現実にパンを、虚構に言葉を

マスター:ゆくなが

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/06/24 07:30
完成日
2019/07/05 13:05

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「あーーーー」
「はぁーーー」
 ため息であった。ため息の主はブレンネ・シュネートライベン(kz0145)とヴィレム・マルティンである。
 時間は深夜。既に営業を終えた酒場のテーブルに突っ伏して、2人はうなだれていた。
「その暇があるのなら、反省会をした方が有意義よ?」
 と、言うのは大柳 莉子だった。
 今日はブレンネとヴィレムの、酒場で催す演奏会の初回だった。ブレンネから話を聞かされた莉子がポスターなどの製作し、各所に宣伝。開催日は毎週火曜と金曜と定められた。ステージは入り口正面の、やや角に寄った方へ作られた。ピアノというそれなりに大きな楽器を奥にはやはり壁際が良かったからだ。
 客入りは上々。けれど、演者たる2人の顔は晴れない。
「最初からうまくいくことなんてそうそうないわよ?」
「まぁ、そうなんだけどさ」
 ブレンネが頬をテーブルに擦り付けたまま言う。
 正直、観客の反応は悪かった。場所が酒場なので盛り上がるライブは出来ないが、それを差し引いてもダメなライブだった。
「アイドルの曲、全然ウケなかったわね」
「そうだな」
 ヴィレムが答える。彼も彼で自分の力不足を感じていた。
「伴奏、うまく合わせられなくて悪いな」
 彼はソロピアノを中心に弾いて来たので伴奏経験はない。無論練習したのだが、まだ経験が足りなかった。
「ヴォーカルの調子が悪い時は、伴奏者がヴォーカルを引っ張っていかなきゃいけないので、楽器の主張があることは悪いことではなのよ」
 莉子がフォローする。彼女も酒場で音楽を広めることには積極的だった。
「……もうはっきり言っちゃうけどさ。伝統歌はともかく、アイドルの曲って、ここの客層と合わないわよね?」
 黙っていても仕方ないのでブレンネがズバリ言った。
「まあ、そうね。アイドルの楽曲は基本少年少女が主人公。昔のライブに来ていた子たちもある程度裕福な家の子女でしょうし。ここの主な客層である労働者階級には、ライト過ぎるかもね」
「そーよね……」
「そういやさ、アイドルの曲って誰が作ってたんだ?」
 ヴィレムが聞いた。
「ナサさん。作詞作曲編曲ナサニエル・カロッサよ。ヴィレムさんに渡した譜面もナサさんが書いてるの。ちなみにライブの時使ってた伴奏音源を作ったのもナサさん」
「あの人、楽器弾けるのか?」
「さあ。あの音源は、打ち込みとかいうリアルブルーの音楽技術を、ナサさんなりにこっちの世界に合わせて作ったものでできているらしいわ」
「あの人本当に天才なんだな……」
「それにどれだけ助けられて来たかって話よね。ナサさんは今音楽を作れる状況じゃない。でも、伝統歌ばかり歌うのもね……」
 酒場のステージは広くないので、大規模ライブのような縦横無尽にステージを駆け回るパフォーマンスはできない。
「じゃあ、自分で曲を作ればいいんじゃねぇの?」
 そんなことを言い出したのはヴィレムだった。
「だってそうだろ? この酒場に似合う、あの汗水垂らして働いてる奴らに響く曲を書けば良いじゃないか。そもそも、ブレンネは元ストリートチルドレンなんだろ? ここの客層と似たような出自のお前さんなら書けると思うぜ。歌詞はよくわからんが、曲の面でなら俺も協力できるし」
「…………いいんじゃない?」
 と言ったのは、莉子だった。
「──ブレンネ。作詞しているんでしょ?」
「え、は? 何言ってるの莉子あたしそんなことを言った覚えはないわよ」
「……ごめんなさい。悪気はなかったのよ」
 莉子は心底申し訳なさそうにしている。
「あなたが使っているノート、私が使っているものと同じタイプだったから……。『あれ、私こんなところにノート置きっ放しにしたっけ?』と思って、あの、中を確認したら、あなたの文字だったから……」
「う……、わ、うわあああああああああああああああああああああああああああ」
 突っ伏してしたブレンネが飛び起きて体を仰け反らせて頭をかきむしった。
「な、ななんどうぇへ、なんでっ、なんで知ってんのよ!?」
「いや、今説明した通りの経緯しかないのだけど……」
「なんなのよそれぇ……!」
 若干涙声のブレンネの顔は真っ赤だった。
