブの隣りで腕を組んで立っていた鎧の女が冷ややかに言う。
「ハァ、素人はコレ、だから…順序ってものがあるのダョ。それに無理する事は簡単ダガ、身体を壊してしまっては舵取りに支障、出るダろう?」
ローブの言い分にもう一人は言い返せない。
「……ま、焦る事たぁないぜ。誰が来ようとこっちは負ける気がしねぇ」
ハンターを察知した男が自信ありげに笑う。そして、その直後からイズの船は完全警戒態勢に入る。
「敵が来る……私の船は、壊させない」
男の言葉を聞いて、イズが小さく呟いた。
一方ハンターはあちらがこちらに気付いている事を知りはしない。
「見えてきましたね。あれがイズさんの船…」
こちらの船とは格が違う。サクラは改めてこちらとの船の大きさに多少の不安が過る。
(うまくいくけばいいのですが)
そんな事を考えていたからだろうか。いきなり届いた爆音に耳を塞ぐ。
「チッ、早速か!」
レイアは舌打ちの後、船首の方へと駆け出す。
すると次々と腹に響くような砲弾がイズの船からは絶えず放たれ、こちらの船を狙っているようだ。
「まだ距離があるってのに賑やかの事だな」
シャーリーンが已む無くアーマーを起動し、四枚羽で空へと飛び出す。ツィスカもそれに続いて、激しいブースト音をさせながら追うように空へと舞い上がる。
「セルク、こうなったら向こうの船に全速力で突っ込んでくれ」
レイアの言葉を聞いてサクラは魔導モーターの元へ向かう。そして触れたと同時に急加速。
「しっかり捕まってて下さいね!」
セルクが叫ぶ。が、あちらにはイズがいる。
こちらの加速に負けない操縦で有ろうことか側面をこちらに向けてくるではないか。
「まさか迎え撃つ気かっ!」
セルクに動揺が走る。一番の弱点と思われる側面も相手が直進してくるならば相手の砲撃は無効となり、逆に見せた側は砲撃のチャンスとなる。
「食らえぇっ」
砲台の裏から声がする。そして、その後、次々と砲弾が発射されこちらの船の際どい所に尽く着弾。スピードに乗っていなければ直撃といった場面が続く。
「凄い精度だな…敵ながら感心する」
レイアが額から汗を流しながら言う。
「けど、このままぶつかったらただでは済まないですよぉ」
サクラは近付く距離にハラハラしぱなしだ。
接近後は平行に並ぶと向こうの船が掻き分けてくる水量に押されて、今度は転覆の危機に晒される。
「すまん、セルク。後は…何とか立て直してくれ」
「行ってきます!」
レイアとサクラがその揺れる船体を利用してイズの船へと飛びつく。
その時後方ではミグの船がイズの船に近付かんとスピードを上げている。
「おおっと敵は空にもいるぜ!」
敵がこちらも襲撃を把握し、仲間に連絡。そんな中、身を潜めたカーミンはこっそり逆側側面を上っている。
「イズ、いけるナ?」
「ええ、大丈夫よ」
フードの男にイズの声。思ったより冷静だ。
「いいや、こいつだけでは安心できない。そのまま真っ直ぐの進路をとらせろ」
そこに聞こえた別の声。その男はどうやら船尾に回ったようだ。
(一体何人いるのかしら?)
カーミンはそう思いつつ、見張り台へと向かった。
●襲撃
「奴ら派手な事しやがってどっちが海賊だよ」
船首にいた男がツィスカの先制アイシクルコンフィンを見て呟く。
「おまえは中甲板に行け。ここは私が引き受ける」
それに細身の剣を携えた男が言う。その言葉と同時に彼の傍に降り立ったのはシャーリーンだ。
「おや、あなただ…ッ」
そう言いかけて彼女は咄嗟に後方、船嘴の方に後退した。
(今のは何…)
一瞬感じた寒気のようなもの。顔を上げるとさっきいた場所に男が剣を突き出している。
「へ…へえ、さすがにやるな」
その状況にはさしもの彼女も息を飲む。全くと言っていい程感じなかった殺気に無駄のない所作。この男は彼女を瞳に捉えたまま、微動だにしない。しないが、もしこちらが少しでも動こうものならそこをついて来るに決まっている。
(援護のつもりだったのに、これは難しいな)
腰の傍にある拳銃に触れる。だが、構える前に相手は何処まで距離を詰めてくるだろうか。
さっきの出来事が脳裏を過る。気を抜けばやられる…それが空気で伝わってくる。
(まさかこれ程とはな。けど、このままじゃいけない)
覚悟を決めて、彼女が早打ち宜しく制圧射撃を試みる。だが、
「ヌルイッ」
男は彼女が銃を持ち上げた瞬間を狙って、間合いを詰め彼女の銃を払い除けにかかる。銃に剣先が触れ、照準がずらされる。が、彼女とてそのままそれを見過ごすだけでは終われない。もう片方の手で短刀を構え、接近した彼の横腹を狙う。だが、男は通り過ぎるかと思われた所で身体を捻ると外側に跳び、あっさりとそれを回避する。
(こいつ、只者じゃないな)
銃を握る手がビリビリする。さっきの接触がそれだけ威力があったという事なのだろう。まだ痺れているが、相手は待ってくれない。一切無駄のない動きで彼女の元へと迫る。
(ッ!?)
