ゲスト
(ka0000)
【血断】白影
マスター:電気石八生

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/18 19:00
- 完成日
- 2019/06/21 13:12
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●嘲笑
兵を率い、辺境のとある一点へ向かうブラッドリー(kz0252)は、道行きの途中であるものへと視線を奪われ、足を止めた。
「これは」
ところどころに金剛石の屑が貼りついた、白き花弁一枚。
根どころか々茎すらも失くしているはずが、朽ちることもなく純白を保っている。
「なるほど。ここが怠惰王の墓地でしたか」
ブラッドリーは数多の木々押し寄せるただ中より花弁を拾い上げ、そこへ残されし白百合の香――怠惰なる残滓を吸い込んだ。
この花弁は、怠惰ゴヴニアによって砕かれた怠惰王オーロラの白百合のものである。微塵に砕かれたはずのそれは、残されたオーロラの思いと、それをコーティングしていた金剛石に宿るゴヴニアのマテリアルを吸い、わずか一枚ながら“己”を再生してみせたのだ。
「自らの墓標に飾る花を欲するとは、ずいぶんと未練がましい」
花弁を右手へ握り込み、冷たく吐き捨てる。
生も死も、すべては神の御手に委ねられるべきものだ。欠片とはいえその絶対真理に逆らい、自らの欲によって“残して”いこうとは……御遣いたる彼に赦せることではなかった。
果たしてブラッドリーはマテリアルを滾らせ、燃やし潰そうと力を込めて。
「――いえ、そうではありませんね」
彼は途中で止めた指の狭間に在る、潰れかけた花弁へ口の端を吊り上げてみせた。
「神がため、主がため、本分を全うしていただくべきでしょう。まさか、否を唱えるおつもりはありませんね、怠惰王?」
●柔笑
街の片隅に小さな看板を掲げるバー『二郎』。
「酒なんて飲んだら錆びんじゃねぇのぉ?」
口の端を歪め、ゲモ・ママ(kz0256)はカウンターの上へショットグラスを押し出した。
「妾は錆びぬさ――と、此は汝(なれ)の口先に踊らされたか」
カウンター席の端に腰を下ろした金色の怠惰ゴヴニア(kz0277)が苦笑する。
ママは見かけによらず頭を使いたがる。本人はけして人へ明かしたりしないが、情報に関わる役どころを担っているのかもしれない。だからこそか、歪虚を前に平然とグラスを磨き、こうして探りを入れてくるわけだ。
「錆びねぇ金。これで今のアンタが“愚者の黄金”じゃねぇのは確定ね」
鉱石の多くは容易く酸化する。空気にさらすだけで錆び、朽ち、その輝きを失っていく。その酸化にもっとも高い耐性を持つ石こそが黄金なのだ。
「黄鉄じゃなくって黄金で来たわけ、訊いていい?」
ゴヴニアはグラスを呷ってピートの効いたモルトを味わい、さらりと応えた。
「もうじきに此の辺境へ、歪虚の一群が来やる」
「それを教えてくれるってこた、迎え討てってハナシ?」
「否。其は妾が乞うことならぬよ」
かぶりを振るゴヴニア。
無表情の端に寸毫、滾るほどの憤りを閃かせたことを、ママは見逃さなかったが……言わずに続く言葉を待つ。
「群れを率いるはブラッドリーと言うたか。彼奴が王墓を侵した」
ビックマーと約定を結びしこの怠惰が王と呼ぶ者はただひとり。
「怠惰王オーロラの墓?」
「是。かくて彼奴は怠惰王が遺せし一片を、雑魔へと仕立て上げた」
ママは空になった怠惰のグラスを新たなウイスキーで満たしたグラスとすげ替えた。人であれ歪虚であれ、激情を鎮めて言葉を紡ぐには酒精が役立つのだろうから。
「雑魔といえど怠惰王が“影”。容易く討ち取れる代物ならぬが」
グラスを干したゴヴニアは、黄金の瞳を直ぐにママへと向け、言った。
「其を推して願おう。仕末をつけてはくれぬか――王と縁を結びし汝らの手によりて」
そして指先を空のグラスへかざし。
「無論、ただ促すばかりにはせぬ。我が黄金を汝らに与えん」
弾ける固い音が4つ。果たしてグラスの内に残されたのは、4本の黄金の小楔だった。
「此は我が核より削り出せし楔。打ち込まば影が足を、手を、業(わざ)を、命を縫い止め、損ねよう」
グラスに見入るママは、ずいぶんためらった後、ようやく口を開いた。
「それだけのもんじゃねぇわよね? アンタの核ってこた、アンタの命そのものってことじゃねぇの」
「是。此が失わらば、我は此の世界に在るがための拠処を亡くし、消えて失せる」
「そんなこと言って、どうせ別の依代に移るだけでしょ?」
ゴヴニアは依代を自在に変えるばかりでなく、同時に幾多の依代を繰り、遍在を成す。固としての力はともあれ、相手取るには実に厄介な敵であると言えよう。
「否。核預けし黄金を失わば終わるばかりよ」
ゴヴニアはママの前へグラスを押し出し、立ち上がる。
「此度こそ心安き眠りを王へ与えん。其がビックマーとの約定を果たすこととなろうゆえ。しかしながら万にひとつ、我が黄金の縁を自らの手で断たんとする数寄者らが在るならば」
黄金の口元をやわらかく緩め。
「此の一幕が後、戦場にてまみえようぞ」
●決笑
「それ使ったら、怠惰王の“影”は簡単に倒せるってことだよね」
メイド服に身を包んだ天王洲レヲナは、カウンターの裏でグラスを磨きながら、となりで同じくグラスを磨くママへ問いを投げた。
「ついでにゴヴニアも消えちまうんだから、一鳥二石ってやつよぉ」
「本気で言ってる?」
「……情ってのはほんと、厄介なもんよねぇ」
ほろりと漏らしたママは言葉を継ぐ。
「レヲ蔵。アンタがアタシの監視につけられてるのは知ってるわ。ま、知らなくていいことに首突っ込み過ぎたのよねぇ。だから」
レヲナの髪に潜められたワイヤーブレードを、文字どおりの神業で抜き出した。
それをそのままレヲナの前に置き、ゆっくりと指を引いて。
「命令されたらすぐアタシのこと殺しなさい。アンタが仕末されるより早くよ」
言われたレヲナはママの笑みを見上げる。
そして静かに、しかし力強く、あることを告げた。
●送笑
「アンタたちに預けるわ」
ゴヴニアからされた説明をハンターたちに伝え終えたママは、4本の楔を差し出した。
「こいつを使えば“影”の力はかなり減るってハナシよ。ただ、1本だけ使うとかはできねぇらしいから、使うんなら4本全部、一斉にね」
言い終えて、少しだけためらった後、再び口を開く。