「もうっ……、この際だから言うけれど、そうよ! 作詞も作曲もはじめてみたのよ。だって、そうでしょ? ナサさんには頼れない。でも曲は必要。だから、自分で作るしかないじゃない!?」
 ブレンネは取り乱しているが、言っていることは間違っていない。
「ほぉ……」
 ヴィレムはブレンネの反応にびっくりはしていたが、言葉はちゃんと受け止めている。
「作曲はどうやってるんだ? お前さん、楽器できないんだろ?」
「蓄音石とかに鼻歌を録音してやってんのよ。楽譜に起こすのは難しくてうまくできないんだけど……」
「なるほど。莉子さん、これは曲を作るのも無理な話ではなくなってきたぜ?」
「そうね」
 莉子が言葉を受ける。
「ブレンネ。この先も音楽を続けるのなら、楽曲制作技術も必要だと思うわ。甘い道じゃないけど、やる気はある?」
「あるに決まってるわよ」
「そう。じゃ、はっきり言うけどあなたの作詞は良くないわ」
「……理由を聞こうじゃない」
 莉子が詞を読み込んでいることに羞恥はあったが、ブレンネはそれを押し殺した。
「なんと言うか、ナサニエルさんの劣化コピーなのよね」
「でも、アイドルの曲ってあんな感じでしょ?」
「そうね。だから……アイドルっぽい曲を書かない方がいいのかも。この酒場にも合わないだろうし」
「まあ、そっか。そういう話だったものね。でも、どんな感じならいいの?」
「音楽にもいろいろあるのよ。ロックンロールにポップス、ジャズとかね。作詞に関しては自分の得意な方向性……または『言いたいこと』を見極めた方がいいと思うわ」
「作曲の方は俺が協力するよ」
 と、言うのはヴィレムである。
「ピアノと鼻歌の音源があれば、採譜もやれないことはないと思う。それに作曲の勉強するってんなら実家にある楽譜も持ってくるさ」
「やってやろうじゃないの……やってやるわよ!」
 負けず嫌いのブレンネのハートに火がついた。
「それなら、もうひとつやっておいて欲しいことがある」
 莉子が付け足した。
「楽器も弾けるようになっておきなさい。お下がりで悪いけど、私が使っていたギターを使えばいいわ。ピアノと合わせれば演奏の幅も広がるし、弾き語りは武器になる」
 ギターなら小回りが利くので、酒場の中央をステージにするというハンターの案も実現できるだろう。
 続けて莉子は独り言ちた。
「……全く、もうこれじゃアイドルとは言えないわね」
「なんで? 曲のジャンルが変わったから?」
「違うわ。リアルブルーのアイドルは基本的に自分で曲を作らないの。自分で作詞作曲をして、自分で歌う人のことをあっちでは──シンガーソングライターと言うのよ」

リプレイ本文

「キヅカ・リクが教える、ギター教室のお時間です」
 キヅカ・リク(ka0038)がブレンネ・シュネートライベン(kz0145)の正面に腰掛けている。
「リク。ギター弾けたの?」
「依頼で必要だったから、速攻で覚えた。生徒のブレンネにはこのギター「ジャガーノート」をプレゼント。守護者のギターって自慢していいよ?」
「それにこのあたしの実力も合わさって、将来的に最強のギターになるのね」
「うんうん、やる気があってよろしい」
 こほん、とキヅカは咳払いをして空気を一層引き締める。
「まず、これは5弦ギター。この弦数にした理由は音域の切り替えが楽だから。4弦よりも5弦の方がほぼポジション移動がなく負担が少ないからね。弾き語りすることを考えたら、最初はある程度シンプルな方がやりやすいだろ」
「口と指先、両方動かさなきゃいけないからか」
「そういうこと。じゃ、続いて基本の音を覚えていこう。これがドの音、次がレ。んでその次が……」
 弦を鳴らしていく。店にあった紙と糊で作った即席のシールで音を確認していく。
「あと、ギターを弾くのならTAB譜を作れるようになろう」
「たぶ……?」
「楽器に合わせた楽譜のこと。まずは五線譜みたいに、横に弦の数だけ平行線を書く。これらの線がそれぞれの弦に対応してるってわけ。で、さらにそこに数字を書き入れることで、どのフラットを抑えるかを指示しているんだよ。視覚的でわかりやすいだろ? というわけで、TAB譜はブレンネが自分で作ること」
「ん……了解」
 ブレンネがいつもより静かなのは、新しく覚えることに真剣だからだ。

「まずは曲を先につくるか、歌詞を先につくるか、どちらのスタイルが向いているか早めに見定めた方がいいかな? 曲を先するにしろ歌詞を先にするにしろ、慣れないうちはブロックにわけて考えたら、って思うよ」
