ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】バチャーレ村の結婚式
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/26 09:00
- 完成日
- 2019/07/10 02:05
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
今年もジェオルジの春郷祭は、多くの人でにぎわっていた。
「今年だからこそ、かな」
サイモン・小川(kz0211)が呟く声は、どこか物憂げに響く。
ジェオルジにある移民たちのコミュニティ、バチャーレ村の代表は、今年の村長会議を終えてようやく落ち着いたところだ。
彼と同じくバチャーレ村にやってきた元リアルブルー民のマリナ・リヴェール(kz0272)は、わざとサイモンの視界を遮るようにして向かいに座った。
「やっと会議から解放されたっていうのに、浮かない顔して。どうしたの?」
何気ない風を装いながら、一応はサイモンの様子を気遣っているのだ。
「ああ。うん、これからクリムゾンウェストは、大変なことになるんだろうなって思ってね」
「まあね……」
サイモンは一般人だが、マリナは一応ハンターとしてソサエティに籍を置いている。
だから邪神との戦いについて、自分のきいてきた限りのことをサイモンに伝えていた。
彼らはサルヴァトーレ・ロッソでこの地へやって来た。
邪神の尖兵との戦いでも多くの人が死んでいった。
巨大すぎる敵との闘いがどれほど困難なものなのかは、サイモンにも分かるつもりだった。
「それで? 我らが村長さんは、この星の未来を憂いているわけ?」
「いや、そうじゃなくて。ちょっと心残りがあってね。この機会に思い切って、すっきりしてしまおうかと思ったんだ」
サイモンが穏やかに微笑む。マリナは意外に思い、まじまじと見返した。
「心残り?」
「うん。結婚式をと思ってね」
「……………誰と?」
マリナが目を真ん丸にして、サイモンを見つめる。
「は?」
「いやだから。物好き……じゃない、お祝いしたいから、誰と結婚式を挙げるつもりなのかなって」
「え?」
「え?」
きょとんとしていたサイモンが、突然噴き出す。
「ああ! 違うんだ、僕じゃなくて。アンジェロとリタさ」
「ああーーーー」
マリナは拍子抜けしたように椅子の背にもたれた。
サイモンは頭が切れる。
そして頭の切れる奴はときに、自分の思考を勝手に走らせて、他人への説明をおろそかにする傾向がある。
今もそうだった。
「でもふたりとも、今更って遠慮しそうじゃない?」
アンジェロとリタはジェオルジの他の村の出身で、半ば駆け落ち同然にバチャーレ村にやってきたカップルだ。
「だから、そこをどうしようかと思ってね」
「そうね……こんなのはどう?」
マリナが悪戯っぽく笑った。
「ふたりだけだと遠慮するから、他にもカップルを呼ぶの。春郷祭の最後に、合同結婚式。それならふたりも遠慮しないんじゃない?」
「なるほど。それはいい案だ」
サイモンが頷き、それからニヤリと笑ってマリナを見た。
「で、君はどうするんだ? 心当たりの相手は?」
「残念ながら。例の衣装を着て、精霊様のご加護を祈るっていうのもいいかもね」
「そりゃまた……君が祭祀とは、結婚生活に不安を感じr、痛い痛い痛い!!」
「やるの? やらないの?」
サイモンはマリナに耳を引っ張られながら、提案に乗ると答えた。
今年もジェオルジの春郷祭は、多くの人でにぎわっていた。
「今年だからこそ、かな」
サイモン・小川(kz0211)が呟く声は、どこか物憂げに響く。
ジェオルジにある移民たちのコミュニティ、バチャーレ村の代表は、今年の村長会議を終えてようやく落ち着いたところだ。
彼と同じくバチャーレ村にやってきた元リアルブルー民のマリナ・リヴェール(kz0272)は、わざとサイモンの視界を遮るようにして向かいに座った。
「やっと会議から解放されたっていうのに、浮かない顔して。どうしたの?」
何気ない風を装いながら、一応はサイモンの様子を気遣っているのだ。
「ああ。うん、これからクリムゾンウェストは、大変なことになるんだろうなって思ってね」
「まあね……」
サイモンは一般人だが、マリナは一応ハンターとしてソサエティに籍を置いている。
だから邪神との戦いについて、自分のきいてきた限りのことをサイモンに伝えていた。
彼らはサルヴァトーレ・ロッソでこの地へやって来た。
邪神の尖兵との戦いでも多くの人が死んでいった。
巨大すぎる敵との闘いがどれほど困難なものなのかは、サイモンにも分かるつもりだった。
「それで? 我らが村長さんは、この星の未来を憂いているわけ?」
「いや、そうじゃなくて。ちょっと心残りがあってね。この機会に思い切って、すっきりしてしまおうかと思ったんだ」
サイモンが穏やかに微笑む。マリナは意外に思い、まじまじと見返した。
「心残り?」
「うん。結婚式をと思ってね」
「……………誰と?」
マリナが目を真ん丸にして、サイモンを見つめる。
「は?」
「いやだから。物好き……じゃない、お祝いしたいから、誰と結婚式を挙げるつもりなのかなって」
「え?」
「え?」
きょとんとしていたサイモンが、突然噴き出す。
「ああ! 違うんだ、僕じゃなくて。アンジェロとリタさ」
「ああーーーー」
マリナは拍子抜けしたように椅子の背にもたれた。
サイモンは頭が切れる。
そして頭の切れる奴はときに、自分の思考を勝手に走らせて、他人への説明をおろそかにする傾向がある。
今もそうだった。
「でもふたりとも、今更って遠慮しそうじゃない?」
アンジェロとリタはジェオルジの他の村の出身で、半ば駆け落ち同然にバチャーレ村にやってきたカップルだ。
「だから、そこをどうしようかと思ってね」
「そうね……こんなのはどう?」
マリナが悪戯っぽく笑った。
「ふたりだけだと遠慮するから、他にもカップルを呼ぶの。春郷祭の最後に、合同結婚式。それならふたりも遠慮しないんじゃない?」
「なるほど。それはいい案だ」
サイモンが頷き、それからニヤリと笑ってマリナを見た。
「で、君はどうするんだ? 心当たりの相手は?」
「残念ながら。例の衣装を着て、精霊様のご加護を祈るっていうのもいいかもね」
「そりゃまた……君が祭祀とは、結婚生活に不安を感じr、痛い痛い痛い!!」
「やるの? やらないの?」
サイモンはマリナに耳を引っ張られながら、提案に乗ると答えた。
リプレイ本文
●
山は初夏の濃い緑に包まれていた。
マリナを先頭に一行は慣れた道を登っていく。
頃合いを見て、トリプルJ(ka6653)が声をかけた。
「……俺はてっきり、マリナとサイモンが結婚するのかと思ったんだぞ」
「はぁ?」
マリナの声には全否定の感情が込められていた。
「いや結婚のお知らせとか言われたら、普通誤解するよな? 俺だけが悪いわけじゃねぇと思うんだが!?」
「自分の結婚式なら、仕事の依頼じゃなくて招待状を出すわよ」
マリナが苦笑いで首を横に振った。
「だってお前ら、結構仲が良かったろ?」
「そりゃ同じチームの仲間だもの。今だって仲は悪くないけど」
「けど?」
「結婚相手って、やっぱり共通の未来を描けることが前提だと思わない? ……私、諦めたわけじゃないから。リアルブルーを」
サイモンはクリムゾンウェストに骨を埋める気だ。土を耕し、植物を植え、その苗が根を張るように自らもこの地で生きていく。
一方でマリナは、手段があれば自分の世界に戻りたいと考えていた。
それなりの歳を重ねた大人であれば、一緒に歩くことができる人間か、ある程度冷静に見極めるようにもなる。
トリプルJは少し考え込んだ後、ぽんぽんとマリナの肩を叩いた。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は追い抜きながら、独り言のように呟いていく。
「結婚なんてしたい相手が見つかって、したくなったらすればいいものだ。独身も悪いことばかりじゃないしな」
「含蓄のある言葉だな」
トリプルJが冷やかすように言って、同じように先に進んでいく。
目指す精霊の祠はすぐそこだった。
