ゲスト
(ka0000)
ジューンブライド×イケメンの無駄な本気
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/10 12:00
- 完成日
- 2019/06/16 06:38
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「いいタイミングで来たわね。この時期に来るということは同じ企画を閃いてたってことね?」
「……いやあの。単純にそういえばここケーキは本当に美味しいんだよな、と思い出して気分転換に寄っただけなんですけど……」
「ハロウィンカフェは好評だったわ。バレンタインやらホワイトデーやらの度に『またやらないんですか』って言われるくらいには。なのにハンターオフィス行ってもあんたも他にめぼしい子も中々捕まらないし」
「まあ……ちょっと色々それどころじゃなかったですよね」
「つまり今は色々とそれどころになったのね?」
「心境的には今が一番それどころじゃない気もしますが」
リゼリオの街角にある、とある喫茶店である。
色々考えて煮上がりそうな頭に甘味もいいな……とふと立ち寄った伊佐美 透だが──ご覧の有り様である。
この店とはハロウィンの際にちょっとした企画を手伝った縁があって……まあだからこそここに立ち寄ったらその話になるとは思わなかったのかと言われればその通りである。
そこにはこう答えるしかない──だってショコラケーキが本当に美味しかったから。
遠い目になっているのをお構いなしに店主は話を続けていた。今の季節──というとジューンブライドか。それにかこつけて喫茶店で何をするというのか。
「というわけで今回は『さよならお嬢様~婚前最後の貴族の娘と執事の最後のティータイム~』これで行きます」
「そう来るんだ」
「はい! というわけであんたは今から長年見守ってきたお嬢様を見送る最後のティータイムを供する執事だから! やってみて!」
「ええっと……」
「『この度はおめでとうごさいますお嬢様。長年貴女にお仕えしてきた身として此度のこと、まことに、……、感無量でございます。こうして貴女にティーセットをお出しするのも最後になりますね。今日だけは如何なる贅沢にもお応えいたしましょう。そしてどうか、……どうか、御幸せに』」
「……だからあんた……終始完璧な微笑を崩さなかった癖に微妙な間に微妙な機微をぶっこんでくるわねー」
「気分転換には……なるものだから、つい……!」
「よし行ける。じゃあそういうわけで私は今度こそ人手を集めてくる」
「集まるのかなあ……」
「メイドもありにしようかしら。婚約者の意向により若いメイドは今日限りで暇を出され年配のメイドと交代させられるの。そんな最後の一日」
燃え上がる店主を横目に透はとりあえずショコラケーキの残りと紅茶を堪能することにした。
……確かに、今は大きな戦闘としては小康状態、なのかもしれないが。
今そんな気になれる人が、果たしているかなあ──自分のように逆にこういうのが、一旦の気分転換というか、現実逃避になる奴はともかく。
(……結果を、待ってるってのもただしんどいんだよな)
認めて透は、適当に逃げようとはせずゆっくりケーキを堪能するのだった。
「……いやあの。単純にそういえばここケーキは本当に美味しいんだよな、と思い出して気分転換に寄っただけなんですけど……」
「ハロウィンカフェは好評だったわ。バレンタインやらホワイトデーやらの度に『またやらないんですか』って言われるくらいには。なのにハンターオフィス行ってもあんたも他にめぼしい子も中々捕まらないし」
「まあ……ちょっと色々それどころじゃなかったですよね」
「つまり今は色々とそれどころになったのね?」
「心境的には今が一番それどころじゃない気もしますが」
リゼリオの街角にある、とある喫茶店である。
色々考えて煮上がりそうな頭に甘味もいいな……とふと立ち寄った伊佐美 透だが──ご覧の有り様である。
この店とはハロウィンの際にちょっとした企画を手伝った縁があって……まあだからこそここに立ち寄ったらその話になるとは思わなかったのかと言われればその通りである。
そこにはこう答えるしかない──だってショコラケーキが本当に美味しかったから。
遠い目になっているのをお構いなしに店主は話を続けていた。今の季節──というとジューンブライドか。それにかこつけて喫茶店で何をするというのか。
「というわけで今回は『さよならお嬢様~婚前最後の貴族の娘と執事の最後のティータイム~』これで行きます」
「そう来るんだ」
「はい! というわけであんたは今から長年見守ってきたお嬢様を見送る最後のティータイムを供する執事だから! やってみて!」
「ええっと……」
「『この度はおめでとうごさいますお嬢様。長年貴女にお仕えしてきた身として此度のこと、まことに、……、感無量でございます。こうして貴女にティーセットをお出しするのも最後になりますね。今日だけは如何なる贅沢にもお応えいたしましょう。そしてどうか、……どうか、御幸せに』」
「……だからあんた……終始完璧な微笑を崩さなかった癖に微妙な間に微妙な機微をぶっこんでくるわねー」
「気分転換には……なるものだから、つい……!」
「よし行ける。じゃあそういうわけで私は今度こそ人手を集めてくる」
「集まるのかなあ……」
「メイドもありにしようかしら。婚約者の意向により若いメイドは今日限りで暇を出され年配のメイドと交代させられるの。そんな最後の一日」
燃え上がる店主を横目に透はとりあえずショコラケーキの残りと紅茶を堪能することにした。
……確かに、今は大きな戦闘としては小康状態、なのかもしれないが。
今そんな気になれる人が、果たしているかなあ──自分のように逆にこういうのが、一旦の気分転換というか、現実逃避になる奴はともかく。
(……結果を、待ってるってのもただしんどいんだよな)
認めて透は、適当に逃げようとはせずゆっくりケーキを堪能するのだった。
リプレイ本文
「今回も来たわね。埴輪イケメン」
「おう。今回も埴輪でイケメンな俺が来たぞ、と」
埴輪イケメンとは!
埴輪なイケメンである!