 Uisca Amhran(ka0754)が作曲をする上でのアドバイスをする。
「リアルブルーの音楽では、曲をAメロ、Bメロ、サビというふうに分けて考えることが多いって聞いたの」
「確かに、今までのアイドルソングもそうだったかも」
「サビが一番盛り上がるところだから、サビから考えるというのもありだとおもうよ。あと……ヴィレムさん、ちょっといいでしょうか?」
 Uiscaがヴィレムに、あるリアルブルーのクラシック音楽をリクエストした。手元に楽譜があったし、知っていた曲だったので、さらりと弾きこなす。Uiscaが頼んだのは同じ楽曲の穏やかな楽章と激しい楽章だ。
「こんな感じは……? 激しい曲は帝国の伝統歌に通じるものがあると思うの」
 こうして、話は核心である作詞へ移行していく。


「帝国のアイドル達が酒場で殴り合いをした、とか……。いえ! 悪い意味では無く、その人がどんな詞を作るのか興味を引かれましてね」
 はじめましての挨拶に次いで、Gacrux(ka2726)が言ったのはそんなことだった。
「まぁ、喧嘩を良いものだとは言わないけど、アイドルだってただの人ってことさ。天使なんかじゃないんだから」
「そうですね。俺は音楽的知識はほとんどありませんが、素人の意見でもよければ、何か手伝えるかもしれません」
「ん。よろしくね」
 そして、ここには初対面がもうひとりいた。
「はじめまして。セシア・クローバーだ」
 実はセシア・クローバー(ka7248)は過去にブレンネのライブに潜入調査で行ったことがある。そのことは聞かれれば答えるつもりだが、ブレンネはそんなことは知らないので話題にはならなかった。
「書いた詞があるのでしょう? できれば読ませていただきたいのですが」
 Gacruxの言葉は当然の提案ではあるのだが、ブレンネはやや難しい顔をした。
「いいけど……、無理して読まなくてもいいのよ? あたし、字が下手だし……」
「いや、別に無理しているわけでも無理したいわけでもありませんよ?」
「よ、呼んでもいいけど、感情を表に出したら殴るわよ!?」
 つまり、ブレンネはまだ作詞を見せるのが恥ずかしいのである。
「大丈夫です。貶めるような意図はありませんから。それに、感情表現も特別豊かな方ではないので」
「ええい、持ってけー!」
 ブレンネは白手袋を叩きつけるかのように、詞をまとめたノートをGacruxに差し出した。
「拝読します」
 Gacruxは丁寧にそれを受け取り、ページをめくりはじめた。
 そわそわしているブレンネの気を逸らすため、また依頼のためにセシアは話を聞くことにした。
「酒場のことをもう少し知りたいのだが」
「例えば?」
「年齢層や、男性女性、種族の比率、身なり、客の雰囲気とか歌った中で反応が良かった歌とかだよ。私の父は劇作家だが、書く際どの層に向けるものなのか気にするのだそうだ。子供向けなのか少年少女か大人向けか……題材も表現も変わるらしい」
 多いのは20代後半から40代くらいの年齢。男女比は男性の方が多い。種族はぱっと見た感じ人間の方が多い。肉体労働者が主な客で、身なりは良くないが荒れた客は少ない。
「歌は、伝統歌の……物語調のがウケてたかな」
「では、次に酒場に来る時ってどういう時だろうか」
「そりゃあ、仕事終わりでしょ?」
「ちょっと話は逸れるけど聞いてほしい。元々は歌姫だった母がこんなことを言っていた。全ての人がそうだと断言はしないが、音楽や歌も聴く気分でジャンルが変わる。明るくなりたい時に爽快感あるものや明るいもの、落ち込んでる時は静かなものを好む……それすら受け付けない時はやばいから何が何でも休ませろ、と。ここの酒場が明るいなら明るい曲調やテンポいい曲調の方がいいだろうな」
「明るい……」
「そうだ。肝心の歌だが……夢や希望が叶わない場合のが多いのは確かだろう。私の背丈や……うん、まあいろいろ叶わないことだってあるさ。じゃ、現実はどうだろうか? ブレンネは現実というものをどう思う?」
「過酷でくそったれ」
「なるほどね」
 ブレンネの言葉をセシアは軽やかに受けた。
「生きていればいろいろあるんだろう。ヤなことも良いことも。でもさ、ヤなことあっても夢や希望がなくても『それでも明日はやってくる』のが現実だよな? なら、今日一日あった頑張った、それでも明日はやってくる、だから食べて騒いで寝て……明日も頑張ろうって歌の方がいい、と思うよ」
