• 血断

帝国北方の地にて―再開―

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/06/28 22:00
完成日
2019/07/05 13:12

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●大剣と智将

「てめぇ、邪魔なんだよっ! 消えやがれぇええッ!!」
 帝国軍第二師団の長シュターク・シュタークスン(kz0075)は
 得物の大剣を振り上げるとそのまま巨大な動く死体の頭に叩きつけた。
 ぐぱ、と奇妙な音を立てて割れ落ちる首――体はあっという間に腐れ落ち、土に還っていく。
「はぁ……はぁ……スザナ、そっちはどうだ。しっかり殺ったか?」
 軍用トランシーバーで部下達の安否を問うシュターク。
 すると淡々とした声がトランシーバーのスピーカーから返ってきた。
『はい。ヴァルター隊がスケルトン群の迎撃に成功。
 当方も猟撃士小隊が確認した分の暴食型歪虚の殲滅を遂行いたしました』
 相変わらず素気ない声だが、その落ち着きが何とも心強い。
 シュタークはふっと笑うと部下たちを労った。
「そいつは助かった、それならキャンプに戻って全員しばらく待機。
 ここのところクソみてえに歪虚が増えやがったからな、近いうちにまた転戦を命じられるかもしれねえ」
『了解しました。大きな被害は今のところ報告されておりませんので、
 キャンプに戻り次第補給と武具の換装を行います』
「おう。それと同時にちっとした時間かもしんねーが、睡眠と食事はきちっと摂っとけよ。
 お前ら釘刺しておかねーと無理すっからな」
『はい、それでは部下に休養を摂るよう命じます』
「ばぁか。お前もだよ、お前も。
 ……ったく、オウレルの一件からずっと感情をなくしたように無茶苦茶に戦いやがって」
『……ただいま部下に帰投命令を出しました。それでは通信を終了します』
 感情を抑えた声と同時にぷつっと途切れるスピーカーからの音。
 シュタークはため息を吐くと腰にトランシーバーを戻し、
 自分のもとで戦っていた団員たちへ高らかに命じる。
「お前ら、歪虚のクソ野郎どもはめでたく全滅だ!
 一旦キャンプに戻るぞ。転戦命令も出ていねえ。今日はしっかり飯食って休め!」
 おお! と嬉しそうに雄叫びを上げる団員達。
 勇猛果敢で知られる第二師団だからこそ、戦場で得る安らぎの時は貴重で――喜びをもって迎えられる。
(せめて今日一日ぐらいはこいつらを休ませてやりてえな。
 ここ1カ月、ずっと戦闘ばかりだ。輪番で休暇をやっているといってもそろそろ限界だろう)
 そう考えながらシュタークは左目を覆っていた眼帯に手を掛けた。
 少女期に傷つけられた瞳は色を奪われ、視力もほぼ失っている。
 最近は健常な右目とのバランスが顕著に悪くなり、
 戦闘中に視界がぐらつかないようにと敢えて左目を隠している次第だ。
 その眼帯を外した瞬間、目の前が大きく歪み身体をぐらつかせるシュターク。
 咄嗟に部下のひとりが彼女を脇から支えた。
「団長!」
「ああ、いや……眼帯を外したら視界のゆらぎに身体が追いつかなくてな。
 大丈夫だ、慣れれば十分に歩ける」
 そう言っていつもの闊達な笑顔を見せるシュターク。
 部下は安堵したようで、彼女と並んで歩きながら今日の戦果について語り出す。
 シュタークはそれに相槌を打ちながら考えた。
(スザナにあんなことを言ったけど、あたしも結構無理してるんだろうな。
 今日はせめて敵が現れないよう願うしかねえ)
 そんな真剣な表情になったのも束の間。
 キャンプに戻ればいつもの面々が早速炊事の支度を整えている。
 芋がたっぷり入った温かなスープや分厚い肉の焼ける香りに彼女は思わず唾を呑み込んだ。


●スザナという女

 まだ梅雨寒が抜けきっていない中、炎を囲み暖をとる第二師団。
 その中で副団長のスザナは机に向かい、地図に集めた情報を黙々と書き込んでいく。
 甲冑を脱いで横になっている部下も少なくないというのに
 彼女は重厚な鎧を脱ぐことなく常に臨戦態勢だ。
「スザナ、その鎧重いだろ。少しぐらい脱いで休めって」
「いえ、ここ数カ月シェオル型歪虚という突然現れる個体も確認しております。この鎧は脱げません」
「そんなこと言ってもなぁ……」
「湯浴みは済ませましたし、インナーも新しいものに変えております。問題はありません」
 言葉少なに毅然とシュタークを見返すスザナ。
 しかしその下瞼は薄黒く、唇と肌は荒れ、明らかに疲労の色が窺える。
「……弟のオウレルが犯した大罪。戦友を裏切り、あろうことかその命まで絶った。
 ならば私は……常に戦場に身を置き部下達を守り、勝利に導くことで罪を贖うしかないのです」
「……」
 シュタークは頭は悪くないのだが、物事を深く考えることがとかく苦手だ。
 スザナの心を解きほぐす言葉が思いつかない。
 だから長い赤毛をぐしゃぐしゃと掻きながら難しそうな顔でこう言った。
「無理はすんなよ。あたしは歪虚をぶった斬るしか能がない。
 お前がいないと戦略が成り立たねーし、多分沢山の団員が傷つく。そこら辺、わかっとけ」
「ご期待に沿えられるよう、尽力しましょう」
 懸命に考えたシュタークの言葉を受け流すように一礼し、地図に目を戻すスザナ。
 そのやりとりを耳にした第二師団の部隊長ヴァルターは背を向けたまま、
 何度か口を開きそうになるも――結局何も言うことはできなかった。