彼女は痺れる手でもう一度銃を握り直し、彼へと銃口を突き付ける。
一方、ツィスカも先制の後何気にピンチに陥っていた。
というのもまずはこの飛行鎧の操縦の難しさにある。背と腰と足のブーストを保つにはやはり冷静さが欠かせない。マテリアルを一定にして、時に調整する事で縦横無尽に飛べるのだが、突然の出来事が起これば当然気持ちはかき乱され、集中も途切れる。
「あら、飛べるのは何もあんただけじゃないのよ」
そう言ってマスト付近にやって来たのはマッチョ男。但し、言葉遣いと衣装は女性っぽい。
「なっななっ…」
いきなりの登場にツィスカ思わずブーストの火力が弱まる。
「女の子を相手にするのは気が引けるけど、邪魔するってんなら話は別。覚悟なさいっ!」
男はそう言い、縮地瞬動・虚空で空をかけ、問答無用で彼女に掴む体勢。
「冗談じゃありませんっ!」
彼女はその凄味に押されて、慌ててスピードを上げ距離をとる。
(あんなのに捕まれたら)
如何に強力な武器を持っていても意味がない。そう思い逃げながらもデルタレイで応戦する。
が、敵もその位では怯まない。
「んふっ、アタシの身体。甘く見るんじゃないわよっ!」
筋骨隆々に隆起した身体が僅かに光っていた。という事はすなわち彼は強化スキルを使っていると見える。
(くぅ、仕方がありません。かくなる上は)
ツィスカが飛行鎧のブーストを止め、マストに降り立つ。それに気付いて敵も向かい合う形でぴたりと動きを止める。
「あら、私とサシでやる気なの?」
自信満々と言った様子で敵がこちらを見て不敵に微笑む。
「ええ、やってみなければわかりませんので」
どの道最終的には捕まえなければいけない相手だ。時間稼ぎに逃げ回るのもいいが、この際この男を引き付けておくのも悪くない。
「そう、じゃあ手加減しないわよ」
男が爪を、ツィスカが魔導剣を構える。勝つのはどちらか。
その頃、エルは今まさにイズの傍に特攻着陸。
「…あら、ダメでしたか」
そりの高度を下げる中、舵のある船尾楼の上の甲板目掛けてスリープクラウドを発動し、あわよくば周囲の敵が眠ってくれる事を願っていたのだが、それはうまくいかなったらしい。イズの振り落す様な船体を揺らした操縦と、彼女の隣りに控えている敵二名によってそれは妨害されたと見える。
「突っ込んでくるとはいい度胸だな。私が相手をしよう」
言うが早いか、鎧の女がエルの元へと飛び出しメイスを振り被る。
それを避ける為下がろうとした彼女だったが、背後に術の気配を感じて動かずその場で受け、それをおし留める。
「チッ、逃がしたカ」
イズの隣りのローブからの呟き。彼は見るからに魔術師だ。
エルの後ろには一瞬重力波が発生したようだが、ふみ込まなかったおかげで事なきを得る。
が、しかしそれでも状況は厳しい。一対二であるし、彼女のレベルがいくら高くても術の発動には些か時間がかかる。つまり時間を作れなくては応戦のしようがない。
「術者のくせに私のメイスを止めるのか!」
鎧の女が忌々し気に彼女に言う。
「そう簡単にやられる気はありませんので」
そう言い返すエルであるが、鎧の重さもあってじわじわと押し込まれ次第にはひざを折る。
(っ、見てられないわ)
そこでマストの上の監視台に身を潜めていたカーミンが動いた。姿を消したまま下に降りると鎧の隙間を狙って精密射撃。何かの気配を感じたかに見えた鎧女だったが、もう遅い。放たれた弾丸は肩を貫き、握っていたメイスをごとりと落とす。
「グッ、な、何を」
「母さんっ!!」
ふらふら後退する女に背後から悲痛の声。エルが振り向くと、そこにはこの船には似つかわしくない少年の姿。
符を手にサクラとレイアの侵入を防いでいたようだが、声に気付いて駆け上がってくる。ファイアアローを打ちかけたエルだがそれを見取り、狙いを鎧からフードへと変更。放ちはしたが、フードは土砂鎧を展開しそれを何とか防いでみせる。
「来るなっ! おまえはお前にできる事を」
鎧女が痛みを堪えて立ち上がる。その様子に泣きそうになりながらも従う少年。これにはエルも手が出せない。
(まさかあんな子供まで乗っているなんて…)
がその気の緩みがカーミンの隠密を白日の下に曝け出す。
「母さんの仇……いた、この近くにもう一人隠れてるよ!」
少年が生命探知でカーミンの位置を捕らえ、その付近に瑞鳥符を飛ばしまくる。
すると鳥の接触で位置がばれ、そこで一度解除する羽目になる。
(えらい事になったはね…けど、ユメリアはまだなの?)
カーミンが奥歯を噛む。連絡済みなのだが、まだミグの船はこちらに届かない。
●激突
「残念だが、ここで止まって貰う」
彼もまた空渡の使い手らしい。いつの間にかこちらに乗り込み、二人を襲う。
「チッ、そなたもアレを使ったか」
舵を切りながらの応戦は難しい。かと言って手を放してしまえば、追跡進路から離れてしまう。
「ミグ様、どういたしますか?」
魔導モーターから離れられないユメリアが返事を待つ。
「どうもなにもやるしかなかろうて」
そう言うのはミグだ。片手を舵に置いたまま、もう片方のアンカーで敵に対抗する。
が、敵も一人で乗り込んでくる事はあった。飛び出したアンカーを悠々と避けて、あろうことかそのチェーンを掴み引き寄せ始める。が、ドワーフであるミグは筋力は高い。普通の成人男性相手でも彼女は互角に渡り合うだろう。
「ミグ様、助太刀を…」
「やめておけっ!」
ユメリアが割って入ろうとしたとこで待ったをかける。じりじりと拮抗する二人の間に流れる空気は戦場のモノに似ていた。だからこそ、今ここ彼女ができるのはミグの意図を察する他ない。
(一体どうすれば…あちらの船にも早く行かないといけませんのに)
いつさっきこちらにカーミンから連絡が入った。
それによるとイズが縛られているという事はないらしい。自ら舵をとって、隣りにいる海賊と少なからず会話はしている。だが、その会話は最低限であり、利害一致の共同戦線を張っているようには見えなかったという。
という事は、やはり何かしらの力で操られていると考えるのが妥当だ。
「グッ…やりおるのう」
片手が使えない事をいい事に、敵はチェーンごとミグを引っ張り、舵から引き剥がそうとする。
だが、ミグは踏ん張る。ミグ回路を使ってアンカーのリールを調整し敵をうまく翻弄する。
そこで敵はズボンの裏のポケットに手を伸ばした。
(何が来る…?)