「でも、さ。それでもやってきてしまう明日を呪っている人もいるんじゃない? それに……頑張っても自分だけじゃどうにもならない状況もあるし、頑張ろうで頑張れない人もいる。そういう人に対して、頑張ろうっていってしまっても良いものなのかしら……」
 そこへ詞を読み終わったGacruxが話しかけた。
「読み終わりました。確かに、やや型にはまった印象を受けますね。過去の報告書であんたの話は知っていますが、努力家で根性があるのはもちろん、激情的で感情の振れ幅が激しい……言い換えれば感受性が豊かなのだと思います。ですので、それを否定、抑え込むのではなく、寧ろ詞の全面に出してみてはどうです?」
「でも、それじゃ、あんまりキレイな曲にならないと思うんだけど……?」
「リアルブルーにはプロレタリア文学と呼ばれるものがあります」
「ぷろれたりあ?」
「ええ。プロレタリアとは無産階級、つまりこの酒場に来るような労働者たちを指すのです。そんな彼らの、悲惨な状況や過酷な現実を描く文学のジャンルがあるのですよ」
「なんか暗そうな話だけど……それって読む人はいるの?」
「もちろん。読み継がれている作品もあります」
「そうなんだ」
 アイドル的なものばかり知っていたブレンネにとってそれは驚くに値することだった。
「労働者に向けた作品にもいろいろありますが、アイドル的作品とは違うでしょう。泥臭くって、綺麗事じゃすまない残酷さもあるでしょう。そんな曲になったとしてもカッコいいと受け取られる事もあるでしょうし、曲にも新鮮や斬新さがあると俺は目を惹きますね」
「そういうのもあるのね……」
「私もね」
 と、言うのはUiscaだった。
「歌詞は自分の思っていることを素直に詞にするって方法が基本だと思うの。その上で、言葉の意味は無視して浮かんだ単語をただ羅列するだけって方法もありなんじゃないかな? 今不満に思っている事を書き殴ってみるとか?」
「それだと、曲の雰囲気と合わなくなるんじゃない?」
「アイドル的なものとは合わないかもね。でも、作詞のことでもそうなんだけど、リアルブルーには『ろっく』や『ぱんく』っていうのもあるし。『えんか』や『ばらーど』もありだと思うけど。それに、さっきヴィレムさんに弾いてもらったような激しい曲調だったら、攻撃的な歌詞も合うんじゃない?」
「ああ、なるほど! そっか、そういうことね!」
 ブレンネが、ノートに今聞いた話をメモする。情報のまとめ方は以前教えてもらったので、問題ない。
「お客さんのニーズは明るく仕事場でも歌える作業歌とかにもあると思うんだ」
「ほうほう」
 キヅカの言葉の先を、ブレンネが相槌で促した。
「ここ、肉体労働者が多いだろ? だから、呼吸を合わせる必要がある時にみんなでリズムよく歌える歌とかあるといいんじゃないかな。歌を知ったらさ、歌いたくなったりもするだろうし。そして、ここには食事に来るわけだから、彼らの仕事終わりや人生を謡い慰めたものを、ブレンネが自分で見て感じた酒場での会話や今までの光景から思うように作ればいいと思うよ。……ここまではニーズの話。それと同時に大事なのは、」
 明確にキヅカはここで言葉を区切った。
「ブレンネが今までの人生で感じたことを詞にして、訴えかける唱だと思う。これは今までの思った有りの侭を、その哲学を謡えばいい」
「そんな、キレイじゃない歌があってもいいの?」
 プロレタリアの話からずっとブレンネが気にしているのは、『思うままに書いたらキレイなものにならないこと』らしい。それはアイドル的ではないからだ。何故そんなことを考えるかと言えば、
「音楽は嘘(フィクション)だから、せめてキレイでないとダメじゃない?」
 という理由だった。音楽はパンをもたらさない。寒さから身を守る毛布にはならない。だからせめてキレイでなければならないというのがブレンネの考え方なのだろう。
「音楽が嘘……」
 それに答えたのはUiscaだった。
「私は音楽は嘘をつかない、というか、つけないって思っているけれど、よい嘘、優しい嘘ならならついてもいいんじゃない? いつもありのままの自分を見せるのが大事なら全員、裸の方がいいって事になるけれど、『服を着ること』って隠すという意味でも大事だもんね。空元気でも人々に大きな希望を与える様な嘘ならついてもいいんじゃない?」
「そもそも」
 と、Gacruxがここである疑問を挟んだ。
「アイドルソングを書いていたのはあのナサニエルなのでしょう? 彼に少年少女に通じる心があるというのが意外と言うか不可解なのですが……。アイドルの歌詞を書くなんて、あの男にそんな感受性が……?」
