• 血断

【血断】蒼穹に想う

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/05/31 12:00
完成日
2019/06/12 09:56

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●死の記憶

 フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が雑魔討伐から帰投する道すがら。
 ふと空を見上げれば、透きとおるような蒼が広がっていた。
 今日は雲ひとつない、風が穏やかな気持ちの良い日。
(そういえば以前の「自分」が死んだ日もこんな空だった覚えがあるな……)
 定刻になると独房から連れ出され、戦場で武骨な戦斧を渡されて「さぁ、行け」と上官に背中を押される。
 軍人にして罪人のフリーデリーケは常にそんな、猟犬のような扱いだった。
 しかし仲間を傷つけた罪は贖わなければならない。
 だからその日もいつものように亜人の首を狩り、背を割り、手足を吹き飛ばして。
 ……だけど亜人の血で大地がどれほど朱に染まろうとも空だけはずっとあの色だった。
 その無常さに心を奪われた刹那、油を塗られた鎖の網と炎の矢の雨が降ってきて体に重く圧し掛かって……。
 ――本物のフリーデリーケの記憶は唐突にここで途切れる。
 おそらくあの鎖と矢は亜人達の生き残りが放ったものだろう。
 身体を拘束する猛烈な熱と、鎖の上から突き刺さる無数の矢と槍。
 恐らく「自分」は遺体も残らないほどに自分は破壊し尽くされ、打ち捨てられたはずだ。
 なぜならフリーデリーケには墓がない。国立霊廟の片隅にある旧い石碑にその名前が刻まれているだけ。
 そして彼女の魂が宿っているのはかつての武具や骨片ではなく、戦場に出る前に独房に置いてきたロケットだ。
 その結果、凶状持ちの戦士という事実のみ軍の資料に中途半端に収まり。
 故郷では彼女の死を過剰に美化した伝承が創られた。
 ――だからこそここに雷と戦斧を自在に操りながら、
 奇妙なほど不器用で生きにくい気質の精霊が存在しているのだが。
『死んでもまたこの空をひとりで見ることになろうとは……青は私の好きな色でもあるのに』
 苦笑しながら首にかけたロケットを襟から引っ張り出すと、そこにはダイヤモンドリングが共に輝いている。
 これからようやく新しい未来を迎えられるというのに、
 それでもなお大きな戦争が待ち受けているとは厄介な話だ。
『なぁ。封印か、殲滅か、恭順か……皆はどれを選ぶのだろうな?』
 どの道を選ぶにしても自分は邪神に最後まで抵抗するだけ。
 だがもし消えざるを得ない時が来るのなら……こんな憂いのない空の下で終わりたいと精霊フリーデは思う。
『私が二度目の死を迎えるのならば。
 今日は死ぬにはいい日だ、と思えるほどの空の下……お前の手をとって消えたいよ』
 自分にとって空の蒼は死の記憶を蘇らせる色、そして鮮やかな青はとある人の色。
 リングが不安げに揺れると彼女は愛おしげに撫でて『冗談だぞ』と微笑み、胸元に戻す。
 できることなら――祝福の日がこんな空でありますように。
 蒼が死ではなく幸福を思い出せる色になりますように、と彼女は願う。