警戒する中、ユメリアが出した答え。それはごく単純な事。魔導モーターに己がマテリアルを注ぎ込むのみ。
それによって今まで以上に加速し、一気にイズの船へと迫る。
「うむ、よくやっ…グッ!?」
そう言いかけたその時だった。ミグの義手でない方の腕にナイフが突き刺さっている。
「ミグ様っ!?」
その光景に思わずユメリアが叫ぶ。だが、それに加えて急加速の恩恵。ミグが舵を離さなかった事により、彼女の狙いは達成される。どごぉぉんと大きな音が響いて…気付けば、イズの船の舵部にこちらの船嘴が刺さっているではないか。
「速く行け。ここはミグが引き受けるのじゃ」
舵から手を離し腕に刺さったナイフをそのままに彼女が促す。
「す、すみません…どうかご無事で」
ユメリアはそう告げて、イズの待つ船へと移動する。
「行かせは…」
「フンッ!」
止めに入ろうとした敵の前に彼女が立ち塞がる。今度はミグ自身がウイップを揮い、彼をこちらに引き戻す。
「両手が使えれば、さっきのようにはゆかぬのじゃ」
彼女が言う。だが、実際の所を言えば両手が使えるようになったとは言い難い。
(ナイフに毒を…何処までも姑息な)
刺さったままの刃先がじくじく痛む。だが、そんな事でこの場を下りる訳にはいかない。
陽動が陽動として機能しなくなった今、頼りになるのは互いの力。
船側面のタラップにへばりついていたサクラとレイアだったが、サクラのマッスルトーチにより砲台を担当していた二人を釣り出す事に成功し、その二人が思いの外弱かった事により中甲板へと到着する。
「おねぇ、私達って…」
「まだまだだねぇ~」
そう言って伸びた二人はどうやら姉妹らしかった。装備から考えて機導士と狩撃士だったと見える。
「この分だと皆覚醒者なのか?」
こちらの事を察知した速さと、苦戦している仲間の様子にレイアがそう推測する。
「だとしたら本気でいかないと」
人同士だからと言って手を緩めればこっちがやられる。
開けた視界の先に待っていたのは各自戦う仲間の姿。
後ろ甲板にイズの姿が見えて、そちらに向かおうとした彼女達だが、そうは問屋が卸さない。
「新たな鼠の登場ってか。遊び相手が来たようだぜ?」
肩に鷹を乗せた男が隣りにいたもう一人に言葉する。
するともう一人は黙ったまま、炎のオーラを立ち昇らせるとそのまま突っ込んでくる。
「ッ、不意打ちか!」
レイアが盾を構える。サクラはその後ろで急いでスキルの準備に入る。が、なりふり構わず突っ込んできた男の方が早かった。レイアが盾で斧をおし留めるがその衝撃は予想以上に重い。
(こいつ、まさか)
立ち昇ったオーラで分かりにくいが、よく見れば斧にもマテリアルが纏わりついている。
「おらおら、どうしたよっ」
一方鷹を従えている方はステップが軽い。
奴らの中では小柄という事もあって、軽やかな動きでサクラの妨害に入って来る。
(避けてる暇はない…間に合って!)
サクラが構築したのは闇の刃。二人の周囲に無数の刃が顔を出す。身軽な男の方はそれを回避した。しかし、拮抗していた男の方はそうではない。刃に貫かれ、その場に縫い留められる。だがしかし、男は笑っていた。そして、その場で何度も何度も斧を振り下ろす。レイアがその攻撃から抜け出すと、空ぶった斧が床を破壊し敵は船倉へと落ちてゆく。それは異様な光景だった。さっきのそれと言い、尋常な精神状態ではない。
「今のうちに」
そう言ってサクラがもう一人の元に走る。けれど、もう一人もそれに気付いていて、ひらりと跳躍し着地と同時にワイルドラッシュ。思わず彼女も盾で防御するしかない。
「ぐおおぉぉ」
床に落ちた男の雄叫びが聞こえる。彼は再びここに戻ってくるつもりだ。
「そうはさせないわっ」
そこでカーミンが動いた。あの後も神出鬼没に姿を消しつつ、あちこちを支援して回っていた彼女。
好機とあらばそれを逃す筈がない。蒼機銃の照準を男の脚の腱に合わせて、すかさず撃ち込む。すると彼はがくりと足をついて、立ち上がろうにも立ち上がれない状態となる。
「助かります」
サクラが言う。
「何のこれしき」
そういう彼女はやっとこ姿を見せたユメリアを視界に捉えて、急いでそちらへ。
シャーリーンと男の攻防も未だ続いていると見える。
「遅くなりました…」
ユメリアが言葉する。だが、今はイズの解除が先だ。解けるかどうかは判らないが…予想があっていれば、彼女は何らかの支配下にあり、それをあの魔法なら解く事が可能な筈だ。戦いのそれに紛れて、イズの近くに彼女を案内する。幸い、海賊の各自必死なようで、こちらを気に留める余裕はない。
(ここからでもできるわよね?)
射程を確認して中甲板の階段裏から解除を試みる。
「ヌッ、これは一体…」
「まさか……しまった。母さん、下だよっ」
少年の声に敵がこちらに気付く。だが、それはもう遅かった。イズの周りを光が包み込む。
「……あ、れ…動、ける」
「クッ、解けたカ」
魔術師が悔しげに言う。
「でも、渡す訳には」
魔術師の言葉を聞き、鎧女が茨の祈りを発動する。本来なら仲間を守るものだが、こういう時は檻としても機能できるのだろうか。けれど、それを発動しようとした瞬間音がして、そちらに目をやればエルが少年にスリープクラウドを仕掛けたらしい。
「こういうやり方は好きではありませんが、致し方ありません」
少年を抱えて、その頃にはカーミンとユメリアもこちらに上がってきている。
「もう観念しなさい」
戸惑うイズを余所に鎧女は目を伏せる。けれど、魔術師の方は相変わらず表情が読み取れない。
「クソッ…ボス! 女神がヤバいようですぜっ!」
サクラの相手をしていた男が船首の男に向かって叫ぶ。
(こいつがボスだったのか…通りで)
シャーリーンはその言葉に一瞬意識がそれて、そこで貰ったのは鈍い一撃。辛うじてわき腹を捻り直撃を免れたが、ふらふらと後退する事しか叶わない。
「シャーリーン!」
レイアから声が飛ぶ。そうなると全体の戦況バランスは崩れ始め…。
「その子を返し…ッ!?」
鎧の女が言いかけた言葉がそこで途切れた。その原因は魔術師の重力波だ。
「あらやだ、裏切り?」
ツィスカの相手をしていた男からもそんな声が上がる。