「ナサさんにそんな感受性はないと思うよ」
 この時ばかりはブレンネははっきり答えた。
「だって、ほら。信じられる? あのナサニエル・カロッサが恋愛とか夢とか希望とか語るのを。これはあたしの想像だけど、あの人はそんなのカケラも信じてなかったと思う。多分、資料を元にして全部計算で書いていた。それで良曲を量産できるのがナサさんの天才たる所以でさ。……ああ、だからあたしはあの人のこと嫌いじゃないのかも」
 ひとりブレンネは納得していた。
「アイドルソングで歌われるキラキラした世界を、あたしは知らない、信じられない。ストリートチルドレンだもの。温かい家庭なんて知らないし、両親だっていない。そもそも家がない。恋人もいたことない。あたしたちの周りでは恋愛に値段がついていた。金を持ったオヤジやオバサンから恋人のふりをして貢がせるためにね。アイドルが歌うのはあたしには嘘でしかない世界。ナサさんもそれを信じてなかった。彼が書く曲はあたしにとって『嘘とわかる嘘』だった。そこに安心していたのね」
「だから、音楽は嘘なんだな」
 キヅカが繰り返す。
「そーよ」
「この前お前に言われた『役割を脱げずに演じ続けるしかない』って言葉に、正直ドキッっとしたんだ。……確かに脱げずに一生演じ続けると思う。それは“この世界で証明したい願い”があるからからなんだ。願うということは“世界はまだそうなっていない”の裏返しなんだよ、きっと。証明されるまで願いは──、理想で、幻想で、夢で……嘘、なんだろう。だからこそ願いを願いのまま終わらせたくない。証明したい」
「アイドルが嘘っぱちなのなんて知っている。嘘だからキレイなのよ。だからあたしはアイドルを演じていたんだ。でも、歌の中で歌われている友情とか希望とか恋愛が、あたしだって素敵なものだとも気付いてる。それでも、現実はあまりに過酷でそれらを信じられない。本当はもっとキレイに生きたかったよ。でも、こんなに汚れてしまった!」
「そんなお前だからこそ、見て、感じた、”その先”の答えを──何故そうなのかを探せばいいんだよ!」
 キヅカもブレンネもお互いから視線を外さない。白熱しているのは、本心を語っているからだろう。
「ブレンネ、お前は“目が良い”。真っ直ぐだから、自分を、今を、想いをきちんと視れるんだ。キレイなものも汚いものも視つめて、そして、歌とギターで、お前の言葉で! くそったれな現実を殴りつけてやれ。その嘘のキレイさを証明してみろ」
 キレイなものが見たいと言うのは、汚いものばっかり知ってるからだ。現実は汚いくせに目を瞑ることも耳を塞ぐことも許してくれない。そんなことだから、嘘はますますキレイになって、キレイすぎるから、余計に信じられなくなってしまうのだ。
「希望を信じられない人間がいるのも事実でしょうね」
 当たり前のことのようにGacruxが、Gacruxだからこそ言った。
「ならば、ストリート時代の仲間への想いを歌詞に込めてみては? あんたにはそんな者たちへ届けたい想いがあるように見えますよ。そして、彼らが歌を聴いたらどんな気持ちになってほしいかを見つめてみては」
「うん、そうしてみる。客層を理解することも、ニーズを考えることも大事だけど……過酷でくそったれな現実に立たされて、こんなはずじゃなかったとかこんなところに産まれなければとかそういうところからはじめたい。最悪な夜と最低な朝を繰り返し、それでもキレイなものが見たいって叫んでいたい。その気持ちだけは忘れたくないから」
 斯くして、この話し合いの幕は閉じる。
「──ああ、金持ちが嫌いな理由がやっとわかった」
 ブレンネは自分の気持ちをようやく理解したようだから。

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重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • レオーネの隣で、星に
    セシア・クローバー(ka7248
    人間(紅)|19才|女性|魔術師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/23 02:34:22
アイコン 【相談卓】それでも私は歌う
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/06/23 02:37:47