地精霊マニュス・ウィリディスの祠は綺麗に手入れされていた。
天央 観智(ka0896) と天王寺茜(ka4080)は、その後に伸びたらしい蔓草を片付ける。
それから改めて祠に向かった。
「こんにちは、マニュス様。今夜は少し騒がしくするかもしれません、すみません」
茜が生真面目に頭を下げる。
「でもきっと素敵な結婚式になるヨ♪ 楽しみネ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は茜の隣で付け加えた。
その間にマリナが香木を焚き、土鈴を鳴らす。
当人(当精霊?)との話し合いの結果、呼びかけはこの形に定まったそうだ。
やがて祠の上に、高さ1mほどの金色に輝く人型の光が浮かび上がった。
「そういえば結婚式であったか」
観智は精霊たちの感覚では「結婚式」がどう映っているのか、興味を持った。
だが今の精霊の表情はどこか険しく見える。
「我はここを離れられぬが、ここで煩くされるのも好かぬ」
この世界の危機を知っているのだろう。そのために人間でいえば神経質な状態になっていても不思議はない。
精霊は廃坑の入口を指さした。
「中に入って、運べるぐらいの岩を取ってくるがよい。我の分身として村に持ち帰るのじゃ」
廃坑の入口で、パトリシアは足を止めた。
(……イロイロあったこの場所も、もうすっかりお馴染みネ)
マリナは寂しさのあまり、この地の寂しい存在と同調してしまった。
(ネーレ、あなたのコト、パティはちゃ~んと覚えてるヨ)
今、その寂しい魂がどこにいるのかはわからない。だが呼びかけは通じると信じる。
坑道は相変わらず静かだったが、懐中電灯の小さな光でも全く問題なく進めた。
気温は低いが、以前のような背筋を凍らせるような嫌な気配もない。全く普通の坑道だ。
やがて少し広い場所に出る。
「精霊様は岩っておっしゃったけど、キアーラ石ってことですよね」
茜は嫌な記憶を振り払うように、敢えて明るい声を上げた。
「そうね。たぶん、分身として使いやすいんじゃないかな」
マリナがそこへ恐れる風もなく進んでいくところを見送りながら、茜とパトリシアは互いの手をぎゅっと握りあう。
(大丈夫よね)
(うん、きっと大丈夫ヨ)
ここでマリナをあまり構うと、却って良くないような気がしたのだ。
「うーん、これぐらいかな?」
マリナが選んだのは、高さ50センチほどの大きさの岩だ。
トリプルJは一度手をかけて、それから改めて力を込めて持ち上げる。
「……いやこれ、マリナだけでやるのは最初から無理だったんじゃねぇのか。明らかに男手が要る仕事だろ?」
「男とか女とか、覚醒者に仕事の依頼出すときに指定するなんて聞いたことないわよ?」
マリナが笑う。
「……案外マニュス様もマリナが誰か連れてくると思って……おわ!」
容赦のない靴の爪先が、トリプルJの足の甲を狙っていた。
「出口まで行けるか? 何なら交替するぞ」
ルトガーが一応声をかけるが、手は出さない。狭い場所では、かえってバランスを崩しかねないからだ。
「大丈夫だ。道を開けてくれ」
精霊の祠の前に岩を据え付ける。
「なかなか良い岩じゃな」
精霊はそう言うと、片手をかざす。一瞬、岩が僅かな光を発したように見えた。
「これでよい。事が済んだらまたここに戻すようにな」
「……あの。精霊さんにとって、結婚式というのは……どういう風に、感じられますか……?」
観智が好奇心を抑えられずに尋ねる。
「よくわからぬ」
精霊は身も蓋もなく即答した。
「だが結婚式も、実りの祭も、それを通じて人の心が真っ直ぐ我らへ届くもの。ゆえに我は、望まれるなら見届けようと思う」
「……ありがとう、ございます」
逆に言えば、祭や式の形をとらなければ、人の心はあちこちをむいてしまうということか。
(だから、こういう……『未来』へと歩む意思が、大事……なんですよね、特に今後暫くは)
サイモンがそこまで考えていたかはわからないが、この時期の結婚式は良いアイデアだと思うのだ。
●
その頃、村では式の準備が進んでいる。
「宴会! 結婚式の! ここで張り切らずしていつ張り切るんですぅ」
星野 ハナ(ka5852)は鼻息荒く、料理人魂を燃やしていた。
村の共同調理場に駆け込み、材料とコンロやオーブン、鍋の数をチェック。
宴会料理の全景をイメージする。
「イメージは、山の精霊ですぅ! 山盛りのお料理で表現するですよぅ」
「私も少しキッチンを借りていいかしら?」
くすくす笑いながら、マリィア・バルデス(ka5848)が戸口に手をかけていた。
「もちろんですぅ。宴会料理は色々並べたほうが、皆が幸せになれますよぅ」
「じゃあ何を作ろうかしら。うちの部隊は何かにつけて手料理持参でお祭りしてたから。こういう大皿料理は得意なのよ」
村の調理部隊も参加し、調理場は大騒ぎ。
そこにトマトの籠を運んできたサイモンが、ハナとマリィアに気づいて声をかけた。
「やあ星野さん。またあの山盛り肉団子もあるんですか? みんな楽しみにしてるんですよ」
「任せてくださいですぅ。新作も用意してますからぁいっぱい食べてくださいですぅ」
ハナは『きゃっ』というような仕草で、サイモンに応える。
「そりゃ楽しみだ。バルデスさんもまたお料理ですか? ……いい人がいそうだってマリナから聞いていたんですけど」
後半は声を潜めて、ひそひそと。
マリィアは否定もせず、軽く肩をすくめた。
「……恋人はいても、流石にここには呼べなかったのよね。あっちはまだ現役の軍人なんだもの」
そっと手首のミサンガを撫でる。そうすれば編み込まれたキアーラ石を通じて、相手にも心が伝わるかのように。
「今回はどちらかと言えば、マニュス様の分体が村に下りてくると聞いたから、その見物と料理の手伝いかしら」
「お手伝いいただけて助かりますよ。ああでも、その方とお式を挙げるときはお祝いを届けますから教えてくださいね!」
「ええ、有難う」
マリィアは微笑んだ。それが叶ったとき、お祝いはリアルブルーまで届くかしら、と思いながら。
●
式を挙げる側は、もっと大騒ぎだ。
「どうしよう、私、昨日あんまり眠れなくて……顔がむくんでるわ」
主役のひとり、リタが半べそをかいているのを、村の女性たちが笑いながら慰める。
ミリア・ラスティソード(ka1287)は少し迷ってから、声をかけた。
「相手が式を喜んでくれるなら、少しぐらい顔がむくんでいてもいいんじゃないか?」
そう、ミリア自身、結婚式なんてどうでもいいと思っていたから。
だけど……。
「ありがとう」
リタが恥ずかしそうに微笑む。その顔ははっとするほど美しく見えた。
「貴女も素敵なお式にしてね」
ミリアの手をぎゅっと握って、リタは顔を洗いに出て行った。
ソティス=アストライア(ka6538)とリンゴ(ka7349)は揃って、村で用意してくれた衣装を見比べる。
「ソティス様、こちらなどはいかがでしょう」
リンゴはソティスの瞳の色に合いそうなものを選び出した。
「ああ、なかなか良いな。だがリンゴは自分の衣装を先に選んだらどうだ?」
「は、はい」
リンゴがどこか困ったように下を向いた。
「あの、挙式などをしていただけるとは……それも、こんなに早く」
戸惑うあまり、自分のことを考える余裕がないようだ。
「挙式なぁ……そう言えばまだだったな?」
ソティスは他人事のように首を傾げた。
「まあ普段が普段だからな、慣れない衣装でも喜んでもらえるなら着ようじゃないか。こんな機会でもなければ、着ることもない衣装だ」
「そうですね。はい、では」
リンゴもやっと安心したように顔をあげた。
男性の支度も、それなりに大変だ。
リタの相手であるアンジェロは、着替えた後も何度も水を飲んだり、深呼吸したり。
「大丈夫? お水もう一杯いるかな?」
時音 ざくろ(ka1250)の整った顔立ちに、一瞬女の子が混じっているかと思ったアンジェロだが、身につけた衣装でどうやら新郎組だと気づいた。
「有難うございます。おかしなものですね、とっくに一緒に暮らしているのにいざとなると緊張してしまって」
「うん。でも大変な戦いが待ち受けているしね、折角ならこれからも愛おしいふたりと共に歩んでいこうと誓っておくのはいいと思うんだ」
アンジェロはしばし考える。ふたりと共に? ふたりで共にではなく?