そんな訳で(どんなだ)イケメンなアルト・ハーニー(ka0113)の肩には今日も埴輪が乗っていた。
黒のオーソドックスな執事服に身を包んだ彼の肩に乗る埴輪にもまた、執事服がきちんと着せられている。
「……いや、結構本気で可愛い気もするわこれは」
アリかナシかで言えばかなりアリ寄りのアリなのでは? 店主はアルトの全体をしげしげと眺めて納得げに頷く。
「……で、あんたは今回はメイドなのね」
次いで店主が目を向けたのは前回男装で参加していたメアリ・ロイド(ka6633)だ。
「……髪、切ったのね」
「ええ」
印象に残る変化に、思わずと言う風に聞いた店主に、メアリは前と変わらぬ無表情──表面上は──で答えた。店主はそれ以上は聞く気は無いのか、ふうん、いいんじゃない、と、やはりメアリの全身を確認だけして呟く。
ショートカットに無表情。クールな雰囲気ですらりと立つメアリに、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は、綺麗だなあ、と暫く見蕩れる。
「ほら、ぼーっとしてない。大丈夫?」
店主に声をかけられて、はっとティアは我に返る。いけないいけない、今日は淑女として少し勉強するためにここに来たのだ。慌てて己の姿を確認し、スカートの裾を摘まんで恭しくお辞儀などして見せる。
同じくその頃、リラ(ka5679)が古式ゆかしいロングスカートのメイド服を身に付け終えてその具合を確かめている所だった。
「リラと言います。宜しくお願いしますね」
やはりふわりとスカートの裾を広げて礼をする。
リラは、一応、と前置きしつつ貴族の出だという。メイドについてもどんな仕事であるかはある程度知っている。見よう見まねですが……と言いながらやってみせるそれは実際、中々様にはなっていて。
リラは振り向き、ふわりとスカートをたなびかせるその姿を改めて背後の姿見で確認して、そうして。
(決してメイド服が素敵だからたまに着てみたりそれっぽい事を友人相手にしていたからというわけではないです……よ?)
己の姿に、内心こっそりそんなことを呟いたりするのだった。
そんな中。
「……あれ、これ、メイド服じゃないですね……。何故執事服……。あれ……?」
言われるままに着替えた己の姿に混乱をきたしているのはサクラ・エルフリード( ka2598)である。
……というかそもそも何故客として来たはずなのにこうなったのか。
『本日フェアのため11時開店』
の張り紙をバッチリ見落として10時に堂々と入ってきたからである。
当然店主は臨時店員募集の応募でやって来たものとして対応し今に至る。
「いやー、ギリギリだったけどサイズが見つかって良かったわー」
「……いえ、ですから何故執事……?」
満足げな店主に、思わず突っ込み返すサクラ。
「まあその、一応犯罪まがいな何かと勘違いされないためのリスク管理?」
「……私……お酒も飲める年齢ですけど……」
「まあほら、丁度バランスの問題もあるし」
言って店主はぐるりとバックヤードを見回した。
執事:アルト、サクラ、鞍馬 真(ka5819)、透
メイド:メアリ、ティア、リラ、フィロ(ka6966)
……とまあ、駆け込みでやって来た(誤解だが)サクラを執事として入れれば見事丁度いいバランスなのである。
「……」
サクラが一度沈黙すると、待っていたのかティアが店主をつついて意識を向けさせると、スケッチブックを掲げて見せた。
『覚醒して接客しても大丈夫でしょうか』
「え? いや、何度も言うけどそういうアレじゃないからトラブル起こす客には対処するけど……こっちに任せてもらった方がいいんじゃないかしら」
店主の返事に、ティアはそうではなく、覚醒すれば声が出せるから、と続けて筆談で伝えてくる。
「まあ……貴女がそうやりたいならそれは良いけど……あたし詳しく知らないんだけど覚醒ってそんなに長く出来るもんなの?」
ティアは一度己の力を確かめるように目を閉じてから答える。覚醒を持続できる時間は最大で一時間。それが、今のティアなら5回まで行える。
「最大限使って五時間……ね。成る程。上手く交代してピーク時には入れるように宜しくね」
店主の返事に、ティアははい、と言うように頷いた。
そんな話をしていると。
「……あ、そろそろ開店時間ね。皆準備OK?」
店主が皆に告げた。
ということはつまり。
「まあ……いいですけど」
かくしてサクラが着替える時間は無くなった、ということになるのだか。
それならいっそ頑張ろうと髪を縛り上げると、中々に男装系クール執事な仕上がりを見せるサクラなのだった──というか全部着る前に気付こうよ。
そんなこんなで──ジューンブライドフェア、開催である。
●
各々が場所に付きながら、来店客を次々と迎えていく。
それぞれ手空きの者が、恭しく一礼しては席へと案内していく。
「お帰りなさいませお嬢様……お茶の時間でございますね。今日で最後のお仕えとなりますが、変わらずしっかりとお仕えさせて頂きます……。何でも申し付けてください……」
サクラもまた、一人の女性客を案内する。固い表情、は、彼女の雰囲気もあって涼しげな印象に変わり、見た目の通りの冷静な執事……といった役柄か。
……落ち着いて見えるが、実際には混乱による緊張でそうなってるだけなのだが。
「うん……あんなにちっちゃかったサクラも立派になって……今まで有難うね」
客の方も慣れた手合いなのか、ノリきってそんな風に答えてくる。小柄なサクラの男装姿は、やはりクールな印象というよりは庇護欲が先に来るものが大半のようだが。客が彼女に向ける目は、頼りになる執事というよりどちらかと言えば愛らしい弟を見るようなものだった。
(……まあ、良いですけど……)
本日何度目になるか分からないその呟きを内心でして、彼女は丁寧に、呼ばれるままに対応する。
「んー、甘くて美味しい」
そうして、客は彼女が供するケーキに目尻をとろかせるのだった。
少年執事、サクラが供するのはチョコレートを挟んだミルクレープ。白と黒のシックな見た目、だけどミルクチョコレートと生クリームの甘く可愛らしい味わいをどうぞ?