「ただし、使わねぇで持って帰ってきたら……ゴヴニアと決着つけることになる。どっちを選ぶかも、アンタたちに任せるわ」
万感を押し隠し、ママは口の端で形作った笑みを翻した。
兵を率い、辺境のとある一点へ向かうブラッドリー(kz0252)は、道行きの途中であるものへと視線を奪われ、足を止めた。
「これは」
ところどころに金剛石の屑が貼りついた、白き花弁一枚。
根どころか々茎すらも失くしているはずが、朽ちることもなく純白を保っている。
「なるほど。ここが怠惰王の墓地でしたか」
ブラッドリーは数多の木々押し寄せるただ中より花弁を拾い上げ、そこへ残されし白百合の香――怠惰なる残滓を吸い込んだ。
この花弁は、怠惰ゴヴニアによって砕かれた怠惰王オーロラの白百合のものである。微塵に砕かれたはずのそれは、残されたオーロラの思いと、それをコーティングしていた金剛石に宿るゴヴニアのマテリアルを吸い、わずか一枚ながら“己”を再生してみせたのだ。
「自らの墓標に飾る花を欲するとは、ずいぶんと未練がましい」
花弁を右手へ握り込み、冷たく吐き捨てる。
生も死も、すべては神の御手に委ねられるべきものだ。欠片とはいえその絶対真理に逆らい、自らの欲によって“残して”いこうとは……御遣いたる彼に赦せることではなかった。
果たしてブラッドリーはマテリアルを滾らせ、燃やし潰そうと力を込めて。
「――いえ、そうではありませんね」
彼は途中で止めた指の狭間に在る、潰れかけた花弁へ口の端を吊り上げてみせた。
「神がため、主がため、本分を全うしていただくべきでしょう。まさか、否を唱えるおつもりはありませんね、怠惰王?」
●柔笑
街の片隅に小さな看板を掲げるバー『二郎』。
「酒なんて飲んだら錆びんじゃねぇのぉ?」
口の端を歪め、ゲモ・ママ(kz0256)はカウンターの上へショットグラスを押し出した。
「妾は錆びぬさ――と、此は汝(なれ)の口先に踊らされたか」
カウンター席の端に腰を下ろした金色の怠惰ゴヴニア(kz0277)が苦笑する。
ママは見かけによらず頭を使いたがる。本人はけして人へ明かしたりしないが、情報に関わる役どころを担っているのかもしれない。だからこそか、歪虚を前に平然とグラスを磨き、こうして探りを入れてくるわけだ。
「錆びねぇ金。これで今のアンタが“愚者の黄金”じゃねぇのは確定ね」
鉱石の多くは容易く酸化する。空気にさらすだけで錆び、朽ち、その輝きを失っていく。その酸化にもっとも高い耐性を持つ石こそが黄金なのだ。
「黄鉄じゃなくって黄金で来たわけ、訊いていい?」
ゴヴニアはグラスを呷ってピートの効いたモルトを味わい、さらりと応えた。
「もうじきに此の辺境へ、歪虚の一群が来やる」
「それを教えてくれるってこた、迎え討てってハナシ?」
「否。其は妾が乞うことならぬよ」
かぶりを振るゴヴニア。
無表情の端に寸毫、滾るほどの憤りを閃かせたことを、ママは見逃さなかったが……言わずに続く言葉を待つ。
「群れを率いるはブラッドリーと言うたか。彼奴が王墓を侵した」
ビックマーと約定を結びしこの怠惰が王と呼ぶ者はただひとり。
「怠惰王オーロラの墓?」
「是。かくて彼奴は怠惰王が遺せし一片を、雑魔へと仕立て上げた」
ママは空になった怠惰のグラスを新たなウイスキーで満たしたグラスとすげ替えた。人であれ歪虚であれ、激情を鎮めて言葉を紡ぐには酒精が役立つのだろうから。
「雑魔といえど怠惰王が“影”。容易く討ち取れる代物ならぬが」
グラスを干したゴヴニアは、黄金の瞳を直ぐにママへと向け、言った。
「其を推して願おう。仕末をつけてはくれぬか――王と縁を結びし汝らの手によりて」
そして指先を空のグラスへかざし。
「無論、ただ促すばかりにはせぬ。我が黄金を汝らに与えん」
弾ける固い音が4つ。果たしてグラスの内に残されたのは、4本の黄金の小楔だった。
「此は我が核より削り出せし楔。打ち込まば影が足を、手を、業(わざ)を、命を縫い止め、損ねよう」
グラスに見入るママは、ずいぶんためらった後、ようやく口を開いた。
「それだけのもんじゃねぇわよね? アンタの核ってこた、アンタの命そのものってことじゃねぇの」
「是。此が失わらば、我は此の世界に在るがための拠処を亡くし、消えて失せる」
「そんなこと言って、どうせ別の依代に移るだけでしょ?」
ゴヴニアは依代を自在に変えるばかりでなく、同時に幾多の依代を繰り、遍在を成す。固としての力はともあれ、相手取るには実に厄介な敵であると言えよう。
「否。核預けし黄金を失わば終わるばかりよ」
ゴヴニアはママの前へグラスを押し出し、立ち上がる。
「此度こそ心安き眠りを王へ与えん。其がビックマーとの約定を果たすこととなろうゆえ。しかしながら万にひとつ、我が黄金の縁を自らの手で断たんとする数寄者らが在るならば」
黄金の口元をやわらかく緩め。
「此の一幕が後、戦場にてまみえようぞ」
●決笑
「それ使ったら、怠惰王の“影”は簡単に倒せるってことだよね」
メイド服に身を包んだ天王洲レヲナは、カウンターの裏でグラスを磨きながら、となりで同じくグラスを磨くママへ問いを投げた。
「ついでにゴヴニアも消えちまうんだから、一鳥二石ってやつよぉ」
「本気で言ってる?」
「……情ってのはほんと、厄介なもんよねぇ」
ほろりと漏らしたママは言葉を継ぐ。
「レヲ蔵。アンタがアタシの監視につけられてるのは知ってるわ。ま、知らなくていいことに首突っ込み過ぎたのよねぇ。だから」
レヲナの髪に潜められたワイヤーブレードを、文字どおりの神業で抜き出した。
それをそのままレヲナの前に置き、ゆっくりと指を引いて。
「命令されたらすぐアタシのこと殺しなさい。アンタが仕末されるより早くよ」
言われたレヲナはママの笑みを見上げる。
そして静かに、しかし力強く、あることを告げた。
●送笑
「アンタたちに預けるわ」
ゴヴニアからされた説明をハンターたちに伝え終えたママは、4本の楔を差し出した。
「こいつを使えば“影”の力はかなり減るってハナシよ。ただ、1本だけ使うとかはできねぇらしいから、使うんなら4本全部、一斉にね」
言い終えて、少しだけためらった後、再び口を開く。
「ただし、使わねぇで持って帰ってきたら……ゴヴニアと決着つけることになる。どっちを選ぶかも、アンタたちに任せるわ」
万感を押し隠し、ママは口の端で形作った笑みを翻した。
リプレイ本文
●影
互いの幹を削り合い、光を求めて伸び上がる木々。