ざくろはその疑問には気づかず、楽しそうに用意してきた荷物を広げる。
南護 炎(ka6651)は普段の戦士としての装いを基本に、何か装飾品をと探す。
「花を飾りますか。それとも鎧の上にサーコート風に布を掛けますか」
アンジェロが提案すると、炎は少し考え、花を選んだ。
「何も用意できなかったからな。正式に結婚してから、改めてきちんとした式を挙げる予定だ」
「それなら今回はブーケとブートニアになさるといいでしょう。頼んできましょう」
「すまない」
そう、必ず共に生き残り、その後はふたりで幸せになるのだ。今日はそれを誓う日だ。
(それにしても、どんな顔をして支度しているのだろう?)
炎の口元に微かな笑みが浮かんだ。
●
式場は村の集会場だ。カーテンで仕切った向こうは、そのまま宴会場になっている。
花で飾った祭壇に、精霊の加護を受けた岩を据える。
すると不思議なことに、見慣れた集会場が神聖な儀式の場に見えてくる。
「ま、こんなもんだろ」
トリプルJが少し離れた場所から、全体を見渡してOKを出した。
儀式用の白い衣装を身につけたマリナが出来栄えに拍手する。
「完璧ね。ありがとう、助かったわ。ところで皆さん、御仕度は?」
面白そうにその場にいる面々を見回す。
観智は首を振る。
「相手がいませんから……僕には関係無いですよ。式を挙げる方々に、祝福を……送る側です」
「同じく。ああついでに、マリナが裾を踏んで転ばないように、見守っててやるさ」
トリプルJもまぜっかえした。
サイモンもできれば、見守るだけにしておきたかったかもしれない。
が、一応この村の代表である以上、挨拶などもある。
普段のくたびれた白衣ではなく、ガウンのような白い上着を着せられていた。心なしか、髪もいつもよりきちんとしているようだ。
そのサイモンの目の前に、エプロンドレス風の民族衣装を身につけた茜がやってきた。
「ジャジャーン♪ どうでしょう? サイモンさん」
「わあ、びっくりしましたよ! よくお似合いですね」
茜はたっぷりとひだを取ったスカートの裾を、軽くつまんで見せる。
「折角の機会なので借りちゃいました♪」
「パティもおそろいなのヨ!」
茜の背後から、ひょこりと顔を出したのはお日様色の髪のパトリシア。
「可愛いケド、花嫁さんようじゃなくっテ、ちゃんとお手伝いできるドレスを借りたんダヨ!」
裾は膝が隠れるぐらい。くるりと回ると、エプロンの背中で結んだ白いリボンがひらひら揺れる。
「いいですねえ。おふたりとも、ご自分のお式の時も教えてくださいね。お祝いしますから」
何故か娘、あるいは妹を嫁にやる男のような目をしているサイモン。
茜はつい笑ってしまう。
「残念ながら、まだ予定はないですよ」
「ええ。いずれその日が来たらぜひ、ということですね。皆さんは僕にとって、村の仲間のような気がしているので」
頭を掻くサイモンに、茜も頷く。
この村でたくさんの思い出ができた。今日のこともまた皆で集まって、語り合いたいと思うのだ。
移民の誰かが音源を持ち込んだのだろう、結婚行進曲が流れる中、式を挙げるカップルが集まる。
アンジェロは艶やかな刺繍の真新しい外套を纏う。刺繍は新婦のリタはじめ、村の女性たちが突貫で仕上げたものだ。
リタも裾の長い衣装を身につける。ふたりは手に手を取り合い、照れくさそうに、けれどどこか誇らしげに並んでいる。
「でもそんな勝負パンツで大丈夫でちゅか?」
北谷王子 朝騎(ka5818)は少し離れた場所から、式の様子を眺めていた。
いつか自分も想い人と式を挙げられたら……と夢想する。
香木の香りが漂う祭壇の前で、マリナがゆっくりと土鈴を鳴らす。
応えるように、据え付けた岩が微かに輝いた。
「村の守り神、地精霊マニュス・ウィリディス様が皆様を祝福されます。どうぞ、誓いの言葉を」
まさに両手に花。ソティスとリンゴを伴って現れたざくろ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は満面の笑みで拍手を送る。
いつかは、と思う押しかけ女房の相手はここに来られないが、いつかこんな風に式を挙げたいという夢を持っていた。
3人の姿が自分たちにかぶる。
ざくろはソティスの手を優しくとった。
「ソティ、今まで待たせてしまってごめんね……そして、これからも宜しく」
取り出した指輪をそっとはめる。
「この先に待っているのは、大変な戦いだけど。絶対に勝ち抜いて、これからも一緒に歩いていこう。愛は邪神にだって負けないんだから!」
「なに、待ってなどいないさ。主諸共燃やせればそれで十分……だろう?」
ソティスは愛する主を見つめて微笑む。
「燃やす……って、誰を?」
この場にしては物騒な話だ。
「らきすけしたら燃やす。何も間違っていないだろう? 強大な敵は当然、燃やし甲斐があるがな!」
何か違う。マリナはそう思ったが、そもそも想定外の事態はこの点だけではない。
「えっと、それから。リンゴ、ずいぶん約束が早くなってしまったけど……これからはずっと家族、一緒に歩んで行こ」
ざくろはもうひとりの女性に、そう言いながら指輪をはめる。
リンゴは真っ直ぐにざくろを見つめ返した。
「はい。これより共に歩んでまいりましょう、主様」
「うん。精霊様に誓おうね」
ざくろはリンゴと唇を重ねる。その瞬間、火が付いたようにリンゴの顔は真っ赤。気絶寸前の状態で、どうにか踏みこたえる有様だ。
ソティスはリンゴを支えながら思う。
(……にしても随分と時間差のある2人だな、それもまた悪くはないんだが)
同じ人を主として、これからもずっと一緒に居る。他人がどう思おうと、自分たちの心は未来をむいている。
ソティスはざくろのキスを落ち着いて受け入れた。
そっと離れながら、微笑む。
「その言葉、決して軽いものではないこと……信じているからな?」
「もちろんだよ」
3人は誇らしげに互いを見つめあう。
炎は生真面目な顔で、ミリアをエスコートしてきた。
ミリアもまた、炎と同じく戦いに赴く戦士のいで立ちだ。
やはりふたりは通じ合っているのだろう。
それを象徴するように、炎の胸に飾られたトケイソウを、ブーケにしてミリアが持つ。
聖なる愛、聖なる力、信じる心。
「ミリア、戻ってきたら……改めて、正式に結婚を申し込むつもりだが。そのためにも最終決戦は必ず勝つぞ」
どんな困難が待ち受けていようと、一緒に居れば乗り越えていける。
炎の手はミリアの手を優しく包み込む。
「そして、二人で幸せな人生をつくっていこう。ずっと一緒だ」
ミリアは頷く。