●
「結婚おめでとうな? 執事としてお茶を出すのもコレが最後と思うと少し寂しく感じるねぇ? 肩の埴輪がそう言ってるさね」
「もうー、そうなのよ。今日でお別れなんてホント寂しいわあ? 埴輪ちゃんもそう思うの?」
アルトがほぼ素のままで接客する──まあ埴輪でキャラ立ちは十分だしな──のはいかにもマダム然とした女性だが、勿論設定や対応に差別はない。
執事服の埴輪はやはりこの空間においては愛らしいと好評な事が多く、この女性も興味深そうにしげしげと眺めている。
「お目出度い事だから笑顔でお仕事させて貰うぞ、と。今日は何でも我儘いっていいんだぞ、と。……埴輪に」
そっちか、と言いたくなるかもしれないが、女性はわりと乗り気であら良いの? と埴輪に手を伸ばそうとした。一瞬、店主に目配せするアルト。店主は無言で両腕で頭上に丸を作った。本来、店員へのおさわりはNGである──が、埴輪まではセーフ。そのようになった。
すりすりと執事埴輪を撫でるのは、裕福さを漂わせる──つまるところまあ彼女も中々の埴輪体型(失礼)な──マダム。
接客しつつも埴輪推しは忘れない、むしほそちらがメインとも言えるアルトにとって満足の光景であった。
コーヒーを注ぐと、一度裏手に引っ込み彼のメニューの用意に取りかかる。
埴輪系執事の我が儘プレートは、ほうじ茶と抹茶のミニシフォンを中心にフルーツとクリームで彼が手ずから飾り付け。
……このマダムに対するデコレートは、特に気合いが入っていた気がしなくもない。
なお、
「そうね……これからはこの埴輪ちゃんが一緒に居てくれるのね……貴方のこと忘れないわ」
そんな感じで、お土産にと彼が用意した手作りミニ埴輪も結構好評であったという。
●
さて。
(前回は初めてだったからちょっとオタオタしちまったが、今回はそうはいかないぜ!)
気合いを入れて望むボルディア・コンフラムス(ka0796)は、今回も客として来店である。
(見てろ、今度こそ勝って……え、お、俺も演技するの?)
そうして踏み込み、回りが雰囲気に合わせてお嬢様として振る舞う様子に気付き、早速固まるのだった。
……いや、そもそも何との戦いなのかという話ではあるが。
「本日もお疲れ様ですお嬢様。……お茶とコーヒー、どちらになさいますか?」
「おぅ……ええ、お茶で頼む、マス、ワ?」
かくして最初の気合はどこへやら。初動から既にガチガチになる彼女であった。
ケーキが運ばれてくる──なお、オーソドックスなクリームタイプのチョコレートケーキである──と、頑張ってそれっぽい所作をしようとするも、緊張のせいでフォークは時折ガチリと音を立てる。
「お、コレスゲー美味ぇ……でありますの、ヨ?」
そうして、一口食べてはそう告げると、自分でも何か間違えたのは分かるのか恥ずかしいやらなんやらで顔を真っ赤にして。
運んできた透は少し苦笑を浮かべて言った。
「お嬢様は本当……私どもがいくら教育しても結局変わらずにおられましたね」
──素はガサツだが結婚が決まったので無理してお嬢様然している系女子。
ほぼ無理して演じてるボルディアそのものによるキャラ付けなのだが、それに合わせるように透はそう応える。
「……ですが、だからこそありのままのお嬢様を愛してくださる方と結ばれて、結果としては良かったとも思っております」
そうして、苦笑を微笑に変えながらお茶を注ぐ。
「ですので、今日はもう煩いことは申し上げませんよ。お嬢様らしくいつも通りお寛ぎください」
役割りを崩さぬまま告げてくる、その仕草をボルディアはついマジマジと見た。
(ありのままの……そういう話になんのか)
これは芝居。状況に合わせ、即興で組み上げられた。だから。
「……実際、こんな俺でも結婚なんて出来んのかね……」
思わずという風に呟いたボルディアに、透は一度真面目な顔になって、そしてまた微笑して告げた。
「……お嬢様はお綺麗で御座いますよ」
「……いや、んな見え透いた世辞は……」
「見目もそうですが、」
別に気障な台詞に興味はないと遮るボルディアに更に割り込んで、透は続けた。
「お嬢様からは、貴女様がこれまで歩んできた道が、生き様というものがその身から漲っておられます。その輝きは、判るものには美しいと呼ぶに相応しいものかと」
「……」
「貴女を愛する方はきっとその輝きを、お嬢様の魅力を初めから全て理解した御方でしょう。……ですので、お嬢様はやはりそのままでよろしいかと存じます」
優雅に、流暢に。透は一度もボルディアから目を逸らさないままそう伝えて。
ボルディアは、
「……いや、まあ、その……ありがとよ」
と、ゴニョゴニョとそう言うしか無くて。透はそのまま、丁寧に一礼して辞した。
暫く、なんとも言えない気持ちでケーキをつついていた彼女だったが。とりあえずと次のケーキを注文すると、ミルクレープを手にサクラがやってきて。
「なあ……率直に言ってさ、お前は……俺のこと綺麗だとか……思えるか?」
つい、彼女にもそんな風に聞いてみる。
ずっと緊張していたサクラだったが、これには思わず自然に微笑を溢して、
「──はい。お嬢様はお綺麗ですし……今は可愛いですかね?」
ニコッと、頑張る少年執事の笑顔でそう答えるのだった。
(はぅあっ……!)