●宙から生まれ落ちるもの

 この日は本当に穏やかだった。
 帝都近郊の低空にあたる空間が歪み――その中から煌めく蛹のような何かが落下するまでは。
「何だ、あれは」
 馬に乗った衛兵が恐る恐る近づく。すると。
 ――シュアアアアッ!!
 紬糸のように細い糸が無数に吐き出され、馬ごと彼の身を包み込んだ。
「や、やめろ……離せ……!」
 腰のサーベルを抜き懸命に振るうも、その糸の一本も切れてはくれない。
 馬も精一杯大地を踏みしめ抵抗するが、ずずずと引き込まれていく。
 そうしているうちに……ぱくん。
 軍人と馬は一瞬にして呑み込まれた。
 その様子を偶然遠眼鏡で見てしまった商人が慌てて馬首を返し、近場のオフィスへ駆け込む。
「帝都の南側の街道にっ、変なのが出たっ!
 巨大な蛹っぽいものが空中からいきなり落ちてきてっ軍人と軍馬を喰っちまったんだよおっ!
 嘘じゃねえって、本当なんだから!」
 するとカウンターを担当していた只埜 良人(kz0235)が「空から」という言葉に肩を揺らす。
「それは飛んできたのではなく、空から突然出現したのですか?」
「ああ、そうだとも。これから行商に行こうと遠眼鏡で道を確認していた時さ。
 突然地上5mぐらいの高さから光がばーっと溢れたと思うと、
 そこからキラキラと輝く蛹みてえなのが落ちてきたんだ。
 俺も珍しいもん好きだから思わず目で追っちまったんだけど……
 そしたら警戒に出た衛兵がそいつの吐いた糸に包まれて呑み込まれちまったんだよ!!」
「……それは歪虚でしょうね。しかもここにほど近いというならば危険です。すぐに討伐隊を編成しましょう」
 良人がペンをはしらせる。
 空間から突然現れたというのなら、邪神の尖兵「シェオル型歪虚」に違いない。
『急募:シェオル型歪虚と思われる物体を帝都南方の街道で発見。
    軍人1名が犠牲になっているため、大至急討伐されたし』
 本来なら自分も討伐に加わりたいほどの焦燥感にかられる良人。
 しかし彼はイクシード・プライムの恩恵を賜ることが出来ない身、現状では足手纏いになってしまう。
(誰か……力を貸してくれ!)
 彼は焦る心を抑え込み、帝国各地のオフィスへ情報を送信した。


●羽化

 帝都に向かうフリーデも負のマテリアルの気配から「蛹」の存在に気づき、馬を走らせた。
 姿こそ光を散りばめた白の糸玉のようだが、強烈な負のマテリアルは隠しきれない。
『お前……どこに向かおうとしている?』
 接敵直前に馬を逃がし、斧を構えるフリーデ。
 革鎧は金属の甲冑となり、斧も雷の紋を刻み込んだ大戦斧に変化する。
 ――ニンゲンヲ。タベルノ。オナカガヘッタカラ。
 蛹の先端には禍々しいほど愛くるしい少女の頭がついている。
 そして蛹の背中にびしりとヒビが入ると、ふわりと万華鏡のように煌めく色鮮やかな羽が広がった。
『飛行型か! だがこの先へは行かせんっ!』
 すぐさま雷を落とすフリーデ。
 だが愛らしい人形の体に蝶の羽をつけたような奇妙な歪虚は不愉快そうな顔で羽ばたき、雷をいなす。
(風属性だと? 厄介な……!)
 下唇を噛みしめ、両手で斧を構えるフリーデ。
 その時人形の手首から糸が放射され、彼女の左腕を強く縛り上げた。
 ――ホントウハニンゲンガスキナンダケド、カゼノマテリアルモオナジクライオイシイカラスキ。
   ……タベテアゲル。ネエ。イッショニ、ナロ?
『……!!』
 背筋にぞくりと悪寒がはしる。一刻も早くこれを振り払い、態勢をとり直さなければ。
 フリーデが咄嗟に右手で斧を振るい、辛うじて糸を斬り落とす。
 だがその強靭さとじわりと感じる炎の気配に圧倒的なほど不利な状況を感じとっていた――。