結婚式など……もっと言えば、結婚という形式などミリアにとってはどうでもいいことだった。
炎と一緒に生きる。その想いは絶対に変わらないのだから。
だが、炎がミリアを大事に思ってくれているからこそ式を挙げようと言ってくれたことは分かる。
その想いが嬉しかった。
「ああ。いつまでも一緒だ」
ふたりは口づけを交わした。
茜とパトリシアは顔を見合わせ、それからかごに入った花を思い切り撒いた。
それを合図に、参列者の拍手が一斉に沸き起こる。
拍手と花に包まれた新郎新婦たちは、輝く未来の象徴のようだった。
●
無事に式典は終わり、仕切りのカーテンが取り払われた。
神聖な儀式の場は一転、ごちそうと飲み物がいっぱいに乗ったテーブルがずらりと並ぶ宴会場に。
「わぁっ……食べでがありそうなの~」
ディーナが目を輝かせた。
実は先日も結婚式関連の依頼を受け、そこで特別な料理を堪能してきた。
結婚式=ドカ食いできるという図式が、ディーナの脳内には完成している。
「もちろん結婚式を見学するのも目的だったの。でもお料理はもっと楽しみだったの」
とてもそうは見えないが底なし胃袋の持ち主であるディーナを、満足させることはできるのか。
それは助っ人料理人の手にかかっていると言えよう。
代表のサイモンがいつも通り最低限の挨拶を済ませると、宴会のスタートだ。
ハナが『山』の前で呼びかける。
「みんないっぱい食べるですよぅ」
既におなじみとなったごちそう、山盛りのミートボールにホワイトソースをかけ、花に見立てたベリーを散らした『雪山ミートボール』と、肉汁を煮詰めたグレイビーソースをかけて野菜を添えた『岩山ミートボール』。
さらには結婚式の定番、小さなシュークリームを積み上げたクロカンブッシュもそびえたつ。
「こっちは夏野菜のてんぷらですぅ。温かいうちに食べるといいですよぅ」
「食べられるときに食べておけ、ってね。さあこちらもどうぞ」
マリィアがオーブンから出してきたばかりの、熱々の大皿を運んでくる。
食欲をそそる匂いを放つのは『ヤンソンさんの誘惑』という名のついた、ジャガイモと玉葱、アンチョビのグラタンだ。
大きなスプーンを皆で取り分けやすいように添える。
切り分けたミートパイもできたて熱々だ。
皆がわいわいと賑やかにとりわけるところを見ていると、マリィアは昔の仲間を思い出す。
辛い任務も、こうして一緒に食事をした仲間となら乗り越えてきた。
だからきっと、目前の危機も乗り越えていける。その先には『未来』があるはずだ。
そのとき、料理に夢中になっていた一同から、歓声が上がる。
ざくろとソティス、リンゴが、お色直しを終えて現れたのだった。
リアルブルーからの移民はどこか懐かしそうに、白いタキシードと、ウェディングドレスの3人を見つめる。
ざくろの大荷物は、ふたりのドレスだった。
「折角の機会だもん、2人のウェディングドレス姿もしっかり目に焼き付けておきたくて……」
そうまで言われては、ソティスも無下にするわけにもいかない。
「まあ、そこまでざくろが望むなら着ようじゃないか」
リンゴはお返しとばかり、自分の荷物から取り出したタキシードを差し出す。
「主様もご一緒に、です」
「わあ、ありがとう!」
拍手の中、ざくろはソティスに微笑みかける。
「綺麗だよソティス、リンゴ。愛してる」
「その言葉、決して軽いものではないこと……信じているからな?」
「もちろんだよ!」
「はい、私も愛しております」
リンゴは主の愛を無限に尽きない泉のように感じていた。
主は愛を、好きに振る舞ってくれればいい。かけがえのないその愛は、一部を受け取るだけでリンゴを満たすのだ。
そのとき、集会場の扉がさっと開くと、まばゆい光が流れ込んできた。
キラキラ輝く戦馬が流星のように外を駆け抜けていったのだ。
村の子供たちから歓声が上げて、外に走り出し、大人たちも顔を出す。
「祝いだからな、少し派手に行くぞ」
ルトガーは愛馬の首を優しく叩き、集会場の周囲を走らせる。
花びらのような光を撒き散らしながら、素晴らしいスピードで駆けまわると、最後は空に向けて『ワンダーフラッシュ』を放つ。
光跡は空に大きなハートを描いた。
今日の良き日にここに集う皆に、明るい前途があるように。
「マニュス様にも見えていたらいいが」
先に断っておいたので、どうせなら精霊にも楽しんでもらえればいい。ルトガーは満足そうに薄れていく光を眺めていた。
「いい結婚式になりましたね」
サイモンがしみじみと呟いた。
「そう、ですね……」
観智もそう思う。皆、未来を諦めていない。生き抜いて、幸せになろうとしている。
その逞しさは頼もしい。だから、未来を守らなければならない。未来を信じる心が力を貸してくれるだろう。
宴会の賑わいはピークを過ぎ、穏やかな雰囲気になっていた。
マリィアがトレイに乗せたジャムを添えたチーズケーキと、ブルーベリーのパイをすすめる。
「甘いお式の後には、甘い物。おひとついかが?」
「いただきます。せめて甘いものぐらいはお裾分けしてもらいたいですからね」
サイモンが笑いながら皿を受け取った。
ハナは終盤も大忙しだ。
「デザートは山と新緑とお花のイメージですぅ」
大きなガラスボールには子供も大人も大好きな、フルーツポンチがいっぱい。
キアーラ石が輝くような、青と透明なゼリー寄せに、ジャムを縫って薔薇のように巻いたクレープの大皿、抹茶のロールケーキ。
お腹がいっぱいでも、どんどん手が伸びる、目にも楽しいデザートだ。
「あの、切り分ける前に少し分けてもらってもいいでしょうか?」
「できたらネ、ちょっとそこのお星様のゼリーがアルと、嬉しいのネ」
茜とパトリシアが声をかけると、ハナはさっと別の皿を差し出した。
料理もデザートも、少しずつ綺麗に盛り付けてある。さながら箱庭のようだ。
「マニュス様には別に用意してありますよぅ」
「ありがとう!」
「バッチリなのネ。あとはお酒を探しに行くのヨ」
マリナは少し離れた場所からその光景を見ていた。
ハンター達が精霊を気遣ってくれることを、心から有難いと思う。
きっとこの心は精霊に、そしてその先に通じている。いつか心は巡り巡って、世界の力となるだろう。
●
宴会は程よいところでお開きとなる。
会場はそのままなので、居残ってごちそうや飲み物をいただきつつ、夜通し騒ぐものもいるようだ。
だがハンター達にはまだ、やるべきことがあった。
「美味しい物をいっぱいいただいたの。幸せな気持ちだからお手伝いもするの」
ディーナが腕まくりし、精霊の宿る岩を持ち上げる。