「足手纏いに、用ハない…そう言う事でしたヨ…ぐがっ!」
が、にやついたのも束の間。
静まったこの隙にツィスカが魔術師にアイシクルコンフィンをぶつけ、状態はさらに混迷を見せる。
「恐れ入ったよ、ハンター諸君。そして、この女の頑固さにもな」
ボスと呼ばれた男はそう言うと残った皆に合図を送り、瞬く間にイズを取り囲む。
「な、によ…放しなさい、な…」
イズが抵抗した。隙をついて仕掛けたいハンター達であるが、向き合っていてはそうもいかない。
対峙したままの時間が過ぎる。だが、ここで思わぬ援護人――。
「皆、避けよ!」
ミグの言葉。それに気付いた者は慌てて道を開ける。が、その声の主が放つものが判らない海賊達は声が届いても一瞬反応がズレて…出現する無数の氷柱にが彼等を襲う。
「ボス、下がって下せぇ!」
そこで小男はイズを手放し、ボスを守る為自ら氷漬けに。突き飛ばされる形となったイズをカーミンが確保する。その後は作られたチャンスを彼女らは逃さない。エルが符を投げ、稲妻を降らせる。シャーリーンは連続射撃で相手の行動を封じようと試みる。サクラはジャッジメントの射程で敵の足を止めようと狙いを定める。
だが、残った敵は精鋭揃いで魔術師と鎧女を盾にして、それぞれマストを伝い上がってゆく。
「こちらですっ」
そこで声がした。その声の主をミグとユメリアは知っている。
「あやつまだ動けたか」
ミグが苦虫を噛む。あちらの船にウイップで縛り付けてきたのだが、うまく解いてきたらしい。
それに加えてその後セルクの船をも奪ったらしく、セルクは海に投げ出されている。
「やられたね」
シャーリーンがセルク救助を優先し、奴らが逃げ行くのを見送りながら呟く。
「……皆ごめんなさい」
イズは船の惨状を目の当たりにして、落ち込みながらそう言葉した。
結果的に舵をミグの船が壊した事によりハッキリ言ってイズの船は動けない。
それでも多少は風を捕まえる事で移動は出来るが、舵なしの操縦など危険極まりない。そう言う訳で、事が解決した事を連絡した後、残った海賊は縛り上げて、ハンター達は船長室にて救助を待つ事になる。
「で、どういう事なの?」
海賊に捕まってから今までの事をハンターが尋ねる。
彼女の話だと記憶はあるらしかった。だが、身体は言う事をきかなかったのだという。
そして、それはあの魔術師による催眠術らしい。しかし、彼が言うには普通なら記憶も残らないのだという。
「おまえが下手だっただけでは?」
レイアが言う。だが、彼もプライドがあるようで、イズが嘘をついているのだと言い出す始末。
「まあ、どっちにしても術は解除されたんだから良かったわ。で海賊達の目的は判りそう?」
逃げた者達がいる。という事はまた来る可能性がある。その対策として相手の目的を知っておく事は重要だ。
一応、捕らえた海賊に聞いてみたが、当たり前のように口を割らなかった。姉妹や親子に関しては金で雇われていただけで深い所は知らなかったらしい。
「ねえ、イズ…思い出して? もしかするとあの海図絡みじゃないの?」
カーミンの問いにイズは一瞬眉をしかめ、目を閉じる。
『海図は何処だ…話せ。話せば手伝ってやれるぞ』
脳裏に浮かんだ言葉…それはあの男が言った言葉だ。
(もう迷わない…迷っちゃいけないのね、きっと)
イズがそう思い話し出す。海図の秘密は既に解けているという。
「後は確かめるだけなの。だから力を貸して欲しい…危険な旅路になるから付き合ってくれる人だけに話すわ」
イズの瞳に決意の光が宿る。その先にあるのは光か闇か――。
あの『女神』が海を荒らしている。その情報は密かに関係者の中で広まりつつある。
中には彼女の船が元海賊船だという事を聞いて、呪われていたとか亡霊に取りつかれたとか勝手な推測が独り歩きし、終いには彼女自身が本当に海賊に転身したのではという声まで上がり始めている。
「あのイズ嬢ちゃんに限ってそんな事はある筈がないでさぁ」
だが、イズをよく知る者達はそれをきっぱり否定する。
「しかし、変心ということもあるじゃろう? 本当にないと言い切れるものかえ?」
彼らの言葉が信じきれないミグ・ロマイヤー(ka0665)がもう一度尋ねる。
「ああ、ないね。あの子の性格はよく知ってる。それにだ、これまでだって幾つもの海賊をとっちめて海の安全に貢献してくれたのは誰あろう彼女自身だぜ?」
ハンター協力の元、複数の海賊を捕らえ、密売されそうになっていた人魚を助けた事もあるという。
(だったら何故じゃ? 何故、今回は逃げ出さぬ?)
船が人質になっているから? とはいえ果たして、襲撃してきた荒くれに加担してまで守りたいモノだろうか。
人は時に過ちを犯す。それと同じように変心もまたしかり。見かけによらず、長生きな彼女はそんな状況を何度となく見てきたから、他がどう言おうとこの疑いは捨てない。
「回答感謝する。後、出来れば船を一隻借りたいのじゃが?」
「んあ? それならあっちの組合の建物で交渉しな」
ミグの問いに漁師が答えて、彼女は早速船の手配へ。
その一方で割り切れない者もいた。それはカーミン・S・フィールズ(ka1559)だ。
「何かある。きっとそうに違いないのよ」
彼女はそう言って、イズ周辺の聞き込みを開始。すると徐々に浮かび上がってきたのは一枚の海図だ。
「あの時の海図って事は…」
以前の事を思い出しハッとする。そしてセルクに尋ねたら、なんとビンゴだ。
「船長からは極秘にと言われているので、他の船員は知りません。けど、明らかに解けたようでした…けど、どういう訳かその後から船長は少し塞ぎ込んでしまって。皆の前ではそんな素振り見せてなかったんですけどね、私には判ります」
補佐役として、彼女の隣りを歩いてきた彼だ。その眼に狂いはないと信じたい。
「って事はつまり」
海図には暗黒海域と呼ばれる危険海域を渡ったルートが記されている。それは未知の海域をであり、そこを渡り書かれた地図となればその価値は計り知れない。
「……そう、見えてきたかも」
カーミンの推測が当たっているなら、ある意味イズらしからぬ非情な決断をした事になる。
(イズ、もしかしてあなた彼らを捨て駒に、海域を渡る気なの?)