朝日はもう、地平の先より顔を出しているはずなのだが、木々があまりに密集していて、気配すらも感じさせてはくれなかった。
「怠惰王――彼女の影、か」
木々の隙間を共連れのユグディラと縫って行くアルバ・ソル(ka4189)は重い息をつき、灯火の水晶球が照らすわずかな先を見やる。
影には彼女の未練が映っているものだろうか。
ならばそれを断ち切り、今度こそ送ろう。それが彼女の過去を見届けた者の務めだ。
と。
今は4本の楔と化し、ハンターそれぞれの手に収まるゴヴニア(kz0277)が声音を発した。
『して、妾たる楔、如何にする?』
「楔ぃ?」
いつものかわいらしい装いはどこへやら、星野 ハナ(ka5852)は眉尻を思いきり跳ね上げて。
「使うわけないじゃないですかぁ。敵と馴れ合うなんて青木の1回だけで充分ですぅ。アンタは私がきっちりブッコロしてやりますからぁ、こんなとこで勝手に消えさせませんよぉ」
後を継いだのはゾファル・G・初火(ka4407)である。
「影だかなんだか知らねぇけど、強ぇんだよな、怠惰王廉価版」
そしてにやりと口の端を吊り上げ。
「だったら楔の力なんざ借りねぇよ。せっかくのケンカがつまんなくなっちまうからな!」
自他共に認めるバトルジャンキーならではのセリフであった。
「……ここで終わりなんて納得行かないです」
百鬼 一夏(ka7308)は噛み締めるように言い、楔を握り締めた。
人と歪虚は共存できないものだから……せめてゴヴニアの思いを、正々堂々の戦いの中で受け取るチャンスをください。
思いを秘めたまま、勢いよく言い放つ。
「私はヒーローです! 選ぶのは楽な道じゃなく、自分が信じた道だけですから!」
アルバはそれ以上言葉を重ねはしなかったが、選択が他の3人と同じであることをうなずきで示した。
『酔狂よな』
やわらかく語るゴヴニア。もしかして笑んでいるのかもしれない。
『――気配が近い。汝(な)が思いもて、汝が手を尽くせ』
果たして4人は光球の照らす先、暗がりよりも深き影を見る。
怠惰王オーロラの影をそのままに切り出してきたかのような、偽りの命すらなき影絵の少女を。
ハンターの姿を認めた影は小首を傾げて手を伸べた。
握られた影なる百合から黒き香を匂い立たせて。
●影舞
ゾファルと一夏が影へ向かう後方、中距離の間合をとったハナが陰陽符「四天封滅」を構える。
「しゃべれないみたいですからぁ、黙らせなきゃいけない手間ははぶけますねぇ」
携えてきた呪符「牡丹灯籠」をもって五色光符陣を展開、裂光をもって影を灼いた。
その間に彼女の相棒、ユグディラの“グデちゃん”は、猫の敏捷性を生かして彼女と仲間との中間位置へ。盾を構えながらその間合をキープし、楽器を奏でるタイミングを計る。
光に灼かれた影は寸毫その黒を薄れさせたが、さすがに目をくらませた様子はなかった。
抵抗力高いんでしょうかぁ? それって影だからってことですぅ? でも、動きは速くないですからぁ、そこ突いていきましょうぅ。
ハナの光に続いたものは、ユグディラの森の宴の狂詩曲で力をいや増されたアルバの凍嵐だった。
陣の光に紛れさせた範囲魔法、かわせはしないだろう?
彼の放ったブリザードは確かに影を捕らえたが、そのわずかによろけた足は動きを損なうことなく、すぐにバランスを取り戻す。
抵抗値はさすがに高いか。だが、しょせんは雑魔。すべてを防ぎ続けることはできまい。
「続けて攻め立てる! 頼むぞ!」
彼の背後に隠れるユグディラは、クレセントリュートの棹を握った手を挙げて振り振り、主へと応えた。
先制攻撃を受けた影は、迫るゾファルと一夏に対し、遠ざかるのではなく踏み出した。
黒きマテリアルが噴き上がり、その前進が先頭を駆けるゾファルと重なった瞬間。2メートルを吹っ飛ばされた彼女は木の幹へ激しくその背を打ちつける。
「っち!」
周囲はすでに影のマテリアルで侵されているらしい。だからこそ、ただそれだけのことで小ダメージを受ける。
「いー感じでひりついてんじゃん。いっちょやったるじゃんよ!」
闘争心に火を点けた彼女は、今叩きつけられた幹に背を弾ませ、跳んだ。着地と同時、眼前の影目がけて武神到来拳「富貴花」を闇雲に振り回すが……、影は影百合をもってこれを払い、あるいは緩慢な後退でかわしていく。
そうそう、調子よくかわしてくれじゃーん。
影を追い立てながら下生えを刈り、足場を開く。それこそがゾファルの意図であり、それは確実に遂行された。
「行きます!!」
移動力に劣る一夏は、ゾファルが先行していたがゆえに影の“堂々”を受けることなく駆け続けていた。
やっと全部から解放されたオーロラを利用して、こんなもの造って利用するなんて赦せない!
密集した木々の幹を跳び渡りながら彼女を追随するポロウ“瑠璃茉莉”は、足場となる枝にぶらさがって惑わすホーを展開。主の歩を守る。
そして。
ゾファルの拓いた足場へ縮地瞬動、力いっぱい踏み込み、影の面へマテリアルの光で硬く鎧った武神到来拳「富貴花」を叩きつけた。
かくて影は揺らぎ、次いで影百合が甘く苦い香を匂い立たせる。
「――そんなので倒れてらんないんですよ、私は!!」
渾身の力で染み入るBSを押し返す一夏。
影は返された気迫に感じ入ることもなく影百合の花弁を飛ばし、一夏、ゾファル、ハナを穿った。
「よける気がなんか沸かねー……これ、“白百合”か?」
ゾファルの言葉に一夏もまた気づいた。
俗に副能力とくくられる力へ怠惰を取り憑かせ、封じるオーロラのパッシブスキルだと。
「痛いですぅ!」
ハナは鼻に皺を寄せる。
回避はともあれ、受けまでも半ば放棄させられたことで、ちくりでは済まないダメージを負わされた。しかもこれはBSならぬ力であり、呪詛返しもできはしないのだ。
リュート「水霊の囁き」を構えたグデちゃんによる森の宴の狂詩曲、その調べでカウントを取り。彼女は影が伸べた影百合を引き戻すタイミングに合わせて再びの五色光符陣を顕現させた。
光に巻かれ、灼かれながら、こちらを向く影。
そこにいる前衛じゃなくてこっち見ますかぁ。アタマ、あんまりよくないみたいですぅ。
ひとつの確信を得て、彼女は前衛の後方へ駆け込んでいく。
「すみませぇん! みなさん集中攻撃お願いしますぅ!」
自分の守りは他の3人に丸投げた。他人が見れば、彼女の有様を情けないと思うのかもしれないが、かまうものか。
楔は使わないって大見得切ったんですからぁ、絶対、私たちだけであの影ブッコロさないとですぅ!!