「おいおい大丈夫か?」
トリプルJが気遣うが、お腹いっぱいになったディーナには全く問題ない。
そのまま交替で岩を担ぎながら、祠に向かう。
「結構盛り上がったわね。流石に騒ぎすぎって怒られるかな?」
マリナが冗談めかして言うと、トリプルJは更にからかう。
「明るくて良い話題なんじゃねぇの。次はサイモンなりマリナなりだったら、もっとマニュス様も近隣の村長も喜ぶかもとは思うがな」
「じゃあ誰か紹介してよね。サイモンなんて、下手したらあのまま長老よ?」
「あり得そうだな」
列の後ろの方で、大きなくしゃみが聞こえた。
取り分けた料理にお酒の瓶を祠に供え、パトリシアはハンドベルを鳴らして歌い始めた。
今日という、素晴らしい日に感謝を込めて。
明日からの、幸せな日々に祈りを込めて。
他の皆も心を同じくして瞑目する。
やがて祠の上に、人型の光が浮かび上がった。
「滞りなく済んだようじゃな。良い気配がここまで伝わってきたのでな」
精霊が片手を伸ばす。祠の前に据えた岩が一瞬輝いたと思うと、無数の破片と変じた。
「皆で分けるがよい。あまり欲張らぬようにな。残りはまた山に戻すが良い」
仮にとはいえ、精霊の宿った岩だ。それなりに力が強いのだろう。
「より良き未来が皆に訪れるように」
精霊は祝福の言葉を残して消えた。
ディーナはそっと欠片を手に取る。
「これがキアーラ石なの。なんだかあったかいの」
大事な人に贈ると幸せになれる。そういわれる石は、柔らかな輝きを帯びていた。
サイモンは祠の前で何事か考えこんでいた。
ルトガーはその背中を叩く。
「どうした、結婚だけが人生じゃないぞ」
「え? 違いますよ! ……より良き未来がどういうものかと思ってしまって」
ハンター達は考えた末に、結論を出した。
だが誰もが同じようにそれを「良い」未来だと思うわけではないだろう。
「なるようになるだろう。考え込んでも仕方がないからな」
ルトガーは実際、そう思っていた。人間の感覚ではとらえきれない存在のことを、あれこれ考えても仕方がない。
「まあ、土産話を楽しみにして待っていろ。また祭には遊びに来るからな」
「……はい。皆さんが元気でお越しくださるよう、お待ちしています」
見送る者には、祈ることしかできない。ならばせめて、心から祈ろう。
今日の誓いが果たされる未来を、彼らが勝ち取ってくることを。
<了>
山は初夏の濃い緑に包まれていた。
マリナを先頭に一行は慣れた道を登っていく。
頃合いを見て、トリプルJ(ka6653)が声をかけた。
「……俺はてっきり、マリナとサイモンが結婚するのかと思ったんだぞ」
「はぁ?」
マリナの声には全否定の感情が込められていた。
「いや結婚のお知らせとか言われたら、普通誤解するよな? 俺だけが悪いわけじゃねぇと思うんだが!?」
「自分の結婚式なら、仕事の依頼じゃなくて招待状を出すわよ」
マリナが苦笑いで首を横に振った。
「だってお前ら、結構仲が良かったろ?」
「そりゃ同じチームの仲間だもの。今だって仲は悪くないけど」
「けど?」
「結婚相手って、やっぱり共通の未来を描けることが前提だと思わない? ……私、諦めたわけじゃないから。リアルブルーを」
サイモンはクリムゾンウェストに骨を埋める気だ。土を耕し、植物を植え、その苗が根を張るように自らもこの地で生きていく。
一方でマリナは、手段があれば自分の世界に戻りたいと考えていた。
それなりの歳を重ねた大人であれば、一緒に歩くことができる人間か、ある程度冷静に見極めるようにもなる。
トリプルJは少し考え込んだ後、ぽんぽんとマリナの肩を叩いた。
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)は追い抜きながら、独り言のように呟いていく。
「結婚なんてしたい相手が見つかって、したくなったらすればいいものだ。独身も悪いことばかりじゃないしな」
「含蓄のある言葉だな」
トリプルJが冷やかすように言って、同じように先に進んでいく。
目指す精霊の祠はすぐそこだった。
地精霊マニュス・ウィリディスの祠は綺麗に手入れされていた。
天央 観智(ka0896) と天王寺茜(ka4080)は、その後に伸びたらしい蔓草を片付ける。
それから改めて祠に向かった。
「こんにちは、マニュス様。今夜は少し騒がしくするかもしれません、すみません」
茜が生真面目に頭を下げる。
「でもきっと素敵な結婚式になるヨ♪ 楽しみネ」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は茜の隣で付け加えた。
その間にマリナが香木を焚き、土鈴を鳴らす。
当人(当精霊?)との話し合いの結果、呼びかけはこの形に定まったそうだ。
やがて祠の上に、高さ1mほどの金色に輝く人型の光が浮かび上がった。
「そういえば結婚式であったか」
観智は精霊たちの感覚では「結婚式」がどう映っているのか、興味を持った。
だが今の精霊の表情はどこか険しく見える。
「我はここを離れられぬが、ここで煩くされるのも好かぬ」
この世界の危機を知っているのだろう。そのために人間でいえば神経質な状態になっていても不思議はない。
精霊は廃坑の入口を指さした。
「中に入って、運べるぐらいの岩を取ってくるがよい。我の分身として村に持ち帰るのじゃ」
廃坑の入口で、パトリシアは足を止めた。
(……イロイロあったこの場所も、もうすっかりお馴染みネ)
マリナは寂しさのあまり、この地の寂しい存在と同調してしまった。
(ネーレ、あなたのコト、パティはちゃ~んと覚えてるヨ)
今、その寂しい魂がどこにいるのかはわからない。だが呼びかけは通じると信じる。
坑道は相変わらず静かだったが、懐中電灯の小さな光でも全く問題なく進めた。
気温は低いが、以前のような背筋を凍らせるような嫌な気配もない。全く普通の坑道だ。
やがて少し広い場所に出る。
「精霊様は岩っておっしゃったけど、キアーラ石ってことですよね」
茜は嫌な記憶を振り払うように、敢えて明るい声を上げた。
「そうね。たぶん、分身として使いやすいんじゃないかな」
マリナがそこへ恐れる風もなく進んでいくところを見送りながら、茜とパトリシアは互いの手をぎゅっと握りあう。
(大丈夫よね)
(うん、きっと大丈夫ヨ)
ここでマリナをあまり構うと、却って良くないような気がしたのだ。
「うーん、これぐらいかな?」
マリナが選んだのは、高さ50センチほどの大きさの岩だ。