かくしてボルディアは今回も胸のトキメキがキュン上昇して轟沈するのであった。
●
そうして、バックヤードに戻ってきた透を、真はついしげしげと眺める。
「……何だよ」
「いや、……こういう姿を見ると、やっぱり透は格好良いなあって思うんだ……けど」
誉めつつもどこか訝しげな真の態度に、透はやはり何、と言いたげな苦笑を向ける。すると、
「いやあなんか。君実はすっごいたらしとかじゃないよね?」
冗談めかしつつ、思わず突っ込まずにいられなかったという感じで呟く真に、透は盛大に片足を脱力させて壁に側頭部をゴチ、とぶつけた。
「いや別に! あくまで役割上!? 執事として聞かれたことに答えただけで別に普段から面識浅い人でもあんなこと言いまくってる訳じゃないよ!?」
慌てふためく彼は普段の友人の姿で。先ほどこっそり見ていた姿とのあまりの変貌ぶりに……ああだから、つまりこういう所だよな、と真は自分の気持ちに納得する。
単純に執事服という姿が格好いいというのではなく、堂々と演じる姿が好きなのだ──勿論別に恋愛感情は無い。
「……大体そりゃ、あの人のことは空蒼作戦の時に遠目に見かけたとかそれくらいだけどさ。別にいい加減なお世辞は言ってないつもりだけどな」
「……。まあ、それはそうだね」
透の言葉に、少し考えて真は頷く。
自分だったらどう対応しただろうか。最終的には同じようなことを言っただろうか。
(……でもやっぱり、あんなに堂々と言える自信は無いなあ……)
仕事として真面目に演じてはいるが、やはり羞恥心が残っている自覚はある。
「真くーん、これ二番テーブルー」
そうしていると、奥から店主に呼ばれて。彼もまた指定されたスイーツを手に客の元へと向かっていく。
「ご主人様の晴れ姿を一番近くで見ることができて、私は幸せで御座います」
「真くん……」
交わしあう視線は互いにどこか複雑な色を帯びている。
──コンセプトは「幼馴染み執事」。
「ふふ。またお代わり? 君はこれ、本当に好きだったよね」
何度目か同じ客に呼ばれると、差し出しながら、ついという風に呟く。
基本は使用人として丁寧に。時折幼馴染みとしてのフランクな顔を。
そんな彼の態度からは、幼馴染みとしての複雑な気持ちを執事としての使命感で納得させているような様子が滲み出ていて。
……提供するのはパンナコッタ。生クリームをベースにした、滑らかな口当たりの、優しい味。フルーツソースを添えたそれは更に食べやすく幾らでも入りそうで。
「……僕がきみの一番近くに居たかったのになあ」
──けど、意外と重たいので、ハマり過ぎにはご用心。
かちゃんとスプーンを取り落とした客に、真はくすりと悪戯っぽく笑って……それからまた、どこか少し寂しそうに見える微笑を浮かべて。
「私は、遠くからあなたの幸せを願っています」
そうして最後は、やはり恭しく一人一人を見送っていく。照れると言いながら、それはやはり、己より執事としての使命を弁える、仕事に生きる堂に入った姿だった。
●
堂に入った、と言えば。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
元よりメイド型オートマトンとして造られたフィロの所作はやはりきっちりとはまっている──筈だった。
案内した男性が席に着くと、暫くフィロをまじまじと見て。
「……あ、君もしかしてオートマトン? へー! 俺初めて見た!」
好奇の──区別の視線を感じたとき、微笑が歪むのをフィロは自覚した。
動作不良。
これは動作不良だ、頭の奥でチカチカと警告が瞬く。
製作者の願い。
使用者のニーズ。
人の友である事夢である事。
人の命を最優先するための道具である事。
理解しているはずなのに。納得しているはずなのに。自己メンテで回復できないほど乖離している状態だと回路が常に警告を──悲鳴のように──上げ続ける。
ここにはオーバーホールの技術はなくて。
是正されない感情制御の軋みはいずれ動作制御に及ぶだろう。
「この度はおめでとうございますご主人様。お仕えするのも本日が最後でございますね。……今、お茶とデザートをお持ちいたします」
まだ僅かなそれを悟られぬうちに、フィロは顔を下げるとともに一度奥へと引く。
彼女が提供するのはアップルパイ。機械の仕掛けるリンゴは甘く柔らかく煮込まれて何処までも人に優しく。
上部には歯車の形に焼かれたパイが飾られて。
それを。
目の前の客が、フォークで、音を立てて崩していく。
──軋む。
エバーグリーンに新たな神が立つ
見つけなければ皆
新たな人類に仕えられたのだろうか
軋む。
……軋む。
「大丈夫?」
声をかけられて、はっと顔を上げた。
「申し訳ありません。何かおかしな顔をしておりましたか?」
「ううん……いや、寂しくなるよなあ。俺も寂しいよ。君と今日限りなんてさ」
フィロの帯びる憂い。だが幸いというか、今日この場の設定のお陰で客はそれを演技の一環だと思ったらしい。
背筋を伸ばして、それに合わせて応じる。
私には数多のお客様の1人。
お客様にはたった1人のメイド。
今日という日を楽しんでいただくために。
「今日が永の別れになろうとも、ご主人様の事は忘れません。お幸せに、ご主人様……御武運を」
完璧な所作でスカートの裾を摘まみ、一礼して見送る。
出した皿を片付けるためにテーブルへと戻れば、崩れやすいパイは多くの場合、残骸を残していて。
──何故これを? など。
メニューに悪意など無いことは、分かっている。なのに。
道具が愛も悼みも知ると、人に知られたいと願う傲慢が、今日も彼女をを苦しめる。
●
お淑やかなメイドとして接客するティアは、ホールを歩く中開いた皿を見かけると、「こちらお下げいたしますね」と機敏な手つきでさっと上げ……ようとしたところ、からりとフォークが転げ落ちた。
「も、申し訳ありません……」
「あはは。大丈夫大丈夫」
笑って客は応えてくれるが、やっぱりおっちょこちょいだなあと内心凹んでしまう。
気を取り直して別の客にお茶とケーキを運ぶ。
お湯の量、温度、蒸らし時間。タイミングを計って、琥珀の液体を恭しくカップに注ぎ入れる。
「……やっぱり、メイの淹れてくれるお茶は美味しいなあ」
口にした客が一言呟く、有難うございます、と答えながら、それは正直に嬉しかった。実際、お茶にはちょっと、自信がある。
雰囲気に合わせてか、或いは呑まれてか。感慨深そうにお茶を飲むお客様を見て──ふと。
(本当にこれが現実で。ずっと一緒にいた人と離れることになったら、私は最後まで笑えるだろうか)
そんなことが、過った。
──きっと、笑えない。だって、大好きなんだもの。ずっと一緒にいたい。
お茶の傍らには、彼女が運んできたケーキ。定番中の定番、苺のショート。真っ白なクリームに乗せられた苺の赤が可愛らしくて。
……そこに、ティアはどこか自分の子供な部分を自覚してしまう。
そうして、だから……嗚呼、ここに居る皆は凄いな、と、微笑みが浮かぶのだ。
「──今日という日が、お坊っちゃまにとって。いとおしい日になりますように」
これはお芝居。
偽りの中の出会いと別れ。
それを意識して、ティアは淑やかに微笑み、客を見送っていく。
●
ティアの視線を意識していたわけでもなかろうが。
「貴方をこうしてお迎えするのも最後かと思うと、感無量です」
「うん、ありがとう、リラ」
今はリラが、一人の客を凛とした態度で迎え入れていた。
普段通りのおっとり柔らかな物腰で、笑顔で一人一人を出迎えている。
そうして。
「……ご一緒させて頂いた思い出は生涯忘れません」
見送るその言葉には、絶妙な寂しさを交えて。
「……リラ」
客の何人かはそんな彼女に、芝居と知りながらも感じ入った視線を向けずにいられないようだった。
迫真の演技──その為に思い浮かべるのは、かつて仄かに思っていた幼馴染。
その彼が婚約者だと、彼女の親友を紹介してきた時の事。
何を想う?
何を願う?