●夜明けの襲撃

 シュタークの望んだとおり、その夜は特に異常は起きなかった。
 テントから次々と出ては武装する団員達。
 早速朝食を摂って次の目的地に出立した時――突然濃厚な霧が周囲を覆う。
「な、なんだこれ……」
「さっきまで見通しが良かったよな? それなのになんで……」
 慌てて武器を構える団員達。
 その横を美しい女が舞うように駆け、団員たちを透き通った短刀で斬り裂いた。
「ぐあっ!」
「くそっ、歪虚か!?」
 そして次の瞬間――霧がぴきぴきと音を立て、団員たちの身を次々に凍らせていく。
「た、助けて……!」
「くるし……うぅ……」
 強烈な負のマテリアルが渦巻く戦場。
 霧の向こうからバレエダンサーのような美しい体躯の男が微笑み手を伸ばしている。
 ――こいつか、霧と氷の使い手は。
 シュタークは大剣を抜き放つと後方の部下たちに言い放った。
「無事な者は後方に退避、猟撃士隊は後方に控え歪虚が突破することがあれば集中砲火!
 それと手の空いた者は転移門からハンターオフィスに増援を要請しろ、こいつらはシェオル型だ!」
 その隣でヴァルターが二振りの剣を抜き、スザナもメイスと盾を構える。
「団長だけには無理はさせられませんよ、俺もいきます。
 手柄を独り占めさせるにはもったいない敵ですからね」
「私も往きます。
 氷漬けにされた団員は負のマテリアルで体を拘束されただけの模様。早期に奴らを倒せば救えるはず」
「わかった、お前ら絶対無理するんじゃねーぞ。
 こんなとこで帝国最強の第二師団が潰されてたまるか! 何があろうと絶対にぶっ倒す!!」
 シュタークは美しく舞い踊る禍々しい男女の姿を睨みつけると、その大きな足で地を蹴り出した。

リプレイ本文

●霧満ちる森で

 本来なら木漏れ日が美しく生命ガが満ち溢れているはずの森。
 ――そこは今や負の霧に覆われ、不気味なほどの静けさに包まれていた。
「皆さん、こちらです!」
 第二師団の聖導士が馬を駆り、依頼に応じたハンター達を先導する。
 キヅカ・リク(ka0038)は魔導バイク「マルモリー」を操りながら無意識に唇を噛んだ。
 視界が悪ければ足場も悪い。
 木の根や岩盤がタイヤを時折浮かせ、ハンドルを不安定に揺らすのが心地悪いのだ。
(レーシングタイプのバイクじゃここでは分が悪いね。戦闘中は降りるしかないか)
 一方、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は常人より優れた視覚と記憶力をもって
 道標となるものを見つけては地図を頭の中で形成していく。
(森の中に加えて霧か、視界的には最悪だな。
 我々が歪虚に出し抜かれては第二師団の被害が深刻化するかもしれない。
 それを防ぐためにもまず地理を把握せねば)
 時折聞こえてくるのは軍人達のうめき声。
 彼らは身体が負のマテリアルで構成された氷で拘束されているのだ。
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)は
 道端に転がる氷漬けの軍人の息を確認すると、彼の身を守るべく巨岩の陰に身を横たえさせた。
 今すぐ治療したいが。まずはシェオル型歪虚を討伐せねば。
 シガレットは胸の痛みを抑え、せめてもと声を掛ける。
「必ず助けるから今しばらく持ち堪えてくれ! 絶対に助けるからよ!」
「ありがとうございます……師団長たちのこと、なにとぞお願いします!」
 辛うじて返答する軍人の瞳には
 力が至らぬ悔しさとハンターへの感謝が綯い交ぜになった涙が溢れていた。
 それから間もなく、先導していた聖導士が叫ぶ。
「皆さん、この岩場の向こうです! そこで師団長達が歪虚と交戦中です!」
 シガレットが耳を澄ませ、周囲を見回す。
 たしかに重厚な刃が風を切る音と軽やかな金属音、そして無数の足音が聞こえてきた。
「……たしかに。ここから先は俺達がやる。
 お前は持ち場に戻り負傷者の治療を続けてくれ。戦闘が終わり次第、俺も治療に携わる」
「了解しました。私は負傷者を確保し軍務に戻ります。皆様の御武運を祈っております!」
 敬礼し、馬首を返そうとする聖導士。
 そこに久我・御言(ka4137)が「すまないが、今一度良いかね?」と声を掛けた。
「君に伝言を頼みたい。
 今回は共通の敵を相手取るため、後方に控えた軍人諸君にも支援を願いたいのだ」
「支援、ですか」
「万が一だがね。歪虚が我々を突破した場合は猟撃士隊による射撃だけではなく、
 白兵戦による直接的な攻撃とかく乱も併せて行ってほしい。魔法による足止めも必要となるだろう」
「はっ! 我々とて帝国軍きっての戦闘集団。必ずや抗戦し、歪虚めの討伐の一助となりましょう」
「快い返答に感謝する。私達は君達を決して見捨てはしない。
 しかしここは帝国軍とハンターが共に力を合わせるべき正念場だと認識しているのだ」
 こくりと頷いて走り去る聖導士。強い負のマテリアルの匂いを御言も確かに感じているのだ。
「さぁ、往こうか。我々の戦場に」
 静かに頷くハンター達。その時、リクが謎の感覚に身を震わせた。
「……この重苦しい空気、
 ゼナイドみたいなぶっとんだやつじゃないシリアスな雰囲気……この師団やべぇ!」
「どうした、キヅカ。何がやべぇんだよ」
 駆け出したシガレットが振り返る。するとリクが全力でバイクを走らせながらこう叫んだ。
「そりゃ、今の軍人然り依頼書の内容然り、
 帝国では珍しく『人間として』真面目な人ばっかだからだよ!! 助けなきゃ!!!」
 リクの目に帝国軍はどのような集団に映っているのだろう……。
 いずれにせよ、依頼に使命感をもって取り組むのは良い事だ。
 アルトも「急がなければな」と踏鳴を発動し、驚異的な速度で突撃する。
 こうして冷ややかな負の霧が漂い歪虚の存在を誰もが確信したその時
 ――開けた空間で麗しき歪虚達に苦戦する軍人達の姿を彼らは目にした。