リプレイ本文

●輝く翅で舞う娘

 フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)は幾度も身体を食い千切られながらも辛うじて急所のみ守り抜き、
 返す刃で歪虚の翅を幾度も傷つけていた。
(とはいえこの身体が保つのは残り数分といったところか。全盛期の力でもこの程度とは……しかしそれまでに奴を倒さねば!)
 覚悟を決めたフリーデが斧を構え、本体である人形に飛び掛からんと腰を軽く落としたその時――
 空中からひどく聞き覚えのある声が響いた。
「わぅぅーっ!? 僕のフリーデさんに何してくれてるですかこの害虫!」
 ポロウに乗ったアルマ・A・エインズワース(ka4901)が腕に鮮やかな蒼の光を宿し、アイシクルコフィンを放つ。
 水のマテリアルが凝縮し、無数の氷柱となって歪虚の翅を斬り裂いた。
『アルマっ!!?』
「フリーデさん、一旦後退してください!
 これから僕らが害虫退治をしますので、フリーデさんはサポートをお願いしますっ。僕が絶対に守りますので!」
 そこにボルディア・コンフラムス(ka0796)が銀嶺で駆け付けざまサドルを蹴り、「天駆けるもの」を発動。
 火と闇の属性を宿す魔斧「モレク」を手に天を駆けあがった。
 そして歪虚の直上に陣取った彼女は苦々しい顔を浮かべる。
「うわぁ……キメェ。おい、誰かハエ叩き持ってねえかよ? さっさと潰しちまおうぜ!
 あとフリーデ、お前はこいつと相性が悪すぎる。今回ばかりは俺達に攻撃を任せろ!」
 そう言って重力に身を任せ、超重量級の戦斧で砕火を放つボルディア。
 炎の牙を模した幻影が歪虚の翅の上部を焼き潰し、次いで翅の付け根を下からこそぎ取るように抉った。
「ナイス、ボルちゃん! それじゃ僕も恰好いいとこ見せないとね!」
 キヅカ・リク(ka0038)がマスティマ「エストレリア・フーガ」を歪虚の前に直行させ、敵の行く手を塞ぐ。
 「オールマイティ」で自在に宙を跳ぶ彼の機体は斬艦刀「雲山」を音もなく構えると
 歪虚を上段から「どっ」と深く突き――その重量を活かし、翅を圧し折った。
 あまりの圧倒的な力に人形は顔を強張らせ、体を無理矢理後方に旋回させる。
 そのほんのわずかな一時。
 無防備になった背に、陸戦と狙撃に重きを置いた魔導型デュミナス「Phobos」に搭乗する
 クオン・サガラ(ka0018)がツインカノン「リンクレヒトW2」のトリガーを引く。
(新型のお出ましですね。
 予想としては従来に比べて大分手ごわいと思われますが……どこまでわたしの支援が通用するものか)
 ――どどおっ!
 すると既にアルマの氷柱とボルディアの砕火で弱っていた翅に穴が空き、歪虚がバランスを崩した。
 どうやら規格外のダメージを受け続けたことで守りの力が衰えたようだ。
 だが彼は中距離から遠距離を常にキープ。遠距離スコープを覗き全体の動きを冷静に見つめる。
(今となっては旧式機の部類に入るPhobosの頑張りをみせたいですが、的確な支援が最優先ですね。
 今回は「人類最強のガーディアン」と「トップクラスの機導師」が万全を期している。
 これで負けるようであれば人類は確実に滅びるでしょうし……)
 歪虚の動きに警戒を続けるクオン。しかしそこに炎の矢の如く突き進む深紅の機体が現れた。
「よし、今ならぶった斬れる!」
 オファニムを改造した「カリスマリス・コロナ」通称コロナに搭乗したクレール・ディンセルフ(ka0586)が