「──どうか、お幸せに」
勿論、その事を。心の底から。
言葉も無くただ彼女の名を呼ぶ客に、リラは恭しく一礼を返す。
……彼女が浮かべる微笑は儚げで──そして、美しい。
優しくて暖かくて。だけど寂しがり屋。
そんな彼女が運んでくるのは、ノーマルタイプとラズベリー風味、二層のレアチーズ・ケーキ。
馴染みやすく親しみやすいいつもの味、その下に、ほんの少し甘酸っぱさを敷いて。
●
メアリもまた。ここではマリアと名乗り、堂々と演じ続けている。
「こうして坊ちゃまに給仕するのも最後になってしまうのですね。ですがしっかりと努めさせていただきます」
淡々と、無表情に。仕事に生きるクールな女性。そう見えて。
「……笑顔になれるような素敵なケーキをお持ちしますね」
そう言って、客──坊ちゃまにだけは時折笑顔を魅せる。
宣言の後運んでくるのはティラミス……『私を元気づけて』。
冷たい態度とのギャップにほだされて、敵わないな、と笑いながら多くの客がスプーンで掬って、虚構の別れの哀しみを慰める。
そうやって、黙々と仕事をこなしながら。
(来ねえ……よな、そりゃ)
内心で気にするそれは、恐れなのか、期待なのか。実現しないそのことに覚えるのは安堵なのか、落胆なのか。
幾度かレクリエーション系のイベントで出会った時は甘いものが嫌いじゃ無さそうだったからもしかして、と思ってはいたが。興に限ってはあからさまに『特殊なフェア』を開催していることを外からはっきりと分かる様にアピールしているこの店舗に、『彼』が近づくことはどうやらないらしい。
……否。
フェアの事が無くても、彼には今、そんな余裕がそもそもないのかもしれない。
ハンターオフィスで、遠目に彼を見かけたとき。投票、決断に向けた、そこに高まりつつある機運に、彼は厳しい表情をしていた。
……決意の向かい行く先に、彼もまた厳しい決意を固めつつあるような──そこに、在ったのは。今思えば、断絶ではないだろうか。
隣に立つなら、もう偶然に頼るなど出来なかったのだ。強引に連れ込むか、割り込むかしなければ。今の彼には。
それは──何を意味するのか。
「坊ちゃまの幸せが、マリアの一番の幸せです。離れても坊ちゃまが幸せで居てくれたなら、前を向いて歩いていけます」
気付けば演技に感情が籠っていた。
決定づけられた別れ──それに向かって。
ティラミス。チョコパウダーとマスカルポーネチーズの優しい味わいの……底に敷かれたエスプレッソが、ほろ苦い。
●
そうして、今回のフェアも好評のうちに幕を閉じた。
息詰まるほどに加速していく物語。その隙間の、ほんの一時。
それは、誰かの、貴方の、安らぎになれたのか、それとも──
「おう。今回も埴輪でイケメンな俺が来たぞ、と」
埴輪イケメンとは!
埴輪なイケメンである!
そんな訳で(どんなだ)イケメンなアルト・ハーニー(ka0113)の肩には今日も埴輪が乗っていた。
黒のオーソドックスな執事服に身を包んだ彼の肩に乗る埴輪にもまた、執事服がきちんと着せられている。
「……いや、結構本気で可愛い気もするわこれは」
アリかナシかで言えばかなりアリ寄りのアリなのでは? 店主はアルトの全体をしげしげと眺めて納得げに頷く。
「……で、あんたは今回はメイドなのね」
次いで店主が目を向けたのは前回男装で参加していたメアリ・ロイド(ka6633)だ。
「……髪、切ったのね」
「ええ」
印象に残る変化に、思わずと言う風に聞いた店主に、メアリは前と変わらぬ無表情──表面上は──で答えた。店主はそれ以上は聞く気は無いのか、ふうん、いいんじゃない、と、やはりメアリの全身を確認だけして呟く。
ショートカットに無表情。クールな雰囲気ですらりと立つメアリに、ティアンシェ=ロゼアマネル(ka3394)は、綺麗だなあ、と暫く見蕩れる。
「ほら、ぼーっとしてない。大丈夫?」
店主に声をかけられて、はっとティアは我に返る。いけないいけない、今日は淑女として少し勉強するためにここに来たのだ。慌てて己の姿を確認し、スカートの裾を摘まんで恭しくお辞儀などして見せる。
同じくその頃、リラ(ka5679)が古式ゆかしいロングスカートのメイド服を身に付け終えてその具合を確かめている所だった。
「リラと言います。宜しくお願いしますね」
やはりふわりとスカートの裾を広げて礼をする。
リラは、一応、と前置きしつつ貴族の出だという。メイドについてもどんな仕事であるかはある程度知っている。見よう見まねですが……と言いながらやってみせるそれは実際、中々様にはなっていて。
リラは振り向き、ふわりとスカートをたなびかせるその姿を改めて背後の姿見で確認して、そうして。
(決してメイド服が素敵だからたまに着てみたりそれっぽい事を友人相手にしていたからというわけではないです……よ?)