●ふたりを引き離すために

 アルトは焔舞を発動させると踏鳴と立体攻撃を組み合わせ、
 木の幹を蹴りながら獣のような速度で男性型歪虚の懐に飛び込んだ。
 まずは身を低く構え、左腕に装備した試作法術刀「華焔」による連華で敵の懐を2度抉らんとする。
『……!』
 即座に杖を地に突き立て、蓮華を往なそうとする歪虚。
 しかし刃はそれよりも大きく跳ね上がり、杖を支える歪虚の指が2本千切れ飛んだ。
 美しい顔を歪め、後退する歪虚。
 刀で牽制を続けながらアルトは
 帝国軍第二師団長シュターク・シュタークスン(kz0075)の左隣を庇うように立った。
「シュターク、久しぶりだな。随分と厄介な相手を敵にまわしたものだ」
「……! その声はアルトか。お前が応援に来るとは心強い」
「相変わらず左目が見えないのだな?」
「こればかりはな。ガキの頃の不養生の結果さ。ところで他の面子は?」
「私を含め守護者が3名、他の4人も実力者揃いだ。
 第二師団の上位3名も共にあるとなれば負ける要素はない」
「ふふっ、言ってくれんじゃねぇか。で、俺達はどう動けばいい?
 俺達3人だけでは膠着状態に持ち込むのが精一杯でな。お前の意見が欲しい」
「そうだな……シュタークは私達とともに男性型を全力で叩いてくれ。
 ヴァルターは……守護者のうち一人が男性型に向けて黒曜封印符を使う。
 そのため身動きが取れなくなる彼女の護衛を。スザナ副団長には女性型の引き付けの支援を頼みたい」
 アルトの意見にシュタークは「なるほど」と頷くと、スザナとヴァルターに視線を送る。
 長年の付き合いで培われた阿吽の呼吸というものかふたりは「了解」と応え持ち場に向かった。