以前共にした時の彼女の姿を思い浮かべ、そんな疑問を投げかける。
しかし、ここに彼女はいないのだから答えが返ってくる事はない。
(迷っていても仕方がないわ。後は自分の目で確かめる)
カーミンがその為の準備に走り出す。
それを横目に捉え、シャーリーン・クリオール(ka0184)は別の船員への聴取を続ける。
「どんな些細な事でもいい。海賊の顔とかやり取りとか覚えてないかな?」
彼女は襲撃した海賊についての手がかりを探す。
「見るも何もホント一瞬でして…けど、滅法強かったのは報告書でも言った通りで」
人の言葉のニュアンスは曖昧だ。
彼等にとっての『滅法強い』が果たして、ハンターにとっても通用するのかは判らない。
「じゃあ質問を変えよう。武器とか服装はどんなだった?」
見た目に関しては柄が悪かったらしいが、念の為尋ねる。
「見た限り、普通でした。いや、でも…そう言えば船乗りっぽくなかったかも」
「ん? どういう事かな?」
重要になりそうな意見に彼女が踏み込む。
「あ、いや…なんて言うか、マントだったり鎧だったりで変だなと。そういや女もいたかも」
「女か」
酒場ならともかく、船上に女性というのは珍しい。船乗りのタブーを犯しているから。それに鎧とて泳ぐには完全に不利な代物で普通ではありえない。
「海慣れしていない海賊なのか?」
新たな疑問…だが、ここで答えが出る訳もなく…。
「有難う。助かったよ」
彼女はここで話を切り上げて、皆の待つ港へと戻る。
情報を纏めると海賊の狙いは『船とイズ』の両方だった。そしてその後、船の舵をイズ本人が取っている事からやはり傍から見れば、本人が望んで加担しているように見える。
「最悪、彼女が敵に回る可能性を考えておいた方がいいですね」
船の動きに迷いがない事を顧みて、エルことエルバッハ・リオン(ka2434)がそう釘を刺す。
ちなみに今イズの船はここから魔導モーターをとばして一時間強所にあるという。
「一時間強……結構な距離ですね」
サクラ・エルフリード(ka2598)が静かに言う。
「だったら急いで向かった方がよかろう。で、作戦はどうするかえ?」
ミグの問いにそれぞれが思案する。できれば戦う前にイズの状態を把握したい。
そこで手を上げたのは隠の徒が使えるカーミンだ。
「私が先に見極めるわ。だからありきたりだけど、誰か囮を頼めないかしら?」
彼女が問う様に皆に視線を走られる。
「ならば私が行こう。船の操縦はお前に任せる」
待機していたセルクを見てレイア・アローネ(ka4082)が言葉する。
囮を運ぶ大役・重大任務だが、イズの為セルクの腕の見せ所だ。
「でしたら私も、囮になります。レイアさんとは何度かご一緒していますし、魔導モーターの起動には覚醒者が必要なんですよね?」
レイアに続いて、これにサクラも手を上げる。
「ミグは別の船を用意している。そして船尾を狙うつもりじゃが、残りはどうするかや?」
まだ行動を表明していない者達に向けて彼女が問う。その答えに空を持ち出したのはシャーリーン。
「スループ船とガレオン船、高低差がかなりあると聞くからね。ちょうどいいかと」
小型の飛行翼アーマーを指差し彼女が言う。
「私は飛べるソリを用意しましたからそれで飛びます」
そういうのはエル。季節外れだが意表を突くには悪くない。
「私はこれ自体が飛ぶ機能を備えていますのでご心配なく」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)はそう言って今着ている鎧のブースターを軽く起動。腰と足裏、そして背中からも炎のようなものが吹き出し、一瞬ふわりと浮いて見せる。
「私は…このほう、あれ?」
ユメリア(ka7010)もそこで何かを言い出したのだが、物がなく首を傾げる。
(おかしいですね…確かに出る前に持って来た筈なのですが)
依頼を受けてからここに来るまで彼女が手にしていた筈のもの――それは空飛ぶ箒だ。エルのソリ同様覚醒者が使って初めて飛行できる箒なのだが、総出で探すも何処かに忘れてきてしまったらしく見つからない。
「そなた、夢でも見ていたのではないかのう?」
伏し目がちの彼女にミグが突っ込む。
「まさか、そんな…しかし、ないという事はそう…なのかもしれません」
ユメリアが申し訳なさそうに言う。
「まあ、ないならないでいいんじゃない? ミグ一人では船は動かせないし、ユメリアに乗って貰って、いざという時に役になって貰うってのはどう?」
カーミンが沈みかけたユメリアの気持ちを持ち上げる。
「そう、ですね…頑張ります」
それに励まされて、彼女は顔を上げて…今は自分の過ちを責め落ち込んでいる場合ではない。オフィスから魔導スマフォが人数分借り出し、彼女らは海に出る。
●鷹の目
「ふーん…やはりおいでなすったぜ。愛されてんなー、女神さんはよぉ」
船首にて、男が隣りにいたもう一人に言葉する。
「で、相手は何人だ?」
「あー、中にいるから判んねぇが、船は二隻だな。大方分かれてこっちを止めに来るんじゃね?」
それに応えて、彼はその場で待機中。
「で、女神の具合はどうだ?」
そこでもう一人は振り返って、舵をとるイズの傍のローブ男に話しかける。
「ああ、こちらは問題ないョ。私の腕にかかれバ…というよカ、コノ女に少し迷いがあったカラ。思っタより簡単に落ちたョ」
くふふっと含み笑みを浮かべてローブの男の表情は見えない。
「しかし、肝心な事はまだ吐かないのだろう? それで完全と言い切れるのか?」
ローブの隣りで腕を組んで立っていた鎧の女が冷ややかに言う。
「ハァ、素人はコレ、だから…順序ってものがあるのダョ。それに無理する事は簡単ダガ、身体を壊してしまっては舵取りに支障、出るダろう?」
ローブの言い分にもう一人は言い返せない。
「……ま、焦る事たぁないぜ。誰が来ようとこっちは負ける気がしねぇ」
ハンターを察知した男が自信ありげに笑う。そして、その直後からイズの船は完全警戒態勢に入る。
「敵が来る……私の船は、壊させない」
男の言葉を聞いて、イズが小さく呟いた。
一方ハンターはあちらがこちらに気付いている事を知りはしない。
「見えてきましたね。あれがイズさんの船…」
こちらの船とは格が違う。サクラは改めてこちらとの船の大きさに多少の不安が過る。
(うまくいくけばいいのですが)
そんな事を考えていたからだろうか。いきなり届いた爆音に耳を塞ぐ。
「チッ、早速か!」
レイアは舌打ちの後、船首の方へと駆け出す。
すると次々と腹に響くような砲弾がイズの船からは絶えず放たれ、こちらの船を狙っているようだ。
「まだ距離があるってのに賑やかの事だな」
シャーリーンが已む無くアーマーを起動し、四枚羽で空へと飛び出す。ツィスカもそれに続いて、激しいブースト音をさせながら追うように空へと舞い上がる。
「セルク、こうなったら向こうの船に全速力で突っ込んでくれ」
レイアの言葉を聞いてサクラは魔導モーターの元へ向かう。そして触れたと同時に急加速。
「しっかり捕まってて下さいね!」
セルクが叫ぶ。が、あちらにはイズがいる。
こちらの加速に負けない操縦で有ろうことか側面をこちらに向けてくるではないか。
「まさか迎え撃つ気かっ!」
セルクに動揺が走る。一番の弱点と思われる側面も相手が直進してくるならば相手の砲撃は無効となり、逆に見せた側は砲撃のチャンスとなる。
「食らえぇっ」
砲台の裏から声がする。そして、その後、次々と砲弾が発射されこちらの船の際どい所に尽く着弾。スピードに乗っていなければ直撃といった場面が続く。
「凄い精度だな…敵ながら感心する」
レイアが額から汗を流しながら言う。
「けど、このままぶつかったらただでは済まないですよぉ」
サクラは近付く距離にハラハラしぱなしだ。
接近後は平行に並ぶと向こうの船が掻き分けてくる水量に押されて、今度は転覆の危機に晒される。
「すまん、セルク。後は…何とか立て直してくれ」
「行ってきます!」
レイアとサクラがその揺れる船体を利用してイズの船へと飛びつく。
その時後方ではミグの船がイズの船に近付かんとスピードを上げている。
「おおっと敵は空にもいるぜ!」
敵がこちらも襲撃を把握し、仲間に連絡。そんな中、身を潜めたカーミンはこっそり逆側側面を上っている。
「イズ、いけるナ?」
「ええ、大丈夫よ」
フードの男にイズの声。思ったより冷静だ。
「いいや、こいつだけでは安心できない。そのまま真っ直ぐの進路をとらせろ」
そこに聞こえた別の声。その男はどうやら船尾に回ったようだ。
(一体何人いるのかしら?)