トリプルJは一度手をかけて、それから改めて力を込めて持ち上げる。
「……いやこれ、マリナだけでやるのは最初から無理だったんじゃねぇのか。明らかに男手が要る仕事だろ?」
「男とか女とか、覚醒者に仕事の依頼出すときに指定するなんて聞いたことないわよ?」
マリナが笑う。
「……案外マニュス様もマリナが誰か連れてくると思って……おわ!」
容赦のない靴の爪先が、トリプルJの足の甲を狙っていた。
「出口まで行けるか? 何なら交替するぞ」
ルトガーが一応声をかけるが、手は出さない。狭い場所では、かえってバランスを崩しかねないからだ。
「大丈夫だ。道を開けてくれ」
精霊の祠の前に岩を据え付ける。
「なかなか良い岩じゃな」
精霊はそう言うと、片手をかざす。一瞬、岩が僅かな光を発したように見えた。
「これでよい。事が済んだらまたここに戻すようにな」
「……あの。精霊さんにとって、結婚式というのは……どういう風に、感じられますか……?」
観智が好奇心を抑えられずに尋ねる。
「よくわからぬ」
精霊は身も蓋もなく即答した。
「だが結婚式も、実りの祭も、それを通じて人の心が真っ直ぐ我らへ届くもの。ゆえに我は、望まれるなら見届けようと思う」
「……ありがとう、ございます」
逆に言えば、祭や式の形をとらなければ、人の心はあちこちをむいてしまうということか。
(だから、こういう……『未来』へと歩む意思が、大事……なんですよね、特に今後暫くは)
サイモンがそこまで考えていたかはわからないが、この時期の結婚式は良いアイデアだと思うのだ。
●
その頃、村では式の準備が進んでいる。
「宴会! 結婚式の! ここで張り切らずしていつ張り切るんですぅ」
星野 ハナ(ka5852)は鼻息荒く、料理人魂を燃やしていた。
村の共同調理場に駆け込み、材料とコンロやオーブン、鍋の数をチェック。
宴会料理の全景をイメージする。
「イメージは、山の精霊ですぅ! 山盛りのお料理で表現するですよぅ」
「私も少しキッチンを借りていいかしら?」
くすくす笑いながら、マリィア・バルデス(ka5848)が戸口に手をかけていた。
「もちろんですぅ。宴会料理は色々並べたほうが、皆が幸せになれますよぅ」
「じゃあ何を作ろうかしら。うちの部隊は何かにつけて手料理持参でお祭りしてたから。こういう大皿料理は得意なのよ」
村の調理部隊も参加し、調理場は大騒ぎ。
そこにトマトの籠を運んできたサイモンが、ハナとマリィアに気づいて声をかけた。
「やあ星野さん。またあの山盛り肉団子もあるんですか? みんな楽しみにしてるんですよ」
「任せてくださいですぅ。新作も用意してますからぁいっぱい食べてくださいですぅ」
ハナは『きゃっ』というような仕草で、サイモンに応える。
「そりゃ楽しみだ。バルデスさんもまたお料理ですか? ……いい人がいそうだってマリナから聞いていたんですけど」
後半は声を潜めて、ひそひそと。
マリィアは否定もせず、軽く肩をすくめた。
「……恋人はいても、流石にここには呼べなかったのよね。あっちはまだ現役の軍人なんだもの」
そっと手首のミサンガを撫でる。そうすれば編み込まれたキアーラ石を通じて、相手にも心が伝わるかのように。
「今回はどちらかと言えば、マニュス様の分体が村に下りてくると聞いたから、その見物と料理の手伝いかしら」
「お手伝いいただけて助かりますよ。ああでも、その方とお式を挙げるときはお祝いを届けますから教えてくださいね!」
「ええ、有難う」
マリィアは微笑んだ。それが叶ったとき、お祝いはリアルブルーまで届くかしら、と思いながら。
●
式を挙げる側は、もっと大騒ぎだ。
「どうしよう、私、昨日あんまり眠れなくて……顔がむくんでるわ」
主役のひとり、リタが半べそをかいているのを、村の女性たちが笑いながら慰める。
ミリア・ラスティソード(ka1287)は少し迷ってから、声をかけた。
「相手が式を喜んでくれるなら、少しぐらい顔がむくんでいてもいいんじゃないか?」
そう、ミリア自身、結婚式なんてどうでもいいと思っていたから。
だけど……。
「ありがとう」
リタが恥ずかしそうに微笑む。その顔ははっとするほど美しく見えた。
「貴女も素敵なお式にしてね」
ミリアの手をぎゅっと握って、リタは顔を洗いに出て行った。
ソティス=アストライア(ka6538)とリンゴ(ka7349)は揃って、村で用意してくれた衣装を見比べる。
「ソティス様、こちらなどはいかがでしょう」
リンゴはソティスの瞳の色に合いそうなものを選び出した。
「ああ、なかなか良いな。だがリンゴは自分の衣装を先に選んだらどうだ?」
「は、はい」
リンゴがどこか困ったように下を向いた。
「あの、挙式などをしていただけるとは……それも、こんなに早く」
戸惑うあまり、自分のことを考える余裕がないようだ。
「挙式なぁ……そう言えばまだだったな?」
ソティスは他人事のように首を傾げた。
「まあ普段が普段だからな、慣れない衣装でも喜んでもらえるなら着ようじゃないか。こんな機会でもなければ、着ることもない衣装だ」
「そうですね。はい、では」
リンゴもやっと安心したように顔をあげた。
男性の支度も、それなりに大変だ。
リタの相手であるアンジェロは、着替えた後も何度も水を飲んだり、深呼吸したり。
「大丈夫? お水もう一杯いるかな?」
時音 ざくろ(ka1250)の整った顔立ちに、一瞬女の子が混じっているかと思ったアンジェロだが、身につけた衣装でどうやら新郎組だと気づいた。
「有難うございます。おかしなものですね、とっくに一緒に暮らしているのにいざとなると緊張してしまって」
「うん。でも大変な戦いが待ち受けているしね、折角ならこれからも愛おしいふたりと共に歩んでいこうと誓っておくのはいいと思うんだ」
アンジェロはしばし考える。ふたりと共に? ふたりで共にではなく?
ざくろはその疑問には気づかず、楽しそうに用意してきた荷物を広げる。
南護 炎(ka6651)は普段の戦士としての装いを基本に、何か装飾品をと探す。
「花を飾りますか。それとも鎧の上にサーコート風に布を掛けますか」
アンジェロが提案すると、炎は少し考え、花を選んだ。
「何も用意できなかったからな。正式に結婚してから、改めてきちんとした式を挙げる予定だ」
「それなら今回はブーケとブートニアになさるといいでしょう。頼んできましょう」
「すまない」
そう、必ず共に生き残り、その後はふたりで幸せになるのだ。今日はそれを誓う日だ。
(それにしても、どんな顔をして支度しているのだろう?)