 フライトシステムとゲシュペンストを発動させ、歪虚に向かい合うように回り込んだ。
 コロナは「剣」として切り込む接近戦に長けた機体だ。
 剣状に変形させた武器ディンセルフコートが叩きつけられた途端重い音が響き、左翅が地上に舞い落ちる。
 たちまち浮力を失った歪虚だが。
 ――ナンデジャマスルノ? アナタタチダッテイノチヲタベテイキテルクセニ、オカシイノ!
 翅に大きな損傷を負いながらも無邪気に首を傾げる。その様にクレールが激怒した。
「……食べるって言ったな、お前。
 冗談じゃない、お前は何も食うことはない、何も傷つけられない。空きっ腹のまま地獄で呪われろ、害虫が!」
 確かにこの世に生きる者は何らかの存在を犠牲にすることで生きている。
 だがそれはこの奔放な破壊者を放置する理由にならない。刃を構えたまま歪虚に睨みをきかせるクレール。
 そこに魔導アーマー量産型「マッチョメン」が駆けつけ、
 剥き出しのコクピットからテンシ・アガート(ka0589)がファントムハンドで歪虚の体を地上に引き摺り下ろした。
「フリーデさん、お久しぶり! 状況はヤバいけど、元気そうでよかった!」
 腕の力を緩めることこそないが、テンシが朗らかな笑みをフリーデに向ける。
 一昨年の晩秋に死闘を繰り広げた末に理解し合えたふたり。
 アルマの傍まで後退したフリーデは『テンシか! 援護に感謝する!』と斧を構えた。
(フリーデさんがこうして肩を並べて戦っている。そして守ろうとしてくれている人達がいる。
 ……俺があの時命を懸けた意味は、ここに成った)
 テンシの心が温かさで満たされる中、尚のこと自分の役目を果たさねばと腕にマテリアルを集中させる。
 そして地に這いつくばる歪虚へ柔らかな声音で尋ねた。
「ねぇ、君! どうやってここに来たの? ここに来る前のこととか覚えてない?」
 これは人間である自分が話しかけることで相手の注意を引くだけでなく、
 シェオル型歪虚の記憶の有無と理解の可能性を試す意味合いもあった。だが。
 ――……? ワカラナイ。タダ、オナカヲミタシタイダケ。
(まさかこの歪虚は過去の記憶も本来の人格も無くしたのか!?
 フリーデさんの様子を見るに、恐らくは風に由来する精霊だったのだろうけど……なんて惨いことを!)
 テンシが胸を痛めたその時、奇妙な音が響いた。
 ばりばりと音を立て、歪虚が自らの翅を剥がし人形のみの姿でファントムハンドの隙間から這い出したのだ。
「……!」
 まさか自分の体を破壊して脱出を図るとは!
 テンシが再びマテリアルを腕に収束させる間に歪虚がフリーデに向かって手首から炎を纏う無数の糸を放った。
「フリーデさんッ!!」
 アルマが咄嗟に彼女を突き飛ばし、愚者の藍鎖を展開する。
 しかし鎖は数本の糸を弾いたものの、硬質な糸がアルマの体に容赦なく突き刺さる。
 だがアルマの鎖も歪虚に絡みつき、足からぎちぎちと拘束していく。
 そこで体勢を取り直したフリーデがアルマの前に弾けるように飛び出し、斧を構えた。
『アルマっ!! お前は私が守る、無理はしてくれるな!』
「いいえ、大丈夫ですっ! 僕これでもある程度堅いので! 本職ほどじゃないですけど!」
 アルマは血の滲んだ外套を翻し、フリーデを庇うように立ちふさがった。
 ――まだ立てる、まだ耐えられる。それならば何度でも守るべき者のために!
 彼は炎の魔法の術式を唱えながら歪虚に向けて一歩、踏み出した。