 一方、リリア・ノヴィドール(ka3056)は
 女歪虚の疾風のような脚力に脅威を覚えながらも拳銃を手にする。
(あたしとあの歪虚では力量差が……いいえ、無茶してでも踏ん張りますわ、なの!
 厄介な能力を持つ男性型歪虚を先に倒さなくちゃならないのなら、
 それまであたしは女性型歪虚の意識を惹きつけなくちゃいけませんの!)
 先を行く仲間達を守るため、彼女は木陰に隠れながら強化術式・紫電を発動。
 全身に猛烈な痺れを感じ、一瞬息を荒げるも――彼女は銃を構えた。
 全身に漲るマテリアルを指先に集め、デリンジャー「テリアテロスHC」のトリガーを引く。
 小口径ゆえ発砲音こそ軽いが、その威力は侮れない。
 だがリリアの存在を感じ取ったのだろうか?
 歪虚が右手に軽くステップを踏み、弾丸を躱す。
 そして彼女に向かって「にたぁ」と薄気味悪い笑顔を向けた。
「……っ! 気づかれた!? それならっ!!」
 リリアが咄嗟に影祓を発動させ、トリガーを再度引く。
 すると歪虚の薄い肩に穴が空き、上半身がぐらりと揺れた。
 だがリリアは表情を引き締めたまま、次に身を隠すべき岩場に視線を移す。
(軍人さんの報告では女性型はアサルトディスタンスに似た攻撃を使うって。
 それなら味方と近すぎる位置取りは避けた方が良さそうね)
 大抵の歪虚討伐では癒し手を主軸に仲間と守り合い戦うものだが、
 今回ばかりは足並みをを揃えるのは危険だ。
 幾分かの心細さを感じながらもリリアはいつでも地を蹴られるよう軽く腰を落とした。
 だが女性型歪虚は肩の傷を気にする仕草も見せずナイフを構え、
 男性型歪虚に向かうハンター達に斬りかかる。
 木の幹や岩を蹴りながらターゲットを次々と斬り裂く女性型歪虚。
 その動きは可憐な姿とは裏腹に野生の猿のように大胆かつ敏捷だ。
 魔導ママチャリ「銀嶺」を駆り飛び込んで来た星野 ハナ(ka5852)を筆頭に、
 リク、シガレット、ヴァルター、シュタークの手足から2度血が噴き出した。
 アルトはすんでのところで回避したが、
 刃が己の鳩尾を掠った瞬間に強烈な殺気を感じ一刻も早く仕留めねばと思いを新たにする。
 一方ハナは斬りつけられる直前にシガレットがホーリーヴェールを発動させたため、
 彼女は装備品に傷がつく程度で済んだ。
「あ、ありがとうですぅ。シガレットさん……」
「いいや、ハナさんを守るのが俺の役目だから気にすんな。
 それにしてもまずは何より男を守るとは健気なもんだな……。
 生前は何かしらの縁があったのかねェ。だが俺にも意地と信条があるから譲らないけどなァ!」 
 ハナは彼の意気込みに応えるように頷くと銀嶺を乗り捨て、前衛を隔てた位置で符を指に挟めた。
(カップルで登場なんて歪虚のくせに生意気ですぅ。
 今は私が動くべき時ではないけれど……全ブッコロですぅ!)
 そこでハナの護衛にシガレットとヴァルターが着いたのを確認したリクは
 バイクから飛び降りるや、聖機剣「マグダレーネ」を構えた。
「後は頼むよ、皆。……我が剣マグダレーネ・メテオール!
 流星の光の如く戦友たちに輝ける加護を、忌敵には裁きの光を……『ポゼッション』!!」
 リクの剣を介して鮮烈なオーラが放出される。歪虚達が悉く弾き飛ばされた。
 そこで満を持してハナが陰陽符「四天封滅」の力を介して術を紡ぐ。
「キヅカさん、ナイスですぅっ!
 それではいきますよ……ワイルドカードで強度マシマシ……『黒曜封印符』ぅッ!!」
 東方伝来の複雑極まりない術式が男性型歪虚の負のマテリアルを絞めつけるように封じていく。
 それ即ち、スキルに酷似した力を封印したことに他ならない。
 だがハナは携帯品の符を指に挟め、護衛役のふたりに落ち着いた声音で告げた。 
「シガレットさん、ヴァルターさん、お力お借りしますぅ。
 例えこの術が破られようとも、あのイケメンもどきの技は何度でも封じますのでぇ!」
「ああ、任せてくれ。それと皆! 悪ィが男型を倒すまでは俺はそれほど走り回れねェ。
 治療が必要な場合は一旦下がってくれ。ファーストエイドで真っ先に傷を塞いでやるからよ!」
 シガレットが女性型歪虚の姿が結界の外に吹き飛んだのを確認すると、戦友たちへこう叫んだ。
 女性型歪虚の引き付けを担う仲間達のことも心配だが、
 かといって男性型を放置すれば戦いは長期戦となる。
 そうなればあの氷漬けの兵士はどうなるのか。
 ――やはりシガレットは前を向く以外にないのだ。
 彼はAWI「フォーティアン」を手に苦い表情を浮かべた。
 一方、シュタークは男性型歪虚に向けて走り出すと身の丈を越える大剣を大上段から振り下ろした。
「よくも今まで俺の部下に好き勝手やりやがったな、死ねええええッ!!」
 ソウルエッジの魔力がリバースエッジにより強烈な魔力の波動に転じ、
 歪虚の肩から腰にかけて大きな衝撃を与える。
 それまで笑っていた歪虚の顔から表情が消え、片膝を地に落とした。
 ヴァルターはそこに刃を叩き込みたい衝動を抑え、ハナの前で防御態勢を取り続けた。
 今はハンターと上官の力を信じ、耐えるしかないと。

 その頃後方で待機していたシェリル・マイヤーズ(ka0509)は女性型歪虚にランアウトで接近。
 チェイシングスローの力を帯びた手裏剣「八握剣」を投げつけた。
 手裏剣が歪虚の腕に突き刺さり、
 マテリアルの紐が華奢な身体に巻き付いてはシェリルの小柄な体が敵に向けて大きく跳んだ。
(シェオル型は並の歪虚よりずっと強くて知恵もまわる。
 正直、分が悪いけど……
 でも歪虚の足を止めて見失うことのないようにしないと……お兄さんの帰る場所を守るために!)
 寒いはずなのに頬に汗が伝う。だがオウレルの故郷を守るために引き下がることはできない。
 シェリルは手裏剣にワイヤーウィップの先端を結び付け、女性型歪虚を静かに見据えた。