カーミンはそう思いつつ、見張り台へと向かった。
●襲撃
「奴ら派手な事しやがってどっちが海賊だよ」
船首にいた男がツィスカの先制アイシクルコンフィンを見て呟く。
「おまえは中甲板に行け。ここは私が引き受ける」
それに細身の剣を携えた男が言う。その言葉と同時に彼の傍に降り立ったのはシャーリーンだ。
「おや、あなただ…ッ」
そう言いかけて彼女は咄嗟に後方、船嘴の方に後退した。
(今のは何…)
一瞬感じた寒気のようなもの。顔を上げるとさっきいた場所に男が剣を突き出している。
「へ…へえ、さすがにやるな」
その状況にはさしもの彼女も息を飲む。全くと言っていい程感じなかった殺気に無駄のない所作。この男は彼女を瞳に捉えたまま、微動だにしない。しないが、もしこちらが少しでも動こうものならそこをついて来るに決まっている。
(援護のつもりだったのに、これは難しいな)
腰の傍にある拳銃に触れる。だが、構える前に相手は何処まで距離を詰めてくるだろうか。
さっきの出来事が脳裏を過る。気を抜けばやられる…それが空気で伝わってくる。
(まさかこれ程とはな。けど、このままじゃいけない)
覚悟を決めて、彼女が早打ち宜しく制圧射撃を試みる。だが、
「ヌルイッ」
男は彼女が銃を持ち上げた瞬間を狙って、間合いを詰め彼女の銃を払い除けにかかる。銃に剣先が触れ、照準がずらされる。が、彼女とてそのままそれを見過ごすだけでは終われない。もう片方の手で短刀を構え、接近した彼の横腹を狙う。だが、男は通り過ぎるかと思われた所で身体を捻ると外側に跳び、あっさりとそれを回避する。
(こいつ、只者じゃないな)
銃を握る手がビリビリする。さっきの接触がそれだけ威力があったという事なのだろう。まだ痺れているが、相手は待ってくれない。一切無駄のない動きで彼女の元へと迫る。
(ッ!?)
彼女は痺れる手でもう一度銃を握り直し、彼へと銃口を突き付ける。
一方、ツィスカも先制の後何気にピンチに陥っていた。
というのもまずはこの飛行鎧の操縦の難しさにある。背と腰と足のブーストを保つにはやはり冷静さが欠かせない。マテリアルを一定にして、時に調整する事で縦横無尽に飛べるのだが、突然の出来事が起これば当然気持ちはかき乱され、集中も途切れる。
「あら、飛べるのは何もあんただけじゃないのよ」
そう言ってマスト付近にやって来たのはマッチョ男。但し、言葉遣いと衣装は女性っぽい。
「なっななっ…」
いきなりの登場にツィスカ思わずブーストの火力が弱まる。
「女の子を相手にするのは気が引けるけど、邪魔するってんなら話は別。覚悟なさいっ!」
男はそう言い、縮地瞬動・虚空で空をかけ、問答無用で彼女に掴む体勢。
「冗談じゃありませんっ!」
彼女はその凄味に押されて、慌ててスピードを上げ距離をとる。
(あんなのに捕まれたら)
如何に強力な武器を持っていても意味がない。そう思い逃げながらもデルタレイで応戦する。
が、敵もその位では怯まない。
「んふっ、アタシの身体。甘く見るんじゃないわよっ!」
筋骨隆々に隆起した身体が僅かに光っていた。という事はすなわち彼は強化スキルを使っていると見える。
(くぅ、仕方がありません。かくなる上は)
ツィスカが飛行鎧のブーストを止め、マストに降り立つ。それに気付いて敵も向かい合う形でぴたりと動きを止める。
「あら、私とサシでやる気なの?」
自信満々と言った様子で敵がこちらを見て不敵に微笑む。
「ええ、やってみなければわかりませんので」
どの道最終的には捕まえなければいけない相手だ。時間稼ぎに逃げ回るのもいいが、この際この男を引き付けておくのも悪くない。
「そう、じゃあ手加減しないわよ」
男が爪を、ツィスカが魔導剣を構える。勝つのはどちらか。
その頃、エルは今まさにイズの傍に特攻着陸。
「…あら、ダメでしたか」
そりの高度を下げる中、舵のある船尾楼の上の甲板目掛けてスリープクラウドを発動し、あわよくば周囲の敵が眠ってくれる事を願っていたのだが、それはうまくいかなったらしい。イズの振り落す様な船体を揺らした操縦と、彼女の隣りに控えている敵二名によってそれは妨害されたと見える。
「突っ込んでくるとはいい度胸だな。私が相手をしよう」
言うが早いか、鎧の女がエルの元へと飛び出しメイスを振り被る。
それを避ける為下がろうとした彼女だったが、背後に術の気配を感じて動かずその場で受け、それをおし留める。
「チッ、逃がしたカ」
イズの隣りのローブからの呟き。彼は見るからに魔術師だ。
エルの後ろには一瞬重力波が発生したようだが、ふみ込まなかったおかげで事なきを得る。
が、しかしそれでも状況は厳しい。一対二であるし、彼女のレベルがいくら高くても術の発動には些か時間がかかる。つまり時間を作れなくては応戦のしようがない。
「術者のくせに私のメイスを止めるのか!」
鎧の女が忌々し気に彼女に言う。
「そう簡単にやられる気はありませんので」
そう言い返すエルであるが、鎧の重さもあってじわじわと押し込まれ次第にはひざを折る。
(っ、見てられないわ)
そこでマストの上の監視台に身を潜めていたカーミンが動いた。姿を消したまま下に降りると鎧の隙間を狙って精密射撃。何かの気配を感じたかに見えた鎧女だったが、もう遅い。放たれた弾丸は肩を貫き、握っていたメイスをごとりと落とす。
「グッ、な、何を」
「母さんっ!!」
ふらふら後退する女に背後から悲痛の声。エルが振り向くと、そこにはこの船には似つかわしくない少年の姿。
符を手にサクラとレイアの侵入を防いでいたようだが、声に気付いて駆け上がってくる。ファイアアローを打ちかけたエルだがそれを見取り、狙いを鎧からフードへと変更。放ちはしたが、フードは土砂鎧を展開しそれを何とか防いでみせる。
「来るなっ! おまえはお前にできる事を」
鎧女が痛みを堪えて立ち上がる。その様子に泣きそうになりながらも従う少年。これにはエルも手が出せない。
(まさかあんな子供まで乗っているなんて…)
がその気の緩みがカーミンの隠密を白日の下に曝け出す。
「母さんの仇……いた、この近くにもう一人隠れてるよ!」
少年が生命探知でカーミンの位置を捕らえ、その付近に瑞鳥符を飛ばしまくる。
すると鳥の接触で位置がばれ、そこで一度解除する羽目になる。
(えらい事になったはね…けど、ユメリアはまだなの?)