●地に堕ちたモノ

「なぁに俺ら無視してんだぁコラ? 虫だけにってか? 寒いんだよオラァ!」
 恐らくはフリーデのマテリアルの吸収を目的としているのだろう。
 後方に向けて動き出した歪虚へボルディアが空から飛び降り、
 その勢いで烽火連天を放ち歪虚の頭と肩へ斧を思いっきり叩きつけた。
 だが手ごたえは今ひとつ。歪虚は一旦膝を地に着けるもボルディアをひと睨みし、再び立ち上がった。
「こいつ、翅が風の属性を持つだけで本体は別の属性らしいな。
 モレクの連撃を耐えやがった、全く面倒な奴が来たもんだぜ。とりあえず火と闇は効かねえから覚えとけよ!」
 トランシーバーで同行者達に伝え、斧を担ぐボルディア。
 武器を頻繁に持ち替えるのは面倒だが、だからといって手を抜くわけにはいかない。
 そこでクレールが「逃がすものかッ!」と
 アクティブスラスターで一気に歪虚との距離を詰め、テールアンカーを発射した。
 しかしアンカーはあくまでユニットの姿勢を安定させるための補助具。
 その先端は歪虚の背に薄く傷を創っただけで本来の位置に戻ってしまう。
「……くっ。でもまだ手はあるんだから!」
 ポジティブでひたむきな気性のクレールは、挫けることなくショットハーケン「オーバラル」を装備した。
 一方、ボルディアに次いで歪虚の上空に陣取ったリクがブレイズウィングを発射する。
 6枚の翼状の兵器が自在に軌道を描き、糸を放つ手首を狙い次々と攻撃を重ねる。
 しかし歪虚は咄嗟に腕を守るように背を丸め何度ウィングに跳ね飛ばされても耐えた。
 そして背中に翅の幻影がうっすらと見え始める。
(守るべき箇所を庇う知性はあるか、しかも思ったより回復能力があるときた。
 ……ここ最近随分と強力なシェオル型が出てくるようになった。封印もそろそろ限界かもしれないね)
 邪神の影響力が日増しに強くなっていることを明確に感じるリク。だからといって戦慄する暇などない。
(いずれにせよ、邪神に弾き出されてしまった誰にも届かない願いは受け止めてやんないと!)
 リクは邪神の尖兵とされた彼らを救わねばと思う。
 例えそれが己を深く傷つけ、相手を永遠に眠らせることでしか叶わないことであったとしても!
 ――こうしてブレイズウィングの猛攻に耐え抜いた歪虚。
 だがそこで「空にはもう行かせないですっ!」とアルマのファイアスローワーが生えかけの翅を燃やし尽くした。
 それに重ねるようにクオンがフライトシステムとフーファイターを発動させ、
 リクやボルディアらに射線がかからないよう空中に位置取るとプラズマシューターを纏った弾丸を発射する。
 歪虚の背が弾けるように張り裂け、傷口が大きく開いた。
「今だ、ワークスドリルっ!!」
 テンシがツインドリルランス「コスモ」に赤と青の光を宿し、歪虚の小さな背に捻じり込む。
 何かが引きちぎれ、歪虚が声なき声で悲鳴を上げた。
(痛いだろうけど、苦しいだろうけど……君を破壊者の宿命から解き放つにはこうするしかないんだ。ごめん!)
 テンシが苦しそうに顔を歪める。
 フリーデは心優しい彼に酷な思いをさせるまいと黒雷を放ち、歪虚を牽制した。