 その頃、男性型歪虚は視界を封じられながらもハナ達の居場所に向け負の氷霧を発生させた。
 言わばあてずっぽうの魔法だが、広範囲にわたる術であるがゆえにハナ達の体が凍り始める。
「くっ、歪虚のくせに……!」
「随分とドス黒い負の力だな。
 だが霧ごと全部消し去ってやろうじゃねぇか。ピュリフィケーションっ!!」
 フォーティアンから発された清らかな光が
 ハナ、ヴァルター、シガレットに纏わりつく氷を融かしていく。
 わずかだが負のマテリアルも中和され、霧が薄れていく。
 ようやく歪虚の居場所がはっきりと見え始めた。
 しかし一時的に癒しの力を封じようとも、
 独自の能力で底意地の悪い術を繰り出す男性型歪虚はやはり厄介だ。
 これを倒さねば先に進めまいと、その場にいる誰もが男性型歪虚へ思った。

 リクの結界を中心に凄まじい攻防が繰り広げられている頃、
 御言はリリアとシェリルとスザナ、そしてこの場に残された兵士達に向けて大きな力を放出した。
「私には癒しの力はないが、守るための力はあるのだよ! 多重性強化っ!!」
 女性型歪虚は知性がある。
 男性型歪虚と引き離された状況となれば、次は必ず人間である自分達を狙うはずだ。
 ならば耐久力を上げて粘るしかない。
(誰も殺させはせんよ。それが私の「仕事」だからな!)
 彼は軽快なステップを踏みながら値踏みするように
 こちらを見つめる女性型歪虚に向けて黙ってアサルトライフル「RJBS」を構えた。


●隔てられた空間で

 リクが結界を張り続ける中でアルトは心を無に還し、極限まで感覚を研ぎ澄ませた。
 焔舞による紅蓮の炎が体内に吸収され、マテリアルが全身の機能を恐るべき速度で高めていく。
 今の彼女には余計な色も音も感じない。ただ敵を討つために必要な情報のみが脳を駆け巡る。
「お前が人間ならば有能な聖導士として重用されただろうが、歪虚ならば話は別だっ!」
 踏鳴と立体攻撃を併せ高く跳んだアルトは華焔を突き立てるように構え、上空から連華を放った。
 まずは歪虚の杖を奪うべく右腕に一撃、次は重ねるように右肩を一撃。
 だが彼は右腕こそ落ちたものの、
 肩を落とされてはかなわぬと身を反らして顎を浅く裂かれる程度にとどまった。
 だが、ここでアルトは止まらない。この時点で最早誰も止められるはずがなかった。
「業を窮めた人間を舐めるなよ、歪虚がッ!!」
 無我の境地に達したがために彼女は限界を超えた速度を保ち、体勢を崩した歪虚へ再度連華を放つ。
『……ッ!!』
 今度は腰を落としての高速の突き。
 歪虚の喉を紅蓮の刃が貫き、次に剣を真横に振るうと歪虚の首が呆気なく地に落ちた。
 しかしどうやら歪虚の核は別の場所にあるらしい。
 震えながら首のない体が負のマテリアルを集め始める。
 そこにシュタークが再度剣に魔力を宿し、全力でオーラを叩きつけた。
 歪虚の肩口から胸まで大きな傷が入る。
 だがそれでも歪虚は怯まない。残った腕を翳すと負の氷霧をシェリル達に向かって放つ。
「あ……ああっ!」
「冷たい……痛いっ……!」
 シェリル、リリア、御言が猛烈な負のマテリアルに纏わりつかれ悶絶する。
 このままでは女性型歪虚の餌食にされかねない!
「貴様ァ!!」
 シガレットが思わず歯噛みした瞬間、ハナが叫んだ。
「シガレットさん、シェリルさん達を助けてくださいぃ!
 マテリアルを使い込んだ男性型は今ならこちらに手出しできませんしぃ、
 私にはヴァルターさんもいますからぁ!!」
「わかった。封印を引き続き頼むっ!」
 シガレットが全力で駆けピュリフィケーションを詠唱する。
 彼に続いてスザナはヒーリングスフィアを唱え、凍結による傷を塞いだ。
 その間ハナが男性型歪虚の意識を惹きつけるべく、笑みを浮かべて挑発する。
「私ぃ、筋肉質で健康美の溢れるイケメンが好きなんですぅ!
 つまりあなたは真逆でタイプ外ぃっ!!
 それに回復役から殺れ、はどこの世界でも鉄則ですのでぇ、何度だってその技を完全に封じますぅっ!」
 一方でシュタークは目を泳がせた。男性型歪虚は力尽きかけている。
 それならば女性型歪虚の討伐支援に向かった方が良いのではないかと。
 そんな彼女の視線を察し、シガレットが叫ぶ。
「シュタークさん、奴は技の気配から察するに聖導士に準じた能力の持ち主だ!
 聖導士って奴ぁ、手前の回復力を上回る大火力を叩き込まれると無力感に苛まれる。
 だからキヅカとハナさんが作ってくれた機を逃すな! 存分にその剛力を揮ってくれ!!」
「わかった。お前も無理はしてくれるなよ!」
 シュタークが再度男性型歪虚に刃を向ける。
 奴は死にかけの歪虚だ。だがシェオル型独自の自己修復能力は侮ることができない。
 いつまた腕が生え、頭部が顕現するかわからない。
 今はまだ気を抜くべきではない。シュタークは己の迂闊さを恥じた。