カーミンが奥歯を噛む。連絡済みなのだが、まだミグの船はこちらに届かない。
●激突
「残念だが、ここで止まって貰う」
彼もまた空渡の使い手らしい。いつの間にかこちらに乗り込み、二人を襲う。
「チッ、そなたもアレを使ったか」
舵を切りながらの応戦は難しい。かと言って手を放してしまえば、追跡進路から離れてしまう。
「ミグ様、どういたしますか?」
魔導モーターから離れられないユメリアが返事を待つ。
「どうもなにもやるしかなかろうて」
そう言うのはミグだ。片手を舵に置いたまま、もう片方のアンカーで敵に対抗する。
が、敵も一人で乗り込んでくる事はあった。飛び出したアンカーを悠々と避けて、あろうことかそのチェーンを掴み引き寄せ始める。が、ドワーフであるミグは筋力は高い。普通の成人男性相手でも彼女は互角に渡り合うだろう。
「ミグ様、助太刀を…」
「やめておけっ!」
ユメリアが割って入ろうとしたとこで待ったをかける。じりじりと拮抗する二人の間に流れる空気は戦場のモノに似ていた。だからこそ、今ここ彼女ができるのはミグの意図を察する他ない。
(一体どうすれば…あちらの船にも早く行かないといけませんのに)
いつさっきこちらにカーミンから連絡が入った。
それによるとイズが縛られているという事はないらしい。自ら舵をとって、隣りにいる海賊と少なからず会話はしている。だが、その会話は最低限であり、利害一致の共同戦線を張っているようには見えなかったという。
という事は、やはり何かしらの力で操られていると考えるのが妥当だ。
「グッ…やりおるのう」
片手が使えない事をいい事に、敵はチェーンごとミグを引っ張り、舵から引き剥がそうとする。
だが、ミグは踏ん張る。ミグ回路を使ってアンカーのリールを調整し敵をうまく翻弄する。
そこで敵はズボンの裏のポケットに手を伸ばした。
(何が来る…?)
警戒する中、ユメリアが出した答え。それはごく単純な事。魔導モーターに己がマテリアルを注ぎ込むのみ。
それによって今まで以上に加速し、一気にイズの船へと迫る。
「うむ、よくやっ…グッ!?」
そう言いかけたその時だった。ミグの義手でない方の腕にナイフが突き刺さっている。
「ミグ様っ!?」
その光景に思わずユメリアが叫ぶ。だが、それに加えて急加速の恩恵。ミグが舵を離さなかった事により、彼女の狙いは達成される。どごぉぉんと大きな音が響いて…気付けば、イズの船の舵部にこちらの船嘴が刺さっているではないか。
「速く行け。ここはミグが引き受けるのじゃ」
舵から手を離し腕に刺さったナイフをそのままに彼女が促す。
「す、すみません…どうかご無事で」
ユメリアはそう告げて、イズの待つ船へと移動する。
「行かせは…」
「フンッ!」
止めに入ろうとした敵の前に彼女が立ち塞がる。今度はミグ自身がウイップを揮い、彼をこちらに引き戻す。
「両手が使えれば、さっきのようにはゆかぬのじゃ」
彼女が言う。だが、実際の所を言えば両手が使えるようになったとは言い難い。
(ナイフに毒を…何処までも姑息な)
刺さったままの刃先がじくじく痛む。だが、そんな事でこの場を下りる訳にはいかない。
陽動が陽動として機能しなくなった今、頼りになるのは互いの力。
船側面のタラップにへばりついていたサクラとレイアだったが、サクラのマッスルトーチにより砲台を担当していた二人を釣り出す事に成功し、その二人が思いの外弱かった事により中甲板へと到着する。
「おねぇ、私達って…」
「まだまだだねぇ~」
そう言って伸びた二人はどうやら姉妹らしかった。装備から考えて機導士と狩撃士だったと見える。
「この分だと皆覚醒者なのか?」
こちらの事を察知した速さと、苦戦している仲間の様子にレイアがそう推測する。
「だとしたら本気でいかないと」
人同士だからと言って手を緩めればこっちがやられる。
開けた視界の先に待っていたのは各自戦う仲間の姿。
後ろ甲板にイズの姿が見えて、そちらに向かおうとした彼女達だが、そうは問屋が卸さない。
「新たな鼠の登場ってか。遊び相手が来たようだぜ?」
肩に鷹を乗せた男が隣りにいたもう一人に言葉する。
するともう一人は黙ったまま、炎のオーラを立ち昇らせるとそのまま突っ込んでくる。
「ッ、不意打ちか!」
レイアが盾を構える。サクラはその後ろで急いでスキルの準備に入る。が、なりふり構わず突っ込んできた男の方が早かった。レイアが盾で斧をおし留めるがその衝撃は予想以上に重い。
(こいつ、まさか)
立ち昇ったオーラで分かりにくいが、よく見れば斧にもマテリアルが纏わりついている。
「おらおら、どうしたよっ」
一方鷹を従えている方はステップが軽い。
奴らの中では小柄という事もあって、軽やかな動きでサクラの妨害に入って来る。
(避けてる暇はない…間に合って!)