●翅を纏い、地を駆ける

「……何だって?」
 今まで何度も攻撃を繰り出し深手を負わせた歪虚が突然負のマテリアルを大きく放出し、巨大な翅を広げた。
 万華鏡のように動く色鮮やかな紋様、
 そして人形状の本体も傷が大幅に塞がり――アルマの藍鎖を容易に引き千切る。
 リクはその生命力に息を呑みながらも歪虚が再浮上しないよう常に歪虚の直上に位置をキープし、
 迎撃に出ようとするフリーデへトランシーバー越しに叫んだ。
「フリーデ! 相性の悪い敵との戦い方は戦の英霊である以上知ってるはずだ。今回は僕らでやる。
 お前はアルマ君を支えろ。彼は奴を遠距離から撃ち抜ける重要な火力だ、万が一倒れたら戦線が崩壊する!」
『わかった、必ず守る!』
 だが次の瞬間、人形の顔が不気味に歪んだ。飛べないならと翅を大きく広げ、笑いながら駆けまわり輝く粉末を撒き散らす。
 ――コロシアイナヨ。シンダラタベテアゲル!
 それを受けてしまったリク、ボルディア、クレールの視界がぐにゃりと歪み出した。
「くっ、精神に作用する業か!?」
 咄嗟にリクがパラドックスを使用し、精神を本来の状態に『書き戻す』。
 続いてボルディアも「この程度で俺を手懐けられると思ってんじゃねーぞ、この羽虫風情がッ!!」と叫び、
 炎獣憑依の儀「禍狗」を発動させた。
 彼女の精神を祖霊たる犬神が蝕んでいく。
 ――闘イ狂エ! 命尽キルマデ!!
「ああ、いいさ。俺の力を存分に使え!」
 荒れ狂う心は何者にも束縛されない。ボルディアは獲物を見つけた獣同然に目をぎらつかせた。
 そして驚異的な速度で歪虚に追いつき、壮絶な笑みを湛えて斧を袈裟懸けに振り下ろす。
 歪虚の左肩がごきりと重い音を立て、右翅が呆気なく落ちた。
 しかし荒れ狂うボルディアの暴虐はここで止まるものではない。
 再生を始める歪虚を逃すまいと笑いながら斧を前方に構えた。
 その頃、テンシは落下を始めたクレールにトランスキュアを使用し自身に心の闇を移した。
「ぐっ……でも、これぐらい……耐えてみせる……!」
 彼の愛機マッチョメンは防衛主体の機体だ。
 僅かな間だけなら精神に異常を起こしても仲間達に大きな被害を与える心配はないはず。
 テンシは正気を保てるよう左胸のエンブレムを強く握りしめた。
 そしてクオンはというと、突撃してくる歪虚に間合いに踏み込まれぬよう人機一体を使用し、一気に後退した。
 本来ならジェットブーツを使用する算段だったが、スキルセットを忘れた以上は已むを得ない。
(くっ、相変わらずこの業は反動がキツい……でもその分、Phobosの力を最大限に引き出してみせますよ!)
 ヘビーガトリング「イブリス」を脇に構え、歪虚の吶喊を食い止めるべく乱射。
 光の力を纏った弾丸が歪虚の表面を蜂の巣のように傷つけていく。
 勢いを失い足を止める歪虚。
 すかさずクレールがボルディアの創った傷へショットハーケン「オーバラル」を打ちこんだ。
「ハーケンとコートの『かえし』で傷口をぐちゃぐちゃに縫合してやるっ! 二度と翅を作らせないようにッ!!」
 しかし『かえし』はあくまで抜けないように固定するフックであり、縫い合わせる機能ではない。
 かえしを動かすほど傷が広がるばかりで傷口を繋ぎ合わせることはできなかった。
「……仕方ない、それじゃ引っ掛けたままで!」
 思惑は外れたがハーケンを繋ぐことで歪虚の行動範囲を狭めることには成功したクレール。
 彼女はコクピットのハッチを開くとボルケーノハンマーを握り、不敵に笑った。
 そして逃げることのできない歪虚にアルマのデルタレイとリクのブレイズウィングほぼ同時に突き刺さる。
 歪虚は急いで負のマテリアルを高め傷を修復しようとしたが、先ほど駆けた代償か傷が完全には埋まらない。
 あともう少しだ、この歪虚を倒すにはたった一瞬で良い。強大な力を叩き込めば――全てが終わる。
「行きましょう、フリーデさん。僕が貴女を守ります。この戦いに決着を」
『ああ、頼りにしている!』
 血まみれの手でフリーデの傷ついた手を握り、前に踏み出すアルマ。
 力強いその声にフリーデは彼の手を強く握り返した。