 その頃リリアは少しでも女性型歪虚を早期に打ち崩すべく銃にベノムエッジの力を宿した。
 歪虚の視線がシガレットに向かっているのを確認するや岩場の陰から
「今度は毒はいかがかしら!?」と禍々しい力を帯びた弾丸を射出する。
 途端に歪虚の体が揺れる。銃創の周囲が毒々しい色に染まった。
 それでも歪虚は再びナイフを構え駆けだそうとする。
 シェリルが今こそとワイヤーを結び付けた手裏剣を広角投射で放ったが、
 歪虚の足は一瞬にして手裏剣の射程を越えるほど速かった。
 そこで男性型と女性型の間に立つ御言が
「近づけさせん。邪なる者の歩みを止めよ、ポゼッション!」と叫び、女性型歪虚を弾き飛ばした。
(今だ。今を耐えきれば全員でこの歪虚を叩くことが出来る。それまで私が皆を守ってみせる!)
 御言はあらゆる「仕事」に対し高い意識を持つプロフェッショナルだ。
 今回も無事に完璧に仕事を完結させる。そのために彼は結界を構築するマテリアルを一層強めた。


●融けゆくもの

 度重なる攻防の末、リクのポゼッションの効果が徐々に薄れ始めた。
 彼は小さく舌打ちすると剣を握り直す。
(女性型は今のところ御言さんが抑えてくれているか。……それなら僕が仕掛けてもイケるか!?)
 彼はポゼッションを解除するとマグダレーネを通して術式を唱えた。
「天翔ける流星、死せる者を穿ち天に届けよ! デルタレイ!!」
 三条の光が宙をうねるように流れ、歪虚2体の身体を貫く。
 男性型歪虚は胸に核があるのだろう、残された手を胸にあてて震えながら地にへたれ込んだ。
 それを見逃すほどアルトは迂闊ではない。再び焔舞でオーラを纏うと華焔を構えた。
「お前には極上の炎をくれてやる。深紅の華の夢の中で融けてゆけっ!」
 ――斬っ!!
 連華で胸が十字に斬り裂かれ、華奢な肉体がだらだらと融けていく。
 そのまま男性型歪虚は地に吸い込まれ、二度とその冷酷なマテリアルを放つことはなかった。

 男性型歪虚が消滅した瞬間、女性型歪虚は奇妙な悲鳴を上げて全力で疾走した。
 その走距離は今までとは比べ物にならず、御言の結界を迂回しながらハンター達を斬りつけていく。
 まずは傍にいるシェリルを。
 続けてリリア、シガレット、ハナ、アルトを斬りつけ憤怒の表情のまま2度目の斬撃を繰り出す。
 シェリルとリリアがその猛烈なダメージに血を吐き、地に身を伏せた。
 すぐさまシガレットとスザナがリザレクションを唱えると、ふたりの意識が戻る。
 シガレットがふたりの腕を引き上げると苦々しい顔で呟いた。
「奴らは偶然一緒に現れたんじゃねえ。
 何かの縁で元から共にあった存在だったんだろうさ。だからあそこまで……」
 でも、とハナが一歩先に歩み出た。彼女はハイ・マテリアルヒーリングで既に傷を塞いでいる。
「歪虚は歪虚ですぅ。今生きている人間を苦しめる存在に他なりませんのでぇ、
 私は第二師団の人達を守るために歪虚を倒すしかないんですよぉ!」
 ハナの手には真新しい符が再び挟まれている。
 何度だろうと符術士として、守護者として、敵の動きを封じる覚悟なのだろう。
 シュタークもヴァルターもスザナも彼女の言葉に力強く頷いた。
「もうあの面倒くせえ野郎歪虚はいねえんだ。総攻撃で奴を沈めんぞ!」
 すると御言が「それでは私も攻めるかね」とポゼッションを解除した。
 今までの足止めで女性型歪虚にダメージは十分蓄積している。
 リリアの毒により止めどなく流れ続ける青い血がその証だ。
 もう誰も足を止めない。後は相手が力尽きるまで叩くだけだ。