炎の口元に微かな笑みが浮かんだ。
●
式場は村の集会場だ。カーテンで仕切った向こうは、そのまま宴会場になっている。
花で飾った祭壇に、精霊の加護を受けた岩を据える。
すると不思議なことに、見慣れた集会場が神聖な儀式の場に見えてくる。
「ま、こんなもんだろ」
トリプルJが少し離れた場所から、全体を見渡してOKを出した。
儀式用の白い衣装を身につけたマリナが出来栄えに拍手する。
「完璧ね。ありがとう、助かったわ。ところで皆さん、御仕度は?」
面白そうにその場にいる面々を見回す。
観智は首を振る。
「相手がいませんから……僕には関係無いですよ。式を挙げる方々に、祝福を……送る側です」
「同じく。ああついでに、マリナが裾を踏んで転ばないように、見守っててやるさ」
トリプルJもまぜっかえした。
サイモンもできれば、見守るだけにしておきたかったかもしれない。
が、一応この村の代表である以上、挨拶などもある。
普段のくたびれた白衣ではなく、ガウンのような白い上着を着せられていた。心なしか、髪もいつもよりきちんとしているようだ。
そのサイモンの目の前に、エプロンドレス風の民族衣装を身につけた茜がやってきた。
「ジャジャーン♪ どうでしょう? サイモンさん」
「わあ、びっくりしましたよ! よくお似合いですね」
茜はたっぷりとひだを取ったスカートの裾を、軽くつまんで見せる。
「折角の機会なので借りちゃいました♪」
「パティもおそろいなのヨ!」
茜の背後から、ひょこりと顔を出したのはお日様色の髪のパトリシア。
「可愛いケド、花嫁さんようじゃなくっテ、ちゃんとお手伝いできるドレスを借りたんダヨ!」
裾は膝が隠れるぐらい。くるりと回ると、エプロンの背中で結んだ白いリボンがひらひら揺れる。
「いいですねえ。おふたりとも、ご自分のお式の時も教えてくださいね。お祝いしますから」
何故か娘、あるいは妹を嫁にやる男のような目をしているサイモン。
茜はつい笑ってしまう。
「残念ながら、まだ予定はないですよ」
「ええ。いずれその日が来たらぜひ、ということですね。皆さんは僕にとって、村の仲間のような気がしているので」
頭を掻くサイモンに、茜も頷く。
この村でたくさんの思い出ができた。今日のこともまた皆で集まって、語り合いたいと思うのだ。
移民の誰かが音源を持ち込んだのだろう、結婚行進曲が流れる中、式を挙げるカップルが集まる。
アンジェロは艶やかな刺繍の真新しい外套を纏う。刺繍は新婦のリタはじめ、村の女性たちが突貫で仕上げたものだ。
リタも裾の長い衣装を身につける。ふたりは手に手を取り合い、照れくさそうに、けれどどこか誇らしげに並んでいる。
「でもそんな勝負パンツで大丈夫でちゅか?」
北谷王子 朝騎(ka5818)は少し離れた場所から、式の様子を眺めていた。
いつか自分も想い人と式を挙げられたら……と夢想する。
香木の香りが漂う祭壇の前で、マリナがゆっくりと土鈴を鳴らす。
応えるように、据え付けた岩が微かに輝いた。
「村の守り神、地精霊マニュス・ウィリディス様が皆様を祝福されます。どうぞ、誓いの言葉を」
まさに両手に花。ソティスとリンゴを伴って現れたざくろ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は満面の笑みで拍手を送る。
いつかは、と思う押しかけ女房の相手はここに来られないが、いつかこんな風に式を挙げたいという夢を持っていた。
3人の姿が自分たちにかぶる。
ざくろはソティスの手を優しくとった。
「ソティ、今まで待たせてしまってごめんね……そして、これからも宜しく」
取り出した指輪をそっとはめる。
「この先に待っているのは、大変な戦いだけど。絶対に勝ち抜いて、これからも一緒に歩いていこう。愛は邪神にだって負けないんだから!」
「なに、待ってなどいないさ。主諸共燃やせればそれで十分……だろう?」
ソティスは愛する主を見つめて微笑む。
「燃やす……って、誰を?」
この場にしては物騒な話だ。
「らきすけしたら燃やす。何も間違っていないだろう? 強大な敵は当然、燃やし甲斐があるがな!」
何か違う。マリナはそう思ったが、そもそも想定外の事態はこの点だけではない。
「えっと、それから。リンゴ、ずいぶん約束が早くなってしまったけど……これからはずっと家族、一緒に歩んで行こ」
ざくろはもうひとりの女性に、そう言いながら指輪をはめる。
リンゴは真っ直ぐにざくろを見つめ返した。
「はい。これより共に歩んでまいりましょう、主様」
「うん。精霊様に誓おうね」
ざくろはリンゴと唇を重ねる。その瞬間、火が付いたようにリンゴの顔は真っ赤。気絶寸前の状態で、どうにか踏みこたえる有様だ。
ソティスはリンゴを支えながら思う。
(……にしても随分と時間差のある2人だな、それもまた悪くはないんだが)
同じ人を主として、これからもずっと一緒に居る。他人がどう思おうと、自分たちの心は未来をむいている。
ソティスはざくろのキスを落ち着いて受け入れた。
そっと離れながら、微笑む。
「その言葉、決して軽いものではないこと……信じているからな?」
「もちろんだよ」
3人は誇らしげに互いを見つめあう。
炎は生真面目な顔で、ミリアをエスコートしてきた。
ミリアもまた、炎と同じく戦いに赴く戦士のいで立ちだ。
やはりふたりは通じ合っているのだろう。
それを象徴するように、炎の胸に飾られたトケイソウを、ブーケにしてミリアが持つ。
聖なる愛、聖なる力、信じる心。
「ミリア、戻ってきたら……改めて、正式に結婚を申し込むつもりだが。そのためにも最終決戦は必ず勝つぞ」
どんな困難が待ち受けていようと、一緒に居れば乗り越えていける。
炎の手はミリアの手を優しく包み込む。
「そして、二人で幸せな人生をつくっていこう。ずっと一緒だ」
ミリアは頷く。
結婚式など……もっと言えば、結婚という形式などミリアにとってはどうでもいいことだった。
炎と一緒に生きる。その想いは絶対に変わらないのだから。
だが、炎がミリアを大事に思ってくれているからこそ式を挙げようと言ってくれたことは分かる。
その想いが嬉しかった。
「ああ。いつまでも一緒だ」
ふたりは口づけを交わした。
茜とパトリシアは顔を見合わせ、それからかごに入った花を思い切り撒いた。
それを合図に、参列者の拍手が一斉に沸き起こる。
拍手と花に包まれた新郎新婦たちは、輝く未来の象徴のようだった。
●
無事に式典は終わり、仕切りのカーテンが取り払われた。
神聖な儀式の場は一転、ごちそうと飲み物がいっぱいに乗ったテーブルがずらりと並ぶ宴会場に。
「わぁっ……食べでがありそうなの~」
ディーナが目を輝かせた。
実は先日も結婚式関連の依頼を受け、そこで特別な料理を堪能してきた。
結婚式=ドカ食いできるという図式が、ディーナの脳内には完成している。
「もちろん結婚式を見学するのも目的だったの。でもお料理はもっと楽しみだったの」
とてもそうは見えないが底なし胃袋の持ち主であるディーナを、満足させることはできるのか。
それは助っ人料理人の手にかかっていると言えよう。
代表のサイモンがいつも通り最低限の挨拶を済ませると、宴会のスタートだ。
ハナが『山』の前で呼びかける。
「みんないっぱい食べるですよぅ」
既におなじみとなったごちそう、山盛りのミートボールにホワイトソースをかけ、花に見立てたベリーを散らした『雪山ミートボール』と、肉汁を煮詰めたグレイビーソースをかけて野菜を添えた『岩山ミートボール』。
さらには結婚式の定番、小さなシュークリームを積み上げたクロカンブッシュもそびえたつ。