●舞い落ちる翅と砕ける人形

 その後の戦の展開はあまりにも一方的だった。
 まずは陽掴飛びでコロナから降りたクレールがボルケーノハンマーに
 超重錬成・浸透爆殺『大切断』の力を付与し大上段から振り下ろした。
 割れ目から巨大化した槌がべきべきと音を立てて歪虚の頭を内部から破壊する。
「お前に何も食べさせるものか! 歯も、口も、舌も、全部砕いてやる! 死ねぇ! 死ねぇ!!」
 ――ア……ガッ!?
 その凶行に応じるように、ボルディアも嵐のように巻き上がる力と闘志の赴くままモレクを胸に叩きつけた。
 その衝撃で歪虚の左腕が吹き飛ぶ。
 すかさずツインカノンで追い打ちをかけるクオン。
 光の力を全身に受け焦げついた歪虚が辛うじて立とうと足に力を入れるものの――
 その前に無情にもリクのエストレリア・フーガが影を落とした。
「……こいつらになくて僕らにあるものがある。今ならフリーデ、お前にも解るはずだ」
『ああ!』
「それならば十分、後は存分にやってくれ!」
 リクが最後のブレイズウィングを射出し、歪虚の脚を根元から切断。
 だがそこで残された手首から無数の炎の糸が放出され、歪虚を囲むハンター達に次々と突き刺さる。
 アルマは咄嗟にフリーデをその身で覆い隠したが――何故か痛みを感じないことに違和感を抱いた。
「……?」
「俺にできることは皆を守ることだけだから……!」
 テンシが混乱する頭を必死で抑え込み、マッチョメンの頑強なボディでふたりを庇ったのだ。
「ありがとうです、テンシさん!」
「さぁ、今のうちに!」
 テンシの懸命な叫びを受け、アルマとフリーデがともに駆ける。フリーデがまずは大戦斧を振り下ろし。
 そしてアルマの絶対零度の氷柱が歪虚を包み込めば、硬質な肌に無数のヒビを刻み込んで――完全に破壊した。