胸中で吐き捨てたハナは目をすがめ、影の挙動の分析を開始した。
一方、状況を見定めたアルバは霊槍「ヴォータン」を中段に構え、前衛のフォローへ踏み出していた。
あの影は、力こそ怠惰王に大きく劣りながらも感情に揺らされることがないだけに迷わない。これではこちらが追い詰められるだけだ。
ただし今、“白百合”で下げられた能力は防御と回避というわけだ。
だとすれば、こちらの攻めをかわされる心配はない!
背の丈よりも長い魔剣「ストームレイン」を槍のように突き出し、ユグディラが影の注意を引く。
それを影百合で斬り払おうとした影の横面を、アルバの放ったマジックアローが弾いた。
かくて、たたらを踏む影。
「当てられる内に当てちまうじゃん!!」
ゾファルは魔導ライト「おでこぺっかりん☆」の光に照らされた影へ、轟然と踏み込んだ。
目とかあんのか知んねーけど見とけ、俺様ちゃんの気合ってやつ!
アッパースイングで突き上げた富貴花が影の鳩尾を抉る。それが手首の返しで2ミリ引き戻され、それによって産み出された回転力をもってもう一度突き込まれた。
この天魔覆滅「如来掌」は、重からぬ影を数十センチも打ち上げた。
それと同時に彼女もまた影百合の香に巻かれ、自分の為すべきことを見失う。
あれ? 俺様ちゃん、なにしてんだ――?
「敵は目の前にいます! 目を開いて、拳を握ってくださーい!」
ゾファルの背を瑠璃茉莉が翼ではしはし叩く中、縮地瞬動で踏み込んだ一夏が、手に握り込んだ富貴花を鉤打ちで打ち込んだ。
地を踏まぬ内、横腹に白虎神拳を受けた影は噴き飛んで倒れ込み、そして、ゆらりと立ち上がった。
表情が見えないだけに、どれだけのダメージを与えられたかが測れないのは厄介だな。
飛び来る影の花弁に穿たれて倒れ込む中、マジックアローを撃ち返したアルバは奥歯を噛み締めた。
機はかならず来る。測るまでもない好機が。それまではなんとしてでも保たせてみせる。彼と彼女、ふたりと対しながらなにもしてやれなかった僕だが……これ以上の後悔を重ねはしない。
●到来
魔法が逸れ、拳が逸れた。
当たったかと思えば手応えを損ねられ、踏み込んだ足が半ばで力失って地へ落ちる。
“白百合”を摸した影のパッシブは都度、ハンターの副能力を減じさせ、影百合の一閃とBSを乗せた香で彼らを打ち据えた。
幾度となく膝をつき、地へ転がるハンターたちの影で、ユグディラたちとポロウもまた奮闘を続けている。
隠れるホーからの奇襲で瑠璃茉莉が一夏の危機を救い、アルバのユグディラは影に貼りつく前衛へげんきににゃ~れ! を送って支え、グデちゃんもまた森の午睡の前奏曲でハンターの出足に力を取り戻させる。
「っと!」
空振りで体を泳がせたゾファルをフォローし、アルバが告げた。
「一度下がるんだ!」
それと同時、集中を込めたアブソリュートゼロを放った。しかし、強い拘束力を持つ魔法は影を捕らえ損ね、その黒を揺らすに留まった。
ただ撃つだけではだめか……!
奥歯を噛み締めるアルバだったが、しかし今、少しでも多くのダメージを与えたことは無駄にはならぬはず。
「今のうちです!」
影の横合から飛びついた一夏は影百合の一閃で打ち払われるが、丸めた背で受け身を取ってすぐに立ち上がった。
その後方、新たな符を投じながら、ハナは待ち続けていた。香が“戻る”そのときを。
「グデちゃん、そのまま前奏曲続けてくださいぃ!」
主の声に応えたグデちゃんが森の午睡の前奏曲を止めずに奏で続けた。これであとしばらくは皆の命を繋げるはず。
ハナは飛来した影なる花弁を肩で受け、声も上げずにそれを抜き落とす。
アンタがオーロラの妄執だろうが残滓だろうが、私たちは踏み越えて前へ進むんですぅ! だからもう、眠りなさいぃ!
かくて誰もが死闘を演じる中、転機はもたらされる――ここまで「無駄な攻め」を重ねてきた前衛陣によって。
「くっそ!」
ゾファルの富貴花が空を切る。ただしそれは影のパッシブによるものではない。疲れの目立つ、スキルすら乗せていない雑な一撃が、影に届かなかっただけのことだ。
影の歩みに突き退けられ、尻餅をつくゾファル。
「やらせません!」
そしてそれは一夏も同じである。影百合の打擲をかわしきれずに肩で受け、よろめいて、膝をついた。
フォースリングで数を増したアルバのマジックアロー5本が一斉に投じられ、影を撃つと同時に空間を埋めて行く手を塞いだが……喰らいながらも前進し、仲間を撃ち据える影に大きな効果があったとは思えない。
影の勝利は目前だった。
だからこそ影は、その勝利を不動とすべく、パッシブを固定する。
影百合の一閃を止められず、ゾファルは痛烈なダメージを受けたが――ぎちり、口の端を吊り上げた。
待ってたじゃん、この瞬間(とき)をよ!?
パッシブが低下させる副能力は最大でふたつ。影は最後の仕上げとばかり、こちらの回避と受けを減じさせてきた。そしてそれは、発動後10秒は変更ができない。
その事実を見極めるため、さらにはその組み合わせによるパッシブを発動させるため、ハンターたちは自らの命を削って力尽きた様を演じてきたのだ。
ゾファルが駆け出す裏で、アルバは精神を集中させる。
すでにユグディラへは演奏曲と弾きだしのタイミングを伝えてあった。
――僕の“そのとき”はもうすぐ来る。
心を据え、思考を結ぶアルバの視界の真ん中を、一夏の背が行く。
それに合わせ、惑わすホーを発動させた瑠璃茉莉が一度影へ飛び込み、面をかすめるように行き過ぎていった。数瞬、影の意識が迫る一夏から瑠璃茉莉へ逸れる。
攻撃されるとそっち向いちゃうこと、ちゃんと確かめてますから!