●歪虚の最期

 女性型歪虚が森の中を駆け巡る中、
 御言は敢えて姿を晒し彼女の気を惹くべくアサルトライフルの引き金を引いた。
 それを易々と躱す歪虚。
 仕返しとばかりにナイフを彼に突き立てた瞬間、激しい電流が体内に奔り後方に吹き飛ばされた。
 機導師の守りの技、攻性防壁だ。
(少々痛いがね……これぐらいで歪虚の動きを止められるなら安いものだ)
 痛む肩を押さえながら無事な肩に銃を掛け直す御言。そのタイミングを誰もが見逃さなかった。
 まずは無我の境地に再び到達したアルトが連華を繰り出し胸を十字に開く。
 そして歪虚の肩を踏みつけ跳ぶと、再度連華で頭をまるで果物のように斬り裂き着地。
 そのまま前進し女性歪虚の意識を惹いた。
 続けてリリアが強化術式・紫電を施しベノムエッジで射撃。
 躱されても諦めることなく影祓で頭部を正面から撃つと歪虚の頭部が破裂するように吹き飛んだ。
 それでもナイフを持って突進の姿勢をとる歪虚の足をリクの機導砲が撃ち抜き、ハナが符を放つ。
「五色光符陣……光の中で燃え尽きるですぅっ!」
 光の結界が聖なる力を持って歪虚の全身を焼き切っていく。
 獣の断末魔のような悲鳴が突き抜けるように響き渡った。
 そこに畳み込むようにソウルエッジとリバースエッジの合わせ技を繰り出すシュタークと、
 息を合わせて二刀流からの切込みとアスラトゥーリを叩き込むヴァルター。
 だが愛する者を奪われたが故の怨念か、歪虚は吹き飛ばされながらも立ち上がる。
 首から上は既に存在せず、焼け焦げた死体と変わらぬというのに。
 指が欠け力の入らぬ手にナイフを顕現させ、もう一度戦おうとしているのだ。
「あなたと同じ……大切な者を奪われた痛みは私も知ってる。
 皆だってそう……もう何も失いたくないんだよ。だから……もう終わりにしよう?」
 シェリルが絶火刀「シャイターン」の燃えるような刃で、辛うじて傷の少ない腹を狙う。
 ここまで傷ついてもなお立ち上がるのだ。ならばもっとも損傷の少ない部分に核があるに違いない。
「さよなら……!」
 部位狙いで確実に腹を斬り裂くシェリル。
 すると「キ……ン!」と硬質な金属音が響き――女性型歪虚の体が地に崩れた。
 そしてじわじわと融け……後には何も残らなかった。


●平穏を取り戻して

 初夏の日差しを取り戻した森。
 シガレットとハナ、そして第二師団の聖導士達は負傷兵を回収してはその治療に専念していた。
 ハナが負傷兵の足を添え木で固定しながら呟く。
「終わったと思ったのに、なかなか終わらないですねぇ」
「まぁ、こういうのはどうしても避けられないもんだからなァ。
 でもスキルで一気に治療ができるだろ、昔よりずっと良くなってると思うぜ?」
 シガレットのピュリフィケーションで息を吹き返す軍人達。
 彼らは口々に礼を言い、一旦自陣に戻ると休息を取り始めた。
 シュタークがヴィルヘルミナと交渉し、休養をとるべく今日の行軍を取りやめたのだ。
 そんな中、リクがシュタークの隣で渋い顔をし呟いた。
「あの日、ルミナちゃんの夢を継ぐと言ってからもう何年もたって……
 正直、どこかで邪神にさえカタが着いてしまえばどうにかなると思ってた。……僕が甘かった」
 そんなリクの肩をシュタークが掌で軽く叩き、小さく横に首を振った。
「いや、お前は何も悪くねえ。まだハヴァマールの野郎がいるからな。
 奴の力が漲るごとに死体が叩き起こされてるんだろうさ。ま、奴を倒せばいいだけの話だ」
「まぁ、それはそうかもしれないけど。あとさ……他人のことを気にしてるけれど。
 シュタークさん、あんたもだよ。左、死角になってる。どっかで数日休まないと……死ぬよ、それ」
「わかってる。でもこいつはガキの頃からだ、左なんざ殆ど見えやしねえ。
 ……だが、お前に疲労を見破られるってことはあたしも相当ガタが来てるんだなぁ」
「そりゃそうだよ。こんなデカい得物毎日振り回してりゃね。
 しばらくはハンターを雇って寝た方がいい。支払いはオズワルドに任せてさ」
 するとシュタークが豪快に笑った。
「あははっ、あのオッサンがそこまで許してくれるかねぇ?
 ま、休暇のローテーションに手前を組むぐらいは考えておくか。
 現場指揮官がおっ死ぬのは師団にとっちゃ致命的だからな」
 頷くキヅカに「あんがとな」と言って背を向けるシュターク。
 ――リクはその姿に無意識に首を傾げた。
(……それにしても凄い格好だな。性格は真っ当だけど、ほぼ裸というか。
 やっぱり帝国軍の師団長はどこか変じゃないと務まらないんだろうか)
 こうしてリクの帝国軍に対する私感はどんどん妙な方に曲がっていくのだった。