「こっちは夏野菜のてんぷらですぅ。温かいうちに食べるといいですよぅ」
「食べられるときに食べておけ、ってね。さあこちらもどうぞ」
マリィアがオーブンから出してきたばかりの、熱々の大皿を運んでくる。
食欲をそそる匂いを放つのは『ヤンソンさんの誘惑』という名のついた、ジャガイモと玉葱、アンチョビのグラタンだ。
大きなスプーンを皆で取り分けやすいように添える。
切り分けたミートパイもできたて熱々だ。
皆がわいわいと賑やかにとりわけるところを見ていると、マリィアは昔の仲間を思い出す。
辛い任務も、こうして一緒に食事をした仲間となら乗り越えてきた。
だからきっと、目前の危機も乗り越えていける。その先には『未来』があるはずだ。
そのとき、料理に夢中になっていた一同から、歓声が上がる。
ざくろとソティス、リンゴが、お色直しを終えて現れたのだった。
リアルブルーからの移民はどこか懐かしそうに、白いタキシードと、ウェディングドレスの3人を見つめる。
ざくろの大荷物は、ふたりのドレスだった。
「折角の機会だもん、2人のウェディングドレス姿もしっかり目に焼き付けておきたくて……」
そうまで言われては、ソティスも無下にするわけにもいかない。
「まあ、そこまでざくろが望むなら着ようじゃないか」
リンゴはお返しとばかり、自分の荷物から取り出したタキシードを差し出す。
「主様もご一緒に、です」
「わあ、ありがとう!」
拍手の中、ざくろはソティスに微笑みかける。
「綺麗だよソティス、リンゴ。愛してる」
「その言葉、決して軽いものではないこと……信じているからな?」
「もちろんだよ!」
「はい、私も愛しております」
リンゴは主の愛を無限に尽きない泉のように感じていた。
主は愛を、好きに振る舞ってくれればいい。かけがえのないその愛は、一部を受け取るだけでリンゴを満たすのだ。
そのとき、集会場の扉がさっと開くと、まばゆい光が流れ込んできた。
キラキラ輝く戦馬が流星のように外を駆け抜けていったのだ。
村の子供たちから歓声が上げて、外に走り出し、大人たちも顔を出す。
「祝いだからな、少し派手に行くぞ」
ルトガーは愛馬の首を優しく叩き、集会場の周囲を走らせる。
花びらのような光を撒き散らしながら、素晴らしいスピードで駆けまわると、最後は空に向けて『ワンダーフラッシュ』を放つ。
光跡は空に大きなハートを描いた。
今日の良き日にここに集う皆に、明るい前途があるように。
「マニュス様にも見えていたらいいが」
先に断っておいたので、どうせなら精霊にも楽しんでもらえればいい。ルトガーは満足そうに薄れていく光を眺めていた。
「いい結婚式になりましたね」
サイモンがしみじみと呟いた。
「そう、ですね……」
観智もそう思う。皆、未来を諦めていない。生き抜いて、幸せになろうとしている。
その逞しさは頼もしい。だから、未来を守らなければならない。未来を信じる心が力を貸してくれるだろう。
宴会の賑わいはピークを過ぎ、穏やかな雰囲気になっていた。
マリィアがトレイに乗せたジャムを添えたチーズケーキと、ブルーベリーのパイをすすめる。
「甘いお式の後には、甘い物。おひとついかが?」
「いただきます。せめて甘いものぐらいはお裾分けしてもらいたいですからね」
サイモンが笑いながら皿を受け取った。
ハナは終盤も大忙しだ。
「デザートは山と新緑とお花のイメージですぅ」
大きなガラスボールには子供も大人も大好きな、フルーツポンチがいっぱい。
キアーラ石が輝くような、青と透明なゼリー寄せに、ジャムを縫って薔薇のように巻いたクレープの大皿、抹茶のロールケーキ。
お腹がいっぱいでも、どんどん手が伸びる、目にも楽しいデザートだ。
「あの、切り分ける前に少し分けてもらってもいいでしょうか?」
「できたらネ、ちょっとそこのお星様のゼリーがアルと、嬉しいのネ」
茜とパトリシアが声をかけると、ハナはさっと別の皿を差し出した。
料理もデザートも、少しずつ綺麗に盛り付けてある。さながら箱庭のようだ。
「マニュス様には別に用意してありますよぅ」
「ありがとう!」
「バッチリなのネ。あとはお酒を探しに行くのヨ」
マリナは少し離れた場所からその光景を見ていた。
ハンター達が精霊を気遣ってくれることを、心から有難いと思う。
きっとこの心は精霊に、そしてその先に通じている。いつか心は巡り巡って、世界の力となるだろう。
●
宴会は程よいところでお開きとなる。
会場はそのままなので、居残ってごちそうや飲み物をいただきつつ、夜通し騒ぐものもいるようだ。
だがハンター達にはまだ、やるべきことがあった。
「美味しい物をいっぱいいただいたの。幸せな気持ちだからお手伝いもするの」
ディーナが腕まくりし、精霊の宿る岩を持ち上げる。
「おいおい大丈夫か?」
トリプルJが気遣うが、お腹いっぱいになったディーナには全く問題ない。
そのまま交替で岩を担ぎながら、祠に向かう。
「結構盛り上がったわね。流石に騒ぎすぎって怒られるかな?」
マリナが冗談めかして言うと、トリプルJは更にからかう。
「明るくて良い話題なんじゃねぇの。次はサイモンなりマリナなりだったら、もっとマニュス様も近隣の村長も喜ぶかもとは思うがな」
「じゃあ誰か紹介してよね。サイモンなんて、下手したらあのまま長老よ?」
「あり得そうだな」
列の後ろの方で、大きなくしゃみが聞こえた。
取り分けた料理にお酒の瓶を祠に供え、パトリシアはハンドベルを鳴らして歌い始めた。
今日という、素晴らしい日に感謝を込めて。
明日からの、幸せな日々に祈りを込めて。
他の皆も心を同じくして瞑目する。
やがて祠の上に、人型の光が浮かび上がった。
「滞りなく済んだようじゃな。良い気配がここまで伝わってきたのでな」
精霊が片手を伸ばす。祠の前に据えた岩が一瞬輝いたと思うと、無数の破片と変じた。
「皆で分けるがよい。あまり欲張らぬようにな。残りはまた山に戻すが良い」
仮にとはいえ、精霊の宿った岩だ。それなりに力が強いのだろう。
「より良き未来が皆に訪れるように」
精霊は祝福の言葉を残して消えた。
ディーナはそっと欠片を手に取る。
「これがキアーラ石なの。なんだかあったかいの」
大事な人に贈ると幸せになれる。そういわれる石は、柔らかな輝きを帯びていた。
サイモンは祠の前で何事か考えこんでいた。
ルトガーはその背中を叩く。
「どうした、結婚だけが人生じゃないぞ」
「え? 違いますよ! ……より良き未来がどういうものかと思ってしまって」
ハンター達は考えた末に、結論を出した。
だが誰もが同じようにそれを「良い」未来だと思うわけではないだろう。
「なるようになるだろう。考え込んでも仕方がないからな」
ルトガーは実際、そう思っていた。人間の感覚ではとらえきれない存在のことを、あれこれ考えても仕方がない。
「まあ、土産話を楽しみにして待っていろ。また祭には遊びに来るからな」
「……はい。皆さんが元気でお越しくださるよう、お待ちしています」
見送る者には、祈ることしかできない。ならばせめて、心から祈ろう。
今日の誓いが果たされる未来を、彼らが勝ち取ってくることを。
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バチャーレ村春郷祭(相談卓) 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/06/25 20:22:41 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/24 20:20:59 |