密集した木の幹をよけるのではなく、肩をぶつけて弾ませることで勢いをつけ、縮地瞬動を発動。影が向きなおるよりも速く眼前へと跳び込んだ。
前進力を地にめり込むほどの踏み込みで踏み止め、反動と遠心力のすべてを握り込んだオーバーハンドフックで影の顎を打つ。
この強烈な白虎神拳を受け損ねた影は体をくの字に曲げたまま1歩、2歩とよろめき後じさった。
BSがねじ込めないことなんてわかってます! でも!
「これが最初の、1っ!!」
「俺様ちゃんが2じゃーん!!」
影の背後には、その機動力をもってゾファルが回り込んでいた。
彼女はがら空きの影の背へ試作型対騎砲「馬痛火」の砲口を突き立て、「てぇーっ!!」。ゼロ距離から砲弾をぶち込んだ。
果たして背を反らす形で前のめりに倒れ込む影。
そこへ。
「お待ちしてましたの3ですぅ!」
グデちゃんの狂詩曲の旋律に乗って飛んだハナの四天封滅が、影を取り巻き黒曜の陣を描き出した。
黒曜封印符――東方より伝えられし封印術。それは術者の自由を奪う代わり、対象のアクティブスキルを封じる強力な符陣を張る術。
それをただ使うばかりでなく、ハナは先んじてワイルドカードを切り、さらに強度を高めている。
順番は3ですけどぉ、これがほんとの1になるか。お立ち合いですぅ。
同じ戦術が次も通じる保証はない。だからこれは一度きりの本番だ。それを知ればこそ彼女は機を待ち続けてきたわけだが……
ぎちぎちと立ち上がる影は、ハナへの道を塞ぐ一夏に影百合を突き込んだ。しかしその花弁が放たれることも匂い立つこともない。
私のワイルドカード、ちゃんとジョーカーの役目果たしてくれたみたいですねぇ。
これまでの行動はすべて、このコールを決めるためのベット。ハナは払い戻された成果の程を深い集中の端で感じ取った。
そしてアルバ。
「最後の4、ではないな」
一夏とゾファルの連撃に続いたハナの術により、影は“手”を損なった。ならば彼が果たすべきは“足”を損なわせ、さらに次へと繋ぐことだ。
ユグディラの狂詩曲が高鳴り、アルバに先を示す。両手に構えた星神器「タナトス」を振り下ろすべき先を。
果たして影を押し包む死者の掟。呪詛でありながら絶対の理でもある“掟”は影の動きを絡め取る。
「追撃を!」
「了解じゃん!」
バトルジャンキーの眼光を滾らせたゾファル。
その熱を乗せたものは、あまりに無造作な顔面への右ストレート――しかし彼女の“安い”生涯が握り込まれることで、必殺の天満覆滅「真如来掌・入滅」を成す。
噴き飛ぶことすらもできぬまま、影の膝が半ば落ちた。
その眼前、瞬迅の構えを取って待ち受ける、一夏。
「今度こそ、オーロラの辛さも悲しみも寂しさも全部全部全部――終わらせますっ!!」
このときのため、最後の白虎神拳を残しておいた。すべてを握り込んだ拳で、歪虚の邪心によって映しだされたオーロラの影を叩き壊すために。
それ以上に言うべきことはなかった。だから一夏は歯を食いしばり、渾身の左スマッシュを突き上げた。
木々の枝葉に塞がれた空へ伸べられた富貴花、それを包むマテリアルが白く輝く。さながら黎明の光がごとくに……
その光を導きに、ゾファルが仕掛け、アルバが続く。
「もういいんだよ、オーロラ。安心して行くといい。彼が待つ場所へ」
万感を込めたアルバのヴォータンが影を貫き、地へと突き立った。
そして、後方より封印を張り続けるハナの目は――静かに澄んでいた。
●弔意
体を貫く槍を軸に崩れ落ちた影の内より、白百合の花弁一片が漂い出した。それは数瞬、なにかを探すように空をさまよい、安堵したかのごとく、闇のただ中で散り砕ける。
と。残された影は端から速やかにこぼれ落ち、地へ落ちる前に霧散して、これまた消え失せた。
後に残るものは、なにひとつなかった。
「なくなっちまった」
ゾファルが鼻をひとつ鳴らすと。
「影は影ゆえ、映すもの喪わば消えるが道理よ。而して弔いは此処に遂げられた」
ハンターたちが携えていた楔が地へと落ち、速やかにゴヴニアなる黄金の怠惰を成す。
アルバは彼女の姿が安定するのを待ち、声をかけた。
「なにか青木のよすがになるようなものは残っていないだろうか? 白百合の散ったこの場所へ、共に葬ってやりたいんだ」
これにゴヴニアはかぶりを振り、やわらかな視線を投げる。
「彼の騎士が残したは思いのみ。して、其の思いもまた汝らの手にて報われた。……この上は只思い、見やるばかりでよい。王と騎士とが共に在ろう彼の岸を」
そうなのだろうか。いや、そうなのだろうな。アルバはうなずき、見えるはずのない彼の岸を透かし見る。その胸に、死せるふたりへの思いを灯して。
彼と同じく目を細めたゴヴニアへ、一夏が静かに問いかけた。
「ゴヴニアはなんでそんなにオーロラを大事にするんですか? 盟約ってどんなものだったんです?」
静かに問うた一夏へ、黄金の怠惰は両眼をすがめてみせる。
「ビックマーとの盟約はオーロラの心に添い、支えるがこと。故に妾は彼の娘の心支えんがため、汝らを使うたのよ」
ゴヴニアは嘘をつかない。しかし、本当のことをそのまま語ることもしない。それを知るからこそ、一夏は思うのだ。
自分の命を投げ出してまで盟約守って、オーロラを救いたかった理由になってないですよ!