サクラが構築したのは闇の刃。二人の周囲に無数の刃が顔を出す。身軽な男の方はそれを回避した。しかし、拮抗していた男の方はそうではない。刃に貫かれ、その場に縫い留められる。だがしかし、男は笑っていた。そして、その場で何度も何度も斧を振り下ろす。レイアがその攻撃から抜け出すと、空ぶった斧が床を破壊し敵は船倉へと落ちてゆく。それは異様な光景だった。さっきのそれと言い、尋常な精神状態ではない。
「今のうちに」
そう言ってサクラがもう一人の元に走る。けれど、もう一人もそれに気付いていて、ひらりと跳躍し着地と同時にワイルドラッシュ。思わず彼女も盾で防御するしかない。
「ぐおおぉぉ」
床に落ちた男の雄叫びが聞こえる。彼は再びここに戻ってくるつもりだ。
「そうはさせないわっ」
そこでカーミンが動いた。あの後も神出鬼没に姿を消しつつ、あちこちを支援して回っていた彼女。
好機とあらばそれを逃す筈がない。蒼機銃の照準を男の脚の腱に合わせて、すかさず撃ち込む。すると彼はがくりと足をついて、立ち上がろうにも立ち上がれない状態となる。
「助かります」
サクラが言う。
「何のこれしき」
そういう彼女はやっとこ姿を見せたユメリアを視界に捉えて、急いでそちらへ。
シャーリーンと男の攻防も未だ続いていると見える。
「遅くなりました…」
ユメリアが言葉する。だが、今はイズの解除が先だ。解けるかどうかは判らないが…予想があっていれば、彼女は何らかの支配下にあり、それをあの魔法なら解く事が可能な筈だ。戦いのそれに紛れて、イズの近くに彼女を案内する。幸い、海賊の各自必死なようで、こちらを気に留める余裕はない。
(ここからでもできるわよね?)
射程を確認して中甲板の階段裏から解除を試みる。
「ヌッ、これは一体…」
「まさか……しまった。母さん、下だよっ」
少年の声に敵がこちらに気付く。だが、それはもう遅かった。イズの周りを光が包み込む。
「……あ、れ…動、ける」
「クッ、解けたカ」
魔術師が悔しげに言う。
「でも、渡す訳には」
魔術師の言葉を聞き、鎧女が茨の祈りを発動する。本来なら仲間を守るものだが、こういう時は檻としても機能できるのだろうか。けれど、それを発動しようとした瞬間音がして、そちらに目をやればエルが少年にスリープクラウドを仕掛けたらしい。
「こういうやり方は好きではありませんが、致し方ありません」
少年を抱えて、その頃にはカーミンとユメリアもこちらに上がってきている。
「もう観念しなさい」
戸惑うイズを余所に鎧女は目を伏せる。けれど、魔術師の方は相変わらず表情が読み取れない。
「クソッ…ボス! 女神がヤバいようですぜっ!」
サクラの相手をしていた男が船首の男に向かって叫ぶ。
(こいつがボスだったのか…通りで)
シャーリーンはその言葉に一瞬意識がそれて、そこで貰ったのは鈍い一撃。辛うじてわき腹を捻り直撃を免れたが、ふらふらと後退する事しか叶わない。
「シャーリーン!」
レイアから声が飛ぶ。そうなると全体の戦況バランスは崩れ始め…。
「その子を返し…ッ!?」
鎧の女が言いかけた言葉がそこで途切れた。その原因は魔術師の重力波だ。
「あらやだ、裏切り?」
ツィスカの相手をしていた男からもそんな声が上がる。
「足手纏いに、用ハない…そう言う事でしたヨ…ぐがっ!」
が、にやついたのも束の間。
静まったこの隙にツィスカが魔術師にアイシクルコンフィンをぶつけ、状態はさらに混迷を見せる。
「恐れ入ったよ、ハンター諸君。そして、この女の頑固さにもな」
ボスと呼ばれた男はそう言うと残った皆に合図を送り、瞬く間にイズを取り囲む。
「な、によ…放しなさい、な…」
イズが抵抗した。隙をついて仕掛けたいハンター達であるが、向き合っていてはそうもいかない。
対峙したままの時間が過ぎる。だが、ここで思わぬ援護人――。
「皆、避けよ!」
ミグの言葉。それに気付いた者は慌てて道を開ける。が、その声の主が放つものが判らない海賊達は声が届いても一瞬反応がズレて…出現する無数の氷柱にが彼等を襲う。
「ボス、下がって下せぇ!」
そこで小男はイズを手放し、ボスを守る為自ら氷漬けに。突き飛ばされる形となったイズをカーミンが確保する。その後は作られたチャンスを彼女らは逃さない。エルが符を投げ、稲妻を降らせる。シャーリーンは連続射撃で相手の行動を封じようと試みる。サクラはジャッジメントの射程で敵の足を止めようと狙いを定める。
だが、残った敵は精鋭揃いで魔術師と鎧女を盾にして、それぞれマストを伝い上がってゆく。
「こちらですっ」
そこで声がした。その声の主をミグとユメリアは知っている。
「あやつまだ動けたか」
ミグが苦虫を噛む。あちらの船にウイップで縛り付けてきたのだが、うまく解いてきたらしい。
それに加えてその後セルクの船をも奪ったらしく、セルクは海に投げ出されている。
「やられたね」
シャーリーンがセルク救助を優先し、奴らが逃げ行くのを見送りながら呟く。
「……皆ごめんなさい」
イズは船の惨状を目の当たりにして、落ち込みながらそう言葉した。
結果的に舵をミグの船が壊した事によりハッキリ言ってイズの船は動けない。
それでも多少は風を捕まえる事で移動は出来るが、舵なしの操縦など危険極まりない。そう言う訳で、事が解決した事を連絡した後、残った海賊は縛り上げて、ハンター達は船長室にて救助を待つ事になる。
「で、どういう事なの?」
海賊に捕まってから今までの事をハンターが尋ねる。
彼女の話だと記憶はあるらしかった。だが、身体は言う事をきかなかったのだという。
そして、それはあの魔術師による催眠術らしい。しかし、彼が言うには普通なら記憶も残らないのだという。
「おまえが下手だっただけでは?」
レイアが言う。だが、彼もプライドがあるようで、イズが嘘をついているのだと言い出す始末。
「まあ、どっちにしても術は解除されたんだから良かったわ。で海賊達の目的は判りそう?」
逃げた者達がいる。という事はまた来る可能性がある。その対策として相手の目的を知っておく事は重要だ。
一応、捕らえた海賊に聞いてみたが、当たり前のように口を割らなかった。姉妹や親子に関しては金で雇われていただけで深い所は知らなかったらしい。
「ねえ、イズ…思い出して? もしかするとあの海図絡みじゃないの?」
カーミンの問いにイズは一瞬眉をしかめ、目を閉じる。
『海図は何処だ…話せ。話せば手伝ってやれるぞ』
脳裏に浮かんだ言葉…それはあの男が言った言葉だ。
(もう迷わない…迷っちゃいけないのね、きっと)
イズがそう思い話し出す。海図の秘密は既に解けているという。
「後は確かめるだけなの。だから力を貸して欲しい…危険な旅路になるから付き合ってくれる人だけに話すわ」
イズの瞳に決意の光が宿る。その先にあるのは光か闇か――。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/06/02 14:02:30 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/01 21:41:40 |