己の姿に、内心こっそりそんなことを呟いたりするのだった。
そんな中。
「……あれ、これ、メイド服じゃないですね……。何故執事服……。あれ……?」
言われるままに着替えた己の姿に混乱をきたしているのはサクラ・エルフリード( ka2598)である。
……というかそもそも何故客として来たはずなのにこうなったのか。
『本日フェアのため11時開店』
の張り紙をバッチリ見落として10時に堂々と入ってきたからである。
当然店主は臨時店員募集の応募でやって来たものとして対応し今に至る。
「いやー、ギリギリだったけどサイズが見つかって良かったわー」
「……いえ、ですから何故執事……?」
満足げな店主に、思わず突っ込み返すサクラ。
「まあその、一応犯罪まがいな何かと勘違いされないためのリスク管理?」
「……私……お酒も飲める年齢ですけど……」
「まあほら、丁度バランスの問題もあるし」
言って店主はぐるりとバックヤードを見回した。
執事:アルト、サクラ、鞍馬 真(ka5819)、透
メイド:メアリ、ティア、リラ、フィロ(ka6966)
……とまあ、駆け込みでやって来た(誤解だが)サクラを執事として入れれば見事丁度いいバランスなのである。
「……」
サクラが一度沈黙すると、待っていたのかティアが店主をつついて意識を向けさせると、スケッチブックを掲げて見せた。
『覚醒して接客しても大丈夫でしょうか』
「え? いや、何度も言うけどそういうアレじゃないからトラブル起こす客には対処するけど……こっちに任せてもらった方がいいんじゃないかしら」
店主の返事に、ティアはそうではなく、覚醒すれば声が出せるから、と続けて筆談で伝えてくる。
「まあ……貴女がそうやりたいならそれは良いけど……あたし詳しく知らないんだけど覚醒ってそんなに長く出来るもんなの?」
ティアは一度己の力を確かめるように目を閉じてから答える。覚醒を持続できる時間は最大で一時間。それが、今のティアなら5回まで行える。
「最大限使って五時間……ね。成る程。上手く交代してピーク時には入れるように宜しくね」
店主の返事に、ティアははい、と言うように頷いた。
そんな話をしていると。
「……あ、そろそろ開店時間ね。皆準備OK?」
店主が皆に告げた。
ということはつまり。
「まあ……いいですけど」
かくしてサクラが着替える時間は無くなった、ということになるのだか。
それならいっそ頑張ろうと髪を縛り上げると、中々に男装系クール執事な仕上がりを見せるサクラなのだった──というか全部着る前に気付こうよ。
そんなこんなで──ジューンブライドフェア、開催である。
●
各々が場所に付きながら、来店客を次々と迎えていく。
それぞれ手空きの者が、恭しく一礼しては席へと案内していく。
「お帰りなさいませお嬢様……お茶の時間でございますね。今日で最後のお仕えとなりますが、変わらずしっかりとお仕えさせて頂きます……。何でも申し付けてください……」
サクラもまた、一人の女性客を案内する。固い表情、は、彼女の雰囲気もあって涼しげな印象に変わり、見た目の通りの冷静な執事……といった役柄か。
……落ち着いて見えるが、実際には混乱による緊張でそうなってるだけなのだが。
「うん……あんなにちっちゃかったサクラも立派になって……今まで有難うね」
客の方も慣れた手合いなのか、ノリきってそんな風に答えてくる。小柄なサクラの男装姿は、やはりクールな印象というよりは庇護欲が先に来るものが大半のようだが。客が彼女に向ける目は、頼りになる執事というよりどちらかと言えば愛らしい弟を見るようなものだった。
(……まあ、良いですけど……)
本日何度目になるか分からないその呟きを内心でして、彼女は丁寧に、呼ばれるままに対応する。
「んー、甘くて美味しい」
そうして、客は彼女が供するケーキに目尻をとろかせるのだった。
少年執事、サクラが供するのはチョコレートを挟んだミルクレープ。白と黒のシックな見た目、だけどミルクチョコレートと生クリームの甘く可愛らしい味わいをどうぞ?
●
「結婚おめでとうな? 執事としてお茶を出すのもコレが最後と思うと少し寂しく感じるねぇ? 肩の埴輪がそう言ってるさね」
「もうー、そうなのよ。今日でお別れなんてホント寂しいわあ? 埴輪ちゃんもそう思うの?」
アルトがほぼ素のままで接客する──まあ埴輪でキャラ立ちは十分だしな──のはいかにもマダム然とした女性だが、勿論設定や対応に差別はない。
執事服の埴輪はやはりこの空間においては愛らしいと好評な事が多く、この女性も興味深そうにしげしげと眺めている。
「お目出度い事だから笑顔でお仕事させて貰うぞ、と。今日は何でも我儘いっていいんだぞ、と。……埴輪に」
そっちか、と言いたくなるかもしれないが、女性はわりと乗り気であら良いの? と埴輪に手を伸ばそうとした。一瞬、店主に目配せするアルト。店主は無言で両腕で頭上に丸を作った。本来、店員へのおさわりはNGである──が、埴輪まではセーフ。そのようになった。
すりすりと執事埴輪を撫でるのは、裕福さを漂わせる──つまるところまあ彼女も中々の埴輪体型(失礼)な──マダム。
接客しつつも埴輪推しは忘れない、むしほそちらがメインとも言えるアルトにとって満足の光景であった。
コーヒーを注ぐと、一度裏手に引っ込み彼のメニューの用意に取りかかる。
埴輪系執事の我が儘プレートは、ほうじ茶と抹茶のミニシフォンを中心にフルーツとクリームで彼が手ずから飾り付け。
……このマダムに対するデコレートは、特に気合いが入っていた気がしなくもない。
なお、
「そうね……これからはこの埴輪ちゃんが一緒に居てくれるのね……貴方のこと忘れないわ」
そんな感じで、お土産にと彼が用意した手作りミニ埴輪も結構好評であったという。
●
さて。
(前回は初めてだったからちょっとオタオタしちまったが、今回はそうはいかないぜ!)
気合いを入れて望むボルディア・コンフラムス(ka0796)は、今回も客として来店である。
(見てろ、今度こそ勝って……え、お、俺も演技するの?)