でも。それを言ってしまうことはしない。なぜなら。
「次、戦場で会ったとき、あなたの本当の気持ちを教えてくださいね! 楔使わないでがんばったんですから、そのくらいの追加報酬はもらわないと!」
薄笑みを浮かべて沈黙を保つゴヴニアに、ハナはびしりと指先を突きつけて。
「最初に私が言ったこと忘れないでくださいねぇ。絶対ヤってやりますからぁ」
ゴヴニアはさらに笑みを深め、癒しの雨降らせてハンターたちを癒すと同時、その身を翻す。
「汝らと結びし縁、実に面白きものであったよ。断ち切れるが惜しくなる程に――」
姿を消す黄金の怠惰。
その言葉が示す縁切りの時は、もうすぐに来たる。
互いの幹を削り合い、光を求めて伸び上がる木々。
朝日はもう、地平の先より顔を出しているはずなのだが、木々があまりに密集していて、気配すらも感じさせてはくれなかった。
「怠惰王――彼女の影、か」
木々の隙間を共連れのユグディラと縫って行くアルバ・ソル(ka4189)は重い息をつき、灯火の水晶球が照らすわずかな先を見やる。
影には彼女の未練が映っているものだろうか。
ならばそれを断ち切り、今度こそ送ろう。それが彼女の過去を見届けた者の務めだ。
と。
今は4本の楔と化し、ハンターそれぞれの手に収まるゴヴニア(kz0277)が声音を発した。
『して、妾たる楔、如何にする?』
「楔ぃ?」
いつものかわいらしい装いはどこへやら、星野 ハナ(ka5852)は眉尻を思いきり跳ね上げて。
「使うわけないじゃないですかぁ。敵と馴れ合うなんて青木の1回だけで充分ですぅ。アンタは私がきっちりブッコロしてやりますからぁ、こんなとこで勝手に消えさせませんよぉ」
後を継いだのはゾファル・G・初火(ka4407)である。
「影だかなんだか知らねぇけど、強ぇんだよな、怠惰王廉価版」
そしてにやりと口の端を吊り上げ。
「だったら楔の力なんざ借りねぇよ。せっかくのケンカがつまんなくなっちまうからな!」
自他共に認めるバトルジャンキーならではのセリフであった。
「……ここで終わりなんて納得行かないです」
百鬼 一夏(ka7308)は噛み締めるように言い、楔を握り締めた。
人と歪虚は共存できないものだから……せめてゴヴニアの思いを、正々堂々の戦いの中で受け取るチャンスをください。
思いを秘めたまま、勢いよく言い放つ。
「私はヒーローです! 選ぶのは楽な道じゃなく、自分が信じた道だけですから!」
アルバはそれ以上言葉を重ねはしなかったが、選択が他の3人と同じであることをうなずきで示した。
『酔狂よな』
やわらかく語るゴヴニア。もしかして笑んでいるのかもしれない。
『――気配が近い。汝(な)が思いもて、汝が手を尽くせ』
果たして4人は光球の照らす先、暗がりよりも深き影を見る。
怠惰王オーロラの影をそのままに切り出してきたかのような、偽りの命すらなき影絵の少女を。
ハンターの姿を認めた影は小首を傾げて手を伸べた。
握られた影なる百合から黒き香を匂い立たせて。
●影舞
ゾファルと一夏が影へ向かう後方、中距離の間合をとったハナが陰陽符「四天封滅」を構える。
「しゃべれないみたいですからぁ、黙らせなきゃいけない手間ははぶけますねぇ」
携えてきた呪符「牡丹灯籠」をもって五色光符陣を展開、裂光をもって影を灼いた。
その間に彼女の相棒、ユグディラの“グデちゃん”は、猫の敏捷性を生かして彼女と仲間との中間位置へ。盾を構えながらその間合をキープし、楽器を奏でるタイミングを計る。
光に灼かれた影は寸毫その黒を薄れさせたが、さすがに目をくらませた様子はなかった。
抵抗力高いんでしょうかぁ? それって影だからってことですぅ? でも、動きは速くないですからぁ、そこ突いていきましょうぅ。
ハナの光に続いたものは、ユグディラの森の宴の狂詩曲で力をいや増されたアルバの凍嵐だった。
陣の光に紛れさせた範囲魔法、かわせはしないだろう?
彼の放ったブリザードは確かに影を捕らえたが、そのわずかによろけた足は動きを損なうことなく、すぐにバランスを取り戻す。
抵抗値はさすがに高いか。だが、しょせんは雑魔。すべてを防ぎ続けることはできまい。
「続けて攻め立てる! 頼むぞ!」
彼の背後に隠れるユグディラは、クレセントリュートの棹を握った手を挙げて振り振り、主へと応えた。
先制攻撃を受けた影は、迫るゾファルと一夏に対し、遠ざかるのではなく踏み出した。
黒きマテリアルが噴き上がり、その前進が先頭を駆けるゾファルと重なった瞬間。2メートルを吹っ飛ばされた彼女は木の幹へ激しくその背を打ちつける。
「っち!」
周囲はすでに影のマテリアルで侵されているらしい。だからこそ、ただそれだけのことで小ダメージを受ける。
「いー感じでひりついてんじゃん。いっちょやったるじゃんよ!」
闘争心に火を点けた彼女は、今叩きつけられた幹に背を弾ませ、跳んだ。着地と同時、眼前の影目がけて武神到来拳「富貴花」を闇雲に振り回すが……、影は影百合をもってこれを払い、あるいは緩慢な後退でかわしていく。
そうそう、調子よくかわしてくれじゃーん。
影を追い立てながら下生えを刈り、足場を開く。それこそがゾファルの意図であり、それは確実に遂行された。
「行きます!!」
移動力に劣る一夏は、ゾファルが先行していたがゆえに影の“堂々”を受けることなく駆け続けていた。
やっと全部から解放されたオーロラを利用して、こんなもの造って利用するなんて赦せない!
密集した木々の幹を跳び渡りながら彼女を追随するポロウ“瑠璃茉莉”は、足場となる枝にぶらさがって惑わすホーを展開。主の歩を守る。
そして。
ゾファルの拓いた足場へ縮地瞬動、力いっぱい踏み込み、影の面へマテリアルの光で硬く鎧った武神到来拳「富貴花」を叩きつけた。
かくて影は揺らぎ、次いで影百合が甘く苦い香を匂い立たせる。
「――そんなので倒れてらんないんですよ、私は!!」
渾身の力で染み入るBSを押し返す一夏。
影は返された気迫に感じ入ることもなく影百合の花弁を飛ばし、一夏、ゾファル、ハナを穿った。
「よける気がなんか沸かねー……これ、“白百合”か?」
ゾファルの言葉に一夏もまた気づいた。
俗に副能力とくくられる力へ怠惰を取り憑かせ、封じるオーロラのパッシブスキルだと。
「痛いですぅ!」
ハナは鼻に皺を寄せる。
回避はともあれ、受けまでも半ば放棄させられたことで、ちくりでは済まないダメージを負わされた。しかもこれはBSならぬ力であり、呪詛返しもできはしないのだ。
リュート「水霊の囁き」を構えたグデちゃんによる森の宴の狂詩曲、その調べでカウントを取り。彼女は影が伸べた影百合を引き戻すタイミングに合わせて再びの五色光符陣を顕現させた。
光に巻かれ、灼かれながら、こちらを向く影。
そこにいる前衛じゃなくてこっち見ますかぁ。アタマ、あんまりよくないみたいですぅ。
ひとつの確信を得て、彼女は前衛の後方へ駆け込んでいく。
「すみませぇん! みなさん集中攻撃お願いしますぅ!」
自分の守りは他の3人に丸投げた。他人が見れば、彼女の有様を情けないと思うのかもしれないが、かまうものか。
楔は使わないって大見得切ったんですからぁ、絶対、私たちだけであの影ブッコロさないとですぅ!!