 その頃、シェリルはスザナと戻ってきたシュタークを前に口を開いた。
「……この前、私はヴァルターと共に軍人墓地に行って……たくさん話をした。
 オウレルのお兄さんは今……歪虚として生きている」
「何ですって、あの子が歪虚に!? それなら私が誅さなければ! すぐに出立してあの子を葬らないと!!」
 途端に荒ぶるスザナの両肩を掴むリリア。アメジストの瞳がスザナの目をまっすぐに捉える。
「落ち着いて、スザナさん。
 オウレルさんが歪虚になったのは事実。でもそこに至るまで色々な出来事があったの」
「……どういうことか聞かせてくださるかしら」
 それからリリアとシェリルはそれぞれ確認した事実をスザナ達に説明した。
 かつてオウレルが吸血姫エリザベートに攫われ、剣妃オルクスに強制的に契約させられたこと。
 次いで時を経たことで吸血鬼型歪虚になったものの、奇跡的にも人間性を保っていたこと。
 そして完全に自我を取り戻した後は軍人としてハンターと共闘。見事にその役目を果たしたことを。
(ああ、皆で仲良くできれば……それが何よりなのだがね)
 御言が傍で事情を聞きながらそっと目を伏せた。
「お兄さんの体は人間ではないけれど……心は人間と同じ。これを見て」
 シェリルが墓地で一晩オウレルを信じて待ち続けた時に、彼女に残されたメモを皆の前で広げる。
「確かにこれはオウレルの字だわ!」
「スザナ、お兄さんはね……お墓の前でいっぱい謝っていたんだって。
 帝国では罪人に贖罪のひとつとして軍役を科したり、労務を命じたりする。
 だったら、歪虚と戦うお兄さんだって……自分で罪を晴らせるんじゃないかなって……私は思うよ」
 そこでヴァルターがふたりを守るように立ち、懸命に懇願した。
「彼女達の証言は自分もオフィスの職員ならびに墓地の管理人に確認しました。
 奴にもし会うことがあってもその扱いは……師団長、スザナ副団長、どうかご一考を!」
 その瞬間、スザナが沈黙した。姉と軍人としての顔がせめぎ合っているのだ。
 そこで今まで沈黙していたシュタークが口を開く。
「そうか。だが歪虚が討伐対象であることに変わりはない。暴食ってのは最悪だ。
 今はまともでも必ずマテリアルの枯渇に耐えられなくなり人を襲い始める。それはわかるよな?」
「わかってる……お兄さんもいつかそうなるって言ってた。
 だから邪神戦争が終わったら責任をとって死ぬって。だからね、それまでの間だけでいい。
 もしお兄さんと会えたなら一度だけでも見て、話して、できれば信じて。
 スザナ……『弟』はちゃんといるよ……!」
 シェリルの呼びかけにスザナが泣き崩れた。
 その時、シュタークの瞳がシェリルを捉え、顎が小さく縦に振られたように見えた。
 ――それが彼女の軍人としてではなく、ひとりの人間としての答えだった。
 その傍らでリリアがヴァルターに向かい合う。あの日の言葉を伝えるために。
「えっと……それとね、ヴァルターさん。あたし、オウレルさんから伝言を預かってるの。
『あの日ひどい事をしてすまなかった。こんな勝手な僕と友達でいてくれてありがとう』って」
「……! あいつは俺を忘れないでいてくれたのか!?」
 思いがけない言葉にヴァルターが大きく肩を震わせる。
「オウレルさんはヴァルターさんに今も感謝しているし、深く信頼している。
 本当の意味で彼を救えるのはあなたやスザナさんだと思うの。それだけは覚えていてほしいの」
 震えるヴァルターを抱きしめるリリア。
 昔より精悍になったはずのヴァルターが膝をつき、自分よりずっと小柄なリリアに縋った。
「私もオウレルさんを守る……一緒に頑張ろう?」
「ああ……!」
 何度も頷くヴァルターの頭をそっと撫でるリリア。慈愛に満ちた瞳のまま彼女は続ける。
「ねえ。シュターク団長さん、スザナさん? 亡霊との共闘も案外楽しいと思うのよ?
 それに……仲間内のけじめは全部が終わってからでもきっと遅くないはずなの」
 倒すべき敵は既にリアルブルー上空にいる。
 今は歪虚であろうと世界を守ろうとしているのなら力を合わせるべきだと。
 シェリルが続ける。
「もう皆……たくさん傷ついて苦しんだ……。前に、進もう?」
 その言葉にスザナが何度も頷き、涙を零す。ようやく長年の苦しみが氷解したのだ。

 ――シェリルは帰途に就く中で想いを馳せた。
(お兄さんも私と同じ……命のかぎり救えばいい。
 そうすればいつか英霊に……皆を守る騎士に生まれ変われるかもしれない。
 それに新しい世界は変わるかもしれない。この世界の先はわからないのだから。
 ……手伝うよ、一緒に行こう。今度は皆で……私は貴方にも笑ってほしい)
 木漏れ日は負のマテリアルを消し去り、ハンターに暖かな光を届けてくれる。
 シェリルは誰に言うでもなく、空に向けて声を放った。
「どうか皆に明るい光を!」

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MVP一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイka2884
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナka5852

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/28 08:27:18
アイコン 相談卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/06/28 12:49:09