そうして踏み込み、回りが雰囲気に合わせてお嬢様として振る舞う様子に気付き、早速固まるのだった。
……いや、そもそも何との戦いなのかという話ではあるが。
「本日もお疲れ様ですお嬢様。……お茶とコーヒー、どちらになさいますか?」
「おぅ……ええ、お茶で頼む、マス、ワ?」
かくして最初の気合はどこへやら。初動から既にガチガチになる彼女であった。
ケーキが運ばれてくる──なお、オーソドックスなクリームタイプのチョコレートケーキである──と、頑張ってそれっぽい所作をしようとするも、緊張のせいでフォークは時折ガチリと音を立てる。
「お、コレスゲー美味ぇ……でありますの、ヨ?」
そうして、一口食べてはそう告げると、自分でも何か間違えたのは分かるのか恥ずかしいやらなんやらで顔を真っ赤にして。
運んできた透は少し苦笑を浮かべて言った。
「お嬢様は本当……私どもがいくら教育しても結局変わらずにおられましたね」
──素はガサツだが結婚が決まったので無理してお嬢様然している系女子。
ほぼ無理して演じてるボルディアそのものによるキャラ付けなのだが、それに合わせるように透はそう応える。
「……ですが、だからこそありのままのお嬢様を愛してくださる方と結ばれて、結果としては良かったとも思っております」
そうして、苦笑を微笑に変えながらお茶を注ぐ。
「ですので、今日はもう煩いことは申し上げませんよ。お嬢様らしくいつも通りお寛ぎください」
役割りを崩さぬまま告げてくる、その仕草をボルディアはついマジマジと見た。
(ありのままの……そういう話になんのか)
これは芝居。状況に合わせ、即興で組み上げられた。だから。
「……実際、こんな俺でも結婚なんて出来んのかね……」
思わずという風に呟いたボルディアに、透は一度真面目な顔になって、そしてまた微笑して告げた。
「……お嬢様はお綺麗で御座いますよ」
「……いや、んな見え透いた世辞は……」
「見目もそうですが、」
別に気障な台詞に興味はないと遮るボルディアに更に割り込んで、透は続けた。
「お嬢様からは、貴女様がこれまで歩んできた道が、生き様というものがその身から漲っておられます。その輝きは、判るものには美しいと呼ぶに相応しいものかと」
「……」
「貴女を愛する方はきっとその輝きを、お嬢様の魅力を初めから全て理解した御方でしょう。……ですので、お嬢様はやはりそのままでよろしいかと存じます」
優雅に、流暢に。透は一度もボルディアから目を逸らさないままそう伝えて。
ボルディアは、
「……いや、まあ、その……ありがとよ」
と、ゴニョゴニョとそう言うしか無くて。透はそのまま、丁寧に一礼して辞した。
暫く、なんとも言えない気持ちでケーキをつついていた彼女だったが。とりあえずと次のケーキを注文すると、ミルクレープを手にサクラがやってきて。
「なあ……率直に言ってさ、お前は……俺のこと綺麗だとか……思えるか?」
つい、彼女にもそんな風に聞いてみる。
ずっと緊張していたサクラだったが、これには思わず自然に微笑を溢して、
「──はい。お嬢様はお綺麗ですし……今は可愛いですかね?」
ニコッと、頑張る少年執事の笑顔でそう答えるのだった。
(はぅあっ……!)
かくしてボルディアは今回も胸のトキメキがキュン上昇して轟沈するのであった。
●
そうして、バックヤードに戻ってきた透を、真はついしげしげと眺める。
「……何だよ」
「いや、……こういう姿を見ると、やっぱり透は格好良いなあって思うんだ……けど」
誉めつつもどこか訝しげな真の態度に、透はやはり何、と言いたげな苦笑を向ける。すると、
「いやあなんか。君実はすっごいたらしとかじゃないよね?」
冗談めかしつつ、思わず突っ込まずにいられなかったという感じで呟く真に、透は盛大に片足を脱力させて壁に側頭部をゴチ、とぶつけた。
「いや別に! あくまで役割上!? 執事として聞かれたことに答えただけで別に普段から面識浅い人でもあんなこと言いまくってる訳じゃないよ!?」
慌てふためく彼は普段の友人の姿で。先ほどこっそり見ていた姿とのあまりの変貌ぶりに……ああだから、つまりこういう所だよな、と真は自分の気持ちに納得する。
単純に執事服という姿が格好いいというのではなく、堂々と演じる姿が好きなのだ──勿論別に恋愛感情は無い。
「……大体そりゃ、あの人のことは空蒼作戦の時に遠目に見かけたとかそれくらいだけどさ。別にいい加減なお世辞は言ってないつもりだけどな」
「……。まあ、それはそうだね」
透の言葉に、少し考えて真は頷く。
自分だったらどう対応しただろうか。最終的には同じようなことを言っただろうか。
(……でもやっぱり、あんなに堂々と言える自信は無いなあ……)
仕事として真面目に演じてはいるが、やはり羞恥心が残っている自覚はある。
「真くーん、これ二番テーブルー」
そうしていると、奥から店主に呼ばれて。彼もまた指定されたスイーツを手に客の元へと向かっていく。
「ご主人様の晴れ姿を一番近くで見ることができて、私は幸せで御座います」
「真くん……」
交わしあう視線は互いにどこか複雑な色を帯びている。
──コンセプトは「幼馴染み執事」。
「ふふ。またお代わり? 君はこれ、本当に好きだったよね」
何度目か同じ客に呼ばれると、差し出しながら、ついという風に呟く。
基本は使用人として丁寧に。時折幼馴染みとしてのフランクな顔を。
そんな彼の態度からは、幼馴染みとしての複雑な気持ちを執事としての使命感で納得させているような様子が滲み出ていて。
……提供するのはパンナコッタ。生クリームをベースにした、滑らかな口当たりの、優しい味。フルーツソースを添えたそれは更に食べやすく幾らでも入りそうで。
「……僕がきみの一番近くに居たかったのになあ」
──けど、意外と重たいので、ハマり過ぎにはご用心。
かちゃんとスプーンを取り落とした客に、真はくすりと悪戯っぽく笑って……それからまた、どこか少し寂しそうに見える微笑を浮かべて。
「私は、遠くからあなたの幸せを願っています」
そうして最後は、やはり恭しく一人一人を見送っていく。照れると言いながら、それはやはり、己より執事としての使命を弁える、仕事に生きる堂に入った姿だった。
●
堂に入った、と言えば。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
元よりメイド型オートマトンとして造られたフィロの所作はやはりきっちりとはまっている──筈だった。
案内した男性が席に着くと、暫くフィロをまじまじと見て。
「……あ、君もしかしてオートマトン? へー! 俺初めて見た!」
好奇の──区別の視線を感じたとき、微笑が歪むのをフィロは自覚した。
動作不良。
これは動作不良だ、頭の奥でチカチカと警告が瞬く。
製作者の願い。
使用者のニーズ。
人の友である事夢である事。
人の命を最優先するための道具である事。
理解しているはずなのに。納得しているはずなのに。自己メンテで回復できないほど乖離している状態だと回路が常に警告を──悲鳴のように──上げ続ける。