胸中で吐き捨てたハナは目をすがめ、影の挙動の分析を開始した。
一方、状況を見定めたアルバは霊槍「ヴォータン」を中段に構え、前衛のフォローへ踏み出していた。
あの影は、力こそ怠惰王に大きく劣りながらも感情に揺らされることがないだけに迷わない。これではこちらが追い詰められるだけだ。
ただし今、“白百合”で下げられた能力は防御と回避というわけだ。
だとすれば、こちらの攻めをかわされる心配はない!
背の丈よりも長い魔剣「ストームレイン」を槍のように突き出し、ユグディラが影の注意を引く。
それを影百合で斬り払おうとした影の横面を、アルバの放ったマジックアローが弾いた。
かくて、たたらを踏む影。
「当てられる内に当てちまうじゃん!!」
ゾファルは魔導ライト「おでこぺっかりん☆」の光に照らされた影へ、轟然と踏み込んだ。
目とかあんのか知んねーけど見とけ、俺様ちゃんの気合ってやつ!
アッパースイングで突き上げた富貴花が影の鳩尾を抉る。それが手首の返しで2ミリ引き戻され、それによって産み出された回転力をもってもう一度突き込まれた。
この天魔覆滅「如来掌」は、重からぬ影を数十センチも打ち上げた。
それと同時に彼女もまた影百合の香に巻かれ、自分の為すべきことを見失う。
あれ? 俺様ちゃん、なにしてんだ――?
「敵は目の前にいます! 目を開いて、拳を握ってくださーい!」
ゾファルの背を瑠璃茉莉が翼ではしはし叩く中、縮地瞬動で踏み込んだ一夏が、手に握り込んだ富貴花を鉤打ちで打ち込んだ。
地を踏まぬ内、横腹に白虎神拳を受けた影は噴き飛んで倒れ込み、そして、ゆらりと立ち上がった。
表情が見えないだけに、どれだけのダメージを与えられたかが測れないのは厄介だな。
飛び来る影の花弁に穿たれて倒れ込む中、マジックアローを撃ち返したアルバは奥歯を噛み締めた。
機はかならず来る。測るまでもない好機が。それまではなんとしてでも保たせてみせる。彼と彼女、ふたりと対しながらなにもしてやれなかった僕だが……これ以上の後悔を重ねはしない。
●到来
魔法が逸れ、拳が逸れた。
当たったかと思えば手応えを損ねられ、踏み込んだ足が半ばで力失って地へ落ちる。
“白百合”を摸した影のパッシブは都度、ハンターの副能力を減じさせ、影百合の一閃とBSを乗せた香で彼らを打ち据えた。
幾度となく膝をつき、地へ転がるハンターたちの影で、ユグディラたちとポロウもまた奮闘を続けている。
隠れるホーからの奇襲で瑠璃茉莉が一夏の危機を救い、アルバのユグディラは影に貼りつく前衛へげんきににゃ~れ! を送って支え、グデちゃんもまた森の午睡の前奏曲でハンターの出足に力を取り戻させる。
「っと!」
空振りで体を泳がせたゾファルをフォローし、アルバが告げた。
「一度下がるんだ!」
それと同時、集中を込めたアブソリュートゼロを放った。しかし、強い拘束力を持つ魔法は影を捕らえ損ね、その黒を揺らすに留まった。
ただ撃つだけではだめか……!
奥歯を噛み締めるアルバだったが、しかし今、少しでも多くのダメージを与えたことは無駄にはならぬはず。
「今のうちです!」
影の横合から飛びついた一夏は影百合の一閃で打ち払われるが、丸めた背で受け身を取ってすぐに立ち上がった。
その後方、新たな符を投じながら、ハナは待ち続けていた。香が“戻る”そのときを。
「グデちゃん、そのまま前奏曲続けてくださいぃ!」
主の声に応えたグデちゃんが森の午睡の前奏曲を止めずに奏で続けた。これであとしばらくは皆の命を繋げるはず。
ハナは飛来した影なる花弁を肩で受け、声も上げずにそれを抜き落とす。
アンタがオーロラの妄執だろうが残滓だろうが、私たちは踏み越えて前へ進むんですぅ! だからもう、眠りなさいぃ!
かくて誰もが死闘を演じる中、転機はもたらされる――ここまで「無駄な攻め」を重ねてきた前衛陣によって。
「くっそ!」
ゾファルの富貴花が空を切る。ただしそれは影のパッシブによるものではない。疲れの目立つ、スキルすら乗せていない雑な一撃が、影に届かなかっただけのことだ。
影の歩みに突き退けられ、尻餅をつくゾファル。
「やらせません!」
そしてそれは一夏も同じである。影百合の打擲をかわしきれずに肩で受け、よろめいて、膝をついた。
フォースリングで数を増したアルバのマジックアロー5本が一斉に投じられ、影を撃つと同時に空間を埋めて行く手を塞いだが……喰らいながらも前進し、仲間を撃ち据える影に大きな効果があったとは思えない。
影の勝利は目前だった。
だからこそ影は、その勝利を不動とすべく、パッシブを固定する。
影百合の一閃を止められず、ゾファルは痛烈なダメージを受けたが――ぎちり、口の端を吊り上げた。
待ってたじゃん、この瞬間(とき)をよ!?
パッシブが低下させる副能力は最大でふたつ。影は最後の仕上げとばかり、こちらの回避と受けを減じさせてきた。そしてそれは、発動後10秒は変更ができない。
その事実を見極めるため、さらにはその組み合わせによるパッシブを発動させるため、ハンターたちは自らの命を削って力尽きた様を演じてきたのだ。
ゾファルが駆け出す裏で、アルバは精神を集中させる。
すでにユグディラへは演奏曲と弾きだしのタイミングを伝えてあった。
――僕の“そのとき”はもうすぐ来る。
心を据え、思考を結ぶアルバの視界の真ん中を、一夏の背が行く。
それに合わせ、惑わすホーを発動させた瑠璃茉莉が一度影へ飛び込み、面をかすめるように行き過ぎていった。数瞬、影の意識が迫る一夏から瑠璃茉莉へ逸れる。
攻撃されるとそっち向いちゃうこと、ちゃんと確かめてますから!