●蒼穹の下で

「……きっと歪虚にされた時に何もかも奪われたんだろうね、この子は」
 愛機から降り、歪虚の遺骸を抱くテンシの呟きにリクが頷いた。
「ここに来る前、いつかの彼女はきっともっと『生きていた』んだと思う。
 彼女が何を考え、求めていたのか。それくらいは覚えてやりたかったよ」
 空に舞い上がっていく白い灰。テンシはただそれを静かに見守った。
「フリーデさんをはじめとした精霊とは一度対立しても今は一緒に戦えている。
 ……だからこそ君達の存在がとても寂しい。運命が少し違えば分かり合えたのかもしれないのに……」
 一方、クオンはPhobosの戦闘データにいくつかの情報を打ちこんでいた。
「おや、何の作業をされてるんですか?」
 クレールの問いにクオンは一瞬だけ彼女と目を合わせ、静かに微笑むと入力を再開する。
「これは今回の戦闘データに覚えている限りの会話記録と関係者の証言を加えたものです。
 属性という制限はあれど攻撃・回復・防御に搦め手と自在にこなす単体は稀有です。良い資料になるでしょう」
「より情報を精査して役立てようと? ……そっか、敵を我武者羅にブッ叩くだけじゃ駄目ですもんね」
「はい。今回の対象は強さの評価が難しいのが確かなので。それに今後こういうのが主力になると考えれば。
 後は今までのシェオル型歪虚との交戦記録と併せて分析するつもりです」
 やがてデータの打ち込みが終了する。クオンはほっと息を吐くとシートに背を預けた。
 それと時を同じくしてリクはフリーデのもとに向かった。
 マスティマ搭乗の代償で彼は酷く疲労していたが、その表情は飄々としていた。
「フリーデ、お前さ……このマテリアルの強さ、全盛期の力を取り戻したんだな」
『ああ。今回は皆に助けられるばかりだったが、次は必ず借りを返すぞ』
「なーるほど、あの時の話は嘘じゃないってわけだ。ならいつかの仕切り直しでも」
「キヅカさん? 冗談でも言っていいことと悪いことがあるですよ?」
 昨年末のふたりの諍いを報告書で知ったアルマがふんす、と鼻息荒くリクの頬をつねる。
 リクは慌てて「痛い、痛いって!」とハンズアップした。
「まぁ、僕もこんな状態だし。互いに万全の状態じゃないとやる意味がないよね?」
『ああ、そうだな』
「それに僕らの決着の時はこんな場所じゃない。近いうちに別の機会を設けて存分にやろう。
 ……あ、なんだったら別にいいんだよ? 1戦1勝のまま勝ち逃げしてもね?」
 ふいに調子に乗って人差し指をくいっと曲げ挑発するリク。
 するとアルマが番犬のように唸りリクの頬に人差し指をねじ込んだ。
「キーヅーカーさーんー? 僕の言ってることわかってるですかー!?」
「いたたっ! 今はマジで体全体が痛いんだって! 本当に勘弁してよねっ」
 アルマに追われ慌てて愛機に逃げ込むリク。そこでやっとフリーデが屈託なく笑った。
『あはは……。まぁ、仕切り直しは互いに生きてこそ成せるものだ。それまでは絶対に死ぬなよ』
「とーぜんっ。お前も勝手に消えるなよな!」
 リクはそう言い残して流星の如く飛び去った。その最中――彼は呟く。
「僕らは『今』を生きている。その今を手放すつもりも、先延ばしにするつもりもない。
 僕は進む、例え先に何があろうとも。運命の先へ。お前もそうだよな、フリーデ」
 ここから先どんな過酷な道が待っていようとも、彼は飛び続ける。
 生体マテリアルが尽きかけている身でありながら、リクの瞳は力強くまっすぐに前を見つめていた。
 一方、テンシは歪虚の消失を最後まで見届けるとおもむろにフリーデに問うた。
「決断の日まで後わずか、皆はどんな思いなのかな。フリーデさんに投票権があるとしたらどれを選んでた?」
『私は……殲滅だろうな』
「それはどうして?」
『まず第一に未来に禍根を残したくない。それにこの世界にまだ未練がある。手離すには辛すぎるものが増えた』
 そう言ってまずはアルマ――そしてテンシとボルディアをはじめとした仲間達の顔を見つめるフリーデ。
 アルマが「わふっ」と元気よく頷いた。
「わぅ、とうぜんです。フリーデさん、一緒に生き残るです。生きることを第一に考えるです。
 自己犠牲とか禁止でお願いしますです。フリーデさんにぎゅーできなくなるとか死んでも嫌ですー」
 ほんのり漂ってくる「ごちそうさま」な匂いにテンシとボルディアが困ったように笑い合った。
 しかしアルマの表情は真剣そのもので。
「もし万が一恭順が選ばれたとしても……二人一緒なら構いません。僕は君を何度だって好きになりますから」
『……そうだな、私もお前のことも皆のこともきっと好きになるだろうよ』
 生き延びて見上げて、ようやくまっすぐに目にした蒼一色の空。
 ――フリーデはいつの間にかそれを自分の「生」そして「再誕」をあらわす色として愛せるようになっていた。

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MVP一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワースka4901

重体一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038

参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    フォボス
    Phobos(ka0018unit001
    ユニット|CAM
  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    エストレリア・フーガ
    エストレリア・フーガ(ka0038unit012
    ユニット|CAM
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    カリスマリス・コロナ
    カリスマリス・コロナ(ka0586unit002
    ユニット|CAM
  • 遥かなる未来
    テンシ・アガート(ka0589
    人間(蒼)|18才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    マッチョメン
    マッチョメン(ka0589unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka4901unit010
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/05/31 02:20:17
アイコン 質問卓
アルマ・A・エインズワース(ka4901
エルフ|26才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/05/29 09:53:49
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/26 20:58:55