ここにはオーバーホールの技術はなくて。
是正されない感情制御の軋みはいずれ動作制御に及ぶだろう。
「この度はおめでとうございますご主人様。お仕えするのも本日が最後でございますね。……今、お茶とデザートをお持ちいたします」
まだ僅かなそれを悟られぬうちに、フィロは顔を下げるとともに一度奥へと引く。
彼女が提供するのはアップルパイ。機械の仕掛けるリンゴは甘く柔らかく煮込まれて何処までも人に優しく。
上部には歯車の形に焼かれたパイが飾られて。
それを。
目の前の客が、フォークで、音を立てて崩していく。
──軋む。
エバーグリーンに新たな神が立つ
見つけなければ皆
新たな人類に仕えられたのだろうか
軋む。
……軋む。
「大丈夫?」
声をかけられて、はっと顔を上げた。
「申し訳ありません。何かおかしな顔をしておりましたか?」
「ううん……いや、寂しくなるよなあ。俺も寂しいよ。君と今日限りなんてさ」
フィロの帯びる憂い。だが幸いというか、今日この場の設定のお陰で客はそれを演技の一環だと思ったらしい。
背筋を伸ばして、それに合わせて応じる。
私には数多のお客様の1人。
お客様にはたった1人のメイド。
今日という日を楽しんでいただくために。
「今日が永の別れになろうとも、ご主人様の事は忘れません。お幸せに、ご主人様……御武運を」
完璧な所作でスカートの裾を摘まみ、一礼して見送る。
出した皿を片付けるためにテーブルへと戻れば、崩れやすいパイは多くの場合、残骸を残していて。
──何故これを? など。
メニューに悪意など無いことは、分かっている。なのに。
道具が愛も悼みも知ると、人に知られたいと願う傲慢が、今日も彼女をを苦しめる。
●
お淑やかなメイドとして接客するティアは、ホールを歩く中開いた皿を見かけると、「こちらお下げいたしますね」と機敏な手つきでさっと上げ……ようとしたところ、からりとフォークが転げ落ちた。
「も、申し訳ありません……」
「あはは。大丈夫大丈夫」
笑って客は応えてくれるが、やっぱりおっちょこちょいだなあと内心凹んでしまう。
気を取り直して別の客にお茶とケーキを運ぶ。
お湯の量、温度、蒸らし時間。タイミングを計って、琥珀の液体を恭しくカップに注ぎ入れる。
「……やっぱり、メイの淹れてくれるお茶は美味しいなあ」
口にした客が一言呟く、有難うございます、と答えながら、それは正直に嬉しかった。実際、お茶にはちょっと、自信がある。
雰囲気に合わせてか、或いは呑まれてか。感慨深そうにお茶を飲むお客様を見て──ふと。
(本当にこれが現実で。ずっと一緒にいた人と離れることになったら、私は最後まで笑えるだろうか)
そんなことが、過った。
──きっと、笑えない。だって、大好きなんだもの。ずっと一緒にいたい。
お茶の傍らには、彼女が運んできたケーキ。定番中の定番、苺のショート。真っ白なクリームに乗せられた苺の赤が可愛らしくて。
……そこに、ティアはどこか自分の子供な部分を自覚してしまう。
そうして、だから……嗚呼、ここに居る皆は凄いな、と、微笑みが浮かぶのだ。
「──今日という日が、お坊っちゃまにとって。いとおしい日になりますように」
これはお芝居。
偽りの中の出会いと別れ。
それを意識して、ティアは淑やかに微笑み、客を見送っていく。
●
ティアの視線を意識していたわけでもなかろうが。
「貴方をこうしてお迎えするのも最後かと思うと、感無量です」
「うん、ありがとう、リラ」
今はリラが、一人の客を凛とした態度で迎え入れていた。
普段通りのおっとり柔らかな物腰で、笑顔で一人一人を出迎えている。
そうして。
「……ご一緒させて頂いた思い出は生涯忘れません」
見送るその言葉には、絶妙な寂しさを交えて。
「……リラ」
客の何人かはそんな彼女に、芝居と知りながらも感じ入った視線を向けずにいられないようだった。
迫真の演技──その為に思い浮かべるのは、かつて仄かに思っていた幼馴染。
その彼が婚約者だと、彼女の親友を紹介してきた時の事。
何を想う?
何を願う?
「──どうか、お幸せに」
勿論、その事を。心の底から。
言葉も無くただ彼女の名を呼ぶ客に、リラは恭しく一礼を返す。
……彼女が浮かべる微笑は儚げで──そして、美しい。
優しくて暖かくて。だけど寂しがり屋。
そんな彼女が運んでくるのは、ノーマルタイプとラズベリー風味、二層のレアチーズ・ケーキ。
馴染みやすく親しみやすいいつもの味、その下に、ほんの少し甘酸っぱさを敷いて。
●
メアリもまた。ここではマリアと名乗り、堂々と演じ続けている。
「こうして坊ちゃまに給仕するのも最後になってしまうのですね。ですがしっかりと努めさせていただきます」
淡々と、無表情に。仕事に生きるクールな女性。そう見えて。
「……笑顔になれるような素敵なケーキをお持ちしますね」
そう言って、客──坊ちゃまにだけは時折笑顔を魅せる。
宣言の後運んでくるのはティラミス……『私を元気づけて』。
冷たい態度とのギャップにほだされて、敵わないな、と笑いながら多くの客がスプーンで掬って、虚構の別れの哀しみを慰める。
そうやって、黙々と仕事をこなしながら。
(来ねえ……よな、そりゃ)
内心で気にするそれは、恐れなのか、期待なのか。実現しないそのことに覚えるのは安堵なのか、落胆なのか。
幾度かレクリエーション系のイベントで出会った時は甘いものが嫌いじゃ無さそうだったからもしかして、と思ってはいたが。興に限ってはあからさまに『特殊なフェア』を開催していることを外からはっきりと分かる様にアピールしているこの店舗に、『彼』が近づくことはどうやらないらしい。
……否。
フェアの事が無くても、彼には今、そんな余裕がそもそもないのかもしれない。
ハンターオフィスで、遠目に彼を見かけたとき。投票、決断に向けた、そこに高まりつつある機運に、彼は厳しい表情をしていた。
……決意の向かい行く先に、彼もまた厳しい決意を固めつつあるような──そこに、在ったのは。今思えば、断絶ではないだろうか。
隣に立つなら、もう偶然に頼るなど出来なかったのだ。強引に連れ込むか、割り込むかしなければ。今の彼には。
それは──何を意味するのか。
「坊ちゃまの幸せが、マリアの一番の幸せです。離れても坊ちゃまが幸せで居てくれたなら、前を向いて歩いていけます」
気付けば演技に感情が籠っていた。
決定づけられた別れ──それに向かって。
ティラミス。チョコパウダーとマスカルポーネチーズの優しい味わいの……底に敷かれたエスプレッソが、ほろ苦い。
●
そうして、今回のフェアも好評のうちに幕を閉じた。
息詰まるほどに加速していく物語。その隙間の、ほんの一時。
それは、誰かの、貴方の、安らぎになれたのか、それとも──
依頼結果
依頼成功度 | 成功 |
---|
面白かった! | 50人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/09 10:24:28 |