密集した木の幹をよけるのではなく、肩をぶつけて弾ませることで勢いをつけ、縮地瞬動を発動。影が向きなおるよりも速く眼前へと跳び込んだ。
前進力を地にめり込むほどの踏み込みで踏み止め、反動と遠心力のすべてを握り込んだオーバーハンドフックで影の顎を打つ。
この強烈な白虎神拳を受け損ねた影は体をくの字に曲げたまま1歩、2歩とよろめき後じさった。
BSがねじ込めないことなんてわかってます! でも!
「これが最初の、1っ!!」
「俺様ちゃんが2じゃーん!!」
影の背後には、その機動力をもってゾファルが回り込んでいた。
彼女はがら空きの影の背へ試作型対騎砲「馬痛火」の砲口を突き立て、「てぇーっ!!」。ゼロ距離から砲弾をぶち込んだ。
果たして背を反らす形で前のめりに倒れ込む影。
そこへ。
「お待ちしてましたの3ですぅ!」
グデちゃんの狂詩曲の旋律に乗って飛んだハナの四天封滅が、影を取り巻き黒曜の陣を描き出した。
黒曜封印符――東方より伝えられし封印術。それは術者の自由を奪う代わり、対象のアクティブスキルを封じる強力な符陣を張る術。
それをただ使うばかりでなく、ハナは先んじてワイルドカードを切り、さらに強度を高めている。
順番は3ですけどぉ、これがほんとの1になるか。お立ち合いですぅ。
同じ戦術が次も通じる保証はない。だからこれは一度きりの本番だ。それを知ればこそ彼女は機を待ち続けてきたわけだが……
ぎちぎちと立ち上がる影は、ハナへの道を塞ぐ一夏に影百合を突き込んだ。しかしその花弁が放たれることも匂い立つこともない。
私のワイルドカード、ちゃんとジョーカーの役目果たしてくれたみたいですねぇ。
これまでの行動はすべて、このコールを決めるためのベット。ハナは払い戻された成果の程を深い集中の端で感じ取った。
そしてアルバ。
「最後の4、ではないな」
一夏とゾファルの連撃に続いたハナの術により、影は“手”を損なった。ならば彼が果たすべきは“足”を損なわせ、さらに次へと繋ぐことだ。
ユグディラの狂詩曲が高鳴り、アルバに先を示す。両手に構えた星神器「タナトス」を振り下ろすべき先を。
果たして影を押し包む死者の掟。呪詛でありながら絶対の理でもある“掟”は影の動きを絡め取る。
「追撃を!」
「了解じゃん!」
バトルジャンキーの眼光を滾らせたゾファル。
その熱を乗せたものは、あまりに無造作な顔面への右ストレート――しかし彼女の“安い”生涯が握り込まれることで、必殺の天満覆滅「真如来掌・入滅」を成す。
噴き飛ぶことすらもできぬまま、影の膝が半ば落ちた。
その眼前、瞬迅の構えを取って待ち受ける、一夏。
「今度こそ、オーロラの辛さも悲しみも寂しさも全部全部全部――終わらせますっ!!」
このときのため、最後の白虎神拳を残しておいた。すべてを握り込んだ拳で、歪虚の邪心によって映しだされたオーロラの影を叩き壊すために。
それ以上に言うべきことはなかった。だから一夏は歯を食いしばり、渾身の左スマッシュを突き上げた。
木々の枝葉に塞がれた空へ伸べられた富貴花、それを包むマテリアルが白く輝く。さながら黎明の光がごとくに……
その光を導きに、ゾファルが仕掛け、アルバが続く。
「もういいんだよ、オーロラ。安心して行くといい。彼が待つ場所へ」
万感を込めたアルバのヴォータンが影を貫き、地へと突き立った。
そして、後方より封印を張り続けるハナの目は――静かに澄んでいた。
●弔意
体を貫く槍を軸に崩れ落ちた影の内より、白百合の花弁一片が漂い出した。それは数瞬、なにかを探すように空をさまよい、安堵したかのごとく、闇のただ中で散り砕ける。
と。残された影は端から速やかにこぼれ落ち、地へ落ちる前に霧散して、これまた消え失せた。
後に残るものは、なにひとつなかった。
「なくなっちまった」
ゾファルが鼻をひとつ鳴らすと。
「影は影ゆえ、映すもの喪わば消えるが道理よ。而して弔いは此処に遂げられた」
ハンターたちが携えていた楔が地へと落ち、速やかにゴヴニアなる黄金の怠惰を成す。
アルバは彼女の姿が安定するのを待ち、声をかけた。
「なにか青木のよすがになるようなものは残っていないだろうか? 白百合の散ったこの場所へ、共に葬ってやりたいんだ」
これにゴヴニアはかぶりを振り、やわらかな視線を投げる。
「彼の騎士が残したは思いのみ。して、其の思いもまた汝らの手にて報われた。……この上は只思い、見やるばかりでよい。王と騎士とが共に在ろう彼の岸を」
そうなのだろうか。いや、そうなのだろうな。アルバはうなずき、見えるはずのない彼の岸を透かし見る。その胸に、死せるふたりへの思いを灯して。
彼と同じく目を細めたゴヴニアへ、一夏が静かに問いかけた。
「ゴヴニアはなんでそんなにオーロラを大事にするんですか? 盟約ってどんなものだったんです?」
静かに問うた一夏へ、黄金の怠惰は両眼をすがめてみせる。
「ビックマーとの盟約はオーロラの心に添い、支えるがこと。故に妾は彼の娘の心支えんがため、汝らを使うたのよ」
ゴヴニアは嘘をつかない。しかし、本当のことをそのまま語ることもしない。それを知るからこそ、一夏は思うのだ。
自分の命を投げ出してまで盟約守って、オーロラを救いたかった理由になってないですよ!
でも。それを言ってしまうことはしない。なぜなら。
「次、戦場で会ったとき、あなたの本当の気持ちを教えてくださいね! 楔使わないでがんばったんですから、そのくらいの追加報酬はもらわないと!」
薄笑みを浮かべて沈黙を保つゴヴニアに、ハナはびしりと指先を突きつけて。
「最初に私が言ったこと忘れないでくださいねぇ。絶対ヤってやりますからぁ」
ゴヴニアはさらに笑みを深め、癒しの雨降らせてハンターたちを癒すと同時、その身を翻す。
「汝らと結びし縁、実に面白きものであったよ。断ち切れるが惜しくなる程に――」
姿を消す黄金の怠惰。
その言葉が示す縁切りの時は、もうすぐに来たる。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/15 15:48:05 |
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【相談卓】白百合の縁 百鬼 一夏(ka7308) 鬼|17才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/06/18 08:20:02 |